説明

走行用HST

【課題】エンジンやモータ等機器の過回転ならびに過負荷によるエンジン停止を防ぐことのできるHST制御方法を提供する。
【解決手段】増速方向の操作指令値が入力された場合、HSTの油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、現在値に対して所定の割合を増加した指令値を上限として制御目標値を出力する、減速方向の操作指令値が入力された場合、HSTの油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、現在値に対して所定の割合を減少した指令値を下限として制御目標値を出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、例えばロータリ除雪車等において、主として走行用に用いられるHSTの制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ロータリ除雪車やゲレンデ整備車、ホイールローダあるいは軌道モータカー等において主として走行用に用いられるHSTは周知であり、例えば、特開2004−293661号公報(特許文献1)には、油圧ショベル等の作業車両に用いられる走行用HST回路が開示されている。
【0003】
このようなHSTは、少なくとも一方が可変容量型の油圧ポンプ及び油圧モータとから構成され、油圧ポンプ又は油圧モータの流量を制御して、走行用HSTであれば走行速度を制御する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の走行用HSTの制御では、車速制御用の足踏みペダル又は手動レバーによる指令値に見合った制御信号でHSTポンプ及びモータの斜板を動かしており、足踏みペダル又は手動レバーを大きく動かすと、指令値も大きく変化してポンプ及びモータの斜板が大きく変化する。
【0005】
このため、加速時はポンプ吐出流量が急に増えることにより、負荷の急増によるエンジンの停止や、HSTを複数組使用している場合は路面の不整などにより車輪が浮くなどした場合に負荷の軽いモータに過回転が発生するという問題があった。
【0006】
また、減速時はポンプ吐出流量が急に減少することになり、モータからポンプが回されることによるポンプ過回転が発生するという問題もある。
本発明は、従来のHSTの制御方法における上述の問題を解決し、エンジンやモータ等機器の過回転ならびに過負荷によるエンジン停止を防ぐことのできるHST制御方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の課題は、本発明により、少なくとも一方が可変容量型の油圧ポンプ及び油圧モータとから構成される走行用HSTの制御方法において、現在の車両速度に対して増速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を増加した指令値を上限として制御目標値を出力することにより解決される。
【0008】
また、前記の課題は、本発明により、少なくとも一方が可変容量型の油圧ポンプ及び油圧モータとから構成される走行用HSTの制御方法において、現在の車両速度に対して減速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を減少した指令値を下限として制御目標値を出力することにより解決される。
【0009】
また、前記の課題は、本発明により、少なくとも一方が可変容量型の油圧ポンプ及び油圧モータとから構成される走行用HSTの制御方法において、現在の車両速度に対して増速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を増加した指令値を上限として制御目標値を出力するとともに、現在の車両速度に対して減速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を減少した指令値を下限として制御目標値を出力することにより解決される。
【0010】
また、現在の走行変速段では目標速度に達しない場合は変速段の変更を指令すると好適である。
また、前記油圧モータを用いて車速を制御する場合、前記増速時に前記油圧モータの斜板傾転量を一定割合で増加させると好適である。
【0011】
また、前記油圧モータを用いて車速を制御する場合、前記減速時に前記油圧モータの斜板傾転量を一定割合で減少させると好適である。
また、前記制御目標値を所定時間遅延させて出力すると好適である。
【発明の効果】
【0012】
本発明のHST制御方法によれば、増速側に増加値の上限を設けることで負荷によるエンジン停止やモータの過回転を防止することができる。また、減速側に減少値の下限を設けることでHSTブレーキの効き具合の調整およびエンジンの過回転を防止することができる。さらに、従来のHSTシステムに対して追加機器の必要がないため、コストアップ無しに機能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明が適用される走行用HSTを用いるロータリ除雪車の動力伝達機構を示す構成図である。
【図2】その走行用HSTの制御フローチャートである。
