説明

農薬を検出する方法およびバイオマイクロセンサ

【課題】農薬を検出する方法およびバイオマイクロセンサを提供する。
【解決手段】酵素、金ナノ粒子および無機触媒を表面に固定させた電極を用い、試料の電流変化を検出すると共に、検出されたデータを温度補償により調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農薬検出方法およびバイオマイクロセンサに関するものである。
【背景技術】
【0002】
生産量を増大させ農作物の外観を良くする目的で大量の農薬が使用されているが、このうちでも有機リン系農薬(organophosphorous compounds;OPCs)は、生体蓄積性が低く生体分解性が高いといった長所を持つため、有機塩素系農薬に代わり最も広範に用いられる農薬となっている。上記のような長所を持つ有機リン系農薬ではあるが、大量に使用すれば土壌、作物、地表水および工業排水中に残留し、人体の健康と自然環境に甚大な脅威を与えることになる。国際的にも、各国ですでに有機リン系農薬の管理・指導の強化が始まっており、飲用水、食品および工業排水に対して厳しい基準が定められている。
【0003】
有機リンは、生体内に取り込まれると、コリンエステラーゼ(ChE)の活性部位と不可逆的に結合してその酵素活性を阻害し、体内におけるアセチルコリン(ACh)の加水分解の速度を低下させ神経伝達を撹乱する。農薬自体の毒性、投与量および接触時間の差異により表れる症状は、疲労、吐気、眠気、視覚低下などとそれぞれ異なるが、ひどい場合には死に至ることさえある。
【0004】
従来、農薬の分析には主に化学的な方法(例えばHPLC、GC、GC−Mass、ICP−Massなど)が採られていた。こうした従来の実験室での化学機器による分析法は環境試料を精度よく検出・測定できるが、その前処理と分析工程が極めて煩雑であることに加え、機器が高価で体積が大きく、専門の訓練を受けた者でなければ操作することができないために、検出・測定に多額なコストがかかってしまい、汚染現場でのリアルタイムモニタリングに求められる要求を満たすことは基本的に不可能である。このような従来型の化学分析法では、市場への出荷を待つ農産物の農薬のリアルタイムな検出とスクリーニングを行おうとする場合に全く有用性を持たない。
【0005】
これに鑑みて、汚染物濃度を迅速にスクリーニング検査できると同時に、携帯性、操作容易性そして安価というメリットも兼ね備えたマイクロセンサが開発されるに至り、モニタリング検査技術研究開発の場において現在最も重視されている。
【0006】
さて、バイオセンサは、(1)固定化技術の応用により生体素子を繰り返し利用できコストが抑えられる、(2)生体認識素子の特異性が高く非目的物の干渉を回避できる、(3)操作が簡単、(4)感度が高く試料を少量しか必要としない、(5)応答が快速で分析時間を短縮できる、(6)デジタル信号として出力できるため微小化でき、携帯に便利で、現場での検出が可能、などの諸長所を持ち、従来の分析法の欠点を克服できるため、発展の潜在性を大いに秘めている。
【0007】
バイオセンサでは、その信号伝送素子の伝送能力の高低により、検出できる範囲に違いが出る。従来の電気化学バイオセンサは、信号伝送素子の伝送能力が劣り、検出限界がppmレベルにしか達せず各種バイオセンサのなかでも最低である。しかしその一方で、電気化学バイオセンサは、操作が容易で、設備コストと検出・測定コストが低い上に、有色、高濁度の試料も精度よく検出できるため、その技術的発展、確立が最も早くになされ、信頼性も高く、国内外を問わずかなりの数の研究成果が提示されている。電気化学バイオセンサが広範に使用されるまでに至らない主要因は、(1)操作時の酸化電位が高過ぎるため環境中の干渉物質も同時に酸化してしまいノイズが発生する、(2)検出時間が他の形式のバイオセンサに比べて長い、(3)検出限界の下限値が高過ぎて低濃度の汚染物検出は不可能であり応用範囲が狭まる、といった点にある。これら欠点を解消できれば、この種のバイオセンサの商業化は加速し、同時にその環境汚染検出における応用範囲が広がるであろう。(非特許文献1)
【0008】
【非特許文献1】S. Zhang, H. Zhao, R. John, Development of a quantitative relationship between inhibition percentage and both incubation time and inhibitor concentration for inhibition biosensors- theoretical and pratcical considerations, Biosensors & Bioelectronics, 16 (2001) 1119-1126.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述に鑑みて、本発明の目的は、農薬を検出する方法を提供することにある。
【0010】
本発明のもう1つの目的は、バイオマイクロセンサを提供することにある。
【0011】
本発明のもう1つの別な目的は、電流ノイズを低減する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明は、液体試料を準備する工程、酵素、金ナノ粒子および無機触媒がその表面に固定された少なくとも1つの電極に前記試料を接触させる工程、ならびに、前記電極から出力される電流信号を検出する工程、を備える農薬を検出する方法に関する。
前記酵素がアセチルコリンエステラーゼまたはコリンオキシダーゼであることが好ましい。
前記無機触媒がプルシアンブルー(Fe(CN)3−)であることが好ましい。
前記電極の表面への固定が電解重合法によって行われることが好ましい。
前記電解重合法が、電極の表面に重合によりポリピロールの膜を一層作り、ポリピロール膜上に酵素、金ナノ粒子および無機触媒を固定することが好ましい。
前記金ナノ粒子の濃度が0.5〜2.0ppmであることが好ましい。
前記金ナノ粒子の粒径が16.5〜20nmであることが好ましい。
前記電極が白金電極であることが好ましい。
前記試料を温度センサに接触させて前記試料の温度を検出する工程をさらに含むことが好ましい。
前記電流信号が試料の温度により温度補償処理されることが好ましい。
前記農薬が有機リンまたはカーバメイト系であることが好ましい。
前記電極および温度センサが平板上に配置されることが好ましい。
また、本発明は、電流信号を検出する少なくとも1つの電極、前記電流信号を受け取って処理し、前記電流信号を濃度データに変換する処理ユニット、および、前記濃度データを表示する表示ユニット、を備え、前記電極の表面に酵素、金ナノ粒子および無機触媒が固定されるバイオマイクロセンサに関する。
前記酵素がアセチルコリンエステラーゼまたはコリンオキシダーゼであることが好ましい。
前記無機触媒がプルシアンブルー(Fe(CN)3−)であることが好ましい。
前記電極の表面への固定が電解重合法によって行われることが好ましい。
