説明

酵素失活味噌加工品の製造方法及び酵素失活味噌加工品を配合した食品の製造方法

【課題】酵素を失活させるために加熱処理されているにもかかわらず、加熱臭が感じられることなく、味噌風味の良好な酵素失活味噌加工品の製造方法及び酵素失活味噌加工品を配合した食品の製造方法を提供する。
【解決手段】味噌にリン脂質を1%以上含有した卵黄油を添加して加熱処理する酵素失活味噌加工品の製造方法及び酵素失活味噌加工品を配合した食品の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素を失活させた味噌加工品の製造方法及び酵素失活味噌加工品を配合した食品の製造方法に関し、より詳しくは、酵素を失活させるために加熱処理されているにもかかわらず、加熱臭が感じられることなく、味噌風味の良好な酵素失活味噌加工品の製造方法及び酵素失活味噌加工品を配合した食品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本古来の伝統的な発酵食品である味噌は、日常の食生活で広く親しまれている調味料の一種であり、味噌汁を始めとして、様々な料理に用いられている。このような料理のうち、酢味噌和え、田楽、風呂吹き大根等に、幅広く活用できる便利な味噌として味噌、卵黄、みりん、酒、砂糖等を撹拌しながら加熱させて作る練り味噌が知られている。
【0003】
このような味噌料理を工業的に製造する場合、製品の保存中に味噌の酵素が働き、製品に何らかの影響を及ぼす場合があるため、一般的に加熱処理により味噌の酵素を失活させることが行われている。このような方法として、例えば、特開昭58−81759号公報(特許文献1)には、80℃以上にて少なくとも15分以上の加熱処理により味噌の酵素が完全に失活することが記載されており、また、特開平7−274819号公報(特許文献2)には、味噌を75℃〜90℃に加熱することで酵素の効力をなくす工程が記載されている。
【0004】
しかしながら味噌を上述のような高温で加熱処理すると、独特な加熱臭が感じられるとともに、味噌の風味が悪くなる問題があった。
【0005】
【特許文献1】特開昭58−81759号公報
【特許文献2】特開平7−274819号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の目的は、酵素を失活させるために加熱処理されているにもかかわらず、加熱臭が感じられることなく、味噌風味の良好な酵素失活味噌加工品の製造方法及び酵素失活味噌加工品を配合した食品の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記目的を達成すべく使用原料等、様々な諸条件について鋭意研究を重ねた結果、味噌にリン脂質を1%以上含有した卵黄油を添加して加熱処理することにより、意外にも、加熱臭が感じられることなく、味噌風味の良好な酵素失活味噌加工品が得られることを見出し本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
(1)味噌にリン脂質を1%以上含有した卵黄油を添加して加熱処理する酵素失活味噌加工品の製造方法、
(2)前記卵黄油が有機溶剤で抽出された(1)記載の酵素失活味噌加工品の製造方法、
(3)(1)又は(2)記載の酵素失活味噌加工品を配合する食品の製造方法、
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、酵素を失活させるために加熱処理されているにもかかわらず、加熱臭が感じられることなく、味噌風味の良好な酵素失活味噌加工品及びこれを配合した食品が得られ、味噌の需要拡大が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。なお、本発明において「%」は「質量%」を意味する。
【0011】
本発明の味噌とは、日本農林規格(平成16年10月7日農林水産省告示第1821号)に記載されている味噌、つまり、大豆若しくは大豆及び米、麦等の穀類を蒸煮したものに、米、麦等の穀類を蒸煮してこうじ菌を培養したものを加えたもの又は大豆を蒸煮してこうじ菌を培養したもの若しくはこれに米、麦等の穀類を蒸煮したものを加えたものに食塩を混合し、これを発酵させ、及び熟成させた半固体状のもののことをいう。
