説明

量子シミュレータ、量子計算機および方法

【課題】スピン−スピン間相互作用をシミュレートする
【解決手段】2つの下状態|0>、|1>と2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフの各頂点に一対一対応するN個の物理系と、辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系1000と、複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源1101と、複数のレーザー光の周波数、強度、位相を調整する複数の変調器1104と、複数の変調器を制御する制御装置1105と、を具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器と物理系の結合を利用した量子シミュレータ、量子計算機および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、厳密に解くことが難しい量子多体系のモデルを冷却原子などの制御性の良い物理系で実現する「量子シミュレーション」の研究が盛んに行われている。その中で、イジングモデルに代表される相互作用するスピン系のモデルの量子シミュレーションは特に重要である。その理由の1つとしては、相互作用するスピン系の中の個々のスピンの振る舞いを観測できるという、通常の磁性体のスピンでは難しいことが実現できる、という点が挙げられるが、このようなスピン系固有の問題以外の観点からもイジングモデルの量子シミュレーションは重要である。
【0003】
まず、適切なイジングモデルが実現できると、クラスター状態と呼ばれるタイプのエンタングルド状態を容易に生成できる(例えば非特許文献1参照)。クラスター状態を用意すれば、その個々のスピンを量子ビットと見なした量子計算を、1量子ビットゲートと量子ビットの読み出しのみを用いて実行できることが知られている(例えば非特許文献1参照)。スピンと少なくとも2方向の磁場との相互作用を入れたイジングモデルであれば、その相互作用により任意の1量子ビットゲートが実現できるので、このようなイジングモデル量子シミュレータはそのまま量子計算機となる。
【0004】
次に、イジングモデルの量子シミュレーションができると、アディアバティック量子計算という手法によって、イジングモデルにおけるエネルギー最低状態(基底状態)を求める問題が効率的に解ける可能性がある(例えば非特許文献2参照)。この問題は最適化問題と密接な関係があり(エネルギーがコスト関数)、大変重要であるが、いわゆるNP困難な問題であり、普通の計算機では解くことが難しい。
【非特許文献1】R. Raussendorf and H. J. Briegel, Phys. Rev. Lett. 86, 5188 (2001).
【非特許文献2】M. Grajcar, A. Izmalkov, and E. Il’ichev, Phys. Rev. A 71, 144501 (2005).
【非特許文献3】M. J. Hartmann, F. G. S. L. Brandao, and M. B. Plenio, Phys. Rev. Lett. 99, 160501 (2007).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
イジングモデルを実効的に実現する物理系の提案として、いわゆる共振器量子電気力学に基づいたものが提案されている(例えば非特許文献3参照)。非特許文献3の方法では、実現したいイジングモデルのスピン配置に対応して配置された複数の微小共振器とそれらの共振器と結合する原子とを用いる。スピンは原子の安定な2状態を用いて表される。相互作用する2つのスピンに対応した2つの共振器は直接結合され、原子−共振器間相互作用および共振器−共振器間相互作用を利用して実効的に原子−原子(スピン−スピン)間相互作用を実現する。ここで、微小球共振器やフォトニック結晶共振器のような微小共振器を、近接場を介して直接結合する場合、そのような結合微小共振器系の個々の共振器に1つずつ原子を結合させるというのは現在の技術レベルでは難しい。また、ファブリ−ペロ共振器なども含めて考えて、光ファイバーなどの媒体を利用して(非特許文献3参照で利用されているような)共振器−共振器間の直接結合を実現する方法は自明でない。従って、共振器量子電気力学に基づいたイジングモデル量子シミュレータを考えた場合、例えば非特許文献3とは異なる、より実現しやすい原理・構成の提案が望まれる。
【0006】
本発明は、上記事情を考慮してなされたものであって、スピン−スピン間相互作用をシミュレートする、量子シミュレータ、量子計算機および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するため、本発明の量子シミュレータは、2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)と、前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系と、前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源と、前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器と、前記複数の変調器を制御する制御装置と、を具備することを特徴とする。
【0008】
本発明の量子計算機は、2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)と、前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系と、前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源と、前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器と、前記複数の変調器を制御する制御装置と、を具備し、前記複数の物理系の下状態|0>、|1>を量子ビットとして用い、すべての物理系の状態を(|0>+|1>)/√2にした後、前記複数の変調器を制御して、すべての前記光学系に対し、それらに含まれる2つの物理系の量子ビットに対して制御位相反転ゲートを行い、その結果得られたクラスター状態を用いて量子計算を実行することを特徴とする。
【0009】
