転がり軸受
【課題】 グリース溜り間座から吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる転がり軸受を提供する。
【解決手段】 外輪2に、この外輪軌道面2aに続き同外輪軌道面2aに近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面2bを設ける。外輪2の内周面2dに一部が嵌合して内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座4を設ける。このグリース溜り間座4は、先端部が前記外輪軌道面2a近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面2bに臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部11を含む。この軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面2bとで、グリース溜り間座4内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成した。
【解決手段】 外輪2に、この外輪軌道面2aに続き同外輪軌道面2aに近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面2bを設ける。外輪2の内周面2dに一部が嵌合して内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座4を設ける。このグリース溜り間座4は、先端部が前記外輪軌道面2a近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面2bに臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部11を含む。この軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面2bとで、グリース溜り間座4内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、工作機械主軸等の支持に用いられ、グリース潤滑される転がり軸受に関し、グリース中の基油をより効果的に軸受の潤滑油として供給し得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
先行技術として、外輪に、軌道面に続く段差面を転動体から離れる方向に設け、先端が前記段差面に隙間を介して対面し周壁で外輪との間に流路を形成する隙間形成片を設けたものが提案されている。前記流路に連通するグリース溜りを設けている(特許文献1)。
他の先行技術として、円筒ころ軸受にグリース溜り形成部品と隙間形成部品とを設けたものが提案されている。前記隙間形成部品は、先端部が保持器よりも軸受内側に伸びて転動体に対し接触しない程度の隙間を持つ(特許文献2)。
その他の先行技術として、回収空間に回収されたミストを、内輪の回転により内輪外径の傾斜面を利用して保持器の内径側から軸受空間に再流入させるものが提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−132765号公報
【特許文献2】特開2006−275196号公報
【特許文献3】特開2006−22952号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
グリース潤滑において、エアオイル潤滑と同等の使用回転数などの高速回転領域では、満足できる潤滑性能が得られていない。
試験後の円筒ころ軸受を分解して見ると、ころ断面と鍔部とのあたりが強く見られた。これらの現象から、ころ端面と鍔部との潤滑不良による摩擦が主な原因でないかと考えられる。したがって、内輪鍔部を有する軸受側に潤滑油をさらに供給する必要がある。
【0005】
この発明の目的は、グリース溜り間座から吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明における第1の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記外輪に、この外輪軌道面に続き同外輪軌道面に近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面を設け、前記外輪に隣接し、または外輪の内周に配置されて内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座を設け、このグリース溜り間座は、先端部が前記外輪軌道面近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面に臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部を含み、この軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面とで、グリース溜り間座内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成したことを特徴とする。
【0007】
この構成によると、軸受を運転すると、グリース溜り間座に溜められたグリースにおいて、運転時の温度上昇により基油が増稠剤から分離する。同時に密閉されたグリース溜り間座の内部圧力が上昇する。分離された基油は、基油吐出すきまを経て、前記内部圧力により、外輪軌道面に向けて吐出される。この場合、軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と、外輪傾斜面とで、基油吐出すきまを形成したため、従来構造よりも、基油吐出すきまを転動体に接近させることができる。このため、グリース溜り間座から吐出した潤滑油をより効果的に軸受へ供給することができる。
【0008】
前記外輪の軸方向両側に、前記外輪傾斜面をそれぞれ設けると共に、各外輪傾斜面に臨む軸受内挿入部を含む前記グリース溜り間座をそれぞれ設けても良い。この場合、軸受に必要な潤滑油をこの軸受の両側からより多く供給することができる。したがって、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【0009】
前記グリース溜りの内部を仕切り部材を設け、この仕切り部材で仕切られたグリース溜りの内部の一方と、前記基油吐出すきまとを連通させ、前記内輪にグリースの基油を吐出する基油吐出孔を前記グリース溜り間座に設け、前記仕切り部材で仕切られたグリース溜りの内部の他方と、前記基油吐出孔とを連通させても良い。この場合、グリース溜りの内部の一方において分離された基油が、内部圧力等により外輪軌道面に向けて吐出される。同時に、グリース溜り間座の内部の他方において分離された基油が、内部圧力等により内輪に向けて吐出される。このように潤滑油を内外輪に同時供給することで、いずれかの軌道輪が潤滑不良となることを防止することができ、これにより軸受の長寿命化を図れる。
【0010】
前記転がり軸受が、上下に伸びる縦形の主軸を支持するものであり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜りに分けて封入したものであっても良い。
前記「油分離率」とは、基油分離前のグリース全体量に対し、分離された基油の比率を示したことである。
この場合、上下のグリース溜り間座に、主軸の姿勢による影響つまり重力を考慮し、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜り間座に分けて封入する。この結果、主軸の姿勢にかかわらず、軸受に必要な潤滑油をより多く供給することが可能となる。
この発明において、下側のグリース溜り間座に封入したグリースの油分離率が、上側のグリース溜りに封入したグリースの油分離率よりも大であることが望ましい。
【0011】
前記転がり軸受が内輪鍔を有する円筒ころ軸受であり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、グリース溜り間座の内部の一方と他方とに分けて封入しても良い。この場合、内輪鍔の潤滑不良を未然に防止し、軸受の長寿命化を図れる。
【0012】
上側のグリース溜りに表1のグリース性状のうちグリースBを封入し、下側のグリース溜り間座にグリースSを封入しても良い。
【0013】
【表1】
【0014】
グリース溜り間座の内部の前記一方に、表2のグリース性状のうちグリースBを封入し、グリース溜り間座の内部の前記他方にグリースSを封入しても良い。
【0015】
【表2】
グリースを選定する試験により、上下のグリース溜り間座、またはグリース溜り間座の内部の一方,他方に封入すべきグリースをそれぞれ採用した。これらのグリースを採用することで、軸受に必要な潤滑油をより多く供給し得る。
【0016】
前記グリース溜り間座は、少なくとも外輪の内周面に嵌合する外輪蓋間座と、この外輪蓋間座と協働してグリースを溜める内部の空間を形成するグリース溜り形成部品とを有するものであっても良い。この場合、グリース溜り間座の外輪蓋間座を外輪の内周面に嵌合することで、軸受にグリース溜り間座を容易に組み付けることができる。
【0017】
この発明における第2の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、このグリース溜り内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品を設け、このピストン状部品に、グリース溜り間座の外部からの流体圧を受けて同ピストン状部品を変位させる作動部を設けたことを特徴とする。
