説明

酸化反応用触媒、その製造方法およびそれを用いたキシリレンエステル類の製造方法

【課題】原料としてキシレンとカルボン酸とを用いた場合にエステル化反応を効率よく進行させることができ、キシリレンエステル類を高収率で製造することが可能な酸化反応用触媒、その製造方法およびそれを用いたキシリレンエステル類の製造方法を提供すること。
【解決手段】酸化的雰囲気下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加して、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する酸化反応用触媒を得ることを特徴とする酸化反応用触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化反応用触媒、その製造方法並びにそれを用いたキシリレンエステル類の製造方法に関し、より詳しくは、キシレンとカルボン酸とを反応させてキシリレンエステル類を製造する際に好適に用いることが可能な酸化反応用触媒、その製造方法およびそれを用いたキシリレンエステル類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、p−キシリレンジアセテート等の芳香族エステル類は、ポリエステル樹脂等の合成樹脂の原料や、香料や溶剤等の各種化学薬品、或いは、これら化学薬品の原料等として用いられてきた。そして、このような芳香族エステル類を製造する際に用いる酸化反応用触媒について種々の研究が進められてきた。
【0003】
このような酸化反応用触媒としては、例えば、パラジウムとスズを活性炭に担持した酸化反応用触媒(ジャーナル オブ キャタリシス(Journal of Catalysis)、1993年発行、第140巻、第311頁(非特許文献1)参照)や、パラジウムとビスマスをシリカに担持した酸化反応用触媒(トピックス イン キャタリシス(Topics in Catalysis)、2000年発行、第13巻、第243頁(非特許文献2)参照)、又は、パラジウムカルボニルアセテート錯体を原料とし、調製時に酸化的雰囲気下において、硝酸塩を用いて調製される、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含む酸化反応用触媒(ラングミュア(Langmuir)、2002年発行、第18巻、第1849〜1855頁(非特許文献3)参照)等が知られていた。例えば、非特許文献1〜3に記載された酸化反応用触媒は、原料としてトルエンとカルボン酸とを用いた場合に効率よくベンジルエステル類を製造することが可能な触媒であった。
【非特許文献1】ジャーナル オブ キャタリシス(Journal of Catalysis)、1993年発行、第140巻、第311頁
【非特許文献2】トピックス イン キャタリシス(Topics in Catalysis)、2000年発行、第13巻、第243頁
【非特許文献3】ラングミュア(Langmuir)、2002年発行、第18巻、第1849〜1855頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような従来の酸化反応用触媒は、芳香族炭化水素側鎖のエステル化反応に芳香環の立体障害が影響するため、二つの置換基を有する芳香環の構造をもつキシレンを原料として用いた場合には、エステル化反応を効率よく進行させることができず、キシリレンエステル類を高い収率で製造することはできなかった。また、このような従来の酸化反応用触媒を用いてキシリレンエステル類を製造する場合、キシリレンエステル類の生産効率を向上させるためには触媒を多量に用いる必要があった。
【0005】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、原料としてキシレンとカルボン酸とを用いた場合にエステル化反応を効率よく進行させることができ、キシリレンエステル類を高収率で製造することが可能な酸化反応用触媒、その製造方法およびそれを用いたキシリレンエステル類の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、酸化的雰囲気下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加することにより、原料としてキシレンとカルボン酸とを用いた場合にエステル化反応を効率よく進行させることができ、キシリレンエステル類を高収率で製造することが可能な酸化反応用触媒が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の酸化反応用触媒の製造方法は、酸化的雰囲気下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加して、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する酸化反応用触媒を得ることを特徴とする方法である。
