説明

親油性イオンを培地添加物として用いる、細胞の膜透過性を変化させるための細胞の電気的操作法

本発明は、細胞の膜透過性を変化させるために、培地添加物として親油性イオンを用いて、電場で細胞を処理する方法に関する。特に、本発明は、培地添加物として親油性イオンを用いる細胞の電気穿孔法および電気融合法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親油性イオンを培地添加物として用いる、細胞の膜透過性を変化させるための、電場により細胞を処理する方法に関する。特に、本発明は、親油性イオンを培地添加物として用いる、細胞の電気穿孔法(electroporation)および電気融合法(electrofusion)に関する。この親油性イオンの添加の結果として、効率、また特に再現性が大きく増大し、その他に、電気穿孔法または電気融合法における相対的に高い変動の範囲が減少する。
【背景技術】
【0002】
細胞の電気的形質移入法(electrotransfection)および電気融合法は、ゲノムおよび細胞質を操作するために、生物工学および生物医学の多くの分野において、日常的に使用されている。両方法とも、高い強度で非常に短時間の電場パルスの使用に基づき、これにより可逆的電気的膜透過(いわゆる電気穿孔)がもたらされる。ホルモン、タンパク質、RNAおよびDNAといった多くの分子を、電気穿孔法を用いて生細胞に導入することができる。誘電泳動的に(dielectrophoretically)接触した細胞の場合、接触領域における膜透過性は細胞の融合をもたらすが、これはハイブリッド細胞の作製に使用することができる(電気融合)。
【0003】
哺乳類細胞の電気穿孔法/融合法には、通常、数kV/cmの場強度および数十μs(からms)のパルス持続時間が用いられる。適用場(applied field)は膜の指数関数的変化をもたらすが、これは、誘導膜内外電圧Vによって付与される:
【化5】

【0004】
ここにおいて、aは細胞の半径、θは適用場Eの方向に対する極角であり、τは膜変化の時定数である。Vが臨界値V=1ボルトを越えたときに、膜透過が起こる。
【0005】
膜変化の時定数τは、以下の式を用いて算出される:
【化6】

【0006】
ここにおいて、C[μF/cm]は、表面特異的膜キャパシタンスであり、σおよびσは、細胞質の、および外部または融合培地の特異的伝導率[mS/cm]である。
【0007】
式1において細胞の半径として7μmという代表値を用いる場合、電極に面した膜領域(θ=0)における透過性の最小臨界場強度を算出することが可能である(パルス期間が膜の弛緩時間よりもずっと長い条件t>>τにおいて):Ekrit=V/(1.5×a)≒1kV/cm。哺乳類細胞の場合、時定数τは、0.1から1μsの範囲にある(式2:C=1μF/cm、σ≒5mS/cm、σ=0.1−10mS/cm、以下参照)。使用される10−100μsというパルス期間は、それゆえτよりもずっと長く、式1はV=1.5aEcosθに単純化される。
【0008】
電気穿孔法および電気融合法の効率は、パルス適用の際に、弱い伝導性の、低張性培地を用いることで大きく増大させることができることが先行技術において既知である[Zimmermann & Neil, 1996; Sukhorukov et al. 1998]。そのような培地は、主要な浸透圧剤として、様々な糖および糖誘導体を含む。一般に使用される一定の糖には、グルコース、ソルビトール、イノシトールまたはマンニトールといった単量体炭水化物、およびスクロースまたはトレハロースを含む二糖類が含まれる[Zimmermann & Neil, 1996]。
【0009】
浸透圧および伝導率の減少は、電気穿孔法および電気融合法において多くの目的を果たす:
1)誘導される膜電圧は細胞半径に直線的に依存するため(上記式1参照)、細胞の低浸透圧性膨潤が膜透過を促進する。
2)外部伝導率の減少は、細胞膜上の一過的電気変形力(transient electrodeformation force)FDEFのため、電気的注入(electroinjection)を大きく改善する。
【化7】

【0010】
σ=σのとき、変形力(deformation force)は無い状態となる:F=0。σ<σの条件のもとでは、伸長力(elongation force)Fが、場方向において細胞膜に作用し、この力の振幅はσの減少とともに増加する(式3)。同時に、σの減少は、電気的注入された分子の量のかなりの増加をもたらす[Sukhorukov et al., 1998]。
【0011】
3/4)電気融合法では、低伝導度の培地は必須である。変形力の場合と同様に、細胞の電気分極または誘起細胞双極子(induced cell dipole)μc(式4)およびMHzの範囲(1−10MHz)における陽性誘電泳動力(positive dielectrophoretic force)(式5)は、σが減少するにつれて増大する[Jones,1995]:
【化8】

【0012】
ここにおいて、εε=80×8.85 10−12F/mが、水性外部培地の誘電率である。∇Eという用語は、場の不均質性を反映する。σの減少はまた、双極子/双極子相互作用の増大をもたらし、このことは、融合のパートナーの相互の誘引を促進する。
【0013】
5)上述した物理的効果に加えて、低浸透圧性膨張は、細胞骨格の分解、細胞膜の平滑化(微絨毛の引っ込み)及び膜成分の移動性の増大により、電気融合を促進する。
【0014】
電気的形質移入/電気穿孔法および電気融合法の広範な使用にも関わらず、未だ現在、使用される方法には多くの未解決の問題が存在する。例えば:
(1)特に「場−耐性」細胞種の場合における、低い形質移入および融合率、
(2)電気穿孔/融合後の高い細胞死亡率、
(3)形質移入および融合率の、考慮すべき「バッチごとの」ゆらぎ、および
(4)しばしば生じる、電気的注入または融合場に関する再現性のゆらぎ。
【発明の目的】
【0015】
本発明の1つの目的は、それゆえ、効率および再現性が増大した、新規の改善された細胞の電気的操作法を提供することである。関連する更なる目的は、従来の電気的操作法、特に電気穿孔法および電気融合法を改善する手段を提供することである。
【0016】
