説明

転がり軸受

【課題】運転時に液体水素中や液体酸素中といった極低温環境下で使用されても、軸受として安定した機能を発揮して信頼性の向上を達成できる転がり軸受を提供する。
【解決手段】内輪2と、外輪3と、内輪2と外輪3との間に介装される転動体4と、転動体4を保持する保持器5とを備えた転がり軸受である。保持器5の母材表面7における少なくとも転動体対応面15および案内面対応面16に複合層が形成される。複合層8は、多孔質部材9にフッ素系樹脂が含浸されてなる樹脂含浸層10と、樹脂含浸層10を被覆して表層を構成するフッ素系樹脂層11とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受に関し、特に、運転時に液体水素中や液体酸素中といった極低温環境下で使用されるロケットエンジンターボポンプ用の転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
ロケットエンジンターボポンプ用軸受は、運転時に液体水素中、液体酸素中といった極低温環境下で使用される。すなわち、液体酸素中では−183℃の極低温環境に曝され、液体水素中では−253℃の極低温環境に曝される。このため、軸受潤滑方法にオイル潤滑、グリース潤滑を使用することはできず、一般的には固体潤滑方法が採用される。
【0003】
この固体潤滑方法としては、保持器に対して固体潤滑剤(フッ素系樹脂)を付与し、軸受回転時にこの固体潤滑剤を転動体へ移着させる方法がある。
【0004】
また、ロケットエンジンターボポンプ用軸受は、dn値(内輪内径mm×内輪回転数min-1)が160万を越える高速回転で使用される場合がある。このため、保持器にはフープ応力が働くため、強度確保が必要になる(または保持器材料の比重低減)。
【0005】
そのため、従来には、保持器をガラス繊維強化PTFE複合材料にて構成したものがある(特許文献1)。ガラス繊維強化PTFE複合材料は、ガラス織布に自己潤滑性を有するPTFEを含浸して形成したものである。すなわち、保持器表面のフッ素系樹脂で固体潤滑性を確保し、保持器強度をガラス織布にて確保する構造としている。
【0006】
また、従来には、アルミニウム合金等からなる保持器母材(保持器本体)と、この保持器本体を被覆する固体潤滑膜とで構成したものがある(特許文献2)。すなわち、固体潤滑膜(コーティング材)で固体潤滑性を確保し、保持器強度を母材のアルミニウム合金にて確保する構造としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公平2−20854号公報
【特許文献2】特開2006−220240号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記したように、ロケットエンジンターボポンプ用軸受は高速回転で使用される。このため、前記特許文献1や特許文献2等のように、保持器表面にフッ素系樹脂部(層)を設けたとしても、転動体摺動面および案内面が、軸受相手材(内輪もしくは外輪の保持器案内面、転動体)との間で摺動する。このため、フッ素系樹脂層の摩耗の進展や剥離の懸念がある。摩耗の進展や剥離が発生した場合、ガラス織布部あるいはアルミニウム合金母材表面が露出してしまい、軸受相手材との間で接触が生じ、より軸受の信頼性を上げる必要がある。
【0009】
そこで、本発明は斯かる実情に鑑み、運転時に液体水素中や液体酸素中といった極低温環境下で使用されても、軸受として安定した機能を発揮して信頼性の向上を達成できる転がり軸受を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の転がり軸受は、内輪と、外輪と、内輪と外輪との間に介装される転動体と、転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受において、保持器の母材表面における少なくとも転動体対応面および案内面対応面に複合層が形成され、複合層は、多孔質部材にフッ素系樹脂が含浸されてなる樹脂含浸層と、この樹脂含浸層を被覆して表層を構成するフッ素系樹脂層とを備えているものである。フッ素系樹脂とは、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)のように分子中にフッ素原子を含んで構成されるものである。
【0011】
