説明

複合電解質膜及びその製造方法

【課題】高い電解質充填率を持ち、しかも、膨潤・乾燥を繰り返しても空隙が生成するおそれの少ない複合電解質膜及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】多孔膜に固体高分子電解質を充填する充填工程と、前記固体高分子電解質が充填された前記多孔膜を、前記多孔膜の融点以上で、かつ、前記固体高分子電解質及び前記多孔膜の分解開始温度以下のホットプレス温度でホットプレスするホットプレス工程とを備えた複合電解質膜の製造方法、及び、このような方法により得られる複合電解質膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合電解質膜及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、固体高分子型燃料電池、水電解装置、ハロゲン化水素酸電解装置、食塩電解装置、酸素及び/又は水素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサ等の各種電気化学デバイスに用いられる電解質膜として好適な複合電解質膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池は、固体高分子電解質膜の一面側にカソード電極、他面側にアノード電極が設けられた膜電極接合体(MEA: Membrane Electrode Assembly)の両面を、一対の伝導性セパレータで挟んだ単セルが複数枚積層された構造をしている。それぞれのセパレータには、反応ガスが通る流路が形成されている。カソード電極に対向するセパレータの流路には酸化剤ガス(空気)が供給され、アノード電極に対向するセパレータの流路には水素を含む燃料ガスが供給され、酸素と水素との電気化学反応により発電電流が取り出される。また、同時にカソード電極では水が生成され、生成した過剰は水はセパレータの流路を通って外部に排出される。
【0003】
この種の燃料電池に搭載される電解質膜は、乾燥するとイオン交換膜としての機能が低下するため、反応ガスを燃料電池に送り込む前に、加湿装置で加湿することが行われている。しかし、反応ガスを加湿するための加湿装置を設けると、水を加熱するためのヒータなどの熱源が必要であったり、また加湿時の温度を燃料電池の作動温度となるように厳密に制御する必要があるなど、システム構成が煩雑になる。よって、これらのシステムを排除できれば、電池としての効率を大きく向上できる。
【0004】
そこで、加湿器レスで作動する燃料電池を得るために、低加湿で高いプロトン伝導性を示す電解質膜として、低EW(当量重量: Equivalent Weight)タイプの電解質膜が提案されている。しかしながら、低EWタイプの電解質膜のほとんどが、含水率が大きく、水中では著しく膨潤してしまい、電池作動中に破れ易いという問題があった。
【0005】
この問題を解決するために、低EWタイプの電解質を、強度のある多孔膜中に充填し、複合膜とする方法が知られている。この方法は、プロトン伝導度を低EWの電解質に、膜強度を多孔膜に、それぞれ持たせることで、高い次元でこの2つの特性を両立できる方法である。
多孔膜の空隙内に電解質を充填する方法には、
(1) 電解質を溶媒に溶解させ、含浸させた後、溶媒を除去する方法、
(2) 多孔質膜中にモノマ溶液を含浸し、ポリマー化させた後、溶媒を除去する方法(例えば、特許文献1参照)、
などが知られている。しかしながら、いずれの方法も膜中に溶媒除去により生ずる空隙が残存するという問題がある。一方、充填工程を複数回繰り返すと空隙を低減することはできるが、製造工程が煩雑になるという問題がある。
さらに、この種の複合膜に用いられる多孔膜は、一般に延伸法により製造されており、製造方法に由来する残留応力を持つ。そのため、電池作動に伴い残留応力が緩和され、これによって膜収縮が生じ、膜が破れやすくなるという問題がある。
【0006】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献2には、ポリエチレン多孔膜にスルホン酸基が導入されたポリエーテルサルフォン樹脂を充填し、120℃、50kg/cm2(4.9MPa)、20分間の条件下でホットプレスすることにより得られる固体電解質膜が開示されている。
