説明

診断対象物の評価方法および評価装置

【課題】 評価対象物の状態を精度良く評価して、異常の有無等を自動的に判定することの出来る評価方法および評価装置を提供すること。
【解決手段】 評価対象物から予め取得した基準状態信号と、測定時に取得した測定状態信号とについて、その変化した度合を、周波数スペクトル成分の統計値を用いた統計検定等により求め、その結果に基づいて状態判定を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、評価対象物の状態を評価するための技術に係り、特に、評価対象物から検出した振動や音,AE信号等の状態信号を利用して評価対象物の状態を高い信頼性をもって効率的に評価することの出来る、診断対象物の新規な評価方法および評価装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の装置やシステム,自然物などにおいては、その状態を把握して正常か非正常かを判定したり、メンテナンスの必要性を判定したりすることが必要となる場合がある。具体的には、例えば、NC加工機等の工作機械や半導体製造プラント等の生産設備、発電所のタービン等のシステム、エアコンや冷蔵庫等の家電製品、崩壊の危険性のある山野等においては、安定した作動を継続的に実現させたり、危険発生を未然に回避するために、その状態が正常か否かを判定することが有効である。
【0003】
ところが、このような各種の評価対象物における状態は、外部から人が観察するだけでは容易に判断し難い場合が多い。
【0004】
そこで、従来から、評価対象物の状態を反映する状態反映信号として、例えば音や振動,AE信号等を検出して、この状態反映信号を解析することで、評価対象物における異常の発生を速やかに検知することが提案されている。なお、状態反映信号の解析方法としては、状態反映信号の最大値を観察して閾値を超えたピーク値の検出をもって異常と判定するピーク値解析や、状態反映信号からフーリエ演算によって得られる特定周波数成分の検出をもって異常を判定する周波数解析などが知られている。(特許文献1参照)
【0005】
ところで、評価対象物から加速度センサやボイスコイル等で検出される状態反映信号には、評価対象物の状態に関係のない多くの雑音信号が含まれる。そこで、評価対象物の状態を高精度に判定して判定結果の信頼性を高めるために、かかる雑音信号を除去することが要求される。そのために、従来では、一般に、ローパスフィルタやハイパスフィルタ、バンドパスフィルタを用いて、状態反映信号から雑音信号を除いて、評価対象物の状態を反映すると考えられる特定周波数域の信号だけを抽出し、この抽出した特定周波数域の信号を解析するようにしている。
【0006】
しかしながら、このようなフィルタを用いて状態反映信号から特定周波数域の信号だけを取り出した場合、果して本当に評価対象物の状態を反映する信号だけが抽出されているか否かは、明確でない。蓋し、フィルタによるカットオフ周波数の決定は、専ら経験的或いは試行錯誤的に行われているに過ぎないのである。
【0007】
それ故、従来の状態評価方法や状態評価装置は、その使用に際して熟練を要するものであり、また、判定結果の客観的な信頼性や安定性が、必ずしも高く無かった。しかも、熟練者が操作した場合でも、評価対象物の状態判定に有意な信号までも、除去されている可能性は否定できず、果して効率的な判定が実現できているか否かという疑問を完全に拭い去ることは出来なかったのである。
【0008】
【特許文献1】特開2002−372400号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ここにおいて、本発明は、上述せる如き事情を背景にして為されたものであって、その解決課題とするところは、評価対象物の状態を容易に且つ精度良く判定して異常の発生を高い信頼性をもって検出することを可能にし得る、評価対象物の新規な評価方法および評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下、このような課題を解決するために為された本発明の態様を記載する。なお、以下に記載の各態様において採用される構成要素は、可能な限り任意の組み合わせで採用可能である。また、本発明の態様乃至は技術的特徴は、以下に記載のものに限定されることなく、明細書全体および図面に記載されたもの、或いはそれらの記載から当業者が把握することの出来る発明思想に基づいて認識されるものであることが理解されるべきである。
【0011】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様1)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様1は、評価対象物から検出した状態反映信号に基づいて該評価対象物の状態を評価するに際して、判定基準とする状態下において前記状態反映信号を前記評価対象物から検出することにより単位時間長に亘る基準状態信号を複数得て、それら複数の基準状態信号に関してそれぞれ周波数スペクトル情報を得る一方、測定対象とする状態下において前記状態反映信号を前記評価対象物から検出することにより単位時間長に亘る測定状態信号を少なくとも一つ得て、該測定状態信号に関して周波数スペクトル情報を得、更に、該基準状態信号に関して得た周波数スペクトル情報と、該測定状態信号に関して得た周波数スペクトル情報とについて、それぞれ統計値を求めて、それら基準状態信号に基づく統計値と測定状態信号に基づく統計値との相違の程度に基づいて、前記評価対象物における測定対象状態を評価するようにした診断対象物の評価方法にある。
【0012】
このような本発明方法に従えば、評価対象物の正常状態などの基準状態を判定基準として、測定対象となる状態を評価することが可能となる。要するに、測定状態において、基準状態から変化した部分だけを対象として、評価対象物の状態を評価することが出来る。それ故、従来手法のように予めフィルタ手段を用いて一義的に設定した周波数域の信号を全て除去してしまう必要が無い。
【0013】
従って、本発明方法によれば、操作する者の意図によって情報信号が不用意に削除されてしまうことが防止されるのであり、評価に際して有意な信号を、容易に且つ効率的に取り出すことが可能となる。そして、取り出した状態信号に基づいて、評価対象物の状態を高精度に判定することが可能となるのである。
【0014】
加えて、本発明方法においては、評価対象物の基準状態信号を複数取得し、それらの統計値(平均値や分散など)を用いて状態を評価するようにしたことから、評価結果において一層の信頼性と安定性の向上が図られ得る。
【0015】
より詳細な態様を例示すれば、本発明に係る評価方法は、次のような態様を採り得る。先ず、対象物の状態を判定するために、基準状態(判定基準とする状態)で測定した信号(基準状態信号)をFFTによりスペクトルを求め、各周波数におけるスペクトル成分の統計値(平均値や分散など)を前もって求めておく。次に、状態診断を行うために、測定対象とする状態下で新たに測定した信号(測定状態信号)をFFTによりスペクトルを求め、各周波数において前もって求められた基準状態のスペクトル成分の統計値(平均値や分散など)を用いて、各周波数のスペクトル成分が基準状態時のスペクトルに対する変化の度合を統計検定等(例えば、後述のスペクトル成分差演算値)により求める。更に、変化の大きいスペクトル成分を抽出して、周波数領域の特徴パラメータ(例えば、後述の特徴パラメータ)を用いて状態変化の有無や状態種類の同定を行う。
【0016】
なお、評価対象物の評価方法に関する本発明の態様1では、(e)前記基準状態信号における前記単位時間長と、前記測定状態信号における前記単位時間長を同じにすることが、一般に採用される。
【0017】
このように基準状態信号と測定状態信号の単位時間長を揃えることで、両状態信号の検出条件を一層近づけることが出来る。それ故、それら基準状態信号と測定状態信号から得られる両統計値の比較に基づく判定精度の更なる向上も図られ得る。尤も、本発明では、このように両信号の時間長を同じに揃えなくても対応処理することも可能である。
【0018】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様2)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様2は、前述の態様1に係る評価方法であって、前記判定基準とする状態下において前記状態反映信号として所定の時間長さの信号を取得して該状態反映信号を一定の分割時間長で複数に分割することにより複数の前記基準状態信号を得ると共に、前記測定対象とする状態下において前記状態反映信号として所定の時間長さの信号を取得して該状態反映信号を一定の分割時間長で複数に分割することにより複数の前記測定状態信号を得ることを、特徴とする。
【0019】
本態様に従えば、それぞれ複数の基準状態信号と測定状態信号を、容易に且つ効率的に取得することが出来る。そして、このように基準状態信号だけでなく測定状態信号も、複数得ることにより、それぞれの統計値の相違に基づく判定精度の更なる向上も図られ得る。
【0020】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様3)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様3は、前述の態様2に係る評価方法であって、前記判定基準とする状態下において取得した前記状態反映信号を複数に分割するに際して、分割して得られた前記基準状態信号の複数におけるそれぞれのデータの絶対値の平均値および標準偏差が近似的に等しくなるように、前記分割時間長を設定すると共に、前記測定対象とする状態下において取得した前記状態反映信号を複数に分割するに際して、分割して得られた前記測定状態信号の複数におけるそれぞれのデータの絶対値の平均値および標準偏差が近似的に等しくなるように、前記分割時間長を設定することを、特徴とする。
なお、それぞれのデータの絶対値の平均値および標準偏差が近似的に等しくなるとは、下記の〔数1〕を満足し得る状態となることをいう。
【数1】

