説明

酸性糖鎖減少蛋白質の製造方法および該製造された糖蛋白質

【課題】酵母を用いて、ヒトあるいは動物の遺伝子組換え糖蛋白質を製造する方法において、酵母由来の組換え糖蛋白質に特異的なエピトープが減少している糖蛋白質の製造方法を提供する。
【解決手段】ピキア属酵母に由来する糖蛋白質の糖鎖へのマンノースリン酸付加に携わる遺伝子を制御し、該遺伝子が制御されたピキア属酵母株を用いて酸性糖鎖減少蛋白質を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酵母を使用した異種糖蛋白質の生産における、糖鎖へのマンノースリン酸付加の制御に関する。さらに詳しくは、ピキア属酵母が有する糖蛋白質のコア類似糖鎖における酸性糖鎖生成機能の制御に関する。また本発明は糖鎖へのマンノースリン酸付加に関与する遺伝子、変異遺伝子、変異遺伝子を担持するベクター、該ベクターによって形質転換された形質転換体、及び該遺伝子の制御手段を利用した酸性糖鎖減少蛋白の製造方法および該製造方法によって調製された酸性糖鎖減少蛋白に関する。更に、本発明は、前記遺伝子がコードする蛋白質及びこの蛋白質を認識する抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え法による微生物を用いた物質生産は、その生産コストの低さや、これまで醗酵工学として培ってきた培養技術の利用など、動物細胞を用いた物質生産に比べると、いくつかの点で有利である。近年、メタノール資化性酵母であるピキア属酵母(Pichia pastoris 等)が異種蛋白質産生系の有効な宿主として注目を浴びている[Cregg, J. M. et al., Bio/Technology 11, 905 (1993)]。ピキア属酵母は、特にその分泌発現量がパン酵母を大きく上回っており、また培養技術が確立しているので、ヒト血清アルブミンなどの工業生産用酵母として大変好適に用いられている。
【0003】
しかしながら、微生物を異種糖蛋白質産生系の宿主にする場合にはヒト糖蛋白質と同一の構造・組成を有する糖鎖を付加することができないという問題がある。ヒトを含め動物細胞由来の糖蛋白質のアスパラギン結合型糖鎖は、複合型、混成型およびハイマンノース型の3種類が知られている。一方、大腸菌等の原核微生物では糖鎖付加自体が起こらない。
【0004】
またパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)で付加されるアスパラギン結合型糖鎖はハイマンノース型のみである。パン酵母における糖蛋白質のアスパラギン結合型糖鎖は、まず哺乳類と共通のERコア類似糖鎖(Man8GlcNAc2)が小胞体で付加されるが、その後の過程で30〜150分子の大量のマンノースが糖外鎖として形成される[Kukuruzinska, M. A. et al., Ann. Rev. Biochem. 56, 915 (1987)]。よって、パン酵母由来の糖蛋白質に付加されるハイマンノース型糖鎖は動物細胞のハイマンノース型糖鎖よりもさらにマンノースを多量に含み、いわゆるHyper mannosylationされた糖鎖が多数を占めている。
【0005】
パン酵母糖鎖のマンノースのα−1,3結合は哺乳類、ヒト型糖鎖にはないことから、これがヒトに対して抗原性を示す可能性は高いと考えられている[Ballou, C. E., Methods. Enzymol., 185, 440-470 (1990)]。また、糖鎖が血中クリアランス、蛋白質の構造維持、活性への寄与、局在化などの多岐にわたる生体内における役割に関わっていること[竹内, 蛋白質・核酸・酵素、増刊「複合糖質」, 37, 1713 (1992)]からも、パン酵母を用いて産生させたハイマンノース型糖鎖が付加した異種蛋白質は機能面でも大きな問題を含んでいる。
【0006】
近年、パン酵母においては、糖外鎖マンノース伸長の鍵酵素であるα-1,6-mannosyltransferaseをコードするOCH1遺伝子がクローニングされた[Nakayama, K., EMBO J. 11, 2511 (1992)]。 OCH1遺伝子を変異させるとともに、コア類似糖鎖にα−1,3結合でマンノースを付加する機能をもつ蛋白質をコードするMNN1遺伝子を変異させたΔoch1,mnn1二重変異株においては、哺乳類と共通するERコア類似糖鎖のみが付加されたことが報告されている[地神芳文, 蛋白質・核酸・酵素, 39, 657 (1994)]。
【0007】
ピキア属酵母においてはパン酵母と同様にマンノース型糖鎖が付加することが知られているが、パン酵母に比べてマンノース付加数が少なく、ヒトに対して抗原性が高いとされているα−1,3結合は存在しないことが示されている[Trimble, R.B. et al., J. Biol. Chem. 266, 22807 (1991)]。さらにはパン酵母OCH1遺伝子とホモロジーのある遺伝子がクローニングされ、その遺伝子制御ピキア属酵母株が糖鎖伸長を抑制することが確認されたことから、この株はヒト型に近い糖鎖構造をもった異種糖蛋白質産生宿主として利用価値がある [特開平9-3097号公報]。
【0008】
このように、ピキア属酵母においても糖鎖伸長を抑制し、ERコア類似糖鎖類似の糖蛋白質を発現させる技術が開発されたが、酵母を宿主として産生した異種糖蛋白質を医薬品の用途でヒトに対して投与する場合、酸性糖鎖に起因する抗原性を有するという問題が残されている。
【0009】
パン酵母においてはコア型糖鎖や糖外鎖にマンノース−6リン酸(Man−6−P)が付加した酸性糖鎖を生成することがわかっている[Hernandez,L.M. et al. J. Biol. Chem. 264, 13648-13659 (1989)]。図1に示すように、パン酵母では糖外鎖と共にコア類似糖鎖にもマンノースリン酸は付加する[Jigami, Y. and Odani, T., Biochim. Biophys. Acta., 1426, 335-345 (1999)]。このリン酸基を含む糖鎖はヒト型糖鎖にはないことから、これが抗原性を示す可能性が高く、医薬品を開発する場合に大きな問題となることが考えられる。パン酵母においてはマンノースリン酸転移に関与する遺伝子として、MNN4遺伝子及びMNN6遺伝子がクローニングされ、解析が行われている[Odani, T. et al. Glycobiology 6, 805 (1996)、Wang, X.-H., et al. J. Biol. Chem., 272, 18117 (1997)]。このうちMNN6遺伝子は、コア類似糖鎖やMan5GlcNAc2のコア類似糖鎖へのマンノースリン酸転移がMnn6p(MNN6がコードする蛋白質)に依存することがin vitroで確認されたことから、マンノースリン酸転移酵素の本体をコードしていると推定されている。
【0010】
また、MNN4遺伝子については、mnn4変異株においてマンノースリン酸転移活性が抑制され、また過剰発現によりリン酸含量が増加することからMnn6蛋白質の正の制御因子であると考えられている。遺伝子工学的にMNN4遺伝子を破壊した酵母は糖鎖へのリン酸転移が減少することが明らかにされており[特開平9-266792号公報]、ヒトに対して抗原性が低下した糖蛋白質産生に利用できる可能性がある。しかしながら、パン酵母MNN4遺伝子制御株を用いたとしてもコア類似糖鎖における酸性糖鎖は充分には抑えられず、糖鎖全体の30%弱は酸性糖鎖である[Odani T et al., Glycobiology 6 805-810(1996)、特開平9-266792号公報]。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