本発明の量子計算機は、2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)と、前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系と、前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源と、前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器と、前記複数の変調器を制御する制御装置と、を具備し、前記複数の物理系の下状態|0>、|1>を量子ビットとして用い、前記複数の変調器を制御して、全系のハミルトニアンを、物理系の初期状態が基底状態となるハミルトニアンHとし、前記複数の変調器を制御して、全系のハミルトニアンを、前記ハミルトニアンHから基底状態を知りたいハミルトニアンHへと系の状態が常に基底状態に留まり続けられる程度に断熱的に変化させることにより、前記ハミルトニアンHの基底状態を求めることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の量子シミュレータ、量子計算機および方法によれば、スピン−スピン間相互作用をシミュレートすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態に係る量子シミュレータ、量子計算機および方法について詳細に説明する。なお、以下の実施形態では、同一の番号を付した部分については同様の動作を行うものとして、重ねての説明を省略する。
本実施形態でのイジングモデルとは、スピンの集団からなる物理系のモデルで、そのハミルトニアンが外部磁場とスピンとの相互作用項とスピン−スピン間の相互作用項とからなり、外部磁場とスピンとの相互作用項は磁場ベクトルとスピンベクトルとの内積で表され、スピン−スピン間の相互作用項は相互作用する2つのスピンのある1つの方向成分の積に結合定数を掛けて表されるモデルを示す。どのスピン−スピン間で相互作用があるかは、スピンと一対一対応する頂点からなる無向グラフG(V,E)(VはGの頂点の集合、また、EはGの辺の集合)の辺によって表現される。モデルパラメータは外部磁場の3つの方向成分と結合定数である。
【0012】
次に、本発明の量子シミュレータについて図1〜図3を参照して詳しく説明する。
実現したいイジングモデルのスピン−スピン相互作用が、無向グラフG(V,E)で表現されているとする。VはGの頂点の集合であり、j番目の頂点を頂点jと呼ぶ。頂点はスピンと一対一対応し、スピンの数をNとすると頂点の数もNである。また、EはGの辺の集合であり、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)と呼ぶ(j<j’)。
【0013】
図1は本発明に用いられる物理系のエネルギー準位図である。安定な下状態|0>および|1>をそれぞれスピンの下向きおよび上向きの状態と見なす。物理系はN個あり、頂点と一対一対応する。頂点jに対応する物理系を物理系jと呼ぶ。
【0014】
G(V,E)の辺(j,j’)に一対一対応して、物理系j 204と物理系j’ 205に対して、2つの光共振器201、202とそれらを結合する光ファイバー203からなる光学系を図2のように設置する。辺(j,j’)に対応する光学系を光学系(j,j’)と呼ぶ。また、光学系(j,j’)を構成する2つの光共振器を光共振器(j,j’)201、光共振器(j’,j)202、これらを結合する光ファイバーを光ファイバー(j,j’)203と呼ぶ。光共振器(j,j’)201、光共振器(j’,j)202のそれぞれは共振器モード(j,j’)251、共振器モード(j’,j)252を有する。
図3は3つのスピンの場合の例を示している。これは、3つのスピンを三角形の頂点に配置してすべてのスピン間が相互作用するイジングモデルをシミュレートする場合である。
図3のシミュレータは、物理系1 304を含む共振器と、物理系2 305を含む共振器と、物理系3 306を含む共振器と、それぞれを接続する光ファイバー301、302、303を含む。物理系1 304を含む共振器と、物理系2 305を含む共振器とは、光ファイバー(1,2)301で接続されそれぞれ共振器モード(1,2) 351と共振器モード(2,1) 352を有する。物理系2 305を含む共振器と、物理系3 306を含む共振器とは、光ファイバー(2,3)302で接続されそれぞれ共振器モード(2,3) 353と共振器モード(3,2) 354を有する。物理系3 306を含む共振器と、物理系1 304を含む共振器とは、光ファイバー(1,3)303で接続されそれぞれ共振器モード(3,1) 355と共振器モード(1,3) 356を有する。
【0015】
物理系j 204の|1>−|2>間遷移は共振器モード(j,j’)251と結合定数gj,j’で結合する(図1参照)。また、各物理系には|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合するレーザーが照射され、そのラビ周波数をそれぞれΩ21(j)、Ω30(j)、Ω31(j)、離調をそれぞれΔ,Δ,Δとする。|1>−|2>間遷移に結合するレーザーと共振器モードの間の離調をΔとする。
【0016】
図3の光共振器は平面ミラーと球面ミラーを向かい合わせたファブリ−ペロ共振器であり、共振器モードとファイバーモードは平面ミラーを介して結合する。(このような共振器の共振器モードと物理系の強い結合はすでに実現されている。例えばM. Trupke, J. Goldwin, B. Darquie, G. Dutier, S. Eriksson, J. Ashmore, and E. A. Hinds, Phys. Rev. Lett. 99, 063601 (2007)参照。)すべての共振器の共鳴周波数は等しいとする。また、光ファイバーも平面ミラーで挟まれて一種の共振器となるが、その共鳴周波数は共振器の共鳴周波数にほぼ等しいとする(どの程度等しければよいかについては下記(15)の下、および第1の実施例を参照)。
【0017】
本発明では1つの共振器モードと1つの遷移が結合しているのに対し、従来(例えばM. J. Hartmann, F. G. S. L. Brandao, and M. B. Plenio, Phys. Rev. Lett. 99, 160501 (2007)参照)では1つの共振器モードと励起状態を同じくする2つの遷移が結合しており、また、この結果この例では離調の設定も複雑になる。この点においても本発明は上記の公知例に比べ実現しやすいという利点がある。
【0018】
この系のハミルトニアンは一般に次の式(1)のようになる(例えばA. Serafini, S. Mancini, and S. Bose, Phys. Rev. Lett. 96, 010503 (2006)参照)。
【数1】

