超音波ドップラー法の補正方法および補正プログラム
【課題】速い流れや乱れの激しい流れであっても自動計測が可能となり、かつ軽い計算負荷で折り返し補正を行うことが可能な超音波ドップラー法の補正方法および補正プログラムを提供する。
【解決手段】超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、超音波を流体に対して複数回送受信して流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出し(ステップ216)、複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し(ステップ220)、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定し(ステップ224)、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する(ステップ230、ステップ234)。
【解決手段】超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、超音波を流体に対して複数回送受信して流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出し(ステップ216)、複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し(ステップ220)、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定し(ステップ224)、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する(ステップ230、ステップ234)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波ドップラー法による速度測定における折り返し速度の補正方法および補正プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、超音波を流体内の反射体に反射させ、ドップラー効果を利用して流体の速度を測定する方法が広く採用されている。超音波ドップラー法を簡単に説明すれば、移動する反射体からの反射波の周波数がドップラー効果によって変化することを利用して、反射体の速度(流体の速度)を求めるものである。
【0003】
反射体までの距離をL、送信する超音波の波長をλとすると、反射波を受信した受信信号の位相は次式で表される。
受信信号の位相Φ=初期位相Φ0+(往復距離2L×2π)/λ (式1)
式1の両辺を時間tで微分すると、
dΦ/dt=4π/λ(dL/dt) (式2)
となる。dL/dtは、反射体の移動速度(ドップラー速度)Vである。dΦ/dtは角周波数であって、送信した超音波のパルス繰り返し周波数f0と反射波の周波数との差分(ドップラーシフト)をfdとすると、dΦ/dt=2πfdである。これにより式2を書き直せば、次式を得る。
ドップラーシフトfd=2V/λ (式3)
ドップラー速度V=±λfd/2 (式4)
ただし式4の正値は近づく方向、負値は遠ざかる方向である。
【0004】
ところで超音波ドップラー法においては、反射波を受信する際に、受信する反射波と送信する超音波とが重なってしまうことを防止する必要があるため、超音波は離散的に(間欠的に)送受信される。このためサンプリング定理(ナイキストの定理)により、ドップラーシフトfdがサンプリング周波数fprfの1/2を超えると折り返し現象を生じてしまう。すなわち、ドップラーシフトの最大値fdmaxは次式となる。
fdmax=fprf/2 (式5)
式5を式4に代入すると、ドップラー速度の最大値Vmaxを得ることができる。
Vmax=±λfprf/4 (式6)
式6によって定まる速度範囲が測定レンジとなる。
【0005】
これらによって、超音波ドップラー法において反射体の移動速度(ドップラー速度)が測定レンジを超える場合、真のドップラー速度に対し、検出されるドップラー速度にはVmaxの整数倍ごとに折り返し現象が生じ、符号が逆転して測定レンジの反対側に検出される。
【0006】
測定レンジを広げる(Vmaxを大きくする)ためには、式6を参照すれば、搬送波の波長λを長くするか、サンプリング周波数fprfを大きくすればよい。しかし波長を長くすると、微細な気泡などの反射体をすり抜けるようになってしまい、有効な反射波の強度が得られなくなってしまう。またサンプリング周波数fprfを大きくすると、1つ前の超音波の反射波である2次エコーが強く検出されるようになってしまい、この影響を除去する補正処理が必要となり、演算負荷が増大するという問題がある。このため、測定レンジには原理的に限界値が存在する。
【0007】
図14は、水路内の流体(水)の流速を測定した例である。水路内の水は中央部かつ水面近くで流速が速くなり、壁面近傍では流速が遅い傾向にある。図14の例では、壁面近傍は測定レンジ内にあるが、中央部付近では測定レンジを超えてしまっており、測定レンジの下限から出現した形となっている。このように、速い流れや乱れた流れでは測定レンジを超えた流速が存在し、熟練した作業者による修正が必要であった。
【0008】
従来からも、この測定レンジの限界を広げるために、種々の方式が提案され、実施されている。例えばスタガ方式(スタガトリガ方式)と呼ばれる折返し補正方法は、複数の異なるパルス繰り返し周波数の超音波を交互に(定期的に切り替えて)送信し、それらの折返し速度の違いから折返し領域を判定し、検出速度に補正を加える方式である。他の例として、特許文献1では、気象エコー測定等においてはドップラー速度の空間変化が連続的であることを利用して、速度が不連続な箇所を折返し位置であると判定して補正することが提案されている(特許文献1の段落0022、図3等)。また特許文献2では、隣接するチャネルとの差がfprf/2や2fprf/3など、通常はありえない値である場合を閾値として、折り返し発生箇所を求めている(特許文献2の段落0044、図3B等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−322331号公報
【特許文献2】国際公開第2007/004384号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、従来の折り返し補正方法であっても、乱れの激しい流れを計測する場合には、誤差を生じる場合があった。スタガ方式では異なるパルス繰り返し周波数fprfを切り替えて送信するため、時間軸において流速が激しく変化してしまう場合には、周波数が異なる超音波の対応する折り返し速度が取れなくなってしまうおそれがある。したがって定常流であれば測定レンジを超えた流速も正しく補正できると考えられるが、自然河川のように渦や分岐、障害物などにより著しい乱れが発生している箇所では補正しきれないと考えられる。
【0011】
また特許文献1および特許文献2に記載の技術も同様に、いずれも速度の連続性(ドップラーシフトの連続性)を利用して、不連続箇所を検出することによって折り返し位置を判別している。したがって乱れが激しい場合には多くの測定データ(チャネル)が必要となり、データ処理の負荷が増大するという問題がある。さらに、不連続箇所を検出するためには全てのサンプリングデータにおいて全ての測定データをスキャンして逐一隣接する測定データの差分を判別しなくてはならないため、この点においてもデータ処理の負荷が高いという問題がある。
【0012】
そこで本発明は、速い流れや乱れの激しい流れであっても折り返し補正が可能となり、かつ軽い計算負荷で自動計測を行うことが可能な超音波ドップラー法の補正方法および補正プログラムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の代表的な構成は、超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、超音波を流体に対して複数回送受信して流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出し、複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定し、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正することを特徴とする。
【0014】
上記構成によれば、算出した一連の複数の流速分布に対して統一的かつ極めて妥当な閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、速い流れや乱れの激しい流れであっても、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0015】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、複数の流速分布を補正するにあたり、流速分布ごとに閾値を設定し、前の流速分布に基づいて設定した閾値を用いて次の流速分布を補正してもよい。
【0016】
上記構成によれば、閾値をフレームごとに設定し直すことにより、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても、常に適切な折り返し補正を施した自動計測を行うことができる。特に、閾値が常に最適化されることから、リアルタイムに補正することができ、長期間の連続的な自動計測が可能となる。
【0017】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、流速データの出現頻度の統計を取得するにあたり、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得してもよい。
【0018】
上記構成によれば、算出した一連の複数の流速分布に対してより適した閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、位置によって速度差の大きな流れであっても適切に補正し、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0019】
本発明の他の代表的な構成は、超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、超音波を流体に対して複数回送受信して流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出するにあたり、流速の測定レンジの幅をRとしたとき、先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定し、現在の流速分布において位置ごとに閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正し、さらに現在の流速分布を用いて次の流速分布のための閾値を設定することを繰り返すことを特徴とする。
【0020】
上記構成によれば、算出した流速分布に応じて動的に(リアルタイムに)常に最適な閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても自動計測を行うことができる。
【0021】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、1または複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値の初期値に設定してもよい。これにより、動的に閾値を設定する場合であっても、極めて妥当な閾値の初期値を設定することができる。なお初期値を設定する際に用いた流速分布のデータは破棄してもよいし、初期値の閾値を用いて補正を行って、データとして利用してもよい。
【0022】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値の初期値に設定してもよい。これにより、動的に閾値を設定する場合であっても、より適した閾値の初期値を設定することができる。
【0023】
本発明の他の代表的な構成は、超音波ドップラー法の補正プログラムであって、コンピュータを、超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、複数の流速分布を位置方向に重畳し、または複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得する統計部と、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定する閾値設定部と、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする。
