説明

記憶素子

【課題】金属錯体微粒子を用いた光記憶素子の性能を改善する。
【解決手段】界面活性剤及び付加分子で表面が修飾された金属錯体微粒子からなる外部刺激応答素子を用いた記憶素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外部刺激を与えることによって状態を変化させることができ、また別の刺激に対する応答から状態を読みとることができる、記憶素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の情報化社会においては、多大な情報の管理が必要である。その根幹となっている技術が記憶素子である。記憶素子を満たす要件としては、外部刺激によって素子の状態を変化させられることと、別の外部刺激によって素子の状態を読みとることができることが挙げられる。現在、大半の情報はデジタル化され、0か1の二値の組合せによって取り扱われる。よって、記憶素子としては、A,B二つの安定状態を取りうることが必要である。そして、A,Bをそれぞれ0,1に割り当てて、情報を保管する。
記憶素子には様々なものが存在する。DVD-RAMに代表される光記憶素子、フラッシュメモリなどの電場記憶素子、ハードディスクなどの磁場記憶素子が例として挙げられる。DVD-RAMでは光照射によって素子における原子レベル構造が変化する。フラッシュメモリでは電圧を印可することにより素子の電子数が変化する。ハードディスクでは磁場を印可することにより素子の磁化あるいは磁化の向きが変化する。
【0003】
このような記憶素子を構築する新しい物質として期待されているものに、金属錯体がある(非特許文献2,5,6)。特に、金属シアノ錯体は様々な外部刺激によって様々な形で状態を変化させることが知られている(非特許文献1,9)。外部刺激としては、温度変化、光、電気化学的処理などが挙げられる。状態変化の形態としては、磁性の有無、磁化の方向、色、体積などの変化が知られている。また、これらの状態の違いは、状態を変化させるためのものとは別の外部刺激により読みとることが可能である。例えば、色の違いは弱い光照射を行った時の反射率などで知ることができるし、磁性の有無は磁場に対する応答で知ることができる。金属錯体を用いた記憶素子を実際の媒体に利用するには、現在使用されている形状を用いる。光照射による記憶を行う場合には、CD-Rにおける色素部を錯体に変更することで対応できる。また、温度変化による記憶の場合はOUMの構造を模倣することで対応できる(非特許文献7,8)。このように現状の媒体を模倣するためには、結晶ではなく、微粒子化や薄膜化などの微細構造化を用いるのが有効である。また、新規記憶素子開発に必須である、高密度化の点においても、微細構造化は重要な加工技術である。実際に金属錯体の微粒子化及び薄膜化の技術が近年確立されつつある(非特許文献3, 4)。
【0004】
【非特許文献1】Design of novel magnetsusing Prussian blue analogues, K. Hashimoto and S. Ohkoshi, PHILOSOPHICALTRANSACTIONS OF THE ROYAL SOCIETY OF LONDON SERIES A-MATHEMATICAL PHYSICAL ANDENGINEERING SCIENCES 357 (1762): 2977-3003 NOV 15 1999
【非特許文献2】Photoswitchable coordinationcompounds, P. Gutlich, Y. Garcia , T. W, Coordination Chemistry Reviews, 219-221(2001) 839-879
【非特許文献3】Synthesis and Isolation of Cobalt Hexacyanoferrate/chromateMetal Coordination Nano-polymers Stabilized by Alkylamino Ligandwith Metal Elemental Control, Mami Yamada Sasano, Masaya Arai, Masato Kurihara, Masatomi Sakamotoand Mikio Miyake, Journal of the American ChemicalSociety, 126 (2004) 9482-9483.
【非特許文献4】Photomagnetic Co-Fe Prussian Blue Thin Films Fabricated by theModified Langmuir-Blodgett Technique Takashi Yamamoto,,Yasushi Umemura,y OsamuSato, and Yasuaki Einaga:Chemistry Letters 33 (2004) p500.