一方、ピキア属酵母に関しては、異種蛋白質のリン酸化糖鎖について調べられているのは今なお少数例である。例えば組織プラスミノゲンアクチベーターのkringle 2 domainはMan10-14GlcNAc2の糖鎖の20%にマンノースリン酸基が転移していた[Miele, R, G. et al. Biotechnol. Appl. Biochem. 26, 79 (1997)]。さらにアスパラギン酸プロテアーゼではMan9-14GlcNAc2の糖鎖にマンノースリン酸基が検出されたが、同時に検討した他の5種類の異種蛋白質にはリン酸化糖鎖が検出されなかった[Montesino, R. et al. Protein Exp. Purif. 14, 197 (1998)]。したがって、ピキア属酵母においては、糖鎖にマンノースリン酸が転移する頻度は低いかもしれないが、産生する異種蛋白質の種類によってリン酸化糖鎖が検出されていることから、医薬品の用途でヒトに対して投与する場合には糖鎖へのマンノースリン酸付加を抑制することが望ましいと考えられる。
【0012】
ピキア属酵母を宿主にした発現系は産生量が高いことから工業生産に有効であるが、ピキア属酵母が本来有するあるいは異種蛋白質として産生される糖蛋白質の糖鎖へのマンノースリン酸転移の機構についての研究はほとんど行われていない。したがって、ピキア属酵母については糖蛋白質糖鎖にマンノースリン酸が転移する機構は未知の領域であり、ピキア属酵母を宿主とした糖蛋白質発現系においてマンノースリン酸転移を抑制することはヒトまたは動物に投与する医薬品を開発する上で抗原性を回避する意味から極めて重要な問題である。
【0013】
そこで、本発明はピキア属酵母に由来する糖蛋白質の糖鎖へのマンノースリン酸付加に携わる遺伝子を見出し、これを制御する手段を提供することを課題とする。また本発明は当該遺伝子が制御されたピキア属酵母株を用いて酸性糖鎖減少蛋白質を製造する方法および製造された糖蛋白質を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、かかる問題を解決すべく鋭意検討を行った結果、ピキア属酵母に由来するマンノースリン酸付加に携わる蛋白質をコードする遺伝子のクローニングに成功し、当該蛋白質がピキア属酵母を宿主とする発現系において、マンノースリン酸付加に関与していることを見出し、当該遺伝子制御株を用いて産生した糖蛋白質の酸性糖鎖が著しく減少していることを確認し、本発明を完成するに至った。
【発明の開示】
【0015】
すなわち本発明は、野生型ピキア属酵母株の染色体遺伝子に由来する少なくとも糖蛋白質のコア類似糖鎖における酸性糖鎖生成に関与する遺伝子を制御することを特徴とするピキア属酵母における酸性糖鎖生成の制御方法、ピキア属酵母に由来するコア類似糖鎖における酸性糖鎖の生成に関与する蛋白質をコードする配列表の配列番号2に記載の塩基配列の150番目〜2480番目のヌクレオチドで示される塩基配列を含むポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドに変異を誘導してその本来の機能を低減せしめたポリヌクレオチド、該機能を低減せしめたポリヌクレオチドを含有する組換えベクター、ピキア属酵母を宿主とする遺伝子工学的手法による異種糖蛋白質の製造において上記制御方法または上記形質転換体を利用する糖蛋白質の製造方法、該糖蛋白質の製造方法により製造された糖蛋白質、配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列を含む蛋白質、及び該蛋白質を特異的に認識する抗体に関する。
以下、本発明を詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】パン酵母のアスパラギン結合型糖鎖の構造を示す図である。Asnはアスパラギン、GNAcはN−アセチルグルコサミン、Mはマンノース、Pはリン酸を表わす。文献[Jigami, Y. and Odani, T., Biochim. Biophys. Acta., 1426, 335-345 (1999)]Fig.1から引用し、一部改変した。
【図2】ピキア属酵母PNO1遺伝子がサブクローニングされたプラスミドpTM004を示す図である。
【図3】ピキア属酵母PNO1遺伝子とパン酵母MNN4遺伝子のホモロジーの高い領域について比較した図である。
【図4】ピキア属酵母におけるヒトアンチトロンビンIII(ATIII)遺伝子発現用プラスミドpRH101を示す図である。
【図5】ピキア属酵母におけるPNO1遺伝子制御ヒトATIII発現プラスミドpTM009を構築する手順を示す図である。
【図6】PNO1遺伝子制御ヒトATIII発現ピキア属酵母株9G4株の作製を示す図である。
【図7】RH101株および9G4株のジャーファーメンター培養の図である。
【図8】野生型ピキア属酵母由来組換えATIIIの酵素反応産物の酸処理物およびアルカリフォスファターゼ処理物の分析を示す図である。 (A) 酵素反応産物 (B) 酸処理物 (C) 酸およびアルカリフォスファターゼ処理物
【図9】野生型ピキア属酵母由来組換えATIIIおよびPNO1遺伝子制御株由来組換えATIIIの糖鎖の構造分析を示す図である。なお、(A)、(B)のアプライ量は(C)、(D)に比べて1/5量である。(A) RH101株由来組換えATIIIの中性糖鎖(B) 9G4株由来組換えATIIIの中性糖鎖(C) RH101株由来組換えATIIIの酸性糖鎖(D) 9G4株由来組換えATIIIの酸性糖鎖
【図10】固相化した野生型ピキア属酵母由来組換えヒトATIIIあるいはPNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIIIと、抗野生型酵母由来組換えヒトATIII血清ないしは抗PNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIII血清との結合反応における血漿由来ヒトATIIIによる阻害をELISAで評価した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(1)酸性糖鎖生成に関与する蛋白質
本発明の酸性糖鎖生成に関与する蛋白質は、起源はピキア属酵母によって産生される蛋白質であり、糖蛋白質の糖鎖へのマンノースリン酸付加、特にコア類似糖鎖に関わるマンノースリン酸付加機能を有することを特徴とする。マンノースリン酸が付加した糖鎖は、酸性糖鎖である。本発明の酸性糖鎖生成に関与する蛋白質の由来となるピキア属酵母としては、特に制限はないが、具体的にはPichia pastoris, Pichia finlandica, Pichia trehalophila, Pichia koclamae, Pichia membranaefaciens, Pichia methanolica, Pichia opuntiae, Pichia thermotolerans, Pichia salictaria, Pichia guercum, Pichia pijperi等が例示される。好ましくはPichia pastoris(以下、P. pastorisという)である。
【0018】
本発明の酸性糖鎖生成に関与する蛋白質は、原始的にはピキア属酵母に由来するものであり、かつ上記機能を有するものであれば特に制限されないが、好ましくはN末端領域に配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列を有する蛋白質であり、より好ましくは実質的に配列表の配列番号3に示すアミノ酸配列を含有する蛋白質である。
【0019】
なお、かかるアミノ酸配列は、上述の特性を変更しない範囲で、一部が修飾、例えば、アミノ酸残基またはペプチド鎖が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されていてもよい。また、本発明は、配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列を含有する蛋白質とアミノ酸配列上少なくとも70%の相同性を有し、かつピキア属酵母が生産する糖蛋白質のコア類似糖鎖における酸性糖鎖の生成に関与する蛋白質であってもよい。
