説明

超高硬度焼結工具用の焼結素材およびその製造方法

【課題】高い耐摩耗性、耐食性、耐酸化性を有し、良好な面粗度が得られる焼結素材を提供する。
【解決手段】焼結素材が、70重量%以上の炭化タングステンと、鉄属金属の炭化物と、IVa族元素、Va族元素、VIa族元素の炭化物、炭窒化物、窒化物、および硼化物から選択される残部と、からなる。また、焼結素材の製造方法が、a)70重量%以上の炭化タングステンと、5重量%未満の鉄属元素と、IVa族元素、Va族元素、VIa族元素の炭化物、炭窒化物、窒化物、および硼化物から選択される残部と、からなる粒状の出発原料を準備する工程と、b)出発原料を1500℃以下の焼結温度で焼結して焼結体を形成するとともに、出発原料に含まれる鉄属金属を炭化する工程と、c)焼結温度以下の温度で、焼結体をHIP処理する工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金工具のうち、高硬度、化学的安定性が要求される超高硬度焼結工具用の焼結素材に関し、特に、高い耐摩耗性、耐食性、耐酸化性を有し、良好な面粗度が得られる焼結素材に関する。
【背景技術】
【0002】
超硬合金工具には優れた耐摩耗性が要求される。このため、従来から、硬質粒子を超微細化した超微粒子合金や、結合金属相を低減したバインダレス超硬合金を用いることや、工具の表面をセラミックスで被覆する(セラミックスコーティング)ことが提案されてきた。
更には、近年、超高硬度焼結工具の材料として、結合金属相を完全に無くしたWC基超硬合金(例えば、「特許文献1」参照)や、硬質粒子を超微細化するとともに結合金属相も低減したWC基超硬合金(例えば、「特許文献2」参照)が提案されている。
【特許文献1】特開平3−115541号公報
【特許文献2】特開平6−329427号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1に記載されたWC基超硬合金では、焼結時の温度を1600〜1750℃のように極めて高くする必要があり、また、特許文献2に記載されたWC基超硬合金では、焼結後に、1450℃、1800気圧、1時間の条件でHIP処理を行う必要があった。このように、いずれのWC基超硬合金の製造工程においても大きなエネルギーが消費され、より簡便で低コストで製造できる超高硬度焼結材料が模索されていた。
【0004】
即ち、本発明は、セラミックコーティングを行うことなく、高い耐摩耗性を有する超高硬度焼結工具用の焼結素材を低コストで得ることを目的とする。
【0005】
そこで、発明者らは、セラミックコーティングを行わずに、焼結温度1500℃以下の焼結工程と、処理条件1350℃、1000気圧、1時間のHIP工程を行うことにより、材料硬さ(HV)が2500以上の超高硬度焼結工具用の焼結素材が得られることを見出し、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0006】
即ち、本発明は、超高硬度焼結工具用の焼結素材であって、70重量%以上の炭化タングステンと、鉄属金属の炭化物と、IVa族元素、Va族元素、VIa族元素の炭化物、炭窒化物、窒化物、および硼化物から選択される残部と、からなることを特徴とする焼結素材である。
【0007】
また、本発明は、超高硬度焼結工具用の焼結素材の製造方法であって、
a)70重量%以上の炭化タングステン(WC)と、5重量%未満の鉄属元素と、IVa族元素、Va族元素、VIa族元素の炭化物、炭窒化物、窒化物、および硼化物から選択される残部と、からなる粒状の出発原料を準備する工程と、
b)出発原料を1500℃以下の焼結温度で焼結して焼結体を形成するとともに、出発原料に含まれる鉄属金属を炭化する工程と、
c)焼結温度以下の温度で、焼結体をHIP処理する工程とを含むことを特徴とする焼結素材の製造方法でもある。
【発明の効果】
【0008】
以上のように、本発明にかかる超高硬度焼結工具用の焼結素材では、セラミックコーティング等を行うことなく、良好な面粗度と、優れた耐摩耗性、耐食性が得られる。特に、ビッカース硬度(HV)は2500以上となる。
【0009】
また、本発明にかかる焼結素材の製造方法では、焼結温度を低くすることができ、容易かつ低コストに焼結素材を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の実施の形態にかかる超高硬度焼結工具用の焼結素材について、製造工程に沿って説明する。
【0011】
(出発原料)
出発原料の1つとして、粒状のWCを準備する。WCの平均粒径は、0.5μm以下が好ましく、例えば0.2μmとする。
【0012】
次に、高硬度化を図るために、出発原料の1つとして粒状のTiCを添加する。WCとTiCは、焼結後に硬質相を形成する。
なお、TiCに代えて、IVa族元素、Va族元素、VIa族元素の炭化物、炭窒化物、窒化物、および硼化物から選択される1以上の材料を用いても構わない。例えば、炭化物群(TiC、ZrC、TaC)、窒化物群(Si)、硼化物群(TiB、TaB、NbB、WB、MoB、LaB)から選択した材料を用いることができる。