本発明の第2の転がり軸受は、内輪と、外輪と、内輪と外輪との間に介装される転動体と、転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受において、保持器の母材表面における少なくとも転動体対応面および案内面対応面に複合層が形成され、複合層は、金属マトリクス内にフッ素樹脂粒子を分散させてなる粒子分散層と、粒子分散層を被覆して表層を構成するフッ素系樹脂層とを備えているものである。
【0012】
本発明の第1及び第2の転がり軸受によれば、保持器において、少なくとも転動体摺動面および案内面は、表層がフッ素系樹脂層である複合層にて被覆されている。フッ素系樹脂は、自己潤滑性に優れ、優れた滑り性を発揮することができる。また、保持器母材によって、保持器としての強度を確保できる。
【0013】
しかも、複合層において、表層のフッ素系樹脂層に摩耗が進展したり、剥離が発生したりしても、第1の転がり軸受では、複合層の樹脂含浸層も自己潤滑性を有し、優れた滑り性を発揮することができ、第2の転がり軸受では、複合層の粒子分散層も自己潤滑性を有し、優れた滑り性を発揮することができる。すなわち、表層に剥離等が発生しても、複合層の樹脂含浸層や粒子分散層にて、滑り性を発揮でき、しかも保持器母材を保護することができる。
【0014】
ところで、接着面の微細な凹凸に接着剤が入り込んで硬化することで接着力が高まる効果(アンカー効果)がある。本発明における複合層は、樹脂含浸層や粒子分散層におけるフッ素系樹脂層側の面が、微細な凹凸を有する前記接着面と呼ぶことができ、このアンカー効果を生じる。このため、複合層におけるフッ素系樹脂層はアンカー効果により優れた密着性を発揮することになる。なお、アンカー効果を、投錨効果やファスナー効果と呼ぶこともある。
【0015】
第1の転がり軸受においては、樹脂含浸層の多孔質部材を溶射によって形成することができる。溶射とは、コーティング材料を、加熱により溶融もしくは軟化させ、微粒子状にして加速し被覆対象物表面に衝突させて、偏平に潰れた粒子を凝固・堆積させることにより皮膜を形成するコーティング方法である。フッ素系樹脂層のフッ素系樹脂は、樹脂含浸層のフッ素系樹脂の内部含有率を越えているのが好ましい。
【0016】
第2の転がり軸受においては、粒子分散層はフッ素樹脂粒子が分散した金属めっき層にて構成できる。フッ素系樹脂層のフッ素系樹脂は、粒子分散層のフッ素系樹脂の内部含有率を越えているのが好ましい。
【0017】
複合層に用いる金属を軟金属(軟質金属)とすることができる。ここで、軟金属とは軸受鋼のような硬質金属と接触しても相手材を傷つけ難く、自己潤滑性のある金属であり、例えば、銅(Cu)、銀(Ag)、金(Au)等である。
【0018】
保持器は、母材上に、前記複合層に用いる金属と同種材質の下地めっきが施され、この下地めっき上に前記複合層が形成されているものであってもよい。このように、下地めっきを施すことによって、複合層の母材への密着性の向上を図ることができる。
【0019】
保持器の母材を高強度低比重部材にて構成するのが好ましい。ここで、高強度低比重部材とは、アルミニウム合金、チタン、セラミックス等の比強度(低比重かつ高材料強度)の高い材質である。
【0020】
前記転がり軸受としてはロケットエンジン用ターボポンプに使用するのが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の転がり軸受における保持器は、フッ素系樹脂層が優れた滑り性を発揮することができ、保持器母材によって、保持器としての強度を確保できる。また、保持器の表層のフッ素系樹脂層に摩耗が進展したり、剥離が発生したりしても、樹脂含浸層や粒子分散層が優れた滑り性を発揮することができ、しかも、保持器の樹脂含浸層や粒子分散層にて保持器母材を有効に保護することができる。さらには、保持器においては、アンカー効果によりフッ素系樹脂層の密着性が向上し、摺動時(回転時)における信頼性を向上させること、つまり、相手側部材に対する攻撃性の低減を図ることがきる。ここで、相手側部材に対する攻撃性とは、相手側部材に対する摩耗性や損傷性等である。
【0022】
このように、本発明の転がり軸受は、保持器が自己潤滑性を優れ、運転時に液体水素中や液体酸素中といった極低温環境下で、高速回転で使用されるロケットエンジン用ターボポンプ用に最適となる。
【0023】
樹脂含浸層の多孔質部材は溶射にて構成でき、また、粒子分散層はフッ素樹脂粒子が分散した金属めっき層にて構成できるので、これらの形成には、既存の設備をそのまま使用でき、低コストを図ることができる。また、フッ素系樹脂層のフッ素系樹脂を樹脂含浸層や粒子分散層のフッ素系樹脂含有率を超えたものとすることによって、より安定した滑り性を発揮することができる。
【0024】
