説明

透明導電性基板の製造方法

【課題】 簡便な塗布法においてアニール処理前に焼成を施すことなく、良好な導電性および透明性を発現する酸化チタン系透明導電性基板を工業的に簡便かつ安価に製造しうる方法を提供する。
【解決手段】 (A)チタン化合物を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物と(B)ニオブ化合物またはタンタル化合物を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物とを含む前駆体液を調製し、これを透明基板上に塗布した後、室温で所定時間放置する熟成処理を施し、その後、焼成を施すことなく、還元雰囲気下にて加熱するアニール処理を施して、ニオブまたはタンタルがドープされた酸化チタンからなる透明導電性膜を透明基材上に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、良好な導電性および透明性を有する酸化チタン系透明導電性基板を工業的に簡便かつ安価に製造しうる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、太陽電池や液晶表示装置等に用いられる透明導電性基板としては、透明基板上に酸化インジウム錫(ITO)膜を形成したものが汎用されている。しかし、ITOの主成分であるIn(インジウム)は、資源枯渇や価格急騰といった問題に直面している。このため、他の金属を用いた透明導電性膜が要望されており、代替材料として酸化チタンを用いた透明導電性基板の開発が進められている(特許文献1、2参照)。
【0003】
そのような中、本発明者らは、先に、(A)チタン化合物に過酸化水素を反応させた反応生成物と(B)ニオブ化合物またはタンタル化合物に過酸化水素を反応させた反応生成物とを含む前駆体液を、透明基材上に塗布し、焼成した後、還元雰囲気下にて加熱するアニール処理を施すことにより、ニオブまたはタンタルがドープされた酸化チタンからなる透明導電性膜を形成する方法を見出した(特願2008−278723号)。この方法は、金属酸化物の薄膜を形成する際に、それまで一般に採用されてきたスパッタ法やPLD(パルスレーザーデポジション)法のような真空条件下で成膜する方法(真空法)ではなく、前駆体液を基材に塗布した後に加熱する方法(塗布法)を採用するものであるので、従来の真空法のように設備的なコストが嵩む大掛かりな真空装置を要することもなく、既存の設備を用いて簡便な操作で実施することができ、しかも大面積化も容易であり、工業的な大量生産に適しているという利点がある。しかも、この方法によって透明導電性膜を形成した透明導電性基板は、比抵抗が1.8×10-3Ω・cm〜8.3×10-3Ω・cm程度、透過率が可視領域で約80%、赤外領域で約80%であり、良好な導電性および透明性を備えたものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−226598号公報
【特許文献2】特開2005−11737号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した塗布法による透明導電性膜の形成方法は、アニール処理の前に焼成を施すものであり、二度の加熱工程を実施しなければならない。ところが、一般に、焼成や高温アニール処理などの加熱工程を工業的スケールで実施するには、充分な安全設備や多大なエネルギーが必要になるため、設備コストや操業コスト等の観点からは、加熱工程の省略、削減が望まれる。上述した方法により透明導電性基板を工業的に製造する場合も、同様に、加熱工程である焼成を省略することが望まれていたが、焼成を行わなければ充分な導電性(比抵抗)が得られない、という知見が得られていた(特願2008−278723号の明細書[0042]:比較例3参照)。
【0006】
そこで、本発明の課題は、簡便な塗布法においてアニール処理前に焼成を施すことなく、良好な導電性および透明性を発現する酸化チタン系透明導電性基板を工業的に簡便かつ安価に製造しうる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、ペルオキシ前駆体は、熱的安定性が低いため、通常、室温下では、縮合が起こって重合度が上がり、増粘する傾向があることに着目し、この現象は基板上に塗布し微量な前駆体膜とした状態でも進行するであろうと考え、これを利用することを着想した。そして、ペルオキシ前駆体を基板上に塗布した後、室温で所定時間放置する熟成処理を施すようにすれば、経時的に前駆体膜の縮合が進行するので、その後に実施するアニール処理の温度および時間に応じて充分に縮合が進行した状態となるように熟成処理における放置時間を設定することにより、焼成を省略しても導電特性や透明性に優れた透明導電性基板が得られることを見出した。また、その際、アニール処理の温度を比較的高温とした場合には、得られる膜の導電性がより向上し、アニール処理の温度を比較的低温とした場合には、得られる膜の透明性がより向上する傾向があることをも見出した。本発明はこれらの知見により完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の構成からなる。
