超解像顕微鏡
【課題】ポンプ光およびイレース光の光源選定を容易にでき、簡単かつ安価な構成で超解像性を確実に発現できる超解像顕微鏡を提供する。
【解決手段】第1の光源2からの第1のコヒーレント光と第2の光源1からの第1のコヒーレント光とを、光学系3,4,9により一部重ね合わせて試料10に集光して走査手段6,7により走査し、試料10からの光応答信号を検出手段16で検出する超解像顕微鏡において、第1のコヒーレント光の波長をλp、第2のコヒーレント光の波長をλe、第1のコヒーレント光の試料面における最大フォトンフラックスをIp、第2のコヒーレント光の試料面における最大フォトンフラックスをIe、分子が基底状態から第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
および
を満足するように構成する。
【解決手段】第1の光源2からの第1のコヒーレント光と第2の光源1からの第1のコヒーレント光とを、光学系3,4,9により一部重ね合わせて試料10に集光して走査手段6,7により走査し、試料10からの光応答信号を検出手段16で検出する超解像顕微鏡において、第1のコヒーレント光の波長をλp、第2のコヒーレント光の波長をλe、第1のコヒーレント光の試料面における最大フォトンフラックスをIp、第2のコヒーレント光の試料面における最大フォトンフラックスをIe、分子が基底状態から第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
および
を満足するように構成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡、特に染色した試料を機能性の高いレーザ光源からの複数の波長の光により照明して、高い空間分解能を得る高性能かつ高機能の超解像顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡の技術は古く、種々のタイプの顕微鏡が開発されてきた。また、近年では、レーザ技術および電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩により、さらに高機能の顕微鏡システムが開発されている。
【0003】
このような背景の中、複数波長の光で試料を照明することにより発する二重共鳴吸収過程を用いて、得られる画像のコントラストの制御のみならず化学分析も可能にした高機能な顕微鏡が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この顕微鏡は、二重共鳴吸収を用いて特定の分子を選択して、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観測するものである。この原理について、図12〜図15を参照して説明する。図12は、試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示すもので、先ず、図12に示す基底状態(S0状態)の分子がもつ価電子軌道の電子を波長λ1の光により励起して、図13に示す第1電子励起状態(S1状態)とする。次に、別の波長λ2の光により同様に励起して、図14に示す第2電子励起状態(S2状態)とする。この励起状態により、分子は蛍光あるいは燐光を発光して、図15に示すように基底状態に戻る。
【0005】
二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、図13の吸収過程や図15の蛍光や燐光の発光を用いて、吸収像や発光像を観察する。この顕微鏡法では、最初にレーザ光等により共鳴波長λ1の光で図13のように試料を構成する分子をS1状態に励起させるが、この際、単位体積内でのS1状態の分子数は、照射する光の強度が増加するに従って増加する。
【0006】
ここで、線吸収係数は、分子一個当りの吸収断面積と単位体積当たりの分子数との積で与えられるので、図14のような励起過程においては、続いて照射する共鳴波長λ2に対する線吸収係数は、最初に照射した波長λ1の光の強度に依存することになる。すなわち、波長λ2に対する線吸収係数は、波長λ1の光の強度で制御できることになる。このことは、波長λ1および波長λ2の2波長の光で試料を照射し、波長λ2による透過像を撮影すれば、透過像のコントラストは波長λ1の光で完全に制御できることを示している。
【0007】
また、図14の励起状態での蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS1状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合にも画像コントラストの制御が可能となる。
【0008】
さらに、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、上記の画像コントラストの制御のみならず、化学分析も可能にする。すなわち、図12に示される最外殻価電子軌道は、各々の分子に固有なエネルギー準位を持つので、波長λ1は分子によって異なることになり、同時に波長λ2も分子固有のものとなる。
【0009】
ここで、従来の単一波長で照明する場合でも、ある程度特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能であるが、一般にはいくつかの分子における吸収帯の波長領域は重複するので、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。
【0010】
これに対し、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、波長λ1および波長λ2の2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来法よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルをもつ光のみが強く吸収されるので、波長λ1および波長λ2の偏光方向を決めて吸収または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定まで可能となる。
【0011】
また、最近では、二重共鳴吸収過程を用いて回折限界を越える高い空間分解能をもつ蛍光顕微鏡も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0012】
図16は、分子における二重共鳴吸収過程の概念図で、基底状態S0の分子が、波長λ1の光で第1電子励起状態であるS1に励起され、さらに波長λ2の光で第2電子励起状態であるS2に励起されている様子を示している。なお、図16はある種の分子のS2からの蛍光が極めて弱いことを示している。
【0013】
図16に示すような光学的性質を持つ分子の場合には、極めて興味深い現象が起きる。図17は、図16と同じく二重共鳴吸収過程の概念図で、横軸のX軸は空間的距離の広がりを表わし、波長λ2の光を照射した空間領域A1と波長λ2の光が照射されない空間領域A0とを示している。
【0014】
図17において、空間領域A0では波長λ1の光の励起によりS1状態の分子が多数生成され、その際に空間領域A0からは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし、空間領域A1では、波長λ2の光を照射したため、S1状態の分子のほとんどが即座に高位のS2状態に励起されて、S1状態の分子は存在しなくなる。このような現象は、幾つかの分子により確認されている。これにより、空間領域A1では、波長λ3の蛍光は完全になくなり、しかもS2状態からの蛍光はもともとないので、空間領域A1では完全に蛍光自体が抑制され(蛍光抑制効果)、空間領域A0からのみ蛍光が発することになる。
【0015】
このことは、顕微鏡の応用分野から考察すると、極めて重要な意味を持っている。すなわち、従来の走査型レーザ顕微鏡等では、レーザ光を集光レンズによりマイクロビームに集光して観察試料上を走査するが、その際のマイクロビームのサイズは、集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界となり、原理的にそれ以上の空間分解能は期待できない。
【0016】
ところが、図17の場合には、波長λ1と波長λ2との2種類の光を空間的に上手く重ね合わせて、波長λ2の光の照射により蛍光領域を抑制することで、例えば波長λ1の光の照射領域に着目すると、蛍光領域を集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界よりも狭くでき、実質的に空間分解能を向上させることが可能となる。以下、波長λ1の光をポンプ光、波長λ2の光をイレース光と呼ぶ。したがって、この原理を利用することで、回折限界を越える二重共鳴吸収過程を用いた超解像顕微鏡、例えば超解像蛍光顕微鏡を実現することが可能となる。
【特許文献1】特開平8−184552号公報
【特許文献2】特開2001−100102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
