赤外線カメラによる構造物調査方法
【課題】
構造物内部の損傷部の深さ、形状を正確に判断できるようにし、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断できるようにする。
【解決手段】
本発明によれば、たとえば調査対象部位21が赤外線カメラで撮影され、その結果得られる赤外線画像から温度折れ線グラフが作成される。そして、温度折れ線グラフに一致する温度分布の形状が判定される。そして温度分布の形状(たとえば形状が「釣鐘型」で勾配が「10以上」)に対応する損傷パターンが、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断される。損傷パターンから実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができるばかりでなく、更に損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
構造物内部の損傷部の深さ、形状を正確に判断できるようにし、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断できるようにする。
【解決手段】
本発明によれば、たとえば調査対象部位21が赤外線カメラで撮影され、その結果得られる赤外線画像から温度折れ線グラフが作成される。そして、温度折れ線グラフに一致する温度分布の形状が判定される。そして温度分布の形状(たとえば形状が「釣鐘型」で勾配が「10以上」)に対応する損傷パターンが、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断される。損傷パターンから実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができるばかりでなく、更に損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート、タイルなどの構造物の内部の損傷状態を赤外線カメラによって調査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、高架に代表されるコンクリート構造物は、それ自体の劣化に加え長年の間に気象変化、地盤の変化や荷重負荷の影響を受ける。これらが収集され、悪条件が重なった時点でコンクリート構造物の部分的な破壊や、剥離などが発生し、第三者に対する被害や事故に繋がるおそれがある。
【0003】
そこでコンクリート構造物の剥落を未然に防止するために、コンクリート構造物の継続的な点検と監視が必要とされている。
【0004】
現在、コンクリート構造物の点検手法として打音調査法が広く実施されている。
【0005】
しかし打音調査法は、人間が調査対象部位を実際に叩いて損傷状態を調査するものであり、コンクリート構造物への接近が必要となる。しかし、実際には高架下の道路、鉄道、河川等の交差条件で容易に接近することが困難なところが多く、調査面積も大きい。
【0006】
このため打音調査法は、交通規制、処理能力、費用等の効率性の面で解決すべき課題が残されている。また打音調査法は、経験や勘に左右され、正確な調査を行うことは難しい。
【0007】
そこで、近年、コンクリート構造物へ接近しなくて済み、広範囲な調査を高効率に行うことができることから、赤外線調査法が、打音点検必要箇所を抽出する補助点検法として、研究されている。
【0008】
赤外線調査法は、赤外線カメラによってコンクリート表面温度を測定し、その温度差により、損傷のない健全部と損傷部を判別するものである。
【0009】
赤外線調査法の原理について図1、図2を参照して説明する。
【0010】
図1(a)、(b)に環境の温度変化に伴うコンクリート中の熱流と温度変化の模式図を示す。
【0011】
図1(a)に示すように、コンクリート構造物1の表層部近傍の空隙などの損傷部2が熱流に対する断熱槽となるため、昼間など、外気温がコンクリートよりも高温で熱流がコンクリート表面から内部に向かう場合には、損傷部2付近の表面は高温領域となり、健全部3は低温領域となる。一方、夜間など、熱流がコンクリート内部から表面に向かう場合には、損傷部2は低温領域となり、健全部3は高温領域となる。
【0012】
図2は、コンクリート高架橋における外気温、健全部3、損傷部2の1日の温度変化を例示している。
【0013】
図2において、健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時期に、赤外線カメラでコンクリート構造物1の調査対象部位の表面を撮影すれば、温度差のあるコンクリート構造物表面の温度分布の画像を得ることができ、調査対象部位に損傷があると判定することができる。
【0014】
しかし健全部3と損傷部2の温度差は、調査対象部位の環境条件、つまり場所、季節、時間帯などによって左右される。
【0015】
このため赤外線調査法を行うべく、現地に赴いて赤外線カメラで撮影しても、その撮影時点で健全部3と損傷部2の温度差が小さいために、実際にはコンクリート構造物内部に損傷があるにもかかわらず、異常なしと誤判定することがある。このため調査に伴うコストが無駄になるばかりか、調査結果の信頼性に欠けるものになっていた。
【0016】
また赤外線調査法は、打音点検必要箇所を抽出する補助点検法であることから、打音調査を行うべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断できなければならない。
【0017】
すなわちコンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状によっては、打音調査法を実施し叩くことによって損傷が進行し、剥離時期が早まることがある。すなわち赤外線調査法実施の結果、構造物内部に異常ありと判定されたことをもって、一律に打音調査法を実施した場合、表面のコンクリートを叩き落とすことができればよいが、叩き落とされないまま却って損傷が進行し、剥落により第三者への被害を招くおそれがある。また赤外線調査法実施の結果、構造物内部に異常ありと判定されたことをもって、一律に打音調査法を実施することにすると、その調査面積や位置によっては、調査に多大な時間と労力を要し、効率的な点検を行うことができない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明はこうした実状に鑑みてなされたものであり、構造物内部の損傷部の深さ、形状を正確に判断できるようにし、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断できるようにすることを解決課題とするものである。
【0019】
赤外線調査法に関する一般技術水準を示す文献として下記非特許文献1がある。
【0020】
この非特許文献1には、
1)模擬的な欠陥(損傷部)を有する試験片を作成し、この試験片をコンクリート構造物の表面に貼着し、赤外線カメラによってコンクリート構造物表面の温度分布と試験片の温度分布を撮影し、その対比結果から赤外線調査法を実施すべき時期を判定するという発明が記載されている。
2)コンクリート構造物表面の温度分布の画像を所定時間撮影し温度分布画像の変化から構造物内部の欠陥部(損傷部)の深さを推定するという発明が記載されている。
【0021】
しかし非特許文献1に開示された技術は、コンクリート構造物に接近して試験片を貼着しなければならない。また調査対象部位が複数ある場合には各調査対象部位毎に試験片を貼着しなければならない。このため打音調査法と同様に、構造物接近に伴う問題点が発生するとともに、各調査対象部位に試験片を設置しなければならないため作業に要する労力が膨大なものとなり作業の効率が低下する。
【0022】
また非特許文献1に開示された技術は、構造物内部の欠陥部(損傷部)深さを判定するために調査対象部位を長時間撮影をし続けなければならない。このため調査に時間を要することになり、調査対象部位が大面積にわたる場合には、膨大な時間を要することになる。
【0023】
しかも非特許文献1に開示された技術は、構造物内部の欠陥部(損傷部)の深さは判定できるかもしれないが、その形状までは判定することができない。損傷部の深さのみならず形状を判定できなくては、打音調査法による調査を実施すべきか否かを判断できないことになる。
【0024】
すなわち上記非特許文献1に開示された技術によっては、本発明の解決課題を達成することができない。
【非特許文献1】住友大阪セメント株式会社のパンフレット「赤外線サーモグラフィを用いた非破壊検査技術」
【課題を解決するための手段】
【0025】
第1発明は、上記解決課題を達成するために、
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、撮影した構造物表面の温度分布に基づいて構造物内部の損傷状態を調査するようにした赤外線カメラによる構造物調査方法において、
構造物内部の損傷部の深さおよび形状を異ならせた複数の損傷パターンを定め、
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状を予め対応づけておき、
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、
撮影結果から構造物表面の所定軸方向の温度分布を求め、求められた温度分布に一致する温度分布形状を判定し、
この判定された温度分布形状に対応する損傷パターンが実際の構造物の損傷状態であると判断することを特徴とする。
【0026】
第2発明は、第1発明において、
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状および温度勾配をそれぞれ対応づけておくことを特徴とする。
【0027】
