説明

超微細炭素繊維の製造方法

【課題】バイオマス由来であるリグニン誘導体を原料として、簡便な工程のみで、繊維長が長く分岐の無い微細炭素繊維を製造する方法を提供する。
【解決手段】以下(1)〜(4)の工程を経ることを特徴とする超微細炭素繊維の製造方法。
(1)熱可塑性樹脂100質量部、リグニン誘導体1〜50質量部、及びリグニン繊維化助剤0.1〜10質量部を溶融状態で混合し、得られる樹脂組成物から前駆体繊維を形成する工程。
(2)前駆体繊維中に含まれるリグニン誘導体を不融化して不融化前駆体繊維を形成する工程。
(3)不融化前駆体繊維から熱可塑性樹脂を除去して不融化リグニン誘導体繊維を形成する工程。
(4)不融化リグニン誘導体繊維を不活性ガス雰囲気下で炭素化もしくは黒鉛化して微細炭素繊維を得る工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超微細炭素繊維の製造方法に関する。更に詳しくは、バイオマスであるリグニン誘導体を原料とする、繊維径が1μm以下である超微細炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は比強度、比弾性率の高い材料として航空機、スポーツ用品などの複合材料として工業的に生産されるにいたっている。炭素繊維は、主としてポリアクリロニトリル系炭素繊維かピッチ系炭素繊維のいずれかであるが、近年の環境問題への意識の高まりから、セルロースやリグニンなどバイオマスを原料とする炭素繊維の開発も行われている。
【0003】
一方、炭素繊維のうち、繊維径の小さな微細炭素繊維は、炭素繊維の優れた物性を維持しながらその小さな繊維径を生かし、より微細な複合材料やコーティング剤への添加剤として期待されている。また微細炭素繊維の用途は、従来からの機械的強度向上を目的とした補強用フィラーに留まらず、炭素材料に備わった高導電性を生かし、電磁波シールド材、静電防止材用の導電性フィラーとして、あるいは樹脂への静電塗料のためのフィラーとしての用途が期待されている。また炭素材料としての化学的安定性、熱的安定性と微細構造との特徴を生かし、フラットパネルディスプレー等の電界電子放出材料としての用途も期待されている。
【0004】
このような、高性能複合材料用としての微細炭素繊維の製造法として、気相法、および樹脂組成物の溶融紡糸から製造する方法の2つが報告されている。
気相法を用いた製造法としては、例えばベンゼン等の有機化合物を原料とし、触媒としてフェロセン等の有機遷移金属化合物をキャリアーガスとともに高温の反応炉に導入し、基盤上に生成させる方法(例えば、特許文献1を参照。)、浮遊状態で気相法により炭素繊維を生成させる方法(例えば、特許文献2を参照。)、あるいは反応炉壁に成長させる方法(例えば、特許文献3を参照。)等が開示されている。しかし、これらの方法で得られる微細炭素繊維は高強度、高弾性率を有するものの、繊維の分岐が多く、補強用フィラーとしては性能が非常に低いといった問題があった。また、コスト高になるといった問題もあった。
【0005】
一方、バイオマスを原料として含む樹脂組成物の溶融紡糸から炭素繊維を製造する方法としては、ピラノース環系又はリグニン系高分子材料を溶融して得られる高分子系材料溶融物と熱分解消失性有機物とを混合する工程と、樹脂組成物を紡糸して、熱分解消失性有機物のマトリックス中に前記高分子系材料溶融物が繊維長手方向に微細繊維状に延在する複合構造の生繊維を得る工程と、前記生繊維を熱処理して、熱分解消失性有機物は消失させるとともに前記高分子系材料溶融物が炭素化することにより、微細炭素繊維を得る方法(特許文献4)等が開示されている。こうして得られる微細炭素繊維は、分岐が少なく、補強用フィラーとして優れた特性を示す。しかしながら、実施例で示しているように、バイオマス由来の高分子系材料溶融物と熱消失性有機物を混合することは困難であるため、溶液中で混合したあとで溶媒を留去するといった煩雑な操作が必要となり、コストが高くなるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭60−27700号公報
【特許文献2】特開昭60−54998号公報
【特許文献3】特許第2778434号公報