【0013】
更に、焼結促進剤(バインダ)として、粒状のCoを添加する。Coに代えて、Ni、Fe等の鉄族金属(VIII族金属)を用いても構わない。Coの量は、0.1重量%以上、5重量%未満であることが好ましい。
【0014】
以上のようにして形成した出発原料の組成は、WCが70重量%以上、Coが5重量%未満、残部がTiCとなる。なお、出発原料には、不可避的に含まれる他の微量物質も含まれるものとする。
【0015】
次に、出発原料にエタノールを混ぜ、混合(ミリング)する。
【0016】
続いて、例えば約1重量%のワックスを出発原料に添加し、混合した後、乾燥させる。
乾燥させた出発原料は、不活性ガスで封止された完粉原料となる。出発原料を構成するWC、TiC、Co等は、空気中の水分により酸化されやすいため、不活性ガスで封止することにより酸化を防止できる。出発原料は、真空状態にして保管しても構わない。
【0017】
以上の工程で、完粉原料となった出発原料が得られる。
【0018】
(成形工程)
続いて、完粉原料となった出発原料をゴム型に充填し、CIP(Cold Isostatic Pressing:冷間静水圧成形法)を用いて成形する。CIP処理の条件は、室温で196MPaとする。低圧条件で成形した圧粉成形体では、圧粉成形体の強度が小さく、切削、研削加工において、圧粉成形体にカケやクラックが発生する。このため、196MPaのような高圧条件でCIPを行うことが好ましい。
【0019】
次に、ドリル加工や切削加工などのネットシェイプ成形加工を行い、圧粉成形体に孔や段等を形成する。
【0020】
次に、圧粉成形体を炉中に入れて、約1350〜約1500℃で1.5時間保持することにより、圧粉成形体の脱脂焼結を行い、焼結体を形成する。脱脂焼結工程では、圧粉成形体からワックス成分が除去される。
【0021】
脱脂焼結工程を1500℃より高い温度で行った場合、粒子成長が発生して圧粉成形体の硬さが低下して好ましくない。このため、脱脂焼結工程には、1500℃以下の温度が用いられる。
【0022】
この脱脂焼結過程において、焼結促進剤(バインダ)として添加したCoのほぼすべてが、隣接する硬質相成分(WC、TiC)と反応して、MC、M12C、M23等(具体的には、CoC、CoC、CoC等)の複炭化物となる。
【0023】
なお、脱脂焼結工程として、まず、比較的低温で脱ワックス予備焼結工程を行った後に、焼結温度まで昇温して焼結工程を行ってもかまわない。
【0024】
次に、焼結体に対して、HIP(Hot Isostatic Pressing:熱間等方圧加圧成形)を行い、焼結した圧粉成形体中に残存するポア(欠陥)を除去する。HIP条件は、例えば、焼結温度より低い温度1350℃、圧力98MPa、時間1.5時間とする。
【0025】
以上の工程で、超高硬度焼結工具用の焼結素材が完成する。かかる焼結素材では、ビッカース硬度(HV)が2500以上となり、高硬度特性が得られる。
【0026】
また、焼結促進剤(バインダ)として添加したCoが、耐食性、耐摩耗性の高い複炭化物となるため、硬質相(WC、TiC)との硬度差が減少し、研磨処理により平坦な表面を得ることができる。
【0027】
なお、得られた焼結素材の表面に、硼化物や珪化物を被覆し拡散熱処理することにより、摩擦応力を低減して、超高硬度焼結工具の寿命を向上させることができる。
【0028】
(実施例)
次に、上述の方法を用いてレンズ研磨工具を作製し、組成や表面状態等の評価を行った結果について説明する。図1、2は、レンズ研磨工具の側面図であり、それぞれの上面は、R(半径)が10mm、65mmの曲面となっている。かかる曲面を用いてレンズを研磨する。
【0029】
まず、出発原料として、平均粒径が0.2μmのWCを90重量%、(W,Ti,Ta)Cを8重量%、Niを2重量%を配合する。出発原料中の炭素量は、粉末中の酸素含有量を測定し、これから脱炭量を推定した上で調整した量である。
【0030】
次に、出発原料は、アトライターを用いて、エタノールを加えた状態で30時間ミリング(混合)し、スラリーとする。
【0031】
次に、スラリー中にパラフィン系ワックスを1重量%添加し、混合させる。
【0032】
次に、スプレードライヤーを用いた造粒工程により、約100〜200μmの粒径の完粉原料を得る。
【0033】
次に、CIP成形用ゴム型を準備し、ゴム型のキャビティ内に完粉原料を充填し、減圧脱気を行う。続いて、196MPaの加圧条件でCIP成形を行う。なお、成形後の除荷プロセスは、クラックの発生を防止するために、ゆっくりと減圧することが必要である。
【0034】
圧粉成形体をゴム型から取り出した後、加熱炉に入れて、真空状態で脱脂焼結を行う。焼結温度は1350℃で、焼結時間は1.5時間とする。
【0035】
