説明

超音波探傷法及び装置

【課題】SPOD法において検査対象物の厚さ方向の検出感度差を抑制して、深さが変わってもほぼ同じ感度で検出できるようにする。また、周波数の大きさや傷の傾斜の有無にかかわらず、き裂先端に対応するエコーを確実に検出できるようにする。
【解決手段】フェーズドアレイ1の一部の振動素子1tで垂直送信を行うと共に一部の振動素子1r群で斜角受信を行い、フェースドアレイ1が設置された範囲で試験体の画像化する範囲20をメッシュ状に区画して少なくとも垂直送信の超音波ビーム3tの範囲内の各区画2毎に複数の振動素子1rで斜角受信したAスコープ波形信号を加算する開口合成処理を送受信用振動素子1t,1rの間隔を一定に保った電子走査を行うことにより画像化範囲20の全域に亘って行い、開口合成処理により合成された各区画2の位置におけるAスコープ波形の振幅値を輝度値に変換して、任意断面のBスコープ画像を構築している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波探傷法及び装置に関する。更に詳述すると、本発明は、斜角探触子と垂直探触子を用いて傷先端に超音波を入射することによって発生する縦波回折波を最短径路で受信する超音波探傷法(短経路回折波法(Short Path of Diffraction:本明細書ではSPOD法と呼ぶ))の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者等は、先に、超音波探傷試験におけるき裂深さ測定法として、垂直および斜角探触子を送受信に用いる簡便・高精度なSPOD法を開発し、反欠陥側および欠陥側探傷において、高精度にき裂深さを測定できることを確認した(特許文献1参照)。
【0003】
このSPOD法は、検査対象物に斜角探触子によって斜めから超音波を入射し、傷の端部において発生する縦波回折波を傷の真上の垂直探触子で受信する方法であり、傷の端部から直接垂直探触子へ向かう回折波と底面に一旦向かって反射してくる回折波との到達時間差から傷高さを求めるものである。このSPOD法によると、超音波ビームのパスが短いため、結晶粒が大きく超音波の減衰が大きいステンレス鋼やインコネル(Special Metals Corporationの登録商標)などに対しても使えるし、それらの溶接部の傷の高さを簡単かつ高精度に測定可能とする。しかも、傷の端部において発生する回折波の直接波と間接波との到達時間差だけできず端部の高さ位置惹いてはきず高さを簡便に算出することができ、検査員に相当の経験と技量がなくとも、精度良く測定できるなどのさまざまの利点を有することから、期待されている探傷法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開WO2007/004303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従前のSPOD法によると、斜角探触子のビーム中心軸と垂直探触子のビーム中心軸とが交わる点(本明細書においては交軸点と呼ぶ)において感度が良いものであるが、その交点から反射体・傷などが外れるに従って反射体・傷などに対応するエコーの強度が低下するという問題を有している。例えば、裏面開口部周辺に焦点を合わせた場合、浅いスリットには感度が良いが、深いスリットにはエコー強度が大きく減衰し感度が悪くなるという問題が生ずる。このため、厚肉の検査対象物における全厚の体積検査で検出すべきき裂先端を、厚さ方向の位置によっては見逃す可能性がある。したがって、実機へ適用するためには、検査対象物の厚さ方向において、検出感度があまり変化しないこと即ち検出感度が低下しないことが望ましい。
【0006】
一方、超音波探傷法を全厚の体積検査へ適用するには、検査対象物の厚さ方向のき裂先端位置に関わらず先端を検出する必要がある。このため、従来のSPOD法を全厚の体積検査へ適用する場合には、交軸点が反射位置(傷の位置・反射体の位置)に合致するように、かなりの量の探触子の組み替えが必要となることから、探触子間隔および屈折角を変えた複数回の機械走査が要求されるが、このような検査要領は実機の非破壊検査では非現実的である。このため、SPOD法で得られるエコー強度はきずの深さに大きく依存しており、きずが深くなるほど大幅にエコー強度が低下していた。そうすると、どこにどの位の深さの傷があるか不明の場合に従来のSPOD法を適用することは難しい。また、垂直探傷では垂直な疲労亀裂の先端のきずは検出することができない。
【0007】
また、実機の主要配管において発生した開口き裂または内部き裂は、配管内面に対して必ずしも垂直に進展するとは限らず、き裂の傾斜によってき裂深さ測定に必要な端部エコーの強度は大きく変化する。例えば、本発明者等の実験によると、従来の斜角探傷法によって傾斜したき裂の深さ測定を行う場合、傾斜角が50°の傾斜き裂のように、き裂の反射面と超音波のビーム中心軸のなす角が90°に近づくと、き裂面での鏡面反射が顕著になり、端部エコーと開口部エコーとを分離できなくなるという問題がある。さらには、この種のき裂深さ測定には超音波周波数が与える影響もあると考えられる。しかしながら、従来、傾斜したき裂の深さ測定にSPOD法を適用することが可能か、さらには他の測定法よりも優位性が有るのか否かについては明らかとされておらず、内部き裂の状況が不明な状態においてはSPOD法を適用することの判断が難しいものであった。
【0008】
本発明は、SPOD法において検査対象物の厚さ方向の検出感度差を抑制する方法、即ち厚さ方向の感度低下をできるだけ低減し深さが変わってもほぼ同じ感度で検出できるようにする方法を提供することを目的とする。また、本発明は、SPOD法において、周波数の大きさや傷の傾斜の有無にかかわらず、き裂先端に対応するエコーを確実に検出できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するため、請求項1記載の発明にかかる超音波探傷法は、フェーズドアレイを用い、前記フェーズドアレイの一部の振動素子で垂直送信を行うと共に一部の振動素子群で斜角受信を行い、前記フェースドアレイが設置された範囲で試験体の画像化する範囲をメッシュ状に区画して少なくとも垂直送信の超音波ビームの範囲内の各区画毎に複数の前記振動素子で斜角受信したAスコープ波形信号を加算する開口合成処理を前記送受信用振動素子の間隔を一定に保った電子走査を行うことにより前記画像化範囲の全域に亘って行い、前記開口合成処理により合成された各区画の位置における前記Aスコープ波形の振幅値を輝度値に変換する輝度変調処理を施して画像表示手段の対応する画素に表示することにより検査対象の任意断面のBスコープ画像を構築するようにしている。
【0010】
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載の超音波探傷法において、垂直送信を行う送信用振動素子を挟んで両側に斜角受信を行う受信用振動素子群を配置するようにしている。
【0011】
さらに、送信用振動素子と受信用振動素子群とは、隣接しても良いし、場合によっては送信用振動素子は受信用振動子の一部に含まれても良いが、送信用振動素子と受信用振動素子群との間には少なくも1素子分のギャップが配置されていることが好ましい。
【0012】
さらに、請求項4記載の発明にかかる超音波探傷装置は、複数の小さな振動素子を一列に配置したフェーズドアレイと、前記フェーズドアレイの一部の振動素子に垂直送信を行わせると共に一部の振動素子群に斜角受信を行わせ、かつ前記フェースドアレイが設置された範囲で試験体の画像化する範囲をメッシュ状に区画して少なくとも垂直送信の超音波ビームの範囲内の各区画毎に複数の前記振動素子でAスコープ波形信号を斜角受信させると共に前記送受信用振動素子の間隔を一定に保って前記画像化範囲の全域に亘って電子走査を行う制御装置と、各区画の位置毎に複数の前記振動素子で斜角受信した前記Aスコープ波形信号を波形が重なるように加算する開口合成処理を行い、前記開口合成処理により合成された各区画の位置における前記Aスコープ波形の振幅値を輝度値に変換する輝度変調処理を施して画像表示手段の対応する画素に表示することにより検査対象の任意断面のBスコープ画像を構築する画像化処理装置とを備えるようにしている。
