説明

軟磁性材料及びその製造法、該軟磁性材料を含む圧粉磁心

【課題】 本発明は、高圧下で成形した際、発生する圧粉体中の歪を解消するのに十分な高温700℃で焼鈍した場合においても、体積固有抵抗値や強度の変化が少ない圧粉磁心を得ることのできる軟磁性材料、該軟磁性材料を含有する高い体積固有抵抗値を有する圧粉磁心を提供する。
【解決手段】 軟磁性粒子粉末の粒子表面に無機化合物が付着もしくは被覆している第1絶縁層を有し、該第1絶縁層にSi系有機化合物が付着もしくは被覆している第2絶縁層を有する複合粒子粉末からなる軟磁性材料、及び該軟磁性材料を圧縮成形してなる圧粉磁心である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮成形時に発生した歪み開放のために高温で焼鈍した場合においても圧粉磁心の体積固有抵抗値や強度が劣化しない軟磁性材料からなる圧粉磁心を提供する。
【背景技術】
【0002】
近年、家電、電子機器及び自動車の省エネルギー化及び小型化に伴い、これらに使用される磁心材料に対しても、小型で高出力、且つ電力変換効率の高効率化の要求が強まっている。機器サイズの小型化、高出力化及び電力変換効率の高効率化には動作周波数の高周波化が有効であることが知られており、高周波領域においても高い磁束密度と透磁率及び低鉄損を有する磁心材料が強く求められている。
【0003】
従来、このような磁心材料としては、ケイ素鋼板を用いた積層型磁心などが使用されているが、積層型磁心は、動作周波数が高くなるに従って磁心内部で発生する渦電流損失が増大するという欠点を有している。
【0004】
そのため、近年では、積層型磁心に比べて高周波領域での鉄損が低いと共に、立体形状の成形性に優れた、鉄系金属軟磁性粉末をフェノール樹脂やエポキシ樹脂などの絶縁樹脂で被覆し圧縮成形した複合材料から構成された圧粉磁心が積層型磁心の代替品として広く用いられている。
【0005】
一方、圧粉磁心に対して、更なる小型化及び高性能化、即ち、高磁束密度化が望まれており、このような高磁束密度化のために、軟磁性粉末の充填密度を増大させることが行われている。
【0006】
しかしながら、軟磁性粉末を高充填するために金属粉末の塑性変形が起こるような高い圧力で圧縮成形を行うため、軟磁性粉末には歪みが残り、ヒステリシス損失の増大を招くことが知られている。そのため、歪みによるヒステリシス損失を低減するために、通常、成形品に対して焼鈍が行われている。
【0007】
ところで、一般に、圧粉磁心の鉄損の主要因として、ヒステリシス損失と渦電流損失が知られている。ヒステリシス損失の低減方法としては、先に述べた通り、焼鈍による歪みの除去が有効であることが知られている。一方、渦電流損失の低減方法としては、粒子間を絶縁性樹脂などで絶縁することにより行われている。
【0008】
焼鈍は、一般には500℃以上、好ましくは600℃、もしくはそれ以上の温度が効果的であるとされている。しかし、軟磁性粒子粉末のバインダーとしての結合樹脂や上記粒子間の絶縁のために絶縁性樹脂を使用した場合、高温で焼鈍を行うと、樹脂が分解して成形体が脆くなるような強度劣化や、絶縁性が低下してしまうため、高温での焼鈍は困難となる。従って、ヒステリシス損失と渦電流損失の両方を同時に低減することは、従来検討されてきた樹脂では困難であった。
【0009】
これまで、軟磁性金属粉末の表面に、リン酸塩の被膜及びポリイミド樹脂の被膜を形成した軟磁性金属粉末(特許文献1)又は、磁性粉表面をポリイミド樹脂やポリテトラフルオロエチレン樹脂で被覆した磁性粉(特許文献2)を圧粉磁心用粉末として用いる技術が開示されている。
【0010】
また、エポキシ樹脂とアルミナ含有シリカを含む被膜で被覆された鉄系粉末を圧粉磁心用粉末として用いる技術が開示されている(特許文献3)。
【0011】
また、鉄粉、又はリン酸化合物被膜を表面に施した鉄粉を樹脂で結合した圧粉磁心が開示されている(特許文献4)。
【0012】
また、磁性粉末粒子間に、シリコーン骨格と顔料を含有する絶縁層を有する圧粉磁心が開示されている(特許文献5)。
【0013】
また、軟磁性粉末の表面に、シリコーン樹脂で被覆した後、高級脂肪酸潤滑剤を被覆することが開示されている(特許文献6)。
【0014】
一方、圧粉磁心の体積固有抵抗値は高い方が好ましく、圧粉磁心の体積固有抵抗値が高ければ、高い周波数領域でも透磁率はほとんど変化しないが、体積固有抵抗値が低ければ、高い周波数領域では透磁率が急激に低下する傾向にある。
【0015】
体積固有抵抗値を高める手段として、軟磁性金属の粉末にリン酸塩処理を施してリン酸塩の被膜を形成した軟磁性粉末が開示されている(特許文献7乃至8)。
【0016】
【特許文献1】特開2005−317937号公報
【特許文献2】特開2004−146804号公報
【特許文献3】特開2003−166004号公報
【特許文献4】特開2002−246219号公報
【特許文献5】特開2002−343657号公報
【特許文献6】特開2000−223308号公報
【特許文献7】特開昭62−22410号公報
