説明

赤外吸収スペクトルの測定方法

【課題】皮膚と赤外吸収スペクトル測定装置の試料接触部との密着度によらず、皮膚の赤外吸収スペクトルを正確に測定する方法を提供する。
【解決手段】ヒトの皮膚表面に赤外光照射部から試料接触部を介して赤外光を照射する工程、ヒトの皮膚表面を反射し、前記試料接触部を透過した赤外光を検出する工程、及び検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段により補正処理をする工程を含む、赤外吸収スペクトルの測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外吸収スペクトルの測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化粧品類、皮膚洗浄料等の販売において、顧客に最も適した化粧品を推奨するために、顧客の皮膚の水分・油分・形態等を店頭で測定するサービスが広く行われている。また、こういった化粧品類や皮膚洗浄料の研究開発の過程においても、肌の状態を機器計測により指標化することは、より効果の高い化粧品、皮膚洗浄料等の開発の上で必要不可欠のものとなっている。さらには、皮膚の水分量等は、個々人の皮膚の状態や環境により大きく変動する。そのため、皮膚の水分量・油分量・形態等の評価や、個人差や部位差を特性化する上で、皮膚の状態を適切に把握することが重要である。
【0003】
皮膚の状態を非侵襲的に測定する方法として、IR−ATR(赤外減衰全反射)法により試料表面の赤外吸収スペクトルを測定することが知られている。例えば、特許文献1には、赤外分光法を用いた皮膚角層中の天然保湿因子量を測定する方法が記載されている。
また、IR−ATR法では、ATR結晶を介して試料に赤外光を照射し、該ATR結晶を透過した反射赤外光を検出することで赤外吸収スペクトルを測定する。そのため、IR−ATR法では、試料とATR結晶との密着度が重要であると考えられている。そこで、試料表面を吸引して赤外吸収スペクトル測定装置の試料接触部に確実に接触させ、赤外吸収スペクトルを測定する方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。しかし、ATR結晶に対する皮膚の密着度の違いによって赤外吸収スペクトルの形状が異なるため、試料表面を吸引して赤外吸収スペクトルを測定した場合、皮膚の成分組成を正確に測定することができない。
さらに、皮膚と赤外吸収スペクトル測定装置の赤外光プローブとの接触面積の変化に伴う吸光度の変動を補正して、赤外吸収スペクトルを測定する方法が知られている(例えば、特許文献3参照)。一般に、IR−ATR法において、分析可能な深さ(エバネッセント波のしみ込み深さ)は、測定対象の表面から数μm以下である。したがって、特許文献3に記載の方法は、測定対象の表面に大きな凹凸があって、エバネッセント波のしみ込み深さに比べて、皮膚の表面と赤外光プローブとが接触しない非接触部の空気層が非常に厚く非接触部からは測定対象由来の赤外光吸収が全く起こらない場合は有効である。しかし、皮膚の表面には数μm以下の多数の微細な凹凸が存在するので、皮膚試料の赤外吸収スペクトルの測定において、照射した赤外光が、皮膚が赤外光プローブと完全に接触しない非接触部においても皮膚に吸収される。そのため、検出された反射赤外光の減衰分が、皮膚表面と赤外光プローブとが接触する接触部のみに由来するものとする特許文献3記載の方法では、正確に皮膚の成分組成を測定することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−210567号公報
【特許文献2】特開2009−183636号公報
【特許文献3】特開2007−68857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、皮膚と赤外吸収スペクトル測定装置の試料接触部との密着度によらず、皮膚の赤外吸収スペクトルを正確に測定する方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は上記課題に鑑み鋭意検討を行った結果、測定した皮膚の赤外吸収スペクトルについて、皮膚表面と赤外吸収スペクトル装置の試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と該試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する処理を行うことにより、正確な皮膚の赤外吸収スペクトルが得られることを見い出した。本発明はこの知見に基づいて完成させたものである。
