超高分解テラヘルツ分光計測装置
【課題】テラヘルツ分光計測におけるスペクトル分解能の更なる向上を図るテラヘルツ分光計測装置の提供
【解決手段】モード同期周波数差を一定値に保ちながらモード同期周波数のチューニングが可能な安定化制御された2台のフェムト秒レーザーを、テラヘルツ・パルス発生用ポンプ光とテラヘルツ検出用プローブ光の各々に用いる。複数のテラヘルツ・パルスから構成されるテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を、非同期光サンプリング法の原理に基づいて時間的に拡大し、時間遅延走査用機械式ステージ無しで高速取得する。その電場時間波形をフーリエ変換することにより、テラヘルツ・コム・スペクトルを得る。さらに、レーザー制御によって、テラヘルツ・コムの間隙を補間するようにコム・モードを線幅刻みで周波数シフトさせ、その結果得られた複数のテラヘルツ・コム・スペクトルを合成して、コム間隙部が補完された超微細テラヘルツ・スペクトル波形を得る。
【解決手段】モード同期周波数差を一定値に保ちながらモード同期周波数のチューニングが可能な安定化制御された2台のフェムト秒レーザーを、テラヘルツ・パルス発生用ポンプ光とテラヘルツ検出用プローブ光の各々に用いる。複数のテラヘルツ・パルスから構成されるテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を、非同期光サンプリング法の原理に基づいて時間的に拡大し、時間遅延走査用機械式ステージ無しで高速取得する。その電場時間波形をフーリエ変換することにより、テラヘルツ・コム・スペクトルを得る。さらに、レーザー制御によって、テラヘルツ・コムの間隙を補間するようにコム・モードを線幅刻みで周波数シフトさせ、その結果得られた複数のテラヘルツ・コム・スペクトルを合成して、コム間隙部が補完された超微細テラヘルツ・スペクトル波形を得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、テラヘルツ電磁波パルス(以下、テラヘルツ・パルスと称する)を用いたテラヘルツ分光計測技術に関するものであり、周波数領域上のテラヘルツ離散マルチスペクトルを周波数走査することにより、レーザーモード同期周波数を上回る超高分解能で分光計測する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、テラヘルツ領域においてビタミン・糖・医薬品・農薬・禁止薬物・プラスッチク爆弾・ガン組織を始めとした様々な物質が固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)を示すことが明らかになり、このテラヘルツ指紋スペクトルを利用したテラヘルツ分光法が新しい分析手段として注目されている。また、テラヘルツ領域は、大気中の様々な気体分子(酸素、水蒸気、オゾン、一酸化炭素、水素関連分子、窒素関連分子、塩素関連分子、硫黄関連分子など)や揮発性有機化合物(VOC;トルエン、キシレン、酢酸エチルなど)などの吸収線スペクトルが現れる領域でもあり、大気環境分析手段としても期待されている。これらの分析において、十分な物質識別能力を発揮するためには極めて高いスペクトル確度とスペクトル分解能が必要になるが、従来の機械式時間遅延走査に基づいたテラヘルツ時間領域分光法(以下、THz−TDS法と称する)を用いる計測装置では十分とは言えなかった。かかる状況下、極めて高いスペクトル確度とスペクトル分解能が実現でき、テラヘルツ指紋スペクトルに基づいた物質識別能力が大幅に向上できる計測技術が要望されている。
【0003】
従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法を用いる計測装置では、図1に示すように、1台のフェムト秒レーザー光をポンプ光(テラヘルツ・パルス発生)とプローブパルス光(テラヘルツ・パルス検出)の両方に用いる構成をとるため、両者は常に同期している。従って、THz−TDS法では、光路長走査用の機械式ステージによって時間遅延走査を行い、両パルスがテラヘルツ検出器で重なる時間タイミングを順次ずらしながら、相互相関測定を行い(ポンプ・プローブ法)、最終的にテラヘルツ電場の時間波形を再現する。
【0004】
図2は、機械式ステージの移動によって2回の時間遅延走査を行い、3点を測定してテラヘルツ波形の再構築をしている様子を示している。
また、THz−TDS法では、測定されたテラヘルツ電場の時間波形をコンピューターでフーリエ変換することにより得られる振幅(または位相)の周波数スペクトルを用いて分光計測を行っている。
【0005】
図3に、測定されたテラヘルツ電場の時間波形からコンピューターでフーリエ変換することにより得られるテラヘルツ電場の振幅の周波数スペクトルを示す。ここで、測定されたテラヘルツ電場の時間波形において、測定時間窓をTとすると、テラヘルツ振幅スペクトルの周波数分解能は1/Tで表される。
【0006】
つまり、周波数分解能は、テラヘルツ電場時間波形の測定時間窓T(時間遅延走査量)によって決まり、機械式ステージの移動ストローク長(L=cT/2;cは光速(= 3×108 m/s),Tは測定時間窓)によって制限されることになる。一方、周波数レンジは時間遅延量送りのステップ時間間隔tの逆数(1/t)によって与えられる。
【0007】
このため、従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法は、機械式ステージの利用に起因するスペクトル分解能向上と測定時間短縮のトレードオフのため(高いスペクトル分解能を得るためには長いステージ移動が必要になり、結果的に測定時間が長くなる)、高分解能測定と高速スループット能力の両立には限界があるといった問題があった。例えば、測定時間5分の場合のスペクトル分解能は30GHz程度である。
【0008】
また、機械式ステージの移動量を基準に周波数スペクトルの目盛り付けを行うため、達成可能なスペクトル確度とスペクトル分解能に限界があるといった問題があった。例えば、THz−TDS法で用いられる機械式ステージの位置決め精度は概して低く、スペクトル確度として10−3程度しか得られない。
【0009】
かかる従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法の問題に鑑みて、本発明者らは、テラヘルツ・スペクトルを最大でモード同期周波数に等しいスペクトル分解能で高速に分光測定できるように、機械式時間遅延走査を省略した非同期光サンプリング式THz−TDSを既に提案した(特許文献1)。
提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置は、図4に示すように、レーザーパルスの繰り返し周波数(モード同期周波数)がわずかに異なるフェムト秒レーザー1(モード同期周波数=f1)とフェムト秒レーザー2(モード同期周波数=f2)の各々のモード同期周波数が高度に安定化され、かつ、モード同期周波数の差(=f2−f1)がある値で一定になるように、双方のレーザーのモード同期周波数の制御を行うものである。そして、両レーザー光をテラヘルツ・パルス発生用ポンプ光とプローブパルス光の各々に用い、また両レーザー光の一部をそれぞれ抽出してトリガー信号を発生させるものである。
【0010】
図5に、提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、テラヘルツ電場時間波形を再現する様子を表した模式図を示す。発生させたテラヘルツ・パルスとプローブパルス光の各々のパルス周期はわずかに異なるため(テラヘルツ・パルス周期を1/f1,プローブパルス周期を1/f2,パルス毎にずれる時間間隔SI=1/f2−1/f1)、テラヘルツ・パルスとプローブパルス光の重なるタイミングはパルス毎に自動的にずれていく。
テラヘルツ・パルスとプローブパルス光が重なった状態(図5中の(a)参照)から、重なるタイミングがパルス毎に自動的にずれ、再び重なった状態(図5中の(b)参照)になるまでに要する時間(サンプリング時間ST)によって、パルス周期相当の時間遅延走査が1回なされることになる。トリガー信号は、テラヘルツ・パルスとプローブパルス光が重なる毎(図5中の(a)及び(b))に時間原点信号を発生する。これを時間原点信号として利用する。
【0011】
このようにして得られたテラヘルツ・パルスの信号波形は非同期光サンプリング法の原理に基づき、時間的に拡大されて観測される。観測されたテラヘルツ・パルスの信号波形を時間軸スケール拡大率で変換することにより、実際の時間スケールのテラヘルツ・パルスの電場時間波形を再現することが可能になる。スケール変換された電場時間波形をフーリエ変換することにより、振幅及び位相の周波数スペクトルを得ることができる。この場合の周波数分解能は、サンプリング時間STに依存せず常にパルス周期に等しい時間遅延走査が行われるので、最大でモード同期周波数に等しいスペクトル分解能が実現できることになる。その結果、時間遅延走査のための機械式ステージが省略でき、スペクトル分解能向上と測定迅速化が同時に実現できるものである。
【0012】
図6及び図7は、提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置によって得られた電場時間波形(測定時間200ミリ秒)とそれをフーリエ変換することによって取得されたパワースペクトル波形を示している。短い測定時間にも関わらず良好な測定SN比でスペクトル波形が取得できている。
【0013】