(ただし、i≠j,j=1〜Nで、Mi とMj はそれぞれi番目とj番目の分割データの数で、t(α,∞)はt分布の確率密度関数が上側確率αに対するパーセント点である。また、α=0.00001〜0.9であり、より好ましくは0.005〜0.3とされる。)
【0021】
本態様に従えば、複数の基準状態信号と複数の測定状態信号が、何れも、近似的に定常信号とされることとなり、基準状態信号および測定状態信号を何れもより高精度に取得することが可能となる。特に、測定状態信号が、全体の時間長に亘ってみると非定常信号である場合でも、その分割時間長を充分に短く設定して、上述の条件(それぞれのデータの絶対値の平均値および標準偏差が等しい)を満足するように分割することで、近似的に定常信号として得ることが可能となるのである。
【0022】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様4)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様4は、前述の態様1乃至3の何れか一の態様に係る評価方法であって、前記基準状態信号に関する周波数スペクトル情報の前記統計値と、前記測定状態信号に関する周波数スペクトル情報の前記統計値として、それぞれ、平均値および標準偏差を採用することを、特徴とする。
【0023】
本態様に従えば、統計値として平均値と標準偏差を採用することにより、基準状態信号と測定状態信号のそれぞれの周波数スペクトル情報を効率的に且つ容易に把握することが出来る。それ故、かかる統計値を採用することで、例えば後述の態様7に例示するように、基準状態信号の周波数スペクトル情報と測定状態信号の周波数スペクトル情報との相違(変化の度合)を、有利に評価することが可能となる。
【0024】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様5)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様5は、前述の態様1乃至4の何れか一の態様に係る評価方法であって、前記基準状態信号に基づく統計値と前記測定状態信号に基づく統計値との相違の程度を評価するために、それら両統計値における周波数スペクトル成分の差の大きさを表すスペクトル成分差演算値を用いることを、特徴とする。
【0025】
本態様においては、例えば、基準状態と測定状態で全体としての振動レベルが殆ど変化していなくても、振動周波数成分が変化しているような場合にも、その変化を把握して、異常等を検出することも可能となる。特に本態様は、次の態様6や態様7としてより好適に実現される。
【0026】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様6)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様6は、前述の態様5に係る評価方法において、前記スペクトル成分差演算値として、周波数スペクトル成分毎に下式:〔数2〕で求められる識別指標:DIおよび周波数スペクトル成分毎に下式:〔数3〕で求められる平均値差:DAの少なくとも一方を採用することを、特徴とする。
【数2】

【数3】

【0027】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様7)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様7は、前述の態様5又は6に係る評価方法において、前記スペクトル成分差演算値に関して閾値を設定し、該閾値よりも該スペクトル成分差演算値が大きいか否かを判定して、その判定結果に基づいて状態変化の特徴を反映する特徴スペクトル成分を抽出し、この特徴スペクトル成分を利用して前記評価対象物における測定対象状態を評価することを、特徴とする。
【0028】
本態様においては、基準状態に比して変化のあった周波数スペクトル成分だけを効率的に対象として、状態の異常等を的確に且つ一層簡単に判定することが可能となる。
【0029】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様8)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様8は、前述の態様7に係る評価方法において、以下の(1)〜(8)に記載の特徴パラメータの少なくとも一つを用いて前記特徴スペクトル成分の特徴を把握することにより、前記評価対象物における測定対象状態を評価することを、特徴とする。
(1)下式で求められる「残存スペクトルパワー」
【数4】

(2)下式で求められる「スペクトル残存パワー」
【数5】

(3)下式で求められる「平均特徴周波数」
【数6】

(4)下式で求められる「単位時間あたり時間平均をクロースする頻度」
【数7】

(5)下式で求められる「波形の安定指数」
【数8】

(6)下式で求められる「変動率」
【数9】

【数10】

【数11】

(7)下式で求められる「歪度」
【数12】

(8)下式で求められる「尖度」
【数13】

【数14】

【0030】
本態様においては、特徴スペクトル成分の特徴を数式を用いて的確に把握することが可能となり、評価対象物の状態を一層効率的に判定することが可能となる。
【0031】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様9)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様9は、前述の態様1乃至8の何れか一の態様に係る評価方法において、任意の無次元特徴パラメータをM個(p1 〜pM )を選び、かかるM個の特徴パラメータから下式:
【数15】