本発明によれば、たとえば図4に示す調査対象部位21が赤外線カメラで撮影され、その結果得られる赤外線画像から図12に示すような温度折れ線グラフが作成される。そして、図11に示すように、温度折れ線グラフに一致する温度推移のパターン(温度折れ線グラフの形状、勾配)が判定される。そして温度折れグラフ(たとえば図12の温度折れ線グラフ)が一致する温度推移パターン(たとえば形状が「釣鐘型」で勾配が「10以上」)に対応する損傷パターン(たとえば損傷パターン(2))が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断される(たとえば損傷部2は「表面から2cm奥の空洞部」:図8参照)であると判断される。損傷パターンから実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができるばかりでなく、更に図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度(たとえば損傷パターン(2)は「注意」)を正確に判断することができる。
【0028】
以上のように本発明によれば、コンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状を正確に判断することができ、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断することができる。しかも従来技術(非特許文献1)のように、損傷部の深さを判定するために撮影を長時間行う必要がないので、作業を効率的に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下図面を参照して本発明に係る赤外線カメラによる構造物調査方法の実施の形態について説明する。
【0030】
図3は、赤外線調査法の実施時期を判断するために用いられる試験体10の外観を示す。
【0031】
試験体10は、内部に損傷部2としての空洞12を有するコンクリートからなる立方体11と、このコンクリート立方体11を表面11a(撮影面)を残して覆うように設けられた断熱材14と、コンクリート立方体11の内部の空洞部12(損傷部2)と空洞部12以外のコンクリート充填部13(健全部3)のそれぞれに対応する場所に埋め込まれた温度センサ15、16と、コンクリート立方体11内部に設けられた鉄筋17とからなる。
【0032】
コンクリート構造物における「剥離」、「浮き」といった現象は、鉄筋が腐食して膨脹し、コンクリートと鉄筋との付着が切れている状態をいい、このような状態に至った箇所が剥落する場合が多い。
【0033】
そこで空洞部12は、鉄筋17の直近にあってコンクリート立方体11の表面11a側に設けた。
【0034】
温度センサ15、16は、たとえばサーミスタ型小型デジタル温度計を使用した。コンクリート立方体11の表面11aのうち空洞部12に対応する部分を削りとり、温度センサ15の温度検出部を埋め込みコンクリート用ボンドで接着した。同様にコンクリート立方体11の表面11aのうちコンクリート充填部13に対応する部分を削りとり、温度センサ16の温度検出部を埋め込みコンクリート用ボンドで接着した。
【0035】
試験体10は、調査員が一人で移動可能な大きさ、重さに設定することが望ましい。
【0036】
しかし試験体10を小型化すると、実際の橋梁などのコンクリート構造物1とは異なった温度変化を示す。このため試験体10を実際の橋梁などに近づけるために、撮影面11a以外の面をファイバグラス、天然ゴム、木材等の断熱材14で覆うようにしている。断熱材14は、たとえば熱伝導率が0.05W/m・Kのファイバグラスを使用することができる。
【0037】
図4は試験体10の設置場所を示している。
【0038】
実施形態では、橋梁20が調査対象であり、橋梁20の壁高欄部21、土台部22のそれぞれを各調査対象部位として調査する場合を想定している。
【0039】
試験体10は、橋梁20の各調査対象部位21、22と同じ環境条件であって、各調査対象部位21、22とは異なる場所に設置される。
【0040】
橋梁20の壁高欄部21は比較的日射が多く風通しの良い環境条件であるため、壁高欄部21の調査時期を判断するための試験体10は、橋梁20の近くであって同じように日射が多く風通しの良い地面に設置される。また橋梁20の土台部22は比較的日射が少なく風通しの悪い環境条件であるため、土台部22の調査時期を判断するための試験体10′は、橋梁20の近くであって同じように日射が少なく風通しの悪い地面に設置される。
【0041】
以上のようにして調査時期を判断するための設備が用意が整うと以下のような手順で調査時期が判断される。
【0042】
・赤外線調査法を実施する季節、時間帯の決定
図1、図2で説明したように、調査対象部位における損傷部2と健全部3の温度差が所定値以上になったときに、赤外線調査法による調査を正確に行うことができる。
【0043】
しかし年間を通して、損傷部2と健全部3の温度差は、変化し、温度差が比較的大きくなる季節もあれば、温度差が比較的小さくなる季節もある。加えて1日の中でも温度差が比較的大きくなる時間帯もあれば、温度差が比較的小さくなる時間帯もある。
【0044】
そこで試験体10、10′の温度センサ15、16で検出される温度のデータを年間を通して収集し、それらを分析して、コンクリート充填部13(健全部3)と空洞部12(損傷部2)の温度差と、季節、時間帯との対応関係のデータを予め取得する。試験体10、10′の温度センサ15、16で検出されるコンクリート充填部13と空洞部12の温度差が所定値以上となっている季節、時間帯であれば、その試験体10、10′とそれぞれ同じ環境条件となっている調査対象部位21、22の健全部3と損傷部2も同じく所定値以上の温度差になっていると考えられ、その季節、時間帯に赤外線調査法を行えば、正確な調査結果が得られる。
【0045】
図5(a)、(b)、(c)、(d)は、試験体10の温度センサ15、16で検出される1日の温度推移を、季節毎に示している。
【0046】
1日の日較差(1日における最小温度と最大温度の差)が大きい(10゜C以上)と、損傷部2と健全部3の温度差が大きくなり、経験的には赤外線調査に適するといわれている。
【0047】
しかし同図5に示すように、外気温の検出結果から日較差が10゜C以上あっても季節によってコンクリート充填部13(健全部3)と空洞部12(損傷部2)の温度差の顕れ方に違いがみられるのがわかる。冬(12〜2月)の場合には、昼間の温度差が0.5゜C付近で推移している一方、春(3〜5月)、秋(9〜11月)の温度差は約1.0゜C付近で推移している。これは日較差のみならず、風通し、風速などの環境の諸条件が温度差に影響を与えているからである。
【0048】
このようなデータを収集して、調査可能な季節と時間帯の対応関係のデータを、たとえば図6の表に示すように取得する。
【0049】
同図6に示すように、冬(12〜2月)の昼間であれば、3時間しか調査が可能にならないのに対して、春(3〜5月)の昼間は、6時間、調査が可能であり、春の昼間の方が長時間の調査に適していると判断することができる。
【0050】
調査者は、図6に示すデータから、温度差が所定値以上になっている季節、時間帯であって、現場に赴くのに都合のよい季節、時間帯を決定する。
【0051】
この結果、温度差が所定値よりも小さくなっている可能性が高く調査に適していない季節、時間帯に現場に赴くことを回避することができるので、無駄な調査費用の支出を抑制することができる。
【0052】
・現地での温度差の確認
ただし、実際に現場に赴いても、降雨等の影響によって温度差が小さくなっており調査に適していないこともある。したがって現地に赴いた場合には、調査前に試験体10の温度センサ15、16の検出値のデータを取得し、温度差が所定値以上になったことを確認した上で、赤外線カメラによる撮影を実施することが望ましい。
【0053】
図7は、調査日の外気温、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から得られる空洞部12(損傷部2)、コンクリート充填部13(健全部3)の時間変化を示している。空洞部12(損傷部2)とコンクリート充填部13(健全部3)の温度差が所定値以上となる時間帯を調査に適した時間帯と判断する。
【0054】
このような調査に適した時間帯が顕れなかった場合には、調査を延期する。
【0055】
・赤外線カメラによる撮影
調査者は、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から得られる健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時間帯に、赤外線カメラによって、その試験体10と同じ環境条件の調査対象部位21を撮影する。
【0056】
同様に調査者は、試験体10′の温度センサ15、16の検出結果から得られる健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時間帯に、赤外線カメラによって、その試験体10′と同じ環境条件の調査対象部位22を撮影する。
【0057】
この結果、確実に温度差が所定値以上になっている条件で調査対象部位を撮影することが可能となり、正確な調査結果を得ることができる。しかも試験体は、調査対象部位とは異なる場所に設置すればよく、打音調査法のように調査対象の構造物に接近する必要がないので、効率的に作業を行うことができる。
【0058】
以上のように本実施例によれば、赤外線調査法による調査を正確に行うことができる時期を確定できるので、調査に伴う無駄なコストを削減することができるとともに、調査結果の信頼性を向上させることができる。
【0059】
つぎにコンクリート構造物1の損傷部2の深さおよび形状を判断する方法について説明する。
【0060】
・損傷パターン