発明者らによる詳細な実験は、驚くべき結果をもたらした。すなわち、処理培地、特に低浸透圧性処理培地に親油性イオンを添加することにより、細胞の電気的操作法(例えば、電気穿孔法および電気融合法など)の効果および再現性を大きく増大させることが可能であり、ならびに、特に電気的操作を施された細胞の収率および生存率を大きく増大させることが可能であることである。
【0017】
従って、上述した目的は、本発明に従い、請求項1に記載の細胞を電場で処理する方法(ここにおいて処理培地は親油性イオンを含む)および請求項23に記載のこれらの親油性イオンの使用を提供することにより達成される。本発明の具体的なおよび好ましい実施態様は、従属する請求項の主題である。
【発明の詳細な説明】
【0018】
本発明の出発点は、多くの細胞、特に哺乳類細胞が、特に、典型的に電気穿孔法/電気融合法の際に存在するような低浸透圧性条件の下で、複雑な体積調節を行うことができるという実験的証拠であった。
【0019】
近年の実験[Reuss et al.,2004]から、低浸透圧性糖培地において、急速な細胞の初期膨張の後、使用する糖に依存して、ゆっくりとした二次体積増加および細胞の収縮の両方が生じる可能性があることがわかった。ともに、いわゆる体積感受性チャネルを介した、細胞質基質からの電解質の急速な流出をもたらし得る。
【0020】
オリゴ糖(例えば、トレハロース、スクロースまたはラフィノース)で置換された低浸透圧性穿孔および融合培地では、調節性体積減少(regulatory volume decrease)(RVD)が、近年分析される全てのヒトおよび哺乳類細胞の場合に生じる。このことは、低浸透圧培地における短期の膨張段階(1−3分)の後に、細胞は15−20分以内に(連続する低浸透圧ストレスにも関わらず)本来の体積を取り戻すことができることを意味する。
【0021】
その他の著者による電気生理学的研究は、細胞の最初の膨張は、体積感受性塩素イオンチャネルを活性化し、このことが、細胞からの塩素イオンの流出および細胞膜の脱分極をもたらすようであることを明らかにしている。膜の脱分極は、電圧依存的KチャネルおよびK流出を活性化する。浸透圧により誘導される水の流出とともに、正味KCl流出は、正常(すなわち等張性)細胞体積の回復をもたらすと考えられる[Furst et al.,2002; Lang,1998]。
【0022】
オリゴ糖と対照的に、単量体糖誘導体(例えば、ソルビトール、イノシトールまたはグルコース)の低浸透圧性溶液ではRVDが起こらない[Reuss et al., 2004]。ある種の細胞では、細胞の二次的なゆっくりとした膨張さえ観察される。オリゴ糖と単糖との間の違いは、体積感受性チャネル(VSC)のサイズ選択性によって説明されるだろう。そのようなチャネルは、哺乳類細胞の膜に遍在する[Kirk,1997;Strange,1994]。
【0023】
しかしながら、RVDの起こらない培地(例えば、イノシトールまたはソルビトール置換培地)においてでさえ、低浸透圧ストレスは、電解質のかなりの消失および細胞質基質の伝導率の低下をもたらす(電気的回転スペクトル(electrorotation spectra)による実施例(図7A)により実証される)。
【0024】
細胞質基質からのイオン消失は、細胞質基質の伝導率σを減少させ、その結果として、穿孔および融合関連変形力(式3)、細胞の分極μc(式4)および誘電泳動力(式5)を大きく減少させる。さらに、細胞質基質からのイオン流出は、細胞の生命力の相当の消失をもたらす。
【0025】
これらの効果は、部分的にまたは完全に、電気穿孔/電気融合の低浸透圧培地の陽性効果を相殺し得る。
【0026】
しかしながら、現在までに、低浸透圧培地における細胞、特に哺乳類細胞の複雑な体積応答および関連するイオン流出について、電気穿孔および電気融合との関連性に関しては文献で議論されていなかった。
【0027】
本発明は、親油性イオン(特に陰イオン)の処理培地への添加が、この体積調節を特に抑制し、それにより電気穿孔法および電気融合法の効率を大きく増大させることができるという驚くべき実験的証拠に特に基づく。
【0028】
親油性陰イオンの細胞膜への吸収または取り込みは、おそらく、体積調節に関係するイオンチャネルの阻害をもたらす。あるいは、親油性イオンが直接または間接的に、チャネルの開放確率またはその他の輸送特性を調節する可能性がある。これらの両モデルから、低浸透圧ストレスの際の細胞質基質からのイオン消失は、親油性イオンを使用する際に大きく減少することが導き出せる。一方で、細胞体積は結果的に安定化し、他方で、イオン含有量および細胞質基質の伝導率は高いレベルに保たれる。
【0029】
作用機構に関する何れかの理論に限定されることを望まず、特定のイオンチャネルのこの阻害は、親油性イオンの膜への吸収および/または取り込みによる、膜電圧に応じた細胞の膜キャパシタンスにおける変化(特に増大)の結果であると、現在のところ考えられる。
【0030】
本発明者らによる広範な実験により、膜電圧に応じた親油性イオンにより誘導される膜キャパシタンスにおける変化は、通常、特定の関係に従い、および、好ましくは、電圧Vmax(その電圧において、キャパシタンスC(Vmax)における増大が最大である)を有した対称的なまたは非対照的な釣鐘状曲線の挙動を有していることがわかった。
【0031】
釣鐘状曲線のパラメーターは、親油性イオンの化学的性質に依存し、および膜(または細胞の種類)の性質に依存する。親油性イオンの釣鐘状曲線の電圧依存性に基づいて、膜の親油性イオンの分布について結論が出せる。
【0032】
キャパシタンスの最大の増加が確認される膜電圧において、膜の両面上における親油性イオンの均一な分布が現れるであろう。対照的に、親油性イオンで最も極度な不均一な分布(完全に、膜のサイトゾル側または細胞外側の両方における)は、親油性イオンによるキャパシタンスの増加を測定できない場合に現れる。親油性イオンの不均一な分布は、膜の一方の面における表面電位の有意な減少(ΔV〜−400mVまで)につながらなければならない。これは、通常、膜全体の電位を通した急激な変化をもたらす。この「膜非対称」効果は、さまざまな方法で処理された細胞の電気的操作を容易にすることができる:
1)表面電位の急激な減少は、膜全体の急勾配の電位曲線をもたらし、あまりに急勾配であるために、局所浸透が生じ、または、局所浸透が重ね合わさった外部場(superposed external fields)によって促進される(電気穿孔法、電気融合法)。
2)電位の変化した曲線は、膜における電圧依存的輸送系への影響をもたらす(電圧調節)。
