説明

赤外蛍光体を用いた定量方法

【課題】 実質的に高い感度で定量分析を行うことができる方法を提供すること。
【解決手段】 赤外領域の波長の励起光を照射すると赤外領域の波長の蛍光を放射する赤外蛍光体を用いて、被検物質の定量分析を行う方法であって、(i)該被検物質と該赤外蛍光体とを含んで成る混合物Mまたはそれらから一部を取り出した混合物Mに対して、赤外領域の波長の励起光を照射して、混合物MまたはMから放射される赤外領域の波長の蛍光について蛍光強度Iを得る工程、(ii)赤外蛍光体および被検物質を用いたモデル実験により予め得ておいた、工程(i)のモデル混合物についての蛍光強度Iと被検物質の量Qとの相関関係Aに基づいて、工程(i)で得られた蛍光強度Iから該被検物質の量Qを求める工程を含んで成る方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外領域の波長の励起光を照射すると赤外領域の波長の蛍光を放射する赤外蛍光体を用いた定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非常に微量な蛍光物質であっても、蛍光物質から発せられる光は検出できる場合が多いため、種々の目的に蛍光物質が用いられている。通常、紫外線領域から可視領域の励起光および蛍光が利用される。しかしながら、紫外線領域から可視領域の光では、種々の物質による発光や吸収あるいは散乱の影響が大きく、また室内であっても蛍光灯等による外乱光の影響が大きいため、紫外線領域から可視領域の光を利用した被検物質の定量分析等では、そのような影響を完全に無視できない。従って、被検物質の定量分析に際しては、被検物質の周囲に存在する物質を洗浄等によって除去する必要があり、その分だけ手間やコストを要していた。また、そのような影響を十分に抑えることができず実質的な感度を高くできなかったり、かかる影響を抑えることに起因して分析機器が大型化してしまう等の問題もあった。
【0003】
その一方、かかる定量分析に用いられる蛍光物質自体の問題も残されている。例えば、有機蛍光体では蛍光の安定性が低い。また、代表的な無機蛍光体である量子ドットは高い毒性を一般に有している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上述の問題を解決するために為されたものである。本発明の課題は、被検物質の周囲に存在する物質の影響を抑えて被検物質を定量分析する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決すべく、本発明は、
赤外領域の波長の励起光を照射すると赤外領域の波長の蛍光を放射する赤外蛍光体を用いて、被検物質の定量分析を行う方法であって、
(i)該被検物質と該赤外蛍光体とを含んで成る混合物Mまたはそれらから一部を取り出した混合物Mに対して、赤外領域の波長の励起光を照射して、該混合物MまたはMから放射される赤外領域の波長の蛍光について蛍光強度Iを得る工程、ならびに
(ii)赤外蛍光体および被検物質を用いたモデル実験により予め得ておいた、工程(i)のモデル混合物についての蛍光強度Iと被検物質の量Qとの相関関係Aに基づいて、工程(i)で得られた蛍光強度Iから該被検物質の量Qを求める工程
を含んで成る方法。
【0006】
本発明の方法では、蛍光強度Iと被検物質の量Qとの間に相関関係A(Q=fn(I))が存在することが必要であり、この相関関係を赤外蛍光体および被検物質を用いたモデル実験により予め得ておく必要がある。
【0007】
実際には、混合物MまたはMについての蛍光強度Iと、混合物に含まれる赤外蛍光体の量Pとの間には相関関係B(P=fn(I))が一般に存在する。また、蛍光強度による被検物質の定量には相関関係Aが必要であるため、混合物MまたはM中の赤外蛍光体量Pと被検物質の量Qとの間に相関関係C(Q=fn(P))が必要である。したがって、相関関係BおよびCを求めれば、工程(i)で得られる蛍光強度Iから被検物質の量Qを求めることができる。しかしながら、相関関係BまたはCのいずれかまたは両方が求められない場合や、混合物MまたはMの成分による吸収、発光、散乱等によって単純に相関関係BおよびCから相関関係Aが求められない場合がある。この場合、蛍光強度Iと被検物質の量Qとの間の相関関係Aを直接求める必要がある。通常相関関係Aは、理論的に計算等で直接求めることは困難なため、「モデル混合物」を用いた「モデル実験」により求める。また、相関関係BおよびCを求めることが可能な場合においても、相関関係BまたはCのいずれかまたは両方についても、通常「モデル混合物」を用いた「モデル実験」が必要となる。以上のように全てまたは一部に「モデル実験」を用いて相関関係A(Q=fn(I))を予め求めておくことが、本発明では必要である。