【0007】
本発明は、
ヒトの皮膚表面に赤外光照射部から試料接触部を介して赤外光を照射する工程、
ヒトの皮膚表面を反射し、前記試料接触部を透過した赤外光を検出する工程、及び
検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段により補正処理をする工程、
を含む、赤外吸収スペクトルの測定方法に関する。
【0008】
さらに、本発明は、ヒトの皮膚表面に赤外光照射部から試料接触部を介して赤外光を照射し、ヒトの皮膚表面を反射し試料接触部を透過した赤外光を検出して測定した赤外吸収スペクトルの補正方法であって、検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段により補正処理をする、赤外吸収スペクトルの補正方法に関する。
【0009】
さらに、本発明は、
ヒトの皮膚表面に赤外光照射部から試料接触部を介して赤外光を照射する工程、
ヒトの皮膚表面を反射し、前記試料接触部を透過した赤外光を検出する工程、
検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段により補正処理をする工程、及び
補正処理により得た赤外吸収スペクトルに基づき、皮膚の組成を解析する工程、
を含む、皮膚組成の解析方法に関する。
【0010】
さらに、本発明は、
ヒトの皮膚表面に接触する試料接触部と、
試料接触部を介してヒトの皮膚表面に赤外光を照射する赤外光照射部と、
ヒトの皮膚表面から反射し、試料接触部を透過した赤外光を検出する赤外光検出手段と、
検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段、
を備えた赤外吸収スペクトル測定装置に関する。
【発明の効果】
【0011】
皮膚と赤外吸収スペクトル測定装置の試料接触部との密着度に左右されることなく、皮膚の赤外吸収スペクトルを正確に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の赤外吸収スペクトル測定装置を模式的に示す図である。
【図2】実施例1において、本発明の方法により算出したヒトの皮膚の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図3】実施例1において、油浸オイルを塗布した赤外吸収スペクトル測定装置の試料接触部にヒトの皮膚を押し当てて測定して取得した赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図4】実施例1において、赤外吸収スペクトル測定装置の試料接触部に直接皮膚を押し当てて測定して取得した赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図5】油浸オイルの赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図6】比較例で算出したヒトの皮膚の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図7】実施例2において測定した赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図8】実施例2において、本発明の方法により、図7に示す赤外吸収スペクトルを補正した赤外吸収スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を図面に基づいて詳細に説明する。しかし、本発明はこれに制限するものではない。
図1に示す赤外吸収スペクトル測定装置10は、試料(ヒトの皮膚)5の表面に接触する、試料台4に備えた試料接触部3と、試料接触部3を介して試料5に赤外光9を照射する赤外光照射部2と、試料5から反射し試料接触部3を透過した赤外光9を検出する検出部6を有する、赤外吸収スペクトル測定部1を備える。さらに、CPU(中央演算処理装置)やメモリ、ハードディスク等の記録媒体が内蔵されたコンピューター等の赤外吸収スペクトル算出部7を備える。前記赤外吸収スペクトル算出部7は、演算手段8を備える。
【0014】
赤外吸収スペクトル測定部1は、フーリエ変換型赤外分光光度計(Fourier Transform infrared spectrophotometer:FT−IR)を用いて赤外吸収スペクトルを測定するように構成されていることが好ましい。FT−IRは、赤外光照射部2から照射された赤外光9を干渉光に変換し、試料5に照射する方式である。試料5を反射した光の強度を可動鏡の移動距離の関数として測定し、検出部6で得られた干渉波形をフーリエ変換することにより赤外吸収スペクトルの測定を行う。