【0018】
例えば、工作機械主軸は製品加工時に主軸の冷却のため、クーラントを使用し、そのクーラントの浸入防止を図る目的で、非接触シールとしてラビリンスシールや圧縮空気を用いたエアシールを採用している。また、ビルトインモータ駆動方式の主軸では、モータ部の発熱が軸受に直接伝わるため、軸受予圧の増加が生じることがある。前記発熱による軸受の温度上昇を抑えるために、圧縮空気を用いて冷却する場合がある。
この第2の発明の構成によると、ピストン状部品に設けた作動部に、微小圧縮空気圧力などの流体圧を与え、前記ピストン状部品を押えることができる。また、運転時に軸受の温度差により、グリース溜り間座と、ピストン状部品によって仕切られたグリース溜り間座の内部とに膨張差を生じる。よって、ピストン状部品を常時押えることで、軸受運転時においてグリース溜り間座の内部の所期の膨張差を常時、維持することができ、このグリース溜りの内部においてグリースから分離された基油を軸受へ円滑に安定して供給することができる。
【0019】
前記ピストン状部品のうちグリース溜り間座の内部との摺動面に環状溝を形成し、この環状溝に密封材を設けても良い。この場合、グリース溜り間座の内部と、ピストン状部品の摺動面との間の僅かなすきまから、グリース溜りから分離した基油が漏れることを防止できる。よって、軸受へ基油を円滑に供給することができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。
【0020】
前記グリース溜り間座とは熱膨張係数が異なるピストン状部品を、グリース溜り間座に設けても良い。この場合、運転中の固定側軌道輪の温度差で生じる、グリース溜り間座とグリース溜り間座の内部との膨張差と、さらに、ピストン状部品とグリース溜り間座との膨張差を利用する。これにより、積極的に軸受への潤滑油の供給ができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。
【0021】
樹脂材料からなるピストン状部品を採用し、このピストン状部品の熱膨張係数が前記グリース溜りの熱膨張係数よりも大きいものとしても良い。
前記ピストン状部品をポリプロピレンまたはポリアセタールからなるものとしても良い。ピストン状部品を樹脂材料製に選定する場合、寸法変化の原因の一つである給水率が低く、強度、弾性に優れるポリプロピレンまたはポリアセタールを選定することが望ましい。
【0022】
前記転がり軸受を工作機械の主軸の支持、または産業機械用の軸受に用いても良い。この場合において、グリース溜り間座から吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【発明の効果】
【0023】
この発明における第1の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記外輪に、この外輪軌道面に続き同外輪軌道面に近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面を設け、前記外輪に隣接し、または外輪の内周に配置されて内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座を設け、このグリース溜りは、先端部が前記外輪軌道面近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面に臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部を含み、この軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面とで、グリース溜り間座内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成したため、グリース溜りから吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【0024】
この発明における第2の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、このグリース溜り内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品を設け、このピストン状部品に、グリース溜り間座の外部からの流体圧を受けて同ピストン状部品を変位させる作動部を設けたため、グリース溜り間座から吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明の一実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図2】同転がり軸受に設けたグリース溜り間座の要部の側面図である。
【図3】同転がり軸受の要部の拡大断面図である。
【図4】この発明の他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図5】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受を、工作機械の主軸支持に用いた例を示す断面図である。
【図6】同転がり軸受の断面図である。
【図7】各種グリースの油分離率を表す図である。
【図8】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図9】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図10】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図11】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図12】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図13】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
この発明の一実施形態を図1ないし図3と共に説明する。この実施形態に係る転がり軸受は、例えば、工作機械の主軸の支持、または産業機械用の軸受に用いられる。
この転がり軸受は、内輪1、外輪2、およびこれら内外輪1,2の軌道面1a,2a間に介在した複数の転動体3を有する。固定側軌道輪となる外輪2に隣接して環状のグリース溜り間座4を設けている。この実施形態では、転動体3として円筒ころが適用され、複数の転動体3は円周方向一定間隔おきに保持器5に保持される。この保持器5は転動体3に案内されるものである。保持器5の軸方向両側の内径面には、軸方向外側に向かう程大径となる斜面5aを設けている。
【0027】
内輪1は、軌道面1aの両側に鍔6を有する鍔付き内輪であり、図示外の主軸の外径面に嵌合する。内輪1の軌道面1aを挟んだ軸方向両側の外径面には、軌道面側が大径となる斜面部1bがそれぞれ設けられている。鍔6のつば面6aと軌道面1aとの隅部には、研磨ぬすみが形成されている。
内輪1に隣接して内輪間座7が配置される。この内輪間座7の端面を内輪端面に当接させ、内輪1の軸方向位置が位置決めされる。
【0028】
外輪2は、図示外のハウジングの内周に嵌合状態で固定支持される。外輪2には、軌道面2a、外輪傾斜面2b,2b、段差面2c、および内周面2dが設けられる。外輪傾斜面2b,2bは、軌道面2aに続きこの軌道面2aに近づく程内径側に傾斜する。前記段差面2cは、図1右側の外輪傾斜面2bから外径側に延びて、後述する外輪蓋間座8の先端部が当接する。前記内周面2dは、段差面2cに続き外輪端面まで延びる。この外輪2の内周面2dに、前記外輪蓋間座8の先端部の外周面が嵌合して軸受内に挿入される。
【0029】
グリース溜り間座4は、内部にグリースを溜めこのグリースから分離した基油を転がり軸受に供給するものであって、転がり軸受とは別体の部品として構成される。グリース溜り間座4は、外輪蓋間座8と、グリース溜り形成部品9とを有し、これら外輪蓋間座8とグリース溜り形成部品9とで協働してグリースを溜める内部の空間を形成する。外輪蓋間座8は断面略L字形状に形成される。この外輪蓋間座8の先端部の外周面は、外輪2の内周面2dに嵌合する。外輪蓋間座8は、先端部8aの外周面に、段差部8bを介して中間部8cおよび基端部8dの外周面が続く。外輪固定間座10の内周面に、前記段差部8bに係合する係合部10aが設けられる。外輪蓋間座8の段差部8bに係合部10aを係合させると共に、外輪固定間座10の端面10bを外輪端面に当接させることにより、外輪蓋間座8の軸方向位置を規制する。
【0030】
グリース溜り形成部品9は、軸受内挿入部11を含む。この軸受内挿入部11の先端部11aが、外輪軌道面2a近傍まで挿入されて図1右側の外輪傾斜面2bに臨む。同先端部11aは、図2に示すように、円周方向に沿って凹凸形状を成す。図1、図3点線A1に示すように、この軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部11aと、外輪傾斜面2bとで、グリース溜り間座4内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまδ1を形成する。
先端部11aのうち凹部11aaは、円周方向複数箇所(この例では4箇所)に等配に形成される。先端部11aのうち凸部11abは、円周方向複数箇所に等配に形成され、前記外輪傾斜面2bにそれぞれ当接する。これにより、所定の基油吐出すきまδ1が適正に且つ容易に維持される。またこの例では、各凹部11aaの円周方向長さは、各凸部11abの円周方向長さよりも長く形成される。但し、この例に限定されるものではない。