【特許文献8】特開昭63−70504号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
高温で焼鈍した場合においても体積固有抵抗値の変化が少なく、強度低下の少ない圧粉磁心軟磁性材料は、現在最も要求されているところであるが、未だ得られていない。
【0018】
即ち、特許文献1乃至2には、軟磁性金属粉末の表面に、リン酸塩の被膜及びポリイミド樹脂の被膜、又は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂の被膜を形成した軟磁性金属粉末磁性粉を圧粉磁心用粉末として用いることが記載されている。焼鈍処理が可能温度として最高550℃である。
【0019】
また、特許文献3には、エポキシ樹脂とアルミナ含有シリカを含む被膜で被覆された鉄系粉末を圧粉磁心用粉末として用いることが記載されており、特許文献4には、鉄粉、又はリン酸化合物被膜を表面に施した鉄粉を樹脂で結合した圧粉磁心が記載されているが、加圧成形体の焼鈍前後の体積固有抵抗値の変化率は、10〜94%と、いずれも高いものとなっている。
【0020】
特許文献5には、磁性粉末粒子間に、シリコーン骨格と顔料を含有する絶縁層を有する圧粉磁心が記載されているが、絶縁層にシリコーン樹脂が用いられているために、圧力に応じて圧縮される。そのため、圧縮性を示す圧縮密度の変化率は高いものとなり、加圧成形時に磁性粒子の歪みが残りやすくなる。
【0021】
また、特許文献6には、軟磁性粒子粉末をシリコーン樹脂で被覆することが記載されているが、実施例に用いられている樹脂は炭素−炭素多重結合を有しておらず、耐熱性に優れた軟磁性材料を得ることが困難である。
【0022】
特許文献7乃至8には、リン酸亜鉛、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸鉄等のリン酸塩被膜を形成した非晶質磁性合金粉末が記載されているが、これらの処理法によるリン酸塩被膜は焼鈍のための処理可能な耐熱温度が500℃程度であり、それ以上の温度で焼鈍を行うと、絶縁性を維持することが困難である。
【0023】
そこで、本発明は、700℃なる高温で焼鈍した場合においても体積固有抵抗値の変化や強度の低下の少ない圧粉磁心を得ることのできる軟磁性材料を得ることを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、軟磁性粒子粉末の粒子表面に無機化合物からなる第1絶縁層を形成し、該第1絶縁層の表面に、耐熱性が極めて高いSi系有機化合物からなる第2絶縁層を形成した複合粒子粉末からなる軟磁性材料であって、該軟磁性材料により得られる圧粉磁心が、高温で焼鈍した場合においても体積固有抵抗値、及び強度の減少変化が少なく、高い体積固有抵抗値を有することを見いだし、本発明をなすに至った。
【0025】
即ち、本発明は、軟磁性粒子粉末の粒子表面に無機化合物が付着もしくは被覆している第1絶縁層を有し、該第1絶縁層の表面にSi系有機化合物が付着もしくは被覆している第2絶縁層を有する複合粒子粉末からなる軟磁性材料であって、該Si系有機化合物が、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合を含有するものであることを特徴とする軟磁性材料である(本発明1)。
【0026】
また、本発明は、軟磁性粒子粉末の粒子表面の第1絶縁層を形成している無機化合物が、アルミニウム、ケイ素、カルシウム、ジルコニウム、チタニウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、又はリンから選ばれる1種、又は2種以上の元素を含有する化合物からなることを特徴とする本発明1記載の軟磁性材料である(本発明2)。
【0027】
また、本発明は、軟磁性粒子粉末を有機溶剤に分散した懸濁液中に、無機化合物の溶液を添加して混合しながら第1絶縁層を形成する工程と、該第1絶縁層を形成した軟磁性粒子粉末と所定量の有機溶剤に溶かした上記Si系有機化合物溶液を混合しながら第2絶縁層を形成する工程を行った後に、60〜120℃で乾燥させることを特徴とする本発明1、又は本発明2のいずれかに記載の軟磁性材料の製造法である(本発明3)。
【0028】
また、本発明は、本発明1、又は本発明2のいずれかに記載の軟磁性材料を圧縮成形してなる圧粉磁心である(本発明4)。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係る軟磁性材料は、それを用いて得られる圧粉磁心が、700℃なる高温で焼鈍した場合においても体積固有抵抗値や強度の変化が少ないので圧粉磁心用軟磁性材料として好適である。
【0030】
本発明に係る圧粉磁心は、前記軟磁性材料を用いたことにより、体積固有抵抗値が高く、且つ、強度にも優れ、700℃なる高温で焼鈍した場合においても体積固有抵抗値や強度の変化が少ないので、高周波で使用する高性能圧粉磁心としても好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明の構成をより詳しく説明すれば次の通りである。
【0032】