ところで、超解像蛍光顕微鏡において、その性能を有効に発現させるためには、分子の光学物性を十分に考慮して、ポンプ光とイレース光との照射強度を十分注意して最適化する必要がある。特に、イレース光のレーザ強度は、超解像性の発現に大きく影響を与える。さらに、本発明者らの実験検討によると、超解像顕微鏡で得られる2次元点像分布関数すなわち蛍光スポットの強度プロファイルは、従来の光学顕微鏡のそれとは大きく異なることが判明した。
【0018】
ここで、光学顕微鏡の光学性能を評価する最も基本的な物理量として、点像分布関数(PSF)がある。これが判明すると、顕微鏡の分解能を決定する2点分解能や画質を総合評価するのに不可欠な光学伝達関数(OTF)を算出することができる。
【0019】
一般の顕微鏡システムでは、円形開口をもつレンズや絞り等を組み合わせた光学系が用いられており、このような光学系のPSFは、良く知られた円形開口の場合のフラウンホーファー回折像で与えられる。ここで、光源波長を(λp)、光学系の開口数を(NA)とすると、光軸からの像面内の距離(r)における強度すなわち点像分布関数(H(r))は、下記の式(1)で与えられる。
【0020】
【数1】
【0021】
ここで、(J1(z))は1次のベッセル関数であり、(Cpo)は中心強度、keは光源の波数を示す。大体の顕微鏡システムの場合、式(1)のPSFを基本とした結像理論が構築され、その性能評価が行われている。蛍光顕微鏡の場合にも、試料からの蛍光強度が励起光源の照射強度に比例するものとして、式(1)を用いた同様の評価がなされている。
【0022】
しかながら、超解像顕微鏡の場合、試料に異なる2波長の光を共鳴吸収させるため、もはや光源の照射強度と蛍光強度との比例関係は成り立たない。
【0023】
仮に、ポンプ光の照射強度が一定であっても、イレース光の照射強度を増加させると蛍光強度が非線形的に減衰することが報告されている。このような、試料の光応答特性は、当然、PSFに強い影響を与える。事実、最近の文献(Opt.Express 11(2003)3271)によれば、超解像顕微鏡におけるPSFは、上記式(1)が与える強度分布とは大きく異なったローレンチアン型に近い形状を持っている。一般の光学システムでは、このよう形が現れることは極めて稀である。
【0024】
このような理由で、従来は、超解像顕微鏡システムを具現化するときのポンプ光およびイレース光の最適な条件が不明であったため、ポンプ光およびイレース光の光源選定が困難となっていた。
【0025】
したがって、かかる事情に鑑みてなされた本発明の目的は、ポンプ光およびイレース光の光源選定を容易にでき、簡単かつ安価な構成で超解像性を確実に発現できる超解像顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上記目的を達成する請求項1に係る発明は、少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から励起寿命τをもつ第1電子励起状態に励起する第1のコヒーレント光を出射する第1の光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起する第2のコヒーレント光を出射する第2の光源と、
上記第1のコヒーレント光と上記第2のコヒーレント光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記第1のコヒーレント光の波長をλp、上記第2のコヒーレント光の波長をλe、上記第1のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIp、上記第2のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIe、上記分子が基底状態から上記第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
を満足するように構成したことを特徴とするものである。
【0027】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の超解像顕微鏡において、さらに、
を満足するように構成したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、上記の条件を満たすようにすることで、ポンプ光およびイレース光の光源選定を容易にでき、例えば取り扱いが難しい短パルスレーザ光源を用いることなく、信頼性の高いCWレーザを用いることができるなど、簡単かつ安価な構成で超解像性を確実に発現できる超解像顕微鏡を容易に実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明に係る超解像顕微鏡の一実施の形態について説明する。
【0030】
図1は、本発明の一実施の形態に係る超解像顕微鏡のシステム構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、通常のレーザ走査型蛍光顕微鏡を前提としたもので、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット30、スキャンユニット40および顕微鏡ユニット50からなっている。
【0031】
光源ユニット30は、第1のコヒーレント光として例えば波長532nmのポンプ光を出射する第1の光源であるLD励起型モードロックNd:YAGレーザ2と、第2のコヒーレント光として例えば波長647nmのイレース光を出射する第2の光源であるKrレーザ1と、イレース光空間変調用の位相板3と、イレース光およびポンプ光を融合させるためのビームコンバイナ4とを有している。位相板3は、図2に示すように、光軸対称の位置で通過したイレース光の位相が反転するように調整された光学薄膜が蒸着されている。図2では、光軸の周りに独立した4領域を有し、イレース光波長に対して4分1ずつ位相が異なっている。この位相板3を通過した光を集光すれば、光軸上で電場が相殺され中空状のイレース光が生成される。
【0032】
スキャンユニット40は、光源ユニット30から供給される同じ光学軸を共有するポンプ光とイレース光とを、ハーフミラー5を通過させた後、走査手段である2枚のガルバノミラー6および7により2次元方向に揺動走査して、後述の顕微鏡ユニット50に出射するようになっていると共に、顕微鏡ユニット50で検出された蛍光を、往路と逆の経路を辿ってハーフミラー5で分岐し、その分岐された蛍光を投影レンズ12、ピンホール13、ノッチフィルタ14および15を経て検出手段である光電子増倍管16で受光するようになっている。図1では、図面を簡略化するため、ガルバノミラー6,7を同一平面内で揺動可能に示している。なお、ノッチフィルタ14および15は、蛍光に混入したポンプ光およびイレース光を除去するものである。また、ピンホール13は、共焦点光学系を成す重要な光学素子で、観察試料内の特定の断層面で発光した蛍光のみを通過させるものである。
【0033】
顕微鏡ユニット50は、いわゆる通常の蛍光顕微鏡で、スキャンユニット40から入射するポンプ光およびイレース光をハーフミラー8で反射させて、対物レンズ9により少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む観察試料10上に集光させると共に、観察試料10で発光した蛍光を、再び対物レンズ9でコリメートしてハーフミラー8で反射させることにより、再び、スキャンユニット40に戻すと同時に、ハーフミラー8を通過する蛍光の一部を接眼レンズ11に導いて、蛍光像として目視観察できるようになっている。
【0034】
ここで、位相板3、ビームコンバイナ4および対物レンズ9は、ポンプ光とイレース光とを一部重ね合わせて観察試料10に集光する光学系を構成している。
【0035】
本実施の形態では、図1に示す超解像顕微鏡において、観察試料10に含まれる分子を基底状態から励起寿命τをもつ第1電子励起状態に励起するポンプ光の波長をλp、上記分子を第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起するイレース光の波長をλe、ポンプ光の観察試料面における最大フォトンフラックスをIp、イレース光の観察試料面における最大フォトンフラックスをIe、上記分子が基底状態から第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
および
さらに好ましくは
を満足するように構成する。
【0036】
このように構成すれば、観察試料10の集光点上においてイレース光の強度がゼロとなる光軸近傍以外の蛍光が抑制されて、結果的にポンプ光の広がりより狭い領域(Δ<0.61・λ1/NA、NAは対物レンズ9の開口数)に存在する蛍光ラベラー分子のみが観察されることになり、結果的に超解像性が発現することになる。したがって、ポンプ光およびイレース光をスキャンユニット40で走査しながら蛍光信号を測定すれば、超解像の2次元蛍光像を得ることができる。
【0037】
