説明

質量分析装置

【課題】脱溶媒管やイオンガイドへ印加する最適電圧を決める自動調整において、標準試料以外の低成分濃度の試料を用いた場合でも適切な電圧が設定されるようにする。
【解決手段】初めに設定した条件に従ってイオンガイド等への印加電圧が変更される毎に、試料に対する特定のm/z値におけるマスクロマトグラムが取得される。それに基づき、電圧値とピーク面積値との関係を示すグラフ61が作成され、これを含む最適化結果が表示画面上に表示される。同時に各電圧におけるクロマトグラム62も表示される。通常、最大の面積値を与える電圧が最適電圧値として設定されるが、オペレータはこの結果を見て、測定に異常等があって自動的に決まった最適電圧値が適当でないと判断すると、クリック操作により最適電圧値を変更する。そして、ボタン64をクリック操作すると、変更された電圧値がそのm/z値に対する電圧値としてSIM測定用分析条件に設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、さらに詳しくは、液体クロマトグラフとの組み合わせに好適な大気圧イオン源を備える質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)では、液体クロマトグラフのカラムで成分分離された試料を含む溶出液を例えばエレクトロスプレイ等の大気圧イオン源に導入してイオン化し、生成されたイオンを例えば四重極質量フィルタ等の質量分離器により質量(厳密には質量電荷比m/z)に応じて分離して検出する。こうした装置において分析感度を向上させるには、略大気圧雰囲気の下で生成されたイオンを効率良く、高真空雰囲気中に配設された質量分離器まで輸送することが重要である。
【0003】
例えば特許文献1などに記載のLC/MSでは、略大気圧雰囲気であるイオン化室から次段の中間真空室にイオンを輸送する脱溶媒管や、その中間真空室内に配設されたデフレクタ電極などへの印加電圧に対し、イオンの輸送効率が大きく依存している。また、最良のイオン輸送効率を達成し得る印加電圧は、通過するイオンの質量電荷比によっても異なる。そこで、特許文献1に記載のLC/MSでは、標準試料を用いた予備測定によって各質量電荷比毎にマススペクトルのピークが最も高くなるような印加電圧を調べて記憶しておき、実際の目的試料の測定時には、記憶しておいた情報に基づいて適切な印加電圧を設定するようにしている。これにより、測定対象の質量電荷比に拘わらずイオンの輸送効率が良好になり、高い分析感度を達成することができる。
【0004】
上記のような最適電圧の調整作業における予備測定は、既知の成分を既知の濃度で含む、装置メーカ等が用意する標準試料を用いて行われるのが一般的である。しかしながら、こうした標準試料はユーザが分析したい成分を全て網羅しているわけではないため、ユーザによっては、ユーザ自身が用意した目的試料(通常は成分が既知である試料)を用いて自動調整を行いたいという要求も強い。標準試料以外のこうした試料では、成分濃度が極端に低かったり逆に高過ぎたりする場合があり、そうした状況の下では、突発的なノイズの影響が相対的に大きく現れたりクロマトグラムが不鮮明になったりして最適電圧を適切に設定できないことがある。その結果、必ずしも最適でない電圧が分析条件として自動的に設定されてしまい、分析感度が低くなるおそれがあった。
【0005】
【特許文献1】特許第3478169号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、標準試料でない試料が利用される場合のように、適切でない電圧が設定されるおそれがある場合でも、不所望のノイズの影響やクロマトグラムの不鮮明さの影響などを排除して、イオンの輸送を効率良く行える分析条件を設定することができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明は、略大気圧雰囲気の下で液体状の試料中の成分をイオン化する大気圧イオン源と、高真空雰囲気中に配設され、イオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離器と、該質量分離器により分離されたイオンを検出する検出器と、前記大気圧イオン源から前記質量分離器までイオンを輸送する複数のイオン輸送光学系と、を具備する質量分析装置において、