3)「膜非対称」の他に、全体として、細胞の「半球非対称(hemisphere asymmetry)」が生じるだろう。これは、2つのやり方で電気的浸透を促進する。細胞の一方の側面では、浸透のための電位にほとんど既に達しており、外的に適用される浸透電圧は、標準より低く選ぶことができる。細胞のもう一方の側面では、適用される電位勾配は、外的に適用される浸透電圧にとって「好ましくない」。細胞のこの側面は、従って、親油性イオンによって「保護されている」。あるいは、これは、外的な場の振幅の状況または適用場のパルスの長さ/短さに使用することが可能である。両半球は、異なる荷電時間を有するだろう。このことは、この「非対称の」浸透が、細胞において、標準的な浸透よりも非常に穏やかなことを意味する。
【0033】
この知見は、あらかじめ決定した条件の下で膜キャパシタンスの変化に対するそれらの効果を決定することによって、特に適した親油性イオンを選択することを可能にする。
【0034】
そのような選択のプロセスは、一般的に以下の工程を含む:
−所定の膜電圧に応じて生物学的細胞の電気的膜キャパシタンスを測定すること、ここにおいて、親油性イオンによって誘導される膜キャパシタンスの電圧依存性は、処理培地中の多くの異なる親油性イオンで測定される、および
−親油性イオンによって誘導される細胞の膜キャパシタンスが、予め決定した選択基準を満たす親油性イオンを同定および選択すること。この選択基準は、例えば、特定の膜電圧における釣鐘状曲線の形状または位置であってよい。
【0035】
望ましい結果および用途に依存して、膜キャパシタンスが細胞の本来の膜電圧において最小となる(すなわち、釣鐘状曲線の低分極状態(hypopolarized)のまたは高分極(hyperpolarized)された側面(flank)に位置する)ようなこれらの親油性イオン、または膜キャパシタンスが細胞の本来の膜電圧で最大となるこれらの親油性イオンを選択することが可能である。
【0036】
本発明の1つの実施態様において、これらの親油性イオンは、膜キャパシタンスが、細胞の本来の膜電圧において、わずかに増加するまたは増加しない値を有するように選択され、すなわち、本来の膜電圧において漸減する側面(flank)を有する特徴的な釣鐘状曲線を有する親油性イオンが選択される。この場合、親油性イオンは、おそらく、本来の膜電圧において不均一に膜を通して分布すると考えられ、上記のような有益な非対称効果を生じると考えられる。このことは、例えば、非常に弱い伝導性の融合培地にさらされる過分極された細胞に関する。
【0037】
膜キャパシタンスが細胞の本来の膜電圧において最大となる親油性イオンは、高い膜キャパシタンスまたは親油性イオンの均一な分布が有益となる用途に使用することができる。この例の1つとして、不均質な膜構造を有する細胞であって、このようにしてより均一な膜電荷が付与される細胞が含まれ、例えば、負に荷電するホスファチジルセリンが主に原形質膜のサイトゾル側に位置する大部分の哺乳動物細胞が含まれる。
【0038】
本来の膜電圧(すなわち適用場なしの状態)は、外部の浸漬培地(処理培地)と細胞の内部との間の浸透性イオンのイオン勾配に依存するので、処理培地に塩類を添加することによってこれを調整することができる。適切な可溶性塩類は、例えば、ナトリウム、カリウムまたはバリウムイオンを含んでよいが、これらに限定されない。
【0039】
膜キャパシタンスの変化は、一方で親油性イオンの選択におよび他方で本来の膜電圧の変化に影響を受け得るため、このことは、非変化膜電圧にてこの電圧で釣鐘状曲線の望ましい形状(例えば側面(flank)または最大値)を有する親油性イオンを選択すること、または、所定のイオンのために釣鐘状曲線の適当な区画に相当する電圧へと本来の膜電圧を最適に変えることのどちらによっても、親油性イオンの望ましい分布が得られることを意味する。
【0040】
(例えば、細胞周期同期化細胞を用いることにより、適切な塩条件によって膜電位を調整することにより)細胞を特異的な膜電位に調整することの別の長所は、結果のより良い再現性にある。
【0041】
すでに言及したように、親油性イオンにより誘導される膜キャパシタンスの変化は、低浸透圧培地における細胞の体積調節を完全にまたは部分的にスイッチオフするために使用することができる。上述のように、このことは、電解質の損失のかなりの減少をもたらし、それによって電気穿孔法または電気融合法といった電気的操作法のための枠組みとなる条件を改善する。サイトゾルからのイオンの喪失は、サイトゾルの伝導率σを減少させ、その結果、穿孔および融合に関連する変形力(式3)、細胞極性μc(式4)ならびに誘電泳動力(式5)が大きく減少する。さらに、サイトゾルからのイオン流出は、細胞の活力のかなりの減少につながる。
【0042】
これらのネガティブな効果を除去することにより、電気的操作法の効率および再現性を大きく増大させることが可能である。
【0043】
上記の知見から明らかなように、親油性イオンの存在またはそれによって誘導される膜キャパシタンスの変化は、それでも、非低浸透圧性条件(例えば等張性条件)の下でさえ、電気的操作法にて要求されるまたは必要な膜浸透を大きく促進する膜の変化をもたらし得る。従って、本発明による親油性イオンの使用はまた、非低浸透圧性培地における、電気穿孔法または電気融合法といった電気的操作法のより簡単でより効率的な実施を可能とする。細胞に対する低浸透圧性ストレスの回避には、大きな利点があり、いずれにせよ、操作した細胞の生存率に有利な影響を及ぼす。
【0044】
本発明による方法の適用または本発明による親油性イオンの使用に適した細胞は、原則として、天然または合成起源の全ての細胞である。合成細胞とは、例えば合成膜被覆小胞(synthetic membrane−covered vesicles)、リポソームまたはミセルであってよい。天然の細胞は、原核細胞、例えば細菌もしくは酵母、または真核細胞、例えば動物または植物細胞を含む。好ましい動物細胞は、哺乳動物細胞、特にヒト細胞である。好ましい実施態様の1つにおいて、細胞は生細胞である。
【0045】
本発明によって使用される親油性イオンは、陽イオン、陰イオンまたは陽イオンと陰イオンとの混合物である。
【0046】
陽イオンは、特に植物細胞の場合の使用に好ましく、一方で陰イオンは、特に動物細胞、特に哺乳類細胞の場合に好ましい。
【0047】
