説明

酸化物超電導線材及びその製造方法

【課題】 ビスマス系酸化物超電導テープ状線材と同等な工学的臨界電流密度特性を有し、ケーブル導体やマグネット用巻線として使いやすい円形または矩形の断面を有するの酸化物超電導線材を提供する。 更なる目的は、安定化材に使用される銀または銀合金の使用量を抑え、低銀比化を実現した酸化物超電導線材を低コストで提供することである。
【解決手段】 金属からなる芯材16と、前記芯材より外側に配置された安定化材からなるマトリックス22と、前記マトリックス中に多数埋め込んだ酸化物超電導体からなるフィラメント21とを備えた酸化物超電導線材において、前記フィラメントが、線材断面において扁平状となり前記芯材周辺に層状分布し、線材長手方向においてはらせん状に延伸して形成されるものであり、かつ、液体窒素温度下自己磁場において15000A/cm以上の工学的臨界電流密度を示すことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い工学的臨界電流密度特性Jeを示し、円形または矩形の断面形状を有する酸化物超電導線材、特に、ビスマス系酸化物超電導線材及び、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ビスマス系酸化物超電導線材は、いわゆるパウダー・イン・チューブ法を用いて製造される。パウダー・イン・チューブ法は、酸化物超電導体を生成し得る原料の粉末を、安定化材のチューブに詰め、それに塑性加工及び熱処理を施して、線材を得る方法である。原料粉末の調整では、超電導体を構成する元素の酸化物または炭酸塩の粉末が所定の配合比で配合され、かつ焼結された後、焼結物は粉砕される。
原料粉末を充填する安定化材のチューブは、例えば銀または銀合金からなる。塑性加工には、伸線加工、圧延加工、プレス加工などが用いられる。
【0003】
安定化材のチューブに銀または銀合金を用いた銀シース線材には、断面が扁平なテープ状線材と、断面が円型の丸型線材との2種類がある。丸形線材の場合、圧延を行わず伸線と熱処理を繰り返して作成するが、テープ状線材の場合、圧延、熱処理を施すことにより作成される。
【0004】
しかしながら、従来の酸化物超電導線材において、テープ状線材には、圧延が行われるため圧延設備が必要として製造コストが高く、また、応用面においては、超電導体としてケーブルやマグネットに用いられる時に、線材断面がテープ状であるゆえ、従来のケーブル化技術やマグネット化の巻線技術が適用されない。更に、高価なシース材料である銀を多く使用することで、原料コストが高いなど、種々な問題点を抱えていた。
一方の丸型線材はテープ状線材と対照的に、製造においても、後ほどのケーブル化やマグネット化などの応用面においても、従来技術が問題なく適応される、という便利かつ経済的な一面があるものの、圧延加工を施して得られるテープ状線材と比較して工学的臨界電流密度(以下はJeと記する)が著しく小さいため、実用性が欠けていた。
【0005】
テープ状ビスマス系超電導線材で高いJe特性が得られる理由は、圧延加工における圧縮力が酸化物超電導の原料となる粉末の密度を高め、引き続く熱処理過程で配向性の良いビスマス結晶構造が実現されていることに起因する。一方丸型線材の場合は、圧延加工を行わず、伸線加工では長手方向に粉末が伸延されるだけで粉末密度の向上が実現しないのである。このメカニズムは、銀比(線材中の銀の体積/超電導体の体積)が圧延、熱処理後に増大していることで実験的に確認されている。
【0006】
また、多芯化した丸型線材の場合は従来、図7に示すように、酸化物超電導体の原料粉末を銀チューブに充填し、伸線して得た超電導素線11を複数本銀からなるチューブ18に嵌合した後、チューブ18の両端に銀からなる蓋14,15をつけて複合ビレット24を作成する。さらにこの複合ビレット24に伸線加工、熱処理を所定回数で繰り返し行い、多芯化した酸化物超電導の丸型線材25を作成する。このように作成された酸化物超電導の丸型線材25は図8に示すように、線材断面において銀安定化材からなるマトリックス22の中に酸化物超電導体からなるフィラメント21が多数に埋め込まれて、また、線材長手方向においてはフィラメント21が一方向に伸ばされるものである。従って、従来の多芯化した酸化物超電導の丸型線材も前記単芯の丸型超電導線材同様に、圧延が施されない限り、伸線のみでは高いJe特性が得られなかった。
【0007】
ビスマス系酸化物超電導の丸型線材のJeを向上させようとした例として、下記特許文献1と2が挙げられる。特許文献1に開示された酸化物超電導の丸型線材は、金属、銀または銀合金と酸化物超電導体を交互に積層した概ね同心円状の多重環構造を有しており、その線材における酸化物超電導と金属との界面距離を小さくすることでc軸配向ができると言われている。しかし、この線材の臨界電流密度(以下はJcと記する)値が従来の他の丸型線材の値に比べて1桁高いが、テープ状線材に比べては1桁小さく、実用レベルには至っていなかった。
【0008】
また、特許文献2には、酸化物超電導体を銀パイプ中に充填して得られた嵌合線を銀の芯棒の周りの各側面に沿って5層配列し、銀パイプに嵌合し、複数回熱処理を施して得た酸化物超電導線材を開示していた。しかし、前記嵌合線は実質上に圧延を施したテープ状線であって、なおかつ、これを用いて作成した近似円型断面形状の線材のJcが、前記特許文献1で開示したJcよりは高かったものの、テープ状線材のJcレベルには及ばなかった。
