説明

野生型4クマロイルCoA合成酵素および変異型酵素によるアミドおよびペプチドの生産

【課題】従来有機合成に頼っていたアミド結合の形成に生体触媒機能を改変して適用することにより、ラセミ化の生じない、かつ保護基を必要としないアミド結合の形成方法が可能な手段などを提供する。
【解決手段】4クマロイルCoA合成酵素のカルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸配列中の少なくとも1アミノ酸を置換した変異型4クマロイルCoA合成酵素であって、当該置換により少なくともジペプチド合成能を獲得してなる酵素。前記置換は、具体的にはチロシン残基からフェニルアラニン残基への置換またはグルタミン残基からアラニン残基への置換である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物由来の新規二次代謝酵素および当該酵素の新規用途に関する。
【背景技術】
【0002】
天然有機化合物の生合成に関わる二次代謝酵素のなかには、極めて寛容な基質特異性と潜在的触媒能力を有するものがあり、しかも微妙な構造の違いで酵素触媒機能が大きく変化するため、人為的な機能制御と分子多様性創出の格好のモデルとなりうる。
4クマロイルCoA合成酵素(4-Coumaroyl-CoA Ligase;4CL)は、フラボノイドやリグニンなどの植物フェニルプロパノイドの生合成における鍵酵素である。4CLは4−クマル酸、ATP、CoASHを基質として4クマロイルCoAチオエステルを生成する酵素である。本酵素反応は2段階からなり、まず4−クマル酸がATPによりアデニル化中間体に変換されることにより活性化され、次にCoASHとチオエステルを形成して反応は終結する(図1、非特許文献1)。
【0003】
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来4CLのうち、At4CL2は、大腸菌に異種発現可能な、分子量60kDaの単量体からなる可溶性タンパクであり、比較的安定で良く研究がなされている酵素である(非特許文献2、3)。これまでにグラミシジンS合成酵素(NRPS)のアデニル化ドメインの結晶構造を鋳型とするホモロジーモデルに基づき、開始基質カルボン酸結合ポケットに部位特異的変異を導入することで、開始基質に対する特異性が変化し、クマル酸の代わりに、桂皮酸やシナピン酸を活性化することなどが報告されているものの(非特許文献3)、チオール側基質の特異性については報告がない。
【0004】
このように開始基質のカルボキシル基がアデニル化中間体に活性化される過程は、4CL以外にも、脂肪酸CoA合成酵素、非リボソーム依存型ペプチド合成酵素(NRPS)のアデニル化ドメイン、また、ルシフェラーゼなどに共通するものであり(図1)、実際これら一連の酵素ではAMP結合部位の配列が保存されており、ANL(Acyl-CoA synthetases, the NPRS adenylation domains, the Luciferase enzymes)スーパーファミリー酵素を構成することが知られている(非特許文献1)。ANLスーパーファミリー酵素は、全体では互いに低いアミノ酸配列相同性しか示さないものの、カルボン酸が結合する大きなN末端ドメインと触媒残基を含む小さなC末端ドメインから構成される、ほぼ同様なタンパク全体構造を共有し、アデニル化反応の進行に伴いC末端ドメインが大きな動的構造変化を起こすことが報告されている(非特許文献1)。また興味深いことに、最近、ニトリル分解菌Pseudomonas chlororaphis由来アシルCoA合成酵素が、CoA以外にもL−システインを基質として、本来のチオエステルC−S結合の代わりにアミドC−N結合を形成して、N−アシルシステインを生成することが報告されている(非特許文献4)。
【0005】
アミドおよびアミド結合からなるペプチド化合物は、タンパク質等の生体内成分の類似化合物として様々な生理活性を有し、ペプチド創薬などとして医薬品の開発現場から期待が寄せられている。従来からペプチドの合成は、もっぱら有機化学的手法を用いている。ペプチドの有機化学的合成においては、スクシンイミドなどの活性エステルと、ジシクロヘキシルカルボジイミド、WSCIなどの縮合剤およびHOBtなどの活性化剤とを利用してアミド結合が形成される。しかし、化学合成方法では、ラセミ化を引き起こしやすい点、縮合に関与しない官能基を予め保護しておく必要がある点などの問題がある。これらの問題点を克服し、ラセミ化の可能性がなく、不必要な保護基を必要としないアミド結合を形成する方法が存在すれば、その利用価値は極めて高い。
【0006】
一方、特定のアミノ酸に由来する(ポリ)アミドを合成する酵素は知られており、上記したニトリル分解菌Pseudomonas chlororaphis由来アシルCoA合成酵素もL−システインとのアミド結合を形成する。しかし、開始基質のカルボキシル基を活性化し、チオエステル結合を触媒する酵素は、4CL以外にも、脂肪酸CoA合成酵素、NRPSに見出されるが、これらの触媒能を利用して実際のペプチド合成に応用しようとした研究例はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Gulick, A. M., ACS Chem. Biol. 4, 811-827 (2009)
【非特許文献2】Stuible, H.-P. and Kombrink, E., J. Biol. Chem. 276, 26893-26897 (2001)
【非特許文献3】Schneider, K. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 8601-8606 (2003)
【非特許文献4】Abe, T. et al., J. Biol. Chem. 283, 11312-11321 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように、様々なアミノ酸を基質として認識し、ジペプチドからポリアミド(ポリペプチド)へ縮合する酵素については、知られていない。本発明の解決しようとする課題は、従来有機合成に頼っていたアミド結合の形成に生体触媒機能を改変して適用することにより、ラセミ化の生じない、かつ保護基を必要としないアミド結合の形成方法が可能な手段などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、クマル酸のチオエステル結合形成を触媒する4クマロイルCoA合成酵素に着目し、当該酵素がチオエステル結合のみならず、アミド結合も生成させることを見出した。本発明者らは、さらに当該酵素の立体構造を鋭意研究し、野生型酵素の1アミノ酸置換変異体を創出した。創出された変異型酵素は、野生型特有の基質特異性の壁を克服し、汎用性の高いペプチド合成能を獲得したことを検証し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕 4クマロイルCoA合成酵素のカルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸配列中の少なくとも1アミノ酸を置換した変異型4クマロイルCoA合成酵素であって、当該置換により少なくともジペプチド合成能を獲得してなる酵素。
〔2〕 前記置換がチロシン残基からフェニルアラニン残基への置換またはグルタミン残基からアラニン残基への置換である〔1〕に記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素。
〔3〕 下記(A1)〜(A10)のアミノ酸配列を含む、〔1〕または〔2〕に記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素:
(A1)配列番号1のアミノ酸配列において253位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、345位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A2)配列番号2のアミノ酸配列において260位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、352位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A3)配列番号3のアミノ酸配列において263位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、355位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A4)配列番号4のアミノ酸配列において268位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、360位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A5)配列番号5のアミノ酸配列において241位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、333位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A6)配列番号6のアミノ酸配列において241位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、333位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A7)配列番号7のアミノ酸配列において246位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、338位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A8)配列番号8のアミノ酸配列において239位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、331位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A9)配列番号9または10のアミノ酸配列;または