【特許文献4】特開2002−38334号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上記従来技術が有していた問題を解決し、バイオマス由来であるリグニン誘導体を原料として、簡便な工程により、繊維長が長く分岐の無い超微細炭素繊維を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記従来技術に鑑み鋭意検討を重ねた結果、熱可塑性樹脂とリグニン誘導体とを溶融状態で混合する際、前駆体繊維の形成時にリグニン誘導体を充分に引き伸ばす効果を有する特定の物質、つまりリグニン繊維化助剤を添加することにより、上記の問題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の構成を要旨とするものである。
【0009】
1. 以下(1)〜(4)の工程を経ることを特徴とする超微細炭素繊維の製造方法。
(1)熱可塑性樹脂100質量部、リグニン誘導体1〜50質量部、及びリグニン繊維化助剤0.1〜10質量部を溶融状態で混合し、得られる樹脂組成物から前駆体繊維を形成する工程。
(2)前駆体繊維中に含まれるリグニン誘導体を不融化して不融化前駆体繊維を形成する工程。
(3)不融化前駆体繊維から熱可塑性樹脂を除去して不融化リグニン誘導体繊維を形成する工程。
(4)不融化リグニン誘導体繊維を不活性ガス雰囲気下で炭素化もしくは黒鉛化して微細炭素繊維を得る工程。
2. 熱可塑性樹脂が下記式(I)で表されるものである、上記1項記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【化1】

3. 上記2項記載の式(I)で表される熱可塑性樹脂が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン−1からなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、上記2項に記載の超微細炭素繊維の製造方法。
4. リグニン誘導体が、250℃以下の温度で加熱したときに流動性を示すものである、上記1項から3項のいずれかに記載の超微細炭素繊維の製造方法。
5. リグニン繊維化助剤が、下記式(II)で表される高分子化合物である、上記1項から4項のいずれかに記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【化2】

(式(II)中、R,R,R,およびRは、各々独立に、水素原子、炭素数1〜15のアルキル基、炭素数5〜10のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアリール基および炭素数7〜12のアラルキル基からなる群から選ばれる。Xは酸素原子または硫黄原子である。mは20以上の整数を示す。)
6. 上記5項記載の式(II)で表される高分子が、ポリエチレングリコールまたはポリエチレンオキシドである、上記5項記載の超微細炭素繊維の製造方法。
7. 得られる超微細炭素繊維の繊維径が1μm以下である、上記1項から6項のいずれかに記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の製造方法によれば、従来知られていたよりも簡便に、バイオマス由来であるリグニン誘導体から超微細炭素繊維を作製することができる。本発明の製造方法によって得られる超微細炭素繊維は、分岐がないため、補強用フィラーとして優れた特性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1の操作で得られた前駆体繊維を光学顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図2】実施例1の操作で得られた炭素繊維を走査型電子顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率5000倍)である。
【図3】実施例2の操作で得られた前駆体繊維を光学顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図4】実施例2の操作で得られた炭素繊維を走査型電子顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率1万倍)である。
