説明

被覆アーク溶接棒用Mg合金粉および低水素系被覆アーク溶接棒

【課題】溶接金属の低温靭性が良好で、かつ溶接作業性を満足しつつ、被覆剤の耐脱落性に優れる被覆アーク溶接棒用Mg合金粉およびこれを使用した低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加されるMg合金粉であって、Mgを13〜36質量%、Siを33〜56質量%、Feを15〜45%質量%含有し、かつ平均粒径が50〜200μmであることを特徴とする。またこのMg合金粉を、被覆剤全質量に対して3〜17質量%含有する低水素系被覆アーク溶接棒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆アーク溶接棒の被覆剤原料として添加されるMg合金粉および低水素系被覆アーク溶接棒(以下、低水素系棒という。)に関し、特に、輸送中の耐被覆脱落性に優れ、溶接金属の低温靭性が良好で、かつ溶接作業性を満足できる被覆アーク溶接棒用Mg合金粉およびそれを使用した低水素系棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
低水素系棒は、溶接部の耐割れ性や靱性が良好であるため、大型構造物用鋼材へ適用され低温用鋼あるいは耐熱鋼などの溶接に使用されている。近年、低水素系棒はさらなる溶接金属の高靱性化の要求に対して種々の改善がなされ、例えば特開平4−319092号公報(特許文献1)には、被覆剤中に金属Mgを添加しその粒度を規定することで溶接金属中の酸素量を減少し、高い靭性を確保する技術の開示がある。
【0003】
また、特許第3026899号公報(特許文献2)には、鋼心線の成分と被覆剤の主成分および金属Mgの粒度規定などにより、高強度鋼材での低温靱性が優れた技術の開示がある。このように、いずれも低水素系棒で溶接金属の高い靱性を確保するには、金属Mgの添加が欠かせないのが現状である。
【0004】
しかしこれら手法では、金属Mgと固着剤である水ガラスが反応し、水素ガスが発生して被覆剤中に空隙が生じ易くなる。被覆剤中に空隙が生じた低水素系棒は輸送中に被覆剤の強度が劣化し脱落し易くなる問題があり、このまま使用すると溶接欠陥が生じるばかりか溶接できないことにもなる。また、金属Mgは溶融点が650℃と低く、アーク発生時に被覆筒が劣化し易くなるという問題もある。
【0005】
低水素系棒の被覆の耐脱落性向上の手段は種々検討されているが、例えば特公昭59−1155号公報(特許文献3)には、被覆剤全体の粒度構成に着眼し、特に細粒域の10〜20μmの被覆剤を用いることにより被覆剤の脱落を減少している。また、特開平9−201695号公報(特許文献4)では、繊維状のセピオライトを被覆剤に含有させ被覆剤の耐脱落性を良好にしている。ただしこれら特許文献3および特許文献4に記載の技術は、溶接金属の高靱性化を目的とするものではなく、靱性改善に有効な強脱酸剤原料である金属Mgを添加しない場合である。
【0006】
このように、溶接金属の高靱性化を目的とする低水素系棒においては、金属Mgの適用が有効であるが、諸性能を満足しつつ輸送中の被覆剤の脱落を減少することは困難であった。
【特許文献1】特開平4−319092号公報
【特許文献2】特許第3026899号公報
【特許文献3】特公昭59−1155号公報
【特許文献4】特開平9−201695号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、溶接金属の機械的性能および良好な溶接作業性を満足しつつ被覆剤の耐脱落性に優れる被覆アーク溶接棒用Mg合金粉およびそれを使用した低水素系棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の要旨は、
(1)被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加されるMg合金粉であって、Mgを13〜36質量%、Siを33〜56質量%、Feを15〜45%質量%含有し、その他は不可避不純物からなり、かつ平均粒径が50〜200μmであることを特徴とする被覆アーク溶接棒用Mg合金粉にある。
(2)軟鋼または低合金鋼からなる心線に被覆剤が塗装されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤はMgを13〜36質量%、Siを33〜56質量%、Feを15〜45%質量%含有し、その他は不可避不純物からなり、かつ平均粒径が50〜200μmであるMg合金粉を、被覆剤全質量に対して3〜17質量%含有することを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒にある。
【発明の効果】
【0009】
