説明

被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法及びその利用

【課題】 簡便、迅速、高感度かつ高い再現性で、被験物質に対する複数のプローブの結合の競争性を評価する。
【解決手段】 本発明の被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法は、被験物質を含む試料、及び当該被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光強度を検出する蛍光検出工程と、を含み、上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有するものであり、上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射することで行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法及びその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒトや家畜に対して病原性を示す細菌は、宿主細胞内に侵入するか、毒素を産生して宿主を攻撃し、各種の症状を引き起こす。中でも、コレラ毒素やボツリヌス毒素、百日咳毒素といった外毒素は、細胞に対する強い毒性作用を有する。これらの毒素は、細胞表面上に存在するガングリオシドの糖鎖構造を特異的に認識し、細胞内に侵入して様々な経路を経て毒性を発現させる。
【0003】
ガングリオシドには様々な種類がある。そして、毒素の種類によって、ガングリオシド毎の結合親和性が異なる。例えば、コレラ毒素は、ガングリオシドGM1(以下、「GM1」と表記する)に対する結合親和性が高く、アシアロガングリオシドGM1(以下、「Asialo GM1」と表記する)に対する結合親和性が低いことが知られている。この毒素の種類によってガングリオシドに対する結合親和性が異なることを利用すれば、生体試料中にどのような毒素が含まれているか等のタイピングが可能となる。
【0004】
従来、毒素の、複数種のガングリオシドに対する結合親和性を測定する方法として、表面プラズモン共鳴法等が用いられてきた(非特許文献1)。
【0005】
また、ヒトや家畜に対して病原性を示すウイルスの一部は、宿主細胞内に侵入する際に、細胞表面に存在する修飾糖鎖構造を特異的に認識し、結合することにより感染を成立させる。
【0006】
細胞表面の修飾糖鎖構造はガングリオシドである場合もあるし、タンパク質に結合した糖鎖の場合等もありうる。これらの修飾糖鎖構造には様々な種類がある。一部のウイルスは、その種類・型・亜型の違いによって、細胞表面の修飾糖鎖構造に対する結合親和性が異なる。例えば、ヒトに主に感染するインフルエンザウイルス(以下、「ヒトインフルエンザウイルス」と表記する)は、細胞表面の修飾糖鎖構造のうち末端に2−6結合型シアル酸を含むものに対する結合親和性が高く、一方、トリに主に感染するインフルエンザウイルス(以下、「トリインフルエンザウイルス」と表記する)は、細胞表面の修飾糖鎖構造のうち末端に2−3結合型シアル酸を含むものに対する結合親和性が高く、さらに両者ともシアル酸を含まない修飾糖鎖構造に対する結合親和性が低いことが知られている。このウイルスの種類によって細胞表面の修飾糖鎖構造に対する結合親和性が異なることを利用すれば、生体試料中にどのようなウイルスが含まれているか等のタイピングが可能となる。
【0007】
一方、簡便で高感度かつ迅速に、試料中の分子を検出することができる方法として、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy、以下「FCS」と表記する)が知られている(非特許文献2)。FCSは、蛍光標識した分子のブラウン運動に由来する、蛍光強度のゆらぎを測定することで、当該分子の数、大きさ等を測定する方法である。FCSの応用例として、例えば非特許文献1では、互いに異なる蛍光波長を有する蛍光物質で標識した2種類の分子の、分子間相互作用を評価する方法も記載されている。これは、2種類のレーザ光を同時に照射して、2つの分子が、別々に動いているか同時に動いているかを解析するものである。
【0008】
また、FCSを利用したウイルスの検出方法も提案されている(特許文献1)。特許文献1では、ウイルス結合性物質を試料に混合してFCSに供して、検出される分子の大きさによって試料中のウイルスの有無を判定する方法が開示されている。つまり、検出される分子の大きさによって、当該分子が、当該ウイルス結合性物質のみか当該ウイルス結合性物質とウイルスとが結合した分子かを判定することで、試料中のウイルスを検出する。
【特許文献1】特開2007−20565(平成19年2月1日公開)
【非特許文献1】Kuziemko, G. M. et al., Cholera Toxin Binding Affinity and Specificity for Ganglioside Determined by Surface Plasmon Resonance., Biochemistry., 1996, 35, 6375-6384
【非特許文献2】金城政孝,西村吾郎,「蛍光相関分光法」,蛍光分光とイメージングの手法,学会出版センター,2006年,p.133−160
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
細菌由来の毒素又はウイルスのタイピングを行なうためには、複数のガングリオシド又は糖鎖に対する当該毒素又はウイルスの結合親和性を測定して、当該毒素又はウイルスがどの種類のガングリオシド又は糖鎖に優先的に結合するか等を評価する必要がある。そのためには、毒素等の一つの被験物質に対する、ガングリオシド等の複数のプローブ結合親和性を測定する技術が必要である。しかし、従来、一つの被験物質に対する複数のプローブの結合親和性を、簡便、迅速、高感度かつ高い再現性で測定する方法は存在しなかった。
【0010】
例えば非特許文献1に記載のSPR法では、被験物質を基板上に固定する必要があるため煩雑な前処理等を要し、測定にも長時間を要する。
【0011】
一方、FCSでは、検査対象の試料にレーザ光を照射して蛍光を検出すればよいため、実時間で迅速に測定することができる。また、測定する領域の溶液は、数フェムトリットルであり極めて微量であるため、少量の試料で測定することができる。生体試料を直接供することも可能であり、生態環境に近い状態で検査を行なうことができる。さらにFCSは個々の分子結合を検出できるため、SPRに比べて感度も高い。
【0012】
しかしながら、FCSは、一つの分子に対する、別の一つの分子の結合を測定するために用いられてきた方法である。例えば、非特許文献2及び特許文献1においても、二つの化合物間における相互作用や、一種類のウイルス結合性物質を用いたウイルスの検出等に用いられている。