【0020】
さらに本発明は、配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列の少なくとも5個の連続したアミノ酸配列を有するポリペプチド、及び上記蛋白質を免疫学的に認識する抗体も対象とする。該ポリペプチドは、上記蛋白質を特異的に認識する抗体を得るための抗原として有用である。
【0021】
本発明の酸性糖鎖生成に関与する蛋白質は、ピキア属酵母を常法に従って、好ましくは該酵母の増殖に適した条件下で培養し、培養菌体から常法により抽出、精製することにより製造することができる。また、本発明で例示するアミノ酸配列に基づいてポリペプチドを合成したり、また本発明で例示する塩基配列に基づいて慣用の組換えDNA技術によっても製造することができる。抗体も自体公知の抗体産生技術によりポリクローナル抗体、モノクロ−ナル抗体を得ることができる。このようにして調製した上記ポリペプチド及び上記蛋白質を認識する抗体は、ピキア属酵母を宿主とした糖蛋白質発現系における酸性糖蛋白質発現の制御手段を得る上で、例えば、本発明の酸性糖鎖生成に関与する蛋白質を精製して得るため等に、有用である。なお、以下説明を簡便にするため、本発明の配列表の配列番号3に示すアミノ酸配列を有する蛋白質をPno1蛋白質、該蛋白質をコードする遺伝子をPNO1遺伝子ともいう。
【0022】
(2)Pno1蛋白質をコードする遺伝子
本発明の酸性糖鎖生成に関与する遺伝子は、前述の本発明のピキア属酵母に由来するPno1蛋白質をコードする塩基配列を有することを特徴とするものである。かかる塩基配列は、本発明のPno1蛋白質をコードし得る塩基配列であれば特に制限されないが、一例として配列表の配列番号3に示すアミノ酸配列をコードする塩基配列、より好ましくは実質的に配列表の配列番号2に記載の塩基配列の150番目から2480番目の塩基配列で示されるポリヌクレオチドが例示される。また、配列表の配列番号2に記載の塩基配列のうち蛋白質をコードする塩基配列の5'末端から少なくとも60個の連続した塩基配列を含むポリヌクレオチドであってかつピキア属酵母における酸性糖鎖生成に関与する蛋白質をコードしているポリヌクレオチドであってもよい。
【0023】
当該遺伝子は、従来公知の手法により製造することができる。例えば、本発明で例示する塩基配列をもとにDNA合成機を用いてその一部または全てのDNAを合成したり、ピキア属酵母(例えばP. pastoris)の染色体DNAを用いてPCR法で増幅させることにより製造することも可能である。
【0024】
本発明の酸性糖鎖生成に関与する遺伝子は、ピキア属酵母によって産生されるPno1蛋白質をコードする遺伝子として、本発明により初めて提供されるものである。従って、本発明の酸性糖鎖生成に関与する遺伝子はピキア属酵母を宿主とする糖蛋白質発現系における糖蛋白質の糖鎖に付加するマンノースリン酸転移の機構を解明する上で極めて有用である。
【0025】
本発明のPno1蛋白質はピキア属酵母を宿主として産生される糖蛋白質の糖鎖にマンノースリン酸を転移させる働きを有し、動物細胞由来の糖蛋白質に比べヒトに対する抗原性が高い。従って、本発明によるPNO1遺伝子の解明は、ピキア属酵母を宿主として、マンノースリン酸基が付加されない医薬上有用な異種糖蛋白質を発現・産生させるために、遺伝子レベルでピキア属酵母が本来的に有するマンノースリン酸転移活性の減弱または除去する方法の提供にもつながる。すなわち、本発明のPno1蛋白質が本来有するマンノースリン酸転移活性の減弱または除去は、本発明のPNO1遺伝子を、該DNAによってコードされる機能産物の産生を少なくとも抑制するように修飾することによって達成することができる。
【0026】
(3)PNO1遺伝子の機能が抑制された形質転換体
本発明の形質転換体は、本発明のPno1蛋白質が本来有するマンノースリン酸転移活性を減弱または除去するために、PNO1遺伝子の発現を抑制あるいは、天然型の機能産物に比べて機能が減弱している産物を発現するような方法が施されたものである。その方法としては、PNO1遺伝子由来のポリヌクレオチドを、該遺伝子がコードする機能産物の産生を少なくとも抑制するように修飾したポリヌクレオチドを含有する組換えベクターを用いて形質転換する方法、または該遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて該遺伝子がコードする機能産物の翻訳・発現を抑制する方法が例示される。
【0027】
(3−1)PNO1遺伝子破壊酵母株(PNO1 disruptant)
本発明のPNO1遺伝子破壊酵母株は、修飾PNO1遺伝子を有することに基づいて、野生型ピキア属酵母株に比して糖蛋白質のコア類似糖鎖におけるマンノースリン酸転移能が抑制されてなるピキア属酵母株である。
【0028】
ここで「修飾PNO1遺伝子」とは、PNO1遺伝子の修飾物、すなわちピキア属酵母に由来する、糖蛋白質のコア類似糖鎖へのマンノースリン酸転移に携わる蛋白質をコードするDNAの塩基配列の一部が、該DNAによってコードされる機能産物の産生を少なくとも抑制されるように修飾されてなる遺伝子をいう。
【0029】
また、「機能産物の産生を少なくとも抑制」とは、PNO1遺伝子が発現せず本発明の天然型のPno1蛋白質を全く産生しない場合のみならず、発現しても得られる産物が、本発明のPno1蛋白質と同一でなくその機能が減弱される場合(即ち、産物が、天然型Pno1蛋白質が有するマンノースリン酸転移活性を全く有しない場合および天然型Pno1蛋白質が有するマンノースリン酸転移活性に比して低い活性を有する場合)をも含めて意味するものである。
【0030】
また、「野生型ピキア属酵母株」とは天然型PNO1遺伝子を有し、本来のマンノースリン酸転移活性を保持しているピキア属酵母株をいう。
したがって、遺伝子の修飾の態様は、遺伝子の発現を不能、減弱ならしめるもの、または修飾されたPNO1遺伝子を用いて発現させた生成物が、天然型PNO1遺伝子の生成物が本来有するコア類似糖鎖におけるマンノースリン酸転移活性を全く有しないか、有していても天然型PNO1遺伝子の生成物が本来有するコア類似糖鎖におけるマンノースリン酸転移活性に比して減弱せしめてなるようなものであれば、特に制限されない。
【0031】
具体的には、PNO1遺伝子およびPNO1プロモーター領域のDNA塩基配列中の少なくとも一つのヌクレオチドが欠失されているかもしくは配列中に少なくとも一つのヌクレオチドが挿入される様態の修飾や、天然型PNO1遺伝子およびPNO1プロモーター領域の塩基配列中の少なくとも一つのヌクレオチドが置換される様態の修飾が例示される。PNO1プロモーター領域とはPNO1遺伝子の5'側にあってPNO1遺伝子の発現調節をしているDNAをいう。さらに天然型PNO1遺伝子およびPNO1プロモーター領域の塩基配列中の少なくとも一つのヌクレオチドが付加されることも修飾の様態に含まれる。かかる修飾により、読み枠がずれ、塩基配列が改変され、あるいはプロモーター活性が減弱するため、発現されないか、発現されても発現量が減弱するか、得られる生成物の機能が、天然型DNA由来の生成物の機能と異なるものとなる。
【0032】
好適な修飾方法としては、天然型PNO1遺伝子のコード領域内に形質転換のマーカー遺伝子を挿入する方法が挙げられる。これによると、天然型PNO1遺伝子を破壊できるとともに、導入された形質転換のマーカー遺伝子を指標として、該修飾型PNO1遺伝子を有する変異体を容易にスクリーニングできるという利点がある。また、形質転換マーカー遺伝子に加えて、産生しようとする糖蛋白質の遺伝子を挿入することもできる。これによると、該修飾型PNO1遺伝子の修飾と産生しようとする糖蛋白質の発現が同時に一度の操作で行うことができる。
【0033】
用いられる形質転換マーカー遺伝子としてはP. pastorisまたはパン酵母のHIS4遺伝子、ARG4遺伝子、URA3遺伝子、SUC2遺伝子、ADE1遺伝子、ADE2遺伝子、G418耐性遺伝子、Zeocin耐性遺伝子等が例示される。
