説明

走査形プローブ顕微鏡

【課題】 本発明が解決しようとする問題点は、試料表面の吸着層の影響で正確に試料表面の弾性や塑性変形を測定することができないという点である。
【解決手段】 試料と探針を離間した状態から接近させ、接触させ又は接触状態から離間させることにより測定を行う走査形プローブ顕微鏡であって、前記探針に横振動を作用させる加振手段を設けたことを特徴とする走査形プローブ顕微鏡。また、前記測定は大気中、又は低真空雰囲気中で行われる走査形プローブ顕微鏡。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は走査形トンネル顕微鏡、原子間力顕微鏡、磁気力顕微鏡、摩擦力顕微鏡、マイクロ粘弾性顕微鏡、表面電位差顕微鏡、走査形近接場顕微鏡及びその類似装置の総称である走査形プローブ顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、探針付きカンチレバーと試料を対向配置し、探針と試料の距離を数ナノメートル以下の距離にして、探針により試料表面を走査することにより、探針と試料間に働く原子間力等の物理量を測定し、測定に基づいて試料表面の凹凸像を得るように成した走査プローブ顕微鏡が注目されている。この探針に働く物理量を測定する方法には、探針を有するカンチレバーの背面にレーザ光を照射し、反射したレーザ光をフォトディテクタで受光し、その位置の変位等を測定する方法がとられる。
【0003】
カンチレバーを試料表面に、離れた位置から近づけて試料表面に接触させ、さらに押しつけ、カンチレバーを試料表面から離す。この動きを連続的に行い、その際カンチレバーの撓みの変化を測定する。横軸にカンチレバーの移動距離、縦軸にカンチレバーの撓みの変化を表したものが、図2のフォースカーブである。
【0004】
ここで、高分子等の柔らかい試料でカンチレバーを押し込むと、試料表面で弾性変形がおこる。図3のように、往では試料を変形させながら探針を押し込むためカンチレバーの撓みが多く、復では試料が元に戻るタイムラグがあるためカンチレバーの撓みが少ないというように、フォースカーブの往と復に差が出てくる。このように、フォースカーブを測定することで試料表面の微小領域での弾性や塑性変形を測定することが可能になる。
【0005】
しかしながら、大気中では試料表面には必ず水分の層が存在する。この状態でフォースカーブを測定すると、図4のようにカンチレバーは水分層によって試料表面に吸着され、カンチレバーが試料表面から離れる際に水分層に引き付けられて往と反対方向に大きく撓んでしまう。そうすると、フォースカーブの形状は水分層の吸着の影響が支配的となり、正確に試料表面の弾性や塑性変形を測定することができなくなってしまう。
【0006】
水分の吸着力の影響を低減させるために、真空中や水中で測定を行うことが行われているが、専用の装置を必要とする。また、真空中や水中で試料表面が変質してしまう可能性もある。
【0007】
なお、従来技術としては、探針が試料と接触することを防ぐために横振動を加える原子間力顕微鏡や(例えば、特許文献1)、カンチレバーを横方向に振動させて摩擦力を測定する摩擦力測定装置がある(例えば、特許文献2)。
【0008】
【特許文献1】特開平9−304407
【特許文献2】特開平9−13137
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする問題点は、試料表面の吸着層の影響で正確に試料表面の弾性や塑性変形を測定することができないという点である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明は、試料と探針を離間した状態から接近させ、接触させ又は接触状態から離間させることにより測定を行う走査形プローブ顕微鏡であって、前記探針に横振動を作用させる加振手段を設けたことを特徴とする走査形プローブ顕微鏡である。
【0011】
請求項2の発明は、前記測定は大気中、又は低真空雰囲気中で行われる請求項1に記載の走査形プローブ顕微鏡である。
【0012】
請求項3の発明は、前記探針がカンチレバー自由端に設置されており、前記加振手段が剪断ピエゾ素子である、請求項1又は2に記載された走査形プローブ顕微鏡において、前記カンチレバーの撓みを検出する検出手段と、前記試料と前記探針の距離を変化させる駆動手段と、を備え、前記カンチレバーの撓みにより前記試料のフォースカーブを得る走査形プローブ顕微鏡である。
