説明

車輪ブレーキシステム

【課題】スリップ率を用いることなく、車両の全軸が滑走した場合に対しても有効である高度なロバスト制御系を構成する車輪ブレーキシステムを提供する。
【解決手段】車両の車輪速度とブレーキシリンダ圧力を可変構造系オブザーバに入力することにより、可変構造系オブザーバは転がり摩擦係数を推定する。推定した転がり摩擦係数により、車輪ブレーキシステムの制御を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪の滑走を制御する車輪ブレーキシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両、自動車などの車両は、車輪と車輪が接する面(レール面、路面など)との間に発生する力によって加減速を行っている。例えば、鉄道車両では、車輪とレールとの間で発生する前後方向の粘着力によって加減速を行っている。この粘着力を制御することによって、車両の滑走防止、停止距離の短縮等が期待できる。粘着力を垂直荷重で除したものが転がり摩擦係数である。
【0003】
従来、車両のブレーキシステムにおいては、測定が困難な車輪とレールとの間の粘着力を外乱オブザーバで推定し、スライディングモード制御理論を用いて滑走制御系の設計を行うことが提案されていた。
【0004】
しかし、従来のスライディングモード制御理論による滑走制御系は、車輪速度と車両速度との差速度を車両速度で除したものであるスリップ率(すべり率ともいう)から目標車輪速度を求め、これに追従するロバストサーボシステムである。
この制御系は、スリップ率に基づくため、車両の全軸が滑走した場合に、充分な性能が発揮できない恐れがあった。
【0005】
スリップ率を用いない制御系を構成するためには、転がり摩擦係数を状態変数として推定する必要がある。一般に、推定方法としては、線形オブザーバと非線形オブザーバとが挙げられる。
しかし、線形オブザーバは、システムのパラメータ変動(例えば、ブレーキ摩擦材の摩擦係数の変化)や外乱(例えばレールとの接触条件の変化)がある場合に不正確となる。このため、非線形オブザーバのうち、システムのパラメータ変動や外乱に対して有効な推定機構が求められ、ロバスト性を有する可変構造系(VSS:Variable Structure System)オブザーバの研究がなされてきた(例えば、非特許文献1参照)。
VSSオブザーバは、システムのパラメータ変動や外乱が存在する系でもロバスト性が補償でき、様々な推定方法のうち最も推定誤差が小さい推定方法である。
【非特許文献1】野波健蔵、田宏奇著,「スライディングモード制御−非線形ロバスト制御の設計理論」,コロナ社,1999年2月,p.161−252
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、車輪ブレーキシステムにVSSオブザーバを適用したものは未だ提示されていない。
【0007】
この発明はこのような点に鑑みてなされたもので、スリップ率を用いることなく、車両の全軸が滑走した場合に対しても有効である高度なロバスト制御系を構成する車輪ブレーキシステムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、請求項1記載の発明は、可変構造系オブザーバを用いて車輪の制御を行う車輪ブレーキシステムにおいて、前記可変構造系オブザーバは、車輪速度とブレーキシリンダ圧力から、転がり摩擦係数を推定することを特徴とする。
【0009】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の車輪ブレーキシステムにおいて、前記可変構造系オブザーバは、下式で表されることを特徴とする。
【数1】

【0010】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の車輪ブレーキシステムにおいて、前記車輪は鉄道車両の車輪であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、可変構造系オブザーバを用いて車輪の制御を行う車輪ブレーキシステムにおいて、前記可変構造系オブザーバが、車輪速度とブレーキシリンダ圧力から、転がり摩擦係数を推定する。よって、スリップ率を用いることなく、車両の全軸が滑走した場合、またパラメータ変動や外乱に対しても有効なロバスト制御系を構成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、図を参照して本発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。
本実施の形態の車輪ブレーキシステムは、非線形ロバスト制御系を構成するものである。この制御系の制御対象は、鉄道車両の車輪に備えられ、この車輪を制動制御するブレーキシステムである。そして、このブレーキシステムには可変構造系(VSS:Variable Structure System)オブザーバ(以下、VSSオブザーバという。)が組み込まれる。
【0013】
まず、VSSオブザーバの設計について説明する。制御対象の状態変数のうち可観測な状態変数から全状態量を再構築するための同一次元オブザーバを考える。同一次元オブザーバは、次式(1)で示され、状態変数xの推定値を算出することができる。
【数2】

ただし、A−LCの固有値は負であるように選ぶ。
【0014】
また、式(1)は線形オブザーバであるため、システムのパラメータ変動や外乱がある場合、推定値は不正確となる。そこで、次式(3)のVSSオブザーバに設計しなおす。
【数3】

【0015】
そして、切換関数νは次式(4)のように表される。
【数4】

【0016】
このとき、ハイゲインMによって誘発する高周波振動を抑えるように次式(5)で表される制御側を採用する。
【数5】

【0017】
ここで、オブザーバゲインLは最適制御のフィードバックゲインFとして、次式(6)のように選ぶ方法がある。
【数6】

【0018】
ただし、Pは、任意のQ>0に対して、次式(7)のリカッチ(Riccati)方程式の解である。
【数7】

【0019】
次に、本実施の形態では、状態変数x、入力uを次式(8)のように設定する。図1は、本発明の実施の形態である車輪ブレーキシステム1のブロック線図を表したものである。すなわち、ブレーキシリンダ圧力pをVSSオブザーバの入力信号とし、VSSオブザーバ3によって車輪速度v、転がり摩擦係数数μを推定する。
【数8】