(1)(A)チタン化合物を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物と(B)ニオブ化合物またはタンタル化合物を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物とを含む前駆体液を調製し、これを透明基板上に塗布した後、室温で所定時間放置する熟成処理を施し、その後、焼成を施すことなく、還元雰囲気下にて加熱するアニール処理を施して、ニオブまたはタンタルがドープされた酸化チタンからなる透明導電性膜を透明基材上に形成する、ことを特徴とする透明導電性基板の製造方法。
(2)前記前駆体液の調製は−10℃以下で行うとともに、調製後の前駆体液は塗布に供するまでの間、−10℃以下に保持する、前記(1)記載の透明導電性基板の製造方法。
(3)前記熟成処理の処理時間は、5分以上、1000時間以内とする、前記(1)または(2)記載の透明導電性基板の製造方法。
(4)前記アニ−ル処理の加熱温度を450〜700℃とする、前記(1)〜(3)のいずれかに記載の透明導電性基板の製造方法。
(5)前記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法によって得られた透明導電性基板。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、簡便な塗布法においてアニール処理前に焼成を施すことなく、良好な導電性および透明性を発現する酸化チタン系透明導電性基板を工業的に簡便かつ安価に製造することができる。詳しくは、本発明は、従来の真空法のように、設備的なコストが嵩む大掛かりな真空装置を要しないので、既存の設備を用いて簡便な操作で安価に実施することができ、しかも大面積化も容易であり、工業的な大量生産に適している。また、本発明は、アニール処理前の焼成工程を必要としないので、設備コストや操業コスト等を削減でき、より安価に製造することができる。また、本発明によれば、熟成処理の時間を調整することにより、アニール処理の温度を任意に設定できるので、当該アニール処理の温度によって得られる透明導電性基板の特性(すなわち、導電性と透明性のバランス)を選択的に変化させることができる、という効果が得られ、その結果、用途に応じて最適な特性を有する透明導電性基板を提供することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の透明導電性基板の製造方法においては、まず、膜形成材料として、(A)チタン化合物を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物と(B)ニオブ化合物またはタンタル化合物(以下、「ニオブ化合物またはタンタル化合物」を纏めて「ドーパント化合物」と称し、「ニオブまたはタンタル」を纏めて「ドーパント」と称することもある)を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物とを含む前駆体液を調製する。この前駆体液は、(A)チタン化合物および(B)ニオブ化合物またはタンタル化合物がペルオキシ化されてなる錯体(ペルオキシ錯体)を含むものであり、該ペルオキシ錯体は、加熱によりニオブまたはタンタルがドープされた酸化チタンとなる金属酸化物前駆体である。本発明においては、膜形成を、周期律表のVA族に属する5価のニオブまたはタンタルが酸化チタンにドープされた金属酸化物で行うことによって、良好な導電性を発現させる。
【0011】
前記前駆体液の調製は、例えば、i)(A)チタン化合物を過酸化水素と反応させることにより得られた反応生成物であるチタンのペルオキシ錯体と、(B)ドーパント化合物を過酸化水素と反応させることにより得られた反応生成物であるドーパントのペルオキシ錯体とを所望の割合で混合する方法や、ii)(A)チタン化合物と(B)ドーパント化合物とを予め所望の割合で混合した混合物を過酸化水素と反応させる方法によって行なうことができる。
【0012】
