説明

酵素組成物、低分子化ヒアルロン酸及びその製造法

【課題】低分子化ヒアルロン酸及びその製造法、低分子化ヒアルロン酸の製造に好適に使用できる酵素組成物を提供すること。
【解決手段】ヒアルロン酸にPenicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼを作用させることにより、低分子化ヒアルロン酸を得る。ヒアルロニダーゼとしては、Penicillium属の微生物の培養物から採取される、ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物が好適に使用される。Penicillium属の微生物とは、例えばPenicillium purpurogenumやPenicillium funiculosumである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素組成物、低分子化ヒアルロン酸及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は酸性ムコ多糖(グリコサミノグリカン)の一種であり、現在、医薬品、飲食品、化粧品、美容の分野で広く用いられている。ヒアルロン酸の吸収性を高めるためには、低分子化ヒアルロン酸を使用することが有用である。低分子化の方法としては、煮沸による加水分解(例えば、特許文献1参照)、酵素処理と高温高圧処理を組合わせる方法(例えば、特許文献2参照)等が公知である。なお、ヒアルロン酸を分解する酵素であるヒアルロニダーゼとしては、牛精巣由来(例えば、非特許文献1参照)の他、Streptomyces属、Propionibacterium属、Staphylococcus属、Peptostreptococcus属、Streptococcus属の微生物由来(例えば、非特許文献2参照)のものが知られている。
【0003】
【特許文献1】特開平3−35774号公報
【特許文献2】特開2000−102362号公報
【非特許文献1】Meyer, K., Hoffman, P., Linker, A. The Enzymes 2nd ed.,, (1960) 4, 447
【非特許文献2】Park et al. 1997, Biochim. Biophys. Acta, 1337, 217-226
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、低分子化ヒアルロン酸及びその製造法を提供することにある。また本発明の課題は、低分子化ヒアルロン酸の製造に好適に使用できる酵素組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、Penicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼが、低分子化ヒアルロン酸の製造のために好適であることを見出し本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下に関する。
(1)ヒアルロン酸にPenicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼを作用させることにより得られる低分子化ヒアルロン酸。
(2)ヒアルロン酸にPenicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼを作用させることにより得られ、ゲルろ過法による分子量分布曲線において、分子量5,000〜15,000の範囲内にピークを有する低分子化ヒアルロン酸。
(3)Penicillium属の微生物が、Penicillium purpurogenum又はPenicillium funiculosumである、(1)又は(2)記載の低分子化ヒアルロン酸。
(4)ヒアルロン酸に、Penicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼ、又はヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を作用させることを特徴とする、低分子化ヒアルロン酸の製造法。
(5)ヒアルロン酸に、Penicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼ、又はヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を作用させ、次いで、ゲルろ過法による分子量分布曲線において分子量5,000〜15,000の範囲内にピークを有する低分子化ヒアルロン酸を採取することを特徴とする、低分子化ヒアルロン酸の製造法。
(6)Penicillium属の微生物を培地で培養し、培養物からヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を採取することにより得られる、ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物。
(7)Penicillium属の微生物を培地で培養し、培養物からヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を採取することを特徴とする、ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物の製造法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、低分子化ヒアルロン酸を効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
〔低分子化ヒアルロン酸及びその製造法〕
本発明の低分子化ヒアルロン酸は、ヒアルロン酸にPenicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼ又はヒアルロニダーゼ含有酵素組成物を作用させることにより製造される。
ヒアルロン酸は、その由来や平均分子量は特に限定されず、各種の動物(鶏冠等)又は微生物(Streptococcus zooepidemicus、Streptococcus equismilis等)から得られるものが使用できる。また、ヒアルロン酸としては市販品(紀文フードケミファ社製「ヒアルロン酸FCH」、キューピー社製「ヒアルロンサンHA−F」等)も使用できる。
【0008】