【0019】
なお、下記(2)とする。
【数2】

【0020】
またここで、aj、j’は共振器モード(j,j’)の消滅演算子、bj、j’は光ファイバー(j,j’)の消滅演算子、v は光共振器と光ファイバーとの間の結合定数、Δj、j’はファイバーモードと共振器モードの間の離調、φj、j’≡2πlj、j’/λ(λはファイバー中での共振器の共鳴波長、lj、j’は光ファイバー(j,j’)の長さ)はファイバーによる位相のずれ、σkl(j)≡|k>jj<l|である。また、下記(3)はすべての結合するスピンの組(j,j’)(j<j’)についての和、下記(4)はすべての物理系(jは物理系の番号)についての和を表す。上記の公知例と異なり、共振器モードは直接結合せずファイバーモードを介して結合する。
【数3】

【0021】
【数4】

【0022】
ここで、下記(5)、(6)、(7)を仮定すると、系の時間発展は近似的に下記の式(8)の実効的なハミルトニアンで決まる。本発明ではこの実効的なハミルトニアンを使用することが重要である。
【数5】

【0023】
【数6】

【0024】
【数7】

【0025】
【数8】

【0026】
ここで、下記(9)および(10)〜(13)である。
【数9】

【0027】
【数10】

【0028】
【数11】

【0029】
【数12】

【0030】
【数13】

【0031】
ここで、下記(14)は頂点jと辺(j,j’)でつながった頂点j’についての和、下記(15)は頂点jと辺(j’,j)でつながった頂点j’についての和を表す。
【数14】

【0032】
【数15】

【0033】
また、Heffは実現したいイジングモデルのハミルトニアンであり、イジングモデルの量子シミュレーションが図1〜図3に示された本発明の量子シミュレータで実行できることがわかる。イジングモデルのモデルパラメータJj,j’、h(j)、h(j)、h(j)はラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j)によって制御可能である(ラビ周波数の制御は、照射するレーザー光の強度・位相の制御によってできる)。
【0034】
共振器モードとファイバーモードの離調Δj,j’は、上記の不等式|v|≫|Δ+Δj,j’|を満たす程度に小さければよい。
【0035】
上記の近似の妥当性を確認するために、図3の場合について完全なハミルトニアンHを用いた数値シミュレーションを行い、Heffを用いて計算した場合と比較した。始状態は下記(16)とした(最後の|0>はすべての共振器モードとファイバーモードに対する真空状態を表す)。
【数16】

