説明

遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2O4蛍光体およびその製造方法

【課題】新規な蛍光体である、遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 (マグネシウムガレート)蛍光体とこの蛍光体の製造方法を提供する。
【解決手段】スピネル型MgGa2 4 を母体結晶とし、この母体結晶に遷移金属としてMnを発光中心としてドープした蛍光体であり、バンド端励起により、508nmにピークを有する緑色発光と674nmにピークを有する赤色発光をする。母体結晶の融点が高く、また、電荷移動遷移に基づいて発光するので発光効率が高い。浮遊帯域溶融結晶成長法で作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な蛍光体である、遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 (マグネシウムガレート)蛍光体とこの蛍光体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光体は、各種のカラーディスプレイ装置にとって不可欠な物質である。また、絶縁物母体結晶に発光中心をドープした蛍光体は、発光スペクトルがブロードであることから、外部共振器型レーザーのレーザー媒質として使用した場合に種々の波長のレーザー発振が可能であり、また、超短光パルス光源用レーザー媒質として用いた場合に超短光パルス時間幅を極めて短くできる。蛍光の発光効率が高く、また、母体結晶の融点が高い程、高出力のレーザーが可能になるため、母体結晶の融点がより高く、且つ、発光効率がより高い蛍光体の研究が盛んに行われている。
【0003】
例えば、コランダム型結晶構造を有する母体結晶を用いたルビーレーザーやサファイアレーザーは、高出力レーザーとして広く使用されているが、これらのレーザーのレーザー媒質はAl2 3 を母体結晶とし、この母体結晶中にドープした遷移金属元素を発光中心とする蛍光体である。これらのレーザーの優れた性質は、コランダム型結晶中の遷移金属イオンのd−d遷移確率が大きく、このため蛍光の発光効率が高いこと及び母体結晶の融点が高いことに基づいている。
【0004】
本発明者らはすでに、コランダム型Al2 3 結晶よりもさらに高い融点を有するスピネル型結晶構造のMgAl2 4 を母体結晶とし、この母体結晶に遷移金属をドープした遷移金属ドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体を発明し、レーザー発信を確認した(特許文献1参照)。この遷移金属ドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体の発光過程は、遷移金属原子と酸素原子間の、すなわち異なった原子間の電荷移動遷移(charge transfer excitation)に基づく発光であり、遷移金属イオンのd−d遷移における電気双極子禁制遷移と比べて、遷移確率が1〜2オーダー高く、レーザー発振が可能な発光効率を有しており、また結晶の融点が高いので、高出力レーザー発振が可能な蛍光体である。
【特許文献1】WO 2004/101711 A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上のことから分かるように、高出力のレーザー用媒質として、蛍光の発光効率が高く、また、母体結晶の融点が高い蛍光体が求められている。
【0006】
上記課題に鑑み本発明は、遷移金属ドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体と同様に蛍光の発光効率が高く、また母体結晶の融点が高い、新規な蛍光体を提供することを一目的とする。また、その製造方法を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体は、スピネル型MgGa2 4 を母体結晶とし、この母体結晶に遷移金属を発光中心としてドープしたことを特徴とする。この蛍光体の発光過程は、電荷移動遷移に基づくことを特徴とする。
この構成によれば、蛍光体の発光過程が電荷移動遷移に基づくので、発光効率が高く、また、母体結晶の融点が高いので、高出力レーザーが可能になる。
【0008】
遷移金属はMnであれば好ましく、Mnはスピネル型MgGa2 4 母体結晶のGaを置換してMn2+イオンとして存在する。この蛍光体は、288nm以下の波長のバンド端励起光により、電荷移動遷移に基づいて、508nmにピークを有する緑色発光と、674nmにピークを有する赤色発光をする。
また、300nmから500nmの間に存在する、Mn2+イオンのd電子の励起エネルギーに相当する励起光により、674nmにピークを有する赤色発光をする。
【0009】