図8は、コンクリート構造物1の損傷部2の深さおよび形状を異ならせた5つの損傷パターン(1)、(2)、(3)、(4)、(5)と打音調査の優先度との対応関係を示している。
【0061】
コンクリート片の落下事故は、鉄筋17が膨脹し表面のコンクリートが剥離することが主要因となり、コンクリート塊が落下するというものである。損傷部2の深さおよび形状の違いによって打音調査の優先度が異なる。
【0062】
損傷パターン(1)は、十分な被りは確保しているが、表面から4cm奥に損傷部2が存在している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、異常音のみで剥落することがない場合である。打音調査の優先度は、「観察」であり、特に急いで打音調査を行う必要はない。
【0063】
損傷パターン(2)は、表面から2cm程度奥に損傷部2が存在している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、損傷部2にかけて穴があき、その後コンクリート片が落下するおそれがある場合である。打音調査の優先度は、「注意」であり、監視しつつ打音調査を実施する必要がある。
【0064】
損傷パターン(3)は、被り深さは損傷パターン(1)と同じく4cmであるが、損傷パターン(1)から損傷が進行し損傷部2の一部がコンクリート表面に向かって45゜の角度で傾斜して表面から2cmに達している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、強打によりコンクリート片が落下する可能性がある。打音調査の優先度は、「注意」であり、監視しつつ打音調査を実施する必要がある。
【0065】
損傷パターン(4)は、被り深さは損傷パターン(2)と同じく2cmであるが、損傷パターン(2)から損傷が進行し損傷部2の一部がコンクリート表面に向かって45゜の角度で傾斜して表面近傍に達している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、強打によりコンクリート片が落下する可能性が高い。打音調査の優先度は、「要注意」であり、打音調査を実施してコンクリート片を事前に落下させてしまう必要がある。
【0066】
損傷パターン(5)は、損傷パターン(3)から損傷が進行し損傷部2の一部が表面近傍に達している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、強打によりコンクリート片が落下する可能性が高い。打音調査の優先度は、「要注意」であり、打音調査を実施してコンクリート片を事前に落下させてしまう必要がある。
【0067】
・FEM解析用モデルの作成
以上のようにして5つの損傷パターンが定められると、各損傷パターン(1)〜(5)毎にFEM解析用のモデル31〜35が作成される。
【0068】
図9にFEM解析用モデル31を代表させて示す。
【0069】
FEM解析用モデル31は、x軸(コンクリート表面左右方向)、y軸(コンクリート表面上下方向)、z軸(コンクリート表面奥行き方向)の各軸を有する3次元のモデルであり、損傷部2の中心から4分割した斜線で示す部分をモデル化することができる。
【0070】
・試験体の用意、設置
図3で説明した試験体10、10′が用意され、図4で説明したように実際のコンクリート構造物である橋梁20の各調査対象部位21、22とそれぞれ同じ環境条件の場所に試験体10、10′が設置される。
【0071】
・赤外線カメラによる撮影
以下、試験体10を代表させて説明する。
【0072】
試験体10の温度センサ15、16で検出される空洞部12(損傷部2)、コンクリート充填部13(健全部3)の各温度の推移を図7に示す。ここで空洞部12(損傷部2)とコンクリート充填部13(健全部3)の温度差が等しい時刻はt0(8:45分)であった。この時刻t0から3時間経過した時刻t1で温度差が0.8゜Cとなり、この時刻t1で赤外線カメラによって調査対象部位21の表面の画像を撮影した。
【0073】
・熱流量の計算、FEM解析
つぎに、調査者は、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から撮影時期t1までに調査対象部位21に与えられた熱流量を計算し、この熱流量を用いて複数の各FEM解析用モデル31〜35毎にFEM解析を実施する。
【0074】
すなわち熱流量を変化させて非定常3次元熱伝導解析にて計算した。ただし空気とコンクリートの間の熱伝導は空気の対流が発生すると同時に空気の温度によって熱伝導率が変化することが、熱伝導率の大きさを一般的に示すことが難しい。
【0075】
そこで、時刻t0から時刻t1までの時間内に物体表面へ空気から伝達される熱流量を変化させて入力し、FEM解析用モデルの空洞部12(損傷部2)、コンクリート充填部13(健全部3)に対応する各表面温度が、図7の時刻t1で検出された各温度になるまで、収束計算を繰り返す。
【0076】
図10に、各FEM解析用モデル31〜35毎に、計算結果を示す。FEM解析用モデル31〜35のコンクリート表面(x−y面)の各メッシュは、温度の大きさに応じた色相(あるいは濃度)として示すことができる。
【0077】
・実際の構造物の損傷状態の判断
同図10に示すように、各損傷パターン(1)〜(5)の違いに応じて、FEM解析用モデル31〜35のコンクリート表面(x−y面)における色相(あるいは濃度)の顕れ方が異なることがわかる。
【0078】
したがって赤外線カメラによって撮影したコンクリート表面の温度分布つまり色相(あるいは濃度)の分布が、FEM解析用モデル31〜35のうちのいずれかのコンクリート表面(x−y面)の色相(あるいは濃度)の分布に一致していれば、その一致したFEM解析用モデルに対応する損傷パターンが、実際のコンクリート構造物1の損傷状態であると判断することができる。
【0079】
そこで、調査者は、計算した各FEM解析用モデル31〜35毎の表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)と、撮影した調査対象部位21の表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)とを突き合わせる。たとえば図10に示すように、調査対象部位21の撮影画像41が得られたならば、その表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)は、FEM解析用モデル31の表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)に一致しているため、その一致したFEM解析用モデル31に対応する損傷パターン(1)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。同様に調査対象部位21の撮影画像42が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル32に対応する損傷パターン(2)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また調査対象部位21の撮影画像43が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル33に対応する損傷パターン(3)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また調査対象部位21の撮影画像44が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル34に対応する損傷パターン(4)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また調査対象部位21の撮影画像45が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル35に対応する損傷パターン(5)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。この結果、調査者は、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断した損傷パターンから、実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができ、図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0080】
同様に調査者は、他の調査対象部位22についても同様に撮影を行い、同様に各FEM解析用モデル31〜35の計算を行い、各FEM解析用モデル31〜35毎の表面温度分布と、撮影した調査対象部位22の表面温度分布とを突き合わせることで、一致したFEM解析用モデルに対応する損傷パターンを実際の調査対象部位22の損傷状態であると判断することができ、これにより実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができ、更に図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0081】
以上のように本実施例によれば、コンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状を正確に判断することができ、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断することができる。しかも従来技術(非特許文献1)のように、損傷部の深さを判定するために撮影を長時間行う必要がないので、作業を効率的に行うことができる。
【0082】
つぎにFEM解析を行うことなく損傷部2の深さおよび形状を判断することができる実施例について説明する。