以下、上記のように構成する根拠、すなわち本発明による超解像顕微鏡の原理について説明する。
【0038】
超解像顕微鏡法におけるPSFは、試料面上におけるポンプ光の強度分布(H(r))と、イレース光の強度分布(G(r))と、ポンプおよびイレース光の同時照射時における試料の蛍光抑制特性すなわちdip ratio (P(Ie))とによって決定される。ここで、Ieはイレース光のフォトンフラックスであり、dip ratioとは具体的にはイレース光無照射時と照射時との蛍光強度比を示す。ポンプ光単独照射時の蛍光強度はH(r)に比例するので、イレース光同時照射時における蛍光強度プロファイル(F(r))は、蛍光抑制特性とポンプ光強度との積すなわち下記の式(2)で与えられる。
【0039】
【数2】
【0040】
実際の超解像顕微鏡法では、図3に示すように、イレース光として光軸上で光強度が存在しない中空状のベッセル1次ビームを用いる。ここで、顕微鏡の対物レンズが無収差光学系であれば、ポンプ光の形状H(r)は式(1)で与えられる。これに対し、イレース光で用いるベッセルビームは、図4に示すように、ビームの断面(瞳面)において、ビームの中心軸に対して周回するように0から2πまで連続的に変化する位相分布を持っている。したがって、すべての動径方向について中心軸に対してπだけ位相が異なっているため、集光すると光軸上で電場強度が相殺され、その強度分布は、ビーム最大強度値(Ce0)を用いて、式(3)に示すように表される。
【0041】
【数3】
【0042】
ここで、λeおよびkeは、イレース光の波長および波数である。また、Jn(z)は、n次のベッセル関数で、
でr2以上の次数を持つため、r=0でG(0)=0となることが容易に判る。式(3)を、極大値を1とし、λ/NAを1にとってプロットすると、図5に太線で示すようになり、r=0で強度が0となるイレース光として理想的な中空状のプロファイルが得られる。なお、図5には、比較のために、均一波面のポンプ光を集光したときのビームプロファイルを細線でプロットしてある。図5から明らかなように、イレース光として理想的な中空状のプロファイルが得られれば、中心部分の蛍光強度を損なうことなく、ドーナツの周辺部において効率的に蛍光抑制でき、回折限界より小さい蛍光スポットが形成できる。
【0043】
イレース光のビーム形状とならんで、dip ratioも超解像効果の発現の程度を決める重要な要素である。これは、分子構造に起因するところの分子固有の光応答特性である。図6に、2波長蛍光Dip分光法の励起ダイヤグラムを示す。一般に、図6に示すように、ポンプ光で基底状態(S0)の分子を状態S1に励起すると、分子はS1状態より蛍光を発してS0状態に緩和する。ここで、イレース光を照射すると、イレース光により分子は高い量子状態(Sn)に励起されて、S0やTm3重項状態への無輻射緩和が起こる。もし、イレース光の波長が蛍光波長帯域に重複していれば誘導放出過程も起こる。したがって、イレース光照射時に、この蛍光量が減少し、その変化が窪み(Dip)として観測される。
【0044】
一般に、蛍光強度は、S1状態のポピュレーションに比例するので、dip ratioはこのポピュレーションを求めることにより解析することができる。すなわち、ポピュレーションを観測時間(T)で積分した量が観測された蛍光強度であるので、dip ratio P(Ie)は式(4)で与えられる。
【0045】
【数4】
【0046】
ここで、n1(t,Ie)はS1状態のポピュレーションであり、イレース光のフォトンフラックスと観測時間との関数となる。さらに、n1(t,Ie)は、S0状態(n0(t,Ie))およびSn状態(n2(t,Ie))のポピュレーションを加えた3準位のレート方程式により決定される。
【0047】
【数5】
【0048】
ここで、使用した分光パラメータを図6に示す。このレート方程式は、線形の1回の微分方程式であり、一般に下記のような形式の解をもつ。
【0049】
【数6】
【0050】
ここで、Dnmは初期条件から決まる係数であり、γ1,2,3は式(5)の3×3係数行列の固有値であり、具体的には下記の根をもつ。
【0051】
【数7】
【0052】
したがって、式(6)は、以下のように表される。
【0053】
【数8】
【0054】
式(8)の指数部の成分は、ポンプ光およびイレース光照射開始直後の過渡的な遷移によるポピュレーションの変化を示し、それ以外のDn3は光照射が続き定常状態に至った場合の各状態のポピュレーションを示す。ここで、根γ1,2は負の値持ち、下記の関係が成り立つ。
【0055】
【数9】
【0056】
ここで、|γ1,2|の逆数は過渡期が終了する時間に対応し、大体の分子では1nsec以内で定常状態になる。したがって、多くの場合、ナノ秒のレーザ光源を用いた蛍光抑制過程の場合、式(8)おける指数項を無視でき、以下のように表すことができる。
【0057】
【数10】
【0058】
したがって、S1状態のポピュレーションは、下記のような具体的な形で表すことができる。
【0059】
【数11】
【0060】
この式(11)を式(4)に代入すれば、超解像顕微鏡法で重要なdip ratioを算出することができる。
【0061】
【数12】
【0062】
蛍光抑制を効率的に誘起させるためには、式(12)の分子が分母に対してできるだけ小さい方が良く、S0からS1に励起させるのに要するフォトンフラックスが十分小さい場合には、式(12)は、さらに簡単な下記の実用的な式(13)に近似できる。
【0063】
【数13】
【0064】
ここで、式(13)の分母に注目すると、k20/(k21+k20)は分子がSn状態よりS1状態を迂回して基底状態に緩和する分岐比であることを考えると、σ12k20/(k21+k20)はS1からSnへの励起により無輻射過程で緩和する断面積と解釈できる。さらに、下記の式(14)で定義されるような分光パラメータ(σdip)すなわち「dip断面積」を定義する。この量は、イレース光照射時において蛍光過程以外でS1状態から緩和する総断面積であり、τすなわち蛍光寿命と並び、蛍光抑制の発現の程度を決定する大変重要な分光パラメータである。
【0065】
【数14】
【0066】
超解像顕微鏡の光源としては、汎用性の高い商業用のナノ秒パルスレーザを用いる。これらのレーザ光源は、10nsec前後のパルス幅をもっている。したがって、実用的には、式(14)のdip ratioの関係式を用いて顕微鏡システムを構築できる。顕微鏡の光学系が無収差であると仮定すれば、理論的に期待できるPSFは、式(1)、(2)、(3)、(12)、(13)および(14)より、下記の式(15)から求められる。
【0067】
【数15】
【0068】
ここで、εpおよびεeは、ポンプ光およびイレース光の光子エネルギーであり、ポンプ光およびイレース光の照射強度をそれぞれの光子エネルギーで割るとフォトンフラックスとなる。原理的には、ポンプ光とイレース光との照射条件および試料の分子が決まると、式(15)を用いて超解像顕微鏡法のPSFを決定できる。しかし、実用的には式(15)を近似して、さらに単純化できる。
【0069】
図5から明らかなように、ベッセルビームは、空間変調されていない通常の集光ビームと比較すると、倍のサイズに広がっている。加えて、実際の現場では、イレース光の照射による蛍光発光を阻止するために、ポンプ光より長い波長帯域の光をイレース光として用いるので、その集光サイズはさらに大きくなる。したがって、ポンプ光とイレース光とを試料面に同軸で集光すると、ポンプ光の強度分布の大半はイレース光の穴の内側に存在することになる。そこで、式(3)を近似的に光軸近傍でrのべき乗に展開し、この穴の強度プロファイルを簡単な関数で近似すると、下記の式(16)が得られる。
【0070】
【数16】
【0071】
式(14)から明らかなように、第1項と比較してr3以上の高次項は無視できる。事実、穴の内側のプロファイルは、図5に示すように、rに関する2次関数でほぼ表現できる。この結果を用いれば、式(15)は下記の式(17)のように単純化することができる。
【0072】
【数17】
【0073】
ここで、ローレンチアン関数L(r)を式(18)で示すように、
【数18】
とおくと、F(r)はポンプ光のPSFを、下記の式(19)で表される半値幅(g)のローレンチアン関数L(r)で変調したものに他ならない。
【0074】
【数19】
【0075】
式(15)によれば、超解像顕微鏡法で得られるPSFの半値幅は、イレース光の強度が増すにつれて、式(17)のようなローレンチアン関数に変化して行くことが分かる。よって、式(19)で示される蛍光スポットを小さくするための必要条件は、σdipCe0を大きくすればよいことが分かる。特に、実用性を鑑みると、イレース光の強度はできるだけ小さいことが望ましいので、試料分子としては蛍光寿命τおよびdip 断面積ができるだけ大きいものを選定することが有利であることが分かる。
【0076】
ここで、式(12)に立ち戻って考察すると、蛍光抑制を効率的に誘起させるためには、式(12)において、分子が分母に対してできるだけ小さい方が有利である。一般に、蛍光寿命τは試料分子固有なものであるので、式(12)において、分子は必然的に、