【非特許文献5】Dynamical phasetransition in a spin-crossover complex, X. J. Liu, Y. Moritomo, T. Kawamoto, A.Nakamoto, N. Kojima, J. Phys. Soc. Jpn. , vol. 72 (2003) p1615
【非特許文献6】Opticalhysteresis in a spin-crossover complex, X. J. Liu, Y. Moritomo, T. Kawamoto, A.Nakamoto, N. Kojima, Phys. Rev. B,vol. 67 (2003) p012102.
【非特許文献7】「CDとMDの原理と構造」小林正、http://www.phen.mie-u.ac.jp/Misc/kaihoudata/CDMD.pdf
【非特許文献8】「Ovonic UnifiedMemory」http://www.ovonic.com/PDFs/Elec_Memory_Research_Report/OUM.pdf.
【非特許文献9】One-Shot-Laser-Pulse-Induced Cooperative Charge TransferAccompanied by Spin Transition in a Co-Fe Prussian Blue Analog at RoomTemperature, Naonobu Shimamoto,Shin-ichi Ohkoshi, OsamuSato, and Kazuhito Hashimoto, Chemistry Letters, 2002(2002) p486
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
金属錯体は結晶でも記憶素子として利用するにはいくつかの性能改善が必要になる。例えば、外部刺激に対する応答の高速化や敏感化(例えば弱い光で機能が発現するなど)、記憶機能が発現する温度の室温化などである。外部刺激に対する状態変化の応答速度は記憶素子の書き込み速度を決定する。余りに強い光を利用することは記憶素子の繰り返し耐性等に悪影響を及ぼすし、省エネルギーの観点からも、弱い光照射での状態変化は有用である。また、記憶機能が高温や低温で失われると、記憶素子としての利用範囲が狭まるので、できるだけ常温付近で広い温度範囲で記憶機能が発現する必要がある。
しかし、微細構造化を行うと、これらの性能が逆に落ちる場合が多い。低温でしか機能が発現しなかったり、応答性が悪化したりといったことが起こる。結局、微細構造化された金属錯体を記憶素子として利用するためには、上記の外部刺激応答性を改善する必要がある。
本発明で改善すべき課題は、微細構造化された金属錯体の外部刺激応答性を記憶素子利用に合致するよう改善することである。例としては以下の三点が挙げられる。
・弱い外部刺激でも状態変化が起こる様にする。
・外部刺激を与えた際に、状態変化が起こる速度を速める。
・記憶機能が発現する温度をコントロールする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明における記憶素子性能の改善された外部刺激応答素子は、金属錯体微粒子を、その表面を界面活性剤や付加分子で修飾することを目的として、表面処理することによって行われる。表面処理する最大の利点は、表面処理によって、素子全体の性能が向上することである。
例えば微粒子の場合、表面に露出している原子の比率は微粒子サイズによって異なり、サイズが大きくなればなるほど表面原子のしめる割合は減る。しかし、微粒子のサイズがある程度の範囲であれば、表面修飾によって微粒子全体の性能が改善できる。図1に微粒子の場合の模式図を示す。表面処理によって金属錯体微細構造中の、表面に露出している部分(図1微粒子内斜線部)は表面修飾によってその状態が変化する。表面に露出していない部分(図1微粒子内白部)は直接には表面修飾に影響されないものの、微粒子中の原子間相互作用により、間接的には表面修飾の影響を受ける。結果として、表面修飾により、微粒子全体の性質を変えることができる。この手続きによって、本発明が解決する高速応答化と機能発現温度のコントロールが可能になることがわかった。