【0031】
前記軸受内挿入部11の凹凸部に続く外周面11bは、先端に向かう程大径となる傾斜面となる。この外周面11bと、外輪蓋間座8のうち軸受内に挿入される先端部の内周面8eとの間で、グリース基油の滲み出し用の環状すきまδ2を形成する。よって、グリース溜り間座4の内部は、環状すきまδ2を介して基油吐出すきまδ1に連通する。グリース溜り間座4は、転がり軸受に組み付ける前の別体品の状態では、例えば、前記環状すきまδ2における先端のグリース基油滲み出し口12に達するまでグリース溜り間座4内にグリースを100%封入後、そのグリース基油滲み出し口12に取り外し自在なシールテープ等の封止部材(図示せず)が設けられる。グリース溜り間座4を図1のように組み付ける際、前記封止部材を取り外し、グリース溜り間座4の内部を、環状すきまδ2を介して基油吐出すきまδ1に連通させる。
【0032】
前記グリース溜り間座4を図1のように組み付けた転がり軸受の作用、効果について説明する。
図示外の主軸等へ軸受を組み込んだとき、前記の通り、グリース溜り間座4内にグリースが100%充填され、軸受内へは初期潤滑用としてグリースが封入されている。
外輪蓋間座8が外輪2の段差面2cに続く内周面2dに嵌合して軸受内に挿入され、さらに、外輪蓋間座8の段差部8bに外輪固定間座10の係合部10aを係合させて、外輪蓋間座8の軸方向位置を規制している。これにより外輪2の段差面2に外輪蓋間座8の先端を押圧させ、外輪2の端面と外輪固定間座10の合わせ面からのグリースの漏れを防止することができる。これと共に、外輪蓋間座8により、軸受外部からごみや異物等の侵入を防止することが可能となる。
【0033】
軸受を運転すると、密閉されたグリース溜り間座4内に溜められたグリースにおいて、運転時の温度上昇により基油が増稠剤から分離する。同時に密閉されたグリース溜り間座4の内部圧力が上昇する。分離された基油は、前記基油吐出すきまδ1を経て、前記内部圧力により、外輪軌道面2aに向けて吐出される。特に、軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部11aと、外輪傾斜面2bとで、基油吐出すきまδ1を形成したため、従来構造よりも、基油吐出すきまを転動体3に接近させることができる。このため、グリース溜り間座4から吐出した潤滑油をより効果的に軸受へ供給することができる。
温度が上昇して定常状態になると、内部圧力の上昇要因が消滅するので、基油の吐出と並行して内部圧力が徐々に減じ、単位時間当たりの基油吐出量も減少していく。
【0034】
運転が中止されると、グリース溜り間座4の温度も下降し、グリース溜り間座4の内部圧力が略大気圧となる。このとき基油の吐出はなく、基油吐出すきまδ1には基油が満たされる。したがって、運転停止状態では、グリース溜り間座4は密閉された状態となる。その後、運転が再開されると、グリース溜り間座4の内部圧力が再度上昇することで、基油が基油吐出すきまδ1に移動して外輪軌道面2aに供給される。このように温度上昇と下降のヒートサイクルによってグリース溜り間座4内での圧力変動が繰り返され、グリースから分離された基油が、外輪軌道面2aに繰り返し供給される。
【0035】
前記ヒートサイクルによる基油吐出作用とは別に、以下に示す毛細管現象による基油吐出作用も加わる。すなわち、軸受の運転停止時には、グリース中の増稠剤および前記基油吐出すきまδ1の毛細管現象により、グリースの基油がグリース基油滲み出し口12から基油吐出すきまδ1に移動し、この毛細管現象と油の表面張力とが相まって基油吐出すきまδ1に基油が油状で保持される。
【0036】
軸受を運転すると、基油吐出すきまδ1に貯油されていた基油は、運転で生じる外輪2の温度上昇による体積膨張と、転動体3の公転・自転で生じる空気流とにより基油吐出すきまδ1から吐出される。この吐出された基油は、外輪2の軌道面2aに付着しながら移動して転動体接触部に連続的に補給される。
【0037】
以下、他の実施形態について説明する。以下の説明においては、各形態で先行する形態で説明している事項に対応している部分には同一の参照符を付し、重複する説明を略する場合がある。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、先行して説明している形態と同様とする。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0038】
図4の例では、外輪2の軸方向両側に外輪傾斜面2bを設けている。さらに、前記外輪2の軸方向両側に隣接して環状のグリース溜り間座4を設けている。図4に示すように、外輪2の軸方向両側に、各外輪傾斜面2bに臨む軸受内挿入部11を含む前記グリース溜り間座4,4を設けたため、軸受に必要な潤滑油をこの軸受の両側からより多く供給することができる。したがって、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【0039】
図5および図6の例では、工作機械の縦形の主軸13を転がり軸受により支持している。図5点線A2内に表される主軸基端側の円筒ころ軸受において、この外輪2の軸方向両側にグリース溜り間座4,4を設けている。さらに、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜り間座4に分けて封入している。例えば、下側のグリース溜り間座4に封入したグリースの油分離率が、上側のグリース溜り間座4に封入したグリースの油分離率よりも大としている。
【0040】
ここで、同一の成分で油分離率が異なるグリースをグリース溜り間座4へ封入するグリースを選定する目的として、以下に示すような基礎試験を行った。
試験条件としては、回転速度:13500min−1、試験機:遠心分離機、封入グリース量50g(n=6)、測定方法:各測定時間毎に分離した油を抜いた試験片の重さから油分離率を計算した。
【0041】
また、試験を実施した各グリースの性状を表3に示す。
【表3】
【0042】
前記試験条件で基礎試験を行った結果、図7に示す試験結果が得られた。この試験結果から、上側のグリース溜り間座4に表3のグリースBを封入し、下側のグリース溜り間座4に上記表のグリースS(基油分離率が上記に示したグリースS,Bより多いと、初期運転時に多く基油が軸受へ供給されることになり、早期に潤滑がなくなる懸念点がある。グリース潤滑で長寿命を考慮すると、不利であることからグリースNを採用していない。)を封入した。上下のグリース溜り間座4に、これらのグリースを採用することで、軸受に必要な潤滑油をより多く供給し得る。
【0043】
図8の例では、各グリース溜り間座4の内部を、内径側と外径側とに仕切り部材14を設けている。また、内輪1にグリースの基油を吐出する基油吐出孔15を、グリース溜り間座4に設けている。仕切り部材14で仕切られたグリース溜り間座4の内部の一方(「第1グリース溜り部4a」と称す)と、基油吐出すきまδ1とを連通させ、且つ、グリース溜り間座4の内部の他方(「第2グリース溜り間座部4b」と称す)と、基油吐出孔15とを連通させている。
グリース溜り間座4のうち基油吐出孔15は円周方向一定間隔おきに形成される。各基油吐出孔15は、内輪1の斜面部1bがある径方向高さ位置で、軸方向に貫通するように形成される。グリース溜り間座4において、これら基油吐出孔15が形成される吐出孔形成部16は、内輪1の斜面部1bに対し所定の隙間δ3を介して対向するように設けられる。
【0044】
図8の構成によると、第1グリース溜り間座部4aにおいて基油が、内部圧力、温度上昇による体積膨張、および空気流により、外輪軌道面2aに向けて吐出される。これと同時に、第2グリース溜り間座部4bにおいて基油が、内部圧力、温度上昇による体積膨張、および内輪1の斜面部1bの回転で生じる空気流により内輪1の斜面部1bに向けて吐出される。このようにグリースの基油を内外輪1,2に同時供給することで、いずれかの軌道輪が潤滑不良となることを防止することができ、これにより軸受の長寿命化を図れる。
この図8の構成において、第1グリース溜り間座部4aに表3のグリースBを封入し、第2グリース溜り部4bに表3のグリースSを封入しても良い。これらのグリースを第1,第2グリース溜り部4a,4bに封入することで、軸受に必要な潤滑油をより多く供給し得る。
【0045】
図9の例では、転がり軸受としてアンギュラ玉軸受が適用される。内外輪1,2間の軸受空間の一端は、シール17によって密封されている。このシール17は軸受背面側の端部に設けられ、グリース溜り間座4Aは軸受正面側に設けられる。このグリース溜り間座4Aの軸受内挿入部11の先端面は、外輪2の段差面2cとの間に、グリース基油の滲み出し用の軸方向すきまを形成する。
【0046】
このグリース溜り間座4A内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品18を設けている。ピストン状部品18は環状板から成りグリース溜り間座4Aの内部を軸方向に摺動する。このピストン状部品18に、グリース溜り間座4A外部からの流体圧(この例では微小圧縮空気による圧力)を受けて同ピストン状部品18を変位させる作動部19を設けている。ハウジング20には、作動部19の軸方向変位を許容し、且つこの作動部19に微小圧縮空気を作用させる孔20aが形成されている。図示外の圧縮空気供給源から前記孔20aに微小圧縮空気を供給し、作動部19の先端面19aに微小圧縮空気による圧力を与える。これによりピストン状部品18を軸方向一方に変位させるようになっている。グリース溜り間座4Aの基端壁部21には、作動部19のロッド19bを移動自在に支持する貫通孔が形成されている。また、ピストン状部品18の外周面および内周面に、環状溝18a,18bをそれぞれ形成している。これら外周面および内周面が、グリース溜り間座4Aの内部との摺動面となる。環状溝18a,18bには、基油漏れ防止用のOリングからなる密封材22をそれぞれ設けている。これら密封材22により、グリース溜り間座4A内に封入したグリースから分離した基油の漏れを防止する。