糖蛋白質の遺伝子としては、製造しようとする所望の糖蛋白質のDNAであれば特に制限されないが、具体的にはアンチトロンビンIII(ATIII)、フィブリノーゲン、ヘパリンコファクターII、抗体、ウロキナーゼ、インターフェロンα、キマーゼ、尿性トリプシンインヒビター等が例示される。
【0034】
本発明のPNO1遺伝子破壊酵母株は、種々の方法により調製することができる。例えば、野生型ピキア属酵母中の天然型PNO1遺伝子の修飾、または野生型ピキア属酵母株に無作為的な変異を導入し、野生型ピキア属酵母に比してマンノースリン酸転移が抑制されてなる突然変異体を選択する方法が挙げられる。野生型ピキア属酵母中の天然型PNO1遺伝子の修飾による方法が好ましく用いられる。
【0035】
天然型PNO1遺伝子の修飾により、修飾ピキア属酵母株を作製する方法は、具体的には天然型PNO1遺伝子の特定座位において形質導入するDNAを部位特異的組み込み法により導入することにより実施される。形質導入したDNAは、宿主の内在性の天然型DNAと置き換わることにより組み込まれる。酵母宿主の標的座位内への形質導入DNAの導入に都合のよい方法は、標的遺伝子DNA断片の内部を欠落、あるいは選択マーカー遺伝子DNAや糖蛋白質をコードする遺伝子発現DNA断片を挿入した直鎖状DNA断片を作製することである。これにより形質転換によって、その発現生成物がマンノースリン酸転移活性に影響を与えるDNAの特定部位での相同的組換えを起こすように方向付けられる。
【0036】
(3−2)PNO1遺伝子のアンチセンスオリゴヌクレオチドを移入したピキア属酵母株
PNO1遺伝子によってコードされる機能産物の産生を少なくとも抑制するためには、PNO1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを構築し、該アンチセンスオリゴヌクレオチドを移入した野生型ピキア属酵母株を利用することもできる。PNO1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを移入した野生型ピキア属酵母では、PNO1遺伝子からのmRNAの転写、該転写されたmRNAの核から細胞質への移行、およびPno1蛋白質の翻訳が阻害されるため、Pno1蛋白質の合成がなされない。PNO1遺伝子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドは、PNO1遺伝子の塩基配列(配列表の配列番号2)に基づき、好ましくはPNO1遺伝子に特異的な塩基配列を選択し、公知のDNA合成方法で容易に合成することができる。
【0037】
野生型ピキア属酵母を形質転換する方法は当該分野で採用される通常の方法を用いることができる。例えば、スフェロプラスト法[Cregg, J. M. et al. Mol. Cell. Biol. 5, 3376 (1985)]、塩化リチウム法[Ito, H. et al. J. Bacteriol. 153, 163 (1983)]、エレクトロポレーション法[Scorer, C.A. et al. J. Bio/Technology 12, 181 (1994)]等が用いられる。
【0038】
形質転換に用いられる野生型ピキア属酵母由来の宿主細胞は、特に制限されないが、好ましくは唯一の炭素源およびエネルギー源としてメタノールを効率よく利用できるメタノール資化性(methylotrophic)酵母である。適切なメタノール資化性酵母としては、具体的には栄養要求性P. pastoris GTS115株(NRRL Y-15851)(his4)、 P. pastoris GS190株(NRRL Y-18014)(his4, ura3)、 P. pastoris PPF1株(NRRL Y-18017)(his4, arg4)、 P. pastoris KM71株(Invitrogen社)(his4, aox1::ARG4, arg4)、 P. pastoris KM71H株(Invitrogen社)(aox1::ARG4, arg4)、 P. pastoris SMD1168株(Invitrogen社)(his4, pep4)、 P. pastoris SMD1168H株(Invitrogen社)(pep4)、P. methanolica PMAD11株(Invitrogen社)(ade2-1)、 P. methanolica PMAD16株(Invitrogen社)(ade2-11, pep4D, prb1D)、野生型P. pastoris (NRRL Y-11430、 NRRL Y-11431、X-33)等およびそれらの派生株(由来株)が例示される。
【0039】
宿主細胞が少なくとも一つの独立栄養性マーカー遺伝子が欠失した株である場合は、形質導入するDNAとして、宿主細胞に欠失している独立栄養性マーカー遺伝子を有するものを用いることが好ましい。かかる方法によると、形質導入するDNAが取り込まれてPNO1遺伝子が修飾された形質転換体(修飾ピキア属酵母株)を迅速かつ簡便に同定、選択できる点で有利である。栄養性マーカー遺伝子が欠失していない株においてもG418耐性遺伝子やZeocin耐性遺伝子などの薬剤耐性遺伝子を選択マーカー遺伝子として利用して容易に修飾ピキア属酵母株を取得することができる。
【0040】
さらに好ましくは、糖鎖伸長遺伝子制御株[特開平9-3097号公報]を宿主細胞とする場合は、哺乳類糖蛋白質と同一のコア類似糖鎖を付加した蛋白質を産生できることから有効である。また、エタンメタンスルホン酸等の変異原処理や放射線、紫外線照射等により変異を誘発し、アルシアンブルー染色[Ballou,C.E., Methods in Enzymology, 185, 440-470, (1990)]による染色度が低下する変異株を取得して糖外鎖の酸性糖鎖を減少させた株を宿主として用いることは、コア類似糖鎖に付加したマンノースリン酸転移をさらに抑制すると考えられ、極めて有効である。
【0041】
(4)PNO1遺伝子制御酵母株を用いた酸性糖鎖減少蛋白質の製造方法
糖蛋白質産生のために有用な発現系は、種々の方法により作製することができる。例えば、上述した修飾ピキア属酵母株に糖蛋白質をコードするDNAを導入する方法、天然型PNO1遺伝子にマーカー遺伝子および糖蛋白質をコードするDNAを挿入したDNAを用いて野生型ピキア属酵母を形質転換する方法、糖蛋白質をコードするDNAを有する組換えピキア属酵母株が有する天然型PNO1遺伝子を後発的に、本発明の修飾PNO1遺伝子の態様に変異せしめる方法、または、野生型ピキア属酵母を上記の修飾PNO1遺伝子および糖蛋白質をコードするDNAで同時に形質転換する方法等が挙げられる。
【0042】
組換え糖蛋白質発現系のピキア属酵母は、転写の読み枠方向に、少なくとも、1プロモーター領域、2実質的に所望の糖蛋白質をコードするDNAおよび3転写ターミネーター領域を有するものである。これらのDNAは、所望の糖蛋白質をコードするDNAがRNAに転写されるように、お互いに機能するように関連して配列される。
【0043】
プロモーターとしては、P. pastorisのAOX1プロモーター(第一番目のアルコールオキシダーゼ遺伝子のためのプロモーター)、P. pastorisのAOX2プロモーター(第二番目のアルコールオキシダーゼ遺伝子のためのプロモーター)、P. pastorisのDASプロモーター(ジヒドロキシアセトン シンターゼ遺伝子のためのプロモーター)、P. pastorisのP40プロモーター(P40遺伝子のためのプロモーター)、P. pastorisのGAPDHプロモーター(グリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のためのプロモーター)、P. pastorisのアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子のためのプロモーター、P. pastorisの葉酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のためのプロモーターまたはPichia methanolicaのAUG1プロモーター(アルコールオキシダーゼ遺伝子のためのプロモーター)等が挙げられる。好ましくはP. pastorisのAOX1プロモーター[Ellis. et al. Mol. Cell. Biol., 5, 111 (1985)、米国特許第4,855,231号など]であり、より好ましくは、発現効率が向上するように修飾された変異型AOX2プロモーター[Ohi, H. et al. Mol. Gen. Genet., 243, 489-499 (1994)、特開平4-299984号、US5610036、EP506040公報]である。