a)所定の調整用試料に対する質量分析を実行し、1乃至複数の測定対象の質量電荷比毎に、前記複数のイオン輸送光学系の少なくとも1つに印加する電圧を変化させたときの前記検出器による信号強度を取得する調整測定実行手段と、
b)前記調整測定実行手段により得られた測定結果に基づき、前記イオン輸送光学系に印加する電圧と信号強度又は該信号強度から求まる計算値との関係を測定対象の質量電荷比毎に求めて、これを表示画面上にグラフィカルに表示するデータ処理手段と、
c)ユーザが、測定対象の質量電荷比毎に、前記グラフィカルな表示上で最適とみなせる印加電圧を指示するための、又は前記信号強度若しくは前記計算値から自動的に判断された最適な印加電圧を変更するための入力手段と、
d)前記入力手段により指示又は変更された電圧を、前記少なくとも1つのイオン輸送光学系におけるその質量電荷比に対する印加電圧として分析条件に設定する分析条件設定手段と、
を備えることを特徴としている。
【0008】
ここで、大気圧イオン源とは例えばエレクトロスプレイイオン源(ESI)、大気圧化学イオン源(APCI)、大気圧光イオン源(APPI)などである。
【0009】
また調整用試料とは、既知成分を既知濃度(通常、十分に調製された適切な濃度)で含む標準試料であってもよいが、ユーザが用意する測定対象の目的試料そのものであっても構わない。
【0010】
本発明に係る質量分析装置の一態様としては、前記調整測定手段により印加電圧が変化され得るイオン輸送光学系が、略大気圧雰囲気であるイオン化室から次段の中間真空室にイオンを輸送する細径の脱溶媒管と、該中間真空室内に配設されたイオンガイドと、のいずれか一方又は両方である構成とすることができる。
【0011】
本発明に係る質量分析装置において、調整測定実行手段は、指定されている質量(質量電荷比)毎に、例えば脱溶媒管への印加電圧とイオンガイドへの印加電圧とをそれぞれ独立に適宜の電圧ステップ幅で変化させながら、調整用試料に対する質量分析を実行して信号強度を収集する。例えば、液体試料を移動相の流れを利用してイオン源に導入すると、試料が時間的に若干拡散するため、試料の導入前後に亘る信号強度の時間的変化を示すクロマトグラム(マスクロマトグラム)を、測定対象の質量電荷比毎、及び、印加電圧毎に描くことができる。この場合、そのクロマトグラムのピークの高さや面積を求め、これを信号強度から求まる上記計算値とすることができる。
【0012】
データ処理手段は、印加電圧と信号強度又は上記計算値との関係をグラフ化する。通常、このグラフで最大の信号強度又は計算値を与える電圧が最適電圧である。しかしながら、調整用試料の成分濃度などによっては、突発的なノイズの影響等によりクロマトグラムの波形が乱れ、実際には信号強度が小さい筈であるのに誤って大きな信号強度や計算値を示すことがある。本発明に係る質量分析装置では、データ処理手段は、上記グラフが得られるとこれを表示画面上に表示する。
【0013】
ユーザはこれを見て、例えば印加電圧と信号強度又は計算値との関係が不自然でないか等を判断し、入力手段により、測定対象の質量電荷比毎に、上記グラフ上で最適とみなせる印加電圧を指示する。或いは、最大の信号強度や計算値から自動的に最適な印加電圧が判断されてそれが明示されている場合には、必要に応じて、それを実際に最適であると思われる他の電圧に変更する。分析条件設定手段は、入力手段により指示又は変更された電圧を、例えば脱溶媒管やイオンガイドにおけるその質量電荷比に対する印加電圧として分析条件に設定する。
【0014】
本発明に係る質量分析装置において、好ましくは、前記データ処理手段は、前記少なくとも1つのイオン輸送光学系への印加電圧を変化させたときの、試料が前記大気圧イオン源に導入される時点の前後に亘る信号強度の時間的変化を示すクロマトグラム波形を、最適な電圧条件をユーザが判断するための参考情報として表示画面上に表示するとよい。ユーザが、印加電圧と信号強度又は計算値との関係を示すグラフを見ただけでは、その結果に不自然な点や異常があるか否かを判断できない場合もあるが、上記のようにクロマトグラム波形を表示することにより、そうした判断が行い易くなる。