【0083】
・損傷パターンの定め
この実施例でも前述した実施例と同様に、損傷状態に応じて5つの損傷パターン(1)〜(5)が定められる。
【0084】
・損傷パターンと温度推移パターンとの対応づけ
図10の温度折れ線グラフ51〜55は、各FEM解析用モデル31〜35のコンクリート表面(x−y面)におけるy軸方向の温度推移をそれぞれ示している。温度折れ線グラフ51〜55は、損傷部2の中心から健全部3に向けての温度の推移を示したものである。各温度折れ線グラフ51〜55をみると、各FEM解析用モデル31〜35毎に、つまり各損傷パターン(1)〜(5)毎に、温度折れ線グラフの形状および勾配が異なっていることがわかる。
【0085】
すなわち損傷部2の位置から表面から奥に行くにしたがって温度折れ線グラフは緩やかな勾配になる。そして損傷部2の形状が表面に向かって進行してくると、温度折れ線グラフは、釣鐘型から台形型に移行する。これら温度推移の形状、勾配の大きさの特徴から損傷パターンを推察することが可能になる。
【0086】
そこで図10に示すように、5つの損傷パターン(1)〜(5)毎に、各温度推移パターン、つまり各温度折れ線グラフ51〜55の形状および勾配を対応づけておく。また損傷パターンとしては損傷部2が空洞部であるものに限らず、砂すじ、クラックといった損傷状態のものを用意しておいてもよい。
【0087】
たとえば損傷部2が砂すじ、クラックである損傷パターンの場合にも、温度折れ線グラフは、三角型を示す。
【0088】
損傷部2が空洞部である場合の損傷パターン(1)〜(5)、損傷部2が砂すじ、クラックである場合の損傷パターン(6)と、温度折れ線グラフの形状、温度勾配(温度推移パターン)との対応関係をまとめて、図11に示す。たとえば温度推移パターンとして、形状が「釣鐘型」で温度勾配が「10以上」のものが得られた場合には、損傷パターンは(2)であると判断することができる。
【0089】
・赤外線カメラによる撮影
以上のような準備が整うと、調査者は、前述した実施例と同様に、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から得られる健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時間帯に、赤外線カメラによって、その試験体10と同じ環境条件の調査対象部位21を撮影する。
【0090】
・撮影結果から温度推移パターンの判定
そして、撮影結果から調査対象部位21の表面のy軸方向(左右方向)の温度推移を求める。そして、求められた温度推移に一致する温度推移パターンを判定する。
【0091】
図12は赤外線カメラによって撮影した調査対象部位21の表面のy軸方向(左右方向)のラインを、温度折れ線グラフとして示し、その時間変化を例示している。図中各時刻毎に温度折れ線グラフの温度勾配を示している。たとえば時刻11:00では温度折れ線グラフの温度勾配は、11.42となった。
【0092】
なお、たとえば独GORATEC社製・PE Professionalの赤外線画像解析ソフトウエアを利用して、赤外線画像から温度折れ線グラフを作成することができる。
【0093】
図12に示す温度折れ線グラフの形状は、「釣鐘型」であり、温度勾配は「10以上」のものであるので、形状が「釣鐘型」で勾配が「10以上」の図10の温度折れ線グラフ52と同じ温度推移パターンであると判定でき(図11参照)、温度折れ線グラフ52に対応する損傷パターン(2)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断することができる。
【0094】
同様に赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ51と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ51に対応する損傷パターン(1)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ53と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ53に対応する損傷パターン(3)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ54と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ54に対応する損傷パターン(4)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ55と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ55に対応する損傷パターン(5)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。
【0095】
また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図11に示すように三角型の温度推移パターンであると判定されたならば、その三角形の温度推移パターンに対応する損傷パターン(6)、つまり砂すじ、クラックが、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。
【0096】
この結果、調査者は、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断した損傷パターンから、実際の損傷部2の深さおよび形状、あるいは損傷部の種類(空洞部であるか砂すじ、クラックであるか)を知ることができ、図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0097】
なお、この実施例では、前述した実施例と同様に、赤外線カメラによる撮影日を決定し、その撮影日に現場に出向き、特定の時間帯、時刻に撮影を行う場合を想定して説明したが、赤外線カメラを現場に据え付けておき、図12に示すような特定の形状、勾配が得られるまで撮影をし続けるような実施も可能である。
【0098】
同様に調査者は、他の調査対象部位22についても同様に撮影を行い、同様に
赤外線画像から温度折れ線グラフを作成し、この温度折れ線グラフに一致する温度推移パターンに対応する損傷パターンから、実際の調査対象部位22の損傷状態を判断することができ、これにより実際の損傷部2の深さおよび形状あるいは損傷部の種類を知ることができ、更に図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0099】
以上のように本実施例によれば、コンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状を正確に判断することができ、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断することができる。しかも従来技術(非特許文献1)のように、損傷部の深さを判定するために撮影を長時間行う必要がないので、作業を効率的に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
以上の説明では、橋梁等のコンクリート構造物を想定して説明したが、本発明は、コンクリート構造物に限定されるわけではなく、内部に損傷が生じるおそれがあり健全部と損傷部とが温度差として捕らえることができる構造物であれば、タイル、煉瓦等の任意の構造物に対しても適用することができる。また本発明は、コンクリート構造物として橋梁、高架などを想定して説明したが、ビルディング、一般家屋等を調査対象とする場合にも当然に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】図1(a)、(b)はコンクリート構造物内部の損傷部と健全部の温度差を昼間と夜間とで比較して示す図である。
【図2】図2は外気温と損傷部と健全部の温度変化を示すグラフである。
【図3】図3は試験体10の構造を示す斜視図である。
【図4】図4は試験体の設置場所を示す図である。
【図5】図5(a)、(b)、(c)、(d)は季節別に、外気温と損傷部と健全部の温度変化を示したグラフである。
【図6】図6は季節、時間帯と赤外線カメラによる撮影可能時間との対応関係を示した表である。
【図7】図7は1日における撮影に適した時間帯を例示したグラフである。
【図8】図8は損傷パターンと実際の損傷状況、打音調査の必要性、優先度との対応関係を示した表である。
【図9】図9(a)、(b)はFEM解析用モデルを説明するために用いた図である。
【図10】図10は損傷パターンとFEM解析用モデル、赤外線カメラで撮影したコンクリート表面の温度分布画像、温度折れ線グラフとの対応関係を示した表である。
【図11】図11は損傷パターンと温度推移パターンとの対応関係を示した表である。
【図12】図12は赤外線画像から温度折れ線グラフを作成する様子を説明するために用いた図である。
【符号の説明】
【0102】
1 コンクリート構造物
2 損傷部
3 健全部
10、10′ 試験体
12 空洞部
13 コンクリート密部
20 橋梁
21、22 調査対象部位
31〜35 FEM解析用モデル
41〜45 構造物表面の温度分布
51〜55 温度折れ線グラフ
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート、タイルなどの構造物の内部の損傷状態を赤外線カメラによって調査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、高架に代表されるコンクリート構造物は、それ自体の劣化に加え長年の間に気象変化、地盤の変化や荷重負荷の影響を受ける。これらが収集され、悪条件が重なった時点でコンクリート構造物の部分的な破壊や、剥離などが発生し、第三者に対する被害や事故に繋がるおそれがある。