【0047】
図9の構成によると、運転時の温度上昇によりグリース溜り間座4Aの内部の基油が増稠剤から分離する。同時に密閉されたグリース溜り間座4A内部の内部圧力が上昇する。分離された基油は、前記軸方向すきまを経て、前記内部圧力により、外輪軌道面2aに向けて吐出される。
さらに、運転で生じる外輪2の温度上昇により、グリース溜り間座4Aと、ピストン状部品18によって仕切られたグリース溜り間座の内部とに膨張差を生じる。この場合において、ピストン状部品18を軸方向一方に常時押圧する。これにより、軸受運転時においてグリース溜り間座4Aの内部の所期の膨張差を維持することができ、このグリース溜り間座4Aの内部においてグリースから分離された基油を軸受へ円滑に安定して供給することができる。例えば、ハウジング20等に設けた図示外の冷却手段により、運転中外輪2があまり温度上昇しない場合であっても、ピストン状部品18を軸方向一方に常時押圧することで、所期の膨張差を維持できる。
【0048】
ピストン状部品18のうちグリース溜り間座4Aの内部との移動面に環状溝18a,18bを形成し、この環状溝18a,18bに密封材22,22を設けたため、グリース溜り間座4Aの内部と、ピストン状部品18の移動面との間の僅かなすきまから、分離した基油が漏れることを防止できる。よって、軸受へ基油を円滑に供給することができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。なお、図9の構成において、ピストン状部品18に、環状溝18a,18bおよび密封材22を設けない構成にしても良い。
【0049】
図9の構成において、グリース溜り間座4Aとは熱膨張係数が異なるピストン状部品18を、グリース溜り間座4Aに設けても良い。グリース溜り間座4Aが鉄製であれば、ピストン状部品18は樹脂材料製のものを適用し得る。この樹脂材料としては、例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリアミド(PA)、ABS樹脂、ポリスチレン、ポリアセタール(POM)系等の樹脂材料であれば良いが、寸法変化の原因の一つである吸水率が低く、強度、弾性に優れるポリプロピレン(PP)とポリアセタール(POM)が望ましい。
ここで、各種樹脂材料の20℃における線膨張係数は次の通りである。
PPS 1.95×10−5/℃、PA66 10×10−5/℃、POM 8.3 ×10−5/℃、PEEK 3.1×10−5/℃
この構成によると、運転で生じる外輪2の温度上昇により、グリース溜り間座4Aと、ピストン状部品18によって仕切られたグリース溜り間座4Aの内部とに膨張差を生じる。また、運転で生じる外輪2の温度上昇により、グリース溜り間座4Aとピストン状部品18との膨張差を生じる。さらに前述のようにピストン状部品18を軸方向一方に常時押圧することで、積極的に軸受への潤滑油の供給ができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。
【0050】
図10に示すように、図1の構成において、グリース溜り間座4に外輪蓋間座を設けない構成にしても良い。この構成では、外輪固定間座10および外周内周面2dと、グリース溜り形成部品9とで囲まれる内部空間にグリースが溜められる。この構成においても、軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部11aと、外輪傾斜面2bとで、基油吐出すきまδ1を形成したため、従来構造よりも、基油吐出すきまδ1を転動体3に接近させることができる。このため、グリース溜り間座4から吐出した潤滑油をより効果的に軸受へ供給することができる。
【0051】
図11に示すように、図9の構成において、外輪2に段差面を設けず、テーパ面とした外輪2の正面側の内周面2dに沿って外輪蓋間座8を嵌合させ、軸受内挿入部11における先端のテーパ状外周面と、外輪2の正面側の内周面2dとの間に、グリース溜り間座4Aの内部に連通する傾斜すきまδ4を形成しても良い。
図12に示すように、図9の構成において、グリース溜り間座4Aに外輪蓋間座を設けない構成にしても良い。
【0052】
図13に示すように、図9の構成において、外輪固定間座を設ける代わりに、外輪2にグリース溜り形成用の幅方向に延びる軌道輪延長部2fを設けても良い。グリース溜まり形成部品9は、その軸受内と反対側の側壁部9eが、軌道輪延長部2fの内径面に設けられた位置決め用段差面2gに当接し、かつ位置決め用段差面2gの近傍に設けられた止め環溝に嵌合する止め環23により、外輪2に対して正規の軸方向位置に位置決め状態に固定される。グリース溜まり形成部品9の側壁部9eの軸受外向き面における外径縁には、テーパ状の切欠部24が設けられ、この切欠部24と止め環23との間に、密封材25が介在させてある。密封材25はOリングからなる。
内輪1の幅は、図示のように、外輪2の軌道輪延長部2fを含む幅と同じ幅としても良く、また軌道輪延長部を有しない幅としても良い。
【符号の説明】
【0053】
1…内輪
2…外輪
1a,2a…軌道面
2b…外輪傾斜面
3…転動体
4…グリース溜り間座
6…鍔
8…外輪蓋間座
9…グリース溜り形成部品
11…軸受内挿入部
11a…先端部
13…主軸
14…仕切り部材
15…基油吐出孔
18…ピストン状部品
19…作動部
18a,18b…環状溝
22…密封材
δ1…基油吐出すきま
【技術分野】
【0001】
この発明は、工作機械主軸等の支持に用いられ、グリース潤滑される転がり軸受に関し、グリース中の基油をより効果的に軸受の潤滑油として供給し得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
先行技術として、外輪に、軌道面に続く段差面を転動体から離れる方向に設け、先端が前記段差面に隙間を介して対面し周壁で外輪との間に流路を形成する隙間形成片を設けたものが提案されている。前記流路に連通するグリース溜りを設けている(特許文献1)。
他の先行技術として、円筒ころ軸受にグリース溜り形成部品と隙間形成部品とを設けたものが提案されている。前記隙間形成部品は、先端部が保持器よりも軸受内側に伸びて転動体に対し接触しない程度の隙間を持つ(特許文献2)。
その他の先行技術として、回収空間に回収されたミストを、内輪の回転により内輪外径の傾斜面を利用して保持器の内径側から軸受空間に再流入させるものが提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−132765号公報
【特許文献2】特開2006−275196号公報
【特許文献3】特開2006−22952号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
グリース潤滑において、エアオイル潤滑と同等の使用回転数などの高速回転領域では、満足できる潤滑性能が得られていない。
試験後の円筒ころ軸受を分解して見ると、ころ断面と鍔部とのあたりが強く見られた。これらの現象から、ころ端面と鍔部との潤滑不良による摩擦が主な原因でないかと考えられる。したがって、内輪鍔部を有する軸受側に潤滑油をさらに供給する必要がある。
【0005】
この発明の目的は、グリース溜り間座から吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明における第1の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記外輪に、この外輪軌道面に続き同外輪軌道面に近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面を設け、前記外輪に隣接し、または外輪の内周に配置されて内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座を設け、このグリース溜り間座は、先端部が前記外輪軌道面近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面に臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部を含み、この軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面とで、グリース溜り間座内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成したことを特徴とする。
【0007】
この構成によると、軸受を運転すると、グリース溜り間座に溜められたグリースにおいて、運転時の温度上昇により基油が増稠剤から分離する。同時に密閉されたグリース溜り間座の内部圧力が上昇する。分離された基油は、基油吐出すきまを経て、前記内部圧力により、外輪軌道面に向けて吐出される。この場合、軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と、外輪傾斜面とで、基油吐出すきまを形成したため、従来構造よりも、基油吐出すきまを転動体に接近させることができる。このため、グリース溜り間座から吐出した潤滑油をより効果的に軸受へ供給することができる。