本発明によって用いられる陽イオンは、1種から成ってよく、または多くの異なる陽イオンを含んでもよい。一般的に、使用される親油性陽イオンは、親油性の金属複合体、親油性の有機金属化合物および親油性の有機化合物(少なくとも1つの正に荷電する官能基を含む)の陽イオンを含む陽イオンの群に由来する少なくとも1つの物質を含むだろう。特定の例は、レニウムヘキサカルボニル(Re(CO)、テトラフェニルホスホニウム化合物またはテトラフェニルアルセニウム(arsenium)化合物である。更に適した化合物は、日常的な実験によって当業者が困難なく決定することができる。
【0048】
本発明によって使用される陰イオンは、1種から成ってもよく、また多くの異なる陰イオンを含んでもよい。一般的に、使用される親油性陰イオンは、親油性の金属複合体、親油性の有機金属化合物および親油性の有機化合物(少なくとも1つの脱プロトン化できる官能基を含む)の陰イオンを含む陰イオンの群に由来する少なくとも1つの物質を含むだろう。
【0049】
本発明によって使用することができる陰イオン(特に親油性の金属複合体)の特定の非限定的な例は、以下の式のものを含む。
【化9】

【化10】

【化11】

【化12】

【0050】
好ましくは、親油性陰イオンは、親油性のタングステン複合体(LTCs)、特に親油性のタングステンカルボニル複合体、ジピクリルアミン(DPA)およびその誘導体の陰イオン、少なくとも1つのカルボン酸塩、スルホン酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩もしくはチオシアン酸塩基、特にアラキドン酸を含む親油性の有機化合物の陰イオン、置換型または非置換型テトラフェニルホウ酸塩またはフェニルジカルバウンデカンデカボラン(phenyldicarbaundecanedecaborane)(PCB)の陰イオンまたはテトラシアノホウ酸塩もしくはテトラトリフルオロメチルホウ酸塩の陰イオンを含む陰イオンの群から選択される少なくとも1つの物質を含む。
【0051】
特に好ましくは、親油性陰イオンは、以下の式の陰イオンからなる群から選択される:
【化13】

【0052】
ここにおいて、(1)は、[C1212,2,2’,4,4’,6,6’−ヘキサニトロジフェニルアミド(ジピクリルアミン=DPA);(2)は、EtN[W(CO)(SCNOC)],テトラエチルアンモニウムベンゾキサゾリジン−2−チオ−1−イル−ペンタカルボニルタングステンの陰イオン(MW604)(WOと省略);(3)は、EtN[W(CO)10(μ−SCH)],テトラエチルアンモニウムデカカルボニル−μ−ジチオホルメート(dithioformiato)−ジタングステンの陰イオン(MW725)(以降、LTC(「親油性タングステン複合体」)またはWWと省略);(4)は、Na[B(C],テトラフェニルホウ酸ナトリウムの陰イオン(MW342)である。
【0053】
同じまたは異なる濃度で、同時にまたは一時的連続的(in temporal succession)に、多くの異なる性質の親油性イオンを用いることにより、親油性イオンの個々の特性の「重なり(overlapping)」を達成することができる。このことは様々な目的に有利である可能性があり、例えば、干渉により影響を受けにくい、より強力な、すなわち再現性がある方法手順を確実にするために有利である可能性がある。
【0054】
本発明に用いることができる親油性イオンは、当該分野において周知であり、および商業的に得ることができまたは既知の日常的方法によって作製することができる化合物である。
【0055】
原則として、適切なイオンには、キャパシタンスの増加が、膜を介した電圧(trans−membrane voltage)に応じて対称または非対称の釣鐘状曲線を持つように、膜キャパシタンスを増加させ得る全てのイオンが含まれる。このことは、幾つかのイオン(タングステン化合物、DPA、その他)のための例として示される。
【0056】
本発明の主要な使用の1つは生細胞の電気的操作法であるため、親油性イオンは、この場合、生細胞に生理的適合でなければならない。一部の適用のために、使用する親油性イオンがUV光によって分解可能であり、生細胞に生理的適合である分解生成物を作り出すことが特に好ましい。両方の条件は、例えば上記式3の親油性陰イオンタングステン複合体の場合に理想的に満たされる。同様の有効性、適合性および同様の分解挙動を有する同様の化合物を、困難なく製造できることは、当業者にとって明白である。
【0057】
本発明によると、親油性イオンは、一般的に、細胞の膜透過性を変えるために電場で細胞を処理する方法において用いられ、当該方法は少なくとも以下の工程を含み:
−処理培地(2)中において少なくとも1つの細胞(1)を提供すること、および
−細胞(1)を少なくとも1つの電気的な電圧パルスにさらすこと、
以下の工程によって特徴付けられる:
−処理培地(2)に親油性イオンを添加すること。
【0058】
そのような方法は、一般に、細胞の膜透過性を変化させる様々な既知のまたは考えられる電気処理法(この方法において、細胞は電気的電圧パルスにさらされる)、および特に電気的形質移入法/電気穿孔法または電気融合法を含む。
【0059】
親油性イオンは、一般に、1nMから100μM、好ましくは0.1μMから60μM、特に好ましくは1μMから50μMの範囲の濃度で処理培地(2)に添加される。
【0060】
本発明による方法の特定の実施態様の1つにおいて、浸透圧的に活性な物質もまた、少なくとも1つの生物学的細胞(1)に対する低浸透圧ストレスを発生させるために処理培地(2)に添加される。そのような物質は、この目的のために知られる全ての物質を含み、好ましくは単糖および/または二糖、例えばスクロース、トレハロース、グルコース、マンニトール、イノシトール、ソルビトール等を含む。
【0061】
好ましくは、生物学的細胞(1)を電気的電圧パルスへさらす工程は、浸透圧的に活性な物質の添加の後の遅延時間の後行われ、当該遅延時間は、好ましくは、15秒から10分の範囲で選択される。
【0062】
本発明者らによる実験は、電気的形質移入/穿孔法および電気融合方法の場合、場パルスの適用前の低浸透圧ストレスの期間は、これらの方法の効率に大きく影響を及ぼすことを明らかにした。
【0063】
