説明

赤外光透過フィルタ

【課題】 設計が簡単であり、表面の機械的強度や耐水性に優れた赤外光透過フィルタを提供すること。
【解決手段】 赤外光透過性基板の一方の面に、屈折率が2.10〜2.30の硫化亜鉛薄膜と屈折率が3.00以上の高屈折率薄膜とを最上部に高屈折率薄膜が配置されるように交互に積層し、その上にさらに屈折率が2.01〜2.30のダイヤモンドライクカーボン薄膜を積層してなる赤外光透過フィルタ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体検知用センサに代表される赤外光センサに赤外光を選択的に伝えるために有利に用いることができる赤外光透過フィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、人体検知用センサに代表される赤外光センサ、あるいは赤外光の吸収特性をもとに各種のガス(例、二酸化炭素)の濃度を測定する赤外線ガス分析計などの計測機器に赤外光を選択的に伝えるために、赤外光透過フィルタを用いることは知られている。例えば、人体検知用センサには、人体から放射される波長が約10μmの赤外光を選択的に透過する赤外光透過フィルタが用いられている。
【0003】
赤外光透過フィルタとしては、赤外光透過性基板の表面に高屈折率薄膜と低屈折率薄膜とを交互に積層した構成の薄膜干渉フィルタが広く用いられている。そして赤外光透過フィルタを構成するそれぞれの薄膜としては、赤外光の透過性に優れる薄膜が用いられる。例えば、赤外光透過フィルタの高屈折率薄膜としてゲルマニウム薄膜やケイ素薄膜を、そして低屈折率薄膜として硫化亜鉛薄膜を用いることは既に知られている。
【0004】
特許文献1には、硫化亜鉛基板やセレン化亜鉛基板などの低屈折率基板の表面に、ゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とを最上部にゲルマニウム薄膜が配置されるように交互に積層し、さらに最上部のゲルマニウム薄膜の上にダイヤモンドライクカーボン薄膜を積層した構成の赤外光用の反射防止膜(赤外光透過フィルタ)が開示されている。この特許文献1においては、低屈折率基板上に形成されたフッ化鉛薄膜やフッ化バリウム薄膜などの単層膜から構成される従来の反射防止膜に代えて、上記のように最上部にダイヤモンドライクカーボン薄膜を備える多層膜を付設することにより、良好な光学特性を有し、さらに機械的強度、耐水性、そして耐薬品性に優れる反射防止膜が得られるとされている。そして、この文献によると、反射防止膜に用いるダイヤモンドライクカーボン薄膜は、屈折率が1.8〜2.0のものが用いられるとされている。
【0005】
【特許文献1】特開昭63−294501号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
赤外光透過フィルタは、人体検知用センサなどの様々なセンサや計測機器に装着されて用いられる。これらのセンサや計測機器は屋外で使用されることもあることから、赤外光透過フィルタの機械的強度や耐水性などの改良が望まれている。ただし、これらの特性を改良する際には、改良前の赤外光透過フィルタと同様の光学特性を維持することが要求される。
【0007】
特許文献1に記載の反射防止膜(赤外光透過フィルタ)は優れた光学特性を示し、そして最上部にダイヤモンドライクカーボン薄膜が備えられているために優れた機械的強度や耐水性を示す。しかしながら、同公報に記載されているように最上部に屈折率が1.8〜2.0のダイヤモンドライクカーボン薄膜を備えた多層膜を用いた反射防止膜は、所望の光学特性を得るために、ダイヤモンドライクカーボン薄膜を含む多層膜の層構成や各層の厚みを改めて設計する必要がある。このように多層膜を改めて設計することにより、所望の光学特性にある程度は近い光学特性を示す反射防止膜を得ることはできる。しかしながら、多層膜の各々の層の厚みの変更により多層膜の内部応力が変化して、多層膜が剥離し易くなるなどの別の問題を生じ易い。このため特許文献1の反射防止膜の多層膜の設計には、所望の光学特性を示す多層膜を設計し、そして試作を繰り返すという手間のかかる作業が必要とされる。
【0008】
