説明

超電導線材の製造方法、および超電導線材

【課題】kmオーダーの長尺の二ホウ化マグネシウム超電導線材の製造方法、およびこの方法により製造された二ホウ化マグネシウム超電導線材を提供する。
【解決手段】芯材4を送出ボビン13から送出する工程と、マグネシウムとホウ素とを蒸発させ、送出された前記芯材4上に連続して二ホウ化マグネシウムを蒸着する工程と、二ホウ化マグネシウムが蒸着した前記芯材4を巻取りボビン14に巻取る工程とを備えることで二ホウ化マグネシウム超電導線材を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二ホウ化マグネシウム(以下、MgB2)超電導線材の製造方法、および超電導線材に関する。
【背景技術】
【0002】
核磁気共鳴分析(Nuclear Magnetic Resonance;NMR)や、核磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging;MRI),大容量の電力を貯蔵するための次世代エネルギー貯蔵システムである超電導磁気エネルギー貯蔵(Superconducting Magnetic Energy Storage)には、強磁場を形成するための超電導磁石が用いられている。
【0003】
超電導磁石に用いられるMgB2超電導線材の製法として、例えば特許文献1には、超高真空中でMgおよびBを電子ビーム照射により蒸発させ、400℃以下の成長温度で平板や金属線等にMgB2薄膜を作成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3897550号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし特許文献1の方法では、超高真空下の400℃以下という環境で作成するということを開示するにとどまっており、kmオーダーの長い線材を作成する場合について十分考慮されていない。
【0006】
本発明は、長尺のMgB2超電導線材の製造方法、および超電導線材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、芯材を送出ボビンから送出する工程と、マグネシウムとホウ素とを蒸発させ、送出された前記芯材上に連続してMgB2を蒸着する工程と、MgB2が蒸着した前記芯材を巻取りボビンに巻取る工程とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、長尺のMgB2超電導線材の製造方法、および超電導線材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】MgB2超電導線材。
【図2】片側に蒸着したMgB2超電導線材の断面構造。
【図3】両側に蒸着したMgB2超電導線材の断面構造。
【図4】全周に蒸着したMgB2超電導線材の断面構造。
【図5】安定化材を付与したMgB2超電導線材の断面構造。
【図6】銅芯材上に成膜される超電導MgB2層断面の電子顕微鏡観察像。
【図7】銅芯材上に成膜される超電導MgB2層のX線回折パターン。
【図8】リフトオフ法で作製される多芯MgB2超電導線材の断面構造。
【図9】MgB2線材作製装置。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係る実施形態について説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組合せや改良が可能である。
【実施例1】
【0011】
(成膜装置・成膜環境の概要)
本実施例で使用する蒸着環境を図9に示す、成膜室11(あるいは蒸着室)、成膜室の雰囲気を制御するための真空ポンプおよびガス配管類、ホウ素蒸発源17およびマグネシウム蒸発源18、MgB2と抵抗率の異なる物質(例えば銅やアルミニウム)の蒸発源、芯材にMgB2やMgB2と抵抗率の異なる物質を蒸着・成膜するためのボビン(あるいはリール)13,14、芯材の温度を制御するための成膜用芯材ヒータ23、蒸着により形成したMgB2等の層の厚みを計測するための計測装置群(センサ,膜厚計,放射温度計,雰囲気監視装置等)24を備えている。