同文献には、電解質の充填のみでホットプレスを行わない電解質膜は、湿潤状態の寸法と乾燥状態の寸法との間の寸法変化率が大きいのに対し、電解質を充填後にホットプレスを行った電解質は、寸法変化率が小さくなる点が記載されている。
【0007】
【特許文献1】特開2003−263998号公報
【特許文献2】特開2007−066808号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ポリエチレンなどの高分子多孔膜をガラス転移温度Tg(例えば、ポリエチレンの場合は−70℃)以上でホットプレス(例えば、120℃)すると、高分子が軟化し、多孔膜中の空隙を消滅させることができる。そのため、多孔膜へのポリマーの充填とホットプレストを組み合わせると、最小限の充填回数で空隙の少ない複合電解質膜を得ることができる。
ガラス転移温度Tg付近でのホットプレスは、空隙の減少には有効である。しかしながら、燃料電池内部で生成水・加湿水による水量増大によって電解質が含水し、電解質が膨潤すると、それに伴って多孔膜も変形し、ホットプレス前に近い状態となる。この状態から再度、電解質中の水が少なくなると、電解質の収縮により複合電解質膜内に空隙が生じるという問題がある。つまり、Tg付近でのホットプレスでは、長期に渡り高充填率を維持できる複合電解質膜を得ることはできない。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、高い電解質充填率を持つ複合電解質膜及びその製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする課題は、膨潤・乾燥を繰り返しても空隙が生成するおそれの少ない複合電解質膜及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係る複合電解質膜の製造方法の1番目は、
多孔膜に固体高分子電解質を充填する充填工程と、
前記固体高分子電解質が充填された前記多孔膜を、前記多孔膜の融点以上で、かつ、前記固体高分子電解質及び前記多孔膜の分解開始温度以下のホットプレス温度でホットプレスするホットプレス工程と
を備えていることを要旨とする。
本発明に係る複合電解質膜の製造方法の2番目は、
固体高分子電解質と、ホットプレス後に多孔膜となる基材粉末との混合物を得る混合工程と、
前記混合物を、前記基材粉末の融点以上であり、かつ、前記固体高分子電解質及び前記基材粉末の分解開始温度以下のホットプレス温度でホットプレスするホットプレス工程と
を備えていることを要旨とする。
また、本発明に係る複合電解質膜は、本発明に係る方法により得られたものからなる。
【発明の効果】
【0011】
ホットプレスを、多孔膜又はホットプレス後に多孔膜となる基材粉末の融点以上で行うことにより、膨潤・乾燥を繰り返しても、固体高分子電解質の充填率変化の少ない複合電解質膜が得られる。これは、多孔膜又は基材粉末の融点以上の温度でホットプレスすることにより、多孔膜を構成する高分子が溶解し、新たな絡み合いが生じることによる。これにより、多孔膜又は基材粉末が溶解し、空隙なく電解質を取り囲むように形成されるため、高い充填率を持ち、かつ、膨潤・乾燥を繰り返しても固体高分子電解質の充填率変化の小さい複合電解質を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 複合電解質膜の製造方法(1)]
本発明の第1の実施の形態に係る複合電解質膜の製造方法は、充填工程と、ホットプレス工程とを備えている。
【0013】
[1.1 充填工程]
充填工程は、多孔膜に固体高分子電解質を充填する工程である。
【0014】
[1.1.1 多孔膜]
複合電解質膜の補強材となる多孔膜の材質は、特に限定されるものではなく、種々の材料を用いることができる。
