金ナノ皮膜被覆リポソーム及びその製造方法
【課題】瘍血管から漏出して腫瘍部位に到達し、体外から照射された近赤外光に応答して発熱できると共に、さらに温度に応答して内包した薬物を放出するような温度感受性リポソームを提供する。
【解決手段】水素化大豆レシチン(HSPC)などのゲル−液晶相転移可能なリポソーム膜を構成する脂質に、ジオクタデシルアミンなどのカチオン性脂質を含み、更にポリエチレングリコール誘導体がリポソーム膜に保持されてなる、金ナノ皮膜で表面を被覆された金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【解決手段】水素化大豆レシチン(HSPC)などのゲル−液晶相転移可能なリポソーム膜を構成する脂質に、ジオクタデシルアミンなどのカチオン性脂質を含み、更にポリエチレングリコール誘導体がリポソーム膜に保持されてなる、金ナノ皮膜で表面を被覆された金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金ナノ皮膜で表面を被覆されてなるリポソーム及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、薬物吸収の制御、薬物放出の制御、及び標的指向の制御の主に3つの目的で、薬効を最大限かつ安全に発揮させる送達系であるドラッグデリバリーシステム(DDS)の重要性が増してきている。これまでに、高分子ゲル、高分子ミセル、マイクロカプセル、高分子-薬物複合体、デンドリマー、リポソームなど様々なシステムが薬物の運搬体として研究されている。なかでも、リポソームは、DDSへの応用が活発に検討されている。
【0003】
リポソームは、生体由来のリン脂質二重膜からなる微小な閉鎖小包体であり、生体適合性が高く、内部の水相に水溶性の薬物を、膜中に疎水性の薬物を保持できる。また、膜を構成するリン脂質の種類を調節して表面電荷、膜流動性などを調節することによって、リポソームに様々な機能を付与することができる。さらに、アンカー部位を有する機能性分子でリポソーム表面を修飾することも可能である。
このような特徴から、深在性(内臓性)真菌症の治療を目的にアムホテリシンBを封入したアムビゾーム(AmBisome)がリポソーム製剤として上市されている。
【0004】
しかし、リポソームは、血液中に投与した場合、肝臓や脾臓の細網内皮系(RES)に取り込まれやすい。そのため、抗体などにより細胞認識能をリポソームに付与しても、リポソームの生体内での分布の制御が困難である。
【0005】
このような点を改良するために、リポソームへの機能付加が試みられている。例えば、リポソーム表面をポリエチレングリコール(PEG)で修飾したPEG修飾リポソームが知られている(特開2003−212755号;特許文献1、国際公開2006/118278号;特許文献2)。このようなPEG修飾リポソームは、RESを回避し、血中に長期間滞留できる。これは、PEGにより形成された水和層により、血漿タンパクの付着やそれに伴うマクロファージによる貪食を回避することにより、血中の滞留性が著しく改善されると考えられている。
【0006】
一般的に、固形腫瘍では腫瘍血管の新生が促進される反面、それに見合うリンパ回収系の増生が見られず、著しい血管透過性の亢進が認められる。従って、正常血管では血管外に漏出しにくい高分子物質や微粒子担体も、腫瘍血管からは漏出しやすく、また、一旦漏出すればこれらの物質は腫瘍部位に停滞し、蓄積することが知られている。このようなEPR(Enhanced Permeability and Retention)効果と呼ばれる高分子物質の腫瘍組織における蓄積と、PEG修飾リポソームの血中滞留性の向上との点から、腫瘍組織へのリポソームを用いたDDSの適用が注目されている。
【0007】
そして、腫瘍組織に集積したリポソームから薬物放出を誘導するために、リポソームの更なる機能化として、光、熱などの外部刺激によって、内包されている薬物を放出させる刺激応答機能を付与することが考えられている。リポソームに刺激応答機能を付与することにより、外部から局所的に刺激を与えることで、腫瘍部位選択的に薬物を放出させることができ、全身への抗癌剤による副作用の軽減、及び患部への効率的な薬効の送達を得ることができる。
【0008】
このような刺激応答機能としては、特許文献1及び2に開示されるPEGによる温度感受性のほか、赤外線の照射により発熱する金微粒子をリポソーム内部に含有させたリポソーム複合体も知られている(特開2005−120033号;特許文献3)。
【特許文献1】特開2003−212755号公報
【特許文献2】国際公開2006/118278号パンフレット
【特許文献3】特開2005−120033号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、リポソームに刺激応答機能を付与するための機能素子として、生体適合性の高い金に着目した。
金ナノ粒子は光を吸収して発熱することが知られており、その光吸収特性は金ナノ粒子のサイズや形状によって様々である。例えば、等方的に成長した金ナノ粒子では、その表面プラズモン共鳴により、530nm程度の光を吸収することが知られている(Stephan Link and Mostafa A. El-Sayed J. Phys. Chem. B 1999, 103, 8410〜8426頁)。同じ金からなるナノ粒子でも、異方的に成長した金ナノロッドや、シリカナノ粒子表面で金ナノ皮膜を成長させた金ナノシェルでは、人体に対する透過性が高い近赤外光(波長670〜900nm)を強く吸収することが報告されている(Cheng-Hsuan Chouら, J. Phys.Chem. B 2005, 109, 11135〜11138頁;Andre M. Gobinら, NANO LETTERS 2007 VOL.7,No.7 1929〜1934頁;Christopher Looら, NANO LETTERS 2005 VOL.5, No.4 709〜711頁;Xiaojun Jiら, J. Phys. Chem. C 2007, 111, 6245〜6251頁;Hui Wangら, Acc. Chem. Res. 2007, 40, 53〜62頁)。
そこで、本発明者らは、薬物内包空間を持つリポソームの表面に金ナノ皮膜を成長させることにより、人体に対する透過性が高い近赤外光(波長670〜900nm)応答性を持つリポソームを得ることを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、金ナノ皮膜で表面を被覆されてなる金ナノ皮膜被覆リポソームを提供する。
本発明は、リポソーム膜表面にカチオンを有するリポソームと金イオン供給化合物とを、水性媒体中で還元剤の存在下に接触させて、金ナノ皮膜で被覆されたリポソームを得ることを含む、金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法も提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームは、腫瘍血管から漏出して腫瘍部位に到達でき、さらに、体外から照射された近赤外光に応答して発熱できるので、癌の非侵襲的な治療法である光温熱療法に用いることが期待される。さらに、温度に応答して内包した薬物を放出するような温度感受性リポソームをコアとして用いることにより、近赤外線照射により選択的に薬物放出を行うことができ、物理的な熱と、化学的な薬物という二方向から癌を強力に攻撃できると考えられる。そして、このような送達系を用いることで、光温熱療法と化学療法を組み合わせた、フォトサーマル・ケモセラピーという新しい癌治療技術の創出につながると期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームは、金ナノ皮膜で表面を被覆されてなる。金ナノ皮膜被覆リポソームのコアをなすリポソームは、リポソーム膜構成脂質で構成される脂質膜からなる閉鎖小包体である。
リポソーム膜構成脂質としては、リポソームの膜脂質として通常用いられる両親媒性の脂質を用いることができる。このような脂質としては、リン脂質及び糖脂質が挙げられる。リン脂質としては、例えばホスファチジン酸、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、大豆ホスファチジルコリン、卵黄ホスファチジルコリンなどが挙げられる。これらのリン脂質の構成脂肪酸としては、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸などが挙げられる。特に、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミンが好ましい。
【0013】
糖脂質としては、ジガラクトシルジアシルグリセロール、ジガラクトシルジアシルグリセロール硫酸エステルなどのグリセロ脂質、ガラクトシルセラミド、ガラクトシルセラミド硫酸エステル、ラクトシルセラミド、ガングリオシドG7、ガングリオシドG6、ガングリオシドG4などのスフィンゴ糖脂質が挙げられる。
【0014】
上記のリポソーム膜構成脂質は、金ナノ粒子とのより安定な結合のために、カチオン性脂質を含むことが好ましい。本明細書において「カチオン性脂質」とは、カチオン性官能基を有する長鎖脂肪酸及びその誘導体を意味する。
該カチオン性脂質が有するカチオン性官能基としては、アミノ基、アミジノ基、グアニジノ基、イミダゾリル基などが挙げられる。長鎖脂肪酸の炭素数は、10〜30が好ましく、より好ましくは14〜20である。
カチオン性脂質としては、ステアリルアミン、パルミチルアミン、ミリスチルアミン、ジドデシルアミン、ジオクタデシルアミンなどが挙げられる。
【0015】
リポソーム膜構成脂質には、コレステロール、ラノステロール、エルゴステロールなどのステロールが含まれていてもよい。
リポソーム膜は、1種又は複数種の上記のリポソーム膜構成脂質から構成されることができる。
【0016】
リポソーム膜構成脂質は、カチオン性脂質とその他の脂質とを、0.5:99.5〜30:70のモル比で混合したものが好ましい。カチオン性脂質とその他の脂質のモル比は、例えば5:95、10:90などであり得る。この範囲の量でカチオン性脂質を用いることにより、近赤外光領域(波長670〜900nm)に吸収ピークを有する金ナノ皮膜被覆リポソームを得ることができる。
【0017】
上記の金ナノ皮膜被覆リポソームは、ポリエチレングリコール(PEG)がリポソーム膜に保持されてなることができる。PEGを保持することにより、金ナノ皮膜被覆リポソーム同士の凝集を抑制できる。
本明細書において、物質が「リポソーム膜に保持される」とは、該物質がリポソーム膜に結合してリポソーム膜表面から突出していてもよいし、リポソーム膜を構成する脂質二重膜に該物質の一部分もしくは全体が埋め込まれていてもよい。
【0018】
上記のPEGは、通常、リポソームに用いられるものを好適に用いることができる。このようなPEGの分子量は、120〜12000が好ましく、より好ましくは350〜12000、さらに好ましくは350〜5000である。このような範囲の分子量を有するPEGを用いると、リポソームの血中滞留時間を好ましい範囲にすることができる。
【0019】
上記のPEGは、PEG誘導体をリポソーム膜構成脂質と接触させることにより、リポソーム膜を構成することとなるのが好ましい。PEG誘導体とは、次の式(I):
R'−(PEG)−X−R (I)
(式中、(PEG)は上記のような分子量のポリエチレングリコールを表し、R'は、水素原子、メトキシ基、または(PEG)と2価の結合手を介して結合していてもよい反応性基であり、Rは、リポソーム膜構成脂質が有する基と反応性を有する基または脂質に由来する基であり、Xはリンカーである)
で表される化合物である。
【0020】
式(I)におけるR'が反応性基である場合、該反応性基としては特に限定されないが、例えばアミノ基、N-ヒドロキシスクシンイミドとのエステルを形成していてもよいカルボキシル基、ビオチニル基、マレイミド基、ニトロフェニル基、アルデヒド基、アセタール基、トレシル基、チオール基などが挙げられる。2価の結合手としては、例えば−COO−、−CH2−、−CH2CH2−、−CH2CH2CH2−、−COCH2CH2−、−COCH2CH2CH2−、−NHCO−、−NHCO−CH2CH2−などが挙げられる。
式(I)におけるXとしてのリンカーは、Rの種類に応じて適宜選択することができ、例えば−CO−、−COCH2CH2CO−、−COCH2CH2CH2CO−などが挙げられる。
【0021】
式(I)におけるRがリポソーム膜構成脂質の有する基と反応性を有する基であるPEG誘導体については、例えばWO98/32466号などに記載されており、これらを用いることができる。このようなPEG誘導体は、リポソーム膜構成脂質の有する基、例えばホスファチジルエタノールアミンやホスファチジルセリンが有するアミノ基と結合できるので、リポソーム膜にPEGが保持されることとなる。
【0022】
