説明

複列転がり軸受装置の予圧測定方法

【課題】測定する物理量と予圧との関係を予め調べておく必要がなく、しかも完成品に対して実施可能な予圧測定方法を実現する。
【解決手段】車輪支持用ハブユニットの回転トルクを測定しながら、この車輪支持用ハブユニットに負荷するラジアル荷重F1を徐々に増大させる。そして、上記回転トルクの大きさが急降下する現象が生じた瞬間に、負荷圏に存在する玉3の個数が減ったと考えられる玉列に関する、この瞬間の負荷率εの値を1に決定する。これと共に、この瞬間にこの玉列に負荷されていたラジアル荷重Frを求める。そして、これら決定した負荷率ε=1及び求めたラジアル荷重Frと、上記玉列に関する諸元とに基づいて、上記予圧を求める。この様な構成を採用する事により、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、予圧を付与された複列転がり軸受装置に、適正な予圧が付与されているか否かを確認する為に利用する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪は懸架装置に対し、複列転がり軸受装置の一種である、車輪支持用ハブユニットにより回転自在に支持する。図4は、従来から知られている車輪支持用ハブユニットの第1例として、従動輪用のものを示している。この車輪支持用ハブユニットは、外輪部材である外輪1と、内輪部材であるハブ2と、それぞれが転動体である複数の玉3、3とを備える。このうちの外輪1は、外周面に、懸架装置を構成するナックルに結合固定する為の静止側フランジ4を、内周面に第一、第二の外輪軌道5a、5bを、それぞれ形成している。
【0003】
又、上記ハブ2は、ハブ本体6と内輪7とを組み合わせて成る。このうちのハブ本体6の外周面の軸方向外端(軸方向に関して「外」とは、自動車への組み付け状態で車両の幅方向外側を言い、図4の左側。反対に軸方向に関して「内」とは、車両の幅方向中央側を言い、図4の右側。本明細書全体で同じ。)寄り部分に、車輪を支持する為の回転側フランジ8を、同じく軸方向中間部に第一の内輪軌道9aを、同じく軸方向内端部にこの第一の内輪軌道9aを形成した部分よりも外径寸法が小さくなった小径段部10を、それぞれ形成している。そして、この小径段部10に上記内輪7を、圧入により(締り嵌めで)外嵌している。この様な内輪7の外周面には、第二の内輪軌道9bを形成している。
【0004】
又、上記各玉3、3は、上記第一、第二の各外輪軌道5a、5bと上記第一、第二の各内輪軌道9a、9bとの間に、各列毎に複数個ずつ、転動自在に設けている。又、この状態で、上記ハブ本体6の軸方向内端部を径方向外方に塑性変形させて形成したかしめ部11により、上記内輪7を、上記小径段部10の基端部に存在する段差面12に向け抑え付けている。そして、この様に抑え付けた状態で、上記各列の玉3、3にそれぞれ、背面組み合わせ型の接触角α、αと共に、所定の予圧を付与している。又、上記各玉3、3を設置した空間の両端開口を、それぞれシールリング13a、13bにより塞いでいる。尚、重量が嵩む自動車の車輪支持用ハブユニットの場合には、上記各玉3、3に代えて円すいころを使用する場合もある。
【0005】
次に、図5は、従来から知られている車輪支持用ハブユニットの第2例として、やはり従動輪用のものを示している。本例の場合には、上述した第1例の場合と異なり、外輪部材であるハブ2aに、車輪を支持固定する為の回転側フランジ8を、このハブ2aの内径側に設けた内輪部材である軸部材14に、懸架装置を構成するナックルに結合固定する為の静止側フランジ4を、それぞれ形成している。その他の部分の構造及び作用は、内輪7及びかしめ部11を軸方向外端側に配置している等の相違はあるものの、基本的には上述した第1例の場合と同様である為、同等部分には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0006】