【0008】
上記本発明の酸化反応用触媒の製造方法としては、パラジウムカルボニルアセテート錯体にフェナントロリンを反応させて前記パラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を得る工程を更に含むことが好ましい。
【0009】
上記本発明の酸化反応用触媒の製造方法としては、前記溶液に酸化チタンからなる担体を更に添加することが好ましい。
【0010】
また、本発明の酸化反応用触媒は、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する酸化反応用触媒であって、酸化的雰囲気下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加して得られるものであることを特徴とするものである。
【0011】
上記本発明の酸化反応用触媒としては、前記パラジウムクラスターが酸化チタンからなる担体に担持されていることが好ましい。
【0012】
本発明のキシリレンエステル類の製造方法は、上記本発明の酸化反応用触媒に、酸素の存在下において、キシレンとカルボン酸とを接触せしめて酸化反応させ、キシリレンエステル類を得ることを特徴とする方法である。
【0013】
上記本発明のキシリレンエステル類の製造方法としては、前記酸化反応が液相中における反応であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、原料としてキシレンとカルボン酸とを用いた場合にエステル化反応を効率よく進行させることができ、キシリレンエステル類を高収率で製造することが可能な酸化反応用触媒、その製造方法およびそれを用いたキシリレンエステル類の製造方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0016】
先ず、本発明の酸化反応用触媒及びその製造方法について説明する。ここで、本発明の酸化反応用触媒の製造方法は、酸化的雰囲気下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加して、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する酸化反応用触媒を得ることを特徴とする方法である。
【0017】
本発明にかかるパラジウムカルボニルアセテート錯体としては特に制限されず、公知の方法で製造されたパラジウムカルボニルアセテート錯体を適宜用いることができ、例えば、酢酸パラジウムと一酸化炭素とを反応させて得られるパラジウムカルボニルアセテート錯体を用いることができる。このようなパラジウムカルボニルアセテート錯体の好適な製造方法としては、例えば、酢酸パラジウムの酢酸溶液に、30〜80℃(好ましくは50℃程度)の温度条件下において気相部分に一酸化炭素を流通させて還元する方法が挙げられる。
【0018】
また、本発明にかかるパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体としては特に制限されないが、前記パラジウムカルボニルアセテート錯体にフェナントロリンを反応させて得られるパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を好適に用いることができる。このようなフェナントロリンとしては、化学式C12で表される縮合芳香族化合物であり、いくつかの異性体が存在するが、安定した錯体形成性の観点から、1,10−フェナントロリンを用いることが好ましい。
【0019】
また、このようなパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体の製造方法としては特に制限されず、公知の方法を適宜採用することができ、例えば、10〜40℃(好ましくは室温(25℃程度))の温度条件下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体とフェナントロリンとを酢酸中に溶解し、撹拌して製造する方法を挙げることができる。なお、このようなパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を製造する際における雰囲気は特に制限されず、例えば、空気雰囲気であってもよい。
【0020】
さらに、本発明にかかるパラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に用いられる溶媒としては、錯体の溶解性の観点から、酢酸が好ましい。
【0021】