本発明の課題は、設計が簡単であり、表面の機械的強度や耐水性に優れた赤外光透過フィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、屈折率が2.10〜2.30の硫化亜鉛薄膜の代わりに、硫化亜鉛薄膜と屈折率が近似したダイヤモンドライクカーボン薄膜を用いることにより、赤外光透過フィルタが備える多層膜の層構成や厚みを改めて設計することなく、機械的強度や耐水性に優れる赤外光透過フィルタを提供できることを見出した。
【0010】
本発明は、赤外光透過性基板の一方の面に、屈折率が2.10〜2.30の硫化亜鉛薄膜と屈折率が3.00以上の高屈折率薄膜とを最上部に高屈折率薄膜が配置されるように交互に積層し、その上にさらに屈折率が2.01〜2.30のダイヤモンドライクカーボン薄膜を積層してなる赤外光透過フィルタにある。
【0011】
本発明の赤外光透過フィルタの好ましい態様は、下記の通りである。
(1)赤外光透過性基板の他方の面に、硫化亜鉛薄膜と高屈折率薄膜とが最上部に硫化亜鉛薄膜が配置されるように交互に積層されている。
(2)基板がゲルマニウムもしくはケイ素からなる。
(3)高屈折率薄膜がゲルマニウムもしくはケイ素からなる。
(4)ダイヤモンドライクカーボン薄膜がプラズマ化学蒸着法により最上部の高屈折率薄膜の上に形成された薄膜である。
【0012】
なお、本明細書において「赤外光透過性」とは、波長0.7〜25μmの赤外領域において光の透過率が40%以上の領域が存在することを意味する。また「屈折率」は、波長10μmの光に対する屈折率を意味する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低屈折率薄膜として硫化亜鉛薄膜を用いた従来の赤外光透過フィルタの層構成をそのまま有効に利用して、これと同様の光学特性を示し且つ機械的強度や耐水性に優れた赤外光透過フィルタを、従来の赤外光透過フィルタの最上部に備えられた硫化亜鉛薄膜に代えて屈折率が2.01〜2.30(好ましくは2.10〜2.30)のダイヤモンドライクカーボン薄膜を用いるという簡単な設計により得ることができる。特に、人体検知用センサに用いる赤外光透過フィルタは、基板の各々の面に多数の薄膜が積層された複雑な構成を有しており、その設計には非常に手間がかかる。本発明によれば、このように複雑な層構成のフィルタであっても、このフィルタと同様の光学特性を示し且つ機械的強度や耐水性に優れた赤外光透過フィルタを、上記と同様の簡単な設計により得ることができる。
【0014】
このようにして得られる本発明の赤外光透過フィルタは、その最上部に機械的強度や耐水性に優れるダイヤモンドライクカーボン薄膜が備えられているため、例えば、屋外の砂埃や風雨に曝される環境において特に有利に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の赤外光透過フィルタを、添付の図面を用いて説明する。図1は、本発明の赤外光透過フィルタの構成例を示す断面図である。
【0016】
図1の赤外光透過フィルタ10は、赤外光透過性基板11の一方の面に、屈折率が2.10〜2.30の硫化亜鉛薄膜と屈折率が3.00以上の高屈折率薄膜とを最上部に高屈折率薄膜が配置されるように交互に積層し、その上にさらに屈折率が2.01〜2.30のダイヤモンドライクカーボン薄膜を積層した構成を有している。
【0017】
赤外光透過性基板11の例としては、硫化亜鉛基板(屈折率:2.4)やセレン化亜鉛基板(屈折率:2.4)などの低屈折率基板、およびゲルマニウム基板(屈折率:4.0)やシリコン(ケイ素)基板(屈折率:3.4)などの高屈折率基板が挙げられる。赤外光透過性基板11としては、硫化亜鉛基板やセレン化亜鉛基板よりも低価格なゲルマニウム基板やシリコン基板を用いることが好ましい。
【0018】
基板11の上に形成される硫化亜鉛薄膜12は、薄膜干渉フィルタの低屈折率薄膜として用いられる。
【0019】
高屈折率薄膜13としては、屈折率が3.00以上の薄膜が用いられる。高屈折率薄膜13の例としては、ゲルマニウム薄膜(屈折率:4.0)やシリコン薄膜(屈折率:3.4)が挙げられる。
【0020】
硫化亜鉛薄膜12及び高屈折率薄膜13のそれぞれは、例えば、電子ビーム蒸着法やスパッタ法などの公知の成膜方法により形成することができる。
【0021】