【0036】
その比較結果を図4と図5に示す。図4は下記(17)の場合、図5は下記(18)の場合である。
【数17】

【0037】
【数18】

【0038】
縦軸は、Hを用いた場合の状態|Ψ(t)>とHeffを用いた場合の状態|Ψeff(t)>の間のfidelity:F(t)=|<Ψeff(t)|Ψ(t)>|である。シミュレーションの時間はt=π/Jj,j’=π/3.13×10−4gまでとした。図4の場合も図5の場合もfidelityは1に非常に近く、上記の近似が良く成り立っていることを示している。なお、Hを用いた計算では、物理系、光共振器モード、ファイバーモードの励起は十分に小さいと考え、物理系、共振器モード、ファイバーモードが全く励起されていない状態とどれか1つだけが励起された状態のみを用いて行った。fidelityが1に非常に近いことはこの近似の妥当性も示している。本発明により、共振器量子電気力学に基づくイジングモデルの量子シミュレータが実現しやすくなることがわかる。
【0039】
次に、本発明の量子シミュレータを利用して量子計算を行う方法について説明する。この方法は一方向量子計算という手法に基づいている(例えばR. Raussendorf and H. J. Briegel, Phys. Rev. Lett. 86, 5188 (2001)参照)。
【0040】
図6のように、四角格子601または六角格子602のイジングモデルをシミュレートできる本発明の量子シミュレータを考える。四角格子601または六角格子602のクラスター状態は量子計算を行う上でユニバーサルである(任意の量子計算をこのクラスター状態を用いて実行できる)ことが知られている(例えばR. Raussendorf and H. J. Briegel, Phys. Rev. Lett. 86, 5188 (2001)、および、M. Van den Nest, W. Dur, A. Miyake, and H. J. Briegel, New J. Phys. 9, 204 (2007)参照)。実際の装置の構成の仕方は、例えば六角格子602の場合は、図7に示した1つの物理系703と3つの共振器モード751が結合する系を基本構成要素としてつなげていけばよい。なお、光ファイバーのなす角度が120度ではないが、光ファイバーは曲がるし、グラフはつながり方だけが問題なので、角度は問題にならない。光共振器は平面ミラー702と球面ミラー701を向かい合わせたファブリ−ペロ共振器である。
【0041】
まず、すべての物理系の状態を下記(19)に準備する。
【数19】