【0008】
ここでいう「モデル混合物」とは、少なくとも赤外蛍光体および被検物質を含み、かつそれらの比率が明らかな混合物(即ち、工程(i)で得られる混合物Mのモデルとなる混合物)、またはそれらから一部を取り出した混合物(即ち、工程(i)で得られる混合物Mのモデルとなる混合物)であって、工程(i)の混合物MまたはMの全ての成分をほぼ同量含むことが望ましいが、混合物MまたはMの主な成分のみを含むものであってもかまわない。
【0009】
一方ここでいう「モデル実験」とは、例えば相関関係Aを求める場合、被検物質の量Qを変えた「モデル混合物」を数点用意して各々の蛍光強度Iを測定し、検量線を作成する等により相関関係Aを求める実験である。なお、相関関係BまたはCについても同様の実験を用いることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法で混合物Mまたは混合物Mに照射される励起光および生じる蛍光は、赤外領域の波長を有するために種々の物質などに対して高い透過性を有している。従って、赤外蛍光体および被検物質の周囲に存在する種々の物質(例えば色素)による発光、吸収もしくは散乱の影響を抑えることができる。従って、そのような赤外蛍光体および被検物質の周囲に存在する物質を洗浄等で除去しなくても、バックグランドを低く抑えて実質的に高い感度で定量分析を行うことができる。また、金属酸化物から形成される赤外蛍光体を用いると、光照射によっても蛍光強度が実質的に低下せず安定した蛍光強度を得ることができるだけでなく、赤外蛍光体自体の毒性も低いので、生体に安全な条件で安定した定量分析を実施できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の方法を詳細に説明する。
【0012】
本明細書で用いる「赤外蛍光体」とは、赤外領域の波長を有する励起光を照射すると、赤外領域の波長を有する光のエネルギーを放射する蛍光体を意味している。従って、励起光の照射に際して、非常に短い時間で光のエネルギーが放射される場合は「蛍光」として光を発するが、長い時間にわたって光のエネルギーが放射される場合は「燐光」として光を発することになり、本発明の方法で用いられる「赤外蛍光体」は、「蛍光」または「燐光」を放射する蛍光体を実質的に意味している。
【0013】
また、本明細書において「被検物質」とは、後で具体例を挙げて説明するが、一般的な定量分析に際して対象となる物質を意味しており、例えば、工業生産、検査、研究等の分野にて測定対象となる物質を意味している。そして、「非被検物質」とは、被検物質および/または赤外蛍光体の周囲に存在する物質を意味しており、例えば、定量分析の感度を低下させると従来考えられていた物質(特に、紫外線領域から可視領域の励起光および蛍光を利用した定量分析に際して洗浄除去されていた物質)であり、水、溶剤、樹脂、添加剤、色素、微粒子および生体物質から成る群から選択される少なくとも1種以上の非被検物質が挙げられる。
【0014】
図1に、本発明の方法の工程をフローチャートで示す。まず、工程(i)では、被検物質と赤外蛍光体とを混ぜることによって、あるいはこれをさらに別の物質と混合することによって被検物質と赤外蛍光体とから成る混合物Mを形成する。また、必要であれば、さらに分離等の操作を行って混合物Mから一部を取り出した混合物Mを得る。
【0015】
用いられる赤外蛍光体は、粒子状であることが好ましい(以下、粒子状の赤外蛍光体を「赤外蛍光粒子」ともいう)。特に、赤外蛍光体を粉末形態として用いる際には、得られる結果のばらつきを防ぐために、赤外蛍光粒子は、被検物質を含んだ液体試料に均一に溶解または分散できるものが好ましく、従って、赤外蛍光粒子の直径の上限は、好ましくは5μm以下であり、より好ましくは500nm以下、更に好ましくは100nm以下である。その一方、赤外蛍光粒子の直径の下限は、製造が可能か否か及び検出できる蛍光強度が得られるか否かによって決まるものであり、一般的には2nm以上が好ましい。以上を踏まえると、赤外蛍光粒子は、2nm〜5μmの粒径を有していることが好ましい。ここでいう「粒径」は、例えば、電子顕微鏡や光学顕微鏡等で拡大した画像から100個の粒子を無作為に選択し、それぞれの粒子について直径を読み取り、これらを平均することによって求めた場合の粒径をいう。ただし、直径が均一でない場合には、最大径と最小径を求めて平均したものを、各粒子の直径とする。なお、かかる赤外蛍光粒子の好ましい粒径は、被検物質または赤外蛍光粒子の形状および種類などに応じて変わり得ることを理解されよう。