生物物理学的実験および容積測定実験に基づいて、電気的操作法プロトコールにおける低浸透圧処理の持続時間をかなり最適化することが可能となった。これらの実験において、表1および2に示される組成を有する低浸透圧性穿孔および融合培地を用いた。適した等張性培地もまた、細胞を洗浄するために使用した。
【0064】
a) 電気融合法:
生ハイブリッド細胞の非常に高い収率は、パルス適用のタイミングを最適化することによって達成することができた。ハイブリッドの収率は、パルス適用前の低浸透圧ストレスの持続時間に強く依存していた。2分(急速に膨潤する相の終わりに相当する)という短い低浸透圧処理は、最も良い結果を与えた。より長いインキュベーション時間(例えば、20または40分)は、融合収率を低下させた(データは示していない)。
【0065】
b) GFPプラスミドの電気的形質移入:
電気融合法の場合と同様に、短い低浸透圧処理(すなわち、パルス応用前の2分)は、一般に、10分というより長いインキュベーションの場合よりも、GFPが形質移入された細胞の非常に高い収率を与えた(表4)。一般に、インキュベーション時間依存的な形質移入収率(TYs)は、異なる細胞種に対する細胞サイズ(式1参照)における一時的な変化に非常によく相関した。
【0066】
より長いインキュベーションは、常に、細胞増殖(PF、例えばInositol150におけるHEK細胞の場合47から33%まで)の減少をもたらし、このことは、(電解質の減少による)細胞の生存率の低下を表す。
【0067】
電気穿孔法/形質移入または電気融合法の効率の低浸透圧ストレスの持続時間に対するこの強い依存性は、低浸透圧ストレスのための時間スパンを最適化することによって、親油性イオンを用いる上記の電気的操作法を更に改善するために使用することができる。すでに、親油性のイオンを用いない場合でさえ、ときとしてこの時間最適化によって非常に高い効率が達成されており、これらの効率は、親油性イオンにより更にわずかに増加できただけであったことに留意すべきである。しかしながら、いずれにせよ親油性イオンの使用は、より強力なプロトコール(即ち、高い効率を達成するための最適時間値の正確な設定に基づかないプロトコール)という付加的な利点をもたらす。これは、これらの方法の産業応用における非常に実用的な利点である。
【0068】
好ましくは、処理培地(2)への親油性イオンの添加は、これらの親油性イオンで処理しようとする細胞の膜のドーピングを行う電圧パルスの前に、十分な濃度でおよび十分な時間で行われる。この文脈における「ドーピング」という用語は、膜上でのイオンの吸着および/または膜におけるイオンの取り込みを意味する。適切な濃度および持続時間(通常、分の振幅のオーダー)は、本願に開示される知見に基づいて、日常的な実験で当業者によって困難なく決定され得る。
【実施例】
【0069】
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【0070】
以下の例は、本発明による特定の実施態様を説明するものであるが、これらに本発明が限定されることを意味するものではない。
【0071】
[例1]親油性陰イオンをドーピングした細胞膜を有する細胞の電気穿孔法/形質移入法
電気的形質移入のために、Jurkat−T−リンパ球、HEK293細胞およびマウス線維芽細胞L929細胞を、10%(vol/vol)のウシ胎児血清を添加した、RMPI完全増殖培地(以下「完全増殖培地」をCGMと省略)にて、5%CO下37℃で培養した。電気的形質移入の前に、EDTAのパルス培地への混入を回避するため、接着細胞(すなわちHEK293細胞およびL929細胞)を、EDTAを含まない0.5mg/mlトリプシンで脱離させた。酵素は、CGMによる洗浄で除去した。
【0072】
電気的形質移入法/穿孔法のプロトコールは、以下の工程を含むものとした:
1.細胞を等張性洗浄溶液(IWS−P、表1参照)で洗浄する工程;
2.緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードするpEGFP−C1(Clontech、ドイツ、ハイデルベルグ)を10μg/mlで含む低張性パルス溶液(HPS,表1参照)に細胞を懸濁する(10細胞/ml)工程;
3.HPS中で2から10分間細胞をインキュベートする工程;
4.Multiporator(Eppendorf、ドイツ、ハンブルグ)および4mmの間隔で平らなアルミニウム電極を設けたキュベットを用いて、室温(RT、約22−24℃)にて、細胞サンプル(〜800μl)に単一の指数関数的に減少するパルスを適用する工程;
5.続いて、RTで10分間、パルス培地中で細胞をインキュベートする工程;
6.予め加温した5mlのCGMに細胞を穏やかに移し、最大のGFP発現を達成するために2日間培養する工程;
7.フローサイトメトリーおよび電気的細胞計数器を用いて分析する工程。
【0073】
L929細胞は、100mOsmのパルス培地(HPS、表1)中にて、3kV/cmの場強度および100μsの持続時間のパルスによって、電気的形質移入した。Jurkat細胞は、100mOsmのHPS中で、1.2kV/cmおよび40μsで形質移入した。HEK細胞は、150mOsmのHPSパルス培地中で、1.5kV/cmおよび70μsで処理した。
【0074】
望ましくない電解質の損失を防止または最小化し細胞体積を安定化させることに関する親油性陰イオンの効果を分析するため、上記式3の親油性タングステン複合体(Lipophilic Tungsten Complex)(LTCと省略)を10μMで異なる穿孔培地に混合した。
【0075】
表4は、異なる培地組成および低浸透圧ショックの時間条件によって得られた結果を示す。
【0076】
LTCの添加は、形質移入効率のかなりの増大をもたらし、特に低張培地でのインキュベーション時間が長い場合ほどそうであった。
【0077】
形質移入の収率の改善はまた、マーカーとしてのプロピジウムヨウ化物(図8)の電気的注入による付加的な実験にて確認することができた。この場合、パルス培地は、25μg/mlのヨウ化プロピジウム(PI)(通常膜透過性でなく、核酸に結合した後強い蛍光を示す陽イオン性色素)を含む。PIは2つの役目を果たし、第1に、生細胞と死細胞との区別(短期活力試験(short vitality test))を可能にする色素としての役目、および、第2に、一過的に電気的に誘導される膜透過性の指標としての役目である。細胞のPI染色は、フローサイトメトリーによって、パルス適用の後10−15分以内に分析した。
【0078】
