説明

避難シミュレーションシステム、避難シミュレーション方法、避難シミュレーションプログラム、及び記録媒体

【課題】安全な避難を妨げるボトルネックを容易に特定して改善施策の検討を行うことができ、また、避難者の個人特性が避難の安全性に及ぼす影響を評価することができる避難シミュレーションシステムを提供する。
【解決手段】この避難シミュレーションシステム100は、シミュレーションを実行する上での条件を入力するシミュレーション条件入力手段1と、シミュレーションの対象となる建造物、避難者、及び避難に使用するエレベータに係る初期値データを格納するデータベース6と、データベース6に格納されている初期値データを読み込む初期値データ読込手段2と、各アイテムごとに設けたシミュレーションを実行するシミュレーション実行手段5と、シミュレーション実行手段5により実行されたシミュレーション結果を出力する出力手段3と、各手段を制御する制御手段4と、を備えて構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、避難シミュレーションシステムに関し、さらに詳しくは、マルチエージェント技術を用いて高層建造物における災害避難をシミュレーションする避難シミュレーションシステムと避難シミュレーション方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、都市においては、土地を有効活用するために、オフィスビル、マンション等の建造物を高層化することが主流となり、高層化された建造物は居住者のステータスとして受け入れられている。また、高層化に伴って、各階への移動は必然的にエレベータを使用せざるを得なくなり、便利な反面、災害(特に火災等)時における避難をどのように迅速に行なうかが課題となっている。そこで、建造物を設計する際には、災害発生時の迅速かつ安全な避難性能を確保するために、避難計画の策定および事前評価計算の作成が消防法により義務づけられている。現在義務付けられている避難安全性の評価法は、ある建造物についてその利用者情報、規模・間取り情報等を略算式に代入して避難完了時間を求めるという手法である。
尚、これら高層建造物内には、居住者以外に不特定多数の人が存在するため、それらの不特定多数の人を含めた避難訓練を実際に行なうことは困難である。そこで、従来からコンピュータによるシミュレーションにより災害を想定して検証することが行なわれている。
【0003】
シミュレーションに関する従来技術として非特許文献1には、Virtual Reality(VR)装置を用いて、マルチエージェントシミュレータによる仮想空間で発生した煙を、擬似体験装置の煙発生装置により実際に煙を発生させて体験させ、その結果をアバターの行動にフィードッバクすることが記載されている。
また、非特許文献2には、ビル内の空間をフロア、階段、踊り場に分け、夫々の空間における避難者の動きをモデル化して、避難時の各空間の合流箇所の混雑度合いを待ち行列を用いてシミュレーションしている。
また、非特許文献3には、災害時における人間の心理や行動特性を考慮に入れた避難行動のシミュレーションであって、これらの人間の心理や行動特性を避難者の属性に組み込むことにより、避難者の行動を表現している。
【非特許文献1】「建物火災を対象とした疑似体験型マルチエージェントシミュレータの開発」谷塚俊輔、中西英之、石田 亨、阿部伸之、山田常圭:The 19th Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence,2005
【非特許文献2】「高層ビルにおける避難シミュレーションの構築と評価」小塩佳奈:中央大学理工学部情報工学科 卒業研究論文 2006年
【非特許文献3】「マルチエージェントモデルを用いた避難行動のシミュレーション」押野 麻由子:中央大学理工学部情報工学科 卒業研究論文 2005年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の消防法による評価方法は簡便性にすぐれる反面、安全・確実な避難計画を策定する際には、その評価内容に関して、1)ある結果をもたらす要因の特定が困難であるため改善施策の検討が難しい(例えば、避難時間の遅れは建物形状のどのような箇所が原因で生じているのか、等を特定することが困難である)。2)避難時ルールの策定などソフトウェア面での施策の効果予測が困難である(避難誘導の方法や避難時ルールの周知度による影響の予測等)。3)個人の特性(例:障害者、高齢者などの避難弱者)を考慮できない等の課題がある。
また、非特許文献1に述べられている従来技術は、シミュレーションによって発生した煙を実際に発生させて、アバターの行動にフィードッバクしているので、実際の避難行動に近いシミュレーション結果が得られて、シミュレーションの精度を高めることができるが、装置の規模が大きくなり、シミュレーション結果を得るまでに多大の時間を要し、シミュレーションコストが高くなるといった問題がある。
また、非特許文献2に述べられている従来技術は、避難者モデルが待ち行列により避難することを前提にシミュレーションしているが、実際の避難者の行動は、正確な待ち行列(一列に並ぶこと)になる場合はむしろ少なく、出口に殺到する場合が多いため、理想的な避難者行動としては有りうるが、実際の災害時に当てはめることは困難である。
また、非特許文献3に述べられている従来技術は、避難者の心理面を避難者の属性に組み込んでシミュレーションを行なっているため、現実の場面に近くなり、シミュレーションの精度を高めることはできるが、各エージェントにどのような心理的な属性を与えるかが難しく、且つ、全てのエージェントに属性を与えなければならず、シミュレーションの準備段階に多大の時間を要するといった問題がある。
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、避難者個人を一個の行動単位としてモデル化して避難行動中の各個人の状態を逐次再現するというアプローチをとることにより、避難中の任意の時点における避難状況を追跡することで、安全な避難を妨げるボトルネックを容易に特定して改善施策の検討を行うことができ、また、避難者の個人特性が避難の安全性に及ぼす影響を評価することができる避難シミュレーションシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明はかかる課題を解決するために、請求項1は、マルチエージェントシミュレーション技術を用いて高層建造物における災害避難方法をシミュレーションする避難シミュレーションシステムであって、シミュレーションを実行する上での条件を入力するシミュレーション条件入力手段と、シミュレーションの対象となる建造物、避難者、及び避難に使用するエレベータに係る初期値データを格納するデータベースと、該データベースに格納されている前記初期値データを読み込む初期値データ読込手段と、各アイテムごとに設けたシミュレーションを実行するシミュレーション実行手段と、該シミュレーション実行手段により実行されたシミュレーション結果を出力する出力手段と、前記各手段を制御する制御手段と、を備え、前記制御手段は、前記シミュレーション条件入力手段により入力されたシミュレーション条件及び前記初期値データ読込手段により読み込まれた各初期値データに基づいて前記各アイテムごとのシミュレーションを全ての避難者に対して実行し、該シミュレーションの結果を可視化して前記出力手段により出力することを特徴とする。