提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置では、周波数標準器(例えば、ルビジウム原子時計)に位相同期されたモード同期周波数及びモード同期周波数差を基準に、機械的走査機構を利用することなく、テラヘルツ分光測定を行い、スペクトル目盛りのスケーリングはモード同期周波数とモード同期周波数差の比を用いて行う。周波数は最も安定した標準器が整備された物理量であるので、これを基準信号として超精密レーザー制御することにより、周波数標準器に直接トレーサブルな超精密分光法の実現が可能となる。また、機械的走査機構の省略によりスペクトル分解能向上と測定時間短縮のトレードオフが解消され、従来のTHz−TDS法を大幅に上回るスペクトル分解能を高速測定で実現できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開番号WO2006/092874
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上記の提案したテラヘルツ分光計測装置では、応用分野によってはまだスペクトル分解能が不十分である。これは、上記の提案したテラヘルツ分光計測装置の場合、図8に示すように、単一パルスの電場時間波形しか取得していないことから、フーリエ変換によって得られる振幅スペクトルは連続したスペクトルとなり、スペクトル波形の分解能(データプロット間隔)が不十分であった。これは、従来の機械式時間遅延走査を用いたTHz-TDSでも同様である。
本発明は、上記に鑑みて、スペクトル分解能の更なる向上を図ることができるテラヘルツ分光計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を達成すべく、本発明のテラヘルツ分光計測装置は、レーザーパルスの繰り返し周波数(モード同期周波数)がわずかに異なる2台のフェムト秒レーザー手段と、2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数が安定化され、かつ、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持するように2台のフェムト秒レーザー手段を制御するモード同期周波数制御手段と、一方のフェムト秒レーザーの出力光を励起光として用い、光伝導アンテナ若しくは非線形光学結晶を用いて、テラヘルツ電磁波パルスを放射するテラヘルツ波放射手段と、テラヘルツ波放射手段から放射されたテラヘルツ電磁波パルスを測定用試料に照射し、測定用試料で影響を受けたテラヘルツ電磁波パルスを導くためのテラヘルツ波光学系手段と、他方のフェムト秒レーザーの出力光をプローブパルス光として用い、テラヘルツ電磁波パルスとプローブパルス光とを入射し、光伝導アンテナ若しくは電気光学サンプリング法を用いて、テラヘルツ電磁波パルスの電場時間波形を検出するテラヘルツ波検出手段と、2台のフェムト秒レーザー手段の出力光の一部を抜き出し、時間原点信号を生成するトリガー信号生成手段と、テラヘルツ波検出手段から出力される微弱電気信号を増幅し、時間原点信号に同期してテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を検出することにより信号波形を測定する信号波形測定手段と、を備える既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、
a)上記の信号波形測定手段が、単一のテラヘルツ電磁波パルスではなく、複数の連続したテラヘルツ電磁波パルス(テラヘルツ電磁波パルス列)の電場時間波形を取得し、その電場時間波形を周波数領域にフーリエ変換することにより、モード同期周波数の基本波成分と多数の高調波成分からなる周波数モード列が等間隔に並ぶテラヘルツ離散マルチスペクトルを取得するスペクトル取得手段と、
b)上記の2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数を、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持したままシフトさせるモード同期周波数チューニング制御手段と、
c)上記のモード同期周波数チューニング制御手段により周波数モード列の間隙を補完するようにテラヘルツ離散マルチスペクトルをシフトさせた場合の各々のテラヘルツ離散マルチスペクトルを記憶する記憶手段と、
d)上記の記憶手段に記憶されている各テラヘルツ離散マルチスペクトルを合成し超微細テラヘルツ・スペクトルを生成する手段と、
を備えた構成とされる。
【0017】
かかる構成によれば、上記の非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、スペクトル分解能の更なる向上を図ることができる。
【0018】
上記の非同期光サンプリング式テラヘルツ分光装置では、図8に示すように、パルス周期内の任意の測定時間窓で単一のテラヘルツ・パルスの電場時間波形を取得し、これをフーリエ変換することにより、振幅(あるいは位相)の周波数スペクトルを得る。この場合のスペクトルは、単一現象のフーリエ変換なのでスペクトルは連続スペクトルとなり、データプロット間隔(スペクトル分解能)は測定時間窓の逆数となる。
【0019】
一方、測定時間窓をパルス周期よりも大きく拡大すると、図9に示すように複数のテラヘルツ・パルスから構成されるテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を取得することができる。このような繰り返し現象の時間波形をフーリエ変換すると、多数の周波数モード列がモード同期周波数(パルス繰り返し周波数)間隔で規則的に並んだスペクトル波形が得られる。このように、モード同期周波数の基本波成分と多数の高調波成分が等間隔で櫛の歯(コム)状に立ち並んだテラヘルツ帯離散マルチスペクトル構造をテラヘルツ・コムという。テラヘルツ・コムは多数の周波数モード列がモード同期周波数間隔で立ち並んだ離散マルチスペクトル構造をとるため、これを分光計測に用いた場合のスペクトル分解能はコム間隔であるモード同期周波数となる。一方、各周波数モード(以下、コム・モードという。)のスペクトル線幅はコム間隔よりも更に狭い。
また、テラヘルツ・コムの各モード成分ピークの包絡波(エンベロープ)は、図8のスペクトルと同様なスペクトル波形を示すが、そのデータプロット(コム・モード)間隔はモード同期周波数となる。一方、コム・モードの線幅は、図9のテラヘルツ・パルス列時間波形の測定時間窓の逆数となり、コム・モード間隔よりも大幅に狭い。
【0020】
テラヘルツ・コムは、広い周波数選択性,非常に高いスペクトル純度,直接的絶対周波数校正,周波数逓倍機能,単純性といった特徴を有していることから、これを高度に安定化し絶対周波数の目盛りとして利用すれば、極めて高いスペクトル分解能と確度を有するテラヘルツ分光計測が可能になる。この場合、テラヘルツ・コムの各モードは離散的に分布しているので、スペクトル分解能はコム間隔であるモード同期周波数となる。
【0021】
一方、図10に示すように、テラヘルツ・コムの間隙(コム・モード間の周波数領域)を補間するようにコム・モードを高精度に横ずらししながら分光計測することができれば、スペクトル分解能のさらなら向上が可能になる。コム・モードの周波数は、2台のレーザーのモード同期周波数差(f2−f1)を一定に保ちながらそれぞれのモード同期周波数(f1,f2)を変化させることにより、走査可能である。この場合のコム・モードの横ずらし量(周波数シフト)はf1(またはf2)の周波数変化量とコム・モードの次数の積となる。
【0022】
すなわち、テラヘルツ・コムの間隙を補間するようにコム・モードを線幅間隔で逐次周波数シフトさせながら、各コム・モード位置でのテラヘルツ・コム・スペクトルを計測し、最終的に合成することにより、コム・モード線幅の間隔でプロットされた超微細テラヘルツ・スペクトルを得ることが可能になる。これは、狭線幅CW(連続発振)テラヘルツ波の周波数を連続走査することと等価であるので、この場合のスペクトル分解能は、コム・モードの線幅となる。また、図9の測定時間窓を拡大することにより更なる狭窄化も可能である。
【0023】
本発明のテラヘルツ分光計測装置は、テラヘルツ・コムの観測及びコム・モードの線幅狭窄化と共に、コム・モードの周波数を高精度に少しずつ横ずらししながら、離散分布しているテラヘルツ・コムの間隙を補間して、コム・モードの線幅間隔で信号分布している超微細テラヘルツ・スペクトルを得る。
上記a)のスペクトル取得手段により、テラヘルツ・コムの観測及びコム・モードの線幅狭窄化を図ることができる。また、上記b)のモード同期周波数チューニング制御手段により、コム・モードを高精度に少しずつ横ずらしする。上記c)およびd)により、テラヘルツ・コムの間隙を補間するよう多段階にシフトさせた場合の各々のテラヘルツ・コムを合成して、コム・モードの線幅間隔で信号分布している超微細テラヘルツ・スペクトルを得るのである。
このようにして、コム・モードの線幅に等しいスペクトル分解能を有しながら、ブロードバンドなテラヘルツ領域をフルカバーできるテラヘルツ分光計測が実現可能になる。
【0024】
本発明のテラヘルツ分光計測装置の上記b)モード同期周波数チューニング制御手段において、モード同期周波数のシフト量は、コム・モードの横ずらし量がコム・モード線幅と等しくなるように、測定テラヘルツ周波数帯とモード同期周波数から決定されるコム・モードの次数を考慮して、調整することが好ましい。
これにより、コム・モードの線幅に等しいスペクトル分解能を得ることができる。
【0025】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置の2台のフェムト秒レーザー手段は、ファイバーレーザー、チタンサファイアレーザー、若しくは、ネオジウム・ガラスレーザーを用いることが好ましい。