上記のPEG誘導体は、式(I)におけるRが脂質に由来する基である化合物が好ましい。このような化合物は、PEG−脂質複合体と表すことができる。このようなPEG誘導体は、リポソーム膜構成脂質と接触することにより、PEG−脂質複合体を構成する脂質部分がリポソーム膜に入り込むことができるので、PEGがリポソーム膜に担持されることとなる。
【0023】
上記のPEG−脂質複合体を構成する脂質は、天然脂質であってもよいし、合成脂質であってもよい。天然脂質としては、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロールなどのグリセロリン脂質;セレブロシドなどのスフィンゴ糖脂質;ジアシルグリセロールなどのグリセリド;コレステロール、ラノステロール、エルゴステロールなどのステロイドが挙げられる。合成脂質としては、アミノ基、ヒドロキシ基、カルボキシル基などの反応性官能基を有する合成脂質が挙げられる。なかでも、ホスファチジルエタノールアミン、ジアシルグリセロールおよびコレステロールからなる群より選択されるのが好ましい。これらの脂質は、1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。上記のリン脂質の構成脂肪酸としては特に限定されないが、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ラウリン酸などが挙げられる。
【0024】
上記のようなPEG−脂質複合体は市販品を用いることができ、その例としては次のようなものが挙げられる(いずれもAvanti Polar Lipids社製、商品名)。
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0025】
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000];
【0026】
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0027】
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000];
【0028】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[アミノ(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ビオチニル(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
【0029】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[カルボキシNHSエステル(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[マレイミド(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
【0030】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0031】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000];
【0032】
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0033】
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000]
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000]。
【0034】
上記のリポソームがPEGを保持する場合、リポソーム膜構成脂質:PEGのモル比が1:0〜0.2となるように、上記のリポソーム膜構成脂質とPEG誘導体とを接触させることができる。リポソーム膜構成脂質:PEGのモル比は、より好ましくは1:0.01〜0.06であり、さらに好ましくは1:0.01〜0.03である。
【0035】
上記のリポソームは、ゲル−液晶相転移可能なリポソーム膜で構成されるものであってもよい。このようなリポソームを用いることにより、金ナノ皮膜被覆リポソームに近赤外光を照射して発熱させることによりリポソーム膜が相転移してその構造が乱れ、リポソーム膜内部に保持されている薬剤をより容易に放出できる。
ゲル−液晶相転移可能なリポソーム膜を構成するリポソーム膜構成脂質は公知であり、例えばジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、水素化大豆レシチン(HSPC)などが挙げられる。
【0036】
上記のリポソームは、感熱応答性部分及び疎水性部分を有する高分子化合物とPEGとがリポソーム膜に担持されてなる温度感受性リポソームであってもよい。このようなリポソームを用いることにより、金ナノ皮膜被覆リポソームに近赤外光を照射して発熱させることによりリポソーム膜が崩壊し、リポソーム膜内部に保持されている薬剤をより容易に放出できる。好ましい温度感受性リポソームとしては、国際公開2006/118278号パンフレットに記載されるものが挙げられる。
【0037】
本明細書において、金ナノ皮膜とは、リポソーム表面を被覆する金ナノ粒子の集合体を意味する。金ナノ皮膜とリポソームとは、イオン結合又は配位結合により結合していることが好ましい。
金ナノ皮膜は、リポソームの表面の少なくとも一部分を被覆するように形成されていればよく、連続的な皮膜でなくてよいが、近赤外光を吸収して発熱する効果が高い点で、リポソームの表面の全体を被覆することが好ましい。
【0038】
上記の金ナノ皮膜は、波長670〜900nmの近赤外光領域に吸収ピークを有することが好ましく、より好ましくは、波長700〜850nmである。この領域の近赤外光領域に吸収ピークを有する金ナノ皮膜被覆リポソームは、人体を透過できる近赤外光を照射することにより発熱でき、さらに、リポソームに保持された薬物を放出することができる。
【0039】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームの粒径は、0.05〜10μm程度であればよく、使用目的に応じて種々の粒径とすることができる。例えば、抗癌剤を上記のリポソームに保持させて、癌細胞に送達するための送達系として用いる場合には、通常0.05〜0.2μm程度、特に0.05〜0.1μm程度の粒径であることが好ましい。
【0040】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームのコアをなすリポソームは、上記の粒径の範囲内であれば、一層の脂質二重膜からなる単層リポソーム、または複数の脂質二重膜からなる多重層リポソームのいずれであってもよい。
【0041】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームは、上記のリポソーム膜脂質を用いて得られたリポソームと金イオン供給化合物とを、水性媒体中で還元剤の存在下に接触させることにより得ることができる。リポソーム膜脂質は、カチオン性脂質を含むことが好ましい。
【0042】
リポソーム膜構成脂質を用いてリポソームを得る方法は公知である。公知のリポソームの製造方法としては、エクストルーダー法、超音波法、フレンチプレス法などが挙げられる。これらの方法の詳細は、「リポソーム」(野島庄七、砂本順三、井上圭三編、南江堂)および「ライフサイエンスにおけるリポソーム」(寺田弘、吉村哲郎編、シュプリンガー・フェアラーク東京)に記載されている。
また、リポソームは、リポソーム膜構成脂質を超臨界状態の二酸化炭素に溶解、分散又は混合することを含む超臨界二酸化炭素法により得ることもできる。
【0043】
例えば、エクストルーダー法によりリポソームを製造する方法について説明する。所定量のリポソーム膜構成脂質及び所望によりPEG誘導体を、クロロホルムなどの適当な有機溶媒に溶解させた溶液をそれぞれ調製し、容器内に入れて混合する。次いで、エバポレーターを用いて溶媒を除去し、容器壁にリポソーム膜構成脂質と任意にPEGとからなる薄膜を形成させる。この膜は、さらに3〜12時間程度真空乾燥させることが好ましい。次いで、この容器内に緩衝液などの適当な溶液を投入し、超音波処理またはボルテックスミキサーなどを用いて強く攪拌することによりリポソームを形成させることができる。得られたリポソーム分散液をエクストルーダーに通し、そのフィルター孔径を適宜設定することにより、リポソームの粒径を調節することができる。
【0044】
上記のようにして得られたリポソーム分散液から、担持されなかったPEG誘導体などを、ゲルろ過法、超遠心法、透析法などにより除去することができる。除去したい物質が電荷を有する場合には、イオン交換クロマトグラフィーを用いることもできる。
【0045】
上記の製造方法において、PEG誘導体を用いる場合、リポソーム膜構成脂質およびPEG誘導体を混合する順序としては特に限定されない。例えば、リポソーム膜構成脂質とPEG誘導体を一度に混合してもよいし、リポソーム膜構成脂質を用いて上記のようなエクストルーダー法などにより予めリポソームを形成させた後に、PEG誘導体を添加して、これらの成分をリポソーム膜に担持させてもよい。
【0046】
上記のようにして得られたリポソームと接触させる金イオン供給化合物は、金の無機塩が好ましい。金の無機塩は、金の塩化物などの金のハロゲン化物を含み、四塩化金(III)酸が好ましい。
リポソームと金イオン供給化合物との混合比は、リポソームを構成する脂質の合計モル数に比べて金イオン供給化合物に由来する金イオンのモル数が過剰であるのが好ましく、例えば、該脂質のモル数:金イオンのモル数=1:1〜1:10の範囲であり得る。
【0047】
還元剤としては、Au塩を還元する還元力を有するものであれば特に限定されず、ホルムアルデヒド及びアセトアルデヒドを含むアルデヒド類、クエン酸、水素化ホウ素酸塩類などが挙げられる。
金イオン供給化合物と還元剤の混合比は、金イオンのモル数:還元剤のモル数=1:2〜1:10の範囲が好ましい。
【0048】
リポソームと還元剤と金イオン供給化合物との混合は、pH 5.0〜10.0で行うことが好ましく、より好ましくはpH 6.5〜9.0、さらに好ましくはpH 7.0〜8.5である。この範囲のpHで混合することにより、金イオンの還元が好ましい速度で進行し、より均質な金ナノ皮膜を形成でき、また、形成された金ナノ皮膜同士の凝集を抑えることができる。
【0049】
上記の金ナノ皮膜被覆リポソームと薬剤とからなる近赤外光応答性薬剤放出システムも本発明の一つである。
上記の薬剤は、親水性物質および疎水性物質のいずれであってもよい。親水性物質である場合は、金ナノ皮膜被覆リポソームの内部の閉鎖空間の親水性領域に含有され、疎水性物質である場合は、金ナノ皮膜被覆リポソームのコアのリポソーム膜に保持されることとなる。
【0050】
上記の薬剤としては、特に限定されないが、例えば温熱療法と併用される抗癌剤、抗炎症剤などが挙げられる。抗癌剤としては、シスプラチン、カルボプラチン、テトラプラチン、イプロプラチンなどの金属錯体;アドリアマイシン(ADR)、マイトマイシン、アクチノマイシン、アンサマイトシン、ブレオマイシン、Ara-C、ダウノマイシンなどの制癌抗生物質;5-FU、メトトレキセート、TAC-788などの代謝拮抗剤;BCNU、CCNUなどのアルキル化剤;インターフェロン(α、β、γ)、各種インターロイキンなどのリンホカインなどが挙げられる。また、抗炎症剤としては、プレドニン、リンデロン、セレスタミンなどが挙げられる。
【0051】
上記の金ナノ皮膜被覆リポソームは、上記の薬剤の代わりに疾患の治療のための遺伝子も含み得る。このような遺伝子としては、特に限定されないが、例えば、重症複合型免疫不全症の治療のためのアデノシンデアミナーゼ遺伝子、家族性高コレステロール血症の治療のためのLDL受容体遺伝子、癌治療のためのインターフェロン(IFN)−α、β又はγ遺伝子、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)遺伝子、各種インターロイキン(IL)遺伝子、腫瘍壊死因子(TNF)−α遺伝子、リンホトキシン(LT)−β遺伝子、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)遺伝子、T細胞活性化共刺激因子遺伝子などが挙げられる。その他、アルツハイマー病、脊椎損傷、パーキンソン病、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症などの治療のための遺伝子も挙げられる。
上記の薬剤の量は特に限定されず、薬剤の種類などにより適宜選択することができる。
