説明

赤外分光方法

【課題】フーリエ変換型近赤外分光法と比較して短時間で所望の波長領域のスペクトル情報を取得する。
【解決手段】生体試料を構成する官能基の高次伸縮振動バンドの内のいずれかを主バンドとして、前記生体試料のスペクトルが該主バンドにおいて極大値を有する振動数を主バンド振動数とし、前記生体試料に含まれるオルガネラや組織等の分子に固有の振動数と前記主バンド振動数との結合音である分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を前記生体試料に照射して、その反射画像または透過画像を取得する赤外分光方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外分光方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、観察対象の近赤外領域の観察を行う方法として、フーリエ変換型近赤外分光法が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
この方法は、干渉計の可動ミラーの位置を走査して、干渉した光強度を観測し、インターフェログラムを取得した後に、取得されたインターフェログラムをフーリエ変換することにより、観察対象のスペクトルを取得するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭63−236930号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、フーリエ変換型近赤外分光法により、各画素のスペクトルを取得するには、必ずしも解析に必要ではない領域のスペクトルをも同時に取得しなければならず、画像取得に長時間を要するという不都合がある。
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、フーリエ変換型近赤外分光法と比較して短時間で所望の波長領域のスペクトル情報を取得することができる赤外分光方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、生体試料を構成する官能基の高次伸縮振動バンドの内のいずれかを主バンドとして、前記生体試料のスペクトルが該主バンドにおいて極大値を有する振動数を主バンド振動数とし、前記生体試料に含まれるオルガネラや組織等の分子に固有の振動数と前記主バンド振動数との結合音である分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を前記生体試料に照射して、その反射画像または透過画像を取得する赤外分光方法を提供する。
【0006】
本発明によれば、生体試料に分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を照射すると、生体試料内に特定のオルガネラや組織等の分子が含まれる場合には、その分子の含有量に応じた吸収が発生し、生体試料からの反射光の強度が低下する。したがって、生体試料の各位置における反射光強度の2次元的な分布により、生体試料内に含まれる特定分子の所望の波長領域におけるスペクトル画像を取得することができる。この場合に、従来のフーリエ変換型近赤外分光法のように必ずしも解析に必要のない領域のスペクトルを取得する必要がなく、所望の波長帯域のスペクトル画像を短時間で取得することができる。
【0007】
上記発明においては、複数の前記分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を前記生体試料に照射して、複数の反射画像または透過画像を取得する撮影ステップと、該観察用撮影ステップにより取得された複数の反射画像または透過画像の各画素もしくは複数の画素から構成される注目領域における近赤外光の強度を振動数について整理して離散近赤外スペクトルを生成するスペクトル生成ステップとを含んでいてもよい。
【0008】
このようにすることで、撮影ステップにおいて、生体試料に対して複数の分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光をそれぞれ照射して撮影することにより、複数の反射画像または透過画像が取得され、スペクトル生成ステップにおいて、複数の反射画像または透過画像の各画素もしくは複数の画素から構成される注目領域における近赤外光の強度を振動数について整理することにより、画素毎に離散近赤外スペクトルが取得される。このようにして取得された離散近赤外スペクトルは、解析に必要な波長における情報を含んでおり、従来のフーリエ変換型近赤外分光法により取得されたスペクトルと同様の処理、例えば、分子、組織、病変あるいは病態等に応じて予め取得しておいたスペクトルのデータベースをリファレンスとした多変量解析を行うことにより、生体試料における分子、組織、病変の画像あるいは病態の分類等を行うことができる。