[例2]細胞の電気融合法
電気融合法のために、ヒトBリンパ球を、健常な提供者の末梢血から単離し、2.4μg/mlのフィトヘマグルチニン(PHA−L)で既知の通りに活性化した。活性化された細胞は、5%に濃縮されたCOを含む空気中にて、37℃で培養した。細胞密度が〜5x10細胞/mlを上回ったとき、細胞を1x10細胞/mlの密度に希釈した。活性化Bリンパ球を、標準条件で培養したヒト/マウスヘテロミエローマ細胞株H73C11(以降、H7細胞と呼ぶ)と融合させた。
【0079】
電気融合法のため、Bリンパ球およびH7細胞をCGMにおいて1:1の比率で混合し、200xgで10分間遠心分離してペレットにし、75または100mOsmの重量モル浸透圧濃度の、低浸透圧性で、糖を添加した融合溶液(HFS)に再懸濁した。その後、細胞をHFSで二回洗浄した(続いて、200xgで10分間再度遠心分離し再懸濁した)。HFS中の細胞懸濁液200μlを、2本のプラチナ導線が200μm間隔に巻付けられたパースペックスチューブから成るらせん状チャンバーにピペットで入れた。最終的な細胞密度は、3x10細胞/mlであった。この標準的プロトコールによると、細胞を、第1の融合パルスの適用前に、洗浄工程の間、少なくとも20分間低浸透圧ストレスにさらした。改善されたプロトコールにおいて、低浸透圧ストレスの持続時間は、等張性洗浄溶液(IWS−F表2参照)を用いることにより、有意に減少した。
【0080】
エッペンドルフMultiporatorを、電気融合法のために用いた。細胞は、最初に、45VPP振幅および2MHzの頻度の交代性場(alternating field)によって、誘電泳動的に引き合わせた。高周波場をその後停止し、30V振幅および15μs持続時間の3つの方形波DCパルスによって融合を開始した。その後、5VPP振幅の2MHzの場を、引き続く融合工程の間、適した位置に細胞を保つために再び適用した。らせん状チャンバーを、次に、何れの干渉もせず、RTで10分間維持した。チャンバーを、その後、1mlの等張性CGMで洗浄し、細胞を、24穴のプレートの4つのウェル(それぞれ等張性CGMが1ml満たされている)に移した。24時間後に、ハイブリドーマ細胞のみが増殖する選択性HAT培地をウェルに添加した。ハイブリドーマコロニーを、電気融合の1−3週後に計数した。
【0081】
親油性陰イオン(例えばWW)の存在は、特に低浸透圧ストレスの持続時間がより長い場合に、電気融合の効率および再現性を大きく増大させた。特に、生き残るハイブリッド細胞の高い収率は、再現性よく得られた。
【0082】
[例3]膜電圧に応じて、卵母細胞の場合における親油性陰イオンによって誘導される膜キャパシタンス曲線の決定
測定は、ND96溶液中で、二電極電圧固定技術(two−electrode voltage clamp technique)を用いて、アフリカツメガエルの卵母細胞において行った。親油性陰イオンの存在下および非存在下において、膜キャパシタンスCm(U)を算出するため、電圧ランププロトコールを、ソフトウェアClampex9.2(登録商標)でプログラムした。このため、まず、電位は定義された値に設定し、次に、電圧ランプ(dU/dt)は、定義された電圧まで上げた。(測定は、また、電圧固定なしで本来の膜電圧においても行った)。
【0083】
ND96溶液は、96mM NaCl、2mM KCl、1.8mM CaCl、1mM MgCl、5mM Hepesを含み、NaOHでpHを7.4に調整した。ND96+2.8mM BaClのために、1.8mM CaClおよび1mM MgClを、2.8mM BaClで置き換えた。
【0084】
測定のために、IV−VI段階のコラゲナーゼ処理した卵母細胞を使用した。
【0085】
3つの異なる親油性陰イオン(化合物1から3)を用いた測定の結果を図4に示した。
【0086】
1から3のイオンのためのキャパシタンスの増大の電圧依存性(「釣鐘状曲線」)の決定から、DPAおよびWOが、ほとんど同一の釣鐘状曲線を有することがわかる。対照的に、WW(LTC)は、−130mVに最大値をもつ大きく移動した釣鐘状曲線となった(対照的に、DPAおよびWOでは、それぞれ−70mVおよび−80mVである)。
【0087】
従って、WOおよびDPAの場合における標準的な細胞電位では、親油性イオンの分布は、均一な分布に近い(V=−30−−70mV)と表されると想定される。対照的に、正常な細胞条件下でのLTC(WW)は、サイトゾル側では非均一に蓄積すると考えられる。
【参考文献】
【0088】
Furst, J., Gschwentner, M., Ritter, M., Botta, G., Jakab, M., Mayer, M., Garavaglia, L., Bazzini, C., Rodighiero, S., Meyer, G., Eichmuller, S., Woll, E., Paulmichl, M. 2002. Molecular and functional aspects of anionic channels activated during regulatory volume decrease in mammalian cells. Pflugers Arch. −Eur. J. Physiol. 444:1−25
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Zimmermann, U., Neil, G.A. 1996. Electromanipulation of Cells, CRC, Boca Raton, FL
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】図1は、本発明による方法の模式図を示す。
【図2】図2は、本発明による方法を実施するための実験装置の模式図を示す。
【図3】図3は、適切な親油性イオンを選択する方法の模式図を示す。
【図4A】図4は、3つの異なる親油性陰イオンについての、膜に適用される電圧に応じた、卵母細胞の細胞膜のキャパシタンスにおける変化を示す「釣鐘状曲線」を示す。A:DPA(化合物1);下部の2曲線は、測定系列の開始(四角)および終了(下向き三角形)における、親油性イオンDPAがない場合の対照測定の結果を示す。上部の曲線(むくの円)は、細胞外の50μM DPAの存在下における結果を示し、この下に位置する曲線(上向き三角形)は、細胞外の50μM DPAおよび2.8mM BaClの存在下における結果を示す。
