説明

遺伝子マーカー及びその利用

【課題】拒絶反応の診断、免疫抑制剤の薬効の評価、及び免疫寛容の有無の判定を行うことができる遺伝子マーカー、並びに、遺伝子マーカーを指標として迅速かつ簡便に行うことができる、拒絶反応の診断方法、免疫抑制剤の薬効を評価する方法、免疫抑制剤の同定方法、免疫抑制剤の選択方法、免疫抑制剤の用量決定方法、免疫寛容の有無を判定する方法、及びキットを提供する。
【解決手段】拒絶反応により発現量が1.5倍以上上昇し、免疫抑制剤により発現量が1.5倍以上抑制された免疫関連遺伝子、特にPSMB9遺伝子を遺伝子マーカーとして同定した。その遺伝子マーカーの発現量を指標とすることにより、拒絶反応の診断、免疫抑制剤の薬効の評価、及び免疫寛容の有無の判定を迅速かつ簡便に行うことが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子マーカー、並びに、拒絶反応の診断方法、免疫寛容の有無を判定する方法、免疫抑制剤の薬効を評価する方法、免疫抑制剤の同定方法、免疫抑制剤の選択方法、免疫抑制剤の用量決定方法、キット、及び免疫抑制剤又は免疫寛容誘導剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
重症臓器不全患者に対して、救命したりQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を向上させたりする治療方法として臓器移植が行われているが、重篤な合併症である拒絶反応により移植臓器が失われ、移植が成功しないことがある。そのため、拒絶反応に対する早期対処を行うための、拒絶反応の迅速な診断方法や、拒絶反応の制御剤(免疫抑制剤)などの開発が求められている。
【0003】
臓器移植後の拒絶反応の診断方法としては、局所麻酔下の組織生検(針生検)が最も信頼性が高いとされているが、この方法は侵襲を伴い、患者に多大な負担を強いるため、頻回の検査が不可能であり、また、施行には熟練した技術と十分な設備が必要であるため、容易に行うことができない。現在では、針生検の代わりに、血液検査(例えば、血中におけるWBC(白血球数)、CRP(C reactive protein)、臓器障害マーカー(AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ;GOT)、ALT(アミノトランスフェラーゼ;GPT)、ビリルビン、γGTP(グアノシン三リン酸)、クレアチニン、又はBUN(血中尿素窒素))などの濃度の変化を測定する方法)や、ドップラー超音波検査(血流量の観察)などの方法が用いられているが、これらの方法は補助的に過ぎず、単独で拒絶反応の有無を診断することができない。そのため、針生検に代わって拒絶反応の有無を診断するためのバイオマーカーの開発が求められている。
【0004】
従来、移植組織の拒絶反応を評価するためのバイオマーカーとして、パーフォリン(perforin)、グランザイムB(granzymeB)、Fasリガンドなどが見出されている(特許文献3参照)。
【0005】
移植後、このような拒絶反応を抑制するため、移植患者に対し、免疫抑制剤が投与される。現在、免疫抑制剤として、シクロスポリン(例えば、特許文献1参照)、FK506(タクロリムス;例えば、特許文献2参照)などが用いられているが、これらの免疫抑制剤は過剰な投与により感染などの副作用の危険性が生じることから、免疫抑制剤の用法(投与方法)・用量(投与量や投与間隔)の厳密な設定が必要不可欠となっている。
【0006】
免疫抑制剤の用量設定は、血中における薬物の濃度が有効血中濃度の範囲内であるか否かをモニタリング(薬物血中濃度モニタリング:TDM(Therapeutic drug monitiring)することにより行われているが、この有効血中濃度は経験的に設定されたものであり、科学的に根拠がないため、必ずしも薬効の指標となっていない。
【0007】
一方、臓器移植後に、免疫抑制剤を必要としないレベルにまで拒絶反応が低下し、免疫抑制剤から離脱できる患者が少数存在する。このような免疫寛容誘導が生じるのは、一つには、免疫抑制剤に免疫寛容誘導活性があるためであると考えられている。このように免疫寛容を獲得した患者においては、免疫抑制剤から離脱することができるので、免疫抑制剤の長期投与に伴う、感染症や悪性腫瘍のリスクや臓器障害などの副作用から解放されることになる。そこで、近年、例えばナイーブT細胞に発現している CD28 補助刺激分子を抗体や遺伝子組み換えタンパク質投与により阻害するというような、人為的に免疫寛容を誘導する方法の開発が試みられている。あるいは、免疫抑制剤の投与方法を工夫したり、複数の免疫抑制剤を投与することにより、免疫寛容を誘導することも試みられてきた(この場合、免疫抑制剤を免疫寛容誘導剤としても用いていることになる。)。
【0008】
しかしながら、免疫寛容の獲得の有無の判断は、免疫寛容の科学的な指標が無いため正確に行うことができず、免疫寛容の獲得の有無を判断する際の免疫抑制剤投与の中断には、常に拒絶の危険性を伴うという問題があった。そのため、免疫寛容の有無を迅速かつ簡便に判定することができる方法の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3382656号公報
【特許文献2】米国特許第4894366号公報
【特許文献3】特表2001−517459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、拒絶反応の診断、免疫抑制剤の薬効の評価、及び免疫寛容の有無の判定を行うことができる遺伝子マーカー、並びに、遺伝子マーカーを指標として迅速かつ簡便に行うことができる、拒絶反応の診断方法、免疫抑制剤の薬効を評価する方法、免疫抑制剤の同定方法、免疫抑制剤の選択方法、免疫抑制剤の用量決定方法、免疫寛容の有無を判定する方法、キット、及び免疫抑制剤又は免疫寛容誘導剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、拒絶反応モデルラットを用い、急性拒絶反応初期及び免疫抑制剤投与時の末梢血液中の遺伝子の発現パターンをマイクロアレイにより解析することにより、拒絶反応により発現量が1.5倍以上上昇し、免疫抑制剤の投与により発現量が1.5倍以上抑制された免疫関連遺伝子(IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、CTSSなど)を同定した。また、本発明者らは、拒絶反応モデルラットに投与した免疫抑制剤の使用量や血中濃度に対して上記遺伝子の発現量を調べることにより、免疫抑制剤の投与量や血中濃度と上記遺伝子の発現量との間に相関関係があることを明らかにし、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明に係る遺伝子マーカーは、拒絶反応の指標となるものであって、前記遺伝子マーカーは、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質である。前記遺伝子マーカーは、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植による拒絶反応の指標となる。