これにより、高品質なコム・モードを高精度に少しずつ横ずらししながらテラヘルツ・コムの間隙を補間することができる。
【0026】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置の信号波形測定手段において、テラヘルツ電磁波パルス列は、5〜10000周期のテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を同時に取得することが好ましい。
これにより、テラヘルツ・コムの観測およびコム・モード線幅の狭窄化を図ることができる。周期が多くなればなるほど、より狭窄化を図ることができる。その場合、記憶手段となるメモリ容量が膨大になるといったトレードオフが存在する。
【0027】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置において、
(e)信号波形測定手段から出力される時間波形信号の時間軸スケール変換を行い、それをフーリエ変換することによって得られるフーリエスペクトル(振幅と位相の周波数スペクトル)から測定用試料の周波数分析情報を求める信号解析手段を更に備えることが好ましい。
これにより、物質固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)に基づいた物質識別を行うことができる。
【0028】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置において、2台のフェムト秒レーザー手段を制御する上記のモード同期周波数チューニング制御手段は、好ましくは、各レーザーのモード同期周波数を独立して制御する。あるいは、一方のレーザーはモード同期周波数を制御し、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御することでもよい。
また、一方のレーザーのモード同期周波数を連続的に高速走査しながら、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御することでも構わない。この場合、モード同期周波数を連続的に高速走査するレーザーは、安定化されていないことから、好ましくは、モード同期周波数を周波数カウンターでモニタリングする。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、スペクトル分解能の更なる向上を図ることができる。また、本発明によれば、物質固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)に基づいた物質識別感度の向上を図ることができる。さらに、本発明によれば、テラヘルツ帯の周波数標準計量として利用できる効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法を用いる計測装置の構成図
【図2】従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法を用いる計測装置において、機械式ステージによって時間遅延走査を行い、テラヘルツ時間波形を再現する様子を表した模式図
【図3】測定されたテラヘルツ電場の時間波形からコンピューターでフーリエ変換することにより得られるテラヘルツ電場の振幅の周波数スペクトル
【図4】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置の構成図
【図5】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、テラヘルツ時間波形を再現する様子を表した模式図
【図6】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ電場時間測定波形
【図7】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・コムのスペクトル
【図8】単一テラヘルツ・パルスの電場時間波形とそのフーリエ変換によって得られるテラヘルツ連続スペクトル波形
【図9】テラヘルツ・パルス列の電場時間波形とそのフーリエ変換によって得られるテラヘルツ離散マルチスペクトル(テラヘルツ・コム)波形
【図10】コム・モード走査によるテラヘルツ・コム間隙の補間の原理図
【図11】本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図(その1)
【図12】本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図(その2)
【図13】本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図(その3)
【図14】実施例1のテラヘルツ分光計測装置の全体構成ブロック図
【図15】実施例1のテラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・パルス列の波形
【図16】実施例1のテラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・コムのスペクトル
【図17】実施例1のテラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・コムのスペクトル(0.5THz付近を周波数的に拡大したもの)
【図18】レーザー制御によってコム・モードを1段階シフトして合成したスペクトル波形
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【0032】
本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図を図11に示す。フェムト秒レーザー1(モード同期周波数=f1)とフェムト秒レーザー2(モード同期周波数=f2)の各々のモード同期周波数が一定値あるいはチューニングされ、かつモード同期周波数の差(=f2−f1)が一定値となるように、双方のレーザーのモード同期周波数の安定化制御を独立に行う。あるいは、図12に示すように、フェムト秒レーザー1のモード同期周波数(f1)が一定値あるいはチューニングされる一方で、両レーザーのモード同期周波数差が一定となるようにフェムト秒レーザー2のモード同期周波数(f2)を安定化制御してもよい。あるいは、図13に示すように、フェムト秒レーザー1のモード同期周波数(f1)が高速チューニングされる一方で、両レーザーのモード同期周波数差が一定となるようにフェムト秒レーザー2のモード同期周波数(f2)を安定化制御してもよい。この場合、f1は安定化されていないので、モード同期周波数を周波数カウンターでモニタリングする必要がある。
【0033】
そして、フェムト秒レーザー1をポンプ光とし、フェムト秒レーザー2をプローブパルス光とする。フェムト秒レーザー1から照射されたポンプ光は、テラヘルツ発生素子を通過してテラヘルツ・パルスとなる。また、フェムト秒レーザー2から照射されたプローブパルス光およびテラヘルツ・パルスはテラヘルツ検出素子を通過することにより、テラヘルツ・パルスの信号波形が測定される。
【0034】
本発明のテラヘルツ分光計測装置では、測定時間窓を広げて、複数の連続したテラヘルツ・パルスから構成されるテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を高速デジタイザ等で取得する。取得した電場時間波形をフーリエ変換することにより、テラヘルツ・コムのスペクトル波形を得る。測定した電場時間波形の測定時間窓が大きいほど、テラヘルツ・コムのモード線幅が狭くシャープなものになる。取得したテラヘルツ・コム・スペクトルはメモリに記憶される。
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置では、図11,図12、図13に示したレーザー制御手法を用いることによって、フェムト秒レーザー1とフェムト秒レーザー2のモード同期周波数の差を一定に保ったまま、各々のモード同期周波数をシフトできるモード同期周波数チューニング制御を行う。
モード同期周波数チューニング制御によって、テラヘルツ・コムの各コム・モードを横ずらししたスペクトルを取得することができ、同様にメモリに記憶される。そして、複数個取得したテラヘルツ・コムを合成して、テラヘルツ・コムの間隙がコム・モード線幅間隔で補間された超微細テラヘルツ・スペクトルを生成する。
【実施例1】
【0035】
図14は、実施例1のテラヘルツ分光計測装置の全体ブロック図を示している。
実施例1のテラヘルツ分光計測装置では、フェムト秒レーザー1(モード同期エルビウム・ファイバーレーザー、中心波長1550nm、モード同期周波数(f1)56.124MHz、パルス幅50fs)とフェムト秒レーザー2(モード同期エルビウム・ファイバーレーザー、中心波長1550nm、モード同期周波数(f2)56.124MHz+2Hz、パルス幅50fs)を用いている。
フェムト秒レーザー1とフェムト秒レーザー2のモード同期周波数はほぼ同じである。テラヘルツ・パルス(ポンプ光)発生用にフェムト秒レーザー1、テラヘルツ・パルス検出用プローブパルス光にフェムト秒レーザー2をそれぞれ用いた。そして、両レーザーのモード同期周波数およびモード同期周波数の差が一定値となるように安定化制御を行った。さらに、両レーザーのモード同期周波数の差(=2Hz)が一定値となるように安定化制御を行いながらフェムト秒レーザー1のモード同期周波数(f1)およびフェムト秒レーザー2のモード同期周波数(f2)を同期させながらチューニング制御した。
【0036】
