説明

走査型磁気力顕微鏡用探針およびその製造方法並びにカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法

【課題】1200kFCI以上の記録密度の磁気記録媒体を観察可能な分解能を有する走査型磁気力顕微鏡用探針及びその製造方法、並びにカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法の提供。
【解決手段】Co-Fe系合金、Co-Ni系合金の何れか1種からなる強磁性合金層により表面の少なくとも一部を被覆されたカーボンナノチューブを少なくとも含み、該強磁性合金層の算術平均表面粗さ(Ra 10μm)が、1.15nm以下に規制された走査型磁気力顕微鏡用探針、並びに該強磁性体合金層の成長速度を1.0〜2.5nm/minの範囲に制御することにより、該平均表面粗さを達成した走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法、並びにカーボンナノチューブに対する強磁性合金成膜方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、走査型磁気力顕微鏡用探針及びその製造方法に関するものであり、特に、超高密度(例えば、1200kFCI)で磁気記録された磁気記録媒体を評価するための高分解能の走査型磁気力顕微鏡用探針及びその製造方法に関する。さらに、この発明は、カーボンナノチューブに対する強磁性合金を成膜する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の磁気ハードディスクに代表される磁気記録媒体の研究・開発の進展に伴い、25nm以下の幅の極微小磁石を並べた磁気記録媒体の出現も間近に想定される状況に至っている。しかしながらそれとは対照的に、それを実地に評価する分析ツールの研究は未だ途上にあり、十分な評価が難しい状況にあった。
【0003】
なるほど、従来技術にあっても、スピン偏極電子を用いたトンネル顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いれば、多彩な磁気特性を評価できるものの、これらの分析装置を適用するに当たっては、きわめて清浄な試料表面でなければその観察ができないことから、超真空装置内でその表面を加工し、特殊な電気信号の検出装置を用意することが要請されるため、磁気記録の研究開発現場では、広く利用されるには至っていない。
【0004】
一方、プローブ(探針)と試料間に働く様々な物理量を検出し、微小領域の形状や物性測定をする走査型プローブ顕微鏡の一つとして、磁気力顕微鏡(Magnetic Force Microscorpe(MFM))が知られている。走査型磁気力顕微鏡は、プローブ(探針)と試料(主に強磁性体)の間に働く磁気力を検出するものであり、試料からの漏れ磁場を検出原理とするために、定量的な磁気特性の評価はできないものの、試料の表面状況に敏感でないことから、その観測に特殊な環境や試料表面の処理を必要としないという実用上大きなメリットを有する。
【0005】
このような走査型磁気力顕微鏡の特性から、磁気媒体の研究開発現場での適用が期待されているものの、市販の装置では一般に50〜100nm程度、また最先端の装置でも20〜30nm程度の分解能しか達成されていないために、次世代のハードディスクや不揮発性ランダムアクセスメモリ等の研究開発現場では、磁気記録媒体の評価に支障を来す状況となっている。
【0006】
走査型のプローブ顕微鏡の分解能を高めるためには、まずプローブ先端を先鋭化することが考えられ、土台として整形された基板上に、集束イオンビーム(FIB)を用いてタングステンやダイヤモンドライクカーボン(DLC)の円筒状の突起を形成して、それをプローブ先端として用いる技術、並びに土台として整形された基板上にカーボンナノチューブを取り付け、その根元周囲を、集束イオンビームを用いてコートし、それを磁気特性の検出用を含む、走査型のプローブ顕微鏡のプローブ先端として用いる技術が知られている。(例えば、特許文献1参照。)
【0007】