次に、図6は、従来から知られている車輪支持用ハブユニットの第3例として、駆動輪用のものを示している。本例の場合には、ハブ2bを構成するハブ本体6aの中心部に、駆動軸であるスプライン軸を係合させる為の、スプライン孔15を設けている。その他の部分の構造及び作用は、上述の図4に示した第1例の場合と同様である。
【0007】
ところで、上述した様な各車輪支持用ハブユニットの場合、各列の玉3、3に付与した予圧(予圧隙間)が適正値に収まっていないと、これら各車輪支持用ハブユニットの寿命が短くなったり、これら各車輪支持用ハブユニットの動トルク(回転抵抗)が増大して自動車の走行性能が低下したりする等の不具合を招く。この為、上記予圧に関しては、厳しい管理が要求されている。
【0008】
一方、この様な管理を行う為に従来から、各種の予圧測定方法が提案されている。例えば、特許文献1には、軸受装置の共振周波数を測定し、この共振周波数に基づいて予圧を求める方法が記載されている。又、特許文献2には、内外輪間で伝達される振動の振幅を測定し、この振幅に基づいて予圧を求める方法が記載されている。又、特許文献3には、軸受装置にアキシアル荷重を負荷する事によって生じる、内外輪間のアキシアル相対変位量を測定し、このアキシアル相対変位量に基づいて予圧を求める方法が記載されている。ところが、これら特許文献1〜3に記載された従来方法の場合には、各型式の軸受装置毎に、測定する物理量(共振周波数、振動の振幅、アキシアル相対変位量)と予圧との関係を、何らかの方法(例えば起動トルクで予圧を知る)により正確に予圧調整された、基準軸受装置(マスター)を用いて予め調べておく必要があり、予圧測定の為の準備作業が面倒で、コストが嵩む。又、特許文献4には、仮圧入差幅方式と呼ばれる従来方法が記載されており、特許文献5には、組高さ方式と呼ばれる従来方法が記載されている。ところが、これら特許文献4〜5に記載された従来方法の場合には、軸受装置の完成品に対して適用できず、軸受の組み立て途中でアキシアル隙間や部材間寸法を測定する必要がある為、軸受の生産性を低下させる問題がある。
尚、本発明に関連する他の公知文献として、下記の非特許文献1〜2がある。
【0009】
【特許文献1】特許第3551033号公報
【特許文献2】特開平2−159536号公報
【特許文献3】米国特許第5763772号明細書
【特許文献4】特許第2866282号公報
【特許文献5】特許第3174759号公報
【非特許文献1】「テクニカルレポート」、日本精工株式会社、2004年版(1991年初版)、p.96,102,110−112,170
【非特許文献2】岡本純三著、「ころがり軸受・ころ軸受の動的負荷容量−LUNDBERG PALMGREN理論の詳解−」、有限会社正文社、平成2年3月、p.61−62
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の複列転がり軸受装置の予圧測定方法は、上述の様な事情に鑑み、測定する物理量と予圧との関係を予め調べておく必要がなく、しかも完成品に対して実施できる方法を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の予圧測定方法の対象となる複列転がり軸受装置は、内周面に複列の外輪軌道を有する外輪部材と、外周面に複列の内輪軌道を有する内輪部材と、これら両外輪軌道とこれら両内輪軌道との間にそれぞれ複数個ずつ、予圧を付与された状態で転動自在に設けられた、玉、円すいころ等の転動体とを備える。