【0013】
そのため、従来のFCSによって被験物質に対する複数のプローブの結合親和性を測定する場合、被験物質に一つのプローブを混合した試料を用いてFCSを行ない、別途、被験物質に異なるプローブを混合して作製した試料を用いてFCSを行なった上で、両者の結果を比較する必要がある。
【0014】
しかし、これでは被験物質に対して複数のプローブのうちどのプローブが優先的に結合するかを評価することができない。また、上述のようにFCSに供した試料の内、レーザ光が照射される領域は数フェムトリットルという極めて微小な領域である。微小な領域では、温度や、被験物質に吸着する可能性のある夾雑物の影響が大きい。そのため、別々の試料を用いると、FCSに供する試料毎の温度差や夾雑物濃度の差の影響を大きく受ける。測定時間がずれると外環境の温度の差による影響も大きくなる。そして、これらの影響により、測定結果の再現性も悪くなる。
【0015】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、簡便、迅速、高感度かつ高い再現性で、被験物質に対する複数のプローブの結合の競争性を評価することが可能な、被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法及びそれに用いる蛍光相関分光装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法は、上記課題を解決するために、被験物質を含む試料、及び当該被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光強度を検出する蛍光検出工程と、を含み、上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有するものであり、上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射することで行なうことを特徴としている。
【0017】
本発明に係る被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法は、上記被験物質は、細菌由来の毒素またはウイルスであることがより好ましい。
【0018】
本発明に係る被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法は、上記被験物質は、コレラ毒素、ボツリヌス毒素、カンピロバクター毒素、ウェルシュ毒素、易熱性エンテロトキシン、志賀毒素、破傷風毒素、ベロ毒素又はヘリコバクター・ピロリ空胞化毒素、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルスであることがより好ましい。
【0019】
本発明に係る被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法は、上記蛍光検出工程によって検出したそれぞれの蛍光強度から、当該蛍光強度の自己相関関数を算出して、それぞれの自己相関関数同士を比較する解析工程をさらに含むことがより好ましい。
【0020】
本発明に係る試料中の被験物質を検出する方法は、試料、及び上記被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光を検出する蛍光検出工程と、を含み、上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有するものであり、上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射することで行なうことを特徴としている。
【0021】
本発明に係る蛍光相関分光装置は、上記課題を解決するために、蛍光相関分光法を行なうための装置であって、試料を搭載するための試料搭載手段と、上記試料搭載手段に搭載された試料に対して、それぞれ異なる波長のレーザ光を試料に照射する複数のレーザ光照射手段と、上記複数のレーザ光照射手段のうち、上記試料搭載手段に搭載された試料に対してレーザを照射するために用いるレーザ光照射手段を切り替えるための切り替え手段と、を備えることを特徴としている。
【0022】
本発明に係る蛍光相関分光装置は、上記それぞれ異なる波長のレーザ光が上記試料に照射されることによって、検出されたそれぞれの蛍光強度から、当該蛍光強度の自己相関関数を算出して、それぞれの自己相関関数同士を比較する解析手段を備えてもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法は、以上のように、被験物質を含む試料、及び当該被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光強度を検出する蛍光検出工程と、を含み、上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有するものであり、上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射することで行なう。よって、簡便、迅速、高感度かつ高い再現性で、被験物質に対する複数のプローブの結合の競争性を評価することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0025】
<1.本発明に係る被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法>
本発明に係る被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法(以下、「結合親和性測定方法」と表記する)は、被験物質を含む試料、及び当該被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光強度を検出する蛍光検出工程と、を含めばよく、上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有するものであり、上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射して行なえばよい。
【0026】
本発明によれば、複数のプローブを混合した状態で測定を行なえるため、被験物質に対する複数のプローブの、結合の競争性を評価することができる。例えば、被験物質として毒素を用いた場合、様々なガングリオシドのうち、どのガングリオシドに対して優先的に結合するかを測定することができる。つまり本発明は、複数のプローブの被験物質に対する結合親和性の競争性を測定可能な、競争的FCSとも呼べる全く新たな方法を提供するものである。以下、被験物質を検出するための、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有する複数のプローブを、試料に混合してFCSを行なう方法を「競争的FCS」と表記することもある。