(A10)上記(A1)〜(A9)のいずれかのアミノ酸配列の上記置換部位以外の位置において、さらに1〜数個のアミノ酸が置換、欠失または付加の変異が導入されてなるアミノ酸配列であって、当該変異導入後のアミノ酸配列からなるタンパク質がジペプチド合成能を有するアミノ酸配列。
〔4〕 〔1〕〜〔3〕いずれかに記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素をコードする遺伝子。
〔5〕 下記(B1)〜(B10)のポリヌクレオチドを含む、〔4〕に記載の遺伝子:
(B1)配列番号11の塩基配列において757〜759位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1033〜1035位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B2)配列番号12の塩基配列において778〜780位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンコードする塩基配列に置換されるか、1054〜1056位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B3)配列番号13の塩基配列において787〜789位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1063〜1065位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B4)配列番号14の塩基配列において802〜804位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1078〜1080位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B5)配列番号15の塩基配列において721〜723位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、997〜999位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B6)配列番号16の塩基配列において721〜723位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、997〜999位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B7)配列番号17の塩基配列において736〜738位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1012〜1014位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B8)配列番号18の塩基配列において715〜717位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、991〜993位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B9)配列番号19または20の塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(B10)上記(B1)〜(B9)のいずれかの塩基配列と70%以上の配列同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチドからなり、かつジペプチド合成能を有する酵素をコードするポリヌクレオチド。
〔6〕 〔4〕または〔5〕に記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
〔7〕 〔6〕に記載の組換えベクターを導入してなる形質転換体。
〔8〕 〔1〕〜〔3〕いずれかに記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素を、カルボン酸を含む基質、アミンを含む基質およびATP存在下で反応させる工程を含む、アミド結合を有する化合物の製造方法。
〔9〕 〔7〕に記載の形質転換体を、カルボン酸を含む基質、アミンを含む基質およびATP存在下で培養する工程を含む、アミド結合を有する化合物の製造方法。
〔10〕 カルボン酸を含む基質およびアミンを含む基質がアミノ酸であり、アミド結合を有する化合物がペプチドである、〔8〕または〔9〕に記載の製造方法。
〔11〕 4クマロイルCoA合成酵素を、クマル酸またはその他のカルボン酸、アミンを含む基質およびATP存在下かつCoASH非存在下で反応させる工程を含む、アミド結合を有する化合物の製造方法。
〔12〕 アミド結合を有する化合物がクマル酸アミドである、〔11〕に記載の製造方法。
〔13〕 アミド結合を有する化合物がカプサイシンである、〔11〕に記載の製造方法。
〔14〕 4クマロイルCoA合成酵素が野生型4クマロイルCoA合成酵素である、〔11〕〜〔13〕いずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の変異型4クマロイルCoA合成酵素は、野生型酵素に比べて基質特異性が大幅に拡張し、汎用性の高い酵素であり、様々な基質間のアミド結合を形成することができる。本発明の変異型4クマロイルCoA合成酵素を用いたアミド化合物の製造方法は、有機合成方法に比べて、クリーンかつマイルドな条件下でジペプチド、生理活性アミドなどを効率的に製造することができる。本発明の変異型4クマロイルCoA合成酵素およびそれを用いた製造方法は、適切なカルボン酸およびアミンを基質として選択することにより、医薬品、化粧品、食品(機能性食品)の原材料として有用な様々なアミド化合物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、4CLおよびANLスーパーファミリー酵素の反応機構の比較を示す。
【図2】図2は、シロイヌナズナ(A.thaliana)由来4CLの各種L−アミノ酸に対するアミドリガーゼ活性を示す。グラフの縦軸は、得られたHPLCの結果においてAMPのピーク比から計算されたAMPの総量(μM)を示す。
【図3】図3は、A.thaliana由来4CLが産生したクマル酸アミドの化学構造を示す。
【図4】図4は、A.thaliana由来4CLが示す寛容な基質特異性により生産された生物活性アミドの化学構造を示す。
【図5】図5は、A.thaliana由来4CLのホモロジーモデル(立体構造全体:左)とモデルから類推されるクマル酸結合部位(右)を示す。
【図6】図6は、4CL野生型および変異型酵素のCoA合成活性(左)とジペプチド合成活性(右)を示す。図中、WTは野生型を示す。グラフの縦軸は、得られたHPLCの結果においてAMPのピーク比から計算されたAMPの総量(μM)を示す。
【図7】図7は、4CL Q345A変異型酵素の各種L−アミノ酸に対するジペプチド合成活性を示す。グラフの縦軸は、得られたHPLCの結果においてAMPのピーク比から計算されたAMPの総量(μM)を示す。
【図8】図8は、4CL遷移状態中間体アナログの化学構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本明細書において、アミノ酸、(ポリ)ペプチド、(ポリ)ヌクレオチドなどの略号による表示は、IUPAC−IUBの規定〔IUPAC-IUB Communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138: 9 (1984)〕、「塩基配列またはアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(日本国特許庁編)、および当該分野における慣用記号に従う。
【0014】
1.変異型4クマロイルCoA合成酵素(変異型4CL)
本発明は、4クマロイルCoA合成酵素のカルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸配列中の少なくとも1アミノ酸を置換した変異型4クマロイルCoA合成酵素(以下、「本発明の変異型4CL」または「変異型4CL」と省略する場合がある)を提供する。
【0015】
4クマロイルCoA合成酵素(以下、「4CL」と省略する場合がある)とは、4−クマル酸CoAリガーゼとも称され、フェニルプロパノイド経路生合成の基質である4クマロイルCoAを生成する酵素であり、EC.6.2.1.12に属する酵素である。「変異型4CL」は、4クマロイルCoAを生成する活性を保持しているという観点から分類する場合、「4CL」に含まれる。「野生型4CL」とは、「4CL」から「変異型4CL」を除く目的で使用される。
【0016】
4CLのカルボン酸結合ポケットとは、本発明者らが新たに構築した、ルシフェラーゼを鋳型とするホモロジーモデルに基づく4CLのカルボン酸基質との結合部位をいう。シロイヌナズナ由来At4CL2を対象としたホモロジーモデルおよび基質クマル酸との結合ポケットを図5に示す。
【0017】
カルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸残基は、At4CL2(配列番号1)の場合、Ile-252、Tyr-253、Asn-256、Met-293、Lys-320、Gly-322、Ala-323、Gly-346、Gly-348、Pro-354、Val-355およびLeu-356を含む(Schneider, K. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 8601-8606 (2003)、Fig.3を参照)。本発明においては、At4CL2から見出されたカルボン酸結合ポケットのアミノ酸配列と他の4CLのアミノ酸配列の相同性に基づいて、At4CL2以外の他の4CLのカルボン酸結合ポケットおよび当該ポケット内に存在する対応するアミノ酸残基の位置を類推することが可能である。