【0024】
上記構成の補正プログラムによれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。特に、算出した一連の複数の流速分布に対して統一的かつ極めて妥当な閾値を設定することができるため、速い流れや乱れの激しい流れであっても軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0025】
本発明の他の代表的な構成は、超音波ドップラー法の補正プログラムであって、コンピュータを、超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、流速の測定レンジの幅をRとしたとき、先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定する閾値設定部と、現在の流速分布において位置ごとに閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする。
【0026】
上記構成の補正プログラムによれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。特に、算出した流速分布に応じて動的に(リアルタイムに)常に最適な閾値を設定することができ、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても自動計測を行うことができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、速い流れや乱れの激しい流れであっても折り返し補正が可能となり、かつ軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】第1実施形態にかかる補正プログラムを利用した流速測定装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】第1実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。
【図3】位置方向に重畳した流速データの出現頻度の統計を説明する図である。
【図4】水路内の水の流速が速めの場合の流速測定の補正を説明する図である。
【図5】水路内の水の流速が遅めの場合の流速測定の補正を説明する図である。
【図6】複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得した場合の流速分布の補正を説明する図である。
【図7】第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。
【図8】第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を説明する図である。
【図9】第3実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。
【図10】補正処理のサブルーチンを説明するフローチャートである。
【図11】閾値設定部による閾値の初期値の設定を説明する図である。
【図12】第3実施形態にかかる流速分布の補正を説明する図である。
【図13】第3実施形態にかかる閾値の設定を説明する図である。
【図14】水路内の流体(水)の流速を測定した例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0030】
(第1実施形態)
本実施形態にかかる流速測定の補正プログラムおよび補正方法について説明する。図1は、第1実施形態にかかる補正プログラムを利用した流速測定装置の概略構成を示すブロック図、図2は第1実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。以下、図1の流速測定装置の説明に則りながら、図2の流速測定の補正方法について説明する。
【0031】
図1に示す流速測定装置100は、超音波ドップラー法により目標物の流速を測定する装置である。本実施形態では、流速測定装置100を、水路内を流れる水の流速測定に使用する場合を想定して説明する。
【0032】
流速測定装置100は、超音波を送受信する超音波センサ110と、超音波センサ110を管理してそこから情報を受け取るコンピュータ120と、から構成されている。本実施形態においては、コンピュータ120に後述する流速測定の補正プログラム134を実行させることによって、超音波センサ110から受け取った情報(流速データ)を補正している。
【0033】
コンピュータ120は一般的な構成であって、各種の処理や演算を行う中央処理装置(CPU)、プログラムやデータを記憶するハードディスクなどの記憶媒体、プログラムを実行させる領域であるRAMなどを備えている。CPUを含む半導体集積回路は、制御部126を構成していて、流速測定装置100の全体を管理および制御している。
【0034】
またコンピュータ120は、表示部122としてモニタ等を備え、操作部124としてキーボードやマウス等を備えている。表示部122は、各種の操作画面や情報の表示が可能であり、操作部124は、使用者からの情報やコマンドの操作入力を受けつけることが可能である。例えば、図2のステップ200において、コンピュータ120は、使用者による操作部124の操作入力を受け付けることによって、超音波センサ110に対し、水路内の水の流速を測定するための複数の計測点を設定する。
【0035】
制御部126に含まれるパルサー128は、超音波センサ110に超音波の波形に応じた電気信号(電流)を送信する。電気信号は、超音波センサ110の超音波送信部112を駆動させるための所定の周波数および間隔で送信される。
【0036】
超音波センサ110は、超音波送信部112と反射波受信部114とを備えている。超音波送信部112および反射波受信部114は、圧電素子等で構成されている。図2のステップ204において、超音波送信部112はパルサー128から電気信号を受けると、水中に超音波を送信する。そして、ステップ208において、反射波受信部114は、超音波送信部112により送信された超音波が水中の気泡等の反射体に反射して生じる反射波を受信する。これらの超音波送信部112と反射波受信部114による超音波の送受信は、ステップ212において所定回数(あらかじめ設定された任意の回数)となるまで複数回行われる。
【0037】
反射波受信部114は反射波を受信すると、その反射波に関するアナログ信号を制御部126のレシーバ130へ送信する。レシーバ130は、受け取ったアナログ信号を増幅する。そして、増幅されたアナログ信号は、A/D変換部132によってデジタル信号に変換される。
【0038】
A/D変換部132では、反射波に関するアナログ信号が、所定のサンプリング周波数fprfでサンプリング(標本化)される。このとき、サンプリング定理によって、fprf/2より高い周波数のアナログ信号は折り返し現象を生じる。これにより、例えば測定レンジの上限を超えるような速い流れの流速データは測定レンジの下限側に現れてしまい、測定レンジの下限を下回るような遅い流れの流速データは測定レンジの上限側に現れてしまう。そのため、本実施形態では、補正プログラム134によって流速測定の補正を実行している。
【0039】
補正プログラム134はコンピュータ120のCPUによって実行され、流速分布算出部136、統計部138、閾値設定部140、および補正部142として機能する。
【0040】
図2のステップ216において、流速分布算出部136は、超音波を水中に複数回送受信して得られた流速に関する情報から、水中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出する。
【0041】
次に、ステップ220において、統計部138は、流速分布算出部136が算出した複数の流速分布を位置方向に重畳し、または位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得する。
【0042】
図3、図4および図5を参照して、ステップ220において複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得した場合の流速分布の補正を説明する。図3は、位置方向に重畳した流速データの出現頻度の統計を説明する図である。図3(a)に示すように、統計部138は、流速分布上の流速データを位置方向(白矢印方向)へ重畳する(位置情報を失わせる)ことで、流速分布から流速データの出現頻度を集計する。図3(a)は1フレーム分の出現頻度の統計を例示するものであるが、通常の測定では多数のフレームを測定するものであるから、図3(b)に示すように全てのフレームの流速分布の統計を取得することにより、その測定全体の流速データの出現頻度の統計を取得することができる。
【0043】
なお、統計部138による流速データの出現頻度の統計の取得は、図3(a)(b)を参照して説明した手順に限るものではない。例えば図3(c)に示すように、統計部138は、1フレームごとに統計を取得し、最終的に全てのフレームの出現頻度を重畳してもよい。
【0044】
そして、図2のステップ224において、閾値設定部140は、統計部138が算出した流速データの統計から、最も流速データの出現頻度の少ない領域の流速の値を閾値として設定する。閾値は、流速測定の補正を行う際に、補正の対象となる流速データとそれ以外のデータとを区別する際の境界線となる値である。
【0045】
図4は、水路内の水の流速が速めの場合の流速測定の補正を説明する図である。図4(a)では、最も出現頻度の少ない流速では流速データが出現していない。したがって閾値設定部140は、流速データが出現していない領域A内(例えば領域Aの中央)の流速値を閾値に設定することができる。
【0046】
次に、図2のステップ226において、補正部142は、水路内の水の流速が速めなのか遅めなのか判断する。流速が速めの場合とは、測定レンジの上限を超過する流速データが現れている場合であり、流速が遅めの場合とは、測定レンジの下限を下回る流速データが現れている場合である。この判断は、図4(a)に示すような流速データの頻度分布から、流速データの出現頻度が測定レンジの上限側または下限側のどちらに集中しているか判別することによって行うことができる。例えば、図4(a)では流速データの出現頻度は測定レンジの上限側に多く集中しているため、水路の流速は速めであると判断することができる。なお、この判断は使用者が行ってもよい。その場合、補正部142は使用者による判断結果の入力を受け付けることで流速が速めまたは遅めのいずれかに設定される。
【0047】
そして補正部142は、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する。例えば、図4(b)は、水路内の水の流速が速めの場合(図2のステップ226のYES)の流速分布を示している。この流速分布の測定レンジの下限側に現れている流速データは、真のドップラー速度とは異なる折り返し速度である。この場合、図4(c)に示すように、補正部142は、閾値より下の流速データを、測定レンジの外側かつ上側に移動させて(測定レンジ幅の速度を加算して)補正を行う(図2のステップ230)。
【0048】
すると図4(c)に示すように、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を下限とする仮想の計測レンジが設定される。そして各流速データは、仮想の計測レンジのおおむね中央付近に分布することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0049】
図5は水路内の水の流速が遅めの場合の流速測定の補正を説明する図である。図5(a)のように流速データの出現頻度が測定レンジの下限側に集中している場合、補正部142は水路の流速は遅めであると判断する(図2のステップ226のNo)。この場合、図5(b)の流速分布の測定レンジの上限側に現れている流速データは、真のドップラー速度とは異なる折り返し速度である。そして、図5(c)に示すように、補正部142は、閾値より上の流速データを、測定レンジの外側かつ下側に移動させて(測定レンジ幅の速度を減算して)補正を行う(図2のステップ234)。