【0013】
また、本発明に係る遺伝子マーカーは、免疫寛容の指標となるものであって、前記遺伝子マーカーは、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質である。前記遺伝子マーカーは、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植に対する免疫寛容の指標となる。
【0014】
さらに、本発明に係る遺伝子マーカーは、免疫抑制剤の薬効の指標となるものであって、前記遺伝子マーカーは、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質である。前記遺伝子マーカーは、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植に対する免疫抑制剤の薬効の指標となる。
【0015】
本発明に係る拒絶反応の診断方法は、脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定することにより、拒絶反応を診断する方法であって、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。本発明に係る拒絶反応の診断方法は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植による拒絶反応の有無を調べることができる。
【0016】
また、本発明に係る拒絶反応の診断キットは、血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定するためのプライマー又は抗体を備え、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。本発明に係る拒絶反応の診断キットは、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植による拒絶反応の有無を調べることができる。
【0017】
本発明に係る免疫寛容の有無を判定する方法は、組織又は器官が移植された脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定することにより、免疫寛容の有無を判定する方法であって、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。前記組織又は器官は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等である。
【0018】
また、本発明に係る免疫寛容の有無を判定する方法は、組織又は器官が移植された脊椎動物において、移植後投与されている免疫抑制剤の投与量を減少させるとともに、前記脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量をモニタリングし、前記投与量の減少に伴い、前記発現量の有意な変化が起こらず、前記免疫抑制剤から離脱できた場合に免疫寛容が生じたと判定することを含んでなる。前記遺伝子マーカーとしては、例えば、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質を用いることができる。前記組織又は器官は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等である。
【0019】
また、本発明に係る免疫寛容の有無を判定するキットは、血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定するためのプライマー又は抗体を備え、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。本発明は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植に対する免疫寛容の有無を判定するキットであってもよい。
【0020】
本発明に係る免疫抑制剤の薬効を評価する方法は、免疫抑制剤の使用による、血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定することにより、免疫抑制剤の薬効を評価する方法であって、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。本発明は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植に対する免疫抑制剤の薬効を評価する方法であってもかまわない。
【0021】
本発明に係る免疫抑制剤の同定方法は、免疫抑制剤の投与を必要とする脊椎動物において、有効な免疫抑制剤を同定する方法であって、前記脊椎動物に属する複数の個体の各々において、等量の異なる免疫抑制剤を投与する前後で、前記個体から血液を採取し、前記血液中の遺伝子マーカーの発現量を測定し、前記免疫抑制剤を投与する前後で、前記個体から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量を比較し、前記免疫抑制剤の投与により、前記遺伝子マーカーの発現量が最も減少した免疫抑制剤を同定すること、を含み、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。本発明は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植に対する有効な免疫抑制剤を同定する方法であってもかまわない。
【0022】