一方、この出願の発明の発明者らにかかる技術であって、スパッタ装置によって、CoFeの強磁性体薄膜を等方的にコーティングしたカーボンナノチューブ(直径:〜11nm)を有する磁気力顕微鏡(MFM)用カンチレバー(被覆後のカーボンナノチューブ先端部の直径:約40nm)を採用することにより、1100kFCI媒体に適用可能な高分解能を達成した技術がある。(例えば、非特許文献1、及び2参照。)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−240700号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「エクステンディット アブストラクト オブ ザ 2004 インターナショナル カンファレンス オン ソリッド ステイト デバイス アンド マテリアルズ(Extended Abstracts of the 2004 International Conference on SOLID STATE DEVICS AND MATERIALS)」 pp.638-639,(2004年9月15日)
【非特許文献2】「ナノテクノロジー(Nanotechnology)」Vol.16(2005) pp.24-27,(2004年11月30日)
【非特許文献3】“世界最高分解能の磁気力プローブ顕微鏡を開発”,「エイアイエスティ トゥデイ(AIST Today)」,独立行政法人産業技術総合研究所,Vol. 4,No. 6,(2004年6月), pp. 4-6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の特許文献1に、多重のチューブであるカーボンナノチューブ(CNT)を、原子間力顕微鏡(AFM)の探針として用いる試みもなされているが、このCNTをAFMのカンチレバーの先端に取り付けても剛性が低いため段差試料の測定には不向きであると指摘されているように、これまではカーボンナノチューブを走査型磁気力顕微鏡の探針に適用することは困難であると考えられてきた。
【0011】
また、上述の特許文献1に、探針先端部を磁性体とすることにより試料の磁性特性を検出するプローブとして適用することができるわけであるが、従来のこの種の探針はプローブ全体をコートする形態が採られており、結果として、広い試料面の情報の影響を拾ってしまい探針先端部の局所情報を検出できなかった。さらに、上述の特許文献1には、コートが剥離し易いという欠点があることも指摘されていた。
【0012】
これに対し、この出願の発明の発明者らは、この出願に先立ち、非特許文献1のとおり、これまで困難と考えられてきた、カーボンナノチューブをCoFeで被覆することに成功し、かつそれを走査型磁気力顕微鏡の探針に応用することに成功した。
【0013】
ところが、この非特許文献1に開示された探針は、1100kFCIの垂直磁気記録媒体を観察することが限界であって、現行最高水準の記録密度媒体の観察に適用することが限界であり、更なる記録密度の高度化が進めば、観察ができなくなると予想されている。
【0014】
また、特許文献1に指摘されるとおり、カーボンナノチューブに対するコートが剥離し易いという欠点は十分には解決されておらず、被覆層であるCoFeがカーボンナノチューブから鞘抜け状態となる探針も観察され、実用上の支障となってきた。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上述のとおり、従来技術の抱える技術的課題を解決すべく、分解能をさらに向上させるとともに、強磁性合金被膜の剥離のない安定した走査型磁気力顕微鏡用探針とその製造方法を模索した。
【0016】
まず、被覆する強磁性材料について検討した。上述の特許文献1のとおり、広い試料面の情報の影響を拾わないように、探針先端部の局所のみに被覆することが望ましいと考えられるものの、現行のプロセッシング技術からみて、カーボンナノチューブの先端部のみに被覆することは至難であると予想された。
【0017】
そこで、本発明者は、従来のとおりカーボンナノチューブを含むプローブ部全体をコートする形態を採ることとして、その場合に、有利な被覆材料を選択することとした。
【0018】
前述のとおり、カーボンナノチューブの先端部のみを被覆するのであれば、垂直磁化型の磁性材料、例えば、Co-Cr系合金や非晶質希土類−鉄系合金に代表される磁性材料等が最適とも考えられたが、プローブ部全体を被覆するとした場合、探針、特にカーボンナノチューブの周側面からの磁界の漏洩を抑え、探針の先端部における指向性に優れた磁界特性を得るには、むしろ面内磁化型の磁性材料であるFe-Co系合金、Fe-Ni系合金が優れているのではないかと、本発明者らは着想した。
【0019】
次に、かかる被覆材料の選択を前提とした場合に、分解能に影響を及ぼす要因について検討した結果、カーボンナノチューブの周側面からの漏洩磁界を極限まで抑えることが重要であると考え、カーボンナノチューブ周側面における被覆材料の磁区の平滑性制御を試行した。
【0020】