また、前記溶液中のパラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体の含有量としては、1〜20質量%であることが好ましく、5〜15質量%であることがより好ましい。前記溶液中のパラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体の含有量が前記下限未満であるか又は前記上限を超える場合には、安定して錯体が形成され難くなる傾向にある。
【0022】
また、本発明の酸化反応用触媒の製造方法においては、パラジウムカルボニルアセテート錯体にフェナントロリンを反応させて前記パラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を得る工程を更に含んでいてもよい。すなわち、前記溶液としてパラジウムカルボニルアセテート錯体を含む溶液を用いる場合において、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加する前に、前記溶液にフェナントロリンを添加し、パラジウムカルボニルアセテート錯体とフェナントロリンとを反応させて、その溶液をパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液としてもよい。
【0023】
さらに、本発明においては、前記溶液に硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加する。このような溶液への硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンの添加量としては特に制限されるものではないが、前記溶液中のパラジウムカルボニルアセテート錯体に対する硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンのモル比(金属硝酸塩:パラジウムカルボニルアセテート錯体)が、0.025:1〜1:1であることが好ましく、0.05:1〜0.5:1であることがより好ましい。このような硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンの添加量が前記下限未満であるか又は前記上限を超える場合には、得られる酸化反応用触媒の活性が十分に高くならない傾向にある。
【0024】
また、前記溶液に硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加する際の雰囲気は酸化的雰囲気である。ここで、「酸化的雰囲気」とは、酸化性を有するガスの存在する雰囲気をいい、典型的には酸素ガス(分子状酸素)が存在するガス雰囲気が挙げられる。また、このような酸化的雰囲気としては、酸素ガスが窒素ガス、ヘリウムガス又はアルゴンガス等の不活性ガスによって希釈されているガス雰囲気であってもよく、中でも、酸素ガスの含有率が20〜100容量%程度のガス雰囲気が好ましい。なお、このような酸化的雰囲気としては、空気雰囲気であってもよい。また、酸化性を有するガスの反応系への供給方法は特に限定されず、公知の方法を適宜採用できる。
【0025】
また、前記溶液に硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加する際の温度条件は特に制限されないが、50〜100℃程度(好ましくは90℃程度)とすることが好ましい。このような温度条件が前記下限未満であるか又は前記上限を超える場合には目的とするパラジウムクラスターが安定して形成されない傾向にある。
【0026】
さらに、前記溶液に硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加する際の圧力条件としては特に制限されず、常圧(大気圧)の条件下であっても、あるいは減圧又は加圧の条件下とすることができ、0〜2MPa(ゲージ圧)の範囲とすることが好ましい。このような圧力条件が前記下限未満では、目的とするパラジウムクラスターの生成速度が著しく遅くなる傾向にあり、他方、前記上限を超えると、触媒製造装置が高価なものとなる傾向にある。
【0027】
また、前記錯体と硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンとを溶液中で反応させる時間の条件としては特に制限されないが、20〜40分程度とすることが好ましい。このような時間の条件が前記下限未満では、反応時間が短すぎて目的とするパラジウムクラスターを得ることが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると、必要な反応が終了してそれ以上時間をかけることが不要となる傾向にある。
【0028】
また、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加する際には、本発明の効果を損なわない範囲において、他の金属硝酸塩を組み合わせて使用してもよい。このような他の金属としては、例えば、ニッケル、銅、鉄、クロム等が挙げられる。