【0003】
そこでコンクリート構造物の剥落を未然に防止するために、コンクリート構造物の継続的な点検と監視が必要とされている。
【0004】
現在、コンクリート構造物の点検手法として打音調査法が広く実施されている。
【0005】
しかし打音調査法は、人間が調査対象部位を実際に叩いて損傷状態を調査するものであり、コンクリート構造物への接近が必要となる。しかし、実際には高架下の道路、鉄道、河川等の交差条件で容易に接近することが困難なところが多く、調査面積も大きい。
【0006】
このため打音調査法は、交通規制、処理能力、費用等の効率性の面で解決すべき課題が残されている。また打音調査法は、経験や勘に左右され、正確な調査を行うことは難しい。
【0007】
そこで、近年、コンクリート構造物へ接近しなくて済み、広範囲な調査を高効率に行うことができることから、赤外線調査法が、打音点検必要箇所を抽出する補助点検法として、研究されている。
【0008】
赤外線調査法は、赤外線カメラによってコンクリート表面温度を測定し、その温度差により、損傷のない健全部と損傷部を判別するものである。
【0009】
赤外線調査法の原理について図1、図2を参照して説明する。
【0010】
図1(a)、(b)に環境の温度変化に伴うコンクリート中の熱流と温度変化の模式図を示す。
【0011】
図1(a)に示すように、コンクリート構造物1の表層部近傍の空隙などの損傷部2が熱流に対する断熱槽となるため、昼間など、外気温がコンクリートよりも高温で熱流がコンクリート表面から内部に向かう場合には、損傷部2付近の表面は高温領域となり、健全部3は低温領域となる。一方、夜間など、熱流がコンクリート内部から表面に向かう場合には、損傷部2は低温領域となり、健全部3は高温領域となる。
【0012】
図2は、コンクリート高架橋における外気温、健全部3、損傷部2の1日の温度変化を例示している。
【0013】
図2において、健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時期に、赤外線カメラでコンクリート構造物1の調査対象部位の表面を撮影すれば、温度差のあるコンクリート構造物表面の温度分布の画像を得ることができ、調査対象部位に損傷があると判定することができる。
【0014】
しかし健全部3と損傷部2の温度差は、調査対象部位の環境条件、つまり場所、季節、時間帯などによって左右される。
【0015】
このため赤外線調査法を行うべく、現地に赴いて赤外線カメラで撮影しても、その撮影時点で健全部3と損傷部2の温度差が小さいために、実際にはコンクリート構造物内部に損傷があるにもかかわらず、異常なしと誤判定することがある。このため調査に伴うコストが無駄になるばかりか、調査結果の信頼性に欠けるものになっていた。
【0016】
また赤外線調査法は、打音点検必要箇所を抽出する補助点検法であることから、打音調査を行うべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断できなければならない。
【0017】
すなわちコンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状によっては、打音調査法を実施し叩くことによって損傷が進行し、剥離時期が早まることがある。すなわち赤外線調査法実施の結果、構造物内部に異常ありと判定されたことをもって、一律に打音調査法を実施した場合、表面のコンクリートを叩き落とすことができればよいが、叩き落とされないまま却って損傷が進行し、剥落により第三者への被害を招くおそれがある。また赤外線調査法実施の結果、構造物内部に異常ありと判定されたことをもって、一律に打音調査法を実施することにすると、その調査面積や位置によっては、調査に多大な時間と労力を要し、効率的な点検を行うことができない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明はこうした実状に鑑みてなされたものであり、構造物内部の損傷部の深さ、形状を正確に判断できるようにし、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断できるようにすることを解決課題とするものである。
【0019】
赤外線調査法に関する一般技術水準を示す文献として下記非特許文献1がある。
【0020】
この非特許文献1には、
1)模擬的な欠陥(損傷部)を有する試験片を作成し、この試験片をコンクリート構造物の表面に貼着し、赤外線カメラによってコンクリート構造物表面の温度分布と試験片の温度分布を撮影し、その対比結果から赤外線調査法を実施すべき時期を判定するという発明が記載されている。
2)コンクリート構造物表面の温度分布の画像を所定時間撮影し温度分布画像の変化から構造物内部の欠陥部(損傷部)の深さを推定するという発明が記載されている。
【0021】
しかし非特許文献1に開示された技術は、コンクリート構造物に接近して試験片を貼着しなければならない。また調査対象部位が複数ある場合には各調査対象部位毎に試験片を貼着しなければならない。このため打音調査法と同様に、構造物接近に伴う問題点が発生するとともに、各調査対象部位に試験片を設置しなければならないため作業に要する労力が膨大なものとなり作業の効率が低下する。
【0022】
また非特許文献1に開示された技術は、構造物内部の欠陥部(損傷部)深さを判定するために調査対象部位を長時間撮影をし続けなければならない。このため調査に時間を要することになり、調査対象部位が大面積にわたる場合には、膨大な時間を要することになる。
【0023】
しかも非特許文献1に開示された技術は、構造物内部の欠陥部(損傷部)の深さは判定できるかもしれないが、その形状までは判定することができない。損傷部の深さのみならず形状を判定できなくては、打音調査法による調査を実施すべきか否かを判断できないことになる。
【0024】
すなわち上記非特許文献1に開示された技術によっては、本発明の解決課題を達成することができない。
【非特許文献1】住友大阪セメント株式会社のパンフレット「赤外線サーモグラフィを用いた非破壊検査技術」
【課題を解決するための手段】
【0025】
第1発明は、上記解決課題を達成するために、
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、撮影した構造物表面の温度分布に基づいて構造物内部の損傷状態を調査するようにした赤外線カメラによる構造物調査方法において、
構造物内部の損傷部の深さおよび形状を異ならせた複数の損傷パターンを定め、
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状を予め対応づけておき、
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、
撮影結果から構造物表面の所定軸方向の温度分布を求め、求められた温度分布に一致する温度分布形状を判定し、
この判定された温度分布形状に対応する損傷パターンが実際の構造物の損傷状態であると判断することを特徴とする。
【0026】
第2発明は、第1発明において、
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状および温度勾配をそれぞれ対応づけておくことを特徴とする。
【0027】
本発明によれば、たとえば図4に示す調査対象部位21が赤外線カメラで撮影され、その結果得られる赤外線画像から図12に示すような温度折れ線グラフが作成される。そして、図11に示すように、温度折れ線グラフに一致する温度推移のパターン(温度折れ線グラフの形状、勾配)が判定される。そして温度折れグラフ(たとえば図12の温度折れ線グラフ)が一致する温度推移パターン(たとえば形状が「釣鐘型」で勾配が「10以上」)に対応する損傷パターン(たとえば損傷パターン(2))が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断される(たとえば損傷部2は「表面から2cm奥の空洞部」:図8参照)であると判断される。損傷パターンから実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができるばかりでなく、更に図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度(たとえば損傷パターン(2)は「注意」)を正確に判断することができる。
【0028】
以上のように本発明によれば、コンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状を正確に判断することができ、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断することができる。しかも従来技術(非特許文献1)のように、損傷部の深さを判定するために撮影を長時間行う必要がないので、作業を効率的に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下図面を参照して本発明に係る赤外線カメラによる構造物調査方法の実施の形態について説明する。
【0030】
図3は、赤外線調査法の実施時期を判断するために用いられる試験体10の外観を示す。
【0031】
試験体10は、内部に損傷部2としての空洞12を有するコンクリートからなる立方体11と、このコンクリート立方体11を表面11a(撮影面)を残して覆うように設けられた断熱材14と、コンクリート立方体11の内部の空洞部12(損傷部2)と空洞部12以外のコンクリート充填部13(健全部3)のそれぞれに対応する場所に埋め込まれた温度センサ15、16と、コンクリート立方体11内部に設けられた鉄筋17とからなる。
