説明

親水性中空糸膜とその製造方法

【課題】物理的強度と高度な分離性能を備えるフッ化ビニリデンポリマーからなる親水性中空糸膜、並びにその好適な製造方法を提供すること。
【解決手段】フッ化ビニリデンポリマーから形成された親水性中空糸膜であり、この中空糸膜は、(1)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のC-F結合のC-H結合に対する比率が0.6〜0.9、(2)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のO元素含有量のF元素含有量に対する比率が0.15〜0.67、(3)浸透濡れ張力40mN/m以上の物性を具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性中空糸膜に係わる技術に関する。より詳しくは、親水化処理されたフッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜と該中空糸膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体中の不要物の分離(ろ過)除去、透析、液体中の溶存ガスの脱気、液体の濃縮等々を行うときに、しばしば「中空糸膜」が利用される。この中空糸膜は、内部に空洞を有するチューブ状又はストロー状のフィラメント膜であり、通常1.5mm程度以下の外径に設計され、一般的には、これを多数本束ねた膜モジュール形態として利用される。
【0003】
この中空糸膜は、分離特性(ろ過特性)、耐薬品性、物理的強度、透過性などにおいて優れた性能を備えることが要求される。このため、従来から材料面での研究開発が行われている。親水性高分子材料からなる中空糸膜(例えば、セルロース系膜)は、その親水性のために、フミン質に代表される有機物による膜汚染が生じ難いが、一方で酸やアルカリの薬品に対する耐性が乏しい。
【0004】
このため、耐薬品性に優れる疎水性高分子材料の表面に親水性官能基(例えば、水酸基、カルボキシル基など)を導入して親水化することによって、耐薬品性と膜汚染抑制による透水性能の維持を達成しようとする研究開発が進んでいる。この疎水性高分子材料の代表的なものが、ポリフッ化ビニリデン(Poly Vinylidene DiFluoride;略称PVDF、構造式-[CFCH]n-)である。
【0005】
ここで、特許文献1には、フッ化ビニリデンポリマーからなる多孔膜をアルカリ水溶液処理することによって親水化する技術が開示されている。特許文献2には、フッ化ビニリデンポリマーをアルカリ処理した後にオゾン処理することによって親水化する技術が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、フッ化ビニリデンポリマーからなる多孔膜の細孔部に水溶液溶媒を含浸させた後に、酸化剤を含む強アルカリ水溶液で処理することによって親水性のフッ化ビニリデンポリマー多孔膜を得る技術が開示されている。この特許文献3に示された実施例では、3.0重量%の過マンガン酸カリウムを含む40重量%水酸化カリウム水溶液が用いられている。この技術では、強アルカリの作用によりフッ化ビニリデンポリマー分子上に生成した二重結合を酸化剤の作用で瞬時に酸化して極性基を導入できる結果、褐色化の原因となる過剰な二重結合の発生を抑えることができるとされている。なお、特許文献4にも同様の技術が開示されている。
【0007】
さらに、特許文献5には、XPS(X線光電子分光法)測定で求められる膜表面のフッ素原子−炭素原子結合の水素原子−炭素原子結合の比率が0.5以下である、オゾン処理されたフッ化ビニリデンポリマーからなる微多孔膜が開示されており、前記XPS測定値が0.5以下のときは親水性に優れていると記載されている。
【特許文献1】特開昭58−93734号公報。
【特許文献2】特開平5−317663号公報。
【特許文献3】特開昭63−172745号公報。
【特許文献4】特開平1−75542号公報。
【特許文献5】特開平6−343843号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上掲する先行文献に開示されたフッ化ビニリデンポリマーからなる親水性中空糸膜は、程度の差はあっても、親水化過程での炭素-炭素二重結合形成に伴う変色(褐色化又は黒色化)の発生、該親水化過程での物理的強度(強度、伸度)の低下などの技術的課題を抱えている。
【0009】