【0015】
赤外光照射部2としては、通常の赤外分光器の赤外光照射部と同様な構造が挙げられる。例えば、赤外光源と干渉計を組み合わせたものや、赤外光源と分光器を組み合わせたものが挙げられる。
【0016】
赤外吸収スペクトルの測定は、板型プリズム、光ファイバープローブ、ダイヤモンドプリズム等の試料接触部3を用いた減衰全反射法(Attenuated Total Reflection spectroscopy:ATR法)によって行うことができる。試料接触部3の材質としては特に制限はないが、屈折率が2.4以上のものが好ましく、ゲルマニウム、ダイヤモンドなどを用いることができる。
反射回数は特に限定されず、1回であっても、2回以上であってもよい。
【0017】
検出部6としては特に制限はなく、通常の赤外分光器の検出部と同様な構造が挙げられる。例えば、MCT(Mercury Cadmium Tellurium)検出器、DLATGS(Deuterated L-Alanine Triglycine Sulphate)検出器、DTGS(Deuterated TriGlycine Sulfate)検出器、TGS(Triglycine Sulfate)検出器が挙げられる。
【0018】
本発明において、図1に示すように、赤外光照射部2と検出器6が一体化したものであることが好ましい。また、赤外吸収スペクトル測定部1としてポータブル型装置を使用する場合は、耐振動性に優れていることや、バッテリーで駆動することが好ましい。
【0019】
IR−ATR法において、試料接触部3と試料5の密着性は赤外光の吸収強度に影響を与えるため、赤外吸収スペクトルの測定に際して、密着性を一定に保つために、試料接触部3と試料5を一定の圧力下で密着させることが好ましい。そこで、本発明において、赤外吸収スペクトル測定部1が、試料5の上方から試料5に圧力を印加する圧力維持手段を備えることが好ましい。圧力維持手段は、試料接触部3と試料5の密着性が一定となるように圧力を加えることができるものであればよい。例えば、ゴムバンドを用いて試料5を試料台4上に固定してもよいし、試料5の上方から加圧ユニットで一定圧まで自動的に圧力を加えるようにしてもよい。但し、本発明においては、試料5の赤外吸収スペクトル測定部位の全体を試料接触部3に完全に接触させる必要はなく、赤外吸収スペクトルを測定できる程度に圧力維持手段により通常の方法と同程度の圧力を印加すればよい。
【0020】
検出部6で検出した赤外吸収スペクトルについて、演算手段8を備えた赤外吸収スペクトル算出部7において、試料5の表面と試料接触部3とが接触する接触部の試料5による赤外吸収の寄与分と、試料5の表面と試料接触部3とが接触しない非接触部の試料5による赤外吸収の寄与分とを補正する補正処理を行う。
下記に、前記補正処理について詳細に説明する。しかし、本発明はこれに制限するものではない。
【0021】
本発明において、予め、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分について補正処理を行ったヒトの皮膚の標準スペクトルを用いて、演算手段8により補正処理を行うことが好ましい。
【0022】
ヒトの皮膚表面は、主にタンパク質及び水から構成されており、その屈折率は1.5程度と考えられる。したがって、屈折率が1.5程度(好ましくは1.3〜1.6)であり、皮膚に塗布しても皮膚表面の組成に影響を与えない液体を試料5と試料台4又は試料接触部3との間に配した状態で赤外吸収スペクトルを測定し、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部に存在する前記液体による赤外吸収の寄与分について補正処理を行うことで、ヒトの皮膚の標準スペクトルを得ることができる。
本発明で好ましく用いることができる前記液体としては、その屈折率がヒトの皮膚表面の屈折率と近いものが好ましい。例えば、光学顕微鏡測定において、光学レンズ等のガラス製素子間の屈折率差をなくすために通常用いられる油浸オイル(immersion oil)等が挙げられる。
【0023】
ヒトの皮膚の標準スペクトルの作成方法について具体的に説明する。
生体試料の赤外吸収スペクトルの測定方法において通常用いられる油浸オイルの赤外吸収スペクトル(吸光度)Aoilは、下記式(1)で表される。
【0024】
【数1】