本発明に係る免疫抑制剤の選択方法は、免疫抑制剤の投与を必要とする脊椎動物個体において、複数の免疫抑制剤の各々について作成された、免疫抑制剤の使用量又は血中濃度と、遺伝子マーカーの発現量との相関関係を示す検量線を用い、前記複数の免疫抑制剤の中から、前記免疫抑制剤を必要とする個体に対して最も有効な免疫抑制剤を選択する方法であって、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。前記個体は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植を受けているものであることが好ましい。
【0023】
本発明に係る免疫抑制剤の用量決定方法は、免疫抑制剤の投与を必要とする疾患又は拒絶反応を伴う脊椎動物において、前記脊椎動物から血液を採取し、前記血液中における遺伝子マーカーの発現量を測定し、あらかじめ作成した、免疫抑制剤の使用量又は免疫抑制剤の血中濃度と、遺伝子マーカーの発現量との相関関係を示す検量線を用いて、前記脊椎動物の血液中における遺伝子マーカーの発現量を、所定の発現量まで減少させるために必要な免疫抑制剤の用量を決定する方法であって、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。前記個体は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植を受けているものであることが好ましい。
【0024】
また、本発明に係る免疫抑制剤の薬効を評価するためのキットは、免疫抑制剤の使用による、血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定するためのプライマー又は抗体を備え、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質が用いられる。前記免疫抑制剤は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等の組織又は器官の移植後に使用するものであってもかまわない。
【0025】
さらに、本発明に係るスクリーニング方法は、免疫抑制剤のスクリーニング方法であっても、免疫寛容誘導剤のスクリーニング方法であってもよく、組織又は器官を移植することにより免疫拒絶を生じる脊椎動物に対して被検物質を投与する工程と、前記脊椎動物から血液を採取する工程と、前記血液中における遺伝子マーカーの発現量をモニタリングする工程とを含み、前記遺伝子マーカーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなるグループから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質を用いることができる。前記組織又は器官は、例えば、心臓、腎臓、肝臓等である。
【0026】
本発明に係る免疫抑制剤の薬効を評価する方法は、免疫抑制剤の薬効と相関して発現が変化する遺伝子マーカーの発現量を測定することを含んでなる。
【0027】
また、本発明に係る免疫抑制剤の薬効を測定するためのキットは、免疫抑制剤の薬効と相関して発現が変化する遺伝子マーカーの発現量を測定するためのプライマー又は抗体を備えている。
【0028】
本発明に係る免疫寛容の有無を判定する方法は、組織又は器官が移植された脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定することを含んでなる。
【0029】
また、本発明に係る免疫寛容の有無を判定するためのキットは、組織又は器官が移植された脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定するためのプライマー又は抗体を備えている。
【0030】
さらに、本発明に係る免疫抑制剤又は免疫寛容剤のスクリーニング方法は、組織又は器官を移植することにより免疫拒絶を生じる脊椎動物に対して被検物質を投与する工程と、前記脊椎動物から血液を採取する工程と、前記血液中における遺伝子マーカーの発現量をモニタリングする工程とを含む。
【0031】
本発明に係る拒絶反応の抑制方法は、免疫抑制剤の血中濃度をモニタリングしながら、遺伝子マーカーの発現量を測定し、所定値になるまで免疫抑制剤を投与することを特徴とする。これにより、組織又は器官の移植により生じる拒絶反応を有効に抑制することが可能になる。
【0032】
また、本発明に係る免疫疾患の改善又は治療方法は、免疫抑制剤の血中濃度をモニタリングしながら、遺伝子マーカーの発現量を測定し、所定値になるまで免疫抑制剤を投与することを特徴とする。これにより、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、アトピー性疾患、リウマチ性疾患、花粉症などの免疫疾患を有効に改善又は治療することが可能になる。
【0033】
なお、本発明において「遺伝子マーカー」とは、ある対象物の状態又は作用の評価の指標となるものであって、ここではある遺伝子の発現量と相関するときの遺伝子関連物質をいう。例えば、遺伝子それ自体、転写物であるmRNA、翻訳物であるペプチド、遺伝子発現の最終産物であるタンパク質などが含まれる。「遺伝子マーカーの発現量」とは、遺伝子マーカーが遺伝子以外の場合は、遺伝子マーカーの由来する遺伝子の転写レベル(マーカーが転写物などの場合)または翻訳レベルにおける発現量(マーカーがポリペプチド、タンパク質などの場合)を意味する。また、本発明において脊椎動物とは、ヒトおよび、ヒト以外のマウス、ラットなどの脊椎動物を意味する。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、拒絶反応の診断、免疫抑制剤の薬効の評価、及び免疫寛容の有無の判定を行うことができる遺伝子マーカー、並びに、遺伝子マーカーを指標として迅速かつ簡便に行うことができる、拒絶反応の診断方法、免疫抑制剤の薬効を評価する方法、免疫抑制剤の同定方法、免疫抑制剤の選択方法、免疫抑制剤の用量決定方法、免疫寛容の有無を判定する方法、キット、及び免疫抑制剤又は免疫寛容誘導剤のスクリーニング方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコルを用いる。
【0036】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0037】
==遺伝子マーカーの有用性==