【図4B】図4は、3つの異なる親油性陰イオンについての、膜に適用される電圧に応じた、卵母細胞の細胞膜のキャパシタンスにおける変化を示す「釣鐘状曲線」を示す。B:WO(化合物2);下部の2曲線は、測定系列の開始(四角)および終了(下向き三角形)における、親油性イオンWOがない場合の対照測定の結果を示す。上部の曲線(上向き三角形)は、細胞外の10μM WOおよび2.8mM BaClの存在下における結果を示し、この下に位置する曲線(むくの円)は、細胞外の10μM WOの存在下における結果を示す。
【図4C】図4は、3つの異なる親油性陰イオンについての、膜に適用される電圧に応じた、卵母細胞の細胞膜のキャパシタンスにおける変化を示す「釣鐘状曲線」を示す。C:WW(化合物3;LTC);下部の2曲線は、測定系列の開始(四角)および終了(下向き三角形)における、親油性イオンWWがない場合の対照測定の結果を示す。上部の曲線(むくの円)は、細胞外の10μM WWの存在下における結果を示し、この下に位置する曲線(上向き三角形)は、細胞外の10μM WWおよび2.8mM BaClの存在下における結果を示す。
【図5】図5は、主な浸透圧薬剤としてソルビトールまたはトレハロースの何れかを含む強力に低浸透圧性の融合培地(75および100mOsm)における、活性化B−リンパ球(A)およびJurkat細胞(BおよびC)の相対的体積の時間曲線を示す。低浸透圧性トレハロース培地(むくの円)において、両細胞種とも、最初の急速な膨潤後にRVDを示した。対照的に、低浸透圧性ソルビトールは、Jurkat細胞においてRVDを無くし(データは示していない)または二次的膨潤を誘導しさえした(A、中空の円)。タングステン複合体LTCは、B−リンパ球において部分的に、またはJurkat細胞において完全にRVDを阻害した(AおよびBにおける四角)。アラキドン酸は、Jurkat細胞においてRVDを無くした(C、四角)。
【図6】図6は、異なる、構造的に関連のない親油性イオン(化合物(1)(DPA)、(2)(WO)および(4)(TPR))(A−C)によって、哺乳類細胞において完全にまたは部分的にRVDが阻害されることを示す図である。これとは対照的に、親油性陽イオンであるテトラフェニルホスホニウム(TPP、10−50μM)は、RVDに影響を与えない(C、四角)。
【図7】図7は、H7およびJurkat細胞の典型的な回転スペクトルを示す図である(AおよびB)。A:H7細胞を、120μS/cmという同一の伝導率で、等張性または低張性ソルビトール培地(むくおよび中空の円)にて15−20分インキュベートした。等張性条件と比較して、低浸透圧ストレスは、サイトゾルのピークfc2のより低い頻度への大きな移動をもたらし、このことは、サイトゾルの伝導率σの有意な減少を意味する。B:未処理のコントロール(中空の円)と比較して、10μM LTCは、付加的な抗場ピーク(anti field peak)(fLTC)を引き起こし、また、fc2をより高い頻度へと移動させた。後者の効果は、サイトゾルからの電解質の消失の減少に起因し得る。
【図8】図8は、ヨウ化プロピジウムの電気的注入におけるLTCの効果を示す図である。電気的に誘導されるPI取り込みの、40μsのパルス持続時間での適用される場強度Eへの依存性が示される。データポイントは、3回の独立したフローサイトメトリー定量によって決定した平均PI取り込み値である。試験した場強度の範囲内において、10μM LTCで処理した細胞のPI取り込み(むくの円)が、コントロール(中空の円)のものよりも大きな値を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の膜透過性を変えるために電場で細胞を処理する方法であって、以下の工程を含み:
−処理培地(2)中において少なくとも1つの細胞(1)を提供すること、および
−前記細胞(1)を少なくとも1つの電気的な電圧パルスにさらすこと、
以下の工程によって特徴付けられる方法:
−前記処理培地(2)に親油性イオンを添加すること。
【請求項2】
前記細胞の電気的処理法、特に電気穿孔法もしくは電気融合法である、またはこれらの方法を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞が原核細胞または真核細胞である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記細胞が生細胞である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞が、天然であり、または合成膜被覆小胞、リポソームもしくはミセルである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
前記親油性イオンが、前記処理培地(2)に1nMから100μMの範囲の濃度で添加される、請求項1から5の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記処理培地(2)への前記親油性イオンの添加が、これらの親油性イオンで処理しようとする前記細胞の膜のドーピングをもたらす、請求項1から6の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記親油性イオンが、陽イオン、陰イオンまたは陽イオンおよび陰イオンの混合物である、請求項1から7の何れか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記親油性イオンが陰イオンである、請求項1から8の何れか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記親油性陰イオンが、少なくとも1つの脱プロトン化できる官能基を含む、親油性の金属複合体、親油性の有機金属化合物および親油性の有機化合物の陰イオンを含む陰イオンの群から選択される少なくとも1つの物質を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記親油性陰イオンが、親油性のタングステン複合体(LTCs)、特に親油性のタングステンカルボニル複合体、ジピクリルアミン(DPA)およびその誘導体の陰イオン、少なくとも1つのカルボン酸塩、スルホン酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩もしくはチオシアン酸塩基、特にアラキドン酸を含む親油性の有機化合物の陰イオン、置換型または非置換型テトラフェニルホウ酸塩またはフェニルジカルバウンデカンデカボラン(PCB)の陰イオンまたはテトラシアノホウ酸塩[B(CN)]もしくはテトラトリフルオロメチルホウ酸塩[B(CF]の陰イオンを含む陰イオンの群から選択される少なくとも1つの物質を含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記親油性陰イオンが、以下の陰イオンを含む群から選択される、請求項11に記載の方法。
