説明

褐藻類の核酸抽出方法、褐藻類の種判別方法および褐藻類核酸抽出キット

【課題】 褐藻類から簡便かつ効率的に高品質な核酸を抽出する方法、抽出した核酸に基づいて褐藻類の種を判別する方法、および褐藻類から核酸を抽出するキットを提供する。
【解決手段】 褐藻類の核酸を抽出する方法であって、海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素を用いて褐藻類が有する粘性多糖類を分解する工程と、キレート剤を用いて褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する工程と、タンパク質分解酵素を用いて褐藻類の核酸を抽出する工程とを有する。本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法および褐藻類核酸抽出キットによれば、褐藻類から簡便かつ効率的に高品質な核酸を抽出することができる。また、本発明に係る褐藻類の種判別方法によれば、前記抽出した核酸を用いて褐藻類の種を的確に判別することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、褐藻類の核酸抽出方法、褐藻類の種判別方法および褐藻類核酸抽出キットに関し、特に、海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素とキレート剤とを用いた褐藻類の核酸抽出方法、褐藻類の種判別方法および褐藻類核酸抽出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
コンブ、ワカメ、ハバノリ、モズク、ヒジキなどに代表されるように、日本では古くから多くの褐藻類が食されている。これら褐藻類は、フコキサンチンやアルギン酸、フコイダン、鉄、ヨウ素などの有用成分を含むことから、家畜の飼料、医薬品、化粧品、食品添加物などの原料としても利用されている。また、近年では、バイオエタノールなどのエネルギー資源の原料として、研究開発が進められている。このような褐藻類の利用に際しては、さらなる有用成分の探索や品種作出、選抜育種などが盛んに行われており、これらの場面において遺伝子工学的手法が多く用いられている。
【0003】
また、コンブなどの食用海藻類については、品種や産地などをブランド化することにより食品としての価値が高められ、販売促進に繋げられている一方、これら品種や産地の表示偽装が問題となっている。これら品種や産地などのブランド化に伴う表示偽装の捜査において、鑑定技術の向上は大変重要な課題であり、特に、遺伝子工学的手法を用いた鑑定技術は最も有効である。昨今、このような事情を背景として、DNA分析を用いた食品の品種および産地を鑑定する技術が開発されている(非特許文献1〜3)。
【0004】
遺伝子工学的手法において、核酸を抽出する技術は重要である。一般的な核酸を抽出する方法として、細断した生体試料をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)などで処理して核酸を露出させた後、フェノール抽出、ヨウ化ナトリウム処理、あるいは塩析法を用いてタンパク質の沈殿除去を行い、エタノールあるいはイソプロパノールを加えて核酸を沈殿させる方法が用いられている。
【0005】
しかしながら、褐藻類の場合、アルギン酸やフコイダンなどの粘性多糖類が多量に含まれているため、エタノールあるいはイソプロパノールを加えて核酸を沈殿させる工程において、アルギン酸やフコイダンなどの粘性多糖類が核酸と共に沈殿し、得られた核酸抽出物中に多量の多糖類が混入することとなる。その結果、核酸の回収率が低下するという問題のみならず、混入した多量の多糖類が、その後の制限酵素反応やPCR反応などの工程に影響を与えるなど、いくつかの問題を生じている。
【0006】
従来、褐藻類の核酸抽出においては、核酸の低い回収率を補うために相当量の凍結コンブを破砕処理した上でCetyltrimethylammonium bromide(CTAB)を用いて核酸を抽出する方法(CTAB法;非特許文献4)や、セルロースを多く含む植物試料を対象とした核酸抽出キット(非特許文献5〜7)、ヒドロキシアパタイトを用いた方法(特許文献1)、アルギン酸リアーゼを併用したCTAB法(非特許文献8)などの方法やキットが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−23668号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】水産学シリーズ149 水産物の原料・産地判別、恒星社厚生閣社、2006年
【非特許文献2】食品鑑定技術ハンドブック、サイエンスフォーラム社、第66−135頁、2005年
【非特許文献3】新・食品分析法II、光琳社、第231−413頁、1996年
【非特許文献4】Hu Y.J.ら、J.Appl.Phycol.、第13巻、第415−422頁、2001年
【非特許文献5】Antoine E.ら、J.Sci.Food Agric.、第83巻、第709−713頁、2003年
【非特許文献6】N.Yotsukuraら、Fish.Sci.、第67巻、第857−862頁、2001年
【非特許文献7】S.Uwaiら、Phycologia、第45巻、第687−695頁、2006年
【非特許文献8】神山ら、第10回マリンバイオテクノロジー学会大会講演要旨集、第117頁、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献4〜7に開示されている核酸抽出方法によれば、大量の試料の処理を必要とし、抽出操作に多くの時間と手間を要するため、簡便ないし効率的に核酸を抽出することが極めて困難であり、特に非特許文献5〜7に開示されている核酸抽出方法は、セルロースを多量に含む植物試料を対象とした方法であり、アルギン酸やフコイダンなどの粘性多糖類を多量に含む褐藻類はその対象となり難い。
【0010】
また、特許文献1に開示されている核酸抽出方法は、硫酸基を有するムコ多糖を含む貝類や藻類をその対象としており、硫酸基を有さないアルギン酸を多量に含む褐藻類は、やはりその対象となり難い。この点、特許文献1には、褐藻類から高品質の核酸を抽出できる旨が記載されているものの、褐藻類についての核酸抽出は実際になされておらず、貝類と紅藻類の核酸抽出がなされているに過ぎない。さらに、この核酸抽出方法は、抽出した核酸を吸着させたヒドロキシアパタイトの洗浄を何度も繰り返す必要があり、多くの時間と手間を要してしまう。
【0011】
また、非特許文献8に開示されている核酸抽出方法は、アルギン酸リアーゼを含む三種類の多糖類分解酵素液処理した後に、CTAB法を用いて核酸を抽出する方法であるが、アルギン酸リアーゼの由来や、他の二種類の多糖類分解酵素がどのような酵素であるのかが不明であり、さらに、実際に抽出されたヒジキのDNAについて制限酵素処理がされているとの記載があるものの、係るデータの記載はなく、このDNAの純度は明確ではないことから、このDNAがPCR反応などに使用可能な品質であるか否かは不明である。さらに、褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する手段については、何ら講じられていない。
【0012】
本発明は、前記問題点を解決するためになされたものであって、褐藻類から簡便かつ効率的に高品質な核酸を抽出する方法、前記抽出した核酸に基づいて褐藻類の種を判別する方法、および褐藻類から核酸を抽出するキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
エゾアワビ(Haliotis discus hannai)の消化液中には、少なくとも二種類のアルギン酸リアーゼが発現していること、およびこれらアルギン酸リアーゼを含む多糖類分解酵素は、エゾアワビの中腸腺から抽出できることが本発明者らにより報告されている。さらに、これら二種類のアルギン酸リアーゼは、エンド型切断様式をもち三糖を生成するアルギン酸リアーゼ(HdAly)およびエキソ型切断様式をもち二糖を生成するアルギン酸リアーゼ(HdAlex)であることが本発明者らにより報告されている(Shimizu E.ら、Carbohydr.Res.、第338巻、第2841−2852頁、2003年、Shimizu E.ら、Carbohydr.Res.、第341巻、第1809−1819頁、2003年)。
【0014】
そこで本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、エゾアワビやアメフラシなどの海産軟体動物から抽出した多糖類分解酵素を用いて褐藻類に含まれる粘性多糖類を分解するとともに、キレート剤を用いて褐藻類に含まれる粘性多糖類のゲル形成を抑制することにより、高品質な核酸を簡便かつ効率的に抽出できること、あるいは多量の粘性多糖類が混入した褐藻類の核酸抽出物を得た後、エゾアワビやアメフラシなどの海産軟体動物から抽出した多糖類分解酵素を用いて混入した粘性多糖類を分解するとともに、キレート剤を用いて粘性多糖類のゲル形成を抑制することにより、高品質な核酸を簡便かつ効率的に抽出できること、さらにはこの抽出した核酸を鋳型とする核酸増幅反応を行うことで、褐藻類の種を的確に判別できることを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0015】