【0015】
例えば一般的に、同一の質量電荷比について、印加電圧を変化させて取得した複数のクロマトグラム波形は、ピーク強度等は相違するものの波形全体の形状としては比較的相似したものとなる。したがって、クロマトグラム波形が異常に乱れているような場合には、ノイズが乗っている可能性が高いと判断することができ、またピークトップが潰れたり異常に歪んだりしている場合には、成分濃度が高過ぎる可能性があると判断することができる。
【発明の効果】
【0016】
したがって、本発明に係る質量分析装置では、調整測定実行手段により実行された質量分析の結果に基づいて自動的に、つまりはユーザが関与せずに、脱溶媒管やイオンガイドなどのイオン輸送光学系に印加する電圧が決まってしまうのではなく、ユーザがそれを確認して適切な電圧の指定や変更を簡単に行うことができる。それによって、調整測定の際に用いる試料が理想的でない場合でも、測定対象の質量電荷比毎に、各イオン輸送光学系に対する適切な印加電圧を分析条件の1つとして決めることができる。その結果、高い分析感度を達成することができる。
【0017】
なお、本発明に係る質量分析装置において、表示画面上に表示されたグラフを見てユーザが判断する幾つかの事象は自動的に検知が可能である。例えば、同一の質量電荷比について、印加電圧を変化させて取得した複数のクロマトグラム波形の類似性(一致度)を数値化し、その数値が或る閾値以下であって類似性が低いと判断されるクロマトグラムが存在する場合には、それを排除して最適電圧を判断することが可能である。こうしたユーザの判断の一部又は全部を代わりに実行するような異常検知手段を設けることで、入力手段によるユーザの関与をなくして全てを自動化したり、或いは、入力手段を残してユーザが関与するにしてもユーザの負担を軽減したりすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の一実施例である液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)について図1〜図7を参照しつつ詳細に説明する。図1は本実施例によるLC/MSの要部の構成図である。
【0019】
液体クロマトグラフ(LC)部1にあって、送液ポンプ11は移動相容器10に貯留されている移動相を吸引し、略一定流量でインジェクタ12を通してカラム13へと送給する。インジェクタ12により試料が注入されると、移動相の流れに乗って試料はカラム13へと導入され、カラム13を通過する間に試料中の各種成分は分離されて時間的にずれてカラム13の出口から溶出する。カラム13の出口には流路切替用のバルブ14が設けられ、通常の分析時にはカラム13からの溶出液がバルブ14を経て質量分析(MS)部2に導入される。
【0020】
バルブ14の他方には調整用試料導入部15が接続され、後述するような自動電圧調整時にはバルブ14が切り替えられて調整用試料導入部15からの試料液がMS部2に導入される。但し、調整用試料の導入方法はこれに限らず、例えばインジェクタ12により調整用試料を移動相中に注入しカラム13で成分分離させてもよい。また、インジェクタ12で調整用試料が注入された移動相がカラム13を迂回して流れる迂回流路を設け、この迂回流路を経た移動相がMS部2に導入されるようにしてもよい。
【0021】
MS部2は、略大気圧雰囲気であるイオン化室20と、図示しない高性能の真空ポンプにより真空排気される高真空雰囲気である分析室28との間に、第1中間真空室23及び第2中間真空室26の2室が設けられた多段差動排気系の構成である。イオン化室20と第1中間真空室23との間は細径の脱溶媒管22で連通し、第1中間真空室23と第2中間真空室26との間はスキマー25の頂部に設けられた極小径の通過孔(オリフィス)を通して連通している。
【0022】
