説明

計測装置及び方法、並びに培養槽システムの運転装置及び方法

【課題】培養槽内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含み、かつ、精度高く呼吸速度を計測可能とする。
【解決手段】上記培養槽内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に上記培養槽内部に酸素含有流体を供給することによって上記溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させる上昇工程と、上記培養槽内部の溶存酸素濃度が上記上限規定値まで上昇した場合に上記培養槽内部への上記酸素含有流体の供給を停止あるいは減少させる若しくは培養槽内部に酸素濃度を低下させた酸素含有流体を供給することによって上記溶存酸素濃度を上記下限規定値まで低下させる低下工程とを有し、予め設定された設定時間の間における上記上昇工程と上記低下工程との繰り返し回数から上記呼吸速度を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養槽内部の生物の呼吸速度を計測するための計測装置及び計測方法に関し、また計測装置及び計測方法にて計測された培養槽内部の生物の呼吸速度を用いる培養槽システムの運転装置及び方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物や植物細胞、動物細胞あるいは昆虫細胞等の細胞といった生物の培養を行う生物培養の分野では、従来から、培養槽内部の生物の呼吸速度が計測されている。
そして、この呼吸速度は、例えば、生物の培養中において培養状態の把握や培養槽の培養環境の制御を行うために用いられる。
【0003】
このような呼吸速度を実際の培養中あるいは実際の培養系に近い状態で計測するために、従来は、非特許文献1や非特許文献2に記載された、Dynamic Method法や排気ガス分析法が用いられている。
【0004】
Dynamic Method法は、培養中に培養槽内部への通気を一時的に停止して培養槽内部の溶存酸素濃度の低下速度から呼吸速度を計算する方法である。
【0005】
排気ガス分析法は、培養槽から排気される排気ガスに含まれる酸素濃度を測定し、培養槽に供給する供給ガスに含まれる酸素濃度と、排気ガスに含まれる酸素濃度との差から呼吸速度を計算する方法である。
【非特許文献1】発酵工学の基礎、学会出版センター、p.172−p.178(1988)
【非特許文献2】生物工学実験書、日本生物工学会編、培風館、p.336−p.340(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、Dynamic Method法では、培養槽内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面からの液相内への酸素供給が考慮されておらず、正確に呼吸速度を算出することが難しい。
特に、培養する生物が植物細胞、動物細胞あるいは昆虫細胞である場合には、植物細胞、動物細胞あるいは昆虫細胞の呼吸速度が微生物等と比較して極めて遅いため、液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面からの液相内への酸素供給の影響が大きくなり、算出された呼吸速度の誤差が大きくなる。
【0007】
また、排気ガス分析法は、液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面からの液相内への酸素供給の影響を含んで呼吸速度を算出することができる方法であるが、生物の呼吸による酸素消費量が微量であることから、供給ガスに含まれる酸素濃度と排気ガスに含まれる酸素濃度とを正確に測定する必要がある。このため、通常の測定精度のセンサを用いた場合には、精度高く呼吸速度を算出することが難しい。
特に培養する生物が植物細胞、動物細胞あるいは昆虫細胞である場合には、微生物と比較して消費酸素量が極めて少量である(すなわち呼吸速度が遅い)ため、特に精度高く呼吸速度を算出することが難しい。
【0008】
本発明は、上述する問題点に鑑みてなされたもので、培養槽内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含み、かつ、精度高く呼吸速度を計測可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の構成を採用する。
【0010】