両レーザーのモード同期周波数差の安定化制御は、具体的には、図14に示すように、光検出器で検出された2つのレーザー光を、発振器(電圧制御発振器、周波数シンセサイザーなど)を用いてヘテロダイン検波することにより、モード同期周波数の高次高調波成分信号がRF周波数帯のビート信号にそれぞれビートダウンされる。フェムト秒レーザー1のビート信号を用いて、モード同期周波数(f1)の安定化/チューニング制御を行う。一方、フェムト秒レーザー2のビート信号を用いて、モード同期周波数(f2)の安定化/チューニング制御を行う。すなわち、モード同期周波数やモード同期周波数差の変動を高次高調波の次数だけ拡大させ、これを制御信号として用いることにより、安定化制御の高精度化を実現している。
【0037】
図14のモード同期周波数走査型非同期光サンプリング光源制御部において、基準信号発生器から供給される信号を参照信号として、制御信号(高次高調波の差周波信号)がある値(例えば、10MHz)で一定となるように、フェムト秒レーザー1の共振器長可変素子(ピエゾ素子やステージなど)によってレーザー共振器長制御を行い、モード同期周波数(f1)がある値で一定となるように安定化させている。また、フェムト秒レーザー2でも同様な手法を用いて共振器長制御を行い、モード同期周波数(f2)とモード同期周波数差がある値で一定となるように安定化させている。
【0038】
安定化制御された両レーザー光の一部は、SFG(和周波発生光)相互相関測定部で、時間原点信号となるトリガー信号を発生させる。SFG相互相関測定部は、両レーザー光からレンズを用いて非線形光学結晶に集光し、両レーザー光のSFG相互相関信号光を光検出器で光電検出し、その微弱電流信号を電流−電圧変換アンプで増幅した後に、高速デジタイザの時間原点信号として利用している。
【0039】
図14に示すように、両レーザー光の残りはテラヘルツ分光測定部に導かれ、フェムト秒レーザー1がテラヘルツ発生用ポンプ光、フェムト秒レーザー2がテラヘルツ検出用プローブ光に用いられる。テラヘルツ発生及び検出にはダイポール型光伝導アンテナを用いた。
ここで、フェムト秒光サンプリング光源で生成したテラヘルツ・パルスとプローブパルス光のモード同期周波数はわずかに異なるため、機械式時間遅延走査無しでテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を高速サンプリング測定することが可能となる。
【0040】
テラヘルツ検出用光伝導アンテナで高速サンプリングされた電流信号は、電流−電圧変換アンプで増幅された後、SFG相互相関測定部で生成された時間遅延信号を同期信号として、高速デジタイザで測定される。テラヘルツ・パルス列の電場時間波形をフーリエ変換して、テラヘルツ・コム・スペクトル波形を取得する。モード同期周波数を変化させながらコム・モードの走査を行い、各コム・モード位置でのテラヘルツ・コムを重ねて表示することにより、テラヘルツ・コムの間隙を補間する。
【0041】
図15は、実際に取得された10連のテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を示している。このような測定時間窓の電場時間波形を従来の機械ステージ式THz−TDSで取得しようとすると、27メートル長の機械式ステージが必要となり、現実的に実現不可能である。図15の電場時間波形をフーリエ変換して取得した振幅スペクトルを図16に示す。図16の振幅スペクトル内部が塗り潰されているのは、この中に1万本以上のテラヘルツ・コム・モードが密集しているからである。
【0042】
図17は、0.5THz付近を周波数的に拡大したものである。図17から、モード同期周波数(56.1MHz)で等間隔に並んだコム・モード(線幅5.6MHz)が確認できる。図17では、テラヘルツ・コムの各モードが離散的に分布しているため、テラヘルツ・コムをテラヘルツ分光計測に使った場合のスペクトル分解能はコム間隔であるモード同期周波数となるが、コム・モードの線幅はコム間隔よりも更に狭い。もし、コム・モードを高精度に少しずつ横ずらししながらテラヘルツ・コムの間隙を補間することができれば、コム・モードの線幅に等しい超微細テラヘルツ・スペクトルを得ることができる。実際に、レーザー制御によって、コム・モードを横ずらしした結果を図18に示す。図18では、モード同期周波数を0.002%(=1122.5Hz)だけ周波数シフトさせた場合の結果を示しているが、モード同期周波数の周波数シフトは1%程度まで可能であるので、テラヘルツ・コムの間隙を完全に補間することは容易である。このようにして、コム・モードの線幅に等しいスペクトル分解能を有しながらブロードバンドなテラヘルツ領域をフルカバー可能な超高分解テラヘルツ分光法が実現される。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明のテラヘルツ分光計測装置は、テラヘルツ指紋スペクトルを示す各種物質の定性・定量分析に利用できる。また、大気中の様々な気体分子や揮発性有機化合物などの大気環境分析器としても利用可能である。さらに、周波数標準計量装置やテラヘルツトモグラフィーとして利用できる可能性もある。
【技術分野】
【0001】
本技術は、テラヘルツ電磁波パルス(以下、テラヘルツ・パルスと称する)を用いたテラヘルツ分光計測技術に関するものであり、周波数領域上のテラヘルツ離散マルチスペクトルを周波数走査することにより、レーザーモード同期周波数を上回る超高分解能で分光計測する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、テラヘルツ領域においてビタミン・糖・医薬品・農薬・禁止薬物・プラスッチク爆弾・ガン組織を始めとした様々な物質が固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)を示すことが明らかになり、このテラヘルツ指紋スペクトルを利用したテラヘルツ分光法が新しい分析手段として注目されている。また、テラヘルツ領域は、大気中の様々な気体分子(酸素、水蒸気、オゾン、一酸化炭素、水素関連分子、窒素関連分子、塩素関連分子、硫黄関連分子など)や揮発性有機化合物(VOC;トルエン、キシレン、酢酸エチルなど)などの吸収線スペクトルが現れる領域でもあり、大気環境分析手段としても期待されている。これらの分析において、十分な物質識別能力を発揮するためには極めて高いスペクトル確度とスペクトル分解能が必要になるが、従来の機械式時間遅延走査に基づいたテラヘルツ時間領域分光法(以下、THz−TDS法と称する)を用いる計測装置では十分とは言えなかった。かかる状況下、極めて高いスペクトル確度とスペクトル分解能が実現でき、テラヘルツ指紋スペクトルに基づいた物質識別能力が大幅に向上できる計測技術が要望されている。
【0003】
従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法を用いる計測装置では、図1に示すように、1台のフェムト秒レーザー光をポンプ光(テラヘルツ・パルス発生)とプローブパルス光(テラヘルツ・パルス検出)の両方に用いる構成をとるため、両者は常に同期している。従って、THz−TDS法では、光路長走査用の機械式ステージによって時間遅延走査を行い、両パルスがテラヘルツ検出器で重なる時間タイミングを順次ずらしながら、相互相関測定を行い(ポンプ・プローブ法)、最終的にテラヘルツ電場の時間波形を再現する。
【0004】
図2は、機械式ステージの移動によって2回の時間遅延走査を行い、3点を測定してテラヘルツ波形の再構築をしている様子を示している。
また、THz−TDS法では、測定されたテラヘルツ電場の時間波形をコンピューターでフーリエ変換することにより得られる振幅(または位相)の周波数スペクトルを用いて分光計測を行っている。
【0005】
図3に、測定されたテラヘルツ電場の時間波形からコンピューターでフーリエ変換することにより得られるテラヘルツ電場の振幅の周波数スペクトルを示す。ここで、測定されたテラヘルツ電場の時間波形において、測定時間窓をTとすると、テラヘルツ振幅スペクトルの周波数分解能は1/Tで表される。
【0006】
つまり、周波数分解能は、テラヘルツ電場時間波形の測定時間窓T(時間遅延走査量)によって決まり、機械式ステージの移動ストローク長(L=cT/2;cは光速(= 3×108 m/s),Tは測定時間窓)によって制限されることになる。一方、周波数レンジは時間遅延量送りのステップ時間間隔tの逆数(1/t)によって与えられる。
【0007】
このため、従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法は、機械式ステージの利用に起因するスペクトル分解能向上と測定時間短縮のトレードオフのため(高いスペクトル分解能を得るためには長いステージ移動が必要になり、結果的に測定時間が長くなる)、高分解能測定と高速スループット能力の両立には限界があるといった問題があった。例えば、測定時間5分の場合のスペクトル分解能は30GHz程度である。
【0008】
また、機械式ステージの移動量を基準に周波数スペクトルの目盛り付けを行うため、達成可能なスペクトル確度とスペクトル分解能に限界があるといった問題があった。例えば、THz−TDS法で用いられる機械式ステージの位置決め精度は概して低く、スペクトル確度として10−3程度しか得られない。
【0009】
かかる従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法の問題に鑑みて、本発明者らは、テラヘルツ・スペクトルを最大でモード同期周波数に等しいスペクトル分解能で高速に分光測定できるように、機械式時間遅延走査を省略した非同期光サンプリング式THz−TDSを既に提案した(特許文献1)。