複合層に用いる金属を軟金属とすることによって、樹脂含浸層や粒子分散層における相手部材側との接触時の信頼性を向上させることができる。
【0025】
下地めっきを施すことによって、複合層の母材への密着性の向上を図ることができ、転がり軸受として、長期にわたって安定した機能を発揮することができる。
【0026】
保持器の母材を高強度低比重部材にて構成することによって、保持器は、高強度でかつ軽量化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態を示す転がり軸受の断面図である。
【図2】保持器の要部拡大断面図である。
【図3】他の保持器の要部拡大断面図である。
【図4】保持器の要部拡大簡略断面図である。
【図5】保持器と転動体との関係を示し、(a)は回転初期段階の要部拡大簡略図であり、(b)は転動体に固体潤滑剤が移着した状態の要部拡大簡略図であり、(c)はフッ素系樹脂層の一部が剥離した状態を示す要部拡大簡略図である。
【図6】ロケットエンジン用ターボポンプを示す簡略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態を図面に従って説明する。図6は、本発明に係る転がり軸受(アンギュラ軸受1)を組み込んだ液体ロケットエンジンのターボポンプを示す。本実施の形態におけるターボポンプは、液体水素/液体酸素2段燃焼式ロケットエンジンの液体酸素側を圧縮するものである。ターボポンプは大きく分けると、タービン室29、主ポンプ室30およびプリバーナポンプ室31から構成される。なお、図示は省略するが、液体水素/液体酸素2段燃焼式ロケットエンジンは、液体水素側を圧縮する同様のターボポンプも備えている。
【0029】
遠心型ポンプとしての役割を有する主ポンプ室30には、案内羽根38および羽根車39を備えており、これらが回転する軸を、その軸に対向するように配置される部材に対して回転自在に支持するアンギュラ玉軸受1が備えられている。液体酸素は、主ポンプ入口36から主ポンプ室30の内部に流入し、インデューサ37を経て案内羽根38および羽根車39に達する。そして、案内羽根38および羽根車39の回転による遠心力により、流入した液体酸素は圧縮され、主ポンプ出口40からいったんターボポンプの外部へ流出する。
【0030】
主ポンプ出口40からターボポンプの外部へ流出した液体酸素は、ガス入口32からタービン室29およびプリバーナポンプ室31の内部へ流入する。タービン室29においては、ガス入口32からガス出口33へ流れるプリバーナからの一次燃焼ガスによりタービン動翼34が駆動され、約18000min-1の高速回転に達する。その回転はタービン軸35により各アンギュラ玉軸受1に伝達されるが、そのdn値は最大82万である。なお、液体水素側を圧縮するターボポンプのアンギュラ玉軸受1のdn値は、最大172万の超高速回転になる。また、プリバーナポンプ室31側のアンギュラ玉軸受1には、プリバーナポンプ入口41から液体酸素が流入する。つまり、これらのアンギュラ玉軸受1は、−183℃の極低温環境に曝されている。なお、液体水素側を圧縮するターボポンプのアンギュラ玉軸受1は、−253℃の極低温環境に曝される。
【0031】
アンギュラ玉軸受(転がり軸受)1は、図1に示すように、外周面に軌道面2aが形成された内輪2と、内周面に軌道面3aが形成された外輪3と、この内輪2の軌道面2aと外輪3の軌道面3aとの間に介装される転動体4と、この転動体4を保持する保持器5とを備えている。この転動体4としてボール4Aが用いられる。
【0032】
ところで、アンギュラ玉軸受1は、転動体4と内輪2・外輪3との接触点を結ぶ直線が、ある角度を持っているものであり、ラジアル荷重と一方のアキシアル荷重を負荷することができる。また、ラジアル荷重が作用すると、アキシアル分力が生じる。このため、図5に示すように、2個を対向させて用いている。
【0033】
内輪2、外輪3、及びボール4Aは、通常の軸受材料を使用することができ、例えば、マルテンサイト系ステンレス鋼を用いることができる。なお、ボール4Aとしては、セラミックスボールであってもよい。セラミックスを使用する場合、窒化珪素(Si34)、炭化珪素(SIC)、アルミナ(AI23)、ジルコニア(ZrO2)、サイアロン等が挙げられる。
【0034】
保持器5は短円筒形状体であって、その周壁に、周方向に沿って所定ピッチでポケット6が形成され、各ポケット6に前記ボール4Aが保持されている。この場合、外輪3で保持器5を案内する外輪案内タイプである。
【0035】