先ず、本発明に係る軟磁性材料について述べる。
【0033】
本発明に係る軟磁性材料は、軟磁性粒子粉末の粒子表面に、無機化合物が付着もしくは被覆している第1絶縁層を有し、該第1絶縁層にSi系有機化合物が付着もしくは被覆している第2絶縁層を有する複合粒子粉末からなる。
【0034】
本発明に係る軟磁性粒子粉末の粒子表面の第1絶縁層を形成する無機化合物は一般的に用いられているものであれば何を用いてもよく、特に限定されるものではない。軟磁性粒子粉末の耐熱性、及びSi系有機化合物との結合性を考慮した場合、アルミニウム、ケイ素、カルシウム、ジルコニウム、チタニウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、又はリンから選ばれる1種または2種以上の元素を含有する化合物からなることが好ましい。
【0035】
本発明に係る軟磁性材料の第1絶縁層を形成する無機化合物の被覆量は、各元素換算の合計で0.001〜10重量%が好ましい。0.001重量%未満の場合には、本発明の効果は得られない。0.001〜10重量%の添加量により、本発明の効果が十分に得られるので、10重量%を超えて必要以上に添加する意味がない。本発明に係る軟磁性材料を用いて得られる圧粉磁心の体積固有抵抗値、及び強度を考慮した場合、0.010〜5重量%がより好ましく、更により好ましくは0.050〜2重量%である。
【0036】
本発明に係る軟磁性粒子粉末の粒子表面の第2絶縁層を形成するSi系有機化合物は分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを含有するものである。
【0037】
本発明に係る軟磁性材料の第2絶縁層を形成するSi系有機化合物の被覆量は、C換算で0.01〜30重量%が好ましい。0.01重量%未満の場合には、本発明の効果は得られない。0.01〜30重量%の添加量により、本発明の効果が十分に得られるので30重量%を超えて必要以上に添加する意味がない。本発明に係る軟磁性材料を用いて得られる圧粉磁心の体積固有抵抗値、及び強度を考慮した場合、Si系有機化合物の被覆量はC換算で0.02〜20重量%がより好ましく、更により好ましくは0.05〜8重量%である。
【0038】
次に、本発明に係る軟磁性材料の製造法について述べる。
【0039】
本発明に係る軟磁性材料は、被処理粒子粉末である軟磁性粒子粉末を有機溶剤に分散させた懸濁液中に、無機化合物の溶液を加え、回転混合しながら第1絶縁層を形成する工程と、該第1絶縁層を形成した軟磁性粒子粉末に有機溶剤に溶解させたSi系有機化合物溶液を加え、回転混合しながら第2絶縁層を形成する工程を行った後に、60〜120℃で乾燥させることにより得ることができる。
【0040】
本発明における軟磁性粒子粉末としては、アトマイズ鉄粉、還元鉄粉、カルボニル鉄粉等の各種製法による鉄粉、珪素鋼粉、センダスト粉、パーマロイ粉、パーメンダー粉等を用いることができる。得られる圧粉磁心の磁束密度を考慮すれば、鉄粉やパーメンダー粉が好ましい。軟磁性粒子粉末の平均粒子径は1.0〜500.0μmが好ましく、より好ましくは2.0〜400.0μm、更により好ましくは3.0〜300.0μmである。
【0041】
本発明に用いる有機溶剤としては、一般的に用いられているものであれば何を用いてもよく、特に限定されるものではない。具体的には、エチルアルコール、プロピルアルコール又はブチルアルコール等のアルコール系溶剤、アセトン又はメチルエチルケトン等のケトン系溶剤、ベンゼン、トルエン、キシレン、フェノール、安息香酸等の芳香族系溶剤、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶剤、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、プロピルセロソルブ又はブチルセロソルブ等のグリコールエーテル系溶剤、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ジプロピレングリコール又はトリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール等のオキシエチレン、オキシプロピレン付加重合体、エチレングリコール、プロピレングリコール又は1,2,6−ヘキサントリオール等のアルキレングリコール、グリセリン、N−メチルピロリドン等を好適に用いることができる。無機化合物の溶液により軟磁性粒子粉末の第1絶縁層を形成する工程において好ましい溶剤は、水溶性の有機溶剤であり、エチルアルコール、プロピルアルコール、ブチルアルコール等のアルコール系溶剤、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶剤である。また、Si系有機化合物溶液により軟磁性粒子粉末の第2絶縁層を形成する工程において好ましい溶剤は、ベンゼン、トルエン、テトラヒドロフラン、N−メチルピロリドン等の有機溶剤である。
【0042】
本発明に係る軟磁性材料の第1絶縁層を形成する際に用いる無機化合物としては、一般的に用いられているものであれば何を用いてもよく、特に限定されるものではないが、絶縁層の不純物を少なくするためには、金属アルコキシドを用いるのが好ましい。