最上部の高屈折率薄膜の上には、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)薄膜14が積層される。一般に、DLC薄膜には、ダイヤモンド構造、グラファイト構造及び直鎖構造などの結晶構造が混在していることが知られている。そしてこのダイヤモンド構造の存在によって、DLC薄膜は、優れた機械的強度、耐水性、そして耐薬品性を示す。
【0022】
本発明の赤外光透過フィルタには、屈折率が2.01〜2.30(好ましくは2.10〜2.30)のDLC薄膜が用いられる。本発明の赤外光透過フィルタは、これまで作製されてきた硫化亜鉛薄膜と高屈折率薄膜とが交互に積層された構成の赤外光透過フィルタの最上部の硫化亜鉛薄膜の代わりに、硫化亜鉛薄膜と屈折率が近似したDLC薄膜を用いるという簡単な設計により得られる。このようにして得られる本発明の赤外光透過フィルタは、従来の赤外光透過フィルタと同様の光学特性を示し且つ優れた機械的強度、耐水性、そして耐薬品性を示す。
【0023】
本発明の赤外光透過フィルタに用いるDLC薄膜は、プラズマ化学蒸着法(以下、プラズマCVD法という)によって形成することができる。プラズマCVD法は、薄膜の原料となるガス(DLC薄膜を形成する場合には、例えば、エチレンガス)をプラズマ化して化学的に活性なラジカルやイオンに励起し、これを基板表面において化学反応させて薄膜を形成する成膜方法である。プラズマ化により活性化した気体は反応性が高く、非熱平衡状態で化学反応が進行するため、特有の原子組成や結晶構造を持つ薄膜を形成することができる。プラズマCVD法を用いることにより、屈折率が2.01〜2.30のDLC薄膜を容易に形成することができる。
【0024】
図2は、本発明の赤外光透過フィルタのDLC薄膜の形成に用いるプラズマCVD装置の構成例を示す部分断面図である。以下、プラズマCVD装置の構成について簡単に説明する。図2のプラズマCVD装置20は、排気装置25が備えられたチャンバ21、チャンバ21の内部に対向配置された高周波供給電極22及び接地電極23、高周波供給電極22にマッチング回路27を介して電気的に接続された高周波電源28から構成されている。チャンバ21には、DLC薄膜の原料となるガスを供給するためのガス導入口26が備えられている。
【0025】
赤外光透過性基板上に硫化亜鉛薄膜と高屈折率薄膜とを最上部に高屈折率薄膜が配置されるように交互に積層した構成の多層膜付きの基板24は、例えば、図2に示すように高周波供給電極22の表面に取り付けられる。多層膜付きの基板は、これを保持する基板ホルダを用いて高周波供給電極に取り付けることもできる。多層膜付きの基板24の最上部の高屈折率薄膜の表面には、次のようにしてDLC薄膜が形成される。
【0026】
まず、プラズマCVD装置20のチャンバ21の内部を、例えば、真空度が5×10-4Pa以下となるまで排気装置25により排気する。
【0027】
次に、チャンバ21の内部にガス導入口26からダイヤモンドライクカーボン(DLC)薄膜の原料ガスを導入する。原料ガスの例としては、エチレンガスが挙げられる。原料ガスとしては、エチレンガスを用いることが好ましい。エチレンガスは、例えば、113sccm(standard curbic centi-meter per minute)程度の流量でチャンバ21の内部に導入される。
【0028】
そして高周波電源28により、例えば、周波数が13.56MHz、そして電力が1.35kWの高周波電圧を高周波供給電極22に印加することにより原料ガスのプラズマが発生する。そしてプラズマ化した原料ガスが、多層膜付き基板24の最上部の高屈折率薄膜の表面において化学反応してDLC薄膜が形成される。
【0029】
本発明の赤外光フィルタにおいて、赤外光透過性基板のDLC薄膜を備える面とは反対側の面には、上記とは別の薄膜干渉フィルタを付設することもできる。赤外光透過性基板のDLC薄膜を備える面とは反対側の面には、硫化亜鉛薄膜と高屈折率薄膜(例、ゲルマニウム薄膜及びケイ素薄膜)とが最上部に硫化亜鉛薄膜が配置されるように交互に積層された構成の薄膜干渉フィルタが付設されていることが好ましい。赤外光透過性基板の各々の面に薄膜干渉フィルタを付設することにより、より多様な赤外光透過特性を示す赤外光透過フィルタが得られる。
【0030】