MS部2では、試料成分を含む溶出液はエレクトロスプレイ部21において電荷を付与されながら略大気圧雰囲気にあるイオン化室20中に噴霧され、それにより試料成分がイオン化される。なお、エレクトロスプレイイオン化法でなく、大気圧化学イオン化法など他の大気圧イオン化法を用いてイオン化を行ってもよい。イオン化室20内で生成されたイオンや未だ完全に溶媒が気化していない微細液滴は差圧によって脱溶媒管22中に引き込まれ、加熱された脱溶媒管22中を通過する間にさらに微細液滴からの溶媒の気化が進んでイオンが発生する。
【0023】
第1中間真空室23内には、イオン光軸Cに直交する面内でイオン光軸Cを取り囲む4枚の電極板が、イオン光軸C方向に複数配列されて成る第1イオンガイド24が設けられている。イオンはこの第1イオンガイド24で収束されてオリフィスを通過し、第2中間真空室26に入る。第2中間真空室26内にはイオン光軸Cを取り囲むように配置された8本のロッド電極から成る第2イオンガイド27が設けられ、イオンは第2イオンガイド27により収束されて分析室28に送り込まれる。分析室28内には、4本のロッド電極から成る四重極質量フィルタ30とその前段にあってイオン光軸C方向に短い4本のロッド電極から成るプリロッド電極29とが配設されている。各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極質量フィルタ30を通り抜けてイオン検出器31に到達する。
【0024】
イオン検出器31による検出信号はデータ処理部37に入力され、例えばマススペクトル、マスクロマトグラム、トータルイオンクロマトグラムの作成などの各種のデータ処理が実行される。分析制御部38は中央制御部39からの指示に基づいてLC/MS分析を実行するために、後述する電源部32〜36などを含めてLC部1及びMS部2の各部の動作を制御する。中央制御部39にはユーザインターフェースとしての入力部40、表示部41、プリンタ42が接続されており、入力部40によるオペレータの操作を受けて分析のための各種の指令を分析制御部38やデータ処理部37に出力するとともに、マススペクトル等の分析結果を表示部41、プリンタ42に出力する。なお、中央制御部39、分析制御部38、及びデータ処理部37の大部分は所定の制御/処理ソフトウエアを搭載したパーソナルコンピュータにより具現化することができる。
【0025】
四重極質量フィルタ30の各ロッド電極には、第5電源部36から高周波電圧と直流電圧とを重畳した電圧に、さらに所定の直流バイアス電圧が加算された電圧V5が印加され、この高周波電圧と直流電圧とに応じて通り抜け得る質量電荷比が決まる。また、脱溶媒管22には第1電源部32から所定の直流バイアス電圧V1が印加され、第1イオンガイド24には第2電源部33から所定の高周波電圧に直流バイアス電圧を加算した電圧V2が印加され、第2イオンガイド27には第3電源部34から所定の高周波電圧に直流バイアス電圧を加算した電圧V3が印加される。さらにまた、プリロッド電極29には、第4電源部35から高周波電圧と直流電圧とを重畳した電圧に、さらに所定の直流バイアス電圧が加算された電圧V4が印加される。なお、実際にはそれ以外にスキマー25などにも直流バイアス電圧が印加されるが、記載が煩雑になるのを避けるため、ここでは代表的なもののみ記載している。
【0026】
いま、ここでは、イオン化室20から第2中間真空室26に入射するまでのイオンの輸送効率に着目すると、イオンの輸送効率をできるだけ高くするには、第1電源部32から脱溶媒管22に印加される直流バイアス電圧V1と第2電源部33から第2イオンガイド24に印加される直流バイアス電圧とを、通過するイオンの質量電荷比に応じて適切に設定することが重要である。そのために、本実施例のLC/MSは特徴的な自動電圧調整機能を有している。次に、この自動電圧調整を実行する際の動作を説明する。
【0027】
図2は自動電圧調整実行時の処理・制御手順を示すフローチャートである。まずオペレータは入力部40により所定操作を行い、SIM(選択イオンモニタリング)測定の分析条件と電圧調整実行条件とを入力設定する(ステップS1)。SIM測定分析条件とは、例えばSIM測定の対象となる1乃至複数のm/z値(質量電荷比)、装置各部の温度、などであり、これは目的試料の測定時の条件である。