【0009】
また、上記発明においては、前記分子が、核酸であり、前記分子に固有の振動数が、1100cm−1または1336cm−1の少なくとも一方であってもよい。
また、上記発明においては、前記分子が、タンパクであり、前記分子に固有の振動数が、1260cm−1および1650cm−1であってもよい。
【0010】
また、上記発明においては、前記分子が、脂質であり、前記分子に固有の振動数が、1650cm−1および1750cm−1であってもよい。
また、上記発明においては、前記分子が、膠原線維であり、前記分子に固有の振動数が、853cm−1、1260cm−1および1650cm−1であってもよい。
【0011】
また、上記発明においては、前記分子が、細網線維であり、前記分子に固有の振動数が、530cm−1、853cm−1、1260cm−1および1650cm−1であってもよい。
また、上記発明においては、前記分子が、弾性線維であり、前記分子に固有の振動数が、500cm−1、669cm−1、853cm−1、1260cm−1および1650cm−1であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、フーリエ変換型近赤外分光法と比較して短時間で所望の波長領域のスペクトル情報を取得することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態に係る赤外分光方法を説明するフローチャートである。
【図2】図1の赤外分光方法において使用される分子固有振動数とこれに対応する波長とを示す表を表す図である。
【図3】図1の赤外分光方法により線維を個別に画像化する波長の組み合わせを示す表を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態に係る赤外分光方法について、図面を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る赤外分光方法は、生体試料から該生体試料内に含まれる特定の分子、組織あるいは病変の画像の取得あるいは病態の判別を行うためのスペクトル画像を取得する方法である。
【0015】
本実施形態に係る赤外分光方法は、図1に示されるように、特定の分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を生体試料に照射する照明ステップS1と、生体試料において反射した近赤外光、あるいは、生体試料を透過した近赤外光を撮影する撮影ステップS2と、該撮影ステップS2において取得された近赤外光の反射画像または透過画像の各画素もしくは複数の画素から構成される注目領域について、スペクトル画像を生成するスペクトル生成ステップS3とを含んでいる。
【0016】
本実施形態においては、特定の分子あるいは組織として、核酸、タンパクおよび脂質を画像化するために、これらの分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を照明ステップにおいて生体試料に照射するようになっている。
【0017】
分子固有結合音は、生体試料を構成する官能基、例えば、CH,OH,NHの高次伸縮振動バンドの内のいずれかを主バンドとして、生体試料のスペクトルが該主バンドにおいて極大値を有する振動数を主バンド振動数としたときの、生体試料に含まれる分子に固有の振動数と主バンド振動数との結合音である。
【0018】
CHの伸縮振動の2倍音に対する主バンド振動数は5700cm−1、OH,NH,CHの伸縮振動の2倍音に対する主バンド振動数は6900cm−1、CHの伸縮振動の3倍音に対する主バンド振動数は8240cm−1である。
主バンド振動数としては上記のいずれを選択してもよいが、ここでは、生体試料におけるスペクトルの値が最も大きな6900cm−1を主バンド振動数として選択することとする。
【0019】
核酸、タンパクおよび脂質の固有の振動数は、図2の通りである。
例えば、核酸に固有の振動としては、PO伸縮振動(1100cm−1近傍)、O−P−O伸縮振動(848cm−1近傍)、チミン(T),シトシン(C),ウラシル(U)の環呼吸振動(785cm−1近傍)、グアニン(G)環呼吸振動(620〜685cm−1近傍)、ポリヌクレオチド鎖の振動(1336cm−1近傍)および、アデニン(A),T,G,C,Uの振動(1180cm−1,1485cm−1近傍)等がある。
【0020】
ここでは、核酸を画像化するための分子固有振動数として、他の分子の固有振動数に対して比較的離れたPO伸縮振動(1100cm−1近傍)およびポリヌクレオチド鎖の振動(1336cm−1近傍)を選択している。