そこで、本発明は、前記技術的課題を解決するとともに、高度な分離性能を備えるフッ化ビニリデンポリマーからなる親水性中空糸膜、並びにその好適な製造方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、フッ化ビニリデンポリマーの親水化処理について長年研究を行ってきた。その結果、前記親水化処理の工程や条件を鋭意工夫して、膜表面上の炭素原子が係わる所定の化学結合状態をコントロールすることで、所望の浸透濡れ張力、破断伸度、引張強度を備える新規な物性の親水性中空糸膜を提供できることを突き止めた。
【0011】
特に、フッ化ビニリデンポリマーにアルカリ処理を施すことによって炭素−炭素二重結合が形成されるとき、脱フッ化水素の過程で分子鎖切断も付随して発生することにより破断伸度や引張強度で特定され得る物理的強度(機械的物性)の低下が生じることを新規に突き止め、これに基づき、アルカリ処理過程での破断伸度、引張強度の低下を極力抑制するようにコントロールしながら酸化処理により必要かつ充分な親水化を達成することができる方法を新規に見出した。
【0012】
本発明は、まず、フッ化ビニリデンポリマーから形成され、(1)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のC-F結合のC-H結合に対する比率が0.6〜0.9、(2)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のO元素含有量のF元素含有量に対する比率が0.15〜0.67、(3)浸透濡れ張力40mN/m以上、これら(1)〜(3)のすべてを具備する親水性中空糸膜を提供し、さらには、破断伸度が40%以上、引張強度が7.5MPa以上である前記発明の親水性中空糸膜を提供する。そして、本発明では、薬品浸漬によって親水性効果が失われないようにするために、有効塩素濃度5,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム及び1重量%水酸化ナトリウムの混合水溶液に23℃で3日間浸漬した後の前記浸透濡れ張力が40mN/m以上である親水性中空糸膜を提供する。このような物性を備える親水性中空糸膜の用途は様々であるが、一例を挙げると、水処理用途として好適である。
【0013】
次に、本発明では、上記した物性の親水性中空糸膜を得ることができる好適な製造方法を提供する。具体的には、まず、フッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜に弱アルカリ処理を行い、次いで、酸化処理を行う親水性中空糸膜の製造方法を提供する。
【0014】
前記弱アルカリ処理では、フッ化ビニリデンポリマー表面を脱フッ化水素して炭素−炭素二重結合を緩やかに形成することによって、中空糸膜の破断伸度や引張強度の低下をコントロールする。酸化処理では、弱アルカリ処理によって適度に形成された前記炭素−炭素二重結合を最終的にヒドロキシル化(水酸基付加)し、膜表面を親水化する。このように、本発明では、弱アルカリ処理によって炭素−炭素二重結合形成を繊細にコントロールすることを可能としたことで、酸化処理による親水化の程度についても膜汚染の抑制の効果等を考慮しながらコントロールすることが可能となる。
【0015】
また、本製造方法では、特に、予め延伸処理が施されたフッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜に対して前記弱アルカリ処理を行うようにする。延伸処理が施されたフッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜を対象として弱アルカリ処理工程、さらにはこれに続く酸化処理を行うことによって、水処理用膜として必要な強度を実現できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る親水性中空糸膜は、浸透濡れ張力、破断伸度、引張強度において優れている。さらに、薬品浸漬によっても親水性効果が失われない。
【0017】
また、本発明に係る親水性中空糸膜の製造方法は、親水化過程での炭素-炭素二重結合形成に伴う変色(褐色化又は黒色化)の発生を防止しながら、該親水化過程での樹脂構造の分解による物理的強度の低下を防止するとともに、高度な分離性能を備えるフッ化ビニリデンポリマーからなる親水性中空糸膜を確実に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(フッ化ビニリデンポリマー)