【0043】
本発明に用いる金属アルコキシドを構成する金属元素としては、アルミニウム、ジルコニウム、チタニウム、ケイ素、マグネシウム、鉄、バナジウム、ゲルマニウム、タンタル、タングステン、インジウム、モリブデン、バリウム等を用いることができ、好ましくはアルミニウム、ケイ素、カルシウム、ジルコニウム、チタニウム、マグネシウム、亜鉛、鉄である。また、アルコキシドの種類としては、メトキシド、エトキシド、プロポキシド、イソプロポキシド、オキシイソプロポキシド、ブトキシド等を用いることができる。処理の均一性及び本発明の効果を考慮した場合、アルミニウムトリイソプロポキシド、テトラエトキシシラン、カルシウムジエトキシド、ジルコニウムテトライソプロポキシド、チタニウムテトライソプロポキシド等が好ましい。
【0044】
また、上記金属アルコキシドは、より均一な処理を行うために、前述の有機溶剤に予め分散又は溶解させて用いることが好ましい。
【0045】
また、上記金属アルコキシドの加水分解は、より微細な無機化合物を軟磁性粒子の粒子表面に付着もしくは被覆させるために、特に水分を添加する必要はなく、有機溶剤中の水分及び軟磁性粒子が有する水分により加水分解を行うことが好ましい。
【0046】
金属アルコキシドの添加量は、軟磁性粒子粉末の比表面積によって異なるが、通常、軟磁性粒子粉末100重量部当たり、各元素換算で0.001〜100重量部である。0.001重量部未満の場合には、本発明の効果は得られない。0.001〜100重量部の添加量により、本発明の効果が十分に得られるので、100重量部を超えて必要以上に添加する意味がない。本発明に係る軟磁性材料を用いて得られる圧粉磁心の体積固有抵抗値、及び強度を考慮した場合、0.002〜75重量部が好ましく、より好ましくは0.005〜50重量部である。
【0047】
本発明においては、前記金属アルコキシドに代えて、リン酸溶液またはリン酸塩溶液を添加してもよい。より好ましくは金属アルコキシドの溶液を加えた懸濁液中にリン酸溶液またはリン酸塩溶液を添加する。
【0048】
本発明に用いるリン酸としては、五酸化二リンが水和してできる酸であり、メタリン酸、ピロリン酸、オルトリン酸、三リン酸、四リン酸を用いることができ、好ましくはオルトリン酸である。
【0049】
本発明におけるリン酸またはリン酸塩の添加量は、軟磁性粒子粉末の比表面積によって異なるが、通常、軟磁性粒子粉末100重量部当たり、P換算で0.001〜100重量部である。0.001重量部未満の場合には、本発明の効果は得られない。0.001〜100重量部の添加量により、本発明の効果が十分に得られるので、100重量部を超えて必要以上に添加する意味がない。本発明に係る軟磁性材料を用いて得られる圧粉磁心の体積固有抵抗値、及び強度を考慮した場合、0.002〜75重量部が好ましく、より好ましくは0.005〜50重量部である。
【0050】
リン酸又はリン酸塩を水溶液として添加する場合は、加水分解が急激に進行するのを防ぐため、極少量ずつ添加することが好ましい。
【0051】
軟磁性粒子粉末と金属アルコキシド溶液、および/又はリン酸、リン酸塩溶液とを混合するための機器としては、高速アジテート型ミキサー、具体的にはヘンシェルミキサー、スピードミキサー、ボールカッター、パワーミキサー、ハイブリッドミキサー等を使用すればよい。
【0052】
本発明に係る軟磁性材料の第2絶縁層を形成する際に用いるSi系有機化合物とは、繰り返し単位中に少なくとも1個のSi―H結合と、少なくとも1個の炭素−炭素多重結合を有する高分子であって、この繰り返し部分が少なくとも全高分子の1/3以上を占める。
なお、炭素−炭素多重結合としては、−C≡C−、−C=C−とが挙げられるが、−C≡C−がより望ましい。
【0053】
具体例は、下記化1〜化5で表される繰り返し単位を有する化合物であればよい。(Itoh M.et al.,Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.39,2658−2669(2001),Kobayashi T. et al.,“Thermal Stability of Octakis(silsesqioxane)−Based and Poly−(phenylenesilylen)−Based Polymers Containing Hydrosilyl Groups and Unsaturated Carbon―Carbon Bonds.”,Proceedings of the 5th European Technical Symposium on Polyimides High Performance Functional Polymers Montpellier (France)、3May 1999、Poreddy Narsi Roddy et al.,Chemistry Letters,254(2000)、Yamashita H.and Uchimaru Y.Chem.Commun.,1763(1999)
【0054】
【化1】