これらの発光は以下のメカニズムによると考えられる。すなわち、バンド端励起により、母体結晶MgGa2 4 の伝導帯に電子が励起されると共に、母体結晶MgGa2 4 の酸素のp軌道から構成される価電子帯にホールが励起される。ドープしたMn2+イオンのd電子の基底状態のエネルギー準位は、母体結晶のバンドギャップ内にあり、基底状態のd電子が、価電子帯の上記ホールに落ち込むことによって消滅すると共に、508nmにピークを有する緑色発光が生じる。伝導帯に励起された上記電子は伝導帯の底から、Mn2+の基底状態のd電子の上記消滅に伴う空席に落ち込むことによって消滅すると共に、674nmにピークを有する赤色発光が生じる。このようにして、バンド端励起により発生したホールと電子は、2つの発光を生じて元に戻る。
Mn2+イオンの基底状態のd電子が価電子帯のホールに落ち込む遷移は、価電子帯を構成する酸素のp軌道とMn2+イオンのd軌道との間の遷移、所謂異なった原子間の遷移、すなわち電荷移動遷移であるため、同一の原子のd軌道間の遷移の電気双極子禁制遷移のような、波動関数の空間形状に基づく選択則が生じにくいため、遷移確率が大きく、従って発光効率が高い。
【0010】
また、Mn2+イオンのd電子の励起準位は母体結晶MgGa2 4 の伝導帯中にあり、光波長300nmから500nmの間に存在するMn2+イオンのd電子の励起エネルギーに相当するエネルギーの励起光で励起すると、励起された電子は伝導帯中のこれらの励起準位に励起されると共に、伝導帯の底のエネルギー準位に遷移する。伝導帯の底のエネルギー準位に遷移した電子は、Mn2+イオンのd電子の基底状態の空席に落ち込むことによって消滅すると共に、674nmにピークを有する赤色発光が生じる。
Mn2+イオンのd電子の励起軌道は、母体結晶MgGa2 4 の伝導帯を構成する軌道と良く混成されているので、励起電子の伝導帯の底への遷移確率は大きく、また、伝導帯の底のエネルギー準位に遷移した電子が、Mn2+イオンのd電子の基底状態の空席に落ち込む遷移は、母体結晶MgGa2 4 の伝導帯の軌道とMn2+イオンのd軌道との間の遷移、所謂異なった原子間の遷移、すなわち電荷移動遷移であるため、同一の原子のd軌道間の遷移の電気双極子禁制遷移のような、波動関数の空間形状に基づく選択則が生じにくいので遷移確率が大きく、従って発光効率が高い。
【0011】
本発明の遷移金属ドープスピネル型MgGa2 4 蛍光体の製造方法は、Ga2 3 粉末と、MgO粉末と、遷移金属とを化学量論比組成で混合し、この混合粉末を焼結して焼結原料棒を形成し、この焼結原料棒を酸化性雰囲気中の浮遊帯域溶融法により結晶成長することを特徴とする。遷移金属がMnであり、Mnの含有率が0.02〜0.03モル%の範囲であれば、最も大きな発光効率を有するMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体を製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の遷移金属ドープスピネル型MgGa2 4 蛍光体の実施の形態を実施例に基づいて詳細に説明する。
初めに本発明の遷移金属ドープスピネル型MgGa2 4 蛍光体の作製に用いた浮遊帯域結晶成長装置を説明する。図1は遷移金属ドープスピネル型MgGa2 4 蛍光体の作製に用いた浮遊帯域溶融結晶成長装置を説明する図である。浮遊帯域溶融結晶成長装置1は、図示しないボンベなどのガス供給系から酸素ガスを導入し、所定の酸素ガス圧に保つ石英管2と、この石英管2内にて下方に種棒3を、上方に原料棒4を保持するとともに、回転及び上下に移動可能なシャフト5,5と、二焦点を有する回転楕円鏡6と、一方の焦点位置に設置されたキセノンランプなどの赤外集光加熱源7と、図示しない観察用の窓とを備え、シャフト5,5の回転及び上下移動、加熱温度及び昇降温レートは図示しないコンピュータにより制御される。さらに、一方のシャフト5に保持された種棒3の先端と、他方のシャフト5に保持された原料棒4の先端とが、回転楕円鏡6の他の焦点位置に設置されるようになっており、シャフト5,5の上下移動が制御されることにより所定の成長速度が設定され、且つ、維持される。なお、図中、8は回転楕円鏡6の他の焦点位置に集光する赤外線を示す。
このような浮遊帯域結晶成長装置1では、保持した種棒3と原料棒4の両先端を加熱溶融して接触させた後に溶融部9を形成し、シャフト5,5をゆっくり下方へ移動して溶融帯を徐々に原料棒側に移動すると、種棒側に単結晶が成長する。
【実施例1】
【0013】
初めに本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体単結晶の作製方法の実施例を説明する。
Ga2 3 粉末(純度99.999%)と、MgO粉末(純度99.99%)と、Mn粉末(純度99.999%)とを化学量論比組成、Mnx MgGa2-x 4 (但し、xはMnの組成比)で混合した。なお、Mnの含有量xがモル%で、0.01,0.025,0.05,0.1,0.2,0.3,0.4,0.5,0.6,0.7及び1.0の試料をそれぞれ作製した。この混合粉末を直径約6mm、長さ約25cmのバルーンアート用のゴム風船につめ、ピストンシリンダー型静水圧力発生器で300MPaの静水圧力を印加して原料棒を作製した。この原料棒を電気炉に入れて大気中約1000℃で焼成し、この焼成原料棒を用いて、図1に示した浮遊帯域結晶成長装置により直径2.9mm、長さ30mmの円柱状の単結晶を作製した。結晶成長時の浮遊帯域の温度は約2100℃前後と推定され、結晶成長速度は、6〜10mm/時である。また、石英管2中は大気圧の酸素ガスを毎分0.5リットルで還流させた。