【図5】実施例3の操作で得られた前駆体繊維を光学顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図6】実施例3の操作で得られた炭素繊維を走査型電子顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率3000倍)である。
【図7】実施例4の操作で得られた前駆体繊維を光学顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図8】実施例4の操作で得られた炭素繊維を走査型電子顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率1万倍)である。
【図9】実施例5の操作で得られた前駆体繊維を光学顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図10】実施例5の操作で得られた炭素繊維を走査型電子顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率1万倍)である。
【図11】比較例1の操作で得られた前駆体繊維を光学顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図12】比較例2の操作で得られた前駆体繊維を光学顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図13】比較例2の操作で得られた炭素繊維を走査型電子顕微鏡により撮影した写真図(撮影倍率5000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の超微細炭素繊維の製造方法は、(1)熱可塑性樹脂100質量部、リグニン誘導体1〜50質量部、及びリグニン繊維化助剤0.1〜10質量部を溶融状態で混合し、得られる樹脂組成物から前駆体繊維を形成する工程;(2)前駆体繊維中に含まれるリグニン誘導体を不融化して不融化前駆体繊維を形成する工程;(3)不融化前駆体繊維から熱可塑性樹脂を除去して不融化リグニン誘導体繊維を形成する工程;(4)不融化リグニン誘導体繊維を不活性ガス雰囲気下で炭素化もしくは黒鉛化して微細炭素繊維を得る工程を経ることを特徴とする。
【0013】
以下に、本発明で使用する(i)熱可塑性樹脂、(ii)リグニン誘導体、(iii)リグニン繊維化助剤、(iv)熱可塑性樹脂、リグニン誘導体、及びリグニン繊維化助剤から樹脂組成物を製造する方法、(v)樹脂組成物から超微細炭素繊維を製造する方法について説明する。
【0014】
(i)熱可塑性樹脂
本発明の製造方法にて使用される熱可塑性樹脂は、工程(3)、つまり、不融化前駆体繊維から熱可塑性樹脂を除去して不融化リグニン誘導体繊維を形成する工程にて容易に除去されるものであれば良いが、ただし、前記式(II)で表される高分子化合物は除かれる。
【0015】
そのような熱可塑性樹脂として、ポリオレフィン、ポリメチルメタクリレート等のポリアクリレート系ポリマー、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリエステルカーボネート、ポリサルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミド等が好ましく使用される。これらの中でも、熱可塑性炭素前駆体と容易に混合しうる熱可塑性樹脂として、例えば下記式(I)で表されるポリオレフィン類が好ましく使用される。
【0016】
【化3】

【0017】
上記式(I)で表されるポリオレフィン類の具体的な例としては、ポリエチレンやポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン−1、ポリ−4−メチルペンテン−1の共重合体、例えばポリ−4−メチルペンテン−1にビニル系モノマーが共重合したポリマーなどを例示することができ、ポリエチレンとしては、高圧法低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレンなどのエチレンの単独重合体またはエチレンとα−オレフィンとの共重合体;エチレン・酢酸ビニル共重合体などのエチレンと他のビニル系単量体との共重合体等が挙げられる。
【0018】