この様な複列転がり軸受装置を対象とする本発明の予圧測定方法は、この複列転がり軸受装置にラジアル荷重を負荷し始めると共に、このラジアル荷重を徐々に増大させながら、この複列転がり軸受装置のトルク{起動トルク(上記外輪部材と上記内輪部材とを相対回転させ始める際の回転抵抗)又は回転トルク(これら外輪部材と内輪部材とが相対回転している際の回転抵抗)}を測定する作業を、少なくともこの測定したトルクが急降下する現象が生じるまで行う。そして、上記複列転がり軸受装置を構成する1対の転動体列のうちで、上記トルクが急降下する現象が生じた瞬間に負荷圏に存在する転動体(荷重を支承する転動体)の個数が減少したと考えられる何れか一方の転動体列に関する、当該瞬間の負荷率εの値を1(ε=1)と決定する。これと共に、上記トルクが急降下する現象が生じた瞬間に上記何れか一方の転動体列に負荷されているラジアル荷重Frを求める。その後、これら決定した負荷率ε=1及び求めたラジアル荷重Frと、上記何れか一方の転動体列に関する諸元{各転動体の直径、これら各転動体の個数、これら各転動体の接触角、軌道の溝R半径(上記複列転がり軸受装置の中心軸を含む仮想平面に関する、軌道の曲率半径)、各部材を構成する材料の弾性係数等}とに基づいて、上記予圧を算出する。
即ち、次述する様に、転がり軸受に関する、アキシアル荷重(=予圧)と、ラジアル荷重と、負荷率との関係は、LundbergとPalmgrenによって求められている事は周知の通りであるから、この関係を利用して上記予圧を算出する。
【0012】
次に、上述の様な本発明の複列転がり軸受装置の予圧測定方法の原理に就いて、図7〜8を参照しつつ、詳しく説明する。
先ず、図7の(A)(B)(C)に示す様な、接触角αの単列転がり軸受、即ち、内周面に外輪軌道19を有する外輪20と、外周面に内輪軌道21を有する内輪22と、これら外輪軌道19と内輪軌道21との間に、接触角αを与えられた状態で転動自在に設けられた複数個の転動体23、23とを備えた単列転がり軸受(図示の例は単列アンギュラ型玉軸受であるが、単列円すいころ軸受等であっても良い。)に、ラジアル荷重Frとアキシアル荷重Faとが作用する場合を考える。この単列転がり軸受の負荷圏の広さは、これらラジアル荷重Frとアキシアル荷重Faとの比によって変化する。この様な負荷圏の広さは、例えば非特許文献1のp.110に記載されている様に、負荷率εによって表される。具体的には、図7の(B)(C)に示す様に、負荷圏が円周方向の一部分にのみ存在する場合、負荷率εは、内輪軌道21の直径Dと負荷圏の投影長さεDとの比(εD/D=ε)で表される。この様な場合、負荷率εの値は1以下(ε≦1)になる。これに対し、負荷圏が全周に亙り存在する場合、負荷率εは、最大荷重を受ける転動体23の全弾性変位量(接触角α方向の変位量)δmaxと、最小荷重を受ける転動体23の全弾性変位量(接触角α方向の変位量)δminとを用いて、次の(★1)式で表される。
【数1】

この様な場合、負荷率εの値は1以上(ε≧1)になる。
【0013】
一方、図8は、上記単列転がり軸受のトルク(起動トルク又は回転トルク)と、この単列転がり軸受に作用するラジアル荷重Frとの関係を示している。この図8に示す様に、上記トルクは、上記ラジアル荷重Frの増大に伴い、或る程度の区間で緩やかに増大した後に或る程度の量だけ急降下すると言った挙動を繰り返す。この様にトルクが急降下する現象は、上記ラジアル荷重Frの増大に伴って負荷圏が減少する過程で、この負荷圏に存在する転動体23の個数が減る事によって生じる。例えば、予圧を付与された{アキシアル荷重Faが作用している(ε=∞となる)}上記単列転がり軸受に、上記ラジアル荷重Frを負荷し始めて、このラジアル荷重Frを徐々に増大させる(εが減少する)と、途中で上記トルクが急降下する現象が生じるが、この様な現象が最初に生じた瞬間は、上記負荷圏が全周に亙り存在する状態から、この負荷圏が円周方向の一部分にのみ存在する状態に移行した瞬間、即ち、上記負荷率εの値が1(ε=1)を切った瞬間である。