【0013】
請求項4の発明は、前記加振手段は前記探針が共振する振幅より小さな振幅を作用させることを特徴とした請求項1乃至3のいずれかに記載された走査形プローブ顕微鏡である。
【0014】
請求項5の発明は、試料と探針を離間した状態から接近させ、接触させ又は接触状態から離間させることにより測定を行う走査形プローブ顕微鏡における測定方法であって、前記探針に加振手段による横振動を作用させて測定を行う方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によりカンチレバーを横振動させることで、試料表面の吸着層の影響を軽減し、試料表面の弾性や塑性変形を正確に測定することが可能となる。このとき、真空中や水中で測定するための特別な装置は必要はない。また、真空や水の影響で試料表面が変質することもない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の構成を図5を用いて説明する。図5の装置は大気中に設置されている。先端に探針1を有するカンチレバー2が試料7に対向して設置されている。試料7はチューブ型ピエゾ素子から構成されたスキャナ上面に置載され、試料表面方向であるXY方向に変位自在である。探針1と試料7表面間に作用する原子間力をカンチレバー2の撓みから検知する構成で、カンチレバー2先端に照射したレーザ光線の反射スポットを検出器4で検出している。この光学検出系は光てこ法を利用したもので、カンチレバー2の微小な変位を検出器4上に拡大投影して検出している。検出器4には2分割又は4分割フォトダイオードを使用し、それぞれの検出信号量の差を演算回路によって演算することで位置情報を得いる。
【0017】
カンチレバー2の固定端上面にはカンチレバー2をY方向である横方向に振動させるための剪断ピエゾ素子9が設置されており、剪断ピエゾ素子9には発振器10が接続されている。発振器10からカンチレバー2を横方向に振動させるための信号が剪断ピエゾに印加される。
【0018】
検出器4、発振器10及びスキャナ8はコントローラ5に接続されており、コントローラ5はコンピュータ6に接続されている。
【0019】
以上、図5における各部の構成について説明したが、次に動作について説明する。原子間力顕微鏡のコンタクトモードは、試料7表面と探針1間の原子間力を用いて観察・測定を行う。片持ちばりの端に取り付けた探針1を試料7表面に近づけていくと、試料7と探針1の間に原子間力が働くことから、この原子間力や探針1と試料7との距離制御に基づき試料7表面の観察を行うものである。ここで、原子間力は、試料7と探針1が離れている間は引力が働き、近づいてくると斥力が働くので、この原子間力によって片持ちばりが撓む。そこで、レーザを用いた光てこ方式などでこの片持ちばりのたわみを検出して、原子間力が一定となるようにピエゾ素子を用いたスキャナ8等の駆動手段により探針1又は試料7をXY及びZ方向に制御して試料7表面上を二次元的に走査を行い、試料7の凹凸像の観察を行う。
【0020】
つまり、カンチレバー2の先端が上下に変位し反射スポットの位置がずれると検出信号量の差の演算結果に変化が生じる。コントローラ5はこの結果を受けて基準位置からの誤差が最小となる出力をスキャナ8に送る。このフィードバック回路によって、例えばカンチレバー2が上方に変位した場合にはスキャナ8が縮み、カンチレバー2の姿勢が基の位置に戻る。このように走査形プローブ顕微鏡は探針1と試料7間に作用する原子間力を一定に保持するフィードバック制御下で試料7表面上を走査し、この時のスキャナ8Z駆動電圧を距離換算したデータに基づいてコンピュータ6により凹凸情報として画像化している。
【0021】
さて、発振器10により剪断ピエゾ素子9に加振信号を加え、カンチレバー2を横方向に振動させる。図7はカンチレバー2の詳細図であり、図8は図7における矢視Bである。剪断ピエゾ素子9は方向12の方向に分極している。分極方向12に電圧を印加すると、剪断ピエゾ素子9の上側と下側が剪断するように振動し、剪断ピエゾ素子9に固定されている探針1を有するカンチレバー2も横方向に振動する。このとき、加える加振振幅はカンチレバーが共振する振幅より小さいものであるため、探針先端が変位しない程度のものである。