【0020】
ブレーキシリンダ圧力pは、一般的に、以下の信号系統から得ることができる。すなわち、鉄道車両2用ブレーキ装置を制御する場合、例えば、各鉄道車両2に、乗務員の常用ブレーキのブレーキノッチ操作によって常用ブレーキ指令線により電気信号として各鉄道車両に配信される常用ブレーキ指令信号を受けて、列車速度、車両荷重、発電ブレーキ力を勘案し所要ブレーキ力をブレーキ受量器によって演算し、このブレーキ受量器からブレーキ制御信号を出力し、このブレーキ制御信号を電空変換弁に入力する。この電空変換弁は、供給空気だめから供給される圧縮空気の圧力を制御し、ブレーキ制御信号の電流値に比例した空気圧力を、ブレーキ装置のブレーキシリンダに供給している。このブレーキ装置では、ブレーキシリンダに供給された空気圧力によって制輪子を車輪の踏面に押付けたり、ブレーキライニングで車輪に設けられたブレーキディスクを挟み付けたりすることによって、走行している鉄道車両2を摩擦力によって減速させたり停止させるようになっている。
【0021】
本実施の形態では、システム行列A、制御行列Bを次式(9)のように設定する。
【数9】

【0022】
また、前記状態量v、μのうち、車輪速度vは速度センサ等を用いて測定することができ、本実施の形態では、このvを観測可能な状態量として扱う。一方、転がり摩擦係数μを測定することは一般的に難しく、本実施の形態では、このμを観測困難な状態量として扱う。したがって、観測行列Cを次式(10)のように設定しvを参照入力とし、μを推定するVSSオブザーバを想定する。
【数10】

【0023】
したがって、VSSオブザーバ3は、式(3)、(5)に式(8)から(10)を代入して、次式(11)、(12)のように表される。
【数11】

【0024】
したがって、前記数式(11)、(12)を用いて逐次演算することにより、転がり摩擦係数μを推定することができる。そして、前記推定した転がり摩擦係数μにより、鉄道車両2の車輪ブレーキシステム1の制御が行われる。
【0025】
以上のように、本実施の形態によれば、スリップ率に依存しないで、オブザーバが構成されたことになる。VSSオブザーバ3を用いて転がり摩擦係数μを推定し、ロバスト制御理論に基づき滑走制御を含むブレーキシステムの制御をさらに高度化することができる。
【0026】
次に、このように構成した車輪ブレーキシステム1の有効性を検証するために、コンピュータ上の連続型シミュレーションソフトウェアを用いて、シミュレーションを行った。また、シミュレーションに用いたパラメータは、表1のとおりである。
【表1】

【0027】
また、目的の応答を得るために調整したQとRは、次のようになる。
【数12】

【0028】
すると、前記リカッチ方程式の解から次のオブザーバゲインLを得る。
【数13】

【0029】
また、安定性を満足する行列M、可到達性を満足する行列Mは次の値とし、ε=0.03とした。
【数14】

【0030】
転がり摩擦係数の計算結果を図2及び図3に示す。図2に示した結果は、ブレーキ摩擦材の摩擦係数が一定の場合の計算結果である。図中Realはビームモデルによる理論値を、EstimatedはVSSオブザーバ3による推定結果を示す。転がり摩擦係数は、その推定誤差が小さく、転がり摩擦係数の推定が良好に行われていることが分かる。次に、図3に示した結果は、ブレーキ摩擦材の摩擦係数の変動がある場合の計算結果である。従来の技術では推定することが困難であったが、ブレーキ摩擦材の摩擦係数が一定の場合に比べ推定精度が悪化しているものの、大凡の推定ができていることが分かる。
【0031】
なお、以上の実施の形態においては、車輪の状態量として車輪速度を採用したが、車輪角速度などを採用するようにしてもよい。
その他、具体的な細部構造等についても適宜に変更可能であることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明を適用した一実施形態に係る車輪ブレーキシステムの概略構成を示すブロック図である。
【図2】同上の実施形態における、ブレーキ摩擦材の摩擦係数が一定の場合の結果を示す図である。
【図3】同、ブレーキ摩擦材の摩擦係数が変動する場合の結果を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1 車輪ブレーキシステム
2 鉄道車両
3 可変構造系(VSS)オブザーバ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可変構造系オブザーバを用いて車輪の制御を行う車輪ブレーキシステムにおいて、
前記可変構造系オブザーバは、車輪速度とブレーキシリンダ圧力から、転がり摩擦係数を推定することを特徴とする車輪ブレーキシステム。
【請求項2】
前記可変構造系オブザーバは、下式で表されることを特徴とする請求項1記載の車輪ブレーキシステム。
【数1】

【請求項3】
前記車輪は鉄道車両の車輪であることを特徴とする請求項1または2記載の車輪ブレーキシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−182231(P2006−182231A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−378756(P2004−378756)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(000173784)財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】