説明

複層被膜組成物が施された内燃機関のピストン

【課題】アルミニウム合金製ピストン基材などへの密着性に優れると共に、優れた初期馴染み性、特に摺動初期の時点で速やかに摩耗して滑らか摺動面を即座に得られるピストンを提供する。
【解決手段】アルミニウム合金製ピストン1の基材1aの両スカート部8,9の外周面に、下層被膜組成物22とこの上面の上層被膜組成物21の複層被膜組成物を形成した。前記下層被膜組成物と上層被膜組成物とは、ともに結合樹脂であるポリアミドイミド樹脂、またはポリイミド樹脂、またはエボキシ樹脂の少なくとも1種を含み、下層被膜組成物は、二硫化モリブデンからなる固体潤滑剤の含有量が50wt%以下に設定され、上層被膜組成物は、二硫化モリブデンの含有量が50wt%〜95wt%にそれぞれ設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内外二重の複層被膜組成物が施された内燃機関のピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、例えば自動車用内燃機関のピストンなどの摺動部品の表面に、耐摩耗性または耐焼き付き性を改善する方法として、バインダーとなる樹脂に固体潤滑剤を配合した組成物をピストンの表面に施す技術が種々提案されている。
【0003】
その一つとして以下の特許文献1に記載された技術は、低摩擦係数と高摩耗性を達成するために、結合樹脂材としてポリアミドイミド樹脂及びポリイミド樹脂の少なくとも一方を50〜73wt%と、固体潤滑剤としてポリテトラフルオロエチレン3〜15wt%、二硫化モリブデン20〜30wt%及びグラファイト2〜8wt%とからなり、前記固体潤滑剤の総和が27〜50wt%である摺動用樹脂組成物が提供されている。
【0004】
しかし、耐焼き付き性の向上を図るために、前記二硫化モリブデンやグラファイトの配合量を必要以上に配合すると、樹脂被膜層自身の強度が極端に低下して、樹脂被膜層の摩耗量が増大するおそれがあった。
【0005】
そこで、特許文献2に記載されているように、内燃機関のアルミニウム合金材からなるピストン基材の表面に、二重の被膜用組成物を形成する技術が提供されている。
【0006】
すなわち、ピストン基材の表面に、結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種を50〜79wt%と、固体潤滑剤であるポリテトラフルオロエチレン15〜30wt%、二硫化モリブデン5〜20wt%の下層被膜組成物を施し、さらにこの表面に、結合樹脂であるエポキシ樹脂及びポリアミドイミド樹脂の少なくとも1種を50〜70wt%と、固体潤滑剤である窒化ホウ素5〜20wt%と、硬質粒子である窒化珪素及びアルミナの少なくとも1種を15〜30wt%とからなる上層被膜組成物を施して二重の被膜用組成物を形成したものである。
【0007】
これによって、耐摩耗性に優れると共に、初期馴染み性と耐焼き付け性を向上させるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平07−097517号公報
【特許文献2】特開2008−56750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前記特許文献2に記載の技術は、上層被膜組成物が、特に、固体潤滑剤である窒化ホウ素5〜20wt%に設定され、さらに、硬質粒子である窒化珪素及びアルミナの少なくとも1種を15〜30wt%に設定されていることから、表面がアルミニウム合金などの金属と比べて摩耗はし易くなるものの、表面が比較的硬質になっているので、平滑になるためには長時間を要し速やかな摩耗性が得られない。この結果、初期馴染み性を速やかかつ十分に得られない、といった技術的課題がある。
【0010】
本発明は、例えば、アルミニウム合金製ピストンなどの基材への密着性に優れると共に、初期馴染み性の優れた内燃機関のピストンを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の発明は、シリンダ壁面に摺動するピストンのスカート部の外周面に条痕を有すると共に、前記スカート部の外周面に、ピストン基材の表面に被膜形成された下層被膜組成物と、該下層被膜組成物の上面に被膜形成された上層被膜組成物と、によって複層潤滑被膜が形成された内燃機関のピストンであって、前記上層被膜組成物は、前記下層被膜組成物に比較して摩耗し易い材質によって形成され、前記条痕高さをaとした場合に、前記上層被膜組成物の膜厚がa−5μm以上となるように設定したことを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