説明

超伝導光検出素子

【課題】 本発明は、超伝導転移温度の低下を抑えることが可能であり、単一光子検出素子の高速動作が可能な超伝導光検出素子を提供することを課題とする。
【解決手段】 光子の入射に応じて抵抗が変化する単体の超伝導細線及び該超伝導細線上に形成された酸化防止層を有する超伝導光検出素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導光検出素子、特に超伝導単一光子検出素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明は、超伝導現象を用いた光検出素子に関し、可視光(緑色を持つ光子の波長で550nm)から通信波長帯(光の波長が1550nm近辺)の広範な波長域における単一光子を高量子効率かつ高速に検出するための超伝導光検出素子に関するものである。
レーザレーダ、環境計測、量子暗号通信などの分野では、単一光子レベルの微弱な光を高い効率かつ高速に取得する必要が有り、これを実現するための高量子効率かつ高速(計数率が高い)な単一光子検出素子が求められている。量子効率は、光検出素子に単一光子が入射した時の検出確率を表し、検出素子感度の点で重要である。高速性は、検出素子がどれたけ多くの光子を単位時間に検出できるかの性能に相当し、レーダの処理速度や暗号の伝送速度に大きく関連する。
【0003】
これらの検出素子としては、SiやInGaAsなどの半導体を用いたアバランシェフォトダイオード(APD)が広く用いられているが、雑音が大きい(単一光子が入射しなくても信号を生じる。暗計数が大きいとも言う)、速度が遅い(5MHz程度)、不感時間がある(単一光子が入射して信号を生じた後、次に正しく信号を観測できるまでに時間を要する)、量子効率が低い(特に通信波長帯では問題で20%程度)などの問題があり、新しい光検出素子が求められている。
【0004】
これを改善する手段として、図9に示すような超伝導を用いた単一光子検出素子が登場し、すでにある程度のところまでは実現されている。この超伝導光検出素子は、超伝導材料の細線構造をしており、光子入射時の局所的な超伝導状態から常伝導状態への転移を利用して単一光子の検出を行うものである。現在までのところ、量子効率で5%〜20%程度、計数率で数百MHzが実現されている。
量子効率を改善する手段として、図9に示す光吸収キャビティ構造を用いることも試みられている。この構造では、超伝導細線は、光反射防止層、絶縁層及び光反射層に挟み込まれており、キャビティに入射した光子は効率よく超伝導細線に吸収される。
超伝導材料としては、NbN(ニオブナイトライド、窒化ニオブ)を用いるものが多く(例えば特許文献1参照)、他にNbTiN(ニオブチタンナイトライド)が細線の超伝導材料として用いられている。細線の幅としては50nm〜200nm、厚さは1〜5nm程度で、これを10μm角の面積に並列に配置した構造がよく用いられている。
【0005】
しかし、これらの材料は、超伝導薄膜の作製が難しいという問題があった。
すなわち、次のような問題点がある。
(1)単一光子検出素子として高い性能を得るためには、NbNやNbTiNの超伝導薄膜が単結晶である必要がある点
(2)膜を得るためには製膜する基板としてMgOやサファイアなどの高価な材料が必要である点
(3)製膜時に基板を600℃まで高温にすることが必要である点
(4)ニオブと窒素の組成比の精密な制御が必要である点
【0006】
さらに最近になって、作製の難しいNbNやNbTiNでなくNb(ニオブ)単体を超伝導細線の材料として用いた開発も行われている。Nbは単体で超伝導となるため、構造がシンプルで作製が容易、単結晶でなくても超伝導性を示す、製膜する基板を選ばない、などの特徴がある。さらには、NbはNbNやNbTiNと異なり、カイネティックなインダクタンスが低いという大きな特徴を有する。これは、NbN以上の高い計数率(GHz以上)の計数率での動作が可能になり、光検出素子がより高速化できるという長所をもたらすことになる。しかしながら、Nb超伝導体を用いると別な問題が生じるため、これを解決する手段が求められていた。
【0007】
例えば非特許文献1と2では、Nbを薄膜状にすると超伝導特性が著しく低下し、膜厚が7.5nm以上でないと超伝導特性を示さない。また、超伝導特性を示してもその超伝導転移温度は4.5Kである。NbNと比較して厚い膜厚と低い転移温度が、光子の検出特性を劣化させる原因となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−38190号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Eur.Phys.J.B47,495-501(2005)