前記前駆体液を調製するに際し、(A)チタン化合物もしくは該チタン化合物由来のペルオキシ錯体と、(B)ドーパント化合物もしくは該ドーパント化合物由来のペルオキシ錯体との混合割合は、特に制限されないが、最終的に形成された酸化チタン膜におけるドーパント(ニオブまたはタンタル)の含有比率が0.1〜40モル%、好ましくは5〜30モル%となるようにすればよい。前記(B)(ドーパント化合物もしくは該ドーパント化合物由来のペルオキシ錯体)が前記範囲よりも少ないと、ドープ効果が不充分となり、導電性が低下するおそれがあり、一方、前記(B)が前記範囲よりも多くても、導電性が低下したり、膜の透明性が低下するおそれがある。
【0013】
前記前駆体液を調製するに際し、過酸化水素による反応(すなわち、ペルオキシ化反応)は、例えば、チタン化合物、ドーパント化合物またはこれらの混合物を適当な溶媒により溶解させ、攪拌しつつ濃度1〜60重量%程度の過酸化水素水を添加することにより行うことができる。このとき、過酸化水素水は、添加速度を抑えながら行うことが好ましい。チタン化合物またはドーパント化合物に反応させる過酸化水素の量は、特に制限はないが、1モルのチタン化合物につき通常0.8〜20モル、1モルのドーパント化合物につき通常0.8〜20モルである。ペルオキシ化反応の反応時間は、通常1秒〜60分、好ましくは5分〜20分程度である。なお、過酸化水素水を添加した後、さらに攪拌を続けることによりペルオキシ化反応を充分に進行させるようにしてもよい。
【0014】
前記過酸化水素によるペルオキシ化反応は、通常、激しい発熱を伴うので、生成した前駆体液の縮合を抑制するため、前駆体液の調製(具体的には、過酸化水素によるペルオキシ化反応)は−10℃以下の極低温下で行うことが好ましい。より好ましくは−50℃以下、さらに好ましくは−60℃以下、最も好ましくは−70℃以下とするのがよい。また、同様の理由から、調製後の前駆体液(過酸化水素によるペルオキシ化反応で得られた反応生成物)も塗布に供するまでの間、−10℃以下、より好ましくは−50℃以下、さらに好ましくは−60℃以下、最も好ましくは−70℃以下の極低温下に保持することが好ましい。
【0015】
前記過酸化水素によるペルオキシ化反応に用いることのできる溶媒としては、特に制限はないが、融点が低く、配位能力によってペルオキシ前駆体を安定化できる配位性溶媒であり、かつ不純物混入による導電性低下を考慮すると、成膜した際の残留カーボン量を増大させない溶媒、もしくはそれらの混合溶媒が好ましく用いられる。そのような溶媒としては、例えば、水系や揮発性のある程度高いアルコール系の水溶性溶剤等が挙げられ、具体的には、水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、3−メトキシ−1−ブタノール、ジアセトンアルコール(別名;4−ヒドロキシ−4−メチルペンタン−2−オン)、エチレングリコール、3−メトキシ−3−メチル−1−ブタノール、γ−ブチロラクトン、4−ヒドロキシ−2−ブタノン、5−ヒドロキシ−2−ペンタノン、δ−バレロラクトン、ε−カプロラクトン、テトラヒドロフラン−2−カルボン酸、2−メチル−1,3−プロパンジオール等が挙げられる。
【0016】
前記(A)チタン化合物は、チタン源としてTi原子を含むものであれば特に制限はなく、例えば、塩化チタン(二塩化チタン、三塩化チタン、四塩化チタン等)、チタンアルコキシド(メトキシド、エトキシド、イソプロポキシド等)、硫酸チタニル、金属チタン、水酸化チタン(オルトチタン酸)、オキシ硫酸チタン等を用いることができる。
前記(B)ドーパント化合物のうちニオブ化合物は、ニオブ源としてNb原子を含むものであれば特に制限はなく、例えば、塩化ニオブ、ニオブアルコキシド(メトキシド、エトキシド等)、金属ニオブ、水酸化ニオブ等を用いることができる。また、前記(B)ドーパント化合物のうちタンタル化合物は、タンタル源としてTa原子を含むものであれば特に制限はなく、例えば、塩化タンタル、タンタルアルコキシド(メトキシド、エトキシド等)、金属タンタル、水酸化タンタル等を用いることができる。
なお、上記のうち、チタンアルコキシド、ニオブアルコキシド、タンタルアルコキシドは、水分と接触すると直ちに反応する不安定な物質なので、乾燥(低湿度)雰囲気で扱うことが好ましい。
【0017】
前記前駆体液の固形分濃度は、通常、10重量%以下とするのが好ましく、特に、前駆体液の保存安定性(ポットライフ)の観点からは、2重量%以下であるのがより好ましい。固形分濃度が10重量%を超えると、前駆体液の保存安定性が低下し、極低温下においてもペルオキシ前駆体の熱分解により縮合が進み、塗布時に粘度が上昇する傾向があるので、透明基板上に均一に塗布することが困難になるおそれがある。