保持器5は、図2に示すように、保持器本体(保持器母材)7と、この保持器母材7を被覆する複合層8とからなる。保持器母材7はアルミニウム合金、チタン、セラミック等の比強度(密度あたり引っ張り強さ)の高い材質からなる。ここで、比強度の高い材質とは、低比重かつ高材料強度の材質(高強度低比重部材の材質)である。具体的には、高速回転によるフープ応力に耐えるため、90kN・m/kg程度以上であり、銅材よりも比強度が高い。
【0036】
複合層8は、多孔質部材9にフッ素系樹脂が含浸されてなる樹脂含浸層10と、この樹脂含浸層10を被覆して表層を構成するフッ素系樹脂層11とを備えたものである。多孔質部材9を軟金属(軟質金属)から構成できる。ここで、軟金属(軟質金属)とは、軸受鋼のような硬質金属と接触しても相手材を傷つけ難く、自己潤滑性のある金属であり、銅(Cu)、銀(Ag)、金(Au)等である。気孔径および気孔率が小さすぎると樹脂含浸層の潤滑性が低下し、大きすぎると母材との密着性が低下するため、その気孔径は、例えば、0.0001mm〜0.1mm程度とされ、気孔率は、例えば、5%〜70%とされる。また、フッ素系樹脂層11のフッ素系樹脂は、樹脂含浸層10のフッ素系樹脂の内部含有率を越えている。
【0037】
多孔質部材9としては例えば溶射によって形成することができる。具体的には、前記軟質金属の粉末をその融点付近まで温度を高めて母材7に吹き付ける。そして、多孔質部材9を形成後は、真空含浸法等によって、この多孔質部材9の気孔にフッ素系樹脂を含浸させるとともに、多孔質部材9に対する表層として、フッ素系樹脂層11を形成することができる。フッ素系樹脂は、分子中にフッ素原子を含んで構成されるものである。例えば、テトラフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、クロロトリフルオロエチレン、ビニリデンフルオライド、ビニルフルオライド等の重合体又は共重合体が用いられる。これらはエチレン、プロピレン、塩化ビニリデン、パーフルオロアルキルビニルエーテル等のビニル系モノマーとの共重合体として用いることもできる。これらの中でポリテトラフルオロエチレン、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリビニルフルオライドが好ましく、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体である。特に、本発明においては、優れた個体潤滑性を発揮するものを採用することができ、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が最適である。
【0038】
このような複合層8を母材7の表面に直接的に形成してもよいが、図2に示すように、母材7の表面に下地めっき12を施すようにするのが好ましい。下地めっき12は、多孔質部材9、つまり溶射金属と同じ材質が好ましい。下地めっき12を施す場合、電気めっき、無電解めっき、溶融めっき等の種々のめっき法を採用することができる。
【0039】
このように構成された複合層8の肉厚(厚さ寸法)は、複合層の摩耗による保持器母材の露出、複合層のはく離を抑えるため、例えば、0.05mm〜0.5mm程度とされる。樹脂含浸層10とフッ素系樹脂層11の肉厚は、それぞれの合計が複合層8の肉厚に収まるように施され、転動体への樹脂の移着性および耐摩耗性を考慮して、樹脂含浸層10の肉厚は、例えば、0.02mm〜0.4mm程度とされ、フッ素系樹脂層11の肉厚は、例えば、0.02mm〜0.4mm程度とされる。また、下地めっき12の肉厚は、例えば、0.01mm〜0.05mm程度とされる。
【0040】
ところで、複合層8は、保持器5の母材7の表面全体を被覆するものであってもよいが、図4に示すように、少なくとも、母材表面のうち転動体対応面15および案内面対応面(母材外径面)16を被覆するものであってもよい。すなわち、転動体対応面15を被覆する複合層8表層が、転動体4が転動する転動体摺動面(ポケット6の内面6a)となり、案内面対応面16を被覆する複合層8表層が外輪3の内径面に対向する保持器外径面14である。
【0041】
次に図3では、複合層8が、金属マトリクス18内にフッ素樹脂粒子19を分散させてなる粒子分散層20と、粒子分散層20を被覆して表層を構成するフッ素系樹脂層11とからなる。すなわち、粒子分散層20は、金属マトリクス複合材料(MMC)である。ここで、金属マトリクス複合材料は、金属を母相とする複合材料で、強化材の形態や強化メカニズムの相違から粒子強化分散型と繊維強化型に大別される。前者は、金属マトリクス内にセラミックス粒子などを分散させ、金属の変形抵抗を向上させたもので、異方性がない。後者は、強化した繊維が並んでいる方向には強く異方性が強い。比強度や比剛性に優れているなどの長所を持つ。従って、この図3に示す粒子分散層20は、この前者の粒子強化分散型の金属マトリクス複合材料である。