なお、上記特許文献1と2に記載したJcについて、明細書において超電導線材を用いて評価したものであるため、厳密にJc(=Ic/超電導体の断面積、Icは臨界電流である)ではなく、Je(=Ic/超電導線材の断面積)と推定する。
【0009】
【特許文献1】特開平4−262308号公報
【特許文献2】特開平9‐259660号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、ビスマス系酸化物超電導テープ状線材と同等なJe特性を有し、ケーブル導体やマグネット用巻線として使いやすい円形または矩形の断面を有する酸化物超電導線材、並びにこの酸化物超電導線材を用いた撚線や、ケーブル、マグネットなどを提供することである。
【0011】
本発明の更なる目的は、安定化材に使用される銀または銀合金の使用量を抑え、低銀比化を実現した酸化物超電導線材を低コストで提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
筆者らは、伸線加工でも線材断面周辺部には圧縮の残留応力を残すことができること、および、酸化物超電導体の原料となる粉末をフィラメント軸方向だけでなく、横方向にも伸延し扁平化することにより、伸線加工でも原料粉末に圧延と同等な圧縮力を及ぼし、高密度化が実現できることを見出した。
【0013】
即ち、本発明では、芯材と、芯材より外側に配置された安定化材からなるマトリックスと、前記マトリックス中に多数埋め込んだ酸化物超電導体からなるフィラメントを備えた酸化物超電導線材において、前記フィラメントが、線材の断面において扁平状となり前記芯材周辺に層状分布すると共に、線材の長手方向においてらせん状に延伸して形成されるものであり、かつ、液体窒素中自己磁場中15000A/cm以上の臨界電流密度を示すことを特徴とする酸化物超電導線材、とりわけ、円形または矩形の断面形状を有するビスマス系酸化物超電導線材を提供する。
【0014】
上記本発明の酸化物超電導線材において、断面中央部では伸線加工で圧縮効果が得られないため、この部分に酸化物超電導体を配置しても臨界電流(以下はIcと記する)はごく僅かしか増大しない。このため酸化物超電導体は断面周辺のみに配置することになり、断面中央部は酸素透過性が不要となる。
【0015】
これにより、本発明では、前記芯材が銅または銅合金からなり、かつ、前記芯材の銅と前記安定化材との拡散を防止するバリア材からなる被覆層が前記芯材の外周に形成されていることを特徴とする上記酸化物超電導線材を提供する。
【0016】
また、本発明では、上記酸化物超電導線材を複数本撚り合わせて形成された超電導撚線、また、上記酸化物超電導線材を用いた超電導ケーブル、マグネットを提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明による酸化物超電導線材は、これまで不可避だった圧延加工を用いなくとも従来のテープ線材と同等のJe特性を有する丸型線材の製作が可能となった。この線材を筆者らはTRIC型構造を有する酸化物超電導線材と命名した。
【0018】
このTRIC型の線材では、線材断面の中央部分が酸素透過性が不要のため、高価な銀を配置する必要もなくなる。この部分に銅を配置し周辺の銀との拡散を防止するNb、Taなどのバリア材で被覆することにより、銀の使用量を抑制した低コスト酸化物超電導線材が得られることになる。
【0019】
また、丸型線材であるTRIC型酸化物超電導線材を素線として使用すれば、超電導電力ケーブルに必要とされるケーブル導体は従来のケーブル化技術を用いて容易に構成できる。またマグネット化も従来の巻線技術で容易に実現されることになる。
【0020】
更に、本発明に関わる酸化物超電導線材の製造方法では、連続する超電導素線を芯材上に多層に整列巻きすれば良いので、超電導素線の整直、切断、バリ取りなどが不要となり、複合ビレットの制作が容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。
図1ないし図5は本発明の一実施形態を示す。
図1−(A)〜(D)に示す超電導素線11は、いずれも酸化物超電導体12と安定化材からなるマトリックス13より形成される。本実施形態では、図1−(A)に示す単芯の超電導丸型素線11を用いるが、これに限ることが無く、矩形の素線(図1−(B))、または、多芯化した超電導素線(図1−(C)、(D))などを使用することもできる。
【0022】
超電導素線11には、酸化物超電導体、好ましくは、ビスマス系酸化物超電導体を用いる。例えば、ビスマス系2223相や、2212相などを主体となるビスマス系酸化物超電導体、またはその原料となる粉末を安定化材からなるチューブに充填してパウダー・イン・チューブ法により線材を作成する。
本実施形態の超電導素線11は丸型線材であり、その寸法は、例えば、外径2mmφ、銀比1.5である。
【0023】
本発明において、マトリックスを形成する安定化材には、銀または銀合金、例えば銀(Ag)−金(Au)合金、銀(Ag)−マンガン(Mn)合金、銀(Ag)−チタン(Ti)合金、銀(Ag)−アンチモン(Sb)合金を用いるが、好ましくはAg−Mg合金を用いる。
【0024】