【化1】

【請求項13】
前記親油性陰イオンが、生細胞に生理的適合である、請求項1から12の何れか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記親油性イオンが、UV光によって分解され、生細胞に生理的適合である分解生成物を作り出す、請求項1から13の何れか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記親油性イオンが、前記細胞の膜電圧に応じて、前記細胞の膜キャパシタンスCを増大させる、請求項1から14の何れか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記膜電圧の依存性が、キャパシタンスC(Vmax)の増大が最大となる電圧Vmaxを有する対称性のまたは非対称性の釣鐘状曲線の挙動を有する、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
以下の工程を含み、前記親油性イオンが予備的な実験の間に選択される、請求項1から16の何れか1項に記載の方法:
−適用される膜電圧に応じて生物学的細胞の電気的膜キャパシタンスを測定する工程であって、ここにおいて、親油性イオンによって誘導される前記膜キャパシタンスの電圧依存性は、前記処理培地(2)中の多くの異なる親油性イオンで測定される工程、および
−親油性イオンによって誘導される前記細胞(1)の前記膜キャパシタンスが予め決定した選択基準を満たす、前記親油性イオンを同定および選択する工程。
【請求項18】
前記膜キャパシタンスが、前記細胞(1)の本来の膜電圧において最小となるように、または請求項16に定義される前記釣鐘状曲線の下降側面の1つに位置するように、これらの親油性イオンが選択される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記膜キャパシタンスが前記細胞(1)の本来の膜電圧において最大となるように、これらの親油性イオンが選択される、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
以下の工程を含む、請求項17から19の何れか1項に記載される方法:
−前記細胞(1)の本来の膜電圧を調整するために、前記処理培地(2)に塩を添加する工程。
【請求項21】
以下の工程を含む、請求項1から20の何れか1項に記載の方法:
−少なくとも1つの生物学的細胞(1)に対する浸透圧ストレスを生じさせるために、前記処理培地(2)に浸透圧的に活性な物質を添加する工程。
【請求項22】
前記生物学的細胞(1)を前記電気的電圧パルスにさらす工程が、前記浸透圧的に活性な物質を添加した後の遅延時間の後に行われ、前記遅延時間が15秒から10分の範囲で選択される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
処理培地(2)に添加するための親油性イオンの使用であって、当該培地において、細胞が、電気的電圧パルスを含む電場での処理にさらされる使用。
【請求項24】
前記細胞が原核細胞または真核細胞である、請求項23に記載の使用。
【請求項25】
前記細胞が生細胞である、請求項24に記載の使用。
【請求項26】
前記細胞が、天然であり、または合成膜被覆小胞、リポソームもしくはミセルである、請求項25に記載の使用。
【請求項27】
前記電場での処理が、電気穿孔法または電気融合法であり、またはこれらの方法を含む、請求項23から26の何れか1項に記載の使用。
【請求項28】
前記親油性イオンが陰イオンである、請求項23から27の何れか1項に記載の使用。
【請求項29】
前記親油性陰イオンが、少なくとも1つの脱プロトン化できる官能基を含む、親油性の金属複合体、親油性の有機金属化合物および親油性の有機化合物の陰イオンを含む陰イオンの群から選択される少なくとも1つの物質を含む、請求項28に記載の使用。
【請求項30】
前記親油性陰イオンが、親油性のタングステン複合体(LTCs)、特に親油性のタングステンカルボニル複合体、ジピクリルアミン(DPA)およびその誘導体の陰イオン、少なくとも1つのカルボン酸塩、スルホン酸塩、硫酸塩、チオ硫酸塩もしくはチオシアン酸塩基、特にアラキドン酸を含む親油性の有機化合物の陰イオン、置換型または非置換型テトラフェニルホウ酸塩またはフェニルジカルバウンデカンデカボラン(PCB)の陰イオンまたはテトラシアノホウ酸塩[B(CN)]もしくはテトラトリフルオロメチルホウ酸塩[B(CF]の陰イオンを含む陰イオンの群から選択される少なくとも1つの物質を含む、請求項29に記載の使用。
【請求項31】
前記親油性陰イオンが以下の陰イオンを含む群から選択される、請求項30に記載の使用。
【化2】

【請求項32】
異なる性質の多くの親油性イオンが、同じまたは異なる濃度で、同時にまたは一時的連続的に使用される、請求項1から31の何れか1項に記載の方法。
【請求項33】
以下の群から選択される親油性金属複合体。
【化3】

【化4】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2009−506756(P2009−506756A)
【公表日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−523158(P2008−523158)
【出願日】平成18年6月30日(2006.6.30)
【国際出願番号】PCT/EP2006/006388
【国際公開番号】WO2007/012377
【国際公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(591121683)エッペンドルフ アクチエンゲゼルシャフト (23)
【Fターム(参考)】