【0042】
金属マトリクス18は、前記多孔質部材9と同様、銅(Cu)、銀(Ag)、金(Au)等の軟金属(軟質金属)からなる。なお、フッ素樹脂粒子19の粒径が小さすぎると粒子分散層の潤滑性が低下し、大きすぎると母材との密着性が低下するため、例えば粒径は、0.0001mm〜0.1mm程度とされる。この場合も、母材7に表面に下地めっき12を施している。また、フッ素系樹脂層11のフッ素系樹脂は、粒子分散層20のフッ素系樹脂の内部含有率を越えている。
【0043】
次に図3に示す複合層8を形成する方法を説明する。まず、母材7表面に下地めっき12を施す。その後、フッ素樹脂粒子19が分散した分散液にこの母材7を浸漬させ、無電解めっきもしくは電解めっき(電気めっき)により複合層8を形成するものである。この場合の分散液は、例えば銅がイオン状態となっているめっき液(硝酸銅等)である。このため、このめっき液に母材7を浸漬すると、銅粒子がフッ素樹脂粒子19を取り込んだ形で母材7上にめっき12を介して析出する。従って、フッ素樹脂粒子19が分散してなる粒子分散層20と、この粒子分散層20を被覆するフッ素系樹脂層11が形成される。
【0044】
このように構成された複合層8の肉厚(厚さ寸法)は、複合層の摩耗による保持器母材の露出、複合層のはく離を抑えるため、例えば、0.05mm〜0.5mm程度とされる。また、粒子分散層20とフッ素系樹脂層11の肉厚は、それぞれの合計が複合層8の肉厚に収まるように施され、転動体への樹脂の移着性および耐摩耗性を考慮して、粒子分散層20の肉厚は、例えば、0.02mm〜0.4mm程度とされ、フッ素系樹脂層11の肉厚は、例えば、0.02mm〜0.4mm程度とされる。また、下地めっき12の肉厚は、例えば、0.01mm〜0.05mm程度とされる。
【0045】
ところで、この図3に示す複合層8であっても、保持器5の母材7の表面全体を被覆するものであってもよいが、図4に示すように、少なくとも、母材表面のうち転動体対応面15および案内面対応面16を被覆するものであってもよい。
【0046】
図3に示すように複合層8が形成されたものでは、初期段階においては、図5(a)に示すように、転動体4がフッ素系樹脂層11に対して転動することになる。そして、転動体4の転動によって、図5(b)に示すように、転動体4の表面にフッ素系樹脂層11のフッ素系樹脂(個体潤滑剤)が移着される。さらには、転動体4の転動によって、図5(c)に示すように、フッ素系樹脂層11に摩耗が進展したり、剥離が発生したりすることがある。しかしながら、このように剥離等が発生しても、滑り性にある粒子分散層20で母材7表面を保護することができる。なお、この作用効果について、図3に示す複合層8において説明したが、図2に示す複合層8であっても、同様の作用効果を奏する。
【0047】
このように、本発明の転がり軸受は、フッ素系樹脂層11が優れた滑り性を発揮することができ、保持器母材7によって、保持器としての強度を確保できる。また、表層のフッ素系樹脂層11に摩耗が進展したり、剥離が発生したりしても、樹脂含浸層10や粒子分散層20が優れた滑り性を発揮することができ、しかも、樹脂含浸層10や粒子分散層20にて保持器母材7を有効に保護することができる。
【0048】
ところで、接着面の微細な凹凸に接着剤が入り込んで硬化することで接着力が高まる効果(アンカー効果)がある。本発明における複合層8は、樹脂含浸層10や粒子分散層20のフッ素系樹脂層側の面が、微細な凹凸を有する前記接着面に対応することになり、このアンカー効果を生じる。このため、複合層におけるフッ素系樹脂層11はアンカー効果により優れた密着性を発揮することになる。なお、アンカー効果を、投錨効果やファスナー効果と呼ぶこともある。
【0049】
樹脂含浸層10の多孔質部材9は溶射にて構成でき、また、粒子分散層20はフッ素樹脂粒子が分散した金属めっき層にて構成できるので、これらの形成には、既存の設備をそのまま使用でき、低コストを図ることができる。また、フッ素系樹脂層11のフッ素系樹脂を樹脂含浸層10や粒子分散層20のフッ素系樹脂含有率を超えたものとすることによって、より安定した滑り性を発揮することができる。
【0050】