【非特許文献2】IEEE trans.Appl.Supercon.vol.19,No.3,pp.323-331(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
単体の超伝導体(ニオブNbを初め、チタンTi、タングステンW、ハフニウムHfなど)を薄膜状にすると、超伝導転移温度(超伝導臨界温度Tc)が大きく低下する(あるいは、超伝導性を失う)、超伝導臨界電流が低下するなどの問題があった。通信波長帯の光子を検出するには、5nm以下の膜厚からなる超伝導薄膜が必要となるが、この厚さで超伝導性を示した報告例はない。現在報告例があるのは、厚さ7.5nmでTcが4.5K、厚さ10nmで5.1Kであり、いずれもNb本来のTc 9Kよりも大きく低下している。超伝導転移温度が下がると、電子散乱の時定数が長くなるため、検出素子の時間特性の劣化を招き、Nbの持つ小さなカイネティックインダクタンスの特徴を生かせない。超伝導臨界電流が小さくなると、検出信号レベルが小さくなり雑音が大きくなる。また超伝導薄膜が厚い(5nm以上)と検出できる光子の波長が短くなる。Nbの場合現状で通信波長帯の単一光子の報告例はない。これらが、単体の超伝導体を細線の材料にした時の大きな問題であった。
【0011】
したがって本発明は、上記のような問題点を解決し、超伝導転移温度の低下を抑えることが可能であり、単一光子検出素子の高速動作が可能な超伝導光検出素子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題は、以下の超伝導光検出素子によって解決される。
(1)光子の入射に応じて抵抗が変化する単体の超伝導細線及び該超伝導細線上に形成された酸化防止層を有する超伝導光検出素子。
(2)上記超伝導細線は、Nbからなることを特徴とする(1)に記載の超伝導光検出素子。
(3)上記超伝導細線の厚さは、1nm以上5nm以下であることを特徴とする(2)に記載の超伝導光検出素子。
(4)上記酸化防止層は、酸化により安定な酸化物となる金属層からなることを特徴とする(1)ないし(3)のいずれかに記載の超伝導光検出素子。
(5)上記金属層は、Alからなることを特徴とする(4)に記載の超伝導光検出素子。
(6)上記酸化防止層は、酸化に対して耐性のある金属からなることを特徴とする(1)ないし(3)のいずれかに記載の超伝導光検出素子。
(7)上記酸化防止層の厚さは、2nm以上3nm以下であることを特徴とする(1)ないし(6)のいずれかに記載の超伝導光検出素子。
(8)上記酸化防止層上には、光反射防止層が被覆されていることを特徴とする(1)ないし(7)のいずれかに記載の超伝導光検出素子。
(9)光吸収キャビティ構造を有することを特徴とする(1)ないし(8)のいずれかに記載の超伝導光検出素子。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、超伝導転移温度の低下を抑えることが可能であり、単一光子検出素子の高速動作が可能となる。これは、検出素子の不感時間が電子散乱時間に依存しており、超伝導転移温度が高いと散乱時間が短くなり光子エネルギーの拡散が速やかに起こり、不感時間が短くなるためである。
また本発明によれば、Nbの膜厚が薄くても超伝導性を失わない。これは、検出できる入射光子のエネルギーの下限が小さくなることを意味し、通信波長帯〜10μmといったより長波長の光子でも検出できることを意味する。
また本発明によれば、単一光子検出の量子効率を高めることのできる光吸収キャビティなどの構造を容易に取り入れることができる。これは、酸化防止膜がプロセスへの耐性を高めるため、光吸収キャビティを適用しても超伝導特性が劣化しないためである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る超伝導光検出素子の特徴部分の構成を示す模式図
【図2】超伝導体の表面に酸化防止層がない膜を用いたX線光電子分光法(XPS)による評価結果
【図3】超伝導体の表面に酸化防止層を有する膜を用いたX線光電子分光法(XPS)による評価結果
【図4】超伝導体の表面に酸化防止層を有する膜を用いたX線光電子分光法(XPS)による評価結果
【図5】Nbによる超伝導体厚さds=5nm、アルミによる酸化防止膜厚さdi=3nmでの超伝導転移曲線
【図6】酸化防止層の厚さと超伝導転移温度
【図7】検出できる光子の波長の比較
【図8】光吸収キャビティ構造を適用させたときの光反射特性
【図9】従来の超伝導光検出素子
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る超伝導光検出素子の基本的な構造は、図9に示す従来のものと変わるところはない。