また、プロセッシング効率の観点から、基台を含むプローブチップ全面を強磁性合金で均一に被覆することが好ましいが、強磁性合金被膜の鞘抜け等の恐れもあることから、カーボンナノチューブの先端部だけに強磁性合金を被覆する態様も本発明に包含される。
【0021】
但し、その場合にあっても、前述のとおり、カーボンナノチューブの周束部からの磁界の漏洩を抑え、プローブ先端部からの磁界特性の指向性を向上させるために、被覆部分の外形が直径方向に比べて長手方向に長い形状となっていることが望ましい。
【0022】
その結果、本発明者は、被覆層の表面粗さと探針の分解能との間には所定の相関性があることを見出すことに成功した。そして、そうした被覆層の表面粗さを実現するためには、スパッタリング等の成膜速度を制御すれば良いことも、併せて見出した。
【0023】
ところが、常識的には、成膜速度を遅くすればするほど、表面粗さは改善すると予想されたが、後述のとおり、実測の結果は、あまりに成膜速度が小さくなると、却って表面粗さは大きくなることが観測され、それに伴い探針の分解能も低下することが観測された。
【0024】
本発明は、以上の検討を踏まえて思い至ったものであり、上述の先行技術が抱える技術的課題を解決するものであって、次の技術的事項からなる。
【0025】
本発明(1)は、Fe-Co系合金、Fe-Ni系合金の何れか1種からなる強磁性合金層により表面の少なくとも一部を被覆されたカーボンナノチューブを少なくとも含み、該強磁性合金層の表面粗さ(Ra(L=10μm))が、1.15nm以下であることを特徴とする、走査型磁気力顕微鏡用探針である。
本発明(2)は、前記強磁性合金層が、Feを10〜70wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がCo及び不可避的不純物であることを特徴とする、本発明(1)の走査型磁気力顕微鏡用探針である。
また本発明(3)は、前記強磁性合金層が、Feを10〜55wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がNi及び不可避的不純物であることを特徴とする、本発明(1)の走査型磁気力顕微鏡用探針である。
本発明(4)は、前記強磁性合金層の被覆された領域における平均厚さが、3〜15nmであることを特徴とする、本発明(1)〜(3)の何れか1発明の走査型磁気力顕微鏡用探針である。
本発明(5)は、前記カーボンナノチューブは、その先端から、その平均直径と前記強磁性合金層の平均厚さの2倍の長さとの合計以上の長さに亘って、該強磁性合金層によって被服されていることを特徴とする、本発明(1)〜(4)の何れか1発明の走査型磁気力顕微鏡用探針である。
本発明(6)は、前記強磁性合金層に被服された前記カーボンナノチューブと接合する尖頭部を有する基台をさらに含む、本発明(1)〜(5)の何れか1発明の走査型磁気力顕微鏡用探針である。
一方、本発明(7)は、カンチレバー先端にマウント可能な基台の尖頭部にカーボンナノチューブを接合する工程、カーボンナノチューブが接合された該基台を、Fe-Co系合金、Fe-Ni系合金の何れか1種からなる強磁性合金からなるスパッタリングターゲットからのプラズマを介したコーティングする工程、カーボンナノチューブが接合された該基台の尖頭部表面に対する該強磁性合金層の成長速度が1.0〜2.5nm/minとなるようにプラズマを制御する工程を少なくとも含むことを特徴とする、走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法である。
本発明(8)は、前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜70wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がCo及び不可避的不純物からなることを特徴とする、本発明(7)の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法である。
本発明(9)は、前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜55wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がNi及び不可避的不純物からなることを特徴とする、本発明(7)の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法である。
本発明(10)は、前記強磁性合金層の厚みが3〜15nmの範囲で、前記プラズマへの暴露を停止する工程をさらに含むことを特徴とする、本発明(7)〜(9)の何れか1発明の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法である。