ピストン基材に対する下層被膜組成物の密着性に優れると共に、特に、上層被膜組成物の固体潤滑剤を、少なくともグラファイトまたは二硫化モリブデンのいずれか一方、あるいはグラファイトと二硫化モリブデンの両方の含有量が50〜95wt%に設定したことによって、ピストンの外周面がシリンダ壁面に摺動した際の初期馴染み性、つまり、上層被膜組成物の表面が短時間で摩耗することによってなめらかな摺動面が速やかに形成され、優れた初期馴染み性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明のピストンが内燃機関に適用された状態を示す要部縦断面図である。
【図2】同ピストンの一部を断面して示す正面図である。
【図3】Aは固体潤滑剤の含有量と摩擦係数との関係を示し、Bは条痕高さと摩擦係数との関係を示す特性図である。
【図4】Aは本実施例における摺動による複層被膜組成物の摩耗前と摩耗後の状態を模式的に示し、Bは被膜が形成されていない表面無処理の摺動による摩耗前と摩耗後の状態を模式的に示す拡大断面図である。
【図5】固体潤滑剤の含有量と密着力の関係を示す特性図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る内燃機関のピストンの実施例を図面に基づいて詳述する。なお、本実施例に供されるピストンは、4サイクル・ガソリンエンジンに適用したものである。
【0015】
〔実施例1〕
ピストン1は、図2に示すように、シリンダブロック2に形成されたほぼ円柱状のシリンダ壁面3に摺動自在に設けられ、該シリンダ壁面3と図外のシリンダヘッドとの間に燃焼室4を形成するようになっていると共に、ピストンピン5に連結されたコンロッド6を介して図外のクランクシャフトに連結されている。
【0016】
前記ピストン1は、全体がAC8A Al−Si系のアルミニウム合金によって一体に鋳造され、図1及び図2に示すように、ほぼ円筒状に形成されて、冠面7a上に前記燃焼室4を画成する冠部7と、該冠部7の下端外周縁に一体に設けられた円弧状の一対のスラスト側スカート部8及び反スラスト側スカート9と、該各スカート部8、9の円周方向の両側端に各連結部位10を介して連結された一対のエプロン部11,12と、を備えている。
【0017】
前記冠部7は、比較的肉厚に形成された円盤状を呈し、冠面7a上に吸排気弁との干渉を防止する図外のバルブリセスが形成されていると共に、外周部にプレッシャリングやオイルリングなどの3つのピストンリングを保持するリング溝7b、7c、7dが形成されている。
【0018】
前記両スカート部8,9は、ピストン1の軸心を中心とした左右の対称位置に配置されて、横断面ほぼ円弧状に形成されていると共に、それぞれの肉厚はほぼ全体が比較的薄肉に形成されている。前記スラスト側スカート部8は、膨張行程時などにピストン1が下死点方向へストロークした際に、前記コンロッド6の角度との関係で前記シリンダ壁面3に傾きながら圧接するようになっている一方、反スラスト側のスカート部9は、圧縮行程時などにピストン1が上昇ストロークした際に、シリンダ壁面3に反対に傾きながら圧接するようになっている。前記各スカート部8,9のシリンダ壁面3に対する圧接荷重は、燃焼圧力を受けてシリンダ壁面3に圧接する前記スラスト側スカート部8の方が大きくなっている。
【0019】
そして、前記ピストン1のスラスト側スカート部8と反スラスト側スカート部9には、図1及び図4Aに示すように、複層被膜組成物20が施されている。
【0020】
この複層被膜組成物20は、上層被膜組成物21と下層被膜組成物22とからなり、結合樹脂として、耐熱性、耐摩耗性及び密着性に優れたエポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂のいずれか1種か2種を使用する。
【0021】
具体的に説明すれば、前記上層被膜組成物21は、結合樹脂であるエポキシ樹脂とポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂のいずれか1種を5〜50wt%に設定し、固体潤滑剤である二硫化モリブデン(MoS2)を50〜95wt%に設定した。
【0022】
前記結合樹脂が5wt%未満になると、結合力の低下によって下層被膜組成物22との密着性が低下し、逆に50wt%を超えると固体潤滑剤が相対的に少なくなるため、初期馴染み性が低下する。
【0023】