多孔膜としては、具体的には、ポリエチレン(融点:130℃)、ポリプロピレン(融点:170℃)、ポリ塩化ビニル(融点:180℃)、ポリスチレン(融点:230℃)、ポリフッ化ビニリデン(融点:210℃)、ナイロン6(融点:225℃)、ナイロン66(融点:267℃)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(融点:340℃)、ポリエーテルケトン(PEK)(融点:370℃)、ポリフェニレンサルファイド(融点:275℃)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)(融点:327℃)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)(融点:253℃)、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)(融点:270℃)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)(融点:302℃)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)(融点:210℃)などがある。後述するホットプレスにより、空隙の少ない膜を得るためには、多孔膜は、空隙内に充填される固体高分子電解質より融点が低いものを用いるのが好ましい。
【0015】
多孔膜の空孔率は、複合電解質膜の強度及びプロトン伝導度に影響を与える。空孔率が小さすぎると、多孔膜の細孔内に電解質を保持することができない。従って、空孔率は、10%以上が好ましい。空孔率は、さらに好ましくは、20%以上である。
一方、空孔率が大きくなりすぎると、実用的な膜強度を得ることができない。従って、空孔率は、99%以下が好ましい。空孔率は、さらに好ましくは、95%以下である。
【0016】
多孔膜中の細孔は、連続孔であることが適当である。ここで、「連続孔」とは、多孔膜の表面及び裏面を貫通している細孔を意味し、このような連続孔に電解質を保持することにより、プロトンがこの連続孔を通じて多孔膜の表面から裏面に移動することが可能となる。
多孔膜の表面と裏面を貫通する細孔の平均径(平均貫通孔径)は、複合電解質膜のプロトン伝導度及び充填率に影響を与える。平均貫通孔径が小さすぎると、細孔内に電解質を十分に保持することができない。従って、平均貫通孔径は、0.001μm以上が好ましい。平均貫通孔径は、さらに好ましくは、0.005μm以上、さらに好ましくは、0.01μm以上である。
一方、平均貫通孔径が大きくなりすぎると、細孔内から電解質が漏出する。従って、平均貫通孔径は、100μm以下が好ましい。平均貫通孔径は、さらに好ましくは、50μm以下、さらに好ましくは、10μm以下である。
【0017】
[1.1.2 固体高分子電解質]
本発明に適用される固体高分子電解質は、特に限定されるものではなく、種々の材料を用いることができる。
すなわち、固体高分子電解質は、高分子鎖内にC−H結合を含み、かつC−F結合を含まない炭化水素系電解質、及び高分子鎖内にC−F結合を含むフッ素系電解質のいずれであっても良い。また、フッ素系電解質は、高分子鎖内にC−H結合とC−F結合の双方を含む部分フッ素系電解質であっても良く、あるいは、高分子鎖内にC−F結合を含み、かつC−H結合を含まない全フッ素系電解質であっても良い。
なお、フッ素系電解質は、フルオロカーボン構造(−CF2−、−CFCl−)の他、クロロカーボン構造(−CCl2−)や、その他の構造(例えば、−O−、−S−、−C(=O)−、−N(R)−等。但し、「R」は、アルキル基)を備えていてもよい。また、固体高分子電解質膜12を構成する高分子の分子構造は、特に限定されるものではなく、直鎖状又は分岐状のいずれであっても良く、あるいは、環状構造又は架橋構造を備えていても良い。
【0018】
また、固体高分子電解質に備えられる酸基の種類についても、特に限定されるものではない。酸基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基、スルホニルイミド基、ビススルホニルイミド基、スルホニルカルボニルイミド基、ビスカルボニルイミド基等がある。固体高分子電解質には、これらの酸基の内、いずれか1種類のみが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。さらに、これらの酸基は、直鎖状固体高分子化合物に直接結合していても良く、あるいは、分枝状固体高分子化合物の主鎖又は側鎖のいずれかに結合していても良い。
【0019】
炭化水素系電解質としては、具体的には、
(1)高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリル系樹脂、ポリエステル、ポリサルホン、ポリエーテル等、及びこれらの誘導体(脂肪族炭化水素系電解質)、