第1の発明は、培養槽内部の生物の呼吸速度を計測する計測装置であって、上記培養槽内部の溶存酸素濃度を測定する溶存酸素濃度測定手段と、上記培養槽内部に酸素含有流体を供給する供給手段と、上記溶存酸素濃度測定手段の測定結果が入力され、上記培養槽内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に上記酸素含有流体を上記培養槽内部に供給することによって上記培養槽内部の溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させると共に上記培養槽内部の溶存酸素濃度が上記上限規定値まで上昇した場合に上記培養槽内部への上記酸素含有流体の供給を停止あるいは減少させる若しくは培養槽内部に酸素濃度を低下させた酸素含有流体を供給することによって上記溶存酸素濃度を上記下限規定値まで低下させる制御手段と、上記溶存酸素濃度測定手段の測定結果が入力され、予め設定された設定時間の間における上記培養槽内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し回数から上記呼吸速度を算出する算出手段とを備えるという構成を採用する。
【0011】
第2の発明は、上記第1の発明において、上記下限規定値及び上記上限規定値が、上記培養槽内部の溶存酸素濃度が常に上記生物の培養に適した適正範囲に収まるように設定されているという構成を採用する。
【0012】
第3の発明は、上記第1または第2の発明において、上記下限規定値及び上記上限規定値が、上記培養槽内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が、上記溶存酸素濃度測定手段の分解能以下となるように設定されているという構成を採用する。
【0013】
第4の発明は、上記第1〜第3いずれかの発明において、上記繰り返し回数と、上記呼吸速度とが関連付けられた関連情報を記憶する記憶手段を備え、上記算出手段が、上記記憶手段に記憶された上記回数と上記呼吸速度との関連情報に基づいて上記呼吸速度を算出するという構成を採用する。
【0014】
第5の発明は、培養槽内部の生物の呼吸速度を計測する計測装置と、該計測装置にて計測される上記呼吸速度によって上記培養槽を含む培養槽システムの運転状態を制御する運転状態制御手段とを備える培養槽システムの運転装置であって、上記計測装置として、第1〜第4いずれかの計測装置を用いるという構成を採用する。
【0015】
第6の発明は、上記第5の発明において、上記培養槽システムが上記培養槽内部に酸素含有流体を供給する酸素含有流体供給手段と、上記培養槽内部を攪拌する攪拌手段とを備え、上記運転状態制御手段は、少なくとも上記酸素含有流体供給手段と上記攪拌手段とを制御することによって上記培養槽システムの運転状態を制御するという構成を採用する。
【0016】
第7の発明は、培養槽内部の生物の呼吸速度を計測する計測方法であって、上記培養槽内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に上記培養槽内部に酸素含有流体を供給することによって上記溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させる上昇工程と、上記培養槽内部の溶存酸素濃度が上記上限規定値まで上昇した場合に上記培養槽内部への上記酸素含有流体の供給を停止あるいは減少させる若しくは培養槽内部に酸素濃度を低下させた酸素含有流体を供給することによって上記溶存酸素濃度を上記下限規定値まで低下させる低下工程とを有し、予め設定された設定時間の間における上記上昇工程と上記低下工程との繰り返し回数から上記呼吸速度を算出するという構成を採用する。
【0017】
第8の発明は、上記第7の発明において、上記下限規定値及び上記上限規定値が、上記培養槽内部の溶存酸素濃度が常に上記生物の培養に適した適正範囲に収まるように設定されているという構成を採用する。
【0018】
第9の発明は、上記第7または第8の発明において、上記下限規定値及び上記上限規定値が、上記培養槽内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が、上記溶存酸素濃度測定手段の分解能以下となるように設定されているという構成を採用する。
【0019】
第10の発明は、上記第7〜第9いずれかの発明において、上記繰り返し回数と、上記呼吸速度とが関連付けられた関連情報に基づいて上記呼吸速度を算出するという構成を採用する。
【0020】
第11の発明は、培養槽内部の生物の呼吸速度を計測し、計測された上記呼吸速度によって上記培養槽を含む培養槽システムの運転状態を制御する培養槽システムの運転方法であって、上記第7〜第10いずれかの発明を用いて上記呼吸速度を計測するという構成を採用する。
【0021】