【0025】
式(1)において、Roilは赤外光の油浸オイルにおける反射率を示す。
赤外吸収スペクトル測定部1において、試料5と試料台4との間に油浸オイルを配して測定を行った場合、試料5と試料接触部3とが接触しない非接触部に油浸オイルが入り込む。このとき、観測される赤外吸収スペクトル(吸光度)Aobsは、下記式(2)で表される。
【0026】
【数2】

【0027】
式(2)において、Robsは赤外光の試料5における反射率を示す。
なお、Robsは下記式(3)〜(5)より導くことができる。
【0028】
【数3】

【0029】
【数4】

【0030】
【数5】

【0031】
ここで、
skinは、赤外光の接触部における反射率を示し、
xは、測定部位における接触部面積の比率(接触度)を示し、
dは、非接触部の空気層の厚さを示し、
pは、エバネッセント波のしみ込み深さを示し、
1は、試料接触部3の屈折率を示し、
2は、試料5の屈折率を示し、
θは、照射赤外光9の試料5に対する入射角を示し、
λ、照射赤外光9の波長(nm)を示す。
なお、エバネッセント波のしみ込み深さdpは、全反射面への入射角に依存することが知られている。試料接触部3等より全反射面への入射角は容易に決定され、エバネッセント波のしみ込み深さを算出することができる。
【0032】
したがって、試料5の赤外吸収スペクトルAskinは、下記式(6)〜(7)より導くことができる。
【0033】
【数6】

【0034】
【数7】

【0035】
前記赤外吸収スペクトル算出部7の演算手段8において、前記式(4)のd及び前記式(6)のxについて適当な値を決定する補正処理を行う。前記補正処理方法に特に制限はないが、前記式(7)より算出される補正処理後の皮膚の赤外吸収スペクトル(Askin)において、油浸オイルの吸収スペクトル(Aoil)由来のピークが最小になるように、d及びxの値を決定する。
【0036】
前記ヒトの皮膚の標準スペクトルの作成に用いることができる前記液体に特に制限はないが、その屈折率がヒトの皮膚の屈折率(1.5程度)と同程度であることが好ましく、1.3〜1.6がより好ましい。さらに、皮膚に塗布しても皮膚表面の組成に影響を与えないものが好ましい。具体的には、グリセリン、シリコンオイル、ポリエチレングリコール、流動パラフィン、ワセリン等が挙げられる。本発明においては、光学顕微鏡測定用に一般的に市販されている光学オイル(屈折率nd=1.51〜1.52)が特に好ましい。
また、本発明において、屈折率1.3〜1.6の液体を塗布した試料台又は試料接触部に皮膚を載せてスペクトルを測定してもよいし、測定部位に屈折率1.3〜1.6の液体を塗布し、測定部位と試料接触部とを接触させてスペクトルを測定してもよい。
【0037】
演算手段による補正処理方法は、補正処理後のスペクトルパターンが、典型的な皮膚のスペクトルパターンと一致するように行う。例えば、水の伸縮振動に由来する650〜1000cm-1の波数領域のスペクトルパターン、及びタンパク質に由来する1480〜1580cm-1の波数領域のアミドII吸収帯のスペクトルパターンは、比較的個人差、部位差が小さいことが知られている。したがって、補正処理後のスペクトルのこれらの領域の形状が、典型的な皮膚のスペクトルのものと一致するように、補正を行う。
【0038】
以下、演算手段による補正処理方法について具体的に説明するが、本発明はこれに制限するものではない。
空気の屈折率が1であるため、空気層(非接触部)へのエバネッセント波のしみこみ深さdpairは下記のように表される。
【0039】
【数8】

【0040】
また、非接触部において皮膚に吸収されるエネルギーΔIは、下記式で表される。
【0041】
【数9】

【0042】
前記式において、E0は試料接触部と皮膚界面におけるエバネッセント波の振幅を表す。
さらに、非接触部での反射率R非接触は、下記式で表される。
【0043】
【数10】