(2)高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリスチレン、芳香環を有するポリアミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリサルホン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート等、及びこれらの誘導体(部分芳香族炭化水素系電解質)、
(3)高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリフェニレン、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリフェニレンサルファイド等、及びこれらの誘導体(全芳香族炭化水素系電解質)、
などがある。
【0020】
また、部分フッ素系電解質としては、具体的には、高分子鎖のいずれかにスルホン酸基等の酸基が導入されたポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン共重合体、ポリスチレン−グラフト−ポリテトラフルオロエチレン等、及びこれらの誘導体などがある。
また、全フッ素系電解質としては、具体的には、デュポン社製ナフィオン(登録商標)、旭化成(株)製アシプレックス(登録商標)、旭硝子(株)製フレミオン(登録商標)等、及びこれらの誘導体などがある。
さらに、架橋構造を持つ電解質としては、例えば、スルホニルイミド基又はスルホニルハライド基を2個以上持つ1種又は2種以上の第1モノマと、スルホニルイミド基又はスルホニルハライド基を3個以上持つ1種又は2種以上の第2モノマとを反応させることにより得られる電解質などがある。
【0021】
[1.1.3 充填]
多孔膜の細孔内に固体高分子電解質を充填する方法には、
(1) 固体高分子電解質又はその前駆体を適当な溶媒に溶解させ、多孔膜中に溶液を含浸させ、溶媒を除去する方法、
(2) 固体高分子電解質を形成可能なモノマーを適当な溶媒に溶解させ、多孔膜中に溶液を含浸させ、多孔膜中においてモノマーを重合させ、重合後に溶媒を除去する方法、
などがある。
本発明においては、いずれの方法を用いても良い。また、充填は、1回のみ行っても良く、あるいは、複数回繰り返しても良い。本発明に係る方法は、充填後にホットプレスが行われるので、1回の充填でもホットプレス後では空隙の少ない複合電解質膜が得られる。
【0022】
[1.2 ホットプレス工程]
ホットプレス工程は、固体高分子電解質が充填された多孔膜を、所定の条件下でホットプレスする工程である。
【0023】
[1.2.1 ホットプレス温度]
ホットプレス温度は、多孔膜の融点以上で、かつ、固体高分子電解質及び多孔膜の分解開始温度以下の温度である。この点が、従来法とは異なる。
ホットプレス温度が低すぎると、ホットプレス時に多孔膜を構成する高分子の新たな絡み合いが生じない。そのため、複合電解質膜の使用中に湿度変化が生じると、充填率が低下する。従って、ホットプレス温度は、多孔膜の融点以上が好ましい。
一方、ホットプレス温度が高くなりすぎると、ホットプレス中に多孔膜及び/又は固体高分子電解質が分解し、強度やプロトン伝導度が低下する。従って、ホットプレス温度は、固体高分子電解質及び多孔膜の分解開始温度以下が好ましい。
【0024】
[1.2.2 ホットプレス時間]
ホットプレス時間は、ホットプレス温度に応じて最適な温度を選択する。一般に、ホットプレス温度が高くなるほど、短時間で充填率の高い複合電解質膜が得られる。
ホットプレス時間が短すぎると、空隙の消滅が不十分となるだけでなく、多孔質膜を構成する高分子の新たな絡み合いが不十分となるおそれがある。従って、ホットプレス時間は、10秒以上が好ましい。
一方、必要以上のホットプレス時間は、実益がない。従って、ホットプレス時間は、60分以下が好ましい。
【0025】
[1.2.3 ホットプレス圧力]
ホットプレス圧力は、ホットプレス温度及びホットプレス時間に応じて最適な圧力を選択する。一般に、ホットプレス温度が高くなるほど、及び/又は、ホットプレス時間が長くなるほど、低い圧力で充填率の高い複合電解質膜が得られる。
ホットプレス圧力が小さすぎると、空隙の消滅が不十分となる。従って、ホットプレス圧力は、1kg/cm2(9.8×10-2MPa)以上が好ましい。
一方、必要以上のホットプレス圧力は、実益がない。従って、ホットプレス圧力は、200kg/cm2(19.6MPa)以下が好ましい。
【0026】
[2. 複合電解質膜の製造方法(2)]