本発明において、フッ化ビニリデンポリマーとしては、フッ化ビニリデンの単独重合体、すなわちポリフッ化ビニリデン、他の共重合可能なモノマーとの共重合体あるいはこれらの混合物が用いられる。フッ化ビニリデンポリマーと共重合可能なモノマーとしては、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化エチレン、三フッ化塩化エチレン、フッ化ビニル等の一種又は二種以上を用いることができる。フッ化ビニリデンポリマーは、構成単位としてフッ化ビニリデンを70モル%以上含有することが好ましい。なかでも機械的強度の高さからフッ化ビニリデン100モル%からなる単独重合体を用いることが好ましい。
【0019】
(フッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜)
このようなフッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜は、公知の方法によって製造されるが、製造される中空糸膜の一般的特徴としては、空孔率が55〜90%、好ましくは60〜85%、特に好ましくは65〜80%、また膜厚は、5〜800μm程度の範囲が通常であり、好ましくは50〜600μm、特に好ましくは150〜500μmである。外径は0.3〜3mm程度、特に1〜3mm程度が適当である。このようなフッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜に弱アルカリ処理及び酸化処理を行っても、前記一般的特徴に変化はない。
【0020】
(湿潤処理)
上記の方法により製造されたフッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜をアルカリ水溶液で弱アルカリ処理を行う場合、該フッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜がアルカリ水溶液に濡れ難いため、処理直前に湿潤処理を行うことが好ましい。例えば、該フッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜を濡らすことができるメタノール、エタノールなどのアルコールに浸漬し、その後、水に置換することで、中空糸膜の全表面が水で濡れた状態にすることができる。
【0021】
(弱アルカリ処理)
本発明に用いられるアルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウムなどのアルカリ土類金属水酸化物、あるいはアルカリ金属又はアルカリ土類金属アルコキシド類、トリメチルアミン、トリエチルアミンなどの有機アミン類が挙げられる。これらのアルカリが液体の場合はそのまま処理に用いることができる。固体の場合やあるいは液体の場合であっても、水やメタノール、エタノールなどのアルコールに溶解し、その溶液を処理に用いることもできる。これらのアルカリ溶液が、フッ化ビニリデンポリマーからなる中空糸膜を濡らすことができる場合には、上記湿潤処理を省略してもよい。
【0022】
弱アルカリ処理条件は、弱アルカリ処理後の中空糸膜の浸透濡れ張力が37〜40mN/mの範囲になるような条件を指す。浸透濡れ張力が37mN/m未満になるようなアルカリ処理では、炭素−炭素二重結合の生成量が不足し、その結果、酸化処理を行っても充分な親水性を付与することができない。一方、浸透濡れ張力が40mN/mを超えるようなアルカリ処理では、強度・伸度の低下が著しく、水処理用膜として適さない。
【0023】
(酸化処理)
本製造方法での酸化処理の好適例として、過マンガン酸カリウム(KMnO)、次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)、過蟻酸(HCOOOH)、濃硫酸(HSO)のいずれかから選択される一つの酸化剤を少なくとも用いる方法を提案できる。過マンガン酸カリウムでは0.1〜5重量%、次亜塩素酸ナトリウムでは有効塩素濃度1〜12%、過蟻酸では5〜40重量%、濃硫酸では20〜97重量%の範囲の水溶液でそれぞれ処理することが好ましい。
【0024】
弱アルカリ処理と酸化処理は、それぞれの処理において使用する薬剤の特性に基づき、両処理を一工程で、あるいは二工程以上に分離して行うことは適宜選択可能であるが、例えば、濃硫酸を採用した酸化処理(硫酸付加及び水和反応)場合は、弱アルカリ処理工程と分離された工程として行うようにする。
【0025】
なお、本発明の酸化処理工程は、上記方法に狭く限定されることなく、例えば、OsO(四酸化オスミウム)を使ったMilas反応により炭素−炭素二重結合に水酸基を付加(シス付加)したり、m-クロロ過安息香酸(過酸の一種)から水酸基をトランス付加したりする方法なども採用することが可能である。
【0026】