【0029】
また、本発明においては、前記溶液に担体を更に添加してもよい。このようにして前記溶液に担体を更に添加することによって、前記パラジウムクラスターが担体に担持された形態の酸化反応用触媒を得ることができる。なお、このような担体を添加する方法は特に制限されないが、例えば、前記硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加する際に同時に添加することが好ましい。
【0030】
さらに、このような担体としては、無機物であればよく、特に制限されず、多孔質の無機物を好適に用いることができる。また、前記担体としては特に制限されるものではないが、例えば、酸化チタン(チタニア)、酸化ジルコニウム(ジルコニア)、酸化ケイ素(シリカ)、酸化アルミニウム(アルミナ)、シリカ−アルミナ、シリカ−チタニア、ゼオライト、シリカゲル、酸化マグネシウム(マグネシア)、シリカ−マグネシア等を挙げることができる。このような担体は、一種類を単独で或いは二種類以上を併用して用いてもよい。
【0031】
また、このような担体の中でも酸化チタンからなる担体を用いることがより好ましい。すなわち、前記担体が酸化チタンを含んでなるか、或いは、酸化チタン以外の無機物の表面に酸化チタンが担持されている担体を用いることが好ましい。なお、このような酸化チタンの結晶構造は、特に限定されるものではないが、非晶質又はアナターゼ型であることが好ましい。
【0032】
さらに、前記担体の比表面積は、特に限定されるものではないが、10m/g以上であることがより好ましい。比表面積が10m/g未満であると、担体に担持されて固定化されるクラスターの量が少なくなる傾向にあり、触媒の活性が低下する傾向にある。
【0033】
また、このような担体を用いる場合において、担体に担持させるパラジウムクラスターの量は、触媒の用途等によって適宜変更できるものではあり、特に制限されるものではないが、担体を含む触媒の総量中にパラジウムクラスターが金属換算で0.1〜10質量%の範囲にあることが好ましく、0.5〜5質量%の範囲にあることがより好ましい。パラジウムクラスターの担持量が前記下限未満では、十分な触媒活性が得られず、これを用いた際にキシリレンエステル類を十分な収率で製造することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると触媒性能に対する触媒費(コスト)が高くなり経済性が低下する傾向にある。
【0034】
さらに、前記パラジウムクラスターが担体に担持された形態の酸化反応用触媒は、その形状が粉体状のものであってもよく、また粒状、球状、板状、ペレット状等の各種成型体であってもよい。また、このような担体に担持された形態の酸化反応用触媒を各種成型体とする方法としては、例えば、前記各種成型体に予め成型された担体を前記溶液に添加してパラジウムクラスターを担持させる方法、あるいは、粉体状の担体を前記溶液に添加して一旦粉体状の酸化反応用触媒を得た後、これを成型する方法が挙げられる。
【0035】
また、前記パラジウムクラスターが担体に担持された形態の酸化反応用触媒が前記成型体である場合において、その成型方法としては特に制限されず、押出し成型、スプレードライ、打錠成型、転動造粒、油中造粒等の公知の方法を適宜選択することができる。また、成型時においては、成型性をより向上させるという観点から、有機化合物からなる滑剤を使用してもよい。また、このようにして得られる成型体の大きさは特に制限されず、目的とする酸化反応用触媒の設計に応じて適宜変更することができる。
【0036】
また、このようなパラジウムクラスターが担体に担持された形態の酸化反応用触媒においては、担体の他に結合材(バインダー)が含有されていてもよい。このような結合材は、触媒の機械的性質(強度、耐摩耗性)や成型性を向上させるために用いられるものであり、公知の材料を適宜用いることができる。また、このような結合材としては、例えば、アルミナ、アルミナボリア、シリカ、シリカアルミナ等の無機酸化物が挙げられ、担体とは別種のものが好適に使用される。更に、このような結合材は特に制限されないが、担体に担持された形態の酸化反応用触媒中に占める結合材の含有割合が50質量%(より好ましくは30質量%)以下となるようにして前記溶液に添加することが好ましい。
【0037】
さらに、前記パラジウムクラスターが担体に担持された形態の酸化反応用触媒としては、その目的を逸脱しない範囲において、前記担体及び/又は前記結合材上に、補助成分として種々の金属成分を担持させてもよい。また、このような補助成分としての金属成分を担持させる方法としては、予め担体あるいは結合材に担持させておく方法を採用することが好ましい。
【0038】