エチレンと共重合されるα−オレフィンとしては、例えば、プロピレン、1−ブテン、1−ヘキセン、1−オクテンなどが挙げられる。他のビニル系単量体としては、例えば、酢酸ビニル等のビニルエステル、アクリル酸およびメタクリル酸、並びにこれら不飽和カルボン酸と炭素数1〜4の脂肪族アルコール類とのエステル化物が挙げられる。
【0019】
これらポリオレフィンのうち、ポリエチレン、ポリプロピレン、及びポリ−4−メチルペンテン−1が好ましく、特に入手の容易性や紡糸の安定性などから、ポリプロピレンが最も好ましい。
【0020】
また、本発明の熱可塑性樹脂はリグニン誘導体と容易に溶融混練できるという点から、非晶性の場合、ガラス転移温度が250℃以下、結晶性の場合、結晶融点が300℃以下であることが好ましい。
【0021】
(ii)リグニン誘導体
本発明の製造方法に用いられるリグニン誘導体は、熱可塑性であることが好ましい。ここで熱可塑性とは、熱分解が起こる前に流動性を示すことを言う。リグニン誘導体としては400℃以下の温度で流動性を示すものが好ましく、250℃以下の温度で流動性を示すものがより好ましく、150℃以上250℃以下の温度で流動性を示すものであれば更に好ましい。
【0022】
本発明においてリグニン誘導体とは、熱可塑性を向上させるためにリグニンの官能基を修飾したもののほか、リグニン自身も含まれる。つまり、本発明におけるリグニン誘導体としては、各種のリグニンを用いることができ、具体的には木材チップを酢酸及び塩酸を用いて高温蒸煮することにより得られる酢酸リグニン、高圧の飽和水蒸気で処理し、瞬時に圧力を開放することにより得られる爆砕リグニン、水酸化ナトリウムと硫酸ナトリウムの混合水溶液を蒸解液として高温で木材チップを蒸解することにより得られるクラフトリグニン、木粉を中性又は弱アルカリ性の亜硫酸水溶液にて高温で蒸解することにより得られるリグニンスルホン酸、木粉から有機溶剤によって抽出することにより得られるオルガノソルブリグニン等が例示される。これらのうち、熱可塑性が大きいことから、オルガノソルブリグニンが好ましい。
【0023】
なお、本発明におけるリグニン誘導体に関して、リグニン以外に少量であればセルロースやヘミセルロースなどリグニンを得る際に混入する可能性がある不純物の共存を排除するものではない。
【0024】
本発明の製造方法においては、リグニン誘導体を、後述するリグニン繊維化助剤とともに、熱可塑性樹脂100質量部に対し1〜50質量部を混合することが肝要であり、5〜30質量部を混合するとより好ましい
【0025】
(iii)リグニン繊維化助剤
本発明の製造方法において使用されるリグニン繊維化助剤とは、熱可塑性樹脂とリグニン誘導体とを溶融状態で混合する際、前駆体繊維の形成時にリグニン誘導体を充分に引き伸ばす効果を有する特定の物質のことを言い、好ましいものとして下記式(II)で表される高分子化合物が挙げられる。
【0026】
【化4】

(式(II)中、R,R,R,およびRは、各々独立に、水素原子、炭素数1〜15のアルキル基、炭素数5〜10のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアリール基および炭素数7〜12のアラルキル基からなる群から選ばれる。Xは酸素原子または硫黄原子である。mは20以上の整数を示す。)
【0027】
上記式(II)で表される高分子化合物の具体的な例としては、ポリエチレングリコール(ポリエチレンオキシド)、ポリプロピレングリコール(ポリプロピレンオキシド)、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリエチレンスルフィド、ポリプロピレンスルフィドなどが挙げられるが、熱安定性や工程(3)での除去容易性から、ポリエチレングリコール(ポリエチレンオキシド)が好ましい。ポリエチレングリコール(ポリエチレンオキシド)の分子量としては、数平均分子量で10,000〜5,000,000が好ましく、より好ましくは100,000〜700,000である。
【0028】
本発明の製造方法においては、リグニン繊維化助剤を、熱可塑性樹脂100質量部に対し、前記のリグニン誘導体とともに、0.1〜10質量部を溶融状態で混合することが肝要であり、1〜5質量部を混合するのがより好ましい。
【0029】