【0055】
【化2】

【0056】
【化3】

【0057】
【化4】

【0058】
【化5】

【0059】
ここで、式中R、R、R、Rは、それぞれ独立に水素原子、炭素数1〜30のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、フェニル基やナフチル基等の芳香族基から選ばれる基である。なお、これらの基はハロゲン原子、水酸基、アミノ基、カルボキシル基から選ばれる置換基を含んでいてもよい。またxとyとは、ともに正の整数であって、x/yは、好ましくは0.01〜100、さらに好ましくは0.1〜10の範囲である。
【0060】
即ち、上記Si系有機化合物のより具体的な例としては、繰り返し単位が、ポリ(メチルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン)、ポリ(メチルシリニレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン)、ポリ(メチルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン)(化6参照)、ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン)(化7参照)、
ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン)、ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン)、
ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,2,3−フェニレンエチニレン)、ポリ(シリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン)、ポリ(シリレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン)、ポリ(シリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン)(化8参照)、
ポリ(シリレンエチニレン)、
ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン)、ポリ(ヘキシルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン)、ポリ(ビニルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン)、
ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンオキシ−1‘,4‘−フェニレンエチニレン)(化9参照)、
また、化10〜化13に示す化合物等である従来公知のものが挙げられる。
【0061】
なお、重量平均分子量については、特に制限はないが、好ましくは500〜500000である。これらのSi系有機化合物の形態は、常温で固体または液状であり、単独で、もしくは2種類以上を混合して用いることができる。
【0062】
【化6】