【0028】
一方、電圧調整実行条件の設定を行うには、まず入力部40で所定操作を行い、図3に示す電圧調整実行設定ウインドウ50を表示部41の画面上に表示させる。そして、電圧最適化を行う対象(イオン輸送光学系)の種類、電圧値の調整範囲と電圧ステップ数、最適値を判断するために使用するデータの種類、などをそれぞれ設定する。この図3に示す例では、最適化の対象は、Qアレイ(第1イオンガイド24)へ印加される直流電圧であり、電圧値の調整範囲は0〜80[V]であり、電圧ステップ数は5であり、最適値の計算にはクロマトグラムピークの高さ又は面積を使用する。
【0029】
この電圧調整実行設定ウインドウ50において必要な条件、パラメータを設定した後にオペレータが「開始」ボタン51をクリック操作すると、中央制御部39はこれを受けて電圧最適化のための電圧調整動作を開始する(ステップS2)。まず、上記のように入力設定された各種条件やパラメータに基づいて、分析を実行するための分析メソッドファイルを作成し(ステップS3)、分析制御部38はそのメソッドファイルに従って実際の測定を実行する(ステップS4)。
【0030】
いま説明を簡単にするために、第2イオンガイド24へ印加する直流電圧を0〜50[V]の範囲で10[V]ステップで変化させる場合を考え、SIM測定の対象のm/z値がM1、M2、M3の3つであるとする。この場合、まずm/z=M1に対し、V1=0、10、20、30、40、50[V]と順に変化させて、それぞれ調整用試料導入部15に用意された試料の測定を実行し、その後、m/z値をM2、M3と順に変更して同様に上記各印加電圧に対する測定を実行する。或いは、印加電圧をV1=0に固定した状態で、m/z=M1→M2→M3と順に変更して測定を行い、その測定終了後にV1=10[V]に変更して同様の測定を繰り返す、ようにしてもよい。いずれにしても、設定された全てのm/z値と印加電圧との組合せについて、同一の調整用試料に対する測定を実行すればよい。
【0031】
調整用試料導入部15からはユーザによりセットされた調整用の目的試料が移動相に乗ってMS部2に導入され、データ処理部37はイオン検出器31からの検出信号に基づいて、着目するm/z値における信号強度の時間的変化を示すマスクロマトグラムを作成する。そして、そのクロマトグラムに対しピーク検出を行い、例えばピークの面積値を計算する。この面積値が本発明における計算値である。各m/z値及び各印加電圧毎にマスクロマトグラムが求まり、それぞれ面積値が得られるから、同一のm/z値に対し電圧値を変えて得られる面積値を比較し、最も大きな面積値を与える印加電圧を仮の最適電圧値と定める(ステップS5)。
【0032】
次いで、データ処理部37はm/z値毎に、横軸を電圧値、縦軸をピーク面積値とした電圧−強度対応グラフ61を作成し、このグラフ61を含む、図4に示すような最適化結果ウインドウ60を表示部41の画面上に表示する(ステップS6)。この最適化結果ウインドウ60には、各電圧値に対して得られたクロマトグラム62も含まれる。また、前述のように自動的に定められた最適電圧値(この場合には40.0V)も同ウインドウ60内に表示されている(符号63の部分)。オペレータはこの画面で電圧−強度対応グラフや各電圧におけるクロマトグラム形状などを確認し、自動的に実施された最適電圧値の設定が妥当であるか否かを判断する。例えば図4に示す結果である場合、電圧−強度対応グラフ61のカーブを見ると、最適電圧値40Vをピークとしてそれよりも低電圧側、高電圧側のいずれでも面積値は裾状に広がっている。また、クロマトグラム62の波形形状は殆ど乱れがなく、電圧値に依らず比較的相似している。こうしたことから、自動的に設定された最適電圧値は妥当であると判断できる。
【0033】