【0012】
また、芯材上において蒸着・成膜が実施される領域を制御するためのマスク,芯材を交換することを可能にし、かつ、成膜室の清浄で高真空な雰囲気を維持することを可能にする、ロードロック型の成膜準備室25、成膜準備室の雰囲気を制御するための真空ポンプおよびガス配管類、蒸着したMgB2およびMgB2と抵抗率の異なる物質の物性をin−situ分析するための分析装置を備えていることが好ましい。
【0013】
(成膜室)
成膜室11は、非磁性体あるいは磁化されにくい材質で構成され、振動に影響されにくい重量を持つステンレス製の容器であり、10-10Torr程度の真空内圧と大気圧の外気との圧力差に耐える耐圧性と良好な気密性を持つ。ただし、材質は上記に限定されず、蒸着性や他の機能を阻害しない限りにおいて自由に選択することができる。また、芯材や、芯材を送出する送出ボビン13及び巻取る巻取りボビン14を内部に格納する。蒸発源17,18と芯材との間の適切な間隔を持ち、成膜用芯材ヒータ23の熱から容器を保護可能な位置に配置する。膜厚計およびその他の分析装置を使用する上で十分な空間が確保可能な容量を持つことが望ましい。
【0014】
(成膜室の雰囲気を制御するための真空ポンプおよびガス配管類)
成膜室の雰囲気は大気圧から10-10Torr程度の超高真空の間である。真空系はロータリーポンプ(油回転ポンプ)7およびターボ分子ポンプ8あるいはディフュージョンポンプ(油拡散ポンプ)あるいはクライオポンプ12との組み合わせにより構築するのが適当である。ただし、蒸着に必要な雰囲気を形成可能な限り、その他のポンプを用いても構わない。
【0015】
本実施例の対象であるMgB2は酸化性雰囲気に敏感であり、酸素の存在下では容易に酸化されて劣化する。従って、雰囲気制御ガスとしてはヘリウム,窒素,アルゴンなど不活性ガスが適当であり、これらのガス配管を通じて成膜室内に導入する。ただし、第3元素以降の元素または物質を導入したり、MgB2と抵抗率の異なる物質を気相を介して形成したり、意図的に還元性の雰囲気を形成する場合には、酸素,水素を含めた各々のガス配管があれば都合が良い。また、成膜室11を維持管理するために大気開放するときには、大気を導入する弁があっても良い。
【0016】
また、成膜室内の雰囲気は適切な真空計,差圧計,ガス分析装置,露点計などを用いて監視,制御すべきである。
【0017】
(蒸発源)
本実施例では、蒸着によりMgB2を形成する。マグネシウムは蒸気圧が高いため、マグネシウムとホウ素は別々に蒸発され、芯材上にはMgB2として蒸着される。第3元素以降の元素および物質としてシリコンあるいは炭素あるいはこれらを含む化合物があっても良く、MgB2と抵抗率の異なる物質として銅,アルミニウム,タンタル,ニオブ、各種酸化物などがあっても良い。
【0018】
マグネシウムとホウ素はいずれも高純度である塊状の原料を使用する。ホウ素は高硬度かつ高融点であるため、粉末焼結材を原料として使用し、電子ビームの照射加熱により蒸発させる。マグネシウムは融点も低く、電子ビーム照射や抵抗発熱体を用いた加熱により蒸発させる。ただし、第3元素以降の元素および物質並びにMgB2と抵抗率の異なる物質を含め、蒸着に十分な蒸発量が得られる限り、原料の蒸発方法は上記に限定されない。レーザーあるいはイオンビームの集中照射、その他の加熱方法を用いてもよい。
【0019】
いずれの元素および物質を用いる場合においても、ピンホールやシャッタなどを用いて芯材上への供給量を制御すべきである。マグネシウムは上記の通り蒸気圧が高く、蒸着した芯材上での再蒸発も生じるため、ホウ素に比べて供給量を多くする。マグネシウムおよびホウ素の芯材上への供給レートの目安はいずれも毎秒数ナノメートル以下であるが、蒸着するMgB2の特性が設計仕様の範囲である限り、これを超えるあるいは下回っても構わない。
【0020】
(芯材)