で表される統合特徴パラメータ:Zを採用し、
前記評価対象物における前記基準状態として、互いに異なる2種類の状態である状態n及び状態aを選定し、該状態nにおいて得たN個の前記基準状態信号と該状態aにおいて得たN個の前記基準状態信号とに基づいてそれぞれ該統合特徴パラメータ:Zni,Zai(i=1〜N)を求め、更に、該状態nにおけるN個の該統合特徴パラメータ:Zniの平均値:μZn及び標準偏差:SZnと、該状態aにおけるN個の該統合特徴パラメータ:Zaiの平均値:μZa及び標準偏差:SZaを用いて、下式:
【数16】

で表される絶対判定基準:DIZ を求める一方、
前記評価対象物の測定対象状態で得た前記測定状態信号に基づいて前記統合特徴パラメータ:Zを求めて、
以下の判定条件I及び判定条件IIに示されるMAミニマックス絶対判定法に従い、前記評価対象物における測定対象状態を評価することを、特徴とする。
判定条件I:μZn>μZaならば、Z>DIZ のときに前記状態n,Z<DIZ のときに前記状態a。
判定条件II:μZn<μZaならば、Z<DIZ のときに前記状態n,Z>DIZ のときに前記状態a。
【0032】
本態様において、一般に、状態n及び状態aは、何れも、判定結果として得ようとするカテゴリ等が選択される。より具体的に例示すると、状態nとして正常状態が選定されると共に、状態aとして異常状態が選定される。この他、状態n及び状態aとして互いに異なる異常状態を選定しても良い。要するに、本態様では、その判定結果として、評価対象物における測定対象状態が、予め基準状態として選択した二つの状態:状態n,状態aのうち、何れの状態であるかを判定するものであるから、判定結果として得たい二つの異なる状態が、これら二つの基準状態:状態n,状態aとして選択されることとなる。
【0033】
一方、測定対象状態では、得られた測定状態信号から統合特徴パラメータ:Zが求められる。そして、このZ値と、上述の二つの基準状態:状態n,状態aの情報から得られた絶対判定基準:DIZ の値との関係を考慮して、測定対象状態が、二つの基準状態:状態n,状態aの何れの状態にあるのかが判定されることとなる。
【0034】
なお、本態様において、統合特徴パラメータ:Zを求めるに際して考慮される無次元の特徴パラメータ:p1 〜pM としては、基準状態信号と測定状態信号との各統計値の相違の差の程度を反映した適当なパラメータが採用可能であり、より好適には前記特徴スペクトル成分を反映した適当なパラメータが採用可能されることとなり、更に好適には前述の態様8における(1)〜(9)の特徴パラメータの中から適宜に適当なものが適当な数だけ選択される。何れか2つを選択しても良いし、9個全部を選択しても良い。測定対象状態の評価状態に応じて、或いは測定対象の種類等に応じて、例えば過去の判定経験データや実験結果等を考慮して選択される。また、統合特徴パラメータ:Zにおけるaの値は、各対応する特徴パラメータにおいて考慮する重み付けの割合に応じて、例えば過去の判定経験データや実験結果等を参考にして適当に設定される定数である。
【0035】
(評価対象物の評価方法に関する本発明の態様10)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様10は、前述の態様9に係る評価方法において、前記絶対判定基準:DIZ に代えて下式:
【数17】