【0044】
なお、実質的に所望の糖蛋白質をコードするDNAの前に分泌シグナル配列をコードするDNAを有していてもよい。かかるDNAを有する組換え糖蛋白質発現系によれば、糖蛋白質が宿主細胞外に分泌産生されるため、所望の糖蛋白質を容易に単離精製することができる。分泌シグナル配列はピキア属酵母で機能するDNAであれば特に限定されないが、例えば、糖蛋白質に関連した天然の分泌シグナル配列をコードするDNA、パン酵母SUC2シグナル配列をコードするDNA、ピキア属酵母PHO1シグナル配列をコードするDNA、ピキア属酵母PRC1シグナル配列をコードするDNA、パン酵母α−接合因子(αMF)シグナル配列をコードするDNA、ウシリゾチームCシグナル配列をコードするDNA等が挙げられる。
【0045】
実質的に所望の糖蛋白質をコードするDNAは、蛋白質分子上に糖鎖構造を有する糖蛋白質をコードするDNAであれば特に制限されないが、好ましくは医薬上有用な糖蛋白質、具体的には、ATIII、フィブリノーゲン、ヘパリンコファクターII、抗体、ウロキナーゼ、インターフェロンα、キマーゼ、尿性トリプシンインヒビター等をコードするDNAが例示される。
【0046】
本発明で用いられる転写ターミネーターは、プロモーターからの転写に対して転写終結信号を提供するサブセグメントを有するものであればよく、プロモーター源の遺伝子と同じもしくは異なるものであってもよく、また糖蛋白質をコードする遺伝子から取得されるものであってもよい。
【0047】
本発明の発現系は、上記のDNA配列に加えてさらに選択マーカー遺伝子を含んでいてもよい。用いられる選択マーカー遺伝子としては、P. pastorisまたはパン酵母のHIS4遺伝子、ARG4遺伝子、URA3遺伝子、SUC2遺伝子、ADE1遺伝子、ADE2遺伝子、G418耐性遺伝子、Zeocin耐性遺伝子等が例示される。
【0048】
所望の表現型に形質転換されたピキア属酵母株は、当該分野で通常用いられる方法で培養することにより、糖蛋白質を産生することができる。用いられる培養条件には特に制限はなく、ピキア属酵母細胞の増殖および所望の糖蛋白質の産生に適していればよい。
培養後、菌体内産生の場合は菌体を、分泌産生の場合は培養上清を回収し、公知の方法、例えば分画法、イオン交換、ゲル濾過、疎水相互作用クロマトグラフィーまたはアフィニティーカラムクロマトグラフィー等により所望の異種糖蛋白質を精製取得することができる。好ましくは糖外鎖の付加した画分とコア類似糖鎖の付加した画分を分画し、コア類似糖鎖の付加した画分を分取することにより、さらに酸性糖鎖の減少した糖蛋白質を精製取得することができる。
【0049】
(5)製造された糖蛋白質
本発明によるPNO1遺伝子制御酵母株を用いて製造される蛋白質は、蛋白質分子上に糖鎖構造を有する糖蛋白質であれば特に制限されないが、好ましくは医薬上有用な糖蛋白質、具体的には、ATIII、フィブリノーゲン、ヘパリンコファクターII、抗体、ウロキナーゼ、インターフェロンα、キマーゼ、尿性トリプシンインヒビター等が例示される。
【0050】
本発明により製造された糖蛋白質は、ピキア属酵母産生株のPno1蛋白質の発現量あるいは機能の低下により少なくともコア類似糖鎖のマンノースリン酸転移が、野生型ピキア属酵母産生株由来と比して抑制されている、少なくとも糖鎖全体の10%以下、より好ましくは1%以下に抑制されていることを特徴とする。医薬品として用いる場合に酵母発現系で産生された糖蛋白質において危惧されていた発現糖蛋白質の少なくともコア類似糖鎖へのマンノースリン酸転移が抑制されていることにより、ヒトや動物に対する抗原性が減少していることを特徴とする。
【0051】
以下に本発明を更に詳細に説明するために実施例を記載するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。本発明の実施例で用いる酵素、試薬、キットは市販のものであり、常法に従って使用することができる。DNAのクローニング、塩基配列の決定、宿主細胞の形質転換、形質転換細胞の培養、得られる培養物からの精製、糖鎖解析等について用いられた操作についても当業者によく知られているものであるか、文献により知ることのできるものである。
【実施例1】
【0052】
ピキア属酵母由来マンノースリン酸転移蛋白質の遺伝子の取得
(1)PCR法によるパン酵母MNN4遺伝子の増幅、取得
ピキア属酵母由来のリン酸付加に関わる遺伝子をクローニングするために、パン酵母においてマンノースリン酸転移に関わっているMNN4遺伝子をプローブとしてそのホモログ遺伝子をスクリーニングすることを計画した。まず、文献[特開平9-266792号公報]に開示のDNA配列を基に、パン酵母MNN4遺伝子をPCR法を用いて入手した。プローブとして用いた領域は開始コドンATGのAを1とした時に625番から2049番にわたる範囲である。
【0053】
配列表の配列番号4と配列番号5に記載の塩基配列で示されるプライマーを合成した。なお、配列表の配列番号5のプライマーは末端にHindIII認識配列を付加している。パン酵母AH22株(a, leu2 his4 can1) [Hinnen A et al., Proc. Natl. Sci. USA, 75, 1929 (1978) ]の染色体DNAをNucleon MiY Yeast DNA extraction kit(アマーシャムファルマシア製)を用いて抽出し、配列表の配列番号4と配列番号5のプライマーを用い、Ex Taq PCR Kit(宝酒造製)を用いて増幅し、1.6kbの断片のDNAが増幅されたことを確認した。ScaIとHindIIIで消化した後、アガロース電気泳動を行い、1.4kbの断片をGene CleanII(フナコシ製)を用いて分離・精製し、プラスミドベクターpUC19のScaIとHindIII消化部位にDNAライゲーションキット(宝酒造製)を用いて挿入した。
【0054】
このようにして得られたプラスミドをpTM002と命名した。pTM002の塩基配列の一部をDNAシーケンサー(ファルマシア製)を用いて決定することにより、PCR法を用いて増幅しpTM002に挿入したDNAがパン酵母MNN4遺伝子の一部であることを確認した。
(2)パン酵母MNN4遺伝子をプローブとしたサザンブロット解析
【0055】
ピキア属酵母の染色体DNAの中にpTM002中にクローニングしたDNAとハイブリダイズする領域が存在するか否かをサザンブロット解析により確かめた。P. pastoris GTS115株の染色体DNAをNucleon MiY Yeast DNA extraction kit(アマーシャムファルマシア製)を用いて抽出した。制限酵素EcoRI, NotI, SacI, SpeI, XbaI, XhoIを用いて消化し、アガロース電気泳動を行った。ゲルをアルカリ変性、中和後、Hybond-Nナイロンメンブレンにトランスファーし、UV照射により固定した。DIG-ELISAキット(ベーリンガーマンハイム社製)の通りにプレハイブリダイゼーションを行った。
【0056】