一方、図2に示す棒状芯材16とその両端についている銀または銀合金よりなる蓋14、15で構成する心金を製造する。芯材16は、銅または銅合金からなるが、銅と銀安定化材との拡散を防ぐために、外側にニオブ(Nb)またはニオブ(Nb)−銅(Cu)合金被覆層を形成したものが用いられる。銀の芯材を使用せず銅または銅合金の芯材16を用いたため、製造される酸化物超電導の丸型線材20の低銀比化が実現される。
心金の寸法は、例えば、芯材16の外径は10mm、蓋14、15の外径は25mm、全長750mmである。
【0025】
次に図3に示すように、芯材16の外周に前記超電導素線11を、隣ターン同士を密接させて、かつ3層に、らせん巻きして、超電導素線巻装体17を形成し、その外周に安定化材、例えば銀または銀合金からなる外形25mmφ、内径21mmφのチューブ18をかぶせ、真空中で銀からなるチューブ18と銀製の蓋14、15を電子ビーム溶接する。その後、HIP加工を施し、外削りして、複合ビレット19を制作する。これを伸線、830℃、72時間の熱処理を3回繰り返して図4に示す線径1.0mmφの酸化物超電導の丸型線材20を得る。
【0026】
得られた丸型線材20は、その断面には図4に示されるように、銀または銀合金マトリックス22の中に埋め込まれた扁平状のフィラメント21が芯材の周りに層状分布しており、また、長手方向には図5に点線で示すように、リボン状に引き延ばされた各フィラメント21がらせん状になっている。従って、フィラメント21が長手方向一方向だけの延伸ではなく、長手方向と垂直する方向にも延伸されている。これは、フィラメント21の周辺に圧縮応力を存在させ、酸化物超電導体に圧延と同様な効果を加えることになる。その結果、本発明の酸化物超電導線材に液体窒素温度下で超電導特性が得られ、Je特性が向上される。
【0027】
得られた丸型線材20のIcを液体窒素中、自己磁界のみで測定したところ120A(Je=15279A/cm)が得られた。これは同一断面積を有するテープ状ビスマス線材と同等のIc特性である。
【0028】
また、本発明に関わるその他の実施形態として、上記実施形態で得た酸化物超電導線材を図1に示す断面形状に加工して素線として用いることもできる。この場合、予め素線のフィラメントが長手方向にらせん状に形成されている。これを図2のように心金にらせん巻きし超電導巻線体を得、更に、図3に示すような複合ビレットを作成した後、前記同様に押し出し、伸線、熱処理を経て、図6に示すような、ねじりながら長手方向にらせん状に伸びるフィラメント23を有する酸化物超電導線材を得る。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施形態で用いる超電導素線の断面図
【図2】本発明の実施形態で用いた蓋付きの心金の断面図
【図3】本発明の実施形態で作成された複合ビレットの断面図
【図4】本発明の実施形態で作成された超電導線材の断面図
【図5】本発明の実施形態で作成された超電導線材におけるフィラメントの存在状態を示す説明図
【図6】本発明のその他の実施形態で作成された超電導線材におけるフィラメントの存在状態を示す説明図
【図7】従来の製造方法による複合ビレットの断面図
【図8】従来の製造方法による超電導線材の断面図
【符号の説明】
【0030】
11: 超電導素線
12: 酸化物超電導体
13、22、27: 安定化材マトリックス
14、15: 蓋
16: 芯材
17: 超電導素線巻装体
18: チューブ
19、24: 複合ビレット
20、25: 丸型線材
21、23: フィラメント



【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属からなる芯材と、前記芯材より外側に配置された安定化材からなるマトリックスと、前記マトリックス中に多数埋め込んだ酸化物超電導体からなるフィラメントとを備えた酸化物超電導線材において、前記フィラメントが、線材の断面において扁平状となり前記芯材周辺に層状分布すると共に、線材の長手方向においてらせん状に延びて形成されるものであり、かつ、液体窒素温度下自己磁場において15000A/cm以上の工学的臨界電流密度を示すことを特徴とする、酸化物超電導線材。
【請求項2】
前記芯材が銅または銅合金からなり、かつ、前記芯材の銅と前記安定化材との拡散を防止するバリア材からなる被覆層が前記芯材の外周に形成されていることを特徴とする、請求項1に記載の酸化物超電導線材。
【請求項3】
前記酸化物超電導線材の断面形状が円形または矩形であることを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導線材。
【請求項4】
前記酸化物超電導体がビスマス系酸化物からなることを特徴とする請求項1ないし3に記載の酸化物超電導線材。
【請求項5】
請求項1ないし4に記載の酸化物超電導線材を複数本撚り合わせて形成したことを特徴とする超電導撚線。
【請求項6】
請求項1ないし4に記載の酸化物超電導線材を用いた超電導ケーブル。
【請求項7】
請求項1ないし4に記載の酸化物超電導線材を用いたマグネット。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−216243(P2006−216243A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−24801(P2005−24801)
【出願日】平成17年2月1日(2005.2.1)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】