提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置は、図4に示すように、レーザーパルスの繰り返し周波数(モード同期周波数)がわずかに異なるフェムト秒レーザー1(モード同期周波数=f1)とフェムト秒レーザー2(モード同期周波数=f2)の各々のモード同期周波数が高度に安定化され、かつ、モード同期周波数の差(=f2−f1)がある値で一定になるように、双方のレーザーのモード同期周波数の制御を行うものである。そして、両レーザー光をテラヘルツ・パルス発生用ポンプ光とプローブパルス光の各々に用い、また両レーザー光の一部をそれぞれ抽出してトリガー信号を発生させるものである。
【0010】
図5に、提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、テラヘルツ電場時間波形を再現する様子を表した模式図を示す。発生させたテラヘルツ・パルスとプローブパルス光の各々のパルス周期はわずかに異なるため(テラヘルツ・パルス周期を1/f1,プローブパルス周期を1/f2,パルス毎にずれる時間間隔SI=1/f2−1/f1)、テラヘルツ・パルスとプローブパルス光の重なるタイミングはパルス毎に自動的にずれていく。
テラヘルツ・パルスとプローブパルス光が重なった状態(図5中の(a)参照)から、重なるタイミングがパルス毎に自動的にずれ、再び重なった状態(図5中の(b)参照)になるまでに要する時間(サンプリング時間ST)によって、パルス周期相当の時間遅延走査が1回なされることになる。トリガー信号は、テラヘルツ・パルスとプローブパルス光が重なる毎(図5中の(a)及び(b))に時間原点信号を発生する。これを時間原点信号として利用する。
【0011】
このようにして得られたテラヘルツ・パルスの信号波形は非同期光サンプリング法の原理に基づき、時間的に拡大されて観測される。観測されたテラヘルツ・パルスの信号波形を時間軸スケール拡大率で変換することにより、実際の時間スケールのテラヘルツ・パルスの電場時間波形を再現することが可能になる。スケール変換された電場時間波形をフーリエ変換することにより、振幅及び位相の周波数スペクトルを得ることができる。この場合の周波数分解能は、サンプリング時間STに依存せず常にパルス周期に等しい時間遅延走査が行われるので、最大でモード同期周波数に等しいスペクトル分解能が実現できることになる。その結果、時間遅延走査のための機械式ステージが省略でき、スペクトル分解能向上と測定迅速化が同時に実現できるものである。
【0012】
図6及び図7は、提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置によって得られた電場時間波形(測定時間200ミリ秒)とそれをフーリエ変換することによって取得されたパワースペクトル波形を示している。短い測定時間にも関わらず良好な測定SN比でスペクトル波形が取得できている。
【0013】
提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置では、周波数標準器(例えば、ルビジウム原子時計)に位相同期されたモード同期周波数及びモード同期周波数差を基準に、機械的走査機構を利用することなく、テラヘルツ分光測定を行い、スペクトル目盛りのスケーリングはモード同期周波数とモード同期周波数差の比を用いて行う。周波数は最も安定した標準器が整備された物理量であるので、これを基準信号として超精密レーザー制御することにより、周波数標準器に直接トレーサブルな超精密分光法の実現が可能となる。また、機械的走査機構の省略によりスペクトル分解能向上と測定時間短縮のトレードオフが解消され、従来のTHz−TDS法を大幅に上回るスペクトル分解能を高速測定で実現できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開番号WO2006/092874
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上記の提案したテラヘルツ分光計測装置では、応用分野によってはまだスペクトル分解能が不十分である。これは、上記の提案したテラヘルツ分光計測装置の場合、図8に示すように、単一パルスの電場時間波形しか取得していないことから、フーリエ変換によって得られる振幅スペクトルは連続したスペクトルとなり、スペクトル波形の分解能(データプロット間隔)が不十分であった。これは、従来の機械式時間遅延走査を用いたTHz-TDSでも同様である。
本発明は、上記に鑑みて、スペクトル分解能の更なる向上を図ることができるテラヘルツ分光計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を達成すべく、本発明のテラヘルツ分光計測装置は、レーザーパルスの繰り返し周波数(モード同期周波数)がわずかに異なる2台のフェムト秒レーザー手段と、2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数が安定化され、かつ、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持するように2台のフェムト秒レーザー手段を制御するモード同期周波数制御手段と、一方のフェムト秒レーザーの出力光を励起光として用い、光伝導アンテナ若しくは非線形光学結晶を用いて、テラヘルツ電磁波パルスを放射するテラヘルツ波放射手段と、テラヘルツ波放射手段から放射されたテラヘルツ電磁波パルスを測定用試料に照射し、測定用試料で影響を受けたテラヘルツ電磁波パルスを導くためのテラヘルツ波光学系手段と、他方のフェムト秒レーザーの出力光をプローブパルス光として用い、テラヘルツ電磁波パルスとプローブパルス光とを入射し、光伝導アンテナ若しくは電気光学サンプリング法を用いて、テラヘルツ電磁波パルスの電場時間波形を検出するテラヘルツ波検出手段と、2台のフェムト秒レーザー手段の出力光の一部を抜き出し、時間原点信号を生成するトリガー信号生成手段と、テラヘルツ波検出手段から出力される微弱電気信号を増幅し、時間原点信号に同期してテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を検出することにより信号波形を測定する信号波形測定手段と、を備える既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、
a)上記の信号波形測定手段が、単一のテラヘルツ電磁波パルスではなく、複数の連続したテラヘルツ電磁波パルス(テラヘルツ電磁波パルス列)の電場時間波形を取得し、その電場時間波形を周波数領域にフーリエ変換することにより、モード同期周波数の基本波成分と多数の高調波成分からなる周波数モード列が等間隔に並ぶテラヘルツ離散マルチスペクトルを取得するスペクトル取得手段と、
b)上記の2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数を、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持したままシフトさせるモード同期周波数チューニング制御手段と、
c)上記のモード同期周波数チューニング制御手段により周波数モード列の間隙を補完するようにテラヘルツ離散マルチスペクトルをシフトさせた場合の各々のテラヘルツ離散マルチスペクトルを記憶する記憶手段と、
d)上記の記憶手段に記憶されている各テラヘルツ離散マルチスペクトルを合成し超微細テラヘルツ・スペクトルを生成する手段と、
を備えた構成とされる。
【0017】
かかる構成によれば、上記の非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、スペクトル分解能の更なる向上を図ることができる。
【0018】
上記の非同期光サンプリング式テラヘルツ分光装置では、図8に示すように、パルス周期内の任意の測定時間窓で単一のテラヘルツ・パルスの電場時間波形を取得し、これをフーリエ変換することにより、振幅(あるいは位相)の周波数スペクトルを得る。この場合のスペクトルは、単一現象のフーリエ変換なのでスペクトルは連続スペクトルとなり、データプロット間隔(スペクトル分解能)は測定時間窓の逆数となる。
【0019】
一方、測定時間窓をパルス周期よりも大きく拡大すると、図9に示すように複数のテラヘルツ・パルスから構成されるテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を取得することができる。このような繰り返し現象の時間波形をフーリエ変換すると、多数の周波数モード列がモード同期周波数(パルス繰り返し周波数)間隔で規則的に並んだスペクトル波形が得られる。このように、モード同期周波数の基本波成分と多数の高調波成分が等間隔で櫛の歯(コム)状に立ち並んだテラヘルツ帯離散マルチスペクトル構造をテラヘルツ・コムという。テラヘルツ・コムは多数の周波数モード列がモード同期周波数間隔で立ち並んだ離散マルチスペクトル構造をとるため、これを分光計測に用いた場合のスペクトル分解能はコム間隔であるモード同期周波数となる。一方、各周波数モード(以下、コム・モードという。)のスペクトル線幅はコム間隔よりも更に狭い。
また、テラヘルツ・コムの各モード成分ピークの包絡波(エンベロープ)は、図8のスペクトルと同様なスペクトル波形を示すが、そのデータプロット(コム・モード)間隔はモード同期周波数となる。一方、コム・モードの線幅は、図9のテラヘルツ・パルス列時間波形の測定時間窓の逆数となり、コム・モード間隔よりも大幅に狭い。
【0020】