【0013】
また、請求項5記載の発明は、請求項4記載の超音波探傷装置において、垂直送信を行う送信振動素子を挟んで両側に斜角受信を行う受信振動素子群を配置するようにしたものである。
【0014】
さらに、本発明の超音波探傷装置において、送信用振動素子と受信用振動素子群とは、隣接しても良いし、場合によっては送信用振動素子は受信用振動子の一部に含まれても良いが、送信用振動素子と受信用振動素子群との間には少なくも1素子分のギャップが配置されていることが好ましい。。
【発明の効果】
【0015】
請求項1並びに4記載の超音波探傷法並びに超音波探傷装置によると、少なくとも垂直送信の超音波ビームの範囲内で試験体深さ方向に斜角受信ビームの焦点の位置を変化させながら電子走査することによりSPOD法と同じ波形を得ると共にこの波形への開口合成処理により距離振幅特性を修正することで、断面像構築領域の各画素の輝度を取得してSPOD法のBスコープ画像を構築するようにしているので、探傷範囲のBスコープ画像をSPOD法により効率良く構築できると共にエコー強度がスリット深さにあまり依存せずに強く受信でき、図5に示したように従来のSPOD法よりも検査対象物の厚さ方向の検出感度差を抑制して厚さ方向の感度低下を低減することができる。しかも、効率的に少ない受信波形の信号処理で見つけ難いき裂の先端を見つけられる。したがって、厚肉構造物の全厚の体積検査に適用でき、かつ従来SPOD法よりも高感度な検査が可能となる。ここで、探傷対象となるきずや欠陥などは、試験体の探触子を設置する面とは反対側の裏面側(あるいは内側の面)に開口する亀裂などの傷や、閉じている傷のBスコープ画像を得る場合に限られず、開口傷(探触子を配置する面側に開口して、裏面側に向けて進展している亀裂)の先端を求めこともできることはいうまでもなく、更には表層近くの閉じたきずなども鮮明にBスコープ画像として画像化できる。
【0016】
また、垂直送信の少なくとも超音波ビームの範囲内で試験体の深さ方向に複数の振動素子で斜角受信しながら送受信素子の間隔を一定に保って電子走査するので、きず検出の条件に合致した超音波ビームが入射され、きずを見逃す恐れがない。そこで、どこにどの位の深さの傷があるのか不明の検査対象物・試験体にも本発明のSPOD法を適用することができる。
【0017】
また、本発明者等の実験により、傾斜したき裂の深さ測定においては斜角探傷法による場合よりも優位性があることが判明した。そして、周波数の大きさや傷の傾斜の有無にかかわらず、き裂先端に対応するエコーを確実に検出できることが確認できた。
【0018】
また、請求項2並びに5記載の超音波探傷法及び装置によると、受信素子を送信素子の両脇に設けているので、左右対称な指示の重なりが生じてノイズがキャンセルされて端部エコーのS/N比が向上させられると共に、斜角受信のために本来斜めに出現する指示が重なり合ってその重なり部分が位相が合うので指示が左右対称となり、垂直探傷でないにもかかわらず、垂直探傷と同様の、実際の反射体により近い像が得られる。
【0019】
さらに、請求項3並びに6記載の超音波探傷法及び装置によると、送信素子と受信素子との間にギャップ・不動作振動素子が存在するために、幾何学的に垂直と斜角が効果的に成立する。この送信用振動素子と受信用振動素子との間隔・不動作振動素子の数が適切であればSPOD法の効果があがる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明にかかる超音波探傷法の原理図である。
【図2】送受信素子の配置の実施形態を示す平面図で、(A)は1送信素子の例、(B)は複数送信素子の例を示す。
【図3】本発明にかかる超音波探傷装置の基本構成を示すブロック図である。
【図4】き裂欠陥に対する断面像を示すもので、(A)は本発明者等が開発したシミュレーション手法による計算結果から得られたき裂状欠陥に対する断面像と、(B)は同き裂状欠陥の実験結果に基づく断面像、(C)はSPOD法を示す原理図である。
【図5】従来のSPOD法と本発明の超音波探傷法とで端部エコー強度の比較をした結果を示すグラフである。
【図6】一般的なフェーズドアレイ探傷装置を用いた垂直探傷では検出不可能な厚さ38mmのステンレス鋼ブロック中の疲労き裂(最大深さ12mm)先端を本発明の超音波探傷法により検出できることを確認したもので、(A)は測定体系を示す概略図、(B)は測定結果を示すBスコープ画像である。
【図7】従来のSPOD法における超音波の伝搬経路を示す説明図である。
【図8】2点間の伝搬経路の決定を示す説明図である。
【図9】多数の反射を含む伝搬経路を示す説明図である。
【図10】斜角探触子の相反関係を説明する図で、(A)は送信状態、(B)は受信状態を示す。
【図11】スリット先端における回折の説明図である。
【図12】相反定理を用いる上での実伝搬経路と仮想伝搬経路とを説明する図である。
【図13】本発明者等が開発したシミュレーション手法を検証するための実験で用いる試験体のスリット形状を示す図で、(A)は厚さ25mm、幅40mm、長さ250mmの試験体に数種の深さの垂直き裂をいれたもの、(B)は厚さ25mm、幅40mm、長さ300mmの試験体に数種の傾斜角のき裂をいれたものを示す。
【図14】探触子の機械走査方向を示す説明図である。
【図15】深さの異なるスリットに対する周波数別のL及びLエコーを示す実験結果で、(A)は2MHz、(B)は5MHzである。
【図16】周波数5MHzでの実験結果により得られた、Lエコー強度と交軸位置(垂直送信の超音波ビームの中心軸と斜角受信の超音波ビームの中心軸との交差位置)との関係を示すグラフである。
【図17】深さの異なるスリットに対するL及びLエコーを示すシミュレーション計算結果で、(A)は2MHz、(B)は5MHzである。
【図18】周波数5MHzでのシミューレーション計算結果により得られた、Lエコー強度と交軸位置(垂直送信の超音波ビームの中心軸と斜角受信の超音波ビームの中心軸との交差位置)との関係を示すグラフである。
【図19】周波数5MHzでの実験結果により得られた、縦波斜角探傷による傾斜したスリットのBスコープ画像である。
【図20】周波数5MHzでの実験結果により得られた、SPOD法による傾斜したスリットのBスコープ画像である。
【図21】周波数5MHzでのシミュレーション計算結果により得られた、SPOD法による傾斜したスリットのBスコープ画像である。
【図22】周波数5MHzでのシミュレーション計算結果により得られた、SPOD法(屈折角30度)による傾斜したスリットのBスコープ画像である。
【図23】従来のSPOD法に対する開口合成処理を説明する図で、(A)はスキャン状態を、(B)はAスコープ波形の合成前と合成後とを示す。
【図24】開口合成処理前後のBスコープ画像で、(A)は2MHz、(B)は5MHzのときである。
【図25】開口合成処理前後のLエコー強度の変化を示すグラフである。
【図26】本発明者等が開発したシミュレーション手法に用いる計算モデルを示す説明図である。
【図27】開口合成処理前後のLエコー及び端部エコーのスリット深さと強度との関係を示すグラフである。
【図28】疲労き裂を有する試験体を説明する斜視図である。
【図29】図2(A)の送受信パターンで得られた、深さの異なるスリットに対するL及びLエコーを示すBスコープ画像である。
【図30】フェーズドアレイ技術を用いた場合のスリット深さに対するLエコー強度の変化を示すグラフである。
【図31】疲労き裂に対するBスコープ画像を示すもので、(A)及び(B)は図2(A)の送受信パターンで得られたもの、(C)は図2(B)の送受信パターンで得られたものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の構成を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0022】