上記一連の工程を通じて得られる本発明のフッ化ビニリデンポリマーからなる親水性中空糸膜は、(1)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のC-F結合のC-H結合に対する比率が0.6〜0.9、好ましくは0.65〜0.8、(2)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のO元素含有量のF元素含有量に対する比率が0.15〜0.67、好ましくは0.2〜0.55、さらに好ましくは0.2〜0.3、(3)浸透濡れ張力40mN/m以上、好ましくは42〜60mN/mである。即ち、これら(1)〜(3)のすべてを満たすことを特徴とするものである。その結果、水処理において有機物に対する膜汚染を効果的に抑制することが可能になる。より詳しくは、河川水のろ過における透水性能の維持性を示すフラックス維持率を効果的に高めることができる。
【0027】
そして、本発明により得られる親水性中空糸膜は、破断伸度が40%以上、好ましくは45〜100%、強度が7.5MPa以上、好ましくは8〜15MPaであることを特徴とする。
【0028】
さらに、本発明により得られる親水性中空糸膜は、薬品浸漬によって親水性効果が失われないことも特徴として挙げられる。より詳しくは、この性質は、有効塩素濃度5,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム及び1重量%水酸化ナトリウムの混合水溶液に23℃で3日間浸漬した後の浸透濡れ張力が40mN/m以上であることで表される。これにより、前記薬品を用いて化学洗浄を行う水処理などの用途において、有機物に対する膜汚染抑制効果を長期的に持続させることができる。より詳しくは、前記フラックス維持率を長期間に渡って高く保持できる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を比較例と対照しながら説明する。なお、以下の実施例により、本発明の範囲が狭く解釈されることはない。以下の記載を含め、本明細書に記載の特性は、以下の方法による測定値に基づくものである。
【0030】
(フッ化ビニリデンポリマーの重量平均分子量)
「フッ化ビニリデンポリマーの重量平均分子量(Mw)」は、日本分光社製のGPC装置(GPC-900)を用いて、カラムに昭和電工社製のShodexKD-806M、プレカラムに同社製の「ShodexKD-G」、溶媒にNMPを使用し、温度40℃、流量10mL/minにて、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法により、ポリスチレン換算分子量として測定した。
【0031】
(ポリビニルアルコール系樹脂(PVA)の重量平均分子量)
「ポリビニルアルコール系樹脂(PVA)の重量平均分子量(Mw)」は、昭和電工社製のGPC装置(Shodex GPC-104)を用いて、カラムに同社製のShodexKF-606M、プレカラムに同社製の「ShodexKF-G」、溶媒にヘキサフルオロプロパノール(HFIP)を使用し、温度40℃、流量0.6mL/minにて、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法により、ポリメチルメタクリレート換算分子量として測定した。
【0032】
(XPS)
「XPS(X線光電子分光法:X-ray Photoelectron Spectroscopy)」は、軟X線を照射することで発生する元素固有の光電子ピークを検出・解析することで極表面の状態分析を非破壊で行うことができる分析測定方法である。このXPSは、本発明に係る親水性中空糸膜の膜表面上の化学構造の特定のために採用されている。測定には、Quantera SXM(Physical Electronics社製)を用いた。線源に単色化AlKα線(1486.6eV)を使用し、測定領域100μm、検出深さ約4〜5nm(光電子取出角 45度)の条件下で測定を行った。この測定方法によって得られる特定の原子間の結合エネルギー(eV)におけるピーク面積値(A)で、比較される原子間の結合エネルギー(eV)におけるピーク面積値(B)を割ることによって比率値(B/A)を得る。また、特定の元素のピーク面積(C)で、比較される元素のピーク面積(D)を割ることによって比率値(D/C)を得る。より詳しくは、本発明では、膜表面上のC-F結合(a)のC-H結合(b)に対する比率(a/b)、膜表面上のO元素含有量(c)のF元素含有量(d)に対する比率(c/d)を求め、この比率の数値範囲によって、膜表面の好適な親水化状態を特定した。
【0033】
(浸透濡れ張力)