本発明のシミュレーションシステムは、シミュレーション条件入力手段、データベース、初期値データ読込手段、シミュレーション実行手段、出力手段、及び制御手段を備えて構成されている。そして、制御手段はシミュレーション条件入力手段により入力されたシミュレーション条件及び初期値データ読込手段により読み込まれた各初期値データに基づいて、各アイテムごとのシミュレーションを全ての避難者に対して実行し、このシミュレーションの結果を可視化して出力手段により出力する。即ち、エージェントとしての避難者の行動を、各アイテムごとにシミュレーションすることにより、マルチエージェントとしての集合体になった場合に、避難が迅速に、且つ安全に実施できるか否かをシミュレーションする。これにより、個別の避難者モデルに関するデータの集計、分析を行い、想定した避難シナリオについて迅速性、安全性の評価をして対象建造物の問題点を明確にすることができる。
【0006】
請求項2は、前記シミュレーション実行手段は、各階に居る避難者が階段を利用して避難する際の避難行動をシミュレーションする階段利用避難行動シミュレーションと、各階に居る避難者が各階に備えられたエレベータを利用して避難する際の避難行動をシミュレーションするエレベータ利用避難行動シミュレーションと、前記エレベータが各階を移動する際の移動処理をシミュレーションするエレベータ移動処理シミュレーションと、を有することを特徴とする。
エージェントとしての避難者の行動を、階段により避難する場合と、エレベータにより避難する場合とに分けてシミュレーションすることにより、マルチエージェントとしての集合体になった場合に、避難が迅速に、且つ安全に実施できるか否かをシミュレーションする。また、エレベータにより避難する場合は、避難者がとる行動によりエレベータの移動処理がどのようになるかもシミュレーションする。これにより、高層建造物による避難を現実に近い条件でシミュレーションすることが可能となる。
請求項3は、前記階段利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点、又は、避難者全員が災害発生階の下階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする。
エレベータが使用不能となって階段により避難する場合、最も安全なことは避難者全員が避難終了階に移動することである。また、特に火災が発生した場合は、その発生階の下の階にとりあえず避難することが重要である。従って、シミュレーションの終了条件としては、これらの何れかが達成された場合をもって終了とする。これにより、シミュレーションを実行する条件が明確となり、無駄なシミュレーションを削除することができる。
【0007】
請求項4は、前記エレベータ利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする。
エレベータは密室であるため、避難の途中で停止して避難者を缶詰状態にすることも有り得る。そのとき、各階の途中で停止した場合は、救出が困難となることも発生する。従って、エレベータにより避難する場合は、エレベータが避難終了階に達したか否かが重要である。その意味からも、エレベータ利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることが鉄則である。これにより、エレベータによる避難の安全性を高めることができる。
請求項5は、前記エレベータ移動処理シミュレーションは、該エレベータの状態、該エレベータの目的階、及び該エレベータの移動時間を前記避難に使用するエレベータに係る初期値データとすることを特徴とする。
エレベータの移動は、各階に備えられた行き先階ボタンの指示に従って移動する。また、エレベータ独自のアルゴリズムに従って動作する。例えば、上の階と下の階で同時に行き先階ボタンが押された場合、どちらを優先するかは、エレベータが停止している階により異なる。従って本発明では、エレベータが待機中か移動中かを示すエレベータの状態、避難者収容階か避難終了階かを示すエレベータの目的階、及びエレベータの移動時間をエレベータに係る初期値データとする。これにより、エレベータの移動処理を避難状況に即した動作としてシミュレーションすることができる。
【0008】
請求項6は、前記シミュレーションの対象となる建造物に係る初期値データは、該建造物のフロア数、各フロアの単位空間スケールを構成する各セルの位置、該セル間の距離値、及びバンク番号を含むことを特徴とする。
シミュレーション結果を大きく左右するものは建造物の初期値データである。即ち、フロアの数、シミュレーションの実行単位であるセルの位置、及びこのセル間の距離、及びバンク番号である。バンク番号とは、例えば、1階から13階までを各階に停止するエレベータをバンク1として、1階から13階まで停止しないで14階から23階まで各階に停止するエレベータをバンク2とするように複数のバンクを形成する。これにより、建造物内を移動する避難者の行動を正確に、且つきめ細かくシミュレーションすることができる。
請求項7は、前記出力手段は、予め設定したシミュレーションステップ間隔ごとに、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力することを特徴とする。
避難者が避難する場合、最も重要なファクターは、シミュレーション開始から避難完了までの所要時間である。当然、階が低い避難者ほど避難完了までの所要時間が短くなる。そこで本発明では、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力する。これにより、各階ごとの避難完了までの所要時間と避難者全員の避難完了までの所要時間を認知することができる。
【0009】
請求項8は、前記シミュレーション条件入力手段は、避難方法として、階段による避難、又は/及び、エレベータによる避難をシミュレーション条件として入力することを特徴とする。
災害が発生した場合、必ずしもエレベータが使用できるとは限らない。そこで本発明では、シミュレーションを開始する前に、シミュレーション条件として階段による避難、又は、エレベータによる避難の何れか、或いは両方を選択して入力することができる。これにより、実際の災害に近い条件を任意に選択してシミュレーションすることができる。
請求項9は、前記シミュレーション条件入力手段は、災害の告知方法として、全ての階に即時に告知する一斉告知、又は災害発生階と直上階には即時告知して他の階には所定時間遅れて告知する時間差告知の何れか一方をシミュレーション条件として入力することを特徴とする。
災害が発生したとき、災害の告知を如何に早く、且つ確実に行なうかが、被害を大きくするか否かの分岐点である。この告知方法として、全ての階に即時に告知する一斉告知、又は災害発生階と直上階には即時告知して他の階には所定時間遅れて告知する時間差告知がある。これらの告知方法には一長一短があり、一斉告知の場合は、同時に全員に伝えることはできるが、避難者が避難口やエレベータに殺到して二次災害を起こす虞がある。それに対して、時間差告知は、最も災害発生現場に近い一部の避難者は即時に避難を開始することができるが、所定時間遅れて告知された階に障害者等の弱者が居た場合、告知の時間が遅れた分だけ危険度が大きくなるといった課題が残る。本発明では、シミュレーショ条件入力手段により一斉告知と時間差告知の何れかを選択して、別々にシミュレーションする。これにより、夫々の長所、短所を明確に把握して建造物ごとの最適な避難方法を選択することができる。
【0010】
請求項10は、前記シミュレーション条件入力手段は、階毎の告知時間、若しくは、複数の告知パターンをシミュレーション条件として設定可能としたことを特徴とする。
シミュレーション条件として、本発明では階ごとに告知時間を条件として入力することができる。若しくは、様々な告知パターンが条件として入力することができる。これにより、対象とする建造物に最適な告知方法を選択することができる。