【0016】
また、本発明の方法に用いられる赤外蛍光体は、無機材料、有機材料、複合材料または錯体等のいずれの材料から形成されていてもよい。とりわけ、無機材料から形成された赤外蛍光体は、励起光の照射等による蛍光強度の低下が小さく、安定性に優れているため、本発明の赤外蛍光体として好ましい。
【0017】
また、本発明の方法に用いられる赤外蛍光体は、安全面または環境面の点でも優れているものが好ましい。例えば、金属酸化物系の赤外蛍光体は一般に安定性が高く、毒性も低いので本発明の赤外蛍光体に好適に使用される。金属酸化物から成る赤外蛍光体としては、例えば、遷移金属元素、リン元素および酸素元素を含んで成る化合物が挙げられる。その代表的な化合物としては、Y・Nd・Yb・PO、Lu・Nd・Yb・POおよびLa・Nd・Yb・PO(式中、Y:イットリウム元素、Nd:ネオジム元素、Yb:イッテルビウム元素、Lu:ルテチウム元素、La:ランタン元素、P:リン元素、O:酸素元素)等の化合物が挙げられる。
【0018】
金属酸化物から成る赤外蛍光体の中でも特に、一般式A1−x−y Nd Yb PO(式中、AはY,LuおよびLaからなる群から選択される少なくとも1種以上の元素であり;0<x≦0.5;0<y≦0.5および0<x+y<1である)で表される化合物が好ましい。更に、上記一般式A1−x−y Nd Yb POで表される化合物の中でも、100μs以上の残光持続時間を有する化合物が特に好ましい。ここでいう「残光持続時間」は、励起光照射停止後の蛍光強度が1/10にまで低下するまでの時間を計測することによって得られる時間をいう。
【0019】
本発明の実施態様において、工程(i)で用いられる被検物質は、モデル実験で相関関係Aを予め得ておくことができるものであれば、液体、固体、溶解物等、いずれの種類の物質であってもかまわない。また、液状のものが乾燥や硬化等によってゲル化、固形物化したものであってもよい。好ましくは、被検物質は、溶剤、樹脂、添加剤、固形添加物、硬化性液体および生体物質から成る群から選択される少なくとも1種以上の物質である。なお、被検物質あるいは赤外蛍光体は、例えば、水、溶剤等が含まれる液体試料に溶解または分散した状態、固体またはゲル中に溶解または分散した状態で使用されることが好ましいが、定量性のある蛍光測定が可能であれば、蛍光測定時には沈降または浮遊等分離していても構わない。例えば、平底容器に被検物質を含む溶液を入れ、容器の底に均一に沈降物を生じた場合、容器上方または下方から励起光を照射、容器上方または下方から蛍光を観察すれば、定量性のある蛍光測定が可能である。この場合、例えば側面から励起光を照射すれば、定量性が得られない可能性がある。
【0020】
工程(i)の混合物Mは、被検物質を含んだ液体試料と赤外蛍光体とを混合して、あるいはこれをさらに別の物質と混合して形成されるが、好ましくは、被検物質を含んだ液体試料を入れた容器等に対して赤外蛍光体を加えた後、必要に応じて、振とう、攪拌、混錬および/または静置などの操作が行われることになる。さらに必要に応じて、沈殿・相分離したものや、固形分等を分離し、取り出した成分のいずれかを後の蛍光測定用混合物Mとして用いる。次いで、得られた混合物MまたはMに対して赤外領域の波長の励起光が照射され、かかる励起光に起因して混合物MまたはMから赤外領域の波長の蛍光が放射されることになる。
【0021】
混合物Mまたは混合物Mに照射する励起光および生じる蛍光は、被検物質およびその周囲に存在する物質に対する透過性が高く、それらの物質による発光、吸収または散乱が少ない赤外領域の波長を有するものである。好ましくは、励起光スペクトルおよび蛍光スペクトルのピーク波長は、700〜3000nmの近赤外領域の範囲にある。かかる波長よりも短い波長域の光では、被検物質およびその周囲に存在する物質による可視領域の光の吸収や発光がより多いだけでなく、散乱もより多くなり、その一方、かかる波長よりも長い波長域の光では、混合物Mまたは混合物Mによる赤外吸収がより多くなるからである。特に、混合物Mまたは混合物Mに水分が含まれている場合には、励起光スペクトルおよび蛍光スペクトルのピーク波長は、水による光の吸収が少ない700〜1300nmの近赤外領域の範囲にあることがより好ましい。更に、励起光の波長と蛍光の波長との差が大きい方が、赤外蛍光体を用いた蛍光強度測定に際して励起光の影響をカットしやすくなることをも考慮すると、励起光スペクトルのピーク波長が700〜1100nmの近赤外領域の範囲にあり、蛍光のスペクトルのピーク波長が850〜1200nmの近赤外領域の範囲にあることが更に好ましい。