【0018】
カルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸配列中の少なくとも1アミノ酸の置換とは、野生型酵素にはないジペプチド合成能を獲得するための置換である。好ましくは、カルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸配列中のチロシン残基からフェニルアラニン残基への置換またはグルタミン残基からアラニン残基への置換であり、チロシン残基からフェニルアラニン残基への置換とグルタミン残基からアラニン残基への置換からなる2アミノ酸の置換であってもよい。
【0019】
前記した1アミノ酸の置換は、4CLをコードする遺伝子に対して部位特異的突然変異誘発法などの自体公知の方法を用いて導入することができる。
【0020】
本発明の「少なくともジペプチド合成能を獲得する」における「少なくともジペプチド合成能」とは、任意のアミノ酸(1種)を基質としてATPの存在下、ホモジペプチドを合成する特性をいう。ジペプチド合成能は、2種のアミノ酸からなるジペプチドを合成する特性であってもよく、1種または2種以上のアミノ酸からなるポリペプチドを合成する特性であってもよい。「ジペプチド合成能」の測定は、本発明の酵素を、任意のアミノ酸(1種)を基質としてATPの存在下で反応させ、反応物をTLCまたはHPLC等のクロマトグラフィーを用いてジペプチド合成の有無を検出することにより行うことができる。測定方法の詳細は、実施例8に記載されている。
【0021】
本発明で用いられる4CLは、いかなる植物または細菌由来の4CLであってもよい。例えば、Arabidopsis thaliana、Eucalyptus camaldulensis、Populus trichocarpa、Nicotiana tabacum、Galega orientalis、Pinus massoniana、Pinus taedaなどの植物由来、Streptomyces coelicolor、Streptomyces lividans、Streptomyces griseoflavus、Streptomyces ghanaensisを始めとする放線菌などの細菌由来の4CLがあげられるが、これらに限定されない。
【0022】
野生型4CLは、Arabidopsis thaliana由来の4CL2(AT3G21240、GeneID:821678、配列番号1)、4CL1(AT1G51680、GeneID:841593、配列番号2)、4CL3(AT1G65060、GeneID:842814、配列番号3)、4CL5(AT3G21230、GeneID:821677、配列番号4);Eucalyptus camaldulensis由来の4CL(Genbank Accession No. ACY66928.1、配列番号5)および4CL(Genbank Accession No. AAZ79469.1、配列番号6);Galega orientalis由来の4CL(Genbank Accession No.ACZ64784.1、配列番号7);Pinus massoniana由来の4CL(Genbank Accession No. ACO40513.1、配列番号8)などが好ましい。これらの野生型4CLは、カルボン酸結合ポケットのアミノ酸配列間の相同性が高く、本発明により見出された1アミノ酸の置換により酵素活性が大きくシフトすることが期待される。
【0023】
本発明の変異型4CLは、野生型4CLに上述した1アミノ酸の置換を導入することにより容易に得ることができる。好適には、以下に示すような置換が導入されたアミノ酸配列を含む。
(A1)配列番号1のアミノ酸配列において253位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、345位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A2)配列番号2のアミノ酸配列において260位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、352位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A3)配列番号3のアミノ酸配列において263位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、355位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A4)配列番号4のアミノ酸配列において268位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、360位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A5)配列番号5のアミノ酸配列において241位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、333位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A6)配列番号6のアミノ酸配列において241位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、333位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A7)配列番号7のアミノ酸配列において246位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、338位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;または
(A8)配列番号8のアミノ酸配列において239位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、331位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列。
【0024】
本発明の好ましい変異型4CLは、上記(A1)に記載された1アミノ酸置換が導入されたアミノ酸配列、具体的には
(A9)配列番号9または10のアミノ酸配列を含む(好ましくは当該アミノ酸配列からなる)。配列番号9または10のアミノ酸配列からなる変異型4CLを、それぞれY253FおよびQ345Aと称する。
【0025】
本発明の変異型4CLは、
(A10)上記(A1)〜(A9)のいずれかのアミノ酸配列の上記置換部位以外の位置において、さらに1〜数個のアミノ酸が置換、欠失または付加の変異が導入されてなるアミノ酸配列であって、当該変異導入後のアミノ酸配列からなるタンパク質がジペプチド合成能を有するアミノ酸配列を含むものであってもよい。ここで、置換、欠失または付加されるアミノ酸の数は、変異型4CLのジペプチド合成能が保持される限り限定されないが、例えば約1〜30個、好ましくは約1〜20個、より好ましくは約1〜10個、さらにより好ましくは約1〜5個、最も好ましくは1または2個である。アミノ酸の置換、欠失または付加が施される位置も、ジペプチド合成能が保持される限り特に限定されない。好適な具体例として、配列番号1のアミノ酸配列において253位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換され、さらに345位のグルタミン残基にアラニン残基の置換が導入されたアミノ酸配列、逆に、配列番号1のアミノ酸配列において345位のグルタミン残基がアラニン残基に置換され、さらに253位のチロシン残基にフェニルアラニン残基の置換が導入されたアミノ酸配列を含む変異型4CLが例示される。同様に、配列番号2〜8のアミノ酸配列においても、配列番号1と同様な2アミノ酸の置換が導入されたアミノ酸配列を含む変異型4CLがあげられる。
【0026】
2.変異型4CL遺伝子
本発明は、前記変異型4CLをコードする遺伝子(単に変異型4CL遺伝子または変異型4CL DNAと称する場合がある)を提供する。
本明細書において「遺伝子」または「DNA」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAを包含する趣旨で用いられる。またその長さによって特に制限されるものではない。従って、本明細書において遺伝子(DNA)とは、特に言及しない限り、ゲノムDNAを含む2本鎖DNAおよびcDNAを含む1本鎖DNA(正鎖)並びに該正鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(相補鎖)、およびこれらの断片のいずれもが含まれる。また当該「遺伝子」または「DNA」には、特定の塩基配列(配列番号:11〜20)で示される「遺伝子」または「DNA」だけでなく、これらによりコードされるタンパク質と生物学的機能が同等であるタンパク質(例えば同族体(ホモログやスプライスバリアントなど)および誘導体)をコードする「遺伝子」または「DNA」が包含される。なお、遺伝子またはDNAは、機能領域の別を問うものではなく、例えば発現制御領域、コード領域、エキソン又はイントロンを含むことができる。
本明細書において「ポリヌクレオチド」とは、上記「遺伝子」を化学構造の観点から見た場合の概念を示し、「ポリ」とは2以上(好ましくは10〜10000個程度、より好ましくは20〜5000個程度)のヌクレオチドの数を意味し、「ヌクレオチド」にはDNAのみならずRNAをも含む。
【0027】