本実施例におけるMgB2超電導線材は、蒸着法によって芯材上に形成する。芯材はMgB2超電導線材を実際に使用する温度である超電導転移温度(約39ケルビン)以下において、10-11〜10-10Ωm程度の抵抗率であることが好ましい。従って99.9%以上の高純度な銅あるいはアルミニウムを使用する。ただし、後にこれらの機能を有する材料を芯材上に付与する場合は、芯材は上記に限定されず、金属,有機材料,無機材料など種々の物質とすることが可能である。蒸着する元素と芯材との反応を回避するために、予めタンタルやニオブなどのバリア材料で芯材を被覆しておくことも可能である。
【0021】
どの材質の場合でも、後述するボビン13,14からの送出や巻取り、および応用時の曲げに耐えるため、製造時に必要最低限の強度と可撓性が必要である。芯材は丸形あるいは多角形の断面形状を持つが、後に複数の超電導線材を組み合わせて導体を形成する場合においては、任意の形状とすることが可能である。
【0022】
また、蒸着によって得られるMgB2の結晶性や電流特性は、芯材表面の平滑性に影響される。目安として芯材表面の平均二乗根粗さ(root-mean-square;すなわちrms)を100ナノメートル以下、好ましくは10ナノメートル以下にすることが好ましい。
【0023】
(ボビン)
キロメートル級の長尺なMgB2超電導線材を作製するために、同等以上の長さを有する芯材を使用する。限られた容積の成膜室内において長尺な芯材は、送出ボビン13により繰り出され、蒸着の後に巻取りボビン14に巻取られる。このことにより、長尺な芯材のほぼ全長に渡ってMgB2およびMgB2と抵抗率の異なる物質を蒸着することが可能となる。MgB2を蒸着したMgB2超電導線材は、巻取られる際の曲げ応力によって特性が劣化する可能性があるため、巻取りボビン14は送出ボビン13より径の大きいことが好ましい。
【0024】
(加熱装置)
真空中で蒸着されるため、芯材の加熱はグラファイト発熱体など芯材の近傍にある発熱体からの輻射、あるいは光、特に赤外光の集光照射により加熱する。ただし、照射するエネルギーは他波長の光やレーザー、加速された電子あるいはイオンなど荷電粒子の集束ビームの形態であっても良い。芯材の温度が高いほど良質のMgB2結晶が得られるが、350℃を超えない範囲であることが好ましい。
【0025】
(膜厚計)
作製されたMgB2超電導線材の電流特性、特に電流容量は、芯材上に蒸着したMgB2およびMgB2と抵抗率の異なる物質の厚みに依存する。これらの厚みはクリスタル振動子、すなわち水晶振動子を備えた膜厚計によって管理する。ただし、蒸着した膜厚を監視する機能を果たす限り、厚さ計測の方法は上記に限定されず、他の直接あるいは間接的な方法で代用可能である。膜厚計はMgB2の他、蒸着するそれぞれの物質について各々別個に使用することにより、蒸着の管理性は向上する。
【0026】
(マスク)
芯材上の部位によって局所的に膜厚を制御・変動したい場合には、任意の形状のマスクを用いることが可能である。例えば、多角形の断面形状を有する芯材の特定の面に蒸着する場合に有効であり、各面にそれぞれ不連続に蒸着を行うことによりMgB2およびMgB2と抵抗率の異なる物質の結晶配向を制御することが可能となる。
【0027】
(ロードロック型の成膜準備室)
芯材の導入および蒸着後のMgB2超電導線材の取出しは、成膜室に連結した成膜準備室25を介して行うことが好ましい。成膜準備室は成膜室11と同等の材質で構成され、同様の真空系と大気開放のためのガス配管類を少なくとも備えており、成膜室と同程度の耐圧性と気密性を有する。大気開放された成膜準備室に芯材を導入した後、同室は真空系を用いて10-5Torrより高い真空度にし、しかる後に芯材を成膜室に移送する。成膜準備室と成膜室の間はゲートバルブ10によって隔離されており、芯材およびMgB2超電導線材を移送するときに限り、バルブを開き両室の空間を接続する。このことにより、成膜室を大気中の水,有機物,塵などの汚染から保護し、常に同室を超高真空に保つことができる。成膜室における蒸着中においても、成膜準備室において作製したMgB2超電導線材と新たな芯材との交換を実施できるため、生産性を向上することが可能となる。ただし、成膜室の気密性を高め、超高真空を保持する設計上、ゲートバルブを隔てて、成膜室の内圧は成膜準備室の内圧より低く維持するべきである。
【0028】