【0014】
又、上記単列転がり軸受が玉軸受である場合、上記負荷率εに関しては、非特許文献1のp.112に(4)式として記載されている様に、次の(★2)式の関係が成立する。
【数2】

ここで、
δmax:最大荷重を受ける転動体23の全弾性変位量(接触角α方向の変位量)
δr:外輪20と内輪22とのラジアル相対変位量(δr=δmax・cosα)
δa:外輪20と内輪22とのアキシアル相対変位量(δa=δmax・sinα)
α:転動体23の接触角
r:ラジアル隙間
である。尚、本来、上記接触角αは、上記単列転がり軸受に作用するラジアル荷重Frやアキシアル荷重Faの大きさによって若干変化する。但し、ここでは単純化の為に、上記接触角αは一定とする。
【0015】
又、上記(★2)式中の変位量δmaxに関しては、非特許文献1のp.112に(6)式として記載されている様に、次の(★3)式の関係が成立する。
【数3】

ここで、
c:Herlzの弾性定数(接触変形定数)
max:最大転動体荷重(接触角α方向の荷重)
w:転動体23の直径
である。尚、上記ヘルツの弾性定数cは、例えば非特許文献2のp.61−62に記載されている様に、接触物体の縦弾性係数及びポアソン比と、接触物体の曲率の和(玉軸受の場合には、玉の直径、軌道の溝R半径、軌道の直径から求まる。円すいころ軸受の場合には、円すいころの直径、軌道の直径から求まる。)とから求まる。
【0016】
又、上記(★3)式中の最大転動体荷重Qmaxに関しては、非特許文献1のp.112に(7)式として記載されている様に、次の(★4)式の関係が成立する。
【数4】

ここで、
r:ラジアル荷重
r:ラジアル積分
Z:転動体23の個数
である。尚、上記ラジアル積分Jrの値は、上記負荷率εの値が決まれば、一義的に決まる(非特許文献1のp.111の表1参照)。例えば、この負荷率εの値が1(ε=1)の場合に、上記ラジアル積分Jrの値は、0.2546(玉軸受の場合)、0.2523(円すいころ軸受の場合)となる。
【0017】
又、上記単列転がり軸受が玉軸受である場合、この単列転がり軸受のアキシアル隙間△aは、非特許文献1のp.96に(4)式として記載{又は、複列玉軸受に関して、この非特許文献1のp.102に(6)式として同じ式が記載}されている様に、次の(★5)式で求められる。
【数5】

ここで、
e:外輪軌道19の溝R半径
i:内輪軌道21の溝R半径
w:転動体23の直径
である。
【0018】
又、上記単列転がり軸受のアキシアル荷重Faは、非特許文献1のp.110に(3)式として記載されている様に、次の(★6)式で求められる。
【数6】

ここで、
a:アキシアル積分
Z:転動体23の個数
max:最大転動体荷重(接触角α方向の荷重)
α:転動体23の接触角
である。尚、上記アキシアル積分Jaの値も、上記負荷率εの値が決まれば、一義的に決まる(非特許文献1のp.111の表1参照)。例えば、この負荷率εの値が1(ε=1)の場合に、上記アキシアル積分Jaの値は、0.4244(玉軸受の場合)、0.4817(円すいころ軸受の場合)となる。
【0019】
従って、上記単列転がり軸受が玉軸受であり、且つ、この単列転がり軸受に予圧が付与されている(アキシアル荷重Faが作用している)場合に、この単列転がり軸受にラジアル荷重Frを負荷し始めると共に、このラジアル荷重Frを徐々に増大させながら、上記単列転がり軸受のトルクを測定する作業を、少なくともこの測定したトルクが急降下する現象が生じるまで行えば、この現象が生じた瞬間の上記単列転がり軸受の負荷率εの値を1(ε=1)と決定する事ができる。これと共に、当該現象が生じた瞬間の上記ラジアル荷重Frを求めれば、これら決定した負荷率ε=1及び求めたラジアル荷重Frと、上記単列転がり軸受の諸元とに基づいて、上記予圧(アキシアル荷重Fa)を算出する事ができる。