(1)褐藻類の核酸を抽出する方法であって、海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素を用いて褐藻類が有する粘性多糖類を分解する工程と、キレート剤を用いて褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する工程と、タンパク質分解酵素を用いて褐藻類の核酸を抽出する工程とを有する、前記方法。
【0016】
(2)海産軟体動物がアワビ属またはアメフラシ属に属する動物である、(1)に記載の方法。
【0017】
(3)キレート剤がEDTAである、(1)または(2)に記載の方法。
【0018】
(4)粘性多糖類がアルギン酸を含有する粘性多糖類である、(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
【0019】
(5)多糖類分解酵素がアルギン酸リアーゼである、(1)から(4)のいずれかに記載の方法。
【0020】
(6)アルギン酸リアーゼがHdAlyおよび/またはHdAlexである、(1)から(5)のいずれかに記載の方法。
【0021】
(7)タンパク質分解酵素がProteinaseKである、(1)から(6)のいずれかに記載の方法。
【0022】
(8)褐藻類の種を判別する方法であって、海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素を用いて褐藻類が含有する粘性多糖類を分解する工程と、キレート剤を用いて褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する工程と、タンパク質分解酵素を用いて褐藻類の核酸を抽出する工程と、
褐藻類から抽出された核酸を鋳型とする核酸増幅反応を行う工程とを有する、前記方法。
【0023】
(9)海産軟体動物がアワビ属またはアメフラシ属に属する動物である、(8)に記載の方法。
【0024】
(10)キレート剤がEDTAである、(8)または(9)のいずれかに記載の方法。
【0025】
(11)粘性多糖類がアルギン酸を含有する粘性多糖類である、(8)から(10)のいずれかに記載の方法。
【0026】
(12)多糖類分解酵素がアルギン酸リアーゼである、(8)から(11)のいずれかに記載の方法。
【0027】
(13)アルギン酸リアーゼがHdAlyおよび/またはHdAlexである、(8)から(12)のいずれかに記載の方法。
【0028】
(14)タンパク質分解酵素がProteinaseKである、(8)から(13)のいずれかに記載の方法。
【0029】
(15)海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素と、キレート剤と、タンパク質分解酵素とを有してなる、褐藻類核酸抽出キット。
【0030】
(16)海産軟体動物がアワビ属またはアメフラシ属に属する動物である、(15)に記載の褐藻類核酸抽出キット。
【0031】
(17)キレート剤がEDTAである、(15)または(16)に記載の褐藻類核酸抽出キット。
【0032】
(18)多糖類分解酵素がアルギン酸リアーゼである、(15)から(17)のいずれかに記載の褐藻類核酸抽出キット。
【0033】
(19)アルギン酸リアーゼがHdAlyおよび/またはHdAlexである、(15)から(18)のいずれかに記載の褐藻類核酸抽出キット。
【0034】
(20)タンパク質分解酵素がProteinaseKである、(15)から(19)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0035】
本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法および褐藻類核酸抽出キットによれば、褐藻類から簡便かつ効率的に高品質な核酸を抽出することができる。また、本発明に係る褐藻類の種判別方法によれば、前記抽出した核酸を用いて褐藻類の種を的確に判別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】エゾアワビ消化液から調製した粗抽出液および多糖類分解酵素液について、SDS−PAGEを行った結果を示す図である。図中の矢印はエゾアワビアルギン酸リアーゼを示す。
【図2】生マコンブ酵素処理群、生マコンブ酵素無処理群、乾燥マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群から抽出したそれぞれのDNAを鋳型として、ミトコンドリア16SrRNA遺伝子をPCR増幅し、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を検出した図である。
【図3】DNA抽出液により抽出した、多糖類分解酵素液により処理した群(酵素処理群)と処理しない群(酵素無処理群)のそれぞれのDNAを鋳型として、ミトコンドリア16SrRNA遺伝子をPCR増幅し、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を検出した図である。
【図4】市販DNA抽出キットにより抽出した、多糖類分解酵素液により処理した群(酵素処理群)と処理しない群(酵素無処理群)のそれぞれのDNAを鋳型として、ミトコンドリア16SrRNA遺伝子をPCR増幅し、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を検出した図である。
【図5】市販DNA抽出キットによりマコンブのDNA溶液を調製し、これに含まれる粘性多糖類をアメフラシ消化液から調製した多糖類分解酵素液により分解処理した後、このDNAを鋳型としてミトコンドリア16SrRNA遺伝子をPCR増幅し、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を検出した図である。
【図6】市販DNA抽出キットによりマコンブのDNA溶液を調製し、これに含まれる粘性多糖類を市販のFlavobacterium sp.由来アルギン酸リアーゼにより分解処理した後、このDNAを鋳型として、同じプライマーセットを用いてミトコンドリア16SrRNA遺伝子のPCR増幅を2回繰り返し行い、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を検出した図である。
【図7】様々なタンパク質分解酵素を添加したDNA抽出液を用いて抽出したマコンブのDNAを鋳型として、ミトコンドリア16SrRNA遺伝子をPCR増幅し、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を検出した図である。
【図8】様々な褐藻類から抽出したDNAを鋳型として、ミトコンドリアNAD5遺伝子をPCR増幅し、アガロースゲル電気泳動によりPCR産物を検出した図である。
【図9】様々な褐藻類から抽出したDNAを鋳型としてPCR増幅したミトコンドリアNAD5遺伝子の部分領域(約490bp)を、制限酵素EcoT14IおよびPstIで消化した結果を示す図である。
【図10】ガゴメ28個体から抽出したDNAを鋳型としてPCR増幅したミトコンドリアNAD5遺伝子を、制限酵素EcoT14IおよびPstIで消化した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法、褐藻類の種判別方法および褐藻類核酸抽出キットについて詳細に説明する。
【0038】
本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法は、褐藻類の核酸を抽出する方法であって、
(i)海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素を用いて褐藻類が有する粘性多糖類を分解する工程(粘性多糖類分解工程)
(ii)キレート剤を用いて褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する工程(ゲル形成抑制工程)
(iii)タンパク質分解酵素を用いて褐藻類の核酸を抽出する工程(核酸抽出工程)
以上(i)〜(iii)の工程を有する。
【0039】