上記製造装置および製造方法により作製されたMgB2超電導線材は以下の構成を有する。ただし、装置構成の調節,蒸着回数の増減等により、これら各構成の大小,有無は調節可能であり、MgB2超電導線材はここで取り上げた形態に限定されることはなく、適宜変更が可能である。
【0029】
(作製される薄膜の特徴)
本実施例の製造方法により作製されるMgB2超電導線材の断面図を図2〜図5に示す。図において、線材断面は円形であるが、MgB2超電導線材は特に円形に限らない。また、断面図は線材の任意の地点で切断したものを示しており、切断点により構成の多少の違いがある。
【0030】
(1.逐次成膜)
芯材が送出され、巻取られるまでの間に連続的にMgB2が蒸着される。MgB2の層厚は1マイクロメートルを超えると表面のMgB2が脱落しやすくなるため、これ以下の厚さとする。MgB2の他に、MgB2と抵抗率の異なる物質を蒸着させてもよい。
【0031】
この条件で作製されるMgB2超電導線材は、芯材に対して一方向からMgB2を蒸着させるので、芯材の中心を挟んだ蒸発源と反対側の面には蒸着されない。即ち、MgB2の被覆面と芯材が露出した面とが存在する。蒸発源は複数個備えてもよい。MgB2超電導線材の長軸方向と直交する断面を図2に示す。巻取り後、芯材の進行方向と垂直な面内で、芯材を中心に両ボビンの回転軸を180度回転させた状態で、再度芯材の送出,MgB2の蒸着,芯材の巻取りを行うと、MgB2超電導線材の断面は図3となる。適宜角度を変えて逐次成膜の工程を繰り返すことにより、最終的に全周にMgB2を蒸着することができる。
【0032】
送出ボビン13と巻取りボビン14との間に複数の蒸着源を設けると、一度の巻取り作業でも全周にMgB2を蒸着することができる。MgB2を蒸着させた後、両ボビンの回転軸を回転させず、再度同じ方向からMgB2と抵抗率の異なる物質を蒸着させることで、MgB2層の上部にMgB2と抵抗率の異なる物質を堆積させることもできる。これらの層を交互に成膜すると臨界電流密度が高くなる。
【0033】
MgB2は線材の長尺方向に途切れずに連続して存在すればよいので、必ずしも芯材の全周を被覆していなくてもよいが、被覆面積が増えると線材を流れる電流を増やすことができる。ボビンの回転速度、すなわち芯材の送出および巻取り速度は、MgB2およびMgB2と抵抗率の異なる物質の蒸着速度と、目的とする厚さによって決定される。
【0034】
また、蒸着時にマスクを用いる場合、蒸着幅をより詳細に制御することが可能で、特に多角形の断面形状を持つ芯材上に蒸着するときには特定の面にのみ蒸着することも可能となる。
【0035】
これによれば、MgB2層は、MgB2の結晶粒子径が数ナノメートルから数百ナノメートルとなることによって高密度な結晶粒界を構成するので高い臨界電流密度を有すると共に、線材に連続的に成膜することができるので長尺のMgB2超電導線材を製造することができる。
【0036】
(2.連続成膜)
芯材をボビンで巻取ると共に、芯材の進行方向と垂直な面内で両ボビンの回転軸を回転させる方法でもよい。
【0037】
芯材が巻き取られるまでの間に連続的に蒸着すると、芯材の送り出し速さを調整することによって芯材全周を被覆するようにMgB2を蒸着させたり、あるいは芯材の外周に螺旋状にMgB2が蒸着される。
【0038】
これによれば、上記(1)の逐次成膜の場合よりも早く成膜できるので、上記の効果に加え、更に超電導線材の生産性を高めることができる。
【0039】
(3.ミスフィットおよび抵抗率の異なる物質)
芯材上にMgB2を蒸着する間に芯材の冷却工程を設ける場合、図4に示すようにMgB2層の重なりの間に格子不整合を導入することができる。不活性ガスを吹き付けて冷却したり、冷却水の通った滑車を途中に設けて冷却してもよい。また、冷却工程の代わりに、MgB2と抵抗率の異なる物質の蒸着工程を設ける場合、MgB2層の重なりの間にMgB2と抵抗の異なる物質を導入することができる。
【0040】
上記(1)と組み合わせた場合、作製されるMgB2超電導線材において、例えば芯材の外周にMgB2およびMgB2と抵抗率の異なる物質が交互に積層されるチェック模様を呈すMgB2超電導線材の断面構成とすることも可能である。上記(2)と組み合わせた場合、芯材の外周に形成されるMgB2層内に、例えば、螺旋状の格子不整合やMgB2と抵抗率の異なる物質層を導入することが可能となる。