【0032】
コンクリート構造物における「剥離」、「浮き」といった現象は、鉄筋が腐食して膨脹し、コンクリートと鉄筋との付着が切れている状態をいい、このような状態に至った箇所が剥落する場合が多い。
【0033】
そこで空洞部12は、鉄筋17の直近にあってコンクリート立方体11の表面11a側に設けた。
【0034】
温度センサ15、16は、たとえばサーミスタ型小型デジタル温度計を使用した。コンクリート立方体11の表面11aのうち空洞部12に対応する部分を削りとり、温度センサ15の温度検出部を埋め込みコンクリート用ボンドで接着した。同様にコンクリート立方体11の表面11aのうちコンクリート充填部13に対応する部分を削りとり、温度センサ16の温度検出部を埋め込みコンクリート用ボンドで接着した。
【0035】
試験体10は、調査員が一人で移動可能な大きさ、重さに設定することが望ましい。
【0036】
しかし試験体10を小型化すると、実際の橋梁などのコンクリート構造物1とは異なった温度変化を示す。このため試験体10を実際の橋梁などに近づけるために、撮影面11a以外の面をファイバグラス、天然ゴム、木材等の断熱材14で覆うようにしている。断熱材14は、たとえば熱伝導率が0.05W/m・Kのファイバグラスを使用することができる。
【0037】
図4は試験体10の設置場所を示している。
【0038】
実施形態では、橋梁20が調査対象であり、橋梁20の壁高欄部21、土台部22のそれぞれを各調査対象部位として調査する場合を想定している。
【0039】
試験体10は、橋梁20の各調査対象部位21、22と同じ環境条件であって、各調査対象部位21、22とは異なる場所に設置される。
【0040】
橋梁20の壁高欄部21は比較的日射が多く風通しの良い環境条件であるため、壁高欄部21の調査時期を判断するための試験体10は、橋梁20の近くであって同じように日射が多く風通しの良い地面に設置される。また橋梁20の土台部22は比較的日射が少なく風通しの悪い環境条件であるため、土台部22の調査時期を判断するための試験体10′は、橋梁20の近くであって同じように日射が少なく風通しの悪い地面に設置される。
【0041】
以上のようにして調査時期を判断するための設備が用意が整うと以下のような手順で調査時期が判断される。
【0042】
・赤外線調査法を実施する季節、時間帯の決定
図1、図2で説明したように、調査対象部位における損傷部2と健全部3の温度差が所定値以上になったときに、赤外線調査法による調査を正確に行うことができる。
【0043】
しかし年間を通して、損傷部2と健全部3の温度差は、変化し、温度差が比較的大きくなる季節もあれば、温度差が比較的小さくなる季節もある。加えて1日の中でも温度差が比較的大きくなる時間帯もあれば、温度差が比較的小さくなる時間帯もある。
【0044】
そこで試験体10、10′の温度センサ15、16で検出される温度のデータを年間を通して収集し、それらを分析して、コンクリート充填部13(健全部3)と空洞部12(損傷部2)の温度差と、季節、時間帯との対応関係のデータを予め取得する。試験体10、10′の温度センサ15、16で検出されるコンクリート充填部13と空洞部12の温度差が所定値以上となっている季節、時間帯であれば、その試験体10、10′とそれぞれ同じ環境条件となっている調査対象部位21、22の健全部3と損傷部2も同じく所定値以上の温度差になっていると考えられ、その季節、時間帯に赤外線調査法を行えば、正確な調査結果が得られる。
【0045】
図5(a)、(b)、(c)、(d)は、試験体10の温度センサ15、16で検出される1日の温度推移を、季節毎に示している。
【0046】
1日の日較差(1日における最小温度と最大温度の差)が大きい(10゜C以上)と、損傷部2と健全部3の温度差が大きくなり、経験的には赤外線調査に適するといわれている。
【0047】
しかし同図5に示すように、外気温の検出結果から日較差が10゜C以上あっても季節によってコンクリート充填部13(健全部3)と空洞部12(損傷部2)の温度差の顕れ方に違いがみられるのがわかる。冬(12〜2月)の場合には、昼間の温度差が0.5゜C付近で推移している一方、春(3〜5月)、秋(9〜11月)の温度差は約1.0゜C付近で推移している。これは日較差のみならず、風通し、風速などの環境の諸条件が温度差に影響を与えているからである。
【0048】
このようなデータを収集して、調査可能な季節と時間帯の対応関係のデータを、たとえば図6の表に示すように取得する。
【0049】
同図6に示すように、冬(12〜2月)の昼間であれば、3時間しか調査が可能にならないのに対して、春(3〜5月)の昼間は、6時間、調査が可能であり、春の昼間の方が長時間の調査に適していると判断することができる。
【0050】
調査者は、図6に示すデータから、温度差が所定値以上になっている季節、時間帯であって、現場に赴くのに都合のよい季節、時間帯を決定する。
【0051】
この結果、温度差が所定値よりも小さくなっている可能性が高く調査に適していない季節、時間帯に現場に赴くことを回避することができるので、無駄な調査費用の支出を抑制することができる。
【0052】
・現地での温度差の確認
ただし、実際に現場に赴いても、降雨等の影響によって温度差が小さくなっており調査に適していないこともある。したがって現地に赴いた場合には、調査前に試験体10の温度センサ15、16の検出値のデータを取得し、温度差が所定値以上になったことを確認した上で、赤外線カメラによる撮影を実施することが望ましい。
【0053】
図7は、調査日の外気温、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から得られる空洞部12(損傷部2)、コンクリート充填部13(健全部3)の時間変化を示している。空洞部12(損傷部2)とコンクリート充填部13(健全部3)の温度差が所定値以上となる時間帯を調査に適した時間帯と判断する。
【0054】
このような調査に適した時間帯が顕れなかった場合には、調査を延期する。
【0055】
・赤外線カメラによる撮影
調査者は、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から得られる健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時間帯に、赤外線カメラによって、その試験体10と同じ環境条件の調査対象部位21を撮影する。
【0056】
同様に調査者は、試験体10′の温度センサ15、16の検出結果から得られる健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時間帯に、赤外線カメラによって、その試験体10′と同じ環境条件の調査対象部位22を撮影する。
【0057】
この結果、確実に温度差が所定値以上になっている条件で調査対象部位を撮影することが可能となり、正確な調査結果を得ることができる。しかも試験体は、調査対象部位とは異なる場所に設置すればよく、打音調査法のように調査対象の構造物に接近する必要がないので、効率的に作業を行うことができる。
【0058】
以上のように本実施例によれば、赤外線調査法による調査を正確に行うことができる時期を確定できるので、調査に伴う無駄なコストを削減することができるとともに、調査結果の信頼性を向上させることができる。
【0059】
つぎにコンクリート構造物1の損傷部2の深さおよび形状を判断する方法について説明する。
【0060】
・損傷パターン
図8は、コンクリート構造物1の損傷部2の深さおよび形状を異ならせた5つの損傷パターン(1)、(2)、(3)、(4)、(5)と打音調査の優先度との対応関係を示している。
【0061】
コンクリート片の落下事故は、鉄筋17が膨脹し表面のコンクリートが剥離することが主要因となり、コンクリート塊が落下するというものである。損傷部2の深さおよび形状の違いによって打音調査の優先度が異なる。
【0062】
損傷パターン(1)は、十分な被りは確保しているが、表面から4cm奥に損傷部2が存在している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、異常音のみで剥落することがない場合である。打音調査の優先度は、「観察」であり、特に急いで打音調査を行う必要はない。
【0063】
損傷パターン(2)は、表面から2cm程度奥に損傷部2が存在している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、損傷部2にかけて穴があき、その後コンクリート片が落下するおそれがある場合である。打音調査の優先度は、「注意」であり、監視しつつ打音調査を実施する必要がある。
【0064】
損傷パターン(3)は、被り深さは損傷パターン(1)と同じく4cmであるが、損傷パターン(1)から損傷が進行し損傷部2の一部がコンクリート表面に向かって45゜の角度で傾斜して表面から2cmに達している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、強打によりコンクリート片が落下する可能性がある。打音調査の優先度は、「注意」であり、監視しつつ打音調査を実施する必要がある。
【0065】
損傷パターン(4)は、被り深さは損傷パターン(2)と同じく2cmであるが、損傷パターン(2)から損傷が進行し損傷部2の一部がコンクリート表面に向かって45゜の角度で傾斜して表面近傍に達している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、強打によりコンクリート片が落下する可能性が高い。打音調査の優先度は、「要注意」であり、打音調査を実施してコンクリート片を事前に落下させてしまう必要がある。
【0066】