本発明(11)は、前記カーボンナノチューブは、その先端から、その平均直径と前記強磁性合金層の平均厚さの2倍の長さとの合計以上の長さに亘って、該強磁性合金層によって被服されていることを特徴とする、本発明(7)〜(9)の何れか1発明の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法である。
さらに、本発明(12)は、カーボンナノチューブを、Fe-Co系合金、Fe-Ni系合金の何れか1種からなる強磁性合金からなるスパッタリングターゲットとともにプラズマ中に暴露する工程、該カーボンナノチューブ表面に対する該強磁性合金層の成長速度が1.0〜2.5nm/minとなるようにプラズマを制御する工程を少なくとも含むことを特徴とする、カーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法である。
本発明(13)は、前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜70wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がCo及び不可避的不純物からなることを特徴とする、本発明(12)のカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法である。
本発明(14)は、前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜55wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がNi及び不可避的不純物からなることを特徴とする、本発明(12)のカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法である。
本発明(15)は、前記強磁性合金層の厚みが3〜15nmの範囲で、前記プラズマへの暴露を停止する工程をさらに含むことを特徴とする、本発明(12)〜(14)の何れか1発明のカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法である。
【0026】
ここで、本発明(1)〜(15)における「表面粗さ」とは、いわゆる「算術平均粗さ(Ra)」のことで、カーボンナノチューブに接合した基台の平坦面において、ランダムに選ばれた基準長さ(L=10μm)を抜き取り、この抜き取り部分の平均線から測定曲線までの偏差の絶対値を合計し、平均した値である。
【0027】
なお、この表面粗さを基台の平坦面で測定したのは、カーボンナノチューブ周側面における表面粗さを簡便に計測できないためであって、同じ条件下で成膜された基台の平坦部分の表面粗さをもっても十分規定することができると本発明者は確信する。
【0028】
一方、強磁性合金層の膜厚は10nm前後のものに限らず、3〜15nmの範囲であれば同様に適用可能である。また、基台の尖頭部から張り出した部分のカーボンナノチューブの長さとして、分解能と製作の確実性の観点から、後述の実施例では400nm程度に設定していたが、これに限らず100〜500nm程度のものであれば実用に耐える。
【0029】
さらに、強磁性合金層の材料としては、前述のとおり、面内磁化型の強磁性材料であれば何れであってもよく、代表的にはFe-Co系合金、Fe-Ni系合金が用いられる。またそれらの組成としても、Feを10〜70wt%と含み、強磁性特性を著しく害しない10wt%未満の改良添加成分(具体的には、Fe-Co系合金にあっては、Ni,V,Mo,W,Ti,Si,Bから選ばれる一種又はそれ以上の合金。一方、Fe-Ni系合金にあっては、Mo,Cr,Cu,Nbから選ばれる一種又はそれ以上の合金。)及び不可避的不純物を許容し、残部がCo又はNi乃至はCo-Niである合金である。
【0030】
なお、Fe-Co系合金では、Feが60wt%のときに、もっとも高い磁化率が得られ、Fe:50〜[200/3]wt%の材料が一般には用いられるが、Fe:10〜70wt%の範囲のものであれば本発明に使用できる。一方、Fe:20〜50wt%のFe-Ni系合金がその用途に応じて利用されているが、Fe:10〜55wt%の範囲のものであれば本発明に使用できる。(なお、一般に利用されている(軟質)磁性材料及びその特性については、例えば、C.D.GRAHAM,JR著「Physics of Ferromagnetism (SECOND EDITION)」pp.600-604(OXFORD UNIVERSITY PRESS)に記載されている。)
