説明

軟磁性材料の製造方法、および軟磁性材料

【課題】高周波特性に優れる圧粉磁心を製造することができる軟磁性材料の製造方法、および、この製造方法により製造された軟磁性材料を提供する。
【解決手段】軟磁性金属粒子を含む材料粉末を用意する工程と、金属アルコキシオリゴマーに安定化剤を添加して金属ゾルを作製する工程と、前記材料粉末と金属ゾルとを混合し、軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆うゾル被膜を形成する工程とにより軟磁性材料を作製する。ゾル被膜は、圧粉磁心の製造の際に加圧成形しても、加圧成形後に熱処理しても、損傷し難いので、高周波特性に優れた圧粉磁心を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心の製造に用いられる軟磁性材料、およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド自動車などは、モータへの電力供給系統に昇圧回路を備えている。この昇圧回路の一部品として、リアクトルが利用されている。リアクトルは、コアにコイルを巻回した構成である。このようなリアクトルを交流磁場で使用した場合、コアに鉄損と呼ばれるエネルギー損失が生じる。鉄損は、概ね、ヒステリシス損と渦電流損との和で表され、特に、高周波での使用において顕著になる。
【0003】
上記鉄損を低減するために、リアクトルのコアとして圧粉磁心を用いることがある(例えば、特許文献1や2を参照)。圧粉磁心は、軟磁性金属粒子の表面に絶縁膜を形成した複合磁性粒子からなる軟磁性材料を加圧成形して得られるので、渦電流損が少ないコアとして使用できる。また、この圧粉磁心は、加圧成形時に軟磁性金属粒子に導入され、ヒステリシス損を増加させる要因となる歪みや転移を除去するため、加圧成形後に熱処理を経て作製されている。
【0004】
【特許文献1】特開平8−236332号公報
【特許文献2】特表2000−504785号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、近年では、圧粉磁心の高周波特性を改善することが望まれており、従来の絶縁膜を備える軟磁性材料では、その要請に応えることが難しい。
【0006】
例えば、特許文献1の技術のように絶縁膜をガラス状絶縁体から構成すると、加圧成形時の圧力により絶縁膜が損傷する虞がある。その結果、圧粉磁心における軟磁性金属粒子同士が接触して渦電流損の増大を招き、圧粉磁心の高周波特性が低下する。
【0007】
一方、特許文献2の技術のようなリン酸塩からなる絶縁膜は、耐熱性が低いため、加圧成形後の熱処理温度を高くすることができない。熱処理温度が十分でないと、金属粒子に導入された歪みなどを十分に除去することができず、その結果、ヒステリシス損の増大を招き、圧粉磁心の高周波特性が低下する。
【0008】
そこで、本発明の目的の一つは、高周波特性に優れた圧粉磁心を製造することができる軟磁性材料の製造方法、および、この製造方法により製造された軟磁性材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、軟磁性材料を構成する複合磁性粒子の絶縁膜として、絶縁性に優れる金属酸化膜に着目した。軟磁性金属粒子の表面に金属酸化膜を形成する方法として、例えば、ゾル・ゲル法が考えられる。一般に、ゾル・ゲル法は、被膜の形成対象の表面にコロイド溶液(ゾル)を配した後、ゾルの流動性を失わせて固体(ゲル)とし、さらに熱処理を施して被膜を形成する方法である。このゾル・ゲル法で金属酸化膜を形成するのであれば、有機金属塩の溶液を出発原料として、溶液中の有機金属塩を加水分解・縮重合させることでコロイド溶液(ゾル)を作製する。そして、加水分解・縮重合反応を促進させることで流動性を失った固体(ゲル)とし、さらに加熱による乾燥処理を施すことで金属酸化膜とする。
【0010】