本発明に係る超伝導光検出素子構造の特徴部分の模式図を図1に示す。図1から分かるようにこの超伝導光検出素子は、シリコンや酸化シリコンなどの基板上に超伝導細線とその上に形成された酸化防止層を配置した構造で、超伝導細線としては、Nb、Ti、Hfなどの単体の超伝導体を用いる。また酸化防止層としては、Alなどのような酸化により安定な酸化物となる金属層やAuなどのような酸化に対して耐性のある金属層を用いる。それぞれの厚さをds、diとする。本発明の基板の材料としてはNbNのときのようにMgOやサファイアなど高価な物質である必要もない。
【0016】
この構造で超伝導体の表面の化学状態が超伝導特性に与える影響を考察するために作製した膜を用いてX線光電子分光法(XPS)で評価した。この結果を図2に示す。図中の検出器角度は、サンプルの法線方向に対する光電子検出器の角度を表す。図2の(a)図、(b)図は、超伝導細線の厚さdsが5nmで、酸化防止層がない(di=0nm)のときの結果であるが、(a)図のとおりこの場合、酸化防止層がないためNb表面が酸化しNb2O5の酸化物に起因したピーク群が観察されている。(b)図はアルミの結合エネルギー付近の領域を示しているが、この場合、アルミを用いているのでピークは存在しない。
【0017】
次に、Nb表面の酸化層形成を抑圧するために、酸化防止層をNb上に配置した。図3の(a)図、(b)図は、Nbの厚さds=5nmにアルミによる酸化防止層di=1nmを配置したものである。(a)図に示すとおり、Nb2O5のピークはほとんど消失しているが、NbOのピークがまだ存在している。一方、(b)図ではAlの酸化物であるAl2O3が観測されている。これは、Alの厚さが1nmと薄いため、全ての膜厚でAlが酸化されたためである。
【0018】
図4の(a)図と(b)図は、ds=5nm、di=3nmと酸化防止膜の厚さをさらに厚くしたものである。この場合、(a)図に示すとおりNbの酸化物はほとんど観測されず、超伝導体Nbのみのピークが観察されている。また、(b)図では、Al2O3とAlの両方のピークが観測され、全てのAl層が酸化されずAl層が存在していることが分かる。
よって、Nbの酸化を防止するにはAlの厚さが3nmあれば十分であることを示している。
【0019】
次に、Nb単体膜及び本発明を用いた酸化防止膜のあるNb膜の超伝導転移温度を測定した結果について示す。表1は、まず酸化防止層を用いない場合のNb単体の場合の結果である。
【0020】
【表1】

【0021】
Nbの厚さが5nm以下では超伝導転移の報告例はなく、超伝導となるためには6nm以上の膜厚が要求されている。また、Nbの厚さが6nm〜7nmの時の超伝導転移温度は、4K〜5K程度である。
【0022】
次に、本発明を用いて作製したデバイスの評価結果を以下に示す。Nbによる超伝導体厚さds=5nm、アルミによる酸化防止膜厚さdi=3nmでの超伝導転移曲線を図5に示す。
温度6.6K付近で超伝導となっていることが分かる。Nb厚さ5nmでの超伝導転移は、今まで報告例はない。
【0023】
次に、Nb厚さをds=5nmとしたまま、Alの厚さを変えた時の超伝導転移温度の測定結果を表2に示す。そして図6から分かるように、酸化防止層の厚さdiを厚くするにしたがって、超伝導転移温度は上昇し、Nbの超伝導特性が向上する。これは、酸化防止層を超伝導体上に配置すると、超伝導体表面の酸化層の形成が抑圧されるためである。一方、diの厚さが3nmを超えると逆にTcの低下が見られる。これは、酸化防止層のAlが完全に酸化されずに金属としてNb上に残り、この金属層が近接効果によりNbのTcを下げるためである。このことは、XPS測定での結果と合致している。
【0024】
【表2】

【0025】
次に、酸化防止膜の厚さをdi=3nmで固定し、Nbの厚さを3nm〜5nmの範囲で変えたときの結果を表3に示す。
【0026】
【表3】

【0027】
表3のように、本発明を用いると、Nb厚さ3nmでも良好な温度で超伝導転移が確認された。これは、従来技術ではNbが超伝導状態となるためには6〜7nmの厚さが必要であったこととすると、大きな特性の向上である。
本発明によって、Nbの厚さを薄くできるという点は、光子検出素子として極めて重要な特性の向上を与える。Nb厚さと、入射する単一光子のカットオフ波長λcは、以下のような関係式がある(非特許文献1参照)。
【0028】
【数1】

【0029】
ここで、N0は状態密度、dは超伝導エネルギーギャップ、w及びdはそれぞれ超伝導細線の幅と厚さ、Dは拡散計数、τは緩和時間、ζは準粒子増幅効率、Icは臨界電流、Iはバイアス電流、hはプランク定数、cは光速である。このカットオフ波長λcは、単一光子検出素子が検出できる光子の最長波長を意味し、光子の波長がこれより長くなると検出感度はゼロとなる。非特許文献2の厚さ7.5nmのNb対して上式を適用してカットオフ波長を計算すると、λcは0.750μmとなる。これは、量子暗号通信で必要とされる1.5μm帯の光子の波長よりも短く、よって光子の検出は不可能となる。