第12の発明は、上記第11の発明において、上記培養槽システムが上記培養槽内部に酸素含有流体を供給する酸素含有流体供給手段と、上記培養槽内部を攪拌する攪拌手段とを備え、少なくとも上記酸素含有流体供給手段と上記攪拌手段とを制御することによって上記培養槽システムの運転状態を制御するという構成を採用する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、培養槽内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に培養槽内部に酸素含有流体を供給することによって溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させ、培養槽内部の溶存酸素濃度が上限規定値まで上昇した場合に培養槽内部への酸素含有流体の供給を停止あるいは減少させる若しくは培養槽内部に酸素濃度を低下させた酸素含有流体を供給することによって溶存酸素濃度を下限規定値まで低下させ、予め設定された設定時間の間における溶存酸素濃度の上昇と低下との繰り返し回数から呼吸速度が算出される。
培養槽内部における溶存酸素濃度の変化は、液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含むものである。つまり、溶存酸素濃度の上昇と低下との繰り返し回数は、培養槽内部への酸素含有流体の供給量及び培養槽内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給によって変化する値となる。このため、本発明によれば、培養槽内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含んで呼吸速度を計測することができる。
また、本発明によれば、排気ガスに含まれる酸素濃度を検出することなく呼吸速度が算出される。
したがって、本発明によれば、培養槽内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含み、かつ、精度高く呼吸速度を計測することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面を参照して、本発明に係る計測装置及び方法、並びに培養槽システムの運転装置及び方法の一実施形態について説明する。
なお、以下の図面において、各部材を認識可能な大きさとするために、各部材の縮尺を適宜変更している。
【0024】
図1は、本実施形態の培養装置の概略構成を示すシステムブロック図である。この図に示すように、培養装置100は、培養槽システム1と、培養槽システム運転装置2と、計測装置3とを備えている。
【0025】
培養槽システム1は、生物培養を行うと共に生物培養の環境を形成するものであり、培養槽1aと、通気装置1b(酸素含有流体供給手段、供給手段)と、攪拌装置1cとを備えている。
なお、培養槽システムにおいては、生物として、例えば微生物や植物細胞、動物細胞あるいは昆虫細胞を培養することができる。
【0026】
培養槽1aは、内部に培養液中を貯留すると共に、該培養液中において生物を培養するための容器である。
【0027】
通気装置1bは、培養槽1a内部に挿通された配管1b1を介して培養槽1aに酸素を含むガス(以下、供給ガスGと称する)を供給するものであり、一定量の供給ガスGを培養槽1aに供給可能に構成されている。なお、供給ガスGの培養槽1aへの供給量は、調節可能とされている。
なお、例えば、通気装置1bにおいて純酸素ガスと空気とを任意の割合で混合可能とし、供給ガスGの酸素濃度を調節可能としても良い。ただし、純酸素ガスと空気とに限定されるものではなく、供給ガスGの酸素濃度を調節可能な複数種類のガスであれば良く、例えば純酸素ガスと生物に対して不活性なガス(例えば窒素ガス)とであっても良い。
この通気装置1bは、後述する培養槽システム運転装置2の運転状態制御部2aによって、供給ガスGに含まれる酸素濃度を調節、及び、培養槽1a内部への供給ガスGの供給あるいは停止を行う。
【0028】
攪拌装置1cは、培養槽1a内部の培養液を攪拌するためのものであり、培養液中に配置される攪拌翼1c1と、該攪拌翼1c1を回転駆動されるモータ1c2とを備えている。
この攪拌装置1cは、培養槽システム運転装置2の運転状態制御部2aによって、攪拌翼1c1の回転数が調節される。
【0029】
なお、培養槽システム1は、上記構成(培養槽1a、通気装置1b、攪拌装置1c)に限らず、必要に応じて他の構成(例えば、培地供給装置、液面上への通気装置、排気装置等)を備えることができる。
また、培養槽システム1においては、通気装置1bに換えて、上記液面上への通気装置のみを設置しても良い。つまり、液面上への通気装置によって培養槽1a内部に供給ガスGを供給しても良い。
【0030】
培養槽システム運転装置2は、上述した培養槽システム1の運転状態を制御するものであり、運転状態制御部2aと、主制御部2bと、記憶部2cと、表示部2dとを備えている。
【0031】