【0042】
次に、上記のイジングモデルのパラメータをJj,j’=h(j)=J、h(j)=h(j)=0(Jは任意)となるように、各物理系に適切な周波数(離調Δ,Δ)と強度・位相(ラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j))のレーザーを照射し、時間π/Jの間だけ時間発展させ、レーザー照射を止める。こうして、スピンを量子ビットと同一視したとき、相互作用するすべてのスピン対に制御位相反転ゲートが実行されることになり、その結果得られる物理系の状態はクラスター状態と呼ばれるエンタングルド状態となる(例えばR. Raussendorf and H. J. Briegel, Phys. Rev. Lett. 86, 5188 (2001)参照)。こうして得られたクラスター状態に対して、端から順に1量子ビットゲートおよび量子ビットの読み出しを行っていくことで量子計算が実行できる。なお、図4の計算は、三角形のクラスター状態生成のシミュレーションになっている。
【0043】
次に、本発明の量子シミュレータを利用してイジングモデルのエネルギー最低状態(基底状態)を求める方法を説明する。この問題は最適化問題と関係があり(エネルギーがコスト関数)、重要な問題である。
【0044】
この問題を普通の計算機で解くためのアルゴリズムとしてシミュレーティッド・アニーリング、または、量子アニーリングが知られている。量子アニーリングとは次のような手法である。初め簡単なハミルトニアンHを考え、そのハミルトニアンをゆっくりと時間変化させ、最終的に基底状態を知りたいハミルトニアンHにすることを考える。この時間変化するハミルトニアンに対して、始状態をHの基底状態|G>としたときの時間発展をシミュレートする。すると、知りたかったHの基底状態が終状態として得られる。この手法は量子的な断熱変化(quantum adiabatic evolution)に基づく(ハミルトニアンの時間変化が十分遅ければ、初め基底状態にあった系の状態は時間変化するハミルトニアンの基底状態に留まり続ける)。普通の計算機では、N個のスピンのシミュレーションを行うのに解くべき方程式(シュレディンガー方程式)は2個と莫大な数あるため、シュレディンガー方程式を解いてシミュレートすることは一般に難しく、量子モンテカルロ法のような近似的解法を用いる。
【0045】
上記の量子アニーリングに必要なシミュレーションを、量子計算機を用いることで完全に行うのが、アディアバティック量子計算という量子計算法である。本発明の量子シミュレータを用いれば、上記のイジングモデルの基底状態を求める問題をこのアディアバティック量子計算によって解くことができる。よって、本発明の量子シミュレータを用いた量子計算法は、イジングモデルに基づく量子アニーリングが適用できるすべての問題に対して適用可能である。
【0046】
基底状態を求めたいイジングモデルのハミルトニアンの形に従って、対応するイジングモデルをシミュレートできる本発明の量子シミュレータを考える。具体例として、Jj,j’=h(j)=h、h(j)=h(j)=0(hは正の実数)のときの基底状態を求める問題を考える。
【0047】
まず、すべての物理系の状態を上記(19)に準備する。
次に、上記のイジングモデルのパラメータをh(j)=−h、Jj,j’=h(j)=h(j)(hは正の実数)となるように、各物理系に適切な周波数(離調Δ,Δ)と強度・位相(ラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j))のレーザーを照射する。このとき、hは0から徐々に大きくする。すると、上式(19)の状態は常にハミルトニアンの固有状態であるため、物理系の状態は上式(19)のまま変化しない。hがhに達したら、h(j)=−h(1−t/T)、Jj,j’=h(j)=ht/T、h(j)=0となるように、照射しているレーザーの強度と位相(ラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j))を調整する。ここで、時刻tはこのプロセスを開始するときをt=0とした。t=Tで計算終了である。
【実施例】
【0048】
(第1の実施例)
本発明の量子シミュレータの実施例について説明する。図3に示した3つのスピンの場合について説明するが、他の場合も同様にして実施できる。
【0049】
物理系としてYSiO結晶中にドープされたPr3+イオンを用いる。実際に実験が行われているように光共振器中にトラップされた冷却原子を用いることもできるが(例えば、J. McKeever, A. Boca, A. D. Boozer, J. R. Buck, and H. J. Kimble, Nature 425, 268 (2003)参照)、固体中の不純物を用いることは、位置が変化しないので結合定数が時間変化しないという利点がある。また、上記のPr3+:YSiOのように、結晶中にドープされた希土類イオンは、結晶軸に関してある方向の偏光の光のみ吸収するという性質があり、ファブリ−ペロ共振器の偏光に関する2つのモードのうち片方だけを考えればよい、という特長も有する。図8のように、基底状態の3つの超微細状態のうちの2つを安定な下状態|0>と|1>として用い、励起状態の3つの超微細状態のうちの2つを上状態|2>と|3>として用いる。残りの状態を図8のように|4>、|5>とする。
【0050】
結晶表面をミラー加工することで、図9のように1つの結晶901につき3つの光共振器を構成する。このとき、これらの共振器モード751が同一平面上の1点で交わるようにし、この交点にある1つのPr3+イオンを利用する。なお、濃度を十分薄くすることで、この位置でしかも図8のようなエネルギーレベルを持つPr3+イオンがただ1つであるようことができる。共振器モード内の他のPr3+イオンで共振器モードと共鳴する遷移を持つものは、光ポンピングによって共振器モードと共鳴しない基底状態へ移すことで無視できるようにする。
【0051】
結晶軸の方向は、Pr3+イオンの吸収が最大となる偏光方向が共振器モード751の張る平面に垂直になるように選ぶ。共振器モード751は図9のように平面ミラー702を介して光ファイバー704と結合し、図10のように3つの結晶1004〜1006が光ファイバー1001〜1003でつながれる。結晶間をつないでいる光ファイバー以外の光ファイバー(読み出し用光ファイバー1007、1009、1011)それぞれは光子検出器1008、1010、1012につながれ、それぞれ読み出し用共振器から漏れてくる光子を検出する。
【0052】
光ファイバーと結合する光共振器の共振器モード1051〜1056は|1>−|2>遷移と適切な離調で結合する。光ファイバーと結合しない光共振器の共振器モード(読み出し用共振器モード)1057〜1059は|4>−|5>遷移と共鳴する(図8参照)。
【0053】
全体図を図11に示す。図10の光学系1000は光子検出器1008、1010、1012を除いてクライオスタット1107中で液体ヘリウム温度(4K)に保たれる。光源として遷移の波長606nmの周波数安定化されたリング色素レーザー1101を用いる。変調器1104は音響光学効果素子(AOM)と電気光学効果素子(EOM)からなり、AOMによってレーザー光の周波数と強度、EOMによってレーザー光の位相を制御する。光源からのレーザー光はビームスプリッター1102によって多数のビームに分けられ、そのうちの3本は3つの読み出し用共振器に球面ミラー側から共振器モードに共鳴するように照射される。残りのレーザービームは3つの結晶内の共振器モードの交点に照射される。なお、図11には3本しか描いていないが、実際は上述のようにより多くのレーザービームが使用される。
【0054】
パラメータの設定について説明する。
離調は、図8のようにΔ/2π=−Δ/2π=200kHz、Δ/2π=20kHzとする。
【0055】
光共振器と光ファイバーの結合定数vは、共振器長lを5mm、ファイバー長lを5cm、平面ミラーの透過率Tを10−4とすることで、v/2π=9MHzとする。vは下記(20)式を満たす。
【数20】

