説明

金型の表面処理方法

【課題】 ナノカーボン炭素膜にフラーレン類を塗布するに際して、ナノカーボン炭素膜にフラーレン類をより均質かつ強固に固着させるための表面処理方法を提供する。
【解決手段】 カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜(ナノカーボン炭素膜)で被膜されている金型の表面に、カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、リン酸基(−HPO)からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するフラーレン類を含有する溶媒を塗布する。ナノカーボン炭素膜表面にフラーレン類が化学的に結合されるため、フラーレン類をより均質に分散させ、より確実に固着させることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金型の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金型の表面にナノカーボン類を含む炭素膜を被膜することによって、金型の表面の特性(例えば耐摩耗性、摺動特性、撥水性等)を向上させる表面処理方法が知られている(例えば、特許文献1)。
【0003】
また、例えば特許文献2には、金型において、金型と被成形品との離型抵抗を抑制するために、金型表面にフラーレン類を主成分とする炭素膜を形成する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−105082号公報
【特許文献2】特開2007−144499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願の発明者らは、金型表面をまずカーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜(以下、本明細書では、ナノカーボン炭素膜という)で被膜し、その後にフラーレン類を塗布する技術を発明した。その詳細は、特願2008−198588に開示されている。フラーレン類は、表面特性の向上に有効であるものの、金型表面から脱落しやすいという短所があるが、この発明によれば、表面から繊維状に伸びるナノカーボン類の間にフラーレン類が捕縛されて、フラーレン類が金型表面から脱落することを抑制することができる。これにより、高い表面特性を維持するためにフラーレン類を頻繁に再塗布する必要がなくなる。
【0006】
本願は、ナノカーボン炭素膜にフラーレン類を塗布するに際して、ナノカーボン炭素膜にフラーレン類をより均質かつ強固に固着させるための表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る金型の表面処理方法は、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜(ナノカーボン炭素膜)で被膜されている金型の表面に、カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、リン酸基(−HPO)からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するフラーレン類を含有する溶媒を塗布する。
【0008】
ナノカーボン炭素膜の表面には、ヒドロキシル基(−OH)が存在している。このナノカーボン炭素膜に、カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、リン酸基(−HPO)からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するフラーレン類を含有する溶媒を塗布すると、ナノカーボン炭素膜の表面のヒドロキシル基とフラーレン類の官能基(カルボキシル基、スルホ基、リン酸基)との間で脱水縮合反応が起こり、これによってナノカーボン炭素膜表面にフラーレン類が化学的に結合される。ナノカーボン炭素膜の表面に、フラーレン類をより均質に分散させ、より確実に固着させることが可能となる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、簡単な方法で、ナノカーボン炭素膜の表面にフラーレン類をより均質かつ強固に固着させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】ナノカーボン炭素膜のヒドロキシル基とフラーレン類のカルボキシル基によって、エステル結合が形成される状態を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態に係る表面処理方法では、金型にナノカーボン類を形成する方法については、特に限定されない。ナノカーボン炭素膜によって予め表面が被覆されている金型を入手し、その金型に対して表面処理を行ってもよいし、金型にナノカーボン炭素膜を形成した後で、表面処理を行ってもよい。
【0012】
本発明の実施形態に係る表面処理方法によって形成される炭素膜は、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類と、フラーレン類を含んでいればよく、さらに炭素以外の物質を含んでいてもよい。
【0013】
フラーレンとは、閉殻構造を有する炭素クラスタであり、通常は炭素数が60〜130の偶数である。具体例としては、C60、C70、C76、C78、C80、C82、C84、C86、C88、C90、C92、C94、C96およびこれらよりも多くの炭素を有する高次の炭素クラスタが挙げられる。本発明におけるフラーレン類は、上記に例示するフラーレン分子にほかの分子や官能基を化学的に修飾したフラーレン誘導体である。さらに、本発明の実施形態に係るフラーレン類は、カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、リン酸基(−HPO)からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有している。フラーレン類の有する、これらの官能基と、ナノカーボン炭素膜表面に存在するヒドロキシル基(−OH)との間に脱水縮合反応が起こると、それぞれカルボン酸エステル、スルホン酸エステル、リン酸エステルが形成され、これによって金型表面のナノカーボン炭素膜上にフラーレン類が化学的に結合される。
【0014】
フラーレン類の有するカルボキシル基、スルホ基、リン酸基は、フラーレン骨格構造に直接結合するものであってもよいし、フラーレンの置換基の一部に含まれている官能基であってもよい。このフラーレン類は、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基の他に、さらに他の官能基を有するものであってもよい。
【0015】