本発明の被覆アーク溶接棒用Mg合金粉および低水素系被覆アーク溶接棒によれば、被覆アーク溶接棒の生産性が良好で、大型構造物などの溶接施工において優れた低温靭性が得られるので寒冷地においても安全な構造物が建造でき、さらに被覆剤の脱落がなく良好な溶接作業性が得られるので溶接作業能率向上にも貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明者らは、溶接金属の高靭性化に有効なMgを被覆剤に活用し、諸性能を満足しつつ輸送中などの被覆剤の耐脱落性を改善する手段を鋭意研究した。まず、金属Mgは前述のごとく溶接棒の製造過程で固着剤である珪酸ソーダや珪酸カリウムなどの水ガラスと反応して水素ガスを発生する。この現象により製造時の乾燥工程で被覆剤中に空隙を生じて輸送時に被覆剤が脱落し易くなる。したがって、この反応を抑制することが重要である。
【0011】
そこで、まず金属Mgに過マンガン酸カリウムなどによる表面コーティングを行い、水ガラスとの反応を抑制することを試みたが、その反応を充分に阻止できることができず被覆剤の耐脱落性は不充分であった。次に金属Mgの粒度を大きくし、比表面積を小さくすることにより水ガラスとの反応を抑えることを試みた。その結果、被覆剤の耐脱落性に大きな効果をもたらすことが判った。しかし、粒度が大きくなると製造時の塗装機によるフラックス押出しで流動性が悪くなり、塗装性が劣化して生産性が悪くなった。さらに、金属Mgを粗粒化すると溶接時に溶接金属の脱酸効果が減少し、低温での高靭性を得ることができなかった。
【0012】
次いで、Mgと他成分との合金化を検討し、Siが粉砕性に優れるためMg−Si合金を試みた。しかし、Siも水ガラスと反応し易いためMg−Si−Fe合金とし、粉砕後、粉体表面を酸化性雰囲気で焼成(700〜900℃)して酸化皮膜を生成させた。これにより、Mgによる溶接金属の靭性向上効果が得られるとともに、水ガラスとの反応も防止でき、被覆剤の耐脱落性も改善できた。焼成における酸化性雰囲気とは例えば大気で良く、温度は700℃未満では酸化皮膜の生成が不十分であり、900℃を超えると焼結によって固まって粉末状態を維持できなくなる。なお、上記温度に保持する時間は特に限定しないが1分以上あれば良い。
【0013】
また、被覆剤原料としてMg合金粉の特性を充分に発揮させるには、Mg、Si、Feの含有量が極めて重要である。また、本発明を達成するにはMg合金粉の粒度と被覆剤中への添加量も充分吟味する必要がある。このようにして得られたMg合金粉を低水素系棒に適用した結果、溶接作業性が良好で低温靭性に優れ、かつ生産性も良く被覆剤の耐脱落性も充分満足できることが判った。
【0014】
Mg合金粉中のMg含有量が18質量%(以下%という)未満では、溶接時の脱酸効果が機能せず、低温靭性が悪くなる。一方、36%を超えると水ガラスとの反応が多くなり、被覆の耐脱落性が悪くなる。また、溶接時にスラグ流動性や被覆筒が弱くなるなど溶接作業性も劣化する。
【0015】
Mg合金粉中のSi含有量が33%未満では、Mg合金粉の製造時に粉砕性が悪くなる。一方、56%を超えると被覆剤の耐脱落性が劣化し、溶接時には溶接スラグの粘性が高くなりビード形状が悪くなるなど溶接作業性も劣化する。またMg合金粉中のFeは水ガラスとの反応性を抑えるが、Fe含有量が15%未満ではその効果が期待できず、45%を超えると溶接金属の脱酸効果が低くなり、靭性が悪くなる。
【0016】
また、Mg合金粉の平均粒径が50μm未満では、比表面積が大きくなり水ガラスと反応して被覆剤の脱落性が悪くなる。一方、200μmを超えると溶接棒塗装時にフラックスの流動性が悪く生産性が劣化し、さらに溶接金属の酸素低減が図れず靭性も悪くなる。
【0017】
被覆剤中のMg合金粉の添加量が3%未満では、溶接金属が脱酸不足となり良好な低温靭性が確保できない。一方、17%を超えると、水ガラスとの反応が激しくなり生産時の乾燥後に空洞が増し被覆剤の脱落性が悪くなる。さらに、溶接時にスラグの流動性が悪くなり溶接作業性も劣化する。
【0018】
なお、本発明が対象とする低水素系棒の被覆剤に特有な原料は金属炭酸塩と金属弗化物である。金属炭酸塩は大気を遮断するために添加するが、含有量が少ない場合は溶接金属の酸素や窒素が多くなり、一方、過剰に添加するとアーク状態やビード形状が劣化するので、金属炭酸塩の含有量は20〜60%が望ましい。また、金属弗化物は良好なスラグ流動性を得るのに欠かせないものであり、その含有量が少ないと効果が無く、過剰な場合はアーク状態とスラグ剥離性が劣化するので、その含有量は13〜30%が望ましい。その他、低水素系棒の被覆原料としてアーク安定剤、スラグ生成剤、脱酸剤、合金剤は通常用いられるものである。
【実施例】
【0019】
本発明の効果を実施例により具体的に説明する。表1に示す成分の各種Mg合金を、発火防止のために窒素雰囲気でボールミルにより粉砕して粉砕性を調査した後、空気中で800℃で焼成してMg合金粉表面に酸化皮膜を生成する処理をし、各種平均粒径のMg合金粉とした。なお、平均粒径はレーザー光回折法で測定した。
【0020】
【表1】