前記電解重合法が、電極の表面に重合によりポリピロールの膜を一層作り、ポリピロール膜上に酵素、金ナノ粒子および無機触媒を固定することが好ましい。
前記金ナノ粒子の濃度が0.5〜2.0ppmであることが好ましい。
前記金ナノ粒子の粒径が16.5〜20nmであることが好ましい。
前記電極が白金電極であることが好ましい。
温度を検出して前記処理ユニットに転送する温度センサをさらに含むことが好ましい。
前記電流信号が前記検出された温度により温度補償処理されることが好ましい。
前記バイオマイクロセンサが農薬を検出するのに用いられることが好ましい。
前記農薬が有機リンまたはカーバメイト系であることが好ましい。
前記電極および温度センサが共に平板上に配置されることが好ましい。
また、本発明は、金ナノ粒子および無機触媒を、酵素が固定された電極の表面に固定する工程を含む電流ノイズを低減する方法に関する。
前記無機触媒がプルシアンブルー(Fe(CN)3−)であることが好ましい。
前記金ナノ粒子の粒径が16.5〜20nmであることが好ましい。
前記金ナノ粒子の濃度が0.5〜2.0ppmであることが好ましい。
電解重合法により前記電極表面に金ナノ粒子および無機触媒を固定することが好ましい。
前記電解重合法が、電極の表面に重合によりポリピロールの膜を一層作り、ポリピロール膜上に金ナノ粒子および無機触媒を固定することが好ましい。
前記酵素がアセチルコリンエステラーゼまたはコリンオキシダーゼであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、バイオテクノロジーとナノテクノロジーを結合させることにより実現した、酵素反応をベースとする電気化学バイオマイクロセンサに係るものである。かかる本発明によれば、現場における水環境中の汚染物の迅速かつ高感度な検出が可能となり、実験室における従来型の化学分析法に比して検出時間と費用を節約することができ、かつ、使用の便利性も飛躍的に向上する。
【0014】
本発明では、電解重合法により酵素を無機触媒および金ナノ粒と共に電極表面に固定しており、無機触媒の存在によって検出時に印加されるべき電圧値を低減することができるため、環境試料中に存在するその他の物質が酸化されることで生じるノイズが大幅に低減される。さらに、金ナノ粒子の高比表面積と高導電性という特性を利用して、酵素反応により発生する電流信号を増幅できるので、バイオマイクロセンサの感度が大幅に高まると同時に、検出限界の改善、検出時間の短縮が図られる。そして、実験結果に基づいて電流出力信号と分析対象物の濃度との間に存する関係を導き出し、その上で電流信号出力デジタル化システムを確立することによって実現された本発明のバイオマイクロセンサは、高感度、高速、高精度、低コスト、かつユーザフレンドリーであるといった諸長所を同時に兼ね備える。
【0015】
また、本発明に係るバイオマイクロセンサは重量がわずか1kg以下であり、かつ、10分間の検出時間内に水試料中の農薬を10ppb以下まで精確に測定することが可能である。このように本発明に係るバイオマイクロセンサは、従来のバイオセンサに比べて体積および重量が小さいだけでなく、検出限界が2桁も低い上、検出時間も短く、しかもコストは約10元(約35円)しかかからない。よって本発明によれば、汚染物検出の応用可能範囲が大幅に広がる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の提供する農薬を検出する方法は、試料を準備する工程、前記試料を少なくとも1つの電極に接触させる工程、および発生した電流を検出する工程を備える。前記電極表面には、酵素、金ナノ粒子および無機触媒が固定されている。
本発明の提供するバイオセンサは、その表面に酵素、金ナノ粒子および無機触媒が固定された少なくとも1つの電極、温度センサ、およびデータ処理表示装置を備え、農薬を検出するのに用いられる。
【0017】
本発明の提供する電流ノイズを低減する方法は、金ナノ粒子および無機触媒を、酵素が固定された電極表面に固定する工程を備える。
本発明のバイオマイクロセンサ創作にあたり、従来のバイオセンサの長所を残すことはもちろんのこと、環境因子による干渉の回避、生体認識素子の活性維持、検出時間の短縮、および検出限界の低下による応用範囲の拡大を実現することが、より重要な課題としてあった。かかる諸目的を達成するためには、電極の作製、生体認識素子の固定、電流信号の増幅、ノイズ消去と信号デジタル化、センサ微小化など、バイオマイクロセンサ創作全般に関わるプラットフォーム技術を打ち立てることが要された。
【0018】
電極の作製についてであるが、電極の材質はガラス、金、白金、パラジウム、グラファイトおよびカーボンブラックから選択することができ、電極構造は、平板電極や針電極(中実または中空)のいずれであってもかまわない。クリーンな表面を得るべく電極表面を酸、アルカリ、物理的研磨または超音波で処理してもよい。また、生体認識素子の固定については、物理的な固定または化学的共有結合により固定の目的を達成させることができる。ただし、固定の過程において、生体認識素子の流失と失活の問題を考慮しなければならない。
【0019】
さらに、検出時間の短縮と検出限界の改善を同時に実現させるため、環境因子により生じるノイズを低減すると共に、出力信号を増幅することが必要である。これについては電子メディエーターが利用できる他、固定プロセスにおいて導電性ポリマー(例えばポリピロールおよびプロパンジアミン)を用いて生物認識素子の固定を行うことによっても検出時に必要な酸化電位値を適度に低下させ、環境試料中の不純物が同時に酸化されてしまうような事態を回避することができ、結果、環境因子による干渉の程度を低減できることとなる。
【0020】
これまでのナノ材料に関する研究により、物質がナノスケールになると強度、導電性および熱伝導能力など材料の特性が大幅に向上することがわかっている。よって生体認識素子固定のプロセスにおけるナノ材料の使用は、センサの出力信号を増幅するのに役立ち、ひいてはセンサの検出速度、精度および感度の向上につながる。
【0021】
また、ユーザーの使い勝手を良くすると共に現場でのモニタリングを可能とするには、装置自体が軽量薄型、コンパクトである以外に、検出結果がセンサのパネル上に直接表示されることが好ましい。本発明では、この部分を信号のデジタル化とセンサの微小化により達成させている。
【0022】
本発明は、酵素バイオセンサをナノテクノロジーのコンセプトに結合させて、液中の農薬を検出するバイオマイクロセンサを創作しようと試みて得られたものである。本発明では、金ナノ粒子の備える高比表面積と高導電性という特異な性質を活かし、かつ、これに無機触媒を組み合わせることによって、電子を移動させる酸化電位を低めると同時に、電流の出力信号増幅とノイズ発生回避を実現して、バイオマイクロセンサのS/N値を向上させている。したがって、本発明に係るバイオマイクロセンサによれば、バイオセンサの検出限界と環境中における自然物質の干渉を低減することができる上に、検出時間の短縮化が図られ、現場でのリアルタイム検出が可能となる。