本発明において、核酸を抽出する対象となる褐藻類は特に限定されず、例えば、マコンブ、ホソメコンブ、リシリコンブ、オニコンブ、ミツイシコンブ、ナガコンブ、ガッガラコンブ、チヂミコンブ、ガゴメ、トロロコンブ、ゴヘイコンブ、エンドウコンブ、カラフトコンブ、ネコアシコンブ、アナメ、ツルモ、キコナイツルモ、ツルアラメ、チガイソ、スジメ、ワカメ、アイヌワカメ、ハバノリ、セイヨウハバノリ、モズク、ヒジキ、シオミドロ、タワラガタシオミドロ、ナガマツモ、モツキチャソウメン、イシモズク、マツモ、ネバリモ、メワケグサ、キタイワヒゲ、エゾブクロ、ウイキョウモ、オオバハバモドキ、ガサガサハバモドキ、チシマハバモドキ、ハバモドキ、カヤモノリ、フクロノリ、クロモ、ウスカヤモ、ワタモ、ウスバオオギ、ハネグンセンクロガシラ、ツクバネクロガシラ、ミツデクロガシラ、アミジクサ、イトアミジ、フクリンアミジ、エゾヤハズ、コモングサ、ムチモ、ウルシグサ、ケウルシグサ、ヒバマタ、エゾイシゲ、フシスジモク、ウミトラノオ、ミヤベモク、アカモク、ヨレモク、ウガノモク、エゾノネジモク、スギモク、ジョロモクなどを挙げることができる。また、褐藻類に含まれる粘性多糖類は、アルギン酸、フコイダン、ラミナランが主である。
【0040】
本発明における海産軟体動物は、多糖類分解酵素を分泌し、その抽出が可能な海産軟体動物であり、そのような海産軟体動物としては、海産腹足綱軟体動物(腹足綱;Gastropoda)を挙げることができ、海産腹足綱軟体動物に属する動物としては、例えば、アワビ属、アメフラシ属、リュウテン属、Chlorostoma属、Littorina属、Laemodonta属、Omphalius属などに属する動物を挙げることができる。アワビ属に属する動物としては、例えば、クロアワビ、メガイアワビ、マダカアワビ、エゾアワビ、トコブシ、ミミガイなどを、アメフラシ属に属する動物としては、例えば、アメフラシ、ジャンボアメフラシ、ジャノメアメフラシ、アプリシア・シドニーエンシス、ゾウアメフラシ、ミドリアメフラシ、アマクサアメフラシ、クロヘリアメフラシ、サガミアメフラシ、アプリシア・エクストラオルディナリアなどを、リュウテン属としては、例えば、サザエ、ニシキサザエ、カンギク、スガイなどを、Chlorostoma属としては、例えば、クボガイ、ヘソアキクボガイ、クマノコガイなどを、Littorina属としては、例えば、タマキビガイ、コウダカタマキビ、ヨーロッパタマキビ、アフリカタマキビ、アツタマキビなどを、Laemodonta属としては、例えば、ウスコミミガイ、クリイロコミミガイ、ヘソアキコミミガイなどを、Omphalius属としては、例えば、コシダカガンガラ、オオコシダカガンガラ、ヒメクボガイなどを、それぞれ挙げることができる。なお、本発明において、「海産軟体動物」は、「海洋軟体動物」、「海産無脊椎動物」、「海洋無脊椎動物」のそれぞれと交換可能に用いられる。
【0041】
本発明において、海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素は、褐藻類に含まれる粘性多糖類を分解する活性を有する酵素であり、そのような酵素としては、例えば、アルギン酸リアーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、フコイダン分解酵素、ラミナラン分解酵素などの酵素、さらにはそれらの任意の組み合わせを挙げることができるが、アルギン酸リアーゼまたは前記組み合わせにアルギン酸リアーゼを含むものが好ましい。また、多糖類分解酵素という場合には、前記酵素やそれらの任意の組み合わせを、例えばリン酸緩衝液に溶解したものなど、溶液の状態のもの(多糖類分解酵素液)が含まれる。
【0042】
ここで、本発明における多糖類分解酵素は、既報に従い、海産軟体動物から抽出し調製することができる(Shimizu E.ら、Carbohydr.Res.、第341巻、第1809−1819頁、2003年)他、例えば、海産軟体動物を低温で粉砕し、アセトンで脱脂脱水してアセトン粉末を調製した後、それを液化して有機溶剤で分別沈殿を繰り返し、透析することにより調製することができる。さらには精製してもよく、そのような精製方法としては公知の方法を用いることができ、硫安分画やイオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトゲル、ゲル濾過などのカラムクロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて用いることができる。また、抽出する対象の海産軟体動物において多糖類分解酵素の遺伝子を特定した後、この遺伝子のcDNAをクローニングし、当業者が適宜選択可能なベクターに挿入して適当な細胞に組み込んで発現系を構築し、組み換え酵素として生産したものを用いてもよく、このような方法で調製した多糖類分解酵素を用いることも、本発明の一態様である。
【0043】
この多糖類分解酵素に含まれる成分の確認は、適宜、常法に従って行うことができるが、例えば、既知の分子量の情報に基づいてSDS−PAGEにより行うことができ、あるいは、多糖類分解酵素に対する抗体を利用してウエスタンブロッティング法やイムノクロマトグラフィー法などのイムノアッセイにより行うことができる。
【0044】
この多糖類分解酵素の酵素活性の確認もまた、適宜、常法に従って行うことができるが、例えば、多糖類分解酵素を含む溶液に基質を添加してインキュベートし、基質の分解に伴い変化する吸光度を測定することにより行うことができる。
【0045】
また、本発明において、キレート剤は特に限定されず、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、クエン酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)、酒石酸、フィチン酸、ニトリロ三酢酸(NTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)などを挙げることができるが、EDTAやクエン酸が好ましく、EDTAがより好ましい。
【0046】
(i)粘性多糖類分解工程において、褐藻類に作用させる多糖類分解酵素の使用量、作用温度、作用時間などは特に限定されず、多糖類分解酵素の種類、多糖類分解酵素の濃度、褐藻類の量などに応じて適宜設定することができる。
【0047】
(ii)ゲル形成抑制工程において、褐藻類に作用させるキレート剤の使用量、作用温度、作用時間などは特に限定されず、キレート剤の種類、キレート剤の濃度、褐藻類の量などに応じて適宜設定することができる。なお、本発明において、「ゲル形成抑制」は「ゲル形成阻害」と交換可能に用いられる。
【0048】
(iii)核酸抽出工程において褐藻類の核酸を抽出する方法は、適宜、常法に従って行うことができ、例えば、Tris−HCl緩衝液、EDTA、NaCl、SDS、メルカプトエタノール、Proteinaseを含む核酸抽出液に試料を浸漬し、インキュベートした後、遠心分離を行い回収した上清をフェノールクロロホルム抽出処理およびエタノール沈殿処理することによって行うことができる。また、この工程において、前処理として褐藻類を細かい断片状にすることが好ましいものの、粉砕を要しないため、簡便に核酸の抽出を行うことができる。
【0049】
(iii)核酸抽出工程において用いるタンパク質分解酵素は、当業者が適宜選択可能なタンパク質分解酵素を用いることができる。そのようなタンパク質分解酵素としては、酸性Proteinase、中性Proteinase、塩基性Proteinaseのいずれでもよく、例えば、スミチームMMR、スミチームAP、スミチームRP、スミチームMP、スミチームLP50、スミチームLPL、スミチームP、スミチームCP、スミチームTP(以上、新日本化学工業社)、オリエンターゼ20A、オリエンターゼ90N、オリエンターゼ10NL、ヌクレイシン、オリエンターゼONS、オリエンターゼ22BF(以上、エイチ・ビイ・アイ社)、ウマミザイム、ニューセラーゼF、パパインW−40、パンクレアチンF、ProteinaseA−アマノG、ProteinaseM−アマノ、ProteinaseN−アマノ、ProteinaseS−アマノ、ブロメラインF(以上、天野エンザイム社)、サモアーゼ、プロチンA、プロチンP、デスキンC(以上、大和化成社)、パパイン(メルク社)、α−キモトリプシン(和光純薬工業社)、トリプシン(ロシュ・アプライド・サイエンス社)、ProteinaseK(ニッポンジーン社)などを挙げることができるが、パパインやProteinaseKが好ましく、ProteinaseKがより好ましい。
【0050】
(iii)核酸抽出工程においては、当業者により選択可能な公知の、Proteinaseを含む核酸抽出キットを用いることができる。そのようなキットとしては、例えば、ISOHAIR(ニッポンジーン社)、Puregene DNA Isolation Kit(QIAGEN社)、GFX Genomic Blood DNA Purification Kit(GEヘルスケア社)、MagPrep Bacterial Genomic DNA Kit(メルク社)を挙げることができる。
【0051】
また、(iii)の核酸抽出工程において抽出した核酸の品質を確認する場合は、例えば、抽出した核酸を鋳型として、常法に従ってPCR法を行い、核酸が増幅されたか否かをアガロースゲル電気泳動により確認する方法や、抽出した核酸に制限酵素を作用させて、核酸が切断されたか否かをアガロースゲル電気泳動により確認する方法などにより行うことができる。