具体的には、前記(★2)式〜(★4)式、並びに、前記ラジアル相対変位量δrに関する計算式(δr=δmax・cosα)及び前記アキシアル相対変位量δaに関する計算式(δa=δmax・sinα)を利用して、上記(★2)式中のラジアル隙間△rを算出できる。又、このラジアル隙間△rの算出結果を利用して、上記(★5)式から、上記単列転がり軸受の予圧隙間に対応する、アキシアル隙間△aを算出する事ができる。更には、このアキシアル隙間△aの算出結果を利用して、上記(★6)式から、上記予圧に対応する、アキシアル荷重Faを算出する事ができる。
尚、上記単列転がり軸受が円すいころ軸受である場合に就いても、上記(★2)式〜(★5)式に対応する関係式を用意しておけば、以上に述べた玉軸受の場合と同様の手法で、予圧隙間(アキシアル隙間△a)及び予圧(アキシアル荷重Fa)を算出する事ができる。
【0020】
ここで、本発明の予圧測定方法の対象となる複列転がり軸受装置を構成する1対の転動体列は、それぞれ上述した様な単列転がり軸受と等価な物理系であるとみなす事ができる。従って、前述した様に、対象となる複列転がり軸受装置にラジアル荷重を負荷し始めると共に、このラジアル荷重を徐々に増大させながら、この複列転がり軸受装置のトルクを測定する作業を、少なくともこの測定したトルクが急降下する現象が生じるまで行えば、上記複列転がり軸受装置を構成する1対の転動体列のうちで、上記現象が生じた瞬間に負荷圏に存在する転動体の個数が減少したと考えられる何れか一方の転動体列に関する、上記現象が生じた瞬間の負荷率εの値を1(ε=1)と決定する事ができる。これと共に、この現象が生じた瞬間に上記何れか一方の転動体列に負荷されているラジアル荷重Frを求めれば、これら決定した負荷率ε=1及び求めたラジアル荷重Frと、上記何れか一方の転動体列に関する諸元とに基づいて、上述した単列転がり軸受の場合と同様の手法で、この何れか一方の転動体列の予圧隙間(アキシアル隙間△a)及び予圧(アキシアル荷重Fa){=上記複列転がり軸受装置の予圧隙間(アキシアル隙間△a)及び予圧(アキシアル荷重Fa)}を算出する事ができる。複列転がり軸受装置で、両列の転動体に加わっているアキシアル荷重の和は互いに等しいので、一方の列の予圧隙間及び予圧が求まれば、他方の列の予圧隙間及び予圧も求められる。
【0021】
尚、この様な本発明の複列転がり軸受装置の予圧測定方法を実施する場合、上記複列転がり軸受装置に対するラジアル荷重の負荷位置は、軸方向に関して1対の転動体列同士の丁度中央位置にするのが好ましい。この理由は、これら両転動体列に負荷されるラジアル荷重Frが、それぞれ上記複列転がり軸受装置に負荷したラジアル荷重の1/2ずつになり、これら両転動体列に負荷されるラジアル荷重Frを求め易くなる為である。
【0022】
又、上述の様な本発明の複列転がり軸受装置の予圧測定方法を実施する場合で、上記トルクとして、上記回転トルクを測定する場合には、この回転トルクを測定する際の上記複列転がり軸受装置の回転速度(前記外輪部材と前記内輪部材との相対回転速度)を、十分に小さくするのが好ましい。この理由は、当該回転速度を大きくし過ぎると、温度上昇による予圧変化や潤滑グリースの撹拌抵抗の変化が無視できない程に大きくなって、適正な予圧測定を行えなくなる為である。そこで、具体的には、例えば、対象となる型式の複列転がり軸受装置に関して、図9に例示する様な回転速度と回転トルクとの関係を、実験的に求めるか、或いは、例えば非特許文献1のp.170に記載された(10)式等により理論的に求める。そして、上記回転トルクを測定する際の複列転がり軸受装置の回転速度を、当該関係を表す曲線の最小値に対応する回転速度以下にする。又は、この様な曲線を求める事なく、上記回転トルクを測定する際の複列転がり軸受装置の回転速度を、単に十分に小さく(例えば10min-1以下に)抑える。