【0063】
【化7】

【0064】
【化8】

【0065】
【化9】

【0066】
【化10】

【0067】
【化11】

【0068】
【化12】

【0069】
【化13】

【0070】
また、上記化1〜化5で表されるSi系有機化合物の製造方法としては、塩基性酸化物、金属水素化物、金属アルコキシドなどの金属化合物類を触媒としてジエチニル化合物とシラン化合物との脱水素共重合を行う方法(例えば、特開平7−090085号公報、特開平11−158187号公報)、塩基性酸化物を触媒としてエチニルシラン化合物の脱水素重合を行う方法(特開平9−143271号公報)、有機マグネシウム試薬とジクロロシラン類とを反応させる方法(特開平7−102069号公報)、塩化第一銅と三級アミンとを触媒としてジエチニル化合物とシラン化合物との脱水素共重合を行う方法(Hua Qin Liu and John F. Harrod,The Canadian Journal of Chemistry,Vol.68,1100−1105(1990))等の従来公知の製造方法が利用でき、特に限定されるものではない。
【0071】
上記Si系有機化合物は、特開2004−162128号公報に詳細記載されているものである。
【0072】
また、上記Si系有機化合物は、より均一な皮膜処理を行うために、トルエンなど前述の有機溶剤に溶解させて用いることが好ましい。
【0073】
Si系有機化合物の添加量は、軟磁性粒子粉末の比表面積によって異なるが、通常、軟磁性粒子粉末100重量部当たり、C換算で0.01〜50重量部である。0.01重量部未満の場合には、Si系有機化合物が少なすぎて軟磁性粒子粉末表面を均一に被覆できないため、本発明の効果は得られない。50重量部の添加量により、本発明の効果が十分に得られるので、50重量部を超えて必要以上に添加する意味がない。本発明に係る軟磁性材料を用いて得られる圧粉磁心の電気抵抗値、及び強度を考慮した場合、0.02〜30重量部が好ましく、より好ましくは0.05〜10重量部である。
【0074】
軟磁性粒子粉末とSi系有機化合物溶液とを混合するための機器としては、汎用のミキサー、具体的にはヘンシェルミキサー、万能攪拌機又はハイブリッドミキサー等を使用すればよい。
【0075】
Si系有機化合物溶液を軟磁性粒子粉末に添加する場合は、均一付着のため、軟磁性粒子粉末を回転混合させながら、Si系有機化合物溶液をスプレーで極少量ずつ添加することが好ましい。
【0076】
得られた軟磁性粒子粉末は、室温下、ドラフト中で3〜24時間乾燥させた後、60〜120℃の温度範囲で、1〜24時間乾燥させることにより得ることができる。
【0077】
次に、本発明に係る圧粉磁心について述べる。
【0078】
本発明に係る圧粉磁心は、本発明に係る軟磁性材料に、必要により、ステアリン酸亜鉛などの潤滑剤等の添加剤を混合し、該混合粒子粉末を圧縮成形した後、加熱処理することによって得ることができる。
【0079】
圧縮成形は、通常行われている、金型を用いた圧縮成形法で行うことができる。なお、成形圧力は、用途に応じて適宜選べばよい。
【0080】
圧縮成形後の歪取りのための焼鈍温度は、磁性粒子自体が熱拡散による粒子成長が起こらない高温が望ましい。本検討においては、用いたSi系有機化合物が許容できる温度として600℃、及び700℃を採用した。
【0081】
本発明に係る圧粉磁心の体積固有抵抗値は、室温において、200mΩ・cm以上であることが好ましく、より好ましくは300mΩ・cm以上である。また、窒素やArガスなど不活性ガス雰囲気中で700℃×60分加熱後の体積固有抵抗値は、400mΩ・cm以上であることが好ましい。すなわち、圧粉磁心の体積固有抵抗値が焼鈍によって低下しやすいことは、好ましくない。
【0082】
本発明に係る圧粉磁心の強度は、室温において、15MPa以上であることが好ましく、より好ましくは20MPa以上である。また、焼鈍(窒素ガス、Arガスなどの不活性ガス中、700℃で60分処理)後の圧粉磁心の強度は、30MPa以上であることが好ましい。すなわち、圧粉磁心の強度が低下することなく、強度が確保される必要性がある。
【0083】
<作用>
本発明における最も重要な点は、軟磁性粒子粉末の粒子表面に無機化合物が付着もしくは被覆している第1絶縁層を有し、該第1絶縁層の表面にSi系有機化合物が付着もしくは被覆している第2絶縁層を有する複合粒子粉末からなる軟磁性材料を用いて成形加工された圧粉磁心は、高温で焼鈍した場合においても体積固有抵抗値や強度が減少しないという事実である。
【0084】
本発明に係る軟磁性材料の耐熱性が優れている理由として、軟磁性材料の表面に耐熱性のある無機化合物からなる第1被覆層を有し、また、第2被覆層を形成しているSi系有機化合物は分子内に炭素−炭素多重結合とSi−H結合を有しているため、熱処理温度が高温になるに伴い、SiC微粒子とアモルファス状カーボンからなる複合無機材料化するためと推定している。
【0085】
本発明に係る軟磁性材料を用いて得られた圧粉磁心は、高い体積固有抵抗値を有するという事実である。
【0086】
本発明に係る圧粉磁心が高い体積固有抵抗値を有する理由として、絶縁性の優れた無機化合物とSi系有機化合物とを絶縁被覆材料に用いた点にある。
【0087】