しかし、有機金属塩として好適な金属アルコキシオリゴマーは、非常に反応性が高く、凝集し易い。そのため、軟磁性金属粒子の表面にゾル・ゲル法で金属酸化膜を形成しようとしても、例えば、図1(C)に示す模式図のように、軟磁性金属粒子1の極限られた立体角の範囲にだけ金属ゾル2が付着したようになることがある。この状態で金属ゾルが金属酸化膜になれば、金属粒子同士の接触を抑制することができない。
【0011】
本発明者らは、上述した問題点を考慮した上で、あえてゾル・ゲル法による金属酸化膜の形成をさらに検討した結果、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明軟磁性材料の製造方法は、圧粉磁心を製造するために用いられる軟磁性材料の製造方法であって、以下の工程を備えることを特徴とする。
軟磁性金属粒子を含む材料粉末を用意する工程。
金属アルコキシオリゴマーに安定化剤を添加して金属ゾルを作製する工程。
前記材料粉末と金属ゾルとを混合し、軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆うゾル被膜を形成する工程。
【0013】
本発明軟磁性材料の製造方法によれば、反応性が高く、金属酸化物となり易い金属アルコキシオリゴマーに安定化剤を添加した状態とすることで、軟磁性金属粒子の外周面全体に金属ゾルを分散させることができる。その結果、軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆うゾル被膜を形成することができる。軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆う具体例を図1(A),(B)の模式図に示す。図1(A)は、軟磁性金属粒子1の外周面全体をゾル被膜2が覆う例である。また、図1(B)は、ゾル被膜2が金属粒子1を覆っていない部分があるものの、ゾル被膜2が金属粒子1の外周面全体に分散して配置され、金属粒子1の外周を実質的に覆っている例である。このようにして形成された軟磁性材料であれば、後段で詳述するように、金属粒子間の絶縁が確保された高周波特性に優れる圧粉磁心を製造することができる。
【0014】
以下に、本発明軟磁性材料の製造方法に備わる各工程の構成要素を詳細に説明すると共に、この方法により得られる本発明軟磁性材料についても詳細に説明する。
【0015】
<軟磁性材料の製造>
≪材料粉末の用意≫
用意する材料粉末は、軟磁性金属粒子の集合体であっても良いし、金属粒子の表面に絶縁被膜を有する複合磁性粒子の集合体であっても良い。
【0016】
軟磁性金属粒子としては、鉄を50質量%以上含有するものが好ましく、例えば、純鉄(Fe)が挙げられる。その他、鉄合金、例えば、Fe−Si系合金、Fe−Al系合金、Fe−N系合金、Fe−Ni系合金、Fe−C系合金、Fe−B系合金、Fe−Co系合金、Fe−P系合金、Fe−Ni−Co系合金、及び鉄Fe−Al−Siから選択される1種からなるものが利用できる。特に、透磁率及び磁束密度の点から、99質量%以上がFeである純鉄が好ましい。
【0017】
軟磁性金属粒子の平均粒径は、5μm以上500μm以下とする。軟磁性金属粒子の平均粒径を5μm以上とすることによって、軟磁性材料の流動性を落とすことがなく、軟磁性材料を用いて製作された圧粉磁心の保磁力およびヒステリシス損の増加を抑制できる。逆に、軟磁性金属粒子の平均粒径を500μm以下とすることによって、1kHz以上の高周波域において発生する渦電流損を効果的に低減できる。より好ましい軟磁性金属粒子の平均粒径は、50μm以上70μm以下である。この平均粒径の下限が50μm以上であれば、渦電流損の低減効果が得られると共に、軟磁性材料の取り扱いが容易になり、より高い密度の成形体とすることができる。なお、この平均粒径とは、粒径のヒストグラム中、粒径の小さい粒子からの質量の和が総質量の50%に達する粒子の粒径、つまり50%粒径をいう。
【0018】
また、軟磁性金属粒子は、そのアスペクト比が1.5〜1.8となるような形状とすると良い。上記範囲のアスペクト比を有する軟磁性金属粒子は、アスペクト比が小さな(1.0に近い)ものに比べて、圧粉磁心にしたときに反磁界係数を大きくでき、高周波特性に優れた圧粉磁心とすることができる。また、圧粉磁心の強度を向上させることができる。
【0019】