【0021】
一方、表2に示す780N/mm級低温用鋼用低水素系棒の被覆剤中に、表1示したMg合金粉を、表1に示す被覆材中含有量になるように添加した。これを直径4.0mm、長さ400mmのJIS G3523 SWY11の鋼心線に被覆塗装し乾燥して各種低水素系棒を試作し、低水素系棒の生産性を確認し、被覆剤の耐脱落性、溶着金属の衝撃靭性および溶接作業性を調査した。
【0022】
【表2】

【0023】
まず、Mg合金の粉砕性の判定は容易に粉砕できたものを良好とし○印、粉砕に長時間を要したものは×印とした。
被覆剤の脱落試験は、その値を定量化するために、約1.5kgの溶接棒を板厚6mmで作成した55mm×300mm×500mmの鋼製の箱に入れ、この箱の長手方向を軸として1分間に40回転の速度で8分間回転させた。その後被覆剤の脱落した質量割合を測定し、その脱落率が5%未満を良好とした。
【0024】
また、溶接金属の衝撃靭性調査は、電流170A(AC)、予熱・パス間温度100±10℃、平均入熱17kJ/cmとし、JIS Z3212の溶着金属試験に準じて溶接を行い、溶着金属中央部よりJIS Z2202 4号衝撃試験片を採取した。試験は−40℃で各5本について行い、その吸収エネルギーの平均値で90J以上を良好とした。
【0025】
さらに、溶接作業性の調査は、板厚16mm、幅100mm、長さ450mmの780N/mm級鋼板をT型に組み、交流溶接機を用い、水平すみ肉溶接では電流170A、立向姿勢溶接では150Aの溶接条件で溶接し、アーク状態、スラグ状態および、スパッタの多少などを調査した。その判定は各姿勢溶接の評価を総合判定し、良好を○印、やや劣るが△印、劣るが×印とした。それらの結果を表1にまとめて示す。
【0026】
表1中、溶接棒No.1〜No.10は本発明例、溶接棒No.11〜No.20は比較例である。
本発明例である溶接棒No.1〜No.10は、Mg合金中のMg、Si、Feの含有量およびMg合金粉の平均粒径が適正であるため、粉砕性が良好で、低水素系棒の被覆剤の脱落率も少なかった。さらに被覆剤に添加するMg合金粉の添加量も適量であるため、溶接金属の吸収エネルギーも高値が得られ、溶接作業性も良好であるなど極めて満足な結果であった。
【0027】
比較例中、溶接棒No.11は、Mg合金粉のMgが少ないので被覆剤の脱落率は少ないが、溶接金属の酸素が低減できず吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.12は、Mg合金粉のMgが多いので、製造時に水ガラスと反応して被覆剤の脱落率が高くなった。また、溶接時にスラグの流動性が悪く、ビード外観が劣化するなど溶接作業性が不良であった。
【0028】
溶接棒No.13は、Mg合金のSiが少ないのでMg合金粉製造時の粉砕性が悪かった。
溶接棒No.14は、Mg合金粉のSiが多いので被覆剤の脱落率が高くなり、溶接時にスラグ粘性が過剰に高まり溶接作業性も悪かった。
【0029】
溶接棒No.15は、Mg合金粉のFeが少ないので水ガラスと反応性して被覆剤の脱落率が高くなった。
溶接棒No.16は、Mg合金粉のFeが多いので溶接金属の酸素が多くなり、吸収エネルギーが低値であった。
【0030】
溶接棒No.17は、Mg合金粉の平均粒径が小さいので溶接棒製造時に水ガラスと反応して被覆剤の脱落率が高くなった。
溶接棒No.18は、Mg合金粉の平均粒径が過剰に大きいので吸収エネルギーが低値であった。
【0031】
溶接棒No.19は、被覆剤中のMg合金粉の添加量が少ないので吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.20は、被覆剤中のMg合金粉の添加量が多いので水ガラスとの反応が大きく、被覆剤の脱落率が高くなった。また、溶接時にスラグ流動性が悪くなり、溶接作業性も不良であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加されるMg合金粉であって、Mgを13〜36質量%、Siを33〜56質量%、Feを15〜45質量%含有し、その他は不可避不純物からなり、かつ平均粒径が50〜200μmであることを特徴とする被覆アーク溶接棒用Mg合金粉。
【請求項2】
軟鋼または低合金鋼からなる心線に被覆剤が塗装されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤はMgを13〜36質量%、Siを33〜56質量%、Feを15〜45質量%含有し、その他は不可避不純物からなり、かつ平均粒径が50〜200μmであるMg合金粉を、被覆剤全質量に対して3〜17質量%含有することを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。

【公開番号】特開2009−195954(P2009−195954A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−40407(P2008−40407)
【出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】