【0007】
本発明の記憶素子に用いる外部刺激応答素子の構造模式図を図1に示す。金属錯体微粒子錯体微粒子表面を保護している界面活性剤の錯体吸着末端を変更するか、追加的に別の分子を導入することによって微粒子全体の記憶素子としての特性を改善できることがわかった。
本発明の記憶素子に用いる外部刺激応答素子における具体的な表面修飾手法を以下に示す。金属錯体の微粒子は、図1に示すようにその表面は界面活性剤や付加分子で修飾する。本発明では、この界面活性剤のうち、金属錯体に配位する部位(配位部)の構造を変えることにより、有効に上記課題を解決することが可能になる。また、微細構造形成後に別種の分子を追加付加することによっても課題を解決できることがわかった。すなわち、本発明は、
界面活性剤及び付加分子で表面が修飾された金属錯体微粒子からなる外部刺激応答素子を用いた記憶素子である。
また、本発明においては、錯体がシアノ錯体であり、中心金属がMa及びMbの2種の金属とすることができる。
さらに、本発明は、MaをFe又はCr、とし、MbをFe又はCoとすることができる。
また、本発明においては、付加分子を、ピリジン分子とすることができる。
さらに、別の見方をすれば、本発明は、製造方法の発明でもある。すなわち、
界面活性剤及び付加分子で表面が修飾された金属錯体微粒子からなる外部刺激応答素子を用いた記憶素子の製造に際して、
1)Maを中心金属とする金属シアノ錯体(陰イオン)を含む第一逆ミセル溶液と、Mbを中心金属とする金属錯陽イオンを含む第二逆ミセル溶液とをそれぞれ調製する第一工程、
2)第一逆ミセル溶液と第二逆ミセル溶液とを混合する第二工程、及び
3)第二工程で得られた混合液に長鎖アルキル保護剤を添加し、得られたナノ結晶を単離する第三工程から得られる外部刺激応答素子を用いる記憶素子の製造方法でもある。
【発明の効果】
【0008】
本発明の外部刺激応答素子を用いる記憶素子は、弱い外部刺激でも状態変化が起こり、外部刺激を与えた際に、状態変化が起こる速度を速められ、かつ記憶機能が発現する温度をコントロールすることができる。
また、本発明の外部刺激応答素子を用いる記憶素子は、応用範囲が広くDVD-RAM、光磁気ディスク(MO)、DVD-Rなど幅広い記憶素子として用いることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明で用いる界面活性剤としては、デカン酸、ステアリン酸の化合物が挙げられ、特にステアリルアミンを好適に用いることが出来る。また、CTAB (cetyltrimethylammonium bromide)等のカチオン系界面活性剤も状態の異なる微粒子を作成するために用いることができる。
また、本発明で用いる付加分子としては、アミン、ピリジン基等を有する化合物であり、代表的にはピリジン系化合物を用いることが出来る。また、分光化学系列がピリジンよりも配位力の強い配位子、つまりNH3やNO2-においては 同様の効果を得られる。また、[Ni(en)2]2+ (en: エチレンジアミン)等の金属錯体分子も利用可能である。
本発明の記憶素子に用いる外部刺激応答素子の例として、シアノ錯体微粒子の場合を具体的に説明する。
1)Maを中心金属とする金属シアノ錯体(陰イオン)を含む第一逆ミセル溶液と、Mbを中心金属とする金属錯陽イオンを含む第二逆ミセル溶液とをそれぞれ調製する第一工程、
2)第一逆ミセル溶液と第二逆ミセル溶液とを混合する第二工程、及び
3)第二工程で得られた混合液に長鎖アルキル保護剤を添加し、得られたナノ結晶を単離する第三工程を経て本発明の記憶素子に用いる外部刺激応答素子を作成する。これについて詳細に説明する。
【0010】
(第一工程)
第一工程では、Maを中心金属とする金属錯陰イオンを含む第一逆ミセル溶液と、Mbの陽イオンを含む第二逆ミセル溶液とをそれぞれ調製する。Ma及びMbは、規則配列膜を構成する金属成分となるものであり、例えば、Maは代表的にはFe,Cr、であり、Mbは代表的にはFe,Coが挙げられる。