本発明のヒアルロニダーゼは、Penicillium属の微生物を由来とする。Penicillium属の微生物とは、例えば、Penicillium purpurogenumやPenicillium funiculosumであり、より具体的にはPenicillium purpurogenum (IAM 13753)、Penicillium purpurogenum(IAM 13754)、Penicillium purogenum(IAM 7095)、Penicillium funiculosum(IAM13752)である。Penicillium属の微生物は、例えば、東京大学分子細胞生物学研究所 細胞機能情報研究センター IAMカルチャーコレクション[IAM Culture Collection(略号 IAM)]から入手することができる。ヒアルロニダーゼは、Penicillium属の微生物を培地で培養し、培養物から酵素組成物としてヒアルロニダーゼを採取することにより得られる。
【0009】
ヒアルロン酸にヒアルロニダーゼを作用させる条件は、使用するヒアルロン酸及びヒアルロニダーゼの種類に応じて適宜設定すればよい。例えば、微生物由来の平均分子量1,800,000〜2,200,000のヒアルロン酸に、Penicillium purpurogenum由来のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物を作用させる場合、0.1%ヒアルロン酸溶液に対して、酵素組成物を添加し、4〜50℃、好ましくは35〜45℃で、1分〜30日間、好ましくは1〜48時間程度反応させればよい。
上記の反応によって低分子化ヒアルロン酸が生成したか否かは、ゲルろ過法又は極限粘度法等により確認できる。ゲルろ過法による分子量分布曲線が、低分子化ヒアルロン酸に起因するピークを有する場合は、低分子化ヒアルロン酸が生成したといえる。また、極限粘度法を用いる場合は、酵素組成物による処理前後のヒアルロン酸の粘度から平均分子量を算出する。酵素組成物による処理後のヒアルロン酸の方が平均分子量が小さい場合には、低分子化ヒアルロン酸が生成したといえる。
ヒアルロン酸とヒアルロニダーゼの比率、反応温度、反応時間等の反応条件を変えることにより、ヒアルロン酸の低分子化の程度を調整することができる。反応条件の変更により、例えば、ゲルろ過法による分子量分布曲線において分子量約400〜300,000、好ましくは分子量約400〜30,000、より好ましくは5,000〜15,000、最も好ましくは6,000〜12,000の範囲内にピークを有する低分子化ヒアルロン酸を得ることができる。
【0010】
〔ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物及びその製造法〕
本発明のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物は、Penicillium属の微生物を培地で培養し、培養物からヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を採取することにより製造される。
Penicillium属の微生物とは、例えば、Penicillium purpurogenumやPenicillium funiculosumであり、より具体的にはPenicillium purpurogenum (IAM 13753)、Penicillium purpurogenum(IAM 13754)、Penicillium purpurogenum(IAM 7095)、Penicillium funiculosum(IAM13752)である。
ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物が得られる限り、微生物の培養方法及び酵素組成物の採取方法は特に限定されないが、例えば、以下の方法が採用できる。Penicillium purpurogenumを、適当な培地に植菌し、25〜35℃、3〜7日間、静地培養する。培地としては、例えば合成培地、デンプン含有培地、米飯等の穀物蒸煮物が使用できる。得られた培養物を0.2M NaCl水溶液を用いて抽出すれば、抽出液として、ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物が採取できる。更に通常の酵素精製方法を用いて、該ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物中のヒアルロニダーゼ含有量を高めることができる。この様にして得られたヒアルロニダーゼ含有酵素組成物は、本発明の低分子化ヒアルロン酸を製造する際に使用できる。
【実施例1】
【0011】
以下により、Penicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼ酵素組成物が、低分子化ヒアルロン酸の製造のために使用できることを確認した。
1.試験菌株(4種)
(1)Penicillium purpurogenum(IAM 13753)
(2)Penicillium purpurogenum(IAM 13754)
(3)Penicillium purpurogenum(IAM 7095)
(4)Penicillium funiculosum(IAM 13752)
2.ヒアルロン酸の調製
Streptococcus zooepidemicus由来のヒアルロン酸(紀文フードケミファ社製「ヒアルロン酸FCH FCH200」、平均分子量:1,800,000〜2,200,000)を0.1%の濃度で蒸留水に溶解させ、ヒアルロン酸水溶液とした。
3.ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物の調製
試験菌株を米飯培地に植菌し、30℃、3日間静置培養した。培養物に0.2M NaCl水溶液を添加し、1時間振とうした後、遠心により培養上清を調製し、これをヒアルロニダーゼ含有酵素組成物とした。コントロールとして、米飯培地を30℃、3日間静置培養し、0.2M NaCl水溶液を添加し、1時間振とうした後、遠心により遠心上清を得た。
4.ヒアルロン酸の低分子化処理
ヒアルロン酸水溶液とヒアルロニダーゼ含有酵素組成物とを任意の割合で混合した後、混合物を37℃で24時間静置し、ヒアルロン酸の低分子化処理を行った。
5.ゲルろ過法による低分子化ヒアルロン酸の分析
低分子化処理後の試料中に含まれるヒアルロン酸の分子量について、ゲルろ過カラムを用いて分析した。ゲルろ過の条件は以下の通り。
・カラム: G6000PWXL, G4000PWXL, G2500PWXL (東ソー社製 7.8 x 300mm)
・溶離液: 0.2M NaCl 1ml/min.