野生型4CLをコードする遺伝子は、Arabidopsis thaliana由来の4CL2(AT3G21240、GeneID:821678、配列番号11)、4CL1(AT1G51680、GeneID:841593、配列番号12)、4CL3(AT1G65060、GeneID:842814、配列番号13)、4CL5(AT3G21230、GeneID:821677、配列番号14);Eucalyptus camaldulensis由来の4CL(Genbank Accession No. ACY66928.1、配列番号15)および4CL(Genbank Accession No. AAZ79469.1、配列番号16);Galega orientalis由来の4CL(Genbank Accession No.ACZ64784.1、配列番号17);Pinus massoniana由来の4CL(Genbank Accession No. ACO40513.1、配列番号18)などが好ましい。これらの野生型4CLをコードする遺伝子は、カルボン酸結合ポケットに対応する塩基配列間の相同性が高く、本発明により見出された1アミノ酸の置換を可能ならしめる変異を導入することにより、酵素活性が大きくシフトすることが期待される。
【0028】
本発明の変異型4CL遺伝子は、野生型4CL遺伝子に上述した1アミノ酸の置換を可能ならしめる変異を導入することにより容易に得ることができる。チロシンからフェニルアラニンへの置換のためには、チロシンをコードするコドン(TATまたはTAC)に対するフェニルアラニンをコードするコドン(TTTまたはTTC)の変異導入、好ましくは点突然変異導入があげられる。グルタミンからアラニンへの置換のためには、グルタミンをコードするコドン(CAAまたはCAG)に対するアラニンをコードするコドン(GCT、GCC、GTAまたはGCG)の変異導入があげられる。
【0029】
変異導入遺伝子は、Kunkel法や Gapped duplex法などの公知の手法またはこれに準ずる方法により、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キットを用いて、あるいは、QuickChangeTM XL Kit(Stratagene)などを用いて調製することができる。
【0030】
好適には、変異型4CL遺伝子は、以下に示すような塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む。
(B1)配列番号11の塩基配列において757〜759位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1033〜1035位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B2)配列番号12の塩基配列において778〜780位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンコードする塩基配列に置換されるか、1054〜1056位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B3)配列番号13の塩基配列において787〜789位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1063〜1065位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B4)配列番号14の塩基配列において802〜804位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1078〜1080位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B5)配列番号15の塩基配列において721〜723位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、997〜999位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B6)配列番号16の塩基配列において721〜723位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、997〜999位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B7)配列番号17の塩基配列において736〜738位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1012〜1014位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(B8)配列番号18の塩基配列において715〜717位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、991〜993位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0031】
本発明の好ましい変異型4CL遺伝子は、上記(B1)に記載された1アミノ酸置換を可能ならしめる突然変異が導入された塩基配列からなるポリヌクレオチド、具体的には
(B9)配列番号19または20の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む。配列番号19または20の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含む変異型4CL遺伝子を、それぞれY253F遺伝子(DNA)およびQ345A遺伝子(DNA)と称する。
【0032】
また、本発明の変異型4CL遺伝子は、
(B10)上記(B1)〜(B9)のいずれかの塩基配列と70%以上の配列同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチドからなり、かつジペプチド合成能を有する酵素をコードするポリヌクレオチドを含むものであってもよい。かかるポリヌクレオチドには、変異型4CL遺伝子の縮重異性体も含まれる。縮重異性体とは、縮重コドンにおいてのみ異なっていて同一のタンパク質をコードすることのできるDNAを意味する。例えば、配列番号19または20の塩基配列からなるDNAに対して、そのアミノ酸のどれかに対応するコドン、例えばPheに対応するコドン(TTC)が、これと縮重関係にある例えばTTTに変わったものを本発明では縮重異性体と呼ぶものとする。
【0033】
ここで、「70%以上の配列同一性」とは、コードする変異型4CLのジペプチド合成能が保持される限り限定されないが、塩基配列間で約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、更に好ましくは約95%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有することをいう。本明細書における塩基配列の同一性(%)は、当該分野で慣用のホモロジー検索プログラム(例えば、BLAST、FASTA等)を初期設定で用いて決定することができる。本発明において、塩基配列の「同一性」とは、比較する2種の塩基配列を整列(アラインメント)させ、整列により一致した塩基配列の数を基準となる塩基配列の総数で除して算出した割合を%で示した数字である。なお、整列により生じたギャップは、不一致と見なして算出する。
【0034】
3.組換えベクター
本発明の組換えベクターは、上記2.の遺伝子を適当なベクターに導入することにより構築することができる。ここで、ベクターとしては、導入する宿主に応じて適宜選択することが好ましい。
【0035】
植物導入用ベクターとしては、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる、pBI系、pPZP系、pSMA系のベクターなどが好適に用いられる。特にpBI系のバイナリーベクターまたは中間ベクター系が好適に用いられ、例えば、pBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3等が挙げられる。バイナリーベクターとは大腸菌(Escherichia coli)及びアグロバクテリウムにおいて複製可能なシャトルベクターで、バイナリーベクターを保持するアグロバクテリムを植物に感染させると、ベクター上にあるLB配列とRB配列より成るボーダー配列で囲まれた部分のDNAを植物核DNAに組み込むことが可能である(EMBO Journal, 10(3), 697-704 (1991))。一方、pUC系のベクターは、植物に遺伝子を直接導入することができ、例えば、pUC18、pUC19、pUC9等が挙げられる。また、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等の植物ウイルスベクター等も用いることができる。
【0036】
昆虫細胞システムにはバキュロウイルス由来のベクター等を用いることができる。酵母においても、ADHもしくはLEU2のような構成的なプロモーターまたはGALのような誘導的プロモーターを含んでいる多くのベクターを使用することができる。
【0037】
大腸菌を始めとする細菌導入用ベクターとしては、上述したpBI系のバイナリーベクター、pUC系のベクターなどがあげられる。
【0038】
また、当業者であれば、本発明の実施のために、これら以外の適当なベクターを極めて容易に選択することができる。なお、使用されるベクターに従って、多くの適切な転写および翻訳要素、例えば構成的又は誘導的なプロモーター、転写エンハンサー要素、転写ターミネーター等を使用できるが、これらの要素は、当業者にとって公知のものである。
【0039】