【0022】
なお、励起光スペクトルのピーク波長と蛍光スペクトルのピーク波長との差が20nm以下では、分光フィルタ等により、励起光と蛍光とを分離するのが難しく、仮に分離できたとしても各々の光が重なっている部分はカットせざるを得ず、光量ロスが大きくなるので、励起光スペクトルのピーク波長と蛍光スペクトルのピーク波長との差が20nm以上であることが好ましい。より好ましくは、励起光スペクトルのピーク波長と蛍光スペクトルのピーク波長との差が、50nm以上であり、更に好ましくは100nm以上である。
【0023】
なお、本発明の方法に用いられる「赤外領域の波長を有する励起光」は、赤外領域の波長のレーザーで得られる他、ハロゲンランプ等の光源から発せられた光を適当な分光フィルタに通すことによって得ることができる。
【0024】
工程(i)では、励起光に起因して混合物MまたはMから放射される赤外領域の波長の蛍光について蛍光強度Iが得られる。本発明の方法では、蛍光強度Iと被検物質の量Qとの間に相関関係A(Q=fn(I))が存在することが必要であり、この相関関係Aを赤外蛍光体および被検物質を用いたモデル実験により予め得ておく必要がある。
【0025】
実際には、「蛍光強度」は、他の条件が一定ならば、測定に供せられる混合物MまたはM中に含まれる赤外蛍光体の濃度、あるいは混合物MまたはM中に含まれる赤外蛍光体の絶対量に一般に比例するものであるため(図2参照)、混合物MまたはMについての蛍光強度Iと、混合物MまたはMに含まれる赤外蛍光体の量Pとの間には相関関係B(P=fn(I))が一般に存在する。また、蛍光強度による被検物質の定量には相関関係Aが必要であるため、混合物MまたはM中の赤外蛍光体量Pと被検物質の量Qとの間に相関関係C(Q=fn(P))が必要であり、その相関関係が得られるような混合方法や併せて用いる処理方法を選択する。
【0026】
相関関係BおよびCを求めれば、工程(i)で得られる蛍光強度Iから被検物質の量Qを求めることができるものの、相関関係BまたはCのいずれかまたは両方が求められない場合や、混合物の成分による吸収、発光、散乱等によって単純に相関関係BおよびCから相関関係Aが求められない場合がある。この場合、蛍光強度Iと被検物質の量Qとの間の相関関係Aを直接求める必要がある。通常相関関係Aは、理論的に計算等で直接求めることは困難なため、「モデル混合物」を用いた「モデル実験」により求めることになる。例えば、相関関係Aは、被検物質の量Qの量を変えた「モデル混合物」を数点用意して各々の蛍光強度Iを測定し、検量線を作成すること等により得ることができる。なお、相関関係BおよびCを求めることが可能な場合においても、相関関係BまたはCのいずれかまたは両方についても、通常「モデル混合物」を用いた「モデル実験」が必要となる。混合物中の成分により相関関係BまたはCが影響を受けない場合で、かつ相関関係BまたはCのいずれかが理論的に計算等で求められる場合には、このいずれかを理論的に計算等で求め、他方をモデル実験により求め、相関関係Aを求めてもよい。
【0027】
以上のように全てまたは一部に「モデル実験」を用いて相関関係A(Q=fn(I))を予め求めておくことが、本発明では必要であり、その相関関係Aを用いることによって、工程(i)で得られた蛍光強度Iから被検物質の量Qを得ることができる。
【0028】
なお、ここでいう「モデル混合物」とは、少なくとも赤外蛍光体および被検物質を含み(モデル混合物を数点用いる場合、被検物質の量=0の混合物を一部含んでも構わない)、かつそれらの比率が明らかな混合物、またはそれらから一部を取り出した混合物であって、工程(i)の混合物MまたはMの全ての成分をほぼ同量含むことが望ましいが、混合物MまたはMの主な成分のみを含むものであってもかまわない。ただし、赤外領域に吸収・発光・散乱等のある成分は得られる蛍光強度に影響を及ぼすため、(i)の混合物MまたはMと同量または近い量含むことが最も好ましい。また、混合物MまたはMを得る過程が蛍光強度Iに影響を与える場合には同様の過程を経てモデル混合物を得ることが望ましい。
【0029】
なお、特に制約がない限り、機器分析の分野で一般的に使用されている蛍光光度計を用いることによって、工程(i)で放射される蛍光から蛍光強度を得ることができる。
【0030】