例えば突発的なノイズが発生した場合の最適化結果の一例を図5に示す。この場合、電圧−強度対応グラフ61には2つのピークが存在しており不自然である。また、最適電圧値として自動的に10[V]が設定されているが、その電圧値に対応したクロマトグラム62’の波形には、そのほかの電圧値の場合とは異なる明らかな乱れが見られる。こうしたことから、この最適電圧値は異常である可能性が高いと推測でき、40[V]が最適電圧値であるとオペレータが判断すると、グラフ61’上でその最適電圧値に対するピークトップ付近を入力部40によりダブルクリックする。中央制御部39はこの操作を受けると最適設定値の変更であると認識し、自動的に設定された仮の最適電圧値を変更する(ステップS7)。
【0034】
ステップS7における変更の有無に拘わらず、オペレータが「メソッドに適用」ボタン64をクリック操作すると、中央制御部39はこの操作を受けてその時点で定められている最適電圧値を確定し、これをSIM測定の分析条件に反映させる(ステップS8)。これにより、指定されたm/z値における第1イオンガイド24の直流電圧の条件が決まる。また、それ以外のm/z値についても同様の操作で自動的に設定された最適電圧値が適切であるか否かを判断し、必要に応じて変更することができる。
【0035】
さらに、このときオペレータが「印刷」ボタン65をクリック操作すると、この操作を受けた中央制御部39はプリンタ42より図7に示すような、m/z値と最適電圧値の情報が掲載された結果を出力する。これにより、例えばオペレータがm/z値を変更した際に用いた電圧−強度対応グラフなどを紙の記録として残すことができる。もちろん、こうした情報を電子ファイルの形式で任意の記憶装置に保存しておくこともできる。
【0036】
さらにまた、他のイオン輸送光学系、例えば脱溶媒管22への印加電圧も同様の手順で決めることができる。なお、この自動調整に引き続いて目的試料の測定を実行するようにスケジュールが組まれている場合には、上記SIM測定条件に従って自動的に測定を開始すればよい。
【0037】
上記のように最適化結果を表示してオペレータに確認を求めることは、次のような場合にも有用である。図6に示すような最適化結果ウインドウ60が表示された場合、電圧−強度対応グラフ61''を見ると、調整範囲の最大電圧が最適電圧値となっていることが直ぐに分かる。これは、初めの最適化条件の設定が適切でなく、そこで設定した調整範囲を逸脱したところに最適電圧値がある可能性を示している。したがって、この段階で最適電圧値を決めることは望ましくなく、オペレータは最適化条件を変更して再度調整を行うことを選択することができる。
【0038】
上記実施例では、あくまでもオペレータが異常を判断して最適電圧値を変更するようにしていたが、これを自動化することができれば、オペレータの負担を軽減できるとともにオペレータの経験や熟練度などの影響を受けずに適切な電圧条件を決めることができる。例えば、電圧−強度対応グラフや各電圧におけるマスクロマトグラムに基づいた次のようなデータ処理により、自動的に設定された最適電圧値が適切でない可能性が高いと判断することができる。
【0039】
即ち、上述したように電圧−強度対応グラフは、或る電圧値においてピークトップが出現し、それよりも低電圧側及び高電圧側ではほぼ一様に強度が下がる形状、又は、ほぼ平坦なピークトップが或る電圧範囲に亘って続く形状、などとなることが想定される。例えば図5に示すように明瞭に2つのピークが現れる場合や図6に示すように一様増加又は一様減少のみとなる場合には、異常である可能性が高いと判断できる。そこで、こうした判断を自動的に行うことにより、明らかに異常であると判断できる電圧値についての情報を除去して最適電圧値を判定したり、或いは異常である可能性が高いと推定される情報を例えば異なる表示色等で明示してオペレータの注意を喚起したりすることができる。
【0040】
また、一般的に、電圧値を変化させたときに得られるクロマトグラムのピーク波形は図4に示すように相似している。そこで拡大・縮小、歪み補正などの波形処理を行って、波形形状の類似度を示す指標値を計算し、その指標値が或る閾値以下である場合に、そのクロマトグラム取得時の測定が異常であると判断する。こうした処理により、例えば図5に示す電圧10[V]でのクロマトグラムは異常であると判断できる。したがって、この情報を除き、他の電圧値における面積値のみを用いて最適電圧値を設定することで、ノイズ等の影響を排除することが可能である。