【0012】
本発明の酵素失活味噌加工品とは、前記味噌を主原料とした加工品であって、当該味噌に由来する酵素が失活した加工品をいう。このような本発明の酵素失活味噌加工品としては、主原料である味噌と後述する卵黄油の他に調味料等を加えたものであってもよく、例えば、田楽味噌、柚子味噌、木の芽味噌、鶏味噌等の練り味噌、味噌ラーメンや味噌うどん用等のスープ、味噌汁や味噌煮込み用等の調味味噌、中華合わせ調味料等が挙げられる。
【0013】
本発明の酵素失活味噌加工品における前記味噌の配合量は、味噌風味を生かす点から、味噌加工品に対して30%以上であると好ましく、50%以上であるとより好ましい。なお、後述の卵黄油を添加することを考慮すると前記味噌の配合量の上限は、味噌加工品に対して好ましくは99.5%である。
【0014】
一方、本発明の卵黄油とは、卵黄液、乾燥卵黄又はこれらの加熱処理物等から得られるトリグリセリドを主成分とする卵黄由来の脂質である。
【0015】
本発明の酵素失活味噌加工品の製造方法においては、前記卵黄油の中でもリン脂質を1%以上含有した卵黄油を用いることに特徴を有する。ここで、リン脂質とは、複合脂質の一種で、卵黄に由来するものであり、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、ホスファチジン酸、これらのリゾ化物、およびスフィンゴミエリンなどを構成成分とするものである。なお、前記卵黄油のリン脂質含有量は、イヤトロスキャン法(TLC−FID法)で測定することができる。本発明においては、このように、リン脂質を1%以上含有した卵黄油を味噌に添加して後述のように加熱処理することにより、加熱臭が感じられることなく、味噌風味の良好な酵素失活味噌加工品が得られる。これに対して、後述の試験例に示すようにリン脂質含有量が1%未満である卵黄油を用いた場合は、加熱臭が感じられ、味噌風味の良好なものは得られない。
【0016】
前記リン脂質を1%以上含有した卵黄油としては、例えば、卵黄原料から常法によりエタノール等の有機溶剤で抽出することにより得ることができる。リン脂質は熱により分解しやすい性質があるが、このようにエタノール等の有機溶剤を用いて抽出すると、過度の加熱を行うことなく、卵黄油の抽出を行うことができ、リン脂質を1%以上含有した卵黄油が得られる。有機溶剤として用いる前記エタノールとは、一般的に発酵法あるいは合成法等の工業的に製造されているエチルアルコールをいうが、本発明では、各種変性剤が添加された変性エタノール、精製水等の水を加配された含水エタノールも含まれる。なお、含水エタノールとしては、含水率が10容量%以下のものを使用するとよい。10容量%より多いと得られた卵黄油中に水分が多く残存しやすく、また、卵黄中の水溶性成分の混入を回避できず、微生物の増殖や風味の劣化等が懸念され好ましくない。また、このようなリン脂質を1%以上含有した卵黄油は、市販されているので、市販品を用いてもよい。なお、本発明で用いるこれら卵黄油に含まれるリン脂質含有量は、通常、50%未満である。
【0017】
前記本発明の卵黄油の添加量は、味噌を酵素失活させるための後述する加熱処理を行った際に生じる加熱臭を十分に抑制する点から、味噌加工品に対して、0.1〜10%であると好ましく、0.5〜8%であるとより好ましい。卵黄油の添加量が前記範囲より少ないと加熱臭が充分に抑制できない場合があり、一方、前記範囲より添加量が多いと、卵黄油の風味が強すぎて、逆に味噌風味を損なう場合があるためである。
【0018】
本発明の酵素失活味噌加工品の製造方法においては、味噌に上述したリン脂質を1%以上含有した卵黄油を添加して加熱処理する。これにより、酵素を失活させるために加熱処理されているにもかかわらず、加熱臭が感じられることなく、味噌風味の良好な酵素失活味噌加工品が得られる。これに対して、後述するように卵黄油を加熱処理後に添加しても、加熱臭が抑制できず、味噌風味の良好なものが得られない。加熱処理温度は、酵素を十分に失活させる点から、80〜120℃であると好ましく、90〜110℃であるとより好ましい。また、加熱処理時間は、前記温度に達温後、3分〜90分であると好ましく、5分〜60分であるとより好ましい。また、前記加熱処理方法は、酵素を失活させることができれば特に限定するものではなく、例えば、原料を鍋に投入し、撹拌混合しながら加熱処理する方法、ミキサーに原料を投入し撹拌混合後パウチ等の容器に充填・密封し、湯浴中で加熱処理する方法等が挙げられる。