運転状態制御部2aは、培養槽システム1の通気装置1b及び攪拌装置1cに対して電気的に接続されており、通気装置1bを制御することによって培養槽1a内部への供給ガスGの供給状態(供給ガスの流量、供給ガスの供給及び停止)を制御したり、攪拌装置1cを制御することによって攪拌翼1c1の回転数を制御したりする。
【0032】
主制御部2bは、本実施形態の培養装置100全体の動作を制御するものであり、運転状態制御部2a、記憶部2c及び表示部2d等と電気的に接続されている。
そして、当該主制御部2bは、運転状態制御部2aを介して通気装置1bを制御可能とされており、通気装置1bから培養槽1aへの供給ガスGの供給状態を制御する。
【0033】
また、主制御部2bは、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に供給ガスGを培養槽1a内部に供給することによって培養槽1a内部の溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させ、また、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が上限規定値まで上昇した場合に培養槽1a内部への供給ガスGの供給を停止あるいは減少させることによって溶存酸素濃度を下限規定値まで低下させるように供給ガスGの供給状態を制御する。
【0034】
また、本実施形態において、上述の下限規定値及び上限規定値は、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が常に生物の培養に適した適正範囲に収まるように設定されている。
つまり、主制御部2bは、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が常に生物の培養に適した適正範囲に収まるように下限規定値及び上限規定値を設定する。
【0035】
さらに、上述の下限規定値及び上限規定値は、培養槽1a内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が、後述する計測装置3の溶存酸素センサ3aの分解能以下となるように設定される。
つまり、主制御部2bは、培養槽1a内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が、後述する計測装置3の溶存酸素センサ3aの分解能以下となるように下限規定値及び上限規定値を設定する。
【0036】
具体的には、下限規定値及び上限規定値は、例えば、培養槽1a内部の生物の培養に最も適した最適溶存酸素濃度に対して0.5〜10mg/lの範囲で設定されていることが好ましく、さらには最適溶存酸素濃度に対して1〜7mg/lの範囲で設定されていることが好ましい。
【0037】
なお、上述の下限規定値及び上限規定値は、必ずしも主制御部2bが設定する必要はなく、例えば、予め記憶部2cに記憶しておいても良い。
【0038】
記憶部2cは、主制御部2bや、後述する計測装置3が備える算出部3bの演算処理部3b1が動作するための各種データやプログラム等を記憶したり、後述する計測装置3が備える溶存酸素センサ3aから演算処理部3b1に入力されたデータを一時的に記憶するものである。なお、本記憶部2cに記憶されるプログラムについては、後に詳説する。
【0039】
表示部2dは、主制御部2bから入力された各種データを可視化して表示するものであり、本実施形態においては、例えば、計測装置3が備える算出部3bにて算出された値(呼吸速度)を表示する。
なお、表示部2dは、必須の構成ではなく、培養装置100の構成から省くことも可能である。
【0040】
計測装置3は、培養槽1a内部の生物の呼吸速度を計測するものであり、溶存酸素センサ3a(溶存酸素濃度測定手段)と、算出部3b(算出手段)と、通気装置1bとを備えている。
なお、通気装置1bは、本実施形態において計測装置3と、上述した培養槽システム1とによって兼用されている。すなわち、本実施形態において通気装置1bは、本発明の供給手段として機能すると共に、本発明の酸素含有流体供給手段として機能する。ただし、計測装置3と培養槽システム1との各々が別に通気装置を備えていても良い。
【0041】
溶存酸素センサ3aは、培養槽1aの内部に挿入されており、培養槽1a内部の溶存酸素濃度を測定して、当該測定結果を示す信号を出力するものである。そして、この溶存酸素センサ3aは、算出部3bが備える演算処理部3b1に接続されている。
【0042】
算出部3bは、溶存酸素センサ3aから得られる測定結果から、培養槽1a内部の生物の呼吸速度(以下、単に呼吸速度と称する)を算出するものである。
【0043】
この算出部3bは、演算処理部3b1と記憶部2cとを備えている。なお、記憶部2cは、本実施形態において算出部3bと、上述の培養槽システム運転装置2とによって兼用されている。すなわち、本実施形態において記憶部2cは、本発明の算出手段の一部として機能すると共に、本発明の培養槽システム運転装置の一部として機能する。