【0008】
前記外輪の軸方向両側に、前記外輪傾斜面をそれぞれ設けると共に、各外輪傾斜面に臨む軸受内挿入部を含む前記グリース溜り間座をそれぞれ設けても良い。この場合、軸受に必要な潤滑油をこの軸受の両側からより多く供給することができる。したがって、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【0009】
前記グリース溜りの内部を仕切り部材を設け、この仕切り部材で仕切られたグリース溜りの内部の一方と、前記基油吐出すきまとを連通させ、前記内輪にグリースの基油を吐出する基油吐出孔を前記グリース溜り間座に設け、前記仕切り部材で仕切られたグリース溜りの内部の他方と、前記基油吐出孔とを連通させても良い。この場合、グリース溜りの内部の一方において分離された基油が、内部圧力等により外輪軌道面に向けて吐出される。同時に、グリース溜り間座の内部の他方において分離された基油が、内部圧力等により内輪に向けて吐出される。このように潤滑油を内外輪に同時供給することで、いずれかの軌道輪が潤滑不良となることを防止することができ、これにより軸受の長寿命化を図れる。
【0010】
前記転がり軸受が、上下に伸びる縦形の主軸を支持するものであり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜りに分けて封入したものであっても良い。
前記「油分離率」とは、基油分離前のグリース全体量に対し、分離された基油の比率を示したことである。
この場合、上下のグリース溜り間座に、主軸の姿勢による影響つまり重力を考慮し、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜り間座に分けて封入する。この結果、主軸の姿勢にかかわらず、軸受に必要な潤滑油をより多く供給することが可能となる。
この発明において、下側のグリース溜り間座に封入したグリースの油分離率が、上側のグリース溜りに封入したグリースの油分離率よりも大であることが望ましい。
【0011】
前記転がり軸受が内輪鍔を有する円筒ころ軸受であり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、グリース溜り間座の内部の一方と他方とに分けて封入しても良い。この場合、内輪鍔の潤滑不良を未然に防止し、軸受の長寿命化を図れる。
【0012】
上側のグリース溜りに表1のグリース性状のうちグリースBを封入し、下側のグリース溜り間座にグリースSを封入しても良い。
【0013】
【表1】
【0014】
グリース溜り間座の内部の前記一方に、表2のグリース性状のうちグリースBを封入し、グリース溜り間座の内部の前記他方にグリースSを封入しても良い。
【0015】
【表2】
グリースを選定する試験により、上下のグリース溜り間座、またはグリース溜り間座の内部の一方,他方に封入すべきグリースをそれぞれ採用した。これらのグリースを採用することで、軸受に必要な潤滑油をより多く供給し得る。
【0016】
前記グリース溜り間座は、少なくとも外輪の内周面に嵌合する外輪蓋間座と、この外輪蓋間座と協働してグリースを溜める内部の空間を形成するグリース溜り形成部品とを有するものであっても良い。この場合、グリース溜り間座の外輪蓋間座を外輪の内周面に嵌合することで、軸受にグリース溜り間座を容易に組み付けることができる。
【0017】
この発明における第2の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、このグリース溜り内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品を設け、このピストン状部品に、グリース溜り間座の外部からの流体圧を受けて同ピストン状部品を変位させる作動部を設けたことを特徴とする。
【0018】
例えば、工作機械主軸は製品加工時に主軸の冷却のため、クーラントを使用し、そのクーラントの浸入防止を図る目的で、非接触シールとしてラビリンスシールや圧縮空気を用いたエアシールを採用している。また、ビルトインモータ駆動方式の主軸では、モータ部の発熱が軸受に直接伝わるため、軸受予圧の増加が生じることがある。前記発熱による軸受の温度上昇を抑えるために、圧縮空気を用いて冷却する場合がある。
この第2の発明の構成によると、ピストン状部品に設けた作動部に、微小圧縮空気圧力などの流体圧を与え、前記ピストン状部品を押えることができる。また、運転時に軸受の温度差により、グリース溜り間座と、ピストン状部品によって仕切られたグリース溜り間座の内部とに膨張差を生じる。よって、ピストン状部品を常時押えることで、軸受運転時においてグリース溜り間座の内部の所期の膨張差を常時、維持することができ、このグリース溜りの内部においてグリースから分離された基油を軸受へ円滑に安定して供給することができる。
【0019】
前記ピストン状部品のうちグリース溜り間座の内部との摺動面に環状溝を形成し、この環状溝に密封材を設けても良い。この場合、グリース溜り間座の内部と、ピストン状部品の摺動面との間の僅かなすきまから、グリース溜りから分離した基油が漏れることを防止できる。よって、軸受へ基油を円滑に供給することができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。
【0020】
前記グリース溜り間座とは熱膨張係数が異なるピストン状部品を、グリース溜り間座に設けても良い。この場合、運転中の固定側軌道輪の温度差で生じる、グリース溜り間座とグリース溜り間座の内部との膨張差と、さらに、ピストン状部品とグリース溜り間座との膨張差を利用する。これにより、積極的に軸受への潤滑油の供給ができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。
【0021】
樹脂材料からなるピストン状部品を採用し、このピストン状部品の熱膨張係数が前記グリース溜りの熱膨張係数よりも大きいものとしても良い。
前記ピストン状部品をポリプロピレンまたはポリアセタールからなるものとしても良い。ピストン状部品を樹脂材料製に選定する場合、寸法変化の原因の一つである給水率が低く、強度、弾性に優れるポリプロピレンまたはポリアセタールを選定することが望ましい。
【0022】
前記転がり軸受を工作機械の主軸の支持、または産業機械用の軸受に用いても良い。この場合において、グリース溜り間座から吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【発明の効果】
【0023】
この発明における第1の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記外輪に、この外輪軌道面に続き同外輪軌道面に近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面を設け、前記外輪に隣接し、または外輪の内周に配置されて内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座を設け、このグリース溜りは、先端部が前記外輪軌道面近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面に臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部を含み、この軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面とで、グリース溜り間座内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成したため、グリース溜りから吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【0024】
この発明における第2の発明の転がり軸受は、内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、このグリース溜り内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品を設け、このピストン状部品に、グリース溜り間座の外部からの流体圧を受けて同ピストン状部品を変位させる作動部を設けたため、グリース溜り間座から吐出した基油をより効果的に軸受へ供給でき、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明の一実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図2】同転がり軸受に設けたグリース溜り間座の要部の側面図である。
【図3】同転がり軸受の要部の拡大断面図である。
【図4】この発明の他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図5】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受を、工作機械の主軸支持に用いた例を示す断面図である。
【図6】同転がり軸受の断面図である。
【図7】各種グリースの油分離率を表す図である。
【図8】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図9】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図10】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図11】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図12】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【図13】この発明のさらに他の実施形態に係る転がり軸受の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