前記下層被膜組成物22は、結合樹脂が上層被膜組成物21と同じく、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイド樹脂の1種を50wt%以上に設定した。一方、固体潤滑剤としては、基本的に、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二硫化モリブデン(MoS2)、グラファイト(GF)のいずれか1種以上を50wt%以下に設定した。なお、固体潤滑剤を含有しなくともよい。
【0024】
前記下層被膜組成物22において、前記結合樹脂が50wt%未満ではピストン基材1aとの密着性が低下する。図5に示すように、結合樹脂PAIに各々の固体潤滑剤を添加していったときの密着力の変化は固体潤滑剤が50wt%を超えると、つまり結合樹脂が50wt%未満では急激に低下することがわかる。
【0025】
すなわち、下層被膜組成物22は、ピストン基体1との密着性を確保することと、上層被膜組成物21との密着性を確保する役割を有する。
【0026】
したがって、下層被膜組成物22に固体潤滑剤を含有する必要はないが、密着性が確保される範囲での固体潤滑剤の添加による被膜の特性向上は許され、前記ポリテトラフルオロエチレンが15wt%未満では潤滑性が低下し、30wt%を超えると摩耗量が増大する。
【0027】
さらに、固体潤滑剤としての二硫化モリブデンが5wt%未満では耐焼き付き性が低下し、20wt%を超えると被膜強度の低下により摩耗量が増大する。
【0028】
また、固体潤滑剤の二硫化モリブデンについては、グラファイトとの相乗効果によって耐焼き付け性の向上を図ることができる。
【0029】
すなわち、下層被膜組成物22については、固体潤滑剤として、前記ポリテトラフルオロエチレンに加えて二硫化モリブデンとグラファイトを併用することができる。この場合、二硫化モリブデンとグラファイトは合計5〜20wt%とし、かつ二硫化モリブデンを1〜10wt%とすることが望ましい。
【0030】
二硫化モリブデンが1wt%未満では併用による耐焼き付き性の向上の効果が得られず、10wt%を超えると耐摩耗性が低下するからである。
【0031】
また、上層被膜組成物21の固体潤滑剤である二硫化モリブデンなどの含有量を50〜95wt%に設定したのは、図3に示す実験結果から50wt%未満では初期馴染み性が低下してしまい、95wt%を超えると、前記結合樹脂が5wt%未満になってしまい、これでは、前述したように、結合力の低下によって下層被膜組成物22との密着性が低下してしまうからである。
【0032】
複層被膜組成物20を構成する前記上層被膜組成物21と下層被膜組成物22を調整するには、例えば結合樹脂であるエポキシ樹脂とポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂に有機溶剤を配合し、その樹脂溶液に固体潤滑剤を加え、必要に応じてさらに硬質粒子を添加してビーズミルなどを用いて混合分散すればよい。
【0033】
なお、結合樹脂と、PTFEやMoS2、GFの固体潤滑剤と、硬質粒子との配合量は、合わせて100wt%となるように調整する。
【0034】
また、本発明の複層被膜組成物20は、必要に応じて有機溶剤により希釈して、塗料としてピストン基材1aに塗布する。
【0035】
すなわち、ピストン基材1a(スラスト側スカート部と反スラスト側スカート部)の外周面に、下層被膜組成物22と上層被膜組成物21を順番に塗布し、焼成して硬化させることにより、複層被膜組成物20が得られる。
【0036】
前記希釈に用いる有機溶剤は、溶剤系であっても結合樹脂を溶解させることが可能であれば、特に限定されるものではない。
【0037】
焼成温度や焼成時間などの焼成条件は適宜設定すればよく、200℃以下での焼成も可能なため、アルミニウム合金ピストン1の基材にも適用することができる。
【0038】
なお、複層被膜組成物20の膜厚は、適宜選択することができるが、塗布の作業性や費用面などを考慮すると、5〜40μm程度が望ましい。
【0039】
以下、ピストン基材1aに複層被膜組成物20を表面処理する具体的な方法について説明する。
【0040】
〔第1の表面処理方法〕
まず、ピストン基材1aの表面を、溶剤脱脂やアルカリ脱脂などの前処理により油分や汚れを除去する。
【0041】
次に、このピストン基材1aの表面にエアースプレーやスクリーン印刷などの既知の方法によって下層被膜組成物22を塗布し、続いて、この下層被膜組成物22の上面に上層被膜組成物21を塗布する。
【0042】
その後、乾燥させて有機溶剤を除去し、例えば、180℃×30分あるいは200℃×20分などの既知の条件で焼成することにより、下層被膜組成物22と上層被膜組成物21からなる複素被膜組成物10を形成することができる。
【0043】
〔第2の表面処理方法〕