本発明の遺伝子マーカーは、拒絶反応や免疫抑制剤の薬効と相関して発現が変化する、遺伝子に関連する遺伝子関連物質である。例えば、遺伝子マーカーが、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質である場合、それら遺伝子マーカーの発現量は、拒絶反応により白血球中において増加し、免疫抑制剤により白血球中において減少する。また、遺伝子マーカーの発現量は、拒絶反応の程度並びに免疫抑制剤の用量及び血中濃度に対しても相関関係を有する。従って、本発明に係る遺伝子マーカーは拒絶反応又は免疫寛容の指標として、あるいは免疫抑制剤の薬効の指標として有用である。なお、遺伝子マーカーの発現量と拒絶反応または免疫抑制剤は、逆の相関であってもよい。
【0038】
また、複数の遺伝子マーカーを用いて、総合的に拒絶反応を診断したり、免疫抑制剤の薬効の指標としたり、免疫寛容の有無を判定したりしてもよく、その場合、より精密に拒絶反応を診断でき、より厳密に薬効を評価でき、より正確に免疫寛容の有無を判定できることが期待される。
【0039】
また、血液中の遺伝子マーカーを用いることにより、血液をサンプルとして用いることができるため、遺伝子マーカーの発現量を定期的に簡便に測定することができる。これは、初期段階で拒絶反応の診断を迅速に行うことを可能にする。初期診断は、拒絶反応に対して早期に対処することができるようになるため、移植した組織又は器官の拒絶反応による障害を最小限に抑えることができ、非常に重要である。また、血液サンプルの取得は、針生検に比べて侵襲が少なく、針生検のような高度な技術も必要としないので、簡便に行うことができる。同様に、血液をサンプルとして用いることから、本発明に係る薬効の評価や免疫寛容の診断も、迅速、頻回、且つ簡便に行うことができる。
【0040】
==遺伝子マーカーの定量==
本実施の形態において、遺伝子マーカーが遺伝子または遺伝子の転写物(mRNA)である場合、遺伝子マーカーの発現量の測定(定量)は、例えば、ノーザンブロット法、ドットブロット法、定量的RT-PCR(quantitative reverse transcription-polymerase chain reaction)法などによってmRNA量を測定することにより行うことができるが、微量のRNA(白血球から単離)を用いてmRNA量を測定することができる点で定量的RT-PCR法を用いて行うことが好ましい。
【0041】
定量的RT-PCR法に用いるプライマーとしては、遺伝子マーカーを特異的に検出することができるものであれば特に制限されるものではないが、12〜26塩基からなるオリゴヌクレオチドが好ましい。その塩基配列は、対象となる脊椎動物の IRF1 (interferon regulatory factor 1)、PSMB9(proteasome (prosome, macropain) subunit, beta type. 9;別名LMP2 (low molecular mass polypeptide 2))、NOS2A(nitric oxide synthase 2A (inducible, hepatocytes))、PIM1(pim-1 oncogene)、TAP1(transporter 1, ATP-binding cassette, sub-family B (MDR/TAP))、及びCTSS(cathepsin S)の各遺伝子の配列情報に基づいて決定する。そして、決定した配列を有するプライマーを、例えば、DNA合成機を用いて作製することができる。具体的には、例えば、動物がヒトである場合には、NM002198(IRF1)、NM002800及びNM148954(PSMB9)、NM000625及びNM153292(NOS2A)、NM002648(PIM1)、NM000593(TAP1)、NM004079(CTSS)で登録されている配列情報に基づいてプライマーを作製することができ、動物がラットである場合には、NM012591(Irf1)、NM012708(Psmb9)、NM012611(Nos2)、NM017034(Pim1)、NM032055(TAP1)、NM017320(CTSS)で登録されている配列情報に基づいてプライマーを作製することができる。
【0042】
一方、遺伝子マーカーが遺伝子の翻訳物(ポリペプチド)又は最終産物(タンパク質)である場合、例えば、遺伝子マーカーに対して特異的なポリクローナル抗体、モノクローナル抗体等を用いたウエスタンブロット法やELISA法などによって遺伝子マーカーの発現量の測定を行うことができるが、これらの方法に限定されるものではなく、RIA(radioimmunoassay、放射免疫測定法)、EIA(enzyme immunoassay、酵素免疫法)等、様々な手法を用いることができる。以下、ポリクローナル抗体を用いたELISA法を例に挙げて遺伝子マーカーの発現量の測定について説明する。
【0043】
脊椎動物から採取した血液をホモジナイズした後、超音波処理を行い、遠心分離して上清を回収し、タンパク質を含む粗抽出液を得る。その後、遺伝子マーカーに対して特異的に結合するポリクローナル抗体を吸着させたELISAプレート(例えば96穴プレートを用いたもの)を用いて、タンパク質の粗抽出液をプレートのウエルに入れて遺伝子マーカーと反応させ、引き続き一次抗体及び二次抗体(例えば、酵素で標識された抗免疫グロブリン抗体など)とそれぞれ反応させる。反応後、ELISAプレートを洗浄し、酵素に対する基質を用いて発色させ、マイクロプレートリーダーにより吸光度を測定し、あらかじめ作成した検量線を用いてタンパク質の発現量を定量する。このようにして、遺伝子マーカーの発現量を測定することができる。なお、二次抗体の標識として用いられている酵素としては、例えば、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼなどを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0044】
==拒絶反応の診断方法==
