説明

過熱水蒸気を利用した有機系摩擦調整材の合成方法

【課題】カシューダストの製造工程において、高温での硬化反応を無酸素状態で実施できる有機系摩擦調整材の合成方法を提供する。
【解決手段】カシューナッツシェルリキッド(CNSL)と硬化剤を反応させて得られたCNSLの一次重合物を加熱硬化反応させ、冷却・粉砕して摩擦調整材とする有機系摩擦調整材の合成方法において、該加熱硬化反応に過熱水蒸気を使用することを特徴とする有機系摩擦調整材の合成方法。前記CNSLは、モノマー、オリゴマー、変性CNSLあるいはそれらの混合物であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業機械、鉄道車両、荷物車両、乗用車などに用いられる摩擦材に関するものであり、特に摩擦材に配合される有機系摩擦調整材の合成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキやドラムブレーキなどのブレーキ、あるいはクラッチなどに使用される摩擦材は、摩擦作用を与え、かつその摩擦性能を調整する摩擦調整材、補強作用をする繊維基材、これらを一体化し強度を与える結合材などの材料からなっている。
その中で、摩擦材の摩擦特性を調整する材料としては摩擦調整材及び固体潤滑材があるが、これらにも無機系と有機系とがあり、それぞれの特徴があって、1種類ではすべての要求を満足することが難しいので、通常2種類以上のものが組み合わされて使用されている。そして、摩擦調整材としては、例えば、アルミナやシリカ、マグネシア、ジルコニア、銅、アルミニウム、亜鉛等の無機系摩擦調整材、ゴム粉や樹脂粉等の有機系摩擦調整材を、また固体潤滑材としては、例えば黒鉛や二硫化モリブデン等を挙げることができる。ところで、従来のブレーキ用摩擦材には、有機系摩擦調整材としてカシューダストなどが用いられてきた。カシューダストなどの有機系摩擦調整材は、相手材温度約200〜250℃で摩擦面で液化し、潤滑作用をすることによって、摩擦材・相手材の摩耗防止や、摩擦係数の安定化、ノイズ防止などに寄与する。
【0003】
上記したように、カシューダストは有機系摩擦調整材としてしばしば利用されているが、このカシューダストの合成プロセスの概略は以下の通りである。
(1)原料(カシューナッツシュルリキッド類、フェノール類、硬化剤としてアルデヒド類)を混合する。
(2)酸触媒を混合する。
(3)常温でゲル化させる。
(4)所定の温度で加熱処理しゲルを硬化させる。
【0004】
「特許文献1」には、天然のカシューナッツシェルリキッド(以下「CNSL」とも言う)の重合反応物を含む発泡体組織からなり、表面に発泡体組織の気泡の破壊によって形成された不定形の突縁を有するカシューダスト及び、このカシューダストを得る方法すなわち、重合させたCNSLに発泡剤を加えてアルデヒド類と反応硬化させ、得られた発泡固形物を粉砕するカシューダストの製造方法が記載されている。
上記の具体的な製造方法は、CNSLを反応缶中に投入し、240℃〜260℃の温度条件の下で12時間重合反応をさせた後、40℃以下に冷却し、その反応液に発泡剤等を添加・混合し、次いでその混合液をニーダに移してヘキサメチレンテトラミンを加えて更に混合した後、この混合液をバットに薄くとり、80℃で8時間、150〜165℃で10時間加熱処理して反応硬化させ、冷却後粉砕して40メッシュ以下の細かい粒度のカシューダストを得るというものである。
しかし、「特許文献1」に記載されたような加熱処理による硬化反応は急激な発熱を伴い、条件により発火・爆発に至る恐れがある。又、加熱処理温度が200℃前後という高温であるため、エネルギーコストが上昇する。
【特許文献1】特公平7−3256号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
通常、CNSL又はその重合体を硬化するための硬化剤としてホルムアルデヒド(又はパラホルムアルデヒド)、又はヘキサミン(ヘキサメチレンテトラミン)と、フルフラールとが一般的であるが、フルフラールを硬化剤として用いた場合には、硬度の高いカシューダストが得られ、また、ホルムアルデヒド又はヘキサミンを使用した場合には、前者に比べて硬度の低い軟らかいカシューダストとなる。
