説明

量子制御を利用した状態選択的分光法

【課題】
標的の分光データと状態選択した測定を用いずに、特定の量子状態を生成させることにより、状態選別した共鳴状態分光と時間分解分光の方法を行う。
【解決手段】
波系整形されたレーザーパルス列を標的試料に照射し、標的試料との共鳴又は吸収が消失する条件を見つけることで、状態選択した高速遷移を誘引するレーザーパルスを、標的試料の情報及び状態選択比の測定を必要とせずに、使用することにより特定の量子状態を生成させることからなる量子制御を利用した状態選択的分光方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子状態を制御する量子制御法、及びレーザーを用いて試料の知見を得るレーザー分光法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザーの標的試料への照射による特定の量子状態の生成は、分光法や動力学過程の測定などで広く行われている。従来の方法では、個々の量子状態に対する生成確率の測定、或いは標的試料の個々の量子状態の分光データを必要としていた。
【0003】
レーザーの標的試料への照射による共鳴状態に対する従来の分光法は、レ―ザー寿命から来る本質的なエネルギー幅のために複数の状態からの信号が混ざってしまい、標的試料の個々の量子状態の分光データを実験的に得ることは極めて困難である。
【0004】
レーザーの標的試料への照射による時間分解分光法は、時間的に変動する現象を測定する方法の一つとして広く行われている。この時、時間分解の逆数に比例するエネルギー分解能を持つことが不確定性原理から導出される。このエネルギー分解能の中に複数の状態が埋もれている場合に、これらの状態を区別して時間分解分光を行うのは極めて困難である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
レーザー分光法は、標的試料の量子状態の精密な分光分析を行う方法の一つとして行われている。しかし、レーザー照射による共鳴状態のエネルギー幅や、時間分解分光のエネルギー分解能の中に複数の状態がある場合には、状態選別した測定は極めて困難である。もし、レーザー照射により量子状態を選択的に生成することが出来れば、状態選別した情報を得ることができる。
【0006】
しかしながら、従来の方法では、標的試料の個々の量子状態の分光データや量子状態を選別した測定が必要であったために、選択的な量子状態の生成を分光法に利用するのは困難であった。標的試料の個々の量子状態の分光データと量子状態を選択した測定を用いずに特定の量子状態を生成し、この生成した量子状態を選別した共鳴状態分光と時間分解分光の方法を提供することが本発明の解決しようとする課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明では、複数のレーザーパルスから成るレーザーパルス列を標的試料に照射して生成された励起状態の全存在確率を測定する。個々の存在確率の測定は行わない。個々のレーザーパルスの強度、位相、照射時刻を調節して励起状態の全存在確率が0になる(レーザーの共鳴又は吸収が消失する)条件を探索する。この時、1番目のパルスと2”+1番目のパルスのペアが、ある特定の状態への遷移を抑制するパルスになっている。このペアのパルス間の強度比、位相差、遅延時間から、抑制される状態の分光データを得ることが出来る。また、全存在確率が0になるパルス列から、ある特定の状態への遷移を抑制するペアを取り除くと、その特定状態への遷移だけが可能なパルス列になり、選択的な量子状態の生成が可能になる。
【0008】
この特定の量子状態を生成するレーザーパルス列を用いて、状態的選択的時間分解分光を行うことが出来る。また、考えている量子状態は共鳴状態でも良いので、共鳴状態からの状態選別された信号を得ることも出来る。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、特定の量子状態を生成するレーザーパルス列を用いることにより、標的試料の状態選別した測定と標的試料の分光データを必要としないで、選択的な量子状態の生成が可能となり、従来の方法では状態選別が不可能であったような場合の分光が可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明においては、複数のレーザーパルスから成るレーザーパルス列を標的試料に照射し、個々のレーザーパルスの強度、位相、照射時刻を調節してレーザーパルスによる標的試料のレーザーエネルギーの励起状態の全存在確率が0になる(レーザーの共鳴又は吸収が消失する)条件を検知し、その際のレーザーパルスのペアがある特定の状態への遷移を抑制するパルスになっていることから、このペアのパルス間の強度比、位相差、遅延時間から抑制される特定の状態の標的試料の分光データを得、又、全存在確率が0になるパルス列からある特定の状態への遷移を抑制するペアを取り除くことにより、その特定状態への遷移だけが可能なパルス列になり、このパルス列による選択的な量子状態の生成が可能になり、更に又特定の量子状態を生成するレーザーパルス列を用いて、状態的選択的時間分解分光を行うことが出来る。また、考えている量子状態は共鳴状態でも良いので、共鳴状態からの状態選別された信号を得ることも出来る。
【実施例】
【0011】
実施例として、
【0012】
【数1】