・検 出: 吸光度(210nm)
・分子量標準物質: Shodex STANDARD P-82(昭和電工社製、物質名:プルラン、分子量範囲:5,000〜800,000)
6.低分子化ヒアルロン酸の分析結果
4種の試験菌株全てについて、ゲルろ過法による分子量分布曲線を分析したところ、低分子化処理後の試料に含まれるヒアルロン酸の分子量分布曲線のピークは、処理前のピークよりも、低分子量側に移動したことが確認された。また、酵素組成物の添加量を増やした場合、又は処理時間を長くした場合は、分子量分布曲線のピークは更に低分子量側に移動することが確認された。上記4.の処理による低分子化ヒアルロン酸の生成が確認された。
図1に、Penicillium purpurogenum由来のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物を用いて得られた低分子化ヒアルロン酸の、ゲルろ過法による分子量分布曲線を示す。低分子化処理前のヒアルロン酸の分子量のピークは1,000,000以上であった(図1上段)。一方、37℃で24時間で低分子化処理した後のヒアルロン酸の分子量のピーク(溶出時間:26.333分)は、約12,000であった(図1中段)。図1中段に示す低分子化ヒアルロン酸の、ゲルろ過法での溶出時間は24.5〜30分である。分子量標準物質「Shodex STANDARD P-82」(昭和電工社製)を用いてゲルろ過を行った結果によれば、この溶出時間は分子量約900〜47,000に相当する。
一方、上記3.でコントロールとして調製した遠心上清については、処理の前後でヒアルロン酸の分子量分布曲線のパターンは変化しなかった。
以上のことから、4種の試験菌株全てがヒアルロニダーゼ生産能を有し、その培養物からヒアルロニダーゼ含有酵素組成物が得られること、及び該酵素組成物が低分子化ヒアルロン酸の製造に使用できることが示された。
7.低分子化ヒアルロン酸の吸光度分析
Penicillium purpurogenum由来のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物による低分子化反応の解析のため、以下の方法により、低分子化ヒアルロン酸の吸光度分析を行った。
Streptomyces属由来のヒアルロニダーゼ(リアーゼ型)、牛精巣(Bovine Testes)由来のヒアルロニダーゼ(加水分解型)及びPenicillium purpurogenum由来のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物を用いて、上記と同様にヒアルロン酸の低分子化処理を行った。次いで、ゲルろ過カラムにより分離を行い、分子量約10,000に相当する溶出時間で、多波長検出器(日本分光社製 MD2010plus)により吸光度スペクトルを得た。結果を図2に示す。
吸光度パターンの比較により、Penicillium purpurogenum由来のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物による低分子化反応は、リアーゼ反応ではなく、加水分解反応であることが示唆された。
【実施例2】
【0012】
実施例1とは異なる反応条件を用いて、ゲルろ過法による分子量分布曲線において分子量約6,000にピークを有する低分子化ヒアルロン酸を得た。
まず、実施例1の2.及び3.記載の方法により調製した0.1%ヒアルロン酸水溶液及びヒアルロニダーゼ含有酵素組成物を混合した後、37℃で48時間静置し、ヒアルロン酸の低分子化処理を行った。
低分子化処理後の混合物について、実施例1の5.記載のゲルろ過法により分析を行った。ゲルろ過法による分子量分布曲線において分子量約6,000にピーク(溶出時間:27.307分)を有する低分子化ヒアルロン酸が生成していることが確認された(図1下段)。図1下段にしめす低分子化ヒアルロン酸のゲルろ過法での溶出時間は25.5〜30分である。分子量標準物質「Shodex STANDARD P-82」(昭和電工社製)を用いてゲルろ過を行った結果によれば、この溶出時間は分子量約900〜23,000に相当する。
【産業上の利用可能性】
【0013】
本発明により、医薬品、飲食品、化粧品の分野で有用な低分子化ヒアルロン酸を簡単に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】Penicillium Purpurogenum由来のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物を用いて得られた低分子化ヒアルロン酸の、ゲルろ過法よる分子量分布曲線を示す図(実施例1、2)。
【図2】Streptomyces hyalurolyticus由来(リアーゼ型)、牛精巣由来(加水分解型)又はPenicillium purpurogenum由来のヒアルロニダーゼ含有酵素組成物を作用させることにより得られた低分子化ヒアルロン酸をゲルろ過カラムにより分離し、分子量約10,000に相当する溶出時間における吸光度スペクトルを示す図。上段:牛精巣(Bovine Testes)由来、中段:Penicillium purpurogenum由来、下段:Streptomyces hyalurolyticus由来。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸にPenicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼを作用させることにより得られる低分子化ヒアルロン酸。
【請求項2】
ヒアルロン酸にPenicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼを作用させることにより得られ、ゲルろ過法による分子量分布曲線において、分子量5,000〜15,000の範囲内にピークを有する低分子化ヒアルロン酸。
【請求項3】
Penicillium属の微生物が、Penicillium purpurogenum又はPenicillium funiculosumである、請求項1又は2記載の低分子化ヒアルロン酸。
【請求項4】
ヒアルロン酸に、Penicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼ、又はヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を作用させることを特徴とする、低分子化ヒアルロン酸の製造法。
【請求項5】
ヒアルロン酸に、Penicillium属の微生物を由来とするヒアルロニダーゼ、又はヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を作用させ、次いで、ゲルろ過法による分子量分布曲線において分子量5,000〜15,000の範囲内にピークを有する低分子化ヒアルロン酸を採取することを特徴とする、低分子化ヒアルロン酸の製造法。
【請求項6】
Penicillium属の微生物を培地で培養し、培養物からヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を採取することにより得られる、ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物。
【請求項7】
Penicillium属の微生物を培地で培養し、培養物からヒアルロニダーゼを含有する酵素組成物を採取することを特徴とする、ヒアルロニダーゼ含有酵素組成物の製造法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−254725(P2007−254725A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−40124(P2007−40124)
【出願日】平成19年2月21日(2007.2.21)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】