また、本発明に係る軟磁性材料を用いて得られた圧粉磁心の体積固有抵抗値や強度が高温で焼鈍した場合でも減少しない理由として、本発明者は、軟磁性材料の表面上の無機化合物からなる第1被覆層を有することで、軟磁性材料表面の水酸基が増加し、第2被覆層を形成する耐熱性、及び強度に優れたSi系有機化合物がより均一に、強固に被覆されることに、大いに関連しているものと推定している。
【実施例】
【0088】
以下、本発明における実施例を示し、本発明を具体的に説明する。
【0089】
各粒子粉末の平均粒子径は、いずれも透過型電子顕微鏡写真に示される粒子350個の粒子径をそれぞれ測定し、その平均値で示した。
【0090】
軟磁性粒子粉末の粒子表面に付着もしくは被覆されている絶縁層中の元素(Si、Al、P、Ca、Ti)の量は、「蛍光X線分析装置3063M型」(理学電機工業株式会社製)を使用し、JIS K0119の「けい光X線分析通則」に従って測定した。
【0091】
軟磁性粒子粉末の粒子表面に被覆されているSi系有機化合物の被覆量は、「堀場金属炭素・硫黄分析装置EMIA−2200型」(株式会社堀場製作所製)を用いて炭素量を測定することにより求めた。
【0092】
軟磁性粒子粉末を用いて得られる圧粉磁心の体積固有抵抗値、及び強度を測定するため、まず軟磁性粒子粉末6.0gを測り取り、外径20mm、内径10mmのステアリン酸亜鉛を塗布したリング成形金型を用いて、10トンプレスにて成形圧力686MPaで加圧成形を行い、リング成形体を複数個作製した。
【0093】
軟磁性粒子粉末を用いて得られる圧粉磁心の体積固有抵抗値は、前記リング成形体のプレス面を1mmピッチの4端子電気抵抗測定装置(ロレスタGP/MCP−T600、三菱化成製)で10Vの電圧を印加して測定した。
【0094】
軟磁性粒子粉末を用いて得られる圧粉磁心の各熱処理温度における体積固有抵抗値は、作製したリング成形体2個に対し、雰囲気調整熱処理炉を用いて、N雰囲気下にてそれぞれ600、700℃の温度で1時間加熱処理を行った後のリング成形体を用いて、上述の体積固有抵抗値の測定方法により求めた。
【0095】
軟磁性粒子粉末を用いて得られる圧粉磁心の強度評価として、前述のリング成形体を同様に作製し、JIS Z 2507の規定に基づき、圧環強度を測定した。圧環強度の測定は、リング成形体を立てた状態で、圧縮試験機(デジタル・フォース・ゲージ/ZP−500N、今田製作所製)を用いて破壊発生時の圧力により求めた。バラツキを鑑み10個のリング成形体より求めた平均値を採取した。
【0096】
圧粉磁心の各熱処理温度における強度は、雰囲気調整熱処理炉を用いて、N雰囲気下にて600、700℃の各温度で1時間加熱処理を行った後のリング成形体各10個を用いて、上述の圧環強度の測定方法により求めた。
【0097】
<実施例1:軟磁性材料の製造>
粒子1(鉄粉、粒子形状:粒状、平均粒子径115μm、水アトマイズ粉)10kgに、テトラエトキシシラン180gを分散させたアセトン溶液を加えた後、混合機を用いて回転混合させながら、該混合溶液中に、リン酸水溶液(リン酸含有量85重量%)100gを滴下し、N気流下、反応温度45℃において、20分間攪拌、混合を行った。
【0098】
得られた混合溶液を45℃において減圧乾燥を行い、ケイ素とリンを含む無機化合物を被覆した軟磁性材料である粒子4を得た。粒子4に付着、もしくは被覆している表面処理物はSi換算で0.24重量%、P換算で0.26重量%であった。
【0099】
次に、粒子4 10kgに、ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン)であるSi系有機化合物200gを溶解したトルエン溶液を加えた後、混合機を用いて回転混合させながら、N気流下、反応温度45℃において、20分間攪拌、混合を行った。
【0100】
得られた混合溶液を45℃において減圧乾燥を行い、得られたSi系有機化合物を被覆した軟磁性粒子粉末を、通風乾燥機を用いて80℃で約12時間乾燥を行い、軟磁性材料(実施例1)を得た。得られた軟磁性材料(実施例1)に付着、もしくは被覆しているSi系有機化合物はC換算で0.93重量%であった。
【0101】
<圧粉磁心の製造>
得られた軟磁性材料(実施例1)6.0gを秤量し、ステアリン酸亜鉛を塗布した金型を用い、成形圧力686MPaでリング状(φ20×φ10mm)に圧縮成形し、圧粉磁心(リング成形体)を得た。該リング成形体の体積固有抵抗値(25℃)は、309mΩ・cm、圧環強度値(25℃)は35MPaであった。
【0102】
上記で作製した圧粉磁心(リング成形体)の耐熱性評価として熱処理前後の体積固有抵抗値、及び強度評価として圧環強度値を測定した。なお、熱処理は窒素ガス中で600、700℃についてそれぞれ60分間処理した。
【0103】
上記で作製したリング成形体の600、700℃の熱処理後の体積固有抵抗値はそれぞれ、412mΩ・cm、515mΩ・cmであった。また、リング成形体の600、700℃の熱処理後の圧環強度値はそれぞれ、78MPa、97MPaであった。
【0104】
前記実施例1と同様にして、軟磁性材料、および圧粉磁心を作製した。各製造条件、および得られた軟磁性材料、および圧粉磁心の諸特性を示す。
【0105】
軟磁性材料:粒子2〜3
被処理粒子粉末として表1に示す特性を有する軟磁性粒子粉末を用意した。
【0106】
【表1】