一方、pTM002をScaIとHindIIIで消化した後、アガロース電気泳動を行い、1.4kbの断片をGene CleanII(フナコシ製)を用いて分離した。DIG-ELISA DNAラベリングキット(ベーリンガーマンハイム製)の通りにジゴキシゲニン標識を行い、これをプローブとするハイブリダイゼーションを行った。0.5×SSC、0.1%SSDS溶液中で42℃、15分、2回の洗浄を行い、DIG-ELISAキットの説明書の通りに検出を行った。その結果、どの酵素を用いた場合でも弱いながらバンドが検出され、特にSpeIの場合は7.5kbの1本のバンドが見られた。
【0057】
(3)ファージライブラリーの作製およびプラークハイブリダイゼーション
λZapII(ストラタジーン製)を使用して、SpeI部位に目的の断片をクローニングすることにした。λZapII undigested vector(ストラタジーン製)ベクターをSpeIで消化し、アルカリフォスファターゼ(宝酒造製)処理をした。一方、ピキア属酵母GTS115株の染色体DNAをSpeIで消化後、アガロース電気泳動を行い、7.5kb付近の領域を切り出した。
【0058】
Gene CleanII(フナコシ製)を用いて精製し、先のλZapII/SpeI断片とライゲーションし、Gigapack-GOLD3 Plus(ストラタジーン製)を用いてインビトロパッケージングを行った。OD600=0.5に調製しておいた大腸菌XL-1 Blue MRF'株に吸着させ、IPTGとX-galを添加したNZYプレートにまき、タイターを測定した。
【0059】
組換えファージを大腸菌XL-1 Blue MRF'株に吸着させ、1プレートに適当な個数のプラークが生じるようにNZYプレートにまいた。位置を確認できるように印をつけたHybond-Nナイロンメンブレン(アマーシャムファルマシア製)にプラークを移行させ、アルカリ変性、中和、固定処理をした。pTM002をScaIとHindIIIで消化した1.4kb断片をジゴキシゲニン標識したものをプローブとして、DIG-ELISAキット(ベーリンガーマンハイム製)の説明書の通りにプラークハイブリダイゼーションの操作をした。洗浄は0.5×SSC、0.1%SDS溶液中で42℃15分2回の条件で洗浄を行い、DIG-ELISAキットの説明書の通りに検出を行った。その結果、ポジティブな反応を示すプラークを検出した。
【0060】
そのファージを増幅させ、XL-1 Blue MRF'株と共にEx assist helper phageを加え、37℃、15分おいた後LB培地を入れて、一夜培養した。65℃で20分置いた後、遠心し、上清を大腸菌SOLR株の懸濁液に加え、アンピシリン含有LBプレートにまいた。出現した大腸菌のコロニーからミニプレップ法にてプラスミドDNAを抽出し、7.5kbの断片がpBluescriptに挿入されたプラスミドを選択し、pTM004と命名した。
【0061】
pTM004の制限酵素地図を作成し、その結果を図2に示した。P. pastoris GTS115株染色体DNAをEcoRI, NotI, SacI, SpeI, XbaI, XhoIで消化し、電気泳動を行い、ナイロンメンブレンにトランスファーしたものを2枚作製した。1枚はpTM004由来の7.5kb SpeI消化断片を精製し、ジゴキシゲニンで標識したものをプローブとした。もう1枚はpTM002由来のScaIとHindIIIで消化した1.4kb断片をプローブとしたサザンブロット解析を行った。その結果、2枚のメンブレンにおいて検出されたバンドのパターンは完全に一致したため、目的の領域をクローニングしたことが明らかとなった。
【0062】
(4)塩基配列決定
pTM004のクローニングされた断片の塩基配列を決定した。Auto Read DNAシーケンシングキット(ファルマシア製)を用いて反応を行い、DNAシーケンサー(ファルマシア製)を使用した。プライマーは、まず、キットに付属のFITC標識したRVプライマーを用い、得られた配列から3'側から5'側に向けて読むことができるようにプライマーを設計し、順次シーケンス解析を行った。また、逆方向に読むことができるようにプライマーを設計し、シーケンス解析を行った。
【0063】
編集はDNASIS(日立ソフトエンジニアリング)を用いた。得られた塩基配列(配列表の配列番号2)をもとにOpen Reading Frame(ORF)を探索すると、777アミノ酸からなる蛋白質をコードしていることがわかった。得られた塩基配列と対応するアミノ酸配列を配列番号3に示した。この蛋白質のN末側には膜貫通ドメイン(Trans membrane domain)が存在していた。パン酵母Mnn4蛋白質とのホモロジーは、450番目のアミノ酸から606番目のアミノ酸にかけて45%の相同性が認められたが、他の領域の相同性は低かった(図3)。
【0064】
パン酵母Mnn4蛋白質は1137アミノ酸であるのに対し、この蛋白質は777アミノ酸であり短かった。また、Mnn4蛋白質機能に重要な働きをしているC末端側のKKKKEEEE繰り返し配列[Jigami, Y. and Odani, T., Biochim. Biophys. Acta., 1426, 335-345 (1999)]はこの蛋白には存在しなかった。このように、クローニングした遺伝子はパン酵母MNN4遺伝子と比較して一部相同性はあるものの、別の機能をしていることが推察され、新たにPNO1遺伝子と命名した。
【実施例2】
【0065】
PNO1遺伝子制御ピキア属酵母株の作製
(1)PNO1遺伝子制御用プラスミドの作製
ピキア属酵母PNO1遺伝子の機能を明らかにするために、PNO1遺伝子制御株を作製してその性状と発現した蛋白質の性状を調べることにした。そのために、ピキア属酵母染色体のPNO1遺伝子を制御手段として破壊し、同時に糖蛋白質の例示としてヒトATIII(アンチトロンビンIII)を採用し、これを発現する株の作製を行うことを計画した。
【0066】
ATIIIは、正常ヒト血漿中に約150mg/L存在する分子量約58kDaの一本鎖糖蛋白質で、432アミノ酸から成り、アスパラギン酸結合型糖鎖付加部位を4箇所所有している。トロンビン、Xa因子を始め広範囲にトリプシン型セリンプロテアーゼを阻害する活性を有し、血液凝固の制御機構において重要な役割を果たす血漿プロテアーゼインヒビターである。ピキア属酵母におけるヒトATIII遺伝子発現用ベクターpRH101(図4)を材料とした。なお、ヒトATIII遺伝子は文献[Yamauchi T et al., Biosci. Biotech. Biochem., 56, 600 (1992)]に記載のpTY007に由来している。以下に示すようにPNO1遺伝子制御用プラスミドの作製を行った。
【0067】
まず、pTM004をPstIとSmaIで消化し、またpUC19をPstIとSmaIで消化し、両者をDNA ligation kit(宝酒造製)を用いてライゲーションした。大腸菌コンピテントセルDH5 competent high(東洋紡製)の形質転換を行い、出現したコロニーからミニプレップ法にてプラスミドを抽出し、目的のプラスミドを選択し、pTM006と命名した。pTM006をSacIとBamHIで消化し、DNA Blunting kit(宝酒造製)を用いてブランティングし、セルフライゲーションを行い、pMM125を作製した。
【0068】
一方、pRH101をDraIとNaeIで消化し、mAOX2プロモーター、SUC2分泌リーダー配列、ヒトATIII遺伝子、AOX1ターミネーターからなるATIII発現ユニットとHIS4遺伝子を含む断片を分離した。また、pMM125をHpaIとEcoRVで消化し、先のヒトATIII発現ユニットとHIS4遺伝子を含む断片とライゲーションを行い、大腸菌コンピテントセルDH5 competent high(東洋紡製)を用いて大腸菌の形質転換を行い、出現したコロニーからミニプレップ法にてプラスミドを抽出し、目的のプラスミドを選択し、pTM009と命名した(図5)。
【0069】
(2)PNO1遺伝子制御ピキア属酵母株の作製
