説明

過酸化水素の定量に用いられる尿素誘導体

【課題】生体液試料に相応する水溶液中における溶解度および安定性に優れ、ペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量する臨床試薬として用いられるのに適した新しい物質を提供する。
【解決手段】下記の式(I)で表される尿素誘導体。式(I)中、R1はN−スルホアルキルカルバモイルメチル基を示し、R2およびR3は、それぞれ独立して、4−ジ置換アミノアリール基を表わし、R2とR3のアリール基は硫黄原子または酸素原子を介して互いに結合してもよく、さらに、R2とR3のアリール基の少なくとも1ヶ所がスルホン酸基で置換されていてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿素誘導体の構造を有する新規な化合物に関し、特に、臨床検査においてペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量するための呈色試薬等として使用されるのに好適な新規化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
生体中では各種の酸化酵素の作用により基質が酸化され、その際に過酸化水素(H22)を生成する反応が幾つか認められる。ウリカーゼによる尿酸の酸化、コレステロール・オキシダーゼによるコレステロールの酸化などがその例である。したがって、生成する過酸化水素を定量することにより基質の定量を行うことが臨床検査における重要な手段となっており、この目的のために、ペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素と反応して呈色する化合物が臨床試薬として用いられている。
【0003】
ペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量する呈色試薬としては、尿素誘導体の構造を有する化合物が代表例として挙げられる。例えば、特公昭60−33479号公報(特許文献1)には、尿素に2個の置換フェニル基が結合した構造の化合物が開示されている。さらに、特公平7−121901号公報(特許文献2)には、上記特許文献1に記載されている化合物よりも水に対する溶解度などの特性を向上させたとする尿素誘導体の構造を有する化合物が提案されている。この特許文献2に記載の化合物は、特許文献1の化合物に比べて水溶性は向上されているが、臨床検査に用いられるには未だ十分でなく、さらに、水溶液中での安定性が良くないという問題も残されている。
【特許文献1】特公昭60−33479号公報
【特許文献2】特公平7−121901号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、生体液試料に相応する水溶液中における溶解度および安定性に優れ、ペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量する臨床試薬として用いられるのに適した新しい物質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、研究を重ねた結果、如上の目的を達成し得る化合物の合成に成功し、本発明を導き出した。
すなわち、本発明は、下記の一般式(I)で表される尿素誘導体、および該尿素誘導体から成り、ペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素の定量に用いられる呈色試薬である。
【0006】
【化1】

【0007】
式(I)中、R1は下記の一般式(II)で表される原子団を示し、R2およびR3は、それぞれ独立して、4−ジ置換アミノアリール基を表わし、R2とR3のアリール基は硫黄原子または酸素原子を介して互いに結合してもよく、さらに、R2とR3のアリール基の少なくとも1ヶ所がスルホン酸基で置換されていてもよい。
【0008】
【化2】

式(II)中、nは1〜4の整数を表し、Xは水素原子、ナトリウム原子またはカリウム原子を表す。
【発明の効果】
【0009】
本発明の化合物(尿素誘導体)は、水に対する溶解度がきわめて大きく、また、水溶液中の安定性も非常に良好である。したがって、本発明の化合物は、臨床検査においてペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量するための高濃度で使用される呈色試薬として特に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
既述の特許文献2に記載されている過酸化水素定量用呈色試薬となる化合物は、本発明の尿素誘導体を表す式(I)において、R1で表される原子団の末端にカルボキシル基、アリールスルホニル基又はスルホアリール基を存在させ、これにより水溶性の向上を図ったものと考えられる。とりわけ、特許文献2には、水に対する溶解性において極めて易溶なものとして、例えば、下記の式(C−1)や(C−2)で表される化合物が示されている。
【0011】
【化3】