このようにして、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガン(より好ましくは硝酸マンガン)を添加して、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する本発明の酸化反応用触媒を得ることができる。そして、このようにして得られる本発明の酸化反応用触媒においては、その理由は必ずしも定かではないが、芳香族炭化水素側鎖のエステル化反応を行う際にこれを用いることで、原料として二置換の芳香環の構造を有するキシレンとカルボン酸とを用いた場合においてもエステル化反応を効率よく進行させることができ、キシリレンエステル類を高収率で製造することが可能となる。
【0039】
なお、本発明の酸化反応用触媒の製造方法の好適な一例としては、パラジウムカルボニルアセテート錯体を酢酸からなる溶媒中に含有させ、次いで、フェナントロリンを室温(25℃程度)で攪拌し、パラジウムカルボニルアセテート錯体にフェナントロリンを反応させ、前記パラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を得た後、その溶液中に酸素雰囲気下、90℃程度に加熱して、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加し、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する酸化反応用触媒を得る方法が挙げられる。
【0040】
以上、本発明の酸化反応用触媒及びその製造方法について説明したが、次に、本発明のキシリレンエステル類の製造方法について説明する。
【0041】
本発明のキシリレンエステル類の製造方法は、上記本発明の酸化反応用触媒に、酸素の存在下において、キシレンとカルボン酸とを接触せしめて酸化反応させ、キシリレンエステル類を得ることを特徴とする方法である。
【0042】
このようなキシレンは、o−、m−又はp−キシレンのいずれであってもよい。また、前記カルボン酸としては、目的とするキシリレンエステルの設計に応じて適宜選択できるものであり、特に制限されないが、反応性、取扱いの容易さ、及び価格の観点から、モノカルボン酸が好ましく、中でも、炭素数1〜5(より好ましくは2〜4)の脂肪族モノカルボン酸、及び、炭素数7〜9(より好ましくは7〜8)の芳香族モノカルボン酸がより好ましい。また、このようなカルボン酸としては、例えば、酢酸、プロピオン酸、ブタン酸等の脂肪族カルボン酸や、安息香酸等の芳香族カルボン酸等が挙げられるが、中でも、反応性及び価格の観点から、酢酸及びプロピオン酸が好ましく、酢酸が特に好ましい。
【0043】
また、キシレンとカルボン酸の含有量としては特に制限されないが、キシレン中のメチル基(キシレン1モルに対して2モル存在)に対するカルボン酸のモル比が化学量論比よりも大きくなるようにすることが好ましく、前記モル比が等倍モル〜20倍モルの範囲内となることがより好ましい。前記モル比が等倍モル未満では、カルボン酸が不足してキシリレンエステル類を効率的に製造することができなくなる傾向にある。他方、前記モル比が20倍モルを越えると、収率等の更なる向上が期待できなくなり、コスト等が増大する傾向にある。
【0044】
また、本発明にいう「酸素の存在下」とは、酸素(分子状酸素)が存在する状態をいい、酸素が気相及び/又は液相に存在する状態であればよい。このような雰囲気を達成させるために反応系に供給されるガスは、酸素ガスのみからなるガスであっても、酸素ガスが窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス等の不活性ガスに希釈されているガスであってもよく、中でも、酸素ガスの含有率が20〜100容量%程度のガスを用いることが好ましい。なお、このような反応系に供給されるガスとしては空気を利用してもよい。
【0045】
さらに、酸素の存在下において、上記本発明の酸化反応用触媒にキシレンとカルボン酸とを接触せしめて起こさせる酸化反応は、液相又は気相のいずれで行わせてもよいが、副反応の抑制の観点から、液相で行うことがより好ましい。
【0046】
また、前記酸化反応の形態は特に限定されず、いわゆる回分式、半回分式、連続式の何れの形態を採用してもよい。また、上記本発明の酸化反応用触媒は、固定床、流動床、懸濁床の何れの形態で使用してもよい。従って、このような反応形態として回分式を採用する場合には、反応装置にキシレンとカルボン酸と共に上記本発明の酸化反応用触媒を一括して仕込む方法を採用してもよい。また、反応形態として連続式を採用する場合には、反応装置に上記本発明の酸化反応用触媒を予め充填しておくか、或いは、反応装置にキシレンとカルボン酸と共に上記本発明の酸化反応用触媒を連続的に仕込む方法を採用してもよい。なお、このような反応装置としては特に制限されず、公知の装置を適宜使用することができ、例えば、撹拌装置を有する槽型反応装置、固定床を有する塔型流通反応装置等が挙げられる。