【0050】
すると図5(c)に示すように、実線で示す真の計測レンジに対し、今度は閾値を上限とする仮想の計測レンジが設定される。そしてこの場合においても、各流速データは仮想の計測レンジのおおむね中央付近に分布することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0051】
上記説明した補正方法によれば、算出した一連の複数の流速分布に対して統一的かつ極めて妥当な閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、速い流れや乱れの激しい流れであっても、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。また、上記構成の補正プログラム134によれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。
【0052】
図6は、ステップ220において複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得した場合の流速分布の補正を説明する図である。図2のステップ220において、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速分布の出現頻度の統計を取得する場合、統計部138は、図6(a)に示す複数の流速分布上の位置ごと(例えば位置P)の流速データを時間軸方向へ重畳する(時間情報を失わせる)ことで、図6(b)に示すような位置ごとの流速データの出現頻度を集計することができる。図6(b)は、位置Pにおける出現頻度の統計を例示するものであるが、統計部138は流速分布上の位置ごとの統計をそれぞれ取得することができ、これにより測定全体の流速データの出現頻度の統計を取得することができる。
【0053】
次に、図2のステップ224において、閾値設定部140は、統計部138が算出した位置ごとの流速データの統計から、最も流速データの出現頻度の少ない領域の流速の値を閾値として位置ごとに設定する。例えば図6(b)では、最も出現頻度の少ない流速では流速データが出現していない。したがって閾値設定部140は、流速データが出現していない領域A内(例えば領域Aの中央)の流速値を閾値に設定することができる。そして、閾値設定部140が各位置の閾値を設定することで、図6(c)に示すように、全体として曲線的な閾値を設定することができる。
【0054】
そして、ステップ226において補正部142は水路の流速が速めなのか遅めなのか判断する。この判断は、図6(b)に示すような位置ごとに時間軸方向に重畳した流速データの頻度分布の統計から、流速データの出現頻度が測定レンジの上限側または下限側のどちらに集中しているか判別することによって行ってもよく、図4(a)に示すような位置方向に重畳した流速データの頻度分布の統計を取得して判別してもよい。そして、流速が速めである場合には、ステップ230において、補正部142は閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正する(図6(d)参照)。流速が遅めである場合には、ステップ234において、補正部142は閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正する(図示省略)。
【0055】
図6(d)に示すように水路の流速が速めの場合(図2のステップ230)には、流速分布の補正によって、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を下限とする仮想の計測レンジが設定される。これにより、流速データは、位置ごとに仮想の測定レンジのおおむね中央付近に分布することになり、より安定的に流速を測定することができることがわかる。このように、上記構成によれば、算出した一連の複数の流速分布に対してより適した閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0056】
なお、図2のステップ226、ステップ230、ステップ234は、必ずしもフローチャートとして記載された順序に沿って時系列に処理する必要はなく、また必ずしもステップ230またはステップ234のいずれか一方のみを選択させる必要もない。例えば、通常の水路における流れは、多少の乱流等が発生しても設計値の範囲内(もしくは近い値)の流量(平均流速)で流れている。すなわち、水路の設計値をもとに設定した測定レンジであれば、実際に測定した流速データが極端なオーバーレンジを起こすおそれは少ない。
【0057】
そこで、まずステップ224において閾値を設定した後、閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて平均流速(または流量)を算出する処理(ステップ230とほぼ同様の処理)と、閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて平均流速を算出する処理(ステップ234とほぼ同様の処理)との両方の処理を行う。そして、2つの処理により算出されたそれぞれの平均流速のうち、水路の設計値から求められる平均流速の概算値により近い値の平均流速を、正確な流速の測定値であるとみなして採用してもよい。このような処理手順であれば、ステップ226を省略することもでき、また必要であれば、2つの処理のうちより平均流速の概算値に近い値の平均流速を算出したほうの処理をもとにして、水路内の水の流速が速めなのか遅めなのか判断することも可能である。
【0058】
また、上記のように流速データの統計を取った結果として、乱れの激しい流れにおいては、出現頻度が0となる点が存在しない場合もあり得る。その場合は、最も出現頻度が少ない流速値を閾値に設定することができる。また、チャネル数(計測点)が少ない場合には、出現頻度が0となる点が複数箇所に出現する場合もあり得る。その場合は、いずれの箇所を閾値に設定してもよい。これらの場合にはいずれも、閾値に対する上下関係が適切でない流速データの存在を許容することになり、補正する必要がないのに補正されてしまう流速データができてしまう。しかし、全体として補正前と比較すれば飛躍的に適正な流速分布を得ることができ、閾値としては十分に妥当なものとして使用することができる。
【0059】
(第2実施形態)
図7および図8を参照して第2実施形態にかかる流速測定の補正プログラムおよび補正方法について説明する。図7は第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャート、図8は第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を説明する図である。なお、第1実施形態の補正プログラムおよび補正方法の構成要素と実質的に同一の機能および構成を有する要素については、同一の符号を付することにより説明を省略する。
【0060】
第2実施形態は、算出した流速分布に応じて動的(リアルタイム)な補正が可能である点において、第1実施形態と異なる。この動的な補正は流速測定装置100のコンピュータ120において、閾値設定部140および補正部142として機能する補正プログラム134によって実施されている。
【0061】
図7に示すように、本実施形態では、ステップ250において流速分布算出部136が流速分布を算出すると、ステップ252において、補正部142は閾値が存在するか否かを判断する。そして、まだ閾値が存在しない場合(ステップ252のNO)、ステップ254において統計部138は流速分布を位置方向に重畳し、流速データの出現頻度の統計を取得する。なお、ステップ254における流速データの出現頻度の統計の取得は、第1実施形態において図3(a)として例示した場合と同様に、原則として1フレームの流速分布から取得するものである。ただし、例えば流速の測定開始直後のように、初期値としての閾値を設定する場合にあっては、複数のフレームの流速分布から統計を取得してもよい。
【0062】
次に、ステップ224において、閾値設定部140は、図8(a)に示すように、第1実施形態において流速分布を位置方向に重畳して統計を取得する場合と同様な手段で閾値を設定する。なお、以下では図8(a)において設定した閾値を「先の閾値」と称して説明を行う。
【0063】
そして、ステップ256において、流速測定装置100が流速の測定を続行する場合(ステップ256のYES)、ステップ204の処理に戻り、ステップ250にて流速分布算出部136は新たな流速分布(現在の流速分布)を算出する。
【0064】
図8(b)は流速分布算出部136が算出した現在の流速分布を例示している。閾値が存在する場合(ステップ252のYES)、ステップ226において補正部142は水路の流速が速めなのか遅めなのか判断し、流速が速めである場合には、ステップ230において、補正部142は閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正する(図8(b)参照)。流速が遅めである場合には、ステップ234において、補正部142は閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正する(図示省略)。
【0065】
さらに、ステップ254において、統計部138は、図8(b)に示す現在の流速分布を位置方向に重畳し、図8(c)に示すように流速データの出現頻度の統計を取得する。そして、ステップ224において、閾値設定部140は次の流速分布のための閾値(次フレーム用閾値と称する)を設定する。
【0066】
そして、流速測定装置100が流速の測定を続行する場合(ステップ256のYES)、ステップ204からの処理に戻り、ステップ250にて流速分布算出部136は新たな流速分布(次の流速分布)を算出する。図8(d)は流速分布算出部136が算出した次の流速分布を示している。この次の流速分布の補正には、図8(c)を用いて説明した次フレーム用閾値が適用される。このとき、次の流速分布上の各流速データに対し、新たに設定された次フレーム用閾値は、先の閾値(図8(b)では仮想レンジの下端)と比較して、仮想の計測レンジの中央付近に流速データを捉えるためにより適した閾値となっている。そして、これらの処理を繰り返すことによって、閾値は常に適切な値を維持することができる。
【0067】
すなわち第2実施形態においては、第1実施形態と比較して、閾値をフレームごとに設定し直すことにより、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても、常に適切な折り返し補正を施した自動計測を行うことができる。特に、閾値が常に最適化されることから、リアルタイムに補正することができ、長期間の連続的な自動計測が可能となる。
【0068】
また、本実施形態においては、図7のステップ230およびステップ234において、先の流速分布(過去の流速分布)をもとにして事前に設定された閾値を適用しているため、ステップ250からステップ230またはステップ234までの処理における計算負荷を軽減することができる。したがって、流速データの取得から表示部122への表示までに要する時間を短縮することができる。
【0069】
なお、本実施形態の各工程は、必ずしも図7のフローチャートとして記載された工程および順序に沿って時系列に処理する必要はない。例えば、ステップ252を省略し、ステップ254およびステップ224に置き換えることも可能である。この処理手順によれば、ステップ250にて流速分布を算出した後、その流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し(ステップ254)、閾値を設定し(ステップ224)、ステップ226以降においてその流速分布の補正処理を行うことができる。すなわち、取得した現在の流速分布をもとにして閾値を設定し、その現在の流速分布を補正することが可能となる。この処理手順であれば、ステップ250からステップ230またはステップ234までの処理における計算負荷は増加するものの、より適した閾値を設定して流速の自動計測を行うことが可能となる。
【0070】
(第3実施形態)
第3実施形態にかかる流速測定の補正プログラムおよび補正方法について説明する。図9は第3実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。なお、第1実施形態の補正プログラムおよび補正方法の構成要素と実質的に同一の機能および構成を有する要素については、同一の符号を付することにより説明を省略する。