このような遺伝子マーカーを用いれば、例えば、組織又は器官を移植した脊椎動物から採取した血液における遺伝子マーカーの発現量を定期的に測定し、組織又は器官の移植前に採取した血液における遺伝子マーカーの発現量と比較することにより、拒絶反応の診断を行うことが可能になる。即ち、遺伝子マーカーの発現量を測定した結果、移植後の遺伝子マーカーの発現量が移植前と比べて有意に変化しているか、または経時的に有意に変化している場合、拒絶反応が起こっている又は拒絶反応の可能性有りと判断される。例えば、遺伝子マーカーが、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質である場合、その発現量が移植前と比べて有意に増加しているか、または経時的に有意に増加傾向にある場合、そのように判断される。一方、移植後の遺伝子マーカーの発現量が移植前のものと比べて有意に増加していない場合には、拒絶反応が起こっていないと判断される。なお、診断対象となる脊椎動物としては、例えば、ヒトでもよく、マウス、ラット等のヒト以外の脊椎動物でもよい。
【0045】
==免疫抑制剤の薬効の評価方法==
上述したように、本発明に係る遺伝子マーカーの発現量は、拒絶反応の指標としてのみならず、免疫抑制剤の薬効を評価する際の指標として有用である。遺伝子マーカーの発現量を測定することにより、免疫抑制剤の薬効を評価することが可能になれば、個々の疾患に対して科学的根拠に基づく免疫抑制剤の投与方法を容易に決定することができる。例えば、少ない使用量で効果が得られ、副作用の少ない免疫抑制剤又はその投与方法の選択などを行うことができるようになる。
【0046】
なお、免疫抑制剤の対象疾患は、拒絶反応以外にも、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患(アレルギー性皮膚炎、アトピー性疾患、花粉症などを含む)、リウマチ性疾患等の免疫疾患がある。
【0047】
また、免疫抑制剤としては、移植後の生体の拒絶反応などの異常免疫反応を抑制する薬剤、各種疾患において免疫を抑制する薬剤などであればどのようなものでもよく、例えば、ステロイド剤(プレドニゾロン、メチルプレドニゾロンなど)、IL-2の抗体、IL-2分泌抑制剤(ラパマイシン等)、シクロスポリン若しくはFK506(タクロリムス又はプログラフともいう)などのCN抑制剤、代謝拮抗薬(ミコフェノール酸モフェチル)、シクロホスファミド、OKT3(ムロモナブCD3ともいう)、抗リンパ球グロブリン(抗胸腺細胞免疫グロブリン)、抗CD4抗体、抗TNF−α抗体、アザチオプリン、ミゾリビン、スルファサラジン、6−メルカプトプリン(6−MP)、メソトレキサート、サイトキサゾン、塩酸グスペリムス、又はこれらの薬剤の組み合わせなどを挙げることができる。
【0048】
==免疫抑制剤の投与方法の決定==
前記疾患に罹患したり、移植手術を受けたりした後、免疫抑制剤を投与された脊椎動物個体に対して、免疫抑制剤の投与量又は免疫抑制剤の血中濃度をモニタリングしながら、動物の血中(白血球)における遺伝子マーカーの発現量を測定し、遺伝子マーカーの発現量が所定値になる(例えば、正常値との差の2割程度にまで減少する)まで免疫抑制剤を投与することにより、上記免疫疾患の改善又は治療や、拒絶反応の抑制を、最小限の免疫抑制剤の使用によって行うことが可能になる。これにより、免疫抑制剤の過剰使用による感染症などの副作用を有効に予防することができる。なお、免疫抑制剤の最初の投与には、例えば、以下に述べる検量線により設定された最小限の免疫抑制剤の用量を用いることが考えられる。
【0049】
==検量線の作成とその応用==
免疫抑制剤を投与された脊椎動物個体に対して、遺伝子マーカーの発現量と、免疫抑制剤の用量又は血中濃度との相関を示す検量線を作成すると、様々な面から、この免疫抑制剤の有効性を評価することができるようになる。
【0050】
例えば、複数の免疫抑制剤の検量線を作成し、最も少量で遺伝子マーカーの発現量が正常値になる免疫抑制剤や、副作用が生じる量と遺伝子マーカーの発現量が正常値になる量を比較した時その量の差が最も大きい免疫抑制剤を選択することにより、免疫疾患や拒絶反応を伴う各種脊椎動物に対して、最も有用な免疫抑制剤を選択することが可能となる。
【0051】
また、免疫抑制剤の複数の投与方法に対し、同様に作成した検量線を用いることにより、最も有効な投与方法を選択することも可能となる。なお、免疫抑制剤の投与方法としては、例えば、患部、皮下、筋肉内、腹腔内、静脈内等の注射による投与、経口投与、塗布や貼付等による非経口投与などが挙げられる。
【0052】
さらに、免疫抑制剤を必要とする、自己免疫性疾患、アレルギー性疾患、アトピー性疾患、リウマチ性疾患、花粉症などの免疫疾患や、拒絶反応を伴う動物に対して、同様に検量線を用い、各疾患に対する免疫抑制剤の最適投与量を設定することも可能になる。例えば、ある患者や患畜に対し、免疫抑制剤を投与する前の遺伝子マーカーの発現量に対し、正常な遺伝子マーカーの発現量との差を算出し、所定の割合だけ遺伝子マーカーの発現量を減少させられるような免疫抑制剤の投与量を決定することができる。
【0053】
==免疫寛容の有無の判定方法==
本発明にかかる免疫寛容の有無を判定する方法によると、組織又は器官が移植された脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量の変化を測定することにより、免疫寛容の有無を判定することができる。
【0054】
免疫寛容の有無の判定方法の一例として、組織又は器官を移植した脊椎動物に対して免疫抑制剤の投与量を減少させるとともに、当該脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量をモニタリングする方法を挙げることができる。即ち、遺伝子マーカーの発現量を測定した結果、免疫抑制剤の投与量の減少に伴って遺伝子マーカーの発現量が、拒絶反応を起こしていると判定されるのと同様な変化を示す場合は免疫寛容が生じていないと判定し、免疫抑制剤の投与量が減少しても遺伝子マーカーの発現量の有意な変化が起こらず、免疫抑制剤から離脱できた場合に免疫寛容が生じたと判定する。例えば、遺伝子マーカーが、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質である場合には、免疫抑制剤の投与量の減少に伴って遺伝子マーカーの発現量が増加する場合は免疫寛容が生じていないと判定し、免疫抑制剤の投与量が減少しても遺伝子マーカーの発現量の有意な増加が起こらず、免疫抑制剤から離脱できた場合に免疫寛容が生じたと判定する。
【0055】
以上のように、免疫寛容の有無を判定することにより、本来は必要のない免疫抑制剤の投与を中断することが可能となり、免疫抑制剤の長期投与に伴う感染のリスクや免疫抑制剤の副作用を回避することができるようになる。なお、診断対象となる脊椎動物としては、例えば、ヒトでもよく、マウス、ラット等のヒト以外の脊椎動物でもよい。