pTM009をPstIとSpeIで消化し、ピキア属酵母GTS115株の形質転換を行った。形質転換はYeast maker transformation kit(クローンテック製)を用い、塩化リチウム法にて行った。選択プレートに塗布して25℃でインキュベーションした。出現したコロニーをシングルコロニーに単離した。染色体DNAをNucleon MiY Yeast DNA extraction kit(アマーシャムファルマシア製)を用いて抽出した。これをSpeIあるいはSpeIとPstI両酵素で消化して電気泳動を行いナイロンメンブレンにトランスファーした。pRH101をSacIIとSacIで消化した0.6kb断片をATIII遺伝子プローブとして、pTM004をEcoRIで消化した1.5kb断片をPNO1遺伝子プローブとしてジゴキシゲニン標識し、サザンブロット解析を行った。
【0070】
ATIII遺伝子プローブの場合はSpeIを用いたメンブレンに対し13kbのバンドが、PNO1遺伝子プローブの場合はSpeIとPstI両酵素を用いたメンブレンに対し8.2kbのバンドが出現する株を選択し、9G4株と命名した。9G4株は染色体PNO1遺伝子のHpaIとEcoRV部位までの432bpが欠失し、そこにATIII発現ユニットとHIS4遺伝子が挿入されている構造をもつ(図6)。
【実施例3】
【0071】
PNO1遺伝子制御ピキア属酵母株と産生された糖蛋白質の性状解析
(1)PNO1遺伝子制御ピキア属酵母株のアルシアンブルー染色
アルシアンブルーは塩基性のpathalocyanin系の色素であり、細胞壁の主要な負電荷であるリン酸基の程度を評価するための簡便な方法としてアルシアンブルー染色が用いられる[Ballou,C.E., Methods in Enzymology, 185, 440-470, (1990)]。野生型パン酵母株では菌体がアルシアンブルーにより染色されるが、パン酵母MNN4遺伝子変異株では染色されない。これは主に糖外鎖のリン酸化が抑制されたことを示している。そこで、ピキア属酵母PNO1遺伝子制御株の染色性を野生型ピキア属酵母株あるいはパン酵母MNN4遺伝子変異株と比較した。
【0072】
PNO1遺伝子制御株の9G4株、野生型ピキア属酵母株のGTS115株、パン酵母MNN4遺伝子変異株のLB6−5D株(MATα, mnn4-1, suc2, mal, CUP1)(ATCC No.52524)を3mlのYPD培地で72時間培養した。菌体を集め0.02N塩酸に溶解した0.1%アルシアンブルー溶液で20分間室温で染色した。この染色でLB6−5株は白色であったが、GTS115株及び9G4株は同程度に青く染色されたことから、PNO1遺伝子制御株とLB6−5株の細胞表層糖鎖は異なっていると考えられた。すなわち、Pno1蛋白質はMnn4蛋白質とは異なり、糖外鎖のリン酸化にはあまり関与していないと推察された。
【0073】
(2)組換えヒトATIII産生野生型ピキア属酵母株の作製
ピキア属酵母PNO1遺伝子制御株が産生する組換えヒトATIIIと比較する対照とするために、組換えヒトATIII産生野生型ピキア属酵母株の作製を行った。ヒトATIII発現プラスミドpRH101(図4)をSalIで消化し、P. pastoris GTS115株に塩化リチウム法を用いて形質転換した。染色体his4遺伝子座にpRH101が1コピー組み込まれている株をサザンブロット解析により選択し、この株をRH101株と命名した。
【0074】
(3)ジャーファーメンター培養および組換えヒトATIIIの精製
ヒトATIII産生野生型ピキア属酵母株RH101株とヒトATIII産生PNO1遺伝子制御株9G4株のジャーファーメンター培養を行った。ジャーファーメンター培養はABLE社の3L容ファーメンター(BMD-3)を用い、グリセロールを含有する培地で菌体を増殖させた後、メタノールを炭素源とする培地をフィードすることにより行った。増殖度をOD540値として、ATIII産生量をELISA法(酵素固相免疫測定法)にて測定し、図7に示した。その結果、増殖度およびATIII産生量は共にRH101株と9G4株で同じ挙動を示し、PNO1遺伝子制御による顕著な差は認められなかった。
【0075】
OD540値が700になるまで9G4株あるいはRH101株のジャーファーメンター培養を行い、培養上清を回収した。培養上清をSDS−PAGEおよびウエスタンブロットで分析した結果、産生された組換えATIIIは両株由来共に血漿由来ATIIIと同じ位置にメジャー画分として認められ、その他に高分子にハイグリコシレーションされたマイナーな画分が認められた。ヘパリンカラムクロマトグラフィー、陽イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、限外濾過の順に精製し、メジャー画分を組換えATIII精製品とした。
【0076】
(4)野生型酵母により産生された組換えヒトATIIIの糖鎖へのリン酸付加の確認
RH101株の産生した組換えATIII精製品を試料とし、まず、グリコペプチダーゼF(宝酒造製)[Plummer, T.H. Jr., et al., J. Biol. Chem., 259, 10700-10704, (1984)]を用いて糖鎖を切断した。糖鎖はセルロースカートリッジグリカン調製キット(宝酒造製)を用いて精製し、還元末端を2-アミノピリジンを用いてラベル化した(ピリジルアミノ化)[Hase S., et al., J. Biochem., 85, 217-220, (1979)]。陰イオン交換カラム(DEAE-5PW、東ソー製)[Nakagawa H., et al., Anal. Biochem., 226, 130-138, (1995)]を用いて分析すると、中性糖鎖だけではなく、酸性糖鎖が2種類以上含まれていることがわかった(図8(A))。
【0077】
電荷が1価であると考えられる画分を精製し、0.1N HCl,100℃,30分酸加水分解を行った。本反応により非還元末端のマンノース(Man)とリン酸の間の結合が切断されることが知られており[Tieme, T. R. et al., Biochemistry, 10, 4121-4129, (1971)]、反応後にはリン酸基を非還元末端に持つ酸性糖鎖に変換される。このとき、電荷は2価になる(図8(B))。さらに、末端のリン酸基を加水分解する酵素であるアルカリフォスファターゼ(宝酒造製)を50mMTris−HCl,pH9、1mM MgCl2溶液中で0.6unit、65℃、3時間という条件で作用させた。本反応によりリン酸基が除去され、中性糖鎖へと変換された。このことから、組換えATIIIに付加した酸性糖鎖はリン酸化によることが明らかになった(図8(C))。
【0078】
(5)野生型酵母由来組換えヒトATIIIとPNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIIIの糖鎖におけるリン酸化の比較
RH101株あるいは9G4株の産生した組換えATIII精製品を試料とし、上記と同様にピリジルアミノ化を行った。陰イオン交換カラムクロマトグラフィー(DEAE-5PW、東ソー製)で中性糖鎖と酸性糖鎖を分離した。最後に、糖鎖をサイズ毎に溶出させることができるアミドカラム(Amide-80、東ソー製)[Tomiya N., et al., Anal. Biochem., 171, 73-90, (1988)]で分析し、両者の面積を比較した。
【0079】
中性糖鎖画分はいずれも主にMan9分子〜Man12分子からなるハイマンノース糖鎖であると推定された(図9(A)、(B))。RH101株及び9G4株由来の組換えATIIIに付加した酸性糖鎖含量を(酸性糖鎖面積総和)/(中性糖鎖面積総和+酸性糖鎖面積総和)により計算すると、RH101株では26%であったが、9G4株では1%と酸性糖鎖の割合が大きく低下していた(図9)。
【0080】