なお、結晶成長時の浮遊帯域の温度は、2000℃を越す高温であるため、接触して測定できる温度計が無く、また、キセノンランプを加熱源としているために赤外光バックグラウンドが大きく放射温度計も使用できない。このため、上記の溶融温度は溶融に要するキセノンランプの電力から推定したものである。
作製した結晶はやや黄色みを帯びていた。この円柱状の単結晶を精密低速切断機(米国ビューラー社製アイソメット、ダイヤモンド切断砥石15HC)により切断し、厚さ約2mmの円盤状の試料を作製し、これらの試料の円盤面に光を垂直に入射して光学特性を測定した。
【0014】
次に、スピネル型MgGa2 4 結晶の結晶構造について説明する。スピネル型MgGa2 4 結晶の空間群は、ユニットセル当たり8個の基本単位を有した立方空間群Oh 7 (Fd3m)に属する。第1のオクタント(Aサイトと呼ぶ)はその中心にMg2+イオンを有し、また、O2-イオンからなる完全Td対称性をなす正四面体配位子を有しており、第2のオクタント(Bサイトと呼ぶ)は、6回軸を有するように変形したGa3+イオンからなるD3d対称性をなす八面体配位子を有している。八面体配位子は僅かに変形しており、この変形によって、Oh 対称性からD3d対称性へ対称性が低下している。
【実施例2】
【0015】
次に、作製した本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の透過率スペクトルを説明する。
図2は本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の透過スペクトルを示すもので、(a)は実施例1で作製した種々のMnドープ量のスピネル型MgGa2 4 蛍光体の透過スペクトルを示し、(b)は比較のために示した種々のMnドープ量のスピネル型MgAl2 4 蛍光体の透過スペクトルを示す図である。図において線種の違いはMnドープ量の違いを表し、それぞれの線種が表すMnドープ量は図中に示している。
【0016】
図2から、第1に、MgGa2 4 蛍光体の場合もMgAl2 4 蛍光体の場合も、Mnをドープすることによって、吸収端が赤方変位することがわかる。
第2に、MgGa2 4 蛍光体の場合もMgAl2 4 蛍光体の場合も、Mnのドープ量が大きくなるに従って、450nm近傍の透過率が減少することがわかる。このことはMnが450nm近傍の光を吸収することを示している。
第3に、MgGa2 4 蛍光体の場合もMgAl2 4 蛍光体の場合も、Mnドープ量の特定の範囲においては、Mnをドープしない場合に較べて、500nmより長い波長領域の透過率が増大することがわかる。本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の場合には、Mnのドープ量が0.3%以下の領域において、母体結晶の結晶性が向上することが分かる。
また、第4に、図2の吸収端波長から、MgGa2 4 結晶のバンドギャップは288nm(4.2eV)であり、MgAl2 4 結晶のバンドギャップは200nm(6.2eV)であり、MgGa2 4 結晶のバンドギャップは、MgAl2 4 結晶のバンドギャップよりも遙かに小さいことがわかる。
【実施例3】
【0017】
次に、作製した本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の発光スペクトルを説明する。
図3は本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体単結晶の発光スペクトルを示すもので、(a)は288nmの光で励起した場合、(b)は344nmの光で励起した場合を示す。なお、測定温度は室温である。また、図において線種の違いはMnドープ量の違いを表し、それぞれの線種が表すMnドープ量は図中に示している。
図3(a)から、288nmのバンド端励起光により励起すると、508nmにピークを有する強い緑色発光と、674nmにピークを有する強い赤色発光が得られることがわかる。また、Mnドープ量が0.025モル%の場合に最も発光強度が大きくなることがわかる。
図3(b)から、344nmの励起光により励起すると、674nmにピークを有する強い赤色発光が得られることがわかる。また、Mnドープ量が0.025モル%の場合に最も発光強度が大きくなることがわかる。
【実施例4】
【0018】
次に、作製した本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の励起スペクトルを説明する。励起スペクトルは、励起光波長を連続的に変化させながら、発光強度の変化を測定するものであり、発光のメカニズムを知る上で必要である。