テラヘルツ・コムは、広い周波数選択性,非常に高いスペクトル純度,直接的絶対周波数校正,周波数逓倍機能,単純性といった特徴を有していることから、これを高度に安定化し絶対周波数の目盛りとして利用すれば、極めて高いスペクトル分解能と確度を有するテラヘルツ分光計測が可能になる。この場合、テラヘルツ・コムの各モードは離散的に分布しているので、スペクトル分解能はコム間隔であるモード同期周波数となる。
【0021】
一方、図10に示すように、テラヘルツ・コムの間隙(コム・モード間の周波数領域)を補間するようにコム・モードを高精度に横ずらししながら分光計測することができれば、スペクトル分解能のさらなら向上が可能になる。コム・モードの周波数は、2台のレーザーのモード同期周波数差(f2−f1)を一定に保ちながらそれぞれのモード同期周波数(f1,f2)を変化させることにより、走査可能である。この場合のコム・モードの横ずらし量(周波数シフト)はf1(またはf2)の周波数変化量とコム・モードの次数の積となる。
【0022】
すなわち、テラヘルツ・コムの間隙を補間するようにコム・モードを線幅間隔で逐次周波数シフトさせながら、各コム・モード位置でのテラヘルツ・コム・スペクトルを計測し、最終的に合成することにより、コム・モード線幅の間隔でプロットされた超微細テラヘルツ・スペクトルを得ることが可能になる。これは、狭線幅CW(連続発振)テラヘルツ波の周波数を連続走査することと等価であるので、この場合のスペクトル分解能は、コム・モードの線幅となる。また、図9の測定時間窓を拡大することにより更なる狭窄化も可能である。
【0023】
本発明のテラヘルツ分光計測装置は、テラヘルツ・コムの観測及びコム・モードの線幅狭窄化と共に、コム・モードの周波数を高精度に少しずつ横ずらししながら、離散分布しているテラヘルツ・コムの間隙を補間して、コム・モードの線幅間隔で信号分布している超微細テラヘルツ・スペクトルを得る。
上記a)のスペクトル取得手段により、テラヘルツ・コムの観測及びコム・モードの線幅狭窄化を図ることができる。また、上記b)のモード同期周波数チューニング制御手段により、コム・モードを高精度に少しずつ横ずらしする。上記c)およびd)により、テラヘルツ・コムの間隙を補間するよう多段階にシフトさせた場合の各々のテラヘルツ・コムを合成して、コム・モードの線幅間隔で信号分布している超微細テラヘルツ・スペクトルを得るのである。
このようにして、コム・モードの線幅に等しいスペクトル分解能を有しながら、ブロードバンドなテラヘルツ領域をフルカバーできるテラヘルツ分光計測が実現可能になる。
【0024】
本発明のテラヘルツ分光計測装置の上記b)モード同期周波数チューニング制御手段において、モード同期周波数のシフト量は、コム・モードの横ずらし量がコム・モード線幅と等しくなるように、測定テラヘルツ周波数帯とモード同期周波数から決定されるコム・モードの次数を考慮して、調整することが好ましい。
これにより、コム・モードの線幅に等しいスペクトル分解能を得ることができる。
【0025】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置の2台のフェムト秒レーザー手段は、ファイバーレーザー、チタンサファイアレーザー、若しくは、ネオジウム・ガラスレーザーを用いることが好ましい。
これにより、高品質なコム・モードを高精度に少しずつ横ずらししながらテラヘルツ・コムの間隙を補間することができる。
【0026】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置の信号波形測定手段において、テラヘルツ電磁波パルス列は、5〜10000周期のテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を同時に取得することが好ましい。
これにより、テラヘルツ・コムの観測およびコム・モード線幅の狭窄化を図ることができる。周期が多くなればなるほど、より狭窄化を図ることができる。その場合、記憶手段となるメモリ容量が膨大になるといったトレードオフが存在する。
【0027】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置において、
(e)信号波形測定手段から出力される時間波形信号の時間軸スケール変換を行い、それをフーリエ変換することによって得られるフーリエスペクトル(振幅と位相の周波数スペクトル)から測定用試料の周波数分析情報を求める信号解析手段を更に備えることが好ましい。
これにより、物質固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)に基づいた物質識別を行うことができる。
【0028】
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置において、2台のフェムト秒レーザー手段を制御する上記のモード同期周波数チューニング制御手段は、好ましくは、各レーザーのモード同期周波数を独立して制御する。あるいは、一方のレーザーはモード同期周波数を制御し、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御することでもよい。
また、一方のレーザーのモード同期周波数を連続的に高速走査しながら、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御することでも構わない。この場合、モード同期周波数を連続的に高速走査するレーザーは、安定化されていないことから、好ましくは、モード同期周波数を周波数カウンターでモニタリングする。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、スペクトル分解能の更なる向上を図ることができる。また、本発明によれば、物質固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)に基づいた物質識別感度の向上を図ることができる。さらに、本発明によれば、テラヘルツ帯の周波数標準計量として利用できる効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法を用いる計測装置の構成図
【図2】従来の機械式時間遅延走査に基づいたTHz−TDS法を用いる計測装置において、機械式ステージによって時間遅延走査を行い、テラヘルツ時間波形を再現する様子を表した模式図
【図3】測定されたテラヘルツ電場の時間波形からコンピューターでフーリエ変換することにより得られるテラヘルツ電場の振幅の周波数スペクトル
【図4】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置の構成図
【図5】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置において、テラヘルツ時間波形を再現する様子を表した模式図
【図6】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ電場時間測定波形
【図7】既に提案した非同期光サンプリング式テラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・コムのスペクトル
【図8】単一テラヘルツ・パルスの電場時間波形とそのフーリエ変換によって得られるテラヘルツ連続スペクトル波形
【図9】テラヘルツ・パルス列の電場時間波形とそのフーリエ変換によって得られるテラヘルツ離散マルチスペクトル(テラヘルツ・コム)波形
【図10】コム・モード走査によるテラヘルツ・コム間隙の補間の原理図
【図11】本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図(その1)
【図12】本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図(その2)
【図13】本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図(その3)
【図14】実施例1のテラヘルツ分光計測装置の全体構成ブロック図
【図15】実施例1のテラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・パルス列の波形
【図16】実施例1のテラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・コムのスペクトル
【図17】実施例1のテラヘルツ分光計測装置によって得られるテラヘルツ・コムのスペクトル(0.5THz付近を周波数的に拡大したもの)
【図18】レーザー制御によってコム・モードを1段階シフトして合成したスペクトル波形
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【0032】
本発明のテラヘルツ分光計測装置の構成図を図11に示す。フェムト秒レーザー1(モード同期周波数=f1)とフェムト秒レーザー2(モード同期周波数=f2)の各々のモード同期周波数が一定値あるいはチューニングされ、かつモード同期周波数の差(=f2−f1)が一定値となるように、双方のレーザーのモード同期周波数の安定化制御を独立に行う。あるいは、図12に示すように、フェムト秒レーザー1のモード同期周波数(f1)が一定値あるいはチューニングされる一方で、両レーザーのモード同期周波数差が一定となるようにフェムト秒レーザー2のモード同期周波数(f2)を安定化制御してもよい。あるいは、図13に示すように、フェムト秒レーザー1のモード同期周波数(f1)が高速チューニングされる一方で、両レーザーのモード同期周波数差が一定となるようにフェムト秒レーザー2のモード同期周波数(f2)を安定化制御してもよい。この場合、f1は安定化されていないので、モード同期周波数を周波数カウンターでモニタリングする必要がある。
【0033】