【0041】
これらMgB2層の重なりの間に導入する格子不整合やMgB2と抵抗率の異なる層は、磁場中における実用の際に磁束ピンニングセンターとして機能し、MgB2超電導線材の臨界電流密度を向上させる。
【0042】
また、(1)および(2)の場合と組み合わせてもよい。その場合は、芯材の全周にMgB2を蒸着する工程と、冷却工程またはMgB2と抵抗率の異なる物質の蒸着工程とを交互に繰り返すときは、MgB2層と格子不整合あるいはMgB2と抵抗率の異なる物質層との積層構造とすることが可能となる。この場合もMgB2超電導線材の臨界電流密度を向上することができる。
【0043】
(4.保護層および安定化材被覆)
作製されるMgB2超電導線材の外周にはさらに図5に示すように安定化材を被覆し、安定化材の外周にはさらに保護材を被覆する。安定化材としては10-10〜10-11Ωmの低抵抗率を有する高純度な金属、例えば銅やアルミニウムが適切であり、また、酸化など化学的な劣化や機械的な劣化を回避することを目的とする保護層には、酸化アルミニウム,酸化マグネシウム,酸化カルシウムなど保護層自体が容易に還元されない材質であることが好ましい。ただし、安定化材および保護層のいずれも、使用する物質は上記の限りでなく、その機能を阻害しない範囲において他の物質からも選ぶことが可能である。
【0044】
(多芯化)
上記の構成によって作製されたMgB2超電導線材は、複数束ねて撚り線とすることで多芯化すれば、より電流容量の大きなMgB2超電導導体となる。多芯のMgB2超電導導体に含まれる個々のMgB2超電導線材の間には、MgB2超電導線材の安定化材と同じ物質か同等の抵抗率を有する金属で満たす。作製するMgB2超電導導体は、中心点対称な断面形状を有することが望ましい。ただし、多芯化の方法は上記の撚り線とする方法に限らず、MgB2超電導導体の任意の断面においてMgB2の間を安定化材が満たしている限り、異なる手法であっても構わない。MgB2超電導線材を多芯導体化する場合には、保護層は多芯導体化の後に被覆することが望ましい。
【0045】
また、作製するMgB2超電導導体によって、設計仕様の2倍以上の電流容量とすることが可能となる場合、MgB2超電導導体の断面を2つ以上に分割し、その間の一部あるいは全てを断熱性の高い物質で隔てることにより、MgB2超電導導体に含まれる一部のMgB2超電導線材がクエンチした場合にも、熱の伝播を抑制し、クエンチしていないMgB2超電導線材へのクエンチの伝播を回避することが可能となる。
【0046】
(原料)
MgB2の蒸着はマグネシウムとホウ素の2元同時蒸着により実施する。
【0047】
純度99.9%のマグネシウムロッドと純度99.8%のホウ素粉末焼結タブレットをMgB2の原料として使用する。芯材には純度が99.999%であり、丸形の断面形状を持つ直径0.3mmの銅線を使用する。
【0048】
(成膜準備)
マグネシウムロッドはルツボ内に格納してルツボ周囲に配置したカンタルヒータの加熱により蒸発させ、ホウ素タブレットはその表面に電子ビームを照射することにより一部を局所的に加熱して蒸発させる。
【0049】
銅線材は予めその全長をボビンに巻き取っておき、その端部を引き出して別のボビンに固定する。これらのボビンは、常に銅芯材を中心として円周方向と垂直に回転する機構を附帯する。銅芯材はこれらボビンと共に成膜準備室に導入し、同室をロータリーポンプで10-3Torr程度に真空引きした後、さらにターボ分子ポンプを用いて脱気を続ける。成膜準備室が10-6Torrオーダー以上の真空度に到達したならば、銅芯材とボビンはトランスファーロッドを使用して、同室とゲートバルブで隔てられた成膜室内の所定の位置に移送する。成膜室はロータリーポンプ,ターボ分子ポンプ,クライオポンプを用いて10-8Torrの真空度に保たれている。移送後は、直ちにゲートバルブを閉じ、成膜室の超高真空と清浄な環境を保持するように務めるべきである。
【0050】
(成膜)