本発明の第2の実施の形態に係る複合電解質膜の製造方法は、混合工程と、ホットプレス工程とを備えている。
【0027】
[2.1 混合工程]
混合工程は、固体高分子電解質と、ホットプレス後に多孔膜となる基材粉末との混合物を得る工程である。
混合物を得る方法としては、
(1) 固体高分子電解質からなる固体粉末と、固体の基材粉末とを機械的に混合する方法、
(2) 固体高分子電解質を溶解させた溶液に固体の基材粉末を均一に分散させた後、溶媒を除去する方法、
(3) 基材粉末を溶解させた溶液に固体高分子電解質からなる固体粉末を均一に分散させた後、溶媒を除去する方法、
(4) 固体高分子電解質を溶解させた溶液と、基材粉末を溶解させた溶液とを均一に混合した後、溶媒を除去する方法、
などがある。本発明においては、いずれの方法を用いても良い。
【0028】
固体高分子電解質と基材粉末の配合比は、強度及びプロトン伝導度に影響を与える。一般に、基材粉末の配合比が少なすぎると、目的の強度向上効果を得られない。一方、基材粉末の配合比が多すぎると、電解質割合が少なくなり、プロトン伝導度が低下する。従って、固体高分子電解質と基材粉末の配合比は、ホットプレス後に、空孔率が10〜99%(好ましくは、20〜95%)となるように配合するのが好ましい。
固体高分子電解質及び基材粉末(多孔膜)に関するその他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0029】
[2.2 ホットプレス工程]
ホットプレス工程は、混合工程で得られた混合物を、基材粉末の融点以上であり、かつ、固体高分子電解質及び基材粉末の分解開始温度以下のホットプレス温度でホットプレスする工程である。
混合物を適当な基板表面に散布し、ホットプレスすると、混合物中に含まれる基材粉末が溶融し、新たな分子鎖の絡み合いが生じて、多孔膜となる。また、これと同時に、多孔膜の細孔内に固体高分子電解質が充填された状態となる。
ホットプレス工程に関するその他の点は、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0030】
[3. 複合電解質膜]
本発明に係る複合電解質膜は、本発明に係る方法により得られたものからなる。
多孔膜に固体高分子電解質を充填し、ホットプレスすると、充填率がほぼ100%である複合電解質膜が得られる。同様に、固体高分子電解質と基材粉末との混合物をホットプレスすると、充填率がほぼ100%である複合電解質膜が得られる。さらに、ホットプレス温度を最適化すると、湿度変化に対して充填率変化がほとんど無い複合電解質膜が得られる。
ここで、「充填率」とは、次の(1)式で表される値をいう。
充填率(%)=充填した電解質の体積×100/多孔膜中の空隙体積 ・・・(1)
【0031】
[4. 複合電解質膜及びその製造方法の作用]
多孔膜に固体高分子電解質を充填し、ホットプレスする場合において、多孔膜の融点より低い温度でホットプレスを行うと、多孔膜内の空隙が潰されるだけで、多孔膜を構成する高分子の絡み合いは新たに形成されない。このような複合電解質膜を高湿度雰囲気に曝すと、電解質の膨潤とともに多孔膜が変形し、プレス前に近い状態に戻る。次いで、これを低湿度雰囲気に曝すと、電解質のみが収縮するために、多孔膜と電解質の間に空隙が生じ、充填率が低下する。
【0032】
これに対し、多孔膜の融点以上でホットプレスした複合電解質膜は、高湿度雰囲気に曝しても、電解質の膨潤が抑制され、多孔膜の変形がほとんど無い。また、引き続き低湿度雰囲気に曝しても、変形はほとんど無く、充填率の低下もほとんどない。これは、融点以上でホットプレスすることによって、多孔膜を構成する高分子の新たな絡み合いが生じているためと考えられる。この点は、固体高分子電解質と基材粉末との混合物をホットプレスする場合において、基材粉末の融点以上の温度でホットプレスしたときも同様である。
そのため、本発明に係る複合電解質膜を例えば固体高分子型燃料電池用の電解質膜に適用しても、ガスのクロスリーク確率やメタノールなどの液体燃料の透過確率も小さい。また、1回の充填で充填率の高い複合電解質膜が得られるので、煩雑な充填工程を必ずしも繰り返す必要が無く、製造コストも低減することができる。
【実施例】
【0033】
(実施例1〜4、比較例1〜4)
[1. 複合電解質膜の作製(1)(実施例1〜2、比較例1〜2)]
[1.1 充填]