【数18】

で表される相対判定基準:DIZn,DIZaを採用し、
前記判定条件I及び判定条件IIに代えて、以下の判定条件IIIに示されるMAミニマックス相対判定法に従い、前記評価対象物における測定対象状態を評価することを、特徴とする。
判定条件III:DIZn<DIZaならば前記状態n,DIZn>DIZaならば前記状態a。
【0036】
上述の本発明の態様9および10に従えば、何れも、有効で且つ簡易な統合特徴パラメータによる判定が実現可能となる。なお、これらの判定が有効であることは、二つの基準状態として状態nとして正常状態を採用すると共に、状態aとして異常状態を採用した、後述の実施例3からも明らかである。
【0037】
(評価対象物の評価装置に関する本発明の態様11)
評価対象物の評価方法に関する本発明の態様11は、前述の態様1乃至10の何れか一の態様に係る評価方法において、前記状態反映信号から前記基準状態信号および前記測定状態信号を得るに際して、信号の増幅と雑音の除去と対象周波数帯域フィルタリングの少なくとも一つの信号処理を行うことを、特徴とする。
【0038】
本態様においては、評価対象物から検出された状態反映信号において、状態評価に際して考慮されるべきでない情報を事前に取り除くことができる。これにより、状態評価の精度を更に向上させることが可能となる。
【0039】
(評価対象物の評価装置に関する本発明の態様1)
評価対象物の評価装置に関する本発明の態様1の特徴とするところは、(a)評価対象物から、その状態を反映した情報を含む状態反映信号を検出する状態反映信号検出手段と、(b)前記評価対象物の判定基準とする状態下において前記状態反映信号検出手段で検出された前記状態反映信号から単位時間長に亘る基準状態信号の複数を取得する基準状態信号取得手段と、(c)該基準状態信号取得手段で取得した前記基準状態信号について周波数スペクトル情報を求める基準スペクトル情報演算手段と、(d)該基準スペクトル情報演算手段で求めた前記基準状態信号の周波数スペクトル情報の統計値を求める基準状態統計値演算手段と、(e)前記評価対象物の測定対象とする状態下において前記状態反映信号検出手段で検出された前記状態反映信号から単位時間に亘る測定状態信号を取得する測定状態信号取得手段と、(f)該測定状態信号取得手段で取得した前記測定状態信号について周波数スペクトル情報を求める測定スペクトル情報演算手段と、(g)該測定スペクトル情報演算手段で求めた前記測定状態信号の周波数スペクトル情報の統計値を求める測定状態統計値演算手段と、(h)前記基準状態統計値演算手段で求めた統計値と、前記測定状態統計値演算手段で求めた統計値とを比較演算する比較演算手段と、(i)比較演算手段によって得られた比較演算結果から、前記評価対象物の状態を判定する判定手段と、(j)該判定手段による判定結果を外部に表示する表示手段とを、含んで構成されている診断対象物の評価装置にある。
【0040】
本態様に従う構造とされた評価装置においては、前述の如き本発明方法を有利に実施することが出来るのであり、それによって、前述の本発明方法によって得られるのと同様な効果を得ることが可能となる。
【0041】
特に、本態様において、(a)状態反映信号検出手段としては、例えば加速度センサや歪センサ等の力センサ,ボイスコイル等の音センサなどのセンサを評価対象物に装着して電気的な振動信号を採取するものの他、例えば自動車用内燃機関等のように制御コンピュータを備えているものを評価対象物とする場合には、該評価対象物自体が備えている制御系を状態反映信号検出手段として利用して、かかる制御系における適当な信号を状態反映信号として利用することも可能である。
【0042】
また、本態様において、(b)基準状態信号取得手段および(e)測定状態信号取得手段は、(a)状態反映信号検出手段で得た状態反映信号を予め設定した一定の時間で分割する信号処理装置によって構成され得る。また、(c)基準スペクトル情報演算手段および(f)測定スペクトル情報演算手段は、必要に応じてA/D変換器を用いて信号処理したデータを、高速フーリエ演算(FFT演算)による演算手段で処理する構成によって有利に実現され得る。また、(d)基準辞意歌い統計値演算手段および(g)測定状態統計値演算手段、(h)比較演算手段、(i)判定手段は、何れも、ROM等に予め記憶されたプログラムに従って演算処理を行うCPU等を利用して構成された演算処理装置によって有利に構成される。更に、(j)表示手段は、判定結果を人が認識可能に表示するものであれば良く、CRTや液晶モニタ等の画像表示装置の他、音による表示装置や、光による表示装置など、各種のものが採用可能であり、それらを適宜に組み合わせて採用しても良い。
【0043】
そして、このことから明らかなように、本発明に従う構造とされた評価装置は、センサ等によって構成される状態反映信号検出手段の他を、コンピュータ等によって構成することが出来るのであり、それによって、人手による面倒な調節や処理の操作をいちいち必要とすることなく、自動的に且つ高速で、評価の処理実行が可能とされる。
【0044】
また、本態様において好適には、(d)基準状態統計値演算手段で求められた周波数スペクトル情報の統計値を記憶する記憶手段を設けて、その後に(g)測定状態統計値演算手段で適宜に求められる周波数スペクトル情報の統計値と、(h)比較演算手段で演算処理するに際して、かかる記憶手段に記憶した統計値を利用するようにされる。
【0045】
(評価対象物の評価装置に関する本発明の態様2)
評価対象物の評価装置に関する本発明の態様2は、前述の態様1に係る評価装置において、更に、(k)前記状態反映信号検出手段で検出された前記状態反映信号が定常信号か非定常信号かを判別する信号判別手段と、(l)該信号判別手段によって該状態反映信号が非定常信号であるとされた場合には、該状態反映信号を近似的に定常信号として処理できるように、分割後の各データの絶対値の平均値および標準偏差が近似的に等しくなるだけの短い時間長に該状態反映信号を分割することにより、前記基準状態信号や前記測定状態信号を得る信号分割手段と、からなる定常信号化手段を設けたことを、特徴とする。
なお、近似的に等しくなるとは、下記の〔数19〕を満足し得る状態となることをいう。
【数19】

(ただし、i≠j,j=1〜Nで、Mi とMj はそれぞれi番目とj番目の分割データの数で、t(α,∞)はt分布の確率密度関数が上側確率αに対するパーセント点である。また、α=0.00001〜0.9であり、より好ましくは0.005〜0.3とされる。)
【0046】
本態様においては、例えば状態反映信号が非定常信号の場合でも、それを充分に短い時間長に分割することで近似的に定常信号として扱うことが可能となり、本発明に従う統計処理に基づく評価を適用することが出来るのである。
【発明の効果】
【0047】
上述した本発明の各態様の説明および後述する本発明の実施形態の説明から明らかなように、本発明においては、評価対象物の状態の変化有無の判定および状態種類の同定を、複雑な人手の操作を必要とすることなく簡易に、且つ高精度に行うことができる。
【0048】
よって、例えば、本発明は実際の状態診断やパターン認識などの分野において、高精度の状態診断アルゴリズムを提供でき、計算機による状態診断の自動化および診断装置の実現に役立つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0049】
以下、本発明を更に具体的に明らかにするために、本発明の実施形態について説明する。先ず、図1には、本発明の一実施形態としての状態診断方法における、状態信号としての各種信号のデータ処理の流れが示されている。状態信号としては、公知の各種センサ等の信号測定手段により測定された振動信号,音響信号,AE(Acoustic Emission)信号等が好適に用いられる。
【0050】
図1に示すように、データ処理の流れは「診断の準備」と「診断の実行」に大きく分けられる。ここで、この流れに沿って、詳細なアルゴリズムを解説する。
【0051】
1.診断の準備
(1)基準状態と周波数帯域を決定する。
基準状態とは、診断対象物(評価対象物)の状態変化の有無を判定するときに参照となる状態である。例えば、設備診断の場合、基準状態は「正常状態」とされる場合が多い。
また、ここで言う周波数帯域とは、診断に際して考慮する最小周波数から最大周波数までの周波数範囲であり、診断すべき各状態の特徴スペクトルがこの周波数範囲で求められるものである。
【0052】
(2)基準状態の信号を計測する。
以降の統計処理ができるように、診断対象物に装着した加速度センサ等によって、診断対象物の状態を反映した信号(基準信号)を、十分な時間長で計測する。この基準信号を、後述するように適当な時間長で分割することによって、単位時間長に亘る基準状態信号を取得する。また、診断対象物の特徴に応じて、その診断に考慮すべき振動周波数を予め検討した結果等に基づいて、サンプリング周波数を決定する。
【0053】
(3)上記基準信号が定常信号の場合、各周波数において、基準状態のスペクトルを求める。ここで、定常信号とは、信号の平均値と分散が時間とともにほぼ一定の信号である。
すなわち、充分な時間長で計測して得た上記基準信号を、N回に等分割することにより、N個の基準状態信号を取得する。そして、かかるN個の基準状態信号のそれぞれについて、FFTにより周波数スペクトルを求める。統計理論により、N>5とすることが望ましい。
【0054】
(4)非定常信号の場合、測定した信号を近似的に定常信号として処理できるように、短い時間長の信号(分割データと呼ぶ)に分割する。分割データの時間長(分割時間長と呼ぶ)は次のように決定される。
まず、N個の分割データの信号レベルの絶対値(絶対値データと呼ぶ)を求める。N個の分割データのそれぞれにおける絶対値データの平均値と標準偏差をそれぞれμ1 〜μN とS1 〜SN とすると、有意水準αを与えて、仮説μ1 =μ2=・・・=μi =・・・=μN を検定する。すなわち、この仮説が成り立つまで、分割時間長を短くしていく。
たとえば、有意水準αが与えられた場合、次に示す数式が成り立てば、上記の仮説が成り立つ。
【数20】