「浸透濡れ張力」は、膜表面の親水状態を知ることができるパラメータとして採用する。本発明では、水とエタノールの比率を変えて混合し、表面張力の異なるエタノール水溶液を用意し、温度25℃、相対湿度50%の雰囲気中で、前記エタノール水溶液に、長さ5mmに裁断した中空糸膜を静かに浮かべ、該中空糸膜が1分以内に水面から下に100mm以上沈むエタノール水溶液の表面張力をその中空糸膜の浸透濡れ張力とした。なお、エタノール濃度と表面張力の関係は化学工業便覧(丸善株式会社、改訂第5版)を参照した。
【0034】
(次亜塩素酸ナトリウム及び水酸化ナトリウム混合水溶液浸漬後の浸透濡れ張力)
中空糸膜を有効塩素濃度5,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム及び1重量%水酸化ナトリウムの混合水溶液に23℃で3日間浸漬した後に、前記方法で浸透濡れ張力を測定した。
【0035】
(破断伸度及び引張強度)
「破断伸度」は、材料に引張方向の力を加えた際、破断に至った時の初期長に対する伸び率であり、「引張強度(tensile strength)」は、材料に引張方向の力を加えた際、破断に至るまでの最大引張応力であり、いずれも本発明に係る中空糸膜の物理的強度を特定するためのパラメータである。本発明では、引張試験機(東洋ボールドウイン社製「RTM-100」)を使用して、温度23℃、相対湿度50%の雰囲気中で初期試料長20mm、クロスヘッド速度40mm/分の条件で測定した値を採用している。
【0036】
(空孔率)
中空糸膜の長さ、並びに外径及び内径を測定して中空糸膜の見かけ体積V(cm)を算出し、さらに中空糸膜の重量W(g)を測定して、次の数式1により空孔率を求めた。なお、数式1中のρはポリフッ化ビニリデンの密度(1.78g/cm)である。
【0037】
【数1】

【0038】
(純水フラックス)
はじめに試料中空糸膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤させた後、図1に示す装置を用いて、試長L(ろ過が行われる長さ)が800mmになるように中空糸膜を取り付け、両端は引き出し部として圧力容器の外に取り出した。引き出し部(ろ過が行われない部分であり、圧力容器との接合部)の長さは両端それぞれ50mmとした。中空糸膜が測定終了まで供給水に充分に浸かるように耐圧容器内に純水(水温25℃)を満たした後、耐圧容器内を圧力100KPaに維持しながらろ過を行った。得られた1日あたりの透水量(m/day)を、中空糸膜の膜面積(m)(=外径×π×試長L)で除して純水フラックスを得た。単位は、m/day(m/m/day)である。
【0039】
(フラックス維持率)。
茨城県石岡市内で採取した恋瀬川河川水に凝集剤としてポリ塩化アルミニウムを濃度10ppmで添加して撹拌し、次いで6時間静置した後、その上澄み液を供給水としてろ過試験を行い、膜汚染性を評価した。供給水の濁度は1.0N.T.U、色度は5.6度であった。はじめに、試料中空糸膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤した後、図1に示した装置を用いて試長(ろ過が行われる部分の長さ)が400mmになるように中空糸膜を取り付け、両端は引き出し部として圧力容器の外に取り出した。引き出し部(ろ過が行われない部分であり、圧力容器との接合部)の長さは両端それぞれ50mmとした。中空糸膜が測定終了時まで供給水に充分に浸かるように耐圧容器内に純水(水温25℃)を満たした後、耐圧容器内を圧力50kPaに維持しながらろ
過を行った。ろ過開始後、最初の1分間に両端から流れ出たろ過水の重量を初期透水量とした。次いで、純水の代わりに供給水(水温25℃)を、中空糸膜が測定終了時まで供給水に充分に浸かるように耐圧容器内に満たした後、耐圧容器内を圧力50kPaに維持しながら、単位膜面積あたりのろ過量が0.3m/mになるまでろ過を行った。単位膜面積あたりのろ過量が0.3m/mになったとき、1分間に両端から流れ出たろ過水の重量を、0.3m/m時の透水量とした。初期透水量と0.3m/m時の透水量から、数式2によりフラックス維持率を算出した。
【0040】
【数2】

【0041】
(平均孔径)
ASTM F316-86及びASTM E1294-89に準拠して、Porous Materials,Inc.社製「パームポロメータCFP-200AEX」を用いて、ハーフドライ法により平均孔径を測定した。試液はパーフルオロポリエステル(商品名「Galwick」)を用いた。
【0042】
(最大孔径)
ASTM F316-86及びASTM E1294-89に準拠して、Porous Materials,Inc.社製「パームポロメータCFP-200AEX」を用いて、バブルポイント法により最大孔径を測定した。試液はパーフルオロポリエステル(商品名「Galwick」)を用いた。