本発明の遺伝子は、その遺伝子の機能が発現されるようにベクターに組み込まれることが必要である。そこで、ベクターには、遺伝子の上流、内部、あるいは下流に、プロモーター、イントロン、エンハンサー、翻訳終止コドン、ターミネーター、ポリA付加シグナル、5’−UTR配列、選抜マーカー遺伝子等の構成要素を含むことができる。これらは、公知のものを適宜組み合わせて用いることができる。
【0040】
プロモーターとしては、DNAが目的の宿主で発現されるようなプロモーターを用いればよい。かかるプロモーターは、発現ベクターとして市販されている種々のベクターに組み込まれており、当該ベクターから単離することができる。また、イントロン、エンハンサー、翻訳終止コドン、ターミネーター、ポリA付加シグナル、5’−UTR配列、選択マーカー遺伝子等の構成要素も同様に発現ベクターとして市販されている種々のベクターに組み込まれており、これらの構成要素も、当該ベクターから単離することができる。
【0041】
ベクターに遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0042】
4.形質転換体
「形質転換」とは、ある細胞にとって新しい(外来性の)DNAを導入することによって、その細胞が永久的な遺伝子変化を起こすことを意味している。細胞が哺乳動物細胞である場合には、永久的な遺伝子変化は、その細胞のゲノム中にDNAが導入されることによって達成される。「形質転換体」は、前記組換えベクターを用いて目的の宿主を形質転換することにより容易に得られる。
【0043】
宿主が真核生物である場合には、リン酸カルシウム法、マイクロインジェクション、エレクトロポレーション、リポソーム、ウイルスベクターによって、DNAを真核細胞にトランスフェクションすることができる。また、本発明のタンパク質をコードしているDNA分子と、選択可能な形質(例えば単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ遺伝子)をコードしている第2のDNA分子とを共に真核細胞にトランスフェクションして形質転換体を選別することができる。形質転換された真核細胞は、当該細胞の増殖に適した培地中で所定の条件下で培養することにより、本発明のタンパク質を発現させることができる。
【0044】
哺乳動物細胞として使用可能な宿主細胞株としては、例えば、CHO、VERO、BHK、HeLa、COS、MDCK、Jurkat、HEK−293、WI38などがあげられる。昆虫細胞として使用可能な宿主細胞株としては、例えば、Sf9などがあげられる。酵母細胞として使用可能な宿主細胞株としては、例えば、Saccharomyces cerevisiaeなどがあげられる。
【0045】
宿主が原核細胞(例えば大腸菌)であるときには、DNAの取り込み能力を有するコンピテント細胞は、当業者に周知の手順によって、塩化カルシウム法で処理することで準備できる。形質転換は、エレクトロポレーション等の代替方法によっても実行することができる。また、本発明のタンパク質をコードしているDNA分子と、選択可能な形質(例えば、アンピシリン、カナマイシン等の抗生物質に耐性な遺伝子)をコードしている第2のDNA分子とを共に原核細胞にトランスフェクションして形質転換体を選別することができる。形質転換された原核細胞は、当該細胞の増殖に適した培地中(好ましくは、抗生物質存在下)で所定の条件下で培養することにより、本発明のタンパク質を発現させることができる。
【0046】
本発明の変異型4CLは、原核生物において本発明の組換えベクターを用いて当該変異型4CLをコードしているDNAを発現させることによって得ることが好ましい。例えば、宿主として大腸菌を用いた場合、大腸菌を大規模スケールで培養することによって、変異型4CLを発現させることが可能である。
【0047】
本発明の変異型4CLを発現した後の単離又は精製の技術については、従来より公知の手段、例えばクロマトグラフ分離、硫安沈殿、及び抗原又は抗体(モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体)を利用した免疫学的な分離方法によって行うことができる。
【0048】
例えば、本発明の変異型4CLを大腸菌等の微生物から精製するには、ニッケルキレートクロマトグラフィーを用いて、一つの工程で純化するための標識をタンパク質の配列中に持たせることによって単純化できる。例えば、複数個(好ましくは、5個〜15個)のヒスチジン残基からなるポリヒスチジン標識を本発明の変異型4CLのアミノ末端又はカルボキシル末端に組み込んでポリヒスチジンで標識し、ニッケルキレートクロマトグラフィーを用いて、一つの工程でタンパク質の単離を効率よく行うことができる。本発明の変異型4CLには、回収を良好にする目的で、適当な酵素の切断部位を含むように設計することもできる。
【0049】
5.形質転換植物体
上記3.で調製した組換えベクターを用いて、対象植物の細胞を形質転換し、再生することで本発明の変異型4CLを保有する形質転換植物体を調製することができる。
【0050】
形質転換植物体を調製する際には、既に報告され、確立されている種々の方法を適宜利用することができ、その好ましい例として、例えば、生物学的方法としては、ウイルス、アグロバクテリウムのTiプラスミド、Riプラスミド等をベクターとして用いる方法が挙げられ、物理学的方法としては、エレクトロポレーション、ポリエチレングリコール、パーティクルガン、マイクロインジェクション(Plant Genetic Transformation and Gene Expression; a laboratory manual, J. Draper et al. 編, Blackwell Scientific Publication (1988))、シリコンウイスカー(Euphytica, 85, 75-80 (1995); In Vitro Cell. Dev. Biol., 31, 101-104 (1995); Plant Science, 132, 31-43 (1998))、リポソーム、バキューム インフィルトレーション(CR Acad. Sci. Paris, Life Science, 316 :1194(1993))等の手段によって遺伝子を導入する方法等が挙げられる。当該導入方法については、当業者であれば適宜選択し、使用することができる。
【0051】
一般に、植物に導入した遺伝子は、宿主植物のゲノム中に組み込まれるが、その場合、導入されるゲノム上での位置が異なることにより導入遺伝子の発現が異なるポジションイフェクトと呼ばれる現象が見られるので、導入遺伝子の確認が必要である。
【0052】
遺伝子が植物体に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法等により行うことができる。例えば、形質転換植物体からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動などの電気泳動を行い、臭化エチジウム溶液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。
【0053】
本発明において形質転換に用いられる植物としては、イネ、サトイモ等の単子葉植物、シロイヌナズナ、タバコ等の双子葉植物などの細胞があげられ、特に好ましい植物の種類としては、シロイヌナズナ、タバコなどがあげられる。
【0054】
本発明において、形質転換の対象とする植物材料としては、例えば、生長点、苗条原基、分裂組織、葉片、茎片、根片、塊茎片、葉柄片、プロトプラスト、カルス、葯、花粉、花粉管、花柄片、花茎片、花弁、がく片等の細胞が挙げられる。
【0055】
植物細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞から形質転換体を再生させるためには既知の組織培養法により行えばよい。このような操作は、植物細胞から植物体への再生方法として一般的に知られている方法により、当業者であれば容易に行うことができる。植物細胞から植物体への再生については、例えば、「植物細胞培養マニュアル」(山田康之編著、講談社サイエンティフィク、1984)等の文献を参照することができる。
【0056】
本発明の形質転換植物体は、形質転換処理を施した再分化当代である「T0世代」のほか、その植物の自殖や他殖の種子から得られた後代である「T1世代」、薬剤選抜あるいはサザン法等による解析によりトランスジェニックであることが判明した「T1世代」植物の花を自殖や他殖して得られる次世代(T2世代)などの後代植物やT1世代を栄養系で増殖維持した個体、さらにはT1世代等の後代から特定の形質が変化したような変異個体等、T1世代を元にした、あらゆる栽培や育種の手段により得られ得る世代や個体をも含むものとする。
【0057】
形質転換植物体は、当該植物体に適した条件下かつアミド化合物の生産に適した条件下(例えば、基質となるカルボン酸を含む基質およびアミンを含む基質を適切な濃度で与える)で栽培し、収穫し、生産物を回収することにより、目的のアミド化合物を高収率得ることが可能である。
【0058】
6.変異型4CLを用いたアミド結合を有する化合物の製造方法
一実施形態において、単離した変異型4CLをin vitroで以下の反応工程で基質と反応させることにより、アミド結合を有する化合物(以下、アミド化合物と省略する場合がある)を製造することができる。
【0059】
(6-1)本発明の変異型4CLを、カルボン酸を含む基質、アミンを含む基質およびATP存在下で反応させる工程