【0052】
なお、(iii)核酸抽出工程において用いる試薬は適宜、追加、置換および省略が可能である。
【0053】
本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法において、(i)粘性多糖類分解工程、(ii)ゲル形成抑制工程および(iii)核酸抽出工程は順不同であり、この3つの工程を有していればよく、例えば、(i)粘性多糖類分解工程と(ii)ゲル形成抑制工程とを同時に行うなどしてもよい。また、各工程を二回以上行ってもよく、例えば、(ii)ゲル形成抑制工程を行い、続いて(iii)核酸抽出工程を行った後、(i)粘性多糖類分解工程と(ii)ゲル形成抑制工程とを同時に行うなどしてもよい。なお、タンパク質分解酵素が多糖類分解酵素を分解するおそれがあることから、(iii)核酸抽出工程は(i)粘性多糖類分解工程および(ii)ゲル形成抑制工程の後に行うことが好ましい。
【0054】
次に、本発明に係る褐藻類の種判別方法は、褐藻類の種を判別する方法であって、
(i)海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素を用いて褐藻類が含有する粘性多糖類を分解する工程(粘性多糖類分解工程)
(ii)キレート剤を用いて褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する工程(ゲル形成抑制工程)
(iii)タンパク質分解酵素を用いて褐藻類の核酸を抽出する工程(核酸抽出工程)
(iv)褐藻類から抽出された核酸を鋳型とする核酸増幅反応を行う工程(核酸増幅工程)
以上(i)〜(iv)の工程を有する。
【0055】
(iv)核酸増幅工程における核酸増幅反応は、適宜、常法に従って行うことができ、例えば、褐藻類の既知の塩基配列を基にプライマーを設計し、これらプライマーと公知の耐熱性ポリメラーゼとを用いてPCR法により行うことができる。
【0056】
(iv)核酸増幅工程において、増幅した核酸に基づく褐藻類の種の判別は、褐藻類の種間で多型の存在する塩基配列を検出する方法により行うことができる。そのような方法としては、例えば、褐藻類の種間で多型の存在する塩基配列をPCR法で増幅した後、シークエンサーで増幅した配列を決定して種を判別する方法や、褐藻類の種間で多型の存在する部位を含む塩基配列を増幅した後、制限酵素処理を行い、多型部位を検出する方法(CAPS法)などを挙げることができる。
【0057】
本発明に係る褐藻類の種判別方法において用いるタンパク質分解酵素は、本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法(iii)核酸抽出工程におけるタンパク質分解酵素を用いることができる。
【0058】
次に、本発明に係る褐藻類核酸抽出キットは、海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素と、キレート剤と、タンパク質分解酵素を有してなる。本発明に係る褐藻類核酸抽出キットは、褐藻類から簡便かつ効率的に高品質な核酸を抽出するために用いられる。
【0059】
本発明に係る褐藻類核酸抽出キットが有するタンパク質分解酵素は、本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法(iii)核酸抽出工程におけるタンパク質分解酵素を用いることができる。
【0060】
なお、本発明に係る褐藻類核酸抽出キットには、その特徴を損なわない限り、あらゆる構成を含んでもよく、例えば、褐藻類の核酸抽出手段の実施に有用な試薬やカラムなどを含んでもよい。
【0061】
以下、本発明に係る褐藻類の核酸抽出方法、褐藻類の種判別方法および褐藻類核酸抽出キットについて、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0062】
<実施例1>多糖類分解酵素液の調製、分析および活性測定
(1)多糖類分解酵素液の調製
北海道函館市内の市場で生きたエゾアワビ5個体を購入した後、直ちに解体し、ピペットを用いて中腸腺内の消化液を採取したところ、1個体につき約0.8mL、計約4mLの消化液が得られた。このうち0.01mLを粗抽出液とし、−20℃で凍結保存した。一方、残りの消化液について、セルロースチューブ(三光純薬社)を用いて10mmol/Lリン酸緩衝液(pH8)に透析した後、4℃、100000×gの条件下で30分間遠心分離を行い、上清を回収した。続いて、定法に従って80〜100%(w/w)硫酸アンモニウム水溶液により硫安分画を行い、沈殿を回収した。得られた沈殿を10mmol/Lリン酸緩衝液(pH8)に溶解し、セルロースチューブ(三光純薬社)を用いて10mmol/Lリン酸緩衝液(pH8)に透析し、6mLの溶液を得た。この溶液を多糖類分解酵素液とし、使用するまで−20℃で凍結保存した(Shimizu E.ら、Carbohydr.Res.、第341巻、第1809−1819頁、2003年)。
【0063】
(2)多糖類分解酵素液に含まれるタンパク質の分析
本実施例(1)で調製した粗抽出液0.01mLおよび多糖類分解酵素液0.01mLについて、Porzio & Pearsonの方法(PORZIO,M.A.,PEARSON,A.M.、Biochimica et biophysica acta、第384巻、第235−241頁、1975年)に従いSDS−PAGEを行った。タンパク質分子量マーカーは、Broad Range Marker(New England Biolabs社)を用いた。泳動後のゲルは、0.1%(w/v)クマシーブリリアントブルー(Coomassie Brilliant Blue;CBB)、50%(v/v)メタノールおよび10%(v/v) 酢酸を含む水溶液で染色し、7%(v/v)酢酸および5%(v/v)メタノールを含む水溶液で脱色した。その結果を図1に示す。
【0064】
図1に示すように、本実施例(1)で調製した多糖類分解酵素液においては、約28kDaのバンドが高い強度で確認された。一方、粗抽出液においては、約27kDaないし約66kDaの範囲で様々な分子量のバンドが、いずれも中程度の強度で検出された。
【0065】
続いて、泳動後のゲルを濾紙の上に置き、セロファンを被せて乾燥させた。乾燥させたゲルの画像について、ImageJソフトウェア(Ver.1.42;Http://rsb.info.nih.gov/ij/;アメリカ国立衛生研究所)を用いてデンシトメトリーを行い、多糖類分解酵素液に含まれるタンパク質の総質量および検出された約28kDaのバンドに相当するタンパク質の質量を計測し、この約28kDaのバンドに相当するタンパク質の濃度(w/w)を算出した。
【0066】
その結果、この約28kDaのバンドに相当するタンパク質の濃度は70%(w/w)であることが明らかになった。
【0067】
本発明者らは以前に、エゾアワビの消化液中には、三糖を生成するエンド型アルギン酸リアーゼHdAly(配列番号1;アクセッション番号;AB110094)および二糖を生成するエキソ型アルギン酸リアーゼHdAlex(配列番号2;アクセッション番号;BAE81787)の少なくとも2種類が含まれることを報告している。また、HdAlyは約28kDaの位置に泳動され、HdAlexは28kDaより数kDa大きい位置に泳動されること、およびエゾアワビにおける含有量はHdAlyがHdAlexに比べてはるかに大きいことを報告している(Shimizu E.ら、 Carbohydr.Res.、第338巻、第2841−2852頁、2003年,Suzuki Hら、Carbohyd.Res.、第341巻、第1809−1819頁、2003年)。これらのことから、図1に示す、多糖類分解酵素液における約28kDaのバンドはHdAlyおよびHdAlexであるといえる。よって、本実施例(1)で調製した多糖類分解酵素液にはエゾアワビ由来アルギン酸リアーゼHdAlyおよびHdAlexが約70%(w/w)含まれることが明らかになった。これに対し、粗抽出液におけるエゾアワビ由来アルギン酸リアーゼHdAlyおよびHdAlexの濃度は70%には満たず、他の様々な分子量を有するタンパク質が多く含まれることが明らかになった。これらの結果から、本実施例(1)の処理工程によりアルギン酸リアーゼの濃度が高められたことが明らかになった。
【0068】
(3)多糖類分解酵素液のアルギン酸分解活性の測定
本実施例(1)で調製した多糖類分解酵素液0.05mLに、リン酸ナトリウム(pH8)およびアルギン酸ナトリウム(SIGMA社)をそれぞれ10mmol/Lおよび0.2%(w/v)となるように加え、30℃でインキュベートした後、235nmにおける吸光度を測定した。
【0069】
アルギン酸ナトリウムの分解に伴い、構成する単糖の第4位の炭素(C4)と第5位の炭素(C5)との間に二重結合が生じ、235nmにおける吸光度が上昇することから、前記条件下、235nmにおける吸光度を1分間に0.01上昇させる活性(アルギン酸分解活性)を1Uと定義し、測定した吸光度に基づいてアルギン酸分解活性を算出した。