以上の結果より、PNO1遺伝子制御株では野生型酵母に比して、産生された糖蛋白質のコア類似糖鎖に付加するリン酸基が大幅に減少していることが明らかになった。パン酵母MNN4遺伝子制御株では、コア類似糖鎖に付加する酸性糖鎖は糖鎖全体の30%弱であるのに対し[特開平9-266792号公報]、ピキア属酵母PNO1遺伝子制御株の場合は1%であり、酸性糖鎖を減少させる従来の方法より優れていた。
【0081】
パン酵母MNN4遺伝子制御株では、野生株に比べてコア類似糖鎖に付加する酸性糖鎖の減少の割合が小さいが[特開平9-266792号公報]、ピキア属酵母PNO1遺伝子制御株の場合は、野生株に比べて1/26と大幅に減少した。パン酵母MNN4遺伝子とピキア属酵母PNO1遺伝子のホモロジーが一部を除いて低いこと、パン酵母MNN4遺伝子制御株とピキア属酵母PNO1遺伝子制御株のアルシアンブルー染色の程度が異なることから、PNO1遺伝子はMNN4遺伝子とは機能が異なる新規遺伝子であることが示唆された。
【0082】
(6)野生型酵母由来組換えヒトATIIIとPNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIIIの抗原性比較
野生型ピキア属酵母由来組換えヒトATIII及びPNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIIIを水酸化アルミニウムゲルアジュバント(SERVA製)とともに12週齢の日本白色種雄性ウサギ(北山ラベス)に免疫を行い、各組換えヒトATIIIに対する抗血清を得た。
【0083】
血漿由来ヒトATIIIによる各抗血清と抗原との阻害反応、即ち固相化した野生型ピキア属酵母由来組換えヒトATIIIあるいはPNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIIIと抗血清との結合反応における血漿由来ヒトATIIIによる阻害をELISAで評価した。その結果、抗PNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIII抗体では抗野生型ピキア属酵母由来組換えヒトATIII抗体より低濃度の血漿由来ヒトATIIIにより阻害反応が生じることが明らかとなった(図10)。従って、野生型ピキア属酵母由来組換えヒトATIIIと比較し、酵母由来組換えヒトATIIIに特異的なエピトープは、PNO1遺伝子制御株由来組換えヒトATIIIにおいて減少していると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、ピキア属酵母に由来する糖蛋白質の糖鎖へのマンノースリン酸付加に携わる蛋白質およびその遺伝子を初めて提供するものである。当該糖蛋白質の糖鎖へのマンノースリン酸付加に携わる蛋白質およびその遺伝子の提供は、酵母における糖蛋白質の糖鎖へのマンノースリン酸付加の機序を解明するための基礎となりうる点で有用である。本発明によれば、糖鎖へのリン酸付加を著しく減少させた医薬上有用な糖蛋白質を産生するピキア属酵母を提供することができる。本発明のピキア属酵母株を用いて糖鎖に付加したリン酸を著しく減少させた医薬上有用な糖蛋白質を生産することができる。本発明の手法を用いて生産された糖蛋白質は、糖鎖に付加したリン酸が著しく減少しているために、ヒトや動物に対する抗原性が少ないことが推察され、医薬上有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変異型ピキア属酵母を用いて、ヒトあるいは動物の遺伝子組換え糖蛋白質を製造する方法において、変異型ピキア属酵母由来の組換え糖蛋白質と野生型ピキア属酵母由来の組換え糖蛋白質と比較して、酵母由来の組換え糖蛋白質に特異的なエピトープが減少していることを特徴とする製造方法。
【請求項2】
前記比較は、免疫学的な方法により行うことを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記比較は、変異型ピキア属酵母由来の糖蛋白質及び野生型ピキア属酵母由来の糖蛋白質を抗原として、それぞれ、免疫して得られる抗血清と抗原糖蛋白質との結合がヒトあるいは動物由来の糖蛋白質により阻害されるかどうかにより行うことを特徴とする請求項1又は2のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記比較は、変異型ピキア属酵母由来のヒトあるいは動物の遺伝子組換え糖蛋白質のコア類似糖鎖のマンノースリン酸転移が、野生型ピキア属酵母由来のヒトあるいは動物の遺伝子組換え糖蛋白質のコア類似糖鎖のマンノースリン酸転移よりも低いことを確認することである請求項1〜3のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記減少は、変異型ピキア属酵母由来のコア類似糖鎖のマンノースリン酸転移が、野生型ピキア属酵母由来のコア類似糖鎖のマンノースリン酸転移と比較して、少なくとも糖鎖全体の10%以下である請求項1〜4のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記変異型ピキア属酵母が、Pichia pastoris、Pichia finlandica、Pichia trehalophila、Pichia koclamae、Pichia membranaefaciens、Pichia methanolica、Pichia opuntiae、Pichia thermotolerans、Pichia salictaria、Pichia guercum又はPichia pijperiである請求項1〜5のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項7】
前記変異型ピキア属酵母が、PNO1遺伝子の発現が抑制されている請求項1〜6のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項8】
前記PNO1遺伝子が、配列番号3に記載のアミノ酸をコードするヌクレオチド、又は配列番号3に記載のアミノ酸配列に1ないしは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入、及び/若しくは付加がされたアミノ酸配列をコードするヌクレオチド、を含む遺伝子である請求項1〜7のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項9】
前記PNO1遺伝子が、配列番号1に記載のアミノ酸配列、又は、配列番号1に記載のアミノ酸配列に1ないしは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入、及び/若しくは付加がされたアミノ酸をN末端に有し、並びにピキア属酵母が生産する糖蛋白質のコア類似糖鎖におけるマンノースリン酸を持つ糖鎖の生成に関与する蛋白質のアミノ酸配列をコードするヌクレオチドを含む遺伝子である請求項1〜8のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項10】
前記変異型ピキア属酵母が、野生型ピキア属酵母と比較して、増殖性及び/又は糖蛋白質の産生量が低下しない請求項1〜9のいずれか1に記載の製造方法。
【請求項11】
前記変異型ピキア属酵母が、糖鎖伸長遺伝子制御株である請求項1〜10のいずれか1に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−105652(P2012−105652A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−282526(P2011−282526)
【出願日】平成23年12月24日(2011.12.24)
【分割の表示】特願2001−584525(P2001−584525)の分割
【原出願日】平成13年5月16日(2001.5.16)
【出願人】(000002956)田辺三菱製薬株式会社 (225)
【Fターム(参考)】