【0056】
ここで、cは真空中の光速、nはYSiO結晶の屈折率で約1.8、nはファイバーのコアの屈折率で約1.5である。ファイバーモードと共振器モードの間の離調Δj、j’は、Δj、j’/2π≪27MHzを満たすように、ファイバー長を設計する。
【0057】
イオンと光共振器の間の結合定数gj,j’およびg’は、球面ミラーの曲率半径の選択により、60kHzとする。なお、結合定数は、イオンの位置における共振器モードの断面積のルートに反比例するので、その断面積が適切な値になるように球面ミラーの曲率半径を設計する。
【0058】
残ったパラメータはラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j)であるが、これらは前述のようにイオンに照射するレーザー光の強度と位相をAOMとEOMによって制御することで調整される。
【0059】
以上のようにして、図4および図5で数値計算した場合を実施することができる。
本実施例では図4および図5の場合と同様Δ=−Δ=20g、Δ=2gが成り立っており、ラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j)は前述のようにイオンに照射するレーザー光の強度と位相をAOMとEOMによって制御することで調整でき、Ω21(j)の位相の調整によってφj、j’=0とできる。vだけが、図4および図5の場合はv=100gであるのに対し、本実施例ではv=9.6×10gであり、大きく異なるが、前述のHeffを導く際に用いた近似はvが十分大きければ成り立ち、得られるHeffもvによらないので、本実施例と図4および図5の場合は一致する。
【0060】
スピン(量子ビット)の測定は次のように行う。まず|0>−|3>間遷移と|4>−|3>間遷移に共鳴するレーザーパルスによって状態|0>を状態|4>へ変換する(K. Bergmann, H. Theuer, and B. W. Shore, Rev. Mod. Phys. 70, 1003 (1998)参照)。次に、読み出し用共振器へ共鳴する弱いレーザー光を球面ミラー側から照射し、その漏れを光子検出器で検出する。光子が検出されれば計算終了時の量子ビットの状態は|1>であり、光子が検出されなければ計算終了時の量子ビットの状態は|0>であったとわかる。(この方法は真空ラビ分裂という現象に基づいている。上記の入射レーザーは、真空ラビ分裂が観測できる程度に弱いとする。)
(第2の実施例)
本発明の量子シミュレータを用いた一方向量子計算の実施例について説明する。本発明の量子シミュレータを用いた一方向量子計算の一般論については、上記実施形態で詳しく説明した。それを第1の実施例の装置で実現する具体的な操作法について説明する。以下、第1の実施例の装置を用いて3量子ビットのクラスター状態の生成法およびそれを用いた量子計算法について説明する。他のクラスター状態の場合も同様にして実施できる。
【0061】
まず、すべてのPr3+イオンの状態を上記(19)の状態に準備する。それには、リング色素レーザーを用いて、まず|1>−|3>遷移と|4>−|5>遷移に共鳴するレーザー光を各イオンにしばらく照射して光ポンピングによって|0>へ初期化し、次に|0>−|3>遷移と|1>−|3>遷移に共鳴する光パルス(AOMによってパルス波形にできる)を各イオンに照射してアディアバティックパッセージによって上記(19)の状態にすればよい(例えばK. Bergmann, H. Theuer, and B. W. Shore, Rev. Mod. Phys. 70, 1003 (1998)参照)。
【0062】
次に、イジングモデルのパラメータをJj,j’=h(j)=J、h(j)=h(j)=0(Jは任意)となるように、各Pr3+イオンにAOMとEOMによって適切な強度・位相(ラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j))に設定したレーザー光をリング色素レーザーから照射し、時間π/Jの間だけ時間発展させ、レーザー照射を止める。こうして、クラスター状態が得られる。
【0063】
クラスター状態が得られれば、後は量子ビットの読み出しと1量子ビットゲートを用いて量子計算が実行できる。読み出しの方法については第1の実施例で説明した。1量子ビットゲートは、|0>−|3>遷移と|1>−|3>遷移と|4>−|3>遷移に共鳴する光パルスをリング色素レーザーから照射することで実行できる(H. Goto and K. Ichimura, Phys. Rev. A 75, 033404 (2007)参照)。
【0064】
(第3の実施例)
本発明の量子シミュレータを用いたアディアバティック量子計算の実施例について説明する。本発明の量子シミュレータを用いたアディアバティック量子計算の一般論については、上記実施形態で詳しく説明した。それを第1の実施例の装置で実現する具体的な操作法について説明する。以下、第1の実施例の装置を用いて三角形のイジングモデルの基底状態を求めるアディアバティック量子計算について説明する。他の場合も同様にして実施できる。
【0065】
具体例として、上記実施形態で詳しく説明したJj,j’=h(j)=h、h(j)=h(j)=0(hは正の実数)のときの基底状態を求める問題を考える。
まず、すべての物理系の状態を上記(19)の状態に準備する。これは第2の実施例と同様にして実行できる。
【0066】
次に、上記のイジングモデルのパラメータをh(j)=−h、Jj,j’=h(j)=h(j)(hは正の実数)となるように、各Pr3+イオンにAOMとEOMによって適切な強度・位相(ラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j))に設定したレーザー光をリング色素レーザー1101から照射する。このとき、hは0から徐々に大きくする。hがhに達したら、h(j)=−h(1−t/T)、Jj,j’=h(j)=ht/T、h(j)=0となるように、変調器1104(AOMとEOM)によって照射しているレーザー光の強度と位相(ラビ周波数Ω21(j)、Ω30(j)、Ω31(j))を調整する。ここで、時刻tはこのプロセスを開始するときをt=0とした。t=Tで計算終了である。
【0067】
結果の読み出しは第1の実施例で説明した読み出し法で実行できる。