図1および図2に本発明にかかる超音波探傷法の実施の一形態を示す。この超音波探傷法は、フェーズドアレイ1を用い、フェーズドアレイ1の一部の振動素子で垂直送信を行うと共に一部の振動素子群で斜角受信を行い、フェースドアレイ1が設置された範囲で試験体の画像化する範囲20をメッシュ状に区画して少なくとも垂直送信の超音波ビーム3tの範囲内の各区画2毎に複数の振動素子1rで斜角受信したエコー3r即ちAスコープ波形信号を加算する開口合成処理を送受信用振動素子1t,1rの間隔を一定に保った電子走査を行うことにより画像化範囲20の全域に亘ってくまなく重複して行い、開口合成処理により合成された各区画2の位置におけるAスコープ波形の振幅値を輝度値に変換する輝度変調処理を施して画像表示手段の対応する画素に表示することにより検査対象の任意断面のBスコープ画像を構築するようにしている。つまり、Bスコープ画像の各画素の輝度を開口合成処理により取得している。尚、明細書中においては、送信用の振動子を送信用振動素子1t、受信用の振動子を受信用振動素子1rと呼ぶ。また、非アクティブな振動素子1gは送受信用振動素子1t,1rの間のギャップを構成する。
【0023】
図3に上述の超音波探傷法を実施する装置の一実施形態を示す。この超音波探傷装置は、複数の小さな振動素子(以下、単に素子と呼ぶこともある)を一列に配置したフェーズドアレイ1と、フェーズドアレイ1の一部の振動素子に垂直送信を行わせると共に一部の振動素子群に斜角受信を行わせ、かつフェースドアレイ1が設置された範囲で試験体の画像化する範囲をメッシュ状に区画して少なくとも垂直送信の超音波ビームの範囲内の各区画毎に複数の振動素子でAスコープ波形信号を斜角受信させると共に送受信用振動素子の間隔を一定に保って画像化範囲の全域に亘って電子走査を行う制御装置4と、各区画の位置毎に複数の振動素子で斜角受信したAスコープ波形信号を波形が重なるように加算する開口合成処理を行い、開口合成処理により合成された各区画の位置におけるAスコープ波形の振幅値を輝度値に変換する輝度変調処理を施して画像表示手段7の対応する画素に表示することにより検査対象の任意断面のBスコープ画像を構築する画像化処理装置5とを備え、相反性と電子走査を利用して斜角探触子の屈折角や入射点間距離を変えて試験体深さ方向に垂直送信ビームと斜角受信ビームとの交点(焦点)位置を変化させながらSPOD法と同じ波形を得ると共にこの波形への開口合成処理により距離振幅特性を修正することで、断面像構築領域の各画素の輝度を取得してBスコープ画像を構築するようにしている。
【0024】
超音波探傷器10は、例えばフェーズドアレイ1とコネクタ9を介して接続される制御装置(送受信回路)4と、複数の受信用振動子1rで斜角受信したAスコープ波形信号に対して開口合成処理を施してからBスコープ画像を生成する画像合成処理を行う画像化処理装置5と、これらに所定の処理を実行させるシステムソフトとUIソフトなどの必要なソフトをROMやその他の記憶手段に格納して制御する中央演算処理部6及びタッチパネルディスプレイ7などから構成される。送受信回路たる制御装置4は、送受信切替回路11と、送信回路12、受信アンプ14及び送受信制御回路13とを有し、送受信制御回路13によって送受信切替回路11と送信回路12と受信アンプ14とが制御されている。そして、メッシュ状に区画されて座標付けされた試験体の画像化範囲20の各区画2の位置において、各受信素子1rで受信されたAスコープ信号は画像化処理装置5のA/D変換回路15を経て並列演算回路16に入力され、開口合成処理を施してからBスコープ画像を生成する画像合成処理を行う。尚、図中の符号8はバスである。
【0025】
ここで、制御装置4は、フェーズドアレイ1の各振動素子に与えるパルス電圧の遅延時間を個別に制御して超音波ビームの集束や偏向を容易に制御可能にすると共に、フェーズドアレイ1の一部の素子1tに垂直送信を行わせ、一部の素子1r群で斜角受信を行わせることによって、少なくとも垂直送信の超音波ビーム3tの範囲内の各区画2毎に複数の振動素子1rでエコー3r(Aスコープ波形信号)を斜角受信させると共に送受信用振動素子1t,1rの間隔を一定に保って画像化範囲の全域に亘って電子走査を行うように制御する。これにより、垂直送信の超音波ビーム3tの重なりが生じて同じ区画2に対し垂直送信と斜角受信が繰り返される。通常、制御装置4の送受信制御回路13は、予め求められた遅延時間のパターンに従ってフェーズドアレイ1の複数の受信用振動素子1rの群に対して斜角受信位置を任意の区画2に焦点が一致するように制御する。例えば、フェースドアレイ1を試験体の上に設置して、置いた範囲で探傷範囲20をメッシュ状に区画して座標を設定し、各座標(各区画)と各斜角受信用振動素子1rとの幾何学的位置関係から各区画に焦点を合わせるための遅延時間のパターンが求められて記憶される。つまり、各区画2の点の座標が定まれば、上述の幾何学的関係は定まる。また、フェーズドアレイ1の位置はエンコーダ(図示省略)によって同時に記録されているので、前述の各区画2の座標は1つの座標軸上のものとして認識できる。このため、フェーズドアレイ1の設置位置を機械走査させることによって探傷範囲20を移動させても、各区画2の座標を一致させることができる。そこで、垂直ビーム3tの広がりの範囲内の各区画2の位置、即ちBスコープ画像を構成する画素に相当する位置で複数の受信用振動素子1rにより全厚方向に斜角受信をくまなく行うこと(換言すれば開口合成すること)を、アクティブな振動素子1t,1rをそれらの間隔を保って1素子分だけ走査方向(フェースドアレイの長さ方向)へずらす毎に繰り返すことによって、探傷範囲の各区画2毎にAスコープ波形を重複取得する。各受信用振動素子1rで受信されたAスコープ波形信号は、画像化処理装置5に入力されて同装置のA/D回路15においてデジタル信号に変換されてから各区画2毎に図示しないメモリなどの記憶手段に順次格納される。
【0026】
尚、斜角受信ひいては開口合成処理はエネルギーが存在しない領域即ち垂直送信の超音波ビーム3tの範囲の外の区画2について行っても開口合成の効果はなく、処理時間の無駄である。そこで、音の広がり(指向性)を考慮して垂直送信ビームの範囲内の区画2に焦点を合わせて斜角受信並びに開口合成を行う。振動子の寸法、周波数などでビームの広がり方(指向性)は容易に予測できることから、ビームの想定される広がり方を考慮して開口合成を施す範囲を定めることができる。尚、本発明では、フェーズドアレイ1の素子群の一部の素子を使って垂直送信を行う一方、一部の素子群を使って斜角受信を行うようにしているが、測定系が線形であれば、相反性により、傷先端に超音波を入射することによって発生する縦波回折波を最短径路で受信する短経路回折波法(SPOD法)と同じ波形が得られる。
【0027】
本実施形態のフェーズドアレイの場合、送信用振動素子1tと受信用振動素子1rとの間には、動作していない振動素子1gを設けて送信用振動素子1tと受信用振動素子1rとの間に一定の間隔(不動作領域)を空けている。この場合には、探傷領域の深い地点でも送信用振動素子1tに対して受信用振動素子1rが離れていることにより、容易かつ確実に斜角探傷を実現できる。幾何学的に垂直送信、斜角受信となるためには送信用振動素子1tと受信用振動素子1rとの間にギャップとなる不動作領域を設けることが簡単かつ効果的であり、送信用振動素子1tと受信用振動素子1rとの間隔が開いているほどSPOD法の効果を高める上で好ましい。ここで、送信用振動素子1tの数を増やすこと即ち送信用振動子1tの寸法を大きくすることは、疲労き裂の先端の指示のような微弱な指示を識別できるようにS/N比を向上させる手段として有効な手段の一つである。例えば、従来のフェーズドアレイ探触子を用いた垂直探傷で観測できなかった疲労き裂の先端の指示を送信用振動素子1tの数を増やすことによって識別できるようになる。尚、不動作領域の振動素子1gの数は試験体の肉厚に依存するものであり、適宜素子数が設定される。本実施形態の場合、使用するフェーズドアレイ探触子の素子数を64とした場合、例えば図2に示すように、受信用振動素子1r群を10素子、送信用振動素子1t数を1〜9、不動作領域の素子数を1〜5として、送信用振動素子1tの両脇に不動作領域を介在させて受信用振動素子1r群をそれぞれ10素子ずつ配置するようにしている。もっとも、送信用振動素子1tと受信用振動素子1rとの間の不動作領域は必ずしも設けなくとも良く、送信用振動素子1tと受信用振動素子1rの群とが隣接しても良いし、場合によっては送信用振動素子1tは受信用振動子1rの群に重なって含まれても良い。