【0027】
また、本発明に係る結合親和性測定方法では、一つの被験物質に対して、複数のプローブを混合した状態で、FCSによる測定を行なうことができる。つまり、複数のプローブを別々に混合させた試料を調製する必要がない。そのため、試料毎の温度や夾雑物濃度の差による影響を受けずにFCSを行なうことができる。また、上記被験物質及び複数のプローブを混合した試料に対して、同時に又は速やかに、異なる波長のレーザ光を照射することができるため、外環境の温度差の影響を抑えることができる。よって、簡便、迅速、高感度かつ高い再現性で、被験物質に対する複数のプローブの、結合の競争性を評価することができる。
【0028】
本発明に係る結合親和性測定方法で利用することができる被験物質とは、特に限定されるものではなく、タンパク質、ペプチド、糖、ウイルス、核酸、脂質や、その他に様々な低分子化学物質を例示することができる。特に、本発明では、被験物質として細菌由来の毒素やウイルスを用いるとよい。つまり、本発明は細菌由来の毒素やウイルスに対する複数のプローブの結合親和性を好適に測定することができる。
【0029】
ここで、ウイルスとしては、例えば、アデノウイルス、サイトメガロウイルス、EBウイルス、ライノウイルス、コロナウイルス、SARS、(A,B,C,D,E)型肝炎ウイルス、手足口病ウイルス、フラビウイルス(黄熱ウイルス、西ナイルウイルス、日本脳炎ウイルス、デングウイルス)、トガウイルス、ブタコレラウイルス、ウシ下痢ウイルス、パラインフルエンザウイルス、ニューカッスル病ウイルス、RSウイルス、ペストウイルス、麻疹ウイルス、ムンプスウイルス、ヒトインフルエンザウイルス、トリインフルエンザウイルス等のインフルエンザウイルス、ウマインフルエンザウイルス、ブタインフルエンザウイルス、ラブドウイルス(狂犬病ウイルス、水泡性口内炎ウイルス)、ピコルナウイルス(ポリオウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス、エンテロウイルス)、脳脊髄炎ウイルス、口蹄疫ウイルス、アレナウイルス(リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス、ラサウイルス)、レトロウイルス(HTLV:ヒト成人白血病ウイルス、HIV:エイズウイルス、ネコ白血病肉腫ウイルス、牛白血病ウイルス、ラウス肉腫ウイルス)、ロタウイルス、エボラウイルス、ポックスウイルス(ワクシニアウイルス、牛痘ウイルス、天然痘ウイルス)、パルボウイルス、パピローマウイルス、ポリオーマウイルス、単純ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス、ウマヘルペスウイルス、ネコヘルペスウイルス等を例示できる。中でも、本発明は、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス又はアデノウイルスに対する複数のプローブの結合親和性を好適に測定することができる。
【0030】
また、本発明では、細菌由来の毒素に対する複数のプローブの結合親和性を、簡便、迅速かつ高感度に測定することができる。従来、細菌由来の毒素に対する、複数のプローブの結合親和性を、簡便、迅速かつ高感度に測定可能な方法は報告されていなかった。しかし、本発明によれば、試料から当該毒素を抽出したり、SPRのように当該毒素を基板に固定したりする必要がないため、簡便かつ迅速に行なうことができる。また、上述のように外環境の温度差や、試料毎の温度及び夾雑物濃度の差による影響を防ぎ、高感度に測定することができる。従って、本発明は毒素に対するプローブの結合親和性を測定する方法として好適に用いることができる。複数のガングリオシドの、毒素に対する結合親和性の差や競争性を測定して網羅しておけば、保有するガングリオシドの種類や量等によるヒトの体質によって当該毒素の影響を受けやすいか否かを判定することも可能となる。
【0031】
なお、毒素には活性を失いやすいものもあり、素早く、少ない回数で、簡便に測定することが必要となる。しかし、本発明によれば、複数のガングリオシドに対する結合親和性を一度に測定できるため、このような毒素に対しても好適に用いることができる。従来のFCSでは、個々のガングリオシドを用いて測定する必要があるため、素早く、少ない回数で、簡便に、複数のガングリオシドに対する生体親和性を測定することは困難であった。また、生体からの採取試料(鼻汁、胃液、粘膜拭い液、分泌・排泄物、血液等)は、雑多な成分を含むことから非特異的なシグナルが得られやすい。つまり従来のFCSでは、非特異的なシグナルの影響を受けるが、本発明によればこのような非特異的シグナルの影響を抑制して測定することが可能である。
【0032】
なお、本明細書において「毒素」とは、細菌の代謝産物あるいは構成成分の一つであり、微量でヒト生体に不利な反応を引き起こす物質を意図する。
【0033】
本発明に係る被験物質として利用可能な毒素としては、特に限定されるものではない。毒素の多くは細胞表面の糖脂質に結合するものであるので、糖脂質結合性毒素を用いてもよい。糖脂質結合性毒素としては、例えば、コレラ毒素、ボツリヌス毒素、カンピロバクター毒素、ウェルシュ毒素、易熱性エンテロトキシン、志賀毒素、破傷風毒素、ベロ毒素及びヘリコバクター・ピロリ空胞化毒素を例示できる。
【0034】
〔1−1.試料調製工程〕
本発明に係る結合親和性測定方法の試料調整工程は、被験物質を含む試料、及び当該被験物質を検出するための複数のプローブを混合すればよい。つまり、本発明には、上記試料及び上記複数のプローブを混合したものをそのまま用いることができる。なお、これらを混合した後に、ろ過等によって夾雑物等を取り除いてもよい。
【0035】
上記プローブとしては、被験物質に対する結合親和性を評価する目的の物質を用いればよく、限定されるものではない。例えば、被験物質の種類に応じて、タンパク質、ペプチド、糖、ウイルス、核酸、脂質や、その他に様々な低分子化学物質を、蛍光物質で標識したものをプローブとして使用することができる。中でも特異的抗体、ガングリオシド又は糖鎖をプローブとすることが好ましい。
【0036】
より具体的には、細菌由来の毒素を検出するためのプローブとしては、当該毒素に特異的に結合するものであれば特に限定されないが、ガングリオシドが好ましい。
【0037】
また、ウイルスを検出するためのプローブとしては、ウイルスに特異的に結合するものであれば特に限定されず、糖、抗体、タンパク質(糖蛋白を含む)、ペプチド、核酸、糖脂質等の脂質、低分子化学物質などが広く例示される。中でも、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス又はアデノウイルスを検出するためのプローブとしては、これらのウイルスそれぞれに特異的に結合しうる糖鎖構造を含むもの、例えばフェツイン等のタンパク質、ガングリオシドLysoGM3等の糖脂質が挙げられる。