なお、ここでいう固形分濃度は、前駆体液を得る際に用いたチタン化合物およびドーパント化合物の合計重量が、前駆体液の全重量中に占める割合(重量%)を意味するものである。
【0018】
本発明の透明導電性基板の製造方法においては、次に、前記前駆体液を透明基材上に塗布する。
前記透明基板としては、熱が付加されるアニール処理工程における加熱の際に形状を維持しうるものであり、かつ透明性を有するものであれば、特に制限はない。例えば、各種ガラス等の無機材料、熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂(例えば、エポキシ樹脂、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリエチレンサルファイド、ポリエーテルスルホン、ポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、トリアセチルセルロース、ポリイミドなどのプラスチック類)等の高分子材料などで形成された板状物、シート状物、フィルム状物等を用いることができる。これらの中でも、比較的高温でアニ−ル処理を実施する場合には、各種ガラス等の無機材料がより好ましい。透明基材の可視光透過率は、通常、90%以上、好ましくは95%以上であるのがよい。
【0019】
前記前駆体液を透明基板上に塗布する際の塗布方法は、均一に塗布できる方法であれば特に制限はなく、従来公知の方法を採用することができる。例えば、キャピラリコート法、スピンコート法、スリットダイコート法、スプレーコート法、ディップコート法、ロールコート法、スクリーン印刷法、フレキソ印刷法、バーコーター法等のウェットコーティング法を採用することができる。
【0020】
前記前駆体液を塗布するに際し、塗布量は、特に制限されるものではなく、例えば、最終的に形成される膜の厚み(ドライ膜厚)が10nm〜300nmとなるようにすればよい。最終的に形成されたドライ膜厚が前記範囲よりも小さいと、基材に凹凸が存在する場合などに部分的に塗布されにくい箇所や実際に塗布されていない箇所が生じるおそれがあり、一方、前記範囲よりも大きいと、透明性が低下するおそれがある。なお、このような厚みに前駆体液を塗布するためには、塗布を1回で行ってもよいし、複数回に分けて行ってもよい。
【0021】
本発明の透明導電性基板の製造方法においては、上述のように前記前駆体液を塗布して得られたペルオキシ前駆体からなる膜に、室温で所定時間放置する熟成処理を施す。この熟成処理は、室温で放置するだけの簡便な操作によるものであり、加熱手段や冷却手段を講じる必要もないので、工業的スケールにおいても設備コストや操業コスト等が嵩むことなく、容易に実施することができる。ここで、室温とは、通常20±15℃程度である。
【0022】
前記熟成処理における処理時間(放置時間)は、好ましくは5分以上、1000時間以内の範囲内で、引き続き実施するアニール処理の温度および時間に応じて設定される。例えば、アニ−ル処理を低温(例えば500℃以下)で行う場合、ペルオキシ前駆体からなる膜の縮合はアニール処理の前になるべく進行した状態になっていることが望ましく、熟成処理の処理時間は、通常、120時間以上の比較的長時間とするのが好ましいが、熟成処理の処理時間が短くても(例えば120時間に満たなくても)、アニール処理の処理時間を長く設定すれば(例えば1時間以上、好ましくは2時間以上)、低温でのアニール処理によって10-3Ω・cmオーダーの良好な導電性を発現させることができる。ただし、加熱工程であるアニール処理を長時間行うことは、操業コストの高騰に繋がることになるので、アニール処理を低温で行う場合には、やはり熟成処理を長くすることが好ましい。他方、ドーパント含量を高く(例えば20重量%以上)設定してアニール処理を高温(例えば600〜700℃)で行うようにした場合には、熟成処理の処理時間は、5分程度の短時間であっても、あるいは逆に600時間を超えるような長時間でもあっても、良好な導電性が発現される。
【0023】
本発明の透明導電性基板の製造方法においては、上述のように熟成処理を施した後、焼成を施すことなく、還元雰囲気下にて加熱するアニール処理を施す。これにより、ペルオキシ前駆体からなる膜は、自己脱水縮合反応を起こして、アモルファス相のNbまたはTaドープ酸化チタンに変化し、引き続き、アモルファス相からアナターゼ相に結晶転移するとともに、結晶相中に酸素欠損を生じ、その結果、高い導電性を発現することとなる。なお、一般に、酸素欠損を導入すると抵抗の高いルチル結晶相に変化しやすい傾向となるが、本発明においては、酸化チタンにドープしたニオブまたはタンタルが、酸素欠損を導入してもアナターゼ結晶相を安定化させる作用をなすため、高い導電性を発現しうる結晶状態を維持させることができる。