【0023】
本発明の上述およびその他の目的、特徴ならびに長所を一層明らかとするため、以下に、添付の図面と対応させながら好ましい実施形態を挙げて本発明をより詳細に説明する。
【0024】
<バイオマイクロセンサの構成>
図1に示される本発明の1実施形態によるバイオマイクロセンサは、それぞれ対電極、作用電極および参照電極である3つの電極101、103および105を備える。作用電極は、酵素、金ナノ粒子およびプルシアンブルー(Fe(CN)3−)が固定されており、試料中に発生する電流信号S1を検出し、検出した電流信号を処理ユニット120に出力する。
【0025】
図1に示されるように、本発明に係るバイオマイクロセンサは、試料の温度を検出して、検出した温度信号S2を処理ユニット120に入力する温度センサ110をさらに備える。処理ユニット120は、後述する式(4)にしたがって検出された電流信号を後述する温度補償処理後に濃度数値に変換し、それを表示ユニット122に入力する。すると、表示ユニット122に試料中に含まれる農薬の濃度が表示される、つまり試料中の農薬の含有量が検出されることとなる。
【0026】
<電流出力信号検出メカニズム>
本発明に係るバイオマイクロセンサの電気化学検出全メカニズムは3ステップに分けられる。先ず、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)(1000unit/mg solid;Sigma)でアセチルコリン(ACh)(99%;Sigma)を加水分解した。そして、生成されたコリンにコリンオキシダーゼ(ChO)(100unit/mg solid;Sigma)を作用させ、過酸化水素を生成した。最後に外部電圧を印加して過酸化水素に酸化作用を起こさせて、反応させることにより電子を放出させた。このようにして電位計により酵素反応過程における電流出力信号の変化が測定可能となった。かかる酵素反応から電流信号検出までの全メカニズムは下式によって表わすことができる。
【0027】
【化1】

【0028】
【化2】

【0029】
【化3】

【0030】
有機リンおよびカーバメイト系農薬はアセチルコリンエステラーゼの活性位置に結合して酵素の活性を阻害し、ひいては上式(1)、(2)および(3)に示す逐次反応の反応速度を低下させ、電流出力信号を弱くする。
【0031】
電流出力信号と阻害剤(検出対象農薬)との濃度相対関係を、下式(4)の如くの電流阻害率RIとして定義すれば、電流出力信号を基に、同式(4)により分析すべき水試料中の有機リン濃度を確認することができる。
【0032】
【数1】

【0033】
式中、dI/dtは、酵素が阻害されていないときの電流変化速度(または感度)であり、dI/dtは、酵素が所定時間t阻害された後の電流変化速度(または感度)である。
【0034】
<金ナノ粒子の作製方法>
脱イオン水247.5mlを煮沸してから、1%クエン酸ナトリウム溶液15mlを加えて5分間煮沸し、HAuCl溶液2.5mlをさらに加えた。溶液の色が薄い黄色から次第に灰色そして暗褐色へと変わった後で、90℃、15分加熱攪拌した。その溶液を室温中に置いて冷却すると、溶液相から暗赤色の金ナノ粒子が還元された。そして、それを4℃の冷蔵庫で保存した。クエン酸ナトリウムを還元剤として用いたところ、そのカルボキシル基(COO)によって三価金イオンが一価金イオンに還元されると同時に、アセトンジカルボン酸(acetone dicarboxylate)が生成され、さらに一価金イオンが金原子に還元された。その全反応スキームは以下のとおりである。
【0035】
【化4】

【0036】
【化5】

【0037】
粒径の異なる金ナノ粒子を作製したい場合には、塩化金酸四水和物とクエン酸ナトリウムの割合を変えればよい。クエン酸ナトリウムと塩化金酸四水和物の割合を7、1.75、3.75、14に調整すると、平均粒径が25nm、36.3nm、16.5nm、19.4nmの金ナノ粒子をそれぞれ作ることができた。
【0038】
<酵素の固定方法>
酵素を固定するに先立って、白金電極の表面を超音波振動と濃硝酸を用いてそれぞれ洗浄した。そして、ゾルゲル固定法(sol-gel immobilization)と電解重合法(electropolymerization)によって白金電極表面への酵素固定を行った。
【0039】
(a)ゾルゲル固定法
TEOS(オルトケイ酸テトラエチル)(アルドリッチ ケミカル社製)10μl、脱イオン水200μL、エタノール30μL、および0.1MのHCl1μLをプラスチック製の小試験管に取り、超音波振動を1時間与えた後、室温で2〜3時間放置した。ゾルゲル溶液のpH値は6に維持しておいた。0.1mgのAChEとChO、および金ナノ粒子溶液1μL(対照群には添加しない)をpH値7のPBS(リン酸緩衝生理食塩水)溶液100μL中に溶解した。続いて、ゾルゲル溶液25μLを先の酵素溶液中に加え、充分に混合したのち、それを50μL取り出して白金電極と共に別のプラスチック製小試験管中に入れ、4℃で24時間空気乾燥し、PBS溶液で充分に洗浄してから、4℃の乾燥した環境中にて保存した。
【0040】
(b)電解重合固定法(ポリピロール使用)
サイクリックボルタンメトリー (cyclic voltammerty;CV)を利用して、0〜1Vの範囲を速度10mV/秒で走査し、酵素を白金電極表面に電解重合させた。酵素が直接電極表面に付着するのを避けるため、あらかじめ白金電極表面上に重合によりポリピロール(polypyrrole)の膜を一層作っておいた(下式(7)のとおり)。続いて、表1に示された条件で酵素電解重合を行った。なお、電極は、脱イオン水で洗浄してから4℃の0.1M PBS中に保管しておく必要がある。
【0041】
【化7】

【0042】
(表1)ポリピロール電解重合に用いる材料および条件

【0043】
<電位計の電流出力信号初期試験>
実験を行うにあたり、先ず白金電極を作用電極とし、外部電圧+700mV(Hの酸化電位)を印加して、電位計の電流出力信号のH濃度変化に対する反応をテストした。図2はシステムのバックグラウンド電流値の変化であり、本図から、試料中にHを添加していない場合に、システムのバックグラウンド電流値はおよそ300秒後に安定値0に達することがわかる。
【0044】
図3は、2μMのH溶液を試験瓶中にバッチ方式で添加したときのシステムの電流信号出力変化図である。図3を見ると、H溶液の添加に伴って電流値も回分ごとに下降していることがわかり、電位計が試料中におけるHの濃度を精確に検出していることが証明されている。
【0045】
1回分添加前後における出力電流値の変化とH濃度について図4にプロットした。図4からわかるように、本システムの電流出力信号と、添加したHの濃度とは、Hの濃度が0.002〜0.006M(mole/L)の間にあるときにはとりわけ、正比例の関係を呈する。したがって、本システムは、本実験の設計により生じるHの検出に適用でき、さらに酵素活性阻害を観察することにより、試料中の有機リン系農薬の濃度を確認することが可能となる。