【0019】
ここで、酵素失活を確認する方法としては、例えば、粘度10Pa・s〜20Pa・sの澱粉液100gに試料を5g添加して撹拌した後パウチ等に充填して保存し、保存後の粘度を測定する方法が挙げられる。この時、試料中に酵素が残存している場合は、澱粉液が酵素によって分解されるため粘度が低下する。保存後の粘度が1Pa・s以上であれば酵素が十分に失活しており、一方1Pa・s未満の場合は、酵素が未失活である。
【0020】
なお、本発明の酵素失活味噌加工品の製造方法においては上述した原料の他に、例えば、出汁(一番出汁、二番出汁)、昆布、鰹節、魚介エキス、あさりエキス、鰹エキス、魚介粉末、食塩、砂糖、醤油、味醂、アミノ酸系又は核酸系旨味調味料等の各種調味料、日本酒、エチルアルコール等のアルコール、クエン酸、酒石酸、コハク酸、リンゴ酸、柑橘果汁等の酸材、ごま油、ラード等の動植物油脂、唐からし等の香辛料、アスコルビン酸、ビタミンE等の酸化防止材、クチナシ色素等の色素、キサンタンガム、タマリンドシードガム、ジェランガム、アラビアガム等の増粘材、ねぎ、ニンニク、しょうが、ゆず、ごま等の具材の截断物、乾燥物、おろし、あるいはペースト状物等を、本発明の効果を損なわない範囲で適宜選択し配合することができる。
【0021】
以上のようにして製造した本発明の酵素失活味噌加工品は、酵素が失活されていることから、製造保存中に味噌に由来する酵素が働くことがなく品質を保持することができる。しかも、酵素を失活させるために加熱処理されているにもかかわらず加熱臭が感じられることがなく、味噌風味も良好である。
【0022】
更に、前記本発明の酵素失活味噌加工品を種々の食品に配合すると、当該食品の製造工程時、あるいは、製造後の製品保存中の品質保持が可能となり、しかも得られた食品は良好な味噌風味を有するものとなる。本発明の酵素失活味噌加工品を配合する食品としては、特に制限はないが、例えば、練り味噌料理、味噌煮込み料理、味噌汁、中華炒め料理、おやき、五平餅、ソース、フィリング、パン等が挙げられる。
【0023】
以下、本発明について、実施例等に基づき具体的に説明する。なお、本発明は、これらに限定するものではない。
【実施例】
【0024】
[製造例1]卵黄油の製造
鶏卵を割卵し、卵白液と分離して得られる卵黄液10kgを送風温度175℃で噴霧乾燥(スプレードライ)し乾燥卵黄を得た。得られた乾燥卵黄の水分を赤外線水分計で測定したところ約6%であった。次に、この乾燥卵黄を布を敷いた蒸し器の上に1cmの厚さに広げ、100℃の熱蒸気に4分間さらして乾燥卵黄に加熱処理を施した。得られた加熱処理乾燥卵黄1kgを5L(リットル)容量のステンレス製カップに採取し、含水率2容量%の含水エタノール3Lを注加し、ホモジナイザー(プライミクス(株)製、T.K.オートホモミクサー)を用いて3,000rpmで30分間撹拌抽出した。窒素ガスにより加圧濾過し、濾過液を採取し、濾過残渣を含水率2容量%の含水エタノール2Lで2回洗浄した。濾過液と洗浄液を合わせて抽出液とし、減圧下ロータリーエバポレーターで溶剤を除去し、卵黄油を得た。得られた卵黄油のリン脂質含有量をイヤトロスキャン法で測定したところ、リン脂質含有量は約24%あった。
【0025】
[実施例1]
練り味噌25kgを製造した。つまり、二重釜に下記の配合の味噌、卵黄油(製造例1で製造したもの)、清酒及び清水を投入し、撹拌しながら加熱して95℃に達温後さらに5分間加熱撹拌して味噌の酵素を失活させた。次いで10℃に冷却し、本発明の酵素失活味噌加工品である練り味噌を得た。
【0026】
<配合割合>
味噌 50%
卵黄油(製造例1) 2.5%
清酒 2%
清水 残 余
―――――――――――――――――――
合計 100%
【0027】