【0047】
また、本発明に用いられる上記本発明の酸化反応用触媒の使用量は特に制限されず、酸化反応用触媒の設計や使用方法、更には、酸化反応の形態等によってその好適な使用量が異なるため一律には規定できないが、例えば、懸濁床の場合には、キシレンとカルボン酸の合計量に対する前記触媒の濃度が0.1〜30質量%(好ましくは0.5〜15質量%)の範囲となるような量とすることが好ましい。懸濁床の場合の前記触媒の濃度が前記下限未満である場合には、反応速度が遅くなり、効率的にキシリレンエステル類を得ることが困難となる傾向にある。他方、懸濁床の場合の前記触媒の濃度が前記上限を超えた場合には、経済性が低下する傾向にある。
【0048】
さらに、本発明において、前記酸化反応の反応温度、反応圧力、反応時間等の条件は、キシレン及びカルボン酸の種類、酸化反応用触媒の形態等に応じて適宜設定すればよく、特に限定されるものではない。例えば、このような酸化反応における反応温度としては、60℃〜200℃の範囲とすることが好ましい。このような反応温度が60℃未満である場合には、反応速度が遅くなりすぎ、ベンジルエステルを効率的に製造することが困難となる傾向にある。一方、反応温度が200℃を越える場合には、燃焼を含めた副反応が起こり易くなり、キシリレンエステル類を効率的に製造することが困難となる傾向にあるとともに、カルボン酸による反応装置の腐食を招来してしまう傾向にある。
【0049】
また、このような酸化反応における反応圧力の条件としては、常圧(大気圧)の条件下であっても、あるいは減圧又は加圧の条件下であってもよいが、前記酸化反応が酸素ガス(希釈されていない酸素ガス)のみからなる酸化的雰囲気下において行われる場合には、常圧〜2MPa(ゲージ圧)の範囲内の条件とすることが好ましい。また、酸化反応が他のガスに酸素ガスが希釈されている酸化的雰囲気(例えば、空気雰囲気)下において行われる場合には、常圧〜10MPa(ゲージ圧)の範囲内の条件とすることが好ましい。なお、このような圧力条件が前記上限(特に10MPa)を越えると、反応設備等の工業的な観点から不都合が生じる傾向にある。
【0050】
また、このような酸化反応の時間としては、温度、圧力、触媒量等の設定の仕方や酸化反応の形態等によって、その好適な範囲が変わるため一概には言えないが、例えば、懸濁床での回分式、半回分式においては0.5時間以上が必要であり、1〜48時間とすることが好ましい。また、懸濁床による連続式反応あるいは固定床流通式反応においては、滞留時間は0.1〜10時間とすることが好ましい。このような酸化反応において、反応時間を必要以上に長くしても目的とする生成物の収率はそれ程向上せず、副反応が増加し、原料のキシレン及び/又はカルボン酸が無駄に消費される傾向にある。そのため、このような副反応をより十分に防止するために、反応時間を前記範囲とし、反応生成物を分離、回収した後に、未反応物(キシレン及び/又はカルボン酸)を再び反応系に戻してもよい。
【0051】
さらに、このような酸化反応においては、キシレン及び/又はカルボン酸が液体状である場合には、特に溶媒を用いることなく進行させることができ、キシレンとカルボン酸とを均一に混合することが困難である場合には、反応に対して不活性な溶媒を用いて希釈してもよい。このような溶媒としては特に制限されないが、ヘキサン、オクタン、ベンゼン等の炭化水素類、アセトン等のケトン類、酢酸エチル等のエステル類等を用いることができる。また、このようにして得られるキシリレンエステル類を分離・精製する方法としては、特に制限されず、公知の方法を適宜採用することができる。
【0052】
また、本発明のキシリレンエステル類の製造方法によって得られるキシリレンエステル類(例えばp−キシリレンジアセテート)は、ポリエステル樹脂等の合成樹脂の原料や、香料や溶剤等の各種化学薬品、或いは、これら化学薬品の原料等として好適に用いることが可能な化合物である。また、例えばp−キシリレンジアセテートを、公知の方法により加水分解すると、p−キシリレングリコールが得られる。そして、このp−キシリレングリコールは、合成繊維や合成樹脂、可塑剤等の原料として、或いは、ポリウレタンや炭素繊維等との複合材料を形成する際の原料として好適に用いることが可能であり、耐熱性高分子の原料として特に有用である。従って、本発明のキシリレンエステル類の製造方法は、各種化学薬品、合成繊維、合成樹脂、可塑剤等の原料として好適に用いられるキシリレンエステルを製造する方法として特に有用である。
【実施例】
【0053】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、各実施例及び比較例で得られた酸化反応用触媒のパラジウムクラスターの酸化状態は以下のようにして評価した。