図4は、本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の励起スペクトルを示すもので、(a)は508nmにピークを有する緑色発光の励起スペクトル図、(b)は674nmにピークを有するの赤色発光の励起スペクトル図である。なお、図において線種の違いはMnドープ量の違いを表し、それぞれの線種が表すMnドープ量は図中に示している。
図4(a)から、508nmにピークを有する緑色発光は、母体結晶MgGa2 4 のバンド端励起光(288nm)によるものであることがわかる。
図4(b)から、674nmにピークを有する赤色発光は、母体結晶MgGa2 4 のバンド端励起光(288nm)によるもの以外に、340nmから520nmの広いスペクトル範囲で励起されることがわかる。このスペクトル範囲は、図2(a)に示した吸収スペクトル範囲と一致している。
また、図4(b)の励起スペクトルのピーク、及び肩から求めたエネルギーは、Mn2+イオンの基底状態 61 から、Mn2+イオンの励起状態 41 (520nmにピークを有する幅の広いスペクトル)、 42 (4G)(450nmにピークを有する幅の広いスペクトル)、 41 4E( 4G)(425nmにピークを有する鋭いスペクトル)、 42 4D)(385nmにピークを有する鋭くないスペクトル)、及び 41 4P)/ 4E( 4D)(360nmにピークを有する鋭くないスペクトル)に励起するためのエネルギーに等しいことがわかった。
【実施例5】
【0019】
次に、作製した本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の時間分解発光スペクトルを説明する。時間分解発光スペクトルは、発光メカニズムを知る上で必要である。
図5は本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の時間分解発光スペクトルを示すもので、(a)は266nmのバンド端励起光パルスにより励起した直後の、508nmにピークを有する緑色発光の時間分解発光スペクトル図、(b)は466nmの励起光パルスにより励起した直後の、674nmにピークを有する赤色発光の時間分解発光スペクトル図である。なお、励起光パルスにはフェムト秒オーダーの超短光パルスを用いた。
図5(a)から、508nmにピークを有する緑色発光の減衰時定数は約3msecであることがわかる。この結果から、緑色発光は、減衰が早いd−d遷移に基づく発光ではなく、減衰が遅い、電荷移動遷移に基づくことがわかる。
図5(b)から、674nmにピークを有する赤色発光の減衰時定数は約0.4msecであることがわかる。この結果から、赤色発光は、d−d遷移に近い減衰時定数を有する電荷移動遷移に基づくことがわかる。
【実施例6】
【0020】
次に、作製した本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体のESR(Electron Spin Resonance )スペクトルを説明する。ESRスペクトルの測定は、Mnイオンがどのサイトに存在するかを決定するために必要である。
図6は本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体中のMnのESRスペクトルを示すもので、(a)はMnを0.01モル%ドープしたMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体のESRスペクトル図、(b)は比較のために示したMnを0.01モル%ドープしたMnドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体のESRスペクトル図である。なお、測定温度は室温であり、市販のX−バンド・スペクトロメーター(Bruker ESR300E)を用いた。図の横軸は印加した磁場強度を示し、縦軸はMnによる吸収スペクトルの2次微分係数を示している。
【0021】
これらの図から、第1に、Mnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体及びMnドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体は、図中に許容超微細構造線及び禁止超微細構造線をバーで示したように、Mn原子核(I=5/2)の許容超微細構造に基づく強度の強い6本の許容超微細構造線(Δms=±1,ΔmI=±1)と、結晶構造の変形によって対称性が立方対称より低下したことにより強度が低下した、10本の禁止超微細構造線が現れていることがわかる。
また、第2には、これらの測定結果は、測定角度依存性を示さなかったことから、これらの変形は小さいことがわかる。
一方、Mnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体のESRスペクトル線幅は、Mnドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体に較べて6倍も狭いことがわかる。このことから、結晶構造の変形は、Mnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体が、Mnドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体に較べて、極めて小さいことがわかる。