(iv)熱可塑性樹脂、リグニン誘導体、及びリグニン繊維化助剤から樹脂組成物を製造する方法
本発明で使用する樹脂組成物は、熱可塑性樹脂、リグニン誘導体、及びリグニン繊維化助剤から製造される。本発明で使用する樹脂組成物は、リグニン誘導体の熱可塑性樹脂中への分散径が0.01〜50μmとなるのが好ましい。リグニン誘導体の樹脂組成物中への分散径が0.01μmより小さいと、樹脂組成物から前駆体繊維を形成する工程でリグニン誘導体に剪弾力が十分にかからず、リグニン誘導体繊維を形成しづらいため好ましくない。また、分散径が50μmより大きいと、リグニン誘導体繊維の繊維径が大きくなり、好ましくない。リグニン誘導体の分散径のより好ましい範囲は0.5〜30μmである。なお、樹脂組成物中でリグニン誘導体は島相を形成し、球状あるいは楕円状となるが、本発明で言う分散径とは樹脂組成物中でリグニン誘導体の球形の直径または楕円体の長軸径を意味する。
【0030】
リグニン誘導体の使用量は、熱可塑性樹脂100質量部に対して1〜50質量部、好ましくは5〜30質量部である。リグニン誘導体の使用量が50質量部を超えると所望の分散径を有するリグニン誘導体が得られず、1質量部未満であると目的とする超微細炭素繊維を安価に製造する事ができない等の問題が生じるため好ましくない。
【0031】
リグニン繊維化助剤の使用量は、熱可塑性樹脂100質量部に対して0.1〜10質量部、好ましくは1〜5質量部である。0.1質量部未満のときは前駆体繊維中でリグニン誘導体が十分に引き伸ばされず、超微細炭素繊維が得られないため好ましくない。また、10質量部を超えるときは前駆体繊維中でリグニン誘導体が十分に引き伸ばされず、炭素化後にリグニン繊維化助剤由来成分も多く残存してしまい、超微細炭素繊維が得られないため好ましくない。
【0032】
熱可塑性樹脂、リグニン誘導体、及びリグニン繊維化助剤から樹脂組成物を製造する方法においては、溶融状態にてこれらを混合することが肝要であり、好ましい混合方法としては溶融混練が挙げられる。熱可塑性樹脂、リグニン誘導体、及びリグニン繊維化助剤の溶融混練は公知の方法を必要に応じて用いる事ができ、例えば一軸式溶融混練押出機、二軸式溶融混練押出機、ミキシングロール、バンバリーミキサー等が挙げられる。これらの中で上記リグニン誘導体を熱可塑性樹脂に良好にミクロ分散させるという目的から、同方向回転型二軸式溶融混練押出機が好ましく使用される。
【0033】
溶融混練温度としては150℃〜250℃で行うのが好ましい。溶融混練温度が150℃未満であると、熱可塑性樹脂とのミクロ分散が困難であるため好ましくない。一方、250℃を超える場合、熱可塑性樹脂とリグニン誘導体の分解や自己縮合が進行するため好ましくない。溶融混練温度のより好ましい範囲は170℃〜230℃である。
【0034】
本発明の製造方法では、樹脂組成物を製造する際に、酸素ガス含有量10体積%未満の不活性ガス雰囲気下で溶融混練することが好ましい。本発明で使用するリグニン誘導体は酸素と反応することで溶融混練時に変性不融化してしまい、熱可塑性樹脂中へのミクロ分散を阻害することがある。このため、不活性ガスを流通させながら溶融混練を行い、できるだけ酸素ガス含有量を低下させることが好ましい。より好ましい溶融混練時の酸素ガス含有量は5体積%未満、更には1体積%未満である。
上記の方法を実施することで、超微細炭素繊維を製造するための、樹脂組成物を製造することができる。
【0035】
(v)樹脂組成物から超微細炭素繊維を製造する方法
樹脂組成物から、超極細炭素繊維を得るにあたっては、まず樹脂組成物から前駆体繊維を150℃〜250℃の雰囲気下で成形する。なお、ここで言う繊維とは繊維径0.5μm〜300μm、繊維軸方向の長さ1mm以上の形態を指す。
【0036】
ここで、前駆体繊維を得る方法としては、上述した樹脂組成物を紡糸口金より溶融紡糸することにより、リグニン誘導体を含有した複合繊維形態として前駆体繊維を得る方法などが好ましいものとして挙げられる。溶融紡糸する際の紡糸温度としては150℃〜250℃が好ましく、より好ましくは170℃〜210℃である。紡糸引き取り速度としては1m/分〜2000m/分であることが好ましい。上記範囲を逸脱すると所望の前駆体繊維が得られないため好ましくない。熱可塑性樹脂とリグニン誘導体、及びリグニン繊維化助剤を溶融混練して得た樹脂組成物を、紡糸口金より溶融紡糸する際、溶融状態のままで配管内を送液し紡糸口金より溶融紡糸してもよい。このとき、溶融混練から紡糸口金までの移送時間は10分間以内であることが好ましい。