金属シアノ錯体は、6配位子である([Ma(CN)6]x-)。第一逆ミセル溶液は、予めMaを中心金属とする金属錯陰イオンを含む第一溶液を調製する必要がある。第一溶液は、上記の金属錯陰イオンを水に溶解させることによって得られる。第一溶液の濃度は、0.1から1 mol/Lとすることが望ましい。次いで、第一溶液と逆ミセル化界面活性剤の溶解した有機溶媒(シクロヘキサン、ヘキサン、イソオクタン等)とを混合することによって第一逆ミセル溶液が得られる。逆ミセル化界面活性剤の種類としては、AOT(Di-2-ethylhexylsulfosuccinate sodium salt)または、NP-5(Polyethylene glycol mono 4-nonylphenyl ether (n = 5))が挙げられる。逆ミセル化剤の使用量は第一溶液が逆ミセルとして可溶化するような濃度とすれば良いが、一般的には水と逆ミセル界面活性剤とのモル比、w = [Water]/[AOT or NP-5] が5から50とすれば良い。
同様に、第二逆ミセル溶液の場合は、Mbの陽イオンを含む第二溶液を同様に調製し、これと逆ミセル化界面活性剤の溶解した有機溶媒とを混合することによって第二逆ミセル溶液が得られる。第二溶液は、Mbを含む金属塩(CoCl2、Fe(NO3)3等)の水溶液である。第二溶液の濃度、逆ミセル化剤の種類・使用量も、第一逆ミセル溶液の場合と同様にすれば良い。有機溶媒の体積は特に限定しないが、10から100 ml程度が望ましい。
【0011】
(第二工程)
第二工程では、第一逆ミセル溶液と第二逆ミセル溶液とを混合する。基本的には、この混合によって金属錯体ナノ結晶が形成される。ナノ結晶の生成速度は、上記溶液の濃度、逆ミセル化剤の濃度等によって調節することができる。混合方法は特に限定されず、公知の混合装置を使用できる。両者の混合割合は、モル比で金属錯陰イオン:金属陽イオン=1:0.7〜1.3程度となるようにすれば良い。
【0012】
(第三工程)
第三工程では、第二工程で得られた混合液に長鎖アルキル配位子を添加する。使用する長鎖配位子は、混合液中の金属成分の種類等に応じて適宜選択することができるが、特に炭素数8〜20のアルキル配位子が望ましい。微粒子表面を保護する配位部は、アミン、ピリジン基等がある。本発明では、例えばステアリルアミン、デカン酸、ステアリン酸、4−ジーオクタデシルアミノピリジン等を好適に使用することができる。
これらの工程により、界面活性剤によって保護されたナノメートルスケールの金属錯体の微粒子を作成できる。また、ナノメートルスケールの薄膜も界面活性剤の表面保護を用いて作成できることが知られている。
【実施例】
【0013】
界面活性剤及び吸着分子を選択することにより、微粒子全体の状態が変化する。ここでは、シアノ架橋型錯体における具体例を示す。
[Fe(CN)6]3-とCo2+水溶液を内包した逆ミセル(AOT)のヘキサン溶液を混合し、粒子径10から20nmの可溶性の立方体型AOT保護Co-Feシアノ架橋錯体ナノ微粒子を合成した。混合直後は、Fe(III)-CN-Co(II)の高スピン状態であるが、この溶液に、Ni錯体やピリジンを添加すると直ちに低スピン状態に転移することがわかった。このことより、微粒子合成後の分子添加により微粒子全体の状態が変化することが明らかとなった。図2はピリジンを添加した場合の光吸収係数の変化を表している。400nm及び550nm付近の強度増加はそれぞれ高スピン状態及び低スピン状態を示すものとしてよく知られている。このスペクトル変化が非常に大きく、微粒子全体が状態変化していると結論づけられる。また、分光化学系列がピリジンよりも配位力の強い配位子、つまりNH3やNO2-においては 同様の効果を得られる。さらに、図3に示したように、同様の変化は、[Ni(en)2]2+錯体分子を添加した場合にも観測される。
【0014】