また、スピネル結晶構造においては、Mn2+イオンが存在するサイトとして、2つの金属サイト、すなわち、Td 対称性を有するAサイトとD3d対称性を有するBサイトが可能であるが、上記の禁止超微細構造線が完全なTd 対称性を示していることから、Mn2+イオンはBサイトに存在することがわかる。
【0022】
次に、上記の実施例から得られた結果を基に、本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の発光メカニズムを説明する。
図2(a)に示したように、緑色発光は508nmにピークを有することから、緑色発光のエネルギーは2.4eVであり、赤色発光は674nmにピークを有することから、赤色発光のエネルギーは1.8eVであり、また、母体結晶MgGa2 4 のバンドギャップエネルギーは4.2eVであることがわかる。緑色発光のエネルギー2.4eVと赤色発光のエネルギー1.8eVを加えると、ちょうど母体結晶MgGa2 4 のバンドギャップエネルギー4.2eVに等しくなり、また、ドープしたMn2+イオンの基底準位は母体結晶MgGa2 4 の価電子帯より上にあることが知られているので、Mnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体のエネルギー準位は図7のように表すことができる。
【0023】
図7は本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体のエネルギー準位を模式的に示す図である。図の横軸は波数を示し、縦軸はエネルギーを示す。
Mn2+の基底準位はMnの3d電子の 61 準位であり、図に示すように、この準位は価電子帯の上端から2.4eV上方、伝導帯の下端から1.8eV下方に存在する。また、Mn2+の励起準位は、この基底準位の位置から計算すると伝導帯内部に存在するようになり、図では、励起準位の一部 41 及び 42 を示している。
【0024】
この構成によれば、バンド端励起により、母体結晶MgGa2 4 の伝導帯に電子が励起されると共に、母体結晶MgGa2 4 の酸素のp軌道から構成される価電子帯にホールが励起される。ドープしたMn2+イオンの基底状態のd電子が、価電子帯に励起されたホールに落ち込むことによって消滅すると共に、508nmにピークを有する緑色発光が生じる。伝導帯に励起された電子が、緑色発光に伴って生じたMn2+の基底状態のd電子の空席に落ち込むことによって消滅すると共に、674nmにピークを有する赤色発光が生じる。このようにして、バンド端励起により発生したホールと電子は、2つの発光を生じて元に戻る。
Mn2+イオンの基底状態のd電子が価電子帯のホールに落ち込む遷移は、価電子帯を構成する酸素のp軌道とMn2+イオンのd軌道との間の遷移、所謂異なった原子間の遷移、すなわち電荷移動遷移であるため、同一の原子のd軌道間の遷移の電気双極子禁制遷移のような、波動関数の形状に基づく選択則が生じにくいため、遷移確率が大きく、従って発光効率が高い。
【0025】
また、赤色発光のメカニズムが、伝導帯に励起された電子が伝導帯の底からMn2+の基底状態の空席に落ち込むことによることは、図4に示したように、赤色発光の励起スペクトルが、Mn2+の基底状態からMn2+の励起状態への励起エネルギーに一致することから、また、図5(b)に示したように、赤色発光の時定数がμsecオーダーであることから確かめられる。
赤色発光の発光効率が大きいことは、Mn2+イオンのd電子の励起軌道は母体結晶MgGa2 4 の伝導帯を構成する軌道と良く混成されているので、励起電子の伝導帯の底への遷移確率は大きく、また、伝導帯の底とMn2+イオンのd軌道との間の遷移は、母体結晶MgGa2 4 の伝導帯の軌道とMn2+イオンのd軌道との間の遷移、所謂異なった原子間の遷移、すなわち電荷移動遷移であるため、同一の原子のd軌道間の遷移の電気双極子禁制遷移のような、波動関数の空間形状に基づく選択則が生じにくく、遷移確率が大きいためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
上記説明から理解されるように、本発明の遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体は、母体結晶の融点が高く、また、発光効率が大きいので、高出力レーザーのレーザー媒質として使用すれば極めて有用である。また、Mnをドープした本発明の遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体は、可視光領域に極めて発光効率の大きい発光をすることから、三原色レーザーを構成する3つの原色レーザー媒質のうちの一つとして使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】遷移金属ドープスピネル型MgGa2 4 蛍光体の作製に用いた浮遊帯域結晶成長装置を説明する図である。