請求項11は、マルチエージェントシミュレーション技術を用いて高層建造物における災害避難方法をシミュレーションする避難シミュレーション方法であって、シミュレーション条件入力手段がシミュレーションを実行する上での条件を入力するステップと、データベースがシミュレーションの対象となる建造物、避難者、及び避難に使用するエレベータに係る初期値データを格納するステップと、初期値データ読込手段が該データベースに格納されている前記初期値データを読み込むステップと、シミュレーション実行手段が各アイテムごとに設けたシミュレーションを実行するステップと、出力手段が前記シミュレーション実行手段により実行されたシミュレーション結果を出力するステップと、制御手段が前記各手段を制御するステップと、を備え、前記制御手段は、前記シミュレーション条件入力手段により入力されたシミュレーション条件及び前記初期値データ読込手段により読み込まれた各初期値データに基づいて前記各アイテムごとのシミュレーションを全ての避難者に対して実行し、該シミュレーションの結果を可視化して前記出力手段により出力することを特徴とする。
本発明は請求項1と同様の作用効果を奏することができる。
【0011】
請求項12は、前記シミュレーション実行手段は、各階に居る避難者が階段を利用して避難する際の避難行動をシミュレーションする階段利用避難行動シミュレーションと、各階に居る避難者が各階に備えられたエレベータを利用して避難する際の避難行動をシミュレーションするエレベータ利用避難行動シミュレーションと、前記エレベータが各階を移動する際の移動処理をシミュレーションするエレベータ移動処理シミュレーションと、を有することを特徴とする。
本発明は請求項2と同様の作用効果を奏することができる。
請求項13は、前記階段利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点、又は、避難者全員が災害発生階の下階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする。
本発明は請求項3と同様の作用効果を奏することができる。
請求項14は、前記エレベータ利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする。
本発明は請求項4と同様の作用効果を奏することができる。
【0012】
請求項15は、前記エレベータ移動処理シミュレーションは、該エレベータの状態、該エレベータの目的階、及び該エレベータの移動時間を前記避難に使用するエレベータに係る初期値データとすることを特徴とする。
本発明は請求項5と同様の作用効果を奏することができる。
請求項16は、前記シミュレーションの対象となる建造物に係る初期値データは、該建造物のフロア数、各フロアの単位空間スケールを構成する各セルの位置、該セル間の距離値、及びバンク番号を含むことを特徴とする。
本発明は請求項6と同様の作用効果を奏することができる。
請求項17は、前記出力手段は、予め設定したシミュレーションステップ間隔ごとに、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力することを特徴とする。
本発明は請求項7と同様の作用効果を奏することができる。
請求項18は、前記シミュレーション条件入力手段は、避難方法として、階段による避難、又は/及び、エレベータによる避難をシミュレーション条件として入力することを特徴とする。
本発明は請求項8と同様の作用効果を奏することができる。
【0013】
請求項19は、前記シミュレーション条件入力手段は、災害の告知方法として、全ての階に即時に告知する一斉告知、又は災害発生階と直上階には即時告知して他の階には所定時間遅れて告知する時間差告知の何れか一方をシミュレーション条件として入力することを特徴とする。
本発明は請求項9と同様の作用効果を奏することができる。
請求項20は、前記シミュレーション条件入力手段は、階毎の告知時間、若しくは、複数の告知パターンをシミュレーション条件として設定可能としたことを特徴とする。
本発明は請求項10と同様の作用効果を奏することができる。
請求項21は、請求項10乃至18の何れか一項に記載の避難シミュレーション方法をコンピュータが制御可能にプログラミングしたことを特徴とする。
本発明の避難シミュレーション方法をコンピュータが制御可能なOSに従ってプログラミングすることにより、そのOSを備えたコンピュータであれば同じ処理方法により制御することができる。
請求項22は、請求項19に記載の避難シミュレーションプログラムをコンピュータが読み取り可能な形式で記録したことを特徴とする。
避難シミュレーションプログラムをコンピュータが読み取り可能な形式で記録媒体に記録することにより、この記録媒体を持ち運ぶことにより何処でもプログラムを稼動することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、エージェントとしての避難者の行動を、各アイテムごとにシミュレーションすることにより、マルチエージェントとしての集合体になった場合に、避難が迅速に、且つ安全に実施できるか否かをシミュレーションするので、個別の避難者モデルに関するデータの集計、分析を行い、想定した避難シナリオについて迅速性、安全性の評価をして対象建造物の問題点を明確にすることができる。
また、エージェントとしての避難者の行動を、階段により避難する場合と、エレベータにより避難する場合とに分けてシミュレーションするので、高層建造物による避難が現実に近い条件でシミュレーションすることが可能となる。
また、階段利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に移動することと、災害発生階の下の階にとりあえず避難することの何れかが達成された場合をもってシミュレーションの終了とするので、シミュレーションを実行する条件が明確となり、無駄なシミュレーションを削減することができる。
また、エレベータ利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点をもってシミュレーションの終了とするので、エレベータによる避難の安全性を高めることができる。
また、エレベータが待機中か移動中かを示すエレベータの状態、避難者収容階か避難終了階かを示すエレベータの目的階、及びエレベータの移動時間をエレベータに係る初期値データとするので、エレベータの移動処理を避難状況に即した動作としてシミュレーションすることができる。
【0015】
また、建造物の初期値データを、フロアの数、シミュレーションの実行単位であるセルの位置、及びこのセル間の距離、及びバンク番号とするので、建造物内を移動する避難者の行動を正確に、且つきめ細かくシミュレーションすることができる。
また、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力するので、各階ごとの避難完了までの所要時間と避難者全員の避難完了までの所要時間を認知することができる。
また、シミュレーションを開始する前に、シミュレーション条件として階段による避難、又は、エレベータによる避難の何れか、或いは両方を選択して入力するので、実際の災害に近い条件を任意に選択してシミュレーションすることができる。
また、シミュレーショ条件入力手段により一斉告知と時間差告知に何れかを選択して、別々にシミュレーションするので、夫々の長所、短所を明確に把握して建造物ごとの最適な避難方法を選択することができる。