軟らかいカシューダストを摩擦材に配合すると、摩擦係数が低下し、十分な摩擦係数が得られない場合がある。そのため、摩擦材のカシューダストとしては、耐熱性も高い硬質のカシューダストが用いられることが多い。
しかし、いずれの場合もCNSLを付加重縮合させた重合体(オリゴマー)を通常のオーブンを使用し、高温で加熱処理するために前記重合体は酸化されやすい状態にあり、加熱温度がより高温になってくると、硬化反応の温度制御が困難となり、酸素と熱の存在により自動酸化を起こして急激に発熱し爆発・発火する危険がある。
【0006】
従って、本発明の第一の課題は、CNSLを重合硬化反応させて有機系摩擦調整材を合成する際、硬化反応の温度制御を一定に保つことのできる加熱硬化方法を提供することである。
又、CNSLの重合体を高温で長時間加熱処理するため、通常のオーブンでは酸素の存在で前記重合体は酸化されやすい状態にあり、自動酸化による急激な発熱と爆発・発火の原因になっていると考えられるので、本発明の第二の課題は酸素が殆ど存在しないか、あるいは無酸素状態で硬化熱処理を行うことのできる有機系摩擦調整材の合成方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の課題は、下記の手段により達成された。
(1)カシューナッツシェルリキッドと硬化剤を反応させて得られたカシューナッツシェルリキッドの一次重合物を加熱硬化反応させ、冷却・粉砕して摩擦調整材とする有機系摩擦調整材の合成方法において、該加熱硬化反応に過熱水蒸気を使用することを特徴とする有機系摩擦調整材の合成方法。
(2)前記カシューナッツシェルリキッドは、モノマー、オリゴマー、変性カシューナッツシェルリキッドあるいはそれらの混合物であることを特徴とする前記(1)記載の有機系摩擦調整材の合成方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の過熱水蒸気を用いる有機系摩擦調整材の合成方法は、過熱水蒸気中に殆ど酸素が含まれないので、酸素と高熱の存在で起きる自動酸化を抑えることができる。そのため、硬化反応の過程で有機系摩擦調整材が自動酸化により急激に発熱し、爆発・発火する危険が大幅に低下し、摩擦調整材の製造工程の安定化に大きい効果がある。
更に、過熱水蒸気の使用は摩擦調整材の加熱硬化処理に利用した蒸気を再循環することが可能となり、反応工程の消費エネルギーを節約することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、CNSL(モノマー、オリゴマー、変性CNSLあるいはこれらの混合物)を硬化剤(ヘキサメチレンテトラミン、フルフラール、パラホルムアルデヒド、自硬化性樹脂あるいはこれらの混合物)と反応させて得られる一次重合物の加熱処理を過熱水蒸気によって実施する。
上記したように、本発明の有機系摩擦調整材の合成方法は、CNSL樹脂の硬化熱処理に過熱水蒸気を使用する工程に特徴がある。CNSLにアルデヒド類(パラホルムアルデヒド、フルフラール、自硬化性樹脂あるいはこれらの混合物等)と酸触媒を添加し、付加縮合重合させて二量体以上のオリゴマーとし、更に必要なら、ヘキサメチレンテトラミンのような硬化剤を加えゲル化した後、高温の過熱水蒸気で直接加熱して硬化させて、これを冷却・粉砕したものであり、摩擦材の耐摩耗性を向上すると共に摩擦係数を安定化する摩擦調整材として使用する。
そして、本発明の製法によって得た有機系摩擦調整材を含めて摩擦材原料を均一に混合した後、その粉状混合物を加圧して予備成形し、次いで、加圧下で熱成形することによって、摩擦材が製造される。
【0010】
本発明で使用する過熱水蒸気とは、ある圧力下において、その圧力における水の沸点以上の温度に加熱された水蒸気のことであって、水蒸気のみ存在するために高い熱量を保持する。このような過熱水蒸気を有機系摩擦調整材の加熱硬化処理に用いれば、過熱水蒸気の比熱は空気に比べてきわめて大きく、重合体に対する熱伝導率も高いので、硬化反応の制御が安定し、合成した有機系摩擦調整材の品質が向上する。
本発明の有機系摩擦材の硬化熱処理において、使用する過熱水蒸気の温度は、加熱硬化処理を十分行うに必要な高い温度であることが求められるが、通常100〜250℃の範囲が好ましい。又、本発明において使用する過熱水蒸気発生装置は、加熱硬化処理に必要な温度の過熱水蒸気を発生することができれば、どのような種類の装置でも良い。