軟磁性金属粒子はその表面に絶縁被膜を備えていても良い。軟磁性金属粒子の表面に絶縁被膜を備える複合磁性粒子とすることで、軟磁性材料は絶縁被覆と金属酸化膜の二重の絶縁膜で覆われることになるので、金属粒子間の絶縁をより確実にすることができる。
【0020】
絶縁被膜としては、例えば、リン酸塩やチタン酸塩などを好適に利用できる。特に、リン酸塩からなる絶縁被膜は変形性に優れるので、軟磁性材料を加圧して圧粉磁心を作製する際に軟磁性金属粒子が変形しても、この変形に追従して変形することができる。また、リン酸塩被膜は鉄系の軟磁性金属粒子に対する密着性が高く、後述する金属酸化膜との密着性も高いので、金属粒子から絶縁膜が脱落し難い。リン酸塩としては、リン酸鉄やリン酸マンガン、リン酸亜鉛、リン酸カルシウムなどのリン酸金属塩化合物を利用することができる。
【0021】
絶縁被膜は、特に、水和水を含むことが好ましい。絶縁被膜に水和水を含有させる効果については、混合工程の説明の際に詳述する。
【0022】
絶縁被膜の厚みは、10nm以上1μm以下であることが好ましい。絶縁被膜の厚みを10nm以上とすることによって、金属粒子同士の接触の抑制や渦電流によるエネルギー損失を効果的に抑制することができる。また、絶縁被膜の厚みを1μm以下とすることによって、複合磁性粒子に占める絶縁被膜の割合が大きくなりすぎず、複合磁性粒子の磁束密度が著しく低下することを防止できる。
【0023】
上記絶縁被膜の厚さは、以下のようにして調べることができる。まず、組成分析(TEM−EDX:transmission electron microscope energy dispersive X−ray spectroscopy)によって得られる膜組成と、誘導結合プラズマ質量分析(ICP−MS:inductively coupled plasma−mass spectrometry)によって得られる元素量とを鑑みて相当厚さを導出する。そして、TEM写真により直接、被膜を観察し、先に導出された相当厚さのオーダーが適正な値であることを確認して決定される平均的な厚さとする。なお、この定義は、後述するゾル被膜および金属酸化膜の厚さにも適用できる。
【0024】
≪金属ゾルの作製≫
用意する金属アルコキシオリゴマーとしては、加水分解・縮重合反応により金属酸化物となるものであれば特に限定されない。代表的には、M(R)(m、nは自然数)で表される化合物を利用することができる。Mは、金属であって、例えば、AlやTi、La、Zr、Ca、Znなどから選択される少なくとも1種とすることができる。また、Rは、加水分解基であるアルコキシ基であって、例えば、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、ブトキシ、sec−ブトキシ、tert−ブトキシを挙げることができる。特に、加水分解後の反応生成物を除去する手間を考慮すると、加水分解基はメトキシが良い。
【0025】
金属アルコキシオリゴマーは、加水分解・縮重合することで金属酸化物となる。しかし、金属アルコキシオリゴマーは、一般的に非常に反応性が高く、金属酸化物となり易い。そこで、金属アルコキシオリゴマーの加水分解・縮重合反応を抑制する安定化剤を上記オリゴマーに添加する。
【0026】
安定化剤は、金属アルコキシオリゴマーの溶剤として働き、同オリゴマーを含むゾル(金属ゾル)を形成すると共に、オリゴマーの加水分解・縮重合の反応速度を抑えて、オリゴマーの凝集を抑制する。安定化剤としては、β−ジケトン(例:アセチルアセトンCHCOCHCOCH)、アルカノールアミン(例:エタノールアミンHNCHCHOH)、グリコール(エチレングリコールHOCHCHOH)、エステル(例:酢酸ブチルCHCOO(CHCH)、あるいは、有機酸(例:蟻酸ナトリウムNaHCO)などを挙げることができる。
【0027】
金属アルコキシオリゴマーと安定化剤との混合割合は、両者に何を使用するかによって好適な値が異なるが、モル比で、概ね以下のような配合割合とすると良い。
オリゴマー:安定化剤=1:0.5〜0.8(好ましくは、1:0.7〜0.8)
【0028】
≪材料粉末と金属ゾルの混合≫