【発明の効果】
【0023】
上述の様な本発明の複列転がり軸受装置の予圧測定方法の場合には、測定する物理量(トルク、ラジアル荷重)と予圧(予圧隙間)との関係を、予め調べておく必要がない。この為、予圧測定のコストを抑えられるし、長期間に亙る使用によって(例えば、軌道面の荒れやシール摩耗によって)トルクが変化した複列転がり軸受装置にも適用できる。又、複列転がり軸受装置の完成品に対して実施できる為、この複列転がり軸受装置の生産性が低下する事を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
[実施の形態の第1例]
図1〜2は、本発明の実施の形態の第1例を示している。尚、本例の予圧測定の対象となる車輪支持用ハブユニットの構造は、前述の図4に示した車輪支持用ハブユニットの構造とほぼ同様である。この為、同等部分には同一符号を付して重複する説明を省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴である予圧測定方法を中心に説明する。本例の場合には、上記車輪支持用ハブユニットを構成する各玉3、3に付与された予圧を測定する為に、先ず、図1に示す様に、上記車輪支持用ハブユニットを測定装置にセットする。この測定装置は、図示しない回転駆動手段と、静圧パッド16と、トルク測定器17とを備える。このうちの回転駆動手段は、ハブ2の軸方向及び径方向の変位を阻止した状態で、このハブ2を回転駆動自在である。又、上記静圧パッド16は、外輪1の外周面(外輪軌道5a、5bを研削する際にシューを摺接させる円筒状の平滑面)の円周方向一部分を、静圧流体を介して非接触に押圧する事により、上記車輪支持用ハブユニットにラジアル荷重F1を負荷自在である。特に、本例の場合には、上記外輪1の外周面に対する上記静圧パッド16の押圧位置(上記ラジアル荷重F1の負荷位置)を、軸方向に関して1対の玉列同士の間の丁度中央位置としている。これにより、これら両玉列に、それぞれ同じ大きさのラジアル荷重Fr(=F1/2)を負荷できる様にしている。又、上記トルク測定器17は、上記ハブ2の回転時に連れ回される傾向となる、上記外輪1の接線力を、上記車輪支持用ハブユニットの回転トルクとして測定自在である。
【0025】
上述の様に車輪支持用ハブユニットを測定装置にセットしたならば、次いで、上記回転駆動手段により、上記ハブ2を10min-1以下の一定の回転速度で回転させつつ、上記トルク測定器17により、上記車輪支持用ハブユニットの回転トルクを測定する。そして、この様に回転トルクを測定しながら、上記静圧パッド16により、上記車輪支持用ハブユニットにラジアル荷重F1を負荷し始めると共に、このラジアル荷重F1を徐々に増大させる。この様に、このラジアル荷重F1を徐々に増大させると、これに伴って、上記回転トルクが徐々に増大する。但し、このラジアル荷重F1が或る大きさになると、図2に示す様に、上記回転トルクの大きさが急降下する現象が生じる。本例の場合には、この現象が生じた後、速やかに上記回転トルクの測定作業を終了する。
【0026】
ところで、図2の測定結果に示した様な現象、即ち、上記回転トルクの大きさが急降下する現象は、上記ラジアル荷重F1が増大する事に伴い、上記両玉列の負荷圏が減少する過程で、少なくとも一方の玉列の負荷圏に存在する玉3の個数が減った事により生じたものである。特に、本例の場合には、上記両玉列同士で、諸元(上記各玉3、3の直径Dw、これら各玉3、3のピッチ円直径PCD、これら各玉3、3の個数、接触角α、外輪軌道5a、5bの溝R半径re、内輪軌道9a、9bの溝R半径ri等)が互いに同じであり、且つ、負荷されたラジアル荷重Frも互いに同じ(F1/2)としている。従って、本例の場合、上記回転トルクの大きさが急降下する現象は、上記両玉列の負荷圏に存在する玉3の個数が、これら両玉列で同時に減った事により生じたものと考える事ができる。