【0056】
また、本発明にかかる免疫寛容の有無の判定方法は、免疫寛容誘導方法の開発や免疫寛容誘導剤のスクリーニングの際にも利用できる。
【0057】
例えば、マウス、ラット等の脊椎動物に対して組織又は器官を移植して、被検物質を投与するか、または被検方法で処理し、その後、血液を採取して遺伝子マーカーの発現量をモニタリングする。多数の被検物質や被検方法に対し、この方法を繰り返し行うことにより、免疫抑制剤や免疫抑制方法のスクリーニングだけでなく、免疫寛容誘導剤や免疫寛容誘導方法のスクリーニングを行うことができる。
【0058】
例えば、免疫寛容誘導剤としては、免疫寛容を誘導する対象となるペプチドの部分ペプチドを投与することにより、T細胞脱感作し得るが、その際、様々な部分ペプチドをスクリーニングし、有効な部分ペプチドを選択できる。また、補助シグナル経路であるICOS/B7h 経路、CD28-CTLA4/B7 経路を選択的に阻害する化合物に対するスクリーニング法などにも用いることができよう。また、組織又は器官を移植した脊椎動物に対して、例えば、1又は2種以上の免疫抑制剤を投与するなど、投与する免疫抑制剤の使用形態や投与方法を変化させて免疫抑制剤を投与し、前記脊椎動物から採取した血液中の遺伝子マーカーの発現量をモニタリングすることにより、有効な免疫寛容誘導方法を開発することができる。
【0059】
なお、前記遺伝子マーカーとしては、例えば、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSから選ばれるいずれかの遺伝子に関連する遺伝子関連物質を用いることができる。また、脊椎動物としては、例えば、マウス、ラット等の脊椎動物を用いることができる。
【0060】
===キット===
本発明に係るキットは、遺伝子マーカーの発現量を測定するための試薬又は器具が含まれていればどのようなものでもよく、例えば、定量的RT-PCR法に用いられるプライマーや試薬、ウエスタンブロット法やELISA法に用いられる抗体などが挙げられる。その他、血液から白血球のRNAを単離するための試薬、遺伝子マーカーに対するハイブリダイゼーション用プローブ、酵素・蛍光物質・放射性物質などにより標識された抗免疫グロブリン二次抗体、前記酵素に対する基質などを含ませることとしてもよい。なお、酵素としては、例えば、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼなどを用いることができ、蛍光物質としては、Cy2、FluorX、Cy3、Cy3.5、Cy5、Cy5.5、Cy7、FITC(イソチオシアン酸フルオレセイン)、ローダミンなどを用いることができ、放射性物質としては、例えば、3H、32P、35S、121I、125Iなどを用いることができる。
【0061】
前記プライマーとしては、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSからなる群から選ばれる1又は2以上の遺伝子に対するプライマーを挙げることができる。また、前記抗体としては、例えば、IRF1、PSMB9、NOS2A、PIM1、TAP1、及びCTSSなどの遺伝子マーカー(ポリペプチド又はタンパク質)に対して特異的に反応するポリクローナル抗体やモノクローナル抗体などを用いることができる。なお、本発明に係るキットは、1又は2種以上の抗体が含まれていることとしてもよい。
【実施例】
【0062】
以下、実施例及び図を用いてより詳細に説明する。
【0063】
[実施例1]
Lewis系ラットをドナーとし、同種同系(Lewis系)ラットをレシピエントとして心臓移植を施行した(非拒絶群;n=3)。また、ACI系ラットをドナーとし、同種異系(Lewis系)ラットをレシピエントとして心臓移植を施行した6匹のうち、3匹のラット(免疫抑制剤投与群;n=3)に対して、移植当日(0日目)にシクロスポリン(ノルバティスファーマ株式会社製;生理食塩水に溶解)を体重1kg当たり5 mg皮下注射し、その後、毎日、同量のシクロスポリンを皮下注射した。残りの3匹には、免疫抑制剤を投与しなかった(拒絶群;n=3)。なお、上記2系統のラットは、8〜10週齢、体重200-300gの雄性のものを使用した。
【0064】
移植後4日目(拒絶群において、拒絶反応による移植心拍動の停止は、まだ確認されていない)に、非拒絶群、拒絶群、及び免疫抑制剤投与群の各群3個体を開腹し、下大静脈より末梢血液(約5 ml)を採取した。その後、QIAamp RNA Blood Mini(QIAGEN社製)を用いてmRNAを抽出し、DNase処理によりDNAを除去した。得られた末梢血液中のmRNA 20μgを用いて、Label Star Array kit(QIAGEN社製)によりCy5色素でラベル化したcDNAを得た。このcDNAをAtlas Glass Microarray Rat 1.0(BD Biosciences Clontech社製)とハイブリダイズさせ、Axon GenePix4000A(Axon Instruments社製)を用いてGenePix Pro3.0 Microarray analysis software(Axon Instruments社製)によりマイクロアレイをスキャンし、データを解析した(グローバル補正)。その結果、非拒絶群又は免疫抑制剤投与群と比較して拒絶群において著しく発現量が増加していた遺伝子(Irf1、Psmb9、Nos2、Pim1、Tap1、及びCtss)を選択した。
【0065】
ここで選択された各遺伝子に関し、厳密に発現量の変化を調べるため、mRNAの定量を行った。なお、Irf1、Psmb9、Nos2、及びPim1のmRNAの定量は、抽出したmRNA 25 ng並びに表1に示す各プライマー及びプローブを用いて、表1に示す条件下でTaqMan Reverse Transcription Reagents(Applied Biosystems社製)によりcDNAを合成し、β−アクチンを内部標準としてABI PRISM 7900HT(Applied Biosystems社製)を用いて行った。また、Tap1及びCtssのmRNAの定量は、抽出したmRNA 25ng並びに各プライマー及びプローブ(それぞれ最終濃度で900nM、250nM;Applied Biosystems社製のTaqMan Gene Expression Assays Rn00709612_m1(Tap1)又はRn00569036_m1(Ctss)を使用)を用いて、TaqMan Reverse Transcription Reagents(Applied Biosystems社製)によりcDNAを合成し、β−アクチンを内部標準としてABI PRISM 7900HT(Applied Biosystems社製)を用いて行った。