マグネシウムおよびホウ素は下方から銅芯材の表面に供給する。蒸発流を芯材表面に確かに到達させるため、蒸発源は鉛直方向からずれた方位、たとえばマグネシウムは45度傾いた角度から、またホウ素は15度傾いた角度から供給する。蒸着中において芯材の温度は赤外線ヒータによって加熱され、300℃に維持する。芯材の温度は放射温度計によって監視し、誤差が±1℃程度に収まるように温度調節器によってヒータの出力を制御する。マグネシウムおよびホウ素の供給レートはそれぞれ、毎秒1.5ナノメートルおよび毎秒0.1ナノメートル程度とする。蒸着中は蒸着される芯材を中心として、送出および巻取り用などのボビン同軸同速度で回転し、蒸着速度は膜厚計によって監視する。
【0051】
1バッチで蒸着される全層厚を増やすため、上記蒸発源は2組以上使用する。MgB2は1マイクロメートル程度の厚みを超えると曲げに対する機械的強度が低下して表面のMgB2が脱落しやすくなるため、MgB2を蒸着する間隙に銅やアルミニウムの蒸発流を供給し、数ナノメートルから数十ナノメートルの銅やアルミニウム層を付与する。線材表面のある点に対する蒸着時間は2時間程度である。
【0052】
製造したMgB2超電導線材は外周に安定化材となる銅およびアルミニウムを100ナノメートル以上の厚さとなるように蒸着する。
【0053】
(作製した薄膜の構造)
例えば(2)の連続成膜の方法を用いて、MgB2層及びMgB2と抵抗率の異なる層とを螺旋状に芯材に蒸着させると、図1に示す構造のMgB2超電導線材が得られる。芯材の外周に層厚5マイクロメートル程度のMgB2層があり、その外側に銅やアルミニウムの安定化材がある。MgB2層の中には、線材の長さ方向に銅やアルミニウムなどMgB2と抵抗率の異なる物質の層が螺旋状に存在する。MgB2層の全長ははじめに送出ボビンに用意した長さとほぼ同等となる。
【0054】
芯材表面に形成したMgB2の結晶粒は直径100ナノメートル程度と微細になる。
【0055】
(特性)
上記のMgB2線材においては、4.2ケルビンの液体ヘリウム温度において、自己磁場中で1500A以上の電流を流すことが可能となる。
【実施例2】
【0056】
本実施例では、芯材には純度が99.999%であり、正六角形の断面形状を持つ直径0.3mmの銅線を使用した場合の薄膜の構造を示す。
【0057】
作製されるMgB2超電導線材の断面構造を電子顕微鏡によって詳細に観察したものを図6に示す。芯材とMgB2層の間には非晶質なホウ素層が存在しており、柱状に成長したMgB2結晶と、結晶間の空隙にMgB2と抵抗率の異なる物質(例えば銅やアルミニウム)が存在する。結晶間の空隙にMgB2と抵抗率の異なる物質が存在すると、クエンチ時に銅やアルミニウムに電流を逃がすことができ、焼き切れを防止できるので線材を保護することができる。
【0058】
六角芯材の1辺の上に蒸着したMgB2層を蒸着面に対して垂直方向からX線回折測定を実施したものを図7に示す。MgB2結晶は芯材から{001}方位を優先配向軸として成長したことが観測できる。ただし、線材断面からMgB2層の電子線回折像を観察すると、デヴァイリングが観測され、優先配向軸は持たない。
【実施例3】
【0059】
(製造方法)メタルマスク
円形あるいは多角形の断面形状を持つ、純度99.999%以上である銅線を芯材として使用する。MgB2の蒸着を実施する際、矩形あるいは円形の孔もしくはスリットを有する非磁性の金属板をマスクとして使用する。マスクを芯材表面の近傍に設置し、蒸発流がマスクの孔を通して芯材に到達するようにする。蒸発流がマスクの孔から回り込んで拡散することを防ぐために、マスクは芯材の外周位置に可能な限り近づけるが、蒸着したMgB2層やMgB2と抵抗率の異なる物質の層を損傷することを避けるため、芯材表面から1mm以下の距離で芯材に接触しないようにする。蒸発源とマスクの組み合わせを線材の長さ方向に沿って2組以上の複数組、線材の周方向に間隔を開けて設置する。中心対象に設置した場合、電流の流れがわかりやすいので線材をコイルに加工しやすい。このとき、それぞれの蒸発源とマスクを使って蒸着されるMgB2層が互いに接触しないマスク幅を設定する。MgB2層を1マイクロメートル程度の厚みで蒸着した後は純度が99.999%以上の高純度な銅やアルミニウムなど安定化材を数十マイクロメートル以上の厚みで芯材の全周に蒸着する。このMgB2層と安定化材の組み合わせの蒸着は2回以上実施することも可能である。