【0054】
〈パラジウムクラスター表面のパラジウムの酸化状態の分析方法〉
製造された酸化反応用触媒のクラスター表面のパラジウムの酸化状態を、前記非特許文献3(ラングミュア(Langmuir)、2002年発行、第18巻、第1849〜1855頁)のExperimental Section,Characterizationの欄に記載されている方法(一酸化炭素の吸着により酸化状態を評価する方法)と同様の方法を採用してパラジウムの酸化状態を分析した。なお、かかる方法においては、使用する装置、操作方法、解析方法の全てを前記非特許文献3に記載のものと同一のものとした。
【0055】
(実施例1)
〈酸化反応用触媒の製造〉
先ず、反応器として容量100mlのガラス製三ツ口フラスコを用い、酢酸パラジウム0.4gを酢酸40mlに溶解させた後、50℃に加熱し、反応器の気相部分に一酸化炭素を流通させて2時間攪拌した。次いで、一酸化炭素を気相部分に流通させながら冷却し、室温まで冷却させた後、気相部分をアルゴンで置換し、得られた黄色沈殿物をアルゴン雰囲気でろ過しパラジウムカルボニルアセテート錯体を0.24g得た。
【0056】
次に、上述のようにして得られたパラジウムカルボニルアセテート錯体0.12gを用い、これを酢酸2.5mlに溶解して溶液を調製した。その後、反応器中において、得られた溶液に、1,10−フェナントロリン水和物0.061gを添加して溶解し、空気雰囲気下において室温で30分間攪拌して、パラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液を得た。
【0057】
次いで、得られたパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸マンガン6水和物0.0027gを加え、反応器の気相部分を酸素ガスで置換し、90℃に加熱して25分間攪拌して、黒色の沈殿物を得た。次いで、得られた沈殿物を遠心分離した後、減圧乾燥し、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターからなる酸化反応用触媒0.035gを得た。
【0058】
前記方法により得られた酸化反応用触媒のクラスター表面のパラジウムの酸化状態の分析を行った。その結果、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存することが確認された。
【0059】
〈キシリレンエステルの製造〉
上述のようにして得られた酸化反応用触媒(パラジウムクラスター)を用いて、キシリレンとカルボン酸との酸化反応を行い、キシリレンエステルを製造した。すなわち、先ず、反応器として容量20mlのガラス製ナス型フラスコを用い、常圧下、酸素ガスのみからなる酸化的雰囲気下において、得られた酸化反応用触媒0.035gと、酢酸4mlと、p−キシレン0.53gとを90℃の温度条件で24時間加熱攪拌して酸化反応を行わせた。次いで、反応終了後に反応器から内容物を取り出し、酸化反応用触媒を除去してp−キシリレンジアセテートを含む反応液を得た。
【0060】
次に、このようにして得られた反応液の組成をガスクロマトグラフィーにより分析した。このような分析の結果、前記反応液中においては、p−キシリレンジアセテートが0.12g含まれており、その収率は11モル%であることが確認された。
【0061】
(実施例2)
〈酸化反応用触媒の製造〉
硝酸マンガンに代えて硝酸コバルトを用いた以外は、実施例1と同様にしてクラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターからなる酸化反応用触媒を製造した。
【0062】
前記方法により得られた酸化反応用触媒のクラスター表面のパラジウムの酸化状態の分析を行った。その結果、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存することが確認された。
【0063】
〈キシリレンエステルの製造〉
このようにして得られた酸化反応用触媒を用いた以外は、実施例1と同様にしてキシリレンエステルを製造し、反応液を得た。
【0064】
このようにして得られた反応液の組成をガスクロマトグラフィーにより分析した結果、反応液には、p−キシリレンジアセテートが0.09g含まれており、その収率は8モル%であった。
【0065】
(実施例3)
〈酸化反応用触媒の製造〉
硝酸マンガンを添加する際に同時に酸化チタン(触媒学会参照触媒JRC−TIO−2)1.01gを添加した以外は、実施例1と同様にして、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターが、酸化チタン(担体)に担持された酸化反応用触媒を製造した。
【0066】
〈キシリレンエステルの製造〉