を満たす必要がある。すなわち、整理すると、下記の式(20)を満たす必要がある。
【0077】
【数20】
【0078】
また、式(17)を考察すると、超解像顕微鏡法により分解能の向上が確認できるのは、式(18)で示される変調関数であるローレンチアン関数の半値幅gが、式(1)で与えられるポンプ光の集光ビームサイズの半値幅よりも小さくなることが不可欠である。ここで、ポンプ光の集光ビームサイズの半値幅(Γ)は、一般にレイリーの規範式により、下記の式(21)で与えられる。
【0079】
【数21】
【0080】
したがって、gがΓより小さくなる条件は、式(21)および(19)から、下記の式(22)のようになる。
【0081】
【数22】
【0082】
具体的には、下記の式(23)を満たすことが条件となる。
【0083】
【数23】
【0084】
さらに、式(13)の分母は、分子に対してできるだけ大きいことが望ましいことから、イレース光のフォントンフラックスに関しては、τが試料分子固有であることを考えるとdip断面積を用いて下記の式(24)を満たすようにするのが望ましい。
【0085】
【数24】
【0086】
この式(23)を整理すると、下記の式(25)が得られる。
【0087】
【数25】
【0088】
以上の考察から、図1に示す超解像顕微鏡を、式(20)および(23)、さらに好ましくは式(25)を満足するように構成することで、その性能を向上させることができる。
【0089】
次に、図1に示す構成の超解像顕微鏡において、ポンプ光の波長を532nm、イレース光の波長を599nmとして、ローダミン6G分子を用いた実験結果について考察する。先ず、最初に、式(13)を用いて、メタノール溶液中のローダミン6Gのdip ratioの測定に関する実験データの解析を行なった。
【0090】
図7は、メタノール溶液中の蛍光寿命τが3.75nsecのローダミン6Gを用いた場合のdip断面積(σdip)をパラメータとするdip ratioとイレース光のフォトンフラックスとの関係を示すものである。図7によれば、σdip を0.7×10-16cm2前後に選ぶと、実験結果をほぼ再現できることが分かる。ローダミン6Gに関しては、波長599nmの領域ではS1からSnへの吸収断面と誘導放出断面とが重複するので、正確なσdip は不明であるが、S1からSnへの吸収断面積および誘導放出断面積が10-16cm2オーダーであることが報告されおり、本解析結果は妥当なものであると判断できる。
【0091】
次に、本発明者らは、σdipを0.7×10-16cm2、τを3.75nsecと仮定して、式(15)およびその近似系である式(17)により超顕微鏡法におけるPSFを求めた。図8は、イレース光のピーク値のフォトンフラックスが2.1×1025photons/sec/cm2すなわち電場強度にして7MW/cm2の場合のPSFを示す。実線の細線および太線は、それぞれ式(15)および(17)のPSFであり、近似式ではサイドローブの部分で僅かな解離が見られるが、プロファイルの一致は良い。図8によれば、フォトンフラックスが1025photons/sec/cm2のオーダーで顕著な超解像性が発現し、本計算の場合には蛍光プロファイルの半値幅は、ポンプ光の回折限界の1/3サイズである200nmに収縮する。
【0092】
以上の条件を考察してみると、ポンプ光のフォトンフラックスIpを1023photons/cm2/secとすると、これは十分に蛍光発生できる光量である。例えば、E. Sahara and D. Treves, IEEE. J. Quantum Electron. 13, 962 (1977)のデータ、σ01=4×10-16cm2およびτ=3.75nsecを用いれば、Ipσ01τ=0.15となり、式(20)を満たしている。また、Ie=1025photons/cm2/sec、σdip1=0.6×10-16cm2とすれば、Ieσdipτ=2.6となり、式(23)および(25)を同時に満たし、請求項の条件を具体的に満たしていることが確認できる。
【0093】
図9は、直径175μmの蛍光ビーズを用いて同じ条件で超解像顕微鏡法の蛍光スポット像を測定した場合のPSFを示すものである。図9において、太線で示す測定したプロファイルも、理論解析で予想されたようにサイドローブが広がったローレンチアン型をしている。なお、図9において、細線は、図8で得られた理論式によるPSFをビーズサイズでコンボリューションした結果を示す。この理論的計算は、実験結果をほぼ再現している。この結果、近似式(17)は、PSFを表現する合理的な関数であると同時に、物理的なモデルがきわめて明快な、実用的な式であることが分かる。
【0094】
さらに、ローダミン6Gを用いた場合のPSFの結像特性を考察するため、式(17)を用いて、イレース光のフォトンフラックスに関する依存性を計算した。図10および図11は、計算したプロファイルおよびその半値幅を示す。図10および図11から明らかなように、集光したイレース光の先頭値のフォトンフラックスが5×1025photons/secとなると、回折限界サイズの1/4まで収縮することが分かる。例えば、開口数1.4の油浸対物レンズを用いた場合、その半値幅は70nmとなり、従来の光学顕微鏡では不可能あった100nmを上回る空間分解能が期待できる。その時の、イレース光のエネルギー時間平均強度を計算すると、ほぼ20mW程度となる。このことは、低出力のレーザ光源で対応できることを意味しており、取り扱いが難しい短パルスレーザ光源を用いることなく、信頼性の高いCWレーザをベースに、複雑な構成をとらない顕微鏡システムが構成できる可能性を示している。このような簡単なレーザを用いてシステムを構成できることは、システムの価格の低減、また本技術特有のレーザ波面の管理といった実用化に伴う発明の効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】本発明の一実施の形態に係る超解像顕微鏡のシステム構成を示す図である。
【図2】図1に示す位相板の構成を示す図である。
【図3】イレース光およびポンプ光のビーム形状と、試料面における蛍光領域および蛍光消失領域とを模式的に示す図である。
【図4】イレース光のビーム断面における位相分布を示す図である。
【図5】ポンプ光およびイレース光の試料面上での強度分布を示すグラフである。
【図6】2波長蛍光Dip分光法の励起ダイヤグラムを示す図である。
【図7】ローダミン6Gを用いた場合のdip ratioとイレース光のフォトンフラックスとの関係を示すグラフである。
【図8】イレース光のピーク値のフォトンフラックスが2.1×1025photons/sec/cm2の場合のPSFを示すグラフである。
【図9】直径175μmの蛍光ビーズを用いて超解像顕微鏡法の蛍光スポット像を測定した場合のPSFを示すグラフである。
【図10】イレース光のフォトンフラックスのプロファイルを示すグラフである。
【図11】同じく、その半値幅を示すグラフである。
【図12】試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示す概念図である。
【図13】図12の分子の第1励起状態を示す概念図である。
【図14】同じく、第2励起状態を示す概念図である。
【図15】同じく、第2励起状態から基底状態に戻る状態を示す概念図である。
【図16】分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図17】同じく、二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【符号の説明】
【0096】
1 Krレーザ
2 LD励起型モードロックNd:YAGレーザ
3 位相板
4 ビームコンバイナ
5 ハーフミラー
6,7 ガルバノミラー
8 ハーフミラー
9 対物レンズ
10 観察試料
11 接眼レンズ
12 投影レンズ
13 ピンホール
14,15 ノッチフィルタ
16 光電子増倍管
30 光源ユニット
40 スキャンユニット
50 顕微鏡ユニット
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡、特に染色した試料を機能性の高いレーザ光源からの複数の波長の光により照明して、高い空間分解能を得る高性能かつ高機能の超解像顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡の技術は古く、種々のタイプの顕微鏡が開発されてきた。また、近年では、レーザ技術および電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩により、さらに高機能の顕微鏡システムが開発されている。
【0003】