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】走査型磁気力顕微鏡の計測原理についての説明図
【図2】本発明にかかる走査型磁気力顕微鏡探針部の顕微鏡写真
【図3】本発明にかかる成長速度と表面粗さの関係を示す図
【図4】本発明にかかる表面粗さのプロファイルについての一例を示す図
【図5】本発明にかかる走査型磁気力顕微鏡用探針を用いて1200kFCIの磁気記録媒体表面を観察した磁気力顕微鏡写真
【図6】3日間使用後の本発明にかかる走査型磁気力顕微鏡用探針を用いて1200kFCIの磁気記録媒体表面を観察した時の走査型磁気力顕微鏡写真
【発明を実施するための形態】
【0032】
図1は、本発明にかかる走査型磁気力顕微鏡の計測原理について模式的に示した図である。磁気力顕微鏡探針(1)の基台尖頭部(3)には、カーボンナノチューブ(2)が接合されており、基台尖頭部(3)及びカーボンナノチューブ(2)の表面には、強磁性合金からなる被覆層(4)が形成されており、微小棒磁石を並べた構造の試料(磁気記録媒体)(5)の表面から漏洩する磁場と前記被覆層(4)との間で相互作用を生じ、試料表面側に引き寄せる力やその反対に試料表面から離れようとする力が作用する。走査型磁気力顕微鏡とは、その際の探針(1)にかかるモーメントのごく僅かな変化を光てこの原理を用いて拡大し光検出器により検出するものである。
【0033】
一方、本発明の走査型磁気力顕微鏡用探針の先端部分の顕微鏡写真を図2に示す。図2のとおり、カンチレバーの先端突起部に10nm前後の直径のマルチウォールカーボンナノチューブが固定されており、カンチレバーの先端の尖頭部からカーボンナノチューブが400nm程度張り出した形で接合されている。
【0034】
また、カーボンナノチューブの試料側端部での直径は、約20〜40nmであることが観測され、ほぼ設計どおりの10nm厚前後の強磁性合金層が成膜されていることが判る。
【0035】
続いて、本発明のカンチレバーの調製手順について概説する。まず、カーボンナノチューブの準備には、通常の直流アーク放電法が用いられる。例えば、SiC等の基板上に均一に触媒を撒き、この基板に対して、水素ガスをメインに、アセチレン、エチレン、メタン等のガスを添加した原料ガスを、プラズマ放電用Arガスとともに所定の圧力で導入し、直流のアーク放電を発生させることにより、触媒を起点として、マルチウォールタイプのカーボンナノチューブが成長する方法などの通常の直流アーク放電法が用いられる。
【0036】
次に、このカーボンナノチューブをアルコールに超音波を用いて分散させ、さらにこの懸濁液に遠心分離法を適用して大きな粒子を除去し、この懸濁液を、所定の距離を隔てて置かれ、高周波電圧が印加される一対のカミソリ等の開先間に注入することにより、カーボンナノチューブを該カミソリの開先上に整列させる。アルコールを蒸発除去した後、このカミソリの開先との間に直流バイアスが印加された、カンチレバーに装着可能な基台の尖頭部を、該開先にSEM観察下で接近させることにより、静電気誘因作用によってカーボンナノチューブを基台尖頭部に接合させる。(なお、カーボンナノチューブの取り付けの詳細については、例えば、APPLIED PHYSICS LETTERS Vol.74,No.26(1999.06.28.),pp.4061-4063参照のこと。)
【0037】
なお、カーボンナノチューブの成長工程、カンチレバーのカーボンナノチューブの接合工程については、特にこの手法に限定されるものではなく、何れの常法であっても用いることができる。
【0038】
このようにしてカーボンナノチューブが尖頭部先端に接合された基台を、強磁性体組成のスパッタリングターゲットとともに成膜装置内に設置し、電力を供給することによりプラズマを発生させ、その入力電力及び/又はガス圧力を調整することによって強磁性体膜の成長速度を制御しつつ、カーボンナノチューブを含む基台表面全体に強磁性体層を均一に成膜する。
【0039】
こうして形成された強磁性体層がコートされた、カーボンナノチューブ付きの基台を、通常の走査型磁気力顕微鏡のカンチレバー先端に装着すれば、走査型磁気力顕微鏡用探針(プローブ)として用いることができる。
【0040】
図3は、後述の実施例1〜3及び比較例1〜3の成膜条件と成膜結果をまとめたものである。この図3から明らかなように、表面粗さ(Ra(L=10μm))は、強磁性体層の成長速度と相関性を有しており、かつ、その分解能との対比において、成膜条件A、B及びEの場合において、良好な性能を示していることが判明した。