材料粉末と金属ゾルとを混合することにより、材料粉末を構成する粒子間に金属ゾルが配置された状態になる。そして、混合を継続する過程で金属ゾルにおける金属アルコキシオリゴマーの加水分解・縮重合反応が進行し、粒子表面にゾル被膜が形成される。ゾル被膜は、まだ安定化剤が含まれた状態にあるが、膜としての形態を保てる程度に流動性が抑えられている被膜であり、未反応のオリゴマーを含有することも許容する。
【0029】
この混合工程は、加熱雰囲気(100〜150℃程度)で実施しても良い。加熱雰囲気で混合することにより、ゾル被膜の形成を促進することができる。また、材料粉末が、水和水を含む絶縁被膜を有するものであれば、加熱雰囲気を80〜150℃とすることもできる。加熱雰囲気であれば、絶縁被膜に含まれる水和水が離脱して、金属アルコキシオリゴマーの加水分解・縮重合反応を促進することができる。水和水の離脱は、約80℃程度から始まり、高温になるほど離脱の速度が上がるし、樹脂材料の加水分解・縮重合反応も促進する。そのため、加熱雰囲気は100〜150℃とすることが好ましい。高温にすると、加水分解・縮重合時に生成する有機物、例えば、加水分解基がメトキシであればメタノールを容易に除去することができる。
【0030】
絶縁被膜に水和水が含まれている場合、金属ゾルのゾル被膜化を促進する水分子の発生源が、ゾル被膜の形成箇所である絶縁被覆表面となるので、厚さの均一なゾル被膜を形成することができる。また、水分子の発生源が金属ゾルの近傍に存在することになるので、非常に短時間でゾル被膜を形成することができるし、数10kgオーダーの大バッチでの混合を行うこともできる。
【0031】
材料粉末と金属ゾルとを配合する割合は、作製する圧粉磁心に要求される特性を満たすような金属酸化膜の厚さとなるように適宜選択することができる。金属酸化膜の厚さは、磁束密度が低下し過ぎることなく、軟磁性金属粒子間の絶縁を確保することができるように、10nm〜0.2μmの範囲とすることが好ましい。
【0032】
以上のようにして作製された軟磁性材料は、軟磁性金属粒子と、この金属粒子の外周を実質的に覆う金属アルコキシオリゴマーのゾル被膜を備える。金属粒子の外周を実質的に覆うとは、限られた立体角の範囲にだけゾル被膜が偏って形成されているのではなく、金属粒子の外周に分散してゾル被膜が存在することを意味する。また、ゾル被膜の膜厚は、全周にわたって均等に近いほど好ましい。
【0033】
ここで、本発明軟磁性材料の製造方法において、軟磁性金属粒子の表面に絶縁被覆を有する材料粉末を利用するのであれば、出来上がった軟磁性材料は、金属粒子とゾル被膜との間に絶縁被覆を有する軟磁性材料となる。
【0034】
ゾル被膜は、既に述べたように、まだ安定化剤を含んだ状態にあるので、硬度が低く、変形性に優れる。そのため、このゾル被膜を備える軟磁性材料で圧粉磁心を作製する際に、軟磁性材料を加圧成形しても、ゾル被膜が剥がれ難い。
【0035】
このゾル被膜を備える軟磁性材料をさらに乾燥処理しても良い。乾燥処理すると、ゾル被膜に含まれる安定化剤が蒸発し、実質的に金属酸化物からなる被膜(金属酸化膜)を備える軟磁性材料とすることができる。また、金属粒子とゾル被膜との間に絶縁被膜を有する軟磁性材料を乾燥処理すれば、金属粒子と金属酸化膜との間に絶縁被膜を有する軟磁性材料となる。なお、金属酸化膜の厚さは、乾燥処理により有機材料(安定化材や縮重合により生じる有機物)がなくなる分、乾燥処理前のゾル被膜よりも薄くなるが、概ねゾル被膜の厚さに等しい。
【0036】
乾燥処理の条件は、金属ゾル中に含まれている安定化剤の種類や濃度にもよるが、概ね350〜550℃×10〜60分程度である。
【0037】
ゾル被膜を乾燥処理により金属酸化膜とすると、微細な結晶粒からなる金属酸化膜となるので、後述する圧粉磁心の製造の際に軟磁性材料を加圧成形しても、金属酸化膜に損傷が生じ難い。例えば、気相法により形成した金属酸化膜は、結晶粒が粗大になるし、成膜の時点で膜に応力が付与されるので変形性に乏しい。
【0038】
<圧粉磁心の製造>