【0070】
その結果、本実施例(1)で調製した多糖類分解酵素液のアルギン酸分解活性は、30℃で1290U/mLであった。
【0071】
<実施例2>粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害後のDNA抽出
(1)マコンブの粘性多糖類の分解
北海道函館市沿岸で採取した生マコンブおよび同じ海域で採取した後、天日で乾燥させた乾燥マコンブからそれぞれ約0.02gの組織片をブレードで切り取り、各組織片をさらに細切りにした。続いてこれらを約0.01gずつに分け、生マコンブ酵素処理群、生マコンブ酵素無処理群、乾燥マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群の4群を設定した。実施例1(1)で調製した多糖類分解酵素液をリン酸緩衝液(pH8)で100U/mLに希釈した後、生マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素処理群にそれぞれ1mLずつ加え、17℃で4時間、時々振盪しながらインキュベートした。生マコンブ酵素無処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群には、リン酸緩衝液(pH8)を1mL加えて、同様にインキュベートした。
【0072】
(2)マコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害
本実施例(1)の生マコンブ酵素処理群、生マコンブ酵素無処理群、乾燥マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群にエチレンジアミン四酢酸(EDTA)をそれぞれ10mmol/Lとなるように加え、17℃で1時間、インキュベートした。
【0073】
(3)DNA抽出液によるマコンブからのDNA抽出
[3−1]DNA抽出液の調製
まず、滅菌水を溶媒として、以下の組成のDNA抽出液を調製した。
【0074】
DNA抽出液の調製
Tris−HCl(pH7.5)(ニッポンジーン社) 50mmol/L
EDTA(ニッポンジーン社) 20mmol/L
NaCl(ニッポンジーン社) 100mmol/L
SDS(ニッポンジーン社) 1%(w/w)
メルカプトエタノール(ニッポンジーン社) 2%(w/w)
ProteinaseK(ニッポンジーン社) 0.5mg/mL
【0075】
[3−2]DNA抽出液によるマコンブからのDNA抽出
本実施例(2)の生マコンブ酵素処理群、生マコンブ酵素無処理群、乾燥マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群のそれぞれを200μLずつ分取し、本実施例[3−1]で調製したDNA抽出液のうち800μLずつをそれぞれに加え、55℃で30分間インキュベートした。その後、室温、10000×gの条件下で10分間遠心分離を行い、上清を回収した。続いて、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1)の等量をそれぞれに添加し、5分間転倒混和した。室温、11000×gの条件下で1分間遠心分離を行った後、水層を回収し、定法に従いエタノール沈殿を行って沈殿を回収した。これを真空乾燥後、それぞれ20μLの滅菌水に溶解し、DNA溶液とした。
【0076】
(4)市販DNA抽出キットによるマコンブからのDNA抽出
本実施例(2)の生マコンブ酵素処理群、生マコンブ酵素無処理群、乾燥マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群のそれぞれを500μLずつ分取し、市販DNA抽出キットのISOHAIR(ニッポンジーン社)を用いて、添付のプロトコールに従いDNAの抽出を行った後、それぞれ20μLの添付のトリスEDTA(TE)緩衝液(pH8)に溶解し、DNA溶液とした。
【0077】
(5)抽出したDNAを鋳型としたPCR
マコンブのミトコンドリアDNAに存在する16SrRNA遺伝子(アクセッション番号;AP011493)の一部分の約870bpを増幅するプライマーを設計した。設計したプライマーを以下に示す。
【0078】
設計したプライマー
フォワードプライマー;5’−GGGTTCAAATCCCACCTTATCC−3’(配列番号3)
リバースプライマー ;5’−ACAACCTAAGCCTTCAATCCC−3’(配列番号4)
【0079】
続いて、本実施例(3)[3−2]で抽出した各群のDNA溶液および本実施例(4)で抽出した各群のDNA溶液からそれぞれ1μLずつ分取し、これらを鋳型として、配列番号3のプライマー、配列番号4のプライマーおよびKOD Dash DNAポリメラーゼ(東洋紡社)を用いて、添付のプロトコールに従いPCRを行った。PCR反応は94℃で30秒、55℃で2秒、72℃で30秒を1サイクルとして、合計35〜40サイクル行った。
【0080】
その後、PCR反応液からそれぞれ10μLずつ分取し、1倍濃度のトリス酢酸EDTA(TAE)緩衝液中で1.5%(w/w)のアガロースゲルを用いてアガロースゲル電気泳動を行った。泳動後のゲルはエチジウムブロマイド溶液に浸漬し、紫外線を照射してDNAを検出した。本実施例(3)[3−2]で抽出した各群の結果を図2に示す。
【0081】
図2に示すように、本実施例(3)[3−2]で抽出した生マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素処理群の場合には、約870bpのDNAの増幅が確認された。一方、生マコンブ酵素無処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群の場合には、約870bpのDNAは増幅されなかった。また、本実施例(4)で抽出した各群の場合も、これと同様の結果であった。すなわち、本実施例(4)で抽出した生マコンブ酵素処理群および乾燥マコンブ酵素処理群の場合には、約870bpのDNAの増幅が確認され、生マコンブ酵素無処理群および乾燥マコンブ酵素無処理群の場合には、約870bpのDNAは増幅されなかった。
【0082】
以上の結果から、粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害を行った後にDNAを抽出することにより、生マコンブからだけでなく乾燥マコンブからも、PCRの鋳型として使用可能である高品質なDNAを抽出できることが確認された。また、DNAの抽出には、本実施例(3)で調製したDNA抽出液のみならず、市販のDNA抽出キットも使用可能であることが確認された。
【0083】
<実施例3>ゲル形成阻害を行った後の、DNA抽出後の粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害
(1)マコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害
北海道函館市沿岸で採取した後、天日で乾燥させた乾燥マコンブ12個体からそれぞれ約0.01gの組織片をブレードで切り取り、各組織片をさらに細切りにして1.5mLチューブに入れ、サンプルとした(サンプルNo.1〜No.12)。続いて、125mmol/LのEDTA(pH8)および1mol/LのNaClを含む水溶液0.5mLをそれぞれに添加し、30分間浸漬した。
【0084】
(2)マコンブからのDNA抽出
[2−1]DNA抽出液によるマコンブからのDNA抽出
本実施例(1)のサンプルNo.1〜No.8について、室温、10000×gの条件下で1分間遠心分離を行って上清を除き、実施例2(3)[3−1]に記載の方法により調製したDNA抽出液450μLずつをそれぞれに加えて、55℃で30分間インキュベートした。その後、室温、10000×gの条件下で10分間遠心分離を行い、上清を回収した。続いて、等量のフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール(25:24:1)をそれぞれに添加し、5分間転倒混和した。室温、11000×gの条件下で1分間遠心分離を行った後、水層を約100μLずつ各サンプルにつき2本の1.5mLチューブに分注した。No.1から得られた2本のサンプルをそれぞれNo.1aおよびNo.1b、No.2から得られた2本のサンプルをそれぞれNo.2aおよびNo.2bとし、以下、No.8aおよびNo.8bまでの計16本のサンプルをそれぞれ調製した。
【0085】
[2−2]市販DNA抽出キットによるマコンブからのDNA抽出