真空状態での焼結後、加熱炉にArガスを導入し、0.9MPaの加圧条件でガス加圧焼結を行う。この時の焼結温度は1350℃のままでも良いが、1500℃程度まで上げてもよい。かかる焼結工程では、圧粉成形体中の液相の絶対量が少ないために、合金組織は殆ど変化しない。
【0036】
続いて、圧粉成形体を焼結して得られた焼結体を、所定の容器に入れて、加圧、加熱し、HIP処理を行う。HIP処理の条件は、温度1350℃、時間1.5時間、圧力98MPaとする。
以上の工程で、レンズ研磨工具用の焼結素材が完成する。
【0037】
得られたレンズ研磨工具用の焼結素材に対して硬度測定を行ったところ、ビッカース硬度(HV):2650〜2720が得られた。また、素材の表面にはポアなどの欠陥は認められなかった。更に、3点曲げ試験により曲げ強度を測定したところ、1.3〜1.6GPaの値が得られた。
【0038】
図3は、焼結体の焼結温度と、ビッカース硬度、曲げ強度との関係であり、横軸に焼結温度、縦軸にビッカース硬度、曲げ強度を示す。図3中、4角形で挟まれた線分はビッカース強度の測定値を、3角形で挟まれた線分は曲げ強度を示す。
【0039】
図3から分かるように、1350〜1500℃のような比較的低い温度の焼結においても、ビッカース硬度が約2550〜2700、曲げ強度が約1.2〜1.6の良好な値が得られている。
【0040】
更に、X線回折装置(X−RD)を用いて構造解析を行ったところ、焼結素材の表面には、WC相以外に、MC、MC型の炭化金属相の存在が認められたが、Ni相の存在は確認されなかった。
また、表面の炭化物層を電解腐食により除去した後に、X線回折を行ったが、同様にNi相の存在は確認されなかった。
このことより、焼結促進剤(バインダ)として添加したNiは、Ni単相としては存在せず、すべて炭化金属相に成っていることが分かった。
【0041】
最後に、焼結素材に対して表面研磨加工を行ってレンズ研磨工具とし、要部であるレンズ成形面の面粗度の測定と表面観察を行った。この結果、面粗度(Ry)は、0.05S〜0.1Sと良好な値となった。また、表面観察の結果からも、鏡面研磨面には数μmオーダーの欠陥は全く認められず、良好な鏡面が得られていることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明にかかる焼結素材は、超高硬度焼結工具、特に、レンズ研磨工具や缶製造用工具に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施の形態にかかるレンズ研磨工具の側面図である。
【図2】本発明の実施の形態にかかる他のレンズ研磨工具の側面図である。
【図3】本発明の実施の形態にかかる焼結体の焼結温度と、ビッカース硬度、曲げ強度との関係である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超高硬度焼結工具用の焼結素材であって、
70重量%以上の炭化タングステンと、
鉄属金属の炭化物と、
IVa族元素、Va族元素、VIa族元素の炭化物、炭窒化物、窒化物、および硼化物から選択される残部と、からなることを特徴とする焼結素材。
【請求項2】
上記鉄属金属が、鉄、コバルト、およびニッケルからなる組から選択される金属であることを特徴とする請求項1に記載の焼結素材。
【請求項3】
上記鉄属金属が、5重量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の焼結素材。
【請求項4】
上記鉄属金属の炭化物が、該鉄属金属の複炭化物であることを特徴とする請求項1に記載の焼結素材。
【請求項5】
上記炭化タングステンの平均粒径が、0.5μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の焼結素材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載された焼結素材を用いた超高硬度焼結工具。
【請求項7】
超高硬度焼結工具用の焼結素材の製造方法であって、
a)70重量%以上の炭化タングステンと、
5重量%未満の鉄属元素と、
IVa族元素、Va族元素、VIa族元素の炭化物、炭窒化物、窒化物、および硼化物から選択される残部と、からなる粒状の出発原料を準備する工程と、
b)該出発原料を1500℃以下の焼結温度で焼結して焼結体を形成するとともに、該出発原料に含まれる該鉄属金属を炭化する工程と、
c)該焼結温度以下の温度で、該焼結体をHIP処理する工程とを含むことを特徴とする焼結素材の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−131505(P2007−131505A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−329017(P2005−329017)
【出願日】平成17年11月14日(2005.11.14)
【出願人】(390000022)サンアロイ工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】