【0071】
第3実施形態は、算出した流速分布に応じてより細分化された柔軟な閾値を用いて、しかも動的(リアルタイム)な補正が可能である点において、第1実施形態と異なる。この動的な補正は流速測定装置100のコンピュータ120において、閾値設定部140および補正部142として機能する補正プログラム134によって実施されている。
【0072】
図9に示すように、本実施形態では、ステップ350において流速分布算出部136が算出した流速分布に対し、ステップ352において閾値が存在するか否かを判断する。そこで閾値が存在しなければ、ステップ354において閾値設定部140が閾値の初期値を設定する。
【0073】
図11は、閾値設定部による閾値の初期値の設定を説明する図である。図11(a)は流速が速めの場合の流速分布、図11(b)は流速が遅めの場合の流速分布を示している。図11(a)および図11(b)に示すように、閾値設定部140は、流速の測定レンジの幅をRとしたとき、流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速の値を閾値の初期値として設定することができる。これにより、閾値の初期値を曲線的に設定することができるため、その後の流れがさらに乱れても、オーバーレンジの発生を抑えることができる。
【0074】
また閾値設定部140は、第1実施形態において図4(a)を参照して説明した閾値と同様に、1フレームまたは複数フレームの流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速の値を閾値の初期値として設定することができる。この場合は直線的な(単一の値の)閾値となるが、動的に閾値を設定する場合であっても、極めて妥当な閾値の初期値を設定することができる。なお初期値を設定する際に用いた流速分布のデータは破棄してもよいし、初期値の閾値を用いて補正を行って、データとして利用してもよい。
【0075】
また、閾値設定部140は、第1実施形態において図6(a)〜図6(c)を参照して説明した閾値と同様に、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値の初期値に設定することもできる。これにより、動的に閾値を設定する場合であっても、速い流れや乱れの激しい流れに適した閾値の初期値を設定することができる。
【0076】
次に、図9のステップ352において閾値が既に存在している場合には、ステップ362において、補正部142は、現在の流速分布の補正を行う。
【0077】
図10は補正処理のサブルーチンを説明するフローチャートである。補正の処理において、まずステップ226において、補正部142は水路の流速が速めなのか遅めなのか判断する。そして補正部142は、流速が速めである場合には、ステップ230において閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正する。流速が遅めである場合には、ステップ234において、閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正する。
【0078】
図12は、第3実施形態にかかる流速分布の補正を説明する図である。補正部142は、先の流速分布において閾値設定部140が設定した閾値を用いて、現在の流速分布において位置ごとに閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する。
【0079】
例えば図12(a)に示すように水路の流速が速めの場合(図10のステップ230)には、補正部142は、閾値より下の流速データ(折り返し速度)を、測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正を行う。すると、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を下限とする仮想の計測レンジが設定される。そして各流速データは、仮想の計測レンジのおおむね中央に位置することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0080】
なお、閾値および仮想の計測レンジは、前フレームの流速データに基づくものである。したがって、1フレームの間に流速が1/2レンジ以上の速度差を生じた場合には、上下の補正方向を誤ってしまうことになる。しかし自然現象である流体の流れは位置的および時間的な連続性を有しているため、極端に繰り返し周波数を低くしない限り、流速データが仮想レンジから外れてしまうおそれはない。
【0081】
また、図12(b)に示すように水路の流速が遅めの場合(図10のステップ234)には、補正部142は、閾値より上の流速データ(折り返し速度)を、測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正を行う。すると、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を上限とする仮想の計測レンジが設定される。そして、各流速データは仮想の計測レンジのおおむね中央に位置することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0082】
なお、本実施形態では閾値は、流速データごと(計測点ごと)に設定される。そのため、測定レンジの上限および下限の両方でオーバーレンジが発生していても、一部の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させ、他の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正することが可能となる。
【0083】
次に、図9に示すように、流速測定装置100が流速の測定を続行する場合(ステップ366のYES)、ステップ370において閾値設定部140は、補正した先の流速分布から次の閾値を設定する。
【0084】
図13は、第3実施形態にかかる閾値の設定を説明する図である。図13において先のフレームに基づく閾値は仮想の計測レンジとして表しており、現在のフレームから算出する閾値は細線で示している。閾値設定部140は、図11を用いて説明した場合と同様に、測定レンジの幅をRとしたとき、位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速の値を、次の流速分布のための閾値として設定する。すると先の流速分布において設定された閾値(図13では仮想の計測レンジの下端)と、新たに設定した閾値(細線)とでは、微少な差を生じつつ、適正な値に修正される。これを繰り返すことにより、閾値は常に最適な値を維持することができる。
【0085】
すなわち第3実施形態においては、第1実施形態および第2実施形態と比較して、まず閾値を位置方向に細分化したことによって、位置方向に乱れの激しい流れであっても対応可能な閾値とすることができる。したがって乱流や渦が発生している場所であっても、適切に補正することができる。また閾値をフレームごとに設定しなおすことにより、時間方向にも常に最適な値を維持することができ、やはり乱れの激しい流れであっても折返し補正が可能となる。また、上記構成の補正プログラム134によれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。
【0086】
なお、本実施形態の各工程は、必ずしも図9のフローチャートとして記載された工程および順序に沿って時系列に処理する必要はない。例えば、ステップ350にて流速分布を算出した後、ステップ352を省略し、ステップ354にてその流速分布をもとにして閾値を設定し、ステップ362にてその流速分布の補正の処理を行ってもよい。さらに、この処理手順では、流速の測定を続行する場合(ステップ366のYES)にステップ370を省略してもよい。すなわち、このような処理手順であれば、取得した現在の流速分布をもとにして閾値を設定し、その現在の流速分布を補正することが可能となる。これにより、ステップ350からステップ362までの処理における計算負荷は増加するものの、より適した閾値を設定して流速の自動計測を行うことが可能となる。
【0087】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、超音波ドップラー法による速度測定における折り返し速度の補正方法および補正プログラムとして利用することができる。
【符号の説明】
【0089】
100 …流速測定装置
110 …超音波センサ
112 …超音波送信部
114 …反射波受信部
120 …コンピュータ
122 …表示部
124 …操作部
126 …制御部
128 …パルサー
130 …レシーバ
132 …A/D変換部
134 …補正プログラム
136 …流速分布算出部
138 …統計部
140 …閾値設定部
142 …補正部
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波ドップラー法による速度測定における折り返し速度の補正方法および補正プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、超音波を流体内の反射体に反射させ、ドップラー効果を利用して流体の速度を測定する方法が広く採用されている。超音波ドップラー法を簡単に説明すれば、移動する反射体からの反射波の周波数がドップラー効果によって変化することを利用して、反射体の速度(流体の速度)を求めるものである。
【0003】
反射体までの距離をL、送信する超音波の波長をλとすると、反射波を受信した受信信号の位相は次式で表される。
受信信号の位相Φ=初期位相Φ0+(往復距離2L×2π)/λ (式1)
式1の両辺を時間tで微分すると、
dΦ/dt=4π/λ(dL/dt) (式2)
となる。dL/dtは、反射体の移動速度(ドップラー速度)Vである。dΦ/dtは角周波数であって、送信した超音波のパルス繰り返し周波数f0と反射波の周波数との差分(ドップラーシフト)をfdとすると、dΦ/dt=2πfdである。これにより式2を書き直せば、次式を得る。
ドップラーシフトfd=2V/λ (式3)
ドップラー速度V=±λfd/2 (式4)
ただし式4の正値は近づく方向、負値は遠ざかる方向である。
【0004】
ところで超音波ドップラー法においては、反射波を受信する際に、受信する反射波と送信する超音波とが重なってしまうことを防止する必要があるため、超音波は離散的に(間欠的に)送受信される。このためサンプリング定理(ナイキストの定理)により、ドップラーシフトfdがサンプリング周波数fprfの1/2を超えると折り返し現象を生じてしまう。すなわち、ドップラーシフトの最大値fdmaxは次式となる。
fdmax=fprf/2 (式5)
式5を式4に代入すると、ドップラー速度の最大値Vmaxを得ることができる。
Vmax=±λfprf/4 (式6)
式6によって定まる速度範囲が測定レンジとなる。
【0005】
これらによって、超音波ドップラー法において反射体の移動速度(ドップラー速度)が測定レンジを超える場合、真のドップラー速度に対し、検出されるドップラー速度にはVmaxの整数倍ごとに折り返し現象が生じ、符号が逆転して測定レンジの反対側に検出される。
【0006】
測定レンジを広げる(Vmaxを大きくする)ためには、式6を参照すれば、搬送波の波長λを長くするか、サンプリング周波数fprfを大きくすればよい。しかし波長を長くすると、微細な気泡などの反射体をすり抜けるようになってしまい、有効な反射波の強度が得られなくなってしまう。またサンプリング周波数fprfを大きくすると、1つ前の超音波の反射波である2次エコーが強く検出されるようになってしまい、この影響を除去する補正処理が必要となり、演算負荷が増大するという問題がある。このため、測定レンジには原理的に限界値が存在する。
【0007】
図14は、水路内の流体(水)の流速を測定した例である。水路内の水は中央部かつ水面近くで流速が速くなり、壁面近傍では流速が遅い傾向にある。図14の例では、壁面近傍は測定レンジ内にあるが、中央部付近では測定レンジを超えてしまっており、測定レンジの下限から出現した形となっている。このように、速い流れや乱れた流れでは測定レンジを超えた流速が存在し、熟練した作業者による修正が必要であった。
【0008】