【0060】
(作製される薄膜の構造)
作製されるMgB2超電導線材の断面構造を観察することにより、超電導層において、厚さが1マイクロメートル程度のMgB2層が安定化材に隔てられて中心対称かつ同心円状に配置された構成が観測される。すなわち、一本の超電導線材でありながら多芯化された断面構成となる。それぞれのMgB2層の中には、層状の格子不整合あるいはMgB2と抵抗率の異なる物質が導入されている、あるいはリボン状に導入された格子不整合およびMgB2と抵抗率の異なる物質が線材長さ方向に斜めに横切っている。
【実施例4】
【0061】
(製造方法)紫外線硬化樹脂
円形あるいは多角形の断面形状を持つ、純度99.999%以上である銅線を芯材として使用する。MgB2層の蒸着に先立ってマスク処理を実施する。各工程実施後の断面構造を図8に示す。芯材(図8(1))をボビンから送出した後にポジ型フォトレジストを全周に1.5マイクロメートル以上の厚さで塗布し(図8(2))、次にレンズおよびスリットを用いて樹脂上に紫外線を集光照射する。芯材の長さ方向に連続的に感光させる。複数の光源および光学系を使用し、線材の断面方向から見て中心対称に感光させ、かつ隣接する感光部位が互いに接触しないようにする。有機アルカリ系の溶液と超純水を用いて現像およびリンスすると、芯材上にレジストがパターンされる(図8(3))。芯材の長尺方向に沿って、直線上にも螺旋状にもレジストは形成できる。MgB2を1マイクロメートル程度蒸着(図8(4))した後に、溶剤によってレジストを除去、すなわちリフトオフする(図8(5))。さらに外周に純度99.999%以上の高純度な銅やアルミニウムなどの安定化材を数十マイクロメートル以上の厚みで蒸着する(図8(6))。以上の工程は複数回実施することができる。
【0062】
(作製される線材の構造)
上記の工程によって作製されるMgB2超電導線材は、芯材上に蒸着された互いに安定化材で隔てられた複数のMgB2層が形成される。すなわち多芯化された単芯線のMgB2超電導線材が得られる。
【0063】
これにより、クエンチ時に安定化材に電流を逃がすことができ、焼き切れを防止できるので線材を保護することができる。
【0064】
MgB2超電導線材の断面構造を観察することにより、超電導層において、厚さが1マイクロメートル程度のMgB2層が安定化材に隔てられており、かつ中心対称かつ同心円状に配置された構成が観測される。それぞれのMgB2層の中には、層状の格子不整合あるいはMgB2と抵抗率の異なる物質が導入されている、あるいはリボン状に導入された格子不整合およびMgB2と抵抗率の異なる物質が線材長さ方向に斜めに横切っている。
【実施例5】
【0065】
任意の断面形状を有する、純度99.999%以上の銅線を芯材として使用する。MgB2を蒸着するときの蒸発源として、マグネシウムおよびホウ素の固体を原料とする。一方、水素に対して10%以下で混合したテトラメチルシラン(TMS)などの有機シランを、マグネシウムおよびホウ素と同時に、芯材の近傍から希薄に供給する。
【0066】
(作製される線材の構造)
作製されるMgB2超電導線材において、蒸着されたMgB2層について誘導結合プラズマ法やX線蛍光法を用いた化学分析を実施すればシリコンや炭素が検出される。また、(001)配向したMgB2層についてX線回折法によって(001)軸を中心に極点図を描画して構造解析を実施すると、MgB2結晶の{100}面の回折ピークの観測角度が低角度側にシフトする。
【0067】
供給濃度および供給量によって、マグネシウムおよびホウ素に対するこれら第3番目以降の元素はMgB2層内での原子配置が変わり、有機シランの供給が少ない場合は電子顕微鏡による観察と波長分散型およびエネルギー分散型のX線分析を行うことにより、MgB2の粒界近傍に偏在している様子が観測される。供給量が過多の場合には、完全に分解されないままMgB2層内に残り、これはX線光電子分光法によりSi−C結合やSi−H結合が検出されることにより確認できる。
【符号の説明】
【0068】