【0066】
[表1]

【0067】
その結果、同種異系ラットの心臓移植により引き起こされた拒絶反応によりmRNAの発現量が1.5倍以上上昇し、免疫抑制剤の投与によりmRNAの発現量が1.5倍以上抑制された、Irf1、Psmb9、Nos2、Pim1、Tap1、及びCtssの遺伝子を同定した。
【0068】
[実施例2]
実施例1により得られた遺伝子が、拒絶反応又は免疫抑制剤の薬効の指標となるかどうかを調べるため、非拒絶群、拒絶群、免疫抑制剤投与群(シクロスポリン投与群;5mg/kg-体重 シクロスポリンを移植日に皮下投与し、その後連日皮下投与、及びタクロリムス投与群;1.28mg/kg-体重 タクロリムスを移植日に皮下投与し、連日皮下投与)の各ラットの尾静脈から、心臓移植前、及び移植後3日後まで毎日、血液200μlを採取し、移植後4日目にラット個体を開腹し、下大静脈より血液を200μl採取して、遺伝子マーカー(Irf1(n=5)、Psmb9(n=5)、Nos2(n=3)、又はPim1(n=3);但し、タクロリムス投与群のみ全てn=3)の発現量を測定した。なお、遺伝子マーカーの発現量は、実施例1に記載の方法と同様に血液からmRNAを採取し、mRNAの定量を行うことにより測定した。なお、このmRNAの定量解析においては、手術前の遺伝子マーカーの発現量を基準として(「1」として)、手術後の遺伝子マーカーの発現量をddCt法により相対的に定量した。
【0069】
図1に示すように、拒絶群では非拒絶群と比べて遺伝子マーカーの発現量が有意に上昇するのに対し、免疫抑制剤投与群では拒絶群に比べて遺伝子マーカーの発現量が抑制され、非拒絶群のものと同等又はそれ以下の発現量まで抑制することが明らかになった。
【0070】
[実施例3]
次に、免疫抑制剤の投与量によって遺伝子マーカーの発現量が変化するかどうかを確認するため、移植当日及びその後毎日、シクロスポリンを体重1kg当たり1mg、2mg、又は3mg皮下注射した各ラットの尾静脈から、心臓移植前、移植後2日目、及び移植後4日目に血液を200μl採取して、遺伝子マーカー(Irf1、Psmb9、Nos2、又はPim1)の発現量を測定した。なお、遺伝子マーカーの発現量は、実施例1に記載の方法と同様に血液からmRNAを採取し、mRNAの定量を行うことにより測定した。
【0071】
図2に示すように、どの遺伝子マーカーもシクロスポリンの投与量の増加に伴い発現量が減少するのが確認できた。このことから、シクロスポリンの投与量と遺伝子マーカー(Irf1、Psmb9、Nos2、又はPim1)の発現量との間には相関関係があることが明らかになった。この相関は、特定の薬剤の薬効と遺伝子マーカーの発現量の相関を反映しているのではなく、拒絶反応の強さと遺伝子マーカーの発現量の相関を反映しているため、使用する薬剤にはシクロスポリンに特に限定されないと考えられる。
【0072】
[実施例4]
次に、遺伝子マーカーの発現量と薬剤の血中濃度との間に相関関係があるかどうかを調べるために、適当な用量のシクロスポリンを拒絶モデルラットに投与し、遺伝子マーカーの発現量を指標としたPD(pharmacodynamics)解析を行った。なお、遺伝子マーカーの発現量は、実施例1に記載の方法と同様に採取した血液からmRNAを採取し、mRNAの定量を行うことにより測定し、薬剤の血中における濃度は、FPIA法(Fluorescence Polarization Immunoassay:蛍光偏光免疫測定法)により測定した。なお、測定機器としてTDXFLX(アボットジャパン株式会社)を、測定試薬としてシクロスポリン-SPダイナパック(アボットジャパン株式会社)を、それぞれ用いた。
【0073】
図3に示すように、薬剤の血中濃度が200 ng/mLまではどの遺伝子マーカー(Irf1、Psmb9、Nos2、又はPim1)の発現量においても大きな減少は観られなかったが、200ng/mLの濃度を超えると遺伝子マーカーの発現量が徐々に減少し、400ng/mlの濃度を超えるとmRNAの発現量が臓器移植前の発現レベルまで減少していた。このことから、薬剤の血中濃度と遺伝子マーカーの発現量との間には相関関係があることが明らかとなった。
【0074】
これらの実施例から、これらの遺伝子マーカー(Irf1、Psmb9、Nos2、又はPim1)は、拒絶反応の診断、免疫寛容の有無の判定、拒絶反応又は免疫寛容の可能性の予測、又は免疫抑制剤の薬効の指標として有用であることが明らかになった。
【0075】
[実施例5]
次に、実施例1により得られたTap1、Ctss等の遺伝子も、拒絶反応又は免疫抑制剤の薬効の指標になるのではないかと考え、実施例2に記載の方法と同様に、非拒絶群、拒絶群、免疫抑制剤投与群(シクロスポリン投与群及びタクロリムス投与群)の各ラットの尾静脈から、心臓移植前、及び移植後3日後まで毎日、血液200μlを採取した。移植後4日目にラット個体を開腹し、下大静脈より血液を200μl採取して、遺伝子マーカー(Tap1(n=2)又はCtss(n=2);但し、タクロリムス投与群のみ全てn=3)の発現量を測定した。なお、Tap1、Ctss等の遺伝子マーカーの発現量は、実施例1に記載の方法と同様に血液からmRNAを採取し、mRNAの定量を行うことにより測定した。なお、このmRNAの定量解析においては、手術前の遺伝子マーカーの発現量を基準として(「1」として)、手術後の遺伝子マーカーの発現量をddCt法により相対的に定量した。
【0076】
図4に示すように、Tap1、Ctss等の遺伝子マーカーも、Irf1、Psmb9、Nos2、Pim1等の遺伝子マーカーと同様に、拒絶群では非拒絶群に比べて発現量が有意に上昇するのに対し、免疫抑制剤投与群(シクロスポリン投与群及びタクロリムス投与群)では拒絶群に比べて発現量が抑制され、非拒絶群のものと同等又はそれ以下の発現量まで抑制することが明らかになった。このことから、Tap1、Ctss等の遺伝子マーカーとシクロスポリンやタクロリムスの投与量との間においても相関関係があることが示された。また、これらの遺伝子マーカーは、拒絶反応の診断、免疫寛容の有無の判定、拒絶反応又は免疫寛容の可能性の予測、又は免疫抑制剤の薬効の指標として有用であることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明にかかる一実施例において、拒絶反応又は免疫抑制剤(シクロスポリン又はタクロリムス)投与による遺伝子マーカー(Irf1、Psmb9、Nos2、及びPim1)の発現量の経時変化を示す図である。