【図2】本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の透過スペクトルを示すもので、(a)は実施例1で作製した種々のMnドープ量のスピネル型MgGa2 4 蛍光体の透過スペクトルを示す図、(b)は比較のために示した種々のMnドープ量のスピネル型MgAl2 4 蛍光体の透過スペクトルを示す図である。
【図3】本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体単結晶の発光スペクトルを示すもので、(a)は288nmの光で励起した場合、(b)は344nmの光で励起した場合を示す。
【図4】本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の励起スペクトルを示すもので、(a)は508nmにピークを有する緑色発光の励起スペクトル図、(b)は674nmにピークを有するの赤色発光の励起スペクトル図である。
【図5】本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の時間分解発光スペクトルを示すもので、(a)は266nmのバンド端励起光パルスにより励起した直後の、508nmにピークを有する緑色発光の時間分解発光スペクトル図、(b)は466nmの励起光パルスにより励起した直後の、674nmにピークを有する赤色発光の時間分解発光スペクトル図である。
【図6】本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体中のMnのESRスペクトルを示すもので、(a)はMnを0.01モル%ドープしたMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体のESRスペクトル図、(b)は比較のために示したMnを0.01モル%ドープしたMnドープ・スピネル型MgAl2 4 蛍光体のESRスペクトル図である。
【図7】本発明のMnドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体のエネルギー準位を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1 浮遊帯域溶融結晶成長装置
2 石英管
3 種棒
4 原料棒
5 シャフト
6 回転楕円鏡
7 赤外集光加熱源
8 赤外線
9 溶融部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピネル型MgGa2 4 を母体結晶とし、この母体結晶に遷移金属を発光中心としてドープしたことを特徴とする、遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体。
【請求項2】
前記蛍光体は、バンド端励起することにより電荷移動遷移に基づいて発光することを特徴とする、請求項1に記載の遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体。
【請求項3】
前記遷移金属はMnであり、このMnは前記スピネル型MgGa2 4 母体結晶のGaを置換してMn2+として存在することを特徴とする、請求項1または2に記載の遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体。
【請求項4】
バンド端以上のエネルギーの励起光により、508nmにピークを有する緑色発光と674nmにピークを有する赤色発光とをすることを特徴とする、請求項3に記載の遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体
【請求項5】
前記Mn2+のd電子の励起エネルギーに相当する励起光により、674nmにピークを有する赤色発光をすることを特徴とする、請求項3に記載の遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体。
【請求項6】
Ga2 3 粉末とMgO粉末と遷移金属とを化学量論比組成で混合し、この混合粉末を焼結して焼結原料棒を形成し、この焼結原料棒を酸化性雰囲気中の浮遊帯域溶融法により結晶成長することを特徴とする、遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の製造方法。
【請求項7】
前記遷移金属はMnであり、このMnの含有量は0.02〜0.03モル%の範囲であることを特徴とする、遷移金属ドープ・スピネル型MgGa2 4 蛍光体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−31668(P2007−31668A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−221074(P2005−221074)
【出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】