【0028】
また、垂直送信を行う送信用振動素子1tを挟んで両側に斜角受信を行う受信用振動素子1r群を配置することが好ましい。この場合には、端部エコーL1のS/N比を向上させると共に、図4の(B)に示すように左右対称の指示の重なりが生じて点に近づいた指示が得られる。しかしながら、場合によっては、片側にのみ受信用振動素子1r群を配置した受信としても良い。この場合には、左右対称の指示の重なりが生じないので、図4の(A)に示すように、指示に斜めの線が含まれて表れるが、それでも傷の存在並びに位置の検出ができないものではない。
【0029】
画像化処理装置5は、各区画2の位置毎に複数の振動素子1rで斜角受信したAスコープ波形信号を波形が重なるように加算する開口合成処理を行い、開口合成処理により合成された各区画2の位置におけるAスコープ波形の振幅値を輝度値に変換する輝度変調処理を施して画像表示手段の対応する画素に表示することにより検査対象の任意断面のBスコープ画像を構築するものである。
【0030】
開口合成処理は、並列演算回路16で、各受信用振動素子1r毎の波形データから、各ビーム路程でのフライトタイムの振幅値を取り出し探傷範囲の区画2に対応する画像メモリーに加算し、引き続き、他の受信用振動素子1rで得られた波形データについても同様の処理を施して多数の反射波形のピーク値を同位相で加算することにより、信号強度を相対的に増加させるものである。これにより、その区画2に傷が存在すれば波形が足し合わされて波形の振幅値が大きくなり、傷が存在しなければ波形が足し合わされないので振幅が変わらない。つまり、欠陥からの多数の反射波形のピーク値が同位相で加算され、さらに輝度変調処理により鮮明な欠陥画像・画素が得られる。きずの存在しないバックグランド画像では、加算される波形が存在しないため波形値の増幅は起こらず相対的にバックグランドレベルが低減されることとなる。依って、これら処理を画像化処理領域の全てのメッシュに対して行うことにより、鮮明なBスコープ画像が合成される。
【0031】
ここで、送信用振動素子1tを出た波は試験体の中を広がって伝播して行くので、超音波ビームの中心軸から外れる程にエネルギーは弱くなる。したがって、傷・反射体の位置が送受信用振動素子1rの直下から離れたところに存在する程に受信信号の遅れとエネルギー強度の減衰とが顕著となる。しかし、電子走査により垂直送信の位置を1素子分ずつずらしながら垂直送信の超音波ビーム3tの範囲内を試験体深さ方向にくまなく斜角受信することを繰り返すため、同じ区画2に対する開口合成処理の繰り返しによって波形のある受信信号がさらに増幅されるのに対し波形のない(きずの存在しないバックグランド画像)受信信号は変化しないため、相対的にバックグランドレベルが低減されてきずを示すエコー強度を明瞭なものとする。このことは、厚肉の検査対象物における深い位置にあるきずなどの検出の際に効果的である。小さな振動子を用いる場合、垂直送信の超音波ビームの広がりはより大きくなり、底部側においてはエネルギーの減衰が大きくなると共にエコーの減衰も大きくなり、感度が悪くなる。しかし、超音波ビーム3tの広がりが大きくなる底部側ほど、同じ区画2に対する開口合成処理の繰り返しが多くなって波形のある受信信号を増幅して相対的なバックグランドレベルの低減によりエコー強度の減衰を補って明瞭なものとすることができる。しかも、この開口合成処理により超音波の拡散による指示の広がりに対しても補正される効果を有している。他方、超音波ビーム3tの広がりが少ない試験体の表面側においては元々強い信号が得られるので、開口合成を重ねる必要はない。勿論、振動子の寸法を大きくして垂直送信の超音波ビームのエネルギを大きくする場合には、ビームの指向性が高いためビームの広がりは少なくなるが、送信用振動素子1tの直下(垂直送信の超音波ビームの中心軸上)にきずやき裂などの反射体が存在する場合には、強い受信信号・Aスコープ波形信号が取得されることから、底部側にあるきずからのエコーが減衰されたとしても大きく信号強度を損ねることはない。
【0032】
B(brighthess)スコープ画像は、反射波の振幅を時間軸上に明るさの強弱に変換する輝度変調を行い、さらにプローブを走査して、プローブの位置情報と時間−輝度信号を2次元に描画し、検査対象の任意断面の断層像を表示するものものである。具体的には、開口合成処理により合成された波形上でその点のビーム路程に相当する値を画素値、即ち各収録点における輝度を示すものとしてメモリに記憶される。そして、この各画素での輝度に基づいて、Bスコープ画像が作成され、表示装置に表示される。この処理をBスコープ画像内の各データ収録点(画素に相当)について行う(各画素の輝度を開口合成処理により取得)。尚、本実施形態では、Bスコープ画像上のある点の影響を受けるAスコープ波形を探触子の指向性の半値幅に基づき抽出することとしている。
即ち、断面像構築領域の各画素の輝度を取得してBスコープ画像を構築する。
【0033】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、本実施形態では、探触子を設置する面とは反対側の裏面側(あるいは内側の面)に開口する亀裂などの傷や、閉じている傷のBスコープ画像を得る場合について主に説明したが、開口傷(探触子を配置する面側に開口して、裏面側に向けて進展している亀裂)の先端を求め場合にも適用できることはいうまでもなく、更には表層近くの閉じたきずなども鮮明にBスコープ画像として画像化できる。また、垂直送信振動素子1tと斜角受信振動素子1rとの間に、不動作素子1gの領域を設けるようにしているが、場合によっては不動作領域を設けなくても良い。
【0034】
さらに、本実施形態では、垂直送信の超音波ビーム3tの範囲内の各区画2に対して斜角受信を行いかつ開口合成処理を施すようにしているが、場合によっては垂直送信の超音波ビーム3tの中心軸と斜角受信の超音波ビーム3rの中心軸との交点(交軸点)がメッシュ状に区画された各区画上となるように電子制御を行うことにより、走査するようにしても良い。この場合にも、垂直送信用の振動素子1tの直下にきずなどの反射体が存在する場合には、斜角受信の信号が強くなるので、厚肉検査物に適用しても底部側でのエコー強度の低減に対する抑制効果は上述の実施形態と遜色ないものが得られる。
【実施例1】
【0035】
以上のように構成された本発明のSPOD法による超音波探傷装置並びに探傷法において、検査対象物の厚さ方向の検出感度差が抑制されること、即ち厚さ方向の感度低下を低減させたことをシミュレーションによって確認した。また、本発明のSPOD法において、周波数の大きさや傷の傾斜の有無にかかわらず、き裂先端に対応するエコーを確実に検出できることを確認した。
【0036】
まず、シミュレーション手法について説明する。探触子から放射される超音波は、探傷面を透過するときの屈折、き裂面及び試験体底面での反射、き裂先端での回折により、振幅と伝搬方向が変化する。また、それぞれの過程でモード変換が発生するため、その伝搬経路は無数に存在する。
【0037】
ここで、SPOD法は、斜角探触子を用いて、超音波をき裂へ斜めに入射することにより発生する縦波回折波をき裂真上で受信する方法である。したがって、無数の伝搬経路のうち、SPOD法の受信波形に寄与する伝搬経路は、図7に示す6通りに限られる。図中の実線は縦波を、破線は横波を示す。一例として、L2’は試験体に入射された縦波がき裂状欠陥の先端で横波にモード変換した後に、底面で縦波にモード変換し受信される伝搬経路を表す。尚、伝搬経路は、フェルマーの原理に従って決定した。いま、図8に示すように媒質1の点0と、媒質2の点Fの2点間の伝搬経路を決定する場合を考えると、幾何学的に次の数式1が成り立つ。
【数1】