従来からも、この測定レンジの限界を広げるために、種々の方式が提案され、実施されている。例えばスタガ方式(スタガトリガ方式)と呼ばれる折返し補正方法は、複数の異なるパルス繰り返し周波数の超音波を交互に(定期的に切り替えて)送信し、それらの折返し速度の違いから折返し領域を判定し、検出速度に補正を加える方式である。他の例として、特許文献1では、気象エコー測定等においてはドップラー速度の空間変化が連続的であることを利用して、速度が不連続な箇所を折返し位置であると判定して補正することが提案されている(特許文献1の段落0022、図3等)。また特許文献2では、隣接するチャネルとの差がfprf/2や2fprf/3など、通常はありえない値である場合を閾値として、折り返し発生箇所を求めている(特許文献2の段落0044、図3B等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−322331号公報
【特許文献2】国際公開第2007/004384号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、従来の折り返し補正方法であっても、乱れの激しい流れを計測する場合には、誤差を生じる場合があった。スタガ方式では異なるパルス繰り返し周波数fprfを切り替えて送信するため、時間軸において流速が激しく変化してしまう場合には、周波数が異なる超音波の対応する折り返し速度が取れなくなってしまうおそれがある。したがって定常流であれば測定レンジを超えた流速も正しく補正できると考えられるが、自然河川のように渦や分岐、障害物などにより著しい乱れが発生している箇所では補正しきれないと考えられる。
【0011】
また特許文献1および特許文献2に記載の技術も同様に、いずれも速度の連続性(ドップラーシフトの連続性)を利用して、不連続箇所を検出することによって折り返し位置を判別している。したがって乱れが激しい場合には多くの測定データ(チャネル)が必要となり、データ処理の負荷が増大するという問題がある。さらに、不連続箇所を検出するためには全てのサンプリングデータにおいて全ての測定データをスキャンして逐一隣接する測定データの差分を判別しなくてはならないため、この点においてもデータ処理の負荷が高いという問題がある。
【0012】
そこで本発明は、速い流れや乱れの激しい流れであっても折り返し補正が可能となり、かつ軽い計算負荷で自動計測を行うことが可能な超音波ドップラー法の補正方法および補正プログラムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の代表的な構成は、超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、超音波を流体に対して複数回送受信して流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出し、複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定し、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正することを特徴とする。
【0014】
上記構成によれば、算出した一連の複数の流速分布に対して統一的かつ極めて妥当な閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、速い流れや乱れの激しい流れであっても、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0015】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、複数の流速分布を補正するにあたり、流速分布ごとに閾値を設定し、前の流速分布に基づいて設定した閾値を用いて次の流速分布を補正してもよい。
【0016】
上記構成によれば、閾値をフレームごとに設定し直すことにより、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても、常に適切な折り返し補正を施した自動計測を行うことができる。特に、閾値が常に最適化されることから、リアルタイムに補正することができ、長期間の連続的な自動計測が可能となる。
【0017】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、流速データの出現頻度の統計を取得するにあたり、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得してもよい。
【0018】
上記構成によれば、算出した一連の複数の流速分布に対してより適した閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、位置によって速度差の大きな流れであっても適切に補正し、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0019】
本発明の他の代表的な構成は、超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、超音波を流体に対して複数回送受信して流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出するにあたり、流速の測定レンジの幅をRとしたとき、先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定し、現在の流速分布において位置ごとに閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正し、さらに現在の流速分布を用いて次の流速分布のための閾値を設定することを繰り返すことを特徴とする。
【0020】
上記構成によれば、算出した流速分布に応じて動的に(リアルタイムに)常に最適な閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても自動計測を行うことができる。
【0021】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、1または複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値の初期値に設定してもよい。これにより、動的に閾値を設定する場合であっても、極めて妥当な閾値の初期値を設定することができる。なお初期値を設定する際に用いた流速分布のデータは破棄してもよいし、初期値の閾値を用いて補正を行って、データとして利用してもよい。
【0022】
上記の超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法は、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値の初期値に設定してもよい。これにより、動的に閾値を設定する場合であっても、より適した閾値の初期値を設定することができる。
【0023】
本発明の他の代表的な構成は、超音波ドップラー法の補正プログラムであって、コンピュータを、超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、複数の流速分布を位置方向に重畳し、または複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得する統計部と、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定する閾値設定部と、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする。
【0024】
上記構成の補正プログラムによれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。特に、算出した一連の複数の流速分布に対して統一的かつ極めて妥当な閾値を設定することができるため、速い流れや乱れの激しい流れであっても軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0025】
本発明の他の代表的な構成は、超音波ドップラー法の補正プログラムであって、コンピュータを、超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、流速の測定レンジの幅をRとしたとき、先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定する閾値設定部と、現在の流速分布において位置ごとに閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする。
【0026】
上記構成の補正プログラムによれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。特に、算出した流速分布に応じて動的に(リアルタイムに)常に最適な閾値を設定することができ、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても自動計測を行うことができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、速い流れや乱れの激しい流れであっても折り返し補正が可能となり、かつ軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】第1実施形態にかかる補正プログラムを利用した流速測定装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】第1実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。
【図3】位置方向に重畳した流速データの出現頻度の統計を説明する図である。
【図4】水路内の水の流速が速めの場合の流速測定の補正を説明する図である。
【図5】水路内の水の流速が遅めの場合の流速測定の補正を説明する図である。
【図6】複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得した場合の流速分布の補正を説明する図である。
【図7】第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。
【図8】第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を説明する図である。
【図9】第3実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。
【図10】補正処理のサブルーチンを説明するフローチャートである。
【図11】閾値設定部による閾値の初期値の設定を説明する図である。
【図12】第3実施形態にかかる流速分布の補正を説明する図である。
【図13】第3実施形態にかかる閾値の設定を説明する図である。
【図14】水路内の流体(水)の流速を測定した例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0030】
(第1実施形態)
本実施形態にかかる流速測定の補正プログラムおよび補正方法について説明する。図1は、第1実施形態にかかる補正プログラムを利用した流速測定装置の概略構成を示すブロック図、図2は第1実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。以下、図1の流速測定装置の説明に則りながら、図2の流速測定の補正方法について説明する。
【0031】
図1に示す流速測定装置100は、超音波ドップラー法により目標物の流速を測定する装置である。本実施形態では、流速測定装置100を、水路内を流れる水の流速測定に使用する場合を想定して説明する。
【0032】
流速測定装置100は、超音波を送受信する超音波センサ110と、超音波センサ110を管理してそこから情報を受け取るコンピュータ120と、から構成されている。本実施形態においては、コンピュータ120に後述する流速測定の補正プログラム134を実行させることによって、超音波センサ110から受け取った情報(流速データ)を補正している。
【0033】
コンピュータ120は一般的な構成であって、各種の処理や演算を行う中央処理装置(CPU)、プログラムやデータを記憶するハードディスクなどの記憶媒体、プログラムを実行させる領域であるRAMなどを備えている。CPUを含む半導体集積回路は、制御部126を構成していて、流速測定装置100の全体を管理および制御している。
【0034】