【0011】
通常、過熱水蒸気中には殆ど酸素が含まれないので、本発明で過熱水蒸気を加熱硬化反応の熱源として使用することにより、酸素と熱の存在で発生する自動酸化を抑えることができる。そのため有機系摩擦材が急激に発熱し、爆発・発火する危険も大幅に低下する。それ故、過熱水蒸気は摩擦材の製造工程の安定化にきわめて大きい効果がある。
更に、加熱水蒸気を使用することにより加熱処理に利用した蒸気を再循環することが可能となり、反応工程上の消費エネルギーを節約することができる。
【0012】
また、排気が必要な場合、高温の空気などの気体を用いた場合は、全量排気する必要があるので排気装置が大型化するが、過熱水蒸気は凝縮して蒸気を液体として回収することができるので、過熱水蒸気を使用する場合は、小型の排気装置で済ませることができる。
そのため、排気装置の容量が小さくて済み、エネルギー的・コスト的に高温の気体を用いる場合に比してメリットは大きい。特に加熱処理装置のスケールが大きくなるほど更にメリットは大きくなる。
しかし、必要なら、過熱水蒸気に窒素などの酸素を含有しない他の気体を混合して使用することもできる。このように過熱水蒸気と他の気体を混合して使用する場合は、混合する気体を予備加熱して、過熱水蒸気中の水蒸気が凝縮を起こさない程度の温度に調整することが好ましい。また、過熱水蒸気と他の気体を混合する方法は、配管中、ノズル中、加熱処理機内いずれの工程で混合してもよい。
【0013】
本発明で使用されるCNSLは、カシューダストの製造原料として用いられるもので、カルダノール、カルドール、メチルカルドールあるいはアナカルド酸を成分とするカシューナッツシェルから抽出したリキッド(オイル)であり、主成分はカルダノールである。カルダノールはm−位に炭素数10〜30の直鎖又は分岐状の脂肪族炭化水素基を有するフェノール誘導体で、炭化水素基にはアルケニル、ジエン及びトリエンからなる不飽和結合を含む。
【0014】
本発明の有機系摩擦調整材を合成する際、CNSLはモノマーをそのまま使用しても、蒸留等により精製したものを使用してもよく、すでに述べたようにCNSLを付加縮合重合させてオリゴマーとしたものでもよいし、これらの変性物であってもよい。更に、モノマー、オリゴマーあるいはそれらの変性物の混合物であってもよい。
【0015】
次に、硬化剤と反応させて得られた液状の初期重合体を過熱水蒸気を用いて80〜250℃で約1〜10時間、加熱硬化する。最後に得られた硬化物を粉砕して有機系摩擦調整材とする。粉砕された有機系摩擦調整材の中心粒子径は50〜500μm程度であるが、摩擦材原料の混合時または予備成形金型への充填時に過度に沈降しないようにするために、平均粒径を100〜500μm程度にそろえることが望ましい。
【0016】
摩擦材の配合に際しては、通常用いられるものが使用される。補強用の繊維基材としては、耐熱性有機繊維、無機繊維、金属繊維が使用される。前記した耐熱性有機繊維としては、例えば芳香族ポリアミド繊維、耐炎性アクリル繊維が使用され、無機繊維としては例えばチタン酸カリウム繊維やアルミナ繊維等のセラミック繊維、ガラス繊維、カーボン繊維、ロックウール等が使用され、また金属繊維としては例えば銅繊維やスチール繊維が使用される。無機充填材としては、硫酸バリウムや炭酸カルシウム等の粒子が使用される。
【0017】
結合材としては、例えばフェノール樹脂(ストレートフェノール樹脂、ゴム等による各種変性フェノール樹脂を含む)、メラミン樹脂、エポキシ樹脂等が使用される。また、摩擦調整材としては、例えば、アルミナやシリカ、マグネシア、ジルコニア、銅、アルミニウム、亜鉛等の無機系摩擦調整材や、ゴム粉、樹脂粉等の有機系摩擦調整材が使用される。固体潤滑材としては、例えばグラファイトや二硫化モリブデン等が使用される。
補強用の繊維基材は、摩擦材全体の15〜40mass%、摩擦調整材が10〜25mass%、充填材が35〜70mass%、結合材が6〜24mass%とするのが好ましい。
【0018】