ゾル被膜を備える軟磁性材料、もしくは、金属酸化膜を備える軟磁性材料を用いて圧粉磁心を製造することができる。圧粉磁心の製造方法は、軟磁性材料を加圧成形する工程と、この加圧成形時に軟磁性金属粒子に導入される歪みを取り除くための熱処理工程とを備える。これらの工程は、上記いずれの軟磁性材料を使用する場合でも共通である。
【0039】
≪加圧成形工程≫
加圧成形工程は、代表的には、所定の形状の成形金型内に軟磁性材料を注入し、圧力をかけて押し固めることで行うことができる。このときの圧力は、適宜選択することができるが、例えば、リアクトルのコアとなる圧粉磁心を製造するのであれば、約900〜1300MPa(好ましくは、960〜1280MPa)程度とすることが好ましい。
【0040】
ここで、ゾル被膜を備える軟磁性材料の場合、加圧成形による軟磁性金属粒子の変形に追従して、ゾル被膜も容易に変形することができる。ゾル被膜の変形能は、安定化剤の含有量に依存する。
【0041】
≪熱処理工程≫
熱処理は、加圧成形で軟磁性金属粒子に導入された歪みや転移などを除去するために行う。熱処理温度が高いほど、歪みの除去を十分に行うことができることから、熱処理温度は、400℃以上、特に550℃以上、さらに650℃以上が好ましい。金属粒子の歪みなどを除去する観点から、熱処理の上限は約800℃程度とする。歪みが除去されると、金属粒子における転移などの格子欠陥も除去できる。
【0042】
金属酸化膜を備える軟磁性材料を圧粉磁心の製造に利用した場合、金属酸化膜は耐熱性に優れるので、加圧成形後の熱処理温度を高くすることができる。熱処理温度を高くすると、歪みなどが十分に除去された圧粉磁心とすることができる。その結果、ヒステリシス損が低減されたエネルギー損失の少ない圧粉磁心となる。また、絶縁膜である金属酸化膜が熱処理により損傷し難いので、金属粒子間の絶縁が十分に確保された圧粉磁心とすることができる。その結果、エネルギー損失の少ない圧粉磁心となる。
【0043】
一方、ゾル被膜を備える軟磁性材料の場合、歪みとりの熱処理によりゾル被膜中に含まれる金属アルコキシオリゴマーがほぼ全て金属酸化物となると共に、安定化剤が蒸発するので、ゾル被膜が金属酸化膜となる。つまり、ゾル被膜も熱処理の過程でやはり耐熱性に優れる金属酸化膜になるので、ゾル被膜を備える軟磁性材料も、金属酸化膜を備える軟磁性材料と同様に、エネルギー損失の少ない圧粉磁心を製造することができる。
【発明の効果】
【0044】
本発明軟磁性材料の製造方法によれば、軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆う金属ゾル被膜(乾燥処理をするなら金属酸化膜)を備える軟磁性材料を製造することができる。製造された軟磁性材料の被膜は、加圧成形のときにも、加圧成形後の熱処理のときにも、損傷し難く、その絶縁性も低下し難い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
以下の工程(A)〜(E)により、圧粉磁心(試作材)を作製した。また、従来の圧粉磁心の製造方法により圧粉磁心(比較材)を作製した。そして、両者の圧粉磁心としての性能を比較した。性能の評価は、圧粉磁心の比抵抗を測定し、圧粉磁心中に含まれる軟磁性金属粒子間の絶縁が保持されているかで判断する。
【0046】
<試作材の作製>
(A) 軟磁性金属粒子を含む材料粉末を用意する工程。
(B) 金属アルコキシオリゴマーに安定化剤を添加した金属ゾルを作製する工程。
(C) 材料粉末と金属ゾルとを混合し、金属粒子の外周を実質的に覆うゾル被膜を形成する工程。
(D) 乾燥処理によりゾル被膜を金属酸化膜とする工程
(E) 軟磁性材料を加圧成形する工程。
(F) 加圧成形体を熱処理する工程。
【0047】
≪工程A≫
水アトマイズ法により作製された、純度が99.8%以上である異形状(平均粒径が50μm、アスペクト比は1.51)の鉄粉を軟磁性金属粒子として用意した。そして、この金属粒子の表面にリン酸塩化成処理を施して、リン酸鉄からなる絶縁被膜を形成した材料粉末を作製した。絶縁被膜は、軟磁性金属粒子の表面全体を実質的に覆い、その平均厚さは、50nmであった。また、絶縁被膜に含有される水和水を昇温脱離ガス分析により測定したところ、質量%で7.78であった。