【0052】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムの製造において、金ナノ皮膜被覆リポソームに薬剤を含有させる方法としては、薬剤の種類に応じて公知の方法を用いることができる。該方法としては限定されないが、例えば上記の金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法において、コアとなるリポソームを形成させた後に、薬剤を含む溶液にリポソームを浸漬させて薬剤をリポソームの内部に取り込ませてから金ナノ皮膜で被覆する方法、上記の金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法において、コアとなるリポソームとなる薄膜が形成された容器内に、薬剤を含む溶液を投入した後にリポソーム膜構造を形成させて薬剤を封入する方法などが挙げられる。
【0053】
本発明の近赤外光応答性薬剤放出システムは、さらに少なくとも1種の医薬添加剤を含むのが好ましい。該近赤外光応答性薬剤放出システムは、錠剤、粉末、カプセルなどの固形製剤の形態であってもよいが、注射製剤のような液体製剤の形態が好ましい。該液体製剤は、用時に水または他の適切な賦形剤で再生する乾燥製品として提供してもよい。
上記の錠剤及びカプセルは、通常の方法により腸溶コーティングを施すことが望ましい。腸溶コーティングとしては、当該分野において通常用いられるものを利用できる。また、カプセルは粉末または液体のいずれを含有することもできる。
【0054】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムが液体製剤である場合、医薬添加剤は、担体(例えば生理食塩水、滅菌水、緩衝液など)、膜安定剤(例えばコレステロールなど)、等張化剤(例えば塩化ナトリウム、グルコース、グリセリンなど)、抗酸化剤(例えばトコフェロール、アスコルビン酸、グルタチオンなど)、防腐剤(例えばクロルブタノール、パラベンなど)などを含み得る。上記の担体は、金ナノ皮膜被覆リポソームを製造する際に用いる溶媒であり得る。
【0055】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムが固形製剤である場合、医薬添加剤は、賦形剤(例えば乳糖、ショ糖のような糖類、トウモロコシデンプンのようなデンプン類、結晶セルロースのようなセルロース類、アラビアゴム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、リン酸カルシウムなど)、滑沢剤(例えばステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコールなど)、結合剤(例えばマンニトール、ショ糖のような糖類、結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなど)、崩壊剤(例えば馬鈴薯澱粉のようなデンプン類、カルボキシメチルセルロースのようなセルロース類、架橋ポリビニルピロリドンなど)、着色剤、矯味矯臭剤などを含み得る。
【0056】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムは、上記の薬剤を含む金ナノ皮膜被覆リポソームをそのまま、又は凍結乾燥させて、上記の医薬添加剤と混合することにより製造することができる。薬剤を含む金ナノ皮膜被覆リポソームを凍結乾燥する場合、凍結乾燥する前に適当な賦形剤を添加しておくのがよい。
【0057】
本発明の近赤外光応答性薬剤放出システムを対象者に投与して、患部に近赤外光を照射することにより、金ナノ皮膜被覆リポソームを発熱させることができる。金ナノ皮膜リポソームのコアをなすリポソームは脂質膜で構成されているので、金ナノ皮膜が発熱することにより膜構造が乱れ、リポソームの内部に保持されている薬剤がリポソーム外部に放出され得る。また、該金ナノ皮膜被覆リポソームのコアが上記のような温度感受性リポソームであれば、金ナノ皮膜被覆リポソームに保持された薬剤を患部でより効率的に放出させることもできる。このような方法により、腫瘍の部位の温度を選択的に上昇させることができ、従来の癌の温熱療法の効率をより高くできるとともに、患部に到達したリポソームから薬剤を特異的に効率よく放出させることも可能になる。
よって、本発明により、治療または予防を必要とする対象者に、上記の赤外光応答性薬剤放出システムの有効量を経口又は非経口的に投与し、一定期間経過後に対象の患部に赤外光を照射することを含む、疾患の治療又は予防方法が提供される。
【0058】
上記の対象者は、哺乳動物が好ましく、特に好ましくはヒトである。
上記の一定期間は、赤外光応答性薬剤放出システムの投与後少なくとも3時間が好ましく、より好ましくは3〜48時間、さらに好ましくは6〜24時間、さらにより好ましくは6〜12時間である。
【0059】
本発明の治療方法において、患部への赤外光の照射は、従来の腫瘍の温熱療法において用いられる方法に従って行うことができる。赤外光は、レーザ、マイクロ波のような電磁波を用いて照射することができる。照射の際には、患部上方の皮膚に火傷が発生しないように、加熱する部位の皮膚に保護布などをあててもよい。
【0060】
上記の赤外光応答性薬剤放出システムは、非経口および経口経路のいずれによっても投与することができる。例えば薬剤として抗癌剤を用いる場合は、非経口経路、特に静脈注射による投与が好ましい。
【0061】
上記の赤外光応答性薬剤放出システムの投与量は、対象の重篤度及び金ナノ皮膜被覆リポソームに含有される薬剤の量に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0062】
本発明を、以下の実施例により詳細に説明するが、これらの実施例は、本発明を限定することを意図しない。
(1)金ナノ皮膜被覆リポソームの作製
(1-1)リポソームの作製
ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC、日本油脂社製)のクロロホルム溶液(10mg/ml)500μl (DPPC 6.81μmol)と、所定量のステアリルアミン(SA、シグマ社製)のクロロホルム溶液(1mg/ml)と、所定量の1,2-ジステアロイル-sn-ホスファチジルエタノールアミン-N-[メトキシ(ポリエチレングリコール)-5000] (PEG5000-PE、Avanti polar lipids.inc.製)のクロロホルム溶液(10mg/ml)とを混合し、ロータリーエバポレーターで溶媒を除去し薄膜を形成させ、3時間真空乾燥することで溶媒を完全に除去した。その後、pH 5.0の50mM酢酸緩衝液、pH7.0の50mMリン酸緩衝液、又はpH 8.5の50mM Tris-HCl緩衝液500μlを加え、47℃で5分間超音波照射し、47℃でエクストルーダーを用いて孔径100nmのフィルターを通すことでリポソーム分散液を得た。
【0063】
(1-2)リポソームの作製
DPPC/SA/PEG5000-PE/DOPE =66/10/4/20 mol%の量比となるように、DPPC、SA、PEG5000-PE及びジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE、日本油脂社製)を混合し、(1-1)と同様にして、リポソーム分散液を得た。
【0064】
(1-3)金ナノ皮膜被覆リポソームの作製
種々のpHの緩衝液4ml中に、全脂質量が0.621μmolとなるように(1-1)又は(1-2)で作製したリポソーム分散液を加え、次に25mMの四塩化金(III)酸(和光純薬工業)の水溶液60μl(1.5μmol)、及びホルマリン1.13μl(ホルムアルデヒド14μmol)を加えて、室温(25℃)にて静置し、金イオンを還元して、金ナノ皮膜被覆リポソームの分散液を得た。
なお、リン脂質の定量は、リン脂質Cテストワコー(和光純薬工業)を用いて、コリンオキシターゼ・DAOS法によって行った。試料溶液(リポソーム溶液)、ブランク溶液及び、標準溶液をそれぞれ発色溶液と混合し、37℃で5分間加温した。波長600nmで試料溶液の吸光度を日本分光(株)製V-520型紫外・可視光光度計を用いて測定し、得られた吸光度から試料溶液の濃度を決定した。
【0065】
(2)実験手順
(2-1)金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル測定
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトルは、恒温層の付いたJasco製紫外・可視光光度分光計V-560及びV-630を用いて測定した。
【0066】
(2-2)金ナノ皮膜被覆リポソームの透過型電子顕微鏡による観察
銅グリッドにコロジオン膜を貼り、カーボン蒸着して、金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を垂らし、ろ紙で溶液をふき取り、デシケーターで一晩乾燥させ、透過型電子顕微鏡(JEM-2000FEX II、日本電子社製)にて観察した。
【0067】
(2-3)金ナノ皮膜被覆リポソームの発熱挙動
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液([全脂質濃度]=78μM、[Au濃度]=1.88×10-1 mM ただし、Au濃度は仕込みの塩化金酸濃度より求めたものである)に、波長809nm、出力密度 0.43W/cm2、ビーム径10mmのレーザ光を照射し、スターラーで撹拌しながら、熱電対にてその温度変化を測定した。
【0068】
(2-4)金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のTriton X-100混合時のスペクトルの経時変化
pH7.0の条件で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液1ml([全脂質濃度]=166μM、[Au濃度]=3.77×10-1 mM)に、10% Triton X-100水溶液50μlを加え、スペクトルの時間変化を測定した。用いたリポソームの組成はDPPC/SA/PEG5000-PE = 91/5/4 mol%である。スペクトルの測定は、恒温層の付いたJasco製紫外・可視光光度分光計V-560及びV-630を用いて測定した。
【0069】
(3)金ナノ皮膜被覆リポソームの特徴決定
(3-1)pH5.0において作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化
上記の(1-3)に記載のように、pH5.0の50mM酢酸緩衝液中において、リポソーム存在下で、ホルムアルデヒドを用いて金イオンを還元して、金ナノ皮膜被覆リポソームの分散液を得た。リポソームの膜構成脂質の組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE=91/5/4 mol%であった。
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液は、時間の経過とともに金イオンの還元によるものと考えられるスペクトルの増大がみられたため、スペクトルの変化を追跡することで、金イオンの還元状況を調べた。金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した日数によるスペクトルの変化を図1に示す。図1では、550nm付近にピークを持つ、幅広い領域における吸収が得られた。これは、金のナノ構造体による吸収ではなく、散乱による消光の割合が多いと考えられる。
750nmにおける吸光度の変化を図2に示す。図2より、金イオンの還元は9日後に終わっていると考えられる。
【0070】
(3-2)pH7.0において作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化
(1-3)に記載されるようにしてpH7.0の50mMリン酸緩衝液中で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を用いて、(3-1)と同様にしてスペクトルの変化を追跡することで、金イオンの還元状況を調べた。リポソームの膜構成脂質の組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE=91/5/4 mol%であった。
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した時間によるスペクトルの変化を図3に示す。図3より、650nm付近にピークを持つ、シャープな吸収が得られた。このスペクトルは、シリカナノ粒子をコアとした金ナノシェルのスペクトルと非常に類似するため、リポソームをコアとした金ナノシェルが形成されていることが示唆される。
次に、750nmにおける吸光度の変化を図4に示す。図4より、金イオンの還元速度はpH5.0の条件よりも速いことが確認できた。
【0071】
(3-3)pH8.5において作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化
(1-3)に記載されるようにしてpH8.5の50mM Tris-HCl緩衝液中で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を用いて、(3-1)と同様にしてスペクトルの変化を追跡することで、金イオンの還元状況を調べた。リポソームの膜構成脂質の組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE=91/5/4 mol%であった。