【0038】
なお、蛍光物質による標識が無くても蛍光を発する物質を、そのままプローブとする場合、蛍光物質による標識の手間を省くことができる。
【0039】
また、上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有するものであればよい。励起波長又は蛍光波長は、特に限定されるものではないが、例えば、350nm以上800nm以下の蛍光物質により標識されたものを好適に用いることができる。なお、上記蛍光物質の分子量は特に限定されるものではないが、20000以下が好ましく、さらに好ましくは120以上8000以下である。
【0040】
混合するプローブの種類は、複数種であれば特に限定されるものではない。例えば、被験物質に対する、3種類のプローブの結合親和性を比較する場合は、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有する蛍光物質で標識した3種類のプローブを用いればよい。本発明者らは、後述する実施例において、2種類のガングリオシド間でのコレラ毒素に対する結合親和性を比較した。
【0041】
〔1−2.蛍光検出工程〕
本発明に係る結合親和性測定方法の蛍光検出工程は、蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光を検出すればよい。また、上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射して行なえばよい。各波長の蛍光強度のゆらぎを検出することで、上記複数のプローブのうち、いずれのプローブが被験物質に結合したかを評価することができる。
【0042】
本発明に係る結合親和性測定方法の蛍光検出工程では、それぞれ異なる波長のレーザ光を照射する以外は、従来公知の蛍光相関分光法(例えば非特許文献1を参照)に従って行なえばよい。
【0043】
蛍光相関分光法において、それぞれ異なる波長のレーザ光を照射する方法は、特に限定されるものではない。複数のレーザ光は、試料に同時に照射してもよく、それぞれのレーザ光を順次照射してもよい。例えば、従来公知の蛍光相関分光装置であって、発するレーザ光の波長が異なる複数種類の装置を用意して、上記試料調製工程で得た試料をそれぞれの装置に分注して、測定を行なえばよい。また、後述の本発明に係る蛍光相関分光装置を用いて複数種類のレーザ光を順次照射してもよい。いずれの場合においても、複数のプローブを混合した試料を用いることができるため、試料毎の温度のズレや夾雑物濃度によるプローブの非特異的吸着の影響を抑制して結合親和性の測定を行なうことができる。
【0044】
〔1−3.解析工程〕
上記蛍光検出工程で検出した蛍光強度から、それぞれのプローブの被験物質に対する結合親和性を評価する方法は、特に限定されるものではないが、検出したそれぞれの蛍光強度の自己相関関数を算出して、それぞれの自己相関関数同士を比較する解析工程を行なうことが好ましい。
【0045】
例えば、自己相関関数によって描かれる曲線を比較することで、いずれのプローブが優先して被験物質に結合したかを簡便に把握することができる。また、自己相関関数からは並進拡散時間を算出することができるので、複数のプローブの被験物質に対する結合親和性を定量的に測定することができる。さらに、被験物質の濃度と並進拡散時間との関係から解離定数を算出することも可能である。
【0046】
なお、上記解析工程によらず、例えば、計測時間と蛍光強度との関係から、それぞれの蛍光強度のゆらぎを比較して、結合親和性の大小を定性的に評価してもよい。
【0047】
〔1−4.2種類のプローブを用いた本発明に係る結合親和性測定方法の例〕
以下に、本発明に係る結合親和性測定方法の一実施形態を、図1に基づいて説明する。図1は、本実施の形態に係る結合親和性測定方法の原理を模式的に示した図であり、被験物質としてコレラ毒素を用い、プローブとして、Rhodamine Red−Xで標識したGM1及びAlexa Fluor 488で標識したasialo‐GM1を用いた場合について示している(図1では、それぞれ単に「GM1」及び「asialo‐GM1」と示している)。また、図1(1)及び(2)に示す、GM1が嵌合している物質がコレラ毒素を示している。
【0048】
図1(1)及び(2)に示すように、GM1は、asialo‐GM1より優先してコレラ毒素に結合する。よって、図1(1)に示すように、Rhodamine Red−Xの励起波長である532nmのレーザ光を照射すると、Rhodamine Red−Xに由来する蛍光強度が検出される。そして、当該蛍光強度の自己相関関数G(τ)を算出すると図1(3)に示すグラフを作成することができる。
【0049】
ここで、自己相関関数とは、任意の時間tにおける蛍光強度I(t)を基準として、(τ)時間後の蛍光強度I(t+τ)の相関を次式(1)で表したものである。
G(τ)={I(t)・I(t+τ)}/{I(t)}・・・(1)
図1(3)に示すように、τが特定の値になるとG(τ)は急激に低下する。本明細書では、G(τ)が低下し始めるτをτ、低下し終わるτをτとする。そして、(τ+τ)/2であるτを並進拡散時間として定義する。並進拡散時間が大きいほど、検出した蛍光強度の蛍光を発した分子が大きいことを意味する。
【0050】
同様に、図1(2)に示すように、Alexa Fluor 488の励起波長である473nmのレーザ光を照射すると、Alexa Fluor 488に由来する蛍光強度が検出される。当該蛍光強度の自己相関関数G(τ)を算出すると図1(4)に示すグラフを作成することができる。図1(3)と同様に、図1(4)に示すG(τ)もτ’からτ’までの間で低下しているので、並進拡散時間τ’は(τ’+τ’)/2である。
【0051】
図1(5)に示すように、それぞれの自己相関関数を比較すると、τ1はτ1’より大きいことが分かる。これは、GM1がコレラ毒素に結合して大きな分子を形成してこれが検出されたことを示し、asialo‐GM1はコレラ毒素に結合しなかったため、小さい分子として検出されたことを示す。この結果から、asialo‐GM1よりGM1の方が、コレラ毒素に対する結合親和性に優れていることが確認できる。このように、本発明によれば、複数のプローブの被験物質に対する結合の競争性を測定することができる。
<2.本発明に係る試料中の被験物質を検出する方法>
本発明に係る結合親和性測定方法を利用すれば、試料中の被験物質を検出することも可能である。即ち、本発明に係る試料中の被験物質を検出する方法(以下、「被験物質検出方法」という)は、試料、及び上記被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光を検出する蛍光検出工程と、を含み、上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有し、上記被験物質に対する結合親和性が既知のものであり、上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射して行なえばよい。なお、本実施の形態では、上記本発明に係る結合親和性測定方法と同様の構成については説明を省き、主に、上記本発明に係る結合親和性測定方法との相違点について説明する。