またコンピュータ120は、表示部122としてモニタ等を備え、操作部124としてキーボードやマウス等を備えている。表示部122は、各種の操作画面や情報の表示が可能であり、操作部124は、使用者からの情報やコマンドの操作入力を受けつけることが可能である。例えば、図2のステップ200において、コンピュータ120は、使用者による操作部124の操作入力を受け付けることによって、超音波センサ110に対し、水路内の水の流速を測定するための複数の計測点を設定する。
【0035】
制御部126に含まれるパルサー128は、超音波センサ110に超音波の波形に応じた電気信号(電流)を送信する。電気信号は、超音波センサ110の超音波送信部112を駆動させるための所定の周波数および間隔で送信される。
【0036】
超音波センサ110は、超音波送信部112と反射波受信部114とを備えている。超音波送信部112および反射波受信部114は、圧電素子等で構成されている。図2のステップ204において、超音波送信部112はパルサー128から電気信号を受けると、水中に超音波を送信する。そして、ステップ208において、反射波受信部114は、超音波送信部112により送信された超音波が水中の気泡等の反射体に反射して生じる反射波を受信する。これらの超音波送信部112と反射波受信部114による超音波の送受信は、ステップ212において所定回数(あらかじめ設定された任意の回数)となるまで複数回行われる。
【0037】
反射波受信部114は反射波を受信すると、その反射波に関するアナログ信号を制御部126のレシーバ130へ送信する。レシーバ130は、受け取ったアナログ信号を増幅する。そして、増幅されたアナログ信号は、A/D変換部132によってデジタル信号に変換される。
【0038】
A/D変換部132では、反射波に関するアナログ信号が、所定のサンプリング周波数fprfでサンプリング(標本化)される。このとき、サンプリング定理によって、fprf/2より高い周波数のアナログ信号は折り返し現象を生じる。これにより、例えば測定レンジの上限を超えるような速い流れの流速データは測定レンジの下限側に現れてしまい、測定レンジの下限を下回るような遅い流れの流速データは測定レンジの上限側に現れてしまう。そのため、本実施形態では、補正プログラム134によって流速測定の補正を実行している。
【0039】
補正プログラム134はコンピュータ120のCPUによって実行され、流速分布算出部136、統計部138、閾値設定部140、および補正部142として機能する。
【0040】
図2のステップ216において、流速分布算出部136は、超音波を水中に複数回送受信して得られた流速に関する情報から、水中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出する。
【0041】
次に、ステップ220において、統計部138は、流速分布算出部136が算出した複数の流速分布を位置方向に重畳し、または位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得する。
【0042】
図3、図4および図5を参照して、ステップ220において複数の流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得した場合の流速分布の補正を説明する。図3は、位置方向に重畳した流速データの出現頻度の統計を説明する図である。図3(a)に示すように、統計部138は、流速分布上の流速データを位置方向(白矢印方向)へ重畳する(位置情報を失わせる)ことで、流速分布から流速データの出現頻度を集計する。図3(a)は1フレーム分の出現頻度の統計を例示するものであるが、通常の測定では多数のフレームを測定するものであるから、図3(b)に示すように全てのフレームの流速分布の統計を取得することにより、その測定全体の流速データの出現頻度の統計を取得することができる。
【0043】
なお、統計部138による流速データの出現頻度の統計の取得は、図3(a)(b)を参照して説明した手順に限るものではない。例えば図3(c)に示すように、統計部138は、1フレームごとに統計を取得し、最終的に全てのフレームの出現頻度を重畳してもよい。
【0044】
そして、図2のステップ224において、閾値設定部140は、統計部138が算出した流速データの統計から、最も流速データの出現頻度の少ない領域の流速の値を閾値として設定する。閾値は、流速測定の補正を行う際に、補正の対象となる流速データとそれ以外のデータとを区別する際の境界線となる値である。
【0045】
図4は、水路内の水の流速が速めの場合の流速測定の補正を説明する図である。図4(a)では、最も出現頻度の少ない流速では流速データが出現していない。したがって閾値設定部140は、流速データが出現していない領域A内(例えば領域Aの中央)の流速値を閾値に設定することができる。
【0046】
次に、図2のステップ226において、補正部142は、水路内の水の流速が速めなのか遅めなのか判断する。流速が速めの場合とは、測定レンジの上限を超過する流速データが現れている場合であり、流速が遅めの場合とは、測定レンジの下限を下回る流速データが現れている場合である。この判断は、図4(a)に示すような流速データの頻度分布から、流速データの出現頻度が測定レンジの上限側または下限側のどちらに集中しているか判別することによって行うことができる。例えば、図4(a)では流速データの出現頻度は測定レンジの上限側に多く集中しているため、水路の流速は速めであると判断することができる。なお、この判断は使用者が行ってもよい。その場合、補正部142は使用者による判断結果の入力を受け付けることで流速が速めまたは遅めのいずれかに設定される。
【0047】
そして補正部142は、重畳していないそれぞれの流速分布において、閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する。例えば、図4(b)は、水路内の水の流速が速めの場合(図2のステップ226のYES)の流速分布を示している。この流速分布の測定レンジの下限側に現れている流速データは、真のドップラー速度とは異なる折り返し速度である。この場合、図4(c)に示すように、補正部142は、閾値より下の流速データを、測定レンジの外側かつ上側に移動させて(測定レンジ幅の速度を加算して)補正を行う(図2のステップ230)。
【0048】
すると図4(c)に示すように、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を下限とする仮想の計測レンジが設定される。そして各流速データは、仮想の計測レンジのおおむね中央付近に分布することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0049】
図5は水路内の水の流速が遅めの場合の流速測定の補正を説明する図である。図5(a)のように流速データの出現頻度が測定レンジの下限側に集中している場合、補正部142は水路の流速は遅めであると判断する(図2のステップ226のNo)。この場合、図5(b)の流速分布の測定レンジの上限側に現れている流速データは、真のドップラー速度とは異なる折り返し速度である。そして、図5(c)に示すように、補正部142は、閾値より上の流速データを、測定レンジの外側かつ下側に移動させて(測定レンジ幅の速度を減算して)補正を行う(図2のステップ234)。
【0050】
すると図5(c)に示すように、実線で示す真の計測レンジに対し、今度は閾値を上限とする仮想の計測レンジが設定される。そしてこの場合においても、各流速データは仮想の計測レンジのおおむね中央付近に分布することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0051】
上記説明した補正方法によれば、算出した一連の複数の流速分布に対して統一的かつ極めて妥当な閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、速い流れや乱れの激しい流れであっても、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。また、上記構成の補正プログラム134によれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。
【0052】
図6は、ステップ220において複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得した場合の流速分布の補正を説明する図である。図2のステップ220において、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速分布の出現頻度の統計を取得する場合、統計部138は、図6(a)に示す複数の流速分布上の位置ごと(例えば位置P)の流速データを時間軸方向へ重畳する(時間情報を失わせる)ことで、図6(b)に示すような位置ごとの流速データの出現頻度を集計することができる。図6(b)は、位置Pにおける出現頻度の統計を例示するものであるが、統計部138は流速分布上の位置ごとの統計をそれぞれ取得することができ、これにより測定全体の流速データの出現頻度の統計を取得することができる。
【0053】
次に、図2のステップ224において、閾値設定部140は、統計部138が算出した位置ごとの流速データの統計から、最も流速データの出現頻度の少ない領域の流速の値を閾値として位置ごとに設定する。例えば図6(b)では、最も出現頻度の少ない流速では流速データが出現していない。したがって閾値設定部140は、流速データが出現していない領域A内(例えば領域Aの中央)の流速値を閾値に設定することができる。そして、閾値設定部140が各位置の閾値を設定することで、図6(c)に示すように、全体として曲線的な閾値を設定することができる。
【0054】
そして、ステップ226において補正部142は水路の流速が速めなのか遅めなのか判断する。この判断は、図6(b)に示すような位置ごとに時間軸方向に重畳した流速データの頻度分布の統計から、流速データの出現頻度が測定レンジの上限側または下限側のどちらに集中しているか判別することによって行ってもよく、図4(a)に示すような位置方向に重畳した流速データの頻度分布の統計を取得して判別してもよい。そして、流速が速めである場合には、ステップ230において、補正部142は閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正する(図6(d)参照)。流速が遅めである場合には、ステップ234において、補正部142は閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正する(図示省略)。
【0055】
図6(d)に示すように水路の流速が速めの場合(図2のステップ230)には、流速分布の補正によって、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を下限とする仮想の計測レンジが設定される。これにより、流速データは、位置ごとに仮想の測定レンジのおおむね中央付近に分布することになり、より安定的に流速を測定することができることがわかる。このように、上記構成によれば、算出した一連の複数の流速分布に対してより適した閾値を設定することができ、これに基づいて折り返し補正を行うことができる。したがって、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても、軽い計算負荷で自動計測を行うことができる。
【0056】
なお、図2のステップ226、ステップ230、ステップ234は、必ずしもフローチャートとして記載された順序に沿って時系列に処理する必要はなく、また必ずしもステップ230またはステップ234のいずれか一方のみを選択させる必要もない。例えば、通常の水路における流れは、多少の乱流等が発生しても設計値の範囲内(もしくは近い値)の流量(平均流速)で流れている。すなわち、水路の設計値をもとに設定した測定レンジであれば、実際に測定した流速データが極端なオーバーレンジを起こすおそれは少ない。
【0057】
そこで、まずステップ224において閾値を設定した後、閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて平均流速(または流量)を算出する処理(ステップ230とほぼ同様の処理)と、閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて平均流速を算出する処理(ステップ234とほぼ同様の処理)との両方の処理を行う。そして、2つの処理により算出されたそれぞれの平均流速のうち、水路の設計値から求められる平均流速の概算値により近い値の平均流速を、正確な流速の測定値であるとみなして採用してもよい。このような処理手順であれば、ステップ226を省略することもでき、また必要であれば、2つの処理のうちより平均流速の概算値に近い値の平均流速を算出したほうの処理をもとにして、水路内の水の流速が速めなのか遅めなのか判断することも可能である。