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した日数によるスペクトルの変化を図5に示す。図5より、650nm付近にピークを持つ、pH7.0で金イオンを還元したときよりも、さらに強い吸収が得られた。このスペクトルは、シリカナノ粒子をコアとした金ナノシェルのスペクトルと非常に類似するため、金ナノシェルが形成されていることが示唆される。
次に、750nmにおける吸光度の変化を図6に示す。図6より、金イオンの還元は6日程度で終わっていると考えられる。
【0072】
比較例として、(1-3)で作製したリポソームの非存在下で、pH8.5 50mM Tris-HCl緩衝液中で塩化金酸とホルムアルデヒドを混合した。混合液のスペクトルの時間変化を図7に、750nmにおける吸光度変化を図8にそれぞれ示す。
図7の結果より、リポソームが存在しなければ、スペクトルの増大が起こらないので、金イオンが還元されていないと考えられる。
【0073】
(3-1)〜(3-3)の結果から、SAによってカチオン性になったリポソーム表面に塩化金イオンが集まり、塩化金イオン濃度が高くなるので金イオンが還元されやすい状態になり、リポソーム表面近傍で金ナノクラスターが生成したと考えられる。そして、生成した金ナノクラスターがSAの一級アミン部位に吸着し、さらに成長して金ナノクラスター同士が融合し、リポソーム表面で金ナノ皮膜になったと考えられる。
また、pH7.0 リン酸緩衝液中では、金イオンの還元は比較的迅速に行われることがわかった。さらに、pH7.0 リン酸緩衝液、及びpH8.5 Tris-HCl緩衝液中では、均質な金ナノ皮膜で覆われたリポソームが形成されている可能性が示唆された。
【0074】
(3-4)透過型電子顕微鏡による金ナノ皮膜被覆リポソームの観察
図1、3及び5で得られたスペクトルは、金のナノ構造体によるものと考えられるので、その形状、大きさなどを、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。
結果を図9に示す。図9では、(a)pH5.0 酢酸緩衝液中で作製したもの、(b)pH7.0 リン酸緩衝液中で作製したもの、及び(c)pH8.5 Tris-HCl緩衝液中で作製したものを示す。
(a)では、凝集した粒子が観察された。これは、金ナノ粒子表面は負電荷を帯びて、静電反発によって分散力を得ると考えられるが、溶液中のプロトンが多いために、その負電荷が打ち消された結果、コロイドとしての分散力が低下して、金ナノ皮膜被覆リポソームが凝集したと考えられる。
(b)では、いびつな形の粒子が観察された。これは、金イオンの還元速度が比較的速いので、金ナノクラスターが不均一な成長をしたためだと考えられる。
(c)では、比較的均一な粒子が観察された。
上記のいずれのpHにおいても、粒子の直径は100nm程度であった。この直径は、用いたリポソームの直径とほぼ一致するので、リポソーム表面が金ナノ皮膜で被覆されていることが確認された。
【0075】
(3-5)pH7.0で作製した金ナノ皮膜の光吸収特性に及ぼすステアリルアミン(SA)含率の影響
金ナノ皮膜は、SAによりカチオンを有するリポソーム表面に塩化金イオンが集まり、塩化金イオン濃度が高くなるために還元されやすい状態になり、リポソーム表面近傍で金イオン還元による金ナノクラスターが生成し、そして、生成した金ナノクラスターがSAの一級アミン部位に吸着し、さらに成長して金ナノクラスター同士が融合することで、リポソーム表面上で生成していると考えられる。そこで、次に、リポソーム膜構成脂質及びPEG誘導体の合計に対するカチオン性脂質であるSAの含率が、金ナノ皮膜の光吸収特性にどのような影響を及ぼすのかについて、pH7.0 リン酸緩衝液中の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した時間によるスペクトル変化を調べた。
【0076】
SA含率が0mol%(DPPC/SA/PEG5000-PE=96/0/4 mol%)の場合の結果は図10に、SA含率が10mol%(DPPC/SA/PEG5000-PE=86/10/4 mol%)の場合の結果は図11に示す。図10では、540nm付近にピークを持つスペクトルが得られた。このことから、SA含率が0mol%ではリポソーム表面で金ナノ皮膜は生成せず、等方的な金ナノ粒子が生成していることがわかる。図11では、ピーク波長が750nm程度の近赤外領域に吸収を持つスペクトルが得られた。これは、SA含率を増やすことで、金ナノクラスターがリポソーム表面に吸着する部位が増え、つまり、金ナノ皮膜が成長するための足場が増えて、より均一な金ナノ皮膜が生成したと考えられる。また、図12にSA含率とピーク波長の関係を示す。SAの含率が増加するほど、ピーク波長は長波長側にシフトしていることがわかる。これらの結果から、SA含率を変化させることで、金ナノ皮膜被覆リポソームの吸収ピークを調節でき、所望の波長の近赤外光を強く吸収する金ナノ皮膜被覆リポソームを作製可能であることがわかる。
【0077】
(3-6)pH8.5で作製した金ナノ皮膜の光吸収特性に及ぼすステアリルアミン含率の影響
(3-5)と同様にして、pH8.5 Tris-HCl緩衝液中の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を調べた。SA含率が0mol%の場合の結果は図13に、SA含率が7.5mol%の場合の結果は図14に、SA含率が10mol%の場合の結果は図15に示す。図13では、スペクトルの増大はほとんどみられなかった。時間経過とともに一度少し増大したスペクトルが、減少してきていることから、金イオンは多少還元されているが、凝集・沈殿してしまったと考えられる。図14では、800nm付近にピークをもつスペクトルが得られた。図15では、近赤外領域である900nm付近にピークを持つスペクトルが得られた。図16にSA含率とピーク波長の関係を示す。pH7.0の場合と同様に、SAの含率が増加するほど、ピーク波長は長波長側にシフトしていることがわかる。pH7.0とpH8.5の場合の結果を比較すると、同じSA含率のリポソームを用いて、金ナノ皮膜を有するリポソームを作製したときでは、pH8.5 Tris-HCl緩衝液中で作製したほうが、ピーク波長はより長波長側であることがわかる。これは金イオンの還元速度が、金ナノ皮膜の形状に影響を与え、その結果がスペクトルに反映されているためであると考えられる。
【0078】
(3-7)金ナノ皮膜被覆リポソームの発熱挙動
等方的に成長した金ナノ粒子や、棒状の金ナノ粒子である金ナノロッドや、シリカナノ粒子をコアとした金ナノシェルは、それぞれの光吸収特性に合わせたレーザ光を照射すると発熱することが知られている。そこで、本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームに、近赤外光を照射して発熱するかを検討した。
用いたコアとなるリポソームの組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE/DOPE =66/10/4/20 mol%であった。金ナノ皮膜被覆リポソームは、[全脂質濃度]=78μM、[Au濃度]=1.88×10-1 mMであった。金ナノ皮膜で被覆されたか又はされていないリポソームに、0.43 W/cm2の出力密度で、809nmのレーザを用いて近赤外光を照射し、金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の温度の変化を測定した。
その結果を図17に示す。図17のグラフは、y軸に近赤外光を照射する前の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の温度から増加した温度を、x軸に時間をとる。図17より、金ナノ皮膜で被覆されていないリポソーム(▲)では30分で10℃程度の発熱しかみられなかったのに対し、金ナノ皮膜を有するリポソーム(●)では、30分で30℃近い発熱がみられた。この結果から、金ナノ皮膜を有するリポソームは近赤外光を照射することで、発熱することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】pH5.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである。
【図2】pH5.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の750nmにおける吸光度の変化を示すグラフである。
【図3】pH7.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである。
【図4】pH7.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の750nmにおける吸光度の変化を示すグラフである。
【図5】pH8.5で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである。
【図6】pH8.5で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の750nmにおける吸光度の変化を示すグラフである。
【図7】リポソームの非存在下、pH8.5で塩化金酸とホルムアルデヒドを混合したときのスペクトル変化を示すグラフである。
【図8】リポソームの非存在下、pH8.5で塩化金酸とホルムアルデヒドを混合したときの750nmにおける吸光度変化を示すグラフである。
【図9】(a)pH5.0 酢酸緩衝液、(b)pH7.0 リン酸緩衝液、及び(c)pH8.5 Tris-HCl緩衝液でそれぞれ作製した金ナノ皮膜被覆リポソームの透過型電子顕微鏡写真である。
【図10】ステアリルアミン(SA)含率が0mol%のリポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 7.0)。
【図11】ステアリルアミン(SA)含率が10mol%の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 7.0)。
【図12】pH 7.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソームのSA含率とピーク波長の関係を示すグラフである。
【図13】ステアリルアミン(SA)含率が0mol%のリポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 8.5)。
【図14】ステアリルアミン(SA)含率が7.5mol%の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 8.5)。
【図15】ステアリルアミン(SA)含率が10mol%の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 8.5)。
【図16】pH 8.5で作製した金ナノ皮膜被覆リポソームのSA含率とピーク波長の関係を示すグラフである。
【図17】金ナノ皮膜被覆リポソーム又はリポソームの分散液に近赤外光を照射したときの温度上昇を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、金ナノ皮膜で表面を被覆されてなるリポソーム及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、薬物吸収の制御、薬物放出の制御、及び標的指向の制御の主に3つの目的で、薬効を最大限かつ安全に発揮させる送達系であるドラッグデリバリーシステム(DDS)の重要性が増してきている。これまでに、高分子ゲル、高分子ミセル、マイクロカプセル、高分子-薬物複合体、デンドリマー、リポソームなど様々なシステムが薬物の運搬体として研究されている。なかでも、リポソームは、DDSへの応用が活発に検討されている。
【0003】
リポソームは、生体由来のリン脂質二重膜からなる微小な閉鎖小包体であり、生体適合性が高く、内部の水相に水溶性の薬物を、膜中に疎水性の薬物を保持できる。また、膜を構成するリン脂質の種類を調節して表面電荷、膜流動性などを調節することによって、リポソームに様々な機能を付与することができる。さらに、アンカー部位を有する機能性分子でリポソーム表面を修飾することも可能である。
このような特徴から、深在性(内臓性)真菌症の治療を目的にアムホテリシンBを封入したアムビゾーム(AmBisome)がリポソーム製剤として上市されている。
【0004】
しかし、リポソームは、血液中に投与した場合、肝臓や脾臓の細網内皮系(RES)に取り込まれやすい。そのため、抗体などにより細胞認識能をリポソームに付与しても、リポソームの生体内での分布の制御が困難である。
【0005】