【0052】
本発明に係る被験物質検出方法では、予め、被験物質に対する結合親和性が既知の複数のプローブを用いる。そして、上述の本発明に係る結合親和性測定方法と同様の操作を行なえば、実際に得られた当該プローブの結合親和性と既知の結合親和性とを比較することで、試料中の被験物質を定性的に又は定量的に検出することができる。本発明者らは、後の実施例で述べるように、インフルエンザウイルスに対して結合性を有するフェツインと、結合性を有さないグルタチオン‐S‐トランスフェラーゼ(以下、「GST」と表記する)とを用いて、試料中のインフルエンザウイルスを検出した。
【0053】
ここで、結合親和性が既知のプローブとは、必ずしも解離定数等の具体的な数値が既知のプローブのみを意図しているものではない。目的とする検出精度に応じて、使用するプローブの結合親和性の被験物質に対する結合親和性が予測できるものを用いればよい。また、上記本発明に係る結合親和性測定方法や、従来公知の結合親和性の測定方法によって、予め被験物質と複数のプローブとの結合親和性を測定する工程を行ない、その後に、本発明に係る被験物質検出方法の試料調製工程や蛍光検出工程を行なってもよい。
【0054】
本発明に係る被験物質検出方法によれば、複数のプローブを用いて検出することができるので、信頼性が高い検出結果を得ることができる。また、結合親和性が既知であるプローブを複数用いて、当該複数のプローブによる蛍光強度を比較して検出を行なうため、別途ネガティブコントロール等と比較する作業を行なわなくてもよい。そのため従来のFCSで問題となっていた温度条件や夾雑物濃度のズレが除かれた結果を得ることができる。
【0055】
なお、インフルエンザウイルスの検出を行なう場合に用いるプローブとしては、特に限定されるものではない。インフルエンザウイルスに対する抗体を用いれば、感度が向上するため好ましい。また、後述の実施例のように、フェツインのようなインフルエンザウイルスに結合するタンパク質を用いれば、検出を安価に行なうことができるため好ましい。
<3.本発明に係る蛍光相関分光装置>
本発明に係る蛍光相関分光装置の一実施形態について図2を用いて説明する。図2は本実施の形態に係る蛍光相関分光装置1の概略構成を示す図である。
【0056】
まず、蛍光相関分光装置1の構成について説明する。蛍光相関分光装置1は、試料搭載部2(試料搭載手段)、対物レンズ3、532nmレーザ(レーザ光照射手段)4、473nmレーザ5(レーザ光照射手段)、切り替えミラー6(切り替え手段)、ピンホール7、光検出器8、デジタル相関器12(解析手段)を備えている。なお図1には、蛍光相関分光装置1に供する試料10、試料10中に形成される共焦点領域11をも示している。
【0057】
試料搭載部2は、試料10を搭載するための試料搭載手段である。具体的には、レーザ光を通過させることが可能な貫通孔を設けた台座である。試料搭載部2には、スライドガラス等をセットして、当該スライドガラスの上に試料10を滴下すればよい。
【0058】
試料10としては、例えば、上述の本発明に係る結合親和性測定方法や被験物質検出方法で説明した試料に、それぞれ励起波長又は蛍光波長が異なる複数のプローブを混合したものを用いることができる。本実施の形態では、試料10には、波長が532nmのレーザ光で励起されるプローブと波長が473nmのレーザ光で励起されるプローブとの、2種類のプローブが混合されているものとして説明する。
【0059】
対物レンズ3は、後述する532nmレーザ4及び473nmレーザ5から照射されたレーザの焦点を絞って、試料10中に共焦点領域11を形成するものである。
【0060】
532nmレーザ4及び473nmレーザ5は、レーザ光照射手段として機能するものであり、それぞれ532nm、473nmの波長のレーザ光を照射する。レーザの光源としては特に限定されるものではない。例えば、532nmのレーザ光の光源、及び473nmのレーザ光の光源としてともに半導体励起固体レーザを用いればよい。
【0061】
切り替えミラー6は、532nmレーザ4及び473nmレーザ5のうち、試料10に照射するレーザ光を選択するための切り替え手段である。切り替えミラー6としては、従来公知のダイクロイックミラー等を用いればよい。また、切り替えミラー6は、532nmレーザ4及び473nmレーザ5のいずれかから照射されたレーザ光が試料10に導かれるように、図2に示す矢印方向に回動する。図2に示す実線で示した箇所に切り替えミラー6が位置するときは、532nmレーザ4によるレーザ光が試料10に導かれ、破線の箇所に切り替えミラー6が位置するときは、473nmレーザ5によるレーザ光が試料10に導かれる。
【0062】
ピンホール7は、試料10から発せられた蛍光を光検出器8に導くためのものである。また、光検出器8は当該蛍光を検出するためのものである。
【0063】
デジタル相関器12は、試料10から発せられた、それぞれの蛍光強度から、当該蛍光強度の自己相関関数を算出して、それぞれの自己相関関数同士を比較する解析手段である。なお、デジタル相関器12は、検出された蛍光強度から自己相関関数を算出することが可能なコンピュータ等を外付けして用いてもよい。つまり、本発明に係る蛍光相関分光装置は、上記解析手段を備えることが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0064】
次に、蛍光相関分光装置1の動作について説明する。
【0065】
試料搭載部2に試料10を滴下した後、使用者の設定に応じて、532nmレーザ4及び473nmレーザ5から発せられたレーザ光が試料10に、順次照射される。ここでは説明の便宜のため、まず、試料10に対して532nmレーザ4によりレーザ光を照射して、次に473nmレーザ5によるレーザ光を照射する場合について説明する。
【0066】
532nmレーザ4から発せられたレーザ光は、切り替えミラー6によって試料10の方向に導かれる。そして当該レーザ光は対物レンズ6によって絞られ、試料中に共焦点領域11が形成される。共焦点領域11は、図2に示すように略円柱状の領域となる。なお、共焦点領域11の容積は、1×10−16リットル以上1×10−10リットル以下が好ましく使用され、さらに好ましくは1×10−16リットル以上1×10−13リットル以下である。つまり、蛍光相関分光装置1は、この範囲の共焦点領域を形成可能な対物レンズを備えることが好ましい。
【0067】