【0027】
そこで、本例の場合には、上記両玉列のうちの何れか一方(どちらでも良い。)の玉列に関する、上記回転トルクの大きさが急降下した現象が生じた瞬間の負荷率εの値を1(ε=1)と決定する。これと共に、上記図2の測定結果から、上記現象が生じた瞬間に上記何れか一方の玉列に負荷されていたラジアル荷重Fr(F1/2)を求める。そして、これら決定した負荷率ε=1及び求めたラジアル荷重Frと、上記何れか一方の玉列に関する諸元とに基づいて、この何れか一方の玉列に関する予圧隙間(=他方の玉列に関する予圧隙間)を算出する。具体的には、前記(★2)式〜(★4)式、並びに、前記ラジアル相対変位量δrに関する計算式(δr=δmax・cosα)及び前記アキシアル相対変位量δaに関する計算式(δa=δmax・sinα)を利用して、上記(★2)式中のラジアル隙間△rを算出する。そして、このラジアル隙間△rの算出結果を利用して、前記(★5)式から、上記予圧隙間に相当する、アキシアル隙間△aを算出する。更には、このアキシアル隙間△aの算出結果を利用して、前記(★6)式から、上記何れか一方の玉列を構成する各玉3、3に付与されている予圧(=他方の玉列を構成する各玉3、3に付与されている予圧)に相当する、アキシアル荷重Faを算出する。尚、この様な予圧隙間(アキシアル隙間△a)及び予圧(アキシアル荷重Fa)の算出処理は、図示しない演算器に行わせる事ができる。
【0028】
上述した様な本例の複列転がり軸受装置の予圧測定方法の場合には、測定する物理量(回転トルク、ラジアル荷重Fr)と予圧(予圧隙間)との関係を、予め調べておく必要がない。この為、予圧測定のコストを抑えられる。又、複列転がり軸受装置の完成品に対して実施できる為、この複列転がり軸受装置の生産性が低下する事を防止できる。
【0029】
尚、上述した第1例では、外輪1の外周面に対する静圧パッド16の押圧位置を、軸方向に関して、1対の玉列同士の間の丁度中央位置とした。但し、対象となる車輪支持用軸受ユニットによっては、外輪の外周面の形状との関係で、この外輪の外周面に対する上記静圧パッド16の押圧位置を、軸方向外側の玉列に寄った位置にせざるを得ない場合がある。この場合には、軸方向外側の玉列に、軸方向内側の玉列よりも、大きなラジアル荷重が負荷される事になる。この為、回転トルクの大きさが急降下する現象が最初に生じた瞬間には、軸方向内側の玉列ではなく、軸方向外側の玉列で、負荷圏に存在する玉3の個数が減った(負荷率εの値が1を切った)ものと考えて、その後の予圧計算を行えば良い。
【0030】
[実施の形態の第2例]
図3は、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、車輪支持用ハブユニットに対するラジアル荷重F1の負荷の仕方が、上述した第1例の場合と異なる。即ち、本例の場合には、外輪1の静止側フランジ4に、断面L字形で全体を円環状に形成したドラム18を、図示しないボルト等の結合部材により結合固定している。そして、このドラム18の外周面(円筒状の平滑面)の円周方向一部分を、静圧パッド16により非接触で押圧する事により、上記車輪支持用ハブユニットにラジアル荷重F1を負荷している。又、本例の場合も、上記ドラム18の外周面に対する上記静圧パッド16の押圧位置(上記ラジアル荷重F1の負荷位置)を、軸方向に関して1対の玉列同士の間の丁度中央位置としている。これにより、これら両玉列に、それぞれ同じ大きさのラジアル荷重Fr(=F1/2)を負荷できる様にしている。又、本例の場合、トルク測定器17は、ハブ2の回転時に、上記外輪1と共に連れ回される上記ドラム18の接線力を、上記車輪支持用ハブユニットの回転トルクとして測定する。