本実施例(1)のサンプルNo.9〜No.12について、市販DNA抽出キットのISOHAIR(ニッポンジーン社)を用いて添付のプロトコールに従いDNAの抽出を行い、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール処理を行った後、室温、11000×gの条件下で1分間遠心分離を行って得られた水層を、約100μLずつ各サンプルにつき2本の1.5mLチューブに分注した。No.9から得られた2本のサンプルをそれぞれNo.9aおよびNo.9b、No.10から得られた2本のサンプルをそれぞれNo.10aおよびNo.10bとし、以下、No.12aおよびNo.12bまでの計8本のサンプルをそれぞれ調製した。
【0086】
(3)マコンブの粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害
本実施例(1)および本実施例(2)で調製したa標識のサンプルNo.1a〜No.12aの12本を酵素処理群とし、本実施例(1)および本実施例(2)で調製したb標識のサンプルNo.1b〜No.12bの12本を酵素無処理群とした。実施例1(1)で調製した多糖類分解酵素液10Uを125mmol/LのEDTA(pH8)で100μLにメスアップして酵素処理群のサンプルNo.1a〜No.12aにそれぞれ添加した。また、コントロールとして多糖類分解酵素液10Uを125mmol/LのEDTA(pH8)で200μLにメスアップしたサンプルを作成した。酵素無処理群のサンプルNo.1b〜No.12bには125mmol/LのEDTA(pH8)100μLをそれぞれ添加した。その後、すべてのサンプルを30℃で4時間インキュベートし、さらに90℃で10分間インキュベートした。続いて、定法に従いエタノール沈殿を行って得られた沈殿を風乾した後、100μLのTE緩衝液{10mM Tris−HCl(pH8)、1mM EDTA}に溶解し、GENECLEAN SPIN KIT(Q−BIO gene社)を用いて精製した。
【0087】
(4)抽出したDNAを鋳型としたPCR
本実施例(3)の各サンプルからそれぞれ5μLずつ分取し、これらを鋳型として、実施例2(5)に記載の方法によりPCRおよびアガロースゲル電気泳動を行った。サンプルNo.1a〜No.8aおよびサンプルNo.1b〜No.8bについての結果を図3に、サンプルNo.9a〜No.12aおよびサンプルNo.9b〜No.12bについての結果を図4に示す。
【0088】
図3に示すように、DNA抽出液により抽出したDNAを鋳型とした場合、酵素処理群では、サンプルNo.1a〜No.8aのすべてにおいて約870bpのDNAの増幅が確認され、増幅性の違いもほとんど見られなかった。一方、酵素無処理群では、サンプルNo.5b、No.6bおよびNo.7bにおいて約870bpのDNAの増幅が確認されず、サンプル間でのDNA増幅性にも差が見られた。
【0089】
また、図4に示すように、市販DNA抽出キットにより抽出したDNAを鋳型とした場合、酵素処理群では、サンプルNo.9a〜No.12aのすべてにおいて約870bpのDNAの増幅が確認され、増幅性の違いもほとんど見られなかった。一方、酵素無処理群では、サンプルNo.9bおよびNo.10bにおいて約870bpのDNAの増幅が確認できず、サンプル間でのDNA増幅性に差が見られた。なお、コントロールでは、DNAの増幅が確認されなかった。
【0090】
以上の結果から、マコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害を行い、続いてDNAを抽出し、多糖類分解酵素液による処理およびゲル形成阻害を行うことにより、PCRの鋳型として使用可能である高品質なDNAを、乾燥マコンブから安定的に抽出できることが確認された。また、DNAの抽出には、実施例2(3)[3−1]に記載の方法により調製したDNA抽出液のみならず、市販のDNA抽出キットも使用可能であることが確認された。
【0091】
<実施例4>多糖類分解酵素の検討
(1)アメフラシ由来多糖類分解酵素液の調製
北海道函館市沿岸で生きたアメフラシ20個体を採取した後、直ちに解体し、ピペットを用いて中腸腺内の消化液を採取したところ、1個体につき約0.5mL、計約10mLの消化液が得られた。これを、実施例1(1)に記載の方法により精製し、12mLの溶液を得た。この溶液をアメフラシ由来多糖類分解酵素液とし、使用するまで−20℃で凍結保存した。
【0092】
(2)マコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害
北海道函館市沿岸で採取した後、天日で乾燥させた乾燥マコンブ9個体をサンプル(サンプルNo.13〜No.21)として、実施例3(1)に記載の方法により、ゲル形成阻害を行った。
【0093】
(3)市販DNA抽出キットによるマコンブからのDNA抽出
本実施例(2)のサンプルNo.13〜No.21について、実施例3[2−2]に記載の方法によりDNA抽出を行い、a標識のサンプルNo.13a〜No.21aおよびb標識のサンプルNo.13b〜No.21bの、計18本のサンプルを調製した。
【0094】
(4)アメフラシ由来多糖類分解酵素によるマコンブの粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害
本実施例(3)で調製したa標識のサンプルNo.13a〜No.16aの4本について、実施例1(1)の多糖類分解酵素液を本実施例(1)のアメフラシ由来多糖類分解酵素液に代えて、実施例3(3)に記載の方法によりマコンブの粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害を行った。続いて、実施例3(4)に記載の方法により、a標識のサンプルNo.13a〜No.16aを鋳型としたPCRおよびアガロースゲル電気泳動を行った。その結果を図5に示す。
【0095】
図5に示すように、サンプルNo.14a、No.15aおよびNo.16aにおいて約870bpのDNAの増幅が確認された。これらの結果から、アメフラシ由来多糖類分解酵素液によりマコンブの粘性多糖類を分解した場合は、PCRの鋳型として使用可能な高品質なDNAを乾燥マコンブから抽出できることが確認された。
【0096】
(5)Flavobacterium sp.由来アルギン酸リアーゼまたはAspergillus niger由来ペクチナーゼによるマコンブの粘性多糖類の分解
本実施例(3)で調製したa標識のサンプルNo.17a〜No.21aの5本については、実施例1(1)で調製した多糖類分解酵素液を市販のアルギン酸分解酵素(Flavobacterium sp.由来アルギン酸リアーゼ;SIGMA社)に代えて、実施例3(3)に記載の方法によりマコンブの粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害を行った。本実施例(3)で調製したb標識のサンプルNo.17b〜No.21bの5本については、実施例1(1)で調製した多糖類分解酵素液を市販の多糖類分解酵素(Aspergillus niger由来ペクチナーゼ;SIGMA社)に代えて、実施例3(3)に記載の方法によりマコンブの粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害を行った。
【0097】
続いて、実施例3(4)に記載の方法により、サンプルNo.17a〜No.21aおよびサンプルNo.17b〜No.21bを鋳型としたPCRおよびアガロースゲル電気泳動を行った。No.17a〜No.21aおよびNo.17b〜No.21bのすべてのサンプルにおいて、1回のPCRではDNAの増幅が全く確認されなかったため、1回目のPCR産物を鋳型とし、同じプライマーを用いて2回目のPCRを行った。a標識のサンプルNo.17a〜No.21aにおける2回目のPCRの結果を図6に示す。
【0098】
図6に示すように、Flavobacterium sp.由来アルギン酸リアーゼにより粘性多糖類を分解した場合、2回目のPCRで、サンプルNo.17a、No.18aおよびNo.20aにおいて約870bpのDNAの増幅がわずかに確認されたが、サンプルNo.19aおよびNo.21aでは、DNAの増幅は確認されなかった。また、Aspergillus niger由来ペクチナーゼにより粘性多糖類を分解した場合は、2回目のPCRでも、サンプルNo.17b〜No.21bのすべてにおいてDNAの増幅は確認されなかった。
【0099】
以上の結果と実施例3の結果との比較から、市販のFlavobacterium sp.由来アルギン酸リアーゼまたはAspergillus niger由来ペクチナーゼによりマコンブの粘性多糖類を分解した場合は、実施例1(1)で調製した多糖類分解酵素液により粘性多糖類を分解した場合と比較して、抽出されたDNAが少量ないし低品質であることが明らかになった。
【0100】
<実施例5>キレート剤の検討
(1)マコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害