演算処理部3b1は、溶存酸素センサ3aから時系列的に入力される溶存酸素濃度を示すデータを記憶部2cに一旦記憶させて蓄積させると共に、記憶部2cに記憶された各種データ及びプログラムを用いて呼吸速度を算出する。
そして、記憶部2cには、溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し回数と呼吸速度とが関連付けられた関連情報が記憶されている。
【0044】
このような算出部3bは、予め設定されて記憶部2cに記憶される設定時間の間における培養槽1a内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し回数から呼吸速度を算出する。
具体的には、算出部3bは、記憶部2cに記憶された上記繰り返し回数と呼吸速度とが関連付けられた関連情報に基づいて呼吸速度を算出する。
【0045】
例えば、培養槽1a内部の生物の呼吸速度が速い場合には、生物によって消費される溶存酸素量が多いため、短時間で溶存酸素濃度が下限規定値まで低下する。このため、培養槽1a内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が短くなり、設定時間あたりにおける繰り返し回数が増加する。
一方、培養槽1a内部の生物の呼吸速度が遅い場合には、生物によって消費される溶存酸素量が少ないため、溶存酸素濃度が下限規定値まで低下する時間が長くなる。このため、培養槽1a内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が長くなり、設定時間あたりにおける繰り返し回数が減少する。
このように、培養槽1a内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し回数と、呼吸速度とには一定の相関関係がある。そして、記憶部2cには、当該相関関係がデータベースあるいは演算式として記憶される。
【0046】
また、本実施形態の培養装置100においては、運転状態制御部2a、主制御部2b、記憶部2c、表示部2d及び演算処理部3b1がコンピュータ10によって具現化されている。
つまり、運転状態制御部2a、主制御部2b及び演算処理部3b1はコンピュータ10が備えるCPU(Central Processing Unit)によって具現化されている。また、表示部2dはコンピュータ10が備えるディスプレイによって具現化されている。また、記憶部2cはコンピュータ10が備えるROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)及びハードディスク等によって具現化されている。
【0047】
また、本実施形態の培養装置100においては、例えばROM(すなわち記憶部2c)に、コンピュータ10に、上述の呼吸速度を計測させるための計測プログラムが格納されている。
【0048】
そして、計測プログラムは、コンピュータ10を、上述の運転状態制御部2a、主制御部2b、算出部3bとして機能させる。
より具体的には、計測プログラムは、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が下限規定値まで低下した場合に培養槽内1a部に供給ガスGを供給することによって溶存酸素濃度を上限規定値まで上昇させると共に培養槽1a内部の溶存酸素濃度が上限規定値まで上昇した場合に培養槽1a内部への供給ガスGの供給を停止あるいは減少させることによって溶存酸素濃度を下限規定値まで低下させる主制御部2bとして機能させる。
また、計測プログラムは、予め設定された設定時間の間における上昇と低下との繰り返し回数から呼吸速度を算出する算出部3bとして機能させる。
【0049】
なお、本実施形態においては、上述のように計測プログラムがコンピュータ10のROMに格納されている構成を採用しているが、計測プログラムは必ずしもROMに格納されている必要はなく、ネットワーク回線を介して培養装置100に入力され、ハードディスク、RAMあるいは他のメモリーに格納されるようにしても良い。
【0050】
次に、培養装置100の動作として、上記計測プログラムを用いた呼吸速度の計測方法について、図2のフローチャートを参照して説明する。
【0051】
呼吸速度の計測にあたり、まず最初に主制御部2bは、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が上昇するように供給ガスGを供給し、培養槽1a内部の溶存酸素濃度を上限規定値まで上昇させる(ステップS1)。
なお、培養槽1a内部の溶存酸素濃度は、供給ガスGによって培養槽1aに供給される溶存酸素量及び液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相に供給される溶存酸素量を、培養槽1a内部の生物が消費する溶存酸素量よりも増加させることによって上昇する。