また、シミュレーション条件として、本発明では階ごとに告知時間を条件として入力すること、若しくは、様々な告知パターンが条件として入力することができるので、対象とする建造物に最適な告知方法を選択することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を図に示した実施形態を用いて詳細に説明する。但し、この実施形態に記載される構成要素、種類、組み合わせ、形状、その相対配置などは特定的な記載がない限り、この発明の範囲をそれのみに限定する主旨ではなく単なる説明例に過ぎない。
図1は本発明の実施形態に係る避難シミュレーションシステムの各機能を示す機能ブロック図である。この避難シミュレーションシステム100は、マルチエージェントシミュレーション技術を用いて高層建造物における火災避難をシミュレーションする避難シミュレーションシステム100であって、シミュレーションを実行する上での条件を入力するシミュレーション条件入力手段1と、シミュレーションの対象となる建造物、避難者、及び避難に使用するエレベータに係る初期値データを格納するデータベース(DB)6と、データベース6に格納されている初期値データを読み込む初期値データ読込手段2と、各アイテムごとに設けたシミュレーションを実行するシミュレーション実行手段5と、シミュレーション実行手段5により実行されたシミュレーション結果を出力する出力手段3と、各手段を制御する制御手段4と、を備えて構成されている。尚、シミュレーション実行手段5は、各階に居る避難者が階段を利用して避難する際の避難行動をシミュレーションする階段利用避難行動シミュレーション5aと、各階に居る避難者が各階に備えられたエレベータを利用して避難する際の避難行動をシミュレーションするエレベータ利用避難行動シミュレーション5bと、エレベータが各階を移動する際の移動処理をシミュレーションするエレベータ移動処理シミュレーション5cと、を有する。
ここで制御手段4は、シミュレーション条件入力手段1により入力されたシミュレーション条件及び初期値データ読込手段2により読み込まれた各初期値データに基づいて各アイテムごとのシミュレーションを全ての避難者に対して実行し、シミュレーションの結果を可視化して出力手段3により出力する。
【0017】
即ち、本実施形態のシミュレーションシステム100は、シミュレーション条件入力手段1、データベース6、初期値データ読込手段2、シミュレーション実行手段5、出力手段3、及び制御手段4を備えて構成されている。そして、制御手段4はシミュレーション条件入力手段1により入力されたシミュレーション条件及び初期値データ読込手段2により読み込まれた各初期値データに基づいて、各アイテムごとのシミュレーションを全ての避難者に対して実行し、このシミュレーションの結果を可視化して出力手段3により出力する。即ち、エージェントとしての避難者の行動を、各アイテムごとにシミュレーションすることにより、マルチエージェントとしての集合体になった場合に、避難が迅速に、且つ安全に実施できるか否かをシミュレーションする。これにより、個別の避難者モデルに関するデータの集計、分析を行い、想定した避難シナリオについて迅速性、安全性の評価をして対象建造物の問題点を明確にすることができる。
【0018】
また、エージェントとしての避難者の行動を、階段により避難する場合と、エレベータにより避難する場合とに分けてシミュレーションすることにより、マルチエージェントとしての集合体になった場合に、避難が迅速に、且つ安全に実施できるか否かをシミュレーションする。また、エレベータにより避難する場合は、避難者がとる行動によりエレベータの移動処理がどのようになるかもシミュレーションする。これにより、高層建造物による避難を現実に近い条件でシミュレーションすることが可能となる。
また、出力手段3は、予め設定したシミュレーションステップ間隔ごとに、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力する。即ち、避難者が避難する場合、最も重要なファクターは、シミュレーション開始から避難完了までの所要時間である。当然、階が低い避難者ほど避難完了までの所要時間が短くなる。そこで本実施形態では、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力する。これにより、各階ごとの避難完了までの所要時間と避難者全員の避難完了までの所要時間を認知することができる。
また、シミュレーション条件入力手段1は、避難方法として、階段による避難、又は/及び、エレベータによる避難をシミュレーション条件として入力することができる。即ち、災害が発生した場合、必ずしもエレベータが使用できるとは限らない。そこで本発明では、シミュレーションを開始する前に、シミュレーション条件として階段による避難、又は、エレベータによる避難の何れか、或いは両方を選択して入力することができる。これにより、実際の災害に近い条件を任意に選択してシミュレーションすることができる。
【0019】
図2は本発明に係る避難シミュレーションシステムの全体動作を説明するフローチャートである。まず、対象とする超高層建物に対して、迅速かつ安全な火災避難を実現するための避難シナリオを検討する(S1)。検討する項目として、建物平面の間取りの改善、フロア毎の火災発生告知タイミング、エレベータを使用した避難を許可するフロア(または許可する避難者タイプ)の選択、一時避難階の設定がある。
次に、シミュレーションの実施準備として、検討した避難シナリオにおける避難効率をシミュレーションにより検証するため、避難シナリオの内容に基づいた各種の設定ファイルを作成する(S2)。尚、シミュレーション事前データファイルとして、建物情報定義ファイル、避難者情報ファイル、エレベータ情報ファイル、シミュレーション条件設定ファイルがある。
次に、シミュレーションの実施として、避難シナリオの内容にもとづいた各種の設定ファイルを用いてシミュレーションを実施し、結果をデータファイルとして取得する(S3)。尚、シミュレーション結果データファイルとして、避難者位置ログファイル、避難完了時間ログファイルがある。
次に、シミュレーション結果の分析として、取得したデータファイルに関して集計・分析を行い、想定した避難シナリオについて迅速性・安全性の観点から評価を行い、問題があればその原因を特定する(S4)。この結果を評価・分析レポートとして出力する。
【0020】
図3は本発明に係る避難シミュレーションシステムの詳細動作を説明するフローチャートである。まず、シミュレーションを実行する上での条件をシミュレーション条件入力手段1から入力し、シミュレーションの対象となる建造物、避難者、及び避難に使用するエレベータに係る初期値データ(詳細は後述する)を初期値データ読込手段2によりデータベース6から読み込む(S10)。次に、火災発生を告知する。このとき、一斉告知か時間差告知かはシミュレーション条件入力手段1により予め選択して入力しておく(S12)。次に、所定階に居る避難者nをn=1,N,1(Nは避難者総数、1人目をN人まで1人ずつの意味)として設定する(S13)。次に避難完了状態かを検証し(S14)、最初はまだ避難が完了していないので、ステップS15に進む。ステップS15では、エレベータが利用可能かを検証し(S15)、エレベータの利用が可能であれば(S15でYES)、シミュレーション実行手段5のエレベータ利用避難行動シミュレーション5bを実行する(S16)。ステップS15でエレベータの利用が不可であれば(S15でNO)、シミュレーション実行手段5の階段利用避難行動シミュレーション5aを実行する(S17)。このステップS13からステップS18の各ステップをn=Nになるまで繰り返す。その結果、ステップS14により所定の階の全ての避難者の避難が完了すると(S14でYES)、エレベータ利用避難行動シミュレーション5bを実行した避難者に対して、エレベータが各階を移動する際の移動処理をシミュレーションするエレベータ移動処理シミュレーション5cを実行する(S19)。これにより所定階における避難者の避難が完了して、その結果を出力手段3から建物平面図、避難者の位置を画面表示する(S20)。それと同時にシミュレーション結果をファイル出力する(S21)。そして、各階の避難者全員が避難完了状態かを検証し(S22)、全ての階の避難者が避難を完了していなければ、ステップS11に戻って、次の階の避難者数を設定して(S13)、ステップS14から繰り返す。従って、ステップS13〜S18の繰り返しでは時間毎の避難者の移動を行っているので、完了するのは単位時間における避難者の移動となる。同様に、ステップS11〜S22の繰り返しでは、全員が避難を終えるまでの全時間が完了することとなる。