本発明の実施形態に係るフラーレン類を含む溶媒としては、例えば、トルエン、ベンゼン、クロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼン、キノリン、二硫化炭素、ヘキサン、ジクロロメタン、クロロホルム、ピリジン、メタノール、エタノール、1−プロバノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、アセトン、n−ペンタン等の有機溶媒および水を好適に用いることができる。
【0016】
本発明の実施形態に係る、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基は、極性の官能基であるため、本発明の実施形態に係るフラーレン類を含む溶媒は、低極性有機溶媒であることが好ましい。この場合、金型に形成されたナノカーボン炭素膜を、フラーレン類を含む低極性有機溶媒に浸漬すると、フラーレン類の極性の官能基(カルボキシル基、スルホ基、リン酸基)は、より極性の高いヒドロキシル基(−OH)と脱水縮合反応し易くなる。ジクロロメタンは、低極性溶媒であるため、ナノカーボン炭素膜とフラーレン類との脱水縮合反応が起こり易く、また、フラーレン類の溶解性も高いため、本発明の実施形態に係る溶媒として特に好ましい。
【0017】
本発明の実施形態に係る溶媒には、カルボキシル基、スルホ基、リン酸基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するフラーレン類以外の物質が含まれていてもよい。
【0018】
フラーレン類を含む溶媒をナノカーボン炭素膜に塗布する方法としては、金型に形成されたナノカーボン炭素膜の表面がフラーレン類を含む溶媒と接触するものであれば、特に限定されない。例えば、ナノカーボン炭素膜の表面にフラーレン類を含む溶媒を刷毛塗りしたり、スプレー等によって撒布したりする方法を用いてもよいし、ナノカーボン炭素膜が形成された金型を本発明の実施形態に係るフラーレン類を含む溶媒に浸漬する方法を用いてもよい。小さい金型に表面処理を行う場合には、浸漬を行うことが好ましい。
【0019】
本発明の実施形態に係るフラーレン類を含む溶媒を塗布した後の金型を乾燥させる方法は、特に限定されない。自然乾燥でもよいし、真空オーブン等を用いて、加熱や減圧を伴う乾燥方法を行ってもよい。金型に炭素膜が形成されていない部分がある場合には、その部分から加熱してもよい。
【0020】
次に、本発明の実施形態の一例である実施例1について、説明する。
【実施例1】
【0021】
実施例1では、鋳造用の金型にナノカーボン炭素膜を形成した後で、本発明に係る表面処理方法の一例を行う実施例について説明する。
【0022】
(第1工程:ナノカーボン炭素膜形成工程)
第1工程では、鋳造用の金型の表面にナノカーボン炭素膜を形成する。尚、この方法は、特開2008−105082に開示されている。
【0023】
まず、SKD61(合金工具鋼鋼材:JIS G4404)製の金型を雰囲気炉に入れ、真空ポンプで減圧して空気をパージした後に窒素ガス(N)を流通させ、N雰囲気とする。次に、図4に示す処理プロファイルに従って、反応ガス(硫化水素(HS)ガス、アセチレン(C)ガス、アンモニア(NH)ガス)を流通させながら、0.5hで480℃まで昇温する。昇温開始から0.5h後に480℃に到達した時点では硫化水素ガスの供給を停止し、さらに0.5h後には、アセチレンガスの供給を停止する。アンモニアガス流通下、480℃でさらに4.5h保持した後、アンモニアガスの供給を停止し、窒素ガスに切り替え、降温を開始する。これによって、金型の表面にナノカーボン炭素膜が形成され、金型の基材とナノカーボン炭素膜との間に窒化層および浸硫層が形成される。
【0024】
次に、ナノカーボン炭素膜が形成されている金型に対して、さらに下記のフラーレン類塗布工程を実施する。
【0025】
(第2工程:フラーレン類塗布工程)
金型に形成された炭素膜の表面に、フラーレン類を含む溶媒を塗布する。このフラーレン類を含む溶媒は、カルボキシル基を官能基として有するフラーレン類をジクロロメタンに溶解させた溶液(以下、フラーレン溶液1という)である。
【0026】
本実施例では、金型のナノカーボン炭素膜形成面を、フラーレン溶液1に浸漬する。第1工程において、金型の外表面全体にナノカーボン炭素膜が形成されるため、金型をフラーレン溶液1に浸漬させることによって、金型の外表面全体に簡易にフラーレン溶液1を塗布することができる。
【0027】
次に、金型をフラーレン溶液1から取り出し、自然乾燥させる。本実施例では、フラーレン類を含む溶媒として、揮発性の高いジクロロメタンを用いているため、自然乾燥を行っても、短時間で溶媒を揮発させることができる。
【0028】
上記の第1工程および第2工程によって、図1に示すように、金型の表面に形成されたナノカーボン炭素膜2のヒドロキシル基20と、フラーレン類1の官能基であるカルボキシル基10との間に脱水縮合反応が起こり、ナノカーボン炭素膜2の表面に、フラーレン類1がエステル結合によって結合される。ナノカーボン炭素膜の表面に、フラーレン類が分子レベルで均質に分散されるとともに、化学的結合力によってより確実に固着される。
【0029】
本実施例に係る表面処理方法を行って炭素膜を形成した金型を用いると、例えば、アルミニウムの鋳造成形における離型効果がより長寿命化する等の効果を得ることができる。また、特願2008−198588の実施例に記載されているように、ナノカーボン炭素膜に手作業でフラーレン類を塗布する場合と比較して、ナノカーボン炭素膜の表面にフラーレン類が分子レベルで均質に分散され、化学的結合力によってより確実に固着されるとともに、作業工数が短縮される。
【0030】
以上、本発明の実施例について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0031】
1 フラーレン類
2 ナノカーボン炭素膜


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜で被膜されている金型の表面に、
カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、リン酸基(−HPO)からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するフラーレン類を含有する溶媒を塗布する、金型の表面処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−98368(P2011−98368A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−253891(P2009−253891)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】