本発明の方法では、赤外領域の励起光・蛍光が用いられており、種々の物質に対する透過性が高いため、赤外蛍光体および被検物質の周囲に他の物質が存在していても、そのような物質を洗浄等により除去する必要がない点で利点を有する。このため、本発明の方法では、従来の定量分析(即ち、紫外線領域から可視領域の励起光および蛍光を利用した定量分析)等で洗浄除去しなければならなかった物質を除去せずに定量分析できる。その結果、洗浄工程を省くこと又は減らすことができ、定量分析に要する時間および手間を減らすことができる。また、必要な容器等も減らすこともでき、場合によっては1つの容器で済ませることが可能となる。また、検体が固体である場合には、非破壊で定量分析が可能である場合も多い。更には、被検物質が含まれる試料容器に蓋を設けたり、パラフィンまたはポリオレフィン製等のフィルム等でシールすることが可能となるだけでなく、かかる試料が、色素、微粒子、繊維および/または血液等の生体物質等の添加物が加えられた試料であったり、試料を透明性の低い樹脂で固めたりすること等も本発明の方法に与える影響が少ないために行うことができる。
【0031】
次に、本発明の方法に好適な装置について説明する。かかる装置は、
赤外領域の波長を含む励起光を発する光源、
赤外蛍光体および被検物質を含んで成る混合物Mまたはそれらから一部を取り出した混合物Mから放射される赤外領域の波長の蛍光を検知する受光センサー、ならびに
光源と受光センサーとの間の光路に、混合物Mまたは混合物Mを保持または通過させる手段
を有して成り、
得られる蛍光強度に基づいて被検物質の定量を行うことができる装置である。
【0032】
上述したように、本発明の方法の実施に際しては、レーザーとフォトダイオードの組み合せ等、小さなパーツの組み合わせでよく、また、外乱光の影響が小さいため厳密な遮光が必要ないため、装置の小型化が図られている。
【0033】
本発明の方法に好適な装置に用いられる「光源」は、赤外領域の波長を含む励起光を発するものであれば、いずれの種類の光源を用いてもよい。例えば、一般的な分析機器に使用されている光源(例えば、レーザーまたはハロゲンランプ等)を用いることができる。光源から発せられる光から赤外領域の波長の励起光を取り出すことができる分光フィルタを好ましくは備えている。
【0034】
本発明の方法に好適な装置の「受光センサー」は、励起光の照射によって混合物Mまたは混合物Mから放射される赤外領域の波長の蛍光を検知できるものであれば、いずれの種類のセンサーであってもよい。例えば、一般的な分析機器に使用されているフォトダイオード、アバランシェ・フォトダイオード、CCD等の受光センサーを用いることができる。
【0035】
本発明の方法に好適な装置の「混合物Mまたは混合物Mを保持または通過させる手段」は、光源と受光センサーとの間の光路に混合物Mまたは混合物Mを供することができるものであれば、いずれの種類の手段であってもかまわない。つまり、赤外領域の波長の励起光が照射される位置に混合物Mまたは混合物Mをサポートする又は通過させるものであればよい。例えば、一般的な分析機器で測定試料を保持または移動するのに使用されている手段を用いることができる。
【0036】
なお、被検物質および赤外蛍光体を含んだ混合物Mまたは混合物Mと光源との間、かかる混合物Mまたは混合物Mと受光センサーとの間、またはその双方に適当なフィルタを挿入し、光源で生じる励起光が受光センサーに届かないようにすることが好ましい。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はかかる実施例に限定されない。
【0038】
<赤外蛍光粒子の合成>
特許公報3336572号の実施例1に従って、「被検物質が結合することが可能な官能基または物質」が固定化されていない赤外蛍光粒子(以下、「赤外蛍光粒子A」ともいう)を合成した。具体的には、Nd23:3.5g,Yb23:4.0g,Y23:18.0gおよびH3PO4:60.0gから成る原料を十分に混合し、アルミナ製の蓋付きルツボに充填した後、電気炉に入れ、室温から700℃位まで、一定昇温速度で2時間かけて昇温し、その後、700℃で6時間焼成した。焼成終了後、直ちに電気炉から取り出し、空気中で放冷した。次いで、ルツボに100℃の熱湯を入れ、煮沸した。その結果得られた蛍光粒子をルツボから取り出し、1規定の硝酸で洗浄し、水洗し、乾燥を行った。以上の操作により、一般式Nd0.1Yb0.10.8PO4で表される赤外蛍光粒子Aを得た。この赤外蛍光粒子Aは、「被検物質が結合することが可能な官能基または物質」が固定化されていない。赤外蛍光粒子Aでは、励起光スペクトルのピーク波長が約810nmの励起光を照射すると980nmの蛍光スペクトルのピーク波長が得られた。