【0024】
前記アニール処理の際の還元雰囲気としては、特に制限はなく、例えば、窒素、一酸化炭素、アルゴンプラズマ、水素プラズマ、水素、真空、アンモニア、不活性ガス(アルゴン等)、あるいはこれらの混合ガスの雰囲気など、一般的な還元雰囲気が挙げられる。好ましくは、強還元雰囲気である水素雰囲気(水素ガス100%雰囲気)を採用するのがよい。
【0025】
前記アニール処理における加熱温度は、基板上に塗布されたペルオキシ前駆体からなる膜が高い導電性を発現するアナターゼ型のNbまたはTaドープ酸化チタンに変化しうる温度であればよく、ドーパントの含有比率などに応じて適宜設定すればよい。アナターゼ結晶相に変化させるために必要な温度は、酸化チタンへのニオブ又はタンタルのドープ量が多いほど高くなるのであり、アニール処理における加熱温度の下限は、通常450℃以上、好ましくは500℃以上である。他方、アニール処理における加熱温度があまりに高いと、アナターゼ結晶相が抵抗の高いルチル結晶相に変化し始めて導電性が低下するとともに、膜の透明性も低下する傾向があるので、アニール処理の加熱温度の上限は、通常700℃以下、好ましくは600℃以下、より好ましくは550℃以下の範囲で設定することが望ましい。ただし、ルチル結晶相に変化し始めるときの温度は、ドーパントの含有比率によって異なるのであり、ドーパントの含有比率が比較的高い場合には、アニール処理の際の加熱温度がある程度高くても、結晶相が変化して導電性が低下することはない。具体的には、ドーパントの含有比率(形成される透明導電性膜におけるニオブまたはタンタルの含有比率)が10モル%超である場合には、前記アニール処理の加熱温度が550℃超であっても、結晶相がルチル型に変化することはなく、良好な導電性が得られる。なお、アニール処理の加熱温度の設定には、上記に加えて、使用する透明基材の耐熱温度も考慮される。
【0026】
前記アニール処理における処理時間(加熱時間)は、熟成処理の処理時間やアニール処理の加熱温度等に応じて適宜設定すればよいが、加熱工程であるアニール処理を長時間行うことは、操業コストの高騰に繋がることになるので、通常、1分〜1時間程度、好ましくは3分〜30分間程度とするのが好ましい。
【0027】
本発明の透明導電性基板の製造方法においては、アニール処理の温度によって得られる透明導電性基板の特性(すなわち、導電性と透明性のバランス)を選択的に変化させることができる。例えば、導電性を重視する場合には、アニール処理の温度を比較的高温(例えば600〜700℃)にすればよく、他方、透明性を重視する場合には、アニール処理の温度を比較的低温(例えば500℃以下)にすればよい。
【0028】
詳しくは、導電性を重視する場合、アニール処理を高温で行うことにより、還元効率が高くなり、導電性はより向上する。しかし、その反面、還元効率が高くなることにより酸素欠損導入に伴うキャリア由来のプラズマ吸収が増加したり、酸化チタンのTi(IV)が着色を示すTi(III)に還元されたりするので、透明性は低下する傾向にある。ただし、このような場合であっても、アニール処理の処理時間を短縮すれば、透明性を若干向上させることができる。具体的には、例えば、ドーパントの含有比率(形成される透明導電性膜におけるニオブまたはタンタルの含有比率)が20モル%である場合、アニール処理を温度700℃、処理時間5分程度の条件で行えば、高い導電性とともに良好な透明性を備えた透明導電性膜が得られる。
他方、透明性を重視する場合には、上述した通りアニール処理の温度が高いと透明性が低下する傾向があるので、アニール処理温度はなるべく低い方が望ましい。そのようにアニール処理を低温で行うことにより、より高い透明性を確保することができる。ただし、少なくとも導電性を発現させるには、アニール処理の温度は、アナタ−ゼ結晶相が発現する必要最低温度以上に設定される。具体的には、例えば、ドーパントの含有比率が20モル%である場合、アニール処理を温度500℃、処理時間30分程度の条件で行えば、良好な導電性を保持しつつ、高い透明性を有する透明導電性膜が得られる。
【0029】
以上のような方法によって、ニオブまたはタンタルがドープされた酸化チタンからなる透明導電性膜を、焼成工程を経ることなく透明基材上に形成することができる。この透明導電性膜は、アナターゼ型結晶相を有し、NbまたはTaドープ酸化チタンの多結晶体からなる薄膜であり、導電性と透明性とを兼ね備えたものである。具体的には、本発明の製造方法により得られた透明導電性基板の特性は、上述したように熟成処理の時間およびアニール処理条件(温度、時間)によって異なるが、少なくとも、比抵抗は、通常9×10-3Ω・cm以下、好ましくは8×10-3Ω・cm以下であり、透過率は、可視光領域で、通常60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上、さらに好ましくは80%以上であり、赤外領域で、通常60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上、さらに好ましくは80%以上である。なお、これらの透過率および比抵抗は、例えば実施例で後述する方法によって測定することができる。