試料中の分子はブラウン運動により動き回っており、共焦点領域11内を通過した分子が観察の対象となる。つまり、共焦点領域11内に、波長532nmのレーザ光で励起する蛍光物質により標識されたプローブが存在すれば、当該蛍光物質から蛍光が発せられる。そして、当該蛍光はピンホール7を通過して光検出器8によって検出される。
【0068】
532nmレーザ4による検出が終わった後は、切り替えミラー6が回動して、図2に示す破線の箇所に位置する。そして、473nmレーザ5によるレーザ光が発せられ、試料10に導かれる。ここで、共焦点領域11内に、波長473nmのレーザ光で励起される蛍光物質で標識されたプローブが存在すれば、当該蛍光物質から蛍光が光検出器8によって検出される。
【0069】
光検出器8によって検出されたそれぞれの蛍光強度に基づいて、デジタル相関器12によって自己相関関数が算出される。それぞれの自己相関関数を比較することによって、試料中の被験物質に対する上記2種類のプローブの結合親和性を測定したり、試料中の被験物質の検出を行なったりすることができる。
【実施例】
【0070】
〔実施例1:蛍光標識ガングリオシドを用いた競争的FCS〕
(装置)
本実施例では、二台の蛍光相関分析装置(FCS‐101(532nm laser)、FCS‐101B(473nm laser)、いずれも東洋紡社製)の一台のコンピュータにつなぎ、同時に測定を行なった。得られた結果を、FCS‐101に添付のFCS control softwareを用いて解析した。
【0071】
また、FCS‐101及びFCS‐101Bのセットアップは、付属のマニュアルに従って行なった。具体的には、超純水を用いてステージ位置を調整して、10nM Rhodamine 6Gで機器の状態を確認した。また、FCS‐101では10nM Rhodamineで標識されたGM1を用いて、FCS‐101BではAlexa Fluor 488で標識されたGM1を用いてFCS相関を測定して、プローブの状態を確認した。なお、上記超純水とは、Milli−Qシステム(ミリポア社製)を用いて精製した超純水であり、以下「Milli‐Q水」と表記する。
【0072】
(コレラ毒素)
コレラ毒素としては、List biological laboratories, Inc.より凍結乾燥されたものを購入して用いた。これを、20mM CTになるように調製して、20mlずつ分注して−20℃で保存した。なお、SDS−PAGE及び銀染色によって、夾雑蛋白質が存在しないことを確認した。凍結保存したコレラ毒素は、実験ごとに必要に応じて解凍して、Milli‐Q水で3.7倍希釈して、5.4mMの濃度で使用した。
【0073】
(ガングリオシド)
本実施例では、ガングリオシドとして、上述したGM1、asialo‐GM1の他に、ガングリオシドGM2、ガングリオシドGM3、ガングリオシドGD1a(以下、それぞれ、「GM2」、「GM3」、「GD1a」と表記する)を用いた。asialo‐GM1はSIGMA‐ALDRICH社より、残りのガングリオシドはlyso体をTAKARA BIO Inc.より購入した。asialo‐GM1のlyso体化は次のようにして行なった。40nmolのasialo‐GM1を、50mM sodium acetate(pH6.0)、4% TDC、1U/mL SCDase from Pseudomonas(SIGMA社)に混合して、超純水を用いて全量を40mlとした。さらに、400mlのn‐heptadecaneを重層した。そして、37℃で24時間インキュベートした後、n‐heptadecaneを除去した。
【0074】
(蛍光標識ガングリオシド)
ガングリオシドを標識する蛍光物質として、Rhodamine Red−X及びAlexa Fluor 488を用いた。標識は次のようにして行なった。
【0075】
lyso体ガングリオシドのGM1、GM2、GM3、GD1aを、それぞれ、10mMのDMF溶液に溶解した。次に、10mM Rhodamine Red−X succinimidyl ester(Invitrogen Molecular Probes社製)、又は10mM Alexa Fluor 488 carboxylic acid,succinimidyl ester(Invitrogen Molecular Probes社製)を等量加えた。次に、1%TEAのDMF溶液を終濃度0.1%となるように加え、室温、遮光下で24時間振盪して、蛍光標識体を得た。
【0076】
asialo‐GM1では、まず、上述の方法で得たlyso体asialo‐GM1の溶液に、DMFを等量加えた後、1%TEAを終濃度0.1%となるように加えた。次に、DMFに溶解した5mM Rhodamine Red‐X, succinimidyl ester又は5mM Alexa Fluor 488 carboxylic acid, succinimidyl esterを32μl(160nmolのasialo‐GM1に対して4等量)加えて室温、遮光下で24時間振盪した。これにより、asialo‐GM1の蛍光標識体を得た。
【0077】
次に、得られた蛍光標識体を、RP‐HPLCで精製した。測定系には、GILSON社製のポンプとUV/VIS‐151検出器を用いた。次に、4.6×150‐mm COSMOSIL ODS AR‐IIを用いて、室温で、蛍光標識ガングリオシドを分離した。なお、移動相の溶液Aとして0.05%TFAを含むMilli‐Q水を用い、溶液Bとして0.05%TFAを含むアセトニトリルを用いた。Rhodamine Red‐Xで標識したガングリオシドは、イニシャル条件50%溶液Bから1%/minで30分間、終濃度80%までグラジエントをかけて、570nmの吸収強度を観測することで分離した。Alexa Fluor 488で標識したガングリオシドは、イニシャル条件10%溶液Aから1.3%/minで40分間、終濃度90%までグラジエントをかけて、495nmの吸収強度を観測することで分離した。
【0078】
なお、以下、Rhodamine Red−Xで標識したGM1等のガングリオシドを、「Rhodamine‐GM1」や「Rhodamine‐ガングリオシド」等と表記し、同様にAlexa Fluor 488で標識したGM1等のガングリオシドを、「Alexa 488‐GM1」や「Alexa488‐ガングリオシド」等と表記する。
(コレラ毒素と蛍光標識ガングリオシドによる競争的FCS)
各蛍光標識ガングリオシドとコレラ毒素との混合は、次にようにして行なった。まず、4μMのRhodamine‐ガングリオシドと4μMのAlexa488‐ガングリオシドとを等量混合した。次に、凝集体を除くためにUltrafree‐MC 0.1mmpore Durapore(ミリポア社製)を用いて、10,000rpmで5分間遠心して濾過を行なった。遠心にはCF‐15RXIII(HITACHI社製)を用いた。次に、各蛍光標識ガングリオシドが20nMとなるように希釈した。次に、5.4μM〜5.3nMの範囲で二倍段階希釈した各濃度のコレラ毒素と各蛍光標識ガングリオシドとを等量ずつ混合した。次に、37℃、遮光条件下で1時間インキュベーションしてFCS用サンプルとした。