この発明の一実施形態を図1ないし図3と共に説明する。この実施形態に係る転がり軸受は、例えば、工作機械の主軸の支持、または産業機械用の軸受に用いられる。
この転がり軸受は、内輪1、外輪2、およびこれら内外輪1,2の軌道面1a,2a間に介在した複数の転動体3を有する。固定側軌道輪となる外輪2に隣接して環状のグリース溜り間座4を設けている。この実施形態では、転動体3として円筒ころが適用され、複数の転動体3は円周方向一定間隔おきに保持器5に保持される。この保持器5は転動体3に案内されるものである。保持器5の軸方向両側の内径面には、軸方向外側に向かう程大径となる斜面5aを設けている。
【0027】
内輪1は、軌道面1aの両側に鍔6を有する鍔付き内輪であり、図示外の主軸の外径面に嵌合する。内輪1の軌道面1aを挟んだ軸方向両側の外径面には、軌道面側が大径となる斜面部1bがそれぞれ設けられている。鍔6のつば面6aと軌道面1aとの隅部には、研磨ぬすみが形成されている。
内輪1に隣接して内輪間座7が配置される。この内輪間座7の端面を内輪端面に当接させ、内輪1の軸方向位置が位置決めされる。
【0028】
外輪2は、図示外のハウジングの内周に嵌合状態で固定支持される。外輪2には、軌道面2a、外輪傾斜面2b,2b、段差面2c、および内周面2dが設けられる。外輪傾斜面2b,2bは、軌道面2aに続きこの軌道面2aに近づく程内径側に傾斜する。前記段差面2cは、図1右側の外輪傾斜面2bから外径側に延びて、後述する外輪蓋間座8の先端部が当接する。前記内周面2dは、段差面2cに続き外輪端面まで延びる。この外輪2の内周面2dに、前記外輪蓋間座8の先端部の外周面が嵌合して軸受内に挿入される。
【0029】
グリース溜り間座4は、内部にグリースを溜めこのグリースから分離した基油を転がり軸受に供給するものであって、転がり軸受とは別体の部品として構成される。グリース溜り間座4は、外輪蓋間座8と、グリース溜り形成部品9とを有し、これら外輪蓋間座8とグリース溜り形成部品9とで協働してグリースを溜める内部の空間を形成する。外輪蓋間座8は断面略L字形状に形成される。この外輪蓋間座8の先端部の外周面は、外輪2の内周面2dに嵌合する。外輪蓋間座8は、先端部8aの外周面に、段差部8bを介して中間部8cおよび基端部8dの外周面が続く。外輪固定間座10の内周面に、前記段差部8bに係合する係合部10aが設けられる。外輪蓋間座8の段差部8bに係合部10aを係合させると共に、外輪固定間座10の端面10bを外輪端面に当接させることにより、外輪蓋間座8の軸方向位置を規制する。
【0030】
グリース溜り形成部品9は、軸受内挿入部11を含む。この軸受内挿入部11の先端部11aが、外輪軌道面2a近傍まで挿入されて図1右側の外輪傾斜面2bに臨む。同先端部11aは、図2に示すように、円周方向に沿って凹凸形状を成す。図1、図3点線A1に示すように、この軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部11aと、外輪傾斜面2bとで、グリース溜り間座4内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまδ1を形成する。
先端部11aのうち凹部11aaは、円周方向複数箇所(この例では4箇所)に等配に形成される。先端部11aのうち凸部11abは、円周方向複数箇所に等配に形成され、前記外輪傾斜面2bにそれぞれ当接する。これにより、所定の基油吐出すきまδ1が適正に且つ容易に維持される。またこの例では、各凹部11aaの円周方向長さは、各凸部11abの円周方向長さよりも長く形成される。但し、この例に限定されるものではない。
【0031】
前記軸受内挿入部11の凹凸部に続く外周面11bは、先端に向かう程大径となる傾斜面となる。この外周面11bと、外輪蓋間座8のうち軸受内に挿入される先端部の内周面8eとの間で、グリース基油の滲み出し用の環状すきまδ2を形成する。よって、グリース溜り間座4の内部は、環状すきまδ2を介して基油吐出すきまδ1に連通する。グリース溜り間座4は、転がり軸受に組み付ける前の別体品の状態では、例えば、前記環状すきまδ2における先端のグリース基油滲み出し口12に達するまでグリース溜り間座4内にグリースを100%封入後、そのグリース基油滲み出し口12に取り外し自在なシールテープ等の封止部材(図示せず)が設けられる。グリース溜り間座4を図1のように組み付ける際、前記封止部材を取り外し、グリース溜り間座4の内部を、環状すきまδ2を介して基油吐出すきまδ1に連通させる。
【0032】
前記グリース溜り間座4を図1のように組み付けた転がり軸受の作用、効果について説明する。
図示外の主軸等へ軸受を組み込んだとき、前記の通り、グリース溜り間座4内にグリースが100%充填され、軸受内へは初期潤滑用としてグリースが封入されている。
外輪蓋間座8が外輪2の段差面2cに続く内周面2dに嵌合して軸受内に挿入され、さらに、外輪蓋間座8の段差部8bに外輪固定間座10の係合部10aを係合させて、外輪蓋間座8の軸方向位置を規制している。これにより外輪2の段差面2に外輪蓋間座8の先端を押圧させ、外輪2の端面と外輪固定間座10の合わせ面からのグリースの漏れを防止することができる。これと共に、外輪蓋間座8により、軸受外部からごみや異物等の侵入を防止することが可能となる。
【0033】
軸受を運転すると、密閉されたグリース溜り間座4内に溜められたグリースにおいて、運転時の温度上昇により基油が増稠剤から分離する。同時に密閉されたグリース溜り間座4の内部圧力が上昇する。分離された基油は、前記基油吐出すきまδ1を経て、前記内部圧力により、外輪軌道面2aに向けて吐出される。特に、軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部11aと、外輪傾斜面2bとで、基油吐出すきまδ1を形成したため、従来構造よりも、基油吐出すきまを転動体3に接近させることができる。このため、グリース溜り間座4から吐出した潤滑油をより効果的に軸受へ供給することができる。
温度が上昇して定常状態になると、内部圧力の上昇要因が消滅するので、基油の吐出と並行して内部圧力が徐々に減じ、単位時間当たりの基油吐出量も減少していく。
【0034】
運転が中止されると、グリース溜り間座4の温度も下降し、グリース溜り間座4の内部圧力が略大気圧となる。このとき基油の吐出はなく、基油吐出すきまδ1には基油が満たされる。したがって、運転停止状態では、グリース溜り間座4は密閉された状態となる。その後、運転が再開されると、グリース溜り間座4の内部圧力が再度上昇することで、基油が基油吐出すきまδ1に移動して外輪軌道面2aに供給される。このように温度上昇と下降のヒートサイクルによってグリース溜り間座4内での圧力変動が繰り返され、グリースから分離された基油が、外輪軌道面2aに繰り返し供給される。
【0035】
前記ヒートサイクルによる基油吐出作用とは別に、以下に示す毛細管現象による基油吐出作用も加わる。すなわち、軸受の運転停止時には、グリース中の増稠剤および前記基油吐出すきまδ1の毛細管現象により、グリースの基油がグリース基油滲み出し口12から基油吐出すきまδ1に移動し、この毛細管現象と油の表面張力とが相まって基油吐出すきまδ1に基油が油状で保持される。
【0036】
軸受を運転すると、基油吐出すきまδ1に貯油されていた基油は、運転で生じる外輪2の温度上昇による体積膨張と、転動体3の公転・自転で生じる空気流とにより基油吐出すきまδ1から吐出される。この吐出された基油は、外輪2の軌道面2aに付着しながら移動して転動体接触部に連続的に補給される。
【0037】
以下、他の実施形態について説明する。以下の説明においては、各形態で先行する形態で説明している事項に対応している部分には同一の参照符を付し、重複する説明を略する場合がある。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、先行して説明している形態と同様とする。実施の各形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施の形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0038】
図4の例では、外輪2の軸方向両側に外輪傾斜面2bを設けている。さらに、前記外輪2の軸方向両側に隣接して環状のグリース溜り間座4を設けている。図4に示すように、外輪2の軸方向両側に、各外輪傾斜面2bに臨む軸受内挿入部11を含む前記グリース溜り間座4,4を設けたため、軸受に必要な潤滑油をこの軸受の両側からより多く供給することができる。したがって、グリース潤滑で長寿命化を図ることができる。
【0039】
図5および図6の例では、工作機械の縦形の主軸13を転がり軸受により支持している。図5点線A2内に表される主軸基端側の円筒ころ軸受において、この外輪2の軸方向両側にグリース溜り間座4,4を設けている。さらに、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜り間座4に分けて封入している。例えば、下側のグリース溜り間座4に封入したグリースの油分離率が、上側のグリース溜り間座4に封入したグリースの油分離率よりも大としている。
【0040】