したがって、この場合の分子固有結合音は、6900+1100=8000cm−1および6900+1336=8236cm−1となる。これらは、いずれも他の分子の分子固有結合音から離れているので、いずれかを用いてもよいし、両方とも使用することにしてもよい。これらの分子固有結合音に対応する波長をそれぞれλ1、λ2とする。
【0021】
また、タンパクに固有の振動としては、アミドI振動バンド領域(1650cm−1近傍)、アミドIII振動バンド領域(1260cm−1近傍)、フェニルアラニンの振動(1000cm−1近傍)、チロシン・ヒスチジン・トリプトファンの骨格振動、プロリンのNHを含む5印環の骨格振動(853cm−1,869cm−1近傍)、システインのS−S振動(500cm−1,669cm−1近傍)等がある。
【0022】
ここでは、タンパクを画像化するための分子固有振動数として、アミドI振動バンド領域(1650cm−1近傍)およびアミドIII振動バンド領域(1260cm−1近傍)を選択している。
したがって、この場合の分子固有結合音は、6900+1650=8550cm−1および6900+1260=8160cm−1となる。これらの分子固有結合音に対応する波長をそれぞれλ3、λ4とする。
【0023】
また、脂質に固有の振動としては、脂質、脂肪酸のC=C伸縮振動(1650cm−1近傍)、C=O伸縮振動(1750cm−1近傍)等が挙げられる。
ここでは、脂質を画像化するための分子固有振動数として、上記2つを選択し、したがって、この場合の分子固有結合音は、6900+1650=8550cm−1および6900+1750=8650cm−1となる。これらの分子固有結合音に対応する波長をそれぞれλ3、λ5とする。
【0024】
撮影ステップS2においては、照明ステップS1において上記により設定された複数の分子固有結合音に対応する波長λ1〜λ5を有する近赤外光を生体試料に照射したときのそれぞれの場合の2次元的な反射画像あるいは透過画像を取得するようになっている。
【0025】
スペクトル生成ステップS3においては、撮影ステップS2において取得された複数の反射画像あるいは透過画像の各画素もしくは複数の画素から構成される注目領域における輝度値を照射した近赤外光の波長に対してプロットすることにより、画素毎に、離散した複数波長について輝度値を整理した離散近赤外スペクトルが生成される。
【0026】
生体試料内の特定の分子の分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光は、当該分子の含有量に応じて吸収される度合いが変化する。したがって、反射画像あるいは透過画像には、当該分子の含有量の情報が直接的に含まれていることになる。
【0027】
このように、本実施形態に係る赤外分光方法によれば、得られる近赤外スペクトルは離散的ではあるが、各波長に対応する輝度値は生体試料内の特定の分子の含有量を反映する情報を含んでいるため、従来と同様の解析手法によって、簡易に各分子を個別に画像化することができる。
【0028】
すなわち、予め核酸、タンパクおよび脂質について離散近赤外スペクトルを取得しておき、それらの離散近赤外スペクトルをリファレンスとして、本実施形態に係る赤外分光方法により取得された、生体組織についての離散近赤外スペクトルをPCA解析等の多変量解析することにより、核酸、タンパクおよび脂質の含有量の分布を個別に画像化することができる。
【0029】
そして、本実施形態に係る赤外分光方法によれば、生体試料内の特定の分子の含有量を反映する情報を含む波長のみについて取得した反射画像あるいは透過画像から離散近赤外スペクトルを生成するので、従来、必ずしも解析に必要ではない波長についても干渉光強度の測定が必要であったフーリエ変換型近赤外分光法と比較すると、近赤外スペクトルの取得に要する時間を大幅に短縮することができるという利点がある。
【0030】
また、フーリエ変換型近赤外分光法のように、干渉計のような特殊な装置を用意する必要がなく、装置を簡易に構成することができるという利点もある。また、多変量解析に用いる数値データの数も、フーリエ変換型近赤外分光法で取得した場合の近赤外スペクトルより少ないので、多変量解析の処理に要する負荷も低減することができる。
【0031】
なお、本実施形態に係る赤外分光方法においては、核酸、タンパクおよび脂質を個別に画像化するための離散近赤外スペクトルを取得する場合について説明したが、これに限定されるものではなく、他の任意の分子あるいは組織に適用してもよい。
例えば、生体試料に含まれる各線維を個別に画像化するために、タンパク、膠原線維、細網線維および弾性繊維の分子固有振動数を利用する。ここで、線維を構成する分子はタンパクであるが、線維の種類が異なる場合には、それぞれの線維に特徴的な分子固有振動数を利用する。
【0032】