【0039】
<蛍光強度測定試験に用いる試料の調製>
次いで、赤外蛍光粒子Aおよび他の材料を用いることによって、以下の蛍光強度測定試験で用いる試料を調製した。
【0040】
まず、実施例として以下の試料を調製した。
(実施例1・・・試料Aの調製)
10ppmとなるように赤外蛍光粒子Aを水に均一に分散させて試料Aを調製した。
【0041】
(実施例2・・・試料Bの調製)
10ppmとなるように赤外蛍光粒子Aを水に均一に分散させた後、その50μLとエチルアルコール950μLとを混合することによって試料Bを調製した。
【0042】
(実施例3・・・試料Cの調製)
エチルアルコールをアガロース1重量%加熱溶解水溶液に変更し、混合後に室温に冷却してやや白濁したゲルを得たこと以外は実施例2と同様な操作によって試料Cを調製した。
【0043】
(実施例4・・・試料Dの調製)
エチルアルコールをヘモグロビン溶液に変更したこと以外は実施例2と同様な操作によって試料Dを調製した。
【0044】
(実施例5・・・試料Eの調製)
実施例1で得られた試料Aに対して励起用レーザー光を5分間照射することによって試料Eを調製した。
【0045】
次いで、各実施例に対応する比較例として、以下の試料を調製した(実施例2に対応する比較例2は除く)。
(比較例1・・・試料A’の調製)
赤外蛍光粒子Aの代わりに可視蛍光色素FITC(Fluorescein isothiocianate)を用いたこと以外は、実施例1と同様な操作によって試料A’を調製した。
【0046】
(比較例3・・・試料C’の調製)
赤外蛍光粒子Aの代わりに可視蛍光色素FITCを用いたこと以外は、実施例3と同様な操作によって試料C’を調製した。
【0047】
(比較例4・・・試料D’の調製)
赤外蛍光粒子Aの代わりに可視蛍光色素FITCを用いたこと以外は、実施例4と同様な操作によって試料D’を調製した。
【0048】
(比較例5・・・試料E’の調製)
赤外蛍光粒子Aの代わりに可視蛍光色素FITCを用いたこと以外は、実施例5と同様な操作によって試料E’を調製した。
【0049】
実施例および比較例で得られた試料を表1にまとめる。
【表1】

【0050】
<蛍光強度測定試験>
得られた実施例1〜5および比較例1〜5(比較例2を除く)で得られた試料に対して、蛍光強度を測定した。
【0051】
各種レーザー光源、試料容器、シリコン受光素子およびフィルタを並べて測定を行った。実施例の試料を用いた測定では、光源側には810nmのレーザーを使用して810nmを中心とした波長を取り出せるバンドパスフィルタを挿入し、受光素子側には980nmを中心とした波長を取り出せるバンドパスフィルタを挿入した。また、比較例の試料を用いた測定では、光源側には495nmのレーザーを使用して495nmを中心とした波長を取り出せるバンドパスフィルタを挿入し、受光素子側には520nmを中心とした波長を取り出せるバンドパスフィルタを挿入した。
【0052】
蛍光強度の結果を表2に示す。なお、蛍光強度は検出光の信号強度(dB)を用いて表しており、実施例1および比較例1の遮光時の信号強度を0(dB)として規格化している。また、表中の「遮光」は「外乱光がある」ことを実質的に意味する一方、「遮光なし」は「外乱光がない」ことを実質的に意味している。
【0053】
【表2】

【0054】
表2の結果から以下のことが分かった:

・赤外蛍光体を用いた実施例1の結果と可視蛍光体を用いた比較例1の結果とを比べると、実施例1の方が、「遮光」/「遮光なし」の条件に対する検出光の信号強度の差が小さく、外乱光の影響が小さい;

・実施例1の結果と実施例2の結果とを比べると(実施例2の試料Bは、実施例1の試料Aよりも赤外蛍光体濃度が低い)、赤外蛍光体の濃度の変化が検出光の信号強度の変化として観測され、それに基づいて検量線を作成すれば定量分析が可能である;

・実施例3の結果と比較例3の結果とを比べると、赤外蛍光体を用いた実施例3の方が、可視蛍光体を用いた比較例3によりも、検出光の信号強度の低下が小さく、赤外光は可視光よりも透過性が高い;

・実施例4の結果と比較例4の結果とを比べると、より透明性の低いヘモグロビン存在下であっても、赤外蛍光体を用いた実施例4の場合では蛍光を検出できるのに対し、可視蛍光体を用いた比較例4の場合では蛍光を殆ど検出できない;