多孔膜には、ポリエチレン多孔膜(Solupor、膜厚50μm、空隙率85%、帝人製)を用い、固体高分子電解質には、スルホン化ポリエーテルエーテルケトン(SPEEK、EW=650)を用いた。
水平台に載せたフラットシャーレ(内径:10cm)に、直径10cmに切り出したポリエチレン多孔膜を敷き、多孔膜の上から10wt%のSPEEK/DMAc溶液:4.004gを流し込んだ。シャーレを水平台に載せたままベルジャーで覆い、アスピレーターで吸引(2時間)し、多孔膜内の脱気を行った。
次に、シャーレをドラフト内の水平台で2日間放置し、DMAcを揮発させた。残ったDMAcを除去する目的で、シャーレを真空乾燥器内で放置した(140℃、1晩)。
【0034】
[1.2 ホットプレス]
複合電解質膜をポリテトラフルオロエチレンシートで挟み、一般的なホットプレス機を用いてホットプレスを行った。ホットプレス温度は、130℃(実施例1)、140℃(実施例2)、120℃(比較例1)とした。いずれの場合も、ホットプレス圧力は50kg/cm2(4.9MPa)、ホットプレス時間は5分間とした。
さらに、ホットプレスを行わなかった複合電解質膜(比較例2)も実験に供した。
【0035】
[2. 複合電解質膜の作製(2)(実施例3〜4、比較例3〜4)]
[2.1 充填]
多孔膜には、ポリエチレン多孔膜(Solupor、膜厚50μm、空隙率85%、帝人製)を用い、固体高分子電解質には、架橋構造を持つ電解質を用いた。
ベンゼントリスルホニルアミド(BTSA)とパーフルオロプロピルジスルホニルアミド(PPDSA)のモノマ混合物と多孔膜とを容器内に入れ、アセトニトリル、トリエチルアミン、パーフルオロプロピルジスルホニルフルオライド(PPDSF)を加えて、超音波処理をした。
50℃で所定時間反応させ、さらに90℃で24hr加熱した。10vol%硫酸+90vol%EtOHで12時間攪拌(室温)、12時間浸漬(室温)した。次に、10vol%硫酸+45vol%EtOH+45vol%超純水で12時間攪拌(室温)、12時間浸漬(室温)した。さらに、10vol%硫酸+90vol%超純水で12時間攪拌(室温)、12時間浸漬(室温)した。超純水で12時間攪拌(室温)して水洗し、乾燥して複合電解質を得た。
なお、モノマの混合比、溶媒の仕込み時の重量比、溶媒濃度は、以下の通りである。
BTSA:PPDSF:PPDSA(重量比(モル比))=2.838:12.804:8.375(1:4.5:3)
MeCN:TEA(重量比)=21.76:16.393
溶液濃度: 65wt%
【0036】
[2.2 ホットプレス]
複合電解質膜をポリテトラフルオロエチレンシートで挟み、一般的なホットプレス機を用いてホットプレスを行った。ホットプレス温度は、130℃(実施例3)、140℃(実施例4)、120℃(比較例3)とした。いずれの場合も、ホットプレス圧力は50kg/cm2(4.9MPa)、ホットプレス時間は5分間とした。
さらに、ホットプレスを行わなかった複合電解質膜(比較例4)も実験に供した。
【0037】
[3. 試験方法]
ホットプレス直後、湿潤状態(RH=100%)、及び、湿潤後に再度乾燥させた状態(RH=20%)での充填率を測定した。充填率は、多孔膜に体積変化がないものと考えて、膜サイズから求めた多孔膜空隙率と、充填した電解質体積とを、(1)式に当てはめることにより求めた。
【0038】
[4. 結果]
充填直後の複合電解質膜(比較例2、4)の充填率は、いずれも75%であった。
一方、ホットプレス後の複合電解質膜(実施例1〜4、比較例1、比較例3)の充填率は、いずれも、ほぼ100%であった。また、ホットプレス後の膜厚は、実施例1〜2、比較例1で44μm、実施例3〜4、比較例3で43μmであった。
【0039】
次に、ホットプレス後の複合電解質膜をRH=100%の雰囲気に曝し、充填率を測定した。さらに、湿潤後の複合電解質膜をRH=20%の雰囲気に曝し、充填率を測定した。図1に、その結果を示す。
ホットプレスした複合電解質膜(実施例1〜4、比較例1、比較例3)のRH=100%における充填率は、いずれも、ほぼ100%であった。一方、ホットプレスを行わなかった複合電解質膜(比較例2)のRH=100%における充填率は、約95%であった。同様に、ホットプレスを行わなかった複合電解質膜(比較例4)のRH=100%における充填率は、約80%であった。比較例2、4においてRH=100%における充填率がホットプレス後に比べて増加しているのは、充填された電解質が膨潤したためである。