タンパクの分子固有振動数としては、アミドI振動バンド領域(1650cm−1近傍)およびアミドIII振動バンド領域(1260cm−1近傍)を選択している。したがって、この場合の分子固有結合音は、6900+1650=8550cm−1および6900+1260=8160cm−1となる。これらの分子固有結合音に対応する波長はそれぞれλ3、λ4である。
【0033】
膠原線維の分子固有振動数としては、タンパクの上記2つの分子固有振動数に加えて、膠原線維に多く含まれるプロリンのNHを含む5印環の骨格振動(860cm−1近傍)を選択している。したがって、この場合の分子固有結合音は、6900+860=7760cm−1となる。この分子固有結合音に対応する波長をλ11とする。すなわち、膠原線維の分子固有結合音に対応する波長は、λ3,λ4およびλ11である。
【0034】
細網線維の分子固有振動数としては、上記3つの分子固有振動数に加えて、キシロースもしくはN−アセチルグルコサミンの振動(530cm−1近傍)を選択している。したがって、この場合の分子固有結合音は、6900+530=7430cm−1となる。この分子固有結合音に対応する波長をλ12とする。すなわち、細網線維の分子固有結合音に対応する波長は、λ3,λ4,λ11およびλ12である。
【0035】
弾性繊維の分子固有振動数としては、新たに、システインのS−S振動(500cm−1,669cm−1近傍)を使用する。したがって、この場合の分子固有結合音は、6900+500=7400cm−1および6900+669=7569cm−1となる。この分子固有結合音に対応する波長をλ13,λ14とする。すなわち、弾性線維の分子固有結合音に対応する波長は、λ3,λ4,λ11,λ13およびλ14である。
【0036】
これをまとめると図3の通りとなる。この図に示されるように、タンパク、膠原線維、細網線維および弾性繊維は、相互に重複する吸収帯域を有するものの、異なる波長に吸収帯域を有しているため、取得された画像から多変量解析によって個々の情報を分離して、個別に画像化することができる。
【符号の説明】
【0037】
S2 撮影ステップ
S3 スペクトル生成ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料を構成するCH、OH、NHの高次伸縮振動バンドの内のいずれかを主バンドとして、前記生体試料のスペクトルが該主バンドにおいて極大値を有する振動数を主バンド振動数とし、
前記生体試料に含まれるオルガネラや組織等の分子に固有の振動数と前記主バンド振動数との結合音である分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を前記生体試料に照射して、その反射画像または透過画像を取得する赤外分光方法。
【請求項2】
複数の前記分子固有結合音に対応する波長を有する近赤外光を前記生体試料に照射して、複数の反射画像または透過画像を取得する撮影ステップと、
該観察用撮影ステップにより取得された複数の反射画像または透過画像の各画素もしくは複数の画素から構成される注目領域における近赤外光の強度を振動数について整理して離散近赤外スペクトルを生成するスペクトル生成ステップとを含む請求項1に記載の赤外分光方法。
【請求項3】
前記分子が、核酸であり、
前記分子に固有の振動数が、1100cm−1または1336cm−1の少なくとも一方である請求項1または請求項2に記載の赤外分光方法。
【請求項4】
前記分子が、タンパクであり、
前記分子に固有の振動数が、1260cm−1および1650cm−1である請求項2に記載の赤外分光方法。
【請求項5】
前記分子が、脂質であり、
前記分子に固有の振動数が、1650cm−1および1750cm−1である請求項2に記載の赤外分光方法。
【請求項6】
前記分子が、膠原線維であり、
前記分子に固有の振動数が、853cm−1、1260cm−1および1650cm−1である請求項2に記載の赤外分光方法。
【請求項7】
前記分子が、細網線維であり、
前記分子に固有の振動数が、530cm−1、853cm−1、1260cm−1および1650cm−1である請求項2に記載の赤外分光方法。
【請求項8】
前記分子が、弾性線維であり、
前記分子に固有の振動数が、500cm−1、669cm−1、853cm−1、1260cm−1および1650cm−1である請求項2に記載の赤外分光方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−202718(P2012−202718A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−64997(P2011−64997)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】