【0079】
後述するそれぞれの2種類の蛍光標識ガングリオシドによる競争的FCSは、FCS‐101、FCS‐101Bに、各サンプルを30μlずつアプライして、同時に測定することで行なった。測定時のレーザ強度は、FCS‐101では1mW、FCS‐101Bでは0.100〜0.276mWとした。
【0080】
結果を図3〜7に示す。図3は、Alexa488‐GM1及びRhodamine‐GM2を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。図4は、Alexa488‐GM1及びRhodamine‐GM3を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。図5は、Rhodamine‐GM1及びAlexa488‐GM3を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。図6は、Alexa488−GM1及びRhodamine‐asialo‐GM1を用いて競争的FCS行なった結果を示す図である。図7は、Alexa 488‐GM2及びRhodamine‐GM3を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。なお、図3〜7において、横軸はコレラ毒素濃度を示し、縦軸は並進拡散時間を示し、丸印はRhodamine Red−Xにより標識したガングリオシドの結果を示し、四角印はAlexa Fluor 488により標識したガングリオシドの結果を示す。
【0081】
また、図3〜7で示した結果から、それぞれの図に示した2種のガングリオシドの、並進拡散時間の差をグラフにしたものを図8に示す。図8は2種類の蛍光標識ガングリオシにおける並進拡散時間の差を示す図であり、(a)はGM1とGM2との差(丸印)、GM1とGM3との差(四角印)、GM1とasialo−GM1(三角印)との差を示し、(b)はGM2とGM3との差を示す。
【0082】
図8(a)に示すように、コレラ毒素とGM1との結合に対する阻害の強さは、asialo−GM1>GM2>GM3であることが示された。図8(b)に示すように、GM2及びGM3の、コレラ毒素に対する結合親和性は同程度であることが示された。
【0083】
以上の結果から、蛍光標識ガングリオシド及びコレラ毒素を用いた競争的FCSによって、ガングリオシド間のコレラ毒素に対する相対的な結合親和性の差を求めることができた。このように、競争的FCSを用いることによって、コレラ毒素に対するガングリオシドタイピングが可能であることが示された。また、以上の結果は、ガングリオシドを蛍光標識することで、FCSにより毒素を検出するためのプローブとして用いることが可能であることや、蛍光標識ガングリオシドを用いたFCSにより毒素を検出することの妥当性も示したといえる。
〔実施例2:2種類の蛍光プローブを用いたウイルスの検出〕
(ウイルス)
本実施例では、インフルエンザウイルスA/Hyogo/73/2002株(兵庫県立健康環境科学研究センター山岡正興氏より分与された。以下、「Hyogo株」と表記する)を用いた。Hyogo株は、血清を加えていないDMEM培地で培養して用いた。
【0084】
(蛍光プローブの作成)
インフルエンザウイルスには、シアル酸が結合することが知られている。そこで、シアル酸を有するタンパク質であるフェツイン(SIGMA社製)と、シアル酸を有さないタンパク質であるGSTとを蛍光標識した。フェツインはAlexa Fluor 488で標識して、GSTはRhodamine Red‐Xで標識した。なお、GSTは大腸菌破砕液から精製した。
【0085】
Alexa Fluor 488によるフェツインの標識では、まず、3.7×10−5M フェツイン、74mM炭酸水素ナトリウム、DMSOに溶解した1.9×10−4M AlexaFluor 488 carboxylic acid,succinimidyl ester(Invitrogen Molecular Probes社製)を混合した。
【0086】
GSTの標識では、まず、1.6×10−5M GST、46mM 炭酸水素ナトリウム、DMSOに溶解した9.0×10−5M Rhodamine Red−X succinimidyl ester(Invitrogen Molecular Probes社製)を混合した。
【0087】
次に、それぞれの混合物を遮光、攪拌しながら室温で1時間反応させた。その後、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で平衡化されたゲルろ過スピンカラムを用いて未反応蛍光物質の分離を行なった。当該ゲルろ過スピンカラムでは、30,000MW以下の分子を排除することが可能である。次に、遠心式ろ過ユニット(Centricon YM−3、Amicon社製、分画分子量 3,000Da NMWL)を用いて濃縮した。
【0088】
濃縮後、SDS−PAGE(10%ゲル)で分離した後、フルオロ・イメージアナライザー(フジフィルム株式会社製、FLA−3000)を用いて蛍光標識を確認した。以下、Alexa Fluor 488で標識されたフェツインを「Alexa 488‐フェツイン」と表記し、Rhodamine Red‐Xで標識されたGSTを「Rhodamine‐GST」と表記する。
【0089】
(競争的FCS)
血清が含まれていないDMEM培地で希釈した1×10CIU/ml Hyogo株と、PBS(−)で希釈して1.4MとしたRhodamine‐GSTと、上述の方法で得たAlexa 488‐フェツインをPBS(−)で50倍希釈した溶液とを、容積比2:1:1で混合して、室温で10分間インキュベーションした。次に、実施例1で用いた2つのFCS装置(FCS‐101及びFCS‐101B)を用いて、同時に測定を行なった。なお、比較のため、ネガティブコントロールとして、血清が含まれていないDMEM培地であって、インフルエンザウイルスが含まれていないDMEM培地を用いて同様に測定を行なった。FCSの測定では、FCS‐101に付属のソフトウェア(浜松ホトニクス社製、control software ver.3.00)を用いた。測定条件は、計測回数を20回、計測時間3.5秒とした。この結果を図9に示す。図9はRhodamine‐GST及びAlexa 488‐フェツインを用いたFCSの結果から作成した相関曲線を示す図であり、(a)はHyogo株が含まれるDMEM培地を供した結果を示し、(b)はHyogo株が含まれないDMEM培地を供した結果を示す。また、実線はAlexa 488‐フェツイン由来の蛍光を検出した結果を示し、破線はRhodamine‐GST由来の蛍光を検出した結果を示す。