【0043】
(実施例1)
(1)製膜。
重量平均分子量(Mw)が4.12×10の主体ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)とMwが9.36×10の結晶特性改質用ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)を、それぞれ95重量%および5重量%となる割合で、ヘンシェルミキサーを用いて混合して、Mwが4.38×10である混合物Aを得た。
【0044】
次に、脂肪族ポリエステルとしてアジピン酸系ポリエステル可塑剤(旭電化工業株式会社製「PN−150」)と、溶媒としてN−メチルピロリドン(NMP)を、72.5重量%/27.5重量%の割合で、常温にて撹拌混合して、混合物Bを得た。
【0045】
同方向回転噛み合い型二軸押出機(プラスチック工学研究所社製「BT−30」、スクリュー直径30mm、L/D=48)を使用し、シリンダ最上流部から80mmの位置に設けられた粉体供給部から混合物Aを供給し、シリンダ最上流部から480mmの位置に設けられた液体供給部から温度160℃に加熱された混合物Bを、混合物A/混合物B=35.7/64.3(重量%)の割合で供給して、バレル温度220℃で混練し、混練物を外径6mm、内径4mmの円形スリットを有するノズルから吐出量16.6g/minで中空糸状に押し出した。この際、ノズル中心部に設けた通気口から空気を流量9.5ml/minで糸の中空部に注入した。
【0046】
押し出された混合物を、溶融状態のまま40℃の温度に維持され、且つノズルから280mm離れた位置に液面を有する(すなわちエアギャップが280mmの)水中に導いて冷却・固化させて(液体中の滞留時間:約3秒)、11m/minの引取速度で引き取った後、これを周長約1mのカセに巻き取って第1中間形成体を得た。
【0047】
次に、この第1中間成形体をジクロロメタン中に振動を与えながら室温で30分間浸漬し、次いでジクロロメタンを新しいものに取り替えて再び同条件にて浸漬して、脂肪族系ポリエステルと溶媒を抽出し、次いで温度120℃のオーブン内で1時間加熱してジクロロメタンを除去すると共に熱処理を行って第2中間成形体を得た。
【0048】
次に、この第2中間成形体を第一のロール速度を12.5m/minにして、60℃の水浴中を通過させ、第二のロール速度を23.1m/minにする事で長手方向に1.85倍に延伸した。次いで温度90℃に制御した水中を通過させ、第三のロール速度を21.3m/minまで落とすことで、水中で8%緩和処理を行った。さらに空間温度140℃に制御した乾熱バス槽(2.0m長さ)を通過させ、第四のロール速度を21.4m/minまで落とすことにより乾熱バス槽中で4%緩和処理を行った。これを巻き取ってポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸膜(第3成形体)を得た。
【0049】
得られた中空糸膜は、外径が1.35mm、内径が0.85mm、膜厚が0.25mm、空孔率が71%であり、純水フラックス38m/m/day(100kPa,L=200mm)、35m/m/day(100kPa,L=800mm)、ハーフドライ法による平均孔径0.11μm、バブルポイント法による最大孔径0.19μm、引張強度11MPa、破断伸度85%、浸透濡れ張力34mN/mの物性を示した。
【0050】
(2)アルカリ処理。
得られた前記中空糸膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤処理した後、1重量%水酸化ナトリウム水溶液に70℃で1時間浸漬し、水洗乾燥した。
【0051】
(3)酸化剤処理。
得られたアルカリ処理中空糸膜をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して湿潤処理した後、97重量%硫酸に室温で10分間浸漬し、水洗後乾燥した。
【0052】
得られた中空糸膜は、外径が1.35mm、内径が0.85mm、膜厚が0.25mm、空孔率が71%であり、純水フラックス47m/m/day(100kPa,L=800mm)、ハーフドライ法による平均孔径0.13μm、バブルポイント法による最大孔径0.22μm、引張強度10.0MPa、破断伸度75%、浸透濡れ張力45mN/mの物性を示した。
【0053】
(実施例2)
実施例1のアルカリ処理を5重量%水酸化ナトリウム水溶液に70℃で30分間浸漬して行った以外は実施例1と同様の方法で中空糸膜を得た。