【0046】
<有機リン系農薬の懸濁状酵素の活性に対する阻害>
先ず、500mMのアセチルコリン(ACh)0.1mlを、0.1M PBSおよび0.1M KClの入った試験瓶中に入れてから、電流変化をテストしている間に、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)3.75unitおよびコリンオキシダーゼ(ChO)2unitを添加すると同時に外部電圧+700mVを加え、さらに、パラオクソン(paraoxon、有機リン系農薬の一種)を、濃度を変えて(0、0.47、4.7、47および470ppm)添加し、電流出力信号の変化を観察した。その結果が図5A〜5Eに示してある。図5A〜5Eを見るとわかるように、パラオクソンの濃度が470ppmに達したときに電流出力信号はようやく比較的はっきりとした変化を見せ始めた。これは、実験においてアセチルコリンエステラーゼ(AChE)の添加量が多すぎると、阻害剤であるパラオクソン添加後に残存した酵素活性がなおもアセチルコリン(ACh)を反応させてしまうため、電位変化が弱まらない、というのが原因であると考えられる。
【0047】
酵素が作用する基質と酵素の添加量を修正し、つまりAChE、ChEおよびChOの添加量をそれぞれ1mM、0.004unitおよび0.2unitとしたところ、検出限界を4.7ppm まで下げることができた(図6に示すとおり)。この結果に基づき、パラオクソン濃度を4.7ppmに維持した上で、パラオクソンの阻害時間が電流出力信号(阻害率)に及ぼす影響を調べる実験を行った。その結果を図7に示してある。図7からわかるように、酵素がパラオクソンから阻害を受ける程度は、阻害時間の延長に伴って高まり、よって電流出力信号の阻害率も次第に大きくなっている。つまり、電流出力信号は、阻害剤(パラオクソン)濃度による影響を受ける他、阻害時間とも密接な関連がある。
【0048】
<酵素固定後の活性>
上述した各酵素固定方法、すなわちゾルゲル固定法と電解重合法によってそれぞれ電極表面への酵素固定を行った結果、ゾルゲル固定法による酵素の固定には、ゲル化縮合プロセスの制御が容易でない、脱水乾燥の時間が長すぎる、ゲルが脆弱で酵素が流失し易い、遮蔽効果が分子の拡散と電子の伝達を妨げる、などの欠点があり、このために酵素固定後の電流出力信号が固定前に比べ著しく弱くなって、検出感度が低下してしまうことがわかった。図8に示されるように、ゾルゲル固定法で白金電極表面に酵素を固定した場合(図中の(a))、その電極の感度は、酵素を試料中にそのまま懸濁させた場合(図中の(b)、(c))に比べて、約4〜10倍も低かった。また、電極表面には固定せずに、酵素をゾルゲルで固定してから直接水試料中に入れた場合(図中の(d))には、物質移動抵抗の存在によって、酵素を電極表面に直接固定した場合よりも感度がさらに悪くなり、電流信号がほとんど発生しなかった。
【0049】
一方、電解重合法(ポリピロール)により白金電極表面に酵素を固定すると、導電性モノマーと酵素の割合を制御することにより膜状固定(film immobilization)が可能となるため、酵素固定膜が厚くなり過ぎ物質移動抵抗が生じるという事態を回避することができた。さらに、電解重合のモノマー自身が導電性物質であるので、電解重合による固定後の電極は懸濁状の酵素よりもさらに高感度となり、固定の過程で酵素活性はいくらか失活してしまうものの、活性残存率は90%と依然高かった。図9は、ピロールモノマー/酵素の量を各値に変えて電解重合を行った後の電流出力信号の変化を示している。図9からわかるように、ピロールモノマー/酵素AChEの量が0.013mg/1000Uのとき(図中の(d))、酵素が固定された電極の電流出力信号は、懸濁状の酵素(図中の(a))の約2倍であった。こうした現象は主にピロール自体が導電性物質であるために起こったのである。そして、PTC(propionylthiocholine)キット(CACTA service srl.)で固定した酵素の活性を測定したところ、その酵素活性残存率は固定しない場合(懸濁状)の89%もあった。
【0050】
<ノイズ排除および電流出力信号増幅>
バイオマイクロセンサの感度をより高めたい場合には、信号とノイズの比率(S/N)を大きくする必要がある。この目的を達成させるには、(1)環境試料中のその他の物質が検出過程で酸化されるのを防いでノイズを低減する、(2)電流信号を増幅する、という2方向からのアプローチが可能である。本発明創作の過程において、無機触媒であるプルシアンブルー(Fe(CN)3-)を酵素AChEおよびChO酵素と共に白金電極表面に固定したところ、プルシアンブルー(PB)とプルシアンホワイト(PW)との自触媒反応により、Hの酸化に本来必要であった外部電圧700mVを約0まで下げることができた(図10参照)。印加電位を低減できたのは、プルシアンブルー(PB)が、比較的高い電位(700mV)を要するHの酸化反応を、低電位しか必要としない還元反応に転換させ得るような優れた触媒の機能を果たしたからであり、かかる還元反応促進の役目をしたのは、プルシアンブルー(PB)の還元態であるプルシアンホワイト(PW)である。
【0051】
プルシアンホワイト(PW)を電気触媒(electrocatalytic)としてHの還元を行ってから、電極により提供される還元印加電位(0mV)で、プルシアンブルー(PB)を再度プルシアンホワイト(PW)に還元し、これにより還元電流信号を得た。このように、電極が検出する信号を、溶液中で発生したHの酸化還元反応によって生じるものではなく、表面を修飾するプルシアンブルー(PB)の自己酸化還元反応によって生じるものとしたために、電極のHに対する感度をさらに高めることができた。
【0052】
したがって、このような外部電圧をほとんど印加しない状態では、現場の検出過程で酸化されてしまっていた物質(例えば、フミン酸、アスコルビン酸、NH-Nなど)が酸化されることがなくなるので、電流ノイズの発生を大幅に低減することが可能となる。図11に、各値の外部電圧下でのアスコルビン酸の酸化の程度が示してある。図11によれば、外部電圧の上昇に伴ってアスコルビン酸の酸化により発生した電流値は大きくなり、外部電圧が0に近付いたときに酸化電流は消失する、言い換えると電流ノイズが発生しなくなったことがわかる。
【0053】