このような背景の中、複数波長の光で試料を照明することにより発する二重共鳴吸収過程を用いて、得られる画像のコントラストの制御のみならず化学分析も可能にした高機能な顕微鏡が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この顕微鏡は、二重共鳴吸収を用いて特定の分子を選択して、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観測するものである。この原理について、図12〜図15を参照して説明する。図12は、試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示すもので、先ず、図12に示す基底状態(S0状態)の分子がもつ価電子軌道の電子を波長λ1の光により励起して、図13に示す第1電子励起状態(S1状態)とする。次に、別の波長λ2の光により同様に励起して、図14に示す第2電子励起状態(S2状態)とする。この励起状態により、分子は蛍光あるいは燐光を発光して、図15に示すように基底状態に戻る。
【0005】
二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、図13の吸収過程や図15の蛍光や燐光の発光を用いて、吸収像や発光像を観察する。この顕微鏡法では、最初にレーザ光等により共鳴波長λ1の光で図13のように試料を構成する分子をS1状態に励起させるが、この際、単位体積内でのS1状態の分子数は、照射する光の強度が増加するに従って増加する。
【0006】
ここで、線吸収係数は、分子一個当りの吸収断面積と単位体積当たりの分子数との積で与えられるので、図14のような励起過程においては、続いて照射する共鳴波長λ2に対する線吸収係数は、最初に照射した波長λ1の光の強度に依存することになる。すなわち、波長λ2に対する線吸収係数は、波長λ1の光の強度で制御できることになる。このことは、波長λ1および波長λ2の2波長の光で試料を照射し、波長λ2による透過像を撮影すれば、透過像のコントラストは波長λ1の光で完全に制御できることを示している。
【0007】
また、図14の励起状態での蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS1状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合にも画像コントラストの制御が可能となる。
【0008】
さらに、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、上記の画像コントラストの制御のみならず、化学分析も可能にする。すなわち、図12に示される最外殻価電子軌道は、各々の分子に固有なエネルギー準位を持つので、波長λ1は分子によって異なることになり、同時に波長λ2も分子固有のものとなる。
【0009】
ここで、従来の単一波長で照明する場合でも、ある程度特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能であるが、一般にはいくつかの分子における吸収帯の波長領域は重複するので、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。
【0010】
これに対し、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、波長λ1および波長λ2の2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来法よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルをもつ光のみが強く吸収されるので、波長λ1および波長λ2の偏光方向を決めて吸収または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定まで可能となる。
【0011】
また、最近では、二重共鳴吸収過程を用いて回折限界を越える高い空間分解能をもつ蛍光顕微鏡も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0012】
図16は、分子における二重共鳴吸収過程の概念図で、基底状態S0の分子が、波長λ1の光で第1電子励起状態であるS1に励起され、さらに波長λ2の光で第2電子励起状態であるS2に励起されている様子を示している。なお、図16はある種の分子のS2からの蛍光が極めて弱いことを示している。
【0013】
図16に示すような光学的性質を持つ分子の場合には、極めて興味深い現象が起きる。図17は、図16と同じく二重共鳴吸収過程の概念図で、横軸のX軸は空間的距離の広がりを表わし、波長λ2の光を照射した空間領域A1と波長λ2の光が照射されない空間領域A0とを示している。
【0014】
図17において、空間領域A0では波長λ1の光の励起によりS1状態の分子が多数生成され、その際に空間領域A0からは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし、空間領域A1では、波長λ2の光を照射したため、S1状態の分子のほとんどが即座に高位のS2状態に励起されて、S1状態の分子は存在しなくなる。このような現象は、幾つかの分子により確認されている。これにより、空間領域A1では、波長λ3の蛍光は完全になくなり、しかもS2状態からの蛍光はもともとないので、空間領域A1では完全に蛍光自体が抑制され(蛍光抑制効果)、空間領域A0からのみ蛍光が発することになる。
【0015】
このことは、顕微鏡の応用分野から考察すると、極めて重要な意味を持っている。すなわち、従来の走査型レーザ顕微鏡等では、レーザ光を集光レンズによりマイクロビームに集光して観察試料上を走査するが、その際のマイクロビームのサイズは、集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界となり、原理的にそれ以上の空間分解能は期待できない。
【0016】
ところが、図17の場合には、波長λ1と波長λ2との2種類の光を空間的に上手く重ね合わせて、波長λ2の光の照射により蛍光領域を抑制することで、例えば波長λ1の光の照射領域に着目すると、蛍光領域を集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界よりも狭くでき、実質的に空間分解能を向上させることが可能となる。以下、波長λ1の光をポンプ光、波長λ2の光をイレース光と呼ぶ。したがって、この原理を利用することで、回折限界を越える二重共鳴吸収過程を用いた超解像顕微鏡、例えば超解像蛍光顕微鏡を実現することが可能となる。
【特許文献1】特開平8−184552号公報
【特許文献2】特開2001−100102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
ところで、超解像蛍光顕微鏡において、その性能を有効に発現させるためには、分子の光学物性を十分に考慮して、ポンプ光とイレース光との照射強度を十分注意して最適化する必要がある。特に、イレース光のレーザ強度は、超解像性の発現に大きく影響を与える。さらに、本発明者らの実験検討によると、超解像顕微鏡で得られる2次元点像分布関数すなわち蛍光スポットの強度プロファイルは、従来の光学顕微鏡のそれとは大きく異なることが判明した。
【0018】
ここで、光学顕微鏡の光学性能を評価する最も基本的な物理量として、点像分布関数(PSF)がある。これが判明すると、顕微鏡の分解能を決定する2点分解能や画質を総合評価するのに不可欠な光学伝達関数(OTF)を算出することができる。
【0019】
一般の顕微鏡システムでは、円形開口をもつレンズや絞り等を組み合わせた光学系が用いられており、このような光学系のPSFは、良く知られた円形開口の場合のフラウンホーファー回折像で与えられる。ここで、光源波長を(λp)、光学系の開口数を(NA)とすると、光軸からの像面内の距離(r)における強度すなわち点像分布関数(H(r))は、下記の式(1)で与えられる。
【0020】
【数1】
【0021】
ここで、(J1(z))は1次のベッセル関数であり、(Cpo)は中心強度、keは光源の波数を示す。大体の顕微鏡システムの場合、式(1)のPSFを基本とした結像理論が構築され、その性能評価が行われている。蛍光顕微鏡の場合にも、試料からの蛍光強度が励起光源の照射強度に比例するものとして、式(1)を用いた同様の評価がなされている。
【0022】
しかながら、超解像顕微鏡の場合、試料に異なる2波長の光を共鳴吸収させるため、もはや光源の照射強度と蛍光強度との比例関係は成り立たない。
【0023】
仮に、ポンプ光の照射強度が一定であっても、イレース光の照射強度を増加させると蛍光強度が非線形的に減衰することが報告されている。このような、試料の光応答特性は、当然、PSFに強い影響を与える。事実、最近の文献(Opt.Express 11(2003)3271)によれば、超解像顕微鏡におけるPSFは、上記式(1)が与える強度分布とは大きく異なったローレンチアン型に近い形状を持っている。一般の光学システムでは、このよう形が現れることは極めて稀である。
【0024】
このような理由で、従来は、超解像顕微鏡システムを具現化するときのポンプ光およびイレース光の最適な条件が不明であったため、ポンプ光およびイレース光の光源選定が困難となっていた。