【図2】本発明にかかる一実施例において、免疫抑制剤の投与量による遺伝子マーカーの発現量の変化を示す図である。
【図3】本発明にかかる一実施例において、遺伝子マーカーによる薬物のPD解析を行った結果を示す図である。
【図4】本発明にかかる一実施例において、拒絶反応又は免疫抑制剤(シクロスポリン又はタクロリムス)投与による遺伝子マーカー(Tap1及びCtss)の発現量の経時変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
拒絶反応の指標となる遺伝子マーカーであって、
前記遺伝子マーカーが、PSMB9遺伝子のmRNA、ペプチド、またはタンパク質であることを特徴とする血液マーカー。
【請求項2】
心臓の移植による拒絶反応の指標となる遺伝子マーカーであることを特徴とする請求項1に記載の遺伝子マーカー。
【請求項3】
免疫寛容の指標となる遺伝子マーカーであって、
前記遺伝子マーカーが、PSMB9遺伝子のmRNA、ペプチド、またはタンパク質であることを特徴とする血液マーカー。
【請求項4】
心臓の移植に対する免疫寛容の指標となる遺伝子マーカーであることを特徴とする請求項3に記載の遺伝子マーカー。
【請求項5】
免疫抑制剤の薬効の指標となる遺伝子マーカーであって、
前記遺伝子マーカーが、PSMB9遺伝子のmRNA、ペプチド、またはタンパク質であることを特徴とする遺伝子マーカー。
【請求項6】
心臓の移植に対する免疫抑制剤の薬効の指標となる遺伝子マーカーであることを特徴とする請求項5に記載の遺伝子マーカー。
【請求項7】
ヒト以外の脊椎動物から採取した血液中のPSMB9遺伝子の発現量の変化を測定することにより、拒絶反応を診断する方法。
【請求項8】
心臓の移植による拒絶反応を診断する方法であることを特徴とする請求項7に記載の拒絶反応の診断方法。
【請求項9】
組織又は器官が移植されたヒト以外の脊椎動物から採取した血液中のPSMB9遺伝子の発現量の変化を測定することにより、免疫寛容の有無を判定する方法。
【請求項10】
前記組織又は器官が、心臓であることを特徴とする請求項9に記載の免疫寛容の有無を判定する方法。
【請求項11】
組織又は器官が移植されたヒト以外の脊椎動物において、移植後投与されている免疫抑制剤の投与量を減少させるとともに、前記ヒト以外の脊椎動物から採取した血液中のPSMB9遺伝子の発現量をモニタリングし、前記投与量の減少に伴い、前記発現量の有意な変化が起こらず、前記免疫抑制剤から離脱できた場合に免疫寛容が生じたと判定することを特徴とする免疫寛容の有無を判定する方法。
【請求項12】
前記組織又は器官が、心臓であることを特徴とする請求項11に記載の免疫寛容の有無を判定する方法。
【請求項13】
免疫抑制剤の使用による、採取した血液中のPSMB9遺伝子の発現量の変化を測定することにより、免疫抑制剤の薬効を評価する方法。
【請求項14】
心臓の移植に対する免疫抑制剤の薬効を評価する方法であることを特徴とする請求項13に記載の免疫抑制剤の薬効を評価する方法。
【請求項15】
免疫抑制剤の投与を必要とする脊椎動物に対する有効な免疫抑制剤を同定する方法であって、
前記脊椎動物に属する複数の個体の各々において、等量の異なる免疫抑制剤を投与する前後で採取した血液中のPSMB9遺伝子の発現量を測定し、
前記免疫抑制剤を投与する前後で、前記個体から採取した血液中のPSMB9遺伝子の発現量を比較し、
前記免疫抑制剤の投与により、前記PSMB9遺伝子の発現量が最も減少した免疫抑制剤を同定すること、を含むことを特徴とする免疫抑制剤の同定方法。
【請求項16】
心臓の移植に対する、有効な免疫抑制剤を同定する方法であることを特徴とする請求項15に記載の免疫抑制剤の同定方法。
【請求項17】
免疫抑制剤の投与を必要とする脊椎動物個体に対する最も有効な免疫抑制剤を選択する方法であって、
複数の免疫抑制剤の各々について作成された、免疫抑制剤の使用量又は血中濃度と、血液中のPSMB9遺伝子の発現量との相関関係を示す検量線を用いること、を含むことを特徴とする免疫抑制剤の選択方法。
【請求項18】
前記個体が、心臓の移植を受けていることを特徴とする請求項17に記載の免疫抑制剤の選択方法。
【請求項19】
免疫抑制剤の投与を必要とする疾患又は拒絶反応を伴う脊椎動物の血液中におけるPSMB9遺伝子の発現量を、所定の発現量まで減少させるために必要な免疫抑制剤の用量を決定する方法であって、
前記脊椎動物から採取した血液中におけるPSMB9遺伝子の発現量を測定し、
あらかじめ作成した、免疫抑制剤の使用量又は免疫抑制剤の血中濃度と、血液中のPSMB9遺伝子の発現量との相関関係を示す検量線を用いること、を含むことを特徴とする用量決定方法。
【請求項20】
前記個体が、心臓の移植を受けていることを特徴とする請求項19に記載の免疫抑制剤の用量決定方法。
【請求項21】
免疫抑制剤又は免疫寛容誘導剤のスクリーニング方法であって、
被検物質を投与された、組織又は器官を移植することにより免疫拒絶を生じる脊椎動物から採取した血液中におけるPSMB9遺伝子の発現量をモニタリングすることを含むことを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項22】
前記組織又は器官が、心臓であることを特徴とする請求項21に記載のスクリーニング方法。
【請求項23】
採取した血液中のPSMB9遺伝子の発現量を測定する、測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−45368(P2011−45368A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198306(P2010−198306)
【出願日】平成22年9月3日(2010.9.3)
【分割の表示】特願2005−6727(P2005−6727)の分割
【原出願日】平成17年1月13日(2005.1.13)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】