また別の表面処理方法としては、複層被膜組成物20を形成すべきピストン基材1aの表面を、溶剤脱脂とアルカリ脱脂などの前処理により油分や汚れを除去する。
【0044】
そのピストン基材1aの表面にエアースプレーやスクリーン印刷などの既知の方法により、まず、下層被膜組成物22を塗布する。その後、例えば、180℃×30分、あるいは200℃×20分などの既知の条件で焼成する。
【0045】
続いて、前記ピストン基材1aを焼成炉から取り出してピストン基材1aの温度が50〜120℃にあるときに前記下層被膜組成物22の上面に上層被膜組成物21を塗布する。その後、焼成しないで乾燥させることにより、下層被膜組成物22と上層被膜組成物21からなる複素被膜組成物10を形成することができる。
【0046】
本発明の複層被膜組成物は、オイル潤滑環境下及びドライ潤滑環境下における様々な用途の摺動部材に幅広く適用可能である。複層被膜組成物の結合樹脂であるエポキシ樹脂とポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂は密着性に優れることから、基材を選ばず、例えば、各種アルミニウム合金材の他に、鋳鉄、鋼、銅合金などの基材に適用することが可能である。その中で、前記実施例のような内燃機関のピストン1、特にスラスト側スカート部8と反スラスト側スカート部9への適用が好適である。
【0047】
〔実験例〕
すなわち、外周面に条痕形状を有するピストン1において、前記下層被膜組成物22と上層被膜組成物21の膜厚をt1,t2とし、条痕高さをaとした場合には、以下の式を満足する。
【0048】
t2≧a−5(μm) t1≧2(μm)
結合樹脂としてポリアミドイミド樹脂(PAI)、固体潤滑剤としてグラファイト(GF)、二硫化モリブデン(MoS2)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の含有量を0〜95wt%まで変化させた。
【0049】
下記の表1に示す上層被膜組成物及び下層被膜組成物の組成となるように配合した。
【0050】
【表1】

【0051】
前記の試料21を除く試料1〜59の各被膜組成物に有機溶剤を加えて混合した後、ビーズミルにて30分間分散し、それぞれ上層被膜用塗料と下層被膜用塗料を得た。
【0052】
この各上層被膜用塗料と下層被膜用塗料を、図4に示す表面形状をもつアルミニウム合金AC8A製のテストピース20に、全ての下層被膜が3〜6μmの塗膜厚さになるようにそれぞれ塗布し、その後、190℃で30分間の焼成を行った。
【0053】
続いて、全ての上層被膜が5〜11μmの塗膜厚さになるように塗布し、その後、焼成を行わずに自然乾燥させた。
【0054】
得られた試料1〜20の二層の表面処理されたものと、表面処理のない無処理のもの(試料21)について、チップオンリング式摩擦摩耗試験機により、滑り速度:2m/秒、相手材:FC250、滑り距離:600m、面圧:1.3MPa、エンジンオイルの滴下量を5mg/minの潤滑環境下で試験し、前記滑り距離における摩擦係数を測定した。
【0055】
図3A、Bはその結果の条痕高さと摩擦係数の関係を示している。この図から明らかなように、摩擦係数は条痕高さで一義的に決まる。条痕高さが5μm以下で最も低い摩擦係数となって一定値となる。
【0056】
すなわち、低摩擦係数を得るためには、上層被膜を速やかに摩耗させれば良いことがわかる。したがって、摩耗し易い上層被膜組成物21は図3Aから明らかなように、固体潤滑剤を50wt%以上含有すれば良く、固体潤滑剤として二硫化モリブデン(MoS2) が最も効果的であり、グラファイト(GF)やポリテトラフルオロエチレン(PTFE)ではその効果は小さい。
【0057】
図4において、Aは本実施例を示し、上層被膜組成物21を摩耗し易い組成にした結果、元の条痕高さc0であったものが、摺動によってc1となる。一方、Cの無処理の場合、元の条痕高さa0であったものが、摺動によってa1となるが、アルミニウム合金の方が固体潤滑剤と結合樹脂で構成された被膜より摩耗し難いことが明らかであって、a1>c1となる。
【0058】
すなわち、本実施例により低摩擦が得られる。また、従来材であるBは元の条痕高さがb0であったものがb1になる。この従来材の単層被膜はアルミニウム合金より摩耗し易いがAの上層被膜より摩耗しにくいため、a1>b1>c1となることが明白である。本実施例は、従来材よりも低摩擦が得られることになる。例えば、図3Aでa0=10μmで摺動によって1μmだけ摩耗して条痕高さa1=9μmの高さになり、摩擦係数が上層被膜の固体潤滑剤0wt%のものに対して162%と極めて大きくなった(試料No.21)。