【0025】
したがって、かかる事情に鑑みてなされた本発明の目的は、ポンプ光およびイレース光の光源選定を容易にでき、簡単かつ安価な構成で超解像性を確実に発現できる超解像顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上記目的を達成する請求項1に係る発明は、少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から励起寿命τをもつ第1電子励起状態に励起する第1のコヒーレント光を出射する第1の光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起する第2のコヒーレント光を出射する第2の光源と、
上記第1のコヒーレント光と上記第2のコヒーレント光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記第1のコヒーレント光の波長をλp、上記第2のコヒーレント光の波長をλe、上記第1のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIp、上記第2のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIe、上記分子が基底状態から上記第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
を満足するように構成したことを特徴とするものである。
【0027】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の超解像顕微鏡において、さらに、
を満足するように構成したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、上記の条件を満たすようにすることで、ポンプ光およびイレース光の光源選定を容易にでき、例えば取り扱いが難しい短パルスレーザ光源を用いることなく、信頼性の高いCWレーザを用いることができるなど、簡単かつ安価な構成で超解像性を確実に発現できる超解像顕微鏡を容易に実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明に係る超解像顕微鏡の一実施の形態について説明する。
【0030】
図1は、本発明の一実施の形態に係る超解像顕微鏡のシステム構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、通常のレーザ走査型蛍光顕微鏡を前提としたもので、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット30、スキャンユニット40および顕微鏡ユニット50からなっている。
【0031】
光源ユニット30は、第1のコヒーレント光として例えば波長532nmのポンプ光を出射する第1の光源であるLD励起型モードロックNd:YAGレーザ2と、第2のコヒーレント光として例えば波長647nmのイレース光を出射する第2の光源であるKrレーザ1と、イレース光空間変調用の位相板3と、イレース光およびポンプ光を融合させるためのビームコンバイナ4とを有している。位相板3は、図2に示すように、光軸対称の位置で通過したイレース光の位相が反転するように調整された光学薄膜が蒸着されている。図2では、光軸の周りに独立した4領域を有し、イレース光波長に対して4分1ずつ位相が異なっている。この位相板3を通過した光を集光すれば、光軸上で電場が相殺され中空状のイレース光が生成される。
【0032】
スキャンユニット40は、光源ユニット30から供給される同じ光学軸を共有するポンプ光とイレース光とを、ハーフミラー5を通過させた後、走査手段である2枚のガルバノミラー6および7により2次元方向に揺動走査して、後述の顕微鏡ユニット50に出射するようになっていると共に、顕微鏡ユニット50で検出された蛍光を、往路と逆の経路を辿ってハーフミラー5で分岐し、その分岐された蛍光を投影レンズ12、ピンホール13、ノッチフィルタ14および15を経て検出手段である光電子増倍管16で受光するようになっている。図1では、図面を簡略化するため、ガルバノミラー6,7を同一平面内で揺動可能に示している。なお、ノッチフィルタ14および15は、蛍光に混入したポンプ光およびイレース光を除去するものである。また、ピンホール13は、共焦点光学系を成す重要な光学素子で、観察試料内の特定の断層面で発光した蛍光のみを通過させるものである。
【0033】
顕微鏡ユニット50は、いわゆる通常の蛍光顕微鏡で、スキャンユニット40から入射するポンプ光およびイレース光をハーフミラー8で反射させて、対物レンズ9により少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む観察試料10上に集光させると共に、観察試料10で発光した蛍光を、再び対物レンズ9でコリメートしてハーフミラー8で反射させることにより、再び、スキャンユニット40に戻すと同時に、ハーフミラー8を通過する蛍光の一部を接眼レンズ11に導いて、蛍光像として目視観察できるようになっている。
【0034】
ここで、位相板3、ビームコンバイナ4および対物レンズ9は、ポンプ光とイレース光とを一部重ね合わせて観察試料10に集光する光学系を構成している。
【0035】
本実施の形態では、図1に示す超解像顕微鏡において、観察試料10に含まれる分子を基底状態から励起寿命τをもつ第1電子励起状態に励起するポンプ光の波長をλp、上記分子を第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起するイレース光の波長をλe、ポンプ光の観察試料面における最大フォトンフラックスをIp、イレース光の観察試料面における最大フォトンフラックスをIe、上記分子が基底状態から第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
および
さらに好ましくは
を満足するように構成する。
【0036】
このように構成すれば、観察試料10の集光点上においてイレース光の強度がゼロとなる光軸近傍以外の蛍光が抑制されて、結果的にポンプ光の広がりより狭い領域(Δ<0.61・λ1/NA、NAは対物レンズ9の開口数)に存在する蛍光ラベラー分子のみが観察されることになり、結果的に超解像性が発現することになる。したがって、ポンプ光およびイレース光をスキャンユニット40で走査しながら蛍光信号を測定すれば、超解像の2次元蛍光像を得ることができる。
【0037】
以下、上記のように構成する根拠、すなわち本発明による超解像顕微鏡の原理について説明する。
【0038】
超解像顕微鏡法におけるPSFは、試料面上におけるポンプ光の強度分布(H(r))と、イレース光の強度分布(G(r))と、ポンプおよびイレース光の同時照射時における試料の蛍光抑制特性すなわちdip ratio (P(Ie))とによって決定される。ここで、Ieはイレース光のフォトンフラックスであり、dip ratioとは具体的にはイレース光無照射時と照射時との蛍光強度比を示す。ポンプ光単独照射時の蛍光強度はH(r)に比例するので、イレース光同時照射時における蛍光強度プロファイル(F(r))は、蛍光抑制特性とポンプ光強度との積すなわち下記の式(2)で与えられる。
【0039】
【数2】
【0040】
実際の超解像顕微鏡法では、図3に示すように、イレース光として光軸上で光強度が存在しない中空状のベッセル1次ビームを用いる。ここで、顕微鏡の対物レンズが無収差光学系であれば、ポンプ光の形状H(r)は式(1)で与えられる。これに対し、イレース光で用いるベッセルビームは、図4に示すように、ビームの断面(瞳面)において、ビームの中心軸に対して周回するように0から2πまで連続的に変化する位相分布を持っている。したがって、すべての動径方向について中心軸に対してπだけ位相が異なっているため、集光すると光軸上で電場強度が相殺され、その強度分布は、ビーム最大強度値(Ce0)を用いて、式(3)に示すように表される。
【0041】
【数3】
【0042】
ここで、λeおよびkeは、イレース光の波長および波数である。また、Jn(z)は、n次のベッセル関数で、
でr2以上の次数を持つため、r=0でG(0)=0となることが容易に判る。式(3)を、極大値を1とし、λ/NAを1にとってプロットすると、図5に太線で示すようになり、r=0で強度が0となるイレース光として理想的な中空状のプロファイルが得られる。なお、図5には、比較のために、均一波面のポンプ光を集光したときのビームプロファイルを細線でプロットしてある。図5から明らかなように、イレース光として理想的な中空状のプロファイルが得られれば、中心部分の蛍光強度を損なうことなく、ドーナツの周辺部において効率的に蛍光抑制でき、回折限界より小さい蛍光スポットが形成できる。
【0043】