【0037】
次いで、得られた前駆体繊維に含まれるリグニン誘導体を不融化処理し不融化前駆体繊維を形成する。リグニン誘導体の不融化は炭素化により超極細炭素繊維を得るために必要な工程であり、これを実施せず次工程である熱可塑性樹脂の除去を行った場合、リグニン誘導体が熱分解したり融着したりするなどの問題が生じる。不融化の方法としては空気、酸素、オゾン、二酸化窒素、ハロゲンなどのガス気流処理、架橋触媒存在下アルデヒド類と反応させる溶液処理など公知の方法で行うことができる。
【0038】
ガス気流処理により不融化処理を行う場合、使用するガス成分としては取り扱いの容易性から空気、酸素それぞれ単独か、あるいはこれらを含む混合ガスであることが好ましい。ガス気流下での安定化の具体的な方法としては、温度50℃〜350℃、好ましくは60℃〜300℃で、5時間以下、好ましくは3.5時間以下で所望のガス雰囲気に曝すことが好ましい。
【0039】
溶液処理により不融化処理を行う場合、使用する架橋触媒としては、塩酸、硫酸、硝酸、シュウ酸等の酸性触媒、アンモニア、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化バリウム、炭酸ナトリウム等の塩基性触媒が挙げられる。アルデヒド類としては、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、ベンズアルデヒド、フルフラール等が挙げられる。溶液処理時における反応条件は、架橋触媒およびアルデヒド類の種類、使用量、反応方法等により適宜選択され、例えば、架橋触媒として塩酸、アルデヒド類としてホルムアルデヒドを用いる場合、塩酸5〜20重量%、ホルムアルデヒド5〜20重量%の水溶液を用い、60〜110℃で、3〜30時間処理する。
【0040】
次いで、不融化前駆体繊維から熱可塑性樹脂を除去して不融化リグニン誘導体繊維を形成する。熱可塑性樹脂を除去する方法としては、例えば溶剤により熱可塑性樹脂を除去させる方法、熱分解により熱可塑性樹脂を分解・除去する方法を例示することができる。
【0041】
熱分解により熱可塑性樹脂を分解・除去する場合は、不融化リグニン誘導体繊維の熱分解をできるだけ抑え、かつ熱可塑性樹脂を分解・除去し、不融化リグニン誘導体繊維のみを分離する必要がある。熱分解による熱可塑性樹脂の除去は、不活性ガス雰囲気下、または減圧下で行うことが好ましい。熱分解により熱可塑性樹脂を除去する場合には、温度は350℃以上が好ましい。温度が350℃未満のとき、熱可塑性樹脂の熱分解を十分に行うことができず好ましくない。また、熱処理時間としては、0.5〜10時間が好ましい。
【0042】
不活性ガス雰囲気下で熱可塑性樹脂を除去する場合には、温度は350℃以上が好ましい。なお、ここで言う不活性ガスとは、酸素濃度30体積ppm以下、より好ましくは20体積ppm以下の二酸化炭素、窒素、アルゴン等のガスを指す。本工程で使用する不活性ガスとしては、コストの観点から窒素が特に好ましい。
【0043】
減圧下で熱可塑性樹脂を除去する場合には、雰囲気圧力は低いほど好ましいが、完全な真空は達成が困難であり、0.01〜50kPaであることが好ましく、0.01〜30kPaであるとより好ましく、0.01〜10kPaであると更に好ましく、0.01〜5kPaであると特に好ましい。
【0044】
最後に、熱可塑性樹脂を除いた不融化リグニン誘導体繊維を不活性ガス雰囲気中で炭素化もしくは黒鉛化して超微細炭素繊維を製造する。得られる超微細炭素繊維の繊維径としては0.01μm〜1μmであり、0.01μm〜0.5μmであることが好ましい。また、不活性ガス雰囲気中で熱分解により熱可塑性樹脂を分解・除去するときは、そのまま熱処理することにより炭素化してもよい。
【0045】
不融化リグニン誘導体繊維の炭素化もしくは黒鉛化は公知の方法で行うことができる。使用される不活性ガスとしては窒素、アルゴン等が挙げられ、温度は500℃〜3500℃、好ましくは800℃〜3000℃である。なお、炭素化する際の、不活性ガス中の酸素濃度は20体積ppm以下、更には10体積ppm以下であることが好ましい。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれにより何等限定を受けるものでは無い。