カルボン酸を含む基質およびアミンを含む基質としては、所望するアミド化合物に応じて適切な基質の組み合わせを適宜選択することができる。変異型4CLは、野生型4CLとは異なり、アミノ酸を基質として様々なアミド結合を有するポリアミノ酸(すなわち、ジペプチドないしポリペプチド)を生成することができる。したがって、カルボン酸を含む基質およびアミンを含む基質は、1分子にカルボン酸およびアミンを含む基質であるアミノ酸が好ましい。アミノ酸としては、L-アミノ酸およびD-アミノ酸のいずれでもよく、天然のタンパク質を構成する20種のL-アミノ酸、アラニン(A)、システイン(C)、アスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、フェニルアラニン(F)、グリシン(G)、ヒスチジン(H)、イソロイシン(I)、リジン(K)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、アスパラギン(N)、プロリン(P)、グルタミン(Q)、アルギニン(R)、セリン(S)、スレオニン(T)、バリン(V)、トリプトファン(W)およびチロシン(Y)があげられ、20種類のアミノ酸以外にも、セレノシステイン(U)又はピロリジン(O)等、ならびにそれらのD-アミノ酸もあげられる。その他、ホモセリン、β-アラニン、サルコシン、オルニチン、クレアチン、γ-アミノ酪酸、オパインなどもあげられる。
【0060】
変異型4CLの反応条件は、前記基質からアミド結合が形成される限り特に限定されるものではないが、Ca++、Mg++、Mn++などの2価イオン(好ましくはMg++)を含むpH6〜9の緩衝液中、0.1〜10mMのATPおよび所定の濃度(例えば、0.1〜10mM)の基質の存在下、20〜50℃で、0.1〜24時間が例示される。
【0061】
反応終了後、反応液から生成したアミド化合物を回収し、目的に応じて精製する。アミド化合物の回収および精製は、当該技術分野において周知の手段を用いて行うことができる。
【0062】
別の実施形態において、本発明の形質転換体を基質の存在下で培養することにより、アミド結合を有する化合物を製造することができる。
【0063】
(6-2)前記形質転換体を、カルボン酸を含む基質、アミンを含む基質およびATP存在下で培養する工程
用いる形質転換体は、形質転換体の増殖速度、変異型4CLの発現と酵素反応の条件の設定の容易さなどの観点から、目的に応じた形質転換体を選択することができる。好適な一例として、大腸菌の形質転換体があげられる。以下、大腸菌を例にとって説明する。
【0064】
カルボン酸を含む基質およびアミンを含む基質としては、上記(6-1)に記載のとおりである。
【0065】
変異型4CLは、形質転換された大腸菌を培養中に外来遺伝子産物として当該大腸菌内で発現し、培養を続けることにより、培地中の基質等を利用して酵素反応が進行し、反応生成物が大腸菌内に蓄積するか、または菌体外に放出されることが期待される。反応条件としては特に限定されるものではないが、Ca++、Mg++、Mn++などの2価イオン(好ましくはMg++)を含むpH6〜9の培養液(例えば、LB(Luria-Bertani)培地)中、所定の濃度(例えば、1〜1000mM)の基質の存在下、20〜40℃で、24〜90時間が例示される。なお、培養は、バイオリアクター等を用いてスケールアップするとともに連続的に培養を続けることもできる。
【0066】
反応終了後、生成したアミド化合物を培養物または培養液から回収し、目的に応じて精製する。アミド化合物の回収および精製は、当該技術分野において周知の手段を用いて行うことができる。
【0067】
7.4CLを用いたアミド結合を有する化合物の製造方法
本発明において、4CLはクマル酸のチオエステルの合成以外に、クマル酸アミドおよびクマル酸以外の特定のカルボン酸のアミドの合成を触媒することが見出された。本発明は、単離された4CLを用いたアミド化合物の製造方法をも提供する。
【0068】
4クマロイルCoA合成酵素を、クマル酸またはその他のカルボン酸、アミンを含む基質およびATP存在下かつCoASH非存在下で反応させる工程
クマル酸以外のカルボン酸としては、桂皮酸、シナピン酸、フェルラ酸などのクマル酸に類縁する酸があげられる。前記したアミノ酸(例、グルタミン酸、アスパラギン酸)も用いることができる。
【0069】
アミンを含む基質としては、アミノ酸を含むアミン、好ましくは第1アミンであり、例えば、前記した種々のアミノ酸でもよい。本工程においてアミンを含む基質としてアミノ酸を用いる場合、クマル酸またはその他のカルボン酸に含まれるカルボキシル基と当該アミノ酸に含まれるアミノ基との間でアミド結合が形成される。
【0070】
「CoASH非存在下」とは、CoASHによるカルボン酸とのチオエステルの形成が進行しない限り特に限定されるものではないが、生体内ではCoASHが存在する可能性が高いことから、試験管内(in vitro)でCoASHの非存在下反応を行うことを意味する。
【0071】
4CLの反応条件は、前記基質からアミド結合が形成される限り特に限定されるものではないが、Ca++、Mg++、Mn++などの2価イオン(好ましくはMg++)を含むpH6〜9の緩衝液中、0.1〜2mMのATPおよび所定の濃度(例えば、0.1〜5mM)の基質の存在下、20〜45℃で、0.1〜24時間が例示される。
【0072】
反応終了後、反応液から生成したアミド化合物を化合物の特性に基づいて回収し、精製する。アミド化合物の回収および精製は、当該技術分野において周知の手段を用いて行うことができる。
【0073】
本製造方法にて合成されるアミド化合物としては、クマル酸とアミノ酸とのアミド;L-グルタミン酸とエチルアミンから合成されるテアニン;カプサイシン;ホモセリンラクトン類などがあげられるが、これらの化合物に限定されるものではない。
【実施例】
【0074】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0075】
実施例1 RNAの抽出及びcDNAの調製
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の葉5gからRNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN)によりtotal RNAの抽出を行った。SuperScriptR II Reverse Transcriptase(Invitrogen)によりoligo dT primerを使用して逆転写反応を行い、cDNAを調製した。
【0076】
実施例2 Arabidopsis thaliana由来4-Coumaroyl-CoA ligase 2(At3g21240)のクローニング
PrimeSTARR HS DNA Polymerase及び以下のプライマーを使用してPCR法により目的配列の増幅を行った。増幅物を1.2%アガロースゲルで電気泳動し、目的の大きさである1.6 kbpのバンドを切り出し、QIAquickR Gel Extraction Kit(QIAGEN)を用いて精製し、エタノール沈澱を行い、インサートDNAとした。
プライマーはInvitrogen製のものを用いた。
5'-ACG TAC GCA TGC ATG ACG ACA CAA GAT GTG ATA G -3'(SphI制限部位を下線で示す)(配列番号21)
5'-GGT CAG CTG CAG CTA GTT CAT TAA TCC ATT TGC TAG-3'(PstI制限部位を下線で示す)(配列番号22)
精製したDNA及びpQE80L(QIAGEN)をSphI及びPstIより制限酵素処理を行い、上記DNA精製法により精製を行った。DNA Ligation Kit Ver.2.1(TAKARA)を用いて、N末端に6xヒスチジンタグを付加した酵素発現用plasmid DNAを作製し、大腸菌M15[pREP4](QIAGEN)に形質転換させた。
【0077】
実施例3 大腸菌による蛋白質の発現
実施例2で形質転換した大腸菌を、100 mgのAmpicillinを含有する1000 mLのLuria-Bertani培地で37℃、OD600 = 0.6になるまで振盪培養した。培地にIsopropylthio-β-D-galactoside (IPTG)を終濃度1 mMとなるように加え、23℃で12時間、さらに振盪培養した。
【0078】
実施例4 蛋白質の抽出及び精製
実施例3で培養した酵素誘導後の大腸菌を集菌後、0.1M NaCl及び5mM imidazole 含有の40mM potassium phosphate buffer (KPB)、pH 7.9に懸濁し、ソニケーターを用いて大腸菌細胞を破砕した。破砕物を10,000rpm、4℃、30min遠心分離し、上清をタンパク粗抽出液とした。
得られた粗抽出液をNi SepharoseTM6 Fast Flow (GE Healthcare)にかけ、0.5M NaCl及び40mM imidazole含有の40mM KPBで洗浄した後、10% (w/v) glycerol及び500mM imidazole含有の15mM KPB(pH 7.5)で溶出させ、精製酵素を得た。精製酵素溶液を5% (w/v) glycerol及び0.2M NaCl含有の0.1mM HEPES(pH 7.0)ならびにAmicon Ultra-4(Ultracel-10k)を用いて、脱塩及び濃縮した。
【0079】
実施例5 AMPアッセイ
酵素100μg、基質として0.8mM クマル酸又はその他のカルボン酸と0.8mM CoASH又はアミノ酸を用い、0.2mM ATPと共に2mM MgCl2含有の0.1mM Tris-HCl(pH 7.5)100μl中で37℃、5分間反応させた。酵素反応液に16mM トリクロロ酢酸(TCA)を加えて撹拌した後、15,000rpmで1min遠心分離し、上清をACQUITYTMUPLCシステム(Waters)により測定した。測定条件は以下の通りである。
カラム:ACQUITY UPLC HSS T3 1.8 μM (2.1mmI.D. x 50mm)
流速:0.19 mL/min
溶離液:0.1%リン酸緩衝液及びアセトニトリル(AcCN)
0-3min, 0% AcCN; 3-7min, 0-100% AcCN; 7-12min, 100% AcCN
検出:UV= 260nm。
【0080】
実施例6 酵素反応生成物の同定