【0012】
【化4】

【0013】
これらの化合物は、臨床検査に際してペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量するために高濃度で用いられる呈色試薬としては、水に対する溶解度や水溶液中での安定性においては充分に満足すべきものではなかった。
【0014】
これに対して、本発明の化合物(尿素誘導体)は、式(I)のR1として特定の原子団、すなわち式(II)で表される原子団とすることにより、特許文献1において特に水溶性が優れていると記載されている上記の式(C−1)や(C−2)の化合物よりも水溶性が高く、しかも、水溶液中での安定性も良好である(後述の実施例参照)。
【0015】
本発明の尿素誘導体を表す式(I)のR1となる式(II)において、nは1〜4の整数であるが、好ましくは2である。また、式(II)においてXは、水素原子、ナトリウム原子またはカリウム原子を表すが、好ましくはナトリウム原子である。さらに、式(I)のR2およびR3は、それぞれ独立して、4−ジ置換アミノアリール基を表わし、R2とR3のアリール基は硫黄原子または酸素原子を介して互いに結合してもよい。さらに、R2とR3のアリール基の少なくとも1ヶ所がスルホン酸基で置換されていてもよく、この態様には、置換アミノ基にスルホン酸基が結合されている場合も含まれる。ここで、アリール基として好ましいのはフェニル基である。かくして、式(I)で表され、ペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素の定量に用いられる呈色試薬を構成するのに特に好ましい本発明の尿素誘導体の例として、下記の式(III)または(IV)で表される化合物が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
【化5】

【0017】
【化6】

【0018】
式(I)で表される本発明の尿素誘導体は、本発明者によって見出された合成法により合成することができる。すなわち、図1に例示するように、式(I)においてR2がCH2COONaである化合物を原料とし(したがって、この原料化合物は式(C−1)や式(C−2)の化合物のように特許文献2の対象とする化合物に相当する)、これに、ジシクロヘキシルカルボジイミドのようなカルボジイミドを脱水縮合剤として、タウリン(2−アミノエタンスルホン酸)のようなアミノアルカンスルホン酸を反応させる(後述の実施例参照)。
以下に本発明の特徴を更に具体的に示すために実施例を記すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
N,N−ビス(4−ジメチルアミノフェニル)−N’−(スルホエチル)−アミノカルボニルメチル尿素、Na塩〔本発明化合物(III)〕の合成
図1の(A)に示す反応式に従って、以下のように、式(III)の本発明化合物を合成した。式(C−1)の化合物2.0gに0.1N HCl10mlを入れ、濃縮した。濃縮物にTHF20ml、水3ml及びジシクロヘキシルカルボジイミド3.27gを加え、氷浴下で撹拌した。30分撹拌後、タウリン0.662g及び炭酸水素ナトリウム0.444gを水3mlに溶解し、反応液に加えた。一晩室温で撹拌後、さらにジシクロヘキシルカルボジイミド2.18g加えた。3時間後、撹拌を止め、反応液をろ過し、濃縮した。濃縮物に水20mlを加えろ過後、ろ液を濃縮し、淡青白色固体2.61g得て、クロロホルム:メタノール=9:1〜7:3でカラム精製を行い、白色粉末1.73g得た。クロロホルム100mlで懸濁洗い後、ろ取し、ろ取物を減圧乾燥後、白色粉末1.66g得た。
〔同定データ〕
TLC(シリカゲル、ブタノール:酢酸:ピリジン:水=4:1:1:2):Rf=0.45。
NMR(D2O):δppm 2.82(12H,
s, -N-(CH3)2)、3.08ppm(2H, d, -CH2-CH2-SO3Na)、3.61ppm(2H, d, -CH2-CH2-SO3Na)、3.76ppm(2H, s, -NH-CH2-CO-)、6.92-7.27ppm(8H, m, aromatic H)。
MS:[M-Na]=462。
【実施例2】
【0020】
10−[(スルホエチル)−アミノカルボニルメチル−(アミノカルボニル)]−3,7−ビス(ジメチルアミノ)フェノチアジン、Na塩〔本発明化合物(IV)〕の合成
図1の(B)に示す反応式に従って、以下のように、式(IV)の本発明化合物を合成した。式(C−2)の化合物1.0gに0.1N HCl10mlを入れ、濃縮した。濃縮物にTHF10ml、水3ml及びジシクロヘキシルカルボジイミド2.16gを加え、氷浴下で撹拌した。30分撹拌後、タウリン0.328g及び炭酸水素ナトリウム0.213gを水3mlに溶解し、反応液に加えた。3時間後、撹拌を止め、反応液をろ過し、濃縮した。濃縮物をクロロホルムでカラム精製を行い、減圧乾燥後、白色粉末0.40g得た。
〔同定データ〕
TLC(シリカゲル、クロロホルム:メタノール=9:1):Rf=0.15。
NMR(D2O):δppm 2.82(12H, s, -N-(CH3)2)、3.12ppm(2H, d, -CH2-CH2-SO3Na)、3.70ppm(2H, d, -CH2-CH2-SO3Na)、3.80ppm(2H, s, -NH-CH2-CO-)、6.50-7.41ppm(6H, m, aromatic H)。
MS:[M-Na]=492。
【実施例3】
【0021】
過酸化水素の定量
〔測定溶液〕
本発明化合物(III)および(IV)、ならびに比較のために特許文献2に記載の化合物(C−1)および(C−2)のそれぞれを0.1mmol/l、ペルオキシダーゼを3.3u/mlの濃度になるように、50mM MES〔2−モルホリノエタンスルホン酸〕−水酸化ナトリウム緩衝液(pH5.5)に溶解した。
〔試料液〕
市販過酸化水素水を純水で1mmol/lの濃度になるように希釈した。
〔測定方法〕
測定溶液3mlに試料液を1.5、3.0、15及び30μl加え、37℃で5分間加温後、極大吸収波長における吸光度を測定した。
〔結果〕
図2Aおよび図2Bに過酸化水素濃度と吸光度との関係を示す。図2Aおよび図2Bより、各過酸化水素濃度(μM)に対してプロットした極大吸収波長における吸光度の検量線は定量性を示した。本発明化合物(III)および(IV)は比較化合物(C−1)および(C−2)と同等以上の感度を示した。
【実施例4】
【0022】
水に対する溶解度
本発明化合物(III)および(IV)ならびに比較化合物(C−1)および(C−2)のそれぞれを25℃の純水に溶解し、溶解度を求めた。表1に本発明化合物(III)および(IV)、比較化合物(C−1)および(C−2)の溶解度を示す。
【0023】
【表1】