本実施例において、前駆体繊維中におけるリグニン誘導体繊維の形態観察を光学顕微鏡(ライカ社DM2500 P)、デジタルマイクロスコ−プVHX−900(株式会社キ−エンス製)にて行った。得られた超微細炭素繊維の平均繊維径については、走査型電子顕微鏡S−2400(株式会社日立製作所製)にて超微細炭素繊維の観察及び写真撮影を行い、得られた電子顕微鏡写真から無作為に超微細炭素繊維の繊維径20箇所を選択して測定したすべての結果(n=20)の平均値である。
【0047】
[実施例1]
熱可塑性樹脂としてポリプロピレン(グレード:F109V、株式会社プライムポリマー製)100質量部とリグニン(オルガノソルブ、アルドリッチ製)11.2質量部、ポリエチレングリコール(数平均分子量300,000〜500,000、和光純薬工業製)1.1質量部を同方向二軸押出機(東洋精機株式会社製ラボプラストミルマイクロ、バレル温度200℃)で溶融混練して樹脂組成物を作製した。次いで、上記樹脂組成物を単孔紡糸機により、紡糸温度200℃の条件により、繊維径15〜30μmの長繊維として前駆体繊維を作製した。この繊維の光学顕微鏡写真を図1に示す。前駆体繊維中で引き伸ばされて微細になったリグニン誘導体繊維が形成されていることが確認された。
【0048】
次に、この前駆体繊維0.1gを94℃の塩酸−ホルムアルデヒド水溶液(塩酸18重量%、ホルムアルデヒド10重量%)中に5時間浸漬し不融化処理を行った。取り出した不融化前駆体繊維をアンモニア水(アンモニア濃度1重量%、和光純薬工業製 )で中和した後、水洗した。その後、空置換炉(デンケン社製)を用いて窒素気流下中5℃/分の昇温速度にて800℃まで昇温して、更に同温度で30分間保持することにより炭素化処理を行い、炭素繊維を作製した。得られた炭素繊維の電子顕微鏡写真を図2に示す。この炭素繊維の平均繊維径は200nmであった。
【0049】
[実施例2]
リグニンを22.5質量部用いた以外は実施例1と同様の条件にて前駆体繊維を作製した。この繊維の光学顕微鏡写真を図3に示す。前駆体繊維の繊維径は8〜30μmであり、前駆体繊維中で引き伸ばされて微細になったリグニン誘導体繊維が形成されていることが確認された。
更に実施例1と同様の条件で、不融化処理、炭素化処理を行い、炭素繊維を作製した。得られた繊維の電子顕微鏡写真を図4に示す。この炭素繊維の平均繊維径は250nmであった。
【0050】
[実施例3]
リグニンを11.4質量部、ポリエチレングリコールを3.4質量部用いた以外は実施例1と同様の条件にて前駆体繊維を作製した。この繊維の光学顕微鏡写真を図5に示す。前駆体繊維の繊維径は40μmであり、前駆体繊維中で引き伸ばされて微細になったリグニン誘導体繊維が形成されていることが確認された。
更に実施例1と同様の条件で、不融化処理、炭素化処理を行い、炭素繊維を作製した。得られた繊維の電子顕微鏡写真を図6に示す。この炭素繊維の平均繊維径は150nmであった。
【0051】
[実施例4]
リグニンを23質量部用いた以外は実施例3と同様の条件にて前駆体繊維を作製した。この繊維の光学顕微鏡写真を図7に示す。前駆体繊維の繊維径は15〜25μmであり、前駆体繊維中で引き伸ばされて微細になったリグニン誘導体繊維が形成されていることが確認された。
更に実施例1と同様の条件で、不融化処理、炭素化処理を行い、炭素繊維を作製した。得られた繊維の電子顕微鏡写真を図8に示す。この炭素繊維の平均繊維径は500nmであった。
【0052】
[実施例5]
リグニンを46質量部用いた以外は実施例3と同様の条件にて前駆体繊維を作製した。この繊維の光学顕微鏡写真を図9に示す。前駆体繊維の繊維径は15〜20μmであり、前駆体繊維中で引き伸ばされて微細になったリグニン誘導体繊維が形成されていることが確認された。
更に実施例1と同様の条件で、不融化処理、炭素化処理を行い、炭素繊維を作製した。得られた繊維の電子顕微鏡写真を図10に示す。この炭素繊維の平均繊維径は600nmであった。
【0053】
[比較例1]