一方、本発明を用いると、厚さ3nmでも超伝導転移が可能である。λcは厚さdに対して反比例の関係にあるため、このNbに対するλcは1.9μmとなり、十分1.5μm帯の光子の検出が可能となることが分かる。この様子を示す関係を図7に示す。
このように、本発明を用いると、検出できる光子の波長の範囲が広がり、より長波長側での検出感度(量子効率)の向上が可能である。これは、特に通信波長帯の光子を検出できるという点で、産業的なインパクトが大きい。
【0030】
また、本発明では、超伝導細線上に酸化防止膜が配置されているが、この酸化防止膜は、光吸収キャビティのような構造を用いても、超伝導細線の超伝導特性を劣化させない役割も果たす。これは、酸化防止膜が光吸収キャビティを作製するプロセスの過程で生じる超伝導細線に与える損傷から保護するためである。基板上に光反射層、絶縁層、超伝導細線、酸化防止層、反射防止層を順次製膜して作製する。
ここで上記酸化防止層の製膜は、超伝導細線のための薄膜を製膜後、製膜装置の真空を破ることなく、直ちに行うのがよい。
また光反射層に誘電体多層膜を用いれば、絶縁層は省略することができる。光反射層に金属を用いる時は絶縁層が必要である。
【0031】
特許文献1との大きな違いは、超伝導体としてNbを用いることで、下地となる反射層や絶縁層(文献1ではキャビティ層と記載している)に用いる材料に制限が生じないことである。これは、NbNの場合には超伝導特性を得るためにはNbNは単結晶である必要があり、そのため下地の材料とNbNの結晶格子間隔の整合を取る必要性から材料がMgOかサファイアに限られてしまうのに対し、Nbの場合には結晶構造は単結晶である必要はなく、多結晶状態でも超伝導性を示すため、結晶格子整合を取る必要がない。
よって光反射層や絶縁層の材料に制限はない。事実、表で示したNb薄膜の超伝導転移温度測定の実施例では全てSiO2上にNbは作製されている。
【0032】
また特許文献1では、NbN上に光反射防止層を載せたときにNbNの超伝導特性が保持できるかの実施例は記載されていない。本発明では、酸化防止層が光反射層を作製する時に生じるダメージから超伝導細線を保護する役割を果たすため、超伝導特性の劣化はほとんど生じない。光吸収キャビティ構造を適用させたときの光反射特性を図8に示す。図8では、通信波長帯1.5μmの波長で吸収率が最大となるように反射防止層と絶縁層の厚さを最適化したときの結果であり、図8から分かるように、光吸収キャビティ構造を用いると、その光吸収率は99%以上となり、Nb単体と比べて高い量子効率が期待される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
光子の入射に応じて抵抗が変化する単体の超伝導細線及び該超伝導細線上に形成された酸化防止層を有する超伝導光検出素子。
【請求項2】
上記超伝導細線は、Nbからなることを特徴とする請求項1に記載の超伝導光検出素子。
【請求項3】
上記超伝導細線の厚さは、1nm以上5nm以下であることを特徴とする請求項2に記載の超伝導光検出素子。
【請求項4】
上記酸化防止層は、酸化により安定な酸化物となる金属層からなることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の超伝導光検出素子。
【請求項5】
上記金属層は、Alからなることを特徴とする請求項4に記載の超伝導光検出素子。
【請求項6】
上記酸化防止層は、酸化に対して耐性のある金属からなることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の超伝導光検出素子。
【請求項7】
上記酸化防止層の厚さは、2nm以上3nm以下であることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の超伝導光検出素子。
【請求項8】
上記酸化防止層上には、光反射防止層が被覆されていることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1項に記載の超伝導光検出素子。
【請求項9】
光吸収キャビティ構造を有することを特徴とする請求項1ないし8のいずれか1項に記載の超伝導光検出素子。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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