例えば、上記の人体検知用センサは、人体から放射される波長が約10μmの赤外光を、この赤外光に対して高い透過率を示す赤外光透過フィルタを介して検出する。この際に、太陽光や蛍光灯などに含まれる可視光〜波長5μm程度までの赤外光(測定対象の波長10μmの赤外光よりも高いエネルギーを持つ短波長の光)を遮光すると、人体から放射される赤外光の検出感度や検出精度を高くすることができる。特に、波長3〜5μmの赤外光を遮光するとセンサの検出感度や検出精度が良好となる。
【0031】
上記のように基板の一方の面にのみ薄膜干渉フィルタが付設された赤外光透過フィルタは、波長10μmの光を選択的にセンサに伝えることはできるものの、同時に波長3〜5μmの光もセンサに伝え易いためにセンサの検出感度や検出精度を有る程度以上に高くすることは難しい。一方、基板の各々の面に薄膜干渉フィルタが付設された赤外光透過フィルタは、その構成は複雑となるものの、一方の薄膜干渉フィルタにより波長が10μmの赤外光を高い透過率で透過させ、他方の薄膜干渉フィルタにより波長が3〜5μmの赤外光を遮光させることができるため、これを人体検知用センサに用いることによりセンサの検出感度や検出精度を高くすることができる。
【実施例】
【0032】
[参考例1]
直径が100mm、そして厚みが0.5mmの円盤状のシリコン基板(屈折率:3.4)を用意した。この基板の表面をジエチルエーテルを含ませた布で拭いて清浄にした。次いで、このシリコン基板の一方の表面に、電子ビーム蒸着法によりゲルマニウム薄膜(屈折率:4.0)と硫化亜鉛薄膜(屈折率:2.2)とを、最上部に硫化亜鉛薄膜が配置されるように交互に積層して多層膜を作製した。なお、各々の薄膜の厚みは、水晶振動子の表面に薄膜が形成された際の振動数の変化を予め換算式として求め、この換算式をもとに成膜中の薄膜の厚みをモニタしながら所定の厚みに設定した。作製した多層膜の構成を下記の第1表に示す。なお、第1表中、「1層目」とは、基板の表面に最初に積層される層を意味する。
【0033】
[表1]
第1表
──────────────────────────────────────
多層膜の構成 厚み 多層膜の構成 厚み 多層膜の構成 厚み
(nm) (nm) (nm)
──────────────────────────────────────
1層目 Ge薄膜 22 17層目 Ge薄膜 111 33層目 Ge薄膜 68
2層目 ZnS薄膜 120 18層目 ZnS薄膜 278 34層目 ZnS薄膜 212
3層目 Ge薄膜 197 19層目 Ge薄膜 110 35層目 Ge薄膜 89
4層目 ZnS薄膜 267 20層目 ZnS薄膜 270 36層目 ZnS薄膜 216
5層目 Ge薄膜 189 21層目 Ge薄膜 112 37層目 Ge薄膜 80
6層目 ZnS薄膜 331 22層目 ZnS薄膜 256 38層目 ZnS薄膜 191
7層目 Ge薄膜 143 23層目 Ge薄膜 139 39層目 Ge薄膜 127
8層目 ZnS薄膜 330 24層目 ZnS薄膜 180 40層目 ZnS薄膜 56
9層目 Ge薄膜 155 25層目 Ge薄膜 161 41層目 Ge薄膜 163
10層目 ZnS薄膜 337 26層目 ZnS薄膜 195 42層目 ZnS薄膜 53
11層目 Ge薄膜 179 27層目 Ge薄膜 146 43層目 Ge薄膜 128
12層目 ZnS薄膜 262 28層目 ZnS薄膜 208 44層目 ZnS薄膜 144
13層目 Ge薄膜 185 29層目 Ge薄膜 141 45層目 Ge薄膜 131
14層目 ZnS薄膜 295 30層目 ZnS薄膜 258 46層目 ZnS薄膜 33
15層目 Ge薄膜 186 31層目 Ge薄膜 86 47層目 Ge薄膜 160
16層目 ZnS薄膜 308 32層目 ZnS薄膜 308 48層目 ZnS薄膜 979
──────────────────────────────────────
【0034】
同様にして、基板の他方の表面に、ゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とを、最上部に硫化亜鉛薄膜が配置されるように交互に積層して多層膜を作製した。作製した多層膜の構成を下記の第2表に示す。
【0035】
[表2]
第2表
──────────────────────────────────────
多層膜の構成 厚み 多層膜の構成 厚み 多層膜の構成 厚み
(nm) (nm) (nm)