そして、フェムト秒レーザー1をポンプ光とし、フェムト秒レーザー2をプローブパルス光とする。フェムト秒レーザー1から照射されたポンプ光は、テラヘルツ発生素子を通過してテラヘルツ・パルスとなる。また、フェムト秒レーザー2から照射されたプローブパルス光およびテラヘルツ・パルスはテラヘルツ検出素子を通過することにより、テラヘルツ・パルスの信号波形が測定される。
【0034】
本発明のテラヘルツ分光計測装置では、測定時間窓を広げて、複数の連続したテラヘルツ・パルスから構成されるテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を高速デジタイザ等で取得する。取得した電場時間波形をフーリエ変換することにより、テラヘルツ・コムのスペクトル波形を得る。測定した電場時間波形の測定時間窓が大きいほど、テラヘルツ・コムのモード線幅が狭くシャープなものになる。取得したテラヘルツ・コム・スペクトルはメモリに記憶される。
また、本発明のテラヘルツ分光計測装置では、図11,図12、図13に示したレーザー制御手法を用いることによって、フェムト秒レーザー1とフェムト秒レーザー2のモード同期周波数の差を一定に保ったまま、各々のモード同期周波数をシフトできるモード同期周波数チューニング制御を行う。
モード同期周波数チューニング制御によって、テラヘルツ・コムの各コム・モードを横ずらししたスペクトルを取得することができ、同様にメモリに記憶される。そして、複数個取得したテラヘルツ・コムを合成して、テラヘルツ・コムの間隙がコム・モード線幅間隔で補間された超微細テラヘルツ・スペクトルを生成する。
【実施例1】
【0035】
図14は、実施例1のテラヘルツ分光計測装置の全体ブロック図を示している。
実施例1のテラヘルツ分光計測装置では、フェムト秒レーザー1(モード同期エルビウム・ファイバーレーザー、中心波長1550nm、モード同期周波数(f1)56.124MHz、パルス幅50fs)とフェムト秒レーザー2(モード同期エルビウム・ファイバーレーザー、中心波長1550nm、モード同期周波数(f2)56.124MHz+2Hz、パルス幅50fs)を用いている。
フェムト秒レーザー1とフェムト秒レーザー2のモード同期周波数はほぼ同じである。テラヘルツ・パルス(ポンプ光)発生用にフェムト秒レーザー1、テラヘルツ・パルス検出用プローブパルス光にフェムト秒レーザー2をそれぞれ用いた。そして、両レーザーのモード同期周波数およびモード同期周波数の差が一定値となるように安定化制御を行った。さらに、両レーザーのモード同期周波数の差(=2Hz)が一定値となるように安定化制御を行いながらフェムト秒レーザー1のモード同期周波数(f1)およびフェムト秒レーザー2のモード同期周波数(f2)を同期させながらチューニング制御した。
【0036】
両レーザーのモード同期周波数差の安定化制御は、具体的には、図14に示すように、光検出器で検出された2つのレーザー光を、発振器(電圧制御発振器、周波数シンセサイザーなど)を用いてヘテロダイン検波することにより、モード同期周波数の高次高調波成分信号がRF周波数帯のビート信号にそれぞれビートダウンされる。フェムト秒レーザー1のビート信号を用いて、モード同期周波数(f1)の安定化/チューニング制御を行う。一方、フェムト秒レーザー2のビート信号を用いて、モード同期周波数(f2)の安定化/チューニング制御を行う。すなわち、モード同期周波数やモード同期周波数差の変動を高次高調波の次数だけ拡大させ、これを制御信号として用いることにより、安定化制御の高精度化を実現している。
【0037】
図14のモード同期周波数走査型非同期光サンプリング光源制御部において、基準信号発生器から供給される信号を参照信号として、制御信号(高次高調波の差周波信号)がある値(例えば、10MHz)で一定となるように、フェムト秒レーザー1の共振器長可変素子(ピエゾ素子やステージなど)によってレーザー共振器長制御を行い、モード同期周波数(f1)がある値で一定となるように安定化させている。また、フェムト秒レーザー2でも同様な手法を用いて共振器長制御を行い、モード同期周波数(f2)とモード同期周波数差がある値で一定となるように安定化させている。
【0038】
安定化制御された両レーザー光の一部は、SFG(和周波発生光)相互相関測定部で、時間原点信号となるトリガー信号を発生させる。SFG相互相関測定部は、両レーザー光からレンズを用いて非線形光学結晶に集光し、両レーザー光のSFG相互相関信号光を光検出器で光電検出し、その微弱電流信号を電流−電圧変換アンプで増幅した後に、高速デジタイザの時間原点信号として利用している。
【0039】
図14に示すように、両レーザー光の残りはテラヘルツ分光測定部に導かれ、フェムト秒レーザー1がテラヘルツ発生用ポンプ光、フェムト秒レーザー2がテラヘルツ検出用プローブ光に用いられる。テラヘルツ発生及び検出にはダイポール型光伝導アンテナを用いた。
ここで、フェムト秒光サンプリング光源で生成したテラヘルツ・パルスとプローブパルス光のモード同期周波数はわずかに異なるため、機械式時間遅延走査無しでテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を高速サンプリング測定することが可能となる。
【0040】
テラヘルツ検出用光伝導アンテナで高速サンプリングされた電流信号は、電流−電圧変換アンプで増幅された後、SFG相互相関測定部で生成された時間遅延信号を同期信号として、高速デジタイザで測定される。テラヘルツ・パルス列の電場時間波形をフーリエ変換して、テラヘルツ・コム・スペクトル波形を取得する。モード同期周波数を変化させながらコム・モードの走査を行い、各コム・モード位置でのテラヘルツ・コムを重ねて表示することにより、テラヘルツ・コムの間隙を補間する。
【0041】
図15は、実際に取得された10連のテラヘルツ・パルス列の電場時間波形を示している。このような測定時間窓の電場時間波形を従来の機械ステージ式THz−TDSで取得しようとすると、27メートル長の機械式ステージが必要となり、現実的に実現不可能である。図15の電場時間波形をフーリエ変換して取得した振幅スペクトルを図16に示す。図16の振幅スペクトル内部が塗り潰されているのは、この中に1万本以上のテラヘルツ・コム・モードが密集しているからである。
【0042】
図17は、0.5THz付近を周波数的に拡大したものである。図17から、モード同期周波数(56.1MHz)で等間隔に並んだコム・モード(線幅5.6MHz)が確認できる。図17では、テラヘルツ・コムの各モードが離散的に分布しているため、テラヘルツ・コムをテラヘルツ分光計測に使った場合のスペクトル分解能はコム間隔であるモード同期周波数となるが、コム・モードの線幅はコム間隔よりも更に狭い。もし、コム・モードを高精度に少しずつ横ずらししながらテラヘルツ・コムの間隙を補間することができれば、コム・モードの線幅に等しい超微細テラヘルツ・スペクトルを得ることができる。実際に、レーザー制御によって、コム・モードを横ずらしした結果を図18に示す。図18では、モード同期周波数を0.002%(=1122.5Hz)だけ周波数シフトさせた場合の結果を示しているが、モード同期周波数の周波数シフトは1%程度まで可能であるので、テラヘルツ・コムの間隙を完全に補間することは容易である。このようにして、コム・モードの線幅に等しいスペクトル分解能を有しながらブロードバンドなテラヘルツ領域をフルカバー可能な超高分解テラヘルツ分光法が実現される。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明のテラヘルツ分光計測装置は、テラヘルツ指紋スペクトルを示す各種物質の定性・定量分析に利用できる。また、大気中の様々な気体分子や揮発性有機化合物などの大気環境分析器としても利用可能である。さらに、周波数標準計量装置やテラヘルツトモグラフィーとして利用できる可能性もある。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザーパルスの繰り返し周波数(モード同期周波数)がわずかに異なる2台のフェムト秒レーザー手段と、2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数が安定化され、かつ、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持するように2台のフェムト秒レーザー手段を制御するモード同期周波数制御手段と、一方のフェムト秒レーザーの出力光を励起光として用い、光伝導アンテナ若しくは非線形光学結晶を用いて、テラヘルツ電磁波パルスを放射するテラヘルツ波放射手段と、テラヘルツ波放射手段から放射されたテラヘルツ電磁波パルスを測定用試料に照射し、測定用試料で影響を受けたテラヘルツ電磁波パルスを導くためのテラヘルツ波光学系手段と、他方のフェムト秒レーザーの出力光をプローブパルス光として用い、テラヘルツ電磁波パルスとプローブパルス光とを入射し、光伝導アンテナ若しくは電気光学サンプリング法を用いて、テラヘルツ電磁波パルスの電場時間波形を検出するテラヘルツ波検出手段と、前記2台のフェムト秒レーザー手段の出力光の一部を抜き出し、時間原点信号を生成するトリガー信号生成手段と、テラヘルツ波検出手段から出力される微弱電気信号を増幅し、前記時間原点信号に同期してテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を検出することにより信号波形を測定する信号波形測定手段と、を備えるテラヘルツ分光計測装置において、
a)前記信号波形測定手段が、単一のテラヘルツ電磁波パルスではなく、複数の連続したテラヘルツ電磁波パルスの電場時間波形を取得し、その電場時間波形を周波数領域にフーリエ変換することにより、モード同期周波数の基本波成分と多数の高調波成分からなる周波数モード列が等間隔に並ぶテラヘルツ離散マルチスペクトルを取得するスペクトル取得手段と、