このような点を改良するために、リポソームへの機能付加が試みられている。例えば、リポソーム表面をポリエチレングリコール(PEG)で修飾したPEG修飾リポソームが知られている(特開2003−212755号;特許文献1、国際公開2006/118278号;特許文献2)。このようなPEG修飾リポソームは、RESを回避し、血中に長期間滞留できる。これは、PEGにより形成された水和層により、血漿タンパクの付着やそれに伴うマクロファージによる貪食を回避することにより、血中の滞留性が著しく改善されると考えられている。
【0006】
一般的に、固形腫瘍では腫瘍血管の新生が促進される反面、それに見合うリンパ回収系の増生が見られず、著しい血管透過性の亢進が認められる。従って、正常血管では血管外に漏出しにくい高分子物質や微粒子担体も、腫瘍血管からは漏出しやすく、また、一旦漏出すればこれらの物質は腫瘍部位に停滞し、蓄積することが知られている。このようなEPR(Enhanced Permeability and Retention)効果と呼ばれる高分子物質の腫瘍組織における蓄積と、PEG修飾リポソームの血中滞留性の向上との点から、腫瘍組織へのリポソームを用いたDDSの適用が注目されている。
【0007】
そして、腫瘍組織に集積したリポソームから薬物放出を誘導するために、リポソームの更なる機能化として、光、熱などの外部刺激によって、内包されている薬物を放出させる刺激応答機能を付与することが考えられている。リポソームに刺激応答機能を付与することにより、外部から局所的に刺激を与えることで、腫瘍部位選択的に薬物を放出させることができ、全身への抗癌剤による副作用の軽減、及び患部への効率的な薬効の送達を得ることができる。
【0008】
このような刺激応答機能としては、特許文献1及び2に開示されるPEGによる温度感受性のほか、赤外線の照射により発熱する金微粒子をリポソーム内部に含有させたリポソーム複合体も知られている(特開2005−120033号;特許文献3)。
【特許文献1】特開2003−212755号公報
【特許文献2】国際公開2006/118278号パンフレット
【特許文献3】特開2005−120033号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、リポソームに刺激応答機能を付与するための機能素子として、生体適合性の高い金に着目した。
金ナノ粒子は光を吸収して発熱することが知られており、その光吸収特性は金ナノ粒子のサイズや形状によって様々である。例えば、等方的に成長した金ナノ粒子では、その表面プラズモン共鳴により、530nm程度の光を吸収することが知られている(Stephan Link and Mostafa A. El-Sayed J. Phys. Chem. B 1999, 103, 8410〜8426頁)。同じ金からなるナノ粒子でも、異方的に成長した金ナノロッドや、シリカナノ粒子表面で金ナノ皮膜を成長させた金ナノシェルでは、人体に対する透過性が高い近赤外光(波長670〜900nm)を強く吸収することが報告されている(Cheng-Hsuan Chouら, J. Phys.Chem. B 2005, 109, 11135〜11138頁;Andre M. Gobinら, NANO LETTERS 2007 VOL.7,No.7 1929〜1934頁;Christopher Looら, NANO LETTERS 2005 VOL.5, No.4 709〜711頁;Xiaojun Jiら, J. Phys. Chem. C 2007, 111, 6245〜6251頁;Hui Wangら, Acc. Chem. Res. 2007, 40, 53〜62頁)。
そこで、本発明者らは、薬物内包空間を持つリポソームの表面に金ナノ皮膜を成長させることにより、人体に対する透過性が高い近赤外光(波長670〜900nm)応答性を持つリポソームを得ることを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、金ナノ皮膜で表面を被覆されてなる金ナノ皮膜被覆リポソームを提供する。
本発明は、リポソーム膜表面にカチオンを有するリポソームと金イオン供給化合物とを、水性媒体中で還元剤の存在下に接触させて、金ナノ皮膜で被覆されたリポソームを得ることを含む、金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法も提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームは、腫瘍血管から漏出して腫瘍部位に到達でき、さらに、体外から照射された近赤外光に応答して発熱できるので、癌の非侵襲的な治療法である光温熱療法に用いることが期待される。さらに、温度に応答して内包した薬物を放出するような温度感受性リポソームをコアとして用いることにより、近赤外線照射により選択的に薬物放出を行うことができ、物理的な熱と、化学的な薬物という二方向から癌を強力に攻撃できると考えられる。そして、このような送達系を用いることで、光温熱療法と化学療法を組み合わせた、フォトサーマル・ケモセラピーという新しい癌治療技術の創出につながると期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームは、金ナノ皮膜で表面を被覆されてなる。金ナノ皮膜被覆リポソームのコアをなすリポソームは、リポソーム膜構成脂質で構成される脂質膜からなる閉鎖小包体である。
リポソーム膜構成脂質としては、リポソームの膜脂質として通常用いられる両親媒性の脂質を用いることができる。このような脂質としては、リン脂質及び糖脂質が挙げられる。リン脂質としては、例えばホスファチジン酸、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルイノシトール、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、大豆ホスファチジルコリン、卵黄ホスファチジルコリンなどが挙げられる。これらのリン脂質の構成脂肪酸としては、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸などが挙げられる。特に、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミンが好ましい。
【0013】
糖脂質としては、ジガラクトシルジアシルグリセロール、ジガラクトシルジアシルグリセロール硫酸エステルなどのグリセロ脂質、ガラクトシルセラミド、ガラクトシルセラミド硫酸エステル、ラクトシルセラミド、ガングリオシドG7、ガングリオシドG6、ガングリオシドG4などのスフィンゴ糖脂質が挙げられる。
【0014】
上記のリポソーム膜構成脂質は、金ナノ粒子とのより安定な結合のために、カチオン性脂質を含むことが好ましい。本明細書において「カチオン性脂質」とは、カチオン性官能基を有する長鎖脂肪酸及びその誘導体を意味する。
該カチオン性脂質が有するカチオン性官能基としては、アミノ基、アミジノ基、グアニジノ基、イミダゾリル基などが挙げられる。長鎖脂肪酸の炭素数は、10〜30が好ましく、より好ましくは14〜20である。
カチオン性脂質としては、ステアリルアミン、パルミチルアミン、ミリスチルアミン、ジドデシルアミン、ジオクタデシルアミンなどが挙げられる。
【0015】
リポソーム膜構成脂質には、コレステロール、ラノステロール、エルゴステロールなどのステロールが含まれていてもよい。
リポソーム膜は、1種又は複数種の上記のリポソーム膜構成脂質から構成されることができる。
【0016】
リポソーム膜構成脂質は、カチオン性脂質とその他の脂質とを、0.5:99.5〜30:70のモル比で混合したものが好ましい。カチオン性脂質とその他の脂質のモル比は、例えば5:95、10:90などであり得る。この範囲の量でカチオン性脂質を用いることにより、近赤外光領域(波長670〜900nm)に吸収ピークを有する金ナノ皮膜被覆リポソームを得ることができる。
【0017】
上記の金ナノ皮膜被覆リポソームは、ポリエチレングリコール(PEG)がリポソーム膜に保持されてなることができる。PEGを保持することにより、金ナノ皮膜被覆リポソーム同士の凝集を抑制できる。
本明細書において、物質が「リポソーム膜に保持される」とは、該物質がリポソーム膜に結合してリポソーム膜表面から突出していてもよいし、リポソーム膜を構成する脂質二重膜に該物質の一部分もしくは全体が埋め込まれていてもよい。
【0018】
上記のPEGは、通常、リポソームに用いられるものを好適に用いることができる。このようなPEGの分子量は、120〜12000が好ましく、より好ましくは350〜12000、さらに好ましくは350〜5000である。このような範囲の分子量を有するPEGを用いると、リポソームの血中滞留時間を好ましい範囲にすることができる。
【0019】
上記のPEGは、PEG誘導体をリポソーム膜構成脂質と接触させることにより、リポソーム膜を構成することとなるのが好ましい。PEG誘導体とは、次の式(I):
R'−(PEG)−X−R (I)
(式中、(PEG)は上記のような分子量のポリエチレングリコールを表し、R'は、水素原子、メトキシ基、または(PEG)と2価の結合手を介して結合していてもよい反応性基であり、Rは、リポソーム膜構成脂質が有する基と反応性を有する基または脂質に由来する基であり、Xはリンカーである)
で表される化合物である。
【0020】
式(I)におけるR'が反応性基である場合、該反応性基としては特に限定されないが、例えばアミノ基、N-ヒドロキシスクシンイミドとのエステルを形成していてもよいカルボキシル基、ビオチニル基、マレイミド基、ニトロフェニル基、アルデヒド基、アセタール基、トレシル基、チオール基などが挙げられる。2価の結合手としては、例えば−COO−、−CH2−、−CH2CH2−、−CH2CH2CH2−、−COCH2CH2−、−COCH2CH2CH2−、−NHCO−、−NHCO−CH2CH2−などが挙げられる。
式(I)におけるXとしてのリンカーは、Rの種類に応じて適宜選択することができ、例えば−CO−、−COCH2CH2CO−、−COCH2CH2CH2CO−などが挙げられる。
【0021】
式(I)におけるRがリポソーム膜構成脂質の有する基と反応性を有する基であるPEG誘導体については、例えばWO98/32466号などに記載されており、これらを用いることができる。このようなPEG誘導体は、リポソーム膜構成脂質の有する基、例えばホスファチジルエタノールアミンやホスファチジルセリンが有するアミノ基と結合できるので、リポソーム膜にPEGが保持されることとなる。
【0022】
上記のPEG誘導体は、式(I)におけるRが脂質に由来する基である化合物が好ましい。このような化合物は、PEG−脂質複合体と表すことができる。このようなPEG誘導体は、リポソーム膜構成脂質と接触することにより、PEG−脂質複合体を構成する脂質部分がリポソーム膜に入り込むことができるので、PEGがリポソーム膜に担持されることとなる。
【0023】
上記のPEG−脂質複合体を構成する脂質は、天然脂質であってもよいし、合成脂質であってもよい。天然脂質としては、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロールなどのグリセロリン脂質;セレブロシドなどのスフィンゴ糖脂質;ジアシルグリセロールなどのグリセリド;コレステロール、ラノステロール、エルゴステロールなどのステロイドが挙げられる。合成脂質としては、アミノ基、ヒドロキシ基、カルボキシル基などの反応性官能基を有する合成脂質が挙げられる。なかでも、ホスファチジルエタノールアミン、ジアシルグリセロールおよびコレステロールからなる群より選択されるのが好ましい。これらの脂質は、1種を用いてもよく、2種以上を用いてもよい。上記のリン脂質の構成脂肪酸としては特に限定されないが、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ラウリン酸などが挙げられる。
【0024】
上記のようなPEG−脂質複合体は市販品を用いることができ、その例としては次のようなものが挙げられる(いずれもAvanti Polar Lipids社製、商品名)。
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0025】
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000];
1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000];
【0026】
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0027】
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000];
1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000];
【0028】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[アミノ(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ビオチニル(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