上式は非線形であるため、逐次近似などで角度を決定する必要があり、本実施例ではニュートン・ラプソン法を用いた。数式1を微分すると次の数式2が得られる。
【数2】

δx=0になるように上式に逐次近似を適用することで、θ0、θ1を計算できる。
【0038】
次いで、受信波形の算出方法について述べる。本実験では、試験体が平板で、斜角探触子の遠距離音場内にき裂状欠陥を模擬したスリットが存在する場合を想定して、幾何光学的回折理論(電磁波や光などの波動の伝播を光線と波面により幾何学的に取り扱う幾何光学に、き裂状欠陥の先端などでの回折理論を組み合わせて、より一般的に応用できるようにした近似理論,Geometrical Theory of Diffraction, GTD)に基づく受信波形の算出方法について述べる。
まず、境界面での屈折および反射の繰り返しによる超音波の振幅と位相の変化を求める式について述べる。つぎに、斜角探触子の遠距離音場を示し、また、固体内部のスリット先端での回折についても示す。最終的に、これらの関係を用いて、受信波形を求める計算式を導出する。
【0039】
(屈折および反射による振幅・位相の変化)
試験体の材質に起因した減衰がないときには、点音源から放射された超音波の振幅は、エネルギー保存則により距離に反比例して減衰する。図9は、点音源を起点に試験体内に入射し、試験体の上下境界面でn回反射を繰り返して伝搬する超音波の音線を示す。この場合の振幅と位相の変化は次の数式3で表せる。
【数3】