【0013】
でそれぞれの固有状態が与えられている3状態系(EA、EB,EC)を考える。
4つのパルスからなるパルス列をこれらの3状態系に照射するが、それぞれのパルス形は同一で、1番目と2番目、および3番目と4番目のパルスペアの遅延時間をfs、さらに1番目と3番目、および2番目と4番目のパルスペアの遅延時間を fs として固定する。個々のパルス時間幅と中心周波数は、それぞれ86fs and 9990cm-1 である。1番目と2番目、及び3番目と4番目のパルスペアの位相差と強度比をそれぞれ、δ1、r1とし、1番目と3番目、及び2番目と4番目のパルスペアの位相差と強度比をそれぞれ、δ2、r2とする。4つのパラメータ、δ1、r1、δ2、r2 によって決定されるパルス列を照射したときの全励起確率を数値計算によって求めた。全遷移確率が0になるよう4つのパラメータを最適化するために、
【0014】
【数2】

【0015】
という変数変換を行い、b=0, c=1, d=0 を初期条件として、と言う順番で1変数最適化によって全遷移確率の極小を求めた。この作業を繰り返していけば、全遷移確率が0になる条件にたどり着くはずである。表1のフィツトネス(fitness) が全遷移確率で、最適化を繰り返すたびに小さな値になっていることが判る。
パルス列のうち、1番目と2番目のパルスペアと1番目と3番目のパルスペアがそれぞれ 2つの共鳴励起状態に対する選択励起を誘引するパルスペアになっているはずである。それぞれのパルスペアによって得られる、状態ごとの励起確率の比も表1に記した。この表から見て取れるように最適化を繰り返す度に精度の高い選択比を持つ状態選別励起が実現されている。
【0016】
【表1】

【0017】
又、図1(a)は、普通の分光法で得られるスペクトルで2つの状態からの信号が合わさり一つのピークとなっている。 図1(b)と図1(c)の実線が理論的に得られる個々の状態のスペクトルで、図1(b)と図1(c)の破線が本分光法によって得られたスペクトルである。図1(b)が4つのパラメータを1度ずつ最適化した場合で、図1(c)が4回最適化を行った場合の結果である。4回最適化を行えば、理論的にしか得られなかったスペクトル(実線)をほぼ忠実に再現することができる。
【0018】
即ち、図1(a)が従来の方法で得られるスペクトルで2つの状態のスペクトルの混合したものを示し、図1(b)、(c)の実線が理論的に得られる個々の状態のスペクトルを示し、図1(b)、(c)の破線が最適化によって得られた個々の状態に対するスペクトルを示し、図1(b)が1回最適化を行った場合で、図1(c)が4回最適化を行った場合を示す。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】(a)が従来の方法で得られるスペクトルで2つの状態のスペクトルの混合したもの。(b)、(c)の実線が理論的に得られる個々の状態のスペクトル。波線が最適化によって得られた個々の状態に対するスペクトル。(b)が1回最適化を行った場合で、(c)が4回最適化を行った場合。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
波系整形されたレーザーパルス列を標的試料に照射し、標的試料との共鳴又は吸収が消失する条件を見つけることで、状態選択した高速遷移を誘引するレーザーパルスを、標的試料の情報及び状態選択比の測定を必要とせずに、使用することにより、特定の量子状態を選択的に生成させることからなる量子制御を利用した状態選択的分光方法。
【請求項2】
波系整形されたレーザーパルス列を標的試料に照射し、標的試料との共鳴又は吸収が消失する条件を見つけることで、状態選択した高速遷移を誘引するレーザーパルスを、標的試料の情報及び状態選択比の測定を必要とせずに、使用することにより特定の量子状態を選択的に生成させることからなる量子制御を利用した状態選択的分光方法において、特定の量子状態が共鳴状態からなる共鳴状態に対する分光データを得る方法。
【請求項3】
波系整形されたレーザーパルス列を標的試料に照射し、標的試料との共鳴又は吸収が消失する条件を見つけることで、状態選択した高速遷移を誘引するレーザーパルスを、標的試料の情報及び状態選択比の測定を必要とせずに、使用することにより特定の量子状態を選択的に生成させることからなる量子制御を利用した状態選択的分光方法において、エネルギー分解能に埋もれた状態を選別した時間分解分光を行う方法。













【図1】
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【公開番号】特開2006−189301(P2006−189301A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−794(P2005−794)
【出願日】平成17年1月5日(2005.1.5)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】