このようにして得られたパラジウムクラスターが担体に担持された形態の酸化反応用触媒を用いた以外は、実施例1と同様にしてキシリレンエステルを製造し、反応液を得た。
【0067】
このようにして得られた反応液の組成をガスクロマトグラフィーにより分析した結果、反応液には、p−キシリレンジアセテートが0.16g含まれており、その収率は14モル%であった。
【0068】
(比較例1)
〈酸化反応用触媒の製造〉
硝酸マンガンに代えて硝酸銅を用いた以外は、実施例1と同様にして酸化反応用触媒を製造した。
【0069】
前記方法により得られた酸化反応用触媒のクラスター表面のパラジウムの酸化状態の分析を行った。その結果、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存することが確認された。
【0070】
〈キシリレンエステルの製造〉
このようにして得られた酸化反応用触媒を用いた以外は、実施例1と同様にしてキシリレンエステルを製造し、反応液を得た。
【0071】
このようにして得られた反応液の組成をガスクロマトグラフィーにより分析した結果、反応液には、p−キシリレンジアセテートが0.06g含まれており、p−キシリレンジアセテートの収率は4モル%であった。
【0072】
上述のような結果から、実施例1〜3で得られた本発明の酸化反応用触媒を用いてキシレンとカルボン酸とを酸化反応させた場合においては、8モル%以上の収率でキシリレンエステルを製造できることが確認され、本発明の酸化反応用触媒(実施例1〜3)によって、原料としてキシレンを用いた場合にエステル化反応を効率よく進行させることができ、キシリレンエステル類を高収率で製造することが可能となることが確認された。一方、比較例1で得られた比較のための酸化反応用触媒を用いた場合においては、キシレンエステルの収率が4モル%であり、原料としてキシレンを用いた場合にはエステル化反応を効率よく進行させることが困難であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0073】
以上説明したように、本発明によれば、原料としてキシレンとカルボン酸とを用いた場合にエステル化反応を効率よく進行させることができ、キシリレンエステル類を高収率で製造することが可能な酸化反応用触媒、その製造方法およびそれを用いたキシリレンエステル類の製造方法を提供することが可能となる。
【0074】
したがって、本発明の酸化反応用触媒は、合成樹脂の原料、香料や溶剤等の各種化学薬品、又は、これら化学薬品の原料等に用いられるキシリレンエステル類を製造する際に用いる触媒として特に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化的雰囲気下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加して、クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する酸化反応用触媒を得ることを特徴とする酸化反応用触媒の製造方法。
【請求項2】
パラジウムカルボニルアセテート錯体にフェナントロリンを反応させて前記パラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を得る工程を更に含むことを特徴とする請求項1に記載の酸化反応用触媒の製造方法。
【請求項3】
前記溶液に酸化チタンからなる担体を更に添加することを特徴とする請求項1又は2に記載の酸化反応用触媒の製造方法。
【請求項4】
クラスター表面において酸化状態が0価、1価及び2価のパラジウムが共存するパラジウムクラスターを含有する酸化反応用触媒であって、酸化的雰囲気下において、パラジウムカルボニルアセテート錯体及び/又はパラジウムカルボニルアセテートフェナントロリン錯体を含む溶液に、硝酸コバルト及び/又は硝酸マンガンを添加して得られるものであることを特徴とする酸化反応用触媒。
【請求項5】
前記パラジウムクラスターが酸化チタンからなる担体に担持されていることを特徴とする請求項4に記載の酸化反応用触媒。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の酸化反応用触媒に、酸素の存在下において、キシレンとカルボン酸とを接触せしめて酸化反応させ、キシリレンエステル類を得ることを特徴とするキシリレンエステル類の製造方法。
【請求項7】
前記酸化反応が液相中における反応であることを特徴とする請求項6に記載のキシリレンエステル類の製造方法。

【公開番号】特開2008−36601(P2008−36601A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−218288(P2006−218288)
【出願日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】