【0021】
図4はデータベース6に記憶されている初期値データの一例を示す図である。
初期値データのカテゴリとして、建物、避難者、エレベータ情報、及びシミュレーション条件がある。建物のカテゴリの内容は、グローバル値としてフロア数、セル位置として床セル、壁セル、障害物セル、階段セル、階段出入口セル、出口セル、エレベータホールセル、エレベータ乗降口セルがあり、セル距離値として、床セル、階段セル、エレベータホールセルがあり、バンク番号として、エレベータホールセルがある。ここで、セル距離値として図5(a)に示すように、目的地セル33の周辺セル(障害物セル32および階段セルを除く)に対して、目的地セル33からの距離値を図5(b)のように順次設定する。(避難者が移動する際に、この距離値を参照して目的地に近づく移動方向を取得する)1フロア内に階段出入口が複数ある場合は、階段出入口ごとにそれぞれ距離の分布を別個に作成する(避難者によってどの階段を利用するかが予め決められているため)。また、避難者のカテゴリの内容は、避難者の初期位置、避難者の最大歩行速度、避難方式(エレベータ使用可、不可)、フロア内使用階段番号等の属性がある。また、エレベータ情報のカテゴリの内容は、初期所在階(定数、地上階)、階間移動所要時間、停止階、定員、所属バンク番号がある。また、シミュレーション条件のカテゴリの内容は、火災発生階、火災発生告知タイミング(フロアごと)、終了条件として、A:全員が出口に達した。B:全員が火災発生下階に達した。
即ち、シミュレーション結果を大きく左右するものは建造物の初期値データである。即ち、フロアの数、シミュレーションの実行単位であるセルの位置、及びこのセル間の距離、及びバンク番号である。バンク番号とは、例えば、1階から13階までを各階に停止するエレベータをバンク1とし、1階から13回まで停止しないで14階から23階まで各階に停止するエレベータをバンク2とするように複数のバンクを形成する。これにより、建造物内を移動する避難者の行動を正確に、且つきめ細かくシミュレーションすることができる。
【0022】
図6は本発明に係る階段利用避難行動シミュレーションの動作を説明するフローチャートである。まず、各階ごとに避難終了階(図4の終了条件のAかB)に達しているかを検証する(S30)。避難終了階に達していなければ(S30でNO)、現在階の階段出入口に到着済かを検証する(S31)。到着していれば(S31でYES)、1階下の階段出入口に到着済かを検証する(S32)。到着していれば(S32でYES)、現在階の階数をデクリメントして終了する(S33)。
一方、ステップ30において、避難終了階に達していれば(S30でYES)、一つは「A.全員が出口に達した」の場合(避難終了階=地上階)は避難完了状態とする(S34)。二つ目は、「全員が火災発生階下階に達した」の場合(避難終了階=火災発生下階)は、避難完了状態かを検証し(S35)、完了状態であれば(S35でYES)終了し、避難完了状態でなければ(S35でNO)、出口に達しているかを検証し(S36)、達していなければ(S36でNO)出口へ移動し(S37)、達していれば(S36でYES)避難完了状態にする(S38)。また、ステップS31で現在階の階段出入口に到着していなければ(S31でNO)、現在階出入口に移動する(S39)。ステップS32で1階下の階段出入口に到着していなければ(S32でNO)、1階下の階段出入口に移動する(S40)。
即ち、エレベータが使用不能となって階段により避難する場合、最も安全なことは避難者全員が避難終了階に移動することである。また、特に火災が発生した場合は、その発生階の下の階にとりあえず避難することが重要である。従って、シミュレーションの終了条件としては、これらの何れかが達成された場合をもって終了とする。これにより、シミュレーションを実行する条件が明確となり、無駄なシミュレーションを削減することができる。
【0023】
図7は本発明に係るエレベータ利用避難行動シミュレーションの動作を説明するフローチャートである。まず、各階ごとに避難終了階(図4の終了条件のAかB)に達しているかを検証する(S50)。避難終了階に達していなければ(S50でNO)、エレベータ乗降階に達しているかを検証する(S51)。達していれば(S51でYES)、エレベータ乗降口からの一定距離内かを検証する(S52)。一定距離内であれば(S52でYES)、エレベータが到着しているかを検証し(S53)、到着していれば(S53でYES)、エレベータに乗り(S54)、行き先階を指示する(S55)。
一方、ステップ50において、避難終了階に達していれば(S50でYES)、一つは「A.全員が出口に達した」の場合は避難完了状態とする(S56)。二つ目は、「全員が火災発生階下階に達した」の場合(避難終了階=火災発生下階)は、避難完了状態かを検証し(S57)、完了状態であれば(S57でYES)終了し、避難完了状態でなければ(S57でNO)、出口に達しているかを検証し(S58)、達していなければ(S58でNO)出口へ移動し(S59)、達していれば(S58でYES)避難完了状態にする(S60)。また、ステップS51でエレベータの乗降階に達していなければ(S51でNO)、現在階出入口に到着済かを検証し(S63)、到着していなければ(S61でNO)現在階階段出入口に移動する(S62)。ステップS61で到着していれば(S61でYES)、1階下の階段出入口に到着済みかを検証し(S63)、到着していなければ(S63でNO)、1階下の階段出入口に移動する(S64)。到着していれば(S63でYES)、現在階の階数をデクリメントする(S65)。また、ステップS52でエレベータ乗降口からの一定距離内でなければ(S52でNO)エレベータ乗降口へ移動する(S66)。また、ステップS53でエレベータが到着していなければ(S53でNO)、エレベータ待機状態にする(S67)。
即ち、エレベータは密室であるため、避難の途中で停止して避難者を缶詰状態にすることも有り得る。そのとき、各階の途中で停止した場合は、救出が困難となることも発生する。従って、エレベータにより避難する場合は、エレベータが避難終了階に達したか否かが重要である。その意味からも、エレベータ利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることが鉄則である。これにより、エレベータによる避難の安全性を高めることができる。
【0024】
図8は本発明に係るエレベータ移動処理シミュレーションの動作を説明するフローチャートである。前提条件として、エレベータの状態={待機中,移動中}、エレベータの目的階={避難者収容階,避難終了階(=地上階)}、エレベータの初期値:状態=待機中,目的階=避難者収容階,移動時間=0とする。