【0029】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[カルボキシNHSエステル(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[マレイミド(ポリエチレングリコール)−2000] ナトリウム塩;
【0030】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0031】
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000];
1,2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000];
【0032】
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−350];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−550];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−750];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−1000];
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[メトキシ(ポリエチレングリコール)−3000];
【0033】
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−2000]
1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン−N−[ポリ(エチレングリコール)−5000]。
【0034】
上記のリポソームがPEGを保持する場合、リポソーム膜構成脂質:PEGのモル比が1:0〜0.2となるように、上記のリポソーム膜構成脂質とPEG誘導体とを接触させることができる。リポソーム膜構成脂質:PEGのモル比は、より好ましくは1:0.01〜0.06であり、さらに好ましくは1:0.01〜0.03である。
【0035】
上記のリポソームは、ゲル−液晶相転移可能なリポソーム膜で構成されるものであってもよい。このようなリポソームを用いることにより、金ナノ皮膜被覆リポソームに近赤外光を照射して発熱させることによりリポソーム膜が相転移してその構造が乱れ、リポソーム膜内部に保持されている薬剤をより容易に放出できる。
ゲル−液晶相転移可能なリポソーム膜を構成するリポソーム膜構成脂質は公知であり、例えばジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)、ジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、水素化大豆レシチン(HSPC)などが挙げられる。
【0036】
上記のリポソームは、感熱応答性部分及び疎水性部分を有する高分子化合物とPEGとがリポソーム膜に担持されてなる温度感受性リポソームであってもよい。このようなリポソームを用いることにより、金ナノ皮膜被覆リポソームに近赤外光を照射して発熱させることによりリポソーム膜が崩壊し、リポソーム膜内部に保持されている薬剤をより容易に放出できる。好ましい温度感受性リポソームとしては、国際公開2006/118278号パンフレットに記載されるものが挙げられる。
【0037】
本明細書において、金ナノ皮膜とは、リポソーム表面を被覆する金ナノ粒子の集合体を意味する。金ナノ皮膜とリポソームとは、イオン結合又は配位結合により結合していることが好ましい。
金ナノ皮膜は、リポソームの表面の少なくとも一部分を被覆するように形成されていればよく、連続的な皮膜でなくてよいが、近赤外光を吸収して発熱する効果が高い点で、リポソームの表面の全体を被覆することが好ましい。
【0038】
上記の金ナノ皮膜は、波長670〜900nmの近赤外光領域に吸収ピークを有することが好ましく、より好ましくは、波長700〜850nmである。この領域の近赤外光領域に吸収ピークを有する金ナノ皮膜被覆リポソームは、人体を透過できる近赤外光を照射することにより発熱でき、さらに、リポソームに保持された薬物を放出することができる。
【0039】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームの粒径は、0.05〜10μm程度であればよく、使用目的に応じて種々の粒径とすることができる。例えば、抗癌剤を上記のリポソームに保持させて、癌細胞に送達するための送達系として用いる場合には、通常0.05〜0.2μm程度、特に0.05〜0.1μm程度の粒径であることが好ましい。
【0040】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームのコアをなすリポソームは、上記の粒径の範囲内であれば、一層の脂質二重膜からなる単層リポソーム、または複数の脂質二重膜からなる多重層リポソームのいずれであってもよい。
【0041】
本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームは、上記のリポソーム膜脂質を用いて得られたリポソームと金イオン供給化合物とを、水性媒体中で還元剤の存在下に接触させることにより得ることができる。リポソーム膜脂質は、カチオン性脂質を含むことが好ましい。
【0042】
リポソーム膜構成脂質を用いてリポソームを得る方法は公知である。公知のリポソームの製造方法としては、エクストルーダー法、超音波法、フレンチプレス法などが挙げられる。これらの方法の詳細は、「リポソーム」(野島庄七、砂本順三、井上圭三編、南江堂)および「ライフサイエンスにおけるリポソーム」(寺田弘、吉村哲郎編、シュプリンガー・フェアラーク東京)に記載されている。
また、リポソームは、リポソーム膜構成脂質を超臨界状態の二酸化炭素に溶解、分散又は混合することを含む超臨界二酸化炭素法により得ることもできる。
【0043】
例えば、エクストルーダー法によりリポソームを製造する方法について説明する。所定量のリポソーム膜構成脂質及び所望によりPEG誘導体を、クロロホルムなどの適当な有機溶媒に溶解させた溶液をそれぞれ調製し、容器内に入れて混合する。次いで、エバポレーターを用いて溶媒を除去し、容器壁にリポソーム膜構成脂質と任意にPEGとからなる薄膜を形成させる。この膜は、さらに3〜12時間程度真空乾燥させることが好ましい。次いで、この容器内に緩衝液などの適当な溶液を投入し、超音波処理またはボルテックスミキサーなどを用いて強く攪拌することによりリポソームを形成させることができる。得られたリポソーム分散液をエクストルーダーに通し、そのフィルター孔径を適宜設定することにより、リポソームの粒径を調節することができる。
【0044】
上記のようにして得られたリポソーム分散液から、担持されなかったPEG誘導体などを、ゲルろ過法、超遠心法、透析法などにより除去することができる。除去したい物質が電荷を有する場合には、イオン交換クロマトグラフィーを用いることもできる。
【0045】
上記の製造方法において、PEG誘導体を用いる場合、リポソーム膜構成脂質およびPEG誘導体を混合する順序としては特に限定されない。例えば、リポソーム膜構成脂質とPEG誘導体を一度に混合してもよいし、リポソーム膜構成脂質を用いて上記のようなエクストルーダー法などにより予めリポソームを形成させた後に、PEG誘導体を添加して、これらの成分をリポソーム膜に担持させてもよい。
【0046】
上記のようにして得られたリポソームと接触させる金イオン供給化合物は、金の無機塩が好ましい。金の無機塩は、金の塩化物などの金のハロゲン化物を含み、四塩化金(III)酸が好ましい。
リポソームと金イオン供給化合物との混合比は、リポソームを構成する脂質の合計モル数に比べて金イオン供給化合物に由来する金イオンのモル数が過剰であるのが好ましく、例えば、該脂質のモル数:金イオンのモル数=1:1〜1:10の範囲であり得る。
【0047】
還元剤としては、Au塩を還元する還元力を有するものであれば特に限定されず、ホルムアルデヒド及びアセトアルデヒドを含むアルデヒド類、クエン酸、水素化ホウ素酸塩類などが挙げられる。
金イオン供給化合物と還元剤の混合比は、金イオンのモル数:還元剤のモル数=1:2〜1:10の範囲が好ましい。
【0048】
リポソームと還元剤と金イオン供給化合物との混合は、pH 5.0〜10.0で行うことが好ましく、より好ましくはpH 6.5〜9.0、さらに好ましくはpH 7.0〜8.5である。この範囲のpHで混合することにより、金イオンの還元が好ましい速度で進行し、より均質な金ナノ皮膜を形成でき、また、形成された金ナノ皮膜同士の凝集を抑えることができる。
【0049】
上記の金ナノ皮膜被覆リポソームと薬剤とからなる近赤外光応答性薬剤放出システムも本発明の一つである。
上記の薬剤は、親水性物質および疎水性物質のいずれであってもよい。親水性物質である場合は、金ナノ皮膜被覆リポソームの内部の閉鎖空間の親水性領域に含有され、疎水性物質である場合は、金ナノ皮膜被覆リポソームのコアのリポソーム膜に保持されることとなる。
【0050】
上記の薬剤としては、特に限定されないが、例えば温熱療法と併用される抗癌剤、抗炎症剤などが挙げられる。抗癌剤としては、シスプラチン、カルボプラチン、テトラプラチン、イプロプラチンなどの金属錯体;アドリアマイシン(ADR)、マイトマイシン、アクチノマイシン、アンサマイトシン、ブレオマイシン、Ara-C、ダウノマイシンなどの制癌抗生物質;5-FU、メトトレキセート、TAC-788などの代謝拮抗剤;BCNU、CCNUなどのアルキル化剤;インターフェロン(α、β、γ)、各種インターロイキンなどのリンホカインなどが挙げられる。また、抗炎症剤としては、プレドニン、リンデロン、セレスタミンなどが挙げられる。
【0051】
上記の金ナノ皮膜被覆リポソームは、上記の薬剤の代わりに疾患の治療のための遺伝子も含み得る。このような遺伝子としては、特に限定されないが、例えば、重症複合型免疫不全症の治療のためのアデノシンデアミナーゼ遺伝子、家族性高コレステロール血症の治療のためのLDL受容体遺伝子、癌治療のためのインターフェロン(IFN)−α、β又はγ遺伝子、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)遺伝子、各種インターロイキン(IL)遺伝子、腫瘍壊死因子(TNF)−α遺伝子、リンホトキシン(LT)−β遺伝子、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)遺伝子、T細胞活性化共刺激因子遺伝子などが挙げられる。その他、アルツハイマー病、脊椎損傷、パーキンソン病、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症などの治療のための遺伝子も挙げられる。
上記の薬剤の量は特に限定されず、薬剤の種類などにより適宜選択することができる。
【0052】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムの製造において、金ナノ皮膜被覆リポソームに薬剤を含有させる方法としては、薬剤の種類に応じて公知の方法を用いることができる。該方法としては限定されないが、例えば上記の金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法において、コアとなるリポソームを形成させた後に、薬剤を含む溶液にリポソームを浸漬させて薬剤をリポソームの内部に取り込ませてから金ナノ皮膜で被覆する方法、上記の金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法において、コアとなるリポソームとなる薄膜が形成された容器内に、薬剤を含む溶液を投入した後にリポソーム膜構造を形成させて薬剤を封入する方法などが挙げられる。
【0053】
本発明の近赤外光応答性薬剤放出システムは、さらに少なくとも1種の医薬添加剤を含むのが好ましい。該近赤外光応答性薬剤放出システムは、錠剤、粉末、カプセルなどの固形製剤の形態であってもよいが、注射製剤のような液体製剤の形態が好ましい。該液体製剤は、用時に水または他の適切な賦形剤で再生する乾燥製品として提供してもよい。
上記の錠剤及びカプセルは、通常の方法により腸溶コーティングを施すことが望ましい。腸溶コーティングとしては、当該分野において通常用いられるものを利用できる。また、カプセルは粉末または液体のいずれを含有することもできる。
【0054】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムが液体製剤である場合、医薬添加剤は、担体(例えば生理食塩水、滅菌水、緩衝液など)、膜安定剤(例えばコレステロールなど)、等張化剤(例えば塩化ナトリウム、グルコース、グリセリンなど)、抗酸化剤(例えばトコフェロール、アスコルビン酸、グルタチオンなど)、防腐剤(例えばクロルブタノール、パラベンなど)などを含み得る。上記の担体は、金ナノ皮膜被覆リポソームを製造する際に用いる溶媒であり得る。