【数4】

ただし、
【数5】

である。ここで、i は虚数単位を示し、un, unは変位速度の振幅および変位速度ベクトルを、dnは振動方向を表す単位ベクトルである。また、rp、 θp、cp、kpはそれぞれp番目の音線線分の長さ、屈折角または反射角、音速、波数を表す。また、tp-1、pは音線線分p-1、p間の透過率または反射率を示す。
【0040】
(斜角探触子の遠距離音場)
斜角探触子により生成される音場は、相反定理を利用して斜角探触子を用いたときの信号を計算するための間野の式(間野浩太郎,固体の内部の超音波伝搬理論と超音波探傷への応用,鉄道技術研究報告,第276号,1962。)を用いて計算した。振動子である圧電セラミックスに比べ、樹脂で作られたウェッジの音響インピーダンスは小さいので、振動子面は、送信時には剛体のようなピストン運動を行い、受信時には静止に近い状態で入射波をほとんど反射すると考えてよい。よって、振動子表面の変位速度は次の数式6で表せる。
【数6】

ここで、u0、 u0’はそれぞれ送信過程および受信過程における振動子表面の変位速度ベクトルを、u0は変位速度の振幅を表す。nは振動子面の単位法線ベクトルであり、振動子全面が法線方向に一定の振幅u0で振動すると仮定する。
送信過程と受信過程を図10に示す。点Fnは試験体中の任意の点である。送信過程では、振動子がピストン運動し、超音波が試験体に放射され、数回の反射を経て点Fnに入射する。一方、受信過程では、点Fnが仮想的な点音源となり、数回の反射を経て超音波がウェッジ内に放射される。この2つの過程に相反関係が成り立つことから、上述の数式6を利用すると、斜角探触子から放射された点Fnにおける超音波の変位速度の振幅unは次の数式7で求められる。
【数7】

ここで、ρは試験体の密度を、t0、t0’はそれぞれ送信過程および受信過程の振動子面上に生じる表面力を、また、Sは振動子面を表す。t0’nは点音源から放射された超音波により完全に静止した振動子面上に生じる表面力の振動子面に垂直な成分を表し、次の数式8で示される。
【数8】

ここで、ωは角周波数、θ0は点音源から超音波がウェッジに入射するときの屈折角、ξ、ζはそれぞれウェッジ内に伝搬した超音波の振動子面への縦波入射角および横波反射角である。数式7および8から、斜角探触子により生成される点Fnにおける音場が振動子面での表面積分により計算できる。
【0041】
(スリット先端からの回折)
図11に示すように、振幅uinの平面波がスリットの先端に入射したときの回折波は次の数式9で表せる。
【数9】

ここで、dd、λdは回折波の振動方向を表す単位ベクトルおよび波長、kは波数ベクトル、r はスリット先端からの距離ベクトルを示す。また、Dは回折係数を表し、入射波と回折波のモードにより、4通りの組合せが考えられる。一例として、縦波入射波と縦波回折波に関しての回折係数は次の数式10のようになる。
【数10】

ここで、a及びaDはそれぞれ入射波及び回折波の方向を表す。式中の関数と定数は以下の通りである。
【数11a】

【数11b】

【数11c】

【数11d】

ここで、cL, cT, cR はそれぞれ、縦波、横波、レーリー波の音速であり、KはWiener-Hopf 法で用いられる積分である。式10は、aD=π±aのとき無限大に発散するため補正が必要となる。
【0042】
(受信波形の算出)
図12に示すように、スリット先端周囲に境界面SFを考え、この境界面と受信探触子の振動子面SPとに相反関係を用いる。送信波がスリット先端で回折して受信されるまでの経路をRで表し、受信探触子から送信された超音波が経路Rと同じ経路を逆に伝搬してスリット先端に入射する仮想的な経路をVで表す。このとき、二つの境界面SFとSPに関して次の数式12の相反関係が成り立つ。
【数12】

ここで、tR, uRとtV, uVはそれぞれ、経路Rと経路Vにおける表面力と変位速度ベクトルを表す。振動子面は、送信時にはピストン運動を行い、受信時には静止に近い状態であると考えると、振動子面SP上では、uR=0、uV=nと仮定される。ここで、uVの振幅は1とした。その結果、上述の式12は、
【数13】

となる。上式の左辺は、表面力の振動子に垂直な成分を振動子表面SPで積分したもので、振動子で受信される波形Iと見なすことができる。境界面SFの半径bを波長に比べ十分に大きくとると、tR=ρcuRやtV=−ρcuVといった平面波の関係が利用できる。また、境界面SF上のuR,uVは、式7を用いて計算でき、式13の右辺は、停留位相法を用いると最終的にの数式14で表せる。
【数14】

ここで、 ρVm, cVm, fはそれぞれ試験体の密度、音速、および周波数を表す。また、n は送信波が振動子からスリット先端に入射するまでの経路Tでの屈折または反射の回数、mは経路Vでの屈折または反射の回数を示す。添え字TおよびVはそれぞれ経路TおよびVの変数であることを表す。uT0、 uV0は送信探触子の方形振動子の一辺の長さをlT、受信探触子の方形振動子の一辺長をlVとしたとき、次の数式15および数式16で表せる。
【数15】