【0058】
また、上記のように流速データの統計を取った結果として、乱れの激しい流れにおいては、出現頻度が0となる点が存在しない場合もあり得る。その場合は、最も出現頻度が少ない流速値を閾値に設定することができる。また、チャネル数(計測点)が少ない場合には、出現頻度が0となる点が複数箇所に出現する場合もあり得る。その場合は、いずれの箇所を閾値に設定してもよい。これらの場合にはいずれも、閾値に対する上下関係が適切でない流速データの存在を許容することになり、補正する必要がないのに補正されてしまう流速データができてしまう。しかし、全体として補正前と比較すれば飛躍的に適正な流速分布を得ることができ、閾値としては十分に妥当なものとして使用することができる。
【0059】
(第2実施形態)
図7および図8を参照して第2実施形態にかかる流速測定の補正プログラムおよび補正方法について説明する。図7は第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャート、図8は第2実施形態にかかる流速測定の補正方法を説明する図である。なお、第1実施形態の補正プログラムおよび補正方法の構成要素と実質的に同一の機能および構成を有する要素については、同一の符号を付することにより説明を省略する。
【0060】
第2実施形態は、算出した流速分布に応じて動的(リアルタイム)な補正が可能である点において、第1実施形態と異なる。この動的な補正は流速測定装置100のコンピュータ120において、閾値設定部140および補正部142として機能する補正プログラム134によって実施されている。
【0061】
図7に示すように、本実施形態では、ステップ250において流速分布算出部136が流速分布を算出すると、ステップ252において、補正部142は閾値が存在するか否かを判断する。そして、まだ閾値が存在しない場合(ステップ252のNO)、ステップ254において統計部138は流速分布を位置方向に重畳し、流速データの出現頻度の統計を取得する。なお、ステップ254における流速データの出現頻度の統計の取得は、第1実施形態において図3(a)として例示した場合と同様に、原則として1フレームの流速分布から取得するものである。ただし、例えば流速の測定開始直後のように、初期値としての閾値を設定する場合にあっては、複数のフレームの流速分布から統計を取得してもよい。
【0062】
次に、ステップ224において、閾値設定部140は、図8(a)に示すように、第1実施形態において流速分布を位置方向に重畳して統計を取得する場合と同様な手段で閾値を設定する。なお、以下では図8(a)において設定した閾値を「先の閾値」と称して説明を行う。
【0063】
そして、ステップ256において、流速測定装置100が流速の測定を続行する場合(ステップ256のYES)、ステップ204の処理に戻り、ステップ250にて流速分布算出部136は新たな流速分布(現在の流速分布)を算出する。
【0064】
図8(b)は流速分布算出部136が算出した現在の流速分布を例示している。閾値が存在する場合(ステップ252のYES)、ステップ226において補正部142は水路の流速が速めなのか遅めなのか判断し、流速が速めである場合には、ステップ230において、補正部142は閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正する(図8(b)参照)。流速が遅めである場合には、ステップ234において、補正部142は閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正する(図示省略)。
【0065】
さらに、ステップ254において、統計部138は、図8(b)に示す現在の流速分布を位置方向に重畳し、図8(c)に示すように流速データの出現頻度の統計を取得する。そして、ステップ224において、閾値設定部140は次の流速分布のための閾値(次フレーム用閾値と称する)を設定する。
【0066】
そして、流速測定装置100が流速の測定を続行する場合(ステップ256のYES)、ステップ204からの処理に戻り、ステップ250にて流速分布算出部136は新たな流速分布(次の流速分布)を算出する。図8(d)は流速分布算出部136が算出した次の流速分布を示している。この次の流速分布の補正には、図8(c)を用いて説明した次フレーム用閾値が適用される。このとき、次の流速分布上の各流速データに対し、新たに設定された次フレーム用閾値は、先の閾値(図8(b)では仮想レンジの下端)と比較して、仮想の計測レンジの中央付近に流速データを捉えるためにより適した閾値となっている。そして、これらの処理を繰り返すことによって、閾値は常に適切な値を維持することができる。
【0067】
すなわち第2実施形態においては、第1実施形態と比較して、閾値をフレームごとに設定し直すことにより、さらに速い流れや乱れの激しい流れであっても、常に適切な折り返し補正を施した自動計測を行うことができる。特に、閾値が常に最適化されることから、リアルタイムに補正することができ、長期間の連続的な自動計測が可能となる。
【0068】
また、本実施形態においては、図7のステップ230およびステップ234において、先の流速分布(過去の流速分布)をもとにして事前に設定された閾値を適用しているため、ステップ250からステップ230またはステップ234までの処理における計算負荷を軽減することができる。したがって、流速データの取得から表示部122への表示までに要する時間を短縮することができる。
【0069】
なお、本実施形態の各工程は、必ずしも図7のフローチャートとして記載された工程および順序に沿って時系列に処理する必要はない。例えば、ステップ252を省略し、ステップ254およびステップ224に置き換えることも可能である。この処理手順によれば、ステップ250にて流速分布を算出した後、その流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し(ステップ254)、閾値を設定し(ステップ224)、ステップ226以降においてその流速分布の補正処理を行うことができる。すなわち、取得した現在の流速分布をもとにして閾値を設定し、その現在の流速分布を補正することが可能となる。この処理手順であれば、ステップ250からステップ230またはステップ234までの処理における計算負荷は増加するものの、より適した閾値を設定して流速の自動計測を行うことが可能となる。
【0070】
(第3実施形態)
第3実施形態にかかる流速測定の補正プログラムおよび補正方法について説明する。図9は第3実施形態にかかる流速測定の補正方法を例示するフローチャートである。なお、第1実施形態の補正プログラムおよび補正方法の構成要素と実質的に同一の機能および構成を有する要素については、同一の符号を付することにより説明を省略する。
【0071】
第3実施形態は、算出した流速分布に応じてより細分化された柔軟な閾値を用いて、しかも動的(リアルタイム)な補正が可能である点において、第1実施形態と異なる。この動的な補正は流速測定装置100のコンピュータ120において、閾値設定部140および補正部142として機能する補正プログラム134によって実施されている。
【0072】
図9に示すように、本実施形態では、ステップ350において流速分布算出部136が算出した流速分布に対し、ステップ352において閾値が存在するか否かを判断する。そこで閾値が存在しなければ、ステップ354において閾値設定部140が閾値の初期値を設定する。
【0073】
図11は、閾値設定部による閾値の初期値の設定を説明する図である。図11(a)は流速が速めの場合の流速分布、図11(b)は流速が遅めの場合の流速分布を示している。図11(a)および図11(b)に示すように、閾値設定部140は、流速の測定レンジの幅をRとしたとき、流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速の値を閾値の初期値として設定することができる。これにより、閾値の初期値を曲線的に設定することができるため、その後の流れがさらに乱れても、オーバーレンジの発生を抑えることができる。
【0074】
また閾値設定部140は、第1実施形態において図4(a)を参照して説明した閾値と同様に、1フレームまたは複数フレームの流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速の値を閾値の初期値として設定することができる。この場合は直線的な(単一の値の)閾値となるが、動的に閾値を設定する場合であっても、極めて妥当な閾値の初期値を設定することができる。なお初期値を設定する際に用いた流速分布のデータは破棄してもよいし、初期値の閾値を用いて補正を行って、データとして利用してもよい。
【0075】
また、閾値設定部140は、第1実施形態において図6(a)〜図6(c)を参照して説明した閾値と同様に、複数の流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値の初期値に設定することもできる。これにより、動的に閾値を設定する場合であっても、速い流れや乱れの激しい流れに適した閾値の初期値を設定することができる。
【0076】
次に、図9のステップ352において閾値が既に存在している場合には、ステップ362において、補正部142は、現在の流速分布の補正を行う。
【0077】
図10は補正処理のサブルーチンを説明するフローチャートである。補正の処理において、まずステップ226において、補正部142は水路の流速が速めなのか遅めなのか判断する。そして補正部142は、流速が速めである場合には、ステップ230において閾値より下の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正する。流速が遅めである場合には、ステップ234において、閾値より上の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正する。
【0078】
図12は、第3実施形態にかかる流速分布の補正を説明する図である。補正部142は、先の流速分布において閾値設定部140が設定した閾値を用いて、現在の流速分布において位置ごとに閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて流速分布を補正する。
【0079】
例えば図12(a)に示すように水路の流速が速めの場合(図10のステップ230)には、補正部142は、閾値より下の流速データ(折り返し速度)を、測定レンジの外側かつ上側に移動させて補正を行う。すると、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を下限とする仮想の計測レンジが設定される。そして各流速データは、仮想の計測レンジのおおむね中央に位置することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0080】
なお、閾値および仮想の計測レンジは、前フレームの流速データに基づくものである。したがって、1フレームの間に流速が1/2レンジ以上の速度差を生じた場合には、上下の補正方向を誤ってしまうことになる。しかし自然現象である流体の流れは位置的および時間的な連続性を有しているため、極端に繰り返し周波数を低くしない限り、流速データが仮想レンジから外れてしまうおそれはない。
【0081】
また、図12(b)に示すように水路の流速が遅めの場合(図10のステップ234)には、補正部142は、閾値より上の流速データ(折り返し速度)を、測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正を行う。すると、実線で示す真の計測レンジに対し、閾値を上限とする仮想の計測レンジが設定される。そして、各流速データは仮想の計測レンジのおおむね中央に位置することになり、安定的に測定することができることがわかる。
【0082】
なお、本実施形態では閾値は、流速データごと(計測点ごと)に設定される。そのため、測定レンジの上限および下限の両方でオーバーレンジが発生していても、一部の流速データを測定レンジの外側かつ上側に移動させ、他の流速データを測定レンジの外側かつ下側に移動させて補正することが可能となる。