ここで、同一の成分で油分離率が異なるグリースをグリース溜り間座4へ封入するグリースを選定する目的として、以下に示すような基礎試験を行った。
試験条件としては、回転速度:13500min−1、試験機:遠心分離機、封入グリース量50g(n=6)、測定方法:各測定時間毎に分離した油を抜いた試験片の重さから油分離率を計算した。
【0041】
また、試験を実施した各グリースの性状を表3に示す。
【表3】
【0042】
前記試験条件で基礎試験を行った結果、図7に示す試験結果が得られた。この試験結果から、上側のグリース溜り間座4に表3のグリースBを封入し、下側のグリース溜り間座4に上記表のグリースS(基油分離率が上記に示したグリースS,Bより多いと、初期運転時に多く基油が軸受へ供給されることになり、早期に潤滑がなくなる懸念点がある。グリース潤滑で長寿命を考慮すると、不利であることからグリースNを採用していない。)を封入した。上下のグリース溜り間座4に、これらのグリースを採用することで、軸受に必要な潤滑油をより多く供給し得る。
【0043】
図8の例では、各グリース溜り間座4の内部を、内径側と外径側とに仕切り部材14を設けている。また、内輪1にグリースの基油を吐出する基油吐出孔15を、グリース溜り間座4に設けている。仕切り部材14で仕切られたグリース溜り間座4の内部の一方(「第1グリース溜り部4a」と称す)と、基油吐出すきまδ1とを連通させ、且つ、グリース溜り間座4の内部の他方(「第2グリース溜り間座部4b」と称す)と、基油吐出孔15とを連通させている。
グリース溜り間座4のうち基油吐出孔15は円周方向一定間隔おきに形成される。各基油吐出孔15は、内輪1の斜面部1bがある径方向高さ位置で、軸方向に貫通するように形成される。グリース溜り間座4において、これら基油吐出孔15が形成される吐出孔形成部16は、内輪1の斜面部1bに対し所定の隙間δ3を介して対向するように設けられる。
【0044】
図8の構成によると、第1グリース溜り間座部4aにおいて基油が、内部圧力、温度上昇による体積膨張、および空気流により、外輪軌道面2aに向けて吐出される。これと同時に、第2グリース溜り間座部4bにおいて基油が、内部圧力、温度上昇による体積膨張、および内輪1の斜面部1bの回転で生じる空気流により内輪1の斜面部1bに向けて吐出される。このようにグリースの基油を内外輪1,2に同時供給することで、いずれかの軌道輪が潤滑不良となることを防止することができ、これにより軸受の長寿命化を図れる。
この図8の構成において、第1グリース溜り間座部4aに表3のグリースBを封入し、第2グリース溜り部4bに表3のグリースSを封入しても良い。これらのグリースを第1,第2グリース溜り部4a,4bに封入することで、軸受に必要な潤滑油をより多く供給し得る。
【0045】
図9の例では、転がり軸受としてアンギュラ玉軸受が適用される。内外輪1,2間の軸受空間の一端は、シール17によって密封されている。このシール17は軸受背面側の端部に設けられ、グリース溜り間座4Aは軸受正面側に設けられる。このグリース溜り間座4Aの軸受内挿入部11の先端面は、外輪2の段差面2cとの間に、グリース基油の滲み出し用の軸方向すきまを形成する。
【0046】
このグリース溜り間座4A内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品18を設けている。ピストン状部品18は環状板から成りグリース溜り間座4Aの内部を軸方向に摺動する。このピストン状部品18に、グリース溜り間座4A外部からの流体圧(この例では微小圧縮空気による圧力)を受けて同ピストン状部品18を変位させる作動部19を設けている。ハウジング20には、作動部19の軸方向変位を許容し、且つこの作動部19に微小圧縮空気を作用させる孔20aが形成されている。図示外の圧縮空気供給源から前記孔20aに微小圧縮空気を供給し、作動部19の先端面19aに微小圧縮空気による圧力を与える。これによりピストン状部品18を軸方向一方に変位させるようになっている。グリース溜り間座4Aの基端壁部21には、作動部19のロッド19bを移動自在に支持する貫通孔が形成されている。また、ピストン状部品18の外周面および内周面に、環状溝18a,18bをそれぞれ形成している。これら外周面および内周面が、グリース溜り間座4Aの内部との摺動面となる。環状溝18a,18bには、基油漏れ防止用のOリングからなる密封材22をそれぞれ設けている。これら密封材22により、グリース溜り間座4A内に封入したグリースから分離した基油の漏れを防止する。
【0047】
図9の構成によると、運転時の温度上昇によりグリース溜り間座4Aの内部の基油が増稠剤から分離する。同時に密閉されたグリース溜り間座4A内部の内部圧力が上昇する。分離された基油は、前記軸方向すきまを経て、前記内部圧力により、外輪軌道面2aに向けて吐出される。
さらに、運転で生じる外輪2の温度上昇により、グリース溜り間座4Aと、ピストン状部品18によって仕切られたグリース溜り間座の内部とに膨張差を生じる。この場合において、ピストン状部品18を軸方向一方に常時押圧する。これにより、軸受運転時においてグリース溜り間座4Aの内部の所期の膨張差を維持することができ、このグリース溜り間座4Aの内部においてグリースから分離された基油を軸受へ円滑に安定して供給することができる。例えば、ハウジング20等に設けた図示外の冷却手段により、運転中外輪2があまり温度上昇しない場合であっても、ピストン状部品18を軸方向一方に常時押圧することで、所期の膨張差を維持できる。
【0048】
ピストン状部品18のうちグリース溜り間座4Aの内部との移動面に環状溝18a,18bを形成し、この環状溝18a,18bに密封材22,22を設けたため、グリース溜り間座4Aの内部と、ピストン状部品18の移動面との間の僅かなすきまから、分離した基油が漏れることを防止できる。よって、軸受へ基油を円滑に供給することができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。なお、図9の構成において、ピストン状部品18に、環状溝18a,18bおよび密封材22を設けない構成にしても良い。
【0049】
図9の構成において、グリース溜り間座4Aとは熱膨張係数が異なるピストン状部品18を、グリース溜り間座4Aに設けても良い。グリース溜り間座4Aが鉄製であれば、ピストン状部品18は樹脂材料製のものを適用し得る。この樹脂材料としては、例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリアミド(PA)、ABS樹脂、ポリスチレン、ポリアセタール(POM)系等の樹脂材料であれば良いが、寸法変化の原因の一つである吸水率が低く、強度、弾性に優れるポリプロピレン(PP)とポリアセタール(POM)が望ましい。
ここで、各種樹脂材料の20℃における線膨張係数は次の通りである。
PPS 1.95×10−5/℃、PA66 10×10−5/℃、POM 8.3 ×10−5/℃、PEEK 3.1×10−5/℃
この構成によると、運転で生じる外輪2の温度上昇により、グリース溜り間座4Aと、ピストン状部品18によって仕切られたグリース溜り間座4Aの内部とに膨張差を生じる。また、運転で生じる外輪2の温度上昇により、グリース溜り間座4Aとピストン状部品18との膨張差を生じる。さらに前述のようにピストン状部品18を軸方向一方に常時押圧することで、積極的に軸受への潤滑油の供給ができ、軸受の長寿命化に寄与することができる。
【0050】
図10に示すように、図1の構成において、グリース溜り間座4に外輪蓋間座を設けない構成にしても良い。この構成では、外輪固定間座10および外周内周面2dと、グリース溜り形成部品9とで囲まれる内部空間にグリースが溜められる。この構成においても、軸受内挿入部11の凹凸形状を成す先端部11aと、外輪傾斜面2bとで、基油吐出すきまδ1を形成したため、従来構造よりも、基油吐出すきまδ1を転動体3に接近させることができる。このため、グリース溜り間座4から吐出した潤滑油をより効果的に軸受へ供給することができる。
【0051】
図11に示すように、図9の構成において、外輪2に段差面を設けず、テーパ面とした外輪2の正面側の内周面2dに沿って外輪蓋間座8を嵌合させ、軸受内挿入部11における先端のテーパ状外周面と、外輪2の正面側の内周面2dとの間に、グリース溜り間座4Aの内部に連通する傾斜すきまδ4を形成しても良い。
図12に示すように、図9の構成において、グリース溜り間座4Aに外輪蓋間座を設けない構成にしても良い。
【0052】
図13に示すように、図9の構成において、外輪固定間座を設ける代わりに、外輪2にグリース溜り形成用の幅方向に延びる軌道輪延長部2fを設けても良い。グリース溜まり形成部品9は、その軸受内と反対側の側壁部9eが、軌道輪延長部2fの内径面に設けられた位置決め用段差面2gに当接し、かつ位置決め用段差面2gの近傍に設けられた止め環溝に嵌合する止め環23により、外輪2に対して正規の軸方向位置に位置決め状態に固定される。グリース溜まり形成部品9の側壁部9eの軸受外向き面における外径縁には、テーパ状の切欠部24が設けられ、この切欠部24と止め環23との間に、密封材25が介在させてある。密封材25はOリングからなる。
内輪1の幅は、図示のように、外輪2の軌道輪延長部2fを含む幅と同じ幅としても良く、また軌道輪延長部を有しない幅としても良い。
【符号の説明】
【0053】
1…内輪
2…外輪
1a,2a…軌道面
2b…外輪傾斜面
3…転動体
4…グリース溜り間座
6…鍔
8…外輪蓋間座
9…グリース溜り形成部品
11…軸受内挿入部
11a…先端部
13…主軸
14…仕切り部材
15…基油吐出孔
18…ピストン状部品