【数16】

最後に、式14と探傷器により決まるパルス波形のフーリエ変換との積を逆フーリエ変換することで、時間領域の受信波形を算出できる。
【0043】
以上述べたとおり、受信波形の算出方法については定式化できた。そこで、定式化した上記計算手法を、本発明者等が既に開発しているシミュレーションツール(一振動子の探触子による探傷結果をノートパソコンでも高速に予測できるシミュレーションツール(林山,山田尚雄,福冨広幸,緒方隆志,超音波探傷試験の高精度化・高効率化に活用するシミュレーションツールの開発(第1報),電力中央研究所発行の電中研報告書Q07004,2008.参照))に組み込み、SPOD法をはじめ、TOFD法などの2探触子法のシミュレーションを可能とした。このシミュレーションツールにより得られた予測結果は実際の探傷結果と良く一致したことから、その妥当性を確認できた(図4(A)(B)参照)。
【0044】
次いで、上述のシミュレーション手法について検証した。
(実験方法)
まず、開発したシミュレーション手法を検証するため、深さが2mm〜15mmのスリットを有する試験体と深さ5mmで傾斜角が50°〜90°のスリットを有する試験体を用いて実験を行った。試験体の材質はステンレス鋼(SUS316)であり、試験体およびスリットの形状および配置は図13(A),(B)に示す通りである。同一の公称中心周波数(以下、単に周波数と記す)の探触子を送受信に用い、図14に示すように試験体中央で一次元走査して反欠陥側探傷を行った。なお、傾斜角が異なるスリットの試験体に関してはA側からB側へ、B側からA側への2方向で探触子を走査した。周波数の違いによる影響を調べるために、一般的な周波数2MHzおよび5MHzの探触子を用いた。振動子径はともに10mmである。ウェッジのSTB縦波屈折角は45°であり、材質はアクリル製である。また、SPOD法と比較するための斜角探傷では周波数5MHz、振動子寸法10mm×10mm、縦波屈折角45°の斜角探触子も用いた。探触子走査時の位置計測にはリニアスケールエンコーダ(MTL社製)を用い、0.5mm間隔でAスコープ波形を取得してBスコープ画像を描画した。探傷データ取得には市販の超音波探傷装置(TOMOSCAN III)を、接触媒質にはグリセリンペーストを使用した。
【0045】
(結果と考察)
(周波数による影響)
深さが異なるスリットを有する試験体に対して送受信に2MHzの探触子を用いた場合と5MHzを用いた場合に得られるBスコープ画像の実験結果を図15(A),(B)に示す。ここでは、垂直および斜角探触子の交軸点が底面(FP=0mm)および試験体厚さ方向に底面から10mm(FP=10mm)に位置するように探触子間隔を設定した。同図から2MHzと5MHzの場合を比較すると、5MHzのほうが明瞭なL1およびL2エコーが得られ、2MHzでは両エコーと比較して底面エコー(図中のBW)が強くなっている。これは探触子の指向性に起因している。よって、散乱減衰による影響が少ない場合には5MHzの探触子が望ましい。散乱減衰の影響があり、低い周波数の探触子を用いる場合には、S/N比と時間分解能の低下に加えL1およびL2エコーと底面エコーの強度比が大きく変化することを留意する必要がある。交軸位置については交軸点と近い位置に先端があるスリットのL1エコーが最も強く、図15(B)の5MHzの場合のL1エコーの強度をFP=0mmとFP=10mmの場合の最大値で規格化した数値を図16に示す。参考のために記載した縦波斜角探触子による値(図中のLA45)とは異なり、交軸点から離れるとL1エコーが検出し難くなる。
【0046】
上記の実験結果に対応する計算結果を図17および18に示す。1つのスリットに対するBスコープ画像の計算時間はクロック周波数3.06GHzのXeon(マイクロソフト社の登録商標)を搭載したパソコンで5秒程度であった。なお、受信波形の算出方法についての定式化では音場の計算の簡単さから振動子を方形として定式化したのに対し、実験では円形振動子を用いた。円形振動子の中心軸上の近距離音場を除くと、パルス音場への振動子の形状による影響は少ない。よって、同図のシミュレーションでは振動子寸法を10mm×10mmとした。シミュレーションによるL1およびL2エコーのビーム路程差は実験結果と良好に一致し、図15に見るようにL1およびL2エコーと底面エコーの強度の大小関係が周波数の違いにより大きく変化する傾向は図17からも見て取れる。計算結果は実験結果と定性的に一致することから、他の探傷方法と異なるSPOD法の特徴の把握や測定条件の検討などに、開発したシミュレーションツールは十分活用できると考えられる。
【0047】
(傾斜したき裂のエコー)
き裂の傾斜度合いが探傷結果に与える影響を調査した。まず、参考のため傾斜角の異なるスリットを有する試験体を縦波斜角探傷した結果を図19に示す。この図から傾斜角が50°のスリットのようにスリット面と超音波の中心ビームのなす角が90°に近づくとスリット面での鏡面反射波が顕著になり、端部エコーと開口部エコーを分離できなくなる。一方、FP=10mmとしたときのSPOD法の探傷結果は図20の通りである。なお、図19および20は周波数5MHzの探触子を用いた場合の結果である。SPOD法の場合、スリット面への入射角は上記の斜角探傷の場合と同じにも関わらず、受信経路の違いからL1およびL2エコーを分離できることを同図から確認できる。図20に対応した計算結果を図21に示す。両図から、鏡面反射の条件に近づくにつれてL1エコーの指示が強くなっている。傾斜したスリットの傾斜角によるエコーの分離性やエコー強度において計算結果は実験結果と良く一致している。実験および計算結果から、SPOD法は従来の斜角探傷と比べ傾斜したき裂の深さ測定において優位性があることを確認できた。斜角探触子の屈折角を30度とし、スリット先端付近に交軸点を設定した場合の計算結果を図22に示す。この結果からも両エコーの分離が確認され、屈折角の違いにより両者の大小関係が変化していることが判る。
【0048】
以上のことから、製作したシミュレーションツールは、傾斜したき裂に対するSPOD法の探傷結果の予測や探傷条件の検討に十分有効であることが確認された。即ち、試験周波数やき裂状欠陥の傾斜が検査結果へ与える影響に関する評価へ十分適用できることを確認した。
【0049】
次に、上述したシミュレーション手法によって、本発明の超音波探傷法並びに装置の有用性について確認をした。
【0050】
(フェーズドアレイ技術を利用した開口合成処理)
まず、シミュレーションによる性能予測を行った。なお、SPOD法では送信に斜角探触子を、受信に垂直探触子を用いた場合と、それらを入れ替えた場合とでは、測定系が線形であれば相反性により同じ波形が得られる。また、フェーズドアレイを電子走査することによって効率的にデータ取得できるようになる。相反性および電子走査を利用して、距離振幅特性を修正することをシミュレーションツールを活用し検討した。図26に示す計算モデルは、前述のシミュレーション手法の検証において、異なる深さのスリットを有する試験体での実験を参考として設定した。周波数5MHzのフェーズドアレイ探触子の素子の幅を1mmとし、深さ2、5、10および15mmのスリットを有する試験体の厚さを25mmとした。送信には1個の素子を、受信には11個の素子を用い、これらの間に9個の素子を設けた。受信用振動素子1r群で得られた素子ごとのAスコープ波形を焦点が各スリット先端となるように開口合成処理した。
【0051】
上記のモデルにより電子走査した場合のL1エコーの最大値と、フェーズドアレイ探触子の代わりに縦波斜角探触子(周波数5MHz、振動子寸法10mm×10mm)を用いて一探触子法により機械走査した場合の端部エコーの最大値をシミュレーションによって求めた。これらの最大値を比較して図27に示す。同図には比較のため縦波斜角探触子の結果に対して開口合成処理を実施した場合の端部エコーの最大値を記載している。同図から、単にSPOD法の探傷結果を処理した図25のような場合に比べ、距離振幅特性が修正されることがシュミレーションにより確認された。
【0052】
(実験方法)
上記のシミュレーション結果を検証するため、前述のシミュレーション手法の検証において用いた深さの異なるスリットを有する試験体および図28に示す機械試験によって付与した疲労き裂を有する厚さ38mmのステンレス鋼(SUS316)製試験体2体を用いて実験を行った。なお、4本の疲労き裂の最大深さは7mmから15mmである。フェーズドアレイ探触子の周波数は5MHzである。また、素子数は64 であり、各素子の開口面積は0.8mm×10mm、ピッチは1mmである。探触子には高さが30mmのポリスチレン製の垂直探傷用ウェッジを装着した。スキャナーを用いて試験体中央で一次元機械走査し、L1エコーが確認された位置でBスコープ画像データを記録した。探傷データ取得には開口合成処理機能を有する超音波フェーズドアレイ探傷装置((株)東芝製商品名Matrixeye EX)のほかに、SPOD法と従来のパルスエコー法を比較するために一般的な超音波フェーズドアレイ探傷装置(商品名OmniscanMX)も使用した。接触媒質には水を使用した。図1及び図2に示すように本発明の超音波探傷法の性能予測を行ったシミュレーション結果と探傷装置と探触子の仕様を勘案し、送受信パターン1(図2(A))および2(図2(B))を決定した。その結果、送信に1または9個の素子1tを、受信には送信用振動素子1tの両側に合計20個の素子1rを用いた。送信用振動素子1tと受信用振動素子1r群の間の素子数は5または1とした。受信用振動素子1r群を両側に配置した理由は、L1エコーのS/N比を向上させる狙いと左右対称な指示を得るためである。なお、図26の計算モデルと実験条件は異なるが、この条件でも期待される効果が得られることをシミュレーションにより確認している。Matrixeyeでは各素子で受信されたAスコープ波形からBスコープ画像内の画素の値を内蔵された並列演算回路と4つのA/Dコンバータにより高速に開口合成処理し、リアルタイムでBスコープ画像を表示可能である(唐沢博一,磯部英夫,浜島隆之,3次元開口合成(3D-SAFT)アレイと適用事9例,非破壊検査,Vol.56,No.10,520-524,2007)。本測定で設定した画素数は垂直および水平方向にそれぞれ512および64であり、空間分解能は垂直および水平方向に0.07mmおよび1mmである。
【0053】
(実験結果)
スリット入り試験体に対して送受信パターン1で得られたBスコープ画像を図29に示す。L1およびL2エコーが観測され、送信用振動素子1tの両側に受信用振動素子1rを対称に配置したことにより、両エコーの指示が対称に現れている。各スリットのL1エコーの最大振幅を図30に示す。図24(A),(B)では開口合成処理したにも関わらず、距離振幅特性が修正されなかったのに対し、本発明の超音波探傷法を用いることによって最大値に対して4割の範囲内に修正できることが確認できた。よって、本発明にかかる探傷法の活用により、SPOD法のBスコープ画像が構成できるといった効率改善が図られるだけでなく、距離振幅特性も修正できることを確認できた。また、従来の斜角探傷では端部エコーと開口部エコーが分離できない傾斜したき裂状欠陥に対してもL1およびL2エコーは分離することを確認できた。
【0054】
次に、疲労き裂入り試験体に対して探傷を実施した。SPOD法による測定に先立ち、Omniscanを用いてパルスエコー法による垂直探傷を実施した。
電子走査はリニアスキャンとし、同時送受信用振動素子1rの数を16素子まで増やしたが、いずれの疲労き裂の先端も捉えることができなかった。一方、送受信パターン1で疲労き裂をSPOD法により探傷したときのBスコープ画像を図31に示す。疲労き裂4本中3本は図31(A)の破線で囲まれた領域のようにき裂先端を容易に捉えることができたが、1本は図31(B)に示すように明瞭な先端の指示が得られなかった。これは他の3本に比べ、先端が閉じているためと考えられる。そこで、送信用振動素子1t数を増やし図2の送受信パターン2で探傷を行った。このBスコープ画像を図31(C)に示す。図31(B)と比較して判るように明瞭なき裂先端の指示を確認できる。つまり、従来のフェーズドアレイ探触子を用いた垂直探傷で観測できなかった疲労き裂の先端の指示を送信用振動素子1t数を増やすことによって識別できるようになった。疲労き裂の先端の指示のような微弱な指示のS/N比を向上させる手段として、超音波の送受信の開口面積を増やすこと、例えば、送信用振動素子1t数を増やすことは有効な手段の一つであることが判明した。
【0055】
以上の実験の結果から、本発明が検査対象物の厚さ方向の検出感度差を抑制することについて、実証実験によりその有効性が確認された。
【符号の説明】
【0056】
1 フェーズドアレイ
1t 送信用振動素子
1r 受信用振動素子
1g 不動作振動素子
2 試験体の画像化する範囲をメッシュ状に区画した点
3t 垂直送信の超音波ビーム
3r 斜角受信したエコー
4 制御装置
5 画像化処理装置
20 試験体の画像化する範囲