ここで、i≠j,i,j= 1〜Nで、Mi とMj はそれぞれiとj番目の分割データの数で、t(α,∞)はt分布の確率密度関数が上側確率αに対するパーセント点である。一般にα=0. 00001〜0. 9であり、より好ましくは0.005〜0.3 とされる。
【0055】
(5)分割したN個の基準状態信号のそれぞれについて、周波数スペクトルを、上記の(3)と同じように求める。
【0056】
(6)各周波数において、基準状態の周波数スペクトル成分の統計値を求める。
各周波数において、基準状態のスペクトル成分の典型的な統計値は次のようなものである。周波数fi における第j番目の基準状態のスペクトル成分をFj (fi )とし、i= 1〜Iとする。Iは、周波数スペクトルの分割数である。
1)平均値
次に示す数式により平均値が求められる。
【数21】

2)標準偏差
次に示す数式により標準偏差が求められる。
【数22】

【0057】
(7)基準状態のスペクトル成分の統計値をデータベースに蓄える。
上記の(6)で求めた基準状態のスペクトル成分の統計値を、記憶手段としてのRAMや各種の記憶デバイス等で構成されたデータベースに蓄えておき、後述の状態診断のために用いるようにする。
【0058】
2.診断の実行
(1)状態診断のための信号を計測する。
基準状態と同様な計測条件(採用する検出手段(センサ)や該検出手段の診断対象物への取付位置などの各種条件)および同様な周波数帯域で信号(測定信号)を計測する。測定信号の計測時間長は最短で基準状態の信号の計測時間長の1/Nとする(Nは、前述の基準信号を分割して得た基準状態信号の数)。より好適には、統計学上の理論から、測定信号の計測時間長を、基準状態の信号の計測時間長の5/N以上とする。
【0059】
(2)定常信号の場合、各周波数fi において、基準状態のスペクトル成分に対する変化の度合を統計検定等により決定する。ここで、定常信号とは、信号の平均値と分散が時間とともにほぼ一定の信号である。
すなわち、上述の基準信号の処理と同様に、所定の時間長で計測して得た測定信号を、適当数に等分割することにより、適当数の測定状態信号を取得する。そして、かかる適当数の測定状態信号のそれぞれについて、FFTにより周波数スペクトルを求める。
【0060】
(3)非定常信号の場合、測定した信号を近似的に定常信号として処理できるように、十分に短い時間長に分割することにより、適当数の測定状態信号を取得する。分割理論は、上述の基準信号の処理と同様である。
【0061】
(4)分割した各信号のスペクトルFu (fi )を、上述の基準状態信号と同じように求める。
【0062】
(5)各周波数において、基準状態のスペクトル成分に対する変化の度合を、前述の〔数21〕,〔数22〕に示した統計値(平均値及び標準偏差)により評価する。変化の度合を評価するには、次のような方法が好適に用いられる。
【0063】
1)識別指標法
識別指標DIは次式により定義される。
【数23】

ここで、μ1 、μ2 は、それぞれ互いに異なる二つの状態(状態1,状態2)のもとでの周波数スペクトル成分の平均値であり、σ1 とσ2 は、その標準偏差である。
このとき、診断のために計測した信号の、周波数fi におけるスペクトル成分Fu (fi )の平均値と標準偏差は、それぞれ次のように表される。
【数24】

i= 1〜Iとすると、識別指標DI(fi )は以下に示す式により求められる。
【数25】

要するに、識別指標DI(fi )が大きければ大きいほど、周波数fi において基準状態のスペクトル成分との差が大きい。
なお、診断のために計測した測定信号の時間長が基準信号の時間長の1/ Nである場合、周波数fi におけるスペクトル成分Fu (fi )の平均値と標準偏差を求めることが出来ない。そこで、周波数fi におけるスペクトル成分Fu (fi )を用いて、識別指標DI(fi )を次に示す式により求める。
【数26】

【0064】
2)平均値差の検定法
平均値差DA(fi )の最大推定値を次に示す式により求める。
【数27】

ここで、以下に示す値は標準正規分布の確率密度関数が下側確率α/ 2に対するパーセント点であり、一般に、αは0. 02〜0. 2とする。
【数28】

u は、周波数fi におけるスペクトル成分Fu (fi )の平均値及び標準偏差を求めるときに用いたデータの数である。この平均値及び標準偏差はそれぞれ次のように表される。
【数29】

平均値差DA(fi )は識別指標DI(fi )と同様に両者のスペクトル成分差の大きさを表すが、データの個数NとNu が5より大きいことが望ましい。
【0065】
(6)各周波数において、基準状態のスペクトル成分に対する測定状態での変化の度合が大きいスペクトル成分Fu (fi )を抽出するための閾値を決める。
識別指標DI(fi )の閾値は一般に1〜12、より望ましくは3〜5とし、平均値差DA(fi )の閾値は次に示す式のように定義する。
【数30】

すなわち、平均値差DA(fi )と識別指標DI(fi )は上記の閾値より大きければ、周波数fi において基準状態のスペクトル成分との差が大きいと見なす。
【0066】
(7)各周波数において、基準状態のスペクトル成分に対する変化の度合が大きいスペクトル成分Fu (fi )を抽出する。
周波数fi において設定した平均値差DA(fi )或いは識別指標DI(fi )の閾値を超えない場合、現在のスペクトル成分Fu (fi )をゼロにし、それ以外のスペクトル成分Fu (fi )は状態変化の特徴を反映するスペクトルとして抽出される。
【0067】
(8)抽出したスペクトル成分の特徴を表すための周波数領域の特徴パラメータを計算する。
周波数領域の特徴パラメータとしては、以下に示すpf1〜pf9が好適に求められる。
【0068】
1)残存スペクトルパワー
次に示す式により残存スペクトルパワーpf1が求められる。
【数31】