イレース光のビーム形状とならんで、dip ratioも超解像効果の発現の程度を決める重要な要素である。これは、分子構造に起因するところの分子固有の光応答特性である。図6に、2波長蛍光Dip分光法の励起ダイヤグラムを示す。一般に、図6に示すように、ポンプ光で基底状態(S0)の分子を状態S1に励起すると、分子はS1状態より蛍光を発してS0状態に緩和する。ここで、イレース光を照射すると、イレース光により分子は高い量子状態(Sn)に励起されて、S0やTm3重項状態への無輻射緩和が起こる。もし、イレース光の波長が蛍光波長帯域に重複していれば誘導放出過程も起こる。したがって、イレース光照射時に、この蛍光量が減少し、その変化が窪み(Dip)として観測される。
【0044】
一般に、蛍光強度は、S1状態のポピュレーションに比例するので、dip ratioはこのポピュレーションを求めることにより解析することができる。すなわち、ポピュレーションを観測時間(T)で積分した量が観測された蛍光強度であるので、dip ratio P(Ie)は式(4)で与えられる。
【0045】
【数4】
【0046】
ここで、n1(t,Ie)はS1状態のポピュレーションであり、イレース光のフォトンフラックスと観測時間との関数となる。さらに、n1(t,Ie)は、S0状態(n0(t,Ie))およびSn状態(n2(t,Ie))のポピュレーションを加えた3準位のレート方程式により決定される。
【0047】
【数5】
【0048】
ここで、使用した分光パラメータを図6に示す。このレート方程式は、線形の1回の微分方程式であり、一般に下記のような形式の解をもつ。
【0049】
【数6】
【0050】
ここで、Dnmは初期条件から決まる係数であり、γ1,2,3は式(5)の3×3係数行列の固有値であり、具体的には下記の根をもつ。
【0051】
【数7】
【0052】
したがって、式(6)は、以下のように表される。
【0053】
【数8】
【0054】
式(8)の指数部の成分は、ポンプ光およびイレース光照射開始直後の過渡的な遷移によるポピュレーションの変化を示し、それ以外のDn3は光照射が続き定常状態に至った場合の各状態のポピュレーションを示す。ここで、根γ1,2は負の値持ち、下記の関係が成り立つ。
【0055】
【数9】
【0056】
ここで、|γ1,2|の逆数は過渡期が終了する時間に対応し、大体の分子では1nsec以内で定常状態になる。したがって、多くの場合、ナノ秒のレーザ光源を用いた蛍光抑制過程の場合、式(8)おける指数項を無視でき、以下のように表すことができる。
【0057】
【数10】
【0058】
したがって、S1状態のポピュレーションは、下記のような具体的な形で表すことができる。
【0059】
【数11】
【0060】
この式(11)を式(4)に代入すれば、超解像顕微鏡法で重要なdip ratioを算出することができる。
【0061】
【数12】
【0062】
蛍光抑制を効率的に誘起させるためには、式(12)の分子が分母に対してできるだけ小さい方が良く、S0からS1に励起させるのに要するフォトンフラックスが十分小さい場合には、式(12)は、さらに簡単な下記の実用的な式(13)に近似できる。
【0063】
【数13】
【0064】
ここで、式(13)の分母に注目すると、k20/(k21+k20)は分子がSn状態よりS1状態を迂回して基底状態に緩和する分岐比であることを考えると、σ12k20/(k21+k20)はS1からSnへの励起により無輻射過程で緩和する断面積と解釈できる。さらに、下記の式(14)で定義されるような分光パラメータ(σdip)すなわち「dip断面積」を定義する。この量は、イレース光照射時において蛍光過程以外でS1状態から緩和する総断面積であり、τすなわち蛍光寿命と並び、蛍光抑制の発現の程度を決定する大変重要な分光パラメータである。
【0065】
【数14】
【0066】
超解像顕微鏡の光源としては、汎用性の高い商業用のナノ秒パルスレーザを用いる。これらのレーザ光源は、10nsec前後のパルス幅をもっている。したがって、実用的には、式(14)のdip ratioの関係式を用いて顕微鏡システムを構築できる。顕微鏡の光学系が無収差であると仮定すれば、理論的に期待できるPSFは、式(1)、(2)、(3)、(12)、(13)および(14)より、下記の式(15)から求められる。
【0067】
【数15】
【0068】
ここで、εpおよびεeは、ポンプ光およびイレース光の光子エネルギーであり、ポンプ光およびイレース光の照射強度をそれぞれの光子エネルギーで割るとフォトンフラックスとなる。原理的には、ポンプ光とイレース光との照射条件および試料の分子が決まると、式(15)を用いて超解像顕微鏡法のPSFを決定できる。しかし、実用的には式(15)を近似して、さらに単純化できる。
【0069】
図5から明らかなように、ベッセルビームは、空間変調されていない通常の集光ビームと比較すると、倍のサイズに広がっている。加えて、実際の現場では、イレース光の照射による蛍光発光を阻止するために、ポンプ光より長い波長帯域の光をイレース光として用いるので、その集光サイズはさらに大きくなる。したがって、ポンプ光とイレース光とを試料面に同軸で集光すると、ポンプ光の強度分布の大半はイレース光の穴の内側に存在することになる。そこで、式(3)を近似的に光軸近傍でrのべき乗に展開し、この穴の強度プロファイルを簡単な関数で近似すると、下記の式(16)が得られる。
【0070】
【数16】
【0071】
式(14)から明らかなように、第1項と比較してr3以上の高次項は無視できる。事実、穴の内側のプロファイルは、図5に示すように、rに関する2次関数でほぼ表現できる。この結果を用いれば、式(15)は下記の式(17)のように単純化することができる。
【0072】
【数17】
【0073】
ここで、ローレンチアン関数L(r)を式(18)で示すように、
【数18】
とおくと、F(r)はポンプ光のPSFを、下記の式(19)で表される半値幅(g)のローレンチアン関数L(r)で変調したものに他ならない。
【0074】
【数19】
【0075】
式(15)によれば、超解像顕微鏡法で得られるPSFの半値幅は、イレース光の強度が増すにつれて、式(17)のようなローレンチアン関数に変化して行くことが分かる。よって、式(19)で示される蛍光スポットを小さくするための必要条件は、σdipCe0を大きくすればよいことが分かる。特に、実用性を鑑みると、イレース光の強度はできるだけ小さいことが望ましいので、試料分子としては蛍光寿命τおよびdip 断面積ができるだけ大きいものを選定することが有利であることが分かる。
【0076】
ここで、式(12)に立ち戻って考察すると、蛍光抑制を効率的に誘起させるためには、式(12)において、分子が分母に対してできるだけ小さい方が有利である。一般に、蛍光寿命τは試料分子固有なものであるので、式(12)において、分子は必然的に、
を満たす必要がある。すなわち、整理すると、下記の式(20)を満たす必要がある。
【0077】
【数20】
【0078】
また、式(17)を考察すると、超解像顕微鏡法により分解能の向上が確認できるのは、式(18)で示される変調関数であるローレンチアン関数の半値幅gが、式(1)で与えられるポンプ光の集光ビームサイズの半値幅よりも小さくなることが不可欠である。ここで、ポンプ光の集光ビームサイズの半値幅(Γ)は、一般にレイリーの規範式により、下記の式(21)で与えられる。
【0079】
【数21】
【0080】
したがって、gがΓより小さくなる条件は、式(21)および(19)から、下記の式(22)のようになる。
【0081】
【数22】
【0082】
具体的には、下記の式(23)を満たすことが条件となる。
【0083】
【数23】
【0084】
さらに、式(13)の分母は、分子に対してできるだけ大きいことが望ましいことから、イレース光のフォントンフラックスに関しては、τが試料分子固有であることを考えるとdip断面積を用いて下記の式(24)を満たすようにするのが望ましい。
【0085】
【数24】
【0086】
この式(23)を整理すると、下記の式(25)が得られる。
【0087】
【数25】
【0088】
以上の考察から、図1に示す超解像顕微鏡を、式(20)および(23)、さらに好ましくは式(25)を満足するように構成することで、その性能を向上させることができる。
【0089】
次に、図1に示す構成の超解像顕微鏡において、ポンプ光の波長を532nm、イレース光の波長を599nmとして、ローダミン6G分子を用いた実験結果について考察する。先ず、最初に、式(13)を用いて、メタノール溶液中のローダミン6Gのdip ratioの測定に関する実験データの解析を行なった。
【0090】
図7は、メタノール溶液中の蛍光寿命τが3.75nsecのローダミン6Gを用いた場合のdip断面積(σdip)をパラメータとするdip ratioとイレース光のフォトンフラックスとの関係を示すものである。図7によれば、σdip を0.7×10-16cm2前後に選ぶと、実験結果をほぼ再現できることが分かる。ローダミン6Gに関しては、波長599nmの領域ではS1からSnへの吸収断面と誘導放出断面とが重複するので、正確なσdip は不明であるが、S1からSnへの吸収断面積および誘導放出断面積が10-16cm2オーダーであることが報告されおり、本解析結果は妥当なものであると判断できる。