なお、本実施形態においては、本ステップS1が、本発明の計測方法における上昇工程に相当する。
【0052】
続いて、主制御部2bは、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が低下するように供給ガスGの供給を停止あるいは減少させ、培養槽1a内部の溶存酸素濃度を下限規定値まで低下させる(ステップS2)。
なお、培養槽1a内部の溶存酸素濃度は、供給ガスGによって培養槽1aに供給される溶存酸素量及び液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相に供給される溶存酸素量を、培養槽1a内部の生物が消費する溶存酸素量よりも減少させることによって低下する。
なお、本実施形態においては、本ステップS2が、本発明の計測方法における低下工程に相当する。
【0053】
そして、ステップS1とステップS2とは、少なくとも記憶部2cに記憶された設定時間が経過するまで繰り返される。
なお、ステップS1とステップS2とは、上記設定時間の経過後も必要に応じて(例えば、培養環境の維持等のため)繰り返されても良い。
【0054】
次に、算出部3bは、最初のステップS1の開始からの経過時間をカウントし、記憶部2cに記憶された設定時間となった際(ステップS3)に、ステップS1とステップS2との繰り返し回数、すなわち図3の模式図に示すように設定時間における溶存酸素濃度の上昇と低下との繰り返し回数を算出する(ステップS4)。
【0055】
そして、算出部3bは、記憶部2cに記憶された上記繰り返し回数と呼吸速度との関連情報に基づいて、ステップS3にて算出した繰り返し回数から呼吸速度を算出する(ステップS5)。
【0056】
また、培養槽システム1の運転(培養槽システムの運転方法)は、上述のようにして計測された呼吸速度を用いて制御することができる。
つまり、呼吸速度の少なくともいずれかを計測し、計測された呼吸速度の少なくともいずれかによって培養槽1aを含む培養槽システム1の運転状態を制御することができる。
例えば、計測された呼吸速度を用いて培養槽1aにおける生物の培養状態を推定し、この推定結果に基づいて通気装置1bから培養槽1a内部への供給ガスGの供給量や攪拌装置1cが備える攪拌翼1c1の回転数を制御することによって培養槽システム1の運転状態を制御することができる。
【0057】
また、本実施形態の培養装置100にて、生物を培養する場合には、上述のようにして計測された呼吸速度を用いて培養槽システム1を制御しながら培養槽1aにて生物の培養を行う。
【0058】
以上のような本実施形態の培養装置における計測装置及び計測方法によれば、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に培養槽1a内部に供給ガスGを供給することによって溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させ、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が上限規定値まで上昇した場合に培養槽1a内部への供給ガスGの供給を停止あるいは減少させるとによって溶存酸素濃度を下限規定値まで低下させ、予め設定された設定時間の間における溶存酸素濃度の上昇と低下との繰り返し回数から呼吸速度が算出される。
【0059】
培養槽1a内部における溶存酸素濃度の変化は、液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含むものである。つまり、溶存酸素濃度の上昇と低下との繰り返し回数は、培養槽内部への供給ガスGの供給量及び培養槽1a内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給によって変化する値となる。このため、本実施形態の培養装置における計測装置及び計測方法によれば、培養槽1a内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含んで呼吸速度を計測することができる。
また、本実施形態の培養装置における計測装置及び計測方法によれば、排気ガスに含まれる酸素濃度を検出することなく呼吸速度が算出される。
したがって、本実施形態の培養装置における計測装置及び計測方法によれば、培養槽1a内部における液相領域と該液相領域の上の気相領域との界面から液相内への酸素供給の影響を含み、かつ、精度高く呼吸速度を計測することが可能となる。
【0060】
また、本実施形態の培養装置における計測装置及び計測方法によれば、下限規定値及び上限規定値が、培養槽1a内部の溶存酸素濃度が常に生物の培養に適した適正範囲に収まるように設定されている。