また、化学合成よりなる金ナノ粒子をその優れた導電性と巨大な比表面積という特性(図12の走査電子顕微鏡写真参照)を利用して、酵素および無機触媒と共に電解重合により白金電極表面上に固定すると、電子移動の抵抗が大幅に低減すると共に触媒能が向上して、相対的に電流出力信号も大いに高まる、すなわちセンサの感度が高まり、センサの検出限界をppbレベルまで下げ得ることがわかった。検出時間と検出限界の関係を、両方が望ましくなるようにと考えるならば、両者の折衷点を採用すれば、高検出感度の要求を満足させながら同時に検出時間の短縮も可能となる。なお、注目すべきなのは、図13Aに示されるごとくに、酵素と金ナノ粒子がいずれも懸濁状態にある場合においては金ナノ粒子の添加量が多くなるほど電極の感度も高まるという点である。一方、固定状態の下では、図13Bに示されるごとくに、電極の感度は初め金ナノ粒子の添加量の増加に伴い高まるが、金ナノ粒子の添加が所定量を超えてから後は徐々に低下してゆくので、電解重合溶液中に金ナノ粒子は0.5〜2.0ppm含まれるのが好ましく、0.7ppmであるとより好ましいということがわかった。かような現象の発生は主に次のような原因による。つまり、懸濁状態の場合に金ナノ粒子の添加量は試料の体積よりも少量であるはずであり、その添加量が多いほど当然に導電性も良好となるが、一方、酵素と金ナノ粒子が成膜して固定されている状態においては、酵素、無機触媒、電解重合モノマーおよび金ナノ粒子の量には一定の好適な配合割合があるのであって、金ナノ粒子の添加量が多過ぎると、粒子が凝集し易くかつ分散し難くなると共に、排斥効果が生じることから、固定膜中の酵素と無機触媒の含有量が過度に低くなってしまい、電流出力信号が弱まるためである。また図13Aから、固定状態のセンサの感度は、金ナノ粒子の添加量が適度であるときに、懸濁状態のセンサの感度をはるかに上回っている(およそ5倍)ということも見て取れる(固定状態の曲線のピーク)。
【0054】
なお、本発明において、塩化金酸四水和物/クエン酸ナトリウムの配合割合を変えて体積の異なる金ナノ粒子をそれぞれ合成し、それを電極表面に固定したところ、添加する金ナノ粒子の直径が20nm以下(約16.5〜20nm)となって初めて電流信号増幅効果が現れてくることがわかった(図14参照)。
【0055】
<酵素再活性>
2−PAM(pyridine-2-aldoxime methochloride)により有機リン系農薬に阻害されたAChEの活性を回復させることができる。2−PAMがアセチルコリンエステラーゼ表面のリン酸と結合することでアセチルコリンエステラーゼの酵素活性を回復させるというのがその作用機序である。窒素上の正電荷とグルタミン酸(glutamate acid)との間にはクーロン引力が働くため、強力な求核力を持つ酸素原子がセリン(serine)と結合するリン原子を攻撃し、よって酵素活性が回復するのである。本発明では、有機リン系農薬に阻害された電極に各濃度の2−PAMを作用させて、それぞれの酵素活性回復率と電流出力信号の変化を測定した。その結果は図15に示すとおりである。図15からわかるように、0.126ppmのパラオクソン溶液で阻害した電極は、2−PAMの作用により30分以内に約70%の活性を回復した。阻害−回復試験を連続5回繰り返し行っても、酵素活性は顕著な下降を呈さなかった。このことは2−PAMが酵素活性剤として好適であること、そして電極が繰り返し再利用できる潜在能力を有することを示している。
【0056】
<環境中の干渉因子についての検討>
環境中に存在する干渉因子は酵素を失活させ、また、環境中に存在する酸化し易い物質は電流ノイズを発生させる可能性がある。よって本発明では、温度、pH、重金属および有機溶剤の酵素活性に対する影響についても検討を加えた。図16は各温度下における酵素活性の変化を示しており、横座標は測定温度から25℃を引いた差(T−25)、縦座標は電流変化により表わされる阻害率である。図16からわかるように、測定温度が10〜40℃(横座標数値−15〜15)のとき、酵素活性は温度の上昇と共に高まっている。このことは、センサを現場で使用する際には温度補償が必須であるということを意味する。本発明では、各温度における酵素活性を検討すべく、基準点を25℃として、それぞれ異なる温度下での阻害率の変化を観察した。結果、10〜40℃の範囲において、酵素活性は温度と線形の関係を持つことを見出した(図16参照)。
【0057】
図17は、各pH値における電流出力信号の変化を示している。図17からわかるように、pH8〜9の間で電流出力信号は著しく上昇している。こうした現象が生じたのは、pH値が高すぎるためにR−コリン(R-choline)が自然に化学的加水分解され、電流出力信号の急激な増大が引き起こされたからであり、このようでは誤判断を招きかねない。したがって、本発明の電極はpHが中性付近の条件においてのみ適用されるということがわかる。
【0058】
図18および19に示すのは、それぞれ有機溶剤および重金属の酵素活性に対する影響である。図18A〜18Cより、有機溶剤はその種類を問わず多少なりとも酵素活性に対する阻害性を有していることが見て取れる。現行の放流水基準に定められた濃度の範囲内(格子模様の棒で示される濃度)では、各有機溶剤の酵素活性に対する阻害率はいずれも高い。幸いアセトン(図18C)の一般的な使用濃度はわずか約0.2%であり、この程度では酵素活性に対しほとんど阻害作用を示さない。よってアセトンは農薬を抽出および測定する有機溶剤として適している。図19A〜19Cを見ると、各種重金属が酵素活性に対しいずれも影響を与え得るということがわかる。このうちでも銅イオン(図19C)による酵素活性の阻害が最も深刻であり、水試料中の銅イオン濃度が1%に達した時点で残存する酵素活性は半分のみとなっている。亜鉛(図19D)、鉄(図19B)およびカドミウムイオン(図19A)に至っては、それらの酵素活性に対する影響は銅イオンに比べて明らかに小さい。影響の程度は大きい順に、銅>カドミウム>鉄>亜鉛である。よって、電極を現場で使用する際には水中における重金属の含有状況への留意が要される。
【0059】
SO2−の酵素活性に対する影響については図20に示してある。図20からわかるように、現行の放流水基準に定められた範囲内では硫酸イオンの存在は酵素に対しほとんど影響を及ぼさない。
【0060】
<一定の測定時間の下での電流阻害率と有機リン濃度との関係式および可用範囲>
従来技術による電気化学バイオセンサの検出限界は通常ppmレベルである。検出限界がこのように高いのでは、この種のバイオセンサは高濃度を測定する用途にしか向かず、実際の現場での汚染物モニタリングには何らの役目も果たさない。上述した諸プラットフォーム技術の確立を通し本発明者らが創作したバイオマイクロセンサは、検出限界ppbレベルを達成し、しかも短い検出時間でそれを実現できるものである。こうした低い検出限界は現行の農薬関連規制による基準値をはるかに下回っているため、本発明に係るマイクロバイオセンサは現場での汚染物モニタリングに大変有用である。図21は測定時間10分間、25℃における有機リン(パラオクソン)濃度と電流阻害率との関係図である。図21を見ると、電流阻害率は、初め有機リンの濃度の増加に伴って線形に上昇するが、有機リンの濃度が130ppbを超えたところで70%近くまで上がってからその後は横ばいとなっている。このような結果は、(1)有機リン系農薬が阻害し得る酵素(または有機リン系農薬が接触し得る酵素活性部位)は、全固定酵素のうち70%のみであり、残りの30%は酵素が深い位置にある、あるいはその立体的配向のために接近不可能である、(2)有機リン系農薬が接触可能な全ての酵素活性部位を阻害するには130ppbの濃度で充分であるので、有機リン濃度が高くなっても電流阻害率がさらに上昇することはない、ということを示唆する。