【0022】
この状態でフォースカーブを測定する。図6において試料7表面に水分層11が存在しても、カンチレバー2が横振動しているために、カンチレバー2が試料7表面から離れる際にカンチレバー2先端は水分層11に吸着され難くなり、大きく撓むことはない。すなわち、試料とカンチレバー位置を近づけると(往、グラフの左方向に相当)、カンチレバーが試料に接する位置までは撓み変化がないが、それより近づけると撓みが増加する。試料とカンチレバー位置を遠ざけるときはその逆である。このため、フォースカーブから水分層11の影響を低減することができ、図6のように正確に試料7表面の弾性や塑性変形を測定することが可能となる。
【0023】
以上、動作について説明したが、このような装置によれば、カンチレバーを試料表面に近づけて、試料とカンチレバー先端間に働く力を用いて、試料表面の形状・物性を観察する走査形プローブ顕微鏡において、カンチレバーの試料への押し込む力を連続的に変化させ、その時のカンチレバーの撓みを検出し、試料表面の弾性や塑性変形の物性を測定するフォースカーブ測定において、カンチレバーを横振動させることで、試料表面の水分等の吸着層の影響を軽減し、試料表面の弾性や塑性変形を正確に測定することが可能になるという効果が得られる。このとき、真空や水中で測定するための特別な装置は必要ない。また、真空や水中で試料7表面が変質することもない。
【0024】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、走査形トンネル顕微鏡、磁気力顕微鏡、摩擦力顕微鏡、マイクロ粘弾性顕微鏡、表面電位差顕微鏡、走査形近接場顕微鏡等の他の走査形プローブ顕微鏡に適応してもよい。
【0025】
また、装置は試料表面に水分等が存在する低真空中に設置されていてもよい。
【0026】
さらに、試料表面の吸着層は水分に限定されず、油分や試料の粘着層でもよい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】従来技術による装置のブロック図である。
【図2】試料表面の吸着力の影響がない場合のフォースカーブ測定を示す図である。
【図3】試料表面の吸着力の影響がなく、試料が弾性変形した場合のフォースカーブ測定を示す図である。
【図4】従来技術による試料表面に吸着層がある場合のフォースカーブ測定を示す図である。
【図5】本発明による装置のブロック図である。
【図6】本発明による試料表面に吸着層がある場合のフォースカーブ測定を示す図である。
【図7】本発明によるカンチレバーの詳細図である。
【図8】図7における矢視Bである。
【符号の説明】
【0028】
1 探針
2 カンチレバー
3 レーザ源
4 検出器
5 コントローラ
6 コンピュータ
7 試料
8 スキャナ
9 剪断ピエゾ素子
10 発振器
11 水分層
12 分極方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料と探針を離間した状態から接近させ、接触させ又は接触状態から離間させることにより測定を行う走査形プローブ顕微鏡であって、
前記探針に横振動を作用させる加振手段を設けたことを特徴とする走査形プローブ顕微鏡。
【請求項2】
前記測定は大気中、又は低真空雰囲気中で行われる請求項1に記載の走査形プローブ顕微鏡。
【請求項3】
前記探針がカンチレバー自由端に設置されており、
前記加振手段が剪断ピエゾ素子である、請求項1又は2に記載された走査形プローブ顕微鏡において、
前記カンチレバーの撓みを検出する検出手段と、
前記試料と前記探針の距離を変化させる駆動手段と、を備え、
前記カンチレバーの撓みにより前記試料のフォースカーブを得る走査形プローブ顕微鏡。
【請求項4】
前記加振手段は前記探針が共振する振幅より小さな振幅を作用させることを特徴とした請求項1乃至3のいずれかに記載された走査形プローブ顕微鏡。
【請求項5】
試料と探針を離間した状態から接近させ、接触させ又は接触状態から離間させることにより測定を行う走査形プローブ顕微鏡における測定方法であって、
前記探針に加振手段による横振動を作用させて測定を行う方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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