摩擦材の製造においては、周知の製造工程により行うことができ、例えば、予備成形、熱成形、加熱、研磨等の工程を経て摩擦材を作製することができる。ディスクブレーキ用摩擦パッドの製造工程の場合においては、板金プレスにより所定の形状に成形され、脱脂処理及びプライマー処理が施され、そして接着剤が塗布されたプレッシャプレートと、耐熱性有機繊維や無機繊維、金属繊維等の繊維基材と、無機・有機充填材、摩擦調整材及び結合材等の粉末原料とを配合し、攪拌により十分に均質化した原材料を常温にて所定の圧力で成形(予備成形)して作製した予備成形体とを、熱成形工程において所定の温度及び圧力を加えて両部材を一体に固着し、アフタキュアを行い、最終的に仕上げ処理を施す工程が行われており、このような工程により製造することができる。
【実施例】
【0019】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0020】
実施例1
(有機系摩擦調整材の合成)
CNSLオリゴマー30g、フルフラール9.0gをビーカーに入れ10分間撹拌し、酸触媒として硫酸を1.0g投入し、さらに10分間撹拌した。次に、30℃に設定したオーブン内に24時間投入しゲル化させた後、過熱水蒸気オーブン内で過熱水蒸気によりゲルを直接加熱処理し硬化させた。過熱水蒸気による加熱パターンは以下の通りである。
1)常温から200℃まで300分で昇温。
2)200℃、300分間保持。
3)常温まで自然冷却。
最後に、得られた硬化ゲルを放冷後、粉砕し平均粒径250μmの有機系摩擦調整材を得た。
【0021】
比較例1
(有機系摩擦調整材の合成)
CNSLオリゴマー30g、フルフラール9.0gをビーカーに入れ10分間撹拌し、酸触媒として硫酸を1.0g投入し、さらに10分間撹拌した。次に、30℃に設定した送風式オーブン内に24時間投入しゲル化させた後、送風式オーブンにより加熱処理しゲルを硬化させた。加熱パターンは以下の通り。
1)常温から200℃まで300分で昇温。
2)200℃、300分保持。
3)常温まで自然冷却。
最後に、得られた硬化ゲルを放冷後、粉砕し平均粒径250μmの比較用の有機系摩擦調整材を得た。
【0022】
(摩擦調整材の評価)
実施例1の過熱水蒸気加熱条件で得られた有機系摩擦調整材と比較例1の送風加熱条件で得られた有機系摩擦調整材とを下記項目について評価した。
1)アセトン抽出率
ソックスレー抽出法にて測定(JIS K 6350による)
2)TGA(減量開始温度)
島津製作所製熱重量測定装置TGA−50型を用い、10℃/minの速度で加熱昇温した場合に得られる重量変化曲線の変曲点の温度を減量開始温度とした。
3)pH
4)灰分
評価結果を第1表に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
本発明の摩擦調整材の合成法によれば、加熱硬化時の爆発の危険を回避できることが明らかとなり、有機系摩擦調整材の製造工程の安全性が大きく向上した。又、第1表の結果から本発明による過熱水蒸気で加熱硬化したCNSL樹脂から現行品と同等の物性を有する有機系摩擦調整材の作成が可能であることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明の過熱水蒸気を用いる有機系摩擦調整材の合成方法は、酸素と高熱の存在で起きる自動酸化による発火等を抑えることができる。従って、有機系摩擦調整材の原料となるCNSL樹脂の硬化反応が安定となり摩擦調整材の得率が向上するので、摩擦材の製造工程に本発明により製造された有機系摩擦調整材が採用される可能性は大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カシューナッツシェルリキッドと硬化剤を反応させて得られたカシューナッツシェルリキッドの一次重合物を加熱硬化反応させ、冷却・粉砕して摩擦調整材とする有機系摩擦調整材の合成方法において、該加熱硬化反応に過熱水蒸気を使用することを特徴とする有機系摩擦調整材の合成方法。
【請求項2】
前記カシューナッツシェルリキッドは、モノマー、オリゴマー、変性カシューナッツシェルリキッドあるいはそれらの混合物であることを特徴とする請求項1記載の有機系摩擦調整材の合成方法。

【公開番号】特開2008−255133(P2008−255133A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−95343(P2007−95343)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】