このため、呼吸速度を計測するにあたり、生物の培養環境を壊すことがない。したがって、生物培養に対する影響を抑制しながら呼吸速度を正確に計測することができる。
【0061】
さらに、本実施形態の培養装置における計測装置及び計測方法によれば、下限規定値及び上限規定値は、培養槽内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が、溶存酸素センサ3aの分解能以下となるように設定されている。
このため、溶存酸素センサ3aからの入力データに基づいて、正確に上記繰り返し周期を取得し、設定時間における繰り返し回数を算出することができる。したがって、生物培養に対する影響を抑制しながら呼吸速度を正確に計測することができる。
【0062】
また、本実施形態の培養装置における培養槽システムの運転装置及び方法によれば、上述の計測装置及び方法を用いて呼吸速度を計測し、計測された呼吸速度によって培養槽1aを含む培養槽システム1の運転状態を制御する。
つまり、本実施形態の培養装置における培養槽システムの運転装置及び方法によれば、精度高く計測された呼吸速度に基づいて培養槽システムを制御することができる。したがって、より正確な培養槽システムの制御を行うことができる。
【0063】
また、本実施形態の培養装置及び培養方法によれば、培養槽システムの正確な制御を行える培養槽システムの運転装置及び方法を用いて培養槽における生物培養を行うため、生物培養の環境をより好適に作り出し、例えば産生物の取得効率を向上させることが可能となる。
【0064】
以上、添付図面を参照しながら本発明に係る計測装置及び方法、並びに培養槽システムの運転装置及び方法の好適な実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されないことは言うまでもない。上述した実施形態において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【0065】
例えば、上記実施形態においては、呼吸速度の計測にあたり、先に培養槽1a内部の溶存酸素濃度を上昇させる上昇工程を行い、後に培養槽1a内部の溶存酸素濃度を低下させる低下工程を行う構成について説明した。
しかしながら、本発明はこれに限定されるものではなく、先に低下工程を行い、後に上昇工程を行っても良い。
【0066】
また、上記実施形態においては、本発明の酸素含有流体として、酸素を含む気体を用いる構成について説明した。
しかしながら、本発明はこれに限定されるものではなく、予め酸素が溶存する液体を酸素含有流体として用いることもできる。
【0067】
また、上記実施形態においては、培養槽1a内部への供給ガスGの供給を停止あるいは減少させることによって溶存酸素濃度を低下させる構成について説明した。
しかしながら、本発明はこれに限定されるものではなく、酸素濃度を低下させた供給ガスGを培養槽1a内部に供給することによって溶存酸素濃度を低下させても良い。
【0068】
また、上記実施形態においては、本発明の攪拌手段として攪拌装置1cを備える構成について説明した。
しかしながら、通気装置1bから供給ガスGを供給することによっても培養槽1a内部は攪拌される。このため、本発明の攪拌手段として通気装置1bを用いることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の一実施形態である培養装置の概略構成を示すシステムブロック図である。
【図2】本発明の一実施形態である培養装置における呼吸速度の計測方法を説明するためのフローチャートである。
【図3】本発明の一実施形態である培養装置における呼吸速度の計測方法を説明するための模式図である。
【符号の説明】
【0070】
100……培養装置、1……培養槽システム、1a……培養槽、1b……通気装置(供給手段、酸素含有流体供給手段)、1c……攪拌装置(攪拌手段)、2……培養槽システム運転装置、2a……運転状態制御部(運転状態制御手段)、2b……主制御部(制御手段)、2c……記憶部、2d……表示部、3……計測装置、3a……溶存酸素センサ(溶存酸素量測定手段)、3b……算出部(算出手段)、3b1……演算処理部、10……コンピュータ、G……供給ガス(酸素含有流体)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養槽内部の生物の呼吸速度を計測する計測装置であって、
前記培養槽内部の溶存酸素濃度を測定する溶存酸素濃度測定手段と、
前記培養槽内部に酸素含有流体を供給する供給手段と、