【0048】
≪工程B≫
加水分解・縮重合反応により金属酸化物となる金属アルコキシオリゴマーとして、アルミニウム−sec−ブトキシド(関東化学株式会社製)を用意した。出来上がる金属酸化膜はアルミナ(Al)である。
【0049】
また、金属アルコキシオリゴマーの加水分解・縮重合反応を抑制する安定化剤として、酢酸ブチル(CHCOOC:和光純薬株式会社製)を用意した。
【0050】
上記オリゴマーと酢酸ブチルとを、相対湿度30%以下のグローブボックス中にて室温で3時間撹拌し、金属ゾルを作製した。オリゴマーと酢酸ブチルの混合割合は、モル比で、1(オリゴマー):0.8(酢酸ブチル)であった。なお、工程Aと工程Bは順番を入れ換えることができる。
【0051】
≪工程C≫
工程Aで用意した材料粉末と、工程Bで用意した金属ゾルとをミキサー内に投入し、150℃の加熱雰囲気で10分間混合し、金属酸化膜であるアルミナの膜を有する軟磁性材料を得た。ミキサーに投入された材料に占める金属ゾルの割合は0.3質量%であった。また、ミキサーの回転数は、300rpmであった。
【0052】
この工程Cにより複合磁性粒子の表面にゾル被膜がコートされた軟磁性材料を得た。ここで、軟磁性金属粒子の表面に形成されるリン酸塩被膜が水和水を含まない場合、金属ゾル中に含まれる金属アルコキシオリゴマーの加水分解に消費される水分子は、混合時の雰囲気に由来することになる。従って、金属ゾルがゾル被膜としてリン酸塩被膜の表面に定着するまでの時間が長くなる、即ち、混合時間が長くなることが予想される。
【0053】
≪工程D≫
工程Cで得られた粉末を大気中、300℃で1時間、乾燥処理することで、ゾル被膜を金属酸化膜とした。乾燥処理された粉末を走査型電子顕微鏡で調べたところ、金属粒子の表面が絶縁被覆で覆われ、さらに絶縁被覆の外周がほぼ均等な厚さの金属酸化膜で覆われていることが明らかになった。形成される金属酸化膜の平均厚さは、100nmであった。
【0054】
≪工程E≫
工程Dで得られた軟磁性材料を所定の形状の金型内に注入し、960MPaの圧力をかけて加圧成形することで、同じ形状の4つの試験片を得た。各試験片は、外形34mm、内径20mm、厚み5mmのリング状である。
【0055】
≪工程F≫
工程Eで得られた4つの試験片を、それぞれ窒素雰囲気下で400℃、500℃、550℃、または600℃の温度で1時間、熱処理した。熱処理を終えた試験片が、いわゆる圧粉磁心である。
【0056】
<比較材の作製>
比較材の製造方法は、工程Bにおいて、安定化材を添加しなかった点が、試作材の製造方法と相違する。この比較材における金属酸化膜の形成状態を走査型電子顕微鏡で観察したところ、金属酸化膜が金属粒子の限られた立体角の範囲に偏って存在している複合磁性粒子が大半を占めていた。
【0057】
また、試作材と同じ金型で4つのリング状の試験片を作製し、それぞれ400℃、550℃、570℃、または600℃で1時間、歪みとりのための熱処理を実施した。
【0058】
<評価>
上述のようにして作製した試作材と比較材のリング状の試験片を用いて、四端子法により電気抵抗(Ω)を測定し、比抵抗(μΩm)を算出した。その結果を図2に示す。
【0059】
≪評価結果≫
図2の結果から、試作材および比較材の比抵抗は、歪みとりのための熱処理温度が低い場合(400〜550℃)、ほとんど同じであることが判る。これは、複合磁性粒子同士の絶縁をリン酸塩被膜が確保しているためである。しかし、低温での熱処理では、加圧成形時に金属粒子に導入される歪みを十分に取り除くことができず、ヒステリシス損によるエネルギー損失が大きい。
【0060】
また、図2から、歪みとりのための熱処理温度が高温になると(550℃を超える温度)、比較材の比抵抗が急激に低下するのに対して、試作材の比抵抗は低下が緩やかであることが判る。比較材の比抵抗が低下した原因は、高温の熱処理によりリン酸塩被膜が損傷し、圧粉磁心中の軟磁性金属粒子同士の接触面積が増加したためと推察される。一方で、試作材は、リン酸塩被膜の外周面全体を金属酸化膜が覆っているので、圧粉磁心中の軟磁性金属粒子同士の絶縁が維持されていると推察される。
【0061】