北海道函館市沿岸で採取した後、天日で乾燥させた乾燥マコンブ5個体をサンプルNo.22〜No.26とし、1個体につき約0.04gずつ組織片をブレードで切り取り、各組織片をさらに細切りにした後、それぞれを約0.01gずつに分けた。No.22から得られた4本のサンプルをそれぞれNo.22a、No.22b、No.22cおよびNo.22d、No.23から得られた4本のサンプルをそれぞれNo.23a、No.23b、No,23cおよびNo.23dとし、以下、No.26a、No.26b、No.26cおよびNo.26dまでの計20本のサンプルをそれぞれ調製した。
【0101】
続いて、調製したa標識のサンプルNo.22a〜No.26aの5本については、125mmol/LのEDTA(pH8)を10mmol/Lのクエン酸に代えて、調製したb標識のサンプルNo.22b〜No.26bの5本については、前記EDTAを10mmol/Lのグリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)に代えて、調製したc標識のサンプルNo.22c〜No.26cの5本については、前記EDTAを10mmol/Lの酒石酸に代えて、調製したd標識のサンプルNo.22d〜No.26dの5本については、前記EDTAを10mmol/Lのフィチン酸に代えて、それぞれ、実施例3(1)に記載の方法によりマコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害を行った。
【0102】
(2)市販DNA抽出キットによるマコンブからのDNA抽出
本実施例(1)のa標識のサンプルNo.22a〜No.26a、b標識のサンプルNo.22b〜No.26b、c標識のサンプルNo.22c〜No.26cおよびd標識のサンプルNo.22d〜No.26dの全てについて、実施例3(2)[2−2]に記載の方法によりDNA抽出を行い、各サンプルにつき2本のDNA溶液を調製した。そのうち各サンプルにつき1本のDNA溶液を以下の処理に供した。
【0103】
(3)マコンブの粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害
本実施例(2)で調製したa標識のサンプルNo.22a〜No.26の5本については、125mmol/LのEDTA(pH8)を10mmol/Lのクエン酸に代えて、本実施例(2)で調製したb標識のサンプルNo.22b〜No.26bの5本については、前記EDTAを10mmol/Lのグリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)に代えて、調製したc標識のサンプルNo.22c〜No.26cの5本については、前記EDTAを10mmol/Lの酒石酸に代えて、調製したd標識のサンプルNo.22d〜No.26dの5本については、前記EDTAを10mmol/Lのフィチン酸に代えて、それぞれ、実施例3(3)に記載の方法によりマコンブの粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害を行った。
【0104】
続いて、実施例3(4)に記載の方法により、a標識のサンプルNo.22a〜No.26a、b標識のサンプルNo.22b〜No.26b、c標識のサンプルNo.22c〜No.26cおよびd標識のサンプルNo.22d〜No.26dを鋳型としたPCRおよびアガロースゲル電気泳動をそれぞれ行った。
【0105】
その結果、クエン酸を用いたサンプルNo.22a〜No.26aでは、そのうちの1つのサンプルで約870bpのDNAの増幅が確認されたが、残りの4つのサンプルではDNAの増幅が確認されなかった。EGTAを用いたサンプルNo.22b〜No.26b、酒石酸を用いたサンプルNo.22c〜No.26cおよびフィチン酸を用いたサンプルNo.22d〜No.26dではいずれもDNAの増幅が確認されなかった。
【0106】
以上の結果と実施例3の結果との比較から、クエン酸、EGTA、酒石酸またはフィチン酸によりマコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害を行った場合は、EDTAにより粘性多糖類のゲル形成阻害を行った場合と比較して、抽出されたDNAが少量ないし低品質であることが明らかになった。また、キレート剤を添加しなかったサンプルではDNAの増幅が確認されなかったことから、高品質な核酸の抽出には、EDTAなどのキレート剤が必要であることが明らかになった。これは、褐藻類の粘性多糖類に主に含まれるアルギン酸は海水中のカルシウム、マグネシウムおよびストロンチウムなどの2価金属イオンを吸着しゲル化することから、多糖類分解酵素による分解だけでは除去することができず、金属キレート剤によりこのゲル形成を阻害することで分解除去が可能となるためと発明者らは考えている。
【0107】
<実施例6>タンパク質分解酵素の検討
(1)マコンブの粘性多糖類の分解
北海道函館市沿岸で採取した後、天日で乾燥させた乾燥マコンブから約0.05gの組織片をブレードで切り取り、これをさらに細切りにした後、約0.01gずつに分け、サンプルとした(サンプルNo.27〜No.32)。これら5つのサンプルについて、実施例2(1)に記載の方法により、マコンブの粘性多糖類の分解を行った。
【0108】
(2)マコンブの粘性多糖類のゲル形成阻害
続いて、本実施例(1)で調製したサンプルNo.27〜No.31について、実施例2(2)に記載の方法によりゲル形成阻害を行った。
【0109】
(3)DNA抽出液によるマコンブからのDNA抽出
[3−1]DNA抽出液の調製
実施例2(3)[3−1]に記載のDNA抽出液の組成において、以下の1.〜4.の点で異なるDNA抽出液をそれぞれ調製した。
1.ProteinaseKを添加しないDNA抽出液(タンパク質分解酵素無添加DNA抽出液)
2.ProteinaseKをパパイン(製品名パパイン;メルク社)に代えたDNA抽出液(パパイン−DNA抽出液)
3.ProteinaseKをキモトリプシン(製品名α−キモトリプシン;和光純薬工業社)に代えたDNA抽出液(キモトリプシン−DNA抽出液)
4.ProteinaseKをトリプシン(製品名トリプシン;ロシュ・アプライド・サイエンス社)に代えたDNA抽出液(トリプシン−DNA抽出液)
【0110】
[3−2]各DNA抽出液によるマコンブからのDNA抽出
本実施例(2)で調製したサンプルNo.27については、実施例2(3)[3−1]で調製したDNA抽出液を本実施例(3)[3−1]で調製したタンパク質分解酵素無添加DNA抽出液に代えて、本実施例(2)で調製したサンプルNo.28については、実施例2[3−1]で調製したDNA抽出液を本実施例(3)[3−1]で調製したパパイン−DNA抽出液に代えて、本実施例(2)で調製したサンプルNo.29については、実施例2(3)[3−1]で調製したDNA抽出液を本実施例(3)[3−1]で調製したキモトリプシン−DNA抽出液に代えて、本実施例(2)で調製したサンプルNo.30については、実施例2(3)[3−1]で調製したDNA抽出液を本実施例(3)[3−1]で調製したトリプシン−DNA抽出液に代えて、本実施例(2)で調製したサンプルNo.31については、実施例2(3)[3−1]で調製したDNA抽出液を用いて、それぞれ、実施例2(3)[3−2]に記載の方法によりマコンブからのDNA抽出を行った。
【0111】
続いて、実施例2(5)に記載の方法により、サンプルNo.27〜No.31を鋳型としたPCRおよびアガロースゲル電気泳動を行った。その結果を図7に示す。
【0112】
図7に示すように、実施例2(3)[3−1]で調製した、ProteinaseKを含むDNA抽出液を用いたサンプルNo.31では、約870bpのDNAの増幅が明確に確認された。また、パパイン−DNA抽出液を用いたサンプルNo.28においても、約870bpのDNAが少量増幅したことが確認された。
【0113】
以上の結果から、DNA抽出液にタンパク質分解酵素を添加することにより、PCRの鋳型として使用可能である高品質なDNAをマコンブから抽出できることが明らかになった。
【0114】
<実施例7>様々なコンブ類からのDNA抽出
(1)様々な褐藻類の粘性多糖類のゲル形成阻害
コンブ属8種(マコンブ、ホソメコンブ、リシリコンブ、オニコンブ、ミツイシコンブ、ナガコンブ、ガッガラコンブ、チヂミコンブ)、トロロコンブ属2種(ガゴメ、トロロコンブ)、スジメ属1種(スジメ)およびワカメを北海道沿岸で採取した後、天日で乾燥させた。その後、それぞれ乾燥重量で約0.01gの組織片をブレードで切り取り、実施例3(1)に記載の方法により粘性多糖類のゲル形成阻害を行った。
【0115】
(2)様々な褐藻類からのDNA抽出
本実施例(1)の全てのサンプルについて、実施例3(2)[2−1]に記載の方法によりDNAを抽出し、各サンプルにつき2本ずつ、DNA溶液を調製した。そのうち、各サンプルにつき1本ずつ、DNA溶液を以下の処理に供した。
【0116】
(3)様々な褐藻類の粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害