複合層8に用いる金属を軟金属とすることによって、樹脂含浸層10や粒子分散層20における相手部材側との接触時の信頼性を向上させることができる。下地めっき12を施すことによって、複合層8の母材8への密着性の向上を図ることができ、転がり軸受として、長期にわたって安定した機能を発揮することができる。保持器5の母材7を高強度低比重部材にて構成することによって、保持器5は、高強度でかつ軽量化を図ることができる。
【0051】
このように、本発明の転がり軸受は、保持器5が自己潤滑性に優れ、運転時に液体水素中や液体酸素中といった極低温環境下で、高速回転で使用されるロケットエンジン用ターボポンプ用に最適となる。
【0052】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、ボール4Aを保持するためのポケット6の数として、その数は任意に増減できる。また、前記実施形態では、外輪3で保持器5を案内する外輪案内タイプであったが、内輪2で保持器5を案内する内輪案内タイプであってもよい。このように、内輪案内タイプでは、複合層8にて、少なくとも、母材表面のうち転動体摺動面対応面15および母材内径面17(図4参照)を被覆するようにすればよい。もちろん、内輪案内タイプであっても、複合層8にて母材7表面全体を被覆するものであってもよい。また、軸受として、転動体にころを用いたころ軸受であってもよい。
【符号の説明】
【0053】
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 ポケット
7 保持器母材
8 複合層
9 多孔質部材
10 樹脂含浸層
11 フッ素系樹脂層
15 転動体対応面
16 案内面対応面
18 金属マトリクス
19 フッ素樹脂粒子
20 粒子分散層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、内輪と外輪との間に介装される転動体と、転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受において、
保持器の母材表面における少なくとも転動体対応面および案内面対応面に複合層が形成され、複合層は、多孔質部材にフッ素系樹脂が含浸されてなる樹脂含浸層と、この樹脂含浸層を被覆して表層を構成するフッ素系樹脂層とを備えていることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記樹脂含浸層の多孔質部材は溶射によって形成されることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記フッ素系樹脂層のフッ素系樹脂は、樹脂含浸層のフッ素系樹脂の内部含有率を越えていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
内輪と、外輪と、内輪と外輪との間に介装される転動体と、転動体を保持する保持器とを備えた転がり軸受において、
保持器の母材表面における少なくとも転動体対応面および案内面対応面に複合層が形成され、複合層は、金属マトリクス内にフッ素樹脂粒子を分散させてなる粒子分散層と、粒子分散層を被覆して表層を構成するフッ素系樹脂層とを備えていることを特徴とする転がり軸受。
【請求項5】
前記粒子分散層はフッ素樹脂粒子が分散した金属めっき層であることを特徴とする請求項4に記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記フッ素系樹脂層のフッ素系樹脂は、粒子分散層のフッ素系樹脂の内部含有率を越えていることを特徴とする請求項4又は請求項5に記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記複合層に用いる金属を軟金属としたことを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の転がり軸受。
【請求項8】
保持器は、母材上に、前記複合層に用いる金属と同種材質の下地めっきが施され、この下地めっき上に前記複合層が形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載の転がり軸受。
【請求項9】
保持器の母材を高強度低比重部材にて構成したことを特徴とする請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の転がり軸受。
【請求項10】
ロケットエンジン用ターボポンプに使用することを特徴とする請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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