また、微粒子を合成する際に用いる界面活性剤の末端を変化させることによって、金属微粒子全体の状態を変化させられることもわかっている。以下に例を示す。図4に、0.1 M界面活性剤/シクロヘキサン逆ミセル溶液中で合成したFe-CN-Co錯体ナノ微粒子の、合成から24時間後の光吸収スペクトルを示す。(a)は0.1M AOTを、(b)は0.1M NP-5を使用した場合のものである。それぞれの界面活性剤の構造は図中に示す。AOTの場合は400nm付近にスペクトルのピークがあり、NP-5の場合は550nm付近にある。これは、界面活性剤の種類により微粒子全体の状態が変化していることを指している。
微粒子状態の変化は、他の界面活性剤を用いた場合にも観測される。図4(c)はカチオン系界面活性剤CTABを用いた場合の光吸収スペクトルである。これはAOT,NP-5のいずれとも異なる形状を示しており、さらに異なる状態の微粒子を合成できることが確認できた。
以上説明したのように、界面活性剤の配位部を変更することと、追加の分子付加によって、金属錯体微粒子全体の状態を変えることが可能であることがわかった。これらの結果は、本発明が課題とする外部刺激応答性の改善が、表面修飾によって可能であることを示している。
【0015】
微粒子全体の状態が、界面活性剤の種類や追加付加する分子によって、大きく変化することを示した。さらに、微粒子全体の外部刺激応答性も表面修飾によって改善できることを計算機シミュレーションで確かめた。
以下にシミュレーション結果の内容を示す。具体的には古典イジングモデルのモンテカルロシミュレーションを行った。この手法は実際に、金属錯体の状態変化に対する温度変化、磁場印可、光照射等の外部刺激依存性の研究に良く用いられており、実際の振る舞いの定量的な解析も数多くなされている(非特許文献5,6)。
【0016】
用いたシミュレーション技法は具体的には以下のようになる。 本シミュレーションでは、ハミルトニアンすなわちシステムの全エネルギーは以下のモデルを用いた。
【数1】

あるいは
【数2】


ここで、式1は温度変化を考えない場合のモデルであり、温度変化を考える場合は式2を用いる。添え字i 微粒子中に含まれる遷移金属の番号を表す。Si は各々の遷移金属の状態を示す。遷移金属は二つの安定状態を取りうるものを想定する。例えば、鉄コバルトシアノ錯体における鉄やコバルト原子である。Si =1、−1がめいめいの安定状態をi番目の原子が取っていることを示す。右辺第一項は金属原子間の相互作用を表している。また、右辺第二項は各々の金属の安定状態間エネルギー差を表している。本シミュレーションで重要なのは第二項である。今、ある原子i に注目する。Si =1,-1のとき、1/2DiSiはそれぞれ1/2 Di,-1/2 Diとなる。すなわちSi =1とSi =-1の場合のエネルギー差はDiとなる。具体例と比較すると、鉄コバルトシアノ錯体の場合、各々の原子は高スピン状態と低スピン状態の二つの状態を取るが、この二つの状態のエネルギー差がDiと考えればよい。式2では、二状態間エネルギー差の温度依存性を取り込むために右辺第二項に追加の項が含まれる。光励起の効果は、光を吸収した分子の強制的な状態変化によって取り込む。このモデルを用いて、表面修飾された微粒子の光誘起相転移シミュレーションを行う。
表面修飾を施した微粒子の計算を行った構造を図5に示す。図中の丸は錯体分子を模式的に示したものである。白丸は結晶と同じ状態を持つ金属錯体分子、黒丸は表面修飾によって状態が変化した金属錯体分子を表す。つまり、表面に露出した分子は内部と異なる状態を持っている。この内部分子と表面分子の違いは、式1においてはDiの違いによって導入される。すなわち、表面分子(黒丸)はDi= DSとし、内部分子(白丸)はDi= D0とした。
【0017】
図6に表面分子の相対的エネルギーを変化させた際のスイッチング挙動の変化を示す。本計算は直径が20個の分子である球状微粒子の例である。光励起強度を上げていけばスイッチングが起こるが、弱い光励起強度の場合はスイッチングが起こらない。その境界を実線で示した。これより、スイッチングが起こる強度閾値が表面擬スピンのエネルギーによって変化することがわかる。DS=1の場合が内部分子と表面分子が同じエネルギー差を持っている場合なので、表面のエネルギーをコントロールすることによって弱い光励起強度でスイッチングが起こることがわかる。