【0090】
図9(a)と(b)との比較によって示されるように、インフルエンザウイルスはフェツインと結合するため、Alexa488を検出することが可能な473nmのレーザを用いた場合、シグナルは大きく変動する。つまり、Hyogo株を含むDMEM培地を供した場合、Hyogo株を含まないDMEM培地を供した結果に比べて、拡散時間が増加する。これは、Alexa 488‐フェツインとHyogo株とが結合することで分子量が増加して、溶液中での並進拡散速度が低下するからである。
【0091】
一方、Rhodamine‐GSTを検出可能な532nmのレーザを用いた場合では、Hyogo株を含むDMEM培地の測定を行なってもシグナルはほとんど変化しない。つまり、Hyogo株を含まないDMEM培地の測定により算出される拡散時間を示す曲線と同じ曲線が得られる。
【0092】
つまり、Alexa 488‐フェツイン及びRhodamine‐GSTを用いて競争的FCSを行ない、それぞれの蛍光から得られる拡散時間を示す曲線の差を測定することで、測定条件のブレや非特異的結合を除いた、インフルエンザウイルスの存在を検出することが可能であることが示された。なお、本実施例では説明の便宜のため、ネガティブコントロールを用いて比較を行なったが、GST又はフェツインのインフルエンザウイルスに対する結合性は既知であるため、当該比較を行なわなくても、図9(a)に示す結果のみから試料中にインフルエンザウイルスが存在していたことが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明によれば、被験物質に対する複数のプローブの、結合の競争性を評価することができる。特に、種々のガングリオシドに対する結合親和性を測定することで、細菌由来の毒素のタイピングを簡便、迅速かつ高感度に行なうことができるため、細菌による感染症の医薬品開発等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明の一実施形態に係る結合親和性測定方法の原理を模式的に示した図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る蛍光相関分光装置の概略構成を示す図である。
【図3】Alexa488‐GM1及びRhodamine‐GM2を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。
【図4】Alexa488‐GM1及びRhodamine‐GM3を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。
【図5】Rhodamine‐GM1及びAlexa488‐GM3を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。
【図6】Alexa488−GM1及びRhodamine‐asialo‐GM1を用いて競争的FCS行なった結果を示す図である。
【図7】Alexa 488‐GM2及びRhodamine‐GM3を用いて競争的FCSを行なった結果を示す図である。
【図8】2種類の蛍光標識ガングリオシにおける並進拡散時間の差を示す図である。
【図9】Rhodamine‐GST及びAlexa 488‐フェツインを用いたFCSの結果から作成した相関曲線を示す図である。
【符号の説明】
【0095】
1 蛍光相関分光装置
2 試料搭載部(試料搭載手段)
4 532nmレーザ(レーザ光照射手段)
5 473nmレーザ(レーザ光照射手段)
6 切り替えミラー(切り替え手段)
10 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験物質に対するプローブの結合親和性を測定する方法であって、
被験物質を含む試料、及び当該被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、
蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光強度を検出する蛍光検出工程と、を含み、
上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有するものであり、
上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射することで行なうことを特徴とする方法。
【請求項2】
上記被験物質は、細菌由来の毒素またはウイルスであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記被験物質は、コレラ毒素、ボツリヌス毒素、カンピロバクター毒素、ウェルシュ毒素、易熱性エンテロトキシン、志賀毒素、破傷風毒素、ベロ毒素、ヘリコバクター・ピロリ空胞化毒素、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、又はアデノウイルスであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
上記蛍光検出工程によって検出したそれぞれの蛍光強度から、当該蛍光強度の自己相関関数を算出して、それぞれの自己相関関数同士を比較する解析工程をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
試料中の被験物質を検出する方法であって、
試料、及び上記被験物質を検出するための複数のプローブを混合する試料調製工程と、
蛍光相関分光法によって、上記複数のプローブから発せられる蛍光を検出する蛍光検出工程と、を含み、
上記複数のプローブは、それぞれ異なる励起波長又は蛍光波長を有し、上記被験物質に対する結合親和性が既知のものであり、
上記蛍光相関分光法は、上記複数のプローブを検出するための、それぞれ異なる波長のレーザ光を、試料に照射することで行なうことを特徴とする方法。
【請求項6】
蛍光相関分光法を行なうための装置であって、
試料を搭載するための試料搭載手段と、
上記試料搭載手段に搭載された試料に対して、それぞれ異なる波長のレーザ光を試料に照射する複数のレーザ光照射手段と、
上記複数のレーザ光照射手段のうち、上記試料搭載手段に搭載された試料に対してレーザを照射するために用いるレーザ光照射手段を切り替えるための切り替え手段と、を備えることを特徴とする蛍光相関分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−249433(P2008−249433A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−89821(P2007−89821)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(503303466)学校法人関西文理総合学園 (26)
【Fターム(参考)】