【0024】
表1に示されるように、本発明化合物(III)および(IV)は、(C−1)および(C−2)よりもそれぞれ水溶性が大きい。
【実施例5】
【0025】
溶液安定性
〔保存溶液〕
本発明化合物(III)および(IV)、比較化合物(C−1)および(C−2)のそれぞれについて10mmol/lとなるように、50mM MES−水酸化ナトリウム緩衝液(pH5.5)で調製し、遮光、40℃で保存した。
〔試料液〕
市販過酸化水素水を純水で1mmol/lの濃度になるように希釈した。
〔測定方法〕
保存溶液30μlに50mM MES−水酸化ナトリウム緩衝液(pH5.5)2.9ml、ペルオキシダーゼ水溶液(330u/ml)30μl及び試料液を30μl加え、37℃で5分間加温後、極大吸収波長における吸光度を測定した。
〔結果〕
図3Aおよび図3Bに経過日と吸光度との関係を示す。図3Aおよび図3Bに示されるように、本発明化合物(III)および(IV)は、比較化合物(C−1)および(C−2)よりも良好な安定性を有している。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の化合物(尿素誘導体)の例を合成する反応スキームを示す。
【図2A】本発明の化合物および比較化合物を用いてペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量する場合の検量線を示す。
【図2B】本発明の化合物および比較化合物を用いてペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素を定量する場合の検量線を示す。
【図3A】本発明の化合物および比較化合物について測定した水溶液中における安定性を示す。
【図3B】本発明の化合物および比較化合物について測定した水溶液中における安定性を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I)で表されることを特徴とする尿素誘導体。
【化1】

〔式(I)中、R1は下記の一般式(II)で表される原子団を示し、R2およびR3は、それぞれ独立して、4−ジ置換アミノアリール基を表わし、R2とR3のアリール基は硫黄原子または酸素原子を介して互いに結合してもよく、さらに、R2とR3のアリール基の少なくとも1ヶ所がスルホン酸基で置換されていてもよい。〕
【化2】

〔式(II)中、nは1〜4の整数を表し、Xは水素原子、ナトリウム原子またはカリウム原子を表す。〕
【請求項2】
下記の式(III)または式(IV)で表されることを特徴とする請求項1の尿素誘導体。
【化3】

【化4】

【請求項3】
請求項1または2に記載のいずれかの尿素誘導体から成り、ペルオキシダーゼの存在下に過酸化水素の定量に用いられることを特徴とする呈色試薬。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3A】
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【図3B】
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【公開番号】特開2010−1217(P2010−1217A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−280844(P2006−280844)
【出願日】平成18年10月16日(2006.10.16)
【出願人】(590005081)株式会社同仁化学研究所 (9)
【Fターム(参考)】