・実施例5の結果と比較例5の結果とを比べると、励起光の照射によって蛍光強度が低下する比較例5の蛍光色素と比べて、実施例5の金属酸化物系の赤外蛍光体では蛍光強度の低下がほとんど見られず安定している。
【0055】
以上の結果から、実施例では、安定した蛍光強度が得られるだけでなく、試料の透明性が低い場合であっても外乱光の影響を殆ど受けずに定量分析できることが分かり、本発明の方法を用いるとバックグランドを低く抑えて実質的に高い感度で定量分析できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0056】
赤外蛍光体を用いると、工業生産、検査、研究等における被検物質の混合比率や存在比率の定量、被検物質を含む膜厚の計測等に本発明の方法を利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】図1は、本発明の方法の工程を示すフローチャートである。
【図2】図2は、本発明の方法で用いる相関関係を模式的に示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外領域の波長の励起光を照射すると赤外領域の波長の蛍光を放射する赤外蛍光体を用いて、被検物質の定量分析を行う方法であって、
(i)該被検物質と該赤外蛍光体とを含んで成る混合物Mまたはそれらから一部を取り出した混合物Mに対して、赤外領域の波長の励起光を照射して、該混合物MまたはMから放射される赤外領域の波長の蛍光について蛍光強度Iを得る工程、ならびに
(ii)赤外蛍光体および被検物質を用いたモデル実験により予め得ておいた、工程(i)のモデル混合物についての蛍光強度Iと被検物質の量Qとの相関関係Aに基づいて、工程(i)で得られた蛍光強度Iから該被検物質の量Qを求める工程
を含んで成る方法。
【請求項2】
前記工程(i)において、励起光スペクトルのピーク波長が近赤外領域の範囲にある励起光を照射することによって、蛍光スペクトルのピーク波長が近赤外領域の範囲にある蛍光を得ることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(i)において、励起光スペクトルのピーク波長が700〜1100nmの範囲の励起光を照射することによって、蛍光スペクトルのピーク波長が850〜1200nmの範囲の蛍光を得ることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
励起光スペクトルのピーク波長と蛍光スペクトルのピーク波長との差が、50nm以上であることを特徴とする、請求項2または請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記赤外蛍光体および/または前記被検物質の周囲には非被検物質が存在していることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記非被検物質が、水、溶剤、樹脂、添加剤、色素、微粒子および生体物質から成る群から選択される少なくとも1種以上の非被検物質であることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記赤外蛍光体が、粒径が2nm〜5μmの粒子状物質であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記赤外蛍光体が金属酸化物から形成されることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記金属酸化物が、遷移金属元素、リン元素および酸素元素から成ることを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記赤外蛍光体が、一般式A1−x−y Nd Yb PO(式中、AはY,LuおよびLaからなる群から選択される少なくとも1種以上の元素であり;0<x≦0.5;0<y≦0.5および0<x+y<1である)で表される金属酸化物から形成されていることを特徴とする、請求項9に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−155548(P2007−155548A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−352409(P2005−352409)
【出願日】平成17年12月6日(2005.12.6)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】