【0040】
湿潤後にRH=20%の雰囲気に曝した場合、実施例1〜2は、いずれも充填率100%をほぼ維持していた。これに対し、比較例1は、充填率が約75%まで低下し、ホットプレスを行わなかった比較例2とほぼ同等の値となった。
同様に、湿潤後にRH=20%の雰囲気に曝した場合、実施例3〜4は、いずれも充填率100%をほぼ維持していた。これに対し、比較例3は、充填率が約75%まで低下し、ホットプレスを行わなかった比較例4とほぼ同等の値となった。
図1より、本発明に係る複合電解質膜は、高充填率であるだけでなく、湿度変化が生じても充填率変化がほとんど無いことがわかる。これは、融点以上の温度でホットプレスすることによって、多孔膜を構成する高分子に新たな絡み合いが生じ、電解質の膨潤・収縮による体積変化を抑制しているためと考えられる。
【0041】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明に係る複合電解質膜及びその製造方法は、固体高分子型燃料電池、水電解装置、ハロゲン化水素酸電解装置、食塩電解装置、酸素及び/又は水素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサ等の各種電気化学デバイスに用いられる電解質膜として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1〜4、比較例1〜4で得られた電解質膜の湿潤状態(RH=100%)及び湿潤後の乾燥状態(RH=100%→RH=20%)における電解質の充填率を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔膜に固体高分子電解質を充填する充填工程と、
前記固体高分子電解質が充填された前記多孔膜を、前記多孔膜の融点以上で、かつ、前記固体高分子電解質及び前記多孔膜の分解開始温度以下のホットプレス温度でホットプレスするホットプレス工程と
を備えた複合電解質膜の製造方法。
【請求項2】
固体高分子電解質と、ホットプレス後に多孔膜となる基材粉末との混合物を得る混合工程と、
前記混合物を、前記基材粉末の融点以上であり、かつ、前記固体高分子電解質及び前記基材粉末の分解開始温度以下のホットプレス温度でホットプレスするホットプレス工程と
を備えた複合電解質膜の製造方法。
【請求項3】
前記多孔膜は、ポリエチレン(融点:130℃)、ポリプロピレン(融点:170℃)、ポリ塩化ビニル(融点:180℃)ポリスチレン(融点:230℃)、ポリフッ化ビニリデン(融点:210℃)、ナイロン6(融点:225℃)、ナイロン66(融点:267℃)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)(融点:340℃)、ポリエーテルケトン(PEK)(融点:370℃)、ポリフェニレンサルファイド(融点:275℃)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)(融点:327℃)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)(融点:253℃)、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)(融点:270℃)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)(融点:302℃)、又は、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)(融点:210℃)である請求項1又は2に記載の複合電解質膜の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれかに記載の方法により得られる複合電解質膜。

【図1】
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【公開番号】特開2009−193825(P2009−193825A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−33743(P2008−33743)
【出願日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】