b)前記2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数を、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持したままシフトさせるモード同期周波数チューニング制御手段と、
c)前記モード同期周波数チューニング制御手段により周波数モード列の間隙を補完するようにテラヘルツ離散マルチスペクトルを多段階に周波数シフトさせた場合の各々のテラヘルツ離散マルチスペクトルを記憶する記憶手段と、
d)前記記憶手段に記憶されている各テラヘルツ離散マルチスペクトルを合成し超微細テラヘルツ・スペクトルを生成する手段と、
を備えたことを特徴とするテラヘルツ分光計測装置。
【請求項2】
前記モード同期周波数チューニング制御手段において、モード同期周波数のシフト量は、前記テラヘルツ離散マルチスペクトルにおける周波数モードのスペクトル線幅であること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項3】
前記2台のフェムト秒レーザー手段は、ファイバーレーザー、チタンサファイアレーザー、若しくは、ネオジウム・ガラスレーザーを用いること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項4】
前記信号波形測定手段において、前記テラヘルツ電磁波パルス列は、5〜10000周期のテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を同時に取得するものであること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のテラヘルツ分光計測装置において、
(e)前記信号波形測定手段から出力される時間波形信号の時間軸スケール変換を行い、それをフーリエ変換することによって得られるフーリエスペクトル(振幅と位相の周波数スペクトル)から前記測定用試料の周波数分析情報を求める信号解析手段を更に備えたことを特徴とするテラヘルツ分光計測装置。
【請求項6】
前記2台のフェムト秒レーザー手段を制御する前記モード同期周波数チューニング制御手段において、各レーザーのモード同期周波数を独立して制御すること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項7】
前記2台のフェムト秒レーザー手段を制御する前記モード同期周波数チューニング制御手段において、一方のレーザーはモード同期周波数を制御し、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御すること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項8】
前記2台のフェムト秒レーザー手段を制御する前記モード同期周波数チューニング制御手段において、一方のレーザーのモード同期周波数を連続的に高速走査しながら、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御すること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項9】
前記モード同期周波数は、周波数カウンターでモニタリングすること特徴とする請求項8に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項1】
レーザーパルスの繰り返し周波数(モード同期周波数)がわずかに異なる2台のフェムト秒レーザー手段と、2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数が安定化され、かつ、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持するように2台のフェムト秒レーザー手段を制御するモード同期周波数制御手段と、一方のフェムト秒レーザーの出力光を励起光として用い、光伝導アンテナ若しくは非線形光学結晶を用いて、テラヘルツ電磁波パルスを放射するテラヘルツ波放射手段と、テラヘルツ波放射手段から放射されたテラヘルツ電磁波パルスを測定用試料に照射し、測定用試料で影響を受けたテラヘルツ電磁波パルスを導くためのテラヘルツ波光学系手段と、他方のフェムト秒レーザーの出力光をプローブパルス光として用い、テラヘルツ電磁波パルスとプローブパルス光とを入射し、光伝導アンテナ若しくは電気光学サンプリング法を用いて、テラヘルツ電磁波パルスの電場時間波形を検出するテラヘルツ波検出手段と、前記2台のフェムト秒レーザー手段の出力光の一部を抜き出し、時間原点信号を生成するトリガー信号生成手段と、テラヘルツ波検出手段から出力される微弱電気信号を増幅し、前記時間原点信号に同期してテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を検出することにより信号波形を測定する信号波形測定手段と、を備えるテラヘルツ分光計測装置において、
a)前記信号波形測定手段が、単一のテラヘルツ電磁波パルスではなく、複数の連続したテラヘルツ電磁波パルスの電場時間波形を取得し、その電場時間波形を周波数領域にフーリエ変換することにより、モード同期周波数の基本波成分と多数の高調波成分からなる周波数モード列が等間隔に並ぶテラヘルツ離散マルチスペクトルを取得するスペクトル取得手段と、
b)前記2台のフェムト秒レーザー手段の各々のモード同期周波数を、モード同期周波数の差が所定の一定値を保持したままシフトさせるモード同期周波数チューニング制御手段と、
c)前記モード同期周波数チューニング制御手段により周波数モード列の間隙を補完するようにテラヘルツ離散マルチスペクトルを多段階に周波数シフトさせた場合の各々のテラヘルツ離散マルチスペクトルを記憶する記憶手段と、
d)前記記憶手段に記憶されている各テラヘルツ離散マルチスペクトルを合成し超微細テラヘルツ・スペクトルを生成する手段と、
を備えたことを特徴とするテラヘルツ分光計測装置。
【請求項2】
前記モード同期周波数チューニング制御手段において、モード同期周波数のシフト量は、前記テラヘルツ離散マルチスペクトルにおける周波数モードのスペクトル線幅であること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項3】
前記2台のフェムト秒レーザー手段は、ファイバーレーザー、チタンサファイアレーザー、若しくは、ネオジウム・ガラスレーザーを用いること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項4】
前記信号波形測定手段において、前記テラヘルツ電磁波パルス列は、5〜10000周期のテラヘルツ電磁波パルスの信号波形を同時に取得するものであること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のテラヘルツ分光計測装置において、
(e)前記信号波形測定手段から出力される時間波形信号の時間軸スケール変換を行い、それをフーリエ変換することによって得られるフーリエスペクトル(振幅と位相の周波数スペクトル)から前記測定用試料の周波数分析情報を求める信号解析手段を更に備えたことを特徴とするテラヘルツ分光計測装置。
【請求項6】
前記2台のフェムト秒レーザー手段を制御する前記モード同期周波数チューニング制御手段において、各レーザーのモード同期周波数を独立して制御すること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項7】
前記2台のフェムト秒レーザー手段を制御する前記モード同期周波数チューニング制御手段において、一方のレーザーはモード同期周波数を制御し、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御すること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項8】
前記2台のフェムト秒レーザー手段を制御する前記モード同期周波数チューニング制御手段において、一方のレーザーのモード同期周波数を連続的に高速走査しながら、他方のレーザーは両レーザーの差周波を一定に制御すること特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【請求項9】
前記モード同期周波数は、周波数カウンターでモニタリングすること特徴とする請求項8に記載のテラヘルツ分光計測装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2011−242180(P2011−242180A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−112723(P2010−112723)
【出願日】平成22年5月16日(2010.5.16)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000206967)大塚電子株式会社 (50)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月16日(2010.5.16)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000206967)大塚電子株式会社 (50)
【Fターム(参考)】
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