先ずエレベータの状態が待機中かを検証する(S70)。待機中であれば(S70でYES)、避難者収容階の待ち人数が居るかを検証する(S71)。居なければ終了し(S71でNO)、1人でも居れば(S71でYES)、目的階を避難者収容階とし(S72)、状態を移動中とし(S73)、移動時間をリセットする(S74)。一方、ステップS70で状態が待機中でなければ(S70でNO)、移動時間が移動所要時間と等しいかを検証する(S75)。ここで、{階間移動所要時間(F1,F2)|F1,F2は1,2,・・・M階の全通り}のデータをエレベータ情報として予め用意する。移動時間が移動所要時間と等しくなければ(S75でNO)、移動時間をインクリメントする(S76)。ステップS75で移動時間が移動所要時間と等しければ(S75でYES)、目的階が避難者収容階と等しいかを検証し(S77)、等しくなければ(S77でNO)、避難者をエレベータのカゴから降ろして(S82)、状態を待機中にして(S83)、移動時間をリセットする(S84)。ステップ77で目的階が避難者収容階と等しければ(S77でYES)、避難者をカゴに収容し(S78)、目的階を避難終了階にして(S79)、状態を移動中にして(S80)、移動時間をリセットする(S81)。
即ち、エレベータの移動は、各階に備えられた行き先階ボタンの指示に従って移動する。また、エレベータ独自のアルゴリズムに従って動作する。例えば、上の階と下の階で同時に行き先階ボタンが押された場合、どちらを優先するかは、エレベータが停止している階により異なる。従って本実施形態では、エレベータが待機中か移動中かを示すエレベータの状態、避難者収容階か避難終了階かを示すエレベータの目的階、及びエレベータの移動時間をエレベータに係る初期値データとする。これにより、エレベータの移動処理を避難状況に即した動作としてシミュレーションすることができる。
【0025】
次に本発明に係る避難シミュレーションシステム100によりシミュレーションした実施例について説明する。本実施例によりシミュレーションする対象ビルディングは、都内に建つ地上42階地下2階の大規模複合オフィスビルである。設計時の避難計画では、火災発生後に火災告知が規定のタイミングで行われ、建物の利用者は階段を利用して地上階までの避難を行うよう定められている。しかし、大勢の避難者を地上まで一斉に避難させると混乱が生ずることが予想されるほか、車椅子利用者などの災害弱者の存在を考慮すると、階段のみの避難を想定することは現実的でない面がある。本実施例では、エレベータによる避難(現在は認可されていない)を行った場合の避難シナリオおよび、混雑発生を回避するための避難誘導を行った避難シナリオについて、迅速性・安全性の検証を行った。本手法では、ここで述べるシナリオ以外にも、火災発生の告知タイミング調整などのシナリオについても評価を行うことができる。
図9は階段のみで避難を行なった場合の避難完了時間の分布を表す図であり、図10は階段とエレベータを併用した場合の避難完了時間の分布を表す図である。散布図上のポイント一つが一人の避難者を表す。グラフの横軸は火災発生から避難が完了するまでの時間であり、縦軸は各避難者が火災発生前に滞在していた階数である。
この結果から、1)図10の階段とエレベータを併用した避難では、図9の階段のみの避難よりも全員の避難完了時間が大幅に短縮されることがわかる。また、2)図9の階段のみによる避難では、全体の傾向としては高層階の滞在者ほど避難完了が遅くなるが、低層階であっても一部の避難者は避難が大幅に遅れる場合があることがわかる。さらに、3)図9の階段のみによる避難では全避難者が大きく二つのグループA、Bに分かれている(傾きが大きい直線状に分布する少人数グループA、傾きが小さい直線状に分布する大人数グループB)ことがわかる。
【0026】
本実施例では個人毎の避難状況を逐次再現しているため、個人毎の詳細な行動履歴を用いて、これらの所見に対してより詳細な検討を加えることが可能である。例えば、所見3)については、避難時間が相対的に早い少人数グループ(傾きの大きい直線状のグループ)Aの避難者の行動履歴を追跡したところ、このグループは各フロアで2か所ある階段のうちの一方を集中して利用していることが分かった。これより、フロア全体での階段の輸送力は有効活用されておらず、2か所の階段で過疎状態、過密状態がそれぞれ生じていることがわかる。したがって、避難時に利用すべき階段をフロア内のエリアごとにあらかじめ取り決めておき、2か所の階段の利用率を均衡させることでフロア全体の避難時間を短縮する等の施策が考えられる。
図9の階段のみを使用した避難方法では、階段の利用率のアンバランスにより避難効率が低下する可能性があることがわかった。それに対し、同じく階段のみによる避難の場合に、2か所の階段の利用率を均衡させることでフロア全体の避難時間を短縮する方策を検討する。そこで、2か所ある階段に近い座席位置に従ってフロア内を2エリアに分割し、各々の避難者が使用する階段をあらかじめ決められているものとする。これは、避難体制としてのルールを事前の避難訓練等により周知させている、あるいは、災害発生時に誘導員等により避難経路の指示が行われることに相当する。このような設定のもとでシミュレーションを行った結果を図11に示す。図9と図11を比較すると、階段の利用効率の偏りが解消され、避難時間が59.5分から43.5分へと約16分短縮されていることがわかる。
【0027】
避難の迅速性については以上のように評価を行うことができるが、一方、避難のプロセスは迅速であるだけでなく、身体接触や転倒による事故が起こらないように、安全性の面からも検討されていなくてはならない。この種の事故の危険性は、単位面積あたりの避難者人数(避難者密度)が大きくなるにつれ増大する。この点について評価を行うため、個人毎に出力された座標ログデータを用いて、フロア内の特定のエリア(階段内および通路内)での避難者密度を時系列的に算出した。図12には、避難誘導を実施する前(階段のみによる避難)Cと、避難誘導を実施した場合Dの各々について、階段内と通路内の最大密度を示す。ここから、避難誘導を実施することにより、避難完了までの時間が短縮されるだけでなく、避難時に発生する事故の危険性を減少させる効果も期待できることがわかる。
【0028】
図13は、30階、及び31階の居住者が火災階より下階(29階)に到達するまでの時間を、告知の時間差を設けない場合と設けた場合の2通りについて示す図である。
安全な避難誘導のための施策の一つとして、避難を促す告知放送を行うタイミングを調整し、フロア間に告知の時間差を設ける方法(時間差告知)がある。この施策は、火災による危険性がフロア毎に異なるため、危険度の高いフロア(避難の優先度が高いフロア)に対して最初に告知放送を行って早期に避難させるという方針に基づいたものである。一般には、火災の発生階およびその直上階を危険度の高いフロアとして扱う。
本手法では、告知放送のタイミングをフロアごとに別個に指定することができる。今回、以下のような設定でシミュレーションを実施し、フロアごとに告知の時間差を設けた場合の効果を検証した。シミュレーションの設定としては、1)火災は30階で発生する。2)火災発生階(30階)とその直上階(31階)の居住者には火災発生直後に告知を行う。3)30、31階以外の居住者には、火災発生の5分後に告知を行う。4)避難にはエレベータを使用せず、階段のみを使用する。
このように時間差を設けて告知を行うことで、時間差を設けない場合(一斉告知)に比べて、ビル全体の避難完了時間は遅くなる(30、31階以外に対しては、あえて避難開始の時間を遅らせているため)。その代り、危険度の高い30、31階の居住者が当面の危険を回避するための時間(火災階よりも下の階に避難するまでの時間)は短縮できる可能性がある(30、31階以外の居住者との同時避難による混雑発生を避けられるため)。
【0029】