損傷パターン(5)は、損傷パターン(3)から損傷が進行し損傷部2の一部が表面近傍に達している損傷状況のパターンである。打音調査を行うと、強打によりコンクリート片が落下する可能性が高い。打音調査の優先度は、「要注意」であり、打音調査を実施してコンクリート片を事前に落下させてしまう必要がある。
【0067】
・FEM解析用モデルの作成
以上のようにして5つの損傷パターンが定められると、各損傷パターン(1)〜(5)毎にFEM解析用のモデル31〜35が作成される。
【0068】
図9にFEM解析用モデル31を代表させて示す。
【0069】
FEM解析用モデル31は、x軸(コンクリート表面左右方向)、y軸(コンクリート表面上下方向)、z軸(コンクリート表面奥行き方向)の各軸を有する3次元のモデルであり、損傷部2の中心から4分割した斜線で示す部分をモデル化することができる。
【0070】
・試験体の用意、設置
図3で説明した試験体10、10′が用意され、図4で説明したように実際のコンクリート構造物である橋梁20の各調査対象部位21、22とそれぞれ同じ環境条件の場所に試験体10、10′が設置される。
【0071】
・赤外線カメラによる撮影
以下、試験体10を代表させて説明する。
【0072】
試験体10の温度センサ15、16で検出される空洞部12(損傷部2)、コンクリート充填部13(健全部3)の各温度の推移を図7に示す。ここで空洞部12(損傷部2)とコンクリート充填部13(健全部3)の温度差が等しい時刻はt0(8:45分)であった。この時刻t0から3時間経過した時刻t1で温度差が0.8゜Cとなり、この時刻t1で赤外線カメラによって調査対象部位21の表面の画像を撮影した。
【0073】
・熱流量の計算、FEM解析
つぎに、調査者は、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から撮影時期t1までに調査対象部位21に与えられた熱流量を計算し、この熱流量を用いて複数の各FEM解析用モデル31〜35毎にFEM解析を実施する。
【0074】
すなわち熱流量を変化させて非定常3次元熱伝導解析にて計算した。ただし空気とコンクリートの間の熱伝導は空気の対流が発生すると同時に空気の温度によって熱伝導率が変化することが、熱伝導率の大きさを一般的に示すことが難しい。
【0075】
そこで、時刻t0から時刻t1までの時間内に物体表面へ空気から伝達される熱流量を変化させて入力し、FEM解析用モデルの空洞部12(損傷部2)、コンクリート充填部13(健全部3)に対応する各表面温度が、図7の時刻t1で検出された各温度になるまで、収束計算を繰り返す。
【0076】
図10に、各FEM解析用モデル31〜35毎に、計算結果を示す。FEM解析用モデル31〜35のコンクリート表面(x−y面)の各メッシュは、温度の大きさに応じた色相(あるいは濃度)として示すことができる。
【0077】
・実際の構造物の損傷状態の判断
同図10に示すように、各損傷パターン(1)〜(5)の違いに応じて、FEM解析用モデル31〜35のコンクリート表面(x−y面)における色相(あるいは濃度)の顕れ方が異なることがわかる。
【0078】
したがって赤外線カメラによって撮影したコンクリート表面の温度分布つまり色相(あるいは濃度)の分布が、FEM解析用モデル31〜35のうちのいずれかのコンクリート表面(x−y面)の色相(あるいは濃度)の分布に一致していれば、その一致したFEM解析用モデルに対応する損傷パターンが、実際のコンクリート構造物1の損傷状態であると判断することができる。
【0079】
そこで、調査者は、計算した各FEM解析用モデル31〜35毎の表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)と、撮影した調査対象部位21の表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)とを突き合わせる。たとえば図10に示すように、調査対象部位21の撮影画像41が得られたならば、その表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)は、FEM解析用モデル31の表面温度分布(色相(あるいは濃度)分布)に一致しているため、その一致したFEM解析用モデル31に対応する損傷パターン(1)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。同様に調査対象部位21の撮影画像42が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル32に対応する損傷パターン(2)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また調査対象部位21の撮影画像43が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル33に対応する損傷パターン(3)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また調査対象部位21の撮影画像44が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル34に対応する損傷パターン(4)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また調査対象部位21の撮影画像45が得られたならば、それに一致したFEM解析用モデル35に対応する損傷パターン(5)が実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。この結果、調査者は、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断した損傷パターンから、実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができ、図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0080】
同様に調査者は、他の調査対象部位22についても同様に撮影を行い、同様に各FEM解析用モデル31〜35の計算を行い、各FEM解析用モデル31〜35毎の表面温度分布と、撮影した調査対象部位22の表面温度分布とを突き合わせることで、一致したFEM解析用モデルに対応する損傷パターンを実際の調査対象部位22の損傷状態であると判断することができ、これにより実際の損傷部2の深さおよび形状を知ることができ、更に図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0081】
以上のように本実施例によれば、コンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状を正確に判断することができ、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断することができる。しかも従来技術(非特許文献1)のように、損傷部の深さを判定するために撮影を長時間行う必要がないので、作業を効率的に行うことができる。
【0082】
つぎにFEM解析を行うことなく損傷部2の深さおよび形状を判断することができる実施例について説明する。
【0083】
・損傷パターンの定め
この実施例でも前述した実施例と同様に、損傷状態に応じて5つの損傷パターン(1)〜(5)が定められる。
【0084】
・損傷パターンと温度推移パターンとの対応づけ
図10の温度折れ線グラフ51〜55は、各FEM解析用モデル31〜35のコンクリート表面(x−y面)におけるy軸方向の温度推移をそれぞれ示している。温度折れ線グラフ51〜55は、損傷部2の中心から健全部3に向けての温度の推移を示したものである。各温度折れ線グラフ51〜55をみると、各FEM解析用モデル31〜35毎に、つまり各損傷パターン(1)〜(5)毎に、温度折れ線グラフの形状および勾配が異なっていることがわかる。
【0085】
すなわち損傷部2の位置から表面から奥に行くにしたがって温度折れ線グラフは緩やかな勾配になる。そして損傷部2の形状が表面に向かって進行してくると、温度折れ線グラフは、釣鐘型から台形型に移行する。これら温度推移の形状、勾配の大きさの特徴から損傷パターンを推察することが可能になる。
【0086】
そこで図10に示すように、5つの損傷パターン(1)〜(5)毎に、各温度推移パターン、つまり各温度折れ線グラフ51〜55の形状および勾配を対応づけておく。また損傷パターンとしては損傷部2が空洞部であるものに限らず、砂すじ、クラックといった損傷状態のものを用意しておいてもよい。
【0087】
たとえば損傷部2が砂すじ、クラックである損傷パターンの場合にも、温度折れ線グラフは、三角型を示す。
【0088】
損傷部2が空洞部である場合の損傷パターン(1)〜(5)、損傷部2が砂すじ、クラックである場合の損傷パターン(6)と、温度折れ線グラフの形状、温度勾配(温度推移パターン)との対応関係をまとめて、図11に示す。たとえば温度推移パターンとして、形状が「釣鐘型」で温度勾配が「10以上」のものが得られた場合には、損傷パターンは(2)であると判断することができる。
【0089】
・赤外線カメラによる撮影
以上のような準備が整うと、調査者は、前述した実施例と同様に、試験体10の温度センサ15、16の検出結果から得られる健全部3と損傷部2の温度差が所定値以上になった時間帯に、赤外線カメラによって、その試験体10と同じ環境条件の調査対象部位21を撮影する。
【0090】
・撮影結果から温度推移パターンの判定
そして、撮影結果から調査対象部位21の表面のy軸方向(左右方向)の温度推移を求める。そして、求められた温度推移に一致する温度推移パターンを判定する。
【0091】