酵素100μg、基質として0.1mM クマル酸又はその他のカルボン酸(8-メチル-6-ノネン酸)と0.5mM CoASH又はアミノ酸もしくはアミン(4-ヒドロキシ-3-メトキシベンジルアミン)を用い、0.2mM ATPと共に2mM MgCl2含有の0.1mM Tris-HCl(pH 7.5) 100μl中で30℃、8時間反応させた。酵素反応液に32mM TCAを加えて撹拌した後、15,000rpmで1min遠心分離し、上清をAgilent Technologies HPLC 1100 series とBruker Daltonics esquire4000によるLC-ESI MSにより測定を行った。測定条件は以下の通りである。
カラム:CAPCELL PK C8 DD(4.6mmI.D. x 150mm)
流速:0.2 mL/min
溶離液:1% 酢酸を含む水及びメタノール(MeOH)
0-15min, 20-60% MeOH; 15-25min, 60-70% MeOH; 25-32min, 70-80% MeOH; 32-40min, 80-100% MeOH; 40-55min, 100% MeOH
検出:UV= 290nm。
【0081】
実施例7 変異酵素の作製
QuickChangeTM XL Kit(Stratagene)により以下のプライマーを使用してPCR法により変異導入を行った。プライマーはInvitrogen製のものを用いた。
Q345A Fw:5'-GCTAAGTTTCCTAACGCCAAGCTTGGTGCGGGCTATGGGATG-3'(配列番号23)
Q345A Rv:5'-CCTGCTTCTGTCATCCCATAGCCCGCACCAAGCTTGGCG-3'(配列番号24)
Y253F Fw:5'-TTGCCTATGTTCCATATATTCGCTCTCAACTCCATCAT-3'(配列番号25)
Y253F Rv:5'-AGAGCATGAGGAGTTGAGAGCGAATATATGGAACATA-3'(配列番号26)
実施例2〜4に準じて、野生型と同様に形質転換及び酵素精製を行い、酵素反応に用いた。
【0082】
実施例8 ジペプチド合成反応
酵素500μg、基質として0.4mM L-フェニルアラニンを用い、0.2mM ATPと共に2mM MgCl2含有の0.1mM Tris-HCl(pH 7.5)100μl中で30℃、24時間反応させた。酵素反応液を炭酸水素ナトリウムで約pH 9に調整し、1mM Dansyl chlorideを加え、60℃、1時間反応後、HClにより約pH 1にした。調整後、反応液を酢酸エチルで抽出、乾燥させ、Agilent Technologies HPLC 1100 series とBruker Daltonics esquire4000によるLC-ESI MSにより測定を行った。測定条件は以下の通りである。
カラム:CAPCELL PK C8 DD(4.6mmI.D. x 150mm)
流速:0.2 mL/min
溶離液:1% 酢酸を含む水及びアセトニトリル(AcCN)
0-20min, 40-70% AcCN; 20-40min, 70% AcCN; 40-60min, 70-100% AcCN; 60-100min, 100% AcCN
検出:UV= 360nm。
【0083】
(1)基質特異性の検討とCoAチオエステルからアミドリガーゼへの触媒機能拡張
シロイヌナズナArabidopsis thaliana由来4CL(At4CL2)は、大腸菌に異種発現可能な、分子量60kDaの単量体からなる可溶性タンパクであり、比較的安定で良く研究がなされている酵素である(Stuible, H.-P., Kombrink, E. (2001) Identification of the substrate specificity-conferring amino acid residues of 4-coumarate:coenzyme A ligase allows the rational design of mutant enzymes with new catalytic properties, J. Biol. Chem. 276, 26893-26897;Schneider, K., Hovel, K., Witzel K., Hamberger, B., Schomburg, D., Kombrink, E., Stuible H.-P. (2003) The substrate specificity-determining amino acid code of 4-coumarate:CoA ligase, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 8601-8606)。これまでにグラミシジンS合成酵素(NRPS)のアデニル化ドメインの結晶構造を鋳型とするホモロジーモデルに基づき、開始基質カルボン酸結合ポケットに部位特異的変異を導入することで、開始基質に対する特異性が変化し、クマル酸の代わりに、桂皮酸やシナピン酸を活性化することなどが報告されているものの(Schneider, K., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 8601-8606 (2003))、チオール側基質の特異性については報告がないのが現状である。そこで、まず大腸菌に異種発現、精製した組み換え酵素を用いて、クマル酸、ATPとともに、20種の各種L−アミノ酸を、CoASHの代わりに基質として作用させ、酵素活性を検討した。その結果、驚いたことに、全てのアミノ酸が本来のCoASHの場合と同様に基質として機能し、クマル酸とのアミドを生成することを見出した(図2)。酵素反応キネティクスを測定した結果、本来のCoAチオエステルの生成を上回る高効率でアミド合成酵素反応が進行することが示された。一方、さらに驚くべきことに、L−フェニルアラニンを用いて酵素反応生成物を詳細に解析した結果、クマル酸にフェニルアラニンがアミド結合したクマロイル-L-Pheに加えて、もう一分子のフェニルアラニンが縮合したクマロイル-L-Phe-L-Pheの生成も認められた(図3)。また、D体のアミノ酸もほぼ同程度の活性を示し、クマル酸とのアミドを生成した。
【0084】
次に、開始基質としてクマル酸又はヘキサン酸を、アミノ基質としてホモセリンを用いた結果、微生物のクオラムセンシングを担うアミド、ホモセリンラクトンの生産に成功した。加えて、唐辛子の辛味成分カプサイシンについても同様に生産可能であった(図4)。このように、4CLが示す異例とも言える寛容な基質特異性と潜在的触媒能力は特筆に値する。少なくともin vitroの反応では、カルボキシル基のアデニル化さえ進行すれば、あとは本来のCoAとのチオエステルC-S結合に加えて、広くアミンを基質として(アミンに対する基質特異性は特に低い)アミドC-N結合の形成をも触媒する多機能型酵素であることが判明した。モデル植物シロイヌナズナには、4CLの3つのアイソザイムに加えて、少なくとも25%の配列相同性を示す25以上の4CLホモログ酵素、さらに、AMP結合部位を有する約200のアデニル化酵素遺伝子群が存在する。現時点でそのほとんどが機能未同定であり、植物二次代謝産物の生合成における役割に非常に興味がもたれるところである。
【0085】
(2)開始基質結合ポケットへの点変異導入とペプチド合成酵素への機能拡張
上述したように、4CLの酵素反応において重要となるのは開始基質のカルボキシル基のアデニル化であり、この基質特異性を制御することができれば酵素触媒機能のさらなる拡張が可能になる。そこで、本発明者らはルシフェラーゼを鋳型とするホモロジーモデルを新たに構築し(図5)、4CLのカルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸残基のうち、Y253とQ345について部位特異的変異を導入して、酵素活性に与える影響を精査した。その結果、Y253F、Y253A、Q345Aなどの置換体でCoA合成活性の顕著な増強が認められた(図6)。また、クマル酸の芳香環をインドールに置換したインドールアクリル酸等の人工基質を用いた場合にも、これら変異型酵素で活性が増大し、非天然型新規CoAチオエステルを生成した。
【0086】
一方、4CL野生型酵素はアミノ酸を開始基質として受け入れることはできず、常にクマル酸を開始基質としてチオエステルあるいはアミドの形成が進行することになる。ところが意外なことに、上述したY253F, Q345A両変異型酵素においては、クマル酸の非存在下、アミノ酸とATPを基質としただけで酵素反応が進行し、アミノアシルAMPを形成後、もう1分子のアミノ酸との縮合によりジペプチドを高収率で生成することを見出した(図6)。ジペプチド合成活性は、20種のアミノ酸のうちL-フェニルアラニンとL-ロイシンで顕著であり、しかも、その反応効率は本来のクマロイルCoA合成活性を50%以上上回るものであった(図6および7)。即ち、野生型4CLの開始基質結合ポケットにおける単一アミノ酸残基の置換によって、本来のCoA合成活性に加えて、新たに超天然型ジペプチド合成酵素としての触媒機能を獲得したことになる。
【0087】
(3)酵素阻害剤の開発とX線結晶構造解析による酵素立体構造の解明
4CLについては未だX線結晶構造解析の報告はない。上述したように、ANLスーパーファミリーに属する酵素は、C末端に特徴的なループ構造を有しており、酵素反応の進行に伴いC末端ドメインが大きな動的構造変化を起こすことが知られている(図5)(Gulick, A. M. (2009) Conformational dynamics in the acyl-CoA synthetases, adenylation domains of non-ribosomal peptide synthetases, and firefly luciferase, ACS Chem. Biol. 4, 811-827)。こうした構造変化が上述したチオエステルやアミド結合、ジペプチドの形成に大きな意味を持つことになる。そこで本酵素反応機構の構造基盤を確立するため、4CL野生型および変異型酵素のX線結晶構造解析と、共結晶に用いる酵素阻害剤の開発に着手している。