図13から明らかな通り、告知に時間差を設けた場合には、設けない場合に比べて、30、31階の居住者が火災階より下階に達するまでの時間が短縮されていることがわかる。したがって、時間差をつけて告知を行うことは、危険度の高いフロアの居住者を優先的に避難させるために有効な施策であるといえる。
即ち、災害が発生したとき、災害の告知を如何に早く、且つ確実に行なうかが、被害を大きくするか否かの分岐点である。この告知方法として、全ての階に即時に告知する一斉告知、又は災害発生階と直上階には即時告知して他の階には所定時間遅れて告知する時間差告知がある。これらの告知方法には一長一短があり、一斉告知の場合は、同時に全員に伝えることはできるが、避難者が避難口やエレベータに殺到して二次災害を起こす虞がある。それに対して、時間差告知は、最も災害発生現場に近い一部の避難者は即時に避難を開始することができるが、所定時間遅れて告知された階に障害者等の弱者が居た場合、告知の時間が遅れた分だけ危険度が大きくなるといった課題が残る。本発明では、シミュレーショ条件入力手段により一斉告知と時間差告知の何れかを選択して、別々にシミュレーションする。これにより、夫々の長所、短所を明確に把握して建造物ごとの最適な避難方法を選択することができる。
また、シミュレーション条件として、本発明では階ごとに告知時間を条件として入力することができる。若しくは、様々な告知パターンが条件として入力することができる。これにより、対象とする建造物に最適な告知方法を選択することができる。
【0030】
以上に説明したとおり、本発明は、上述した実施形態のみに限定されたものではない。上述した実施形態の避難シミュレーションシステムを構成する各機能をそれぞれプログラム化し、あらかじめCD−ROM等の記録媒体に書き込んでおき、コンピュータに搭載したCD−ROMドライブのような媒体駆動装置にこのCD−ROM等を装着して、これらのプログラムをコンピュータのメモリあるいは記憶装置に格納し、それを実行することによって、本発明の目的が達成されることは言うまでもない。
この場合、記録媒体から読み出されたプログラム自体が上述した実施形態の機能を実現することになり、そのプログラムおよびそのプログラムを記録した記録媒体も本発明を構成することになる。尚、プログラムを格納する記録媒体としては半導体媒体(例えば、ROM、不揮発性メモリカード等)、光媒体(例えば、DVD、MO、MD、CD等)、磁気媒体(例えば、磁気テープ、フレキシブルディスク等)等のいずれであってもよい。
また、ロードしたプログラムを実行することにより上述した実施形態の機能が実現されるだけでなく、そのプログラムの指示に基づき、オペレーティングシステムあるいは他のアプリケーションプログラム等と協働して処理することによって上述した実施形態の機能が実現される場合も含まれる。
また、市場に流通させる場合には、可搬型の記録媒体にプログラムを格納して流通させたり、インターネット等を介して接続されたサーバコンピュータの記憶装置にプログラムを格納しておき、インターネット等を通じて他のコンピュータに転送することもできる。この場合、このサーバコンピュータの記憶装置も本発明の記録媒体に含まれる。
なお、コンピュータでは、可搬型の記録媒体上のプログラム、または転送されてくるプログラムを、コンピュータに接続した記録媒体にインストールし、そのインストールされたプログラムを実行することによって上述した実施形態の機能が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施形態に係る避難シミュレーションシステムの各機能を示す機能ブロック図である。
【図2】本発明に係る避難シミュレーションシステムの全体動作を説明するフローチャートである。
【図3】本発明に係る避難シミュレーションシステムの詳細動作を説明するフローチャートである。
【図4】データベース6に記憶されている初期値データの一例を示す図である。
【図5】セル距離値について説明する図である。
【図6】本発明に係る階段利用避難行動シミュレーションの動作を説明するフローチャートである。
【図7】本発明に係るエレベータ利用避難行動シミュレーションの動作を説明するフローチャートである。
【図8】本発明に係るエレベータ移動処理シミュレーションの動作を説明するフローチャートである。
【図9】階段のみで避難を行なった場合の避難完了時間の分布を表す図である。
【図10】階段とエレベータを併用した場合の避難完了時間の分布を表す図である。
【図11】避難体制としてのルールを事前の避難訓練等により周知させている、あるいは、災害発生時に誘導員等により避難経路の指示が行われる設定のもとでシミュレーションを行った結果を示す避難完了時間の分布図である。
【図12】避難誘導を実施する前(階段のみによる避難)Cと、避難誘導を実施した場合Dの各々について、階段内と通路内の最大密度を示す図である。
【図13】30、31階の居住者が火災階より下階(29階)に到達するまでの時間を、告知の時間差を設けない場合と設けた場合の2通りについて示す図である。
【符号の説明】
【0032】
1 シミュレーション条件入力手段、2 初期値データ読込手段、3 出力手段、4 制御手段、5 シミュレーション実行手段、5a 階段利用避難行動シミュレーション、5b エレベータ利用避難行動シミュレーション、5c エレベータ移動処理シミュレーション、6 データベース、100 避難シミュレーションシステム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチエージェントシミュレーション技術を用いて高層建造物における災害避難方法をシミュレーションする避難シミュレーションシステムであって、
シミュレーションを実行する上での条件を入力するシミュレーション条件入力手段と、シミュレーションの対象となる建造物、避難者、及び避難に使用するエレベータに係る初期値データを格納するデータベースと、該データベースに格納されている前記初期値データを読み込む初期値データ読込手段と、各アイテムごとに設けたシミュレーションを実行するシミュレーション実行手段と、該シミュレーション実行手段により実行されたシミュレーション結果を出力する出力手段と、前記各手段を制御する制御手段と、を備え、
前記制御手段は、前記シミュレーション条件入力手段により入力されたシミュレーション条件及び前記初期値データ読込手段により読み込まれた各初期値データに基づいて前記各アイテムごとのシミュレーションを全ての避難者に対して実行し、該シミュレーションの結果を可視化して前記出力手段により出力することを特徴とする避難シミュレーションシステム。
【請求項2】
前記シミュレーション実行手段は、各階に居る避難者が階段を利用して避難する際の避難行動をシミュレーションする階段利用避難行動シミュレーションと、各階に居る避難者が各階に備えられたエレベータを利用して避難する際の避難行動をシミュレーションするエレベータ利用避難行動シミュレーションと、前記エレベータが各階を移動する際の移動処理をシミュレーションするエレベータ移動処理シミュレーションと、を有することを特徴とする請求項1に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項3】
前記階段利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点、又は、避難者全員が災害発生階の下階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項4】
前記エレベータ利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする請求項1又は2に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項5】