図12は赤外線カメラによって撮影した調査対象部位21の表面のy軸方向(左右方向)のラインを、温度折れ線グラフとして示し、その時間変化を例示している。図中各時刻毎に温度折れ線グラフの温度勾配を示している。たとえば時刻11:00では温度折れ線グラフの温度勾配は、11.42となった。
【0092】
なお、たとえば独GORATEC社製・PE Professionalの赤外線画像解析ソフトウエアを利用して、赤外線画像から温度折れ線グラフを作成することができる。
【0093】
図12に示す温度折れ線グラフの形状は、「釣鐘型」であり、温度勾配は「10以上」のものであるので、形状が「釣鐘型」で勾配が「10以上」の図10の温度折れ線グラフ52と同じ温度推移パターンであると判定でき(図11参照)、温度折れ線グラフ52に対応する損傷パターン(2)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断することができる。
【0094】
同様に赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ51と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ51に対応する損傷パターン(1)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ53と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ53に対応する損傷パターン(3)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ54と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ54に対応する損傷パターン(4)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断し、また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図10の温度折れ線グラフ55と同じ温度推移パターンであると判定されたならば、その温度折れ線グラフ55に対応する損傷パターン(5)が、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。
【0095】
また赤外線画像から作成された温度折れ線グラフが、図11に示すように三角型の温度推移パターンであると判定されたならば、その三角形の温度推移パターンに対応する損傷パターン(6)、つまり砂すじ、クラックが、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断する。
【0096】
この結果、調査者は、実際の調査対象部位21の損傷状態であると判断した損傷パターンから、実際の損傷部2の深さおよび形状、あるいは損傷部の種類(空洞部であるか砂すじ、クラックであるか)を知ることができ、図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0097】
なお、この実施例では、前述した実施例と同様に、赤外線カメラによる撮影日を決定し、その撮影日に現場に出向き、特定の時間帯、時刻に撮影を行う場合を想定して説明したが、赤外線カメラを現場に据え付けておき、図12に示すような特定の形状、勾配が得られるまで撮影をし続けるような実施も可能である。
【0098】
同様に調査者は、他の調査対象部位22についても同様に撮影を行い、同様に
赤外線画像から温度折れ線グラフを作成し、この温度折れ線グラフに一致する温度推移パターンに対応する損傷パターンから、実際の調査対象部位22の損傷状態を判断することができ、これにより実際の損傷部2の深さおよび形状あるいは損傷部の種類を知ることができ、更に図8に示す損傷パターンと打音調査の優先度の対応関係から、打音調査の優先度を正確に判断することができる。
【0099】
以上のように本実施例によれば、コンクリート構造物内部の損傷部2の深さ、形状を正確に判断することができ、その判定結果から打音調査を実施すべきか否か、各箇所の打音調査の優先度を正確に判断することができる。しかも従来技術(非特許文献1)のように、損傷部の深さを判定するために撮影を長時間行う必要がないので、作業を効率的に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
以上の説明では、橋梁等のコンクリート構造物を想定して説明したが、本発明は、コンクリート構造物に限定されるわけではなく、内部に損傷が生じるおそれがあり健全部と損傷部とが温度差として捕らえることができる構造物であれば、タイル、煉瓦等の任意の構造物に対しても適用することができる。また本発明は、コンクリート構造物として橋梁、高架などを想定して説明したが、ビルディング、一般家屋等を調査対象とする場合にも当然に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】図1(a)、(b)はコンクリート構造物内部の損傷部と健全部の温度差を昼間と夜間とで比較して示す図である。
【図2】図2は外気温と損傷部と健全部の温度変化を示すグラフである。
【図3】図3は試験体10の構造を示す斜視図である。
【図4】図4は試験体の設置場所を示す図である。
【図5】図5(a)、(b)、(c)、(d)は季節別に、外気温と損傷部と健全部の温度変化を示したグラフである。
【図6】図6は季節、時間帯と赤外線カメラによる撮影可能時間との対応関係を示した表である。
【図7】図7は1日における撮影に適した時間帯を例示したグラフである。
【図8】図8は損傷パターンと実際の損傷状況、打音調査の必要性、優先度との対応関係を示した表である。
【図9】図9(a)、(b)はFEM解析用モデルを説明するために用いた図である。
【図10】図10は損傷パターンとFEM解析用モデル、赤外線カメラで撮影したコンクリート表面の温度分布画像、温度折れ線グラフとの対応関係を示した表である。
【図11】図11は損傷パターンと温度推移パターンとの対応関係を示した表である。
【図12】図12は赤外線画像から温度折れ線グラフを作成する様子を説明するために用いた図である。
【符号の説明】
【0102】
1 コンクリート構造物
2 損傷部
3 健全部
10、10′ 試験体
12 空洞部
13 コンクリート密部
20 橋梁
21、22 調査対象部位
31〜35 FEM解析用モデル
41〜45 構造物表面の温度分布
51〜55 温度折れ線グラフ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、撮影した構造物表面の温度分布に基づいて構造物内部の損傷状態を調査するようにした赤外線カメラによる構造物調査方法において、
構造物内部の損傷部の深さおよび形状を異ならせた複数の損傷パターンを定め、
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状を予め対応づけておき、
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、
撮影結果から構造物表面の所定軸方向の温度分布を求め、求められた温度分布に一致する温度分布形状を判定し、
この判定された温度分布形状に対応する損傷パターンが実際の構造物の損傷状態であると判断することを特徴とする
赤外線カメラによる構造物調査方法。
【請求項2】
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状および温度勾配をそれぞれ対応づけておくことを特徴とする請求項1記載の赤外線カメラによる構造物調査方法。
【請求項1】
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、撮影した構造物表面の温度分布に基づいて構造物内部の損傷状態を調査するようにした赤外線カメラによる構造物調査方法において、
構造物内部の損傷部の深さおよび形状を異ならせた複数の損傷パターンを定め、
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状を予め対応づけておき、
赤外線カメラによって構造物の表面を撮影し、
撮影結果から構造物表面の所定軸方向の温度分布を求め、求められた温度分布に一致する温度分布形状を判定し、
この判定された温度分布形状に対応する損傷パターンが実際の構造物の損傷状態であると判断することを特徴とする
赤外線カメラによる構造物調査方法。
【請求項2】
複数の損傷パターン毎に、構造物表面の所定軸方向の温度分布形状および温度勾配をそれぞれ対応づけておくことを特徴とする請求項1記載の赤外線カメラによる構造物調査方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2008−151809(P2008−151809A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−59529(P2008−59529)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【分割の表示】特願2003−376932(P2003−376932)の分割
【原出願日】平成15年11月6日(2003.11.6)
【出願人】(501497264)西日本高速道路エンジニアリング四国株式会社 (17)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【分割の表示】特願2003−376932(P2003−376932)の分割
【原出願日】平成15年11月6日(2003.11.6)
【出願人】(501497264)西日本高速道路エンジニアリング四国株式会社 (17)
【Fターム(参考)】
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