本実施例(2)で調製した各サンプルのDNA溶液について、実施例3(3)に記載の方法により粘性多糖類の分解およびゲル形成阻害を行った。また、コントロールのサンプルも同様に作成した。
【0117】
(4)抽出したDNAを鋳型としたPCR
マコンブのミトコンドリアDNAに存在するNAD5遺伝子(アクセッション番号;AP011493)の一部分の約490bpを増幅するプライマーを設計した。設計したプライマーを以下に示す。
【0118】
設計したプライマー
フォワードプライマー;5’−TCTATACGCCTTTTAGCTTT−3’(配列番号5)
リバースプライマー ;5’−CTAAACTTTCAATAAGACCACG−3’(配列番号6)
【0119】
続いて、本実施例(2)の各サンプルからそれぞれ5μLずつ分取し、これらを鋳型として、配列番号5のプライマーおよび配列番号6のプライマーを用いて実施例2(5)に記載の方法によりPCRを行った。その結果を図8に示す。
【0120】
図8に示すように、用いたすべてのサンプルで約490bpのDNAの増幅が確認された。一方、コントロールではDNAの増幅は確認されなかった。この結果から、マコンブからだけでなく、ホソメコンブ、リシリコンブ、オニコンブ、ミツイシコンブ、ナガコンブ、ガッガラコンブ、チヂミコンブ、ガゴメ、トロロコンブ、スジメおよびワカメからも、PCRの鋳型として使用可能である高品質なDNAを、本実施例の方法を用いて抽出できることが明らかになった。
【0121】
<実施例8>DNA鑑別によるガゴメの識別
実施例7で得たマコンブ、ホソメコンブ、リシリコンブ、オニコンブ、ミツイシコンブ、ナガコンブ、ガッガラコンブ、チヂミコンブ、ガゴメ、トロロコンブコンブおよびスジメの約490bpのPCR産物を、GENECLEAN Kit(Q−BIO gene社)を用いてそれぞれ精製した後、制限酵素EcoT14IおよびPstIで消化した。
【0122】
制限酵素反応終了後の各サンプルについて、実施例2(5)に記載の方法によりアガロースゲル電気泳動を行った。その結果を図9に示す。
【0123】
図9に示すように、ガゴメでは95bp、186bpおよび209bpのバンドが検出された一方で、ガゴメ以外では約490bpのバンドが検出された。すなわち、ガゴメでは約490bpのDNAがEcoT14IおよびPstIにより切断された一方で、ガゴメ以外では、約490bpのDNAがこれらの制限酵素により切断されなかったことが確認された。よって、このアガロースゲル電気泳動パターンの比較により、ガゴメとガゴメ以外のサンプルとは容易に識別可能であることが示された。
【0124】
これらの結果から、実施例6の方法により抽出したDNAを鋳型としてDNA増幅を行い、これを制限酵素EcoT14IおよびPstIで消化して配列内の塩基多型を検出することにより、ガゴメとガゴメ以外の種(マコンブ、ホソメコンブ、リシリコンブ、オニコンブ、ミツイシコンブ、ナガコンブ、ガッガラコンブ、チヂミコンブ、トロロコンブコンブおよびスジメ)とを識別できることが確認された。
【0125】
<実施例9>ガゴメのPCR産物の泳動パターンの確認
実施例7に記載の方法により得たガゴメ28個体の約490bpのPCR産物を、GENECLEAN Kit(Q−BIO gene社)を用いてそれぞれ精製した後、各サンプルにつき半量を制限酵素EcoT14IおよびPstIで消化した。その後、制限酵素で消化しなかったサンプルと制限酵素で消化したサンプルとを並べて、実施例2(5)に記載の方法により、アガロースゲル電気泳動を行った。その結果を図10に示す。
【0126】
図10に示すように、28個体のすべてにおいて、制限酵素で消化しなかった場合は約490bpのバンドが検出され、制限酵素で消化した場合は95bp、186bpおよび209bpのバンドが検出された。これらの結果から、実施例6の方法により抽出したDNAを鋳型としてDNA増幅を行い、これを制限酵素EcoT14IおよびPstIで消化して配列内の塩基多型を検出する場合、多数のガゴメ個体において、安定した泳動パターンが得られることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
褐藻類の核酸を抽出する方法であって、
海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素を用いて褐藻類が有する粘性多糖類を分解する工程と、
キレート剤を用いて褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する工程と、
タンパク質分解酵素を用いて褐藻類の核酸を抽出する工程と
を有する、前記方法。
【請求項2】
海産軟体動物がアワビ属またはアメフラシ属に属する動物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
キレート剤がEDTAである、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
粘性多糖類がアルギン酸を含有する粘性多糖類である、請求項1から請求項3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
多糖類分解酵素がアルギン酸リアーゼである、請求項1から請求項4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
アルギン酸リアーゼがHdAlyおよび/またはHdAlexである、請求項1から請求項5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
タンパク質分解酵素がProteinaseKである、請求項1から請求項6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
褐藻類の種を判別する方法であって、
海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素を用いて褐藻類が含有する粘性多糖類を分解する工程と、
キレート剤を用いて褐藻類が有する粘性多糖類のゲル形成を抑制する工程と、
タンパク質分解酵素を用いて褐藻類の核酸を抽出する工程と、
褐藻類から抽出された核酸を鋳型とする核酸増幅反応を行う工程と
を有する、前記方法。
【請求項9】
海産軟体動物がアワビ属またはアメフラシ属に属する動物である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
キレート剤がEDTAである、請求項8または請求項9に記載の方法。
【請求項11】
粘性多糖類がアルギン酸を含有する粘性多糖類である、請求項8から請求項10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
多糖類分解酵素がアルギン酸リアーゼである、請求項8から請求項11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
アルギン酸リアーゼがHdAlyおよび/またはHdAlexである、請求項8から請求項12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
タンパク質分解酵素がProteinaseKである、請求項8から請求項13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
海産軟体動物から抽出される多糖類分解酵素と、キレート剤と、タンパク質分解酵素とを有してなる、褐藻類核酸抽出キット。
【請求項16】
海産軟体動物がアワビ属またはアメフラシ属に属する動物である、請求項15に記載の褐藻類核酸抽出キット。
【請求項17】
キレート剤がEDTAである、請求項15または請求項16に記載の褐藻類核酸抽出キット。
【請求項18】
多糖類分解酵素がアルギン酸リアーゼである、請求項15から請求項17のいずれかに記載の褐藻類核酸抽出キット。
【請求項19】
アルギン酸リアーゼがHdAlyおよび/またはHdAlexである、請求項15から請求項18のいずれかに記載の褐藻類核酸抽出キット。
【請求項20】
タンパク質分解酵素がProteinaseKである、請求項15から請求項19のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2011−160755(P2011−160755A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−29136(P2010−29136)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託事業「マリン・イノベーションによる地域産業網の形成」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【出願人】(000173511)公益財団法人函館地域産業振興財団 (32)
【出願人】(310010575)地方独立行政法人北海道立総合研究機構 (51)
【Fターム(参考)】