得られた練り味噌の酵素失活について確認を行った。つまり、粘度が10Pa・sである8%澱粉溶液を調製し、この澱粉溶液100gに対し、得られた練り味噌を5g加え撹拌混合した。次に、この混合物を袋に充填し、35℃で48時間保存した。保存後の混合物の粘度は10Pa・sであったことから、酵素が失活していることが確認された。
【0028】
[比較例1]
実施例1において、卵黄油に変えて卵黄を添加した以外は同様な方法で酵素失活味噌加工品を製造した。
【0029】
[比較例2]
実施例1において、リン脂質含有量が1%未満の卵黄油を添加した以外は同様な方法で酵素失活味噌加工品を製造した。つまり、まず、ホットプレートを用いて、卵黄液を60℃〜100℃の熱にて約120分間かき混ぜながら加熱し、卵黄を小豆の大きさ位に凝固させて卵黄油を分離させた。得られた卵黄油のリン脂質含有量をイヤトロスキャン法で測定したところ、リン脂質含有量は1%未満であった。
【0030】
[試験例1]
実施例1並びに比較例1及び2で得られた酵素失活味噌加工品において、加熱臭の有無及び味噌風味の違いについて評価した。
【0031】
【表1】

【0032】
表1より、リン脂質を1%以上含有した卵黄油を添加して加熱処理した実施例1の酵素失活味噌加工品は、卵黄を添加した比較例1の酵素失活味噌加工品、あるいはリン脂質含有量が1%未満の卵黄油を添加した比較例2の酵素失活味噌加工品と比較し、加熱臭が感じられず、味噌風味が良好であることが理解される。
【0033】
[比較例3]
実施例1において原料混合方法を変えた以外は同様にして練り味噌25kgを製造した。つまり、二重釜に味噌、清酒及び清水を投入し、撹拌しながら加熱して95℃に達温後さらに5分間加熱撹拌して味噌の酵素を失活させた。次いで卵黄油(製造例1で製造したもの)を投入して撹拌後10℃に冷却した。
【0034】
[試験例2]
実施例1及び比較例3で得られた酵素失活味噌加工品において、製造工程の違いによる味噌加工品の加熱臭の有無及び味噌風味の違いについて評価した。
【0035】
【表2】

【0036】
表2より、味噌に卵黄油を添加後、加熱処理をした実施例1の酵素失活味噌加工品は、味噌を加熱処理後、卵黄油を添加した比較例3の酵素失活味噌加工品と比較し、加熱臭が感じられず、味噌風味が良好であことが理解される。
【0037】
[実施例2]
実施例1において、卵黄油の添加量を1%とした以外は同様な方法で酵素失活味噌加工品を製造した。
【0038】
[実施例3]
実施例1において、卵黄油の添加量を8%とした以外は同様な方法で酵素失活味噌加工品を製造した。
【0039】
[試験例3]
実施例2及び3の味噌加工品について試験例1と同様に、加熱臭の有無及び味噌風味の違いについて評価したところ、加熱臭が感じられることなく、味噌風味が良好なものであった。
【0040】
[実施例4]
実施例1の酵素失活味噌加工品を配合した食品を製造した。つまり、ミキサーに、実施例1で製造した練り味噌、酸性水中油型乳化物(植物油脂70%、生液全卵15%、食酢15%から常法により調製したもの、pH4.0、粘度10Pa・s)、ブドウ糖、醸造酢、魚介エキス、α化澱粉、しょうゆ、食塩、清水を投入して撹拌混合し、更に、長ねぎ、赤ピーマンを投入して、撹拌混合することにより、味噌風味のフィリングを製造した。得られた味噌フィリングは味噌の加熱臭が感じられず、良好な味噌風味を有して好ましいものであった。
【0041】
<配合割合>
酵素失活味噌加工品(実施例1) 25%
酸性水中油型乳化物 10%
ブドウ糖 13%
醸造酢(酸度4.5%) 2%
魚介エキス 1.5%
α化澱粉 1.5%
しょうゆ 0.5%
食塩 0.5%
長ねぎ(ブランチング) 25%
赤ピーマン(ブランチング) 3%
清水 残 余
――――――――――――――――――――――――――――
合計 100%



【特許請求の範囲】
【請求項1】
味噌にリン脂質を1%以上含有した卵黄油を添加して加熱処理することを特徴とする酵素失活味噌加工品の製造方法。
【請求項2】
前記卵黄油が有機溶剤で抽出されたものである請求項1記載の酵素失活味噌加工品の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の酵素失活味噌加工品を配合することを特徴とする食品の製造方法。