【0041】
なお、表面粗さ(Ra)測定における基準長さ(L)を1μmとした場合の結果も図3中に併せて表示したが、成長速度との相関性が良好ではなかったため、本発明を規定する上でのパラメータとしての表面粗さは基準長さ(L)が10μmのときのものを採用した。
【0042】
全般的には、低い成長速度で堆積した場合に表面粗さが抑えられ、性能が上がる傾向が見出された。具体的には、2.5nm/min以下の成長速度において良好な結果が得られた。但し、成長速度が低ければ低いほど良いというものではなく、1.0nm/min未満では、却って表面粗さが大きくなる結果となった。従って、強磁性合金層の成長速度は1.0〜2.5nm/minの範囲で制御されることが望ましい。
【0043】
なお、この成長速度の下限について、成膜速度1.0nm/min未満である成膜条件Fの比較例3において鞘抜け現象が観測されていることからみて、金属質のマルチウォールカーボンナノチューブ上に強磁性合金層を堆積させるため、両者の濡れ性の関係で、あまりにも低い成長速度では、カーボンナノチューブ上に堆積物が保持できなくなるためであると、発明者は推測している。
【0044】
また、これらの実施例及び比較例では、堆積時に試料を載置する基板を回転することなく、スパッタリングによる堆積を行った結果であるが、カーボンナノチューブの周方向の堆積ムラを緩和するために基板を回転しても良い。
【0045】
[実施例1]
直径約10nmのマルチウォールカーボンナノチューブが接合された基台を用意し、この試料を、Fe-Co系(Fe:20at%、Co:80at%)スパッタリングターゲットが設置されたスパッタリング装置に導入し、Arガスを10sccmで導入しガス圧を0.3Paとした後、高周波電力(RF)100Wを印加しプラズマを発生させた。この条件(以下「成膜条件A」と呼ぶ。)下で4min15sec間、成膜処理を行った。
【0046】
その結果、Fe-Co系の強磁性合金被膜は、その電子顕微鏡像からみて、10nmの膜厚である試料が観測され、この条件での強磁性合金層の平均成長速度は2.35nm/minであることが判明した。こうして作成された試料について、原子間力顕微鏡を用いて、基台先端部の平坦部分について表面粗さを測定した。その結果、粗さのプロファイルは図4のとおりとなり、算術平均表面粗さRa(L=10μm)は、1.138(因みに、Ra(L=1μm)は0.1425)であると算出された。
【0047】
一方、この基台試料を走査型磁気力顕微鏡のカンチレバーに装着し、富士通社製の600〜1200kFCIの磁気記録媒体について計測したところ、1200kFCIの磁気記録媒体についても図5のとおり、鮮明な観察像を得ることができた。従って、このカンチレバーの分解能は、概ね10nm(最高7nm)であると見積もられた。
【0048】
加えて、3日間に亘って使用したカンチレバーを用いて、再び1200kFCIの磁気記録媒体表面を計測した時の観察像を図6に示す。前掲の図5と比較しても遜色のない鮮明な観察像を得ることができた。このことから、強磁性合金層の剥離や鞘抜けといった欠陥は生じなったことが推察され、十分実用に耐え得る強度を備えていることが確認できた。
【0049】
[実施例2]
次に、実施例1と同様の試料基台を調製し、成膜条件として、圧力を0.3Paから1Paに変更して、同様な成膜処理を実施した(以下「成膜条件B」という。)。その結果、成長速度は、1.48nm/minと遅くなり、成膜された強磁性体層の表面粗さは、Ra(L=10μm)=0.9996nm(因みに、Ra(L=1μm)=0.1739nm)と改善された試料が観測され、実施例1のものと同様に1200kFCIの磁気記録媒体についても鮮明な観測画像を得ることができた。
【0050】
[実施例3]
また、実施例1と同様の試料基台を調製し、成膜条件として、入力高周波電力を100Wから50Wに抑えて、同様な成膜処理を実施した(以下「成膜条件E」という。)。その結果、成長速度は、1.23nm/minと遅くなり、成膜された強磁性体層の表面粗さは、Ra(L=10μm)=1.046nm(因みに、Ra(L=1μm)=0.2636nm)と改善された試料が観測され、実施例1のものと同様に1200kFCIの磁気記録媒体についても鮮明な観測画像を得ることができた。
【0051】
[比較例1]
一方、実施例1と同様の試料基台を調製し、成膜条件として、入力高周波電力を100Wから300Wに変更して、同様な成膜処理を実施した(以下「成膜条件C」という。)。その結果、成長速度は、5.97nm/minに上昇し、成膜された強磁性体層の表面粗さは、Ra(L=10μm)=1.249nm(因みに、Ra(L=1μm)=0.344nm)と悪化した。そして、600kFCIの磁気記録媒体を観測するのが限界で、それ以上の高密度記録のものについては鮮明な観測画像を得ることができなかった。