【0055】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムが固形製剤である場合、医薬添加剤は、賦形剤(例えば乳糖、ショ糖のような糖類、トウモロコシデンプンのようなデンプン類、結晶セルロースのようなセルロース類、アラビアゴム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、リン酸カルシウムなど)、滑沢剤(例えばステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコールなど)、結合剤(例えばマンニトール、ショ糖のような糖類、結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルメチルセルロースなど)、崩壊剤(例えば馬鈴薯澱粉のようなデンプン類、カルボキシメチルセルロースのようなセルロース類、架橋ポリビニルピロリドンなど)、着色剤、矯味矯臭剤などを含み得る。
【0056】
上記の近赤外光応答性薬剤放出システムは、上記の薬剤を含む金ナノ皮膜被覆リポソームをそのまま、又は凍結乾燥させて、上記の医薬添加剤と混合することにより製造することができる。薬剤を含む金ナノ皮膜被覆リポソームを凍結乾燥する場合、凍結乾燥する前に適当な賦形剤を添加しておくのがよい。
【0057】
本発明の近赤外光応答性薬剤放出システムを対象者に投与して、患部に近赤外光を照射することにより、金ナノ皮膜被覆リポソームを発熱させることができる。金ナノ皮膜リポソームのコアをなすリポソームは脂質膜で構成されているので、金ナノ皮膜が発熱することにより膜構造が乱れ、リポソームの内部に保持されている薬剤がリポソーム外部に放出され得る。また、該金ナノ皮膜被覆リポソームのコアが上記のような温度感受性リポソームであれば、金ナノ皮膜被覆リポソームに保持された薬剤を患部でより効率的に放出させることもできる。このような方法により、腫瘍の部位の温度を選択的に上昇させることができ、従来の癌の温熱療法の効率をより高くできるとともに、患部に到達したリポソームから薬剤を特異的に効率よく放出させることも可能になる。
よって、本発明により、治療または予防を必要とする対象者に、上記の赤外光応答性薬剤放出システムの有効量を経口又は非経口的に投与し、一定期間経過後に対象の患部に赤外光を照射することを含む、疾患の治療又は予防方法が提供される。
【0058】
上記の対象者は、哺乳動物が好ましく、特に好ましくはヒトである。
上記の一定期間は、赤外光応答性薬剤放出システムの投与後少なくとも3時間が好ましく、より好ましくは3〜48時間、さらに好ましくは6〜24時間、さらにより好ましくは6〜12時間である。
【0059】
本発明の治療方法において、患部への赤外光の照射は、従来の腫瘍の温熱療法において用いられる方法に従って行うことができる。赤外光は、レーザ、マイクロ波のような電磁波を用いて照射することができる。照射の際には、患部上方の皮膚に火傷が発生しないように、加熱する部位の皮膚に保護布などをあててもよい。
【0060】
上記の赤外光応答性薬剤放出システムは、非経口および経口経路のいずれによっても投与することができる。例えば薬剤として抗癌剤を用いる場合は、非経口経路、特に静脈注射による投与が好ましい。
【0061】
上記の赤外光応答性薬剤放出システムの投与量は、対象の重篤度及び金ナノ皮膜被覆リポソームに含有される薬剤の量に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0062】
本発明を、以下の実施例により詳細に説明するが、これらの実施例は、本発明を限定することを意図しない。
(1)金ナノ皮膜被覆リポソームの作製
(1-1)リポソームの作製
ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC、日本油脂社製)のクロロホルム溶液(10mg/ml)500μl (DPPC 6.81μmol)と、所定量のステアリルアミン(SA、シグマ社製)のクロロホルム溶液(1mg/ml)と、所定量の1,2-ジステアロイル-sn-ホスファチジルエタノールアミン-N-[メトキシ(ポリエチレングリコール)-5000] (PEG5000-PE、Avanti polar lipids.inc.製)のクロロホルム溶液(10mg/ml)とを混合し、ロータリーエバポレーターで溶媒を除去し薄膜を形成させ、3時間真空乾燥することで溶媒を完全に除去した。その後、pH 5.0の50mM酢酸緩衝液、pH7.0の50mMリン酸緩衝液、又はpH 8.5の50mM Tris-HCl緩衝液500μlを加え、47℃で5分間超音波照射し、47℃でエクストルーダーを用いて孔径100nmのフィルターを通すことでリポソーム分散液を得た。
【0063】
(1-2)リポソームの作製
DPPC/SA/PEG5000-PE/DOPE =66/10/4/20 mol%の量比となるように、DPPC、SA、PEG5000-PE及びジオレオイルホスファチジルエタノールアミン(DOPE、日本油脂社製)を混合し、(1-1)と同様にして、リポソーム分散液を得た。
【0064】
(1-3)金ナノ皮膜被覆リポソームの作製
種々のpHの緩衝液4ml中に、全脂質量が0.621μmolとなるように(1-1)又は(1-2)で作製したリポソーム分散液を加え、次に25mMの四塩化金(III)酸(和光純薬工業)の水溶液60μl(1.5μmol)、及びホルマリン1.13μl(ホルムアルデヒド14μmol)を加えて、室温(25℃)にて静置し、金イオンを還元して、金ナノ皮膜被覆リポソームの分散液を得た。
なお、リン脂質の定量は、リン脂質Cテストワコー(和光純薬工業)を用いて、コリンオキシターゼ・DAOS法によって行った。試料溶液(リポソーム溶液)、ブランク溶液及び、標準溶液をそれぞれ発色溶液と混合し、37℃で5分間加温した。波長600nmで試料溶液の吸光度を日本分光(株)製V-520型紫外・可視光光度計を用いて測定し、得られた吸光度から試料溶液の濃度を決定した。
【0065】
(2)実験手順
(2-1)金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル測定
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトルは、恒温層の付いたJasco製紫外・可視光光度分光計V-560及びV-630を用いて測定した。
【0066】
(2-2)金ナノ皮膜被覆リポソームの透過型電子顕微鏡による観察
銅グリッドにコロジオン膜を貼り、カーボン蒸着して、金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を垂らし、ろ紙で溶液をふき取り、デシケーターで一晩乾燥させ、透過型電子顕微鏡(JEM-2000FEX II、日本電子社製)にて観察した。
【0067】
(2-3)金ナノ皮膜被覆リポソームの発熱挙動
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液([全脂質濃度]=78μM、[Au濃度]=1.88×10-1 mM ただし、Au濃度は仕込みの塩化金酸濃度より求めたものである)に、波長809nm、出力密度 0.43W/cm2、ビーム径10mmのレーザ光を照射し、スターラーで撹拌しながら、熱電対にてその温度変化を測定した。
【0068】
(2-4)金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のTriton X-100混合時のスペクトルの経時変化
pH7.0の条件で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液1ml([全脂質濃度]=166μM、[Au濃度]=3.77×10-1 mM)に、10% Triton X-100水溶液50μlを加え、スペクトルの時間変化を測定した。用いたリポソームの組成はDPPC/SA/PEG5000-PE = 91/5/4 mol%である。スペクトルの測定は、恒温層の付いたJasco製紫外・可視光光度分光計V-560及びV-630を用いて測定した。
【0069】
(3)金ナノ皮膜被覆リポソームの特徴決定
(3-1)pH5.0において作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化
上記の(1-3)に記載のように、pH5.0の50mM酢酸緩衝液中において、リポソーム存在下で、ホルムアルデヒドを用いて金イオンを還元して、金ナノ皮膜被覆リポソームの分散液を得た。リポソームの膜構成脂質の組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE=91/5/4 mol%であった。
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液は、時間の経過とともに金イオンの還元によるものと考えられるスペクトルの増大がみられたため、スペクトルの変化を追跡することで、金イオンの還元状況を調べた。金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した日数によるスペクトルの変化を図1に示す。図1では、550nm付近にピークを持つ、幅広い領域における吸収が得られた。これは、金のナノ構造体による吸収ではなく、散乱による消光の割合が多いと考えられる。
750nmにおける吸光度の変化を図2に示す。図2より、金イオンの還元は9日後に終わっていると考えられる。
【0070】
(3-2)pH7.0において作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化
(1-3)に記載されるようにしてpH7.0の50mMリン酸緩衝液中で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を用いて、(3-1)と同様にしてスペクトルの変化を追跡することで、金イオンの還元状況を調べた。リポソームの膜構成脂質の組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE=91/5/4 mol%であった。
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した時間によるスペクトルの変化を図3に示す。図3より、650nm付近にピークを持つ、シャープな吸収が得られた。このスペクトルは、シリカナノ粒子をコアとした金ナノシェルのスペクトルと非常に類似するため、リポソームをコアとした金ナノシェルが形成されていることが示唆される。
次に、750nmにおける吸光度の変化を図4に示す。図4より、金イオンの還元速度はpH5.0の条件よりも速いことが確認できた。
【0071】
(3-3)pH8.5において作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化
(1-3)に記載されるようにしてpH8.5の50mM Tris-HCl緩衝液中で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を用いて、(3-1)と同様にしてスペクトルの変化を追跡することで、金イオンの還元状況を調べた。リポソームの膜構成脂質の組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE=91/5/4 mol%であった。
金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した日数によるスペクトルの変化を図5に示す。図5より、650nm付近にピークを持つ、pH7.0で金イオンを還元したときよりも、さらに強い吸収が得られた。このスペクトルは、シリカナノ粒子をコアとした金ナノシェルのスペクトルと非常に類似するため、金ナノシェルが形成されていることが示唆される。
次に、750nmにおける吸光度の変化を図6に示す。図6より、金イオンの還元は6日程度で終わっていると考えられる。
【0072】
比較例として、(1-3)で作製したリポソームの非存在下で、pH8.5 50mM Tris-HCl緩衝液中で塩化金酸とホルムアルデヒドを混合した。混合液のスペクトルの時間変化を図7に、750nmにおける吸光度変化を図8にそれぞれ示す。
図7の結果より、リポソームが存在しなければ、スペクトルの増大が起こらないので、金イオンが還元されていないと考えられる。
【0073】
(3-1)〜(3-3)の結果から、SAによってカチオン性になったリポソーム表面に塩化金イオンが集まり、塩化金イオン濃度が高くなるので金イオンが還元されやすい状態になり、リポソーム表面近傍で金ナノクラスターが生成したと考えられる。そして、生成した金ナノクラスターがSAの一級アミン部位に吸着し、さらに成長して金ナノクラスター同士が融合し、リポソーム表面で金ナノ皮膜になったと考えられる。