1 安定化材
2 MgB2
3 MgB2と抵抗率の異なる物質層
4,15 芯材
5 レジスト
6 レジストパターン
7 ロータリーポンプ
8 ターボ分子ポンプ
9 真空バルブ
10 ゲートバルブ
11 成膜室
12 クライオポンプ
13 送出ボビン(ボビン)
14 巻取りボビン(ボビン)
16 芯材回転機構
17 ホウ素蒸着源(蒸発源)
18 マグネシウム蒸発源(蒸発源)
19 汎用エフュージョンセル
20 雰囲気制御ガス
21 レギュレータ
22 成膜シャッタ
23 成膜用芯材ヒータ
24 計測装置群
25 成膜準備室
26 搬送棒(トランスファーロッド)
27 芯材プリアニール用ヒータ
28 熱遮蔽シャッタ
29 制御機器群
30 制御コンピュータ
31 制御信号線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯材を送出ボビンから送出する工程と、
マグネシウムとホウ素とを蒸発させ、送出された前記芯材上に連続してMgB2を蒸着する工程と、
MgB2が蒸着した前記芯材を巻取りボビンに巻取る工程とを備えることを特徴とするMgB2超電導線材の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記送出ボビンの回転軸と前記巻取りボビンの回転軸とを、送出される前記芯材を中心に前記芯材の進行方向と垂直な面内で回転させる工程を、前記MgB2を蒸着する工程と共に行うことを特徴とするMgB2超電導線材の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記MgB2を蒸着する工程の後に、前記芯材を冷却する工程又はMgB2と抵抗率の異なる物質を蒸着する工程の少なくとも何れか一方を備えることを特徴とするMgB2超電導線材の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2において、前記MgB2を蒸着する工程の後に、10-10〜10-11Ωmの抵抗率を有する安定化材で覆う工程を備えることを特徴とするMgB2超電導線材の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2において、前記芯材の外周位置であって前記芯材の周方向に間隔を開けてマスクが備えられていることを特徴とするMgB2超電導線材の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2において、前記MgB2を蒸着ずる工程の前に、前記芯材にポジ型フォトレジストを覆う工程と、紫外線を照射してレジストパターンを形成する工程とを備え、前記MgB2を蒸着する工程の後に、溶剤を用いて前記レジストパターンを除去する工程と、10-10〜10-11Ωmの抵抗率を有する安定化材で覆う工程とを備えることを特徴とするMgB2超電導線材の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至4の何れかの方法により製造されたMgB2超電導線材。
【請求項8】
請求項5又は6の方法により製造されたMgB2超電導線材において、MgB2及びMgB2と抵抗率の異なる物質を、前記芯材の周方向に交互に備えることを特徴とするMgB2超電導線材。
【請求項9】
請求項7又は8において、前記芯材の進行方向と垂直な方向からX線回折測定した場合に、MgB2結晶が前記芯材からの成長方位が{001}方位である優先配向軸を備えることを特徴とするMgB2超電導線材。
【請求項10】
請求項7又は8において、MgB2結晶間にMgB2と抵抗率の異なる物質を備えることを特徴とするMgB2超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−248377(P2012−248377A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−118606(P2011−118606)
【出願日】平成23年5月27日(2011.5.27)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】