この様な本例の場合には、上記ドラム18の外周面を上記静圧パッド16の被押圧面とする為、上記外輪1の外周面の形状に拘らず、上記静圧パッドの押圧位置を、軸方向に関して1対の玉列同士の間の丁度中央位置にするのが容易となる。その他の構成及び作用は、上述した第1例の場合と同様である。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の複列転がり軸受装置の予圧測定方法は、図1、3、4に示した車輪支持用ハブユニットに限らず、例えば図5〜6に示した車輪支持用ハブユニットや、各種機械装置に組み込んで使用する、予圧を付与された複列転がり軸受、組み合わせ軸受等、特許請求の範囲に記載した要件を満たす、各種の複列転がり軸受装置を対象として実施する事ができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す断面図。
【図2】車輪支持用ハブユニットに負荷するラジアル荷重と、この車輪支持用ハブユニットの回転トルクとの関係を示す線図。
【図3】本発明の実施の形態の第2例を示す断面図。
【図4】従来から知られている車輪支持用ハブユニットの第1例を示す断面図。
【図5】同第2例を示す断面図。
【図6】同第3例を示す断面図。
【図7】接触角αの単列転がり軸受にラジアル荷重とアキシアル荷重とが作用する場合の負荷圏の広さを説明する為の図で、(A)は当該単列転がり軸受の断面図、(B)は内輪の外周面を軸方向から見た図、(C)は内輪を径方向から見た図。
【図8】単列転がり軸受に作用するラジアル荷重と、この単列転がり軸受のトルク(起動トルク又は回転トルク)との関係を示す線図。
【図9】転がり軸受の回転速度と回転トルクとの関係を示す線図。
【符号の説明】
【0033】
1 外輪
2、2a、2b ハブ
3 玉
4 静止側フランジ
5a、5b 外輪軌道
6、6a ハブ本体
7 内輪
8 回転側フランジ
9a、9b 内輪軌道
10 小径段部
11 かしめ部
12 段差面
13a、13b シールリング
14 軸部材
15 スプライン孔
16 静圧パッド
17 トルク測定器
18 ドラム
19 外輪軌道
20 外輪
21 内輪軌道
22 内輪
23 転動体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に複列の外輪軌道を有する外輪部材と、外周面に複列の内輪軌道を有する内輪部材と、これら両外輪軌道とこれら両内輪軌道との間にそれぞれ複数個ずつ、予圧を付与された状態で転動自在に設けられた転動体とを備えた複列転がり軸受装置の予圧測定方法であって、この複列転がり軸受装置にラジアル荷重を負荷し始めると共に、このラジアル荷重を徐々に増大させながら、上記複列転がり軸受装置のトルクを測定する作業を、少なくともこの測定したトルクが急降下する現象が生じるまで行い、上記複列転がり軸受装置を構成する1対の転動体列のうちで、この現象が生じた瞬間に負荷圏に存在する転動体の個数が減少したと考えられる何れか一方の転動体列に関する、上記現象が生じた瞬間の負荷率εの値を1と決定すると共に、この現象が生じた瞬間に上記何れか一方の転動体列に負荷されているラジアル荷重Frを求めた後、これら決定した負荷率ε=1及び求めたラジアル荷重Frと、上記何れか一方の転動体列に関する諸元とに基づいて、上記予圧を算出する事を特徴とする複列転がり軸受装置の予圧測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−66189(P2010−66189A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−234302(P2008−234302)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】