【0061】
図21における線形の範囲(丸で囲んだ部分)を抜き出して図22に示した。図22より、本発明に係るバイオマイクロセンサの有機リン系農薬検出可能範囲は10〜130ppbにあるということがわかる。この範囲は、酵素の固定量を増加ささせることでさらに広がり得る。ただしその際には、電極のサイズ(表面積)に見合うよう、無機触媒、金ナノ粒子、ピロールモノマーおよび酵素の最適な配合割合を再確認する必要がある。
【0062】
<電極のパフォーマンスと温度補償>
各温度における電極のパフォーマンスに合せてそれぞれ温度補償試験を行った。25℃を基準点とした上で、図22から得られた電流阻害率と有機リン系農薬濃度との関係と対応させ、予め有機リン濃度のわかっている標準溶液を用意して測定を行い、測定結果にしたがって2段階の温度補償を行った。第1段階は単一濃度温度補償、第2段階は全濃度範囲(0〜100ppb)温度補償である。測定する有機リン濃度は20、40、60、80および100ppb、温度範囲は10、18、25、32および40℃とした。結果は表2のとおりである。表2において、P1は図22の関係式より換算した初期(温度補償を行わない)測定結果、P2は単一濃度温度補償後に得られた結果、P3は全濃度範囲温度補償後に得られた結果である。そして実際に測定された結果を基準とし、各有機リン濃度および全範囲濃度の有機リン系農薬から得られた温度補償方程式を表3に整理した。表2より、単一濃度の温度補償方程式を用いて校正した結果、高濃度の有機リン(100ppb)を除いては、環境温度の如何に関わらずそのSD(標準偏差)をいずれも2%以内にできることがわかる(標準溶液濃度とP2とを比較)。また、単一の全濃度範囲の方程式を用いて温度補償を行った場合には、環境温度が25℃から離れるにつれて補償効果が低下することがわかる(標準溶液濃度とP3を比較)。環境温度が18〜32℃にあるときに有機リン全濃度の温度補償を行った結果、SD<7%であった。環境温度が10℃まで下がる、あるいは40℃まで上がると、そのSDが15%に至ることもあった。したがって、実試料で実測定を行う際には、電流阻害率と濃度との関係式および全範囲温度補償方程式から、試料中における有機リンの含量を求めることができる。試料の温度が温度補償範囲を超えるほど過度に高いまたは低い場合には、温度が戻ってから測定を行った方がよい。
【0063】
(表2)各濃度の有機リン(パラオクソン)濃度を各温度条件下にて電極で測定した初期データと温度補償後の結果

【0064】
(表3)単一濃度と全濃度範囲の温度補償方程式

【0065】
<電流出力信号のデジタル化>
一連の実験結果に基づいて、一定の測定時間の下における電流阻害率と有機リン濃度との関係式を導き出した。信号デジタル化を実現するべく、この関係式をチップに焼き込み、信号収集システムの接続を確立して、バイオマイクロセンサのデジタル信号転送システムとした。このデジタル信号伝送システムは、大きくソフトウェア、ハードウェアの2部分に分けて実現されている。ハードウェアの部分には、パームサイズ電位計、信号伝送線(RS232ケーブル)、信号分析および記録装置(マイクロプロセッサ)等が含まれる。ソフトウェアは主にLabVIEW(Laboratory Virtual Instrument Engineering Workbench)パッケージプログラム言語を使用し、これによってハードウェア間の信号収集、伝送、分析および記録などの作業を制御することとした。LabVIEWはナショナルインスツルメンツ社が1986年に開発したグラフィカルなプログラム言語であり、主に、例えばGPIB、VXI、PXI、RS232など統合制御を可能とする通信インターフェース、およびデータ表現(data presentation)、データ保存(data storage)、データ分析(data analysis)、データ収集(data acquisition)、シリアル機器制御(serial instrument control)などを支援する機能の構築に用いられている。LabVIEWには、モジュール“Express VIs”によりプロトタイピング、テスト混合信号設計、および自動化試験プログラムコードの自動生成が可能、Real−Time Desktop PC機能によりいかなるタイプのPCベース計測システムにおいてもシステム安定性とパフォーマンスが最適化され得る、快速なPDAデータ収集およびDMM支援によりカスタマイズされたポータブルデータ収集システムを確立できる、ブルートゥースがサポートされているため無線ブルートゥース技術を利用して他の機器との通信が可能、50個の新たな数学関数機能とLAPACK/BLASライブラリを利用して精度と速度を最大200%まで向上できる、ハイパースレッド(Hyper-Threading)によりシステムパフォーマンスを最高100%まで高めることができる、といった特長がある。これによれば、汚染物の濃度が検出できるだけでなく、検出過程で阻害時間、酸化電位、電流記録周波数を含む計測条件を変える際にも非常に便利である。
【0066】
<実試料の検出>
本発明に係るバイオマイクロセンサの実用性を確認する目的で、市販のトマトジュースを用いて初期試験を行った。結果は図23に示すとおりである。先ずトマトジュース原液中の有機リン系農薬を測定してから、原液中に30ppbのパラオクソンを添加(spike)し、センサがこれを精確に計測できるか実験を行った。またこれとは別に、先ずトマトジュース原液を10倍に希釈してから、有機リン系農薬を測定し、その後でこの希釈液中にも同様に30ppbのパラオクソンを添加してセンサの測定状況を観察する実験を行った。実験における農薬の全阻害時間は約10分間とした。図23から明らかなように、原液を用いた実験ではトマトジュース原液中の有機リン系農薬濃度は25.6ppbであり(図中(a)参照)、30ppbのパラオクソンを添加後、測定値は54.9ppbに変化した(図中の(b)参照)。また、10倍に希釈した別の実験では、希釈後に希釈液中の農薬濃度は既に測定可能範囲を下回ったが(図中の(c)参照)、その後に30ppbのパラオクソンを添加すると、希釈液中の有機リン系農薬は再び測定可能な値となり、その値は39.6ppbであった(図中の(d)参照)。よって、本発明に係るバイオマイクロセンサは、ジュース中の有機リン系農薬の残留量を精確に測定することができ、かつ、ジュース中における干渉要素、例えば糖分、色、懸濁固体および酸化防止剤等は測定結果に何らの影響も及ぼさないということがわかった。このことは、該システムが実試料の測定に適用され得るものであることを示している。
【0067】