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェーズドアレイを用い、前記フェーズドアレイの一部の振動素子で垂直送信を行うと共に一部の振動素子群で斜角受信を行い、前記フェースドアレイが設置された範囲で試験体の画像化する範囲をメッシュ状に区画して少なくとも垂直送信の超音波ビームの範囲内の各区画毎に複数の前記振動素子で斜角受信したAスコープ波形信号を加算する開口合成処理を前記送受信用振動素子の間隔を一定に保った電子走査を行うことにより前記画像化範囲の全域に亘って行い、前記開口合成処理により合成された各区画の位置における前記Aスコープ波形の振幅値を輝度値に変換する輝度変調処理を施して画像表示手段の対応する画素に表示することにより検査対象の任意断面のBスコープ画像を構築することを特徴とする超音波探傷法。
【請求項2】
前記垂直送信を行う前記送信用振動素子を挟んで両側に斜角受信を行う前記受信用振動素子群を配置するものである請求項1記載の超音波探傷法。
【請求項3】
前記送信用振動素子と前記受信用振動素子群との間には少なくも1素子分のギャップが配置されているものである請求項1または2記載の超音波探傷法。
【請求項4】
複数の小さな振動素子を一列に配置したフェーズドアレイと、前記フェーズドアレイの一部の振動素子に垂直送信を行わせると共に一部の振動素子群に斜角受信を行わせ、かつ前記フェースドアレイが設置された範囲で試験体の画像化する範囲をメッシュ状に区画して少なくとも垂直送信の超音波ビームの範囲内の各区画毎に複数の前記振動素子でAスコープ波形信号を斜角受信させると共に前記送受信用振動素子の間隔を一定に保って前記画像化範囲の全域に亘って電子走査を行う制御装置と、各区画の位置毎に複数の前記振動素子で斜角受信した前記Aスコープ波形信号を波形が重なるように加算する開口合成処理を行い、前記開口合成処理により合成された各区画の位置における前記Aスコープ波形の振幅値を輝度値に変換する輝度変調処理を施して画像表示手段の対応する画素に表示することにより検査対象の任意断面のBスコープ画像を構築する画像化処理装置とを備えるものである超音波探傷装置。
【請求項5】
前記垂直送信を行う前記送信振動素子を挟んで両側に斜角受信を行う前記受信振動素子群を配置するものである請求項4記載の超音波探傷装置。
【請求項6】
前記送信用振動素子と前記受信用振動素子群との間には少なくも1素子分の不動作振動素子が配置されているものである請求項4または5記載の超音波探傷法。

【図3】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図16】
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【図18】
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【図23】
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【図25】
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【図27】
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【図30】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図17】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図24】
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【図26】
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【図28】
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【図29】
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【図31】
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【公開番号】特開2011−7702(P2011−7702A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−153004(P2009−153004)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】