ここで、Fu (fi )は周波数fi において設定した平均値差DA(fi )或いは識別指標DI(fi )の閾値を超えないスペクトル成分である。
【0069】
2)スペクトル残存パワー
次に示す式によりスペクトル残存パワーpf2が求められる。
【数32】

ここで、Fu (fi )は周波数fi において設定した平均値差DA(fi )或いは識別指標DI(fi )の閾値を超えないスペクトル成分であるか、或いは、全スペクトル成分である。以下、数式14〜数式22に示すpf3〜pf9においても同様である。
【0070】
3)平均特徴周波数
次に示す式により平均特徴周波数pf3が求められる。
【数33】

【0071】
4)単位時間あたり時間平均をクロースする頻度
次に示す式により単位時間あたり時間平均をクロースする頻度pf4が求められる。
【数34】

【0072】
5)波形の安定指数
次に示す式により波形の安定指数pf5が求められる。
【数35】

【0073】
6)変動率
次に示す式により変動率pf6が求められる。
【数36】

ここで、pf6における各パラメータは次に示すそれぞれの数式により求められる。
【数37】

【数38】

【0074】
7)歪度
次に示す式により歪度pf7が求められる。
【数39】

【0075】
8)尖度
次に示す各式により尖度pf8,pf9がそれぞれ求められる。
【数40】

【数41】

【0076】
(9)各特徴パラメータの値を用いて状態変化の有無および状態種類の同定を行う。
時間領域、或いは周波数領域の特徴パラメータの値が計算されたら、状態変化の有無の診断、或いは状態種類の同定を行う。ここでは、特徴パラメータの統合法が好適に用いられる。例として、以下の非特許文献1において開示されている「遺伝的プログラミングによる周波数領域の特徴パラメータの自己再組織化」、非特許文献2において開示されている「主成分分析法」と「判別分析法」などがある。
【0077】
【非特許文献1】陳,豊田:遺伝的プログラミングによる周波数領域の特徴パラメータの自己再組織化,日本機械学会論文集(C編),65(633),pp. 1946−1953,1999.
【非特許文献2】脇本和昌ら著:パソコン統計解析ハンドブックII多変量解析編、共立出版株式会社、1984.
【実施例1】
【0078】
ここで、状態信号が定常信号(AE信号)の場合における、本発明の本発明の一実施形態としての状態診断方法を用いた状態診断の例を示す。
【0079】
図2(a)は周波数帯域を0〜500kHzに設定して測定した基準状態(ここで「正常状態」とする)の時系列信号の例である。
図2(b)は基準状態のスペクトルの例である
図2(c)と(d)は基準状態のスペクトルの平均値と標準偏差である。なお、基準状態の平均値と標準偏差を求めるために、15の基準状態の時系列信号を用いた。
図2(e)と(f)はそれぞれ、診断のために測定した時系列信号と、そのスペクトルの例である。
図2(g)は数式7により求めた識別指標DI(fi )である。
この例では、診断すべき状態は「正常状態」と「異常状態」との2状態である。また、診断すべきケース数は30である。
図2(i)は識別指標DI(fi )の閾値を3として、各診断時に測定した時系列データのスペクトルを用いて求めた、数式12で表される残存スペクトルパワーpf1を示す。
【0080】
この例では、データ番号1,2,5,6,7,8,9,15,17,19,21,25,26,28,29が「正常状態」で、3,4,10,11,12,13,14,16,18,20,22 ,23,24,27,30が「異常状態」である。
【0081】
図2(i)により、「正常状態」の残存スペクトルパワーpf1がほぼ0になっているのに対して、「異常状態」の残存スペクトルパワーpf1が大きいことが分かる。この場合、「異常状態」の最小残存スペクトルパワーpf1の値が約0. 002であるから、残存スペクトルパワーpf1の閾値を0. 0015に設定すれば、「正常状態」と「異常状態」との識別ができる。
【実施例2】
【0082】
ここで、状態信号が非定常信号(AE信号)の場合における、本発明の一実施形態としての状態診断方法を用いた状態診断の例を示す。
【0083】
図3は「正常状態」と「異常状態」の非定常信号の例を示すものである。これらの信号は特に後半の部分に非定常性が強い。よって、後半の波形データを3分割にして処理を行った。
図4は図3の時系列波形の分割部に対応する「正常状態」と「異常状態」のスペクトルの例を示す。
図5は各分割部に対応する「正常状態」と「異常状態」のスペクトルの平均値を示す。
図6は、前例と同様に識別指標DI(fi )の閾値を3として、各分割部の時系列データのスペクトルを用いて求めた、数式12により求められるスペクトル残存パワーpf2を示す。
【0084】
この例でも、データ番号1,2,5,6,7,8,9,15,17,19,21,25,26,28,29が「正常状態」であり、3,4,10,11,12,13,14,16,18,20,22 ,23,24,27,30が「異常状態」である。図6により、「正常状態」のスペクトル残存パワーpf2がほぼ0になっているのに対して、「異常状態」のスペクトル残存パワーpf2が大きいことが分かる。
【0085】
この場合、第1,2,3分割における「異常状態」の最小スペクトル残存パワーpf2の値がそれぞれ約0. 08,0. 02,0. 03であるから、スペクトル残存パワーpf2の閾値をそれぞれ0. 07,0. 01,0. 02に設定すれば、「正常状態」と「異常状態」との識別ができる。
【0086】
図7は第1,2,3分割における「正常状態」と「異常状態」のスペクトル残存パワーpf2の平均値を示す。この場合、「異常状態」のスペクトル残存パワーpf2の最小平均値が約0. 05であるから、スペクトル残存パワーpf2の閾値を0. 04に設定すれば、「正常状態」と「異常状態」との識別ができる。
【実施例3】
【0087】
ここで、周波数領域の特徴パラメータの統合による状態診断の例を示す。
【0088】
図8(a)と(b)はそれぞれ周波数帯域を0〜50kHzに設定して測定した正常状態と異常状態の時系列信号(振動加速度)の例である。
図8(c)と(d)はそれぞれ正常状態と異常状態のスペクトルの例である。
正常状態と異常状態を識別するために、周波数領域の特徴パラメータpf3〜pf9を用いる。まず、図8(c)と(d)に示した正常状態と異常状態のスペクトルをそれぞれN回求める。これらのスペクトルを用いて、正常状態と異常状態のpf3〜pf9をそれぞれN個が求められる。
正準判別分析法によりpf3〜pf9を次に示す式によりに統合し、統合特徴パラメータZを求める。
【数42】