【図3】本実施形態のHSTに用いる可変ポンプ又は可変モータの走行性能線図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の制御方法が適用されるHSTの一例を、走行用HSTとして用いるロータリ除雪車の動力伝達機構を示すものである。この図において、エンジン6で発生した動力は、動力分配機7に伝達され作業用動力と走行用動力とに2分される。作業用動力は、動力分配機7から取り出されて伝動機15に至り、2分されて一系統はブロワ18を駆動し他系統はチェーン伝動機16を経てオーガ17を駆動する。
【0015】
走行用動力は、動力分配機7から、可変容量型の油圧ポンプ8と油圧モータ9とから構成されるHST20を経てトランスミッション12へ伝達され、前後輪差動機(ディファレンシャル)13及び14を経て前後輪10,11に伝達される。
【0016】
ところで、エンジン6の回転数調節機構はアクセルペダル1とアクセルレバー2の2系統が設けられている。アクセルペダル1はロータリ除雪車の回送時等に用いられる。また、アクセルレバー2は除雪作業時に用いられ、エンジンの回転数を任意に保持する機構を有し、エンジン6の回転数を調節し、エンジントルクが最大となる回転数すなわち最も効率のよい回転数で作業が行なわれるようにする。
【0017】
また、HST20には前後進コントロールレバー3が設けられ、トランスミッション12には走行コントロールレバー4が設けられている。前後進コントロールレバー3は、HST20の油圧ポンプ8の斜板をコントロールすることにより油圧ポンプ8の吐出量及び吐出方向をコントロールするレバーで、走行速度のコントロール及び前後進の切換に用いられる。走行時にこのレバー3を中立位置に戻すとHST20が停止位置となり車両を停止させるだけの減速度を発揮する。また、走行コントロールレバー4は、トランスミッション12の変速段を切り換えるためのレバーであり、除雪車の走行時には走行コントロールレバー4によりトランスミッション12の変速段を任意の段に入れ、前後進コントロールレバー3を操作しながらアクセルペダル1を踏み込んで走行する。
【0018】
上記エンジン6の回転数と車両速度の情報は、車両情報として図示しない制御器に入力される。本実施形態では、この車両情報として制御器に常時入力される上記エンジン回転数及び車両速度の情報を利用し、現在の車速に必要な油圧ポンプ8の斜板傾転量(可変モータ9を制御する場合はモータの斜板傾転量)および変速段を演算する。
【0019】
すなわち、車速制御用のアクセルペダル1又は前後進コントロールレバー3による操作指令値を一旦制御器に取り込む。現在の車速に対して増速方向に操作した場合は、HST機器への斜板傾転制御値は現在値に対し一定割合を増加した指令値を上限に制御器から出力する(増加値は任意に設定可能とする)。車速変化後も操作指令値が上の場合は、一定割合を増加した指令値を上限に制御器から再度出力する。
【0020】
上記制御を繰り返すことで、急な車速上昇を防止することができる。制御中、現在の走行変速段では目標速度に達しない場合は、変速段を変更(シフトアップ)するとともに、切り換えた変速段での斜板傾転量を演算して油圧ポンプ8の制御を行う。可変モータ9を使用する場合はモータの斜板傾転量を一定割合で増加することを繰り返し、指令操作値まで急な変化をさせること無しに制御を行う。
【0021】
一方、現在車速に対して減速方向に操作した場合は、HST機器への斜板傾転制御値は現在値に対して一定割合を減少した指令値を下限に制御器から出力する(減少値は任意に設定可能とする)。車速変化後も操作指令値が下の場合は、一定割合を減少した指令値を下限に制御器から再度出力する。
【0022】
上記制御を繰り返すことで、急な車速減少を防止することができる。制御中、現在の走行変速段では目標速度に達しない場合は、変速段を変更(シフトダウン)するとともに、切り換えた変速段での斜板傾転量を演算して油圧ポンプ8の制御を行う。可変モータ9を使用する場合はモータの斜板傾転量を一定割合で減少することを繰り返し、指令操作値まで急な変化をさせること無しに制御を行う。
【0023】
図2は、上記制御をより具体的・詳細に示すフローチャートである。ステップ番号に従って説明すると、エンジン回転数及び現在の車速を読み込む(S1)。そして、HSTポンプ/モータ領域の境界車速を算出し(S2)、算出した境界車速がポンプ領域に属するかモータ領域に属するかを判断する(S3)。
【0024】
S3にてモータ領域に属すると判定された場合はS4に進み、車速からモータ回転数を算出するとともにエンジン回転数からポンプ吐出量を算出する。次に、そのモータ回転数とポンプ吐出量からモータ吐出量を算出し(S5)、さらに、そのモータ吐出量からモータ斜板の傾転量を算出する(S6)。
【0025】
一方、S3にてポンプ領域に属すると判定された場合はS8に進み、ポンプ/モータ領域の境界車速および現在の車速からポンプ斜板の傾転量を算出する。次に、そのポンプ斜板の傾転量からポンプ出力の上限値または下限値を算出する(S9)。
【0026】
そして、S7及びS9からS10に進み、アクセルペダル1の踏み込み量からポンプ/モータの目標出力値を算出する。
次に、上記目標出力値が加速に相当するか減速に相当するかを判断する(S11)。加速に相当する場合はS12に進み、上記目標出力値が上限値以上なら上限値を出力する(目標出力値が上限値未満であれば目標出力値を出力する)。
【0027】
一方、S11での判定が減速に相当する場合はS13に進み、上記目標出力値が下限値以下なら下限値を出力する(目標出力値が下限値より大きければ目標出力値を出力する)。