前記溶存酸素濃度測定手段の測定結果が入力され、前記培養槽内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に前記酸素含有流体を前記培養槽内部に供給することによって前記培養槽内部の溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させると共に前記培養槽内部の溶存酸素濃度が前記上限規定値まで上昇した場合に前記培養槽内部への前記酸素含有流体の供給を停止あるいは減少させる若しくは培養槽内部に酸素濃度を低下させた酸素含有流体を供給することによって前記溶存酸素濃度を前記下限規定値まで低下させる制御手段と、
前記溶存酸素濃度測定手段の測定結果が入力され、予め設定された設定時間の間における前記培養槽内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し回数から前記呼吸速度を算出する算出手段と
を備えることを特徴とする計測装置。
【請求項2】
前記下限規定値及び前記上限規定値は、前記培養槽内部の溶存酸素濃度が常に前記生物の培養に適した適正範囲に収まるように設定されていることを特徴とする請求項1記載の計測装置。
【請求項3】
前記下限規定値及び前記上限規定値は、前記培養槽内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が、前記溶存酸素濃度測定手段の分解能以下となるように設定されていることを特徴とする請求項1または2記載の計測装置。
【請求項4】
前記繰り返し回数と、前記呼吸速度とが関連付けられた関連情報を記憶する記憶手段を備え、
前記算出手段は、前記記憶手段に記憶された前記回数と前記呼吸速度との関連情報に基づいて前記呼吸速度を算出する
ことを特徴とする請求項1〜3いずれかに記載の計測装置。
【請求項5】
培養槽内部の生物の呼吸速度を計測する計測装置と、該計測装置にて計測される前記呼吸速度によって前記培養槽を含む培養槽システムの運転状態を制御する運転状態制御手段とを備える培養槽システムの運転装置であって、
前記計測装置として、請求項1〜4いずれかに記載の計測装置を用いることを特徴とする培養槽システムの運転装置。
【請求項6】
前記培養槽システムが前記培養槽内部に酸素含有流体を供給する酸素含有流体供給手段と、前記培養槽内部を攪拌する攪拌手段とを備え、
前記運転状態制御手段は、少なくとも前記酸素含有流体供給手段と前記攪拌手段とを制御することによって前記培養槽システムの運転状態を制御することを特徴とする請求項5記載の培養槽システムの運転装置。
【請求項7】
培養槽内部の生物の呼吸速度を計測する計測方法であって、
前記培養槽内部の溶存酸素濃度が予め設定された下限規定値まで低下した場合に前記培養槽内部に酸素含有流体を供給することによって前記溶存酸素濃度を予め設定された上限規定値まで上昇させる上昇工程と、
前記培養槽内部の溶存酸素濃度が前記上限規定値まで上昇した場合に前記培養槽内部への前記酸素含有流体の供給を停止あるいは減少させる若しくは培養槽内部に酸素濃度を低下させた酸素含有流体を供給することによって前記溶存酸素濃度を前記下限規定値まで低下させる低下工程と
を有し、
予め設定された設定時間の間における前記上昇工程と前記低下工程との繰り返し回数から前記呼吸速度を算出する
ことを特徴とする計測方法。
【請求項8】
前記下限規定値及び前記上限規定値は、前記培養槽内部の溶存酸素濃度が常に前記生物の培養に適した適正範囲に収まるように設定されていることを特徴とする請求項7記載の計測方法。
【請求項9】
前記下限規定値及び前記上限規定値は、前記培養槽内部の溶存酸素濃度の低下と上昇との繰り返し周期が、前記溶存酸素濃度測定手段の分解能以下となるように設定されていることを特徴とする請求項7または8記載の計測方法。
【請求項10】
前記繰り返し回数と、前記呼吸速度とが関連付けられた関連情報に基づいて前記呼吸速度を算出する
ことを特徴とする請求項7〜9いずれかに記載の計測方法。
【請求項11】
培養槽内部の生物の呼吸速度を計測し、計測された前記呼吸速度によって前記培養槽を含む培養槽システムの運転状態を制御する培養槽システムの運転方法であって、
請求項7〜10いずれかに記載の計測方法を用いて前記呼吸速度を計測することを特徴とする培養槽システムの運転方法。
【請求項12】
前記培養槽システムが前記培養槽内部に酸素含有流体を供給する酸素含有流体供給手段と、前記培養槽内部を攪拌する攪拌手段とを備え、少なくとも前記酸素含有流体供給手段と前記攪拌手段とを制御することによって前記培養槽システムの運転状態を制御することを特徴とする請求項11記載の培養槽システムの運転方法。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−124721(P2010−124721A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−300821(P2008−300821)
【出願日】平成20年11月26日(2008.11.26)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】