【0068】
以上に示した実施形態によれば、ファブリ−ペロ型光共振器と物理系の相互作用および光ファイバーを介した共振器−共振器間相互作用を利用して、スピン−スピン間相互作用をシミュレートする、量子シミュレータ、量子計算機および方法を提供することができる。
【0069】
なお、本発明は上記実施形態そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。さらに、異なる実施形態にわたる構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】本発明の量子シミュレータに用いられる物理系のエネルギー準位、および、各遷移とレーザー光・共振器モードとの結合の様子を示す図。
【図2】スピン−スピン相互作用をシミュレートするために用いられる光共振器と光ファイバーを示す図。
【図3】3つのスピンを三角形の頂点に配置してすべてのスピン間が相互作用するイジングモデルをシミュレートする場合の本発明の量子シミュレータを示す図。
【図4】数値シミュレーション結果を示す図。
【図5】数値シミュレーション結果を示す図。
【図6】本発明の量子シミュレータを用いて量子計算を行う場合のスピン−スピン相互作用を表す無向グラフを示す図。
【図7】図6の六角格子のイジングモデルをシミュレートするための装置の基本要素を示す図。
【図8】実施例における、Pr3+:YSiO結晶中のPr3+イオンのエネルギー準位、および、各遷移とレーザー光・共振器モードとの結合の様子を示す図。
【図9】実施例で利用される共振器加工されたPr3+:YSiO結晶、および、それらの共振器と結合する光ファイバーを示す図。
【図10】実施例における主要な光学系を表す図。
【図11】実施例の量子計算機の全体図。
【符号の説明】
【0071】
201、202・・・光共振器、203、301〜303、704、1001〜1003・・・光ファイバー、204、205、304〜306、703・・・物理系、251、252、351〜356、751、1051〜1056・・・共振器モード、601・・・四角格子、602・・・六角格子、701・・・球面ミラー、702・・・平面ミラー、901、1004〜1006・・・結晶、1000・・・光学系、1007、1009、1011、1057〜1059・・・読み出し用光ファイバー、1008、1010、1012・・・光子検出器、1101・・・リング色素レーザー、1102・・・ビームスプリッター、1104・・・変調器、1107・・・クライオスタット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)と、
前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系と、
前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源と、
前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器と、
前記複数の変調器を制御する制御装置と、を具備することを特徴とする量子シミュレータ。
【請求項2】
前記物理系は、結晶中にドープされた希土類イオンであることを特徴とする請求項1に記載の量子シミュレータ。
【請求項3】
前記物理系が、2つの下状態|0>、|1>と2つの上状態|2>、|3>以外に下状態|4>と上状態|5>を有し、前記光学系に含まれる光共振器とは別に、|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器をさらに具備することを特徴とする請求項1または2に記載の量子シミュレータ。
【請求項4】
前記|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器を使用して前記物理系の状態を測定する測定器をさらに具備することを特徴とする請求項3に記載の量子シミュレータ。
【請求項5】
2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)と、
前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系と、
前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源と、
前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器と、
前記複数の変調器を制御する制御装置と、を具備し、
前記複数の物理系の下状態|0>、|1>を量子ビットとして用い、すべての物理系の状態を(|0>+|1>)/√2にした後、前記複数の変調器を制御して、すべての前記光学系に対し、それらに含まれる2つの物理系の量子ビットに対して制御位相反転ゲートを行い、
その結果得られたクラスター状態を用いて量子計算を実行することを特徴とする量子計算機。
【請求項6】
2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)と、
前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系と、
前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源と、
前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器と、
前記複数の変調器を制御する制御装置と、を具備し、
前記複数の物理系の下状態|0>、|1>を量子ビットとして用い、前記複数の変調器を制御して、全系のハミルトニアンを、物理系の初期状態が基底状態となるハミルトニアンHとし、
前記複数の変調器を制御して、全系のハミルトニアンを、前記ハミルトニアンHから基底状態を知りたいハミルトニアンHへと系の状態が常に基底状態に留まり続けられる程度に断熱的に変化させることにより、前記ハミルトニアンHの基底状態を求めることを特徴とする量子計算機。
【請求項7】
前記物理系が、2つの下状態|0>、|1>と2つの上状態|2>、|3>以外に下状態|4>と上状態|5>を有し、前記光学系に含まれる光共振器とは別に、|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器をさらに具備することを特徴とする請求項5または請求項6に記載の量子計算機。