【0044】
ここで、Dは下記式で表される。
【0045】
【数11】

【0046】
上記式より、赤外光の試料5における反射率Robsは下記式のように表される。
【0047】
【数12】

【0048】
従って、皮膚の反射率Rskinは、
【0049】
【数13】

【0050】
で表され、観測される赤外吸収スペクトルAskinは、前記式(2)より、
【0051】
【数14】

【0052】
となる。
ここで、例えば、650〜1000cm-1と1480〜1580cm-1の波数領域において、上記の式で得られるAskinと、皮膚の標準スペクトルが一致するようにx及びdの値を決定する。
【0053】
本発明において、前記演算手段8により行われる補正処理は、赤外吸収スペクトル測定部1と一体化されたデータ処理装置によって行ってもよいし、赤外吸収スペクトル測定部1から独立した(繋がっていない)データ処理装置によって行ってもよい。すなわち、例えば、前記演算手段8を備えていない赤外吸収スペクトル装置を用いて赤外吸収スペクトルを得た後、この赤外吸収スペクトルデータを、フレキシブルディスク等の記録媒体、或いは通信回線を介して、該赤外吸収スペクトル測定装置とは独立し、前記補正処理を実行させるための補正プログラムを備えたデータ処理装置(例えばパーソナルコンピュータ)に入力して、補正処理させることもできる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0055】
実施例1
(1)赤外吸収スペクトルの測定
皮膚とATRプリズム間での接触の仕方について、皮膚の一部はATRプリズムと完全に接触し(接触部)、残りの部分はATRプリズム間に空気層が存在している(非接触部)と仮定した。非接触部の空気層の厚さは部位により異なると考えられるが、ここでは均一な厚さとして存在していると仮定した。さらに、非接触部でも皮膚により赤外光が吸収されるものと仮定した。この場合、非接触部での皮膚による赤外光の吸収は、接触部での吸収に比べると少なくなる。
ATRプリズム上に油浸オイル(ニコン製、TYPE NF、屈折率:1.515(23℃))を滴下し、その上から20歳代男性の皮膚(手首)を押し当て、赤外吸収スペクトルを測定した。(以下、前記非接触部は、前記油浸オイルで完全に充填されているものと仮定する。)測定は、SpectrumOne(商品名、パーキンエルマー製)の赤外分光装置にユニバーサルATRアクセサリーを装着し、下記の測定条件で行った。
<測定条件>
分解能:4cm-1
積算回数:32回
光源:赤外光源(パーキンエルマー製)
検出器:MCT(Mercury Cadmium Tellurium)検出器(パーキンエルマー製)
測定範囲:515〜4000cm-1
ATR条件:1回反射
赤外光入射角:45度
ATRプリズム:ダイヤモンド
印加圧力:33000Pa程度
【0056】
(2)赤外吸収スペクトルの補正
非接触部での皮膚による赤外光の吸収は、非接触部での空気層の厚さd(mm)の大小によって、油浸オイルによる赤外光の吸収と皮膚による赤外光の吸収の存在比(寄与分)が異なる。そこで、測定部位における接触部面積の比率(接触度)をxとする(0<x≦1)と、接触部と非接触部では、エバネッセント波の滲み込み深さdp(mm)を同等とすることができる。
前記(1)で測定した赤外吸収スペクトルA1は、下記式(8)で表わすことができる。
【0057】
【数15】

【0058】
式(8)中、
A1は油浸オイルを滴下したATRプリズムに皮膚を押し当てて測定して取得した赤外吸収スペクトル(前記(1)で測定した赤外吸収スペクトル)、
A2はATRプリズムに直接皮膚を押し当てて測定することで得られる皮膚の赤外吸収スペクトル、
A3は油浸オイルの赤外吸収スペクトル
をそれぞれ表す。
また、式(8)中B及びdpは、それぞれ前記式(4)及び(5)で表される。
【0059】
上式の関係式を用いて得られる皮膚の合成赤外吸収スペクトルのパターンが、ATRプリズムに直接皮膚を押し当てて測定することで得られる皮膚の赤外吸収スペクトルA2のパターンと一致するよう、測定部位における接触度x及び非接触部での空気層の厚さd(mm)を決定した。具体的には、赤外吸収スペクトルA1の内、油浸オイル由来のピーク(1487cm-1、1237cm-1、748cm-1、690cm-1など)が最小になり、赤外吸収スペクトルA2のパターンと一致するよう、x及びdの値を決定した。その結果、x=0.29、d=2.2(mm)であった。
これらの値に基づいて作成した皮膚の合成赤外吸収スペクトルを図2に示す。なお、前記(1)で測定した赤外吸収スペクトル(A1)、皮膚自体の赤外吸収スペクトル(A2)、及び前記油浸オイルのみの赤外吸収スペクトル(A3)を、それぞれ図3〜5に示す。
【0060】
図3に示すスペクトルを用いて本発明の方法により得た合成赤外吸収スペクトルを示す図2と、皮膚自体の赤外吸収スペクトルA2を示す図4とを比較すると、スペクトルパターンが非常によく一致していた。具体的には、図2に示すスペクトルにおいて、500〜1750cm-1、2800〜3000cm-1及び3000〜3700cm-1の波数領域にかけてのピーク形状及びピーク強度(ピーク面積)が、図4に示すスペクトルと非常によく似ている。
これらの結果から、本発明の方法により、赤外吸収スペクトル測定装置における試料接触部における皮膚の密着度に左右されることなく、皮膚の赤外吸収スペクトルを正確に測定することができることが明らかとなった。
【0061】
比較例
非接触部(油浸オイル部)において空気層が非常に厚く、皮膚による赤外光の吸収はなく、油浸オイルのみにより赤外光が吸収されると仮定し、赤外吸収スペクトルの補正を行った。
実施例1の(1)で測定した赤外吸収スペクトルについて、測定部位における接触部面積の比率(接触度)をx’とすると(0<x’≦1)、実施例1の(1)で測定した赤外吸収スペクトルA1は、下記式(9)で表わすことができる。
【0062】
【数16】