また、図中点線は微粒子全体が同じ状態を取るか(一様相)、表面と内部で異なる状態を取るか(相分離)の境界を示している。これより、表面擬スピンのエネルギーを極端に変えない限りは、微粒子全体が一様に状態を変化させることがわかる。
【0018】
光照射に対する応答速度も、表面修飾によって大きく改善される。図7に、光照射時の状態変化挙動の表面状態依存性を示す。DSが表面分子の二状態間エネルギー差を示す。内部分子の二状態間エネルギー差はD0=1としているので、DS =1が内部と表面が同じエネルギー差の場合を示している。光照射は時間=0から行っている。
これに比べて、DS =-1の場合、非常に速やかに状態変化が起こることがわかる。これは、表面修飾によって、表面分子の二状態間エネルギー差をコントロールして光照射に対する応答性を改善できることを示している。
【0019】
外部刺激による状態変化が起こる温度が表面修飾によって操作できることも、シミュレーションにより明らかとなった。このシミュレーションでは、式2を用いて温度変化を評価する。図8に温度操作による、状態変化挙動の図を示す。DSは表面分子の二状態間相対的エネルギー差を表しており、内部分子の二状態間相対的エネルギー差はD0=4.0としている。
最初に温度0、状態変化比率0から、徐々に温度Tを上げていき、温度Tが3に達した後に、再度温度を0まで下げるという過程を計算した。その場合、ある転移温度で状態変化比率が1になり、急激に状態変化が起こっていることがわかる。また、温度を下げていくと、ある温度で再度状態変化比率が0になるが、その温度は温度上昇時に急激な変化が起こった温度よりは低くなっている。この現象は履歴現象と呼ばれている。この、履歴現象が起こっている温度範囲では、二つの状態が安定であり、その間の状態変化を別の外部刺激(例えば光)によって誘起できる(非特許文献9)。
すなわち、この履歴現象が起こっている温度を操作することができれば、記憶素子として利用できる温度範囲を操作することができることになる。図8に示したとおり、DS=4.0とDS=7.0では、明らかに履歴現象が観測される温度が異なっており、表面分子の状態を変えることによって記憶素子機能が発現する温度を変えることができる。この結果は、今まで低温でしか記憶機能が発現していなかった材料で表面修飾した微粒子を作ることにより、室温での機能発現が可能になることを示している。
【0020】
これらの外部刺激応答性金属錯体を記憶素子に利用するためにはいくつかの実施形態が考えられる。なぜなら、金属錯体は二状態間で色、体積、磁性など様々な物性が異なるからである。以下に例を挙げる。ただし、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
DVD-RAMのような光記憶素子として使用する場合、強力な光照射によって状態変化の誘起すなわち情報書き込みを行い、状態変化を誘起しない程度の弱い光照射によって行われる。
また、磁性が変化する金属錯体の場合は、ハードディスクのように磁場印可に対する応答で読み出すことや、光磁気ディスク(MO)の様に、磁気光学効果を用いて読み出すことも想定される。また、温度変化によっても状態変化を起こすことで書き込みを行うことも可能である。
具体的に実施可能な素子構造としては、既存の記憶素子に倣ったものを利用できる。例として、光記憶素子の場合について以下に述べる。光記憶素子として利用するには、現在利用されているDVD-Rと同型の構造を作成することが考えられる。DVD-Rは一度だけの情報書き込みを行う円盤状記憶媒体である。記憶素子部には各種色素を用いている。透明基板上に塗布された色素薄膜に光照射を行い、化学変化を起こして光学特性を変化させることによって、情報の書き込みを行っている。