【0030】
本発明の製造方法により得られた透明導電性基板は、例えば、タッチパネル、LED(発光素子)、液晶表示装置、有機EL表示装置、フレキシブル表示装置、プラズマ表示装置などの表示装置やその他の情報処理機器の電極や配線材料、太陽電池の電極、窓ガラスの熱線反射膜、帯電防止膜等の用途に用いられる。さらに、本発明の製造方法により得られた透明導電性基板は、屈折率が高いという特長を活かして、反射防止機能を有した帯電防止板としても有効である。とりわけ、タッチパネルの用途においては、現在汎用されているITO膜は、比抵抗が小さすぎるため(通常、10-4Ω・cmオーダー)タッチパネルに最適な表面抵抗とするには膜厚を薄くせざるを得ないという問題があることから、10-3Ω・cmオーダーの比抵抗を発現しうる本発明の透明導電性基板は、充分な入力耐性が得られるだけの膜厚に設定しながら最適な表面抵抗を発現できる材料として、その有用性が期待される。
【0031】
なお、上述した本発明の製造方法では、前駆体液は透明基板上に直接塗布しているが、例えば液晶表示装置のようなデバイス等の透明電極用途においては、透明基板の上に着色膜(カラーフィルター)等の中間膜を介在させ、それらの上に直接前駆体液を塗布するようにしてもよく、このように透明基板と透明導電性膜との間に中間膜を介在させた態様も本発明の範囲に包含される。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例により限定されるものではない。
【0033】
なお、透明導電性基板の物性は以下の方法で測定した。
<比抵抗> 比抵抗は、抵抗率計(三菱化学(株)製「LORESTA−GP,MCP−T610」)を用いて、四端子四探針法により測定した。詳しくは、サンプルに4本の針状電極を直線状に置き、外側の二探針間に一定の電流を流し、内側の二探針間に一定の電流を流し、内側の二探針間に生じる電位差を測定して、抵抗を求めた。なお、測定は、5cm角の基板内において9点で測定を行い、得られた測定値の平均をその膜の比抵抗とした。
<透過率> 透過率は、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光(株)製「V−670」)を用い、可視光領域については波長360〜380nm、赤外領域については波長900〜1200nmの範囲で測定した。
【0034】
(実施例1)
まず、アルゴンガス雰囲気中でチタンテトライソプロポキシド2.01gをエタノール12.25g中に溶解させ、これに、濃度30重量%の過酸化水素水4.01gをエタノール2.05gで希釈した液を攪拌下で徐々に添加し、添加終了後、1分間攪拌して、ペルオキシ化反応させた。なお、反応は、溶液を入れたフラスコの周囲をドライアイスおよびエタノールで−68℃に冷却しながら行い、過酸化水素水の添加によって溶液の急激な内温上昇が起こらないように制御した。このようにして得られた反応生成物をチタンペルオキシ錯体(a1)とし、引き続きドライアイスおよびエタノールで−68℃に冷却した状態で保管した。
【0035】
他方、アルゴンガス雰囲気中でニオブペンタエトキシド0.51gをエタノール6.39g中に溶解させ、これに、濃度30重量%の過酸化水素水0.54gを攪拌下で徐々に添加し、添加終了後、1分間攪拌して、ペルオキシ化反応させた。なお、反応は、上記と同様に、溶液を入れたフラスコの周囲をドライアイスおよびエタノールで−68℃に冷却しながら行い、過酸化水素水の添加によって溶液の急激な内温上昇が起こらないように制御した。このようにして得られた反応生成物をニオブペルオキシ錯体(b1)とし、引き続きドライアイスおよびエタノールで−68℃に冷却した状態で保管した。
【0036】
次に、上記チタンペルオキシ錯体(a1)と、上記ニオブペルオキシ錯体(b1)とを、ドライアイスおよびエタノールで−68℃に冷却しながら、チタン:ニオブ=80:20(モル比)となるような割合で混合し、固形分濃度9重量%の前駆体液とした。この前駆体液は、続く塗布に供するまでの間、引き続きドライアイスおよびエタノールで冷却し、−68℃を維持した。
【0037】