【0063】
式(9)中、A1、A2及びA3は、式(8)におけるA1、A2及びA3と同義である。
【0064】
上式の関係式を用いて得られる皮膚の合成赤外吸収スペクトルのパターンが、ATRプリズムに直接皮膚を押し当てて測定することで得られる皮膚の赤外吸収スペクトルA2のパターンと一致するよう、測定部位における接触度x’を決定した。その結果、x’=0.3であった。この値から算出した皮膚の合成赤外吸収スペクトルを図6に示す。
図3に示すスペクトルを用いて前記式(9)を用いて得た合成赤外吸収スペクトルを示す図6と、皮膚自体の赤外吸収スペクトル図4とを比較すると、ピーク形状及びピーク面積のいずれも大きく異なっていることがわかる。
【0065】
実施例2
20歳代男性の皮膚(手首)をATRプリズムに直接押し付けて測定を行った以外は、実施例1と同様にして赤外吸収スペクトルを測定した。
図2に示す赤外吸収スペクトルを皮膚の標準スペクトルとし、650〜1000cm-1及び1480〜1580cm-1の波数領域において、標準スペクトルとスペクトルパターンが一致するように、前記式(4)及び(8)におけるx及びdを決定し、合成スペクトルを作成した。
【0066】
実施例3
40歳代男性の皮膚(前腕内側部)をATRプリズムに押し付けたままの状態で、連続的に6回赤外吸収スペクトルを測定した(測定開始直後、並びに測定開始から2分後、4分後、6分後、8分後及び10分後、所要時間約10分)。測定は、赤外分光計測装置Exoscan(商品名、A2 TECHNOLOGIES製)を用いて、下記の測定条件で行った。
<測定条件>
分解能:4cm-1
積算回数:32回
光源:赤外光源(A2 TECHNOLOGIES社製)
検出器:温度安定型DTGS(Deuterated TriGlycine Sulfate)検出器(A2 TECHNOLOGIES社製)
測定範囲:650〜4000cm-1
ATR条件:1回反射
赤外光入射角:45度
ATRプリズム:ゲルマニウム
印加圧力:130000Pa程度
このようにして得られた赤外吸収スペクトルをアミドII(1550cm-1)のピーク強度で規格化したものを図7に示す。
【0067】
図7に示す赤外吸収スペクトルについて、下記に示すとおりに補正を行った。
実施例1で得られた、図2に示すスペクトルをヒトの皮膚の標準スペクトルとし、650〜1000cm-1と1480〜1580cm-1の波数領域において、観測された赤外吸収スペクトルAskinと、該標準スペクトルとが一致するよう、測定部位における接触度x及び非接触部での空気層の厚さd(mm)を決定し、補正処理後の赤外吸収スペクトルを作成した。その結果を図8に示す。
【0068】
赤外吸収スペクトルにおいて、水由来のピークは、主に3300cm-1付近の波数領域に現れる。図7において、経時的に3300cm-1付近において吸光度の増大が見られた。これは、時間経過と共に皮膚の内部から水分が蒸散するためである。しかし、1000〜1500cm-1の波数領域において、経時的に吸光度が相対的に低下した。この現象は、水分量の上昇などによる、皮膚とATRプリズムとの接触度(接触部面積)の増大によるものと考えられる。1000〜1500cm-1の波数領域のピークは主にタンパク質に由来するものであり、皮膚の水分と異なりタンパク質は経時的にタンパク質量が減少することはない。従って、図7に示す結果は、皮膚の経時的変化を正確に示すものではない。
【0069】
これに対して、図8においては、経時的な水分量の上昇に由来すると考えられる3300cm-1付近の吸光度の増加が見られた。さらには、図7に示すスペクトルで見られた、1000〜1500cm-1の波数領域における吸光度の相対的な低下が、図8に示すスペクトルではほとんど確認されなかった。
【0070】
これらの結果から、本発明の測定方法によれば、皮膚と赤外吸収スペクトル測定装置の試料接触部における密着度の変化に左右されにくい、赤外吸収スペクトルを測定することができることがわかる。
【符号の説明】
【0071】
1 赤外吸収スペクトル測定部
2 赤外光照射部
3 試料接触部
4 試料台
5 試料
6 検出部
7 赤外吸収スペクトル算出部
8 演算手段
9 赤外光