まず、阻害剤についてはクマル酸アデニル化体の遷移状態中間体アナログ(図8)を化学合成し、予想通り本化合物が酵素反応をnMレベルで阻害することが示された。一方、大腸菌に異種発現した組み換え酵素の結晶化にも成功し、現在精密化を進めている。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の変異型4クマロイルCoA合成酵素を用いたアミド化合物の製造方法は、有機合成方法に比べて、クリーンかつマイルドな条件下でジペプチド、生理活性アミドなどを効率的に製造することができる。本発明の変異型4クマロイルCoA合成酵素およびそれを用いた製造方法は、適切なカルボン酸およびアミンを基質として選択することにより、医薬品、化粧品、食品(機能性食品)の原材料として有用な様々なアミド化合物を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4クマロイルCoA合成酵素のカルボン酸結合ポケットを構成するアミノ酸配列中の少なくとも1アミノ酸を置換した変異型4クマロイルCoA合成酵素であって、当該置換により少なくともジペプチド合成能を獲得してなる酵素。
【請求項2】
前記置換がチロシン残基からフェニルアラニン残基への置換またはグルタミン残基からアラニン残基への置換である請求項1に記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素。
【請求項3】
下記(A1)〜(A10)のアミノ酸配列を含む、請求項1または2に記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素:
(A1)配列番号1のアミノ酸配列において253位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、345位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A2)配列番号2のアミノ酸配列において260位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、352位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A3)配列番号3のアミノ酸配列において263位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、355位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A4)配列番号4のアミノ酸配列において268位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、360位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A5)配列番号5のアミノ酸配列において241位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、333位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A6)配列番号6のアミノ酸配列において241位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、333位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A7)配列番号7のアミノ酸配列において246位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、338位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A8)配列番号8のアミノ酸配列において239位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されるか、331位のグルタミン残基がアラニン残基に置換されてなるアミノ酸配列;
(A9)配列番号9または10のアミノ酸配列;または
(A10)上記(A1)〜(A9)のいずれかのアミノ酸配列の上記置換部位以外の位置において、さらに1〜数個のアミノ酸が置換、欠失または付加の変異が導入されてなるアミノ酸配列であって、当該変異導入後のアミノ酸配列からなるタンパク質がジペプチド合成能を有するアミノ酸配列。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか1項に記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素をコードする遺伝子。
【請求項5】
下記(B1)〜(B10)のポリヌクレオチドを含む、請求項4に記載の遺伝子:
(B1)配列番号11の塩基配列において757〜759位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1033〜1035位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B2)配列番号12の塩基配列において778〜780位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンコードする塩基配列に置換されるか、1054〜1056位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B3)配列番号13の塩基配列において787〜789位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1063〜1065位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B4)配列番号14の塩基配列において802〜804位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1078〜1080位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B5)配列番号15の塩基配列において721〜723位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、997〜999位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B6)配列番号16の塩基配列において721〜723位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、997〜999位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B7)配列番号17の塩基配列において736〜738位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、1012〜1014位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B8)配列番号18の塩基配列において715〜717位のチロシンをコードする塩基配列がフェニルアラニンをコードする塩基配列に置換されるか、991〜993位のグルタミンをコードする塩基配列がアラニンをコードする塩基配列に置換されてなる塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(B9)配列番号19または20の塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(B10)上記(B1)〜(B9)のいずれかの塩基配列と70%以上の配列同一性を有する塩基配列からなるポリヌクレオチドからなり、かつジペプチド合成能を有する酵素をコードするポリヌクレオチド。
【請求項6】
請求項4または5に記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
【請求項7】
請求項6に記載の組換えベクターを導入してなる形質転換体。
【請求項8】
請求項1〜3いずれか1項に記載の変異型4クマロイルCoA合成酵素を、カルボン酸を含む基質、アミンを含む基質およびATP存在下で反応させる工程を含む、アミド結合を有する化合物の製造方法。
【請求項9】
請求項7に記載の形質転換体を、カルボン酸を含む基質、アミンを含む基質およびATP存在下で培養する工程を含む、アミド結合を有する化合物の製造方法。
【請求項10】
カルボン酸を含む基質およびアミンを含む基質がアミノ酸であり、アミド結合を有する化合物がペプチドである、請求項8または9に記載の製造方法。
【請求項11】
4クマロイルCoA合成酵素を、クマル酸またはその他のカルボン酸、アミンを含む基質およびATP存在下かつCoASH非存在下で反応させる工程を含む、アミド結合を有する化合物の製造方法。
【請求項12】
アミド結合を有する化合物がクマル酸アミドである、請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
アミド結合を有する化合物がカプサイシンである、請求項11に記載の製造方法。
【請求項14】
4クマロイルCoA合成酵素が野生型4クマロイルCoA合成酵素である、請求項11〜13いずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−44909(P2012−44909A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−188843(P2010−188843)
【出願日】平成22年8月25日(2010.8.25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】