【請求項8】
前記|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器を使用して前記物理系の状態を測定することを特徴とする請求項7に記載の量子計算機。
【請求項9】
ハミルトニアンが外部磁場とスピンとの相互作用項とスピン−スピン間の相互作用項とからなり、外部磁場とスピンとの相互作用項は磁場ベクトルとスピンベクトルとの内積で表され、スピン−スピン間の相互作用項は相互作用する2つのスピンのある1つの方向成分の積に結合定数を掛けて表されるイジングモデルをシミュレートする量子シミュレーション法であって、
2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)を用意し、
前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系を用意し、
前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源を用意し、
前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器を用意し、
前記辺がスピン−スピン間の相互作用に対応し、N個の物理系のハミルトニアンが前記イジングモデルのハミルトニアンに対応し、前記イジングモデルのスピンの下向きの状態および上向きの状態をそれぞれ前記下状態|0>および|1>に対応付け、
前記共振器モードと前記物理系の|1>−|2>間遷移との結合、前記共振器モードと前記光ファイバーのファイバーモードとの結合、および、前記物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移とレーザー光との結合を利用して、前記スピン−スピン間の相互作用および前記外部磁場とスピンの相互作用をシミュレートし、
前記複数の変調器によって前記光源から供給される複数のレーザー光の周波数・強度・位相を制御して、前記イジングモデルのモデルパラメータである外部磁場の3つの方向成分および前記結合定数を調整することを特徴とする量子シミュレーション法。
【請求項10】
前記物理系が、2つの下状態|0>、|1>と2つの上状態|2>、|3>以外に下状態|4>と上状態|5>を有し、前記光学系に含まれる光共振器とは別に、|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器をさらに用意し、
前記|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器を使用して前記物理系の状態を測定することを特徴とする請求項9に記載の量子シミュレーション法。
【請求項11】
2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)を用意し、
前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系を用意し、
前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源を用意し、
前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器を用意し、
前記複数の変調器を制御する制御装置を用意し、
前記複数の物理系の下状態|0>、|1>を量子ビットとして用い、すべての物理系の状態を(|0>+|1>)/√2にした後、前記複数の変調器を制御して、すべての前記光学系に対し、それらに含まれる2つの物理系の量子ビットに対して制御位相反転ゲートを行い、
その結果得られたクラスター状態を用いて量子計算を実行することを特徴とする量子計算方法。
【請求項12】
2つの下状態|0>、|1>と該下状態よりもエネルギーが高い2つの上状態|2>、|3>を有し、N個の頂点とある頂点間をつなぐ辺を有する有限な無向グラフ(j番目の頂点を頂点jとし、頂点jと頂点j’をつなぐ辺を辺(j,j’)とする(j<j’))の各頂点に一対一対応するN個の物理系(頂点jに対応する物理系を物理系jとする)用意し、
前記辺(j,j’)に対応する光学系であって、物理系jを含む光共振器(j,j’)と物理系j’を含む光共振器(j’,j)と該光共振器を結合する光ファイバーとを含み、物理系jの|1>−|2>間遷移が光共振器(j,j’)の共振器モードと結合する光学系を含む、各辺に一対一対応する複数の光学系を用意し、
前記複数の物理系の|1>−|2>間遷移、|0>−|3>間遷移、|1>−|3>間遷移と結合する複数のレーザー光を供給する光源を用意し、
前記複数のレーザー光の周波数、強度、および位相を調整する複数の変調器を用意し、
前記複数の変調器を制御する制御装置を用意し、
前記複数の物理系の下状態|0>、|1>を量子ビットとして用い、前記複数の変調器を制御して、全系のハミルトニアンを、物理系の初期状態が基底状態となるハミルトニアンHとし、
前記複数の変調器を制御して、全系のハミルトニアンを、前記ハミルトニアンHから基底状態を知りたいハミルトニアンHへと系の状態が常に基底状態に留まり続けられる程度に断熱的に変化させることにより、前記ハミルトニアンHの基底状態を求めることを特徴とする量子計算方法。
【請求項13】
前記物理系が、2つの下状態|0>、|1>と2つの上状態|2>、|3>以外に下状態|4>と上状態|5>を有し、前記光学系に含まれる光共振器とは別に、|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器をさらに用意し、
前記|4>−|5>間遷移に共鳴する複数の光共振器を使用して前記物理系の状態を測定することを特徴とする請求項11または請求項12に記載の量子計算方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−54938(P2010−54938A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−221469(P2008−221469)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】