【0041】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の一実施例によるLC/MSの要部の構成図。
【図2】本実施例のLC/MSにおける自動電圧調整時の処理・制御の手順を示すフローチャート。
【図3】電圧調整実行設定ウインドウの一例を示す図。
【図4】最適化結果ウインドウの表示の一例を示す図。
【図5】最適化結果ウインドウの表示の一例を示す図。
【図6】最適化結果ウインドウの表示の一例を示す図。
【図7】最適化結果の紙出力の一例を示す図。
【符号の説明】
【0043】
1…液体クロマトグラフ(LC)部
10…移動相容器
11…送液ポンプ
12…インジェクタ
13…カラム
14…バルブ
15…調整用試料導入部
2…質量分析(MS)部
20…イオン化室
21…エレクトロスプレイ部
22…脱溶媒管
23…第1中間真空室
24…第1イオンガイド
25…スキマー
26…第2中間真空室
27…第2イオンガイド
28…分析室
29…プリロッド電極
30…四重極質量フィルタ
31…イオン検出器
32〜36…電源部
37…データ処理部
38…分析制御部
39…中央制御部
40…入力部
41…表示部
42…プリンタ
50…電圧調整実行設定ウインドウ
60…最適化結果ウインドウ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
略大気圧雰囲気の下で液体状の試料中の成分をイオン化する大気圧イオン源と、高真空雰囲気中に配設され、イオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離器と、該質量分離器により分離されたイオンを検出する検出器と、前記大気圧イオン源から前記質量分離器までイオンを輸送する複数のイオン輸送光学系と、を具備する質量分析装置において、
a)所定の調整用試料に対する質量分析を実行し、1乃至複数の測定対象の質量電荷比毎に、前記複数のイオン輸送光学系の少なくとも1つに印加する電圧を変化させたときの前記検出器による信号強度を取得する調整測定実行手段と、
b)前記調整測定実行手段により得られた測定結果に基づき、前記イオン輸送光学系に印加する電圧と信号強度又は該信号強度から求まる計算値との関係を測定対象の質量電荷比毎に求めて、これを表示画面上にグラフィカルに表示するデータ処理手段と、
c)ユーザが、測定対象の質量電荷比毎に、前記グラフィカルな表示上で最適とみなせる印加電圧を指示するための、又は前記信号強度若しくは前記計算値から自動的に判断された最適な印加電圧を変更するための入力手段と、
d)前記入力手段により指示又は変更された電圧を、前記少なくとも1つのイオン輸送光学系におけるその質量電荷比に対する印加電圧として分析条件に設定する分析条件設定手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、前記データ処理手段は、前記少なくとも1つのイオン輸送光学系への印加電圧を変化させたときの、試料が前記大気圧イオン源に導入される時点の前後に亘る信号強度の時間的変化を示すクロマトグラム波形を、最適な電圧条件をユーザが判断するための参考情報として表示画面上に表示することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置であって、前記調整測定実行手段により印加電圧が変化され得るイオン輸送光学系は、略大気圧雰囲気であるイオン化室から次段の中間真空室にイオンを輸送する細径の脱溶媒管と、該中間真空室内に配設されたイオンガイドと、のいずれか一方又は両方であることを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−192388(P2009−192388A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−33905(P2008−33905)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】