19…作動部
18a,18b…環状溝
22…密封材
δ1…基油吐出すきま
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、
前記外輪に、この外輪軌道面に続き同外輪軌道面に近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面を設け、
前記外輪に隣接し、または外輪の内周に配置されて内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座を設け、
このグリース溜り間座は、先端部が前記外輪軌道面近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面に臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部を含み、この軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面とで、グリース溜り間座内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成したことを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
請求項1において、前記外輪の軸方向両側に、前記外輪傾斜面をそれぞれ設けると共に、各外輪傾斜面に臨む軸受内挿入部を含む前記グリース溜り間座をそれぞれ設けた転がり軸受。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、前記グリース溜りの内部を仕切る仕切り部材を設け、この仕切り部材で仕切られたグリース溜り間座の内部の一方と、前記基油吐出すきまとを連通させ、
前記内輪にグリースの基油を吐出する基油吐出孔を前記グリース溜りに設け、前記仕切り部材で仕切られたグリース溜り間座の内部の他方と、前記基油吐出孔とを連通させた転がり軸受。
【請求項4】
請求項2において、前記転がり軸受が、上下に伸びる縦形の主軸を支持するものであり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜り間座に分けて封入した転がり軸受。
【請求項5】
請求項4において、下側のグリース溜りに封入したグリースの油分離率が、上側のグリース溜り間座に封入したグリースの油分離率よりも大である転がり軸受。
【請求項6】
請求項3において、前記転がり軸受が内輪鍔を有する円筒ころ軸受であり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、グリース溜り間座の内部の一方と他方とに分けて封入した転がり軸受。
【請求項7】
請求項5において、上側のグリース溜りに表1のグリース性状のうちグリースBを封入し、下側のグリース溜り間座にグリースSを封入した転がり軸受。
【表4】
【請求項8】
請求項6において、グリース溜り間座の内部の前記一方に、表2のグリース性状のうちグリースBを封入し、グリース溜り間座の内部の前記他方にグリースSを封入した転がり軸受。
【表5】
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項において、前記グリース溜り間座は、少なくとも外輪の内周面に嵌合する外輪蓋間座と、この外輪蓋間座と協働してグリースを溜める内部の空間を形成するグリース溜り形成部品とを有する転がり軸受。
【請求項10】
内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、
前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、
このグリース溜り内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品を設け、このピストン状部品に、グリース溜り間座外部からの流体圧を受けて同ピストン状部品を変位させる作動部を設けたことを特徴とする転がり軸受。
【請求項11】
請求項10において、前記ピストン状部品のうちグリース溜り間座の内部との摺動面に環状溝を形成し、この環状溝に密封材を設けた転がり軸受。
【請求項12】
請求項11において、前記グリース溜り間座とは熱膨張係数が異なるピストン状部品を、グリース溜りに設けた転がり軸受。
【請求項13】
請求項12において、樹脂材料からなるピストン状部品を採用し、このピストン状部品の熱膨張係数が前記グリース溜り間座の熱膨張係数よりも大きいものとした転がり軸受。
【請求項14】
請求項13において、前記ピストン状部品をポリプロピレンまたはポリアセタールからなるものとした転がり軸受。
【請求項15】
請求項1ないし請求項14のいずれか1項において、前記転がり軸受を工作機械の主軸の支持、または産業機械用の軸受に用いた転がり軸受。
【請求項1】
内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、
前記外輪に、この外輪軌道面に続き同外輪軌道面に近づく程内径側に位置するように傾斜する外輪傾斜面を設け、
前記外輪に隣接し、または外輪の内周に配置されて内部にグリースを溜める環状のグリース溜り間座を設け、
このグリース溜り間座は、先端部が前記外輪軌道面近傍まで挿入されて前記外輪傾斜面に臨み、且つ、前記先端部が円周方向に沿って凹凸形状を成す軸受内挿入部を含み、この軸受内挿入部の凹凸形状を成す先端部と前記外輪傾斜面とで、グリース溜り間座内に溜めたグリースの基油を吐出する基油吐出すきまを形成したことを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
請求項1において、前記外輪の軸方向両側に、前記外輪傾斜面をそれぞれ設けると共に、各外輪傾斜面に臨む軸受内挿入部を含む前記グリース溜り間座をそれぞれ設けた転がり軸受。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、前記グリース溜りの内部を仕切る仕切り部材を設け、この仕切り部材で仕切られたグリース溜り間座の内部の一方と、前記基油吐出すきまとを連通させ、
前記内輪にグリースの基油を吐出する基油吐出孔を前記グリース溜りに設け、前記仕切り部材で仕切られたグリース溜り間座の内部の他方と、前記基油吐出孔とを連通させた転がり軸受。
【請求項4】
請求項2において、前記転がり軸受が、上下に伸びる縦形の主軸を支持するものであり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、上下のグリース溜り間座に分けて封入した転がり軸受。
【請求項5】
請求項4において、下側のグリース溜りに封入したグリースの油分離率が、上側のグリース溜り間座に封入したグリースの油分離率よりも大である転がり軸受。
【請求項6】
請求項3において、前記転がり軸受が内輪鍔を有する円筒ころ軸受であり、同一の成分で油分離率が異なるグリースを、グリース溜り間座の内部の一方と他方とに分けて封入した転がり軸受。
【請求項7】
請求項5において、上側のグリース溜りに表1のグリース性状のうちグリースBを封入し、下側のグリース溜り間座にグリースSを封入した転がり軸受。
【表4】
【請求項8】
請求項6において、グリース溜り間座の内部の前記一方に、表2のグリース性状のうちグリースBを封入し、グリース溜り間座の内部の前記他方にグリースSを封入した転がり軸受。
【表5】
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項において、前記グリース溜り間座は、少なくとも外輪の内周面に嵌合する外輪蓋間座と、この外輪蓋間座と協働してグリースを溜める内部の空間を形成するグリース溜り形成部品とを有する転がり軸受。
【請求項10】
内輪、外輪、およびこれら内外輪の軌道面間に介在した複数の転動体を有する転がり軸受において、
前記内輪および外輪のうち、回転しない固定側軌道輪の周面に一部が嵌合して内部にグリースを溜めかつ内端にグリースの基油を滲み出させる基油吐出口を有する環状のグリース溜りを設け、
このグリース溜り内に、グリース溜り間座の内部を仕切って容積を変位自在に構成したピストン状部品を設け、このピストン状部品に、グリース溜り間座外部からの流体圧を受けて同ピストン状部品を変位させる作動部を設けたことを特徴とする転がり軸受。
【請求項11】
請求項10において、前記ピストン状部品のうちグリース溜り間座の内部との摺動面に環状溝を形成し、この環状溝に密封材を設けた転がり軸受。
【請求項12】
請求項11において、前記グリース溜り間座とは熱膨張係数が異なるピストン状部品を、グリース溜りに設けた転がり軸受。
【請求項13】
請求項12において、樹脂材料からなるピストン状部品を採用し、このピストン状部品の熱膨張係数が前記グリース溜り間座の熱膨張係数よりも大きいものとした転がり軸受。
【請求項14】
請求項13において、前記ピストン状部品をポリプロピレンまたはポリアセタールからなるものとした転がり軸受。
【請求項15】
請求項1ないし請求項14のいずれか1項において、前記転がり軸受を工作機械の主軸の支持、または産業機械用の軸受に用いた転がり軸受。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2011−75093(P2011−75093A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230471(P2009−230471)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]