色素薄膜は一般にスピンコート法で製膜されている。同様の光記憶媒体に本発明を利用することは、DVD-Rにおける色素部を金属錯体微粒子に変更することで達成できる。金属錯体微粒子は、溶媒中に分散したものを作成できるため、スピンコート法をそのまま適用でき、色素の場合とほぼ同じ工程で円盤状記憶媒体を作成できる。
温度変化による書き込み、消去を行う場合は、レーザ照射による加熱か、隣接して設置した抵抗部への通電が考えられる。前者はDVD-RAMなどの光記憶素子で使われている手法であり、後者はOvonic Unified Memoryで用いられている技術である。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の界面活性剤及び付加分子で表面が修飾された金属錯体微粒子からなる外部刺激応答素子を用いた記憶素子は、応用範囲が広くDVD-RAM、光磁気ディスク(MO)、DVD-Rなど幅広い記憶素子として用いることができ、産業上の利用可能性は高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】金属錯体微粒子の構造模式図。
【図2】シアノ架橋錯体ナノ微粒子にピリジン分子を添加したときの光吸収係数の変化図。
【図3】シアノ架橋錯体ナノ微粒子に[Ni(en)2]2+錯体分子を添加したときの光吸収係数の変化図。
【図4】界面活性剤/シクロヘキサン逆ミセル溶液中で合成したFe-CN-Co錯体ナノ微粒子の時間変化UVスペクトル図。
【図5】表面修飾を施した微粒子を想定した計算に用いた、球状構造の断面図
【図6】表面擬スピンの相対的エネルギーを変化させた際のスイッチング挙動の変化図
【図7】直径20分子の微粒子における光誘起状態変化挙動図
【図8】直径20分子の微粒子における、温度変化に伴う状態変化挙動図。内部分子の二状態間エネルギー差はD0=4とした。まず、温度0,状態変化比率0から温度を3まで上昇させていき、その後再度0まで下げていく過程をシュミレーションした。DSは表面分子の二状態間エネルギー差を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性剤 及び/または 付加分子で表面が修飾された金属錯体微粒子からなる外部刺激応答素子を用いた記憶素子。
【請求項2】
錯体がシアノ錯体であり、中心金属がMa及びMbの2種の金属である請求項1に記載した記憶素子。
【請求項3】
MaがFe又はCr、であり、MbがFe又はCoである請求項1又は請求項2に記載した記憶素子。
【請求項4】
付加分子が、ピリジン分子またはNH3分子またはNO2-または[Ni(en)2]2+錯体分子(en:エチレンジアミン)であり、界面活性剤がCTAB (cetyltrimethylammonium bromide)またはNP-5(Polyethylene glycol mono 4-nonylphenyl ether (n = 5)) またはAOT(Di-2-ethylhexylsulfosuccinate sodium salt)である、請求項1ないし請求項3のいずれかひとつに記載した記憶素子。
【請求項5】
界面活性剤及び付加分子で表面が修飾された金属錯体微粒子からなる外部刺激応答素子を用いた記憶素子の製造に際して、
1)Maを中心金属とする金属シアノ錯体(陰イオン)を含む第一逆ミセル溶液と、Mbを中心金属とする金属錯陽イオンを含む第二逆ミセル溶液とをそれぞれ調製する第一工程、
2)第一逆ミセル溶液と第二逆ミセル溶液とを混合する第二工程、及び
3)第二工程で得られた混合液に長鎖アルキル保護剤を添加し、得られたナノ結晶を単離する第三工程から得られる外部刺激応答素子を用いる記憶素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−98920(P2006−98920A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−286844(P2004−286844)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】