【0091】
次に、本発明者らは、σdipを0.7×10-16cm2、τを3.75nsecと仮定して、式(15)およびその近似系である式(17)により超顕微鏡法におけるPSFを求めた。図8は、イレース光のピーク値のフォトンフラックスが2.1×1025photons/sec/cm2すなわち電場強度にして7MW/cm2の場合のPSFを示す。実線の細線および太線は、それぞれ式(15)および(17)のPSFであり、近似式ではサイドローブの部分で僅かな解離が見られるが、プロファイルの一致は良い。図8によれば、フォトンフラックスが1025photons/sec/cm2のオーダーで顕著な超解像性が発現し、本計算の場合には蛍光プロファイルの半値幅は、ポンプ光の回折限界の1/3サイズである200nmに収縮する。
【0092】
以上の条件を考察してみると、ポンプ光のフォトンフラックスIpを1023photons/cm2/secとすると、これは十分に蛍光発生できる光量である。例えば、E. Sahara and D. Treves, IEEE. J. Quantum Electron. 13, 962 (1977)のデータ、σ01=4×10-16cm2およびτ=3.75nsecを用いれば、Ipσ01τ=0.15となり、式(20)を満たしている。また、Ie=1025photons/cm2/sec、σdip1=0.6×10-16cm2とすれば、Ieσdipτ=2.6となり、式(23)および(25)を同時に満たし、請求項の条件を具体的に満たしていることが確認できる。
【0093】
図9は、直径175μmの蛍光ビーズを用いて同じ条件で超解像顕微鏡法の蛍光スポット像を測定した場合のPSFを示すものである。図9において、太線で示す測定したプロファイルも、理論解析で予想されたようにサイドローブが広がったローレンチアン型をしている。なお、図9において、細線は、図8で得られた理論式によるPSFをビーズサイズでコンボリューションした結果を示す。この理論的計算は、実験結果をほぼ再現している。この結果、近似式(17)は、PSFを表現する合理的な関数であると同時に、物理的なモデルがきわめて明快な、実用的な式であることが分かる。
【0094】
さらに、ローダミン6Gを用いた場合のPSFの結像特性を考察するため、式(17)を用いて、イレース光のフォトンフラックスに関する依存性を計算した。図10および図11は、計算したプロファイルおよびその半値幅を示す。図10および図11から明らかなように、集光したイレース光の先頭値のフォトンフラックスが5×1025photons/secとなると、回折限界サイズの1/4まで収縮することが分かる。例えば、開口数1.4の油浸対物レンズを用いた場合、その半値幅は70nmとなり、従来の光学顕微鏡では不可能あった100nmを上回る空間分解能が期待できる。その時の、イレース光のエネルギー時間平均強度を計算すると、ほぼ20mW程度となる。このことは、低出力のレーザ光源で対応できることを意味しており、取り扱いが難しい短パルスレーザ光源を用いることなく、信頼性の高いCWレーザをベースに、複雑な構成をとらない顕微鏡システムが構成できる可能性を示している。このような簡単なレーザを用いてシステムを構成できることは、システムの価格の低減、また本技術特有のレーザ波面の管理といった実用化に伴う発明の効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】本発明の一実施の形態に係る超解像顕微鏡のシステム構成を示す図である。
【図2】図1に示す位相板の構成を示す図である。
【図3】イレース光およびポンプ光のビーム形状と、試料面における蛍光領域および蛍光消失領域とを模式的に示す図である。
【図4】イレース光のビーム断面における位相分布を示す図である。
【図5】ポンプ光およびイレース光の試料面上での強度分布を示すグラフである。
【図6】2波長蛍光Dip分光法の励起ダイヤグラムを示す図である。
【図7】ローダミン6Gを用いた場合のdip ratioとイレース光のフォトンフラックスとの関係を示すグラフである。
【図8】イレース光のピーク値のフォトンフラックスが2.1×1025photons/sec/cm2の場合のPSFを示すグラフである。
【図9】直径175μmの蛍光ビーズを用いて超解像顕微鏡法の蛍光スポット像を測定した場合のPSFを示すグラフである。
【図10】イレース光のフォトンフラックスのプロファイルを示すグラフである。
【図11】同じく、その半値幅を示すグラフである。
【図12】試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示す概念図である。
【図13】図12の分子の第1励起状態を示す概念図である。
【図14】同じく、第2励起状態を示す概念図である。
【図15】同じく、第2励起状態から基底状態に戻る状態を示す概念図である。
【図16】分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図17】同じく、二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【符号の説明】
【0096】
1 Krレーザ
2 LD励起型モードロックNd:YAGレーザ
3 位相板
4 ビームコンバイナ
5 ハーフミラー
6,7 ガルバノミラー
8 ハーフミラー
9 対物レンズ
10 観察試料
11 接眼レンズ
12 投影レンズ
13 ピンホール
14,15 ノッチフィルタ
16 光電子増倍管
30 光源ユニット
40 スキャンユニット
50 顕微鏡ユニット
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から励起寿命τをもつ第1電子励起状態に励起する第1のコヒーレント光を出射する第1の光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起する第2のコヒーレント光を出射する第2の光源と、
上記第1のコヒーレント光と上記第2のコヒーレント光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記第1のコヒーレント光の波長をλp、上記第2のコヒーレント光の波長をλe、上記第1のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIp、上記第2のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIe、上記分子が基底状態から上記第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
を満足するように構成したことを特徴とする超解像顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の超解像顕微鏡において、
さらに、
を満足するように構成したことを特徴とする超解像顕微鏡。
【請求項1】
少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から励起寿命τをもつ第1電子励起状態に励起する第1のコヒーレント光を出射する第1の光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起する第2のコヒーレント光を出射する第2の光源と、
上記第1のコヒーレント光と上記第2のコヒーレント光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記第1のコヒーレント光の波長をλp、上記第2のコヒーレント光の波長をλe、上記第1のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIp、上記第2のコヒーレント光の上記試料面における最大フォトンフラックスをIe、上記分子が基底状態から上記第1電子励起状態に励起するときの吸収断面積をσ01、および蛍光抑制断面積をσdipとするとき、
を満足するように構成したことを特徴とする超解像顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の超解像顕微鏡において、
さらに、
を満足するように構成したことを特徴とする超解像顕微鏡。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2006−47912(P2006−47912A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−232230(P2004−232230)
【出願日】平成16年8月9日(2004.8.9)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年8月9日(2004.8.9)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
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