──────────────────────────────────────
1層目 Ge薄膜 43 12層目 ZnS薄膜 423 23層目 Ge薄膜 240
2層目 ZnS薄膜 127 13層目 Ge薄膜 173 24層目 ZnS薄膜 544
3層目 Ge薄膜 237 14層目 ZnS薄膜 379 25層目 Ge薄膜 267
4層目 ZnS薄膜 263 15層目 Ge薄膜 216 26層目 ZnS薄膜 487
5層目 Ge薄膜 239 16層目 ZnS薄膜 385 27層目 Ge薄膜 311
6層目 ZnS薄膜 327 17層目 Ge薄膜 300 28層目 ZnS薄膜 368
7層目 Ge薄膜 195 18層目 ZnS薄膜 391 29層目 Ge薄膜 397
8層目 ZnS薄膜 350 19層目 Ge薄膜 300 30層目 ZnS薄膜 333
9層目 Ge薄膜 183 20層目 ZnS薄膜 495 31層目 Ge薄膜 261
10層目 ZnS薄膜 414 21層目 Ge薄膜 244 32層目 ZnS薄膜 1153
11層目 Ge薄膜 187 22層目 ZnS薄膜 581
──────────────────────────────────────
【0036】
このように基板のそれぞれの面に多層膜を形成して、人体検知用センサに用いる赤外光透過フィルタを作製した。図3に破線で記入した曲線Aは、作製した赤外光透過フィルタの赤外光透過特性を示している。図3に示すように、作製した赤外光透過フィルタの波長10μmの赤外光の透過率は約77%であり、そして波長3〜5μmにおける赤外光の透過率は0.5%以下であった。
【0037】
[実施例1]
シリコン基板の一方の表面に、48層目の硫化亜鉛薄膜を形成しないこと以外は参考例1と同様にしてゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とが交互に47層積層された構成の多層膜を作製した。
【0038】
次に、作製した多層膜付き基板を、その多層膜が形成された面をジエチルエーテルを含ませた布で拭いて清浄にしたのち、図2のプラズマ化学蒸着装置(以下、プラズマCVD装置という)20の高周波供給電極22の表面に取り付けた。そしてプラズマCVD装置のチャンバ21の内部を真空度が5×10-4Pa以下となるまで排気装置25により排気したのち、チャンバ21の内部にガス導入口26からダイヤモンドライクカーボン(DLC)薄膜の原料であるエチレンガスを113sccmの流量で導入した。そして高周波電源28により高周波供給電極22に周波数が13.56MHz、そして電力が1.35kWの高周波電圧を印加してエチレンガスのプラズマを発生させることにより、多層膜付き基板の最上部のゲルマニウム薄膜の表面に、上記の48層目の硫化亜鉛薄膜と同じ厚み(979nm)のDLC薄膜を形成した。DLC薄膜は、上記と同様に水晶振動子の振動数変化を利用して所定の厚みに設定した。
【0039】
この赤外光透過フィルタのDLC薄膜を形成する際に、上記とは別のシリコン基板の表面にDLC薄膜を形成した。このサンプルの赤外光透過特性から得られたDLC薄膜の光学的厚みと、触針式膜厚計により得られたDLC薄膜の幾何的厚みとから算出されたDLC薄膜の屈折率は2.2であった。
【0040】
次に、基板の他方の面に、参考例1と同様にしてゲルマニウム薄膜と硫化亜鉛薄膜とを、最上部に硫化亜鉛薄膜が配置されるように交互に32層積層して多層膜を形成した。
【0041】
このようにして、人体検知用センサに用いる本発明の赤外光透過フィルタを作製した。
図3に実線で記入した曲線Bは、作製した赤外光透過フィルタの赤外光透過特性を示している。図3に示すように、作製した赤外光透過フィルタは、その波長10μmの赤外光の透過率が73%であり、そして波長3〜5μmにおける赤外光の透過率が0.5%以下であり、参考例1の赤外光透過フィルタと同様の赤外光透過特性を示すことがわかる。また、作製された赤外光透過フィルタは、その最上部にDLC薄膜が備えられているために機械的強度や耐水性に優れたものである。
【0042】
[参考例2]
直径が24mm、そして厚みが2.5mmの円盤状のゲルマニウム基板(屈折率:4.0)の表面に、参考例1と同様にして硫化亜鉛薄膜とゲルマニウム薄膜とを、最上部に硫化亜鉛薄膜が配置されるように交互に積層して多層膜を作製した。作製した多層膜の構成を下記の第3表に示す。