なお、本発明の実施形態は、上述したものに限定されるわけではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。例えば、軟磁性金属粒子の表面にリン酸塩被膜を形成しなかった場合でも、実施形態の試作材に匹敵する比抵抗を有する圧粉磁心を製造できることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の軟磁性材料の製造方法により製造された軟磁性材料は、高周波特性に優れた圧粉磁心の作製に好適に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】(A)、(B)は、本発明軟磁性材料の模式図であって、(A)は、金属酸化膜が軟磁性金属粒子の外周全体を覆うものを、(B)は、金属酸化膜が金属粒子を覆っていない部分があるものの、軟磁性金属粒子の外周面全体に分散して配置されているものを示す。また、(C)は、従来のゾル・ゲル法で軟磁性金属粒子の表面に金属酸化膜を形成した軟磁性材料の模式図である。
【図2】実施形態で作製した試験片について、加圧成形後の熱処理温度と比抵抗の関係を示すグラフであって、横軸は熱処理温度(℃)、縦軸は比抵抗(μΩm)である。
【符号の説明】
【0064】
1 軟磁性金属粒子 2 ゾル被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧粉磁心の製造に用いられる軟磁性材料の製造方法であって、
軟磁性金属粒子を含む材料粉末を用意する工程と、
金属アルコキシオリゴマーに安定化剤を添加して金属ゾルを作製する工程と、
前記材料粉末と金属ゾルとを混合し、軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆うゾル被膜を形成する工程とを備えることを特徴とする軟磁性材料の製造方法。
【請求項2】
前記軟磁性金属粒子は、その表面に水和水を含有する絶縁被膜を備えることを特徴とする請求項1に記載の軟磁性材料の製造方法。
【請求項3】
前記混合工程は、80〜150℃の加熱雰囲気で行うことを特徴とする請求項2に記載の軟磁性材料の製造方法。
【請求項4】
前記軟磁性金属粒子の平均粒径が1μm以上500μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の軟磁性材料の製造方法
【請求項5】
金属アルコキシオリゴマーに対する安定化剤の添加量は、モル比で0.5〜0.8であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の軟磁性材料の製造方法。
【請求項6】
さらに、ゾル被膜を金属酸化膜とするための乾燥工程を備えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の軟磁性材料の製造方法。
【請求項7】
圧粉磁心の製造に用いられる軟磁性材料であって、
軟磁性金属粒子と、
軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆う金属アルコキシオリゴマーのゾル被膜を備えることを特徴とする軟磁性材料。
【請求項8】
前記軟磁性金属粒子の表面とゾル被膜との間に、水和水を含有する絶縁被膜が形成されていることを特徴とする請求項7に記載の軟磁性材料。
【請求項9】
圧粉磁心の製造に用いられる軟磁性材料であって、
軟磁性金属粒子と、
軟磁性金属粒子の外周を実質的に覆う金属酸化膜を備えることを特徴とする軟磁性材料。
【請求項10】
前記軟磁性金属粒子の表面と金属酸化膜との間に絶縁被膜が形成されていることを特徴とする請求項9に記載の軟磁性材料。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−283773(P2009−283773A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−135775(P2008−135775)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】