10 赤外吸収スペクトル測定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの皮膚表面に赤外光照射部から試料接触部を介して赤外光を照射する工程、
ヒトの皮膚表面を反射し、前記試料接触部を透過した赤外光を検出する工程、及び
検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段により補正処理をする工程、
を含む、赤外吸収スペクトルの測定方法。
【請求項2】
ヒトの皮膚表面と試料接触部との間に屈折率1.3〜1.6の液体を配した状態で赤外吸収スペクトルを測定し、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部に存在する前記液体による赤外吸収の寄与分について補正処理を行ってヒトの皮膚の標準スペクトルを作成し、該標準スペクトルに基づいて前記演算手段において補正処理を行う、請求項1記載の赤外吸収スペクトルの測定方法。
【請求項3】
ヒトの皮膚表面に赤外光照射部から試料接触部を介して赤外光を照射し、ヒトの皮膚表面を反射し試料接触部を透過した赤外光を検出して測定した赤外吸収スペクトルの補正方法であって、検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段により補正処理をする、赤外吸収スペクトルの補正方法。
【請求項4】
ヒトの皮膚表面と試料接触部との間に屈折率1.3〜1.6の液体を配した状態で赤外吸収スペクトルを測定し、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部に存在する前記液体による赤外吸収の寄与分について補正処理を行ってヒトの皮膚の標準スペクトルを作成し、該標準スペクトルに基づいて前記演算手段において補正処理を行う、請求項3記載の赤外吸収スペクトルの補正方法。
【請求項5】
ヒトの皮膚表面に赤外光照射部から試料接触部を介して赤外光を照射する工程、
ヒトの皮膚表面を反射し、前記試料接触部を透過した赤外光を検出する工程、
検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段により補正処理をする工程、及び
補正処理により得た赤外吸収スペクトルに基づき、皮膚の組成を解析する工程、
を含む、皮膚組成の解析方法。
【請求項6】
ヒトの皮膚表面と試料接触部との間に屈折率1.3〜1.6の液体を配した状態で赤外吸収スペクトルを測定し、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部に存在する前記液体による赤外吸収の寄与分について補正処理を行ってヒトの皮膚の標準スペクトルを作成し、該標準スペクトルに基づいて前記演算手段において補正処理を行う、請求項5記載の皮膚組成の解析方法。
【請求項7】
ヒトの皮膚表面に接触する試料接触部と、
試料接触部を介してヒトの皮膚表面に赤外光を照射する赤外光照射部と、
ヒトの皮膚表面から反射し、試料接触部を透過した赤外光を検出する赤外光検出手段と、
検出した赤外光における、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分とを補正する演算手段、
を備えた赤外吸収スペクトル測定装置。
【請求項8】
ヒトの皮膚表面と試料接触部との間に屈折率1.3〜1.6の液体を配した状態で赤外吸収スペクトルを測定し、皮膚表面と試料接触部とが接触する接触部の皮膚による赤外吸収の寄与分と、皮膚表面と試料接触部とが接触しない非接触部に存在する前記液体による赤外吸収の寄与分について補正処理を行ってヒトの皮膚の標準スペクトルを作成し、該標準スペクトルに基づいて前記演算手段において補正処理を行う、請求項7記載の赤外吸収スペクトル測定装置。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−52957(P2012−52957A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196880(P2010−196880)
【出願日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】