本発明を好ましい実施形態によって以上のように開示したが、これは本発明を限定しようとするものではなく、当業者であれば、本発明の精神と範囲を逸脱しない限りにおいて変更および修飾を施すことができる。よって、本発明の保護範囲は、添付の特許請求の範囲で定義されたものが基準とされる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明に係る1実施形態によるバイオマイクロセンサの図である。
【図2】本発明によるシステムのバックグラウンド電流(H未添加)の変化を表わす図である。
【図3】2μMのH溶液をバッチ方式で添加したときのシステムの電流信号の変化を表わす図である。
【図4】H添加前後における出力電流値の変化とH濃度の変化を表わす図である。
【図5A】酵素を直接添加した場合(酵素を固定しない)における有機リン系農薬の酵素活性に対する阻害状況を表わす図である。酵素を固定せずかつ農薬を添加しない対照テストの電流変化を表わす図である。
【図5B】酵素を直接添加した場合(酵素を固定しない)における有機リン系農薬の酵素活性に対する阻害状況を表わす図である。酵素を固定せず、パラオクソンを濃度0.47ppmで添加したときの電流変化を表わす図である。
【図5C】酵素を直接添加した場合(酵素を固定しない)における有機リン系農薬の酵素活性に対する阻害状況を表わす図である。酵素を固定せず、パラオクソンを濃度4.7ppmで添加したときの電流変化を表わす図である。
【図5D】酵素を直接添加した場合(酵素を固定しない)における有機リン系農薬の酵素活性に対する阻害状況を表わす図である。酵素を固定せず、パラオクソンを濃度47ppmで添加したときの電流変化を表わす図である。
【図5E】酵素を直接添加した場合(酵素を固定しない)における有機リン系農薬の酵素活性に対する阻害状況を表わす図である。酵素を固定せず、パラオクソンを濃度470ppmで添加したときの電流変化を表わす図である。
【図6】アセチルコリンエステラーゼ(AChE)、コリンエステラーゼ(ChE)およびコリンオキシダーゼ(ChO)の添加量が(酵素を固定しない場合に)1mM、0.004unitおよび0.2unitであるときの、各パラオクソン濃度(47ppm、4.7ppm、0.47ppm)と各作用時間に対する感度の変化を表わす図である。
【図7】一定の濃度(4.7ppm)でのパラオクソンの懸濁状酵素(固定されていない酵素)に対する阻害時間と電流阻害率との関係を表わす図である。
【図8】ゾルゲル法により白金電極表面に酵素を固定する前と固定した後の電極感度を表わす図である。(a)はゾルゲル法で白金電極表面に酵素を固定したときの電極感度、(b)は酵素を固定せず試料中に懸濁させたときの標準白金電極の電極感度、(c)は酵素を固定せず試料中に懸濁させたときの1cmの白金電極の電極感度、(d)は電極表面には固定せずに酵素をゾルゲルで固定してから直接水試料中に入れたときの電極感度である。
【図9】電解重合法により酵素を固定する前と固定した後の電流出力信号の変化を表わす図である。(a)は酵素を固定していない電極、(b)はピロールモノマー/酵素アセチルコリンエステラーゼ(AChE)およびホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)(20μl/1000U)を固定した電極、(c)はピロールモノマー/酵素アセチルコリンエステラーゼ(AChE)およびフェロセン(20μl/1000U)を固定した電極、(d)はピロールモノマー/酵素アセチルコリンエステラーゼ(AChE)(0.013mg/1000U)を固定した電極、(e)はピロールモノマー/酵素アセチルコリンエステラーゼ(AChE)(20μl/1000U)を固定した電極の電流出力信号である。
【図10】無機触媒(プルシアンブルー;Fe(CN)3−)の存在下および非存在下における酸化電位の下降現象を表わす図である。実線はFe(CN)3−が存在しない場合、点線はFe(CN)3−が存在する場合を示す。
【図11】各値の外部電圧下でのアスコルビン酸の各酸化電流値を表わす図である。
【図12】本発明で使用する金ナノ粒子の走査電子顕微鏡写真である。
【図13A】酵素と金ナノ粒子を固定した電極と固定しない電極の電極感度の関係を表わす図(四角形は酵素と金ナノ粒子を固定しない電極を、三角形は酵素と金ナノ粒子を固定した電極を示す。)である。
【図13B】酵素と金ナノ粒子を固定した電極を用いた場合の金ナノ粒子の添加濃度と電極感度との関係を表わす図である。
【図14】金ナノ粒子の直径と電極感度との関係を表わす図である。
【図15】本発明に係るバイオマイクロセンサで使用する酵素の活性回復性を説明する図である。
【図16】異なる検出温度下における本発明に係るバイオマイクロセンサの電極感度の変化を表わす図である。
【図17】異なるpH値下における本発明に係るバイオマイクロセンサの電流出力信号の変化を表わす図である。
【図18A】メタノールと本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図18B】エタノールと本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図18C】アセトンと本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図19A】カドミウムイオンと本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図19B】鉄イオンと本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図19C】銅イオンと本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図19D】亜鉛イオンと本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図20】硫酸イオンSO2−と本発明に係るバイオマイクロセンサの酵素活性との関係を表わす図である。
【図21】検出時間10分、25℃におけるパラオクソン濃度と本発明に係るバイオマイクロセンサの電流阻害率との関係を表わす図である。
【図22】本発明に係るバイオマイクロセンサの電流阻害率とパラオクソン濃度との関係の線形範囲である。
【図23】本発明に係るバイオマイクロセンサでトマトジュースおよびパラオクソンを添加したトマトジュースを検出した結果のデータを表し、これらを比較する図である。(a)はトマトジュース原液、(b)はパラオクソンを30ppb添加したトマトジュース、(c)は10倍に希釈したトマトジュース、(d)はパラオクソンを30ppb添加した10倍希釈トマトジュースを示す。
【符号の説明】
【0069】
101 電極
120 処理ユニット
103 電極
122 表示ユニット
105 電極
S1 電流信号
110 温度センサ
S2 温度信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料を準備する工程、
酵素、金ナノ粒子および無機触媒が表面に固定された少なくとも1つの電極に前記試料を接触させる工程、ならびに、