【0059】
これに対して、上層被膜のMoS275wt%含有する被膜の場合は、7μm摩耗してb1=3μmとなって摩擦係数は60%と極めて小さくなった(試料No.6)。
【0060】
また、図3Aから上層被膜が従来の特許公報に示されているように、結合樹脂が50wt%を超える場合、すなわち、固体潤滑剤が50wt%未満であると摩耗が促進されず、無処理よりは低摩擦が得られるが、本実施例には及ばない(試料No.2,3,8,9,20参照)。
【0061】
それでは、下層被膜を本実施例と同組の被膜とした場合、つまり、固体潤滑剤を50wt%以上に設定した場合、図5に記載されているように、ピストン基材1との密着性が低下して実用に適さない(試料No.22〜40参照)。
【0062】
そこで、下層被膜は、ピストン基材1との密着性を確保し、同時に固体潤滑剤を50wt%以上含有した上層被膜との密着性を確保する。
【0063】
アルミニウム合金基材との密着性の無い結合樹脂5wt%、二硫化モリブデン95wt%の被膜を上層被膜とし、下層被膜に結合樹脂PAIを固体潤滑剤として、PAI、MoS2、PTFEをそれぞれ15,30,50,60,75,95wt%含有した被膜構成として密着力を測定した結果(試料41〜59)、すべて下層被膜とアルミニウム合金基材から剥離して密着性の無い上層被膜組成物でも下層被膜の固体潤滑剤を50wt%とすることで密着力が確保できることがわかる。
【0064】
以上のように、本実施例によれば、ピストン基材1aに対する下層被膜組成物22の密着性に優れると共に、特に、上層被膜組成物21の固体潤滑剤を、少なくとも二硫化モリブデン(MoS2)の含有量が50wt%〜95wt%に設定したことによって、ピストン1のスラスト側、反スラスト側スカート部8,9の外周面がシリンダ壁面3に摺動した際の初期馴染み性、つまり、上層被膜組成物21の表面が短時間で摩耗することによってなめらかな摺動面が速やかに形成され、即座に優れた初期馴染み性が得られる。
【符号の説明】
【0065】
1…ピストン
1a…ピストン基材
3…シリンダ壁面
8…スラスト側スカート部
9…反スラスト側スカート部
20…複層被膜組成物
21…上層被膜組成物
22…下層被膜組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ壁面に摺動するピストンのスカート部の外周面に条痕を有すると共に、前記スカート部の外周面に、ピストン基材の表面に被膜形成された下層被膜組成物と、該下層被膜組成物の上面に被膜形成された上層被膜組成物と、によって複層潤滑被膜が形成された内燃機関のピストンであって、
前記上層被膜組成物は、前記下層被膜組成物に比較して摩耗し易い材質によって形成され、
前記条痕高さをaとした場合に、前記上層被膜組成物の膜厚がa−5μm以上となるように設定したことを特徴とする内燃機関のピストン。
【請求項2】
前記上層被膜組成物の膜厚を2μm以上に設定したことを特徴とする請求項1に記載の内燃機関のピストン。
【請求項3】
前記下層被膜組成物の膜厚を、3〜6μmに設定したことを特徴とする請求項1または2に記載の内燃機関のピストン。
【請求項4】
前記上層被膜組成物の膜厚を、5〜11μmに設定したことを特徴とする請求項2に記載の内燃機関のピストン。
【請求項5】
前記下層被膜組成物と上層被膜組成物は、ともに結合樹脂であるポリアミドイミド樹脂、またはポリイミド樹脂、またはエポキシ樹脂の少なくとも1種を含み、
前記下層被膜組成物は、少なくともグラファイトまたは二硫化モリブデンのいずれか一方からなる固体潤滑剤の含有量が50wt%以下に設定されている一方、
前記上層被膜組成物は、少なくともグラファイトまたは二硫化モリブデンのいずれか一方、あるいはグラファイトと二硫化モリブデンの両方を含む固体潤滑剤の含有量が50〜95wt%に設定されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の内燃機関のピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−17742(P2012−17742A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−196701(P2011−196701)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【分割の表示】特願2009−63764(P2009−63764)の分割
【原出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】