【0054】
(実施例3)
酸化剤処理を1重量%過マンガン酸カリウム水溶液に室温で10分間浸漬して行った以外は実施例1と同様の方法で中空糸膜を得た。
【0055】
(実施例4)
酸化剤処理を有効塩素濃度10%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に室温で8時間浸漬して行った以外は実施例1と同様の方法で中空糸膜を得た。
【0056】
(実施例5)
延伸処理および緩和処理を行わなかった以外は実施例2と同様の方法で中空糸膜を得た。
【0057】
(比較例1)
アルカリ処理および酸化剤処理を行わなかった以外は実施例1と同様の方法で中空糸膜を得た。
【0058】
(比較例2)
酸化剤処理を行わなかった以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0059】
(比較例3)
アルカリ処理を20重量%水酸化ナトリウム水溶液に80℃で3時間浸漬して行った以外は実施例1と同様にして中空糸膜を得た。
【0060】
(比較例4)
アルカリ処理を10重量%水酸化ナトリウム水溶液に25℃で10分間浸漬して行った以外は実施例1と同様の方法で中空糸膜を得た。
【0061】
(比較例5)。
アルカリ処理を10重量%水酸化ナトリウム水溶液に70℃で10分間浸漬して行った以外は実施例1と同様の方法で中空糸膜を得た。
【0062】
(比較例6)
重量平均分子量(Mw)が4.12×10の主体ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)とMwが9.36×10の結晶特性改質用ポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)およびポリビニルアルコール系樹脂(日本・酢ビポバール株式会社製、「Jポバール JMR−150L」、平均ケン化度が22モル%のPVA)(粉体、平均粒径:約1080μm)を、それぞれ95重量%、5重量%および8.6重量%となる割合で、ヘンシェルミキサーを用いて混合して、混合物Aを得た。
【0063】
脂肪族ポリエステルとしてアジピン酸系ポリエステル可塑剤(旭電化工業株式会社製「PN−150」)と、溶媒としてN−メチルピロリドン(NMP)を、82.5重量%/17.5重量%の割合で、常温にて撹拌混合して、混合物Bを得た。
【0064】
同方向回転噛み合い型二軸押出機(プラスチック工学研究所社製「BT−30」、スクリュー直径30mm、L/D=48)を使用し、シリンダ最上流部から80mmの位置に設けられた粉体供給部から混合物Aを供給し、シリンダ最上流部から480mmの位置に設けられた液体供給部から温度160℃に加熱された混合物Bを、混合物A/混合物B=35.7/64.3(重量%)の割合で供給して、バレル温度220℃で混練し、混練物を外径5mm、内径3.5mmの円形スリットを有するノズルから吐出量11.8g/minで中空糸状に押出した。この際、ノズル中心部に設けた通気口から空気を流量4.0ml/minで糸の中空部に注入した。
【0065】
押し出された混合物を、溶融状態のまま40℃の温度に維持され、且つノズルから280mm離れた位置に液面を有する(すなわちエアギャップが280mmの)水中に導いて冷却・固化させ(液体中の滞留時間:約7秒)、5m/minの引取速度で引き取った後、これを周長約1mのカセに巻き取って第1中間成形体を得た。
【0066】
次に、この第1中間成形体をジクロロメタン中に振動を与えながら室温で30分間浸漬し、次いでジクロロメタンを新しいものに取り替えて再び同条件にて浸漬して、脂肪族系ポリエステルと溶媒を抽出し、次いで温度120℃のオーブン内で1時間加熱してジクロロメタンを除去すると共に熱処理を行い第2中間成形体を得た。
【0067】
次に、この第2中間成形体を第一のロール速度を12.5m/minにして、60℃の水浴中を通過させ、第二のロール速度を22.5m/minにする事で長手方向に1.8倍に延伸した。次いで温度5℃に制御したジクロロメタン液中を通過させ、第三のロール速度を21.4m/minまで落とすことで、ジクロロメタン液中で5%緩和処理を行った。
【0068】
さらに空間温度140℃に制御した乾熱バス槽(2.0mの長さ)を通過させ、第四のロール速度を20.3m/minまで落とすことにより乾熱バス槽中で5%緩和処理を行った。これを巻き取ってポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸膜(第3成形体)を得た。
【0069】
以上の実施例1〜5、並びに比較例1〜6に関する原料組成、製膜条件、アルカリ・酸化処理条件、物性測定値を次の「表1」にまとめた。