【0107】
表面処理軟磁性粒子粉末:粒子5〜7
軟磁性粒子粉末の種類、表面処理工程における表面処理剤の種類、および添加量を種々変化させた以外は、前記粒子4と同様にして第1被膜表面処理軟磁性粒子粉末を得た。
【0108】
このときの製造条件、および得られた軟磁性粒子粉末の諸特性を表2に示す。
【0109】
【表2】

【0110】
表面処理軟磁性粒子粉末:実施例2〜4
Si系有機化合物の種類、および添加量を種々変化させた以外は、前記実施例1と同様にして、圧粉磁心用軟磁性材料、及び圧粉磁心を得た。
【0111】
このときの製造条件、および得られた圧粉磁心用軟磁性材料、及び圧粉磁心の諸特性を表3に示す。
【0112】
表面処理軟磁性粒子粉末:比較例1
粒子1に対し、無機化合物処理及びSi系有機化合物処理を行わなかった。
【0113】
表面処理軟磁性粒子粉末:比較例2
粒子1に対し、無機化合物処理を行わず、Si系有機化合物処理のみを行った。
【0114】
表面処理軟磁性粒子粉末:比較例3
粒子1に対し、無機化合物処理を行なった粒子4に、特許文献1乃至2に記載された耐熱性に優れると知られているポリイミドの表面処理を行った。
【0115】
比較例1〜3の製造条件、および得られた軟磁性粒子粉末、及び圧粉磁心の諸特性を表3に示す。
【0116】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明に係る軟磁性材料は、圧縮成形時の圧粉磁心の歪を解消するのに十分な高温700℃で焼鈍した場合においても、圧粉磁心の電気抵抗値や強度の変化が少ないので圧粉磁心用軟磁性材料として好適である。
【0118】
本発明に係る圧粉磁心は、前記軟磁性材料を用いたことにより、さらに体積固有抵抗値が高く、且つ、強度にも優れ、700℃なる高温で焼鈍した場合においても体積固有抵抗値や強度の変化が少ないので、高周波で使用する高性能圧粉磁心としても好適である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性粒子粉末の粒子表面に無機化合物が付着もしくは被覆している第1絶縁層を有し、該第1絶縁層の表面にSi系有機化合物が付着もしくは被覆している第2絶縁層を有する複合粒子粉末からなる軟磁性材料であって、前記Si系有機化合物が、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを含有するものであることを特徴とする軟磁性材料。
【請求項2】
軟磁性粒子粉末の粒子表面の第1絶縁層を形成している無機化合物が、アルミニウム、ケイ素、カルシウム、ジルコニウム、チタニウム、マグネシウム、亜鉛、鉄又はリンから選ばれる1種又は2種以上の元素を含有する化合物からなることを特徴とする請求項1記載の軟磁性材料。
【請求項3】
軟磁性粒子粉末を有機溶剤に分散した懸濁液中に、無機化合物の溶液を添加・混合して第1絶縁層を形成する工程と、該第1絶縁層を形成した軟磁性粒子粉末と、分子内にSi−H結合及び炭素−炭素多重結合を有するSi系有機化合物を溶解した有機溶剤とを混合しながら第2絶縁層を形成する工程を行った後に、60〜120℃で乾燥させることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の軟磁性材料の製造法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の軟磁性材料を圧縮成形してなる圧粉磁心。


【公開番号】特開2009−212143(P2009−212143A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−50935(P2008−50935)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000166443)戸田工業株式会社 (406)
【Fターム(参考)】