この前駆体液を透明基板(無アルカリガラス「コーニング社製1737」、厚さ0.7mm、5cm角)上に、ドライ膜厚63nmとなるようにスピンコーターで1回塗布し、次いで、室温(22℃)で放置する熟成処理を529.63時間施した。その後、続いて、水素100%の還元雰囲気にて700℃で0.5時間アニ−ル処理を施すことにより、透明導電性基板を得た。
得られた透明導電性基板は、比抵抗が1.79×10-3Ω・cmであり、透過率が、可視領域で約60〜70%、赤外領域で約60〜70%であった。
【0038】
(実施例2)
熟成処理の時間を120.52時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、透明導電性基板を得た。
得られた透明導電性基板は、比抵抗が2.67×10-3Ω・cmであり、透過率が、可視領域で約60〜70%、赤外領域で約60〜70%であった。
【0039】
(実施例3)
熟成処理の時間を0.17時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、透明導電性基板を得た。
得られた透明導電性基板は、比抵抗が1.63×10-3Ω・cmであり、透過率が、可視領域で約60〜70%、赤外領域で約60〜70%であった。
【0040】
(実施例4)
アニール処理の温度を700℃から500℃に変更し、かつ熟成処理の時間を528.33時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、透明導電性基板を得た。
得られた透明導電性基板は、比抵抗が2.76×10-3Ω・cmであり、透過率が、可視領域で約70〜80%、赤外領域で約70〜80%であった。
【0041】
(実施例5)
アニール処理の温度を700℃から500℃に変更し、かつ熟成処理の時間を121.33時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、透明導電性基板を得た。
得られた透明導電性基板は、比抵抗が7.57×10-3Ω・cmであり、透過率が、可視領域で約70〜80%、赤外領域で約70〜80%であった。
【0042】
(実施例6)
アニール処理の処理時間を0.5時間から5分間に変更し、かつ熟成処理の時間を0.17時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、透明導電性基板を得た。
得られた透明導電性基板は、比抵抗が1.78×10-3Ω・cmであり、透過率が、可視領域で約70〜75%、赤外領域で約70〜75%であった。
【0043】
(実施例7)
アニール処理の温度を700℃から500℃に変更し、アニール処理の処理時間を0.5時間から2時間に変更し、かつ熟成処理の時間を0.23時間に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、透明導電性基板を得た。
得られた透明導電性基板は、比抵抗が6.31×10-3Ω・cmであり、透過率が、可視領域で約85%、赤外領域で約75〜80%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)チタン化合物を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物と(B)ニオブ化合物またはタンタル化合物を過酸化水素と反応させて得られる反応生成物とを含む前駆体液を調製し、これを透明基板上に塗布した後、室温で所定時間放置する熟成処理を施し、その後、焼成を施すことなく、還元雰囲気下にて加熱するアニール処理を施して、ニオブまたはタンタルがドープされた酸化チタンからなる透明導電性膜を透明基材上に形成する、ことを特徴とする透明導電性基板の製造方法。
【請求項2】
前記前駆体液の調製は−10℃以下で行うとともに、調製後の前駆体液は塗布に供するまでの間、−10℃以下に保持する、請求項1記載の透明導電性基板の製造方法。
【請求項3】
前記熟成処理の処理時間は、5分以上、1000時間以内とする、請求項1または2記載の透明導電性基板の製造方法。
【請求項4】
前記アニ−ル処理の加熱温度を450〜700℃とする、請求項1〜3のいずれかに記載の透明導電性基板の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法によって得られた透明導電性基板。

【公開番号】特開2010−238401(P2010−238401A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−82666(P2009−82666)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】