【0052】
[比較例2]
次に、実施例1と同様の試料基台を調製し、成膜条件として、入力高周波電力を100Wから300Wに変更し、かつ圧力を0.3Paから1Paに変更して、同様な成膜処理を実施した(以下「成膜条件D」という。)。
【0053】
その結果、成長速度は、4.21nm/minとやや上昇し、成膜された強磁性体層の表面粗さは、Ra(L=10μm)=1.231nm(因みに、Ra(L=1μm)=0.142nm)と悪化した。そして、800kFCIの磁気記録媒体を観測するのが限界で、それ以上の高密度記録のものについては鮮明な観測画像を得ることができなかった。しかも、カーボンナノチューブが短くなったり曲がったりするものがほとんどであった。
【0054】
[比較例3]
さらに、実施例1と同様の試料基台を調製し、成膜条件として、入力高周波電力を100Wから50Wに抑えて、同様な成膜処理を実施した(以下「成膜条件F」という。)。その結果、成長速度は、0.71nm/minと小さくなったものの、成膜された強磁性合金層の表面粗さは、Ra(10μm)=1.299nm(因みに、Ra(1μm)=0.3905nm)と悪化した。
【0055】
そして、1000kFCIの磁気記録媒体を観測するのが限界で、それ以上の高密度記録のものについては鮮明な観測画像を得ることができなかった。しかも、カーボンナノチューブが短くなったり、強磁性合金層が鞘抜け状態となり、基台まで一様な成膜をすることができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、走査型磁気力顕微鏡用探針のカーボンナノチューブを被覆する強磁性体層の表面粗さを制御することにより、1200kFCIの磁気記録媒体の観察が可能な分解能を達成可能とするものである。しかも、本発明は、その表面粗さの制御を被覆する強磁性合金層の成長速度により制御可能であることを示した。
【0057】
これにより、今後予想される更なる高密度化の進展に際しても、スピン偏極電子も用いたトンネル顕微鏡や走査型電子顕微鏡といった装置を用いずとも、磁気記録媒体の磁化状態等を簡便に評価可能となった。
【0058】
また、本発明は、Fe-Co系乃至はFe-Ni系強磁性合金をカーボンナノチューブ表面に均一かつ安定に堆積可能とするもので、これにより、走査型磁気力顕微鏡用探針に限らず、カーボンナノチューブに、金属コーティングによって種々の特性を付与することができ、カーボンナノチューブの利用性を拡大することができる。
【符号の説明】
【0059】
1 磁気力顕微鏡用探針(プローブチップ)
2 カーボンナノチューブ
3 基台尖頭部
4 強磁性合金層
5 試料(磁気記録媒体)
→ 試料(磁気記録媒体)内の微小棒磁石の磁化の向き

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe-Co系合金、Fe-Ni系合金の何れか1種からなる強磁性合金層により表面の少なくとも一部を被覆されたカーボンナノチューブを少なくとも含み、該強磁性合金層の表面粗さ(Ra(L=10μm))が、1.15nm以下であることを特徴とする、走査型磁気力顕微鏡用探針。
【請求項2】
前記強磁性合金層が、Feを10〜70wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がCo及び不可避的不純物であることを特徴とする、請求項1記載の走査型磁気力顕微鏡用探針。
【請求項3】
前記強磁性合金層が、Feを10〜55wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がNi及び不可避的不純物であることを特徴とする、請求項1記載の走査型磁気力顕微鏡用探針。
【請求項4】
前記強磁性合金層の被覆された領域における平均厚さが、3〜15nmであることを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項記載の走査型磁気力顕微鏡用探針。
【請求項5】
前記カーボンナノチューブは、その先端から、その平均直径と前記強磁性合金層の平均厚さの2倍の長さとの合計以上の長さに亘って、該強磁性合金層によって被服されていることを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項記載の走査型磁気力顕微鏡用探針。
【請求項6】