【0083】
次に、図9に示すように、流速測定装置100が流速の測定を続行する場合(ステップ366のYES)、ステップ370において閾値設定部140は、補正した先の流速分布から次の閾値を設定する。
【0084】
図13は、第3実施形態にかかる閾値の設定を説明する図である。図13において先のフレームに基づく閾値は仮想の計測レンジとして表しており、現在のフレームから算出する閾値は細線で示している。閾値設定部140は、図11を用いて説明した場合と同様に、測定レンジの幅をRとしたとき、位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速の値を、次の流速分布のための閾値として設定する。すると先の流速分布において設定された閾値(図13では仮想の計測レンジの下端)と、新たに設定した閾値(細線)とでは、微少な差を生じつつ、適正な値に修正される。これを繰り返すことにより、閾値は常に最適な値を維持することができる。
【0085】
すなわち第3実施形態においては、第1実施形態および第2実施形態と比較して、まず閾値を位置方向に細分化したことによって、位置方向に乱れの激しい流れであっても対応可能な閾値とすることができる。したがって乱流や渦が発生している場所であっても、適切に補正することができる。また閾値をフレームごとに設定しなおすことにより、時間方向にも常に最適な値を維持することができ、やはり乱れの激しい流れであっても折返し補正が可能となる。また、上記構成の補正プログラム134によれば、低廉な汎用のコンピュータを用いて、上記の補正方法を実施することができる。
【0086】
なお、本実施形態の各工程は、必ずしも図9のフローチャートとして記載された工程および順序に沿って時系列に処理する必要はない。例えば、ステップ350にて流速分布を算出した後、ステップ352を省略し、ステップ354にてその流速分布をもとにして閾値を設定し、ステップ362にてその流速分布の補正の処理を行ってもよい。さらに、この処理手順では、流速の測定を続行する場合(ステップ366のYES)にステップ370を省略してもよい。すなわち、このような処理手順であれば、取得した現在の流速分布をもとにして閾値を設定し、その現在の流速分布を補正することが可能となる。これにより、ステップ350からステップ362までの処理における計算負荷は増加するものの、より適した閾値を設定して流速の自動計測を行うことが可能となる。
【0087】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、超音波ドップラー法による速度測定における折り返し速度の補正方法および補正プログラムとして利用することができる。
【符号の説明】
【0089】
100 …流速測定装置
110 …超音波センサ
112 …超音波送信部
114 …反射波受信部
120 …コンピュータ
122 …表示部
124 …操作部
126 …制御部
128 …パルサー
130 …レシーバ
132 …A/D変換部
134 …補正プログラム
136 …流速分布算出部
138 …統計部
140 …閾値設定部
142 …補正部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、
超音波を流体に対して複数回送受信して該流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出し、
複数の前記流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定し、
重畳していないそれぞれの前記流速分布において、前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正することを特徴とする超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項2】
複数の前記流速分布を補正するにあたり、
流速分布ごとに閾値を設定し、
前の流速分布に基づいて設定した閾値を用いて次の流速分布を補正することを特徴とする請求項1に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項3】
前記流速データの出現頻度の統計を取得するにあたり、
複数の前記流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して前記流速データの出現頻度の統計を取得することを特徴とする請求項1に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項4】
超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、
超音波を流体に対して複数回送受信して該流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出するにあたり、
流速の測定レンジの幅をRとしたとき、
先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定し、
現在の流速分布において位置ごとに前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正し、
さらに現在の流速分布を用いて次の流速分布のための閾値を設定することを繰り返すことを特徴とする超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項5】
1または複数の前記流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を前記閾値の初期値に設定することを特徴とする請求項4に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項6】
複数の前記流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して前記流速データの出現頻度の統計を取得し、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を前記閾値の初期値に設定することを特徴とする請求項4に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項7】
コンピュータを、
超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、
複数の前記流速分布を位置方向に重畳し、または複数の該流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得する統計部と、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定する閾値設定部と、
重畳していないそれぞれの前記流速分布において、前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする超音波ドップラー法の補正プログラム。
【請求項8】
コンピュータを、
超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、
流速の測定レンジの幅をRとしたとき、先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定する閾値設定部と、
現在の流速分布において位置ごとに前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする超音波ドップラー法の補正プログラム。
【請求項1】
超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、
超音波を流体に対して複数回送受信して該流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出し、
複数の前記流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定し、
重畳していないそれぞれの前記流速分布において、前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正することを特徴とする超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項2】
複数の前記流速分布を補正するにあたり、
流速分布ごとに閾値を設定し、
前の流速分布に基づいて設定した閾値を用いて次の流速分布を補正することを特徴とする請求項1に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項3】
前記流速データの出現頻度の統計を取得するにあたり、
複数の前記流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して前記流速データの出現頻度の統計を取得することを特徴とする請求項1に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項4】
超音波ドップラー法を用いた流速測定の補正方法であって、
超音波を流体に対して複数回送受信して該流体中の位置と流速の関係を示す流速分布を複数算出するにあたり、
流速の測定レンジの幅をRとしたとき、
先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定し、
現在の流速分布において位置ごとに前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正し、
さらに現在の流速分布を用いて次の流速分布のための閾値を設定することを繰り返すことを特徴とする超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項5】
1または複数の前記流速分布を位置方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得し、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を前記閾値の初期値に設定することを特徴とする請求項4に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項6】
複数の前記流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して前記流速データの出現頻度の統計を取得し、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を前記閾値の初期値に設定することを特徴とする請求項4に記載の超音波ドップラー法の補正方法。
【請求項7】
コンピュータを、
超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、
複数の前記流速分布を位置方向に重畳し、または複数の該流速分布を位置ごとに時間軸方向に重畳して流速データの出現頻度の統計を取得する統計部と、
前記統計から最も出現頻度の少ない流速を閾値に設定する閾値設定部と、
重畳していないそれぞれの前記流速分布において、前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする超音波ドップラー法の補正プログラム。
【請求項8】
コンピュータを、
超音波を送受信して位置と流速の関係を示す流速分布を算出する流速分布算出部と、
流速の測定レンジの幅をRとしたとき、先の流速分布において位置ごとに流速データからR/2の差があって測定レンジ内にある流速を閾値に設定する閾値設定部と、
現在の流速分布において位置ごとに前記閾値より上または下のいずれか一方にある流速データを測定レンジの外側かつ上下反対側に移動させて該流速分布を補正する補正部として機能させることを特徴とする超音波ドップラー法の補正プログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−149785(P2011−149785A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−10564(P2010−10564)
【出願日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】
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