また、pH7.0 リン酸緩衝液中では、金イオンの還元は比較的迅速に行われることがわかった。さらに、pH7.0 リン酸緩衝液、及びpH8.5 Tris-HCl緩衝液中では、均質な金ナノ皮膜で覆われたリポソームが形成されている可能性が示唆された。
【0074】
(3-4)透過型電子顕微鏡による金ナノ皮膜被覆リポソームの観察
図1、3及び5で得られたスペクトルは、金のナノ構造体によるものと考えられるので、その形状、大きさなどを、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。
結果を図9に示す。図9では、(a)pH5.0 酢酸緩衝液中で作製したもの、(b)pH7.0 リン酸緩衝液中で作製したもの、及び(c)pH8.5 Tris-HCl緩衝液中で作製したものを示す。
(a)では、凝集した粒子が観察された。これは、金ナノ粒子表面は負電荷を帯びて、静電反発によって分散力を得ると考えられるが、溶液中のプロトンが多いために、その負電荷が打ち消された結果、コロイドとしての分散力が低下して、金ナノ皮膜被覆リポソームが凝集したと考えられる。
(b)では、いびつな形の粒子が観察された。これは、金イオンの還元速度が比較的速いので、金ナノクラスターが不均一な成長をしたためだと考えられる。
(c)では、比較的均一な粒子が観察された。
上記のいずれのpHにおいても、粒子の直径は100nm程度であった。この直径は、用いたリポソームの直径とほぼ一致するので、リポソーム表面が金ナノ皮膜で被覆されていることが確認された。
【0075】
(3-5)pH7.0で作製した金ナノ皮膜の光吸収特性に及ぼすステアリルアミン(SA)含率の影響
金ナノ皮膜は、SAによりカチオンを有するリポソーム表面に塩化金イオンが集まり、塩化金イオン濃度が高くなるために還元されやすい状態になり、リポソーム表面近傍で金イオン還元による金ナノクラスターが生成し、そして、生成した金ナノクラスターがSAの一級アミン部位に吸着し、さらに成長して金ナノクラスター同士が融合することで、リポソーム表面上で生成していると考えられる。そこで、次に、リポソーム膜構成脂質及びPEG誘導体の合計に対するカチオン性脂質であるSAの含率が、金ナノ皮膜の光吸収特性にどのような影響を及ぼすのかについて、pH7.0 リン酸緩衝液中の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液を放置した時間によるスペクトル変化を調べた。
【0076】
SA含率が0mol%(DPPC/SA/PEG5000-PE=96/0/4 mol%)の場合の結果は図10に、SA含率が10mol%(DPPC/SA/PEG5000-PE=86/10/4 mol%)の場合の結果は図11に示す。図10では、540nm付近にピークを持つスペクトルが得られた。このことから、SA含率が0mol%ではリポソーム表面で金ナノ皮膜は生成せず、等方的な金ナノ粒子が生成していることがわかる。図11では、ピーク波長が750nm程度の近赤外領域に吸収を持つスペクトルが得られた。これは、SA含率を増やすことで、金ナノクラスターがリポソーム表面に吸着する部位が増え、つまり、金ナノ皮膜が成長するための足場が増えて、より均一な金ナノ皮膜が生成したと考えられる。また、図12にSA含率とピーク波長の関係を示す。SAの含率が増加するほど、ピーク波長は長波長側にシフトしていることがわかる。これらの結果から、SA含率を変化させることで、金ナノ皮膜被覆リポソームの吸収ピークを調節でき、所望の波長の近赤外光を強く吸収する金ナノ皮膜被覆リポソームを作製可能であることがわかる。
【0077】
(3-6)pH8.5で作製した金ナノ皮膜の光吸収特性に及ぼすステアリルアミン含率の影響
(3-5)と同様にして、pH8.5 Tris-HCl緩衝液中の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を調べた。SA含率が0mol%の場合の結果は図13に、SA含率が7.5mol%の場合の結果は図14に、SA含率が10mol%の場合の結果は図15に示す。図13では、スペクトルの増大はほとんどみられなかった。時間経過とともに一度少し増大したスペクトルが、減少してきていることから、金イオンは多少還元されているが、凝集・沈殿してしまったと考えられる。図14では、800nm付近にピークをもつスペクトルが得られた。図15では、近赤外領域である900nm付近にピークを持つスペクトルが得られた。図16にSA含率とピーク波長の関係を示す。pH7.0の場合と同様に、SAの含率が増加するほど、ピーク波長は長波長側にシフトしていることがわかる。pH7.0とpH8.5の場合の結果を比較すると、同じSA含率のリポソームを用いて、金ナノ皮膜を有するリポソームを作製したときでは、pH8.5 Tris-HCl緩衝液中で作製したほうが、ピーク波長はより長波長側であることがわかる。これは金イオンの還元速度が、金ナノ皮膜の形状に影響を与え、その結果がスペクトルに反映されているためであると考えられる。
【0078】
(3-7)金ナノ皮膜被覆リポソームの発熱挙動
等方的に成長した金ナノ粒子や、棒状の金ナノ粒子である金ナノロッドや、シリカナノ粒子をコアとした金ナノシェルは、それぞれの光吸収特性に合わせたレーザ光を照射すると発熱することが知られている。そこで、本発明の金ナノ皮膜被覆リポソームに、近赤外光を照射して発熱するかを検討した。
用いたコアとなるリポソームの組成は、DPPC/SA/PEG5000-PE/DOPE =66/10/4/20 mol%であった。金ナノ皮膜被覆リポソームは、[全脂質濃度]=78μM、[Au濃度]=1.88×10-1 mMであった。金ナノ皮膜で被覆されたか又はされていないリポソームに、0.43 W/cm2の出力密度で、809nmのレーザを用いて近赤外光を照射し、金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の温度の変化を測定した。
その結果を図17に示す。図17のグラフは、y軸に近赤外光を照射する前の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の温度から増加した温度を、x軸に時間をとる。図17より、金ナノ皮膜で被覆されていないリポソーム(▲)では30分で10℃程度の発熱しかみられなかったのに対し、金ナノ皮膜を有するリポソーム(●)では、30分で30℃近い発熱がみられた。この結果から、金ナノ皮膜を有するリポソームは近赤外光を照射することで、発熱することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】pH5.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである。
【図2】pH5.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の750nmにおける吸光度の変化を示すグラフである。
【図3】pH7.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである。
【図4】pH7.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の750nmにおける吸光度の変化を示すグラフである。
【図5】pH8.5で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである。
【図6】pH8.5で作製した金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液の750nmにおける吸光度の変化を示すグラフである。
【図7】リポソームの非存在下、pH8.5で塩化金酸とホルムアルデヒドを混合したときのスペクトル変化を示すグラフである。
【図8】リポソームの非存在下、pH8.5で塩化金酸とホルムアルデヒドを混合したときの750nmにおける吸光度変化を示すグラフである。
【図9】(a)pH5.0 酢酸緩衝液、(b)pH7.0 リン酸緩衝液、及び(c)pH8.5 Tris-HCl緩衝液でそれぞれ作製した金ナノ皮膜被覆リポソームの透過型電子顕微鏡写真である。
【図10】ステアリルアミン(SA)含率が0mol%のリポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 7.0)。
【図11】ステアリルアミン(SA)含率が10mol%の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 7.0)。
【図12】pH 7.0で作製した金ナノ皮膜被覆リポソームのSA含率とピーク波長の関係を示すグラフである。
【図13】ステアリルアミン(SA)含率が0mol%のリポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 8.5)。
【図14】ステアリルアミン(SA)含率が7.5mol%の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 8.5)。
【図15】ステアリルアミン(SA)含率が10mol%の金ナノ皮膜被覆リポソーム分散液のスペクトル変化を示すグラフである(pH 8.5)。
【図16】pH 8.5で作製した金ナノ皮膜被覆リポソームのSA含率とピーク波長の関係を示すグラフである。
【図17】金ナノ皮膜被覆リポソーム又はリポソームの分散液に近赤外光を照射したときの温度上昇を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金ナノ皮膜で表面を被覆されてなることを特徴とする金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項2】
金ナノ皮膜が、波長670〜900nmの近赤外光領域に吸収ピークがある請求項1に記載の金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項3】
リポソーム膜を構成する脂質が、カチオン性脂質を含む請求項1又は2に記載の金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項4】
ポリエチレングリコールがリポソーム膜に保持されてなる請求項1〜3のいずれか1項に記載の金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項5】
リポソーム膜表面にカチオンを有するリポソームと金イオン供給化合物とを、水性媒体中で還元剤の存在下に接触させて、金ナノ皮膜で被覆されたリポソームを得ることを含む、金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法。
【請求項6】
金イオン供給化合物が、金の無機塩である請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
リポソーム膜表面のカチオンが、リポソーム膜を構成するカチオン性脂質に由来する請求項5又は6に記載の製造方法。
【請求項1】
金ナノ皮膜で表面を被覆されてなることを特徴とする金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項2】
金ナノ皮膜が、波長670〜900nmの近赤外光領域に吸収ピークがある請求項1に記載の金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項3】
リポソーム膜を構成する脂質が、カチオン性脂質を含む請求項1又は2に記載の金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項4】
ポリエチレングリコールがリポソーム膜に保持されてなる請求項1〜3のいずれか1項に記載の金ナノ皮膜被覆リポソーム。
【請求項5】
リポソーム膜表面にカチオンを有するリポソームと金イオン供給化合物とを、水性媒体中で還元剤の存在下に接触させて、金ナノ皮膜で被覆されたリポソームを得ることを含む、金ナノ皮膜被覆リポソームの製造方法。
【請求項6】
金イオン供給化合物が、金の無機塩である請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
リポソーム膜表面のカチオンが、リポソーム膜を構成するカチオン性脂質に由来する請求項5又は6に記載の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図9】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図9】
【公開番号】特開2009−269847(P2009−269847A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−120483(P2008−120483)
【出願日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】
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