【0070】
【表1】

【0071】
前掲した「表1」に示された結果からわかるように、弱アルカリ処理と酸化処理が施されたポリフッ化ビニリデン中空糸膜(実施例1〜5)は、浸透濡れ張力に優れ、かつ破断伸度と引張強度も充分な値を示す。
【0072】
一方、弱アルカリ処理と酸化処理のいずれも行わなかった比較例1では、浸透濡れ張力が35mN/mに留まっており、本発明の範囲外である。次に、弱アルカリ処理のみを行った比較例2では、浸透濡れ張力が38mN/mに留まっており、本発明の範囲外である。
【0073】
強アルカリ処理と濃硫酸処理を行った比較例3は、破断伸度が大きく不足してしまい、本発明の範囲外となった。
【0074】
次に、アルカリ処理を10重量%水酸化ナトリウム水溶液で、25℃で10分間浸漬の条件とした比較例4は、浸透濡れ張力が38mN/mに留まり、本発明の範囲外となった。この比較例4のように、過剰な弱アルカリ条件を採用した場合、目的とする親水性(浸透濡れ張力40mN/m以上)を達成することができないことがわかった。
【0075】
一方、アルカリ処理の温度を70℃に変更した比較例5では、強アルカリ条件になってしまい、親水性は達成できるが、伸度を達成することができなかった。また、比較例6は、部分けん化ポリビニルアルコールをブレンドしたポリフッ化ビニリデンの一例であり、このような例では、親水性は向上するものの、ポリビニルアルコールに耐薬品性がなく、薬品浸漬後、元の親水性度に戻ってしまうという問題が生じる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明に係る親水性中空糸膜は、水処理分野、例えば、液体中の不要物の分離(ろ過)除去、透析、液体中の溶存ガスの脱気、液体の濃縮、電子工業用純水の製造、医薬品製造時の水の除菌などの分野において利用できる。特に、本発明に係る親水性中空糸膜は、河川水、湖沼水、地下水などを原水とする上水製造時の膜ろ過処理技術、下水や排水などの膜ろ過処理技術などの分野に好適に利用できる。
【0077】
また、本発明に係る製造方法は、強伸度が充分であり、かつ高い分離性能を有するフッ化ビニリデンポリマーからなる親水性中空糸膜の製造技術として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】純水フラックスを測定する装置の構成を示すである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデンポリマーから形成されており、次の(1)〜(3)のすべてを具備する親水性中空糸膜。
(1)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のC-F結合のC-H結合に対する比率が0.6〜0.9。
(2)XPS(X線光電子分光法)で測定される膜表面上のO元素含有量のF元素含有量に対する比率が0.15〜0.67。
(3)浸透濡れ張力40mN/m以上。
【請求項2】
破断伸度40%以上、及び引張強度7.5MPa以上である請求項1記載の親水性中空糸膜。
【請求項3】
有効塩素濃度5,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム及び1重量%水酸化ナトリウムの混合水溶液に23℃で3日間浸漬した後の前記浸透濡れ張力が40mN/m以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の親水性中空糸膜。
【請求項4】
水処理に用いられることを特徴とする請求項1〜3に記載の親水性中空糸膜。
【請求項5】
フッ化ビニリデンポリマーから中空糸膜に弱アルカリ処理を行い、次いで、酸化処理を行う親水性中空糸膜の製造方法。
【請求項6】
前記弱アルカリ処理の前に中空糸膜が延伸処理されていることを特徴とする請求項5に記載の親水性中空糸膜の製造方法。
【請求項7】
前記酸化処理では、過マンガン酸カリウム、次亜塩素酸ナトリウム、過蟻酸、濃硫酸のいずれかから選択される一つの酸化剤を少なくとも用いることを特徴とする請求項5又は6に記載の親水性中空糸膜の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−167839(P2007−167839A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−313971(P2006−313971)
【出願日】平成18年11月21日(2006.11.21)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】