【0089】
この例では、a1 ,a2 ,a3 ,a4 ,a5 ,a6 ,a7 はそれぞれ−1. 24,−1. 62,−35. 78,8. 30,−0. 07,1. 91,−1. 24である。ここで、正常状態と異常状態のスペクトルで求めた統合特徴パラメータをそれぞれZniとZai(i= 1〜N)とする。ZniとZaiの平均値と標準偏差とそれぞれμZn、μZaとSZn、SZaとすると、状態の絶対判定基準DIZ は次式で与えられる。
【数43】

【0090】
すなわち、状態診断のとき、絶対判定基準DIZ を用いて状態を判定する方法は次の通りである。なお、この判定方法を、MAミニマックス判定法という。
μZn>μZaならば、Z>DIZ のとき、正常と判定し、Z<DIZ のとき、異常と判定する。
μZn<μZaならば、Z<DIZ のとき、正常と判定し、Z>DIZ のとき、異常と判定する。
【0091】
あるいは、次に示す各式により求められるそれぞれの相対状態判定基準DIZn,DIZaにより、状態判定を行う。
【数44】

【数45】

DIZn<DIZaならば、正常と判定し、DIZn>DIZaならば、異常と判定する。
【0092】
図9には正常状態のデータで求めたDIZnとDIZaの値の例を示す。この場合、DIZn<DIZaであるから、正常と正しく判定できる。
図10には異常状態のデータで求めたDIZnとDIZaの値の例を示す。この場合、DIZn>DIZaであるから、異常と正しく判定できる。
【0093】
本発明の一実施形態としての状態診断方法を用いた診断装置の構成を、ブロック図によって概略的に図11に示す。
【0094】
本装置は振動信号、音響信号、AE信号等を測定するための信号取得部10、測定した信号の増幅、雑音の除去、フィルタリング等のための信号処理部12、図1に示す状態診断の処理流れに従って状態を診断するための診断処理部14、診断の結果や状態情報を表示するための表示部16を含んで構成される。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】本発明に従う状態診断方法の一実施形態における状態診断処理の流れを示す図である。
【図2】定常信号(AE信号)と状態診断の例を示すグラフである。
【図3】正常状態と異常状態の非定常信号(AE信号)の例を示すグラフである。
【図4】正常状態と異常状態の非定常信号(AE信号)のスペクトルの例を示すグラフである。
【図5】非定常信号の各分割部に対応する正常状態と異常状態のスペクトルの平均値を示すグラフである。
【図6】非定常信号の各分割部の時系列データのスペクトルに対応する正常状態と異常状態のスペクトル残存パワーを示すグラフである。
【図7】非定常信号の各分割部における正常状態と異常状態のスペクトル残存パワーの平均値を示すグラフである。
【図8】正常状態と異常状態の時系列信号(振動加速度)とスペクトルの例を示すグラフである。
【図9】正常状態のデータを入力した時のDIZnとDIZaの値を示すグラフである。
【図10】異常状態のデータを入力した時のDIZnとDIZaの値を示すグラフである。
【図11】本発明に従う診断方法を用いた診断装置の一実施形態を示す、診断装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0096】
10 信号取得部
12 信号処理部
14 診断処理部
16 表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象物から検出した状態反映信号に基づいて該評価対象物の状態を評価するに際して、
判定基準とする状態下において前記状態反映信号を前記評価対象物から検出することにより単位時間長に亘る基準状態信号を複数得て、それら複数の基準状態信号に関してそれぞれ周波数スペクトル情報を得る一方、
測定対象とする状態下において前記状態反映信号を前記評価対象物から検出することにより単位時間長に亘る測定状態信号を少なくとも一つ得て、該測定状態信号に関して周波数スペクトル情報を得、更に、
該基準状態信号に関して得た周波数スペクトル情報と、該測定状態信号に関して得た周波数スペクトル情報とについて、それぞれ統計値を求めて、それら基準状態信号に基づく統計値と測定状態信号に基づく統計値との相違の程度に基づいて、前記評価対象物における測定対象状態を評価することを特徴とする診断対象物の評価方法。
【請求項2】
前記判定基準とする状態下において前記状態反映信号として所定の時間長さの信号を取得して該状態反映信号を一定の分割時間長で複数に分割することにより複数の前記基準状態信号を得ると共に、
前記測定対象とする状態下において前記状態反映信号として所定の時間長さの信号を取得して該状態反映信号を一定の分割時間長で複数に分割することにより複数の前記測定状態信号を得る請求項1に記載の診断対象物の評価方法。
【請求項3】
前記判定基準とする状態下において取得した前記状態反映信号を複数に分割するに際して、分割して得られた前記基準状態信号の複数におけるそれぞれのデータの絶対値の平均値:μおよび標準偏差:Sが、下式:〔数1〕を満足するように、前記分割時間長を設定すると共に、
前記測定対象とする状態下において取得した前記状態反映信号を複数に分割するに際して、分割して得られた前記測定状態信号の複数におけるそれぞれのデータの絶対値の平均値:μおよび標準偏差:Sも、下式:〔数1〕を満足するように、前記分割時間長を設定する請求項2に記載の診断対象物の評価方法。
【数1】

(但し、i≠j,j=1〜Nで、Mi とMj はそれぞれi番目とj番目の分割データの数で、t(α,∞)はt分布の確率密度関数が上側確率αに対するパーセント点である。また、α=0.00001〜0.9である。)
【請求項4】
前記基準状態信号に関する周波数スペクトル情報の前記統計値と、前記測定状態信号に関する周波数スペクトル情報の前記統計値として、それぞれ、平均値および標準偏差を採用する請求項1乃至3の何れか一項に記載の診断対象物の評価方法。
【請求項5】
前記基準状態信号に基づく統計値と前記測定状態信号に基づく統計値との相違の程度を評価するために、それら両統計値における周波数スペクトル成分の差の大きさを表すスペクトル成分差演算値を用いる請求項1乃至4の何れか一項に記載の診断対象物の評価方法。
【請求項6】
前記スペクトル成分差演算値として、周波数スペクトル成分毎に下式:〔数2〕で求められる識別指標:DIおよび周波数スペクトル成分毎に下式:〔数3〕で求められる平均値差:DAの少なくとも一方を採用する請求項5に記載の診断対象物の評価方法。
【数2】