前記エレベータ移動処理シミュレーションは、該エレベータの状態、該エレベータの目的階、及び該エレベータの移動時間を前記避難に使用するエレベータに係る初期値データとすることを特徴とする請求項1又は2に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項6】
前記シミュレーションの対象となる建造物に係る初期値データは、該建造物のフロア数、各フロアの単位空間スケールを構成する各セルの位置、該セル間の距離値、及びバンク番号を含むことを特徴とする請求項1に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項7】
前記出力手段は、予め設定したシミュレーションステップ間隔ごとに、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力することを特徴とする請求項1に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項8】
前記シミュレーション条件入力手段は、避難方法として、階段による避難、又は/及び、エレベータによる避難をシミュレーション条件として入力することを特徴とする請求項1乃至7の何れか一項に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項9】
前記シミュレーション条件入力手段は、災害の告知方法として、全ての階に即時に告知する一斉告知、又は災害発生階と直上階には即時告知して他の階には所定時間遅れて告知する時間差告知の何れか一方をシミュレーション条件として入力することを特徴とする請求項1乃至7の何れか一項に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項10】
前記シミュレーション条件入力手段は、階毎の告知時間、若しくは、複数の告知パターンをシミュレーション条件として設定可能としたことを特徴とする請求項9に記載の避難シミュレーションシステム。
【請求項11】
マルチエージェントシミュレーション技術を用いて高層建造物における災害避難方法をシミュレーションする避難シミュレーション方法であって、
シミュレーション条件入力手段がシミュレーションを実行する上での条件を入力するステップと、データベースがシミュレーションの対象となる建造物、避難者、及び避難に使用するエレベータに係る初期値データを格納するステップと、初期値データ読込手段が該データベースに格納されている前記初期値データを読み込むステップと、シミュレーション実行手段が各アイテムごとに設けたシミュレーションを実行するステップと、出力手段が前記シミュレーション実行手段により実行されたシミュレーション結果を出力するステップと、制御手段が前記各手段を制御するステップと、を備え、
前記制御手段は、前記シミュレーション条件入力手段により入力されたシミュレーション条件及び前記初期値データ読込手段により読み込まれた各初期値データに基づいて前記各アイテムごとのシミュレーションを全ての避難者に対して実行し、該シミュレーションの結果を可視化して前記出力手段により出力することを特徴とする避難シミュレーション方法。
【請求項12】
前記シミュレーション実行手段は、各階に居る避難者が階段を利用して避難する際の避難行動をシミュレーションする階段利用避難行動シミュレーションと、各階に居る避難者が各階に備えられたエレベータを利用して避難する際の避難行動をシミュレーションするエレベータ利用避難行動シミュレーションと、前記エレベータが各階を移動する際の移動処理をシミュレーションするエレベータ移動処理シミュレーションと、を有することを特徴とする請求項11に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項13】
前記階段利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点、又は、避難者全員が災害発生階の下階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする請求項11又は12に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項14】
前記エレベータ利用避難行動シミュレーションは、避難者全員が避難終了階に達した時点をもってシミュレーションの終了とすることを特徴とする請求項11又は12に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項15】
前記エレベータ移動処理シミュレーションは、該エレベータの状態、該エレベータの目的階、及び該エレベータの移動時間を前記避難に使用するエレベータに係る初期値データとすることを特徴とする請求項11又は12に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項16】
前記シミュレーションの対象となる建造物に係る初期値データは、該建造物のフロア数、各フロアの単位空間スケールを構成する各セルの位置、該セル間の距離値、及びバンク番号を含むことを特徴とする請求項11に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項17】
前記出力手段は、予め設定したシミュレーションステップ間隔ごとに、全避難者の所在位置、及び、避難が完了した避難者についてシミュレーション開始から避難完了までの所要時間を少なくともファイル出力することを特徴とする請求項11に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項18】
前記シミュレーション条件入力手段は、避難方法として、階段による避難、又は/及び、エレベータによる避難をシミュレーション条件として入力することを特徴とする請求項11乃至17の何れか一項に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項19】
前記シミュレーション条件入力手段は、災害の告知方法として、全ての階に即時に告知する一斉告知、又は災害発生階と直上階には即時告知して他の階には所定時間遅れて告知する時間差告知の何れか一方をシミュレーション条件として入力することを特徴とする請求項11乃至17の何れか一項に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項20】
前記シミュレーション条件入力手段は、階毎の告知時間、若しくは、複数の告知パターンをシミュレーション条件として設定可能としたことを特徴とする請求項19に記載の避難シミュレーション方法。
【請求項21】
請求項11乃至20の何れか一項に記載の避難シミュレーション方法をコンピュータが制御可能にプログラミングしたことを特徴とする避難シミュレーションプログラム。
【請求項22】
請求項21に記載の避難シミュレーションプログラムをコンピュータが読み取り可能な形式で記録したことを特徴とする記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2010−14878(P2010−14878A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173458(P2008−173458)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【出願人】(594071804)森ビル株式会社 (8)
【出願人】(591280197)株式会社構造計画研究所 (59)
【Fターム(参考)】