前記強磁性合金層に被服された前記カーボンナノチューブと接合する尖頭部を有する基台をさらに含む、請求項1〜5の何れか1項記載の走査型磁気力顕微鏡用探針。
【請求項7】
カンチレバー先端にマウント可能な基台の尖頭部にカーボンナノチューブを接合する工程、カーボンナノチューブが接合された該基台を、Fe-Co系合金、Fe-Ni系合金の何れか1種からなる強磁性合金からなるスパッタリングターゲットからのプラズマを介したコーティングする工程、カーボンナノチューブが接合された該基台の尖頭部表面に対する該強磁性合金層の成長速度が1.0〜2.5nm/minとなるようにプラズマを制御する工程を少なくとも含むことを特徴とする、走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法。
【請求項8】
前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜70wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がCo及び不可避的不純物からなることを特徴とする、請求項7記載の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法。
【請求項9】
前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜55wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がNi及び不可避的不純物からなることを特徴とする、請求項7記載の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法。
【請求項10】
前記強磁性合金層の厚みが3〜15nmの範囲で、前記プラズマへの暴露を停止する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項7〜9の何れか1項記載の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法。
【請求項11】
前記カーボンナノチューブは、その先端から、その平均直径と前記強磁性合金層の平均厚さの2倍の長さとの合計以上の長さに亘って、該強磁性合金層によって被服されていることを特徴とする、請求項7〜9の何れか1項記載の走査型磁気力顕微鏡用探針の製造方法。
【請求項12】
カーボンナノチューブを、Fe-Co系合金、Fe-Ni系合金の何れか1種からなる強磁性合金からなるスパッタリングターゲットとともにプラズマ中に暴露する工程、該カーボンナノチューブ表面に対する該強磁性合金層の成長速度が1.0〜2.5nm/minとなるようにプラズマを制御する工程を少なくとも含むことを特徴とする、カーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法。
【請求項13】
前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜70wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がCo及び不可避的不純物からなることを特徴とする、請求項12記載のカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法。
【請求項14】
前記スパッタリングターゲットが、Feを10〜55wt%と、10wt%未満の改良添加成分の含有を許容し、残部がNi及び不可避的不純物からなることを特徴とする、請求項12記載のカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法。
【請求項15】
前記強磁性合金層の厚みが3〜15nmの範囲で、前記プラズマへの暴露を停止する工程をさらに含むことを特徴とする、請求項12〜14の何れか1項記載のカーボンナノチューブ用強磁性合金成膜方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−14728(P2010−14728A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−223588(P2009−223588)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【分割の表示】特願2004−378606(P2004−378606)の分割
【原出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)