【0043】
[表3]
第3表
──────────────────────────────────────
多層膜の構成 厚み 多層膜の構成 厚み 多層膜の構成 厚み
(nm) (nm) (nm)
──────────────────────────────────────
1層目 ZnS薄膜 201 4層目 Ge薄膜 286 7層目 ZnS薄膜 87
2層目 Ge薄膜 360 5層目 ZnS薄膜 451 8層目 Ge薄膜 570
3層目 ZnS薄膜 522 6層目 Ge薄膜 602 9層目 ZnS薄膜 1123
──────────────────────────────────────
【0044】
このように基板の表面に多層膜を形成して、反射防止膜として用いる赤外光透過フィルタを作製した。図4に破線で記入した曲線Cは、作製した赤外光透過フィルタの赤外光透過特性を示している。
【0045】
[実施例2]
ゲルマニウム基板の表面に、9層目の硫化亜鉛薄膜を形成しないこと以外は参考例2と同様にして硫化亜鉛薄膜とゲルマニウム薄膜とが交互に8層積層された構成の多層膜を作製した。この多層膜付き基板の最上部のゲルマニウム薄膜の表面に、実施例1と同様にして上記の9層目の硫化亜鉛薄膜と同じ厚み(1123nm)のDLC薄膜(屈折率:2.2)を形成した。
【0046】
このようにして、反射防止膜として用いる本発明の赤外光透過フィルタを作製した。図4に実線で記入した曲線Dは、作製した赤外光透過フィルタの赤外光透過特性を示している。図4に示すように、作製した赤外光透過フィルタは、参考例2の赤外光透過フィルタと同様の赤外光透過特性を示すことがわかる。また、作製された赤外光透過フィルタは、その最上部にDLC薄膜が備えられているために機械的強度や耐水性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の赤外光透過フィルタの構成例を示す断面図である。
【図2】本発明の赤外光透過フィルタのダイヤモンドライクカーボン薄膜の形成に用いるプラズマ化学蒸着装置の構成例を示す部分断面図である。
【図3】参考例1及び実施例1で作製した赤外光透過フィルタの赤外光透過特性を示す図である。
【図4】参考例2及び実施例2で作製した赤外光透過フィルタの赤外光透過特性を示す図である。
【符号の説明】
【0048】
10 赤外光透過フィルタ
11 赤外光透過性基板
12 硫化亜鉛薄膜
13 高屈折率薄膜
14 ダイヤモンドライクカーボン薄膜
20 プラズマ化学蒸着装置
21 チャンバ
22 高周波供給電極
23 接地電極
24 多層膜付きの基板
25 排気装置
26 ガス導入口
27 マッチング回路
28 高周波電源


【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外光透過性基板の一方の面に、屈折率が2.10〜2.30の硫化亜鉛薄膜と屈折率が3.00以上の高屈折率薄膜とを最上部に高屈折率薄膜が配置されるように交互に積層し、その上にさらに屈折率が2.01〜2.30のダイヤモンドライクカーボン薄膜を積層してなる赤外光透過フィルタ。
【請求項2】
赤外光透過性基板の他方の面に、硫化亜鉛薄膜と高屈折率薄膜とが最上部に硫化亜鉛薄膜が配置されるように交互に積層されている請求項1に記載の赤外光透過フィルタ。
【請求項3】
基板がゲルマニウムもしくはケイ素からなる請求項1もしくは2に記載の赤外光透過フィルタ。
【請求項4】
高屈折率薄膜がゲルマニウムもしくはケイ素からなる請求項1乃至3のうちのいずれかの項に記載の赤外光透過フィルタ。
【請求項5】
ダイヤモンドライクカーボン薄膜がプラズマ化学蒸着法により最上部の高屈折率薄膜の上に形成された薄膜である請求項1乃至4のうちのいずれかの項に記載の赤外光透過フィルタ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−153976(P2006−153976A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−340748(P2004−340748)
【出願日】平成16年11月25日(2004.11.25)
【出願人】(000231475)日本真空光学株式会社 (9)
【Fターム(参考)】