【0028】
図2のフローチャートにおける、S1〜S9までの処理は、HST出力の上限値又は下限値を算出するルーチンであり、下記(1)〜(3)の特徴を有している。(1)ポンプ/モータの斜板傾転量の算出方法は、基本的に図3に示す走行性能線図の導出過程を逆算している。(2)駆動系の構成がモータ出力軸〜機械式トランスミッション〜タイヤで構成される場合は、変速段も考慮される。(3)ポンプ/モータの出力の上限値または下限値を決めるための設定パラメータは、図示しない制御器の書き換え可能なメモリ領域に格納されている。
【0029】
また、図2のフローチャートにおける、S10〜S13の処理は、最終的なHST出力を算出するルーチンであり、下記(4)〜(6)の特徴を有している。(4)現在のHST出力と目標出力の大小関係から加速であるか減速であるかを判断する。(5)目標出力値が上限値未満または下限値より大きい場合は、目標出力値をそのまま出力する。(6)出力値を増減する際に、時間遅れを設けて出力しても構わない。
【0030】
図3は、本実施形態のHSTに用いる可変ポンプ又は可変モータの走行性能線図である。本実施形態では、エンジン定格は2000[rpm],ポンプ最大吐出量は500[cc/rev],モータ最大容積は879.2[cc/rev],モータ最小容積は224.8[cc/rev]である。また、ポンプ減速比は0.979である。その他、トランスファ減速比、アクスル減速比、タイヤ、ポンプ容積効率、モータ容積効率は図示のとおりである。
【0031】
上記のように、本発明によるHSTの制御方法によれば、増速側に増加値の上限を設けることで負荷によるエンジン停止やモータの過回転を防止することができる。また、減速側に減少値の下限を設けることでHSTブレーキの効き具合の調整およびエンジンの過回転を防止することができる。さらに、従来のHSTシステムに対して追加機器の必要がないため、コストアップ無しに機能を向上させることができる。
【0032】
以上、本発明を図示例により説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、油圧ポンプ及び油圧モータは適宜な構成のものを使用可能である。また、車両の動力伝達機構の構成も図1のものに限定されない。走行用HSTを用いる車両はロータリ除雪車に限らず、ゲレンデ整備車、ホイールローダ、パワーショベル、軌道モータカー、重量物運搬車等の適宜な車両に本発明を適用可能である。
【符号の説明】
【0033】
1 アクセルペダル
3 前後進コントロールレバー
6 エンジン
7 動力分配機
8 可変容量型油圧ポンプ(HSTポンプ)
9 可変容量型油圧モータ(HSTモータ)
12 トランスミッション
20 走行用HST
【先行技術文献】
【特許文献】
【0034】
【特許文献1】特開2004−293661号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一方が可変容量型の油圧ポンプ及び油圧モータとから構成される走行用HSTの制御方法において、
現在の車両速度に対して増速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を増加した指令値を上限として制御目標値を出力することを特徴とする走行用HSTの制御方法。
【請求項2】
少なくとも一方が可変容量型の油圧ポンプ及び油圧モータとから構成される走行用HSTの制御方法において、
現在の車両速度に対して減速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を減少した指令値を下限として制御目標値を出力することを特徴とする走行用HSTの制御方法。
【請求項3】
少なくとも一方が可変容量型の油圧ポンプ及び油圧モータとから構成される走行用HSTの制御方法において、
現在の車両速度に対して増速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を増加した指令値を上限として制御目標値を出力するとともに、
現在の車両速度に対して減速方向の操作指令値が入力された場合、前記油圧ポンプ又は油圧モータの斜板傾転量の制御値は、前記斜板傾転量の現在値に対して所定の割合を減少した指令値を下限として制御目標値を出力することを特徴とする走行用HSTの制御方法。
【請求項4】
現在の走行変速段では目標速度に達しない場合は変速段の変更を指令することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の走行用HSTの制御方法。
【請求項5】
前記油圧モータを用いて車速を制御する場合、前記増速時に前記油圧モータの斜板傾転量を一定割合で増加させることを特徴とする、請求項1又は3に記載の走行用HSTの制御方法。
【請求項6】
前記油圧モータを用いて車速を制御する場合、前記減速時に前記油圧モータの斜板傾転量を一定割合で減少させることを特徴とする、請求項2又は3に記載の走行用HSTの制御方法。
【請求項7】
前記制御目標値を所定時間遅延させて出力することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の走行用HSTの制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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