前記電極から出力される電流信号を検出する工程、
を備える農薬を検出する方法。
【請求項2】
前記酵素がアセチルコリンエステラーゼまたはコリンオキシダーゼである、請求項1記載の農薬を検出する方法。
【請求項3】
前記無機触媒がプルシアンブルー(Fe(CN)3−)である、請求項1記載の農薬を検出する方法。
【請求項4】
前記電極の表面への固定が電解重合法によって行われる、請求項1〜3いずれか1項に記載の農薬を検出する方法。
【請求項5】
前記電解重合法が、電極の表面に重合によりポリピロールの膜を一層作り、ポリピロール膜上に酵素、金ナノ粒子および無機触媒を固定する、請求項4記載の農薬を検出する方法。
【請求項6】
前記金ナノ粒子の濃度が0.5〜2.0ppmである、請求項5記載の農薬を検出する方法。
【請求項7】
前記金ナノ粒子の粒径が16.5〜20nmである、請求項1記載の農薬を検出する方法。
【請求項8】
前記電極が白金電極である、請求項1記載の農薬を検出する方法。
【請求項9】
前記試料を温度センサに接触させて前記試料の温度を検出する工程をさらに含む、請求項1記載の農薬を検出する方法。
【請求項10】
前記電流信号が試料の温度により温度補償処理される、請求項9記載の農薬を検出する方法。
【請求項11】
前記農薬が有機リンまたはカーバメイト系である、請求項1記載の農薬を検出する方法。
【請求項12】
前記電極および温度センサが平板上に配置される、請求項9記載の農薬を検出する方法。
【請求項13】
電流信号を検出する少なくとも1つの電極、
前記電流信号を受け取って処理し、前記電流信号を濃度データに変換する処理ユニット、および、
前記濃度データを表示する表示ユニット、
を備える、前記電極の表面に酵素、金ナノ粒子および無機触媒が固定されるバイオマイクロセンサ。
【請求項14】
前記酵素がアセチルコリンエステラーゼまたはコリンオキシダーゼである、請求項13記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項15】
前記無機触媒がプルシアンブルー(Fe(CN)3−)である、請求項13記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項16】
前記電極の表面への固定が電解重合法によって行われる、請求項13〜15いずれか1項に記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項17】
前記電解重合法が、電極の表面に重合によりポリピロールの膜を一層作り、ポリピロール膜上に酵素、金ナノ粒子および無機触媒を固定する、請求項16記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項18】
前記金ナノ粒子の濃度が0.5〜2.0ppmである、請求項17記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項19】
前記金ナノ粒子の粒径が16.5〜20nmである、請求項13記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項20】
前記電極が白金電極である、請求項13記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項21】
温度を検出して前記処理ユニットに転送する温度センサをさらに含む、請求項13記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項22】
前記電流信号が前記検出された温度により温度補償処理される、請求項21記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項23】
農薬を検出するのに用いられる、請求項13記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項24】
前記農薬が有機リンまたはカーバメイト系である、請求項23記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項25】
前記電極および温度センサが共に平板上に配置される、請求項21記載のバイオマイクロセンサ。
【請求項26】
金ナノ粒子および無機触媒を、酵素が固定された電極の表面に固定する工程を含む、電流ノイズを低減する方法。
【請求項27】
前記無機触媒がプルシアンブルー(Fe(CN)3−)である、請求項26記載の電流ノイズを低減する方法。
【請求項28】
前記金ナノ粒子の粒径が16.5〜20nmである、請求項26記載の電流ノイズを低減する方法。
【請求項29】
前記金ナノ粒子の濃度が0.5〜2.0ppmである、請求項26記載の電流ノイズを低減する方法。
【請求項30】
電解重合法により前記電極表面に金ナノ粒子および無機触媒を固定する、請求項26記載の電流ノイズを低減する方法。
【請求項31】
前記電解重合法が、電極の表面に重合によりポリピロールの膜を一層作り、ポリピロール膜上に金ナノ粒子および無機触媒を固定する、請求項30記載の電流ノイズを低減する方法。
【請求項32】
前記酵素がアセチルコリンエステラーゼまたはコリンオキシダーゼである、請求項26記載の電流ノイズを低減する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13A】
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【図13B】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18A】
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【図18B】
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【図18C】
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【図19A】
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【図19B】
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【図19C】
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【図19D】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2007−127620(P2007−127620A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−161631(P2006−161631)
【出願日】平成18年6月9日(2006.6.9)
【出願人】(506198263)財團法人生物技術開發中心 (5)
【Fターム(参考)】