リグニンを11.1質量部とし、ポリエチレングリコールを用いなかった以外は実施例1と同様の条件にて前駆体繊維を作製した。この繊維の光学顕微鏡写真を図11に示す。前駆体繊維の繊維径は40μmであり、前駆体繊維中でリグニン誘導体が引き伸ばされずに粒状になっていることが確認された。
【0054】
[比較例2]
リグニンを12.5質量部、ポリエチレングリコールを12.5質量部用いた以外は実施例1と同様の条件にて前駆体繊維を作製した。この繊維の光学顕微鏡写真を図12に示す。前駆体繊維の繊維径は50μmであり、前駆体繊維中で不十分に引き伸ばされて楕円体なったリグニン誘導体が形成されていることが確認された。
更に実施例1と同様の条件で、不融化処理、炭素化処理を行った。得られた試料の電子顕微鏡写真を図13に示す。独立した炭素超極細繊維は観察されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の製造方法によって得られる超微細炭素繊維は、複合材料やコーティング剤への添加剤、補強用フィラー、導電性樹脂フィラー、電界電子放出材料等に利用することが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下(1)〜(4)の工程を経ることを特徴とする超微細炭素繊維の製造方法。
(1)熱可塑性樹脂100質量部、リグニン誘導体1〜50質量部、及びリグニン繊維化助剤0.1〜10質量部を溶融状態で混合し、得られる樹脂組成物から前駆体繊維を形成する工程。
(2)前駆体繊維中に含まれるリグニン誘導体を不融化して不融化前駆体繊維を形成する工程。
(3)不融化前駆体繊維から熱可塑性樹脂を除去して不融化リグニン誘導体繊維を形成する工程。
(4)不融化リグニン誘導体繊維を不活性ガス雰囲気下で炭素化もしくは黒鉛化して微細炭素繊維を得る工程。
【請求項2】
熱可塑性樹脂が下記式(I)で表されるものである、請求項1記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【化1】

【請求項3】
請求項2記載の式(I)で表される熱可塑性樹脂が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン−1からなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、請求項2に記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
リグニン誘導体が、250℃以下の温度で加熱したときに流動性を示すものである、請求項1から3のいずれかに記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【請求項5】
リグニン繊維化助剤が、下記式(II)で表される高分子化合物である、請求項1から4のいずれかに記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【化2】

(式(II)中、R,R,R,およびRは、各々独立に、水素原子、炭素数1〜15のアルキル基、炭素数5〜10のシクロアルキル基、炭素数6〜12のアリール基および炭素数7〜12のアラルキル基からなる群から選ばれる。Xは酸素原子または硫黄原子である。mは20以上の整数を示す。)
【請求項6】
請求項5記載の式(II)で表される高分子が、ポリエチレングリコールまたはポリエチレンオキシドである、請求項5記載の超微細炭素繊維の製造方法。
【請求項7】
得られる超微細炭素繊維の繊維径が1μm以下である、請求項1から6のいずれかに記載の超微細炭素繊維の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2010−242248(P2010−242248A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−91008(P2009−91008)
【出願日】平成21年4月3日(2009.4.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構「革新的部材産業創出プログラム/新産業創造高度部材基盤技術開発/先端機能発現型構造繊維部材基盤技術の開発」にかかる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】