【数3】

【請求項7】
前記スペクトル成分差演算値に関して閾値を設定し、該閾値よりも該スペクトル成分差演算値が大きいか否かを判定して、その判定結果に基づいて状態変化の特徴を反映する特徴スペクトル成分を抽出し、この特徴スペクトル成分を利用して前記評価対象物における測定対象状態を評価する請求項5又は6に記載の診断対象物の評価方法。
【請求項8】
以下の(1)〜(8)に記載の特徴パラメータの少なくとも一つを用いて前記特徴スペクトル成分の特徴を把握することにより、前記評価対象物における測定対象状態を評価する請求項7に記載の診断対象物の評価方法。
(1)下式で求められる「残存スペクトルパワー」
【数4】

(2)下式で求められる「スペクトル残差パワー」
【数5】

(3)下式で求められる「平均特徴周波数」
【数6】

(4)下式で求められる「単位時間あたり時間平均をクロースする頻度」
【数7】

(5)下式で求められる「波形の安定指数」
【数8】

(6)下式で求められる「変動率」
【数9】

【数10】

【数11】

(7)下式で求められる「歪度」
【数12】

(8)下式で求められる「尖度」
【数13】

【数14】

【請求項9】
任意の無次元特徴パラメータをM個(p1 〜pM )選び、かかるM個の特徴パラメータから下式:
【数15】

で表される統合特徴パラメータ:Zを採用し、
前記評価対象物における前記基準状態として、互いに異なる2種類の状態である状態n及び状態aを選定し、該状態nにおいて得たN個の前記基準状態信号と該状態aにおいて得たN個の前記基準状態信号とに基づいてそれぞれ該統合特徴パラメータ:Zni,Zai(i=1〜N)を求め、更に、該状態nにおけるN個の該統合特徴パラメータ:Zniの平均値:μZn及び標準偏差:SZnと、該状態aにおけるN個の該統合特徴パラメータ:Zaiの平均値:μZa及び標準偏差:SZaを用いて、下式:
【数16】

で表される絶対判定基準:DIZ を求める一方、
前記評価対象物の測定対象状態で得た前記測定状態信号に基づいて前記統合特徴パラメータ:Zを求めて、
以下の判定条件I及び判定条件IIに示されるMAミニマックス絶対判定法に従い、前記評価対象物における測定対象状態を評価する請求項1乃至8の何れか一項に記載の診断対象物の評価方法。
判定条件I:μZn>μZaならば、Z>DIZ のときに前記状態n,Z<DIZ のときに前記状態a。
判定条件II:μZn<μZaならば、Z<DIZ のときに前記状態n,Z>DIZ のときに前記状態a。
【請求項10】
前記絶対判定基準:DIZ に代えて下式:
【数17】

【数18】

で表される相対判定基準:DIZn,DIZaを採用し、
前記判定条件I及び判定条件IIに代えて、以下の判定条件IIIに示されるMAミニマックス相対判定法に従い、前記評価対象物における測定対象状態を評価する請求項9に記載の診断対象物の評価方法。
判定条件III:DIZn<DIZaならば前記状態n,DIZn>DIZaならば前記状態a。
【請求項11】
前記状態反映信号から前記基準状態信号および前記測定状態信号を得るに際して、信号の増幅と雑音の除去と対象周波数帯域フィルタリングの少なくとも一つの信号処理を行う請求項1乃至10の何れか一項に記載の診断対象物の評価方法。
【請求項12】
評価対象物から、その状態を反映した情報を含む状態反映信号を検出する状態反映信号検出手段と、
前記評価対象物の判定基準とする状態下において前記状態反映信号検出手段で検出された前記状態反映信号から単位時間長に亘る基準状態信号の複数を取得する基準状態信号取得手段と、
該基準状態信号取得手段で取得した前記基準状態信号について周波数スペクトル情報を求める基準スペクトル情報演算手段と、
該基準スペクトル情報演算手段で求めた前記基準状態信号の周波数スペクトル情報の統計値を求める基準状態統計値演算手段と、
前記評価対象物の測定対象とする状態下において前記状態反映信号検出手段で検出された前記状態反映信号から単位時間に亘る測定状態信号を取得する測定状態信号取得手段と、
該測定状態信号取得手段で取得した前記測定状態信号について周波数スペクトル情報を求める測定スペクトル情報演算手段と、
該測定スペクトル情報演算手段で求めた前記測定状態信号の周波数スペクトル情報の統計値を求める測定状態統計値演算手段と、
前記基準状態統計値演算手段で求めた統計値と、前記測定状態統計値演算手段で求めた統計値とを比較演算する比較演算手段と、
該比較演算手段によって得られた比較演算結果から、前記評価対象物の状態を判定する判定手段と、
該判定手段による判定結果を外部に表示する表示手段と
を、含んで構成されていることを特徴とする診断対象物の評価装置。
【請求項13】
前記状態反映信号検出手段で検出された前記状態反映信号が定常信号か非定常信号かを判別する信号判別手段と、
該信号判別手段によって該状態反映信号が非定常信号であるとされた場合には、該状態反映信号を近似的に定常信号として処理できるように、分割後の各データの絶対値の平均値:μおよび標準偏差:Sが下式:〔数19〕を満足するだけの短い時間長に該状態反映信号を分割することにより、前記基準状態信号や前記測定状態信号を得る信号分割手段と、
【数19】

(但し、i≠j,j=1〜Nで、Mi とMj はそれぞれi番目とj番目の分割データの数で、t(α,∞)はt分布の確率密度関数が上側確率αに対するパーセント点である。また、α=0.00001〜0.9である。)
からなる定常信号化手段を設けた請求項12に記載の診断対象物の評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図11】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−51982(P2007−51982A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−239061(P2005−239061)
【出願日】平成17年8月19日(2005.8.19)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【出願人】(500262511)
【Fターム(参考)】